2005年04月16日

c37caf25.jpg 【写真1】 デニス・ヘイズ(アースデイ世界ネットワーク議長)

ネルソン上院議員の呼びかけに具体的なアクションでこたえようと、当時「環境弁護士」として活躍していた25歳のデニス・ヘイズが立ち上がった。インターネットのない時代に、彼の行動力と人柄とひらめきによって、たちどころに全米に二千万規模の決起行動を出現させたのである。
一九七〇年四月二十二日。その歴史的な"事件"が記念すべき「アースデイ」の誕生となった。その日から、地球環境問題の解決のために市民が行動を起こす新しい時代が幕があけた。
アースデイEXPOのために、きょう愛・地球広場のステージに立つヘイズさんに、来日前にちょっとハードな質問をぶつけてみた。さすがはアースデイの創始者。実を中身の濃い興味深い回答をいただいた。

・・・・・・一九七〇年に来日した際、あなたは次の三つの原則を提唱しました。「1.戦争をなくすこと 2.人種的な差別をなくすこと 3.全地球の角度から資源を見直すこと」。この三原則は、今でもアースデイの基本コンセプトを担っているでしょうか。

平和、兄弟愛、そして地球規模でとらえる世界観。たしかにこれらは、アースデイが達成しようとしているゴールの一部ではあります。しかし、その根底にあるものは、持続可能で、健全で、かつ安定した地球を作り上げていくことであり、それこそがアースデイの基本原理であると言えるでしょう。そのためには、気候変動の抑制、生態系の多様性の保護、南北問題、人権問題の解決、教育の普及、汚染物質の除去など、そうした一つひとつのゴールを達成していくことが求められます。

・・・・・・一九七〇年のアースデイにおいては、平和主義、フェミニズム、ナチュラリスト、反核運動、動物愛護、公民権運動、反核運動、コミューン運動なども含まれていましたか。もし、含まれていたとしたら、どのようにしてこれらの運動を、アースデイという一つのかたちにまとめることができたのでしょうか。なにか統一的な主張があったのでしょうか。
一九七〇年のアースデイは驚くことに、多くの様々な価値観の異なる人々から支持を受けました。アメリカ社会を構成するすべての団体が関わっていたと言ってもいいでしょう。各団体が主張する事柄については、もちろん対立するケースもありました。しかし、すべての参加者に、「人間の活動が地球にたいして悪い影響を与えている。この流れを見直し、より平和で持続可能な世界を作っていこう」という共通の理解が存在していました。 アースデイ1970

【写真2】 一九七〇年の最初のアースデイの模様。男性のもつプラカードには、滅びゆく地球への哀悼の意がメッセージされている。

・・・・・・一九七〇年代から人間中心主義を批判するディープエコロジーあるいはラディカルエコロジーの思想も形成されていきますが、最初のアースデイの際にもディープエコロジー的な考え方は一部にはありましたか。それとも「経済発展と環境保護」の両方を最初から視野に入れた考え方が主流にあったのでしょうか。
この質問は実に多くの示唆に富んでいますね。ディープエコロジーの考え方に立てば、生態系のネットワークは非常に複雑でありながら、すべてが繋がっていて、そのために、ほんの小さな変化であっても、それがまったく予期しえなかった途方もない結果を生み出すことがあるのだ、と主張することになります。
もちろんこれはとても重要な洞察です。しかしながら、自らをディープエコロジストと呼ぶ多くの人々が、「一輪の菊の花と一人の人間のあいだに価値の相違はないのだ」という考えに陥っています。これは、多くの人間よりもむしろ菊のほうに馴染みやすい考え方かもしれませんが。
植物や動物は、自ら投票によって環境汚染を拡大する方針を採択することはありません。だから、多くの環境活動家は(植物や動物ではなくて)人間の支持をとりつけるために努力するのです。人間は、地球環境を保護することも破壊することができるユニークな力をもった生き物ですから。
そもそも、人間と動植物のあいだに、「この記事を読めるか読めないか」という決定的な違いがあることは誰にでもあきらかでしょう。ひとつ、たとえばなしをしましょう。鹿が生きていくうえで必要な存続のための条件は、「食物を採ることができるか」と「敵から逃れることができるか」の関係によって単純に決定されます。
一方で、人が生きていくうえで必要なエコシステムの存続のための条件は、各個人に委ねられた何百という選択肢(たとえばテクノロジーやライフスタイルやダイエットをするかしないかなど)によって複雑に決定されるのです。
アースデイ以後の環境活動家は、今の人々が健康的で、創造的で、快適で、毎日有意義な生活を送れることが大事だと考えながら、なおかつ、そうした生活スタイルをそのままこれからの世代にも受け継いでもらうことができるよう努めています。その意味で、ストック型のエネルギー(たとえば石油)よりもフロー型のエネルギー(たとえば太陽光)のほうが重視されるべきです。同様に、輸送にかかるエネルギー消費を削減できる都市機能や温室効果ガスの排出を抑制できる産業構造が求められるべきでしょう。思うに、これこそがディープエコロジーならぬ「ヒューマンエコロジー」でしょう。
もっとも、きわめて達成困難な"ディープ"な課題ではありますが。 ネルソン他

