前科無き日常

気づけば開設9周年。。。

June 2005

もがき

 今日は、ゼミの先生に用事があり久しぶりに大学へ。
卒業以来連絡取ってないのに急にアポとっていったため、やや緊張して、トークもお互いに重たい感じ。俺の元気のなさは相変わらずだったものの、先生も元気がなく、少し心配になりました。
 
 その後ぼいぼい氏と邂逅。しばし、相変わらずの会話を楽しむ。ぼいぼい氏は淡々と自分の力を蓄えている感が漂っていました。
 
 その後少し恥ずかしかったんだけど、せっかく来たし、いろんな人に会おうと思って学生オフィスに顔を出してみました。夕方時だったので知っている顔がずらり。オフィスに入ったら、何故か拍手で歓迎され、みんなに揃ってお辞儀をされました。俺は西武グループの総帥か!?と見まがうばかりの歓迎振りにかなりびびりました。恐縮です。オフィスの中は相変わらずの忙しさで、懐かしいなあと思いました。
 
 その後変な流れでB自の執行部会議を少し見学。総会も近いということで文章を見せてもらいました。かなりしっかり書けてて人知れず感動しました。全然去年自分が書いたものよりいいものになっていました。文章のみならず、オフィス内の雰囲気もこないだ来たときより良くなってるし、安定してました。さすがです。
 
 オフィスを訪ねたのには裏目的のようなものもあり、それは、自分の足跡をたどるというものでした。進路に迷っている中で、進路だけでなく「自分のたどってきた道」も振り返る必要を感じたためです。実際、たどって、文章なんかも見てみると、去年自分がやってきた事、いい事悪い事(悪い事の方が多い)が、エッセンスとして少し残っていたり、後輩のところで解決の糸口が見出されていて、その事に感謝と安堵の思いがしました。
 
 去年の自分を振り返る時に最近なんかは、何もできなかったなあという思いばかりだったけど、それに加えて去年は無力なりに結構もがいていたという事を思い出しました。このままでいいのかと思って色々無茶したり、他の人に苦労させてきました(すいません、本当に)。今日見た限り、自分のもがきはよくも悪くも活動の中に多少は反映されていて、その事実として残った経験の蓄積をどんどんバージョンアップさせていく事が、組織としての歴史を作っていくんだなあと感じました。組織において何らかの事実を残したということに対して、自分はどれだけ責任を負わなければならないのだろうとか考える事もありますが、一方で、新しい人たちが、経験をまた新たにタフな足取りで作りつづけていることに関して、言い尽くせない感謝と畏敬の念がわきました。そして、自分の足跡は良くも悪くも、どこかに残っているという感覚、それがいずれ風化するとしても、自分の中には残しておきたいとも強く思いました。
 
 今日は色々な心理的な収穫がありました。少し減退気味だった意欲も回復し、前を向いて頑張ろうという気になりました。頑張ろうというより「前を向いていい」というような枷が外れたような感じです。暖かく迎えてくれたオフィスの皆さんに本当に感謝です。そして、これから続く総会、交渉を元気よく乗り切ってください。
 
また明日からはりきっていこう
 

言葉責め

 コンフェデの日本対ブラジル戦を待っていたらいつの間にか寝てしまい、見逃してしまいました。すぽるとで試合の詳細を見ていたけど、損したなーって気分です。WCを決めた北朝鮮戦より全然面白かった。日本の攻撃もパスが効果的かつスピーディーにポンポンつながって気持ちよかったし、ぱっとみでブラジルもやっぱり凄かった。そういう一戦を全部見れなかったことが残念でしょうがありません。奴隷労働の疲労のつけはこんな所に出てしまいました。
 
 という無念を胸に、今日は人材紹介会社の人と面接。採用面接ではなく、キャリアカウンセリングのようなもの。相手は、ややふてぶてしくて、細い現代的キャリアウーマン。このキャリアウーマンに僕のよどんだ精神のみぐるみをはがされまくりでした。会話の中で、自分の課題が次々と暴かれます。
 
,前は考え方が基本的にネガティブなんだよ。気色悪い
⊂来の目標が設定されておらず、前に進む野心が見えないんだよ!
自己評価が低いために自信の無さが出ているんだよ!
い修領∧屬慧に自信の無さ、不全感に安住する事で傷つく事を恐れているのさ!
イ弔泙蝓¬蟻未頬榲はプライドが高い。笑わせるねえ
自分の身の丈に合わない目標を設定して、その目標が達成できずにクヨクヨするなんてただの馬鹿じゃないか!いい気になるな
┐海鵑覆鵑世らいつになっても就職できないんだよ。どうにかしないとお前なんかどこも拾ってくれないよ!このガリガリのピノキオザルがっ!
 
