前科無き日常

気づけば開設9周年。。。

April 2012

焦燥の嵐

月日が過ぎるのは早いものでもう4月。先日吹き荒れた春の嵐同様に自分の身の回りにも久々に嵐が巻き起こっている。

前々回位の記事で今の職場を離れる時期が近付いているという風に書いた。臨時職員の決まりで一年のうち一ヶ月は仕事を休まなければならないため来月(5月)は丸々休みとなるが、また6月からもうしばらく今の職場で残留することになりそうだ。

興味がある業種も2、3あったので結構悩んだのだが、社会福祉士の資格を取るための専門学校の通信課程を受講することにしたため、今の福祉全般に関わる生活保護の現場でいる方が資格取得のためにはプラスになると考えた事が理由の一つ。もう一つは職場で2年間お世話になり直属の上司ともいえる人が4月から異動となった事も大きい。とても信頼できる人で、フォローを受けつつ色々と仕事を任せてもらっていた。その人のおかげで今の仕事に対する多少の自信ややりがいもできたまさに恩人なのだが、悪く言えば頼っていた部分も大きかった。だからこそ、進歩するために人を頼りにしづらい環境でもう少し頑張ってみようと思った。臨時職員という立場は社会的に見ても安定的ではないし給料もいいわけではなく昇給も昇進もない。年齢だってけして若いわけではないから今の環境に留まる事に対する不安もある。やっている仕事はそれ程変わらないのに正職員との見えない「壁」を感じて、誰が悪いという訳でもないがやり場のない憤りに駆られる時もある。こういう思いは自分がその立場に立ってみないと分からない。でもあえて環境を変えず、ここ2年の経験を活かした上で確実に力をつける事を最優先した。この判断が吉と出るか凶と出るかはこれからの過ごし方次第。

という訳で新年度となりまた同じ職場で4月を迎えた。異動で先述した恩人も別部署となり、入れ替わりで新しい人が自分の部署に入ってきた。資格(社会福祉士)を取るため、仕事のレベルを一つ上げ、表層的に事務を片付けるのではなく、しっかり一つ一つ理解を深めながら取り組もうという思いと、新しい人も分からない事が多いだろうから自分がされてきたようにできる限りのフォローをしたいという思いを持って新年度に臨んだ。一方でこういった気持は裏を返すと、頼りにしていた人がいない不安とか虚しさ、このままでは駄目だという危機感とか焦りの表れでもあった。4月に入って以降、それをかき消すためにがむしゃらにやりすぎてそれがかえって裏目になってしまい、ここ数日空回り状態になっている。

今週はこういう状態で終始イライラ悶々していたのだが、さらに追い打ちをかける出来事が起きる。木曜日。両親の留守中に祖母が倒れ、たまたま家に寄った親戚が見つけて大慌てで連絡が入る。両親は携帯を持っていないため自分のところに電話が来たのだが、すぐに家に帰り救急車に同乗して病院に向かう。命に別条はなかったが軽度の脳出血を起こしていたらしい。しばらく祖母は入院する事となった。今までは家族がみんな病気も無く過ごしていたが、今回の一件で家族内の生活バランスも変わってくるだろうし、自分の役割の変更も余儀なくされてくるだろう。4月になってから焦りや不安の要素が立て続けに増えているが、そういう時こそ現実にしっかり適応して乗り越えていきたい。

大声ダイヤモンド

タイトルはもろAKBの曲だが、今日は全く関係のない話。

yahooニュースなどを見ていると、今年の大河ドラマの「平清盛」の視聴率が低い関連の記事を大体週の頭に目にする。yahooの記者に源氏の末裔がいるんじゃないかというような貶めようだ。しかし、個人的には近年の大河ドラマで一番面白い作品と思っている。

面白い理由はいくつかあって、平家についての知識、鎌倉幕府が立ち上がる以前の歴史的経緯がよく分からなかったので、新鮮な気持ちで見る事ができる。貴族政治がどのように衰退し、代わりに武士がどう台頭してきたかを大まかに感じる事ができるのが面白い理由の一つ。そして、いわゆる「平家物語」自体が文学としても日本の歴史上最もポピュラーな物語の一つで、内容的に時代が激動するダイナミズム、戦争(アクション)、人間関係のドロドロを兼ねそろえており、よくよく考えてみればドラマの題材として格好ともいえるから面白いと思うのも当然と言えば当然かもしれない。筋の粗さ、時代考証(諱で人を呼ぶ)や史実の忠実さ(清盛が白川上皇の落胤という設定とか)は微妙だがトータルとしては概ね面白い。

よく批判の材料として画面が汚いとか、清盛(松山ケンイチ)が大声ばかり出しててうるさいというのがある。これについても案外リアルなんじゃないかと思って肯定的に見ている。率直に昔は今より埃っぽくて汚かっただろう。そして、源平時代のいくさは戦闘状態に入る前に「やあやあ我こそは!」と自分の名乗りを大声で上げる時代で、声の大きさというのは武士として重要な要素と考えられるから、武士なんかはみなそれなりに大声だったと思う。また、旧時代的な権力をパワフルに蹴散らした清盛が静かな人物の訳がなく、実際に見たわけではないが周りが鬱陶しく思うくらいに大声でわめくうるさいキャラだったに違いないと思うからその辺にリアルさを感じる。人間社会では案外に言ってる事の是非に先立って声のでかいヤツ、うるさいヤツがいいポジション、権力的な位置にいるという事が往々にしてある。大して内容も無いヤツだが、かといって何かとこいつはうるさい→自分のしたことに対してこいつに何か言われるのはめんどくさい→いつのまにかこいつには逆らえないという案外に素朴な権力構築の過程は多分に現代社会にも通じており、今の大阪市長なんかはいい例だ。平清盛を見ていると権力者の原型とその形成過程を見る思いがする。

テレビではまだまだうるさいだけの清盛が、今後どう旧勢力を駆逐していくのかは非常に興味深い。今の日本にも隠然と旧勢力、既得権益者は存在しているが、このままの構造ではジリ貧は必至。清盛の時代における武士のような新勢力の台頭の気配はない。ちらっと引き合いに出した大阪市長も多分、違う。現代との対比という視点でみても平清盛にスポットが当たるというのは結構意義深い。直近の放送では清盛が比叡山の坊主が担ぐ神輿に矢を射った事が大事件になったが、現代にも射らねばならない「神輿」は沢山ある。

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