2008年06月
2008年06月27日
2008年06月25日
東方SS 子猫と
「いい天気ですね〜」
梅雨が明け、気持ちのいい青空が見える。
夏はすぐそこだとわかり、人々の心境は鬱々とした気分から上向きになっている。
それはまぶしそうに空を見上げる紅魔館門番の美鈴も同じ気持ちだ。
雨にうたれながらの仕事より、今のような晴れのほうが気分がいいのはよくわかる。
「外でお弁当を食べるときは、やっぱり晴れているのが一番です」
そう言った美鈴は門の横にシートを敷いて、正座を崩した状態で座っている。
手には門番隊に配られるお弁当。ちょっとしたピクニック気分で楽しくご飯を食べている。
近くで美鈴の部下たちも楽しそうに話しながらご飯を食べている。やはり美鈴と同じようにピクニック気分なのだろう。
「にぃー」
「おや? 珍しいお客様ですね?」
ご飯を食べる美鈴のそばに子猫が近寄ってきた。
子猫の視線が弁当に向いていることに気付いた美鈴は、
「食べる?」
「にぃー」
魚の切り身をほぐし手にのせ子猫に聞く。
子猫は一声鳴いて魚にかじりつく。綺麗に食べた子猫は名残惜しそうに美鈴の手のひらをなめる。
美鈴はくすぐったそうに笑い、もう少しだけねとほぐした魚を手のひらにのせる。
それも食べた子猫は満足したのか一声鳴いて、美鈴の太ももにのって丸まってしまった。
お腹が膨れたので、次は睡眠欲を満足させたくなったらしい。
「ちょっと困りましたね。
これじゃ動けません」
「隊長〜いいなぁ〜」
可愛い子猫の寝姿に部下たちが騒ぐ。
「起きるから静かにね?」
人差し指を唇に当てて、部下たちを静かにさせる。
それに部下たちも頷いて、子猫を触ることなく静かに見るだけにとどめた。
休憩時間が終っても子猫は起きることなく眠り続ける。
仕事に戻りたいけど、起こすのもかわいそうだと困る美鈴に部下たちが、子猫が起きるまでそのままいてくださいと頼む。
隊長のぶんまで頑張りますからという部下たちに甘え、美鈴はそのままでいることにした。
一時間もすれば起きるだろうと思っていたからだが、一時間経つ前に魔理沙がやってきた。
あまりに気持ちよさそうに眠る子猫につられるように美鈴もうとうとしていたとき、弾幕で起きた振動と魔理沙の気配を察して起きる。
いつものように門番隊を蹴散らして、美鈴も蹴散らそうとする魔理沙に、美鈴は近くにあった小石を投げた。
「あたっ!?」
弾幕ならばすいすいと避ける魔理沙だが、攻撃の意思が少ない投石だとかってが違うのか簡単に当たる。
その様子にいつもこうだと簡単なんですけど、などと思いながら話しかける。
「この子が起きるので静かにしてください」
「この子? ……どうしたんだその猫?」
「ふらっとやってきて寝てるだけですよ」
「そっか。寝てるところを起こすのは悪いな。静かに通ることにするぜ」
「いつも静かに通ってくださいよ。
そしたら怪我もなくて、門の修繕費もかからずにすむのに」
できたらなーと言って魔理沙は紅魔館に入っていく。
はぁーと溜息をついて、次からはまた門は壊れるのだろうと、美鈴は簡単に予想できてしまった。その予想は半分だけ当たる。
子猫は予想通り、一時間もすると起きた。
美鈴の膝から降りぐっとのびをして離れていく。
少し離れた位置から振り返り、紅魔館から離れていった。
美鈴はもうこないんだろうと思っていたが、次の日もその次の日も子猫は紅魔館に来て、ほぼ毎日来るようになった。
美鈴から、たまに部下たちからご飯をわけてもらい、美鈴の太ももにのって眠る。そして一時間して帰っていく。
紅魔館にくることが気に入ったようだ。
魔理沙も美鈴が座り込んでいる日は、静かに門を通るようになる。
見た目さぼっているように見えるので、咲夜がお仕置きしていると思われるかもしれないが、お仕置きはなかった。
なぜなら魔理沙が門に被害を出さずに通るので、修繕費が減ったからだ。わりとばかにならない額になっていたので、それを減らす原因となった子猫を可愛がることについては言及しない。
レミリアが屋敷に入れないかぎりはほおっておいていいと助言したことも、お仕置きとならなかった要因の一つだろう。
「にぃ」
「気持ちいい?」
相変わらず美鈴の太ももにのり、くつろぐ子猫。その子猫を美鈴が撫でる。
子猫の首には紅いリボンが巻かれている。美鈴の髪の色と同じ色のリボン。
なぜ懐いてくれるのか理由はわからないけれど懐かれて悪い気はせず、むしろ嬉しくてプレゼントしたものだ。
ご飯は部下たちからももらうが、くつろぐことは美鈴のそばでしかしない。
一度部下たちが、自分たちの足にのせてみようとしたがある。大人しく捕まって足にのったが、すぐに下りて美鈴のそばにいってしまった。
部下たちは、あの子猫巨乳属性なのかもしれないと、囁き合っていた。
「めーりんっ」
「フランドール様? こんな時間に外に出てくるなんて珍しいですね」
呼ばれて振り向くと日傘を差したフランドールが立っていた。
「早めに寝たら、早くに目が覚めちゃった」
「そうでしたか」
「ところでめーりん。それなに?」
フランドールは寝ている子猫を指差す。
「猫ですよ?」
「猫? それが猫なんだ」
「フランドール様は見たことなかったのですか?」
「うん。パチュリーにそういうのがいるって聞いたことはあったけど、それだけ。
へーこれが猫」
興味深そうにじっと猫を見る。
「ね、触ってもいい?」
「どうなんでしょう? 寝ていますから。
まあ、ちょっとぐらいならいいと思います」
手を伸ばし毛に触れる。
「さらさらで温かいや。
ぬいぐるみと違った感触」
「生きてますから」
「わっ」
撫でられて起きた子猫がフランドールの手をなめた。それに驚いたのだ。
何度かフランドールの手をなめた子猫は視線を上げ、フランドールを見る。
何を考えているのかわからない灰色の目で、飽きることなくじっと見る。
やがてなにかに納得したのか、はたまたただの気まぐれか、子猫は美鈴の足から下りてフランドールに擦り寄る。
「えっえっ?」
「おやまあ」
「え? めーりん! どうしたらいいの!?」
「そうですね。私と同じようにしてみたらいかがですか?」
「う、うん」
初めてのこと戸惑いながら美鈴の隣にフランドールは座る。
そのフランドールの太ももに子猫がのって丸まった。
「うそー!?」
「あの子巨乳属性じゃなかったの!?」
「たんに私たちが気に入られなかっただけ?」
「ってかあの子猫が、どんな基準で懐くのか全くわからないわ」
「度胸あるわね、あの子猫」
子猫がフランドールに懐いたことで門番隊たちが騒ぐ。
その部下たちを美鈴は一睨みで黙らせ、立ち上がる。
「仕事に戻りますね」
「え? この子はどうするの?」
「フランドール様が見ててくれますか?
なに一時間もすれば起きて住処に帰りますから」
「うん、わかった。見てる」
「はい」
フランドールの返事を聞いて美鈴は門番へと戻る。
といってもすぐそばで立っているので、フランドールと子猫の様子は常にわかる。
時々子猫に触って終始笑顔なフランドールを、美鈴は微笑みを浮かべて見ていた。
この日からフランドールが時々門に来るようになった。
毎日くるのは睡眠時間的に無理だが、不思議とフランドールが門にいる日には子猫は必ず紅魔館にくる。
それはレミリアがそうなるように、運命をいじっていたから。そのことは誰も知らない。
そして何度目かの出会い。
その日、子猫は眠らずにフランドールと遊んでいた。
美鈴の管理する花壇近くで、門番隊から借りた猫じゃらしをもったフランドールを追いかけていた。
猫じゃらしが右へ左へ、子猫もそれを追って右へ左へ。
その様子が面白いのか、フランドールの楽しそうな笑い声が庭に響き、美鈴たちは平和だなと緩んだ気持ちで警備をしていた。
しかし平穏は長続きしない。
子猫の鋭い悲鳴が庭に響き、緩みは消えた。
「どうしたんですかっ!?」
門を部下たち任せて美鈴はフランドールの元へ。
その場には指先から血を流すフランドールと散らばった紅いものだけ。子猫の姿はどこにもない。
「フランドール様?」
思わず最悪を想像しながら、少しぼうっとしたフランドールに話しかける。
「あっめーりん」
「あの子はどこですか?」
震えそうになる声を震わせることなく聞く。
「わからない。あっちのほうに逃げてったのは見たけど」
「逃げていった?」
それを聞いて不安が僅かに消えていく。
破壊されたのかもしれないと思っていた。
地面を良く見ると紅いものは、血などではなく布だった。
それを美鈴が拾う。
「リボンの切れ端ですか?」
「うん。汚れてたから外そうとして、そしたら暴れて指を切って、思わずかっとなって壊しちゃった」
「そう……ですか。
きっと外すときに苦しかったのでしょうね。
とりあえずフランドール様は指の治療をしましょう」
美鈴は部下にフランドールを頼み、自分は子猫を探しにいく。
探すのにそう時間はかからなかった。遊んでいたところから近い茂みに隠れていたからだ。
隠れていても美鈴ならば気配をよんで簡単にみつけることができる。探す時間は十分もかからす、子猫を抱いてフランドールの元へ戻る。
「近くに隠れてましたよ。どこも怪我はしてません」
「よかった」
「ほんとうに」
「ですねぇ」
その場にいた全員がほっとした様子で笑いあう。フランドールをのぞいて。その表情は後悔の混じった恐怖?
「どうされました?」
子猫を抱いたまま美鈴が近づくと、フランドールはそのぶん後ずさる。
視線は下を向いたまま。
子猫を見ることができないのかと思った美鈴は、部下に子猫を任せてフランドールに近寄る。
その予想は当たっていたようで、今度は後ずさることはない。
美鈴は膝を地につけて、下からフランドールに視線をあわせる。そしてもう一度聞く。
「どうされました?」
「……嫌われたから」
ぽつりと呟く。
それだけで美鈴たちはわかった。
能力をコントロールできずに、狂気の赴くままだった頃のことはこの場にいる全員が知っていた。
今でも完全にコントロールできているとはいえないが、魔理沙に出会う以前よりましになっている。
そして誰かと接するということが少しずつ増えてきた。
しかし以前は地下に篭ったままで、メイド長と美鈴とレミリアくらいしか会いにいくことがなかった。
なぜなら壊すという能力とその暴発を誰もが恐れたから。
そのことをフランドールは忘れていない。だから能力を向けた子猫に嫌われたと思い、子猫を見ること近寄ることすら怖がる。
「嫌われるようなことをしたと思うのなら、謝りましょう?
言葉は理解できないかもしれませんが、心から謝ればその想いは伝わるはずです」
フランドールが成長したと信じているからこその言葉。
以前のままではないから、これくらいはできると確信を美鈴は持っていた。
「……」
「やってみましょう?」
「……うん」
こくんと頷いたフランドールは子猫に近づき真正面に立つ。
子猫は近づいてきたフランドールを避けることなく、初めて会ったときと同じように見つめる。
「ごめん」
ただそれだけの短い謝罪。でも全員がしっかりと気持ちが篭っていることを感じ取っていた。
子猫はしっかりとフランドールの目をみつめたまま動かない。まるで心を探るかのように。
「にぃ」
許すよ、とでも言ったのだろうか。一声鳴いて前足をフランドールへと伸ばす。
それに恐る恐る手を伸ばすフランドール。
近づけた手が、ぺろりとなめられたことを理解すると、部下から子猫を受け取ってぎゅっと抱きしめる。
表情に恐怖はなく、謝罪と嬉しさの混じった小さな笑みが浮かんでいた。
庭にビーチパラソルがさされている。
その下には美鈴が正座を崩して座っている。
太ももに子猫はおらず、かわりにフランドールが膝枕で眠っていた。
子猫はフランドールの腕の中で気持よさそうに寝息を立てている。
その首にはフランドールの髪と同じ色のリボン。
この眠りを妨げはさせないと、門番隊たちは気合をいれて仕事をしていた。
2008年06月22日
とうに梅雨入り
雨がざーざーと洗濯物が乾きにくい。
庭に雨避けの屋根があるので、部屋干ししなくていいのは助かってる。
雨が降ってるだけで地震があったわけじゃないから、わがままは言えないか。
言ったらばちがあたる。
東方緋想天がようやくストーリーeasyモード全キャラクリア。
二三日に一キャラか二キャラクリアしていったから、時間がかかった。
次は萃香のノーマルノーコンテニュークリアを目指そう。
ルナティックでスペルカード二枚取れたからなんとかなるはず。どうにかなったらいいなぁ。
ゴールデンロアまだやってるけど、あれいつになったらβ?終るんだろう?
