
先週末土曜日に江戸川区女性センター主催映画上映会&監督講演「無名(むみょう)の人」をお仲間連と見て来ました。
「無名の人」は
肥前大村藩の幕末の志士の娘として生まれ、その後男爵となった父親のもと成長し鹿鳴館の華と謳われれつつ障害を持つ我が子を授かったことをきっかけに日本で最初の知的障害者施設滝野川学園を創設した石井筆子氏の一生をたどったドキュメンタリー映画。
明治政府誕生間もない頃、当代一級の欧米の教師陣に学び海外留学をも経験、英語フランス語に堪能。
しかも美人。
家庭環境にも才能にも美貌にも恵まれた彼女には前途洋洋たる未来が広がっているかに見えてますが、最初の壁につきあたります。
それは自分の人生を自由に選択ができない女性の厳しい現実でありました。
何もかも持っていてもこれがなきゃ意味がないもの
それは「選択の自由」。
知識も教養も人格も兼ね備えた彼女にとってこの現実がどれだけ
どれほどつらいことであったでしょうか?
働くかーちゃん獣道を命からがら?生き延びできたお姐としては正直明治の時代の遠い話とも思えないところははありますが、それにつけても筆子先輩の艱難辛苦に比べたらゴマメとクジラみたいな違いがあります。
筆子先輩がいたから今の私たち女子があるわけでありまして…
拝啓けいこちゃん。
教育を身につけるとろくなことがないから女子に教育はいらぬというその後の風潮と筆子は敢然とひっそりと自分でできる道を模索して闘い続けて生涯を終えます。
教養があったから自由がないことに気づくのかもしれません。
だったら無知なままでいいた方が幸せという考えもあるのかもしれません。
しかれども宮崎 信恵監督の講演での言葉
「教育こそが過酷な人生に耐えさせる」
まさにこれが真理だと思います。
お姐の亡き祖父の
「無知は罪だ。自分も人も不幸にしてしまう」という口癖と重なります。
「自分で自分を笑うユーモアが人を救う。」と亡父はいつも言ってて、これはこのブログで何度か登場した言葉ですがこのあとに実は言葉が続きます。
「ユーモアや洒落は教養がなくっちゃ生まれない、理解されない」
そんなお姐を育てた土壌と(貧富や文化度、IQは天地の差ですが(笑))どこか共通するものを勝手ながら筆子大先輩に見出しました。
筆子先輩の動く映像が数秒しかなくほとんどは資料という、作り手としては困難なドキュメンタリーですが一見の価値ある大佳作です。機会あったらぜひ!のおススメ作品。(Thanks!>女性センターの皆々様。ぜひ中高生向にも上映会をお願いします!)
で、
どの場面も感嘆ものの数奇な先輩の人生でありますが、とても身近に感じたくだりは、かの有名な日本近代医学の祖ベルツ先生の日記に
「流暢に英語とフランス語を操り、日本で出会った中でもっともチャーミングな女性♪」
と残されていたというところ。
ビューティフルでもクレバーでもない
チャーミングというところが素敵!先輩!!
めざせ!闘いながらもチャーミング♪
がんばって後を追いかけマス!
明日は本会議最終日です。
大先輩には比べるべくもない今のところ非力なお姐ですが貧者の一灯で一隅を照らしてまいりたいと思います。