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カテゴリ:オカルト本大集合

川西庸介著『未来を予知する気学』

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今回取り上げるのは、川西庸介著『未来を予知する気学』(ムー・ブックス)。初版は1983年、手元の本はその初版。
ムーブックスの一冊ということなので、予言か超能力の本なのだろうと思って用意したわけなのですが、読み進めるうちに、これは単なる占いの本なのでは……? と気づきました。とはいえ用意した後なので取り上げないわけにもいかず……。
著者は全日本統計気学研究協会会長、国際文化交流協会役員。『週刊サンケイ』誌に命数診断の連載もしていたそう。本書で扱われているのは、一白水星だとか二黒土星だとかの九星気学となっています。

それでは本文を見ていきましょう。
気学の歴史の話から始まります。年表が載っており、最初は「約4,000年前――古代中国(伝説時代)亀卜と蓍筮の時代」という記述で、「夏時代の禹王(黄河の氾濫で神亀の折文を見る。洛書の原形となる……三元九星学の原形)」と続きます。
九星気学はそれだけ起源が古いと主張したいようです。あとは、孔子が易経を完成させ、朱熹が太極を説き、王陽明が陽明学を説いて、現代の気学につながるそう。
なお、評者は先秦の文献をかなり広く読んだのですが、九星気学の記述なんてまず見かけませんでした。先秦の文献に載っているのは、二進法の周易と、木火土金水の五行、それと十干に十二支くらいだったでしょうか。
この本では、「東洋の思想はその基本に、天・地・人の三元を陰陽に置き、東西南北、光と空気、食物と時間、それに火・水・土が加えられて九つの数となり、万物の根元としています」などと書いてありますが、なにが根拠なのやら。
ここでは天地人にそれぞれ1・2・3、「東西南北」に4、「光と空気」に5、「食物と時間」に6、火・水・土にそれぞれ7・8・9というルビが振られています。実際の中国思想では、最初に一があり、そこから陰陽あるいは天地(乾坤)が生じ、それが発展して木火土金水の五行となります。東西南北はそこに中央を加えることにより、五行にそれぞれ配されるわけで。上の記述は、九星に合わせるために無理な数合わせをしてるなと思うところです。
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占いに使うこういった図も多く掲載されているのですが、方向を示すのに十干と十二支を同列に並べた上に乾坤も入れて無理矢理24個揃えたりと、やはり無茶をしております。
ともかく気学を活用すれば未来を予知できるそう。
現代人にとって、予知能力をもつということは、超能力者の領域に入ることですが、古代人は一般的な「知恵」として、ごく日常的に未来を予知していたのです
ということなのでこの本も超能力本でありオカルト本であると判断します。
それはともかく、古代人が予知能力を持っていたというのなら、思わぬ天変地異や災厄で苦しんだりすることはなかったのかと疑問に思うところですが。

年や月にも九星が配置されており、年によって縁起の悪い方位があったりするそう。
三島由紀夫の自決は「月盤において、五黄は中央に入っていました
歴史的に見ると、昭和十六年十二月八日に、日本軍は真珠湾を攻撃しました。これが、太平洋戦争の始まりでしたが、この年は五黄の年でした
こういうノリは予言本みたいでいいですね。

運気を良くするには、いい方位に行くといいそう。
理想的には、祐気取り方位に行って、大地や自然の気にふれることです。そのうえ、井戸の水(太陽にふれない地下水)を飲むことです
また、病気で困っている人は、祐気取り方位の土(地表から六尺=約二メートル下のもの)を採取して、寝る時に、患部の下に敷いておくと快方に向かいます
井戸は刊行当時はまだまだ残っていたにしても、地表から1.8mほど土を掘り下げろというのは無茶な注文なのでは。病人本人ではなく家族や知り合いに頼むにしても、地形が変わりそうですし。
「以上の説明だけを読むと、いとも簡単のように思われますが、実行には大変な根気と努力を要するものです」
簡単のように思ったりなんてしませんって。
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この本で最も多くのページが割かれているのが、生まれ年や生まれ月から見る占い。上の画像は生まれ年と配当される九星の表。
下の画像は生まれ月と九星の表なのですが、月に配当される九星は年によって替わっており、複雑なものとなっています。さらにいえばその生まれ月も、厳密には5~6日ずつずれており、1月と表記されているのは1月6日~2月3日、2月は2月4日~3月5日、という具合だそう。
1PWとか3BLとかいうのはこの本独自の省略表記で、一白水星、二黒土星、三碧木星、四緑木星、五黄土星、六白金星、七赤金星、八白土星、九紫火星の数字部分と、色を英字表記した際の頭文字のようです。略しても文字数はあまり変わらない上に無駄にわかりにくくなって、手書きの労力を省略したかっただけでは……と思うところ。
ここでは、それぞれの気の性格診断、そして生まれ年の十二支や、生まれ月の気と合わさった場合の性格について詳細に述べています。
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たとえば1PW(一白水星)の基本的な性格は「外見は温和そうで一見気弱そうに見えますが、内面は剛気でプライドが高いのです」。
生年が1PWで生まれ月が4GR(四緑木星)という組み合わせだと、「十八歳までは石橋をたたいて渡るような用心深い性格」、「十九歳ごろから、孤独を好むようになり」、といった風に細かく書かれています。
三碧木星の年で五黄土星2巡目の月生まれだと、「歴史上の大人物はこの核心の生まれの人が多い」とのこと。なおこの本、核心の生まれごとの著名人リストも載っているのですが、その3BL・5G二順目の生まれに載っているのは、今里広記・坂本竜馬・桂米朝・太地喜和子・小林繁の5名。この中で歴史上の大人物といえるのは竜馬くらいでは……?