手持ちのキャラが長男しかいない。四女が引退して作ってない。
しばらくは長男だけでいいやと思ってたら、十一年生きてる。
そろそろ歴史は百年目だし、それまで生きてくれたら引退でもいいかなと思ってる。
ホリック新刊がそろそろ発売なんだっけ? 楽しみだ。
樹の世界へ3
魔法を覚えはじめて時間がどんどん過ぎていった。
魔法概論始まり編はすでに読み終えていた。実践は後回しにして、内容を頭に入れておこうと考えたからだ。実践もこの本に書いてあったことはできるようになった。
この本の魔法はすべて初歩の集水から発展したもので、多くの魔法を取得させようといった目的の本ではなく、魔法の使い方を理解させようという目的の本だった。
水を集めることから始まり、集める量の変化、どこから集めるのか指定、水の形の変化、集めた水を自在に動かす方法、水の状態変化まで。
形の変化と動かし方に躓きながらもなんとかマスターして、次の状態変化を楽にマスターして拍子抜けする。
その過程で果物から果汁を取り出してジュースを作るなど、思いつきを試しながら三ヶ月ほどで魔法概論始まり編を読了とした。
これが早いペースなのか遅いペースなのか陽平自身にはわからない。でも前に進んでいるからいいかとポジティブに考えていた。
「さて次はなにを学ぼうか」
今、陽平が悩んでいるのは基礎中の基礎は学んだので次になにをすればいいか。あいにく魔法概論始まり編には、次なにをすればいいかなど書いてなかったので、悩むはめになった。
いや、少し違うか。次も基礎を学びたいと考えているが、どういった本を探せばいいのかわからないといった感じだった。
次の段階に進みたいが、次の段階がどんなものなのかわからない。だから本を探しようがない。
「どうしたもんかなぁ」
悩みながらも陽平は魔法を使い、手に持った果物から果汁を少し残して取り出していく。次に果汁の状態を変化させ凍らせる。そして最後に形を粒状に変化させて、かき氷のできあがり。その過程はスムーズで、魔法に慣れたことがわかる。
残った果肉は天日に干してドライフルーツに。そろそろ一番始めに干したものが食べごろだ。
どうやら夏に入ったらしくすごく暑い。湿気がないぶん蒸すということはないが、それでも暑いので魔法の修行を兼ねて冷たいデザートを作っていた。
当たり前のようにこういうできるようになり「俺って魔法使いだ」と陽平は喜んでいた。
ちなみに魔法を覚えたからといって、塔の外にでるようなことはしていない。作った氷を飛ばして攻撃するという攻撃手段も持ち合わせているが、素早くできるわけではないし、できることが初歩中の初歩だと自覚していて、今の状況で塔を離れるのは危険だとわかっていた。
塔を離れて狼に襲われたことが教訓となり、慎重に動くという考えをするようなった。死にかけたのが無駄にならずにすんでいた。
「冷たいものが美味しい」
明日はシャーベットでも作ろうかなと考えながら、シャクシャクと少しだけ酸味のきいたカキ氷を食べていく。
そこに暑くてしんどいといった雰囲気を漂わせたオーエンがやってきた。
オーエンというのは、陽平を召喚した女の名前。直接、本人に聞いたわけではない。今でも交流はない。たまにすれ違う程度だ。
なぜ名前を知っているのかというと、倉庫で服を探していたときネームプレートつきのマントやローブをみつけたのだ。そのネームプレートにオーエンの名が刻まれていた。だからオーエンという名前なんだろうなと陽平が勝手に思っているだけで確証はない。
「なんだ?」
いつもならば無視して通り過ぎるオーエンが、じっと自分を見ていることに疑問を感じる。
陽平はすぐにオーエンの視線がかき氷に向いていることに気付いた。
「食べたいのか? それなら作るけど」
「頼む」
暑さにまいっているのか口調がだるげだ。
さっきと同じように魔法を使い作ったかき氷にスプーンを添えてオーエンの前に置く。
オーエンは置かれたかき氷をシャクシャクと無表情で食べていく。
付き合いのない陽平にはわからないが、オーエンの表情が少しだけ緩んでいる。
全部食べ終わって一息ついたオーエンが陽平に話しかける。
「お前魔法が使えたのか」
「運良くな」
陽平は、食べたらすぐに研究に戻るのだろうと思っていたので、話しかけられたことを驚いている。
自分と話をすることはないんだろうなと思い込むほど、徹底的に存在を無視されていたのでその驚きは相当なものだ。
オーエンにとっては、ただ甘いものを食べて気が緩んだので気分転換もかねて話しかけただけだったりする。
「どんなものが使えるんだ?」
興味があるというよりは、ただの話題としてオーエンは聞く。
「基本だけだよ。水を使ったものしか使えない、まだ基本についての本を読んだだけだからな」
「その本の題名は?」
「魔法概論始まり編」
「ああ、あれか。変わったの選んだな」
「変わったの?」
なにかまずかったのかとちらりと脳裏に不安がよぎる。
「基本的に魔法に関する本は、高尚さなどを演出するため小難しく書かれているものだ。しかしあれはそういったことを排除して、時に乱暴に書かれていて、魔法使いには高評価は得られていない。
あれは魔法が使えるようになることのみを目的として書かれた本だ」
「たしかにそういった感じだったな」
「まあそれはいい、なぜ魔法を覚えようと思ったんだ?」
「なぜって、帰りたいから」
陽平の返答にオーエンは、少し考えたあと納得した様子を見せる。
「……そうか、そうだったな。ならば当然の選択か」
陽平の事情など記憶から消えかけていたオーエンは、陽平を召喚したということを思い出す。
思い出したからといって、何か手伝うということもない。またすぐに記憶の端においやられるのだろう。
聞きたいことを聞き終えたオーエンは席を立ち、研究に戻る。テーブルに置かれた器はゴーレムが片付けていく。
部屋を出て行くオーエンを陽平は止める。
「俺も聞きたいことが二つある。
かき氷の礼に答えてくれてもいいと思うんだけどな」
「なんだ?」
聞く気はあるのか立ち止まりふりかえる。
「次はどんなことを学べばいいと思う?」
「好きに学べばいいだろ」
「そう言われても何か指針がほしいんだよ」
溜息一つ吐いて、やや投げやりにオーエンは言う。
「とりあえずは使える魔法の種類を増やせ。次は魔法のカスタマイズだ。そして増幅法と吸収法でも覚えればいい」
「カスタマイズ?」
「本に書かれている魔法は、その本を書いた本人にとって一番使いやすいようになっている。
そのまま使っても、自分にとっては百%の効果は望めない。
魔力のロスをなくし、しっかりとした制御のためには自分に使いやすいように変えていくのは当然だろう。
そのためには式の組み方を理解しなければならんがな。その辺の知識も書庫にあるはずだ」
聞いていないことも答えてくれて親切だと思うかもしれない。しかしこれも研究の邪魔をされないための行為だった。
研究中に聞きにこられても邪魔でしかないのだ。その可能性は少ないかもしれないが、0ではない。そのことを考えてさっさと答えておくことにした。
「ふーん、助かる。
もう一つの質問は、あんたの名前はオーエンでいいのかってこと」
「それで合ってる。これで終わりだな? もう行くからな」
そう言うとオーエンは研究に戻った。
陽平の名前にはまったく興味がなく、またなぜ名前を知っていたのかも興味がないようだ。予想はしていたが、ほんの少し寂しくもある陽平だった。
仲良くなろうと思っているわけじゃない。しかし同じ場所で暮らしていているのに、接点がないのもどうかと思っていたから。
オーエンのアドバイスどおり、陽平は使える魔法を増やしていくため、そういった方向で本を探していく。
上級と書かれたものや見た感じ難しそうなものは除外して、攻撃用よりも回復や補助を目的としたものを探していく。
適正でそういった方向性に向いているとわかっていることもあるが、狼に殺されかけて直接戦うよりは逃げる手段や戦いやすくなるような絡め手を求めた。
ただ書いていることを覚えて実行していくだけなので順調に進む。初級の魔法ばかりを選んだことも順調な理由だ。
身体強化の魔法を覚えている途中で、強化しても元が駄目なら効果薄いじゃないかと思って、体力をつけるため運動もするようになる。
それになりに忙しく充実した日々を過ごし、三週間が経った。
覚えた魔法は、攻撃魔法が一つ、身体強化系が二つ、回復が二つ、補助が二つ。解毒の初歩魔法も覚えたが、試しようがないのでこれには自信がない。けれども解毒以外は何度も繰り返して熟練度を高めた。
ここで魔法を覚えるのはひとまず止める。
「今日からはカスタマイズとやらやってみよか」
とりあえず八個も覚えれば十分だろうと判断し、次の段階に進んでみることにした。
といってもどうやればいいのか見当もつかないので、式の部分をわからないながらもいじっていくしかないのだろうと考えている。
「オーエンも式を理解しろって言ってたし、少しずつ理解していけばいいさ」
といっても制御に失敗すると死ぬ可能性もあるので、被害は少なくなるように考えないといけない。
しらばく唸ってどうにかアイデアが湧いたのか、陽平は準備を始める。
倉庫から薄い木版と木炭を取ってきて、机におく。次に本を開き、これから行う魔法に似た魔法を探し式組み立ての参考にする。
木炭を削り文字を書けるようにして、魔力を通し木版に式を書き込んでいく。
これから行うのは、今覚えている火球の改造。普通に使うと手からソフトボールほどの火の玉が真っ直ぐ飛んでいく。これをカスタマイズするといっても、軌道を曲げる、火を大きくするなどでは、簡単にできてしまうのでもっと複雑化させる必要がある。
なぜそんな面倒なことをするかというと、これが失敗時の保険になると考えたからだ。初歩の魔法は使用する魔力量が少なく、失敗しても受けるダメージは少ないはずだと推測した。
しかし簡単なカスタマイズでは失敗しようがないので、離れた位置に火の玉を出現させ時限式で発動させるという改造を行う。
失敗することを前提にして何度も魔法を使い、式のどこをどう変えていけばいいのか覚えていこうという考えだった。おそらく見当違いの失敗と少しだけの失敗では、被害にも差異が出てくるはずだと推測している。その推測が外れると、ノーヒントで正解を探さなければなくなるので、外れてほしくないと思っていた。
「これでいっか」
書き上がった式を見て、これで正解じゃないと確信はあったものの、そうじゃないと目的は達成できないのでこれでよしとした陽平は、早速魔法を使ってみることした。
部屋の中で使おうとするほどぬけてはいない。地下にある運動場に移動して、そこで使ってみる。
失敗するという確信はあったので、少々の痛みはどんとこいと気構えも十分だ。
火球は簡単な動作とイメージで使える魔法だ。しかし今はカスタマイズしたため、その二動作だけではおいつかなくなっている。
木版を手に持ち、動作とイメージを行い式とする。そのあとに魔法の名を発し、魔法を使用する。
「火球!」
陽平が差し出した手からは何もでない。かわりに体内に違和感を感じた瞬間、すごい衝撃を腹に感じて陽平は、その場に倒れ伏した。
「……きっつ」
絞り出された声はかすれていた。
陽平は、初歩の魔法だからと制御失敗時の衝撃を甘く見ていたのだ。
その代償は今身を持って感じている。痛みがくると覚悟していたから気絶はしなかったが、気を抜いていたら確実に気絶してた。
例えるのなら、鍛え上げたプロボクサーのボディブローを喰らったかのようだ。
(どっかでボクサーのパンチは耐え切れるようなものじゃないと聞いたことがあったけど、本当だったんだなぁ)
声を出すことすらできない状態で、そんなことを思う。
時間が経てば徐々に痛みと苦しみは引いていく。
さらに時間が経って三十分ほどでようやく立ち上がれるようになった。それでもふらふらっとどこか足元が頼りない。
もう少し休もうとその場に座り込む。
「正直、甘く見てたなぁ。こんなきついとは……初級でこれなんだから、もっと上の魔法だとたしかに命危ないわ。
本に書いてたことって本当だったのか」
信じていないわけではなかった、でも多少は大げさに書かれていると考えていた。
「これだと一日に三回くらいが限度か?」
そう何度も耐え切れるような衝撃ではないと、陽平自身よくわかっていた。
十分休んで書庫に戻り、式をいじっていったん魔法に関しては放置。適当な本を読んだり、運動をしたりして時間を潰す。完全に体調が元に戻ったことを確信して陽平は、本日二度目の失敗に挑戦する。
その挑戦に腰が引けるのは、まあ仕方ないことだろう。
それでも諦めとやけと痛みに耐性をつける訓練だと思い込むことで、なんとか魔法を使う。そしてまた半端ない衝撃に倒れこんだ。
それだけのことをしたかいはあって、ほんの少しだけど衝撃が小さくなった気がした。
(成功に近づくと衝撃が小さくなるかもっていう予想はあたってたか?)
陽平は痛みの中で、小さな成功に喜ぶ。気のせいじゃないことと慣れただけではないことを祈って。
次の日から陽平は成功を求めて一日三回試行錯誤を繰り返していく。おかげで五日で魔法は成功した。しかし式の理解という点ではまだまだ目標を達しておらず、さらなる試行錯誤が必要だった。
そのうち新たな趣味に目覚めはしないかと心配になりつつも、火球で違う動作の魔法を考える。
今度は火球が分裂し任意の場所で破裂するように式を組む。再び衝撃でノックダウンを繰り返す日々。
そうして七日経ち、今度のカスタマイズも成功させた日、普段とは違ったことが起きた。
なんと塔に二人以外の人が現れたのだ。
それは陽平がカスタマイズを成功させ午前の訓練を終えて昼食を食べ終ったあと、おやつ用にとシャーベットを作っていたときのことだった。
そのとき陽平は調理場にいたわけだが、そこに陽平と同じか少し上の年齢らしき男がやってきたのだ。
始め陽平は扉に背を向けていた。扉が開く音がしてもゴーレムだろうと思い、気にしなかった。
ここに四ヶ月住んでいて誰一人訪れることはなかった。なので誰も来ることはないのだろうと考えていた陽平が、そこに人がいると想像はできないのも当然か。
「なにを作っているんです?」
「んー? いや今日も暑いからシャーベットを作ってるんだ」
「シャーベット? なんですかそれ?」
「氷菓子の一種で、アイスとは違い、細かな氷の感触があるんだ」
「そんな食べ物があったんですねぇ」
「うろ覚えだけどな……ん?」
聞かれるままに答えていた陽平だが、ようやくおかしいと感じ始めた。ゴーレムには会話機能はないのだ。だから自分以外に声を出すものは、この場にはいないはずだった。
ばっと勢いよく声の方向を見ると、間近に男の顔が。
「近っ!?」
「な、なんですか!?」
男の方もそんな陽平の反応に驚いた様子を見せる。
「あ、あんた誰だ!? どどどど泥棒か!?」
とっさに近くにあったマッシャーを男に向けて陽平は威嚇する。
それに慌てた様子で手を振り男は言う。
「違いますよ! 僕はただお茶を入れに来ただけです!」
「お、お茶?
えーと……あれ? いやほんと誰? 塔にオーエン以外に人はいないはずだぞ?」
「こっちも聞きたいですよ。ここにオーエンさん以外に人がいるなんて。
もしかしてオーエンさんの弟子ですか?」
「違う。俺は……」
召喚されたと言おうとして止まる。本当のこと言っていいものかと悩んでいる。
その悩みも少しだけだった。言っても不都合なことはないだろうと思ったからだ。それにこの男が信じないという可能性もあると考えた陽平は、事情を隠さずに話す。
話を聞き終えた男は驚いた様子だ。異世界なんてものがあると初めて知ったという驚きと感動が表情に表れている。
驚いているということは陽平の話を信じたということ。なぜ信じたのかというと、これといった理由は無い。ただなんとなく陽平が嘘を言ってはいないのだと思った。
これには陽平も驚いた。信じないのではと考えていたのに、目の前の男は自分の話を信じている様子なのだから。
ちなみにオーエンは陽平が異世界から来たということに驚かなかった。それは前例があると知っていたからではなく、興味関心がなかったからだった。
「いろいろと大変でしょう? まったく見知らぬ場所で暮らすのは」
「楽じゃないし不便だけど、食べていけるし安心して生活もできるしそれほど大変じゃないはず」
男が想像するほど陽平は苦労していない。言葉の不自由は乗り越えたし、食事にも困っていない。強制労働させられているわけでもなく、自分の好きなことをやれている。オーエンの以外の人に出会うこともなかったから、文化の違いに戸惑い苦労することもなかった。
もし召喚された直後オーエンに放り出されていたら、高い確率で死んでいた。生き残っても楽な人生を遅れはしなかっただろう。
陽平はオーエンが塔に留めてくれたことは感謝しなければいけない。こっちに来ることになった原因でもあるので、それは難しいだろうが。
「そうですか〜人間ができてますね。
っとお茶持っていくんだった。遅れると大変だ!」
どこになにがあるかわかっているかのように、男はお茶を入れるのに必要なものを準備していく。
「よければ、それをもっと作ってもらえませんか?
師匠に食べさせたいんで」
お茶を入れる手は休めずに男が頼む。
「いいよ」
陽平は作ってあるシャーベットの温度を下げて溶けないようにしてから、三人分のシャーベットを作っていく。
魔法を使い滑らかに調理をこなす陽平を男は感心して見ている。
「手馴れてますね。
それに魔法を料理に使う人を始めて見ました」
それは魔法を使える人が多くはなく、魔法を使える人も魔法に対してのみ熱心になり、生活に役立てようと考えが向かないせいだ。
「使えるものは使わないと。それに使わないと作れないし」
少しずつ魔法で冷やしていく液体を苦労しながら混ぜていく。魔法で強化した腕力のおかげでなんとかなっていた。
調理に魔法を使うことで魔法の修行になっている。それに男は気付いて、さらに感心した様子で見ていた。
「できた」
粒の粗いシャーベットを三つ皿に乗せ男に渡す。
「ありがとうございます」
きちんと頭を下げて礼を言った男は、急いだ様子で調理場を出て行く。
陽平は久しぶりに人と話したなんて思いつつ、シャーベットを食べ始めた。
陽平が自室で、次はどんなカスタマイズにしようかと考えていたとき。部屋の戸が開いて、服の破れている男が顔をのぞかせた。
「ここにいたんですね」
「あんたか……その傷どうしたんだ?」
「師匠に遅いと叱られまして、そのときに鞭でバシッと」
どこかうっとりとした様子で男は胸の傷をさする。
「少し遅れたくらいで酷い師匠だな」
「いえ気にしてませんよ。むしろもっと叩いて欲しかった」
「は?」
「気持ちいいんですよね〜」
「……」
一般的にいうマゾという人種だ。
陽平は今まで生きてきてこういう人種にあったことがなかった。
だからこの場合なんと言えばいいのかわからず黙り込む。
「そ、そういや自己紹介してなかったっけ。
俺は湖塚陽平、あんたは?」
話を逸らすように自己紹介する。
「僕はネク・リーフドと言います。ネクでいいですよ」
「俺も陽平でいい。それでネクは何しにきたんだ?」
「師匠からシャーベットの作り方を教えてもらうように命じられまして。よければ、ほかにもなにかあるならば教えてもらえませんか?
