ドーハ空港の国際線乗換ターミナル。窓から見える東の地平線から朝日が昇り、強くなる光とともに頭の中でアラビアのロレンスのテーマ曲がこだました。ここは道の途中。2時間後にはスペインのマドリードに向かう。

 数時間前。初めての成田空港。空港特有の高揚感と、一人でツアー参加という不安と緊張で妙に落ち着きなく広い空港内をうろつき回る。高くてパンチの効かないラーメンを夕食に食べた後約束の時間になり成田空港第一ターミナル南ウイングの旅行会社のカウンターに集合した。ボーっと受付をするために並んでいたら、いきなりそれなりの熟女2人連れに列に割り込まれた。熟女たちはこってりと化粧をして花柄のヒラヒラしたような服で着飾り、過剰なまでの上品アピールが逆に下品さを強調させる。田舎にはあまりいないタイプで東京にはこんな人居るのかと早くもカルチャーショックを受ける。熟女たちは先に並んではいたがいったん列を離れ、また同じ所に割り込んできたのでジャッジとしては微妙な所だったが、全然内心そうは思ってないのに勘弁してとばかりに罰が悪そうなポーズで頭をペコペコして結局割り込みを成立させ、憮然としながらもそれを俺は受け入れた。こういう時にもめるノウハウを知らないからだ。きっと同じツアーに参加するする人たちだと判断したが、こんな人たちばっかりだったらどうしようと初っ端から陰惨たる気持ちになった。いざ受付の段となり搭乗手続きの軽い説明と出国審査前の集合場所のレクチャーを受けた。レクチャーをしてくれたのは禿げあがりくたびれた初老の男で、下の歯が何本か抜けているために空気が漏れて活舌が若干悪い。そしてこの男こそが今回の添乗員で、これまで勝手に思っていた添乗員のイメージを斜め下に覆すインパクトであり、同時にますます今回のツアー大丈夫なのかという不安を否応なしに掻き立てられた。

 ツアー参加者が一通り受付を済ませて一度出国審査前に添乗員のもとに集合した。ツアー参加者は大体30人くらいで、さっきの熟女コンビもいたし、定年後の人生を満喫しているような中高年の夫婦づれも多い。後は20代後半〜40歳前位の女友達コンビみたいのも結構いた。一人参加は自分だけかと思っていたが、他に20代の女性一人、70歳のおじいさん一人、後40前位の男性が一人参加していた。みな最終的には打ち解けたが、とりわけ40前位の男性とはすぐに打ち解けて、ツアー中も一緒に行動する事が多かった。陰気で協調性に乏しく集団の中で浮いてしまう自分にありがちなパターンは、この人のおかげでこのツアーではどうやら回避できそうだった。この男性は海外旅行が趣味で、世界の色々な所に行っており、知識も経験もそれなりなので勉強になる事も多くいい旅の先生となった。大柄で食に対する執着が強く、旅の先々でスペイン名物の生ハムを購入していた。今後この人がちょいちょい出る事になると思うのでスペイン語でハムを意味する「ハモン」さんと仮称する事とする。当然直接ハモンさんなどとは失礼だから呼んでいない。

 我々が最初に乗るドーハ行のカタール航空便は国際線の最終便で、出国審査を無事通過し、長い搭乗ロビーに並ぶ免税店はすでにほとんど閉店しており、最終的な細々とした準備は整えられそうもなかった。そして、時は来ていざ飛行機に搭乗。エコノミークラス三列シートの通路側。ハモンさん曰く旅慣れた人などは通路側を好む人が多いようだが、個人的には景色が見える窓側を期待していたので残念だ。しかも隣は何の因果か例の熟コンビ。このコンビはずっと次のツアーはどこへ行くかの話や、誰々がどこどこ行きましたアピールをするために旅行に行っているのがちょっとねーとか、セレブかつしょうもない話をしていたので機内でも憮然とするよりない。しかしノウハウがないためもめる事はできない。中々寝つけないし、行く前になんだか疲れてこんなとこ来るんじゃなかったとまで思った。ここまで人の悪口しか書いていない所からも伺える。機内モニターも自分の列だけ不具合でずっと”LOADING”という文字が出たっきりでろくに作動しない。忍耐に次ぐ忍耐。

 そうこう悶々としていると、最初の機内食の時間となる。品書きが事前に配られたため、事前にスマートにオーダーするため綿密にシミュレーションを繰り返した。選択肢は日本食を意味する”JAPANESE MEAL”と洋食?と意味する”MAIN MEAL”で後者を選ぶつもりで準備をした。そして肌が飴色でぬるっとした体格のいいアラブ人男性のCAがワゴンを引っ張りサーブしに現れた。窓側に座る熟から順に”Japanese meal or main meal?”と尋ね熟2人は和食を頼んだ。自分の番が来て満を持してシミュレーション通りわざわざ品書きを見せて指さし”Main meal please"とキメてみせた。しかし、配られたアルミの蓋を開けてみると熟2人と同じメニュー・・・動揺して無作法にも隣席の大して面識もない人の飯と自分の飯をきょろきょろ見比べてCAに反射的に”Main meal?"と確認してしまった。しかしあっけなくアラブ人CAに”Main meal”とそのまま跳ね返された。今なら中東の審判に抗議する長谷部の気持ちがわかる気がする。何だこれは?だが、同時にこれが旅のスタートだという感じがしてそれまでネガティブだった気持ちが一気に高まった。面白い!これだ。このままならない感じだ!とばかりに燃えてくる。

 結局10時間以上乗った機内ではほぼ眠れずにまだ夜が明けぬドーハ空港に到着。空港はだだっ広く、飛行機を降りると囚人の護送車のようなバスで飛行機から乗り継ぎロビーまで何分かかかって護送された。まだ夜だったがさすがに外はむわっと蒸し暑い。乗り継ぎロビーは白い服と頭巾をかぶったアラブ人はもちろん欧米系、中国系様々な人種が入り混じり、まさしく東西の中継点を体現している。ここでは免税店で初めてミネラルウォーターを買った。カタールの現地通貨とドルしか使えないかと思ったが、持ち合わせがユーロしかなかったがレジで”EURO OK?”と確認したらあっさり買えた。たかが水を買うだけだが達成感に満たされる。小さな事でもできる事が増えるたびに自由が増えることを体感させられる。

 そして、ハモンさんとしゃべったり免税店に並ぶ珍品を眺めているうちに冒頭の朝日に追いつく。どうやらカタール経由は随分と遠回りらしいが、この便を利用することでツアー料金でのメリットを出しているようだ。回り道でも中東にはもともと興味があったので、ほんの入り口だけだが雰囲気を楽しめて良かった。またいつか空港を出て街歩きなんぞもできればと思う。そしてまた時は来て、マドリード行の飛行機に搭乗。次に降りればばいよいよスペイン上陸である。

スペイン旅行 009