2011年12月28日

父と子
幕末のこと。杉百合之助の家では、春秋の二回、日を決めて、藩公毛利氏の先祖を祀ってあるやしろと、氏神様にお参りする習わしであった。そうでなくても、百合之助は毎朝、家の誰よりも早く起き、清水を汲んで祖先の御霊(みたま)に供え、西の方藩公のおられる萩城(はぎじょう)を拝し、東に向かって、うやうやしく皇室のみさかえを祈ることにしていた。
ある年、その日の朝、あたりはまだ暗く静まり返っていた。「梅太郎も、大次郎も、目が覚めたか」声をかけると、どちらが先ともなしに、兄弟二人がすぐに答えた。
「はい、とっくに起きております」
「では、庭におりなさい」
春まだ浅く、肌にせまる暁の闇の冷たさ。足元にくずれる霜柱の色は見えぬが、地は固く凍っている。百合之助は、二人の男の子を連れて井戸端へ出た。
「いつもいうように、からだを洗い、心を清めるのだ。まず、私が先にやる」
くるくると着物を脱ぐと、つるべを取り、水を汲みあげて、冷たさもいとわず、ざぶりと頭から浴びた。
「すがすがしい気持ちだ。今度は、梅太郎、なさい」
「はい」
まだ明けやらぬ薄明かりの中に、汲みあげられる水は、氷のように白く光る。しかし、梅太郎は元気よくかぶった。
「さあ、次は大次郎」
「はい」
満々と水を汲みいれたつるべは、幼い大次郎の腕には、かなりに重かったが、それでも大次郎は、ゆっくりと慌てずに、ざぶりざぶりと上手に浴びた。家の中では、あかのつかない、さっぱりした着物を取りそろえて、母が静かに待っていた。
「では、出かけるぞ。途中で人におうても、言葉を交わしてはならない」
父百合之助の声は、いつもと違って、厳しさを含んでいた。この宮まいりの朝だけは、心をけがすことのないよう、家の外へ足を踏み出したら、決して人と口をきかぬと父と子は、かねてから固く約束してあったのである。
この日、無事にお参りを済まして、家に帰ってからのことであった。「梅太郎は、何を祈った」と、父がたずねた。
「はい、皇室のみさかえを祈り、殿様の御無事を願いました」
「うむ。なるほど。では、大次郎は」
「私も、第一に皇室のみさかえを祈りました。それから、自分が本当の日本国民になることをお誓いいたしました」
「本当の日本国民とは、どういうことか」
「臣民として道を守り、命を捧げて陛下の御ために尽くすのが、本当に日本国民だと、玉木のおじ様が教えてくださいました」
「うむ、それを神様にお誓いしたのか」
百合之助は、我が子ながら大次郎は、あっぱれな魂の持主だと心ひそかに感じ入った。
大次郎とは、だれあろう。のちに寅次郎と名を改め、おじ吉田大助の家を継いで、吉田松陰先生とあがめられるようになったその人である。
(第五期(昭和十六年)初等科修身四より)