お礼に僕でわかることならお教えしますよ」
この提案は陽平にとって都合のいいものだった。一人ではわかりづらかった式のことがわかるからだ。
「ネクは魔法使い?」
オーエンの知り合いというだけのあてずっぽな問い。
「ええ」
「なら式についても知ってるか? 初歩的なことでいいんだ」
「完全ではありませんが、初歩でいいのならなんとか理解はしてますよ」
「そっかそっか」
陽平は嬉しげに頷く。
「じゃあ俺は式について教えてもらおう。
独学で魔法を学んでて、てこずってたんだ」
「あ〜オーエンさんが教えてくれるわけないですからねぇ」
独学で学んでいるという陽平に驚かず、むしろネクは納得している。
「ではどっちから先に始めます?」
「式のほうからでいいか? 料理は作りながら説明したほうがわかりやすいだろ?」
「そうですね」
陽平は机においてある今まで書いた式をネクに渡し見てもらう。
一応、カスタマイズに成功はしているものの、おかしなところがないとはいえない。そこを指摘してもらいたかった。
その判断は正しく、制御式の書き間違い、文字の書き損じなどが指摘されていく。
どの指摘も陽平にとって有益なことで、直してもらったものを使うとよりスムーズに魔法の発動ができた。
ネクは陽平の勘違いや癖を式から見抜いて、その指摘もしていった。
陽平はいままで式を書くときに、本を真似た単語の羅列で済ませていた。式についての本を発見できていないので仕方が無いのだが、本を注意深く読めばある程度は気付けたはずのことなのだ。魔法を使うことに集中していて、知識を得るという行為が疎かになっていたのだった。
式の組み方にはある程度法則がある。自分に使いやすくカスタマイズするといっても、一からばらばらに組み立てるのではない。法則にそって式を組めば、大抵はどうにかなる。それは初歩ならばまず間違いなく、成功する。
魔法の発動失敗の多さは自業自得といえた。
どのような法則か陽平が完成させたカスタマイズを例にとってみる。
完成させたのは、離れた位置に火の玉を出現させ時限式で発動させる、火球が分裂し任意の場所で破裂するという二つ。
属性式は二つとも火。前者は場所指定という制御式と時間指定という制御式。後者は数を増やすという制御式と任意発動の制御式。
これを見てわかるように式と一言で言っても何種類もわけられる。
使う魔法の属性を示す属性式。これは手の形で表したり、属性に関する品物を用意して済ます。
どのように操作するかの制御式。これは木片や石や紙に書く。使用者の性別と種族によって使う単語の形が微妙に違ってくる。場所指定や数増加のほかにも、広域化、融合、固定、持続など多くの種類がある。
この単語の並べかえにも法則がある。例えば場所指定と時間指定ならば、場所指定を先に書くといったふうに。
しかし全部の優先順位が決まっているわけではなく、同列なものもある。先に書いたもので言えば、場所指定と広域化は同列、固定と持続は同列だ。
同列な場合は自由に並べることができ、これの並べ方で自分にあったカスタマイズを見つける。陽平がカスタマイズを成功させたのは、この部分で自分に合うベストな配置をみつけだしたからだ。
あとこの魔法には使われていないが、異なる魔法同士を繋げる連結式と合体させる合体式もある。
「式そのものについて書かれた書物はとても少ないからみつけにくいだろうね。題名もそうだとわかるものじゃないし。
僕が知ってるかぎりだと『魔法歴史学書』『イバルツ・ルーノ』という二つ」
「ここの書庫にもあるのか?」
「わかりません。僕はここの書庫にある本を見たことがないので」
「あるといいなぁ」
陽平は心底そう思っている。
「そうですねぇ」
「まあ、それはおいといてありがとう。
教えてもらったことは、すごくためになることだ。
一人でやってたら今日教えてもらったことを気付くのに、どれくらいかかったことか。
もう失敗を前提としてカスタマイズしなくていいと思うと、すごく嬉しい」
「それは……自分で自分を痛めつけるのも新鮮でいいかもしれない」
陽平の言葉から起きる出来事を推測して、その結果に新たな発見をしたネク。
「いや、そこに気持ちがこもっていないから、もしかするとあじけないのかもしれない。
今度、試してみよう」
陽平がどんびきしているあいだに、ネクは結論を出す。
この性格さえ気にしなければいい人そうだという人物批評が、陽平の中で出ている。
趣味趣向は個人の自由、そこに口は出せるほど高尚な人間でもないとわかっているので陽平は何も言わない、言えない。
もう少し本音をばらすと、趣味に巻き込まなければ楽しんでるみたいだし、とやかく言うこっちゃないなと思っていた。
「次は俺の番だな。調理場に行こう」
「よろしくお願いします」
陽平は式について教えてもらったお礼に、覚えているかぎりのデザートを作っていく。
覚えている限りと言っても、日頃からデザートを作っていたわけではないので、そう多くの種類を作れはしない。
一度作ったシャーベット、牛乳を加熱し冷やして分離したクリームを使ったアイスクリーム、アイスキャンディ、芋餡の羊羹くらいだ。
作る際に気をつけることを口に出し紙にも書いて、ネクと一緒に作っていく。
作った物を二人で食べながら暇つぶしに話す。
陽平は会話がこんなに楽しいものだったかと、心の中で驚いていた。こっちにきて数ヶ月、オーエンと少し話した以外はずっと会話はなかったので、会話というコミュニケーションに飢えていたのだろう。
「異世界はすごいですね。こんな食べ物があるとは。
特に羊羹! 独特ですよね」
「羊羹は俺のいたところ独自なものじゃなかったかな? 和菓子って言うんだ。
すごいってのは、俺も同じこと思ってる。
魔法なんてなかったから、魔法があること自体がすごい、使えるのもすごい、長生きするのもすごいって思ったよ」
「世界が違うといろいろ違うものなんですねぇ。
僕らにとっては、魔法は珍しいけど、あって当たり前のものですし」
いろいろと違う。ネクが言ったその言葉を陽平は深くは受け止めていない。しかし後になって実感することになる。本当にこっちと地球はいろいろと違うのだと。
世界のできかたからして違うと知ったとき、陽平が驚くのは想像に難くない。
あともう少しで食べ終わるというとき、ネクが立ち上がった。
「どうしたんだ?」
「いえ、師匠に呼ばれて。もう帰るようです。
すみませんが、残してしまいます」
「それはかまわないけど、もしかして魔法で呼ばれたのか?」
「はい。離れていても声を届ける魔法ですね」
ネクはメモを忘れずポケットに入れ、調理場を出る。ネクを見送ろうと陽平も一緒に移動する。
ネクが急いで玄関に向かうので、自然と陽平も急ぐことになる。
玄関には一人の女性がいた。オーエンは見送りにきてはいないらしい。
艶やかな黒髪を持った美人で、鋭い目つきをしていてきつい雰囲気をまとっている。見た目と雰囲気が合わさって女王様といった風情が漂っているように陽平は感じた。
「遅い!」
綺麗な声で、苛立ちの言葉を発する。手にした鞭が今にも唸りを上げそうだ。
「すみません! ルチア様!」
「主人を待たせるなんていい度胸してるじゃない」
「ああっ申し訳ありません」
「覚悟はできてるんでしょうね?」
ルチアの言葉を受けるたび、ネクは悦びに体をふるわせる。
それを見て陽平は、きっとこの主従は相性ばっちりなんだろうなと考えていた。そしてその認識は間違っていない。
ルチアはネクを罵ることをやめ、陽平を見る。
「ふーん、あんたがシャーベットとかいう菓子を作った奴か」
じろじろと観察されることに 陽平はちょっとした怖さを感じる。
ここまで無遠慮に見られることに慣れていないということもある。でも心の奥まで見透かそうとする目に怖さを感じた。
「素質がありそうなら連れて帰ろうと思ったんだけどねぇ」
「素質?」
まさか魔法の素質がないっていうんじゃと考えてしまった。これからってときに潜在能力のなさを言い当てられたのかと不安になる。
その心の動揺に気付いているのかいないのか、ルチアはあっさりと答えた。
「ネクと同じ、従うことに悦びを見出すっていう素質だよ」
「そんなもんなくていい!」
嘘みたいに不安が吹っ飛び、陽平の心を喜びと安心が満たす。マゾの素質があると言われなくてよかったと、ほっと胸をなでおろす。
「元気がいいねぇ」
くくっと笑いルチアはネクを引き連れて外へと出る。
玄関前に空中に浮かぶ小型の船があった。頑丈さを優先されたフォルムだが、優美さを出すことも忘れてはいない外装だ。
それにネクが先に乗り込み、ルチアが乗り込む手助けをする。
「じゃあなオーエンの居候」
それだけ言うとルチアは船室に入っていく。
「それではまたいつか。また異世界こと教えてくださいね」
ネクはそう言ったあと舵を握る。それを合図に船は上昇を始めた。一定の高さに達するとそこで一度止まり、向きを西へと変え、直進していく。
接した時間は少ないのに、陽平に強い印象を与えた主従は帰っていった。
船が見えなくなると陽平は、塔内へと戻る。残っている菓子を食べるため調理室に戻ると、そこにはオーエンがいてアイスクリームを食べていた。
「腹が減ってたのか?」
「ああ」
互いにそうだという認識はないが一応師弟な関係っぽい二人の会話は、それだけで終る。
4前編へ
魔法概論始まり編はすでに読み終えていた。実践は後回しにして、内容を頭に入れておこうと考えたからだ。実践もこの本に書いてあったことはできるようになった。
この本の魔法はすべて初歩の集水から発展したもので、多くの魔法を取得させようといった目的の本ではなく、魔法の使い方を理解させようという目的の本だった。
水を集めることから始まり、集める量の変化、どこから集めるのか指定、水の形の変化、集めた水を自在に動かす方法、水の状態変化まで。
形の変化と動かし方に躓きながらもなんとかマスターして、次の状態変化を楽にマスターして拍子抜けする。
その過程で果物から果汁を取り出してジュースを作るなど、思いつきを試しながら三ヶ月ほどで魔法概論始まり編を読了とした。
これが早いペースなのか遅いペースなのか陽平自身にはわからない。でも前に進んでいるからいいかとポジティブに考えていた。
「さて次はなにを学ぼうか」
今、陽平が悩んでいるのは基礎中の基礎は学んだので次になにをすればいいか。あいにく魔法概論始まり編には、次なにをすればいいかなど書いてなかったので、悩むはめになった。
いや、少し違うか。次も基礎を学びたいと考えているが、どういった本を探せばいいのかわからないといった感じだった。
次の段階に進みたいが、次の段階がどんなものなのかわからない。だから本を探しようがない。
「どうしたもんかなぁ」
悩みながらも陽平は魔法を使い、手に持った果物から果汁を少し残して取り出していく。次に果汁の状態を変化させ凍らせる。そして最後に形を粒状に変化させて、かき氷のできあがり。その過程はスムーズで、魔法に慣れたことがわかる。
残った果肉は天日に干してドライフルーツに。そろそろ一番始めに干したものが食べごろだ。
どうやら夏に入ったらしくすごく暑い。湿気がないぶん蒸すということはないが、それでも暑いので魔法の修行を兼ねて冷たいデザートを作っていた。
当たり前のようにこういうできるようになり「俺って魔法使いだ」と陽平は喜んでいた。
ちなみに魔法を覚えたからといって、塔の外にでるようなことはしていない。作った氷を飛ばして攻撃するという攻撃手段も持ち合わせているが、素早くできるわけではないし、できることが初歩中の初歩だと自覚していて、今の状況で塔を離れるのは危険だとわかっていた。
塔を離れて狼に襲われたことが教訓となり、慎重に動くという考えをするようなった。死にかけたのが無駄にならずにすんでいた。
「冷たいものが美味しい」
明日はシャーベットでも作ろうかなと考えながら、シャクシャクと少しだけ酸味のきいたカキ氷を食べていく。
そこに暑くてしんどいといった雰囲気を漂わせたオーエンがやってきた。
オーエンというのは、陽平を召喚した女の名前。直接、本人に聞いたわけではない。今でも交流はない。たまにすれ違う程度だ。
なぜ名前を知っているのかというと、倉庫で服を探していたときネームプレートつきのマントやローブをみつけたのだ。そのネームプレートにオーエンの名が刻まれていた。だからオーエンという名前なんだろうなと陽平が勝手に思っているだけで確証はない。
「なんだ?」
いつもならば無視して通り過ぎるオーエンが、じっと自分を見ていることに疑問を感じる。
陽平はすぐにオーエンの視線がかき氷に向いていることに気付いた。
「食べたいのか? それなら作るけど」
「頼む」
暑さにまいっているのか口調がだるげだ。
さっきと同じように魔法を使い作ったかき氷にスプーンを添えてオーエンの前に置く。
オーエンは置かれたかき氷をシャクシャクと無表情で食べていく。
付き合いのない陽平にはわからないが、オーエンの表情が少しだけ緩んでいる。
全部食べ終わって一息ついたオーエンが陽平に話しかける。
「お前魔法が使えたのか」
「運良くな」
陽平は、食べたらすぐに研究に戻るのだろうと思っていたので、話しかけられたことを驚いている。
自分と話をすることはないんだろうなと思い込むほど、徹底的に存在を無視されていたのでその驚きは相当なものだ。
オーエンにとっては、ただ甘いものを食べて気が緩んだので気分転換もかねて話しかけただけだったりする。
「どんなものが使えるんだ?」
興味があるというよりは、ただの話題としてオーエンは聞く。
「基本だけだよ。水を使ったものしか使えない、まだ基本についての本を読んだだけだからな」
「その本の題名は?」
「魔法概論始まり編」
「ああ、あれか。変わったの選んだな」
「変わったの?」
なにかまずかったのかとちらりと脳裏に不安がよぎる。
「基本的に魔法に関する本は、高尚さなどを演出するため小難しく書かれているものだ。しかしあれはそういったことを排除して、時に乱暴に書かれていて、魔法使いには高評価は得られていない。
あれは魔法が使えるようになることのみを目的として書かれた本だ」
「たしかにそういった感じだったな」
「まあそれはいい、なぜ魔法を覚えようと思ったんだ?」
「なぜって、帰りたいから」
陽平の返答にオーエンは、少し考えたあと納得した様子を見せる。
「……そうか、そうだったな。ならば当然の選択か」
陽平の事情など記憶から消えかけていたオーエンは、陽平を召喚したということを思い出す。
思い出したからといって、何か手伝うということもない。またすぐに記憶の端においやられるのだろう。
聞きたいことを聞き終えたオーエンは席を立ち、研究に戻る。テーブルに置かれた器はゴーレムが片付けていく。
部屋を出て行くオーエンを陽平は止める。
「俺も聞きたいことが二つある。
かき氷の礼に答えてくれてもいいと思うんだけどな」
「なんだ?」
聞く気はあるのか立ち止まりふりかえる。
「次はどんなことを学べばいいと思う?」
「好きに学べばいいだろ」
「そう言われても何か指針がほしいんだよ」
溜息一つ吐いて、やや投げやりにオーエンは言う。
「とりあえずは使える魔法の種類を増やせ。次は魔法のカスタマイズだ。そして増幅法と吸収法でも覚えればいい」
「カスタマイズ?」
「本に書かれている魔法は、その本を書いた本人にとって一番使いやすいようになっている。
そのまま使っても、自分にとっては百%の効果は望めない。
魔力のロスをなくし、しっかりとした制御のためには自分に使いやすいように変えていくのは当然だろう。
そのためには式の組み方を理解しなければならんがな。その辺の知識も書庫にあるはずだ」
聞いていないことも答えてくれて親切だと思うかもしれない。しかしこれも研究の邪魔をされないための行為だった。
研究中に聞きにこられても邪魔でしかないのだ。その可能性は少ないかもしれないが、0ではない。そのことを考えてさっさと答えておくことにした。
「ふーん、助かる。
もう一つの質問は、あんたの名前はオーエンでいいのかってこと」
「それで合ってる。これで終わりだな? もう行くからな」
そう言うとオーエンは研究に戻った。
陽平の名前にはまったく興味がなく、またなぜ名前を知っていたのかも興味がないようだ。予想はしていたが、ほんの少し寂しくもある陽平だった。
仲良くなろうと思っているわけじゃない。しかし同じ場所で暮らしていているのに、接点がないのもどうかと思っていたから。
オーエンのアドバイスどおり、陽平は使える魔法を増やしていくため、そういった方向で本を探していく。
上級と書かれたものや見た感じ難しそうなものは除外して、攻撃用よりも回復や補助を目的としたものを探していく。
適正でそういった方向性に向いているとわかっていることもあるが、狼に殺されかけて直接戦うよりは逃げる手段や戦いやすくなるような絡め手を求めた。
ただ書いていることを覚えて実行していくだけなので順調に進む。初級の魔法ばかりを選んだことも順調な理由だ。
身体強化の魔法を覚えている途中で、強化しても元が駄目なら効果薄いじゃないかと思って、体力をつけるため運動もするようになる。
それになりに忙しく充実した日々を過ごし、三週間が経った。
覚えた魔法は、攻撃魔法が一つ、身体強化系が二つ、回復が二つ、補助が二つ。解毒の初歩魔法も覚えたが、試しようがないのでこれには自信がない。けれども解毒以外は何度も繰り返して熟練度を高めた。
ここで魔法を覚えるのはひとまず止める。
「今日からはカスタマイズとやらやってみよか」
とりあえず八個も覚えれば十分だろうと判断し、次の段階に進んでみることにした。
といってもどうやればいいのか見当もつかないので、式の部分をわからないながらもいじっていくしかないのだろうと考えている。
「オーエンも式を理解しろって言ってたし、少しずつ理解していけばいいさ」
といっても制御に失敗すると死ぬ可能性もあるので、被害は少なくなるように考えないといけない。
しらばく唸ってどうにかアイデアが湧いたのか、陽平は準備を始める。
倉庫から薄い木版と木炭を取ってきて、机におく。次に本を開き、これから行う魔法に似た魔法を探し式組み立ての参考にする。
木炭を削り文字を書けるようにして、魔力を通し木版に式を書き込んでいく。
これから行うのは、今覚えている火球の改造。普通に使うと手からソフトボールほどの火の玉が真っ直ぐ飛んでいく。これをカスタマイズするといっても、軌道を曲げる、火を大きくするなどでは、簡単にできてしまうのでもっと複雑化させる必要がある。
なぜそんな面倒なことをするかというと、これが失敗時の保険になると考えたからだ。初歩の魔法は使用する魔力量が少なく、失敗しても受けるダメージは少ないはずだと推測した。
しかし簡単なカスタマイズでは失敗しようがないので、離れた位置に火の玉を出現させ時限式で発動させるという改造を行う。
失敗することを前提にして何度も魔法を使い、式のどこをどう変えていけばいいのか覚えていこうという考えだった。おそらく見当違いの失敗と少しだけの失敗では、被害にも差異が出てくるはずだと推測している。その推測が外れると、ノーヒントで正解を探さなければなくなるので、外れてほしくないと思っていた。
「これでいっか」
書き上がった式を見て、これで正解じゃないと確信はあったものの、そうじゃないと目的は達成できないのでこれでよしとした陽平は、早速魔法を使ってみることした。
部屋の中で使おうとするほどぬけてはいない。地下にある運動場に移動して、そこで使ってみる。
失敗するという確信はあったので、少々の痛みはどんとこいと気構えも十分だ。
火球は簡単な動作とイメージで使える魔法だ。しかし今はカスタマイズしたため、その二動作だけではおいつかなくなっている。
木版を手に持ち、動作とイメージを行い式とする。そのあとに魔法の名を発し、魔法を使用する。
「火球!」
陽平が差し出した手からは何もでない。かわりに体内に違和感を感じた瞬間、すごい衝撃を腹に感じて陽平は、その場に倒れ伏した。
「……きっつ」
絞り出された声はかすれていた。
陽平は、初歩の魔法だからと制御失敗時の衝撃を甘く見ていたのだ。
その代償は今身を持って感じている。痛みがくると覚悟していたから気絶はしなかったが、気を抜いていたら確実に気絶してた。
例えるのなら、鍛え上げたプロボクサーのボディブローを喰らったかのようだ。
(どっかでボクサーのパンチは耐え切れるようなものじゃないと聞いたことがあったけど、本当だったんだなぁ)
声を出すことすらできない状態で、そんなことを思う。
時間が経てば徐々に痛みと苦しみは引いていく。
さらに時間が経って三十分ほどでようやく立ち上がれるようになった。それでもふらふらっとどこか足元が頼りない。
もう少し休もうとその場に座り込む。
「正直、甘く見てたなぁ。こんなきついとは……初級でこれなんだから、もっと上の魔法だとたしかに命危ないわ。
本に書いてたことって本当だったのか」
信じていないわけではなかった、でも多少は大げさに書かれていると考えていた。
「これだと一日に三回くらいが限度か?」
そう何度も耐え切れるような衝撃ではないと、陽平自身よくわかっていた。
十分休んで書庫に戻り、式をいじっていったん魔法に関しては放置。適当な本を読んだり、運動をしたりして時間を潰す。完全に体調が元に戻ったことを確信して陽平は、本日二度目の失敗に挑戦する。
その挑戦に腰が引けるのは、まあ仕方ないことだろう。
それでも諦めとやけと痛みに耐性をつける訓練だと思い込むことで、なんとか魔法を使う。そしてまた半端ない衝撃に倒れこんだ。
それだけのことをしたかいはあって、ほんの少しだけど衝撃が小さくなった気がした。
(成功に近づくと衝撃が小さくなるかもっていう予想はあたってたか?)
