2013年03月26日

28bdd850.jpg

東北の大震災で、自然の前に人間が如何に無力であるかということを思い知らされた。それと同時に、わが国の歴史・伝統・文化で育まれた日本人としてのDNAが、残っていること改めて知った出来事でもあった。その姿に世界から、日本人は非常事態にもかかわらず規律を守る、相互に助け合う、苦難に耐えるなどの声が寄せられた。

 

明治23年来日し、島根県松江中学に英語教師として赴任したラフカディオ・ハーンこと小泉八雲は、日記にこう記している。「授業中の子供達の行儀作法は完璧というほかない。私語は全くない。」しかし今、小学校では、子供達が教室を徘徊し、授業が成り立たない学級崩壊が問題になっている。戦時中の昭和18年、元フランスの駐日大使で詩人のポール・クローデルは、「世界の中で、滅んで欲しくない民族がある。それは日本人だ。なぜなら彼等は高貴だ」と言った。しかし、その一方で自分を産み育ててくれた親の弔いもせず放置し、その年金を搾取していた事例が各地で発覚した。その報に接し石原東京都知事は「多くの日本人の芯における堕落をこれほど象徴した事例を私は知らない。」と語った。

 

戦後の昭和23年、新しい教育基本法、学校教育法が施行され、かつて最も重んじられた「修身教育」がなくなった。周知の通りGHQの指令によるものである。続いて衆参両院で教育勅語の失効決議がなされ、明治維新以降、国力の源泉として重視してきた国民教育の理念は、完全に葬り去られたのである。修身教育・道徳教育のない学校教育が、すでに60年以上続いているのだ。

 

修身教育とは、明治22年、大日本帝国憲法公布、23年、帝国議会開設、そして教育勅語が発布された。

教育勅語の趣旨にもとづき、児童の徳性を涵養し、道徳の指導を実践し、健全なる国民として必須の道徳を授ける。

具体的な例話として、日本歴史上の人物だけではなく、外国人の例話も加える。

その内容は「尊敬すべき人格とは何か」、「優れた人格とは何か」というものを具体的に示した「物語」の集大成である。(偉人・賢人の具体的なエピソード)子供達は、正直、努力、忍耐、勤勉、勇気などの徳目に関して、「〜をせよ」とか、「〜をするな」という抽象的なものではなく、具体的な人物像を通じて、血の通った形で、道徳を学んだ。そして共通の人物像を介することにより、親と子が、兄弟姉妹が、夫婦が、職場の同僚が、共通の理解を行い、国民としての共通の価値観を産んだのである。

 

1960年代から70年代にかけて、アメリカでは自由放任や個性重視の教育が行われた。結果として学校は規律を失い、校内暴力、麻薬・アルコールの乱用、十代の妊娠などが蔓延したのだ。「何とかしなければアメリカの将来はない。」時のレーガン大統領は就任早々から、教育改革に取り組み、「日本に学べ」と教育視察団を日本へ派遣。日本で学んだものそれは戦前の修身教育だったのである。そして教育改革は大きな成果を収めた。時の教育庁長官ウィリアム・ベネットは後年、「道徳読本」を発表した。その内容とは、自己規律、思いやり、責任、友情、仕事、勉学、勇気、忍耐、正直などの徳目について、古今東西の偉人・賢人の逸話をまとめたもので、まさにアメリカ版「修身書」と言える。

 

道徳教育は価値観の押しつけは教育になじまないという耳に心地よい言葉を口実に、親と教師は子供たちに道徳を語ることから逃げてきたように思う。子供たちの人格形成、価値判断の基準となる、人生の羅針盤の役割を果たす具体的モデルを示すことはしなかった。

もともと教育には押しつけなしには成立しない。価値観が多様化している現代だからこそ、子供たちには社会を構成する一員として守るべき時代を超えて変わらないルールや、その場にふさわしい振る舞いのできるわきまえを身に付けさせるべきである。幼いうちから「ダメなものはダメ」と子供に教え育てることは押しつけでも何でもない。子供たちの人間形成の多くは学校における学習や生活の場面での子供同士の交流を通してなされる。楽しいことや、不愉快なこと、屈辱的なことも含めて多様な経験を重ね子供たちは自らの道を切り開いて社会的自立を果たしていくのだ。

 



(16:38)

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