2006年07月
2006年07月24日
第10話
1
目の前に魔物が六匹。全て同じ種類の魔物でみかけは緑の毛で覆われた雪男。150cmにも満たない大きさだが、体は太く決して貧弱ではない。手に太い枝を持ち振り回している。名前はカイが知っていてグリーンマンと呼ばれる魔物だとわかっている。
リリヤとルラが組んで二匹。カイが一匹。バルフが三匹受け持って戦っている。
力任せに振るわれる枝をルラは避ける。今ルラが相手にしているのはグリーンマン二匹。二匹が振るう枝を落ち着いて回避に専念することで避ける。フォルンの教えを実践し相手をよく見ていた。身近で起こる空振りの音を聞き、時々顔が引きつっているので完全に落ち着いているわけではなさそうだ。
全身にめぐらせた氣はフォルンが実践して見せてくれたものよりも荒く拙い。それでも一応は体全体に行き渡らせることができている。初めて使ったときは氣の量が足らず中途半端だったので、ましになっている。
ルラが避けつづけているときにリリヤは何をしているかというとルラに囮を任せて魔達術を使う準備をしていた。術書をみつけて三ヶ月弱、ようやく習得した術を使う。以前レースの時に使おうとしたが、あの時は未完成だったので発動しないか、暴発の恐れがあった。
リリヤの手には属性道具のロッドと魔達術を使ううえで必要な媒介アイテムが握られていた。
ロッドを体の前に持っていき詠唱を始める。
「異界の赤、呼びて応える息吹、遥かなる隔たり越えていずる焔、業火に燃えろ」
媒介アイテムが赤のもやへと変わる。リリヤの回りに渦巻いて放たれるのをいまかいまかと待ちわびる。
「ルラ横に離れなさい! クリムゾンブレス!!」
ロッドの先端に集まったもやは赤く黒い炎へと変化し扇状に広がる。ルラを追おうとしてたグリーンマンは避けることができずに飲み込まれる。音なく燃える炎の向こうからは断末魔の叫びはない。かわりに何かが倒れる音がして炎が消える。現れたのは消し炭二つ。それもすぐにアイテムへと変わった。
場面を変えてカイの戦い。自分の身長を越える大剣を両手で構えグリーンマンと対峙する。戦い前の少ない準備時間の間に魔術を使い大剣に火を付与した。鍛えてなければ男でも長時間振り回すのが困難な大剣を軽々と扱い、リーチの違いで敵を近寄らせずダメージを与えていく。
「せいっ!」
「ぐるぉぅ!」
打ち合う大剣と枝。四回目の衝突で枝が燃え折れる。燃える剣相手に四度もったのだ十分に役目を果たしたといえる。
傷負いのグリーンマンは折れた枝を捨て殴りかかる。それと同時にカイも動いていた。
「ウィンド」
魔術を使い追い風の突風を吹かせ、勢いよく突撃する。敵の勢いも利用し大剣を真横に振りぬく。ダメージの溜まっていたグリーンマンは耐えることができずに倒れて消えていった。
バルフの戦いに以前と違うところはない。もてる武器と魔術を全て使い相手取っていく。カイを助けるときに今以上の数と戦ったのだ、こっちの魔物のほうが強いといってもやられることはなかった。
相手を倒したルラたちも加わり勝利は確定した。
先ほどの戦闘を最後にして今日は塔から出ることにした。経験値の取得、アイテム換金を済ませて反省会に突入する。話題はリリヤの魔達術だった。
「今日最後の戦闘で使った魔術なんなんだ?」
「魔達術っていいますの」
バルフはその言葉に少し聞き覚えがあった。ルラとカイは全く知らない。
「そりゃあれか、魔術で魔法に到達するっていう」
「それですわ。家の書庫で術書をみつけたので習得してみました」
「噂には聞いたことがあったが使い手に会うのは初めてだ」
魔術の範疇を超える術だと聞いて嘘っぽいと判断していたバルフだが判断を改める。一流の魔術師が使えばたしかに魔法に到達できるかもしれないと。威力を近くで見て、百五十階あたりの魔物でも一撃だと推測する。汎用型のリリヤが使ってあの威力なのだ、魔術特化型が使えば二百階前半クラスでも一撃だろう。
「あれすごい威力だったよね。あんなに強いならもっとたくさんの使い手がいてもおかしくないのに」
「多く広まってないとうことは何か欠点があるんだろう。それがなんなのか」
ルラとカイの疑問にリリヤが答える。バルフも不思議に思っていたので真剣に聞く。
「たしかに欠点はありますわね。三つほど。
一つは魔力消費が多いことですわ。一回使っただけで私の全魔力の三分の二をもっていきました。
二つ目は取得に時間がかかることですわ。今日使ったクリムゾンブレスを取得するのに二ヶ月と半月の時間を必要としました。
三つ目はお金がかかるということでしょう。魔達術を使うのに媒介アイテムが必要となるんですが、今日使ったアイテムでも大銀貨五枚、シルになおすと500シルを必要としますわ。強い魔達術を使おうとすればもっとお金がかかるらしいです」
大銀貨五枚がどれくらいかというと、およそ宿一泊分に相当する。現在バルフが払っている宿代より少し上だ。
ほかにも魔術を使うより隙が大きいといったものがある。これらの理由により魔達術は大きく広まることはなかった。
ただ使い手がまったくいないということはなく、探せばみつかる。例えば塔探索で三百階辺りをうろついてる冒険者。彼らならばお金や魔力の心配などしなくていい。どちらも充分にある。むしろ魔物が半端なく強いのでこちらも相応の手段を用意しないと対抗できない。
「使い手が多くないわけだな。ほいほいと使えない術を主力にする術師はいないか」
「奥の手として使う人が多いんでしょうね」
納得するカイに補足するリリヤ。
「すごいっていえばカイさんだってすごいですわ。会ったときから思ってたことですけどあんな大きな剣を扱えるんですから」
「戦闘を見るたびに思ってたんだがあの腕にどんだけ力があるんだろうな?」
リリヤとルラは敬意をもってバルフは疑問をもってカイを見る。
「これは軽量化してるからこの大きさそのままの重さはない。だいたい元の三分の二くらいじゃないかと思う。
だから私が特別怪力とか腕が太いとかじゃないのよ? ほんとだからね?」
最後のほうで普段は聞けない女性らしい言葉使いになる。カイも女性らしく太く見られるとかは気になるらしい。最後のほうの言葉には少し力がこもっていた。
「この大きさの剣を選んだのは一度に複数の敵を相手できるようにっていう考えがあったから。剣になれているから槍や鞭を使おうとは思わなかったんだ。すぐに仲間ができるとは思ってなかったから一対複数も想定しておいたほうがいいと思ってな」
「許容量以上の魔物と鉢合わせて俺に助けられたけどな」
「体調が万全でもうすこし数が少なければ大丈夫だったさ」
