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英語学習、心理、精神などを扱っています。

カテゴリ: 心理・精神


みなさんの周りで「絶対」という言葉をよく使う人はいないでしょうか。

恐らくおられると思います。この「絶対」という言葉を使用する人には気をつけた方がいいです。

特に否定的な内容で「絶対」という言葉を使う人は危険です。

例えば、「絶対成功しない」「絶対人間的に間違っている」「絶対一流になれない」など、否定的な意味を強調するために相手に対して「絶対」という言葉を使う人がいます。このような発言は名誉棄損罪侮辱罪に該当する可能性が高く、さらにこのような人は「パワハラ」の傾向があります。

そして、「絶対」という言葉を使う人はその言葉の重みを認識していない人が多いです。

間違えることは人間誰しもあり、そして間違える経験はもちろん大切ですが、普通に間違えた場合と「絶対」という言葉を使って間違えた場合では、その差は歴然としたものがあり、周囲の受け止め方は大きく異なります。「絶対」という言葉を使って間違えればその信頼は地に落ち、信頼を回復するのに時間がかかる、あるいは回復が不可能な事態に陥る場合もあり得ます。このように「絶対」という言葉は、強い力を持った言葉です。

会社で上司が上記のような否定的な内容で「絶対」という断定の発言をすれば、パワハラとしてみなされるでしょう。一方、部下など一般社員でも上記のような発言をする人がいますが、一般社員の場合は立場が弱いので通常会社をクビになります。本人は会社を責めますが自業自得です。このような発言をする人は本人が気づかないうちに態度にも表れているので、周りから嫌われている可能性が高いです。

誰もが「絶対」と断言して将来のことなど正確に予測できないのにも関わらず、なぜ「絶対」という言葉を使って物事を断定する人がいるのでしょうか?


・自信家である

「絶対」という言葉を使う人は、根拠があろうがなかろうが自信家の人が多いです。

根拠のない人は論外ですが、根拠があっても事実誤認や物事の状況を正確に判断出来ていない場合があります。そして、このような人は「例外」のケースを考えていないことが見受けられます。データや資料などでは様々な数字が出てきますが、その表面上の数値だけで判断出来ないことは多々あります。

例えば、安全面について考えてみます。

「絶対安全」などということは世の中には存在せず、「絶対安全」という人はリスクを考慮していない可能性があります。100%の安全はなく、100%未満の安全の中で我々は暮らしております。そして、できる限りその安全を100%に近づけるために様々な基準や取り組みなどがあります。安全性を高めるために多くの人が取り組んでいますが、それでも「絶対安全」というものはなく、意外な盲点があったりします。

「絶対」という言葉の危険性は職業面でも当てはまります。

医師で「絶対○○だ」と病名を断言してしまえば誤診の可能性が生じますし、「犯人は○○だ」と警察が断言すれば誤認逮捕の可能性も高くなります。自信を持つことは大切ですが、思い込みを持たずにしっかりと事実と根拠に基づいて、そして例外についても考えたうえで業務に取り組む必要があります。

また、表面上の数字だけで「絶対」と判断出来ないことは多くあり、その一つに昨年のアメリカ大統領選挙があります。

多くの人はメディアの情報を基にクリントンさんの当選を予想しました。投票直前の世論調査でのポイント差は僅差であったにも関わらず「絶対」という言葉を使いクリントンさんの当選を予想した人もいます。

メディアの出した数字で当落を判断することは誰でも出来ます。アメリカは二分された状態であり、ポリティカル・コレクトネスなどでデータでは表れてこない部分が結果に大きな影響を及ぼしました。重要なことは視野を広く持ち有権者の現状がどうなっているのかを把握することであり、現状を理解すればするほど、結果に関わらず接戦の選挙戦で「絶対」という言葉を使って予想することは出来なかったはずです。


・自分の価値観を押し付ける人

「絶対」という言葉が口癖の人の特徴の一つに「自分の価値観を押し付ける」というのがあります。

自分の価値観を押し付ける人は「絶対○○だから」など、「絶対」という言葉を使うことにより相手と周囲の人に対して強い印象を与えます。

例えば相手に対して「絶対に成功しない」と言う人は、「絶対」という言葉を使い相手を委縮させ、周囲に対しても暗黙の同意を求めています。「成功する・しない」の定義もなく、また具体的な根拠もないのにも関わらず否定を強めるために「絶対」という言葉を使うので、印象操作をしようとしています。また、相手と周囲の人を支配したいという気持ちの表れでもあります。

