前科無き日常

気づけば開設9周年。。。

November 2006

ストイック

 最近、いや昔から中々自分をコントロールできないと思っている。楽な方へ楽な方へ流れてしまう。努力とかそういう言葉は嫌いじゃないけど、自分自身をきちんとコントロールして「努力したな」と思えるような事がなかなかない。やらなきゃいけないことを後回しにして寝てしまったり、他のやりたい事したり(今もそう)とかが体に染み付いている。こういうのを堕落というのだろう。非常に具合が悪い。

 よくよく仕事とか勉強とか生産的な作業は、基本的には禁欲的な姿勢が求められる事が多いのではないかと思う。寝たいとか飯食いたいとかマンガ読みたいとかいう様々な誘惑を振り切り、緩んだ気持ちを凝縮させて対象に向かうというか。そういう習慣がないと、何をやっても、しっかりした手ごたえが感じられない。何かが達成されたとしても尻に火がついてからやっとこさ成り行きでなったようなことばかりだ。何かを生み出すのは基本的に原始的な欲求とはやや離れてるんじゃないだろうか。仕事を楽しむ、価値を楽しみながら生み出すとかは、ほんとに高度な精神的技能で、基礎的なことであるストイックな要素抜きに仕事を楽しもうとしても、ニュアンスが変わってくるんじゃないだろうか。

 もっと自分をコントロールして生産的なことを自在にできるようにしないといけない。やりたくないこと≒仕事の諸作業や家事などやろうと思ったタイミングでやれるようになる、諸欲をある程度コントロールできるようにならないとほんとこれから困るなと今更ながら思う。ストイックというと、滝を浴びるとか、毎日ジョギングするとか筋トレするとかしんどくてあまりしたくない事を進んでするというのもあるが、気が付いたらしてしまう事、したくなってしまうことをコントロールして、しないというのの方がまず大事な気がする。目下の最大課題の一つだ。そして目の前にはやらなきゃいけない仕事が・・・ストイックについて書いてるのにやってることは逆だ。

飛んだらいけません

 週末は引きこもり、滞っていたFF3をやりました。

 全然進んでおらず、まだ浮遊大陸。やっと火のクリスタルのとこをクリアし、ハインの城という段階。何故か、必要もないのにエンタープライズ号(船)に乗って航海していて、着岸しようと思ったが、何を思ったかエンタープライズが陸地に侵入して、陸地をズンズン進んでいくことに・・・!慌てて海に戻ろうと思ってももう後の祭り。海と陸地が逆転して海に戻る事もできないときた。ここで血迷った俺は何故かセーブしてしまい、リセットしたらまた何とかなるだろう理論を発揮してまたやり直しても状況は変わらず・・・陸地が海なので本来陸地で戦うべきモンスターと船の上で戦うという至ってシュールな状況に陥りました。船から下りることもできないのでうろうろしていたら、浮遊大陸の外の空にも、プロペラ無しでエンタープライズは進出することができました。

d073312b.jpg

←空中を行くエンタープライズ(プロペラなし)

 

 

 

 だからといって何もおきる訳ではなく、延々と大空をプロペラ無しで進むエンタープライズに苦笑いするより仕方がありませんでした。でも、何とかしないと俺の冒険につぎ込んだ数時間は無駄になると思い、陸地から海へズンズン船を押し付けてたら、何と奇跡が・・・?キャラクターが船を降りて、勝手に海を縦断し、対岸にたどりつきました。まるで出エジプト!奇跡です。でも相変わらず船は大地にめりこんだまま・・・どうなるんだろう俺の冒険は。そしてどこまでついてないんだろう俺は?DSでバグるなよ。何のために合併したんだよ(スクエアとエニックス)と心の中で叫びました。ホントに叫ぶと近所迷惑になるんであくまでもさりげなく。

 そんなこんなで日は暮れて、たまにはカレーを作ろうと思ってルンルンと作ってたら、布団の押し売りがやってきて一時間近く押し問答。何故か俺が必死にお願いしてやっと帰ってもらいました。なんなんだ一体?気弱そうだからって付け上がりおってからに。

 そうやってゲームの世界でプロペラもない船で空を飛んでいる間に、遠く府中のターフではディープインパクトが再び飛んでいました。同じ飛ぶのでも偉い違いです。たいしたもんだ。

