橋下徹 元大阪(府知事・市長)(以下、敬称略す。)は著書『政権奪取論』において、政治家の掲げる政策は「保守」や「リベラル」といった政治スタンス(イデオロギー)からではなく、その政策が国民の暮らしを支えるか否かという「合理性」から決定されるべきものであり、また政治家の仕事とは国を誤らせないように一生懸命に考え抜いて方向性を示すことであると述べている。

しかし、どのような政策が国民の暮らしを支え、また逆に暮らしを破壊することになるのか等について、政策のイデオロギー的な考慮のない「マーケッティング政治」手法のみによって合理的な判断ができるとすること自体が既に「非合理的」である。また、「国を誤らせないような方向性」とはいかなる方向なのか?についても全く同じことが言える。

橋下徹はこうした自らの政治手法を「正しいポピュリズム」と称しているが、こうした言葉を聞くと私には即座に米国憲法の解説書『ザ・フェデラリスト』の次の一節が思い浮かぶのである。

『ザ・フェデラリスト』第一篇---A.ハミルトン

  「歴史の教えるところでは、人民の友といった仮面のほうが、強力な政府権力よりも、はるかに専制主義を導入するのに確実な道であった。事実、共和国の自由を転覆するにいたった連中の大多数のものは、その政治的経歴を人民へのこびへつらいから始めている。すなわち、扇動者たることから始まり、専制者として終わっているのである。」(A.ハミルトン/J.ジェイ/J.マディソン『ザ・フェデラリスト』、福村出版、5頁)

さて、橋下徹が『政権奪取論』において「合理性のある政策」、「国民の暮らしを支える政策」、あるいは「国を誤らせない方向性」として掲げている政策を一覧表にすれば以下の通りとなる。

 ■ 橋下徹 著『政権奪取論』で描かれた「日本の新しい道」政策一覧表。

(1) 事実婚を法制度とする。

(2) 選択的夫婦別姓の容認(導入)。

(3) 家族単位の戸籍の廃止、個人単位のマイナンバー制。出生地の記載は「削除」。

() LGBTのための法整備をする(同性婚の容認・導入)。

() 外国人の受け入れ(外国人に国を開き、日本をより豊かに強くするために移民政策に賛成。

*「外国人労働者」ではなく「外国人」の受け入れであると本人が強調している。また、橋下徹は「日本の超少子高齢化」を大前提とみなすが、その「改善」にはほとんど興味も関心も示さない。

() 女性宮家の創設を容認する。

() 戦後70年談話(安倍:村山談話継承)を支持する。

() 慰安婦の日韓合意(安倍)は河野談話を継承しており支持する。

() (安倍の)靖国参拝1度のみを支持(=日本国の首相は参拝するな!)。

(10) (マルクスの破綻した労働価値説を彷彿とさせる)同一労働同一賃金を支持する。

(1) 幼児教育・高等教育の無償化。

(1) 高齢者の年金給付額減、年金給付年齢65歳からさらに引き上げる必要もある(「すべては次世代のために!」)。

(1) カジノ(ギャンブル)を含む統合リゾートの誘致。

(1) 現行の政治体制、つまり権力機構・統治機構を抜本的に変える(大阪都構想・地方主権)。

(1) 外交問題(特に領土問題)は国際裁判で解決すべき。国際司法裁判所への提訴を行う。

*但し、「原則として両当事国が合意しない限り、国際司法裁判所を利用することはできない」、「その判決に強制力もない」ことを承知の上で提案している。ゆえに相手国の出方(意思)に依存する主義と捉えることも可能。

16)「自由」「開かれた社会」「新しい技術」「ルール重視」。

*自由主義の政治哲学者FA・ハイエクの使用する学術用語“自由”・“開かれた(大きな)社会”・“法”とは無関係の意味(むしろ逆の意味)で使用している。

・・・等々。

これらが下徹氏の「マーケティング政治」に基づく保守やリベラルのイデオロギーに基づかない「合理性のある政策」、「国民の暮らしを支える政策」、あるいは「国を誤らせない方向性の政策」である。普通の日本国民ならばこのリストを一瞥しただけで驚いて腰を抜かすのではないか?なぜなら、明らかに誰がどう見ても「反日」的、「極左」的なゴリゴリのイデオロギー的政策ばかりだからである。

そこで今回は橋下徹の政策(1)~(6)に絞って、それらがいかなる意味で「反日」的、「極左」的なのか(=日本国民にとって不利益なものであるのか)を考察したいと思う。紙幅の都合上、(7)~(16)の政策については機会を改め、別途考察したいと考えている。

橋下徹が『政権奪取論』において「日本の新しい道」政策の前提条件としているのが次の「積極的な外国人移民受け入れ」政策である。

外国人の受け入れ(外国人に国を開き、日本をより豊かに強くするために移民政策に賛成

*「外国人労働者」ではなく「外国人」の受け入れであると本人が強調している。また、橋下徹は「日本の超少子高齢化」を大前提とみなすが、その「改善」にはほとんど興味も関心も示さない。

橋下徹の政策群の論理構成は概ね次のようなものである。

・ 超少子高齢化社会の日本においては労働力・労働人口その他の必要の確保のために積極的な外国人移民の受け入れを進めるしかない。

・ 将来日本国に外国人移民が大量に入国してくる状況を想定しなければならない。

・ そのため、外国人移民が(ネイティブの)日本国民と全く区別なく(日本人として)溶け込める(混淆できる)ように環境を整える必要がある。

・ すなわち、外国人移民に合わせるために、日本国(日本国民)の古い伝統的諸制度(の方)を解体・変革しなければならない。つまり、外国人移民と(ネイティブ)日本国民とを「平等化する」ために、日本国民の「非・国民化」、「非・歴史化」を進めなければならない。

これが橋下徹の描く「日本の新しい道」の真意(正体)である。

その根拠をいくつか挙げよう。

第一に、橋下徹は『政権奪取論』において日本国民の超少子高齢化を認識しているのにそれ自体は問題視せず、その「改善」については関心も興味も示さない。しかし、この「重大問題の解決」こそが、日本国民にとって真に重要な政策課題とされるべきものである。つまり、橋下徹は日本国民の超少子高齢化をやむを得ない大前提として断念(放棄)した上で積極的な外国人移民政策を奨励している。これでは日本国民(民族)は減少し続け、遠くない将来、我われの子孫は日本国内で少数民族となり大量の外国人移民に囲まれることとなるのは必然である。このような《自国民の子孫らの予測される悲惨な未来図を「それで良し」とする》発想は、「日本国民(民族)に対する激しい憎悪の精神(真意)」なくしては決して出てこない。

次に、橋下徹は「古き良き日本」に対して、極端な敵愾心を表明し、それを「変革(破壊)せよ!」、「制度を新規につくり直せ!」、「それが《日本の新しい道》である!」と煽るが、そこには2つの目的が見え隠れする。

〔1〕 精神面において、歴史的・伝統的な日本国に対する日本国民の帰属意識を希薄化する狙い。日本国民を歴史と伝統から切断(解放)し、「無規範的人間」、「根無し草的人間」に堕落させる

〔2〕 制度面において、日本国の伝統的な諸制度を破棄・廃止して、外国人移民に有利な新制度につくり変える。そして外見上、(ネイティブの)日本国民と外国人移民の区別が全くつかなくする制度的な面から日本国民と外国人移民とを「新しい日本人」として「同化」させるのである。

これらの政策を推進することによって、遠くない将来に、日本国は精神的にも制度的にも外国人移民と同化した「新日本人による新日本」(=「非・日本国」)となる。しかも「新日本」では我われ(ネイティブの)日本国民は少数派の弱小勢力となる。

このように見ると橋下徹の掲げる「日本の新しい道(政策)」とは、日本の国内政策の誘導による、外国人(背後に外国政府の指揮か?)の武力を用いない日本侵略への幇助(環境整備)政策であり、「日本国内破政策」と呼ぶのが正しい。意識的か無意識的かに関わらず、橋下徹の政策群は、実質上、日本支配(侵略)を目論む、(どこか)他国の、謀略工作に全面加担する政策であり、日本国民(民族)の利益を代表していない。

 橋下徹氏の各政策をさらに詳しく検討してみよう。

選択的夫婦別姓の容認(導入)について。

中国や朝鮮では古来より「夫婦別姓」である。これらの国では儒教的な男系血統主義の伝統・慣習が存在し、「姓」は「血族」の標識だからである。

一方、日本国では、武家等を除く一般庶民レベルでは古来(「姓」は名乗れなかったが)「同じ家に住む者を家族とみなす」のが「一般慣行(慣習)」となっていた。そのため明治8年に「姓」を名乗ることが義務付けられた時、大多数の国民が慣習に従い「家族同姓」を選択した。そして明治31年に旧民法(明治民法)が制定された時には「戸主及び家族はその家の氏を称す」と規定され、姓(氏)を「家(家族)」の標識とする「家族同姓(氏)」となった。つまり、日本国古来の不文の慣習を明文化したのである。

このように中国や朝鮮では「夫婦別姓」であり、各個人は家族よりも「血族」への帰属意識が強い。逆に日本国では「家族同姓」であり、各個人は血族よりも「家族という集団(共同体)」への帰属意識が強い。それぞれの国の伝統・慣習に基づく文化が相違するからである。「姓」のあり方は各国の歴史的・文化的産物(自生的秩序)であって、文明以前の「自然人の存在様式」を基準にしたり、歴史・文化の異なる他国の制度と比較したりすることで、その是非を論ずるものではない。日本国の場合、「姓」は「家・家族(夫婦も含む)という共同体」に帰属するものであり、「個人」に帰属するものではない。それゆえ個人毎に(個人単位で)「姓」を選択する自由はない。例えば、ある会社の社名(例えば「J商社」)を、その社員毎に(社員C氏、K氏、R氏、N氏・・・毎に)に自由に名乗ってよい権利など存在しないのと同じである(「社名」=「家族名」=「姓」、「各社員」=「家族の各成員」)。