【写真3】 一九九〇年のアースデイに向けてタッグを組んだゲイロード・ネルソン元上院議員とウィリアム・K・ライリー米国環境保護局長官(当時)。

・・・・・・一九七〇年のアースデイへの関心を高めるために、メディアをどう利用しましたか。また、どのようにして全米的ネットワークを構築することができたのでしょう。

インターネット以前の時代であったため、その立ち上げはたいへん困難なものでした。まず私たちは、全米教育教会(the National Education Association), 全米科学教師協会(the National Science Teachers Association), 米国医療協会(the American Medical Association)といった、会報誌を発行している団体にアプローチし、アースデイに関する記事の売り込みを行ないました。また、いくつかの雑誌(主婦やキャンプ愛好家や宗教団体や学生をターゲットにした専門誌ですね)にも同じアプローチをかけました。いずれの場合も、記事の最後に私たちの連絡先を入れ、反応を待ちました。そして興味を持ち、コンタクトをとってきた人々に向け、アースデイ開催のためのキットを送付し、私たちのメーリングリスト(もちろんお手製。当時コンピューターは使われていませんでしたから)に加えました。ニューヨーク、ワシントンDC、シカゴ、サンフランシスコといった大都市には、われわれのスタッフをオーガナイザーとして送り込み、現地の諸団体を連帯させ組織化して大規模イベントとしてしっかり運営が成り立つよう指揮を執りました。一部の実行組織では、やがてわれわれの意図しているイベントとは異なる方向にすすもうとする者が出てきたので、そのような場合は、現地の責任者を変えたりするなど調整をはかりました。最終的に組織づくりが完了した時点で、メーリングリストには全米二千におよぶ都市と町の、千五百の大学を含む六万人が登録していました。百万人以上が参加し最大規模のイベントが展開された場所がたまたまニューヨークだったおかげで、三大テレビネットワークやニューヨークタイムスをはじめ、主だった雑誌の多くが取材をしてくれたのです。

・・・・・・さて、「9.11」によってアースデイはどう変わったのでしょう。あるいはどう変わろうとしているのでしょう。

あの「9.11」のテロ行為は、アースデイにとっては大きなインパクトはもちえませんでした。アースデイは、いかなる自然災害や人間の過失や愚かな行為にたいしても柔軟に対応できる持続可能なシステムとして存在しつづけます。「9.11」は、近代の産業社会の脆弱な一面を露呈したのであり、チェルノブイリの原発事故やボパールの化学工場事故もそれと同様に社会の脆弱さをあらわにしたでしょう。(誤解のないよう申し添えるなら、もちろんアースデイはテロであろうと戦争であろうと、一般市民を攻撃する暴力行為を一貫して非難してきました。)アースデイのネットワークは、世界のすみずみで活躍している新しい世代の環境活動家を仲間に加えようとしています。現代における大きな脅威は地球規模のものとなっています。その解決のためには、普遍的な人間性に訴えて、国家や文化や人種や宗教の違いを超えて、誰もが同じ運命共同体にあることを深く理解する必要があります。

・・・・・・ニューエイジ思想から影響を受けていますか。「タオイズム」の影響はどうですか。  
若い時分は、哲学と宗教の本を幅広く読みました。そしてとりわけタオイズムには重要な意義を見出すことができました。(同様に仏教からも、キリスト教からも、イスラム教からも、そしてハンムラビ法典からカントの「定言的命法」にいたる人間本位の倫理哲学からも大きな影響を受けています。) 精神世界との接点は、多くの(でも、全員ではありませんが)環境活動家にとっては不可欠です。環境活動家は世界のあらゆる宗教から影響を受けてきました。世界宗教というものはいずれも――その多くは創世神話というかたちで――地球への配慮を道徳的な土台として有しているものです。その一方で、大きな杉林の中で畏敬の念につつまれるときや、砂漠で無限の宇宙を想いながら空っぽになるときに「精神的なつながり」を感じる人たちがいます。 そもそも環境活動家の信念を構成するいちばんの根っこにあるものは、宗教よりもむしろ科学――エコロジーや生物学や化学や生化学や物理学――なんですけれどもね。とはいえ優れた宗教家たちは、環境にたいしてわれわれと同じ基本認識をもちあわせているものです。

・・・・・・尊敬する人物は?
たくさんいますよ。一人はワールドワイドウェブの開発者T・バーナーズ・リー。新しいグローバルな意識が生まれる可能性を創り出しました。しかも彼はこの驚天動地の発明にたいし、なんら対価を受けとらなかったことは、さらに驚きです!アルバート・アインシュタイン。これまでとまったく違った角度から世界をとらえ、世界を数学によって理解する術を可能にした天才。夢を諦めることなく、決して挫けることがなかったネルソン・マンデラ。彼らを苦しめた前政権との和解に成功し血を流すことなく南アフリカの和平を勝ち取りました。ロバート・ワトソンとラジェンド・パチャウリ。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)で、勇気ある目覚しいリーダーシップを発揮しました。そして最後に、太陽電池の分野で活躍する日本の先人たち。とりわけ、シャープのソーラーシステムを開発した富田孝司氏。将来を見据えて不可欠となるエネルギーの技術革新をすすめられた功績は特筆に値します。我が母国アメリカは太陽光発電の開発をあっさり諦めてしまっているにもかかわらず。他のどの国でもなく、気候変動が起きたこの時代に、人類のエネルギーにたいする希望の灯りをともしつづけてくれるのが日本なのです。(了)

デニス・ヘイズ(Denis Hayes)
一九四四年、アメリカ・ウィスコンシン州に生まれる。ハーバード大学大学院終了後、環境弁護士に。一九七〇年の最初のアースデイの全米コーディネーターをつとめ、一九九〇年にはアースデイを世界に拡大するキャンペーンを開始。今ではアースデイのネットワークは一六四の国にまたがる。「TIME」紙による選出で「この星の英雄」の一人に。

アースデイあいちneted_aichi_net at 02:10│コメント(0)トラックバック(0)アースデイとは何か? | アースデイ愛知2005@EXPOこのエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

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