月刊『江戸楽』編集部 Blog

月刊「江戸楽」編集部より、
粋でいなせな情報をお届けします!

今月の江戸楽10月号の裏表紙は、トーハクさんで開催予定の「運慶」展の広告です。

裏表紙


















この右側の仏像、なんと、、9月4日のブログで紹介した仏像と同じ仏とのこと。
偶然、発見しました。

この仏の名は「制多迦童子(せいたかどうじ)」と言い、
不動明王の脇侍(わきじ。=左右に控える仏)だそうです。
もう一人の脇侍は「矜羯羅童子(こんがらどうじ)」というらしいですよ。
なんだかこんがらがる名前ですね。

で、その矜羯羅童子の顔が、これまた「誰かに似てる…」と思わせるような顔なんですよ。
ぜひ画像検索してみてください。
やっぱり同じようなことを考えている人はいるみたいで、このようなサイトもありました。





江戸楽最新号が出来上がりました。
新米の美味しい季節ということもあり、「米」特集です。
居酒屋に入って「とりあえずビール」ではなく「とりあえずごはん」という編集部員が、本特集の言い出しっぺです。

10月号


















江戸時代は今よりもずっと、米が私たちの生活に占める比重は高いものでした。
今だったらパンや麺を選ぶこともできますが、江戸時代は米(雑穀含む)を食べるのが基本。
しかも武士は給料が米で支払われていましたし、農民は米が税金の代わりでしたから、米=お金でもあったわけです。

そんな先祖たちの営みを振り返り、あらためて収穫に感謝したい、という思いで作りました。




今年は5年に一度の、墨田区の牛嶋神社の大祭ということで、取材に行ってきました。

16日夜9時、「料亭 千代田」さんの前を町神輿が巡行します。
向島は狭い路地が多い町ですが、ここ千代田さんの前は少し広くなっているので、しばしの休憩所となります。

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神輿の担ぎ手たちに、コロッケとビールの差し入れ!
みなさん、疲れも吹き飛んだようです。

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翌日は祭りのクライマックス、宮入です。
向島の芸者さんたちは手古舞姿で宮入
日本人形が歩いているようでかわいいですね。

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今回のお祭りで、なかなかよく撮れたと思う1枚がこちら↓


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後ろの古風な看板のお店と、お神輿が、よく似合っています。
なんだか明治・大正時代の祭の様子を見ているようです。

そこで、写真を古写真風にしてくれるサイト「幕末古写真ジェネレーター」で、
変換してみると、このようになりました。↓

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なかなかレトロに仕上がりました。

取材で千葉県松戸市に行きました。
江戸川を渡れば千葉県です。

2017年9月江戸川














東京の東の方は、隅田川、荒川、江戸川と大きな川が続いているのが特徴です。 一方、東京の西の方は、大きな川といえば多摩川くらい。 こちらは我が家の近くの多摩川。


2017年9月多摩川













川幅も水量も、東の川に比べるとささやかなものですが、泳げるくらいの水質であることは自慢です。

『江戸楽』連載陣の瀬谷さんが来社されました。
どのような話の流れでそうなったのかは忘れましたが、編集部員の二人が、ホワイトボードに瀬谷さんの似顔絵を描いてみました。

どちらも味がありますね。(味がある、というのは便利なことばです)

2017年9月似顔絵














落書きのような似顔絵で思い出すのが、国芳の「荷宝蔵壁のむだ書」です。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1305291
まるで現代の漫画のようで、国芳の遊び心がさく裂していますね。

この絵の出版者名を見ると「伊場屋仙三郎」と書いてありますが、こちらは江戸楽百選会の「伊場仙」さんのこと。
実は瀬谷さんとのご縁は、伊場仙さんのギャラリーで行われた瀬谷さんの個展で知り合った事がきっかけでした。

瀬谷さん→似顔絵→国芳→伊場仙→瀬谷さんとつながりました!

以前、このブログで練塀のことについて書きました。

日本橋の町を歩いていて、ふと目にしたマンションも、外壁の一部が練塀風デザインになっていました。
まだ新しいマンションのようです。


2017年9月練塀マンション















この意匠を取り入れた設計士さんは、おそらく練塀を知ってのことでしょうが、入居者の方はそこまで気づいていないかもしれませんね。「何となく和モダンだなあ」くらいには感じているかもしれませんが。
私自身、この仕事をするまでは、この壁を見てもわからなかったと思います。

そういえば、この手前に咲いている花の名前、知りません。

世の中は知らないことばかりで、知らないままに町を歩いているのだなあと改めて思いました。
人生が80年だとして、折り返し地点になりましたが、まだまだ知らないことばかりです。

夜、兜町の坂本町公園のそばの道を歩いていると、「ようこそ城東小学校のみなさん」という看板が立っていました。
何のことかと思い目をやると、公園内に大きなプレハブが建っていました。

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東京駅八重洲口の真ん前にあった城東小学校が、再開発による建て替えのため、仮移転してきているようです。
城東小学校の創立はなんと明治8年。
今年、仮移転するまで使っていた校舎は昭和4年に完成したもので、関東大震災後に建てられた復興小学校の一つでした。
復興小学校は鉄筋コンクリート造の、曲線を多く用いたモダンなデザインが特徴的で、取り壊しを惜しむ声もあったそうです。

建て替え後は高さ245メートルの高層オフィスビルになり、城東小はそのうちの1~4階に入居するとのこと。

復興小学校の取り壊しは残念ですが、復興小学校は建設当時、学校として「最先端の形」であったはず。
高層ビルに入る小学校という形もまた、「最先端の形」であるわけです。
今から100年後には、もしかすると「2020年前後に高層ビル小学校が多く建築された。城東小学校はその先駆けであった」として、保存を求める声が上がるのかもしれません。

そう考えると、歴史とは面白いものです。

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