2013年05月01日

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5月3日は憲法記念日である。単純に改憲か護憲かと言った事だけではなく、「不磨の大典」であり続ける現憲法ではいつか弊害が起こることに気づかねばならない。(現に起きているが)

 

改憲=右翼といった考え方があるがそうではない。改憲の中にも、皇室を解体し共和制へと唱える意見や社会主義、共産主義化を言う意見など、憲法9条に対する意見ばかりが注目されるがそうではない。逆に護憲にも様々な意見がある。いわゆる平和法規と言われる憲法9条の維持や共産化の阻止、天皇の維持などがあげられる。その他にも地方自治や国会の二院制の問題、今の時代に合わすに改正すべき点、議論をすべきは大いにあると思う。しかし、9条(戦争放棄)を主として改憲どころか議論することにもアレルギー反応を示す人が少なくない。本当にこの9条によって日本の平和、安全が保たれるのであればこのままでいいと思う、しかし、その考えは世界を見ない一個人的な考えに過ぎない。そもそも、こんなのん気な事を言っているのも、議論させできないのも、この日本ぐらいではないだろうか。

 

20130304日 日本人215人を救助したトルコ航空の元機長死去

 イラン・イラク戦争中の1985年、テヘランに取り残された日本人215人を救出したトルコ航空の元機長、オルハン・スヨルジュ氏が224日に死去していたと報じられた。

 イラン・イラク戦争中の1985317日に、イラクのフセイン大統領(当時)が、48時間経過後にイラン領空を飛ぶ飛行機は、民間機といえども撃墜すると突然に宣言した。

 タイムリミットは1985319日の20時。各国は大慌てで救援機を飛ばすが自国民の救出で手一杯で、日本人の救出までは手が回らない。日本ではJALが組合の大反対で救援機が飛ばず、政府も社会党(当時)の「自衛隊を戦闘地域に派遣してはならない」との主張で自衛隊機も派遣できず、刻一刻とタイムリミットに近づいて行く。

最終的に215人の日本の民間人が、文字通り戦闘地域に見捨てられたのだ。憲法を守るために・・・

 そこへ奇跡的に手を差し伸べてくれたのがトルコ政府であった。トルコ航空機を2機テヘランに飛ばし、215人全員を乗せて在留邦人を救出してくれた。先月亡くなられたスヨルジュ元機長が1番機を操縦して3191915分にテヘランを飛び立ち、2番機が飛び立ったのが、何とタイムリミットの20時であった。つまりイラン領空で撃墜される危険性すらあった。

 昨年の夏に、オルハン・スヨルジュ氏が来日した際にこんな言葉を残した。「日本人救出の依頼が来たときは家族に言えなかった。危険だし、反対されるから。でも、同じような要請があればまた行く。自分が操縦桿を握る」と答えたそうだ。

 

日本人が日本人のためになにができるのだろうか。

 



(08:52)

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