江戸川山の会

東京都東部勤労者山岳連盟 江戸川山の会 掲示板

2003年4月19日(6月山行報告1)

メンバー:GT、ST、SE
コースタイム:ヤビツ峠(9:45)~二ノ塔(10:45)~三ノ塔(11:00)~烏尾山(11:35)~新大日カイサク小屋(12:20)~塔ノ岳(13:45)~大倉バス停(16:25)
 落語の三題話しの様な1日でした。 集合場所の新宿駅南口に出るつもりが電車の前の方で降りたため西口の出てしまいデパートの外をぐるりと廻り南口に着いたのが6:30でした。先月の会山行が集合ぎりぎりでしたので30分の余裕があり、今日は1番乗りかなと小田急線キップ売場を見て歩く。6:45になっても誰も来ていません。集合場所を間違えたかなと思っているところにSTさんが見え、6:55GTさんが見え、これで全員との事。リーダーに4月の例会で頼んでおいたISさんも都合が悪いとの事。7:10発の電車で秦野に向かって会山行。初めての3人で山登り、本当にさびしい。
 70分で秦野に着き登山者も集まり、運良くヤビツ峠直通の臨時バスが出ると言い満員の客を乗せ、蓑毛を過ぎ右へ左へ曲がりながら山道を登ってヤビツ峠に着く。
 バス代470円。富士見橋までアスファルトの道をゆっくり歩き、山荘の前の道からいよいよ長い尾根歩きが始まる。二ノ塔に10:45着、三ノ塔へは15分位か、烏尾山へ11:35。この手前のクサリ場は私には大変でした。GTさんは前に習った様子ですいすいとSTさんは慣れている様子でいろいろアドバイスをいただき無事降りられました。新大日、カイサク小屋前12:20到着、昼食です。風が強く、ガスがかかり始めました。塔ノ岳は13:45でした。塔ノ岳ではガス・風が強く、どこも何も見えません。すぐにでも雨が降ってきそうなので急いで下山にかかる。花立・堀山の木道の階段は魔の登り魔の下りが続くので、もう時間を計る余裕もなく両ヒザはガクガク、顔は歪み足は前に出せない有様です。STさんがずっと前に後ろに歩きアドバイスをしてくれ、非常にありがたかったです。
 早く大倉のバス停に着かないかな着かないかなとだけ思って下って行きました。雑事場ノ平で、ちょっと休んでもらいました。下の道上の道どちらも降りられるとのこと。地図を見ると下の道の方が近道みたいに書いてあり、下の道に決めました。下って行く道々に(まむしぐさ=コンニャクの木に似た葉の先にサトイモの花に似た紫色のきれいな花)を咲かせていました。足が痛くてゆっくり見ることが出来ず残念です。
 あえぎあえぎ大倉バス停16:25に着きました。停留所には20~30人位待っている人がいました。大倉にはタクシーもありバスより早く渋沢駅に行くというので(1500円)自分は足が痛いので大助かり、3人なので500円づつで済むと乗り込みました。町は丹沢まつりとかで混んでいましたがバスよりはだいぶ早く渋沢駅に着き電車もすぐに来て16:48の新宿行きの急行に乗れたので座って新宿に着き、各駅停車に座って小岩駅まで乗って行きました。
 下山祝いは自分とSTさんが小岩駅、GTさんも駅前からバスで帰るというので、小岩駅近くの中華料理香港厨坊で楽しく過ごしました。
 8時過ぎに家に帰りました。
 万歩計は25876歩で止まっていました。
2003年No.347FACE5月号より復刻

2020年6月21日 (6月会山行報告)