陽平は痛みの中で、小さな成功に喜ぶ。気のせいじゃないことと慣れただけではないことを祈って。
次の日から陽平は成功を求めて一日三回試行錯誤を繰り返していく。おかげで五日で魔法は成功した。しかし式の理解という点ではまだまだ目標を達しておらず、さらなる試行錯誤が必要だった。
そのうち新たな趣味に目覚めはしないかと心配になりつつも、火球で違う動作の魔法を考える。
今度は火球が分裂し任意の場所で破裂するように式を組む。再び衝撃でノックダウンを繰り返す日々。
そうして七日経ち、今度のカスタマイズも成功させた日、普段とは違ったことが起きた。
なんと塔に二人以外の人が現れたのだ。
それは陽平がカスタマイズを成功させ午前の訓練を終えて昼食を食べ終ったあと、おやつ用にとシャーベットを作っていたときのことだった。
そのとき陽平は調理場にいたわけだが、そこに陽平と同じか少し上の年齢らしき男がやってきたのだ。
始め陽平は扉に背を向けていた。扉が開く音がしてもゴーレムだろうと思い、気にしなかった。
ここに四ヶ月住んでいて誰一人訪れることはなかった。なので誰も来ることはないのだろうと考えていた陽平が、そこに人がいると想像はできないのも当然か。
「なにを作っているんです?」
「んー? いや今日も暑いからシャーベットを作ってるんだ」
「シャーベット? なんですかそれ?」
「氷菓子の一種で、アイスとは違い、細かな氷の感触があるんだ」
「そんな食べ物があったんですねぇ」
「うろ覚えだけどな……ん?」
聞かれるままに答えていた陽平だが、ようやくおかしいと感じ始めた。ゴーレムには会話機能はないのだ。だから自分以外に声を出すものは、この場にはいないはずだった。
ばっと勢いよく声の方向を見ると、間近に男の顔が。
「近っ!?」
「な、なんですか!?」
男の方もそんな陽平の反応に驚いた様子を見せる。
「あ、あんた誰だ!? どどどど泥棒か!?」
とっさに近くにあったマッシャーを男に向けて陽平は威嚇する。
それに慌てた様子で手を振り男は言う。
「違いますよ! 僕はただお茶を入れに来ただけです!」
「お、お茶?
えーと……あれ? いやほんと誰? 塔にオーエン以外に人はいないはずだぞ?」
「こっちも聞きたいですよ。ここにオーエンさん以外に人がいるなんて。
もしかしてオーエンさんの弟子ですか?」
「違う。俺は……」
召喚されたと言おうとして止まる。本当のこと言っていいものかと悩んでいる。
その悩みも少しだけだった。言っても不都合なことはないだろうと思ったからだ。それにこの男が信じないという可能性もあると考えた陽平は、事情を隠さずに話す。
話を聞き終えた男は驚いた様子だ。異世界なんてものがあると初めて知ったという驚きと感動が表情に表れている。
驚いているということは陽平の話を信じたということ。なぜ信じたのかというと、これといった理由は無い。ただなんとなく陽平が嘘を言ってはいないのだと思った。
これには陽平も驚いた。信じないのではと考えていたのに、目の前の男は自分の話を信じている様子なのだから。
ちなみにオーエンは陽平が異世界から来たということに驚かなかった。それは前例があると知っていたからではなく、興味関心がなかったからだった。
「いろいろと大変でしょう? まったく見知らぬ場所で暮らすのは」
「楽じゃないし不便だけど、食べていけるし安心して生活もできるしそれほど大変じゃないはず」
男が想像するほど陽平は苦労していない。言葉の不自由は乗り越えたし、食事にも困っていない。強制労働させられているわけでもなく、自分の好きなことをやれている。オーエンの以外の人に出会うこともなかったから、文化の違いに戸惑い苦労することもなかった。
もし召喚された直後オーエンに放り出されていたら、高い確率で死んでいた。生き残っても楽な人生を遅れはしなかっただろう。
陽平はオーエンが塔に留めてくれたことは感謝しなければいけない。こっちに来ることになった原因でもあるので、それは難しいだろうが。
「そうですか〜人間ができてますね。
っとお茶持っていくんだった。遅れると大変だ!」
どこになにがあるかわかっているかのように、男はお茶を入れるのに必要なものを準備していく。
「よければ、それをもっと作ってもらえませんか?
師匠に食べさせたいんで」
お茶を入れる手は休めずに男が頼む。
「いいよ」
陽平は作ってあるシャーベットの温度を下げて溶けないようにしてから、三人分のシャーベットを作っていく。
魔法を使い滑らかに調理をこなす陽平を男は感心して見ている。
「手馴れてますね。
それに魔法を料理に使う人を始めて見ました」
それは魔法を使える人が多くはなく、魔法を使える人も魔法に対してのみ熱心になり、生活に役立てようと考えが向かないせいだ。
「使えるものは使わないと。それに使わないと作れないし」
少しずつ魔法で冷やしていく液体を苦労しながら混ぜていく。魔法で強化した腕力のおかげでなんとかなっていた。
調理に魔法を使うことで魔法の修行になっている。それに男は気付いて、さらに感心した様子で見ていた。
「できた」
粒の粗いシャーベットを三つ皿に乗せ男に渡す。
「ありがとうございます」
きちんと頭を下げて礼を言った男は、急いだ様子で調理場を出て行く。
陽平は久しぶりに人と話したなんて思いつつ、シャーベットを食べ始めた。
陽平が自室で、次はどんなカスタマイズにしようかと考えていたとき。部屋の戸が開いて、服の破れている男が顔をのぞかせた。
「ここにいたんですね」
「あんたか……その傷どうしたんだ?」
「師匠に遅いと叱られまして、そのときに鞭でバシッと」
どこかうっとりとした様子で男は胸の傷をさする。
「少し遅れたくらいで酷い師匠だな」
「いえ気にしてませんよ。むしろもっと叩いて欲しかった」
「は?」
「気持ちいいんですよね〜」
「……」
一般的にいうマゾという人種だ。
陽平は今まで生きてきてこういう人種にあったことがなかった。
だからこの場合なんと言えばいいのかわからず黙り込む。
「そ、そういや自己紹介してなかったっけ。
俺は湖塚陽平、あんたは?」
話を逸らすように自己紹介する。
「僕はネク・リーフドと言います。ネクでいいですよ」
「俺も陽平でいい。それでネクは何しにきたんだ?」
「師匠からシャーベットの作り方を教えてもらうように命じられまして。よければ、ほかにもなにかあるならば教えてもらえませんか?
お礼に僕でわかることならお教えしますよ」
この提案は陽平にとって都合のいいものだった。一人ではわかりづらかった式のことがわかるからだ。
「ネクは魔法使い?」
オーエンの知り合いというだけのあてずっぽな問い。
「ええ」
「なら式についても知ってるか? 初歩的なことでいいんだ」
「完全ではありませんが、初歩でいいのならなんとか理解はしてますよ」
「そっかそっか」
陽平は嬉しげに頷く。
「じゃあ俺は式について教えてもらおう。
独学で魔法を学んでて、てこずってたんだ」
「あ〜オーエンさんが教えてくれるわけないですからねぇ」
独学で学んでいるという陽平に驚かず、むしろネクは納得している。
「ではどっちから先に始めます?」
「式のほうからでいいか? 料理は作りながら説明したほうがわかりやすいだろ?」
「そうですね」
陽平は机においてある今まで書いた式をネクに渡し見てもらう。
一応、カスタマイズに成功はしているものの、おかしなところがないとはいえない。そこを指摘してもらいたかった。
その判断は正しく、制御式の書き間違い、文字の書き損じなどが指摘されていく。
どの指摘も陽平にとって有益なことで、直してもらったものを使うとよりスムーズに魔法の発動ができた。
ネクは陽平の勘違いや癖を式から見抜いて、その指摘もしていった。
陽平はいままで式を書くときに、本を真似た単語の羅列で済ませていた。式についての本を発見できていないので仕方が無いのだが、本を注意深く読めばある程度は気付けたはずのことなのだ。魔法を使うことに集中していて、知識を得るという行為が疎かになっていたのだった。
式の組み方にはある程度法則がある。自分に使いやすくカスタマイズするといっても、一からばらばらに組み立てるのではない。法則にそって式を組めば、大抵はどうにかなる。それは初歩ならばまず間違いなく、成功する。
魔法の発動失敗の多さは自業自得といえた。
どのような法則か陽平が完成させたカスタマイズを例にとってみる。
完成させたのは、離れた位置に火の玉を出現させ時限式で発動させる、火球が分裂し任意の場所で破裂するという二つ。
属性式は二つとも火。前者は場所指定という制御式と時間指定という制御式。後者は数を増やすという制御式と任意発動の制御式。
これを見てわかるように式と一言で言っても何種類もわけられる。
使う魔法の属性を示す属性式。これは手の形で表したり、属性に関する品物を用意して済ます。
どのように操作するかの制御式。これは木片や石や紙に書く。使用者の性別と種族によって使う単語の形が微妙に違ってくる。場所指定や数増加のほかにも、広域化、融合、固定、持続など多くの種類がある。
この単語の並べかえにも法則がある。例えば場所指定と時間指定ならば、場所指定を先に書くといったふうに。
しかし全部の優先順位が決まっているわけではなく、同列なものもある。先に書いたもので言えば、場所指定と広域化は同列、固定と持続は同列だ。
同列な場合は自由に並べることができ、これの並べ方で自分にあったカスタマイズを見つける。陽平がカスタマイズを成功させたのは、この部分で自分に合うベストな配置をみつけだしたからだ。
あとこの魔法には使われていないが、異なる魔法同士を繋げる連結式と合体させる合体式もある。
「式そのものについて書かれた書物はとても少ないからみつけにくいだろうね。題名もそうだとわかるものじゃないし。
僕が知ってるかぎりだと『魔法歴史学書』『イバルツ・ルーノ』という二つ」
「ここの書庫にもあるのか?」
「わかりません。僕はここの書庫にある本を見たことがないので」
「あるといいなぁ」
陽平は心底そう思っている。
「そうですねぇ」
「まあ、それはおいといてありがとう。
教えてもらったことは、すごくためになることだ。
一人でやってたら今日教えてもらったことを気付くのに、どれくらいかかったことか。
もう失敗を前提としてカスタマイズしなくていいと思うと、すごく嬉しい」
「それは……自分で自分を痛めつけるのも新鮮でいいかもしれない」
陽平の言葉から起きる出来事を推測して、その結果に新たな発見をしたネク。
「いや、そこに気持ちがこもっていないから、もしかするとあじけないのかもしれない。
今度、試してみよう」
陽平がどんびきしているあいだに、ネクは結論を出す。
この性格さえ気にしなければいい人そうだという人物批評が、陽平の中で出ている。
趣味趣向は個人の自由、そこに口は出せるほど高尚な人間でもないとわかっているので陽平は何も言わない、言えない。
もう少し本音をばらすと、趣味に巻き込まなければ楽しんでるみたいだし、とやかく言うこっちゃないなと思っていた。
「次は俺の番だな。調理場に行こう」
「よろしくお願いします」
陽平は式について教えてもらったお礼に、覚えているかぎりのデザートを作っていく。
覚えている限りと言っても、日頃からデザートを作っていたわけではないので、そう多くの種類を作れはしない。
一度作ったシャーベット、牛乳を加熱し冷やして分離したクリームを使ったアイスクリーム、アイスキャンディ、芋餡の羊羹くらいだ。
作る際に気をつけることを口に出し紙にも書いて、ネクと一緒に作っていく。
作った物を二人で食べながら暇つぶしに話す。
陽平は会話がこんなに楽しいものだったかと、心の中で驚いていた。こっちにきて数ヶ月、オーエンと少し話した以外はずっと会話はなかったので、会話というコミュニケーションに飢えていたのだろう。
「異世界はすごいですね。こんな食べ物があるとは。
特に羊羹! 独特ですよね」
「羊羹は俺のいたところ独自なものじゃなかったかな? 和菓子って言うんだ。
すごいってのは、俺も同じこと思ってる。
魔法なんてなかったから、魔法があること自体がすごい、使えるのもすごい、長生きするのもすごいって思ったよ」
「世界が違うといろいろ違うものなんですねぇ。
僕らにとっては、魔法は珍しいけど、あって当たり前のものですし」
いろいろと違う。ネクが言ったその言葉を陽平は深くは受け止めていない。しかし後になって実感することになる。本当にこっちと地球はいろいろと違うのだと。
世界のできかたからして違うと知ったとき、陽平が驚くのは想像に難くない。
あともう少しで食べ終わるというとき、ネクが立ち上がった。
「どうしたんだ?」
「いえ、師匠に呼ばれて。もう帰るようです。
すみませんが、残してしまいます」
「それはかまわないけど、もしかして魔法で呼ばれたのか?」
「はい。離れていても声を届ける魔法ですね」
ネクはメモを忘れずポケットに入れ、調理場を出る。ネクを見送ろうと陽平も一緒に移動する。
ネクが急いで玄関に向かうので、自然と陽平も急ぐことになる。
玄関には一人の女性がいた。オーエンは見送りにきてはいないらしい。
艶やかな黒髪を持った美人で、鋭い目つきをしていてきつい雰囲気をまとっている。見た目と雰囲気が合わさって女王様といった風情が漂っているように陽平は感じた。
「遅い!」
綺麗な声で、苛立ちの言葉を発する。手にした鞭が今にも唸りを上げそうだ。
「すみません! ルチア様!」
「主人を待たせるなんていい度胸してるじゃない」
「ああっ申し訳ありません」
「覚悟はできてるんでしょうね?」
ルチアの言葉を受けるたび、ネクは悦びに体をふるわせる。
それを見て陽平は、きっとこの主従は相性ばっちりなんだろうなと考えていた。そしてその認識は間違っていない。
ルチアはネクを罵ることをやめ、陽平を見る。
「ふーん、あんたがシャーベットとかいう菓子を作った奴か」
じろじろと観察されることに 陽平はちょっとした怖さを感じる。
ここまで無遠慮に見られることに慣れていないということもある。でも心の奥まで見透かそうとする目に怖さを感じた。
「素質がありそうなら連れて帰ろうと思ったんだけどねぇ」
「素質?」
まさか魔法の素質がないっていうんじゃと考えてしまった。これからってときに潜在能力のなさを言い当てられたのかと不安になる。
その心の動揺に気付いているのかいないのか、ルチアはあっさりと答えた。
「ネクと同じ、従うことに悦びを見出すっていう素質だよ」
「そんなもんなくていい!」
嘘みたいに不安が吹っ飛び、陽平の心を喜びと安心が満たす。マゾの素質があると言われなくてよかったと、ほっと胸をなでおろす。
「元気がいいねぇ」
くくっと笑いルチアはネクを引き連れて外へと出る。
玄関前に空中に浮かぶ小型の船があった。頑丈さを優先されたフォルムだが、優美さを出すことも忘れてはいない外装だ。
それにネクが先に乗り込み、ルチアが乗り込む手助けをする。
「じゃあなオーエンの居候」
それだけ言うとルチアは船室に入っていく。
「それではまたいつか。また異世界こと教えてくださいね」
ネクはそう言ったあと舵を握る。それを合図に船は上昇を始めた。一定の高さに達するとそこで一度止まり、向きを西へと変え、直進していく。
接した時間は少ないのに、陽平に強い印象を与えた主従は帰っていった。
船が見えなくなると陽平は、塔内へと戻る。残っている菓子を食べるため調理室に戻ると、そこにはオーエンがいてアイスクリームを食べていた。
「腹が減ってたのか?」
「ああ」
互いにそうだという認識はないが一応師弟な関係っぽい二人の会話は、それだけで終る。
4前編へ
2008年06月19日
東方SS わりと自業自得な話
「お嬢様」
「なに?」
突如現れた咲夜に動じることなく憂鬱気なレミリアは聞き返す。
「気晴らしに、先日ありあまっているからと売りに出したカリスマがどうなったか書かれたレポートでも読みませんか?」
「読んで頂戴」
「はい。それでは読ませていただきます。
まずは一番多く売れた『れみりゃ愛し隊』のカリスマから。
形の無いカリスマをどのようにわけあうかを話し合い、それが加熱し殴り合いに発展。
殴られて吹っ飛ばされた一人が偶然カリスマにぶつかり体内に吸収。
その場の全員を一括し注目を集め、お嬢様に対する熱い想いを一時間語り続け、全員を先導し紅魔館に進軍開始。
目的はお嬢様を高い高いすることです。
これに対して美鈴が排除許可を願い出ていますが?」
「許可」
レミリアが短くそう言うと咲夜の姿は消え、すぐに現れた。
途端、館外から微かな振動が伝わってくる。
美鈴が許可を受け、排除を開始したことによる振動だ。
妹様万歳といった悲鳴が聞こえきたが、二人は気にしない。
「次は西行寺家当主に売ったカリスマです。
購入理由が不明でしたが判明しました。
食用として購入したようです。
目的どおり食べたようですが、どうも相性が悪かったらしく食あたり? カリスマあたり? したようです」
「見舞いの品でも送ったほうがいいのかしら?」
「いえそれには及びません。
ヘタレ成分を混ぜた饅頭を食べさせたところ、カリスマと相殺して食あたりは治りました」
「それはよかったわ。クレームとかくると面倒だものね」
「まったくです」
対応対処のよさをレミリアが褒めると、咲夜は恐縮ですと一礼する。
「最後に八意永琳に売ったカリスマです。
カリスマとはどのようなものなのか好奇心による研究目的で購入したようです。
同時にカリスマを売るという前代未聞の行為に驚きを示していました。
カリスマに含まれる成分など、わかったことはこちらにも知らせると言っていました。
なお主人のカリスマの調査をしないのかという質問については、返答をいただくことはできませんでした」
「どんな研究結果がでるか楽しみね」
「きっと素晴らしいものに違いありません」
報告が終ると同時に振動もやむ。美鈴がれみりゃ愛し隊の排除を終えたらしい。
レポートをどこかへと消し咲夜は表情を引き締める。
「お嬢様、例の件についての調査結果ですが」
「なにかわかったの!?」
咲夜が切り出した話題によってレミリアの落ち着きがなくなった。
それを見て咲夜の表情が緩むが、すぐに引き締められた。
「はい。
原因は、たくさんあるからとカリスマを売りすぎたことです。
現在お嬢様のカリスマは限りなく0なのです。
なので牙爪の鋭さがなくなり、羽が小さくなり丸みを帯びて、表情が常に緩み、雰囲気が和み系になったのだと思われます。
今のカリスマでは、かろうじて吸血鬼という体面を保つことが限度なのでしょう」
「どうしたら元に戻ると思う?」
自然と可愛らしい仕草で咲夜に聞く。
レミリア本人は必死に聞いていて、そのような仕草を狙ってはいない。
だが狙ってはなくとも、咲夜の心を刺激する。
「私個人としては、現状は大・歓・迎!
