前科無き日常

気づけば開設9周年。。。

May 2015

タージ・マハル(インド旅行記12)

 ターバンに髭というイメージ通りのインド的なガイドさんの名前はスクジード・シンさんといい、以後シンさんと呼ぶこととなった。シンという名前はシーク教徒の代表的なものらしい。徹底した不殺傷、平等主義を貫くシーク教徒は、動物を生涯口にすることなく、髪や髭も切らない。毎朝長く長く伸びた髪を丸めターバンに納めて例のスタイルが出来上がる。アグラに着いたのは夜遅くで、市内のバーのようなレストランに入り一緒にご飯を食べたが、シンさんは寡黙にベジタリアン使用のカレーをつまんでいた。本当に寡黙で不気味さすら漂う。ホテルに着き、例のごとくボーイに部屋に案内されると、ボーイが腕に彫られた自慢のタトゥーを見せてくれた。漢字で「麻美太」と彫られており、自分の日本人のガールフレンドの名を彫ったらしいが、そんな名前の日本人女性がいるのかとクエスチョンマークとおかしみがこみ上げた。

 朝起きて朝食を食べ準備を済ませると、シンさんとドライバーが迎えに来てくれた。この日はアグラ観光後にジャイプールに向かう。今日の目玉は何と言っても世界遺産タージマハルだが、ここへ向かう前にもはや定番の強制的にお土産屋連行となった。インドの伝統衣装が売られていて、これを着てタージマハルへ行けという話らしい。テーマパークでよくある形から入ってテンションを上げていくやつかと斜に構えたが、結局伝統衣装の上下を購入。バラナシに引き続き金銭感覚はもはや崩壊している。でも実際テンションが上がって、素材もとても涼しいのですっかり気に入ってしまった。天気は素晴らしく快晴で朝から暑さがはんぱない。毎日が夏休み。

 胡散臭いインドスタイルでタージマハルに向かう。茶色い門をくぐると巨大で壮大で美しい、テレビや写真で何度も見た白亜の建造物が雲ひとつない真っ青な空のキャンパスにくっきりと輝いていた。素晴らしいという他にない造形に息をのまれる。シンさんがぼそぼそと建物の成り立ちを話しながら記念写真を促していく。写真を撮られるのが正直好きではなく、自分で色々撮りたいのにという複雑な感情を持ちながら色々なポーズを求められ微妙な表情の日本人とワールドクラスの建造物の記念写真が撮られていく。撮られていくことで自分の中で何かが変わるかもしれないと思ったが、結果的にはそれほど変わらずやっぱり写真を撮られるのが嫌だというのは旅を終えても変わらなかった。それでも、被写体をさせられ続けて、最終的には下の一枚が自分としてはギリで気に入った一枚となった。ヤケクソ感と高揚感のハイブリッド。

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 自分のどうでもいい被写体話に矮小化しそうになってしまった。話を戻すとインドでは良くも悪くも何だか凄くて変なものも沢山見たが、ことタージ・マハルに関しては、その美しさ、スケール感、「ある意味」とか、「逆に」とか、「俺的には」とか、ねじれた見方が一切入り込む余地もなく誰に対しても一度見るべき!とお勧めしたい建造物だ。
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悠久のインド鉄道(インド旅行記11)

 サンティたちと解散してからは、晩御飯も食べずに早々に不貞寝を決め込んだ。疲れもあったし、前日同様の煮え切らない幕切れでイライラモヤモヤがあった。もの凄く早い時間に床に就いたが相変わらずよく眠れない。

 長い夜が明けた。朝にやっとお湯が出るシャワーを浴び、久方ぶりの食事をとって準備も整うと最初に駅に迎えに来たガイドがまた約束通りの時間に迎えに来てくれた。ホテルの外らへんで屯しているであろうサンティたちに最後に会えるかどうかと思ったがすんなりいいワゴン車に乗り込み、その姿を確認することもできなかった。

 この日は汽車に乗ってアグラへ向かう完全な移動日。アグラには予定では夕方到着らしい。ワゴン車で昨日渡ったガンジス河の鉄橋を渡り乗車の駅へ向かった。インドの駅は撮影禁止だが本当にインドという国の特徴がよく出ていて面白く、ニューデリーの駅同様、地べたに座る人や、野良犬、野良牛が無秩序に混在している。予定よりも若干遅れて汽車が到着し、ガイドともお別れ。車内は完全に一人になる。来た時と同様2階席だったが、すでに下の席の客が降りた後らしく、二人分の席を占領できたのはささやかなラッキーだった。

 車内ではバラナシでの出来事を回想し物思いにふけった。荒涼たる大地が延々と続き、駅に停車するたびに乗客が電車を降り線路端で用を足していた。自分はそこまでできなかったが、車内のトイレは便器に穴が空いていているだけで要するに線路に落としていくというシステムで部屋もとても汚く、確かに停車場で外に降りてしたほうが快適だと妙に納得した。これで腹を壊していたらと思うと結構ゾッとした。近くの席では少年が音楽プレイヤーを音量全開で聞いておりそのことに対しても特に誰も注意することが無い所に文化の違いを感じた。