「それを確かめる術はないから置いといて、魔術と剣を組み合わせるのは軽量化したから威力が落ちたのを補うためか?」
「置いとくな! まあ魔術と剣に関してはその通り。剣の先生にそうやって戦う人もいると聞いて参考にした」
そうやって話していると、近くを通り過ぎた馬車が止まる。中から一人の男が出てきた。年はリリヤとルラよりも上16才くらい。話している四人に近づいていく。
「リリヤ! リリヤじゃないか! 久しぶりだね」
微笑みを浮かべ近づいて来る青年に気付いてなかったリリヤはその声に振り返る。
「…………ぁ! セオルディさん、お久しぶりですわ」
相手のことを忘れていたのだろう名前が出るまで間があいた。そのあいた間に笑顔が引きつるものの何事もないように話を続ける。
「ここのところ舞踏会にでてこないから寂しかったし心配したよ」
「ちょっと忙しくて舞踏会に行っている暇がありませんの」
二人が話している後ろでバルフがルラに小声で話しかける。
「ルラあいつ誰だか知ってるか?」
「えっと…セオルディ・バシオートっていう貴族だったような。爵位は伯爵で家を継ぐことが決まってるってリリに聞いたおぼえが。リリと一緒にいるときに何度か会ったことがあります。そのたびに無視するか邪魔だっていう目で見られた」
「貴族の坊ちゃんか。リリヤに執心してるのか? カイはバシオート家って聞いたことは?」
「名前だけなら。何をしているかは知らないし落ち目だとかいう噂も聞かない」
小声で問うバルフにカイも小声で返す。
このセオルディ、ほかのリリヤに近づく貴族子息と同じように兄試験を受けて不合格だった。以来ウォックスがいるときは近づかずに、いないとき寄ってくるという根性があるようでない行動を繰り返している。
「ところでちょっとした噂を聞いたんだけど、ルラと婚約したっていうのは本当かい?」
さりげなく切り出したように聞こえるがバルフにはこれを聞くことが目的のように思えた。婚約のことを知らなかったカイは軽く驚いた様子でルラとリリヤを見る。
「正確には婚約を認めてもらうために今うごいている最中ですわ」
「そうなんだ。どうしてルラなんかと婚約したんだ? 何かわけがあるんじゃ? もしかして弱味を握られて仕方なくとか」
「弱味なんて握られてませんっ。それなりのわけはありますがほいほいと話すつもりはありませんわ」
ルラなんかという発言にむっとしながらも極力表に出さないようにして答える。
よく考えればルラがリリヤの弱味を握り脅すなんてできないとわかるはず。そんな度胸はないし、するつもりもないだろう。
「わけありならどうして僕に相談してくれなかったんだい! リリヤが困っているならいつでも相談にのってあげたのに! 今からでも遅くはない僕とルラを交代したほうがいい」
静かにセオルディの言葉を聞く笑顔のリリヤ。次第にその笑顔が硬くなり額に青筋が浮く。最近のルラを知らないので頼りないと言うのは当然のこと。しかしリリヤはルラが努力しているのは知っているので我慢できなくなっていく。
「そんなにいうほどルラは悪くはありませんわよ?」
耐えているので微妙に棒読みだ。
「頼りない情けない気が弱いと三拍子どころか四拍子以上そろってそうなルラだよ? 止めておいたほうがいい」
こき下ろせばおろすほどリリヤの機嫌を損ねることに気付いてないのか、もしくは気付いて何かを狙っているのか。
「最近のルラは以前ほど情けなくありませんわ!」
「そう言われても僕は以前のルラしか知らないしな」
「信じさせるにはどうすれば…」
別にセオルディに信じてもらう必要はないのだが、ちょいとエキサイトしているリリヤはそこまで考えがまわらない。
「手っ取り早いのは僕と対決することかな?」
「それで行きましょう」
対決するルラをほおって即決。その決断の早さにルラを含めた三人がおもわず拍手。
「どういった種目で対決しましょう?」
「これでどうかな」
そう言ってセオルディは腰に帯びる剣を軽く叩く。飾りとして身に付けている装飾剣ではなく、無骨で実用的な剣。使い慣れているようで、剣を帯びる姿に違和感はない。
「僕も暇じゃないから今から街の外の草原でどうだい?」
「いいでしょう」
その後ろでバルフとカイがルラにこそこそと何かを教えている。ルラはよくわかっていないようだが渡された何かをしっかりと握る。
2
場面は草原に移る。ルラとセオルディが対峙し少し離れたところに三人が立つ。
ルラがバルフたちにもらった何かをセオルディに向って投げ捨てた。地面に落ちたのは白い手袋。それを確認したセオルディは嘲りと感心が入り混じった表情でルラを見る。
「ほう、やる気満々じゃないか。リリヤの言ったことは少しは本当だったらしいな。その挑戦受けてたとうじゃないか!」
「この行為に何か意味があるの?」
バルフとカイからこうすれば盛り上がるとだけ教えてもらったルラはセオルディの言ってる意味がいまいちわかっていない。だから目の前の答えを知ってそうな相手に聞いてみる。
「騎士が決闘を申し込むさいにやることだ。知らなかったとはいえ取り消しは受け付けん」
ルラはバっとバルフたちを振り返る。
「火に油そそぐようなことさせてどうするんですか!? ただでさえ乗り気じゃないのに!」
「リリヤが言い出したことにするよりも、自分から挑んだっていうことにしたほうが雰囲気的絵的にかっこいいじゃないか」
「勝っても得るものなんてないし、負けても失うものはない。気楽にいけ」
完全に楽しむことだけを考えている二人。声援があるだけましかなと自分を騙しセオルディに向き直る。
「得るものなしか、ならば条件を作れば気合が入るか。
ルラよ俺は前々から思っていたお前はリリヤの傍にいるのは相応しくないと。この勝負俺が勝ったらリリヤに近づくな!」
「何勝手なことを言ってますの! ルラ承諾する必要はありませんわ」
なにやら好都合という表情をしたセオルディの一方的な言葉にリリヤが文句を言う。ルラもそんな条件を受けるつもりはなかった。
「ようしわかった。その条件受けよう!」
ルラが断ろうとする前にバルフが承諾する。本人が承諾したわけではないから意味はないのだが、話は受けるという方面で進んでいく。バルフはルラとリリヤに睨まれていたが気にすることなく飄々としている。
「明かりの魔術を発動させて破裂させる。破裂したら対決の開始だ」
バルフの手に光の玉が浮かぶ。草原に冷たい風が吹き、草が揺れ、枯葉が舞う。ルラは愛用のナイフを両手に構え氣を体に巡らす。セオルディも剣を抜き片手に持つ。
光が破裂し辺りを白く染める。それは一瞬のことで、元の風景になる前にセオルディが動く。
「とうっ!」