オバンと蕎麦とときどき昼寝

 今日は、午前中は珍しく仕事で、メーカーさんと同行。冷や汗をかきつつ、つつがなく終わる。帰りがけ、確か「おばちゃんのそばの店」みたいな名前の蕎麦屋でそばを食う。確かにおばちゃんばかりが労働していて、至っておばちゃん的な接客の大雑把さで、他の客からおばちゃんたちは顰蹙を買っていた。でも、そんな顰蹙も至って大雑把に受け流す辺りにおばちゃんのタフなアビリティを感じて、そばをすすりながら「なるほどね」と一人頷く。ちなみに蕎麦は旨かった、気がする。

 福井の蕎麦はあまりはずれがない気もするが、蕎麦の名産地というブランドが、無理やり、ホントは大したものでもないものを旨いと思わせるのかもしれない。おばちゃんというキャラクターで結構いい加減な事も許されるのもそうかもしれないが、世の中には、イメージとかブランドで無理やり人々を納得させてしまう事が結構ある。そういう向こう側からの意思とか思念に、昔から結構流されてしまう傾向がある。それは、自分のことについてもそうで、人から「君はこうだ」といわれると、「そうなのか」と思うことも多い。

 今ある自分は、もしかしたら、そういった周りの人や情報の影響によって創りあげられた側面が強いのかもしれない。良く作用する事もあるが、それが悪く作用することも多分多い。人から与えられるイメージや思念の「呪文」を弾き返すには?難しい事だ。気が弱い自分には。自分の意思で撥ね返す努力が必要だ。

 妄想のどつぼに嵌りそうなので、話を戻すと午後は疲れ果て家で昼寝。久しぶりに昼寝した。昼寝は気持ちいいというのは、数少ない自分の中での真実だろう。そして、久しぶりにダラダラテレビを見た。「東京タワー」とか見た。内容は至ってドラマだったが、それよりもフジテレビのドラマを見ると何故か懐かしい気分になる。

晩秋の陰と光

 また更新が途絶えてしまいました。書く時間も体力も日々残されていない状況。

 仕事は相変わらずの試練と冷汗の連続。これって社会では標準なのかと思うばかり。他の仕事したことないから分からないけど、まあ説明のしようがない難しさ、困難さ・・・人間関係のあやとか、小さいミスが大怪我の元みたいな事をもろに受けるのでいい?勉強の日々です。クリアできないと意味ないとは思うのですが。

 今思うと、子供の頃から馴致される習慣ってほんと仕事上大事です。毎日机について勉強をする。家の手伝いをする。掃除をする。提出物をきちんと出す。忘れ物をしない。テストでケアレスミスをしない。手を挙げて発言する。わからんことは質問するなど、学校や家庭で習慣づけるようにされていた事って、仕事しているとこういうこともっと当たり前にできればと思うことばかり。これらのことを、ことごとく適当にしてきただけに、中々今から身につけようと思ってもできるもんじゃない。当たり前のことを手早く的確にできる人が非常にまぶしく見えます。だらしないのはほんとに生活でも仕事でも一番ネックだと思う今日この頃・・・分かっちゃいるけどやめられない廃人生活・・・!

 話し変わって先週は母校の学園祭に行ってきました。

 色々な人と会って非常に懐かしい思いがしました。と同時に、寒い雨降る学祭で頑張る友人たちの姿に、非常に感じ入るものがありました。俺にも、そんな瞬間、そんな時間があったのではないか?

ぼんやりとはしてたかもしれないけどそれなりに理想とかをもって

わけも分からず、闇雲かもしれないけどそれなりにがむしゃらに頑張っていた

そんな時がちょっとでもあったのではないか?

その頑張りに自分や周りにとってどういう意味があったのかは分からない

無論今だって頑張ってないわけではない。多分

でも今は何か霧の中、何かに追い詰められるような頑張りで色々な世間じみた不安が常に付きまとってる

昔は同じ霧の中だったとしても多少何かを追いかけた頑張りだった気がする

そういうときの頑張りの記憶は、冷えて荒んだ心をいつだってまっすぐに戻してくれる

そういうときの頑張りの記憶を少しでも思い出すことができて、行って良かったと思いました

色々良くしてもらって、ほんとにありがとうございました

〜今日のプラス思考な一句〜

この歳で 窓際族は まだ早い 

でも最近近況報告ばかりです・・・

 

 

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