評者が該当する組み合わせを見てみたところ、独創的で人の真似をするのが嫌いとか、若くして事業を起こすが中年期に失敗とか書かれていて、まったく当たってないなと。むしろ五黄土星の方が、「自我が強く融通のきかない面があるので人づき合いは苦手で、人と会っているより、歴史などに興味をもち、書斎にこもって読書していることのほうを好みます。能力は組織の中では発揮できず(後略)」とか書かれていて、こっちの方がずっと評者に近いなと思う次第です。実際には生年も生まれ月も五黄土星にはかすりもしてませんけど。
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なお、各気にはその象徴となる言葉が大体1ページくらいに渡って列挙されており、5G(五黄土星)は画像の通り。他の気だと「天徳」「雄弁」とか良い意味の言葉も入っているのですが、ここだけほとんど悪い意味の言葉ばかり。5G生まれの人が気の毒になってきます。
あとは、九気のうちどれに近い性格かを割り出す、性格診断みたいなテストも載っています。どの気に該当するかは生まれ年や生まれ月で決まるのであって、性格で決まるものではないのでは……?

最後の最後になって、1983年2月から1986年2月までの気学から割り出した予測が掲載されています。ようやく予言っぽいネタが出てきてくれました
とはいっても、1983年の「社会的に大きな事件の発生する日は、五月八日、十七日、二十六日、六月四日」という風に、簡潔な文章が箇条書きされてるだけですけど。
wikiで日本と世界のその年の出来事を調べたところ、上記の日付に起きたのは「5月26日 - 日本海中部地震(M7.7)。秋田県を中心に北海道・東北地方の日本海側に甚大な被害を出し、104人が死亡(うち津波による死者は100人」というものだけでした。それにこの予測、災害は災害と書いてあるので、当たっているかは微妙なところ。
競馬、競艇、プロスポーツが活気づく」ともありますが、ミスターシービーはそこまで社会的な人気になりましたかどうか。
電気商品が活気づく」「各国の軍隊の動きが活発化しはじめる」といった、ひどく漠然としている上に、なにかしら該当する出来事はありそうな予測も。

1984年の予測では、「地震は、三月、五月、十二月に起こりやすい」。日本で同年の3、5、12月に起きた大きな地震は、3月6日の鳥島近海が震源、最大震度4というのくらいのようです。
一線級の人が引退する」といった、そりゃ誰かしら引退はするでしょうといったものも。ちょっと検索した限りだと、同年引退で引っかかったのは大相撲の高見山くらいですけど。

1985年の予測では、「新聞の社会面をにぎわす大事件の発生は、六月八日、十七日、二十六日、七月四日」。この日付に起きた出来事は、6月8日に大鳴門橋開通、17日に柔道の山下泰裕が現役引退。それらが社会面をにぎわす大事件かというと疑問です。6月18日だったら豊田商事の永野一男刺殺事件が起きてたんですけどねえ。
こうやって見ると全然当たってないなあ。

さてこの本、ムー・ブックスの一冊でなかったらまず取り上げなかったような本で、この頃はまだ路線も定まってなかったんでしょうか。内容もほぼ九星気学の理論と実践となっており、最後に載っている予測はムー読者へのサービスっぽいですし。裏表紙には「あなたが、本書によって気学の法則をマスターすれば、明日からの自分の運命を、意のままに、あやつることが可能である」とか書いてますけど、自分の運命を操れるようになった読者はいたのでしょうか。

ミステリーゾーン特報班編『【怪奇】あなたの知らない恐怖世界』

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今回取り上げるのは、ミステリーゾーン特報班編『【怪奇】あなたの知らない恐怖世界』(青春BEST文庫)。初版は1991年、手元の本は同年発行の第2刷。取り上げる本もネタ切れしてきたといったところですが、編者のミステリーゾーン特報班は当ブログ2回目の登場で、前回取り上げた『科学では説明できない奇妙な話 怪奇ミステリー篇』はKAWADE夢文庫の本でした。複数の出版社から本を出しているということは、実体のあるチームみたいですね。
カバー折り返しの編者紹介には、「けっして面白半分ではなく、メンバーはみな真剣である」とあります。そんなことをわざわざ主張されると、真面目に本を作っているのか余計に心配になるんですが。
前書きには次のような文章が。
本書を読みすすむうちに、あなたは死者のたたりや霊の徘徊、動物憑依の実態を知り、恐怖とともに“もう一つべつの世界”があることを確信するはずです。その後遺症としてあなたは、日が暮れはじめると憂鬱になる、なかなか眠れない、トイレにいけなくなる……といった症状に襲われる可能性があります。覚悟してください
やたらと大げさですねえ。評者は最後まで読んでもそんな症状は出なかったばかりか、就寝前に読んでいたらすぐ寝付いてしまいましたけど。
中岡俊哉先生などは、前書きで「霊は決して怖いもの、恐ろしいものではない。(中略)水一杯、お線香一本を供えてあげることで霊は浮かばれていく。霊は恐ろしいものではない。恐ろしいのは霊に対する無頓着心だ」とか穏やかなことを述べてから、本文では霊障で人が死にまくる恐ろしい話を書き連ねたりしたものですが(『出た! 恐怖の新名所』)。
なお、巻末には参考文献リストが掲載されており、当ブログで取り上げた本もちらほらと。本文中でも出典は明記したりしております。
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それでは本文を見ていきましょう。
基本的に孫引きで構成されているのでどこかで見たような話が見受けられ、また有名人に関わる話も多目となっております。たとえば、森村誠一氏が山小屋で不気味なロウソクを見た話など。
わたしの怪奇ミステリー体験2』に載っていた西丸震哉氏の話もあるのですが、ここでは女の幽霊に攻撃を加える前に、「なにか浮かばれないなら、力になるからいってみろ」と声をかけたことになっています。
山で不気味な登山家と遭遇した話は、「ところが、他のメンバーたちも、いま自分たちがみた男の“正体”を肌で感じとっていた」と、幽霊であることを示唆するだけとなっています。『わたしの怪奇~』では、その登山家はかつての自分自身だった、という意表を突くオチになっていたんですけど。この本はありきたりなつまらない話にしてしまったような

