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令和8年度予算特別委員会。私は地域政党「自由を守る会」を代表し、10年ぶりとなる予算特委の表舞台に立ちました。

かつてマーガレット・サッチャー英国首相は、「公金などというものは存在しません。あるのは、納税者の身銭だけです」と断言しました。この言葉こそ、今、東京都が最も噛み締めるべき真理です。


今回、私が知事の政治哲学として真っ向から問うたのは、都財源の根幹に関わる「偏在是正措置」への向き合い方、そしてこの観点に沿った「首都・東京のあるべき姿」についてです。


【行政文書に「改悪」?都の被害者意識を問う】

東京都の令和8年度予算案の概要(33P〜)では、国の地方税制改正について「改悪」という言葉が多用されています。

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東京都の行政文書において、自らを被害者に仕立て上げるようなこの前代未聞の表現に対し、私は強い違和感を禁じ得ません。


小池知事は会見等で「東京狙い撃ちだ」「不合理な収奪だ」と、一方的な被害者意識を募らせる持論を展開しますが、その実態はどうでしょうか。高市早苗総理は本年1月、知事と会談し、都との「協議会」設置など対話を重視する姿勢を見せています。


もちろん、地方側の「おねだり」や依存体質は正すべきですが、相手を「収奪者」と決めつけ、政府を批判し「改悪」と切り捨てるのではなく、日本再興に向けた「投資」と捉え直すような、建設的な対話に踏み出すべきではないでしょうか。


【全国知事会欠席―「逃げの姿勢」が招く収奪】

何より看過できないのは、知事の姿勢です。昨年夏の山梨での夏季全国知事会議において小池知事は、全国知事会という正式な議論の場から逃げ出し、松本明子副知事を代理出席させています。

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知事は「東京が日本のエンジンだ」と言いますが、エンジンだけが空吹かしをしても車(日本全体)は前に進みません。自ら議論のテーブルに着かず、代理を立てて「被害」を訴える。


この「逃げの姿勢」こそが、国に付け入る隙を与え、結果として都民の大切な財源を論理的に守りきれない原因になっているのではないでしょうか。



【首都・東京が担うべき「高次の責任」】

東京都は、制度上いち地方自治体であります。しかし同時に、我が国の首都として、政治・経済・文化の中枢を担い、全国に大きな影響を及ぼす存在でもあります。その財政規模、税源の集積度、経済力は、他の道府県の追随を許さぬ明らかに異なる次元にあります。


地方の衰退は、結果として東京への過度な人口流入や社会保障負担の増大を招き、中長期的に東京自身の首を絞めることになりかねません。都の豊かな税収もまた、地方から上京し、あるいは日々他県から通って働き、消費する多くの人々によって支えられているという厳然たる事実があるからです。


だからこそ都には、単に都民の利益を最大化するという視点にとどまらず、日本全体の持続可能性を視野に入れた、より高次の責任と政治哲学が求められていると考えます。


東京が真にサステナブルな都市であり続けるためには、東京だけが成長する構造ではなく、全国との関係の中で均衡を保ち、調和を図るという視点が不可欠です。


首都とは、競争の頂点に立つ存在ではなく、全体を俯瞰し、調整し、地方との対立を「アウフヘーベン(止揚)」する包摂的な中枢であるべきだと私は考えます。



【「あぶく銭」に浮かれた放漫な予算運営】

都は「税源収奪により福祉財源が脅かされる」と訴えますが、一方でその予算の使い道は「あふれんばかりのぜい肉」に満ちています。


お台場の大噴水:26億円

都庁プロジェクションマッピング:毎年10億円

効果不明の再エネ“セロエミッションTokyo施策:約4,000億円


西暦2009年、リーマン・ショック直後の都収益は、わずか1年で1兆円規模の巨額減収に見舞われました。この教訓を忘れ、堅調な税収を「あぶく銭」として新規事業に浪費する18.6兆円の膨張予算は、極めて危ういと言わざるを得ません。



【お姐総括!〜知事の「答弁拒否」が露呈させた首都の不在〜】

今の都政に、この視点はあるでしょうか。今回の質疑において、小池知事が見せたのは、リーダーとしての責任感ではなく、あまりに不誠実な「答弁拒否」と「逃げ」の姿勢でした。


米軍によるイラン攻撃に端を発した緊迫する国際情勢、それに伴う原油高と物価高騰で、今、最も過酷な状況に置かれるのは、燃料や肥料の急騰が直撃している農村部をはじめとする地方です。私が投げかけた「首都の定義」や「アウフヘーベンすべき包摂的な中枢」という本質的な問いに対し、知事の口から自らの言葉が語られることは、ついに一度もありませんでした。


自ら知事会の議論から逃げ出し、議場でも官僚のペーパーの裏に隠れて正面から答えない。この実質的な答弁拒否は、主権者である都民と全国の地方自治体及び国民に対する冒涜であり、日本の首都東京の知事としての責任放棄に他なりません。


知事が答弁を拒もうとも、私はこれからも都議会議場の最前線で、都民の身銭と首都の矜持を守るために、知事の「虚飾」を剥ぎ続けてまいります!