「選択的夫婦別姓運動」の本質は日本国の歴史と文化の産物である「家・家族に帰属する姓」を廃止して「個人に帰属する姓」に変えようとする「日本文化の大革新運動」なのであり、単に「各個人に姓の選択の自由を与える運動」なのではない。別姓推進者の「選択の自由」の主張とは裏腹に夫婦別姓運動は、すべての日本国民に対して「姓を個人に帰属するものとせよ!」という価値観の「強制」を目論む運動なのである。良識ある日本国民はこの本質を決して見誤ってはならない。

さて、日本国において選択的夫婦別姓が法制化され、別姓夫婦が増えて行くと仮定する。また他方で積極的移民政策によって日本国内に中国や朝鮮などの国々から外国人が大量に入国してくる時、日本国内で何が起こるかを考えてみる。

日本国民は、精神面において、「姓」が帰属していた「家・家族共同体」という基盤を喪失して行く。また、「家族共同体」を最小単位(基本単位)として構成されている「中間組織」の重層構造が日本国を構成しているが、それが弱体化または崩壊して、日本国(祖国)への帰属意識(紐帯意識)も希薄化する。一方で、もともと血族への帰属意識が強く「夫婦別姓」である外国人移民が、日本国内に同族コミュニティーを形成するには極めて都合のよい制度となる。つまり、選択的夫婦別姓制度とは日本国民全体としてはデメリットしかないが、外国人移民にとっては非常にメリットのある「日本国の制度変革」と言える。

こうして精神面からも、制度面からも、外見からも「(ネイティブの)日本国民」と「(外国人移民の)日本人」の区別は除去されて希薄化して行き、「新しい日本人(住人)」へと両者の「同化」・「混淆」が促進されるであろう。

つまり、選択的夫婦別姓の容認(法制化)は、積極的移民政策と結びついた途端に、単なる「姓」の自由選択の問題ではなくなり、日本国(日本国民)の国家主権に関する安全保障問題に発展する。

家族単位の戸籍の廃止、個人単位のマイナンバー制にする。

出生地の記載は、「差別」の原因となっており、「不要」であるから削除する。

という政策について。

もはや洞察力のある読者には判りかもしれないが、「家族単位の戸籍」を廃止して「個人単位の戸籍(マイナンバー)」に変えようとする政策(運動)は、選択的夫婦別姓運動と「表裏一体」をなしている。なぜなら現行の制度では「姓」も「戸籍」も「家族に帰属」している(家族単位の編制である)からである。それゆえ「姓」または「戸籍」の一方の側を「個人単位」に変革すれば「家族の紐帯」が弱体化するから他方の側も自然と「個人単位」に移行せざるを得なくなるのである。しかし、いずれが先であるにせよ、これらの政策によって、「家族の紐帯(絆)」が弱められ、日本国民は「一億のバラバラの個(アトム)」に分解されて行く。日本国民は旧民法下の「家」制度もなく、現行民法下の「同姓家族」の紐帯すらない「根無し草的人間」となり、集団からの疎外感に苛まれ人格も自己の存在意義も喪失して行くこととなる。しかも橋下徹は個人単位化した戸籍(マイナンバー)から(個人の)「出生地の記載」まで、不要であるから「削除」すべきだと主張している。燃えるような日本国民憎悪・呪詛の情念無くしては、このような徹底した「日本人に対するヘイト政策(発想)」は思い浮かばないのではないだろうか?

中川八洋曰く、

  「個人は自然に成長してきた、階級という共同体、家族・親族という血縁の共同体、教会を縁とする信仰の共同体、村を縁とする住居の共同体、・・・などの《中間組織》に何重にも属することによって、単なる《裸の個人》〔アトム〕にならずに済むだけではない。社会に浮遊する《裸の個人》になれば、国家権力が個人に対する自由の侵害をするとき、自らの自由を守ってくれるバリアーは存在せず、直ちに自由を喪失する。個人は国家権力に対して砂粒にすぎない。また、民族の伝統や慣習、あるいはそれらがつくる権威は、これらの《中間組織》に宿っているのであり、《中間組織》で育たない限り、自己を認識できる健全な人格は形成されない。伝統と慣習と権威とが《人間を人格化する》のである。」(中川八洋『保守主義の哲学』、PHP170171頁)

つまり、「選択的夫婦別姓」運動や「戸籍の個人単位化」運動などの真の狙いは、「家族の解体・廃止」という「共産主義運動」の一環なのである。「家族の解体」が推し進められ、日本国民がバラバラの個(アトム)に分解されて行くと日本国(社会)の紐帯であった古来の自生的秩序は崩壊し、無秩序化する。そしてこの無秩序化した社会を再統合するために、国家権力は極限まで肥大化せざるを得なくなり、個人的自由の全く存在しない「全体主義体制(共産主義体制」が誕生する。

事実婚を法制度とするという政策について。

「選択的夫婦別姓」や「戸籍の個人単位化」の推進者は、に個人の選択の自由を確保したいだけだ!と主張するが、これは明確な「嘘」である。なぜなら、すべての別姓推進者が「夫婦別姓を国民に広く浸透させたい」と希望するし、戸籍の個人単位化に関しては、それをすべての国民に適用(=強制)しようと目論むからである。これは「夫婦別姓が当たり前の社会になれば、外見上、事実婚と法律婚の区別がなくなり、偏見や差別がなくなるから良い事だ!」という事実婚の制度化推進者の屁理屈(下記参照)とも整合している。

屁理屈1】

「(別姓夫婦が増加すれば)外からみると、事実婚なのか、法律婚なのか、分からないと思います。私は、事実婚なのか、法律婚なのか、まったく分からなくした方がいいと思うんです」(福島瑞穂『夫婦別姓はいかが』)

【屁理屈2】

  「別姓を選択する人びとが増えてくれば、夫婦、親子、兄弟姉妹で氏が違うことは当たり前になり、これまでのように、氏が違うからなにか家族に事情があるのではないかと特別に見る意識を減少させるだろう。それは事実婚、離婚母子・父子家庭非婚母子、再婚家族など、多様な家族形態にたいする偏見を弱めることにつながる」(高橋菊江ほか『夫婦別姓への招待』)

  * 下線:私。

こうした身勝手な言い分を聞くとちょっと待てよ!」と言いたくならないだろうか?

「事実婚」に偏見や差別を感じるならば婚姻届を出して「法律婚」の手続きをとればよいではないか。“国(社会)の法”とは国(社会)の長い歴史を通じて自生的に成長した“国民の行動ルール”のことであり、その“法の下の平等”とは“法”がすべての国民に対して等しく適用されることを意味する。それゆえ、個々人がその“法の下”で行動したことによる「結果」については原則として個人が責任を負うものである。それが自由社会を成立させる基本原理である。夫婦別姓推進者や事実婚推進者らは“法の下の平等”と「(個々人)行為の結果の平等」とを混同している。“法の下の平等”において生じる個々人の「結果の差異」は、誰かに強制された結果ではない以上、それを「不平等である」とか「差別された」とは言わない。逆に、行為の「結果の平等」をすべての人々に「強制」しようとすれば、(多様な差異のある)個々人の行動の仕方について、政府権力が個別的に強制する(=個々人を「差別的」に取り扱う)必要が生じ、それがすべての人々の(法の下での行動の)自由を喪失させるのである。この「結果の平等主義」の徹底こそが、世界のすべての共産主義国家を自由の全く存在しない暗黒の専制主義体制(全体主義体制)へと導いた「原理」なのである。

FA・ハイエク曰く、

 「法と行為に関する一般的規則の平等こそが自由のために役立つ唯一の平等であり、また自由を破壊せずに確保することのできる唯一の平等である。」(『ハイエク全集Ⅰ‐5「自由の条件〔Ⅰ〕」』、春秋社、121頁)

 「物質的平等(結果の平等)に対する広く行きわたっている要求はおそらく、既存の不平等は誰かある人の決定の結果であるという思い込みを根拠にしていることが多い。」(『ハイエク全集Ⅰ‐9「法と立法と自由〔Ⅱ〕」』、春秋社、114頁、(  )内:私の補足)

 「人びとは政府が変えることのできない多くの属性の点で違っているから、彼らに同じ地位(結果の平等)を保証するためには、政府はまったく別々に処理する必要に迫られる。物理的社会的環境だけでなく、力、知性、技術、知識そして忍耐心の点で大きく異なる人びとに、同じ地位(結果の平等)を保証するためには、政府自らが直接変えることのできない不利や欠点を補償するために、(個々人を)まったく別々に処理しなければならないことは明らかである。」(同、115116頁、(  )内:私の補足)

なお、外国人が日本国に移住したい場合には、彼らの側が日本国の「家族(姓)制度」や「法律婚制度」に従うべき(適応すべき)であって、それを逆さまにして「外国人移民のために日本国民の側が固有の法制度を変更しなければならない」などと考える人間は、精神が祖国日本に根付いた日本人とは言えまい。

 なお、「事実婚主義」については、ソ連のレーニンが実行した悪名高い事例(歴史的経験)があり、その「惨憺たる結果」は世界中でよく知られている。「事実婚の制度化」を推進する人びとは、あのレーニンの悪政の結果を知りながら、それを現在の日本国で再現せよと主張しているのだろうか?