「人間的に絶対間違っている」などと、相手の道徳心を「絶対」という言葉を使用して強く否定する人もいます。これも自分の価値観の押し付けです。

罪を犯したわけでもなく、また社会的な問題を引き起こしたり礼節を大きく欠いたりしたわけでもない人に対してこのような発言をする人は、自分の基準が正しいという考えの人です。このように相手の人間性を全否定して、人としての道を説くのは支配欲の表れであり、そのような人は周囲の人から見て常識が逸脱している場合が多いです。そもそもこのような発言自体が暴言名誉棄損罪侮辱罪に該当する可能性が高く、人間的に間違っているのは侮辱的な発言をした本人です。

そして、「絶対に一流になれない」という発言も価値観の押し付けです。

指導者が教え子に対して発破をかけるつもりで言うにはそれほど問題ないのですが、そうでなければ問題発言です。一流になれるかどうかは誰にも分かりません。数年後、大きく成長している可能性もあります。

また、一流の定義も曖昧です。そもそも世の中すべての人が自分の職業で一流を目指しているかと言われれば、答えは「いいえ」となります。この発言をする人は「みんな一流になりたい」という思い込みがあり、そしてそれを相手だけでなく周囲の人にも押し付けるためにしています。

さらに、「一流」や「二流」などと言って人の優劣をつけたがる人は自己愛性パーソナリティ障害の疑いがあります。この発言だけで決めつけることはもちろん出来ませんが、自己愛性パーソナリティ障害の可能性はありますので注意した方がいいです。

このような人は面倒な人なので気にしないのが一番ですが、精神的に疲弊してしまうのも事実です。

自分の価値観を押し付ける人には具体的な根拠がない場合があります。話を聞いていても論理的に破綻していたり、強い思い込みで話をしている場合もあります。その矛盾点をついて勇気を出して強気で答えるのも一つの解決策です。


・神経質な人

神経質で几帳面、さらに自分にも他人にも厳しい人も「絶対」という言葉を使う傾向にあります。

このような人は、仕事で予定より遅れていたりノルマが未達である相手に対して「絶対」という言葉を使って圧力をかけます。一度ならず何度も言う人はやはり問題があります。

事態が切迫していることを相手に認識させるにはいいかもしれませんが、言われた方は委縮して能力が発揮できない場合があります。「絶対」という言葉より的確な助言の方が役立つため、具体的な解決策を提案できるかが重要になります。

自分に厳しいことはプラスにも働くことはありますが、「絶対」という言葉は相手に対して強い印象を与える言葉なので、そのことを認識していないと発言の内容により周囲から人が離れていくようになります。


・自信がない人

自信家の人は「絶対」という言葉を使う傾向にあることは説明しましたが、自信がない人も使いやすいです。

自分の発言に説得力を加えたり、相手に大きく見せるために「絶対」という言葉を自信がない人は使います。このような人は、他人からどう思われているかなど周囲からの評価を気にする傾向にあります。また、「絶対」という言葉を使うことにより自分に安心感を与え、一種の自己暗示として「絶対」という言葉を使用します。

自分に自信がなく「絶対」という言葉を使用する人は、周りの人からも信頼されていない可能性もあります。未熟な自分を隠すために「絶対」と言って物事を言い切っていますが、その言葉を受け取る側は不安感を覚えることもあります。


このように「絶対」という言葉を使う人は、この言葉の強さを認識していないことがわかります。

自信がない人に対して「絶対うまくいくよ」など、励ます意味で肯定のニュアンスを含めた使い方は問題ありませんが、それでも相手にとっては「この人、本当にそう思っているのかな?」などと受け取られかねないです。「絶対」という言葉はできる限り使用しない方が望ましいですが、その反対に「たぶん」や「おそらく」という言葉の使用も避けたいです。自信がないように聞こえ、これらの言葉を言われた側は不安な気持ちになります。

「絶対」という言葉は肯定的な内容で使えばその言葉の力強さ故、多くの人を魅了することになります。しかしその一方で、否定的な内容で「絶対」という言葉を使えば、相手と周囲の人を傷つけることになります。さらにその発言は法律に反している場合もあります。