TBSアナウンサー・榎本勝起氏のエピソードも。TBSラジオの朝番組でおなじみの方で、伊集院光のラジオ番組にもゲスト出演されていた「榎さん」ですね。
1967年のこと。怪現象が報告されている不気味な別荘を取材した後、駅で列車を待っていると、薄茶のワンピースを着た30前後の女性に声をかけられ、東京へ戻るのなら自分の車に乗っていかないか、と誘われた。しかし列車の方が確実だからと断った。
二日後、地方紙の上毛新聞を読んでいると、こんな記事が目に飛びこんできた。
「身元不明、うす茶のワンピースの女性が運転する車が、碓氷峠のガードレールを破って転落、即死……」
あのとき、誘われるままに車に乗っていたとしたらと思うと、榎本さんはゾッとするのだった。
これって単なる交通事故の話では……? ガードレールを突き破った車が消えていたとか、あったはずの運転者の死体が消えていたとかいうのならまだしも。碓氷峠で女性の運転する車といえばシルエイティ……と思ったものの、1967年にシルエイティがあるわけはありませんね。
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中岡先生の本からの引用も2つ載っています。
『密教念力入門』の著者・中岡俊哉さんが、昭和四七年二月、大分県のある真言密教の寺へいったときのことだ
前に取り上げた本ですね。ここでは恵延阿闍梨が行方不明の女性の場所を言い当てた話が紹介されています。
もう一つ、「中岡俊哉さんがタイへ出かけたとき、バンコクに住むスチャーンという老僧とあった」として、行方不明になっている軍人の死体の場所を老僧が言い当てた話と、老僧が来日した際に東京タワーに悪霊が憑いていると言い出して供養を始めた話が紹介されています。
記事の最後は次のような文章。
なにしろ東京タワーは、増上寺という聖域の一部をさいて建造したものだから、どんな霊にとりつかれているかわからない。今日まで無事立ちつづけているのは、スチャーン老僧のおかげかもしれない
中岡先生による原典の締めくくりは「タワーが増上寺の墓の一部を割いて建てられた事実を考えると、一笑に付してしまうわけにはいかないと私は考えた」という控えめな文章になっています。無事に立ち続けているのは老僧のおかげかも、というのは特報班の感想なのでしょう。それはともかく中岡先生から孫引きする本というのも意外とあるものですね。

その他、面白い話を見ていきましょう。
渋谷区の千駄ヶ谷にあるお化けトンネルでのこと。タクシー運転手がそこを通りがかったところ、髪を振り乱して四つんばいの女性が手をあげていた。運転手は「かかわりあいになりたくないと、思わずアクセルを踏む」。
タクシーは正当な理由がないのに乗車拒否するのは違法なのですが、髪を振り乱して四つんばいというのは正当な理由になるんでしょうか。
ところが驚いたことに、バックミラーから女性の姿は消えない。よつんばいのまま、ついてきているのだ
マッハばばあの四足歩行バージョンですね。

東京の銀座や六本木あたりを流すタクシー運転手が遭遇しやすいという恐怖体験。
数人づれのサラリーマンを乗せ、一人ずつ家まで送って降ろしていったところ、最後の一人しか残っていないはずなのになぜか後部座席から会話が聞こえてくる。赤信号で停まった際に後ろを覗き込んだところ、
すると、なんとその男は一人でブツブツと何人もの声でささやいていたのだった。なんとも不気味な姿だった
その男がいつの間にか消えていたとかいうのならともかく、消えたりせず普通に料金も払ってくれたのなら、それはただの不審者だったのでは
一人会話の主は中年男の場合が多いが、若いサラリーマンやOLの場合もあるそう。
「あるいは、過労死で職場を去らなければならなかった企業戦士の霊でも乗り移っているのだろうか」
こういう本の定番、無理矢理心霊方面に話を持って行く文章ですね。