失礼しました。
時間が過ぎてカリスマが貯まるのを待つしかないのではと思われます。
これはパチュリー様も同じ意見です」
「ほんとに?」
「グッジョブ!」
聞き返した仕草がとても素晴らしいものだったので、咲夜はサムズアップ。
レミリアの問いは瞬時に頭から消えていた。
この日が、のちに出血多量者を大量にだした「紅魔館は血に萌えて」事件の始まりだった。
2008年06月18日
東方S 偽異変
※緋想天のねたばれあります
緋想天をしていないとわからないところがあります
ピピピピピ!
無機質な音が朝の静けさを乱す。
その音に反応してベッドから身を起こす人物がいる。
淡いグリーンのパジャマに身を包んだ東風谷早苗が、ぐっとのびをして眠気をとばす。
早苗の朝は早い。五時を過ぎるくらいに毎日起きている。
目を覚ました早苗は、眠気をとるために禊もかねて水を浴び汗を流す。
昨日は宴会でお酒を飲み、眠気が強い。それを水の冷たさでなんとか追い払う。
そして次に本殿で座禅を組んで、修行を一時間。これは幻想郷に来る前からやっていたこと。しかし霊夢に負けて、修行により身が入るようになった。自身の力に自信があったのに負けたことが悔しかったという理由もあるが、今後何かあったときのために力をつけておいたほうがいいと考えての修行だ。
今日は朝食当番なので、早めにきりあげ台所へと向かう。
これらはすべて室内で行われたので早苗はまだ異変に気付いていない。
気付いたのは境内の掃除をしようと外に出たとき。
「あれ?」
いつもならば社正面から眼下に見える森や湖が、同じ目線で見えた。なにか樹の種類も違う気がした。
見間違いかなと目を擦っても風景は変わらず、はじめに見たまま。回りを見てさらにおかしいとわかった。
「山じゃない?」
そう守矢神社が山から平地に移動していた。
早苗は箒を投げ捨て走る。今の時間ならば二人はまだ今でくつろいでいるはずだ。
「神奈子様! 諏訪子様!」
「どうした?」
「なにをそんなに慌ててるのさ」
「どうして神社を動かしたんですか!?」
神社の移動は幻想郷にくるとき一度していて、そこから今回も二人が動かしたと考えても不思議ではない。
しかし二人はその問いに不思議そうな顔をしている。
「神社を動かした?
諏訪子あんたそんなことしたのかい?」
「いやそんなことしてないよ。する意味もないし。
だいたい神社動かしたの何百年も前のことで、早苗が知ってるはずないんだけど?」
「数百年前って……私たち幻想郷にきたばかりじゃないですか!」
早苗の言葉に二人は怪訝な表情になる。
「早苗こそ何言ってるのさ。
私たちはここに四百年前にきたんだ、それからずっとここで暮らしてきた」
「変な夢見たんじゃないのか?」
「……夢ですか?」
「落ち着いてごらん。妙にリアルな夢を見て混乱しているだけなんだろ」
「そう……なんでしょうか」
落ち着くためもう一度座禅しますと言って本殿に向かう早苗を二人は見送った。
少なくともその様子から、神社が移動したことを二人は怪しんでもいないとわかる。
本殿で座禅を組み考え込む早苗は、やはり神社は移動しているとしか思えなかった。
昨日里から帰ってくるとき山を眺めながら飛んだ記憶がしっかりとある。その後の天狗や山に住む妖怪との宴会の記憶もある。
「よし!」
落ち着いて考えておかしいと判断した早苗は行動することにした。
動けばなにかわかるかもしれない、そう思ったのだ。
まだ居間にいた二人に出かけてきますと告げて早苗は山に向かって飛ぶ。
移動してみてわかったが、神社がある位置は霧の湖のそば。紅魔館があった場所だ。そこに元からあった紅魔館はない。
移動中、勝負を仕掛けてきた氷の妖精に勝ち、湖を越える。
山の麓に来てさあ登ろうかと思ったとき、風が吹き荒れ射命丸文が姿を現した。
「警告です。引き返すのなら怪我はさせません……って早苗さんじゃないですか。
山になにか用事ですか? もしかして八坂様からなにか言付けでも?」
「文さん。いえ言付けとかじゃないんですが……」
文の様子から自分がここにいるのはおかしいのだとわかった。
しかし早苗にとっては、この山が幻想郷で一番落ち着く場所。それは今もそう感じていて、やはりあそこに神社があるのはおかしいのだと確信した。
「それならばどうして山に入ろうと?」
「いえそれは……」
「それは?」
「えっと…………そう! 文さんに聞きたいことがあって、文さん新聞記者だから色々知ってるでしょう?」
ちょっと苦しいかなと思った早苗。文もちょっと不審だなと考えているが、気にしないことにした。
「聞きたいことって何ですか?」
「守矢神社っていつごろ幻想郷にきたんでしたっけ?」
「たしか四百年くらい前でしたよ。あのときはちょっとした騒動でしたねぇ。
八坂様と洩矢様が暴れて、新聞に書くねたに困りませんでしたから。最近はすっかり大人しくなられて、また暴れてくれませんかね〜」
そしたらまた新聞を書くのにと言う文に早苗は表面上は笑みを浮かべて、心の中でどうなっているのだろうと考える。
聞きたいことはそれだけかと聞いてくる文に、ほかのことも聞こうかと思っていると、山から誰かが飛んできて二人のそばに降り立つ。
銀髪でメイド服を着た人は、早苗は一人しか知らない。
ただどうして山から来るのかわからない。
「十六夜さん?」
「貴方に自己紹介したことあったかしら?
そんなことはどうでもいいわね。
貴方にお嬢様から伝言よ。
『もう少しこの状況を楽しみたいから急がなくていいわ』だそうよ。
たしかに伝えたわ」
それだけ言って帰ろうとする咲夜の腕を掴んで早苗はとめる。
その言い方だとレミリアは今起きていることを知っているように思えたからだ。
ヒントになりそうな人を逃すつもりはなかった。
「どういうことなんですか?」
「どういうことって?」
「伝言のことです」
「意味がわからないわね。
伝言の意味なら私にはわからないわよ。私はただ貴方に伝えろと命じられただけ」
「……そうですか。
やっぱり山中にあるのは紅魔館ですか?」
「なにがやっぱりなのよ。
あなたも知ってるはずでしょ。幻想郷に来てお嬢様が起こした紅霧異変のことは、そこの天狗が記事にしたんだから。
その記事に紅魔館の所在も書かれてたわよ?」
早苗が腕を放したことで聞きたいことはないのだろうと判断した咲夜は、紅魔館へと帰っていく。
咲夜を追ってレミリアに直接事情を聞きたい早苗だが、文が通してくれないだろうと思い追うのは諦めた。
とりあえず早苗は山から離れることにした。
なにかネタを持っている早苗に、話しを聞きたそうにしている文に別れを告げて、向かう先は博麗神社。
その早苗のあとを追うことなく文は山に帰っていった。天狗が信仰する神様の巫女を記事にするのは不味いかもしれないと判断したからだ。えらく残念そうな雰囲気を漂わせてはいたが。
早苗が博麗神社に向かったのは、異変解決といえば霊夢だと思ったからだった。
霊夢ならは何か変化を感じとっているのではと、期待を胸に秘めて飛ぶ。
途中でおなかをすかせて襲い掛かってきたルーミアを撃退して博麗神社にたどり着く。
そこにいたのは霊夢ではなく、ごく最近知り合った永江衣玖。のんびりと境内を掃除している最中だ。
その手馴れた掃除の様子を見て、霊夢がいないかもしれないと不安が湧く。
「早苗? こんにちわ。何か用事ですか?」
早苗に気付いた衣玖が声をかける。
「こ、こんにちわ。霊夢いますか?
「いつものように縁側でお茶を飲んでますよ」
「そうですかぁ」
いたんだ、よかったぁと心底安心する早苗。
安心した早苗は衣玖がここにいることを珍しく思い、聞いてみる。
「永江さんはどうしてここに?」
「いつものように衣玖さんと呼ばないのですか?
それに私はここに住んでますから、いてもおかしくないでしょう?」
「え?」
ここは大丈夫だと思い込んでいたところに、また異変が起きていて戸惑う。
そのせいか思ったことをそのまま口に出してしまう。
「ここに住んでいるのは霊夢をのぞくと、萃香さんだけでしょ?」
「萃香さんっていうと天界にいる鬼のことですよね?
どうしてあの鬼が神社に住んでるだなんて思うんです?」
「そ、そうでしたっけ? 今日おかしな夢を見てそれで記憶がごっちゃになってて。
おかしなこと言ってすみません」
混乱しつつもどうにか話をあわせようと適当に言いつくろう。
それを衣玖は信じたようで、よほどリアルな夢だったんですねと微笑みを浮かべる。
掃除を続ける衣玖から離れて霊夢のところへ向かう。
「霊夢も異変に気付いているといいけど」
そうであってほしいと願い足早に向かう。
「霊夢!」
のんびりといつもどおりの雰囲気でお茶を飲む霊夢に、つい強い口調で呼びかける。
「なによ? そんなに切羽詰った様子でどうかしたの?」
「なにかおかしなことが起きていると思うんだけど、あなたは何か感じてない?」
「おかしなこと?
……なにも感じないわね。早苗の気のせいじゃないの?」
「ほんとに?」
「ほんとよ。何事も起きてなくて平和。
幽々子が何か企んでいるわけじゃなし、神奈子が遊びにきてもない、萃香がなにか異変を起こそうともしてない。
ほら平和な日でしょ?」
霊夢の言葉におかしな点があることはすぐに気付いた。
西行寺のお嬢様がなにかを企むということは滅多にないし、神奈子が宴会以外で博麗神社に遊びにくることもない。
霊夢も気付いていないとなると、自分が間違っているのかと早苗は思えてきた。
まだ眠っていて夢の中なのか、平行世界にでもきたのか、永遠亭の薬の実験台にでもなって記憶がおかしくなったのか。
そんなことを考えて思い出した。レミリアは自分と同じで気付いていたということを。
ほかにも気付いている人がいるかもしれない、そう考えた早苗はその誰かを探すため飛び立った。
「なんなのよ?」
霊夢はそんな早苗を呆然と見送るだけだ。
その霊夢の後ろに隙間が開いたことに気付いたものは、誰もいない。
早苗が次に向かったのは里。
里は動いておらず、いつもと同じようにそこあった。
博麗神社のこともあるので、見た目変わっていなくてもどこかしら変わっていそうなので、油断はできない。
早苗は稗田家に向かう。人の記憶が変わっているが、書物はどうなのかと思いついたからだ。
「急に来てすみません」
「かまいませんよ。稗田家の資料は誰にでも見ることができますから」
早苗を出迎えた家人に案内され、阿求と対面しここにきた理由を告げる。
それに阿求は嫌な顔せずに、にこやかに応じた。
「見たい資料はどんなものですか?
膨大な数がありますから、私が探して持ってきますよ」
「えっとそれじゃ、地図かどこに何があるか記された資料をお願いします」
「わかりました。少しお待ちください」
そう言って阿求は部屋を出ていく。
阿求が資料を探している間、早苗は出されたお茶とお茶菓子を飲み食いして待つ。
少しして、いくつかの資料を持った阿求が戻ってきた。
「こちらが地図と資料になります。
私は隣の部屋にいますから、見終わったら言ってください」
「ありがとうございます」
何も聞かずに去る阿求に礼を言い、資料を見始める。
まず始めに見たのは地図。
机に広げ、幻想郷全体が簡単に記された地図を、自分の記憶と照らし合わせながら見ていく。
「地図もかわってる」
阿求から渡された地図は、早苗の記憶とはいくつか違う部分があった。
守矢神社と紅魔館の位置が入れ替わっているのは、すでに知っている。さらに違うのは魔法の森に魔理沙とアリスの家がないこと。
次に見た資料も同じだった。魔法の森には誰も住んでいないと記されている。
もっと驚くこともわかった。
幻想郷の有名どころの主人がかわっていたのだ。
白玉楼主人は天人の比那名居天子。従者はかわらず魂魄妖夢。八雲家主人は、西行寺幽々子。式二人はかわらずそこにいる。香霖堂には店番兼商人見習いとして、霧雨魔理沙。天界には伊吹萃香。
それら以外には変化はなさそうだ。
「どうなってるの?」
おかしいとはわかるものの、なぜこんなことになったのかわからない。
ここで悩んでも仕方がないと思い早苗は再び動くことにした。
阿求に礼を言って稗田家を出る。
阿求は早苗が見ていたものを片付ける前に、ぱらぱらと流し読みをして気がついた。
地図や資料が新しいのだ。古く見えるように細工されてはいるものの、日頃から資料に触れている阿求には違いがわかった。
書き直したという記憶はない。それなのに新しいということに首を傾げ、元の場所に戻す。
疑問を抱えたまま阿求は幻想郷縁起編纂を開始する。
早苗は寺子屋に来ている。
変化したものばかり追うのではなく、変化の無い場所にもなにかあるかもしれないと考えた。
そして変化の無い場所で一番近いところが、上白沢慧音のいる寺子屋だった。
「珍しい客だな」
「ちょっと聞きたいことがありまして」
「私で答えられることならば答えるよ」
「えっとですね」
そこで早苗は詰まる。どう聞けばいいだろうかと。
いままでのように率直に聞いても、また同じような反応が返ってくるだけだと簡単に推測できる。
「どうした?」
「えーと」
聞きたいけれど聞き方に迷い口ごもる。
その早苗を慧音は少し怪しみつつ不思議そうに見ている。
「どう言えばいいのか」
「聞きたいことを言葉にしてもらわないと、答えようがないのだがな」
「……今日、なにかおかしなことがおきてません?」
いい案が思いつかない早苗は、結局これまでと同じように聞いてみることにした。
「おかしなこと?」
慧音の表情が少しだけ驚いたというものになる。
それはすぐになんでもないという表情に戻ったが、早苗は見逃さなかった。
「何か知ってるんですか!?
昨日と今日で建物の位置が変わってたり、人の立ち位置が変わってて、私なにがなんだか!」
事情を知っていそうな人に出会い、心に溜め込んでいた不安や困惑が一気に湧き出る。
どうなっているのか教えてほしいと心を込めて頼むが、
「知っては……いる。でも言えない。
言えるとしたら明日には元通りということだ。
だからお前が動く必要はないんだ」
「私は動かなくてもいい?
意味がわかりません!」
「すまないな。これ以上は言えないんだ」
二人はじっと見つめあう。早苗はもっと聞きたそうにして、慧音は目に謝罪の色を浮かべて。
五分ばかり粘った早苗は、これ以上は本当に聞きだせそうにないと判断し、慧音に頭を下げて寺子屋を出て行った。
寺子屋を出たあとも早苗は幻想郷中を飛び回る。
明日には元に戻る、動かなくてもいいと言われても、本当にそうなのか保証は無い。それに抱えた不安は慧音の言葉では晴れてくれなかった。
もしかするとずっとおかしなままでいることになる。その違和感を抱えたまま過ごしていくのは嫌だった。それに神奈子や諏訪子や山の皆との思い出が偽りのままなのも嫌だった。
情報を求めて人に話しを聞いてまわる。
人々の反応は三種類に分かれた。何も気付いていない人、慧音と同じ反応を示した永琳、面白そうにヒントを出した幽々子と萃香の三種類。
木陰に腰を下ろして休憩しつつ、もらったヒントを踏まえて状況を整理してみる。
出されたヒントは、被害の有無と出会えていない人。
早苗は言われて気付いた。異変にしては被害がないことに。
異変と言っても建物と人が移動しただけ。話に聞いた紅霧で覆われ日が地に届かない、夜が明けないなどという実害は今のところない。
早苗は気付いていないが、被害はむしろでないようにされている。例えば彼岸周辺が動けば、必ず厄介ごとが起こる。動かせない人と場所を動かさず、動かせる人と場所のみが移動している。
会えていない人にも心当たりがある。それは八雲紫。早苗は幻想郷中の有名人に一通り会ってきた。その中で紫には出会えていないし、稗田家の資料でもその所在については知ることができなかった。
「八雲さんが今回の黒幕として、どこにいるかわからないと問いただすこともできない」
「探す必要はないわ」
行き詰った早苗の目の前に隙間が開き、そこから紫が現れる。
黒幕と考えていた人物のあっさりとした登場に早苗は驚く。
「まさかあなたが記憶を保ったままでいられるなんてね」
「出てきたということは説明してもらえるんですよね」
「ええ。霊夢が来るまでまだ時間はありそうだし」
「霊夢が来る?」
「今回の異変は偽物よ。
私と八意永琳と上白沢慧音の三人がかりで、霊夢のためにわざと起こしたもの」
それだけではなんのことだかさっぱりわからない早苗は、黙ったまま先を促す。
「一ヶ月ほど前に天人が起こした騒動のことは知ってる?」
「地震がどうとかですよね? 霊夢から聞きましたけど」
「それであってるわ。
その騒ぎの際に色々な人物が動いたのよ。私も含めてね。
萃香や幽々子が一番に気付いたのかしらね? それにひきかえ霊夢はわりと遅かった。動き出すのもね。
異変解決が仕事なのに迅速に動かないって考え物だと思わない?
解決しても被害が大きければ、解決した意味はあるのかしら?
今回は被害が出る前に解決できた。でも次はどうだと思う?