 やや過剰に脚色しましたが、大筋こういう解明をされました。以上の結果「あなたは、無駄にネガティブで損をしている」という事でした。ポジティブだろうがネガティブだろうが価値観の問題だから正否は無いが、でもネガティブは損だということです。功利的でいかにも現代的な発想で好きではないけど、夏目漱石的にいえば「親譲りのマイナス思考で子供の頃から損ばかりしてゐる。」ということでしょう。これらの内面的課題を解決する帰結としては、
 
〔蟻未帽發ぅ蓮璽疋襪鮴瀋蠅靴覆ぁ出来ない事を焦らない。
△任ることを一歩づつこなしていってレベルを上げる。過去に自分が達成した事実を洗い出す。その事で自信を少しづつつける。
100点満点中80点だとしても失点の20点を気にしすぎず、まず80点を取ったことを客観的に捉えて評価する。
世間は自分が思うほど厳密でもネガティブでもないという認識を持つ。世間は(自分に対して)適度にいい加減で、適度にポジティブである。
 
 なるほどなあって感じです。痛いとこつかれてちくちくしながらも、うっすら思ってたことが人と話していく中でクリアになっていったのが気持ちよかったんでしょう。こういう認識をこれから考え方や行動にしみこませる必要を感じました。そうすりゃものの見え方が少し変わるかな。
 
 そしてもう一つの発見は、否定的なことを言われたり、怒られる事に対する耐性が随分ついてきてるなということです。自分は怒られるのがほんとに嫌いだったんだけど、面接や、バイトで怒られたり、悪い事言われた時の対応で強制的ではあるものの身につくこともあるし、弛んだ気持ちに喝が入って気力が沸く。このやろう見返してやるというダークサイドのパワーが沸いてくることもあるなあと思いました。
 
 ただ、怒るという行為において、怒る側の主張が正しかろうと間違いだろうと、往々にして怒る側が少なくとも短期的にはイニシアチブをとる人の世の構造についてはあまり怒れない自分にとってやはり不満があります。社会でイニシアチブを取るには、とにかく怒って、他者を責めればいいのです。ひっくり返し方を模索する必要があるテーマです。かなり話の本筋とずれてしまいました。
 
 結局今日は会社を紹介してもらえず、一週間の猶予を与えられて、再度の自己分析と、目標の整理、自己肯定的な感性の構築を宿題としてだされました。何かと今後の起点となるヒントを得た一日でした。

プロレタリアート・・・!

余りに悲惨だったので書くのも憚られたのですが、ここんとこの奴隷稼業について。

 昨日おとといと、奴隷派遣会社(言いすぎかな・・・)の指令により、彦根に新しく出来るホームセンターの内装工事のバイトに行ってきました。交通費が1000円以上かかり、一切支給されず、しかも、朝六時の電車で行かなければならないという悪条件。彦根駅に着くと、いかつい兄ちゃんと待ち合わせ。明らかにキムタクを意識した話し方とファッション、屈強な筋肉を具えたその兄ちゃんとの邂逅は、その後の悲惨を予見するに十分なものでした。一緒にいたメンバーは、京都から人不足のために彦根くんだりまで働かされにきた腰にコルセットをつけたメガネ君と、やや、神経質そうな、普段派遣会社の事務職をしている人。キムタクはともかく、その二人は、京都から始発で来て、交通費も相当額自己負担だから、割に合わないにも程があります。

 作業は、商品を陳列する棚を搬入し、組み立てる作業。まず、次々にフォークリフトで運ばれてくる棚のパーツを組み立てる位置に台車で運び、所定の位置におろしていきます。何度も、重たいものを運び、降ろしていく作業が続くと、へばってくる上に、館内は冷房が効いておらず、汗はダクダク。しかも、現場監督者がいちいち怒ってくるので、相当イライラ。問題のある行動に怒るのではなく、話し方自体がぶちぎれているので、どんな種類のコミュニケーションでも摩擦が生じます。そういう人が多い上に、それぞれが指示に統一性が無いために、ちんぷんかんぷんでやることなすこと怒られるような環境でした。世間知らずの僕は、世の中には、こんな不条理で、怒りが当たり前にあるような環境があること自体がショックで、肉体的なしんどさより、精神的なしんどさが大きかったです。