札幌にある喫茶店の店主さんは、たびたび不思議なものを目撃しているそう。本文では喫茶店や店主の名前がしっかり明記されております。
小学生の頃、北海道大学のキャンパスでかくれんぼをしていた際、「古い木造校舎の床下に潜りこんだ」ところ、小人の祭りに遭遇。「しばらくの間、小人の歌や踊りを楽しんでいた」。
北海道だからコロボックルとかそういうのでしょうか。
数年前には札幌市内で、「黒いマントに山高帽子という姿で、肌は緑色」という人物に遭遇。宇宙人だと思ったところ、いつの間にか消えていたそう。
まわりには大勢の人がいたのだが、誰もその男に気づいたようすはない
周りの人が騒いだりしなかったのは、その男が実際にはいなかったか、普通の肌の色だったからでは……?
この人はUFOもたびたび目撃していたとのことで、単に幻覚を見やすい体質というだけなのではと思うところです。妖精みたいなものとUFOを同じ人が目撃しているというのは、ジャック・ヴァレの説を思い起こさせて興味深いですけど。

さてこの本、よくある恐い話本かと思いきや、これは怪奇現象なのか? という話がところどころ載っていたり、他の本で読んだような話が多かったりと、なんともいえないところでした。有名人の話が多いのは、当時の週刊誌が参考文献に多く入っていたためでしょうか。前書きにはやたらと大げさなことが書いてあったものの、この本を読んで、「日が暮れはじめると憂鬱になる、なかなか眠れない、トイレにいけなくなる」ような人はまずいないのではと思われるところです。日が暮れ始めると憂鬱に……というのは本とは関係なく別の理由でなる人なら結構いるかもしれませんけど。

犀幸太著『スーパー・マインド開発法』

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今回取り上げるのは、犀幸太著『スーパー・マインド開発法』(ムー・ブックス)。初版は1984年、手元の本はその初版。
著者は「さいこうた」と読み、「三立電機株式会社専務取締役、日本電子部品輸出協会副会長など、数多くの要職を歴任」。「多数の特許を持つエンジニア」だそう。この筆名はおそらくpsychokinesisから採ったのでしょう。
内容はというと、機械を用いた超能力開発と、その機械の製造法といったところでしょうか。
プロローグでは、「20世紀は科学文明の時代」だとか、「イデオロギー的に左右の両極に分裂した結果、各国は国民生活を犠牲にして軍備の拡張に狂奔し」とかいった当時の世相への怒りが綴られています。その東西対立が終わった今の方が軍事費はずっと巨額になっているわけですけど。
輝かしい21世紀を迎えるためのビジョンとして、「また世界的規模での軍備撤廃が討議されなければならない。地球資源の分配が再検討されなければならない。大国のエゴを制限する必要がある(後略)」などと主張したりも。一体何の本なんでしょうか
このように人間が物質追求指向になるのは、科学という学問に傾倒したことによる必然の結果であり、その終局は人類の滅亡につながる」といった科学万能主義への怒りや、「現在までの科学の進歩も、人工的に生命を創造することは実現していない」などと科学の限界を指摘する文章も。
だから科学では計り知れない能力を開発する必要があるということのようです。

それでは本文を見ていきましょう。
最初は振り子を使った方法。ぶら下げた振り子を、腕は動かさずに思念だけで動かすというもの。紙に十字の線と丸を書き、前後に揺れるとか右回りに円を描くとか、思った通りに動くようにするのだそう。
あとは、一定のポーズで強く手を合わせたら勝手に腕が震えてくるとか。こういった現象について次のように説明しています。
人間の心が現在意識(顕在意識)と深層意識(潜在意識)の二重構造になっていることが明確にされたのは、20世紀における心理学の大きな成果であった
第六感を働かせるにはこの潜在意識が重要だそう。
さてそこで、潜在意識野の働きが自律神経の活動によって、停止状態の大脳皮質に作用し、その結果として筋肉に反射的に動くように作用して、意識の命令によらず、筋肉が動くことがある。これがオート・マティズムである
なにやらまわりくどい言い方をしてますが、要は筋肉の不随意運動ですね
シュブリール振り子の練習や霊動法は、その状態を作り出すためのもの」とのことで、念の力で振り子が動くと主張するわけではないようです。
本の終盤、コックリさんについて述べた際も……。
本来は、うなずくようにコックリと動いて答えを与える道具であることから名づけられたもので、狐や狸などには何の関係もない。深層心理にもとづく第六感のオート・マティズムで作動するもので、振り子とまったく同じ原理にもとづくものである
コックリさんは筋肉の不随意運動というのも、現在の定説と同じですね。このあたりは科学的といえば科学的で、トンデモ度は低めとなっています。
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問題はここから先で、潜在意識を動かして第六感を発動させ、占いをしたり未来を予知したりといった話に進んでいきます。最初に紹介されているのは振り子を使った占い法で、「振り子は単に第六感の潜在知覚を意識でわかるようにするための増幅指示器にすぎない」。
この、顕在意識よりも潜在意識の方に力があるみたいな決め付けはいかにもオカルト本といったところですが。
ともかく地図の上で振り子を揺らせば、紛失物や行方不明者の場所がわかったりもするのだそう。