駆けて距離を縮め掛け声とともに剣を真上から振り下ろす。剣速はリリヤ以上。それをルラは右に動いて避ける。ルラを追うように斜め上へと斬り上げる。屈んで避ける。再び上から振り下ろす。ルラはナイフを交差させて受けとめた。
ギリギリと音を立てナイフと剣は押し合う。力比べは氣を使っているぶんルラが優勢。
「以前のままならすぐに決着がついただろうに、塔に行ってるのは伊達じゃないってことかっ。楽な勝負だと思ってたんだがなっ。
ファイアボール!」
空いた手のひらから野球ボールほどの火の玉を飛ばしてくる。セオルディの手に火が現れた時点でルラは剣を弾いて下がっていたので避けることができた。
外れた火の玉は草原へと着弾、草を燃やし始めた。慌ててバルフが魔術で水を飛ばし消火する。その間も二人はぶつかりあっていた。
「あ、焦った〜。塔の草は燃えてもすぐ消えるからつい同じ感覚になっちまってたよ」
「塔にばっかり行ってるとこういう弊害が多そうだな」
「気をつけないとなぁ」
会話する二人に見向きもせずリリヤは対決を見守る。
「熱心に見てるなリリヤは」
「それだけルラが心配なんだろう。ところでこの勝負どちらが勝つと思う? バルフが授けた作戦があるぶんルラが有利か?」
こそこそ話していたときに手袋のことだけじゃなく何らかの対策も授けていたらしい。作戦という言葉にリリヤが反応し二人にちらりと目を向ける。
「作戦ってどんなものですの?」
目はルラに向けたまま話し掛ける。
「たいしたものじゃない。ずっと見てるリリヤならすぐにわかる」
「攻撃せずにずっと避け続けてますけどもしかしてあれが作戦?」
「避け続けるのは作戦の一部。空振りを続け体力が減り、当たらない焦りいらつきで隙ができ始めたらいっきに反撃する。これをルラに教えた」
リリヤが対決から目を離しバルフを見る。その目に浮かぶのは疑惑。
「どうしてそんなものを教えたんですの? 避け続けるなんて無理ですわ」
「無理じゃない」
対するバルフは自信に満ちている。
「現に避けつづけているだろ」
「そのうち体力が尽きるかもしれませんわ」
「相手の体力も減っているからイーブンだ。
それになんの考えもなく避け続けろなんて言ったわけじゃないんだ。
この半年ただぼうっと組んでいたわけじゃない。ルラを見てわかっていることがある。それは回避力の高さ。さらに詳しく言えば目の良さ、推測能力の高さ。よく見てどう動くか予測し避ける。
会って始めの頃は気の弱さとかがあって、よく見るということができていなかったがここ二、三ヶ月はできはじめていたんだ。だから回避を続けるっていう方法を教えた」
「そう言えばルラって傷を負うことが少ないな」
カイは言われて気づいたことを口に出す。リリヤも言われて気付く。目をルラに戻すといまだに避けている。
回避の高さには氣で体の動きを速めているということもある。だが目の良さ、推測の的確さには別の要因があった。
それは小さな頃からしょっちゅうリリヤに引きずられて行動を共にしてきたこと。初めて引きずられたときに骨折という事態になり、リリヤが泣いたため次からは泣かないようになるべく怪我をしないよう気をつけていた。引きずられている最中に先を見て障害を予測し避ける、これを何年も続けていたので自然と鍛えられていた。
ある意味連れまわしていたリリヤが今のルラを育てたと言ってもいい。
決着の時が来た。力みすぎで疲れたか握りの甘くなっていた剣を弾いて手から飛ばす。一本のナイフを喉に突きつけ、もう一本は魔術に対処できるように属性道具らしき道具をつけた腕を狙っていた。
「…………まいった」
ルラは降参の合図を出したセオルディから数m離れて座り込む。動きっぱなしだったせいか息は荒い、だが顔には勝てたという嬉しさとやっと終わったという安堵が現れている。逆にセオルディは狙いが外れ忌々しそうに歪んでいた。そのまま何も言わず、待機させていた馬車に乗り込み去っていった。
セオルディの目的はルラの排除とルグルド家と親交を持つことだった。将来バシオート家を磐石なものにするため有力な家とコネを持つ。リリヤに近づいたのはそのため。ルラを排除しようとしたのはルラがリリヤの近くにいると他の貴族に見向きせず都合が悪いため。
「勝ちましたわルラ!」
セオルディが去ってすぐにリリヤはルラの背に抱きつく。ルラの成長を証明できて笑顔になっている。この笑顔がルラにとってなによりの報酬だろう。
「勝ったなー」
「バルフお前驚いてないか?」
バルフの表情を見て冷や汗を流しているカイ。
「始まる前に氣を体に巡らす時間を稼ぐとか勝率は上げたが相手の力量がわからなかったからな。勝つかどうかは…」
「てっきり確実に勝てるから楽しんでいたんだとばかり思ってたが」
「未来はわからないから楽しいんだぞ?」
この言葉が喜んでいる二人に聞こえてなくて心底良かったと思うカイだった。
2006年07月19日
第9話
1
「「障害物レース?」」
ルラとリリヤが声を揃えて聞き返す。
装備を整えたり、アイテム購入のために休日に集った四人は昼食をとるため食堂にいた。食事を終えて腹ごなしの話題としてバルフが話を切り出した。それにルラとリリヤが反応したのだった。
「協会の掲示板に知らせがでていたな。それのことか?」
カイは先日知らせを見たことを思い出す。
カイナースが仲間に加わり一週間、始めは三人からカイナースと呼ばれていたが、本人がカイもしくはカインでいいと言ったため今ではそのどちらかで呼ばれている。
「それのことだ。たまにあるイベントの一つだな。それに息抜きを兼ねて参加してみないか」
「僕は参加してもいいと思う」
「私も反対はしませんわ」
「私も参加に反対するつもりはない」
三人の同意が得られてバルフは嬉しそうにする。それを見てカイが訝しげな表情をする。
「嬉しそうだな?」
「ん? まあな。優勝は無理だろうがそれでも上位入賞すれば賞金もしくは賞品が手に入るからな。手持ちの金が乏しくなっていたから、臨時収入が入るかもしれないのは嬉しいさ」
「上位入賞を狙うなら一人でいったほうが確実じゃありませんの?」
「三人以上のチーム対抗だから一人じゃ無理なんだ」
「明日のいつからとか詳しいルールとかを聞きたいんだけど」
「日程は明日の朝九時にスタート、上位10組がゴールして三時間経過するか午後七時になると終了だ」
さらにバルフは詳しいことを話していく。
決められた階層を早く突破すること。これが勝利条件。