 そんな中でもキムタクは、エキスパートらしく重たい荷物を軽々運び、現場内では常にダッシュという超人的体力を誇示し、易々とこのような劣悪な環境に適応していました。別に尊敬はしないけど凄い人間っているもんだなと思いました。こういった環境でやっていくには、泣き言なんていってられんのです。

 二日目になると、要領も少し分かってきたので、冷静にこの「生き地獄」の構造を把握する事ができるようになりました。分からないことだらけの中でやってくには、しっかり指示を出して説明をしてくれる人に聞くのがいいということ、そして、むやみに怒る人に限って、指示が言葉すくなで曖昧で、その人自体の能率も良くない事が見えてきます。怒るエネルギーを能率よく組織的に仕事を進める方法の考案に当てろよと腹が立ってきます。ただ、怒る、言葉が少ないといった人が多いのは、日本の職人文化の一つで、こういった中で、言葉抜きでも対応できて、やるべき仕事が見えてくるような以心伝心的な「勘」ってあるなあと思います。いろんなものが見えてくると、しんどい環境でも、うまいことしのいでいこうという知恵とか、無駄のない所作が身についてくる。怒られても、いつものことだと受け流す事もできるようになってくる。そういう仕事の勘が備わっていれば、どんな環境でも、仕事をテキパキできるようになる。その勘が自分には全く備わっていないという事が度重なる罵声によってリアルに認識できた事は、今回の徒労で得た発見であるように思います。まだまだ、無駄な動きが多い。そんなこんなで、しんどかったけど、悪い事ばかりでもないなあと思いました。

PCM_05_06_20_0006.jpg 現場が琵琶湖の近くだったので、仕事が終わってバスの待ち時間に、琵琶湖に夕日を見に行きました。ろくでもない職場でろくでもない仕事しか出来ない人間にも、夕日は平等に光を提供します。携帯で夕日を撮ると光に線が入る事を始めて知りました。夕日を見つつ、京都からきた内勤の人の仕事の愚痴を聞いたり、昨日一緒にいった、サラリーマンやめて、ワーキングホリデー行ったり、ヨーロッパにバックパッカーしに行った人とも結構話ができたので、そういうのも良かったなーと思います。随分変な所にいるなあと思うし、早く脱出したいとは思うけど、決して、今の環境は無意味なものではないと思うし、意味のあるようなその先を求めるのが必要だなと思いました。

パイの実地獄変

 今日はロッテに搾取されに行ってきました。作業内容は、かのパイの実を作る作業です。蜂蜜を採るような厳重な作業着を来て、何重もの消毒作業をしてやっと作業場に入れるんだけど、そのややこしさとしつこさに早くもテンションが下がります。ゆるいベルトを持ってきたもので作業ズボンがずり落ちそうになった状態でいたら、「それが働く格好か!」とロッテのオヤジに怒られました。だもんでひさしぶりにオヤジに謝罪しました「すいません・・・」。去年は事あるごとにすいませんだったのに、今日の謝罪はピーク時の切れがなく、ややこもり気味のすいませんでした。すいませんと思いつつ、このやろうと思いました。
 
 作る作業といってもベルトコンベアを流れてくる膨大なパイの実の不良品をのけて、チョコを注入する機械の前で実を並べる作業と、焼きたてほやほやのパイの実の焦げた奴とか、出来の悪いのをのける作業をローテーションでやりました。作業場はチョコレートの匂いでクラクラします。
 
 パイの実を並べる作業は、パイの実が大量に流れてくるので並べ切れないこととかもあったけど、シューティングゲームみたいな感じで、ノーミスでやろうとすると、ゲーム感覚で楽しめるのでしんどいなりに楽しい作業でした。
 
