2012年01月06日

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日本人よ、勇気をもちましょう ドナルド・キーン

 

かつて川端康成さんがノーベル文学賞を受賞したとき、多くの日本人が、こう言いました。「日本文学が称賛してもらえるのは嬉しいが、川端作品は、あまりに日本的ではないか」。

日本的過ぎて、西洋人には「本当は分からないのではないか」という意味です。分からないけれど、「お情け」で、日本文学を評価してくれているのではないかというニュアンスが含まれていました。

長年、そう、もう七十年にもわたって日本文学と文化を研究してきて、私がいまだに感じるのは、この日本人の、「日本的なもの」に対する自信のなさです。違うのです。「日本的」だからいいのです。

昨年、地震と津波に襲われた東北の様子をニューヨークで見て、私は、「ああ、あの『おくのほそ道』の東北は、どうなってしまうのだろう」と衝撃を受けました。あまりにもひどすぎる原発の災禍が、それに追い打ちをかけています。

しかし、こうした災難からも、日本人はきっと立ち直っていくはずだと、私はやがて考えるようになりました。それは、「日本的な勁(つよ)さ」というものを、心にしみて知っているからです。昭和二十年の冬、私は東京にいました。あの時の東京は、見渡すと、焼け残った蔵と煙突があるだけでした。予言者がいたら、決して「日本は良くなる」とは言わなかったでしょう。しかし、日本人は奇跡を起こしました。東北にも同じ奇跡が起こるのではないかと私は思っています。なぜなら、日本人は勁いからです。

私は今年六月で九十歳になります。「卒寿」です。震災を機に日本人になることを決意し、昨年、帰化の申請をしました。晴れて国籍がいただけたら、私も日本人の一員として、日本の心、日本の文化を守り育てていくことに微力を尽くします。新しい作品の執筆に向けて、毎日、勉強を続けています。

勁健(けいけん)なるみなさん、物事を再開する勇気をもち、自分や社会のありかたを良い方向に変えることを恐れず、強く歩を運び続けようでありませんか。

 

日本人の心の強靭さを、「強」という字ではなく、「勁」という字を当てているところにドナルド・キーン氏の日本人に対する思いの深さを感じる。

「勁」には、「ぴんと張りつめて、つよい。力がつよい。」という意味があり、「強」よりもさらに強固な語義があるからだ。そして、「勁」の言葉を含むことわざに「疾風に勁草を知る(しっぷうにけいそうをしる)というのがある。

 

困難に遭ってはじめてその人間の本当の価値、本当の強さが分かるということ。困難がその人間の奥底に秘める意志や信念の堅固さを見分けるということ。疾風は激しく吹く風のことで、勁草は強い草を意味する。激しい風が吹いて初めて強い草が見分けられることから。出典は後漢書の王覇伝。自分に従って来た者達が次第に離散していく状況に劉秀が慨嘆して述べた言葉。(「ことわざ図書館」から)

 

そして「勁健」という言葉。これは「つよく、すこやかなさま」とあり、さらに「すこやか」とは、丈夫なさま、健康であるさま、しっかりしているさま、とある。日本人はかくありたいものだ。



(08:27)

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