コースには三種類あって、五階から十階までの初心者コース、二十階から二十五階までの中級者コース、五十階から五十五階までの上級者コース。大きな障害が三つ、協会が仕掛けた罠と塔自体にある罠を越えて、さらにはライバルの妨害を越えてゴールを目指す。各階の中継点でスタンプを押しゴールにある証拠を持って協会の特設ステージにまで持っていけば賞金をもらえる。10位まで決まっても証拠をもっていけば参加賞をくれる。
注意事項としては怪我死傷の責任は負わない。過剰なライバル阻止は禁止。各階に数人審査員がいるので過剰な妨害を発見された場合、即退場となりえる。
「こんなところだな」
事前に調べた情報を一通り話す。
「妨害ってどれくらいのものがあると思います?」
ルラは妨害があると聞いて不安そうな様子だ。
「もちろん死ぬようなものは禁止だな。魔術で固めたり、バリケードかわりになって仲間の時間稼ぎをしたり、罠をわざと発動させたりか。毎年賑やかにやってるが死人がでたとは聞かないから、そのへんは安心していい」
「毎年この時期になると賑やかだったが、このレースのおかげか」
「そうだろうな。建国祭ほど大騒ぎにはならないけど、協会がやってる賭けのおかげで人々の注目集めるからな。周辺の街や村からも賭けに参加しようと王都に集まってくる」
賭けにも何種類かあり、過去その全てを当て金貨にして121枚得た人もいる。
三つの塔九コースの中で一番早くゴールするものがでるのはどこか、その順番、脱落者のおおよその数などが賭けの対象となっている。
賞金よりも賭けで動くお金のほうが大きく協会としては賭けのほうが主流となっている。
数年前からバルフも賭けに参加していていた。結果は負け越している。今年も賭け券を買い参加していた。
2
いつもより多くの人が集まる王都。露店も多く、普段はでない出店もでて子供のみならず大人も楽しそうに笑いあっている。収穫祭、建国祭につぐ第三のお祭と言える規模だろう。名前をつけるとするなら賭けの大祭か。
人々は日頃の鬱憤をはらすがごとく騒いでいる。
「参加者はこちらに集まってくださ〜い!」
賑やかな協会前の広場に係員の大声が響く。そこには条件にあわず参加できないものがいるとしても数多くの冒険者が集っていた。
始まりをいまかいまかと待ちわびて衝突するものたち、ライバルになりそうなものをチェックいれるものたち、装備品やアイテムの確認をするものたちと様々な様子をみせる。
そんななかに四人はすでにいた。
「結構多いね参加する人」
ルラが回りを見ながら言う。視線の先に普段は見かけにくい異種族の冒険者をみつけ改めて参加者の多さに驚く。
「十位に入れば金貨1枚、一位になれば金貨十枚もしくは金貨十枚相当のアイテムだからな。一日で稼ぐにはおいしいすぎる競技だからな」
「あとは騒ぐのが好きだからという奴もいそうだな」
四人は適当に話しながら時間を潰す。ルラとリリヤの家族は応援に来ると言っていたがこの人の多さでは互いにみつけることなどできないだろう。
「「「そこの君たち!!」」」
三つの声が揃って聞こえてくる。人の多いところで細かい指定をせずに呼んでも誰を呼んだのかわからない。結果周囲の人たちがいっせいに声のいた方向を見た。
「「「なぜっいっせいに我らを見る? だがっちょうどいいっ。天高く地を走る我らの宣誓を聞け!
我らはここに優勝を宣言する! 去年の屈辱を晴らすべく特訓を積んだ我らの力、あますことなく思い知るがいい。優勝は我らセッツパータ三兄弟のものだ! はっはっはっはっはっはー!!」」」
同じ顔をして同じ鎧を着た三人の男が声よ響けと大声で宣言する。目立つ三人に観客は声援をおくる。対して参加者たちはバカを見るような目で見たり、感心したり、要注意人物として観察したりと様々な反応をみせた。
「ああいった者たちもでるのか」
「本当にいろんなひとたちが集まりましたわね」
「毎年いるんですよ。ああいう芸人根性の入った人たちは。まあ気にしないでいいと思いますよ」
三兄弟を見ていたリリヤとカイに通りすがりの参加者が解説してくれる。
盛り上がりを見せた広場に銅鑼の音が響く。
「は〜い。参加者の皆さん〜説明を始めますのでぇ静かにしてくださ〜い」
銅鑼の近くに立っている女性係員が説明を始める。バルフが話したことと内容は変わらない。追加はゴールの証明をこの広場に作られた特別受付に持ってこいというもの。
「ルール確認は終えましたか〜? それでは開始のカウントダウンを始めたいと思いますぅ。カウント0になったら皆さんスタートしてくださいね〜?
それでは30〜29〜……」
のんびりとカウントが始まる。係員の喋り方のおかげで多くの参加者が緊張感を削がれている。それでもカウントが0に近づくにつれ、テンションが上がっていく。
カウント0になり皆が動き出した。そして先頭を走っていた冒険者たちがこけた。協会前にピーンとはられたロープに足を引っ掛けたのだ。カウントが始まる前までなかったロープで低い位置にはられていて、地面と同じ色に塗られていたので気付けなかった。
「今年はぁ罠作製係が引退するので例年以上にはりきっています〜。のでぇ塔に入る前から罠が仕掛けられてられてますからお気をつけ下さい〜」
そういうことは説明してるときに言っとけよ! と参加者の心が一つになる。それでも参加者は止まらずに先頭だったものたちを踏みつけ進む。この時点で脱落者がすでに三名。より多くの脱落者を出すことを命題にしていた罠師は脱落者の少なさに悔しがったという。
「塔に入る前から気を抜けませんわね」
「そうだね。あっまた引っ掛かったみたいだよ」
四人から離れた場所で白い煙が上がる。今度の罠は小麦粉がつめられたボールが飛んでくるともいうものだった。
「人が多くて気を配りにくいが注意はしとけよ」
四人の目に移送陣が見えてくる。すでに多くの参加者が移送陣に飛び込んでいる。
「俺たちがいくのはグラスロウの中級者コース。二十階だからな、間違えるなよ」
3
塔の内部ではいつもより多くの冒険者とすれ違う。地図を持っていても中継点の位置がわからないのであちこちと探し回らなければいけない。時々あっちで見た、いやこっちだなどと聞こえてくるが情報の混乱に拍車をかけるだけなので結局は自力で探したほうが早い。
レース中と言っても魔物はでるので戦闘も起こっている。その近くで罠を発動させさらに戦闘を長引かせようとするものがいたり、小細工をしかけようとして巻き込まれたりと普段は見られない様相があちこちで起こっている。
「今のところは順調だな。このまま行けたらいいな」
「そうですね。何事もなければ、いいとこまで行けるかもしれない」
「賞金が入ったら何か買うものあるか?」
「ん〜…軽くて丈夫な足用の防具が欲しいかな、それか状態異常回復の道具」
「私たちは状態異常の回復ができないからそれもいいな」