自分の発言に責任を持つために「絶対」という言葉を使う人もいますが、その言葉の重さと相手や周囲に与える影響力を考慮して使用するべきです。

思い込みを捨て、視野を広くして物事を見ていくことが大切なのだと思います。

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「自己愛性パーソナリティ障害」という言葉で検索したとき、「自己愛性パーソナリティ障害 末路」という検索候補が出てきます。これは自己愛性パーソナリティ障害の人に苦しめられている人が多いということを暗示していると思われます。そして苦しめられた人は、自己愛性パーソナリティ障害の人の末路が悲惨なものであって欲しいと願っているのかもしれません。そのため「末路」という言葉を入れて検索するのだと考えられます。インターネットで「自己愛性パーソナリティ障害」と検索すれば、被害にあった人の証言などがたくさん出てきます。それではどのような末路になるのでしょうか。 


自己愛性パーソナリティ障害の末路

自己愛性パーソナリティ障害の人は「自分は特別な人間である」などという思いから、やたら謙遜しながらも自信がある言動をします。そのため、その魅力に傾倒する支持者やイエスマンなどの取り巻きも身近にいて、心地よい環境を現実社会でもネット社会でも作り出そうとします。しかし、その環境が作り出せないときは子供っぽく拗ねたりして精神的に未熟な行動をとります。また、自尊心を傷つける相手に対しては徹底的に批判して悪態をつくというのはこれまでにも述べたことです。

自己愛性パーソナリティ障害は主に20歳以降の男性がなりやすいですが、自己愛性パーソナリティ障害になった人は自己愛性パーソナリティ障害と気づかずに人生を過ごす人がほとんどです。たとえ周囲の人が示唆したとしても意見を聞き入れませんし、診断テストを行ったり特徴を指摘したりしても事実を受け入れることはほとんどありません。問題なく社会で活躍していればいいのですが、やはり人間関係でトラブルを起こすため直接的、あるいは間接的に被害にあった人は、自己愛性パーソナリティ障害の人の末路が悲惨になって欲しいと願うことが多いようです。それほど自己愛性パーソナリティ障害の人がもたらす影響や破壊力というものがいかに甚大なものであるかという裏返しのようにも思えます。

年をとっても本人は自己愛性パーソナリティ障害だと自覚しないため、その症状は年々ひどくなっていきます。自己愛性パーソナリティ障害の人は他人からの評価に過敏であるため第一印象がいい場合が多いです。そのため最初のうちは人が寄ってきますが、次第に周囲の人は自己愛性パーソナリティ障害の人の異常性を体験したり目撃したりすることになります。まともな人は関わり合いたくないため距離を置くようになります。そして自己愛性パーソナリティ障害の人は40歳ぐらいを境にして孤立していくようになります。

自己愛性パーソナリティ障害の人は孤独に耐えることが出来ないため、自分を認めてくれる存在を作ろうとします。しかし、若いころには通用していた学歴や年収、そして仕事での活躍などの優劣がつきやすく自分を誇示できる話は、年を取るともはや通用しなくなっています。

職場ではもちろん家庭でも孤立するようになり、居場所は次第になくなります。自己愛性パーソナリティ障害の人はそもそも人を信用しないため、心を許せる友人はおらず、ビジネス上の付き合いの人もほぼいなく、そして家庭は離婚したりなど、最終的には孤独な老後を過ごすことになる可能性が高いです。

このように、自己愛性パーソナリティ障害の人は自分のことを認めてくれる存在がいない人生を歩むことになります。これは自分の存在価値のために他人を必要とする自己愛性パーソナリティ障害の人にとってはとてもつらいことです。「社会が自分を見捨てたんだ」などと言って社会に責任転嫁して正当化しようとする人もいますが、原因は自身の言動にあります。

自己愛性パーソナリティ障害の人は高い理想を掲げながらも強い劣等感を抱えており、そのストレスを上手に処理できないため周囲に悪態をつき、さらに共感性も著しく乏しいです。そのような人が自分の異常性を認めることはほぼないので、社会生活を順調に送ることは難しいです。やはり将来は孤立していくものと考えられます。

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今回は自己愛性パーソナリティ障害の被害者の特徴について取り上げます。

主な被害者の特徴として、自己愛性パーソナリティ障害の人から嫉妬された人や消極的な性格の人、素直で純粋な人などが挙げられます。


嫉妬された人

自己愛性パーソナリティ障害の人は、自分以外の者が成功したり幸せになることに強い羨望嫉妬を感じ、冷静でいられません。自分の分の成功や幸せが奪われてしまったかのように感じてしまい自尊心がひどく傷つけられるため、自分より優れている人や幸せな人を標的(ターゲット)として攻撃します。