メンバー:T(L)、MK、KIK、ST、HY、RS、
コースタイム:御嶽山登山口(8:30)~清滝不動(8:45)~奥の院(10:10)~剣ヶ峰~権現山~倶利伽羅不動尊~三峰山(12:10)~御嶽山登山口(14:00)
 4月、5月の会山行はコロナ自粛で中止となり6月の会山行は3か月ぶりに開催されました。計画書では電車、バス利用でしたがバスとの接続が悪くバスも午後は本数が2便程度で交通の便も悪く6月の例会で車利用の方が良いとのことで変更なりました。
 コロナの影響でここ2ヶ月半ほどスポーツジムも休館となり運動不足で荒川の土手沿いを散歩するぐらいで体力の衰えが気になっていました。
 ここ2,3年は6月に梅雨時の会山行を担当していますが、週間天気予報では曇りでしたが御嶽山登山口につくと雨がぱらつきはじめしばらく様子見してから出発を致しました。
 登山口は神社脇の道を進むとすぐ杉林に入り、整備された登山道で川沿いに進むと清滝不動の滝が現れ、ここからは急な階段状になった登りの連続でした、しばらく行くと大きな祠が見え御嶽大神大岩の分岐で左側には鎖場も見えましたが標識に従い左側の奥の院に進みました、ここからは左側は切れ込んだスベリやすい尾根みちが続きしばらくするとまた杉林に入り、登りきると奥の院と三山参道の分岐につきました、三山参道とは三峰山、御嶽山、剣が峰、権現山の総称だそうです。ここから平坦な道を5分ほど歩き奥の院に到着しました、山頂には大きな祠と三尊立祀られており早めの昼食を取り休憩を取りました。分岐まで戻りしばらくすると立ち入り禁止のトラロープが張られており平坦な道を進むと御嶽山と剣ヶ峰の分岐で杉林の中を三峰山方面へと急な上り下りをさらに進みました。ここからもトラロープ沿いに進み剣ヶ峰の右側を巻いてさらに行くと八坂様入口でここからは急登で権現山です。ここからは緩やかな登りすると栃木百名山、三峰山山頂です、山頂はロープと柵に囲まれ狭く視界も悪く西側は石灰岩の採掘で切り取られ絶壁です。下山は倶利伽藍不動まで戻りました、ここからは急な下山道でスベリやすい濡れた足場で木の根や岩に気を付け休憩を取ながら時間をかけて下りました、しばらくすると道幅の広い林道に出会い駐車場が見えてきました。下山後はひと風呂あび食事し無事に下山しました。
三峰山1
御嶽山神社の駐車場から谷倉山側
三峰山2
奥の院分岐の尾根に到着
三峰山3
奥の院にて少し早いが昼食休憩
三峰山4
三峰山頂にて記念写真

2003年5月14日

メンバー:田中賢一郎(元会長、故人)
 上顎の腫瘍を取ったあとの穴がふさがらなかったため、言葉や食事が不自由なまま日時が過ぎていってしまう。とりあえず1ヵ月の入院ですっかり衰えてしまった足の筋肉を元に戻すための運動を始めることにした。5月5日に退院した時は、ゆっくりと歩くことが出来るだけであった。病院の中では運動もままならないし、今回はムキになって運動をすることをしなかった。カミさんの頼みもあったが自分でも入院中はいい加減でいいのかの思いがあった。
 毎日散歩をしているうちに、足に力がついてくるのがわかり、13日は江戸川を遡り江戸川病院まで行った。約5km位歩いた。今日は江戸川を下って海に出てみることにした。距離的には6.5km位と思うので1時間半位で海に出られると、歩き始める。家から江戸川の堤防まで500m位。ゴミ焼却場の所で堤防に上がる。今井水門を渡ったところの瑞江中学校は私が通った学校だ。更に進んで行くと江戸川に浮かぶ島が現れる。妙見島といい月島食品の大きな工場がある。島の海側の上に浦安橋が架かっている。浦安橋をくぐれば半分は来たことになる。対岸の町は浦安で、今、山本周五郎の『青べか物語』を読み始めたところで特別な感慨で眺めてみるのだが、当時の面影などありえようはずがない。雷という集落をすぎると日本ロール会社で、奥にはイトーヨーカ堂の大きな建物が見えている。ロールを過ぎるとなぎさ公園で、水上バスの乗場がある。この先のなぎさニュータウンから川は右にカーブしてゆき、前方にデズニ―の建物が見えてくる。堤防から遊歩道になっている川の汀に下りてみる。石には貝が付着していて海の潮の匂いがしている。上げ潮!?、海のほうから水が上げてきているのがよくわかる。湾岸道路の下には鉄柵があって、ここで終わりかなと思って進んで行くと、犬を連れた地元の人が鉄柵と橋桁の間の30cm位の隙間を抜けて行ったので私もあとに続いた。湾岸道路を過ぎればもう江戸川は終わり。対岸にはデズニ―のホテル群。5~6羽の鵜が潜っているのが魚をくわえて顔を出すのを見ることはなかった。臨海公園の船着き場まで行ったら、思いがけずに「らくらくHC」の忠鉢さんに出合った。会社が休みなのでここまで歩いてきたとのこと。本州製紙時代に同じ職場だったこともあり、話が弾んだ。二人でなぎさ公園のフラワーガーデンまで行き、バラの花を満喫し、東西線葛西駅まで歩いて別れた。彼女は家まで歩くと言うが、私は少し疲れがあり、今井までバスに乗り、そこから家まで歩いて帰った。 病気が治ったわけではないので、働くわけにもゆかず、すぐに適当な治療法はない状態なので、医者に言われるままにしばらくは様子見。体を鍛えておくほかない。(7月は田中さんの7回忌です。合掌)


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