なぜ英語を勉強するのか?

これまでにそのような疑問を持たれた人は、少なからずおられるかと思います。

その疑問に答えてくれる一つの解が、『男女の争い』と呼ばれるものです。この『男女の争い』は、ゲーム理論というものに登場します。


ゲーム理論とナッシュ均衡

ゲーム理論は意思決定や行動などにおいて、読み合いが必要な相互依存関係を分析する学問です。「戦略的状況」という自分にとって最適な行動が周囲の人たちによって変わってくる状況を分析します。

数学者のジョン・フォン・ノイマンと経済学者のオスカー・モルゲンシュテルンの『ゲームの理論と経済行動』により、ゲーム理論の歴史が始まったと言われています。このゲーム理論は様々な分野に応用されており、その範囲は政治学から経営学、社会学、心理学、生物学、工学など幅広い分野で活用されています。

ナッシュ均衡とは、経済学のゲーム理論の分野に登場する概念です。「全員がお互いに自分だけ行動を変えても得にはならない状況」のことを、ナッシュ均衡と言います。アメリカの数学者でノーベル経済学を受賞した、ジョン・フォーブス・ナッシュにちなんで名付けられました。

ナッシュの天才数学者としての成功と、統合失調症に苦しむ彼の人生を描いた映画『ビューティフル・マインド』は、アカデミー賞を受賞したことでも有名です。


ビューティフル・マインド [DVD]
ラッセル・クロウ
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2012-09-14



A Beautiful Mind
Sylvia Nasar
Faber & Faber
2002-02-01






ナッシュ均衡の例

カップルがデートをすることになり、男性はスポーツ観戦、女性はディズニーランドに行きたいと考えています。

目的地が違うからといって、男性はスポーツ観戦、女性はディズニーランドへ行き、デートの日をお互い別々に過ごせば、それはデートの意味をもはや失っています。同様に、意見がまとまらず、デートが中止になっても二人にとっては最悪の結果となります。デートはカップル二人がそろって同じ場所で過ごすから意味があります。

そこで、各人にとって一番良い結果に対して2点、二番目の結果に対して1点、お互いが別々の目的地に行くという最悪の結果の場合には0点の満足度とします。

・二人でスポーツ観戦
彼氏 2点 彼女 1点

・二人でディズニーランド
彼氏 1点 彼女 2点

・男性がスポーツ観戦、女性がディズニーランド
彼氏 0点 彼女 0点

・男性がディズニーランド 女性がスポーツ観戦
彼氏 0点 彼女 0点

これにより、カップルが同調的な行動をとろうとしていることがわかります。なぜなら、お互いの意見が食い違っても、デートでは二人が協調して行動するため、デートで物事が一方に決まれば相手はその決定に従い、行動を共にするからです。これはデートで飲食店(和食とイタリアンなど)を決めることにも当てはまります。

従って、この例では二人そろって同じ場所でデートをする、すなわち「二人でスポーツ観戦」と「二人でディズニーランド」がナッシュ均衡となります。自分だけ行動を変えても得にはならず、二人一緒に同じ場所で過ごすことが合理的な行動となります。そして、これが『男女の争い』と呼ばれています。

この場合、双方にとって最良、あるいは最悪の均衡というのは存在しません。また、スポーツ観戦とディズニーランド、どちらの均衡が実現するかは分かりません。一般的には、慣習や文化、規範などにより、どちらかが選ばれることになります。カップルの場合、主導権を握っている方の意見が採用されやすいかもしれません。


男女の争いと英語

この『男女の争い』は、英語についても当てはまります。

苦労して私たちが英語を学んでいるのは、英語が国際共通語(English as a lingua franca)としての地位を現在築いているためです。

世界各地で旅行だけではなくビジネスや研究など、言語が違う人たちの共通のコミュニケーション手段として英語は利用されています。そのため、外国語教育の筆頭として英語教育を行っている国は、日本を含めて多数あります。