  中川八洋曰く、

「マルクス/エンゲルスの信徒であったレーニンは、1917年の革命直後から、離婚を奨励し、刑法から重婚/近親相姦等の加罰規定を全面削除した。レーニンの命令としての家族制度破壊の総仕上げが〔1924年のレーニンの死後となったが〕1926年の上記の福島(瑞穂)弁護士が引用する法律(婚姻、家族及び後見に関する法典)であった。しかし、この家族制度の廃止は、凄まじい数の重婚とレイプの大洪水となった。当たり前ではないか。事実婚になれば、モテる男はとっかえひっかえ若い《妻》を2030名持つことができる。若さと性的魅力を失った女性はことごとく棄てられる。また、レイプを、短期間の事実婚と法的に区別することは困難である。

このレーニンの史上最悪・史上最愚の実験によって逆に判明したのは、法律婚や慣習の儀式を経た婚姻こそが、“女性を守る”ことを第一の目的として、自生的に発展してきた人類最高の智恵に基づく制度であるということであった。“女性を守る”とは、その一は少女や若い女性をレイプから守ることであり、その二に中年以上の老いた女性が〔男に棄てられて〕孤独や貧困に陥ることから守ることである。

また、法律婚や宗教的・慣習上の儀式を経た婚姻の第二の目的は、社会秩序が維持された方が是であり倫理・道徳のある社会の方が是であるが、これらを具現するためであった。社会秩序と倫理・道徳を支える基盤として婚姻制度は自生的に発展してきたのである。人類の偉大な叡智であった。

現実に、レーニンの家族破壊後に生じたのは掠奪・殺人を含めた非行少年の爆発的な増加であり、また全国的な犯罪発生率の急騰であった。家族の存在において子供は躾けられ社会秩序の基本や倫理・道徳が教育されるのである。

だが、それなしには、社会は文明の社会としての機能を全面的に麻痺させられていくしかない。かくして、数千万人の自国民の虐殺をしたあの残忍なスターリンですら、1934年頃から1944年にかけて、この犯罪の余りの激増に懲りて、家族破壊を聖なる正義と見なしたレーニンの法令を、レーニンの忠実な後継者でありながら廃止して、婚姻関係の法令をほぼ皇帝〔ツーリ〕時代のものに戻してしまった。

・・・日本に跋扈する《夫婦別姓》運動とは、錬金術の大実験のごとき暗愚を極めた《レーニンの実験》を日本にもう一度させることを唯一の目標としている。」(中川八洋『国が亡びる―教育・家族・国家の自壊』、徳間書店、148149頁、〔  〕内:著者、(  )内:私の補足)

【参 考Ⅰ】 FA・ハイエク「社会過程の《意識的な》管理や指導は不可能である。」

共産主義者(マルク主義フェミニスト等を含む)は、日本国の自生的な伝統・慣習としての“婚姻制度”や“家族(同姓)制度”等について、「妻(女性)が夫(男性)に搾取され、子供が両親に搾取される非合理的な制度(封建制度の残滓)」であるから、「夫婦別姓」や「戸籍の個人単位化」を勝ち取って「婚姻の廃止」、「家族の廃止」へと社会の進歩が意識的(意図的)に導かれることこそが「合理的な社会過程」であると考える。

つまり、「家族同姓制度」である現在の日本国民の意識は時勢(または思想潮流)から遅れており、歴史の発展法則を理解できない暗愚な国民を「あるべき意識の発展の方向(進歩の方向)」へ誘導すること(=社会過程を「意識的(意図的)に」管理・指導すること)が、人間精神と社会の進歩の正しい道筋(ルート)なのだと考える(=妄想する)。

しかし、こうした考え方は誤謬である。

「意識的」や「意図的」という言葉は、個人に適用される場合に限って意味を持ちうる概念である。例えば、個人の成長過程において、自分の経験を踏まえた反省や教訓をもとに、自分の今後の成長(行動の仕方や考え方など)を「意識的(意図的)に改善する」などと述べる場合である。

一方、多数の人びとから成る大きな社会において「社会的」と呼びうる過程は、個人の意識や行動とは異なり、その定義において「意識的(意図的)」なものではない。「社会的過程」が個的な「意識」や「意図」を持ちうるという信念は社会を「一つの全体」、つまり「一個の有機体(=個人)」と同じにみなす場合に限られる。

しかし、実際には、「一つの全体(としての社会)」に個人の場合のような「一つの精神」は存在しないから、社会全体に「意識」とか「意図」とかと定義できる実体は存在しない。すなわち、「社会を意識的(意図的)に管理・指導する」と述べる場合の「意識的(意図的)」とは、せいぜい「そのように(巫女的に)語る者」---つまり、“自分の”信じる歴史法則によって社会を説明したい研究者や“自分の”理想とする社会を実現したい政治家、あるいは同種の信念を持つ特定集団(グループ)---の「意識(意図)によって」という意味にすぎないのである。

さらに、《大きな社会を構成する多数の人びとの“自生的な相互作用”が、特定個人や特定集団の「意識的な指導」によっては生み出せない“有益な全体秩序(自生的秩序)”をもたらし得る》ことが、知られている。例えば、アダム・スミスの「経済的分業(見えざる手)」は有名であるが、その他にも【経済】マンデヴィル/メンガー/ハイエク、【社会】ヒューム/ファーガソン/フンボルト/ニスベット、【法】モンテスキュー/サヴィニー/コーク、【政治・歴史】バーク/ハミルトン/トクヴィル/アクトン・・・等々、多数の偉大な業績(=人類への貢献)がある。

つまり、諸個人の間の“自生的な相互作用”が、いかなる個的(=特定個人や特定集団の)精神でも「意識的」に解きえず、知覚さえもできないような社会的問題を解くことができ、そのことによって諸個人の能力を一層高めるのに役立つ秩序が---誰かに意識的に設計されることなく---形成され得ることが知られている。

それゆえ、社会的過程を個的精神の意識的(意図的)な管理や指導に服従させようとするどんな試みも、もし人々の自生的な相互作用に委ねるなら達成し得るはずの秩序を、個的精神(=個人または少数の人間集団の)の能力の範囲内に制限(縮小)してしまう結果となるのである。

つまり、FA・ハイエクが言うように、実際には「(各種の歴史法則主義や唯物史観に見られるような)意識的に指導される(社会)過程はどんな自生的過程よりも必然的に優れているという信念は、根拠のない迷信である。」(『ハイエク全集Ⅱ‐3「科学による反革命」』、春秋社、93頁、(  )内:私の補足)

 なお、これまでの私の小論等で何度か触れてきたことであるが、「進化」に関する次の事実も再度強調しておきたいと思う。

ハイエク曰く、

「生物学的であれ、文化的であれ、進化というものは、進化の産物が経験するはずの必然的な段階や局面を支配し、将来の発展の予測を可能にする法則という意味での《進化の法則》とか《歴史的発展の不可避的法則》のようなものとは何の縁もない。文化的進化は、遺伝的にもそれ以外の仕方でも決定されておらず、その結果は多様であって画一ではない。《われわれの研究は将来の不可避的な発展の予測を可能にする進化の法則に通じうる》と主張したマルクスやオーギュスト・コントのような哲学者は間違っている。・・・進化の理論はかかる法則を不可能として厳に峻拒しなくてはならない。私が他所で論じたように、複雑な現象は私がパターン予測、もしくは原理の予測と呼んだものに限定されるのである。」(『ハイエク全集Ⅱ‐1「致命的な思いあがり」』、春秋社、32頁)

 

 

文明の進化と保存は《祖先の叡智の堆積物》と《多くの同時代人の知識》とが自生的な相互作用により組み合わされ、調整される過程に依存している。そのような自生的過程の中に潜在している《人々に分散した知識の全体》は、いかなる特定個人(特定集団)によっても決して把握することはできない。すべての歴史法則主義の教義は、「知り得ないものを自分達だけは知ることができる」と明言する欺瞞の上に築かれた仮構(蜃気楼)である。

人間に可能なことは文明を築いてきた自生的原理を可能な限り理解する努力をし、得られた理解によって文明のさらなる成長(改善)にとっての《好条件を生み出す能力を高めて行くこと》だけである。

それゆえ、「意識的な理性の能力の限界を悟るための十分な理性をもたず、意識的に設計されたのではないすべての(自生的な)制度や慣習を見下す合理主義者は、それらの制度や慣習の上に築かれた文明の破壊者となる」のである。(『ハイエク全集Ⅱ-3「科学による反革命」』、春秋社、99頁)

真の意味での人間の進化(進歩)とは、品格と徳性のある道徳的人間を基盤として、法により統治される文明社会を形成し、保存し、改善して行くという努力・向上の過程の中から生じるものである。その意味では、日本国の明治31年の旧民法(明治民法)は家族の中での女性の不安定な地位を厚く保護することを目的の一つとする「女性とっても社会にとってもまことに喜ばしい進歩だったと考えるべき」であると労農派の社会主義者・山川菊栄は述べている。

しかし、現在の日本のフェミニストや共産主義者らは旧民法について、「封建体制の残滓であった」とか「男性が女性を支配し搾取する制度として作られた」とかと言って、すべてを「時代遅れ」、「悪」として切り捨てる。逆に、善い事実(側面)はすべて「隠蔽」して触れない。

そうして自分たちの考える「進歩した社会」---夫婦別姓、戸籍の個人単位化、事実婚の法制化、LGBT同性婚法制化・・・等々---に日本国民を「意識的」に導こうと企てるのである。

山川菊栄は言う。

「わが国の離婚率は新しい戸籍法の実施された明治16年当時から、年とともに低下し、殊に明治31年民法の制定によって、妻の地位が在来よりはるかに安定し、みだりに離婚ができなくなってから急に低くなっています。明治16年・・・の離婚率が昭和13年には・・・5分の1以下に減っていることは、女性にとっても社会にとってもまことに喜ばしい進歩と考えなければなりません。・・・あまりに早い結婚は、晩婚と同じく出産による病気や死亡、乳幼児の死亡率と関係の深いものですが、この点でも封建時代のような過度の早婚が、社会的に健全なものでなかったことはいうまでもありません。

封建時代の家族制度は、一面ではどういう時代にも必要な勤労、節度、忍耐、規律への服従というような美徳を養い、それを根強い伝統として発達させたと同時に他の一面では、家の名で、今日から見て不合理な親権の濫用や、妻の地位の不安定によって、かえって家族生活そのものを危うくし、子女の幸福を破壊する暗黒面をも伴ったことは明白で、この点で、明治以来の社会の進歩は、日本の女性のため、かつ国民全体のために祝福されなければなりません。」(山川菊栄『武家の女性』、岩波文庫、145146頁)

