deathmatch
 去る1月30日に、古色蒼然とした地方議会で孤独に闘っていた新人区議会議員であったお姐を時に厳しく、どこまでも温かくささえてくださった、恩師であります元武蔵村山市議会議員ふくおひろし先生が永眠されたと昨日一報がはいりました。忙しがって不義理のしっぱなしで、訃報につき岡山の友人から電話を頂いたときは、号泣してしまいましたが、「政治家は泣いたらあかん!」と喝破され、溢れる涙を拭いながら気を取り直しています。

 まずもって、先生の魂の安らかならんことを、そして心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 先生の著書「デスマッチ議員の遺書」が本当のものになってしまった。

 何度悔し涙流しながら、議会や委員会、議長などの呼び出しが終わった後、先生に電話したことか。その際叱咤激励され、時に挫けそうな心を奮い立たせて、私はブレることなく今日まで闘い続けることが出来ました。

一番心に残るのは、本日のタイトルの言葉です。細かくいうと

「議員は、一度口にしたもの書いたものを圧力に屈し訂正してはならない」

というものでした。

 これは、2010年の区議会だより新年号の私の挨拶文につき交渉会派の区議メンバーで構成される区議会だより編集委員会にて訂正を求められ、深く考えずに応じてしまい、はっと気づき先生に電話したところ、毅然と言われた言葉です。

そして、お姐は、徹底的に訂正を拒んだのでした。

 これが、名づけて区議会だより新年号お姐筆禍事件。愚かな意地を張って…と思えないでもないですが、意思を貫ぬけたか挫けたかは、私のこの後の勇気と覚悟を持って歩む政治人生を大きく左右する岐路であったと確信しております。

 そして、やがて、本会議場での発言権(議案質疑、予算&決算特別委員会質問)を巡って、熾烈な闘いが始まるのです。
 
 議場で、区長が答弁拒否、議長が議員が議員であるお姐の発言権を奪ったこの騒動は新聞報道ともなり、まさにデスマッチさながら5ラウンド目にようやっとボディーブローが決まり、私は後に続く議員のため、何よりも健全たる江戸川区議会のために発言権を死守するに至るのです。おかげさまで現在、江戸川区議会では、一人会派の議員であろうとも、予算・決算委員会で発言ができ、議案に対する質疑は総務委員会で「委員外議員の発言」ではありますができるようになりました。

 何時の世も改革を起こすのは、たった一人の強い信念から。

 しかし、その影には、イデオロギーを、超えて(先生と私はかなりの部分政策面では違いもありました)真面目に議会に取り組む議員の味方として後方支援をしてくれた先生の姿がありました。

 以下がその援護射撃の一部です。本当に懐かしくて読み返すとまた涙が…

一人会派の"お姐"頑張る 江戸川区議会 

暗黒議会の闇の奥 

 「質疑打ち切り」で区議が審決申請 江戸川区議会

 といってなんでもかんでもギャーギャー闘うのは能ではない。
「相手が過ちに気づいたときは、追い討ちをかけなかった」
という、戒めも頂戴していました。また、斬りこむだけではなく、理解してもらう努力と、理解してもらった感謝をする謙虚さを忘れるなと。

kokoroefukuo

素晴らしい金言の数々を私は自宅の机の横に、ずっと貼り続けて、政治的般若心経のごとくことあるごとに声に出して読み上げてました。それが↑の「デスマッチ議員の心得」(赤線部分お姐)です。

 私だけが先生の薫陶を得ていてはもったいない!と、先生を中心に今や改革派市長として名高い埼玉県和光市長となった松本たけひろ和光市議会議員(当時)と、もはや5期の大ベテランとなった、渡辺大三市議会議員を招いて議会改革の勉強会を開いたことも懐かしい思い出です。

もう一度先生の遺された著書を読み襟元を正し議会活動すること、後に続く改革魂持つ後輩たちを先生のようにささえることで恩返しをしてまいります。

【尾崎咢堂の心得】
自分に何より厳しく常に、勉強を怠らなかった、ふくおひろし先生逝去にあたり反省仕切りのお姐。先生の著書とあわせて、議会・憲政の父であり、今やまさに選挙真っ最中ですが、二代目東京市長であった尾崎行雄先生の金言にもあたっておりましたら…。

今も古びぬ、尾崎先生の「心得」を再発見しましたのでこちらに揚げさせて頂きます。今回の知事選、ナカナカどなたを選んでいいか分からない選挙だと思いますが、選択のよすがにしていただけましたら幸いです。

「投票の心得 九ヶ条」

(一)何よりもまず、自分はいかなる政治を希望するかという自分の意思を、はっきり決めてかかることが大切である。選挙は国民の意思を国政に反映させるために行なわれるというが、有権者それ自身に政治的意欲がなければ、すなわち反映する本態がなくては、いくら投票しても意味がない。

(二)「出たい人より出したい人を」―これは先年東京市政刷新運動が起こったとき、先に東京市長を務めた人から標語を募ったことがある。その求めに応じて私が作った標語である。有権者のための政治である以上かくあるべきが当然であろう。

(三)金銭や、ご馳走や、因縁や、情実で投票しないのはもちろん、選挙の費用は、有権者の持ち寄りにしなければならないこと。一足とびにそこまで行けないとすれば、なるべく候補者に金を使わせないように工夫すること。