その他、「イギリスなどでは、たとえば、病気になった場合の医師や病院の選定のためとか、薬の選択まで振り子占いで決定しているが、ことは人命にかかわるものであり、医学方面までの応用は行きすぎと考えざるを得ない」と警鐘を鳴らしたりも。
医師などが医療行為に振り子を用いたとしたら大問題ですが、患者の側が占いやらお告げやらをあてにしたりするのはよくある現象なのでは。
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この本、要所要所で本筋から若干離れたコラムのようなものが設けられております。
画像のこの記事などは、東ローマ皇帝ウァレンスは実在するものの、大戦中の振り子で敵艦艇の居場所を探っていたとか、オーストラリアでは振り子占い師を公務員として採用とか、なんか民明書房っぽい印象を受けるところです。
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さて、潜在意識というか第六感を鍛えるための方法や装置も数多く紹介されています。こんな風な回路図がいくつも掲載されているものの、機械に疎い評者としてはなにがなんだかわかりません。
画像の装置はテレパシー実験の際に使うもので、一定のリズムで発光したりするのだそう。

また脳波をθ波(シータ波)にすることも重要だそうで、そのためには感覚器官を遮断するのがいいとのこと。なにやら『聖闘士星矢』のセブンセンシズを覚醒させる方法みたいですが、この本の方が先です。
そのため、ピンポン玉を半分に切ったやつを赤く塗ってから目に貼り付けるとか、テレビのホワイトノイズ(砂嵐音のこと)を録音したテープをずっとイヤホンで流すとか。その実験をしている姿はかなり恐いものがあります。
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ホワイトノイズについては、「昼間にこの録音をするには、テレビセットからアンテナを外し、アンテナ端子をアースにつなぐとシャーッという音が出て録音できる」とのこと。
そんな面倒なことしないでも、2とか5とか11とか放送局のないチャンネルに合わせればいいのでは……とも思ったものの、そうした中間のチャンネルだと隣のチャンネルの映像や音声がちょっと入ってしまうんでしたっけ。地上波アナログが終了して十数年経った今となっては確かめようがありませんけど。
あとは、裏返したカードの色やスートを当てて統計を取るとかいった普通の実験や、オーラを見るとかいったものも。
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機械も色々載っているのですが、このオーラメーターって、人体の発する微量な電気を測定しているだけなのでは? と疑問に思っても、理数系や機械に疎い評者では確かなことはいえないのが悲しいところ。
手の平を近づけるだけで筒を転がすとかいう実験は、これって単なる静電気では?とか疑問に思うまでもなく、「この練習がうまくいくには、プラスチック・テーブルの表面が念力放射によって静電気を帯びるようになることが必要である」とか書いてあって、なんともいえない気分にさせられます。静電気が必要なので湿度の低い日にやるといいのだそう。

さて、超能力実験を行うにあたって重要なことがあるとのこと。
日本においては橋本健博士が、超能力実験をする場合に科学的実証をしようという態度が強いと、超能力現象は発現できないという事実を発見、それを「科学効果」と称している
それはある意味当たり前というか、真面目に検証しようとすればするほど、インチキをしたり、甘い基準で認めたりするのが困難になるからでは。
しかし著者の見解は違うよう。科学は「疑う」ことから出発するもので、「物質の研究はさておき、人間関係で疑うことからは善が生まれてくる可能性は何もないのである。人類の悪業のひとつである国と国の戦争も、もとは疑うということの上に組み立てられた疑いの塔なのである」などと憤っております。
プロローグに続いてまた戦争がどうとか本筋から離れたことを言い出しているのは置くとして、人々が疑うことを忘れたら詐欺師の天国になりますし、戦争にしても、指導者の言葉やら神国思想やらを人々が信じるから遂行できるんでしょうに。
ともかく「あらゆる種類の疑う心を完全に放棄」し、信じこんで実験をすれば必ず成功するのだそう。

さてこの本、一応ジャンルとしては超能力本ということになるものの、筋肉の不随意運動やら静電気やらを前提としていたり、中途半端に科学的な一冊でした。顕在意識の裏に隠れる潜在意識こそが超能力の本体、とでもいったような主張は中々興味深いところです。この本で紹介されている数々の超能力開発マシーンは、実際に作った人がいるのか気になるところ。簡単に作れそうものもある一方、やたらと複雑なものも載っていたりするのですが。

平川陽一編著『学校の恐怖体験』

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今回取り上げるのは、平川陽一編著『学校の恐怖体験』(勁文社文庫)。初版は1994年、手元の本はその初版。ケイブンシャの本ですが子ども向けの大百科シリーズではなく、一応は大人向けの文庫となります。とはいえ大百科も恐怖体験ものが多かったで、やってることは同じ、ともいえますけど。
著者の平川先生は先行オカルト本からの孫引きで本を作るタイプの人で、この本のように特に参考文献はなく、「読者から寄せられたさまざまな体験談」(まえがきより)から一冊作り上げるというのは珍しいパターンといえます。