* 下線:私。

また、昭和22年の民法の大改正(改悪)によって、文明的な日本の家族が非文明的な方向へと退行しているのは明らかである。中川八洋筑波大学名誉教授は次のように述べている。

 中川八洋曰く、

 「昭和22年、日本はGHQ製の憲法第24条に便乗して、《家》制度を解体し核家族主義へと民法の大改正〔改悪〕をなした。その結果、日本の家族は蝉の抜殻のごとき《ホテル家族》となった。父〔親〕子の絆における躾と徳育こそが家族の脊柱であって、これを欠いて文明の家族は成立せず、野蛮な動物的家族へと変質していかざるをえない。

 明治31年の民法の方が昭和22年の現在の民法より遥かに文明に適合する民法であったことは、結果においてもはや明白であろう。砂のごとくボロボロと崩れる日本の家族、言葉遣いも立居振舞いも賤しき少女の群れ、無気力でうつろ顔の人格喪失者のごとき日本の若者・・・。戦後民法は破綻した。戦後民法は有害であったし間違っていたことは証明された。裏を返せば、明治以来の旧民法こそ先進性を備えた立派な法律だったことになろう。

 民族の伝統や慣習は家族を土壌にしてその生命を得て、ここに宿り、またここをパイプとして次世代に継承されていく。国家の法秩序や社会規範は人為的な法令によって形成されるものではなく、それはむしろその国家全体のもつ倫理性・道徳性に支えられているものであるが、倫理や道徳とはこの家族に伝わる伝統や慣習の温室で初めて咲きうる花〔精華〕である。

 ・・・現在の戦後民法に対して、明治民法の中で優れたいくつかの条項を復活させる修正と改正こそが急がれる。」(中川八洋『国が亡びる―教育・家族・国家の自壊』、徳間書店、127128頁、下線:私。)

 なお、「婦別姓」については、平成271216日最高裁判所大法廷判決において、

 「民法第750条の夫婦同姓規定は、憲法第13条、第14条、第24条の規定に対して合憲である」という判決が下されたことを付記しておく。但し、現在も選択的夫婦別姓運動は継続され、訴訟が繰り返されている。

LGBTのための法整備をする(同性婚の容認・導入)について。

択的夫婦別姓」、「戸籍の個人単位化(出生地記載の廃止含む)」、「事実婚」、そして「(LGBT)同性婚」などの推進運動は、すべて伝統的「家族」の解体運動に収斂する。これらの運動推進者らの「家族解体」→「日本国解体」にかける、これほど凄まじい憎悪と怨念のエネルギーが湧き出る根源は一体何なのだろうか?

これらの運動エネルギーの根源は、概ね次の2つに総括できるように思われる。

〔Ⅰ〕 共産主義及びそれと化合したフェミニズムの階級闘争の宗教エネルギー。運動主体は、共産主義者とそのシンパ(フェミニスト含む)等。

〔Ⅱ〕 無制限の対日収奪を正当化するポスト・コロニアリズム(反転・植民地主義)という日本憎悪ドグマのエネルギー。運動主体は日本に生活の本拠を置く外国人(北朝鮮人・中国人・韓国人など)。

* なお、〔Ⅰ〕と〔Ⅱ〕の思想は多くの場合、互いに親和し、混合している。

* また、共産ソ連の後継国家であり、他国への侵略・属国化を民族の本性とする(日本に生活の本拠を置く)ロシア人も、その自らの目的(=北海道侵略)のために〔Ⅰ〕〔Ⅱ〕の運動と連携している。

* 日本フェミニズム(女性学)が、いかに日本国・日本国民憎悪の本質を持っているかについては、私の以下の2つの論文を参照のこと。

「フェミニズム(女性学)の嘘言説を理論的に反駁するための教本(案)」

「良心の務めとしての反フェミニズム論」

なお、これら関する詳細な内容については、中川八洋 筑波大学名誉教授が著書『民主党大不況』、清流出版、第Ⅰ部などを参照されたい。

さて、橋下徹は『政権奪取論』において「私見であるが」と前置きした上で、(LGBT)「同性婚」について次のような見解を提示している。

橋下徹は言う。

「憲法24条が《婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する》としていることをもって、憲法は同性婚を禁じていると主張することはバカげている。」(橋下徹『政権奪取論』、249頁)

そして彼は、憲法92項の戦力不保持規定が存在するのに、政府は解釈によって自衛隊を合憲としているではないか、安保法制すらも合憲と解釈したではないか、そうであれば憲法第24条も同性婚を禁じていないと解釈できるのではないか、という主旨の主張をする。

 だが、憲法第24条の規定には続きの文言があるのを(中学3年生以上なら)日本国民の誰もが知っている。

憲法第24

「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」

EnglishArticle 24.

 《Marriage shall be based only on the mutual consent of both sexes andit shall be maintained through mutual cooperation with the equal rights of husbandand wife as a basis.

と規定されている(下線:私)。

条文の後半部を橋下徹は『政権奪取論』の中で意図的に無視(省略)している。

憲法制定当時においても、現在においても、用語「夫婦」・《husband and wife》を「同性のパートナーの場合を含む」用語であるとする「解釈」は、どう理屈をこねても決してできない。それを憲法第92項の「条文解釈」と第24条の「用語の解釈」とを同値に扱うことはできない。

実際にも憲法第24条が婚姻を「男女に限定している」としか解釈不可能だからこそ、

【民法】

739条「婚姻は、戸籍法(昭和二十二年法律第二百二十四号)の定めるところにより届け出ることによって、その効力を生ずる。」

【戸籍法】第74条「婚姻をしようとする者は、左の事項を届書に記載して、その旨を届け出なければならない。一 夫婦が称する氏 二 その他法務省令で定める事項」

【戸籍法施行規則】婚姻届の様式「附録第十二号様式」は、夫婦となる者(つまり男女)が記載する様式

という法体系になっているのである。

さらに、他国の武力攻撃に対抗するための自衛権の行使(自衛力の行使)は、国連憲章51条において「主権国家の固有の権利」として認められている。つまり、「自衛権と自衛力の保持」は、主権国家が「主権」と「領土」と「国民の生命・財産・自由等」を他国の侵害から守る手段として、必要不可欠なものとみなすのが、世界諸国の常識(=国際“法・慣習”)である。日本国は日本国憲法の制定時にGHQの占領下にあり、国家主権を喪失した状態(行使できない状態)にあったから、憲法第9条の規定となったのである。確かに日本国の主権回復以降に政府(国民)が憲法第9条を改正せずに今日に至っているのは政治的怠慢(堕落)と言えよう。しかし、日本国周辺に外国による武力侵略の可能性が「現実に存在する」限り、日本国(日本国民)には憲法解釈によって自衛隊(自衛力)の保有を合憲とみなす以外に選択の余地などない(なかった)。そして外国による武力侵略に対する日本国・日本国民の安全保障の確立があってこそ、憲法第24条の婚姻規定が意味をなし得るのだから、憲法第9条と第24条を同じ次元で論じることなどできない。つまり、橋下徹が両者を同次元で論じることができるのは、彼が日本国・日本国民の対外的安全保障を極めて軽視していることの証左と言える。

なお、繰り返しになるが、「法の下の平等とはすべての人々(国民)に法が“等しく(=平等に)適用される」と言う意味である。それゆえ、憲法第24条の「婚姻の成立を男女に限定する」規定(=“法”)と、憲法第14条の「すべて国民は法の下に平等であって(=法が等しく適用されるのであって)、人種、信条、性別、・・・において差別されない(=差別的に適用してはならない)」の規定とは、何ら背反するものではない。ましてや、憲法第24条(=“法”)が憲法第14条(=“法の下の平等”)に違反するなどという理屈は全く成立しない。

【参 考Ⅱ】 「婚姻」についての若干の考察。

人間は独立二足歩行と脳の大型化という進化の過程で「難産」となった。また、人間には固有の「幼年期」と「青年期」とが存在するために、育児(子育て)に「非常に長い期間」と「多大な労力」とを必要とする。

こうした理由から、人間の女性が単独で育児を行なうことは困難であり、育児には誰か他者の助力を得る必要が生じたが、子供の父親である夫、女性の両親、兄弟姉妹、あるいは親類のメンバーなどがその役割を担うようになった。

元来、「婚姻」はこのような人間の生存と繁殖に関する必要性から生じ、その諸形態は諸民族の歴史的過程で形成された文化的産物である。「婚姻」は単に夫婦相互の関係だけでなく、家族の成員間の関係、家族と家族との関係、および家族と社会全体との関係など、すべての関係の基礎をなす「社会的・道徳的制度」である。

言い換えれば、「婚姻」とは自然的(本能的)情愛を基礎とする「恋愛」の単なる延長線上にあるものではなく、そこに責任や義務などの「人間道徳」を接木した「社会的・道徳的制度」なのである。

 「婚姻は単なる男女の性関係ではなく、男女の共同体として、その間に生まれた子の保護・育成、分業的共同生活の維持などの機能をもち、家族の中核を形成する」(佐藤隆夫『現代家族法Ⅰ』)

 「民法は、生物学的婚姻障害をいくつか設けている。そこには前提として、婚姻は《子どもを産み・育てる》ためのものだという観念があると思われる」(大村敦志『家族法』第3版)

なお、保守主義の父と言われるエドマンド・バークは18世紀の英国人であるが、結婚(婚姻)とそれに伴う両親および子供(=家族の成員)の責任・義務について次のように述べている。それは21世紀の現在においても燦然と輝く“永遠の真理”であって、「時代遅れの考え方」でも、「封建制度の残滓」でもない。ゆえに、現在の日本国民は、拳々服膺して、耳を傾けるべきである。