 焼きたてのパイの実の不良品をのける作業は、不良品がほとんど無く、あまりに退屈な作業でした。あまりにも退屈に膨大に流れるパイの実の流れはまるで三途の川を流れる霊魂のようでもあり、紅の豚で沢山の飛空挺が雲の上に流れていくシーンを連想させたりなど様々なことを考えさせられました。極めて現実的、現代機械文明の象徴ともいえるベルトコンベアーがかくも幻想的な光景を誘発するというのは不思議なものです。しかし、幻想もつかのま一方でこの流れが人類の生存競争みたいだなあという連想がひときわ僕のテンションを下げました。ベルトの真ん中で焼きあがって大してトラブルも無くゴールまで流れていく人(パイの実)、端っこにいったものだから、どっかに引っかかってしまう人(パイの実)、節目で争う人(パイの実)、元々できが悪くて真っ二つに割れる人(パイの実)、何の不足も無いと思ったら不幸にもつまみ食いされてしまう人(パイの実)、パイの実一つにも冷酷な運命の掟が垣間見えます。それでもパイの実はコンベアを流され行く運命を受け入れなければならないのです。相当俺もきてるなと思いつつウダウダやってました。
 
 明日は京都府の合同企業説明会。そろそろエネルギー切れな上に占いを受けて以来羅針盤もグルグルだけど心を落ち着けてひとふん張りです。
 
 

世界の終わりとハードボイルドワンダーランド

 村上春樹の世界の終わりとハードボイルドワンダーランドをやっと読み終えました。
前の海辺のカフカも不思議な話だったけどこの話も相当不思議世界です。「ムラカミワールド」です。
 
 話は、「私」の冒険である「ハードボイルドワンダーランド」。「僕」による「世界の終わり」での話が同時並行で続きます。「計算士」という職業の「私」が天才老科学者によって、脳に実験を施されて、「私」自身の意識のコアである「世界の終わり」の模倣的なプログラムを植えつけられます。最初は仕事的な関わりだったのが、そのような秘密を、彼の能力を狙う者たちの襲撃などにより、知る事となる。秘密を知るため、天才老科学者を求めて「私」は科学者の孫娘と共に、地底を探検し、ついに、科学者にたどり着く。しかし、科学者の告白により、彼は数日のうちに、今ある思考回路から、科学者の作った「世界の終わり」の回路の中で生きていかなければならないと知る。そして「世界の終わりは永遠の生を生きる事」である。そして永遠の生の舞台が「世界の終わり」です。
 
 「世界の終わり」では一角獣が住み、壁に囲まれ、こころのない人々が住まう完全な世界での「僕」の話で、「僕」はその世界で彼の影と切り離され、一角獣の頭骨から、「古い夢」を読み取る仕事を任される。謎に溢れた生活の中で、彼は、世界の地図を書き、完全な世界に秘められた謎を少しづつ理解していく。そして、彼は、衰弱した影と共に「世界の終わり」を脱出しようと試みるが・・・大体こういう話です。
 
 感想は最初の老科学者を探すくだりなんかは結構スリリングでまさに「ハードボイルドワンダーランド」なんだけど、科学者とあって、永遠の生を生きなければならない事を知ってからは、死ぬ=今までの自分の思考回路を失うまで何をしようかという話になります。
 
 死ぬんだって分かってから少しテンションが下がってしばらく読まなくなったけど、頑張って読んでみると、死ぬって分かってからの描写の方がむしろ良かった印象があります。死ぬって分かってからも「私」はほぼ当たり前にコインランドリーに行ったり、女と飯を食いに行ったり淡々と過ごします。でもその淡々とした行為の一つ一つがいちいち意味を持っているのです。悪く言えば冗長かもしれないけど、あと何時間で永遠に生き続けなければいけないと分かったらそんなもんかなとも思います。でも実際永遠に生きることになったら何をしてきゃいいんだろう。想像もつきません。
 

ずばり言うわよ!!

 今日は、海の近くの占い師に仕事運を見てもらいました。何故か前から占いが好きなので、プロの人はどう占うんだろうという事も興味あったけど、それより今のわが身を診断してもらいたいというのが強かったのでみてもらいました。今までみてもらった占い師は、本で読んだ事がある占いをやってたので、何となく予想のつく鑑定をされたのですが、今日のは、西洋占星術であまりかじった事がない種のものでした。そして、この後占星術の脅威を目の当たりにします。
 