だから私は偽の異変を起こすことにしたの。幻想郷に被害が起こる可能性を減らすため、一ヶ月前のお仕置きを兼ねて霊夢を鍛えることを目的としてね。
異変を装いでもしないと、あの子を鍛えることなんてできないから」
早苗は気付く。慧音と永琳の謝罪に隠された意味を。
本来ならば気付かずに終っていた異変に巻き込み、無闇に不安を与えたことに対しての謝罪だったのだと。
「どうして私は気付いたのでしょうか?」
「原因は二つ。守矢神社に対して仕掛けた記憶操作が甘かったこと。これは宴会で八坂と洩矢の神が酔っ払ってて、強く仕掛けなくても大丈夫だと判断した私のミスね。
もう一つは、あなたの修行の成果。日頃の成果が出たのだから喜びなさいな」
「はあ」
そうは言われても複雑な思いだった。手加減されて、それを打ち破ったからと言って素直には喜べない。
「霊夢が異変に気付いていなかったのは?」
「仕掛けを破れなかったから。仕掛けと言ってもあなたにかけたものより強いわよ」
「異変を起こすのに一ヶ月かけたのは?」
「準備期間。下準備に時間がかかってね。
稗田家の偽資料を作ったり、八意永琳が幻想郷中にばらまく薬を作ったり、上白沢慧音が白沢化する時期に合わせる必要もあったし」
「動いていない場所があるのは?」
「里は人や建物がたくさんあって動かすのが大変なのよ。永遠亭は八意永琳が動かすのを嫌ったから。彼岸周辺は閻魔たちの業務に差し支えが出るでしょう? そのことで説教なんかされたくなかったの」
「永琳さんと慧音さんがよく協力しましたね?」
「八意永琳は希少な材料を渡して、大規模な薬品散布ができると言ったら協力してくれたわ。
上白沢慧音は、早く異変解決できるようになるとそれだけ里に被害がでないと言ったら協力してくれた。
八意永琳は薬品を使って、上白沢慧音は歴史をいじってもらい記憶を誤魔化してもらったの。さすがに私一人で幻想郷中に細工するのは骨が折れるから。
二人があなたに事情を話さなかったのは、あなたから霊夢に偽の異変だと伝わらないようにするため」
「アリスさんや魔理沙さんについては?」
「アリス・マーガトロイドは記憶を操作して一時的に帰郷してもらったのよ。魔理沙は異変解決に乗り出さないため、そして霊夢に協力しないように魔法が使えるということを忘れさせ香霖堂に移した。
二人の家は隠してあるわ」
「幽々子さんと萃香さんとレミリアさんが事情を知っていたのは?」
「幽々子には私が話したから。萃香は知らないわ。レミリアは運命を見て偶然知ったんでしょう。
他に聞きたいことは?」
一番聞きたいことがわかっているかのように紫は聞く。
早苗は不安の原因となっていることを言葉に出す。
「本当に明日になれば元に戻りますか?」
「ええ。異変は一日限り」
「神社は山に帰って、神奈子様と諏訪子様、山の皆さんたちと過ごせるようになれるんですね?」
「ええ、明日になればすべて元通り」
故郷がなくなるかもしれないという不安、思い出が戻ってこないかもという不安は、ようやく晴れた。
それは紫の言葉に嘘が感じられなかったから。
もしかすると紫が演技で嘘を隠し切ったかもしれない。だがそれを早苗は見抜けなかったので、ほっと胸をなでおろす。
これが霊夢ならば、紫が嘘をついていた場合、直感でうさんくさいと判断しただろう。
けれどこれは意味の無い問答だ。本当に紫の言葉に嘘はないのだから。
「そろそろ霊夢がくるわね」
紫の視線の先にこちらに向かってくる霊夢が見える。
早苗の目には小さな点にくらいしか見えないが、紫にはいつもの巫女服を煤けさせ飛んでいる姿が見えている。
これは慧音、永琳、幽々子、萃香、レミリア、文たちと弾幕勝負をしてきたからだ。
「これから霊夢と弾幕ごっこするんだけど見ていく?」
「いえ、帰ります」
「そう。お疲れ様」
きちんと労わりの感情が込められた言葉を背に、早苗は家族のもとへ帰る。
「やっとみつけたわよ! 異変の原因はあんたでしょ!」
「さあ、どうかしらね?」
「話す気はないって言うのね。いいわ、力づくで話させてやるんだから!」
「ふふ、できるかしら?」
離れる早苗の耳にこんな会話が聞こえてくる。
だけどそこは霊夢が主役の舞台で、早苗の出番はない。
作られた舞台のタネがわかっている演目を見る気にもなれず、早苗は一度も振り向かずに守矢神社へと飛んでいった。
緋想天をしていないとわからないところがあります
ピピピピピ!
無機質な音が朝の静けさを乱す。
その音に反応してベッドから身を起こす人物がいる。
淡いグリーンのパジャマに身を包んだ東風谷早苗が、ぐっとのびをして眠気をとばす。
早苗の朝は早い。五時を過ぎるくらいに毎日起きている。
目を覚ました早苗は、眠気をとるために禊もかねて水を浴び汗を流す。
昨日は宴会でお酒を飲み、眠気が強い。それを水の冷たさでなんとか追い払う。
そして次に本殿で座禅を組んで、修行を一時間。これは幻想郷に来る前からやっていたこと。しかし霊夢に負けて、修行により身が入るようになった。自身の力に自信があったのに負けたことが悔しかったという理由もあるが、今後何かあったときのために力をつけておいたほうがいいと考えての修行だ。
今日は朝食当番なので、早めにきりあげ台所へと向かう。
これらはすべて室内で行われたので早苗はまだ異変に気付いていない。
気付いたのは境内の掃除をしようと外に出たとき。
「あれ?」
いつもならば社正面から眼下に見える森や湖が、同じ目線で見えた。なにか樹の種類も違う気がした。
見間違いかなと目を擦っても風景は変わらず、はじめに見たまま。回りを見てさらにおかしいとわかった。
「山じゃない?」
そう守矢神社が山から平地に移動していた。
早苗は箒を投げ捨て走る。今の時間ならば二人はまだ今でくつろいでいるはずだ。
「神奈子様! 諏訪子様!」
「どうした?」
「なにをそんなに慌ててるのさ」
「どうして神社を動かしたんですか!?」
神社の移動は幻想郷にくるとき一度していて、そこから今回も二人が動かしたと考えても不思議ではない。
しかし二人はその問いに不思議そうな顔をしている。
「神社を動かした?
諏訪子あんたそんなことしたのかい?」
「いやそんなことしてないよ。する意味もないし。
だいたい神社動かしたの何百年も前のことで、早苗が知ってるはずないんだけど?」
「数百年前って……私たち幻想郷にきたばかりじゃないですか!」
早苗の言葉に二人は怪訝な表情になる。
「早苗こそ何言ってるのさ。
私たちはここに四百年前にきたんだ、それからずっとここで暮らしてきた」
「変な夢見たんじゃないのか?」
「……夢ですか?」
「落ち着いてごらん。妙にリアルな夢を見て混乱しているだけなんだろ」
「そう……なんでしょうか」
落ち着くためもう一度座禅しますと言って本殿に向かう早苗を二人は見送った。
少なくともその様子から、神社が移動したことを二人は怪しんでもいないとわかる。
本殿で座禅を組み考え込む早苗は、やはり神社は移動しているとしか思えなかった。
昨日里から帰ってくるとき山を眺めながら飛んだ記憶がしっかりとある。その後の天狗や山に住む妖怪との宴会の記憶もある。
「よし!」
落ち着いて考えておかしいと判断した早苗は行動することにした。
動けばなにかわかるかもしれない、そう思ったのだ。
まだ居間にいた二人に出かけてきますと告げて早苗は山に向かって飛ぶ。
移動してみてわかったが、神社がある位置は霧の湖のそば。紅魔館があった場所だ。そこに元からあった紅魔館はない。
移動中、勝負を仕掛けてきた氷の妖精に勝ち、湖を越える。
山の麓に来てさあ登ろうかと思ったとき、風が吹き荒れ射命丸文が姿を現した。
「警告です。引き返すのなら怪我はさせません……って早苗さんじゃないですか。
山になにか用事ですか? もしかして八坂様からなにか言付けでも?」
「文さん。いえ言付けとかじゃないんですが……」
文の様子から自分がここにいるのはおかしいのだとわかった。
しかし早苗にとっては、この山が幻想郷で一番落ち着く場所。それは今もそう感じていて、やはりあそこに神社があるのはおかしいのだと確信した。
「それならばどうして山に入ろうと?」
「いえそれは……」
「それは?」
「えっと…………そう! 文さんに聞きたいことがあって、文さん新聞記者だから色々知ってるでしょう?」
ちょっと苦しいかなと思った早苗。文もちょっと不審だなと考えているが、気にしないことにした。
「聞きたいことって何ですか?」
「守矢神社っていつごろ幻想郷にきたんでしたっけ?」
「たしか四百年くらい前でしたよ。あのときはちょっとした騒動でしたねぇ。
八坂様と洩矢様が暴れて、新聞に書くねたに困りませんでしたから。最近はすっかり大人しくなられて、また暴れてくれませんかね〜」
そしたらまた新聞を書くのにと言う文に早苗は表面上は笑みを浮かべて、心の中でどうなっているのだろうと考える。
聞きたいことはそれだけかと聞いてくる文に、ほかのことも聞こうかと思っていると、山から誰かが飛んできて二人のそばに降り立つ。
銀髪でメイド服を着た人は、早苗は一人しか知らない。
ただどうして山から来るのかわからない。
「十六夜さん?」
「貴方に自己紹介したことあったかしら?
そんなことはどうでもいいわね。
貴方にお嬢様から伝言よ。
『もう少しこの状況を楽しみたいから急がなくていいわ』だそうよ。
たしかに伝えたわ」
それだけ言って帰ろうとする咲夜の腕を掴んで早苗はとめる。
その言い方だとレミリアは今起きていることを知っているように思えたからだ。
ヒントになりそうな人を逃すつもりはなかった。
「どういうことなんですか?」
「どういうことって?」
「伝言のことです」
「意味がわからないわね。
伝言の意味なら私にはわからないわよ。私はただ貴方に伝えろと命じられただけ」
「……そうですか。
やっぱり山中にあるのは紅魔館ですか?」
「なにがやっぱりなのよ。
あなたも知ってるはずでしょ。幻想郷に来てお嬢様が起こした紅霧異変のことは、そこの天狗が記事にしたんだから。
その記事に紅魔館の所在も書かれてたわよ?」
早苗が腕を放したことで聞きたいことはないのだろうと判断した咲夜は、紅魔館へと帰っていく。
咲夜を追ってレミリアに直接事情を聞きたい早苗だが、文が通してくれないだろうと思い追うのは諦めた。
とりあえず早苗は山から離れることにした。
なにかネタを持っている早苗に、話しを聞きたそうにしている文に別れを告げて、向かう先は博麗神社。
その早苗のあとを追うことなく文は山に帰っていった。天狗が信仰する神様の巫女を記事にするのは不味いかもしれないと判断したからだ。えらく残念そうな雰囲気を漂わせてはいたが。
早苗が博麗神社に向かったのは、異変解決といえば霊夢だと思ったからだった。
霊夢ならは何か変化を感じとっているのではと、期待を胸に秘めて飛ぶ。
途中でおなかをすかせて襲い掛かってきたルーミアを撃退して博麗神社にたどり着く。
そこにいたのは霊夢ではなく、ごく最近知り合った永江衣玖。のんびりと境内を掃除している最中だ。
その手馴れた掃除の様子を見て、霊夢がいないかもしれないと不安が湧く。
「早苗? こんにちわ。何か用事ですか?」
早苗に気付いた衣玖が声をかける。
「こ、こんにちわ。霊夢いますか?
「いつものように縁側でお茶を飲んでますよ」
「そうですかぁ」
いたんだ、よかったぁと心底安心する早苗。
安心した早苗は衣玖がここにいることを珍しく思い、聞いてみる。
「永江さんはどうしてここに?」
「いつものように衣玖さんと呼ばないのですか?
それに私はここに住んでますから、いてもおかしくないでしょう?」
「え?」
ここは大丈夫だと思い込んでいたところに、また異変が起きていて戸惑う。
そのせいか思ったことをそのまま口に出してしまう。
「ここに住んでいるのは霊夢をのぞくと、萃香さんだけでしょ?」
「萃香さんっていうと天界にいる鬼のことですよね?
どうしてあの鬼が神社に住んでるだなんて思うんです?」
「そ、そうでしたっけ? 今日おかしな夢を見てそれで記憶がごっちゃになってて。
おかしなこと言ってすみません」
混乱しつつもどうにか話をあわせようと適当に言いつくろう。
それを衣玖は信じたようで、よほどリアルな夢だったんですねと微笑みを浮かべる。
掃除を続ける衣玖から離れて霊夢のところへ向かう。
「霊夢も異変に気付いているといいけど」
そうであってほしいと願い足早に向かう。
「霊夢!」
のんびりといつもどおりの雰囲気でお茶を飲む霊夢に、つい強い口調で呼びかける。
「なによ? そんなに切羽詰った様子でどうかしたの?」
「なにかおかしなことが起きていると思うんだけど、あなたは何か感じてない?」
「おかしなこと?
……なにも感じないわね。早苗の気のせいじゃないの?」
「ほんとに?」
「ほんとよ。何事も起きてなくて平和。
幽々子が何か企んでいるわけじゃなし、神奈子が遊びにきてもない、萃香がなにか異変を起こそうともしてない。
ほら平和な日でしょ?」
霊夢の言葉におかしな点があることはすぐに気付いた。
西行寺のお嬢様がなにかを企むということは滅多にないし、神奈子が宴会以外で博麗神社に遊びにくることもない。
霊夢も気付いていないとなると、自分が間違っているのかと早苗は思えてきた。
まだ眠っていて夢の中なのか、平行世界にでもきたのか、永遠亭の薬の実験台にでもなって記憶がおかしくなったのか。
そんなことを考えて思い出した。レミリアは自分と同じで気付いていたということを。
ほかにも気付いている人がいるかもしれない、そう考えた早苗はその誰かを探すため飛び立った。
「なんなのよ?」
霊夢はそんな早苗を呆然と見送るだけだ。
その霊夢の後ろに隙間が開いたことに気付いたものは、誰もいない。
早苗が次に向かったのは里。
里は動いておらず、いつもと同じようにそこあった。
博麗神社のこともあるので、見た目変わっていなくてもどこかしら変わっていそうなので、油断はできない。
早苗は稗田家に向かう。人の記憶が変わっているが、書物はどうなのかと思いついたからだ。
「急に来てすみません」
「かまいませんよ。稗田家の資料は誰にでも見ることができますから」
早苗を出迎えた家人に案内され、阿求と対面しここにきた理由を告げる。
それに阿求は嫌な顔せずに、にこやかに応じた。
「見たい資料はどんなものですか?
膨大な数がありますから、私が探して持ってきますよ」
「えっとそれじゃ、地図かどこに何があるか記された資料をお願いします」
「わかりました。少しお待ちください」
そう言って阿求は部屋を出ていく。
阿求が資料を探している間、早苗は出されたお茶とお茶菓子を飲み食いして待つ。
少しして、いくつかの資料を持った阿求が戻ってきた。
「こちらが地図と資料になります。
私は隣の部屋にいますから、見終わったら言ってください」
「ありがとうございます」
何も聞かずに去る阿求に礼を言い、資料を見始める。
まず始めに見たのは地図。
机に広げ、幻想郷全体が簡単に記された地図を、自分の記憶と照らし合わせながら見ていく。
「地図もかわってる」
阿求から渡された地図は、早苗の記憶とはいくつか違う部分があった。
守矢神社と紅魔館の位置が入れ替わっているのは、すでに知っている。さらに違うのは魔法の森に魔理沙とアリスの家がないこと。
次に見た資料も同じだった。魔法の森には誰も住んでいないと記されている。
もっと驚くこともわかった。
幻想郷の有名どころの主人がかわっていたのだ。
白玉楼主人は天人の比那名居天子。従者はかわらず魂魄妖夢。八雲家主人は、西行寺幽々子。式二人はかわらずそこにいる。香霖堂には店番兼商人見習いとして、霧雨魔理沙。天界には伊吹萃香。
それら以外には変化はなさそうだ。
「どうなってるの?」
おかしいとはわかるものの、なぜこんなことになったのかわからない。
ここで悩んでも仕方がないと思い早苗は再び動くことにした。
阿求に礼を言って稗田家を出る。
阿求は早苗が見ていたものを片付ける前に、ぱらぱらと流し読みをして気がついた。
地図や資料が新しいのだ。古く見えるように細工されてはいるものの、日頃から資料に触れている阿求には違いがわかった。
書き直したという記憶はない。それなのに新しいということに首を傾げ、元の場所に戻す。
疑問を抱えたまま阿求は幻想郷縁起編纂を開始する。
早苗は寺子屋に来ている。
変化したものばかり追うのではなく、変化の無い場所にもなにかあるかもしれないと考えた。
そして変化の無い場所で一番近いところが、上白沢慧音のいる寺子屋だった。
「珍しい客だな」
「ちょっと聞きたいことがありまして」
「私で答えられることならば答えるよ」
「えっとですね」
そこで早苗は詰まる。どう聞けばいいだろうかと。
いままでのように率直に聞いても、また同じような反応が返ってくるだけだと簡単に推測できる。
「どうした?」
「えーと」
聞きたいけれど聞き方に迷い口ごもる。
その早苗を慧音は少し怪しみつつ不思議そうに見ている。
「どう言えばいいのか」
「聞きたいことを言葉にしてもらわないと、答えようがないのだがな」
「……今日、なにかおかしなことがおきてません?」
いい案が思いつかない早苗は、結局これまでと同じように聞いてみることにした。
「おかしなこと?」
慧音の表情が少しだけ驚いたというものになる。
それはすぐになんでもないという表情に戻ったが、早苗は見逃さなかった。
「何か知ってるんですか!?
昨日と今日で建物の位置が変わってたり、人の立ち位置が変わってて、私なにがなんだか!」
事情を知っていそうな人に出会い、心に溜め込んでいた不安や困惑が一気に湧き出る。
どうなっているのか教えてほしいと心を込めて頼むが、
「知っては……いる。でも言えない。
言えるとしたら明日には元通りということだ。
だからお前が動く必要はないんだ」
「私は動かなくてもいい?