 エドマンド・バーク曰く、

 「我われが人類全体に対して負う義務は、いかなる特定の任意協約の結果でもない。それは人間と人間の関係、および神と人間の関係から生じ、この関係は選択する余地のないものである。それどころか、我われが全人類の中の特定の個人や集団と取り結ぶすべての協約の効力は、この上位義務に依存している。下位の諸関係は任意なものである場合も、義務的なものである場合もあるが、義務はすべて強制力を有する。我われが結婚する場合、その選択は自由意思によるものであるが、それに伴う義務は選択できる対象ではなく、状況の本性から決定される。我われがこの世に生を受ける過程は不明瞭で謎めいており、この神秘的な自然造化の過程を引き起こす本能も我われが作り出したものではない。しかし道徳的義務は、我われには未だ知られておらず、知ることもできないであろう物理的原因から生じ、そのことは我われにも完全に理解できるので、必ず履行されるべきである。両親は彼らの道徳的関係に同意した事実がないかも知れないが、同意したか否かに関わらず、いかなる種類の協約も結んだことのない自分の子供たちに対して長く続く重い義務を負う。子供たちは彼らの血縁関係に同意していないかもしれないが、その血縁関係が、彼らの実際の同意をまたずに、その義務へと彼らを拘束する――あるいは、むしろ予定された事物の秩序と調和するものとして、すべての分別ある人間による同意が推定されるので、血縁関係が彼らの同意を必然的に含んでいると言う方が一層適切である。人間はこのような仕方で両親の社会的境遇に伴う恩恵を享受し、義務を負う形で共同社会の一員となる。」(『バーク政治経済論集』、法政大学出版局、655~656頁、原文からの邦訳補正:私)

 

 

女性宮家の創設を容認するという政策について。

系天皇(なるもの)の容認」、「女性天皇の容認」、および「女性宮家の容認」はすべて「女系天皇(なるもの)=非・天皇の容認」に帰結し、古来の(男系男子)皇統の永続(=真の皇位の安定的継承)には、ほとんど何の貢献もしない。それどころか、「女系天皇(なるもの)の容認」は「非・天皇の容認」であるから、《日本国古来の天皇制度(男系男子の皇統)》の廃止を目論む「天皇制廃止の共産革命」のことに他ならない。

* 日本国古来の天皇制度の基礎知識については、次の私の小論を参照されたい。

日本国古来の天皇制度(皇統)と皇位継承法について

「非・天皇の容認」をもって「皇位の安定的継承の方策である」という大詭弁を口にすることは、日本国の歴史を生きたすべての祖先に対する冒瀆であり、祖国と祖先の歴史と文化に敬意と誇りを持つ日本国民には決して発想すらできない行為である。明らかに日本国・日本国民を呪詛する「反日行為」に該当する。良識ある日本国民は、そうした観点で政治家・マスメディア・学者・書物出版社などの思想・イデオロギーを分別し、対処策(対抗策)を講ずるべきである。

なお、安倍晋三首相と菅義偉内閣官房長官らの安倍内閣(自民党)には、本心から古来の天皇制度(男系男子の皇統)を保守しなければならないという義務意識など、微塵も存在しない。逆に、安倍晋三首相と菅義偉内閣官房長官らの率いる自民党が、実際には、古来の天皇制度を積極的に破壊しようと目論む「平成時代の道鏡」とも言うべき逆臣政党であることが、2019430日と51日の両日に行われた事実を以て100%確定済みとなった。おそらく、このまま進めば、令和元年9月以降には、安倍晋三内閣は、「菅義偉」に主導されて、「女性宮家創設」の検討を本格化させ、「皇統断絶」を不可逆の既定路線にしてしまうだろう。我われ日本国民はこの最悪事態を断固として「阻止・排除」しなければならない。

安倍晋三自民党の「反天皇(皇室)の本質」については私の次のブログ記事を参照のこと。

保守主義の哲学---古来の天皇制度(男系男子皇統)の保守こそ、日本国民の義務

保守主義の哲学---安倍内閣の退位特例法と4/30退位式典の本質(正体)を知れ! 

  なお、天皇制廃止(皇統断絶)の共産革命も、先に述べた2つの思想・イデオロギーをその運動エネルギーの根源としており、日本国という「国家の解体」、「日本国民の(精神的かつ物理的な)非・国民化(ディアスポラ化)を究極の最終目標としている。

〔Ⅰ〕 共産主義及びそれと化合したフェミニズムの宗教エネルギー。運動主体は、共産主義者とそのシンパ(フェミニスト含む)等。

■ 『日本に於ける情勢と日本共産党の任務に関するテーゼ』より抜粋。

「日本に於いて1868年以後に成立した絶対君主制は・・・無制限絶対の権をその掌中に維持し、勤労者階級に対する抑圧及び専制支配のための官僚的機構を間断なく造り上げた。」

「日本の天皇制は・・・似而非立憲的形態で軽く粉飾されて居るに過ぎない其の絶対的性質とを、保持している。」

天皇制的官僚は、国内に最も反動的な警察支配を布き、国の経済および政治的生活に於いてなほ存在するありとあらゆる野蛮なるものを維持するために、その全力を傾けている。」

天皇制的国家機構は、搾取階級の現存の独裁の鞏固な背骨となって居る。その粉砕は日本に於ける主要なる革命的任務中の第一のものと見做さねばならぬ。」

「革命の・・・主要任務(一)天皇制の転覆。・・・緊切な行動スローガン・・・(二)ブルジョア=地主的天皇制の転覆、労働者農民ソヴェート政府の樹立。(三)一切の地主、天皇及び社寺の所有土地の無償没収、農民への交付。・・・(六)ソヴェート同盟及び中国革命の擁護。」

(以上、『現代史資料14「社会主義運動1」』みすず書房、囲み:私)

■ 『日本問題に関する新テーゼ発表に際し同士諸君に告ぐ』(日本共産党)より抜粋。

「政治的反動と国内に於ける封建制の一切の遺物の主要支柱であり、今や主要攻撃が之に向けられるべき、日本に於ける勤労大衆の主要敵であるところの、かの天皇制

天皇制こそ頭のてっぺんから足の爪先まで武装された権力の表現であり、それに対する闘争は来るべき革命に於ける主要任務の一つである。」

「今日天皇制を過去のものとして説明し、それに対する闘争を避けるものはブルジョア地主の利益の前に労働者農民の利益を売り渡す最も悪質の裏切的行為である。」

(以上、『現代史資料14「社会主義運動1」』みすず書房、囲み:私)

「天皇代替りにあたって、女性差別の観点から、《新天皇 No!》の声をあげよう・・・新天皇明仁の誕生は、こうした歴然たる女性差別にもとづいておこなわれる。」(加納実紀代『天皇制とジェンダー』、インパクト出版会、234頁、囲み:私)

〔Ⅱ〕 無制限の対日収奪を正当化するポスト・コロニアリズム(反転・植民地主義)という日本憎悪ドグマのエネルギー。運動主体は日本に生活の本拠を置く外国人(北朝鮮人・中国人・韓国人など)。

  「《在日韓国朝鮮人》を日本国籍者にしてしまえば、過去を隠蔽できると日本政府がもくろんでいるのは事実だろう。しかし、そうは問屋が卸さない。民族の異なる日本国籍者が増えることは従来の単一民族国家観がますます成立しなくなり、血統主義で《万世一系》の天皇制がその基盤を空洞化されるのだ。」(鄭暎惠『ナショナリズムを読む』、情況出版)

 「ポストコロニアリズムの《ポスト》とは・・・植民地主義による支配の構図を反省し、反転し、反抗するという意図がそこにはある。」(本橋哲也『ポストコロニアリズム』、岩波新書)

 「《ポスト》というひっくり返しの姿勢は、そうやって、排除されてきた他者が、逆に中心を侵す過程」(同上)

 

 


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1.「皇統史の史実」と「虚構の天皇制廃止イデオロギー」の峻別の重要性

日本国のすべての歴代天皇は「男系」天皇である。これは皇統史の事実であり、明治維新以降に作られた「説」ではないし、男系主義なる「イデオロギー」でもない。image002

「男系」天皇とは、ある天皇からその父→その父→その父→・・・・・・と父系を遡って行くと(図―1の青矢印→参照。)初代 神武天皇に辿り着くことを言う。そしてこのことが歴代すべての天皇に当てはまるため、日本国の天皇は「萬世一系の天皇」(明治憲法第一條)なのである。

なお、父系の遡りにおいて、ある天皇の父や祖父が天皇に即位されたか(天皇であったか)否か」は問われない。父系を遡って行けば、初代 神武天皇に辿り着く「統(血統)にある」ことが重要であり、これが「天皇が天皇たる絶対条件」となる。

つまり、もし皇統史に非実在の「女系天皇なるもの」が誕生するとすれば、それは「非天皇」なのであるから、皇位の安定的継承のためと称して宣伝されている「女系天皇」容認、「女性宮家」創設、「(男子皇族数を増やさないままでの)女性天皇」容認などの主張はすべて「(非天皇を誕生せしめる)天皇制廃止(共産主義)イデオロギー」なのである。

明治憲法第一條の用語「萬世一系」は明治政府がつくった新しい概念ではない。それは古来より日本国のすべての祖先が共有してきた周知の歴史事実を四字熟語で表現したものにすぎない。

2.「女性天皇」容認も「女性宮家」創設も「女系天皇」に帰着する共産革命手段

「女性天皇」容認も「女性宮家」創設も「女系天皇」誕生の可能性をはらみ、「女系天皇」が誕生すれば、それはもはや「万世一系の天皇」ではなく、天皇制度の正統性が失われ、国民の支持を失い、天皇制度は廃止される。これが「皇位継承の安定性の確保のため」と称して「女性天皇」容認や「女性宮家」創設を主張する者の本音(=天皇制廃止!)である。

 天皇制廃止論者の奥平康弘がポロリと漏らした「女性天皇容認」方策に潜む企み(本音)を、中川八洋『女性天皇は皇室廃絶』徳間書店、16頁より引用しておこう。

 中川八洋 筑波大学名誉教授曰く、

「共産党系のゴリゴリの天皇制廃止論者の奥平康弘・・・はニヤニヤと笑いながら、次のように主張する。

 《ポピュラーな政治家たちに誘導されて典範第一条を改正して〈女帝〉容認策をかちとることに成功したとしよう。・・・この策は、天皇制のそもそもの正当性根拠であるところの〈萬世一系〉イデオロギーを内において浸蝕する因子を含んでいる