「カイさんは何か買うものあります?」
「私は鎧を新調したいな」
近くで行われている戦闘を横目にカイとルラが話している。急ぐはずの状況でそんなことをしてるのは罠のせいだった。不注意でリリヤが罠に引っ掛かったのだ。罠に気付いたバルフが警告を発する前に発動しリリヤを捕らえた。金縛り系の罠で今バルフが解除している。
「解けた」
「お疲れ様です。リリ大丈夫?」
動き出したリリに異常はないか聞いてみる。
「大丈夫ですわ。どこも変なところはありません。先を急ぎましょう」
中継点を見つけ次の階に進んだところで第一の障害が現れた。
大部屋の中に色とりどりの鶏が放し飼いにされている。参加者たちが鶏を追っかけて捕まえようとしているのも見える。
部屋の出口に係員がいて何らかの条件を突破したものだけが通されている。
入り口に条件の書かれた看板が立っている。
「青+赤と赤+白と緑−黄と灰−白の中から二種類選び持ってこい、ですか。つまり紫とピンクと青と黒色の鶏を係員の所まで持っていけばということですわね」
「だろうな。早速捕まえるとするか」
四人が動き出した数分後に大声が聞こえてくる。
「「「我ら参上!!!」」」
セッツパータ三兄弟だった。
「あいつらも同じコースだったのか」
「よそ見してないで手を動かす。ほらそっちに青がいるぞ」
声に反応し思わず三兄弟を見たバルフにカイが指示を出す。
「「「これしきの障害で我らの行く手を阻むことなどできぬわ!」」」
看板を見た三兄弟の中の一人がバックを漁り何かを取り出す。
「こんなこともあろうかと鶏の餌を持ってきていたのだ!」
「「さすが兄者! その先見の明、尊敬に値する!」」
「あいつどんなことを予想して鶏の餌なんか持ってきたんだろうな?」
騒がしい三兄弟に対してどこからか呟きが聞こえてきた。それに気付いたものはその呟きに同意する。
「「「餌をばら撒き鶏を我らが手に!」」」
呟きが聞こえてないのか気にしてないのか餌をばら撒く。
自由に動いていた鶏たちが餌に反応し、いっせいに三兄弟のほうを向く。その眼光は鋭く、鍛えられた体は餌を確保するため静かに時を待つ。特殊な鶏を選んだのか、ここにいる鶏たちはそこらの鶏を越えていた。鶏がいっせいに鳴き動く。地面に落ちている餌だけでは物足りないか、三兄弟のもつ餌にまで殺到する。
「「「ぬおっ! ええいっ鶏どもめ遠慮というものを知らぬのか! だが我らは負けんぞ!」」」
鶏の塊から三兄弟の声が聞こえてくる。振り払おうとする三兄弟に餌を食べる邪魔をされたと思った鶏たちが応戦する。たちまち三兄弟対鶏連隊という戦いが勃発する。
鶏たちが一箇所に集中したおかげで他の参加者たちは楽に鶏を捕まえることができた。
四人は進む。普段よりも多い罠や他の参加者の妨害にげんなりしつつも第二障害に到着。
部屋の中にさらについたてを作り三つのコースを作っている。三つの入り口は魔術で見えないようにしている。
ここも看板に説明がされていた。三つのコースはどれも出口に繋がっている。ただし二つのコースは障害があって進みにくくされているとのことだった。
コースの中から先に入ったものたちの声が聞こえてくるが反響と関係でどこから聞こえてくるかはわからない。
「どれに進みましょうか?」
「そう言われてもな…判断材料がないから完璧に勘で選ぶしかないぞ」
「カイの言うとおり、というわけで真ん中でいいんじゃね?」
反対するものはおらずバルフの意見に従い真ん中へ入る。見えた光景は冒険者ほいほい?ってな感じだった。
粘着性の床に10人以上の参加者がくっついている。ほとんどのものが焦げていた。
その時、四人の背後から聞きなれた声が聞こえてきた。
「「「我ら参上!!」」」
「またあの人たち。もう追いついたんだ。あの人たちどこか部屋に入るたびに掛け声かけてるのかな」
「バカっぽそうだからそうかもしれんな。まあ、あいつらのことなんかほっといて、こっちはどうしようかね」
「他の奴らはどうやっていったのか。聞いてみて答えてくれるだろうか」
「聞いてみますわ」
そう言ってリリヤは近くの参加者に近づいていく。
「お聞きしたいことがあるのですがよろいしいですか?」
「ああ、いいぜ」
くっついている参加者はリリヤを見上げる。他のくっついている参加者もリリヤを見ている。
「他の方々はどうやって突破していったかご存知ですか? よろしければ教えてもらえません?」
「色々だな。魔術で飛んだり、力ずくで歩いていったり、無効化したりだ」
「ありがとうございます。よろしければもう一つ二ついいですか?」
「かまわないが」
「どうして皆さん焦げてらっしゃるんですの」
「ああ、それか。互いに邪魔した結果だな。魔術が飛び交ってダウンしてくっついた」
「最後に素直に話をしてくれたのはどうしてですの?」
その質問に答えていた参加者だけでなくほかの参加者もニヤニヤ笑っている。リリヤは相手がなぜ笑っているのかわからず不思議そうな顔だ。
「それは報酬をもらっているからだな」
「嬢ちゃんもうちょっと色気のある下着をつけたほうがいいぜ。彼氏もそのほうが喜ぶだろ」
「?………っ!!」
その言葉の意味するところ、相手の視線のありかに気付く。バっとスカートを押さえ顔を紅くし勢いよく下がる。
顔は紅いままキッと睨む。ポシェットから何かを取り出し、魔術を使う準備をする。
「異界の赤、呼びて応える息吹、遥かな「待て待て待て!」…!?」
通常の魔術とはどこか違う手順を踏むリリヤを口を塞いで止めるバルフ。
「なぜ止めますの!? 辱めをうけたままでは我慢できませんわ!」
いまだ顔を紅くしたままバルフを睨む。ルラも睨んでいて、カイは苦笑していた。
「気持ちはわからんでもないが失格になるから」
「でもっ!」
「かわりに懲らしめるような案をだすからそれで我慢してくれ」
「…どんなものですの?」
ルラとカイも呼んで考えた方法を話す。小さな声で話された方法を聞いてリリヤは渋々魔術の使用を諦める。
リリヤはルラにカイはバルフにおぶさる。ルラとバルフは背負ったまま走り出す。背負ったハンデなど感じさせない走りのまま床にくっついている参加者を踏み台にして飛ぶ。着地場所もくっついた参加者の上だ。三段跳びの要領で踏みつけ見事クリアした。
ためらいそうなルラは容赦なく踏みつけ飛んでいた。怒っていたのはルラも同じなので遠慮などしなかった。
ここにも係員はいるが何も言ってこないところをみるとOKらしい。踏まれた奴らは二人分の体重がきつかったようでピクピクと痙攣している。
ルラとバルフが軽快に動くことができたのは氣を使い全身、特に足を強化したため。ルラは鍛錬の成果が表れ始めていた。