それでは本文を見ていきましょう。
次々と不幸に襲われる演劇部の悲劇」は大体タイトル通りの内容。「悲劇」というのは霊障の被害と、演劇の悲劇をかけているのでしょう、多分。ともかくこの部では、部員が次々と事故に遭って怪我人が続出。
舞台衣装を縫っていてミシンで手も一緒に縫ってしまった子もいる
ここのところはギャグなんでしょうか
あとは、顧問の先生が不倫で刃傷沙汰に巻き込まれたり。そのため「この部は祟られているという噂が広まって」しまい、部員も次々と辞め、新入部員も減少することに。
当初、「演劇部は総勢八十人以上の大所帯だった」ものの、事件が発生した頃には部員は10人しかいなくなっていたとのこと。全校生徒がどれくらいいたのかはわかりませんが、部員80人の演劇部というのも凄まじい話です。
さて、文化祭ではシェークスピアを演じるのが伝統だったので、少人数でもできる『ロミオとジュリエット』を上演することに。
劇自体は無事に終わったものの、客席ではずっと低いうめき声のようなものが聴こえていた。だが客は「これも演出のための音響効果だろうと納得していた」。
舞台を録画したビデオにもその音は入っていた。
それは女性の泣き声だった。スローで再生してみると、シクシクと泣き続ける女性の声とはっきりわかった
このスローで再生というところがちょっとわからないんですけど。低いうめき声みたいのをスロー再生したら声のピッチはさらに低くなって変な重低音になりそうな気が。
その泣き声については……。
芝居に感激して泣いているとは考えられなかった。今どき、『ロミオとジュリエット』で涙を流す女性がいると考えるのも不自然だし、それほどの演技力があるわけでもないことを、当の本人たちがいちばんよくわかっていた
演技力は置くとして、客を泣かせる気がないんだったらなんで『ロミオとジュリエット』を上演したんでしょう。ていうかシェイクスピアに謝れ。
ここで真相みたいのが明かされます。かつてこの演劇部では主役に選ばれなかった部員が自殺するという事件があって、その際の演目が『ロミオとジュリエット』だったのだそう。つまらないオチだなあ
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無人の教室でひとりでに動くワープロ」は、次のような文章から始まります。
普通高校卒業後、都市銀行に入行したものの、三年後に退社し、ビジネススクールへ入りました。将来のことなど不安が込み上げてきて、トラバーユしようと決意したのです
とらばーゆって死語もいいところだなあ。この本が出た1994年の時点ですでに死語だったのでは。フランス語で転職の意味だというのはわかりますけど、どうしても雑誌のイメージが。
恐怖体験の内容はというと、ビジネススクールでワープロを学んでいたら(そんなもん独学でマスターできないのか?)、誰も操作していないワープロからカタカタと音がして、そこに落ちていたフロッピーを読み込んでみたら誰かの遺書が入っていた、というもの。やはりあんまり面白くない

珍しい霊が出てくる話も。考古学の研究員が大学で学んでいた頃の話。遺跡で人骨を発掘し、大学の研究室に持ち帰ったところ、人骨の入ったケースの中になぜか赤ん坊が。抱き上げてどかそうとしたところ、今度は男が出現。
後退りして見ると、その男性は歴史の本で見た奈良時代前の人間のような格好をしています。髪の毛は上でまとめ、ヒゲを生やし、腰には剣を差しています
その髪型というのは、角髪(みずら)ではないんでしょうか。なんにしても、鎧武者や兵士の霊ならともかく、奈良時代以前の人間の霊というのは珍しいですね。高松塚古墳の発掘に関わった人が次々と死亡……などというネタもありましたけど古代人の霊は目撃されていなかったような。
その古代人は剣で切りかかってきたものの、花瓶をぶつけたら消滅したそう。
その後現場から、大小2体の人骨が出土。先に発掘されたのは母親、後から発掘された2体はその夫と子どもだと判明したとのこと。その後から出土した人骨が、霊として出てきた古代人と赤ん坊だったのではというオチとなっています。
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日本軍の亡霊が白昼のキャンパスを行進」は大体タイトル通りの内容。
大学の同窓会で上映するため、美人の人妻Mと二人で母校の様子を撮影に行ったところ、グラウンドで、行進する大勢の兵隊や、モンペを穿いたおばさんなどに遭遇。
たしかに大学のキャンパスは、もと日本軍の施設の跡地で、移転する前も、兵隊さんの幽霊を見たという目撃談はたくさん聞いていました
明治大学の生田キャンパスでしょうか?
ともかく幽霊の間を縫って脱出し、グラウンドを振り返ってみると誰もいなかったそう。ここまではよくあるパターンですが……。
そんな不思議な体験をしたのに、Mさんと僕は、駅近くの喫茶店でケーキを食べて、普通に世間話をして帰りました。あの不気味な出来事のことを思い出したくなかったのです
戦時中の兵隊や民間人にとっては夢みたいな物をわざわざ食べて帰ったわけですね。戦争との関わりについて掘り下げたりせず、ケーキ食べて世間話して終わりというのは、恐い話本としては消化不良な感があります。とはいえ人間の行動としてリアリティあるのも確かかもしれません。