 《男系・男子により皇胤が乱れなく連綿と続いてきたそのことに、蔽うべからざる亀裂が入ることになる。・・・〈萬世一系〉から外れた制度を容認する政策は、いかなる〈伝統的〉根拠も持ち得ない

 《女帝容認論者は、こうして〈伝統〉に反し〈萬世一系〉イデオロギーから外れたところで、かく新装なった天皇制を、従来とは全く違うやり方で正当化してみせなければならない

 《〈女帝〉容認策を盛り込もうとする政治勢力には、頼るべき伝統、それに対応した既存の正統のイデオロギー、のいっさいが欠けている。彼らは、日本国に独特な天皇制哲学を案出し、そのことについて〈新しい人びと〉の同意を調達しなければならない》」(中川八洋『女性天皇は皇室廃絶』徳間書店、16頁、下線:私)

3.歴史上の八名十代の女性天皇はすべて「男系」女子天皇(史実)

〔Ⅰ〕 日本史上のすべての女性天皇は「男系」女子天皇であり、かつ「中継ぎ」天皇であった。

  「中継ぎ」とは、「前の男系男子天皇と、後の男系男子天皇とをつなぐ」と定義される学術用語である。

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 例えば、『続日本紀』巻第十には、御二方の男系女子天皇である元明天皇と元正天皇が文武天皇(前の男系男子天皇)と聖武天皇(後の男系男子天皇)とをつなぐ中継ぎ天皇であったことが、元正天皇から聖武天皇への「譲位の詔」の中で次のように記されている。

(元正天皇が仰せられるには、)

image003「(聖武天皇の父である文武天皇が)汝(=皇太子:後の聖武天皇)に天下をくだし賜うときに、汝親王の年齢は若かったので、汝には荷が重く堪えられないだろうと思われ、皇祖母にあたられる・・・わが大君(=元明天皇)に、天下の業を授けられた。これによって元明天皇は・・・大八嶋国を統治されたが、霊亀元年に・・・天下統治の政を、朕(=元正天皇)に授け譲られ次のように教えられ詔された

『・・・(天智天皇が)万世に(かわ)ることがあってはならぬ常の典として、立てお敷きになった法に従いついにはわが子(=皇太子の聖武天皇)に確かにめでたくあやまつことなく授けよ

と仰せられた詔に従って・・・天日嗣の高御座と天下統治の業を、わが子である汝(=皇太子の聖武天皇)に授け譲る」(『続日本紀』巻第十 聖武天皇)

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* 「わが子」とは親子関係の擬制であって、血縁上の母子関係を意味するものではない。こうした呼び方は皇統の慣習であって他にも多数存在する。こうした呼び方をしたことを根拠にして「女系継承がなされた!」などと強弁するのは「女系天皇捏造団」の国民騙しの常套手段。   

〔Ⅱ〕日本史上の男系女子天皇はすべて、次の2パターンのいずれかに該当する。

(ⅰ)皇配(consort)である男子天皇と(皇子である)男子皇太子が崩御・薨去されて≪お独りの身≫となられた「寡后」としての天皇即位。お独りの身となり天皇に即位した後は一人の皇子も皇女も出産なさらなかった。

(ⅱ)天皇に即位し、生涯≪お独りの身≫を通され≪御出産≫もなさらなかった。

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【用語「皇統」についての考察】

用語「皇統」とは、歴代すべての天皇が初代 神武天皇の血統を受け継いでいること---裏を返せば、神武天皇の血統を継ぐ者だけが天皇位に践祚(即位)する資格を持つこと---を意味する。

神武天皇の血統は「男系(=父系)の男子を通じて、祖先から継承され、子孫へと継承」されて来た。このことは「現代遺伝学の知見」と合致するが、日本国の祖先はそれを経験により学習し、古来より実践(=厳守)してきたのである。

また、すべての男系女子天皇(=女性天皇)は「中継ぎ」という御立場ゆえに、「ご懐妊禁止の法」と「お独りの身の法」を厳しく遵守され、女系の皇子・皇女はお一人もお産みにならず、「男系女子天皇」は中継ぎ一代に限定され、その後再び「男系男子の皇統」へと復元されて後世へ(今日まで)継承されて来たのである。

それ故、「日本国では古来より---“中継ぎ”の男系女子天皇の助力も得つつ---男系男子の皇統を護持し継承してきた」と表現するのが史実と最も整合すると思われる。つまり、古来より今上陛下に至るまで繋がって来た日本国の「皇統」とは、「男系の皇統」というよりも「男系男子の皇統」と表現するのが最も正確であると思われる。

4.女系天皇が二代続けば皇統は混乱し、四代続けば血統は不明となり消滅する。

女系天皇が四代も続けば「天皇の血統(=皇統)」は全く不明となり消滅する。すなわち、「女性天皇」容認や「女性宮家」創設の行きつく先(終着駅)は「皇統消滅」である。

  すなわち、「臣籍降下された旧皇族男子の復籍」が行われない限り、「女性天皇」の容認も「女性宮家」の創設も、必ず「神武天皇の皇統の消滅」を招き、その時天皇制廃止勢力は「もはや天皇制度はレゾンデートルを失った!廃止せよ!」と声高に叫び始める。

要するに、「女性天皇」容認や「女性宮家」創設の理由として何が叫ばれようとも、それらの新制度は「日本国の皇統の永続」に資するものではなく、逆に、(近い)将来の「天皇制廃止(皇統断絶)」を確定化する時限爆弾となるだけである。日本国民は、こうした悪意に満ちた日本呪詛の虚偽宣伝に、決して騙されてはならない。

中川八洋 筑波大学名誉教授曰く、

「かくも明らかな≪男系の女子≫を≪女系≫だと嘘のレッテルを張るのは、高森(明勅)の≪女性天皇≫キャンペーンが、なんらかの政治的意図に基づき展開されていることを現わしている。背後に組織の影もちらつく。≪男系と女系の混合である双系主義が存在し、制度化されていた≫という、架空の創り話、つまり捏造の戯言を、かくも宣伝して歩くのは“皇統廃絶による天皇制廃止”を信条としていない者に可能であろうか。

 仮に高森流≪双系主義≫が導入され、≪女系の天皇≫がもし二代重なれば、それだけで皇統は大混乱する

 四代重ねれば、血統は全く不明となる。 その場合の、血の錯綜はピカソの絵のようになって、皇統は全く証明できない。 つまり、女系が二代から四代つづく間に必ず、天皇はいらない、との声が起こる天皇制の完全な自然消滅状態になるからである。森高の狙いはこれであろう。 歴史事実に反する虚構≪双系主義≫を振り回す森高のプロパガンダの害毒は大きい。」(中川八洋『皇統断絶』、ビジネス社、28頁、 丸カッコ内、下線:私。)

最近の例では、保守偽装の天皇制廃止論者である所功 京都産業大学名誉教授はNHKの取材に対して、次のように「男系、女系という概念を超えた議論が必要だ!」などと話しているが、その内容がマンガ家小林よしのり氏の嘘・出鱈目の玉手箱的な有害マンガ『新天皇論』の主張(屁理屈)と100%合致しているのは驚くべきことである。

(所功 氏は言う。)

「(中略)ここ数年考えてきて、つくづく男系とか女系という言葉はいっぺんリセットしないといけないと思う。男系だ女系だというのは一般国民の話で、皇室は男系でも女系でもない、オンリーワンの天皇という『皇統』だ

「皇室典範には『皇位は皇統に属する男系の男子が、これを継承する』とあるが、これには概念が3つある。(男系も女系も含んだ)『皇統』という1番大きい概念の次に『男系』という概念があり、その次に『男子』という概念だ。でも、男系だの女系だのという言葉を使ったのは基本的には明治以降それ以前にそのような議論はない

「『皇統』という1つの流れのうち、その多くを神武天皇以来、男系が継いできて、その中に8人10代の男系の女子もいたのは事実だ。ただ決して女系がいてはならないと言っているわけではない。あとは、こうした女系が排除、否定されたわけではないという議論に入っていくかどうかだ。この議論をすると『長年やってきた男系男子じゃなきゃいけない』とか『女子を例外的に認めるのがいい』という議論になるので、それを乗り越えるためには、やはり男系や女系と言わない発想がいるが、これを理解してもらうのはそう簡単ではない」
NHKページリンク→https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190509/k10011909011000.html?utm_int=tokushu-new_contents_list-items_040

   丸カッコ内、下線:私。

日本国の皇統史上、女系天皇なるもの(その皇子も皇女も)は存在しないのであるから、「皇統史の模範たる不易の規準や祖宗の遺意を憲章化(明文化)したものである」とその前文で述べている、明治皇室典範の第一條「祖宗の皇統や現行皇室典範の第一条「皇統」に「女系(天皇)」など含まれ得ないのは自明中の自明である。それゆえ、明治維新以前に男系や女系の議論や言葉自体が存在しなかったのは、(暗黙のうちに)女系天皇も容認していたからではなく、女系天皇は(議論の余地もなく)禁忌(タブー)だった(=排除・否定されていた)からである。

日本国の天皇は「神武天皇の血統を継ぐ者(皇緒)」でなければならず、その血統は「男系男子の天皇(皇子)によって祖先から子孫へと継承されて来たのである。

『日本書紀』巻二

「葦原の千五百の瑞穂の国は、是れ吾が子孫の王たるべき地なり、冝しく爾皇孫就いて治せ、行矣、寶祚の隆えまさんこと、まさに天壌と窮無かるべし」

『續日本紀』巻三十

「我が国開闢より以来君臣定まりぬ。臣を以て君となすことは未だこれあらず。天つ日嗣は必ず皇緒を立てよ。無道の人は宜しく掃除すべし。清麻呂来り帰りて奏すること神教の如し」