四人が部屋を出ようとしたとき三兄弟の声が聞こえてきた。
「「「熱っ! 羽毛が燃えてさらに! 今度は冷たっ! というか痛い!?」」」
「兄者! 今度は何か用意しているものはないのか!?」
「すまぬっ。ない! 耐えてくれ弟たちよ!」
「「こうなったら最終手段っ! 使いたくなかったがっ。兄者バリアーっ!!」」
「ぬおー!! 弟たちよ何をする! 熱っ冷たっ。こ、これを耐えるのも家族のためならば兄として耐えてみせよう、我が誇りにかけてっ!」
兄限定で熱い展開が広げられているようだ。これぞ麗しの兄弟愛などと聞こえてきたが、もう聞こえないふりをして進む。
順調に中継点をみつけ、そんなに罠に引っ掛かることもなく進む。通路や部屋には先行していた人たちが罠に引っ掛かったり、相打ちなどで倒れ伏していた。よく見てみると協会の用意した罠に倒れた人が多い。引退で気合が入っているというのは本当らしかった。
第三の障害に辿り着き突破したとき、ルラが何かを探っている様子を見せる。
「何を探してますの?」
「これまでだったら三兄弟の大声が聞こえてくるんだけどなぁって思って」
「静寂は寂しいですけど、あそこまで騒がしいのは迷惑ですからいないほうがいいですわ。気にしないで進みますわよ」
「うん」
もとよりたいして気にしていなかったルラはあっさりと頷き歩き出す。
ゴールの証明を手に入れた四人は塔を脱出する。協会入り口までもう少しというところで先行していた参加者が入り口で何かを踏む。煙が頭上から彼らに降りかかり数歩進んで倒れ伏す。眠ったようだ。
「あんなところにも罠を仕掛けてやがるのか。あいつらが踏まなかったら気付けなかったかもしれんな」
「バルフ、お前でもか?」
塔内部で楽々と罠解除をしているバルフを見ているのでカイは不思議そうに聞く。
「ゴールが近いとそれに集中して、周囲の気配を探ることを疎かにしちまう。もう少しでゴールっていう油断をついた心理トラップみたいだな」
「ああ〜確かにゴールのことしか考えてなかったな」
他の参加者もそうなのだろう入り口をでると端に睡眠中の参加者が何人も寄せられていた。
あの罠を見たせいで最後まで気を抜くことがなかった四人だが罠はあれで最後だったので無事にゴールできた。
順位は六位だった。大きなボードにレースの結果が次々と書き込まれていく。その中にルラは見つけた。自分たちよりも後だと思っていた三兄弟が四位に入っていることを。
「「「次回こそは優勝してやる! 今日から特訓だっ!!」」」
「今日からかよっ!!」
夕暮れ空の下、三兄弟の宣言を聞いた参加者の叫びが広場に響いた。
賞金は金貨四枚。バルフ以外は金貨一枚の収入でバルフは賭けを外し大銀貨五十枚にまで減った。
ちなみに賭けに参加していたフォルンとウォックスが優勝賞金よりも多い金貨を稼いでいたのを四人は知らない。
2006年07月08日
第8話
1
ルラが強くなろうと決意した次の日。さっそくフォルンに強くなるための訓練を頼み込む。自ら進んで強くなろうとする息子に驚いたフォルンは理由を聞く。ルラは昨日あったことを全て話した。
フォルンはルラを抱き寄せてガシガシと頭をなでる。
「ルラ泣いてないだろ? 泣いてもいいんだ、悔し涙は流しておいたほうがいいんだよ」
この言葉につられるようにルラは泣く。息子が悔し涙を流せるようにまで成長したことをフォルンは喜ぶ。旦那にも教えておこうと誓い、泣き止むまで抱いておく。
ルラが泣き止んだを見て、話を続ける。
「それで強くなる方法だっけ?」
「うん」
「そうだね、戦闘に関しては今まで教えてきたことを反復してあとは経験を多く積むことだね。
精神的なものを鍛えるのはルラ自身でやるしかない」
「それだけ? もっと詳しくなんかないの? 戦闘の心得とか」
泣いて腫らした目に不満を滲ませ聞いてくる。
「そうはいってもね………慌てず落ち着いて相手を全体をよく見る。相手がどう動くか予測し、こちらも動く。これができれば今までよりはましになるんじゃないかと思うわ」
フォルンはとりあえずルラができてなさそうなことを言ってみる。実際ルラはそれらのことができていないので、できるようになればより戦闘を巧みにこなせるだろう。
戦闘に慌てたり怖がったりしていたルラができるようになるには精神的に余裕を持つしかない。逆に言えばできるようになったら精神的な成長をしたと言える。
「ああ、それとナイフは斬るよりも突くほうにむいてる武器だからそういったことも意識して鍛錬してみるのもいいじゃない?
ほかには…氣の扱い方を訓練すること」
ルラは現在Lv32。Lv20のときに氣を取得しているので扱える。これはLvアップ時に何を取るかフォルンに相談したときに氣の取得を勧められたので取ったのだ。今まではあまり上手く扱えなかったので忘れがちだった。
ちなみにリリヤも同じLv32でバルフはLv56。
「氣の扱い方って言っても上手く扱えないんだけど」
「最初は誰だってそうだよ。何度も使って慣れるしかないさね。まあ私も使えるから手本を見せるくらいならできるよ」
早速、ルラはフォルンの指示のもと氣の訓練を始める。
訓練内容は氣を体のどこかに集中、次に別の場所に集中さらにまた別の場所といったふうなもの。これによって氣そのものと氣の流れを明確に感じさせる。ついでに氣の操作も上達させる。
1時間ばかり続けたあとは氣の総量を増やす訓練。氣の量はクラスタイプ選択時に氣を取得するたび増えていくが、訓練でも少しづつ増やすことができる。方法は簡単で今ある氣を全て使い果す。限界を超えても続けることで回復時に総量が少しだけ多く回復する。回復はゆっくりと時間をかけて行われるため一度氣の量を増やす訓練をすると氣の訓練自体、次の日までできない。
「………つ、疲れた」
「1時間くらい寝転んでいれば動けるようになるよ。そしたら体術の訓練だからね。
ルラ、決意するのは誰にでもできる。その想いを持ち続けるのが難しいんだよ。強くなりたいのなら途中で放り出さずにこれから毎日鍛錬を続けなさい。(お前はそれができる子だって母さん信じてるからね)」
疲れ果て地面に寝ているルラにフォルンは言い放つ。声には出さず頷くだけの返事をしたあとは目を閉じて寝る。
氣イコール体力というわけではない。それでも体力も使うので疲れるのは当然だった。
一時間後熟睡していたルラは起こされて訓練が再開される。氣はからっぽだが体力はほどほどに回復していて訓練に支障はなかった。
ルラの訓練中、リリヤは自宅で大事をとって療養中だった。ルラがウォックスに事情を話して屋敷からでないように頼んだので暇でも街に出ることも剣の鍛錬をすることもできない。