消極的な性格の人

消極的な性格の人は自己愛性パーソナリティ障害の人から攻撃されても反論することが難しいため、自己愛性パーソナリティ障害の被害者となりやすいです。また、拒まれたり嫌われたりすることを恐れたり、あるいは自分の感覚や感情が正しいという自信を持てないために自分の主張ができなかったりします。自己愛性パーソナリティ障害の人はこのような性格の人に対して支配的であり、自尊心を満たす道具だと無意識のうちに思っています。


素直で純粋な人

素直で純粋な人は、自己愛性パーソナリティ障害の人から攻撃されると自分に原因があると思う傾向にあります。相手が自分の精神を破壊するような人ではないと思い続け、攻撃されても耐えて被害が深刻になっていく場合があります。また、他者に依存しやすい性格の人も被害が深刻化しやすいです。


被害にあえば心身に異常が発生しますので、その症状についても取り上げます。


被害者の症状

被害者の症状としてはうつ病などの精神疾患、不眠症などの心身症、対人緊張などの病的な心理状態を患ったりします。自信を喪失して無気力状態になったり自殺願望が生じたりして生活に大きく影響が出たりします。一度このような状態になると症状が回復するのに時間がかかったりするため、会社を休職や退職したりする場合があります。


被害者は何の落ち度もないのにも関わらず、自己愛性パーソナリティ障害の人に精神を破壊され人生を狂わせられることになります。しかし、自己愛性パーソナリティ障害の人は自分より成功して幸せな人を嫉妬して羨望します。特に見下していた相手が幸せになると非常に自尊心が傷付きます。そのため、自己愛性パーソナリティ障害の人には何を言われても無視して自分が幸せになることを考えてください。

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自己愛性パーソナリティ障害の人は対人関係で問題を起こして孤立するということはすでにお伝えしました。それでは孤立しそうになった自己愛性パーソナリティ障害の人は一体どのような行動をするのでしょうか。


称賛を求める自己愛性パーソナリティ障害

自己愛性パーソナリティ障害の人は周囲から無視されたり反応がなかったりすると、注目を集めるために自分のすごさを周囲にアピールして称賛承認を求める言動をしたり、自分の境遇や環境の不遇さを述べたりして同情を引こうとします。同情に関しては以前の記事の『イエスマン』の部分でも言及しております。

また、自己愛性パーソナリティ障害の人は精神的に他の人より脆弱なため、他人が自分のことをどう見ているかなど常に他人の評価が気になる状態です。そのため周囲の反応がないとすごく不安になります。これは「評価過敏性」と言ったりします。

周囲の反応がなければ周りから意見やコメントを求めようと働きかけますが、その内容は自己愛性パーソナリティ障害の人にとって耳障りのいい内容でなければいけません。つまり忖度して話をしなければいけません。決して自己愛性パーソナリティ障害の人を否定するような意見やコメントなどを言ってはいけません。他人からの評価に対して著しく過敏であるため、一度自己愛性パーソナリティ障害の人の自尊心を損なうような意見やコメントをすればターゲットにされ、ひどく批判されたり罵倒されたりして精神を追いつめられる事態に発展しかねません。本当のことが言えず、さらに発言に細心の注意を払わなければならないため、人は去っていき周囲はイエスマンばかりになります。自己愛性パーソナリティ障害の人は裸の王様とも言えます。

一方、自己愛性パーソナリティ障害の人は称賛を求めたり同情を引く言葉や行動が上手なため、それにつられて優しい言葉をかけたり応援したりする人が現実社会でもネット社会でもいます。

しかし、残念ながら同情したとしても自己愛性パーソナリティ障害の人には意味がありません。献身的に尽くしている自分も素晴らしい人間であると勘違いして同情している人も一部いますが、称賛したり同情してくれる人は、自己愛性パーソナリティ障害の人にとって自尊心を満たしてくれる道具でしかありません。たとえ自己愛性パーソナリティ障害の人が感謝の言葉を言ったとしてもそれは儀礼的で表面上のことにしかすぎないだけで、心の底からの気持ちではありません。