意味がわかりません!」
「すまないな。これ以上は言えないんだ」
二人はじっと見つめあう。早苗はもっと聞きたそうにして、慧音は目に謝罪の色を浮かべて。
五分ばかり粘った早苗は、これ以上は本当に聞きだせそうにないと判断し、慧音に頭を下げて寺子屋を出て行った。
寺子屋を出たあとも早苗は幻想郷中を飛び回る。
明日には元に戻る、動かなくてもいいと言われても、本当にそうなのか保証は無い。それに抱えた不安は慧音の言葉では晴れてくれなかった。
もしかするとずっとおかしなままでいることになる。その違和感を抱えたまま過ごしていくのは嫌だった。それに神奈子や諏訪子や山の皆との思い出が偽りのままなのも嫌だった。
情報を求めて人に話しを聞いてまわる。
人々の反応は三種類に分かれた。何も気付いていない人、慧音と同じ反応を示した永琳、面白そうにヒントを出した幽々子と萃香の三種類。
木陰に腰を下ろして休憩しつつ、もらったヒントを踏まえて状況を整理してみる。
出されたヒントは、被害の有無と出会えていない人。
早苗は言われて気付いた。異変にしては被害がないことに。
異変と言っても建物と人が移動しただけ。話に聞いた紅霧で覆われ日が地に届かない、夜が明けないなどという実害は今のところない。
早苗は気付いていないが、被害はむしろでないようにされている。例えば彼岸周辺が動けば、必ず厄介ごとが起こる。動かせない人と場所を動かさず、動かせる人と場所のみが移動している。
会えていない人にも心当たりがある。それは八雲紫。早苗は幻想郷中の有名人に一通り会ってきた。その中で紫には出会えていないし、稗田家の資料でもその所在については知ることができなかった。
「八雲さんが今回の黒幕として、どこにいるかわからないと問いただすこともできない」
「探す必要はないわ」
行き詰った早苗の目の前に隙間が開き、そこから紫が現れる。
黒幕と考えていた人物のあっさりとした登場に早苗は驚く。
「まさかあなたが記憶を保ったままでいられるなんてね」
「出てきたということは説明してもらえるんですよね」
「ええ。霊夢が来るまでまだ時間はありそうだし」
「霊夢が来る?」
「今回の異変は偽物よ。
私と八意永琳と上白沢慧音の三人がかりで、霊夢のためにわざと起こしたもの」
それだけではなんのことだかさっぱりわからない早苗は、黙ったまま先を促す。
「一ヶ月ほど前に天人が起こした騒動のことは知ってる?」
「地震がどうとかですよね? 霊夢から聞きましたけど」
「それであってるわ。
その騒ぎの際に色々な人物が動いたのよ。私も含めてね。
萃香や幽々子が一番に気付いたのかしらね? それにひきかえ霊夢はわりと遅かった。動き出すのもね。
異変解決が仕事なのに迅速に動かないって考え物だと思わない?
解決しても被害が大きければ、解決した意味はあるのかしら?
今回は被害が出る前に解決できた。でも次はどうだと思う?
だから私は偽の異変を起こすことにしたの。幻想郷に被害が起こる可能性を減らすため、一ヶ月前のお仕置きを兼ねて霊夢を鍛えることを目的としてね。
異変を装いでもしないと、あの子を鍛えることなんてできないから」
早苗は気付く。慧音と永琳の謝罪に隠された意味を。
本来ならば気付かずに終っていた異変に巻き込み、無闇に不安を与えたことに対しての謝罪だったのだと。
「どうして私は気付いたのでしょうか?」
「原因は二つ。守矢神社に対して仕掛けた記憶操作が甘かったこと。これは宴会で八坂と洩矢の神が酔っ払ってて、強く仕掛けなくても大丈夫だと判断した私のミスね。
もう一つは、あなたの修行の成果。日頃の成果が出たのだから喜びなさいな」
「はあ」
そうは言われても複雑な思いだった。手加減されて、それを打ち破ったからと言って素直には喜べない。
「霊夢が異変に気付いていなかったのは?」
「仕掛けを破れなかったから。仕掛けと言ってもあなたにかけたものより強いわよ」
「異変を起こすのに一ヶ月かけたのは?」
「準備期間。下準備に時間がかかってね。
稗田家の偽資料を作ったり、八意永琳が幻想郷中にばらまく薬を作ったり、上白沢慧音が白沢化する時期に合わせる必要もあったし」
「動いていない場所があるのは?」
「里は人や建物がたくさんあって動かすのが大変なのよ。永遠亭は八意永琳が動かすのを嫌ったから。彼岸周辺は閻魔たちの業務に差し支えが出るでしょう? そのことで説教なんかされたくなかったの」
「永琳さんと慧音さんがよく協力しましたね?」
「八意永琳は希少な材料を渡して、大規模な薬品散布ができると言ったら協力してくれたわ。
上白沢慧音は、早く異変解決できるようになるとそれだけ里に被害がでないと言ったら協力してくれた。
八意永琳は薬品を使って、上白沢慧音は歴史をいじってもらい記憶を誤魔化してもらったの。さすがに私一人で幻想郷中に細工するのは骨が折れるから。
二人があなたに事情を話さなかったのは、あなたから霊夢に偽の異変だと伝わらないようにするため」
「アリスさんや魔理沙さんについては?」
「アリス・マーガトロイドは記憶を操作して一時的に帰郷してもらったのよ。魔理沙は異変解決に乗り出さないため、そして霊夢に協力しないように魔法が使えるということを忘れさせ香霖堂に移した。
二人の家は隠してあるわ」
「幽々子さんと萃香さんとレミリアさんが事情を知っていたのは?」
「幽々子には私が話したから。萃香は知らないわ。レミリアは運命を見て偶然知ったんでしょう。
他に聞きたいことは?」
一番聞きたいことがわかっているかのように紫は聞く。
早苗は不安の原因となっていることを言葉に出す。
「本当に明日になれば元に戻りますか?」
「ええ。異変は一日限り」
「神社は山に帰って、神奈子様と諏訪子様、山の皆さんたちと過ごせるようになれるんですね?」
「ええ、明日になればすべて元通り」
故郷がなくなるかもしれないという不安、思い出が戻ってこないかもという不安は、ようやく晴れた。
それは紫の言葉に嘘が感じられなかったから。
もしかすると紫が演技で嘘を隠し切ったかもしれない。だがそれを早苗は見抜けなかったので、ほっと胸をなでおろす。
これが霊夢ならば、紫が嘘をついていた場合、直感でうさんくさいと判断しただろう。
けれどこれは意味の無い問答だ。本当に紫の言葉に嘘はないのだから。
「そろそろ霊夢がくるわね」
紫の視線の先にこちらに向かってくる霊夢が見える。
早苗の目には小さな点にくらいしか見えないが、紫にはいつもの巫女服を煤けさせ飛んでいる姿が見えている。
これは慧音、永琳、幽々子、萃香、レミリア、文たちと弾幕勝負をしてきたからだ。
「これから霊夢と弾幕ごっこするんだけど見ていく?」
「いえ、帰ります」
「そう。お疲れ様」
きちんと労わりの感情が込められた言葉を背に、早苗は家族のもとへ帰る。
「やっとみつけたわよ! 異変の原因はあんたでしょ!」
「さあ、どうかしらね?」
「話す気はないって言うのね。いいわ、力づくで話させてやるんだから!」
「ふふ、できるかしら?」
離れる早苗の耳にこんな会話が聞こえてくる。
だけどそこは霊夢が主役の舞台で、早苗の出番はない。
作られた舞台のタネがわかっている演目を見る気にもなれず、早苗は一度も振り向かずに守矢神社へと飛んでいった。
2008年06月14日
東方SS チルノ恩返し
霧の湖にチルノという氷の妖精がいます。
彼女はわりと好戦的で、仲の良いもの以外になんでもない理由で勝負を吹っかけてきます。
大抵は誤魔化されて、勝負するということ自体を忘れてしまいますが、中には力押しでチルノをどうにかしてしまう人もいるのです。
今日もそんな人物の一人霧雨魔理沙に勝負を吹っかけて、負けてしまいました。
次は勝つのだとリベンジに燃えても、明日になれば忘れているでしょう。
でも今は負けたばかりで復讐に燃えながら、湖のほとりで寝転んでいます。
寝ていればいつも勝手に怪我が治るので、今回も同じように寝転んでいようと思ったのです。
そこに誰かが近づいてきます。
「また弾幕ゴッコで怪我したの?」
チルノが声のした方向を見ると、知った顔がチルノを見下ろしています。
「あっうどんだ。飴ちょうだい〜」
「ウドンゲ。何度言ったらわかるのよ」
現れたのは永遠亭の薬師の弟子、鈴仙・優曇華院・イナバです。
ウドンゲはポケットから飴を取り出して、チルノの口の中に放り込みます。
初めて二人が出会ったときに、勝負を吹っかけてきたチルノの相手をしないために飴をあげたことがきっかけで、懐かれたのでした。
以来、会うたびに飴をあげてもらうという関係です。
「なにしてるのさ?」
「紅魔館に薬を届けるのよ。
チルノはこんなとこで傷だらけでなにしてるの」
「魔理沙に負けて、怪我が治るの待ってる」
「ああ、それで傷だらけなの。
ちょっと待ってて」
そう言うとウドンゲはハンカチを水筒に入れている水で濡らし、チルノの傷を拭いて行きます。
次に常備している簡易治療セットを取り出して、チルノを手際よく治療していきます。
「これでよしっと」
「なにしたの?」
怪我したところに貼られたガーゼを不思議そうに見て言いました。
「なにって傷の治療よ。怪我したらいつもしてるんでしょ?」
「んーん。こんなことしなくても治るよ」
「そうなの? でも傷口からばい菌が入ったりするかもしれないから、次からは水で洗うくらいはしたほうがいいわ」
「よくわからないけどわかった」
「よくわからないって……まあいいわ。
私はもう行くわ。じゃあまたね」
「ばいばい」
ウドンゲは湖上を飛んで紅魔館へと向かいました。
それを見送ったチルノが何かを思い出し立ち上がります。
「お礼言うの忘れた」
それは仲の良い大妖精から教えられたことでした。
悪いことをしたら謝る、何かしてもらったらお礼を言う。できれば恩返しもする。
お礼を言って、恩返しをするためチルノはウドンゲを追って紅魔館に向かいました。
紅魔館の近くまでくると、屋敷から轟音が聞こえてきました。
賑やかだなと思いながらチルノは屋敷に入ろうとします。
しかし入ることはできませんでした。
「チルノちゃん? 何か用事ですか?」
紅魔館の門番である紅美鈴に止められたからです。
「うどんにお礼を言うの!」
「うどんに? 食事になってくれてありがとう?」
「?」
見当はずれなことを言う美鈴にチルノも首を傾げます。
さすがにそれはちょっとおかしいと美鈴も思い、考えて正解にたどり着きました。
ヒントは普段は屋敷に入ろうとしないチルノが入ろうとしたこと。ウドンゲがきていたこと。チルノの怪我の治療がされていたことでした。
「鈴仙さんにお礼を言いたいってことですか」
先にやってきたウドンゲに治療のお礼を言いたいのだろうと推測した美鈴は、迷うそぶりを見せます。
なぜなら今日はフランドールが屋敷内で暴れているからです。チルノの実力では危ないと判断した美鈴が、しばらくここで待つように言おうとした瞬間、屋敷内からウドンゲの悲鳴が聞こえてきました。
運悪くフランドールと鉢合わせて、遊びに巻き込まれたウドンゲが上げた悲鳴です。
「あっうどんの声だ」
「ちょっと待ってチルノちゃん!」
美鈴の制止を聞かずにチルノは屋敷内へと飛んでいきました。
仕方無しに美鈴も屋敷へと入っていきます。門番隊に警備を怠らないように言っておいて。
チルノは屋敷に入るとすぐに、フランドールに追い回されているウドンゲを発見しました。
ウドンゲを助けるため氷の弾幕を飛ばします。それはレヴァンテインの炎に溶かされ冷たい水となってウドンゲに降り注ぎます。
「また客? 遊ぶ? 遊んで? 遊ぼ?
楽しみね、あははははははははははっ!」
フランドールは新たな標的に興味が移ります。今度の標的は今の標的のように逃げてばかりではなさそうなので、楽しみといったところでしょうか。
好戦的な雰囲気を感じ取ったのかチルノもやる気です。ウドンゲにお礼を言うということを忘れているのかもしれません。
二人は弾幕を飛ばしあいます。その余波が美鈴に助けられるまで、ウドンゲに降り注ぎます。
二人の勝負は長続きしませんでした。魔理沙と咲夜に止められたからです。
遊べてわりと満足できたフランドールは地下へと帰っていきます。
チルノも魔理沙の「なにしてるんだ?」という言葉に目的を思い出して、ウドンゲを探します。
ウドンゲを助け出した美鈴がチルノに、ウドンゲは帰ったと教えました。
永遠亭の方向を聞いたチルノはそっちへと飛んでいきます。
途中で道を間違えたり、蛙を凍らせたり、大蝦蟇と諏訪子に怒られたりして時間を食いましたが永遠亭に到着しました。
迷いやすい竹林では運良く妹紅に出会い、氷と引き換えに道案内をしてもらいました。
「うどんはどこだろ?」
日が暮れて暗い庭から永遠亭内に入っていきます。
暗いおかげで誰かにみつかることはありません。
屋内には入らず、月明かりだけを頼りに窓から部屋の中を覗き、ウドンゲを探します。
「いた!」
いくつめかの窓を覗きこんだとき、布団の中で寝ている苦しげなウドンゲを発見しました。
窓から入ろうとしたとき、先に誰かが部屋に入ってきました。
会話が聞こえてきます。
「具合はどうかしら?」
「熱さましがきいて、だいぶ楽になりました」
「それにしてもあなたも運が悪いわね?