(四)買収・ご馳走・哀訴・嘆願など、一切の不正な選挙運動をする候補者には、絶対に投票しないこと。

(五)一から十まで政府に反対する議員も困りものだが、一から十まで政府に盲従する議員よりはましだ。常に政府党が勝つ選挙よりも、どちらかといえば、在野党の方がうけのいい選挙の方が、民主政治の趣意にかなっている。

(六)「人物よりも政党に入れよ」というのは、真の政党が存在していることを前提とした公式論で、まだ真の政党にまで発達していない現在の日本の政党(現在の日本の政党は、まだ私党・徒党の域を脱しきらない未熟な政党で、公党とはいえない…)を相手としては、無条件で賛成することはできない。しかし立憲政治が、結局政党内閣制度によって運営せられねばならぬのであるから、今の政党を向上させて、真の公党に育て上げる準備のためにも、各政党の政綱・政策をまじめに研究し、自分の希望するような政治をやる政党はどれか、よくよく見極めてから投票すること。

(七)演説会場その他あらゆる機会をとらえて、有権者は各政党または候補者に向かって、具体的な政策を明示するように要求しなければならない。…そうして政党本部で発表した政策と候補者の言質を箇条書きにして、台所の壁にでも貼っておき、その公約が実行せられた場合はその件の上に○を付け、公約にそむいた場合は×を付けるようにして、常に厳重に監視して、いやしくも公約を裏切った政党や議員に対しては、次の選挙の時に絶対に投票してやらぬことを覚悟すれば、政党も議員も、完全に有権者によって、リードせられるようになる。

(八)議場の内外で国会の品位をけがすような行為をするもの(下等なヤジや、殴り合いをするようなものはこの部類に入れる)には投票しない当選後、公明正大な理由もなく、選挙民の了解も得ずに党籍を変更し、または他の政党に入党するようなものには投票しない。多数で横車を押し通した政党は、投票によってその横暴をこらしめてやるくらいの覚悟がなければならぬ。

(九)これまでの日本の選挙では、大臣や政務官になると、投票は必ず増えた。増えればこそ今でも英国製のビスケットとけなされる政務官の椅子を、ちょうどやせ犬が腐った肉を争うようにして奪い合う。これは官尊民卑の奴隷根性を暴露したものである。また多数党でなければ何もできないから、投票しても損だと考えることも、「長いものには巻かれろ」式の封建思想の名残であって、多数少数は有権者が投票して決めるのだという民主政治の「いろは」さえもわきまえぬものの戯言である。この官尊民卑と事大主義による投票は、今日以後の選挙では、きれいさっぱり清算したいものである。

川上を濁しておいて、下流の清きを期することはできない。川上の選挙が濁れば、川下の政治も濁るのが当たり前である。腐った水にボウフラがわくように、腐った選挙からは自堕落政治のボウフラがわく。日本民主化の大建築は、正しい選挙の土台の上にでなければ建てることはできない。

1947年(昭和22年)『民主政治読本』より

「国会議員の資格」(お姐注:国会議員=知事あるいは政治家と読んでみてください)
国会議員に重要な資格中、最も重要なるものの十ヶ条。

(一)国会議員は広く内外の形勢を明らかにし、当世の事務に通ずるを要す。(これは政府の法律によって設定することの出来ない資格で、それは財産年齢などより重要である)

(二)国会議員は道徳堅固なるを要す。(これ自体に誰もが同意するが、世の人は金科玉条を軽率に看過するので、却って実行されないものである。実行こそ重要なことだと注意すべきである)

(三)国会議員は公共心に富むを要す。(これを如何に養成することが出来るかは容易ではないが、しかし、公共心の有無、厚薄が常に国家の盛衰興亡の原因となっていることから、この公共心の価値を知るべきである)

(四)国会議員は権勢に屈せざるの勇気あるを要す。(我が国では多年にわたり官吏を威張らした為、とかく官吏は人民を侮り、人民は官吏を畏れる傾向がある)

(五)国会議員は名利心の薄きを要す。(権勢に屈しない勇気があって、名利心薄くなければ毀誉の為に屈し、利害の為に迷うの憂いがある)

(六)国会議員は自説を固守するの貞操あるを要す。(間違った主義を持つと、全く無主義よりは優るとは、西哲の金言である。無主義の変改ほど無益なものはない)

(七)国会議員は独立の見識あるを要す。(独立した見識なく、恰も楊柳の風に靡くが如く誘わるるまま西に行き、東に赴く者多ければ、一定不変の進路を取ることも出来ない)

(八)国会議員は思慮周密なるを要す。(政令が度々変化して、朝令暮改が多いのは弊害が大きい)

(九)国会議員は穏当着実なるを要す。(過激の言論、痛快の挙動は避ける必要がある。過激粗暴の人は深く時勢民情を洞察することが出来ない)

(十)国会議員は多少の弁舌あるを要す。(充分に其の思想を説明するの弁舌を有しながら、妄にこれを使用せざる人物を選ぶべし)

1889年(明治22年)『欧米漫遊記』より


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【おまけ】
「デスマッチ議員の遺書」は、区議一期目のときに江戸川区議会図書館に取り寄せてありました。お姐の、ささやかな置き土産…。後輩たちが手にとってくれることを信じて。
 

☆お姐、強靭な政治家はどこまでも己に厳しく誰に対しても優しかった。お前もそうあれ!☆
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