しかし、反応があっただけで嬉しそうにするのも自己愛性パーソナリティ障害の特徴です。自己愛性パーソナリティ障害の人は孤立することを恐れているため、反応があるとすごく嬉しそうにします。そのため表面上の耳障りのいい事だけを言って自己愛性パーソナリティ障害の人と付き合っていくのも一つの方法ですが、そのうちこちらの精神が疲弊してきます。従って、自己愛性パーソナリティ障害の人とは距離を置いて反応しないのが一番です。

称賛を求めたり同情を誘う言動があったとしたら、それは自己愛性パーソナリティ障害の人が自尊心を満たしたいために行っていることなのだと思って見てみるといいでしょう。

冷静な目で見れば自己愛性パーソナリティ障害の人の不思議な行動が見えてきます。

みなさんの周りにいるかもしれませんので、注意を払って見てみるといいかもしれません。

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これまでお伝えしてきたように、自己愛性パーソナリティ障害は対人関係で問題を起こす可能性が高いです。

しかし、自己愛性パーソナリティ障害の人も生活をするために働く必要があります。

それでは自己愛性パーソナリティ障害の人と職業について見ていきましょう。 


自己愛性パーソナリティ障害と職業

自己愛性パーソナリティ障害の人は自分が特別な人間だと思っているため、自分が主役となれるような職業に就きたがります。目立たないアシスタントの仕事や事務、裏方の仕事は避ける傾向にあります。

通常、自己愛性パーソナリティ障害の人は努力を避ける傾向にありますが、その一方で野心的で努力を惜しまない人もいます。そのような人は特定の能力に秀でた人が多いです。しかし、そのような人でも挫折や批判、反対意見には極端に弱かったりします。それが原因で激怒したり精神的不安定になったりして周囲に迷惑をかける場合があります。また、共感性が不足しているため良好な人間関係を築くことが苦手で人間関係でトラブルをよく起こしがちです。そのため、チームワークを必要とするような協調性が求められる仕事は難しいです。

自己愛性パーソナリティ障害の人は損得勘定で考える傾向が他の人より強いため、自分の手柄にならないことには無関心です。雑用は他人に押しつけて当然と考えています。また、自分だけおいしい果実(利益)だけを取って、面倒な仕事や自分の利益にならない仕事には一切手伝わず関与しない特徴があります。損失が出るような事柄があれば、自分の責任は棚に上げて相手に損失を負わせようとする傾向もあります。

一般的に自己愛性パーソナリティ障害の人が向いている職業として芸術家や作家、芸能人(モデル・アイドル・俳優など)、投資家、経営者などが挙げられます。このように自己顕示欲が発揮できたり、人との接触が少ない職業が特徴です。

芸能人は多くの人と接しますが、やはり対人関係で問題を起こす人も多い業界です。

投資家の中でも個人投資家は人と接することが基本的にはほとんどない職業です。しかし、投資で成功して起業したとしても、自己愛性パーソナリティ障害の人は良好な人間関係が築けないため、事業を発展させることができず成功しない可能性があります。

自己愛性パーソナリティ障害の会社経営者は共感性が低いため、人の気持ちが理解できずパワハラモラハラのように言動が著しく厳しいことが見受けられます。最初のうちは強い個性で人を魅了し順調ですが、やがて自己愛性パーソナリティ障害の本性が明らかになって人は去るようになり、従業員や利害関係者、そして世間からの評判も悪くなり事業は苦しくなります。

自己愛性パーソナリティ障害の人が向いていない職業としては公務員や医療関係、介護職、サービス業(飲食・販売など)、教育関係などが挙げられます。これらの職業はチームワークを必要としていたり共感力が要求されるものです。従って、自己愛性パーソナリティ障害の人には向いていません。そのため、これらの職業に自己愛性パーソナリティ障害の人が就くと、その被害は甚大なものになる可能性があります。

これらの適職は絶対的な指標ではなく参考程度でしかありません。


どの職業においても多かれ少なかれ人と関わります。しかし、自己愛性パーソナリティ障害の人は自分が自己愛性パーソナリティ障害だと認識していないことがほとんどです。そのため、職場でも周囲が驚くほど厳しい言動をしたりする人がいます。「あなたのために言ってくれているのよ」と言う人もいるかもしれませんが、そのような言葉では片づけられない事例も多々あります。明らかに様子がおかしく人格を攻撃して精神を破壊するような人もいます。もしいたら、関与しないか必要最低限の接触にしておくことが自分を守るためにも重要です。

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