最後に掲載されている「印画紙に写った見知らぬ顔の美人」が中々興味深いエピソードとなっています。
私は三年前の二十八歳のとき、中央線のN駅近くのマンションの一室を借り、そこを事務所にしてデザイナーを始めた。デザインは(後略)」
こんな感じに、当初はデザイン会社に勤めていたが大手の下請け仕事やらわけのわからない接待やらで嫌気がさして辞めたとか、今の仕事は厳しいがやり甲斐があるとかいった、どうでもいい自分語りが1ページ半に渡って綴られています
本題は、この投稿者が十数年前、「印刷やデザインの専門の高専に通っていた」頃のこと。
写真を現像していると、撮ったはずの風景ではなく美人だが不気味な女性の顔が写っていた。すると写真に写っている顔が表情を変え、すぐそばに女性の霊本人(?)が出現。投稿者は気絶してしまう。この霊は以前からたびたび目撃されていたとか。
その後、クラス会が行われた際、教師から次のような話を聞かされることに。
「ずいぶん前、そう、おまえたちがまだまだ赤ん坊だったころ、ある殺人事件があったんだ。学校の教会の脇の林で、若い女性が殺されていた。犯人はその教会の神父ではないかと騒がれ、新聞などにも取り上げられて大きな問題になった。ところが、神父は外国人だったし、教会の組織にまで警察は立ち入れなかった。そのうちに教会の関係者がその神父を外国へ逃がしてしまうという事件だった」
これはまさか、松本清張先生が『黒い福音』で描いたBOACスチュワーデス殺人事件のことでは……?
こちらもまた、外国人の神父が最有力の容疑者とされながら、出国してしまい迷宮入りとなっています。事件が発生したのは1959年、投稿者は現在31歳、94年という刊行年から逆算すると63年生まれで少々ずれていますが、投稿から掲載までのタイムラグを考慮すれば計算が合わないこともありません。
もっとも、死体発見現場近くの学校というと、ミッション系ではない高千穂大学しか見当たらず、符合しない部分もありますが。
事件の記憶が幽霊話に発展していたというのなら実に興味深い話です。

さてこの本、薄味というかなんというか……。派手で面白い話があるわけではなく、かといって地味なら地味でリアリティがあるというわけでもなく、中途半端な一冊でした。投稿者の自分語りだとか、幽霊話から離れた学校の様子だとか、どうでもいいところでディティールが細かいのも特徴でしょうか。あとは、こんなタイトルながら、英会話学校とか専門学校とかビジネススクールとか、一般的な学校とは少々違ったところが舞台となった話も多かったり。まあ、読みやすかったのは確かですけど。

広瀬謙次郎著『21世紀超予言』

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今回取り上げるのは、広瀬謙次郎著『21世紀超予言』(扶桑社)。初版は1988年、手元の本は90年発行の第3刷。著者は1918年生まれ。この本の刊行時点ですでに古希を迎えていたことになります。名字は違うものの、父親は日本商工会議所初代会頭や貴族院議員を務めた藤田謙一。孫文を庇護したりもしていた人物で、そのため著者が中国や台湾を訪問すると、あの藤田謙一のご子息ということで大歓迎を受けたりするのだそう。
本人は霊夢(予知夢)によって関東大震災やら日米開戦やら三原山噴火やらを次々と的中させてきたとのこと。この霊夢という方法について、と学会の藤倉珊氏は次のように述べています(『トンデモ本の世界』洋泉社版より。取り上げられていたのはこの本ではなく『ヘンリー大王とヤマト救世主』)。
「しかし広瀬氏の予言の方法はあきれ果てたものである。夢を見るという実に楽な方法なのである。修行もいらない、資本もいらない、あやしげな古文書を解読したと称した後に原典を持った学者から誤りを指摘される恐れもない」
とはいえ「予知夢」という言葉もある通り、夢で未来の光景を見るというのはありがちな話で、エドガー・ケイシーによるリーディングという例もあります。藤倉氏の批判は、ツッコミを入れにくい方法に対する難癖と思わないでもありません。というか、資本が必要な予言方法というのは一体……。
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それでは本文を見ていきましょう。
最初に載っているのは、「一時株価は上昇するが、早ければ八八年末頃、遅くとも九〇年夏以降には、再び史上最大の大暴落が起こり」といった近い将来の予言。ここのところは、あと1年くらい後の設定にしていれば……と思ってしまいますが。
二〇〇〇年前後(一九九八年頃)には、中国は自由主義国家となり、香港、台湾などとの連邦が完成され」、「オリンピック後も韓国は現状のまま進展し、著しい発展興隆を遂げ、早ければ一九九二年までに遅くとも一九九八年までに南北統一連邦を完成するだろう」といったいまだに実現する様子のない予言も。
逆に東西ドイツは「二〇〇〇年前後には統一、連邦するようになるだろう」と、もう少し早い年代にしておけば……といったものとなっています。

一方で食糧危機も迫っており、広瀬先生への神示の中には「食うもの、飲みものも皆失くなる時が来るぞ。今のうち草の根、木の葉を干して貯えておけ」というものもあったそう。もっとマシな保存食はないんでしょうか
あとは第三次や第四次世界大戦、天変地異の予言なども。
ポールシフト(極移動)については、ハプグッドやヴェリコフスキーの説やら、『日月神示』やらを引いて詳細に述べております。
極移動を含む全世界の地殻変動、大洪水などの大異変を防ぎ止める唯一の手段方法としては、全世界の優れた霊能者の大群が真に一致団結して一心不乱に祈ることである
もともと「予言には決定的な部分と変え得る部分とがあり」というのが著者のスタンスなわけですが、霊能者が集まって祈れというのは珍しいといいますか。
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あとは広瀬先生の予言の特色といえば忙しく沈んだり浮かんだりする大陸で、ここも文章で詳述されているものの、状況を把握しやすい地図も載っているのでそれを載せておきましょう。これが2020年頃の状況だとのこと。
もはや原形をとどめてないというか、凄まじい天変地異が起こるみたいですね。