 わりあい普通のおばちゃん占い師に生年月日と生まれた時間を教えると、パソコンのソフトにデータを入力、星座板みたいな円形に無数の点と線が結ばれた図が浮かび上がりました。その線をみた占い師は「こりゃ頑固だ・・・」とつぶやきました。ドキッとしました。この人できると思いました。そして、鑑定結果は以下の通り。
 
〆なにやっても気が迷ってるから展望は無い。どんな仕事についても納得する事はできない。迷ってる時期だから将来のこととか考えても無駄。何でもいいから職について、何も考えないで一生懸命働け。そんで金ためろ。朝も夜も働け。今あんたの頭の上にもやもやが見える。そうしてると2007年くらいに運気が変わる。
 
∈は全く駄目な運気だけど、一つだけいい星が輝いてる。それが無ければ運の悪さに押しつぶされて病気になってる。
 
1超箸箸モノを売る仕事は頑固で言葉にムラがあるから全く向いてない。
 
い△鵑燭録欧覆い搬面椶平祐屬世ら8時間は寝ろ。貧血に気をつけろ。毎日野菜食べろ。
 
タ佑某┐訖Χ箸よい。
 
 やれやれ・・・ずばり今の自分をいいあてられ苦笑いするより仕方ありませんでした。しかし、人に触れる仕事ってナンなんだろう?それ聞いた時、卑猥な職業しか思いつきませんでした。しかも俺一応男だし、そういう市場はあるんだろうけど人の道踏み外してるよなとか思いました。
 
 しかし、人間の考え付く事ってのはなかなか侮れない。誕生日だけでこれだけ暴かれるなんて。なんにしろ、今考える事は意味の無い事らしいので、淡々とやっていかないといけないんでしょう。とほほのほ。

空白の一日

 今日は、就活もなく、バイトもタイミング上入れなかったので空白の一日でした。
 
 何もする事が無いというのも結構怖いもので、なんかしなきゃという思いに駆られつつも、ダラダラしてしまうのが人間の性。おとといが大雑把にいうと寝てない状態で五時半から夜まで肉体労働して、意識朦朧で家にかえり、泥のように眠ってしまったので起きたら昼という、黄金のダラダラパターンで一日が始まりました。徹子の部屋には友近がでてて、テンション挙がった徹子が友近に負けじといまや誰も知らない(俺もしらない)フランソワーズモレシャンの物まねをするという不思議な部屋でした。
 
 ダラダラペースで夕方になり、昨日もらえなかった給料をもらいにバイトの事務所へ。いつも給料もらいにいくと何故かトラブルになったり、小言言われるので足取りが重かったのですが、頑張って早朝から夜まで働いた事もあり給料もそこそこ貰えて、トラブルも無かったので、存外に気分がよかったです。
 
 それで、気分がいいついでに何を思ったか図書館に行こうという事になり、チャリで草津の図書館へ。新緑の草津川の遊歩道は気持ちがいいです。かなり。図書館で本を読んでたら、あっという間に閉館時間になってしまいました。図書館も結構好きで、本が一杯あってみんなが静かに本を読んでる感が心を落ち着かせます。
 
 その流れで適当に飯を食い帰宅。その後今日はバーレーン戦という事で中田のHPを覗きました。そして、何を思ったか世界のヒデに激励メールを送りました。何でこんな事するんだろうとか、俺の数千倍頑張ってる人に頑張れって随分人を馬鹿にした話かもしれないと思いつつ、まあいいやとばかりに送りました。今日の自分はかなり無駄な方向でアクティブです。
 
 無駄にアクティブな一日はまだ終わりません。たまには銭湯行こうという事ですぐ近くの草津温泉という詐称的銭湯に行きました。この銭湯に行くとほぼ100%背中にキレイな絵が描いてある怖そうな人が入っているのですぐ近くにも関わらずほとんど行った事がありませんでした。今日はいないだろうとたかをくくっていったら今日もやっぱり絵の描いてある人はしっかりいました。脅威の確率としかいいようがありません。しかもシャワーから熱いお湯がでないというかたぎにはシビアな温泉でした。でも湯船は大きいのでそれなりに満足しました。
 
 不安定な生活の中にあるとこういう変な空白がある一日が出てきます。こういう一日の積み重ねの中で、人は立ち上がるきっかけと情熱を失っていくことが実感されます。何もする事がないという恐怖と絶望に巣くわれるのです。でもそんな中で無駄だと思っても何かしてると気分も変わってくるのかなと今日は思いました。
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