『明治皇室典範義解』第一條

「皇統は男系に限り女系の出所に及ばざるは皇家の成法なり。」

「推古天皇以来皇后皇女即位の例なきに非ざるも、当時の事情を推原するに、一時国に当り幼帝の歳長ずるを待ちて位を伝へたまはむとするの権宜に外ならず。之を要するに、祖宗の常憲に非ず。而して終に後世の模範と為すべからざるなり。本條皇位の継承を以て男系の男子に限り、而して又第二十一條に於いて皇后皇女の摂政を掲ぐる者は、蓋し皆先王の遺意を紹述する者にして、苟も新例を創むるに非ざるなり。」

5.万世一系の皇統では、任意の天皇間の代・世・親等の乖離度を問うのはナンセンス

「今上陛下と二十数世代、四十数親等も離れている旧宮家(旧皇族)の皇籍復帰案は不自然!」などという主張は、皇統や歴史の概念を全く理解できない暴論の極みである。なぜなら、日本国の皇統は天皇たる資格を「初代 神武天皇の血統を継承していること」としているのであり、「任意の二人の天皇相互間における直系・傍系関係、(乖離)親等数、(乖離)世代数」などとは無関係。

事例としては「二十五代 武烈天皇→二十六代 継体天皇」、「九十九代 後亀山天皇→百代 後小松天皇」、及び「百一代称光天皇→百二代後花園天皇」の御代替わりが存在する。

また、五十代 桓武天皇は「神武天皇から五十代」、今上陛下は「神武天皇から百二十六代」、桓武天皇と今上陛下とを比べれば「七十六代離れている」が、どの天皇も神武天皇の血統を継ぐ正統の天皇であることに変わりはない。

つまり、正しく皇統史(日本史)を理解するならば(知るならば)、「旧宮家(旧皇族)の皇籍復帰」策は、(不自然であるどころか)すべての日本国民が納得して承認しうる「最も自然で、唯一の、皇統永続方策(手段)」なのである。

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中川八洋 曰く、

 今上天皇は、崇光天皇から二十一世に当たる伏見宮家の嫡流である。血における《一直線》が、日本国皇統の特性。傍系とか正系とは、関係しない。践祚や受禅の瞬間では、傍系より大統〔皇位〕を継がれる皇位継承に見えるが、全体を鳥瞰的に見直すと《一直線》。《万世一系》は、文学的表現ではない。厳格に科学的な生物学・医学ジャンルの学術語。

 ・・・武家流の言葉では、後花園天皇が伏見宮総本家〔宗家〕を創り、この伏見宮総本家が歴代、天皇を輩出することになった。(浅見雅男や小林よしのりらの言う、)《伏見宮は、天皇を後花園天皇御一人しか輩出していない》は、出鱈目も出鱈目のスーパー戯言。第一〇二代の後花園天皇から第一二五代の今上天皇まで、二十四名の天皇は伏見宮総本家の統からの天皇である。

 狭義の《伏見宮家》は、その第四代を後花園天皇の弟宮が継がれ、これが伏見宮本家の統となり、幕末の伏見宮邦家親王へと継がれていった。一方、広義の《伏見宮総本家》の嫡流である第一一三代の東山天皇は、新井白石の上奏を受け容れ、皇子の一人を閑院宮家の初代とした。つまり、閑院宮家の統は、《伏見宮総本家の分家》である。が、血的には伏見宮総本家の流れにある。(浅見雅男や小林よしのりらの言う、)《六百年前の分枝》論は成り立たない。

 序列にこだわる武家流では、《伏見宮総本家の分家〔閑院宮〕》と《伏見宮本家》は、どちらが上でどちらが下かが問題となる。が、家格重視の武家と異なり、血の継承が絶対の皇室では、神武天皇以来、傍系〔支系、支統〕も正系〔正統〕も同じ扱い。家格の相違は無視される。(中川八洋『徳仁《新天皇》陛下は、最後の天皇』、ヒカルランド、85頁、〔 〕内、太字:著者、( )内:私の補足)

〇 参考図(私が作成。ベースの伏見宮家系図はウィキペディア「伏見宮」による。)

   
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6.養老令の継嗣令の註「女帝子亦同。」を女系継承容認の証拠とする嘘・ペテン

 image046養老令(律令)の「継嗣令」の註「女帝子亦同。」を「女帝の子もまた同じ」と曲読し、「法的に女系継承が認められていた!」と真っ赤な嘘を弄ぶ、高森明勅と小林よしのりは、ペテン師コンビ!(* 女系天皇容認論の田中卓、所功、高森明勅、小林よしのりの界隈の者は、皇統保守を偽装する天皇制自然消滅革命団。目的の為なら、書籍やマンガで嘘・ペテンを吐き散らしても、恥じる様子もなし。良識と良心のある日本国民には、聞く耳一切もたず、問答無用で拒絶することをお勧めする。)

 「継嗣令」は唐令の封爵令「皇兄弟皇子、為親王」(皇帝の兄弟と皇帝の子は、親王とする)を模倣したものであるが、唐令では「兄弟」は「姉妹」を含まず、「子」は「男子」のみで「女子」を含まないため、

「女(=ひめみこ:皇女)も、帝(=すめらみこと:天皇)の子(=こ)、亦(=また)同じ」

と「註」を付して、皇女や皇姉妹にも「内親王」の称号を与える旨を定めたもの。

この註が「御結婚され御出産される女性天皇を認めていた」とか「女系の皇子・皇女が誕生されることを認めていた」などと解釈するのは誤謬である。また、養老令以前も以後も皇統史の史実において、「女系天皇なるもの」も「女系の皇子・皇女なるもの」も存在しない。 

 * 詳しくは、中川八洋『小林よしのり「新天皇論」の禍毒』、オークラ出版、第二章第二節、あるいは『皇統断絶---女性天皇は皇室の終焉』、ビジネス社、第一章第二節などを参照・精読して頂きたい。

7.「皇族の降下に関する施行準則」(大正9519日)について

 『明治皇室典範』には、その第三十一条において、永世皇族主義(皇子孫が累世皇族たること)を規定されていた。『明治皇室典範義解』には次のように説明されている。

『明治皇室典範義解』

「第三十一條 皇子ヨリ皇玄孫二至ルマテハ男ヲ親王女ヲ内親王トシ五世以下ハ男ヲ王女ヲ女王トス」

 「・・・本條に五世以下王・女王たることを定むるは、宗室の子孫は五世の後に至るも、亦皇族たることを失わざらしめ、以て親々の義を廣むるなり。」

  また、『明治皇室典範』では第四十四條で「皇族女子ノ臣籍二嫁シタル者ハ皇族の列ニ在ラス・・・」と規定して皇族女子の婚姻による臣籍降下しか認められていなかったため、1907年(明治40年)の「皇室典範増補」によって永世皇族主義の例外規定が定められた。

「明治皇室典範増補」(一部抜粋)

第一條 王ハ勅旨又ハ情願ニ依リ家名ヲ賜ヒ華族二列セシムルコトアルベシ

第五條 第一條第二條第四條ノ場合ニ於テハ皇族会議及枢密顧問ノ諮詢ヲ経ヘシ

 「皇族の降下に関する施行準則」はこの増補第一條の「勅旨による皇籍離脱」の施行準則を定めようとしたものであったが、皇族会議での議決を経ずに大正天皇の裁可をいただくという違法手続き加え、公布(公示)もされず、適用事例も一例もなかった。

 「準則」は「内規」(原案)から「準則」に変更され、天皇には「準則」を無視する自由裁量権が認められた上、皇室典範増補によって「皇籍離脱は勅旨か情願かによらず皇族会議及び枢密院の諮詢を経て勅定する」こととされていたのだから、「否応なく(自動的に)臣籍降下が行われる制度」(小林よしのり『新天皇論』)などではなかった。また大正9年から昭和18年の間に臣籍降下された12王の事例はすべて皇室典範増補第一條の「情願による皇籍離脱」であり、「皇族の降下に関する施行準則」が適用されたものではない。

「皇族ノ降下ニ関スル施行準則」(一部抜粋)

第一條

 皇玄孫ノ子孫タル王明治四十年二月十一日勅定ノ皇室典範増補第一條及皇族身位第二十五條ノ規定二ヨリ情願ヲ為サザルトキハ長子孫ノ系統四世以内ヲ除クノ外勅旨二依リ家名ヲ賜ヒ華族ニ列ス

附 則

此ノ準則ハ現在ノ宣下親王ノ子孫現ニ宮號ヲ有スル王ノ子孫竝兄弟及其ノ子孫ニ之ヲ準用ス但シ第一條ニ定メタル世数ハ故邦家親王ノ子ヲ一世トシ実系ニ依リ之ヲ算ス

博恭王ハ長子ノ系統ニ在ルモノト見做ス

邦芳王及多嘉王ニハ此ノ準則ヲ適用セス

なお、「皇族の降下に関する施行準則」は終戦に伴い昭和21年(1946年)12月27日に廃止され、明治皇室典範(及び増補)は昭和22年(1947年)52日をもって廃止された。十一宮家(皇族)の皇族離脱は昭和22年(1947年)10月14日であった。

* なお「皇族の降下に関する施行準則」の詳細については、以下の著書及び論文等を参照して頂きたい。

1.中川八洋『徳仁《新天皇》陛下は、最後の天皇』、ヒカルランド、第二章第一節

2.同『小林よりのり「新天皇論」の禍毒』、オークラ出版、第二章第三節

3.阿部寛『「皇族ノ降下ニ関スル施行準則」について』、明治聖徳記念学会紀要〔復刊第50号〕、平成2511

8.「十一宮家の皇族離脱」はGHQの占領行政として行われたのではない!

