前科無き日常

気づけば開設9周年。。。

May 2007

JUMP UP

ここの所、色々な仕事上の困難が結果はともかくとしてやや整理されてきた。下りに下って底入れしたというような。

しかし、そうやって一つ一つが終わっていくうちに、よくできたものでまた新たなエピソードが始まるというのも面白い。

新しい人と関わるような機会が最近増えている。

先日、会社の元先輩とご飯を食べる機会があり、その先輩と先輩の同僚の方にご馳走になった。元先輩は自分が担当するエリアの前任者でもあり、そのエリアの苦労とかを肌身で知っている数少ない一人で、中々会社内でも理解が得られない部分とかを聞いてもらったりして、非常に気持ちが軽くなった。

その先輩の同僚の方は、元外車のトップディーラーで、バリバリの仕事できるオーラを発していてなおかつ、人間的にできた人という印象。その人から色々アドバイスを貰い、やはり自分をもっと全面に出していけばいいというような事を言われた。で、大きくしゃがめば、大きく跳べるみたいな事を言われた。臭い言葉かもしれないが、何だか少し、希望が見えそうな言葉だった。

いつも、同じ環境、同じ人と関わっていると行動や考え方が惰性になり、いつまでこんな事してたらいいんだとクサッてしまうし、現状そうだった。だから、新しい視点というか、自分のあり方や目標をやや見失っていた状況の中で、非常に勇気付けられるものがあった。少しでも高みを目指して生きるのならば、新しい人と積極的に関わっていくというのは凄く重要だ。厳しい環境で、ともすれば自分には不向きかも知れない、自分のこれからの人生で何ら肯定的な意味を見出せないのではという懐疑をもっていた今の仕事。臆せず、人と積極的に関わっていく力を身につけること、そしてそのプロセスを経て成果を挙げていく場としてはまだ意味があり、乗り越えるべきステップなのだ。

できるだけ、前向きにもう少しだけ踏ん張って跳び越えてしまいたい。

 

ああ人生に涙あり

日曜日も終わりだと思いブルーな気持ちでまったりしているとテレビから・・・

♪人生楽ありゃ 苦もあるさ
涙のあとには 虹も出る
歩いてゆくんだ しっかりと
自分の道を ふみしめて

♪人生勇気が 必要だ
くじけりゃ誰かが 先に行く
あとから来たのに 追い越され
泣くのがいやなら さあ歩け


そうお馴染みの国民的時代劇「水戸黄門」のテーマ。あの荘厳なBGMに乗せてかなり的確な説教をされているようで、更にブルーに気持ちにさせられました。心理を突きすぎ!しかし、日曜日の夜という気分が落ち気味なシチュエーションで、余りにもベストな選曲であることが少しわらけました。


♪人生涙と 笑顔あり
そんなに悪くは ないもんだ
なんにもしないで 生きるより
何かを求めて 生きようよ

3番はこういう歌詞らしい。わざわざ歌詞まで調べて逆にイライラしました。いちいちごもっとも!でも余計なお世話だ!BGM付きの説教はかなりイライラするということと、福井の日曜日(22:30〜)の夜には水戸黄門が放送されているというのは大いなる発見でした。しかし、主要な視聴者層が眠くて仕方ない時間に水戸黄門を放映するテレビ局の狙いはよく分かりません。励ましたいんでしょうか。視聴者を。いずれにせよ日曜日の深夜の水戸黄門の重さは身に堪えます・・・

クライシス

明日で26歳になる。ハッピーバースデーというくらいだから一般的にはハッピーなはずだが、結構危機感を感じている。

この年齢に至ってやりたいこと、やらなければならないことが、まだ沢山残っている気がする。そのせいか、どうも、現実にがっちりと対応できていない気もする。精神的な問題というより、至って現実的というか、行動によってしかもたらされない経験や能力、知識に不安がある。これはもう行動によってしかどうにもならないものだ。この歳に至って、この不全は結構きつい。この不全が埋まらなければ先がない。

この先の人生で自分が何を求めているのかをよりはっきりとさせる必要があるし、その上で、時間も限られているのだから、今までよりもっと、ポイントを絞った動き方が求められる。人生の取捨選択がシビアになってくる。行動力がない自分にとって、行動する、選ぶいうことは結構リスクを感じることだ。選ばれなかった行動、選ばれなかった人生に前向きに背を向ける事が果たしてできるか。

10代には人知れず精神的な意味での危機があったが、自分の中で向き合い、何とか乗り越えたつもりだ。危機の本質を徹底的に見極めることを繰り返していく中で危機から多少自由になれた。

20代もクライマックスに近づきつつある現在、日々の不作為の報いとして、今現実的な意味での危機に瀕しつつある。

明日から始まる26歳、どれだけ危機と向き合い、闘い、自由になることができるか。勝負の年にありそうな予感。

眠る街

GW前半は故郷新潟で過ごした。相変わらずの静けさ。音が全くしない。音がするとすれば夜田んぼでなくカエルの鳴き声くらい。でも、その静けさがなんとはなしにエネルギーを充填してくれる気がする。TOKYOは眠らない街だが、俺の地元は眠る街だ。そのせいか滞在中はいつも寝てばかりいる。

寝る以外はプラプラ自転車乗って街をふらついたり、車で近場を回ったりした。来るたびに街が老いている。街中の寂れ具合といったら言葉は悪いがもはや寝たきりである。父親が街中にはばあさんしか歩いてないと何故か嬉しそうに語り、車の中から「ほら、ばあさん歩いてる」と嬉しそうに指を指していた。もはや数年前定年退職し隠居の身となっている父親は客観的に見ればもはや指を指されて笑われているばあさんと同じ層にカテゴライズされてもおかしくはない。こういうのを目くそ鼻くそを笑う、いやシニア、スーパーシニアを笑うというのだろう。やはり避けがたい「老い」から目を背けたい気持ちの裏返しなのだろうか。なんなんだろう。苦笑いするよりなかった。

数年前は、この寂れようにもはや故郷を離れている身ながら何とかならないものかと危機感を覚えていたが、何だか、これでいいというか、この方向性の先に新しい価値があるんじゃないかという気もしてきた。とりたてて大きな産業があるわけでもないし、人がひしめいて活気があるわけでもない。でも自然は結構残っているし、空気はきれいだ。空も大地も広いし静かだ。これはそれだけで結構価値あることなのではないかとも思う。お金も人も入ってこないかもしれないが、それらが入ってくると色々と汚くなったりするもの。そこに住む人は住む人なりの考えはあるにせよ、個人的には「反活性化」路線を確立していく中で、街の魅力を発掘していくのもいいんじゃないかなときれいな空気を吸いながら考えた。何でも単純に活性化させればいいというものでもないのだ。文明化が進んだモンゴル人が草原に帰りたいのと同じ理屈だ(テレビの受け売り)

そして話は変わり実家の猫が子を孕まされてしまったらしく、もうすぐ産まれるらしい。人は過疎化だが猫は順調に猫口を増加させているようだ。いい休養になった。GW後半は多分眠らない街だ。

Recent Comments
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