あまりに暇なので書斎に入り、面白そうな本でもないかと本棚を見ていた。
「経営学…貿易論…簿記…ドッド地方地図…名産品目録…この棚には面白そうな本はなさそうですわね。あちらのミステリーと言語学はいまいち興味がわきませんでしたし。あの鍵付きの棚も見てみましょうか」
鍵付きの本棚の前にたちヘアピンで鍵を開ける。ピッキングの技術は懐いていたメイドに教えてもらった。そのメイドは今もこの屋敷に勤めている。メイドが言うには乙女のたしなみの一つだそうだ。
背表紙にタイトルが書かれていない本を手に取り表紙を見る。そこに書かれていたのは「魔達術」という文字だった。
記憶にない言葉に興味をもったリリヤはその本を持って自室に戻っていく。
一番最初のページには『魔法へと到達する魔術。リルグラーツの示した可能性を実現させることこそ我が望み』と書かれていた。
2
ルラとリリヤがそれぞれの方法で休暇を過ごしていたときバルフは塔にいた。スタフにリベンジのため呼び出されたではなく、生活費を稼ぐためアイテム収集の依頼をうけて塔に入ったのだった。
三十階で目的のカテラの蜜を順調に集めていると一人の女性が駆け込んでくる。体のいたるところに傷を負い、息もきれて今にもその場に倒れこみそうだ。女性が入って来た通路からはいくつもの物音が聞こえる。
「す、すまないがっ助けてもらえないだろうか? 今のっ私では対処しきれない数の魔物に囲まれてこの有様なんだっ」
苦しそうに途切れながら女性は助けを求めてくる。
バルフの頭に昨日のことが浮かぶ。この女性も暗殺者かその関係者かもしれないという疑念。こちらの信用信頼を得るために命がけの演技くらいやるということをバルフは知っている。
しかしあの傷では不意打ちなどの動きは鈍るだろうと判断し、とりあえず助けることにする。
「わかった。部屋の端で寝てろ」
「一人でどうにかできる数じゃないぞ!?」
「その傷じゃ足手まといだ。そのくらいわかってるだろ。それともなにか盾にでもなるつもりか? 助かりたいんだろ、それなら言うこと聞いておけ」
「…わかった、言うことは聞く、そのかわり助けてもらった礼は後で必ずさせてもらう」
「素直に応援してくれよ」
バルフに応えず指示されたとおり部屋の隅に行って座り込む。バルフはその様子を見ることはできなかった。すでに魔物が部屋に入ってきだして戦い始めていたから。
血の匂いにつられてきたのか気配で弱っている者がいると察知したのか、数種類の魔物十匹以上が部屋に入ってこようとしている。
一人でこの数に襲われてもたいした手間をかけずに切り抜けることができるバルフも、庇う者がいる今回のハンデ戦はきついらしく普段はかわせる攻撃に当たったりしてダメージを負う。それになぜか魔物たちは興奮していて、いつもより攻撃性が増している。少しおかしく思いつつ、それでも持つ武器を全て使い戦っていく。
戦闘の始めでは鞭を素早くふるい魔物を近付けさせない戦い方をして、鞭の範囲を避けて女に向う魔物には投げナイフが飛ぶ。ナイフは胴体に当てずに足を狙う。両足に数本のナイフを生やした魔物はその場から動けず戦闘の最後にバルフによってとどめをさされた。
動けない魔物やダメージを負った魔物が増えると鞭をしまい、残りの投げナイフを全て投げる。あとはカトラスを持って魔物の群に飛び込んでいった。
動き回る14匹を切り伏せたあと、動けない4匹を倒してようやく戦闘は終わった。
戦闘中は無表情だったバルフの顔に表情が戻る。3分ほどアイテムを拾いながら警戒を続けた。とりあえずは安全だと判断してその場に座り込み、そのまま寝転んだ。
「あの数を…あなたは、強いな」
バルフが戦っている間に傷薬で治せる傷は治して、少しは楽になった女性が話し掛けてくる。
「私はカイナース・コルノアというんだ。あなたは?」
「バルフだ」
「バルフ、ありがとう助かった」
座ったままぺこりと頭を下げ礼を言う。バルフは寝転んだまま上を向いているので礼をしても見えない、それをわかっていても気持ちと礼儀の問題としてカイナースは頭をさげた。
「どーいたしまして、さすがに18匹相手にするとは思ってなかったがな。投げナイフ全部使っちまった」
「私が囲まれたときは7匹だったんだ。それが2倍以上になってるとは思いもしなかった」
「囲まれる前に逃げようとか思わなかったのか?」
「思ったさ、いつもなら逃げてる。でも今日はなんか体が重くて動きづらかった。塔に入ったときはそんなことなかったんだけど」
「ふーん」
息を整えたバルフは立ち上がる。今日はもう帰ろうと決め、移送陣の位置を思い出す。
「俺は帰るけどそちらはどうするんだ?」
「私も帰ることにする」
そういって立ち上がろうとするカイナースだがチョコチョコ動くだけで立ち上がれない。動くのをやめて恥ずかしそうに顔を紅く染めバルフを見る。
「…たびたび世話をかけるんだがいいだろうか?」
「言わなくてもわかる。おんぶは…無理だからだっこか。俺も疲れてるんだがなぁ」
「すまない」
カイナースに近づき抱き上げる。
カイナースの容姿は中世的で栗毛色の髪を後ろで団子にしてまとめている。背も高いほうでルラよりも高い。胸があるので男と間違えることはないが、さらしで胸を押さえ男装すれば男にも見える。
今の状況を遠くから見ると男が男をお姫様だっこしているようにも見える。そういったことに二人とも気づかずに移送陣からでて、医務室まで歩いていった。
だっこしたときにバルフはカイナースの右肩に小さな針が刺さっているのに気付く。ばれないように針を抜いてポケットにしまう。
カイナースを医者に診断してもらったところ右足と左腕の骨にひびが入っていた。治癒魔術を使いひびと完全に回復できていない傷を治してもらう。念のために今日明日は激しい運動は控えるように言われて医務室をでた。
「ああっそうだ」
バルフは突然呟きポケットを漁る。この呟きはどこかわざとらしかったがカイナースは気付かない。小さい飴玉を取り出して渡す。
「これをなめとけ」
「これは飴…? ただの飴か?」
渡された飴を手のひらに乗せて見る。なぜ渡されたのかわからない様子。
「解毒剤だ。怪我してただろ、そのときに毒が体に入っていたかもしれないからな。念のためだ」
「ありがとう」
礼を言ってから口に入れる。
バルフが解毒剤を渡したのは肩に刺さっていた毒針の毒を消すため。カイナースの話を聞いて、刺さっていた針を見て弛緩剤が使われたとバルフは推測した。