世界を見渡せば、中国語やスペイン語など利用者の数が多い言語はあるものの、現時点でこれらの言語は世界の共通語とは言えません。

英語が国際共通語として利用されているのは、母国語が違う者同士のコミュニケーション手段として使われている言語が英語だからです。様々な国籍の人が集まる国際社会の舞台では、それが顕著になります。

もちろん、英語が通じない国や地域はまだ多くあります。日本でも英語が満足に通じない場所は多いです。しかし、日本国内でも英語を使用する機会や環境は増えてきており、母国語が違う人たちの意思疎通の手段としては、英語が主な共通言語として活用されています。この認識を世界中で共有し、そして同調している背景があります。

この同調行動の背景には、英語と世界との結びつきが関係してきます。歴史的観点では過去の植民地政策などが影響しておりますし、経済面では世界的な企業が英語圏に多数あることが関係しています。また、学問や研究においても、英語圏の大学や研究機関などがその中心となっています。さらには、ヨーロッパの言語に特徴的な名詞の性が英語にはなく、動詞の変化も複雑ではないなど、非英語圏の人にとって英語は他の外国語と比べて学習に取り組みやすい言語であることも挙げられます。

共通言語の選択では、コミュニケーションが取れるように周りと同じ言語を選択します。しかし、外国語を勉強するのは多大な労力がかかるなど、全員が自分の言語を選択してほしいという思いがあります。これは、お互いが同じ場所に行きたいと思う一方、各人が自分の希望する場所へ行きたいと考えているデートの事例と似た構造をしています。つまり、お互い同じ選択をしたいが、各人の優先順位が異なる状況です。

英語の現在の使用状況を踏まえれば、共通言語として英語以外の言語を選択しても「自分だけ行動を変えても得にならない状況」になっており、英語を国際共通語として使うのが安定的な状況になっています(英語以外の外国語学習を否定しているわけではありません)。

デートでは、お互いが別々の目的地へ行くことが意味をなさないように、言語でもお互いが違う言語を使用していても意思疎通を図ることが出来ないので意味がありません。母国語が違う者同士が協調してコミュニケーションを取るためには、国際的には共通言語として英語を使用しなければならなず、そしてこれに同調せざるを得ない力が働いています。

国際共通語が英語のため、英語圏の人は非英語圏の人より有利な立場ですが、非英語圏の人も英語が出来ると母国語が違う人とコミュニケーションが取れるという利益を享受できるので、損をしているとは言えません。また、コミュニケーションが取れるだけではなく、英語学習は異文化理解などにも貢献するため、その効果は大きいです。

英語が国際共通語として使用されていますが、だからといって英語が最も優れた言語ではありません。そもそも優れた言語である基準や定義などを決めることはほぼ不可能です。英語が国際共通語として使用されているのは、英語が使用される背景を踏まえた集団の同調による力が働いているためであり、この力により一度方向性が決まった行動はその良否を問わず、それが固定化して習慣化していく傾向があります。そのため、現在英語が国際共通語として使用されており、学習する必要があります。

ゲーム理論を使えば、今回の共通言語としての英語以外にも、現実社会の様々な現象について統一的に説明できます。身近な例では企業の価格競争や、エスカレーターの列が東京と大阪で左右違うことなどが挙げられます。また、核軍縮の問題についても説明できます。さらに、囚人のジレンマを応用して、独占禁止法ではリニエンシー(課徴金減免)制度が導入されました。

「なぜ英語を勉強するのか?」という問いに対する答えは、一人ひとり異なると思います。しかし、共通言語の選択についてゲーム理論を通じて見ていくと、国際共通語として英語が選択されているのには理由があることが分かります。そして、そこから英語の必要性を導き、学習の重要性へとつなげることが出来ます。もちろん今回のアプローチ以外にも英語を勉強する理由は説明できると思いますので、一度考えてみるのもいいかもしれません。