「悠久」ともいうべき無駄に長いインド旅行記がやっと終わった。およそ一年半も前の話で今は遠い昔のように思える。

 インドからの旅行を終えてからの一年半。自分の身辺では中々の変化が起きていて、その最たるトピックは仕事が変わったという点に尽きる。

 五年間務めた地元の市役所の臨時職を退職し、昨年(2015年)の4月から、これまた地元の社会福祉協議会に正職員として就職することとなった。社会福祉協議会とは大体各市町村にあり、行政からはみ出た地域の福祉サービスと担当する機関で、その具体的な業務は一言で中々説明しづらく、地域差もある。この社会福祉協議会において運営する、昨年4月施行の生活困窮者自立支援法という法制度に基づく相談機関の担当職員として働くことになった。生活困窮者自立支援制度とは、生活保護に至らない経済的に困窮した人々の相談支援を行うもので、既存の福祉制度と異なり具体的な支援フォーマットなども余りなく、各々の相談者に見合った支援方策を考えてやっていかなければならない上に、新たな制度の為参考になるような情報がとても少なく、毎日けもの道をさまよい歩くような取り組みを行っていて、人の助けになることならかなり特殊なこともやっている。その上、これまでの制度で支援しきれない部分については、新たな制度などを「作りなさい」という制度で、よく言えば自由、悪く言えばお上の丸投げで、求められているものの規模が地味に大きい。自分はこの係のチーママのようなポジションでいきなり働くことになった。幸い職場はいい人ばかりで溶け込むのに時間はかからなかった。

 これまで勤めていた市役所の生活保護の仕事とは関連性の深い制度で、自分のしがなくはあるが市役所で培ってきた経験が多少は生きている部分もある。また、地域に積極的に広報活動や他の機関との連携をしていく必要もあるため市役所以前のサラリーマン時代に身についた動き方も役に立っている。さらに言えば就職活動がうまくいかなかったこと、学生時代習った事や自治会活動での経験など、自分のこれまでたどってきたプロセスを総動員すべき場に、ある種必然的にたどり着いたという実感がある。インドでシンさんに教えてもらった「起きたことが最善」という言葉の重みを改めて感じさせられる。仕事自体は難題の連続で大変な仕事だねえと同情されることもしばしばあるが、やりたいことをやっているという感覚でストレスや虚無感は不思議なほどに少ない。

 この仕事を通じて、今この社会において「貧困」という問題はかなり多数の人にとって他人ごとにできない所にあるということをひしひしと感じている。気持ちとしては人並だが、実態は火の車で、そのギャップに苦しむ家庭や人があまりにも多い。もともと貧しいというのではなく、気づいたらお金がない、仕事がない、借金の山という怖さがある。まさに日本という国の縮図という感じで、今後日本では全社会的に迫りくる「貧困」という問題から目をそらすことはおそらくできないだろう。逆に言えば「貧困」というものに対して徹底的に考察し手を打っていく中にしかこの国の活路はないとすら思う。とりくむべきテーマは大きいが、そういう課題に取り組む場所にいることができるのはとても光栄なことだと思いながら、毎日を過ごしている。

 ということで、新年冒頭不穏な内容となりましたが、元気にやってます。今年もよろしくおねがいします。