バルフの頭の中でカイナースが暗殺者だという可能性は低くなっている。弛緩剤で弱ったところを興奮させた多くの魔物に襲わせる。こんな自らが死ぬ可能性のある芝居をうつような真似はしないだろうと考えたからだ。暗殺者たちは命はかけるが、助かる手段を準備しておいて演技をする。
今は捨て駒として利用されたか、カイナース自身が狙われたかといった考えになっている。それでも暗殺者だという可能性は捨てていない。
後で針を調べたところ推測どおり弛緩剤が塗られていた。
「俺はこれから依頼の品を持っていくからここでお別れだ。じゃあな」
別れを告げカイナースのことを調べようと、いきつけの情報屋に向おうとする。
「待ってくれないか」
「まだ何かあるのか?」
数歩歩いたところで止められる。振り返り何の用事か聞く。
「組んでほしいんだ」
「組む? 一緒に探索しようってことなのか?」
カイナースは頷く。
「今日みたいなことがまた起きたら今度は助かるかわからないし、一人の探索よりは二人のほうがいいと思った。それにあなたみたいに強い人なら頼もしい」
「…急に言われてもな。それに俺は悪い奴かもしれないんだぞ? そう簡単に決めるようなことじゃない」
「あなたが悪い人なら私を助けずに見捨てただろう、それに毒の心配なんかもしないはずだ。
それだけでも私は安心して共に入れると思ったんだ」
「……一日考えさせてくれ。返事は明日の朝する。場所は協会内喫茶店前で待ち合わせ、それでいいか?」
「ああ。いい返事を待っている」
カイナースは柔らかな笑顔を残してさっそうと去っていった。
バルフは頭を一回掻いて用事をすませるため動き出す。
すでにルラたちと組んでいることを言わなかったのは忘れていた…のではなく、カイナースが暗殺者と仮定し情報を渡さないでおこうと考えていたから。
3
依頼の品を協会の窓口に届け、経験値をもらい、アイテムをカフィルのところで売ったバルフは宿には帰らず酒場にいた。
マスターと天気の話をしてワインを頼み、大銀貨を一枚カウンターに置く。チラリと見えた小銭入れの中にはワイン一杯分をきっちり払える銀貨が入っていた。
マスターはカウンターに置かれた大銀貨を見てポケットから一枚のカードを取り出す。何が書かれているか見えないように伏せてカウンターに置かれたカードをバルフは手に取り酒場をでる。そのまま酒場の裏に回り、地下への階段を下りる。進んだ先にある扉をノックして小窓にカードを入れる。
扉が開き女がバルフを出迎える。
「いらっしゃいってバルフじゃない、戻って来たの?」
「久しぶり。今日は客として来たってわかってるだろ。ギルド員なら専用のカードを使うんだし」
「言ってみただけじゃない。あなたが抜けたことで情報部は忙しくなったんだからこれくらいは言ってもいいでしょ」
「俺は悪くないぞ」
「そうね。腕利きが一人抜けただけなのに忙しくなるんだから、多くの人が怠けてたんでしょうね」
「怠けられるほど楽な仕事じゃないはずなんだが。まあいいや商売してくれ」
「了〜解」
入り口で話していた二人は奥へと入っていく。教室くらいの大きさの部屋につく。ついたてのある机数個と書類の並んだ棚、さらに奥へと続く扉が二つある。中には客が二人と職員が一人いた。
「お客様一名ごあんな〜い。知りたいことを机の上の用紙に書いて職員に提出してください。内容は大雑把に書くよりも細かく書いたほうが職員に喜ばれま〜す」
「知ってるよ」
「商売してくれといったのはバルフでしょう?」
即座に言い返される。そうだったなと一言言い残して机に向う。
つらつらと知りたいことを用紙に書いていく。ここに来るまでに頭の中でまとめておいたのでつまることなく書き上げる。
用紙を職員に提出しするとさっきの女に案内されてさらに奥へと進む。
「この部屋で待ってて」
いくつもある小部屋の一つに通され、30分ほど待つ。扉が開き書類を持った男が入ってくる。
バルフはその男に見覚えがあった。
「師匠!」
「約二ヶ月ぶりか。カセリーが連絡をくれたんだよ。バルフが来たってな」
カセリーとは入り口にいた女のこと。情報を集めるのと同時に連絡を入れたらしい。
「元気だったか師匠?」
「二ヶ月で体を壊すような生活はしてないさ。積もる話はあとだ。情報を話すぞ」
「ああ」
「まずはカイナース・コルノアという女についてだ。生まれはコルノア子爵家。両親と弟がいる。コルノア家は先代王の王妃をだした家だな。貴族としての地位は高くないが先代王妃を通して意見を言えるため発言力は思いのほか大きい。
家は盗賊ギルドとの関係が少しはあるが、カイナース自身の繋がりはない。だから暗殺者という可能性は限りなく低いな。これで暗殺者というのならスカウトしたいくらいの情報操作力だ。
命を狙われる理由はどこぞの派閥に協力するなという両親に対する脅迫だろう。始めに近親を殺して本気だと示す」
「また貴族かよ」
思わず出た感想が三度知り合った貴族に対してだった。
「またとは?」
「この二ヶ月で三人の貴族と知り合いになった。うち一人は探索の仲間で、もう一人は組まないかって誘われてる」
「それは…縁があったんだな」
「始めはコネとして使えると思ってたんだけどなぁ。っていうか貴族の娘は塔探索に行かなくちゃいけないっていうきまりでもあるのか?」
もちろんそんなきまりはない。だが知り合ったところが塔や協会ではそう思うのも仕方ないと言える。探索にでる貴族などそう多くはない。その多くない人たちと知り合ってるのだから本当に縁があるのかもしれない。
「俺はそんなきまりは知らんな。
次の情報はルラという少年が殺される原因だ。これはリリヤというルグルド家の娘と婚約したことが原因だな。リリヤと他の貴族との政略結婚を望んでいる者たちが依頼したものだ。ルラと結婚されては計画が達成できないし、早く結婚させて勢力を強化したいといった思惑があるらしい。
カイナースとルラ両方とも王交代に関わりがあるとみていいだろう」
それを聞いてバルフは嫌な顔をする。
「厄介ごとに関わっちまった」
「手を引くならさっさとしたほうがいいぞ」
「そうだなぁ長くは面倒見ないって言ってあるし、でも少し情が湧いてきてるんだよなぁ」
頭を抱えるバルフを見て師匠は表情を和らげる。
「お前らしいな。困ってる仲間がいたら文句を言いつつも手を貸す。
忠告しておいてやる。貴族と真正面からやりあうな。向こうの方が力は上だ。ぶつかれば絶対負ける」
「肝に銘じとく」
「そうしといたほうがいい」
口止めこみの情報料を払い情報収集は終わりにして、日常会話に移る。途中から休憩に入ったカセリーも交えて1時間ばかり話し込む。
日が暮れて少したった頃、バルフは宿へ帰る。
次の日、カイナースをルラとリリヤに紹介するバルフが見られた。