 同じような風景が延々と続き日も傾いて、予定ではそろそろアグラについてもいい頃だが、停車した駅の名前を調べるとまだ距離的に三分の一も来ていない。乗客のトイレ休憩に合わせてダラダラ運行しているのが徐々に積み重なってそうなっているのか、運行速度がただただ遅いだけなのか分からないが、遅れるのが当たり前というインド鉄道の真髄を見た気がした。悠久の国とは本当によくぞ言ったものだと身をもって知ることができたた。そうなると先日の予定通りのバラナシ到着が奇跡のように思えてくる。
 
 日もとっぷりと暮れ、今どこを走っているか全く分からない状況になって俄然不安になってきた。自分が降りるタンドールという駅は終点ではないため乗り過ごす可能性がある。現にある駅に到着した時に電車に乗っていた警察官に「タンドール?」と尋ねるとそうだというので、あわてて降りると結局全然違う駅でまた更にあわてて乗車するという事態も発生した。ここは最終手段だと思い、成田で設定したドコモの一日単位の海外パケット利用のサービスを使うことにした。携帯がつながればGPSで位置も確認できる。サービス利用の設定をし、携帯の電波がつながると、普段全く音沙汰のない、大学時代の友人からフェイスブックの友達申請が2件あり何の因果かインドで友達申請とはねえと不思議な気持ちになった。普段は全く積極的な利用をしておらず、なにぶん心がお猪口なので人の記事を見ても全く「いいね!」とも思わないフェイスブックだがこういうことがたまにあるのは悪くない。

 位置情報も確保できたが、やはり多少心配なので車掌らしき人に何時にタンドールに着くか尋ねると「後30分で着く」との返答があった。しかし案の定30分たっても着かない。どこまでもいい加減。でもそれが成立する謎の懐の広さ。結局それから一時間くらいして真っ暗なタンドール駅にたどり着いた。駅を降りても迎えの人がおらずうろたえたが、初日にアグラとジャイプールを案内するのはターバンを巻いた人という情報があったのでそれらしき人を見つけると自分の名前の紙を持っていたので大いなる安ど感に包まれた。

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マネーウォーズ(インド旅行記10)

 日本食レストランでのランチタイムの後も、バラナシ観光は続いた。凶暴なサルがうろうろしているモンキーテンプル。色調が真っ赤なドゥルガー寺院では、賽銭代わりに糸を編んでできた首飾りと、これぞインドの額に朱をチョンと塗ってもらった。謎のからくり人形ショーに定評があるラマ寺院にも連れて行ってもらえた。余計だったのはサンティが個人的に提携しているであろうシルク屋に連れていかれて、見たくもない工場を見学させられ、欲しくもないシルク商品をつかまされそうになったが、いらんものはいらんと頑として買わなかった。同じ店には同じように日本人が連れてこられていて、このエリアでは日本人はほんとにマークされているんだなと思った。

 一通り寺院も巡り、昨日もこの日の朝も来たバラナシの細い路地を抜けてガンジス河を望むガートに腰を下ろした。夕方にはまだ少し早い時刻でこれからどうしようという半端な時間だった。夜になればアールティと呼ばれる行者の夜のお勤めがあり観光名物になっているので順当に行けばそれを見ることになるのだろうがここでサンティが余計なおせっかい発動。アールティを見るならボートを貸し切って川から見るのがいいから船頭に話をつけてやるといって次々に船頭を連れてきだした。俺は2700ルピー。もう一人の俺は2500ルピーと値段を次々に提示してくるが相場が分からないので返答のしようがない。それにサンティとドライバーの名前を忘れたオッサンのチャーター代が確定していないためそこを決着させないと出せるものも出せない。だから船頭たちとの交渉はいったん中断し、サンティに船に乗る前にあんたがたとの交渉をまとめなければならないと話した。ここからは完全にこれまでの刺激的で楽しかった道中は忘れお互いに戦闘モード。相手はいくら出すと自分からは金額を言わなかったが、リキシャで待っているドライバーの料金が5000ルピーと、自分のガイド料が別途に発生すると切り出してきた。5000ルピーは正直かなり高いと思った。完全にぼられているといっていい請求額という感覚だった。しかし日本円に直すと約10000円ちょっとで、冷静に考えればこの金額でとても貴重な体験ができたと思えばまあいいかという気にもなった。日本でだって京都や東京をタクシーで貸し切れば相応の金額はかかると客観的にみればぼられているこの状況のみじめさをごまかそうとした。