とはいえこの本の面白いポイントは、国際政治や天変地異、戦争などの予言ではなく、未来社会の姿だったり。
「二〇一五年三月頃」地球連邦結成準備委員会が「イヤサカ」で開催され、それまですでに二〇〇〇年前後に結成されている東アジア連邦、印度亜連邦などのほか、各小連邦結成国が参集して、「地球連邦」結成の具体的な一歩を踏み出し、二〇二〇年頃には初の火星への宇宙船の集団着陸がアメリカ、EC、日本の協同で行われ、火星への移住の幕開けとなる。
イヤサカというのは浮上したヤマト(ムー)大陸の首都。
ここまでの予言によれば第三~四次世界大戦が勃発したり、ポールシフトが起きたり世界地図が原形をとどめなくなるような陸地の浮沈が起こるはずだったんですが、地球連邦が結成に向かい、人類が火星に進出とか、随分と順調に発展するんですね。
2027~30年頃には「ほとんど光速に達するまでに、推進可能な反物質推進大型宇宙船が続々と建造される」そう。
二〇三三年七月には、銀河系内ではじめて地球外知的生命体との会議が開かれ、宇宙人がその多くの種族を参集させて、地球人との連合結成を協議する
~~年頃、ではなく月まで指定されているあたり、確実性の高い霊夢だったのでしょう。それにしても、最初は株価の大暴落がどうとか現実的なことを述べていたのに、宇宙人まで出てくるとは。

食糧とする動植物も現代とは違って格段に研究調査が進歩し」、要は食材が増えるそう。例として載っているのが……。
(一)蟻、蛾、蜂の巣、なめくじ、みみず、とかげなどの虫類
(六)食用岩石、食用砂」
昆虫食は必要性が説かれているわりに浸透しませんが、少なくともナメクジはやだなあ。
食用岩石とか食用砂というのもどんなものなのか想像し難いところ。食べられる建材とかでしょうか。

2100年以降の予言も載っており、テレパシー装置や飛行器具を各人が持つようになり、医学も進んで寿命が何百歳にも伸びるとかなんとか。
22~23世紀には「食物も、単に小粒の丸薬のようなものを一日一粒くらい食すれば、栄養・満腹感ともに満ち足りるように」なるそう。
なんかこの著者、草の根を干して蓄えろとか、食用岩石とか、一日一粒の丸薬とか、食の娯楽に対して妙に禁欲的というか否定的なんですよね。戦中派だからでしょうか。
ともかくこうやって見ると人類の未来は薔薇色のようで、第三~四次世界大戦だとか大陸沈没と浮上だとかが発生するようには思えません。一応「第三次、第四次大戦の防止と地球連邦の建国」などという章を立て、ノストラダムスの予言を引用したりもしているわけですが……。

さて、未来世界の超技術の背景には、ムーの超文明があったそう。
この点からムー文明の超医学では、患者に対して(中略)それを、コンピューターにインプットし、ブラウン管上にさまざまな色に彩られた身体図を表示し(後略)」
ムーで使われてたのは、液晶でもプラズマディスプレイでもホログラムでもなく、ブラウン管だったんですか……。
超古代の地球において、世界を統治されていたのは、実に日本の「万国棟梁天職天津日嗣天皇」であり、「天浮舟」に乗って、全世界万国を巡覧統治されたことは、多数の古文書(宮下文書、上記、九鬼文書、秀真伝、東日流外三郡誌、物部文書、カタカムナ文書、竹内文書、旧事本紀)に明らかである。これは多くの霊能者、歴史学者らも、今日では等しく認めている歴史的常識である。
歴史的常識は置くとして、超古代の話でも天皇の行動を述べるのには敬語を使うんですねえ。それと、さりげなく東日流外三郡誌が入れられてるのがひどい。この本は日本凄い、天皇家凄い的な能天気な偽書ではないわけですが……。こんなところに並べたら偽造者の和田喜八郎さんが泣いちゃいますよ。

あとは、いかに広瀬先生が世界平和に貢献したかといったアピールも。
筆者が、日中復交や米中復交を舞台裏で工作し成功に導いたときもそうだったが(後略)」
ソウル五輪の直前に北朝鮮が国境付近にミサイルを配備しようとした際は、「筆者と韓国随一の心霊作家たる安東民氏との「共同呼びかけビデオ」の金日成主席への送付(梶谷善久氏親書添付)によって、未然に防止できオリンピックも無事その幕を閉じた」そう。
中には、こんな主張も。1983年に刊行した『宇宙大予言』という本で新人類という混血人類について述べた。
そして、ついに、私の定義した「新人類」なる新語が大流行し、一九八七年には「新語金賞」を獲得したが(後略)」
ありましたね新人類。評者的には真っ先に思い浮かぶのは長州力だったりします。それはともかくこの言葉、wikiなどによれば栗本慎一郎による新語みたいなんですけど……。どうも、流行語になる前に自著でたまたま同じ言葉を使っていたのを、自分が流行らせたと思いこんでしまったようです。日中国交正常化や北朝鮮のミサイル配備なども同じ事情だったりしそうですが……。

さてこの本、単なる最終戦争の予言とは一味違った、遠い未来の予言やら、超古代文明ネタやら、色々盛り沢山の一冊でした。なんでも詰め込めばいいというものではないともいえるわけですが……。結局未来社会はどのようになるのかよくわかりませんし。広瀬先生は父親が大物ということで、そのため中国や台湾を訪問した際は大いに歓待されるそう。あの扶桑社から本を出せたのもそうした縁なのかもしれません。

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