中川八洋 筑波大学名誉教授は著書『徳仁《新天皇》陛下は、最後の天皇』の中で、GHQ占領政策を研究する場合には、GHQが公然に命令した政策、②GHQが事後承認した、元はGHQ内の個人レベルの独走のもの、③GHQの命令であるかに詐称・擬装した“GHQもどき政策”、④日本側の便乗改悪、の4つに峻別して精査しなければ、歪曲や捏造の恣意が基調の嘘歴史にならざるを得ない、と警告している。

  中川八洋 筑波大学名誉教授曰く、

 「GHQは、日本政府に対し1946年2月13日、天皇制度と皇族制度に関してこれまで通りの永代世襲存続させる根本方針を提示した。前者(=天皇制度)が日本政府に手渡したマッカーサー憲法草案〔GHQ憲法草案〕の憲法第1条。後者(=皇族制度)がその《第13条》。《第13条》は、“No rights of peerage except those of the Imperial dynasty shall extend beyond the lives of those now in being.華族の権利は、皇族のそれを除き、現存する一代に限る〔=華族制度は、現在の一代であれば、これまで通りとする〕。”とある。

 すなわち、GHQは、全ての皇族の身位がこれまで通り永代で保障され維持されると、日本政府に最高レベルで正式通告した。GHQが《十一宮家の皇族離脱》をいっさい考えたことが無いのは、明白以上に明白。

・・・GHQは天皇制度・皇族制度の中身を、これほど徹底的に改悪している(1 皇室に対する皇室財産の解体および財産税法の適用、2 皇族に対する課税免除などの諸特権の廃止及び財産税法の適用、3 宮内省が皇族の家政と財産管理を代行する制度の全廃など)のに、その中に《十一宮家の皇族離脱》は全く存在しない。《十一宮家の皇族離脱》は、初期GHQ占領行政のどさくさに紛れ、日本側コミュニストが独自に決行した純度百%の日本製の便乗革命だった。《皇族数減少による皇胤絶滅・皇統断絶で天皇制廃止》を、米国人が発想するのは、どんなコミュニストでも無理な話。」(中川八洋『徳仁《新天皇》陛下は、最後の天皇』、ヒカルランド、104頁、107頁、太字、〔  〕内:著者、(  )内:私。

どうやら、『徳仁《新天皇》陛下は、最後の天皇』によれば、マッカーサーも寝耳に水の「十一宮家の皇族離脱」工作の日本側の主犯は宮内省宮内次官 加藤進(その横暴な振る舞いは、英国ジャーナリストから「天皇は加藤進らの道具であり、ロボットであり、加藤進こそが天皇だ」と指摘されたほど。)であり、GHQ側の主犯は民間情報教育局長ケネス・リード・ダイク(札付きの共産主義者で、偽情報の私的メモを宮内省に散布。ウィロビー少将に馘首された。)であったようである。詳細については、同著第二章第二節を参照のこと。

9.旧・新「皇室典範」の皇籍復帰否定条項の主旨は「君臣の分義」を変革しないこと!

明治皇室典範第四十四条・増補第六條および現行皇室典範第15条の規定の主旨は、「日本肇国以来の君臣の分義は変革してはならない」ということにある。例えば、明治皇室典範増補第六條の注釈は次のとおり。

『皇室典範増補條項義解』第六條の注釈(抜粋)

「・・・上下の名分一たび定まりて復変易すべからざるは我が肇国以来の通義とす中世一二臣列に降りし皇族にして復親王となり或は竟に皇祚を践みたまいし宇多天皇例なきに非ずと雖以て永世率由すべき恒範と為すべからず故に本條は分義の正しきに従いの貴と雖降りて臣籍に入りたる者は再皇族に陞すを容るさざるの制を取れり

* ひらがな表記、下線:私。

 この主旨に照らして考える場合、現在の皇統断絶の危機に際して、

(1)「女性天皇」容認、「女性宮家」創設により、女性皇族が一般国民から皇婿を迎えられる方策と(2)(宇多天皇等の事例に倣って)「旧皇族の皇籍復帰」を容認する方策のどちらが主旨に適っているかは明白であろう。ところが、(1)の賛同者の多くが「旧皇族は70年も前に皇族離脱しており、どこの馬の骨かもわからない人々」と嘘レッテルを貼り、皇室典範は皇籍復帰を否定しており、認められないと主張する。しかし、どこの馬の骨かも、どこの国の血統人かも知れない「一般国民の皇婿」を皇室に迎えることほど皇統(君臣の分義)を混紊乱せ、自然消滅に至らしめる方策はあり得ない、というのが真実であろう。(1)の賛同者の主張は、すべて支離滅裂、本末転倒の嘘宣伝ばかり。ルソー、ヘーゲル、コント、マルクス、レーニン/スターリン、フーコーなどの爛れた思想を吸引した人々は「良心」や「善悪判断の感覚」が麻痺し、歴史の「真実・真理」が見えなくなり、虚妄の歴史観で自国の歴史を捏造し、その虚妄観念を根拠に自国のすべて(過去も未来もすべて)を憎悪し破壊すべき対象としか見做せなくなるようである。

10.「旧皇族の皇籍復帰(宮家復旧)」は「女性宮家(皇婿養子)不要」の意味である!

  明治皇室典範第四十二條、現行皇室典範第9条において皇族の養子は禁止されている。これは「宗系紊乱の門を塞ぐため」(井上毅)である。

『明治皇室典範』

第四十二條 皇族は養子をなすことを得ず

『現行皇室典範』

9条 天皇及び皇族は養子をとることができない

  (皇統史上存在しない)「女性宮家」を創設し、女性当主が婿養子を旧皇族から迎える(=これも歴史上存在せず)などという超変則的(革命的)な案を唱える者(八木秀次麗澤大学教授、保守偽装の天皇制廃止主義者など)が存在するが、旧皇族の身位が“民間人”のままである以上、宮家の尊貴と権威は維持できず、時間を経るうちに宮家は消滅するし、このような変則に変則を重ねる革命的な手法(前例)は、将来の皇統紊乱・皇統廃絶の可能性に多大な影響を及ぼすことは必至である。このような案は天皇制廃止を目論む共産主義者にしか思いつかない愚論の極みであり、そもそも「旧皇族の皇籍復帰」は男系男子当主の「宮家の復旧」を目指す方策なのだから、「女性宮家(養子・皇婿)」創設などという珍奇な発想とは全く相容れないし、後者の思想は「前者を端から放棄せよ!」と煽動しているのと同値である。また、女性宮家の当主となられた女性皇族に対してその皇婿を旧宮家男子(とその男子孫)に限定してよいと発想すること自体が不敬かつ無礼極まりないであろう。

まとめ:日本国古来の皇統の護持は日本国民すべての“運命の義務”である

   

最後に、「まとめ」として、中川八洋『『徳仁《新天皇》陛下は、最後の天皇』、ヒカルランド、120頁からの引用文を記しておきたい。

中川八洋 筑波大学名誉教授曰く、

 「日本国の存続は、天皇制度の悠久と絶対不可分である。皇統護持は、日本国民すべての“運命の義務”である。1946年の(昭和天皇の旧宮家の皇族離脱に関する)ご誤判断は、われわれ国民が責任をとり、旧に戻すのが、真正の日本国民の義務である。天皇は不可侵〔無答責〕である。ご過誤の責任は我々国民が何世代経とうとも背負っていかねばならない。日本国民は総力を挙げて、1947年に皇族離脱された旧皇族の復籍、ならびに、それ以前の大正時代から昭和初期にかけて臣籍降下され華族に列せられた十二名の元皇族の血を継ぐ子孫の皇族復帰を早急に実現しようではないか。」

 * (  )内:私。


 「男系」天皇に関する考察について(令和元年69日追記)

「男系」の定義は、上記に示した通り、「ある天皇からその父→その父→その父→・・・・・・と父系を遡って行くと初代 神武天皇に辿り着くこと」であって、これを満たす皇緒(皇族)のみが天皇として践祚(即位)する資格を持つという意味である。

これは決して歴史上のすべての天皇が「生物学的に同一のDNAを保持している」ということを意味するのではない(同値ではない)。

現代生物学(遺伝学)が誕生する以前の祖先たちは皆DNAという概念すら持っていなかったのであるから、当然(自明)のことであろう。

逆に、知らなかったからこそ、我々の祖先たちは父子(親子)関係の血統(血縁)図である「皇統譜(極めて重要な日本史の史料である!)」を丁寧に書き遺し、子孫に伝えていくことによって、二千年以上の永い間、皇位継承資格者を皇緒(皇族)として厳格に峻別(選別)してきたのである。

我われの祖先たちによって繰り返されてきたこの“行為(事実)の継承・世襲そのもの”が、日本国の“皇統史”と“時効の皇位継承法・伝統・慣習”を構成している(してきた)のである。

「皇室・皇族は古来より、血統の系図を明らかにすることにおいてその正統性を持つという特殊なものである。」(中川八洋『皇統断絶』)

現代生物学(遺伝学)の理論(知見)は、「もし、皇統譜(家系図)が書き遺されず、存在しておらず、DNA鑑定のような科学的手法のみで鑑定するしかないならば、十数世代・数十世代程度も離れた二人の天皇の間のDNA(血縁・血統)関係の特定は困難である」と述べているにすぎない。詳細に記された皇統譜(家系図)が遺されている場合には、話は全く異なるのである。

また、逆に、現代生物学(遺伝学)の理論(知見)は、数世代程度の範囲内おいては、男性の血統が家系となることを明らかにしており、皇統譜における「皇位の父系継承」と合致している。

そして、一般的に、皇位の継承とは父から子、祖父から孫などの数世代の範囲内で行われることが多く、これが歴史を通じて何度も繰り返して行われるものであるから、歴史上の十数世代・数十世代ほども離れた(任意の)二人の天皇の間のDNA関係の特定が科学的に困難であるとしても、そのことを根拠に「女系天皇なるもの」を容認しても良い(問題ない)、という結論には決してならない。

つまり、皇位継承資格は、皇統譜上において、ある天皇からその父→その父→その父→・・・・・・と父系を遡って行くと初代 神武天皇に辿り着くこと、それのみが唯一絶対の条件であると述べているのが、“歴史的時効としての皇位継承法”なのである。

以 上。


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