 次にサンティのガイド料である。これは金額設定を自分に委ねられた。ドライバーの金額を基準にすると決めたからには、安すぎず高すぎない料金設定が必要だし、サンティがガイドを買って出たのは6000ルピーかかるリキシャの修理代が必要なこと、一日に2、3組しか乗客がないこと、リキシャ1回の給油で500ルピーかかっていたことなどの彼らの現実的な状況と、よくも悪くもバラナシの街で一番濃い付き合いでいろいろ連れて行ってもらった事には感謝の気持ちもない訳ではないから3000ルピーという金額をメモ紙に提示した。すると金額を見てサンティはもの凄く悪い顔でニヤッと笑い握手を求めてきた。彼が想定していた金額より高かったかと何だか悔しかった。金額的には妥結したものの、昨日同様心のお猪口が決壊し、夜のお祭りも見る気が無くなり、疲れたから帰ると不機嫌に河を離れリキシャに戻ることにした。聖なるガンジス河のたもとで2回もお金のことでもめるとはなんたる因果か。しかし、今思えばたった一人でどこの馬の骨とも知らない船頭の船に乗り込むというのはもの凄く危険だったし、下手をすれば魚の餌になっていたかもしれない。単純に船代が高いか安いかだけで判断していたその時の精神状況はまともではなかったと思う。お寺で塗ってもらったおでこの朱は汗で流血したようになっていた。

 ホテルへ向かうリキシャの中でも何だかモヤモヤして憮然としていたらサンティが気を遣い何を考えているんだ?と声をかけてきたので何も考えていないと憮然と返す。その後しばらくしてあんたがたに払う金額は日本の基準の金額だからなと言うと、それにカチンときたのか、日本の基準だったらこの金額の倍だと返す刀で言われ更に車内のムードはより険悪になった。それでもホテルに着き、先にドライバーに約束通り5000ルピーを払った。その後サンティに指3本立てて金額を確認するとアチャーというリアクションをされた。お金の交渉がまとまった時にドライバーには自分のガイド料を絶対に教えるなとサンティに頼まれていたのだが、完全に自分の天然で金額がほぼ明らかとなってしまい。サンティは叔父のドライバーにもの凄い形相で睨まれていた。わざとではないが痛み分けだ。最後に彼らの写真を撮りお別れとなったが、「Are you happy?」と尋ねられたので超キレ声で「I'm very happy!」と悔し紛れに答えてやった。喜怒哀楽激しく入り混じったバラナシの珍道中は思ったよりも早い時間に終結した。

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こんな所に日本人(インド旅行記9)

 マハラジャの屋敷から再びバラナシ市街へ向かう。最初に渡った鉄橋とは別の橋を渡って行き着いた先はバラナシ・ヒンズー大学で市街の南端にあり、広大なキャンパスに木々が生い茂る。この大学はバラナシの先のマハラジャが創設者らしく、サンティ曰くノーポリューションと言う通り、敷地内は街の土ぼこりと排気ガスにまみれた喧騒とは程遠い穏やかさ静けさに満ちている。このキャンパスにはいくつもの学部の校舎の他に、大きなヒンズー教の寺院がキャンパス内にあり、観光客も多い。比較的新しい清潔な寺院で、建物の中は涼しく学生たちが寺院の中で寝そべりながら勉強しているのがとてもいい風景に思えた。本来の機能や役割を超えた利用法をされている建物を見ると何故だか嬉しくなる。余談としてこの大学の校舎でサンティはシタールの演奏会を海外の友達とするらしく、その話をにこやかにする彼の表情にはここ2日間の不思議な腐れ縁道中の中で、未だに胡散臭さをぬぐいきれない彼のビジネスを離れた素の一面が伺えた。

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 大学を離れると昼下がりの時間なので、日本食のレストランに案内してくれるという。再び市街地に戻りレストランに入ると客は2組位いてどちらも日本人。一組は割といい歳の日本人男性2人で怪しい儲け話をしていたが、いずれも外国崩れしたすれっからしに見える。もう1人は、インド人の男性と2人でニヤニヤしながら音楽のプレイヤーで音楽を聞いていた。民族服を着ていてまるで猫にマタタビを与えたようなフニャフニャした様子だったので、長いインド生活で大麻か何かを覚えて訳が分からなくなっているのかもしれないと思い勝手に同情したし、単純に怖いと思った。大して旨くもないラーメンをすすっているともう一人日本人がやってきて冷房が効いてているからと自分の席に相席を申し出てきた。社会人らしいが、休暇でインドに来ておりベイビーマザーハウスという慈善団体の活動に参加しているとの事。歳はあまり変わらない感じだがとても溌剌してこういう人もいるんだなと妙に感心したし、こう溌剌と人生を歩んでいる人には羨望を覚える。食べ終わるのを待っていてくれたサンティたちと店を出る時、胡散臭い2人組から話しかけられ、現地のリキシャをチャーターして観光案内してもらってると話すと「それは賢いやりかただ!」と妙に誉められたが、自分としては特に賢いとは思えなかった。なぜならこのチャーターの最大の問題点は未だに金額に関する交渉をしていないことで、当初サルナートまで頼むつもりだったのが、彼らの策略ともいえるオプションに次ぐオプションで金額についての部分があいまいになっている。かといって先に金額を設定すれば現金な彼らは相応のサービスしかしなくなる事は明らかなのでここら辺は微妙な駆け引きと許容範囲の金額で済むか自分の中でのギャンブルだった。これから起こるであろうサンティたちとのマネーウォーズが頭をよぎりながら、日本人のおっさん1人とインド人のおっさん2人の小汚いローマの休日のようなバラナシの旅はいよいよ佳境を迎える。

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