ただの弾幕ごっこなら多少の怪我で済んだのに。
冷たい水や氷をあびるはめになっただなんて」
「あははは」
チルノは胸が締め付けられるような気がしました。
ウドンゲがあんな状態なのは自分のせいだと気付いたからです。
「ゆっくり休みなさい。ただの風邪だから、無茶しなければすぐによくなるわ」
「はい」
「それじゃ私はもう行くわ。
水はここに置いておくから喉が渇いたら飲みなさい。
誰かと話すとしたら短めにね」
永琳はそれだけ言って部屋を出て行きます。
再び部屋にはウドンゲ一人だけになりました。
今のうちだとチルノは窓を開け、部屋に入ります。
それにウドンゲは気付きました。
「チルノ?」
「うどん、ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「だってうどんが風邪になったの私のせいだもん」
「そんなこと謝らなくていいわ。
確かに原因だけど、腰が抜けて動けなかったから自業自得よ。
昔は怖がりはしても、腰が抜けるなんてことなかったのに」
「でも本当はお礼を言って恩返ししたかったのに」
「お礼と恩返し?」
「怪我を治してくれた」
ガーゼを指差しチルノは言いました。。
ウドンゲは当たり前のことをしただけで、わざわざお礼と恩返しなどしてもらわなくてもいいことでした。
だからその心遣いだけで嬉しかったようです。
そのことをチルノに伝えましたが、チルノはそれで納得はできません。
なにかしたいと言うチルノにウドンゲは少し困ってしまいました。
そのとき出て行った永琳が再び部屋に入ってきて、チルノを連れて行きました。
十分ほどして、氷枕を持った永琳だけが戻ってきます。
「師匠、チルノはどうしたんです?」
「帰らせたわ。あの子がいると眠れないでしょう?」
「そうですが、追い払ったりなんかしてませんよね?」
「してないわ。ちゃんと説得して帰らせたもの。
少し頭を上げるわよ」
永琳はウドンゲの頭を少し浮かせて、できた隙間に氷枕を入れます。
「気持ちいいです」
「よかった。あの子も喜ぶわよ。
その中の氷はあの子が作ったんだから。
あなたのためにできることを教えたら、気合入れて氷作っていたわ。
おかげで氷室に氷がたくさんあって、夏に困らないわね」
「……そう……ですか」
「眠そうね。
ゆっくり休みなさい」
額に浮いている汗を拭きとった永琳は立ち上がります。
うとうととしているウドンゲに伝言を伝えて部屋を出て行きました。
伝言とはチルノからのものです。
内容は「ありがとう」
言えなかったお礼を永琳に伝えていたのです。
寝ているウドンゲがうっすらと笑みを浮かべたので、たしかに伝わったのでしょう。
樹の世界へ2
こっちに連れてこられた日から五日ほど、陽平は無気力に日々を過ごしていた。
女の言ったとおり適当な部屋をみつけて、ぼーっと何かすることもなく、お腹がへったらキッチンらしきところでパンや見たことのない果物を食べて、お腹が膨れたらまた部屋でぼーっとする。
これから先のことが不安すぎて考えること、積極的に動くことを拒否していた。
しかしそんな生活はいつまでも続くものではない。開き直ったわけではない。いまだに不安は抱えている。それでも今の状態を脱したのは、することがないという状況のおかげだった。
何もせずに、何も考えずに過ごすことなど常人ならば無理なこと。何かせずにはいられないのが人間だ。
時間がたっぷりとあって好きなことを過ごせると思うのならば見当違いだ。陽平のまわりには今まであって当然だったテレビ、本、ネット環境などの娯楽がなく、話し相手になる人すらいない。あるのは読めない本と話すことのないゴーレムのみ。こんな状況は拷問に近い。
退屈に背を押される形で陽平は動き出す。落ち込んでずっと部屋にいるよりは、退屈は嫌だという情けない理由であっても動くことはいいことだ。何もしないと何もない、動いて初めて何かを得ることができる。陽平が置かれた状況はそんなものなのだ。
テンションは低く塔内部を歩き回る。さすがに未知のものに対して、楽しみを持てるほどに元気はでていない。
扉を開けて閉めてを繰り返していく。地下には運動場みたいな空間があり、すみっこには開かない扉があった。地上部分は大半が倉庫で、なんなのかわからないものから日用雑貨までいろいろあった。最上階には行っていない。物音がしていて女がいると思ったからだ。会う気なんかさらさらないので、女の自室近くにも近寄っていない。
それなりに広い塔だが、ゆっくりとでも一日もかからずに一通り見て回ることができた。
そうなると次は外に出てみたくなった。
「何も無い」
以前、台所で見かけた勝手口から陽平は外に出てみた。
陽平がいる場所から見える範囲でわかるのは、塔を囲む木と井戸と小屋だけ。物が溢れていた世界から来た陽平から見ればなにもないと言っていい。
でも空気が違っていた。甘いとか美味しいとか批評家を気取るつもりはないが、綺麗だとわかる。排気ガスなどの不純物がないせいなんだろうと陽平は考え、塔に沿って歩き出す。
一周して見つけたのは玄関の前にある道とゴミ捨て場。勝手口近くにあった小屋には、割られた薪と斧と掃除道具が入っていただけだ。
綺麗な空気を吸いながらの散歩で気分が上向きになったのか陽平はさらに動く。玄関前の道の先になにがあるか見に行ってみようと考えたのだ。
「なにがあるかわからないから用心しないとな」
周囲をキョロキョロと見ながら陽平なりに用心して歩き出す。
平和で事件など身近に起きることが少ない国からきた人間の用心など、何の役にも立たないと陽平は気付いていない。
日本は治安のよさでは世界でも上位に入る。隣にいる人が凶器を持っていないと無条件で信じ、危険などテレビの向こうの出来事と思っているそんな平和ボケといってもいい国の感覚で動くと痛い目をみる。そんな世界なのだここは。
今も陽平を狙い木陰から獣らしきものが隙をうかがっている。襲われずにすんでいるのは陽平がいる場所が塔の主人の領域だとわかっているせいだ。しかし陽平を見逃すつもりはない。あんな警戒心ゼロで手ぶらな格好の獲物を見逃すつもりはないからだ。
狙われているとも知らずに陽平は歩く。十分ほどのんびりと歩き、わきの林の向こうに湖をみつけた陽平はそこに行ってみようと道をそれた。この状況こそ獣の狙っていた機会だと知らずに。
がさがさと毒草毒虫のいるかもしれない藪を暢気にかけわけて進む。
息を潜め陽平のあとをつけていた獣が動きだした。身動きのとりづらい今なら逃げられないだろうと飛び掛る。
さすがに自分以外の立てる音に陽平は気付き振り返る。そこにいたのは狼に似た何か。振り向いたことで狼の狙いはそれ、爪で斬りつけるはずだったのが前足で陽平の肩を殴りつける形になる。
当たり方が浅かったのか陽平には怪我はない。
「なっなんだ!?」
いきなり現れたように見えた狼に陽平は驚き動きを止める。その動揺を見逃す狼ではない。
飛び掛ってきた狼に驚き、後ずさったことで胸を浅く切られるだけですんだ。怪我をしてようやく危機感が正常に働いたのか陽平は逃げるために動き出した。逃げる先が塔なのは、そこが忌々しくも安全な場所だと無意識に判断したからだろう。
息をきらし、懸命に陽平は走る。そのあとを狼が追う。速度の違いからすぐに追いつかれる。塔はまだ先。牙で噛まれ、爪で裂かれても陽平は止まることをせず走り続ける。その努力のかいあって、塔の姿を捉えることができた。
狼もこのままだと獲物を逃がすというのはわかっていたのだろう、狩りに力が入る。陽平の背にいままでで一番の痛みと衝撃がはしる。それでもこんなところで死んでたまるかという強い想いのおかげで、なんとか塔の玄関にまで辿りつき、その安心感から気絶してしまった。
開けっ放しの入り口から狼が獲物は逃がさないと塔に入ろうとする。しかしそれはゴーレムによって阻まれた。
獲物を取り逃がした狼は悔しそうに一声吼えて森に帰っていく。
それを見届けることなどせずに扉を閉めたゴーレムは、傷だらけの陽平を無視して持ち場へと戻っていく。玄関に残ったのは怪我をした陽平のみ。
陽平が死ねばゴミとして片付けるのだろう。
そのまま刻々と時間が過ぎていく、陽平が起きる気配はない。このままだと死ぬ、それが確定しようとしていたとき、女が玄関近くを通る。倒れ伏して動かない陽平を見て、顔を歪めながらも近寄る。手を胸の高さまで上げ、何事か呟くと手から光の粒があふれ出し落ちていく。雪のような光の粒は陽平の体に触れると積もることはなく、体に染み込んでいくかのように消えていく。
それですることは終えたと女はその場を去る。再び陽平だけが残るが、よく見ると怪我が消えていた。血のあとは残っているが、ゴーレムが来てそれも掃除していった。
さらに時間が経ち陽平が目を覚ます。
「よく寝た〜」
ぐぐっと伸びをして、違和感を感じる。
「服が変だ。それになんで俺こんなところで寝てるんだ?」
少し考えて気絶する前のことを思い出す。ばばっと焦った表情で体中を調べていく。表情は焦りから驚きに変わっていた。重傷に近かった傷が一切なくなっていたのだから驚くのも当然だ。
「お礼言ったほうがいい……のか?」
考えるまでもなくこんなことができそうな人物は一人しか思い浮かばない。なにを考えて自分を治療してくれたのか陽平にはわからないが。気がすすまないながらもお礼は言っておこうと考えた。
重たく感じる体で塔の中を歩きまわり女を探す。傷は治っているし、体力も戻っている。でも血が足りない。
物音を頼りに探しているせいか、みつけてもゴーレムだったということを繰り返す。
陽平は探しながらどうやって自分を治療したのか考えてみる。といっても思い浮かぶのは魔法を使ったということのみ。包帯を巻いたわけでもない、薬を塗ったわけでもない、となれば魔法くらいしか思いつかなかった。
「俺でも使えるのか?」
効果を身をもって実感した陽平にとって、そう考えるのは当然だった。これからも襲われるようなことがあるかもしれない、そのための対策をもっておこうと思うのは当然なことだろう。
それに女が言っていた、呼んだものを送り返す魔法を自分で使えばいいとようやく思いついたのだ。
いくつめかの扉を開けて中をのぞくと机に向かい何かをしている女がいた。
「私の邪魔をするなと言っただろう。間違えて入ってきたのならさっさと去れ」
振り向かずに作業を続けたまま言う。
「お礼を言いにきた。それと聞きたいこともある」
「礼?」
「傷の治療してくれただろ? それについてだ。
ありがとう」
言葉がそっけなくなることを自覚しつつも陽平は直そうとは思わない。
「礼を言われるまでもない。ただ塔内で死なれて病の元にでもなったら迷惑だから治したまでだ」
相変わらず机で作業したまま女は言う。
「とりあえず礼は言ったからな。
聞きたいことだけど、俺にも魔法は使えるのか?」
「さあな」
あっさりと言ってくる。本当に関心がないのだろう。
陽平はその反応を予想していたので、何かを思うことはなかった。
それと魔法を教えてくれと言っても断られるだろうとも予想していた。だから陽平は独学で学ぼうと思っていた。そのためには文字を知らなければ、どうにもならない。そのことだけどうにかならないかと聞きたかった。
「文字を読めるようになる魔法はあるのか?」
「ある」
「それを使ってくれ、そしたらあとは自分で勝手にやるから」
作業する手が止まり、少し考え込む女。
「……使えば今後私の邪魔はしないんだな?」
「ああ、不可抗力はあるかもしれないけど、自発的に邪魔しようとは思わない」
振り返った女の表情と雰囲気が面倒だとわかりやすいくらいに表れていた。それでも立ち上がって、陽平についてこいと言ったということは魔法を使う気なのだろう。
女は倉庫の一つに移動し、棚にある液体を三種類ほど混ぜて、陽平に渡す。
「飲め」
渡された黒色の液体をどうすればいいのかと考えている陽平に、女は命令する。
匂いはしない液体を、ほんの少しだけ迷いをみせながら、陽平は飲みほした。まったく味がしないことが不安を煽る。
陽平が液体を飲んだことを確認して女は以前と同じように陽平の顔を掴む。
魔法を使ったのだろう以前と同じように陽平は頭痛を感じる。痛みに顔をしかめながらもなんとか耐える陽平に、女が話しかける。耐えることに集中して聞こえていない可能性があるとは気付いているが、聞こえてなくとも関係ないと思っている。
「魔法を学びたいのなら、一階の書庫へ行け。
それじゃあな、もう私の邪魔するなよ」
用事は終ったと女はさっさと部屋を出て行った。
頭痛は一度目よりも長引いて三十分ほどでようやくおさまった。
「一階の書庫だって言ってたよな」
頭痛に耐えながらも聞き取れていた助言に従い書庫へと向かうため部屋を出ようとする。
なにげなく見た紙に書かれた文字を見て、
「読める!」
驚きと喜びが混ざった声がでる。
できなかったことができるようになった喜びもあるが、これで帰る目星がついたと希望が持てたことを陽平は喜んでいる。
小さな希望だが、暗い諦観の中にいた陽平とってことさら輝く希望だった。
やっと得た希望が消えるかもしれない、そんな未来が待つとは知らずに陽平は書庫へと向かった。
以前来たときはまったく意味のない部屋だったが、今の陽平にとってこの部屋は宝の詰まった理想郷に思えた。
暗めの部屋に備え付けられているいくつかのランプに火を灯して明かりを確保する。
「読める! 読める!」
棚にある本を一冊一冊大事に扱い、嬉しそうに内容を見ていく。以前一度だけ触ったことのある羊皮紙とは違った感触のおそらく植物製の紙を使った本。
その中から目的となる本を探し手にとっていく単純作業だが、苦痛ではなかった。内容は難しくとも解読不能な単語を眺めるよりはましだし、この世界のことが少しずつ知ることができたからだ。
陽平が探している本は、帰還のための本ではない。いきなりそれを読んでも理解できるとは思っていない。そこで魔法の基礎から学ぼうと考えた。
整理されていない本棚から目的の本を探し始めて約五時間、とうとう目的の本をみつけた。ついでに本を種類別にわけていたため、これだけ時間がかかった。これは今日だけでなく明日以降もここを使うことを考えたら、探しやすくしていたほうがいいと考えたがゆえの行動だ。
「魔法概論始まり編? なんかおかしげなタイトルだな。でもこれ以外になかったからこれを読むしかないか」
まだ書庫の三分の一しか見てないが、みつけたそれっぽいものが気に入らないからといってまた探す作業に戻るの気が起きない陽平は、手に持ったそれを読むことにした。
ペラっと気楽に開いた一ページ目に書いてあったことが衝撃的で、本を開いたまま固まる。
それは陽平の今後を左右する文章だった。
『これを読む者よ、理解せよ。
魔法を使うには資質が必要なり。
資質なき者にとってこの本は無駄になるだろう。
次のページの白紙に指を当て、変化があったものだけ読み進めるがいい』
たったこれだけの文が一ページ目の中心に書かれていた。
たったこれだけの文が陽平の希望を打ち砕き、白紙のページに触れる気さえ奪った。
陽平は本を閉じて、机に置く。目を閉じ、じっと静かにその場にいる。触れる触れないを悩むということもあるが、初めての経験に恐怖を感じていた。
これが初めてだったのだ。希望と絶望を一緒に感じさせるものが身近にあるのは。さらにこれから逃げるという選択肢がないことが、恐怖感を煽る。
触れるだけの勇気を得る時間がほしかったし、時間だけはたっぷりとあった。
結局その日はそれ以上触れずに先送りにした。次の日も本を前に、手を出して引っ込めるを繰り返す。
そしてもう一日経って今の状況が続くことを煩わしく思い、思い切って本を開いて白紙に手をおしつけた。
ドクドクと速い心臓の鼓動が体内から響き、緊張感が高まっていく。白紙に手を当てたまま時間が過ぎる。たった一分ほどが陽平には十分以上に思えた。
なんの変化も見せない白紙に心が静まっていく。静まっていくというのは間違いかもしれない、平静の状態を通り越して落ち込んでいったのだから。
再び無気力な状態になりつつ白紙から手を離す。
「ん?」
押し付けていた手の平に隠れるように、白紙上に小さな灰色の丸が浮かんでいた。
陽平は見間違いかと目を擦る。
「え?」
下落した気分が少しずつ上がってくる。
ゴミじゃないかと白紙を爪で擦ってみても灰色の丸は動かない。
魔法を使えるという証拠がそこにあった。
陽平は叫ぶ。歓喜のあまり女の邪魔になるかもしれないということを忘れて、力のかぎり喜びを雄叫びを上げた。駄目だと思ったところからの逆転だ、この喜びようは当然のことだろう。
運よく女の邪魔にはならなかったようで、女が怒鳴り込んでくるということはなかった。
ひとしきり喜んだ陽平はようやく落ち着いて、本の続きを読み出す。
『これを読んでいるということは、魔法を使う才があったということなのだろう。おめでとう。
もし、才がなくて読んでいるのなら無駄だから本を閉じたほうがいい。
知識だけでも求めたいというのなら止めはなしないが。
話を進めよう。前ページでの反応をよく覚えていてほしい、のちに少しだけ関係してくる。
さて次のページを見てほしい、また白紙だろう? 白紙じゃなければ落丁だ。手に入れた場所に行って文句の一つでも言って取り替えてもらうがいい。
この白紙も魔力に反応する。ただし手を置いただけではなんの反応もしない。魔力を指先に集めて初めて反応するのだ。
さあ、指を置いて魔力で文字を書いてみるんだ』
「書いてみるんだって、具体的な方法は書いてないのかよ!?」
陽平が思わず声に出して著者に突っ込む。当然、突っ込みに対する反応はない。
しかし従うほかないので、白紙に指を当てて文字を書いてみる。白紙になにも浮かび上がることはない。
それで陽平がどうすべきか悩むことはあっても、落ち込むことはない。魔法が使えることはたしかなのだから。
「んー指先に集中してみるか」
陽平は指先に体中の力が集まるようにイメージして、白紙に一本の線を描いてみる。
「あ、書けた」
あっさりと一本の線が浮かんで消えたことに驚く。
さらに続けて描いていくと、さらさらと線が浮かんで消えていく。
これで課題はクリアと次のページに進む。
『魔力の簡単なコントロールはできたようだな。
魔力制御はいつになっても重要なことだから、基本を忘れることはないように。魔力暴発で死ぬ魔法使いは多い。
さてここからは実践はひとまずやめて、知識的なことを語っていこう。
知識という裏づけは、より上手く効率的に魔法を扱えるようになるので、大切なことなのだ。だから読みとばすことなどないように。
魔力とは魔法を使うために欠かせないものだ。それがどのようなものか詳しいことはわかっていない。気力体力が融合したものだという者もいる、魔力という独立したエネルギーだという者もいる、生命から発露したものだという者もいる。しかしどれが正解かはわかっていない。
なので魔力そのものについては、無視していい。誰か熱心なものがいつか解き明かすだろう。
これから記すのは、魔力の作用と注意事項とその他諸々についてだ。
まずは作用について。
魔法を使うためには魔力が必要だ。高度な魔法、効果の高い魔法、効果範囲の広い魔法を使たければ、たくさんの魔力が必要になる。
魔力調達には、限界を超えて魔法を使い魔力総量を増やす、時間をかけて魔力を溜め込む、増幅させ一時的に総量を増やす、外部から吸収するなどの方法がある。
魔力総量を増やしていくと老化が緩まる。魔力総量が多いものほど、老化は遅い。魔法使いは平均して二百年は生きる。記録を調べると四百歳を越えた魔法使いもいたとわかる。これは魔力が身体と魂になんらかの作用を及ぼしているせいなのだろうが、前述のとおり原因はわからない。
一時的に魔力を増やすと、身体能力が微々たるものだが上昇する。これは普段よりも多い魔力に耐えるため、体が自動的に行っていることと言われている。本当に微々たるものなので、これに期待して戦闘行動をとることはおすすめしない。
おすすめしないことはもう一つある。魔力増幅はそう難しい技術ではない。だからほとんどの魔法使いが覚える技術だ。だからと言って扱いの容易な技術ではない。増やした魔力のコントロールを失敗すると体内で暴発し、確実に死に至る。
扱いきれない技術など、己を苦しめるものでしかない。増幅法を覚えたとしても、無茶はしないことだ。外部からの吸収も同じことがいえる。
増幅法も吸収法もこの本には記さない。魔法を学んでいけば、いずれ知るだろう。
注意事項はすでに語ったので、その他を語ろう。
魔力の回復は自然に任せるのがいい。増幅法や外部吸収でも使った魔力を回復はできる。だがそういった方法を取り続けていると、回復速度が落ちる。増幅するにも元となる魔力が必要だし、常に周囲に魔力が満ち溢れているわけではない。魔力が必要なのに、そういった状況に陥り回復が進まないということは避けたい。
魔力の使いすぎにも注意したほうがいい。限界を超えて魔法を使い魔力総量を増やす方法があると書いたが、その限界を超えすぎて魔力を枯渇させ死亡する者もいる。これは体が自動的に残しておいた魔力でさえも使い切ったことが原因だ。人間は自己防衛のため全力は出せないようになっている。その防衛反応を無視するのは得策ではない。
次は魔法を使う者について。
これには大きくわけて三種類ある。
魔導師。人を導き教え育てる魔法使い。国に仕える者、宗教関係、塾を開いた者を指す。
魔道師。魔法を極めんとする人。魔法を使いこなすことに重点を置く人を指す。
魔術師。目的を持って魔法を研究する人を指す。
これらを総称して魔法使いという。
今これを呼んでいる君は、魔法使い見習いといったところか。
魔法について学びたいのならば魔導師に教えを乞うといい。魔道師と魔術師は己のことばかりで、誰かに教えるとなるとぞんざいになるだろうからな。それでも独学よりはましだろうが。わからないことを誰かに聞くということは大切なことだ。
次は魔法について。
魔法と一言で言っても、その種類は多い。これは当然だろう。昔から多くの魔法使いが研究し、知識を深めてきたのだ。
大雑把に言うならば魔力を使い、現象を起こす術。いろんなことができるが、なんでもできるわけではないということを覚えておけ。
魔法を使うには才能が必要だ。才能がないものは絶対使えない。これは覆しようにないこと。
だが後天的に使えるようになる者がいる。それは死の淵から帰って来た者だ。死にかけると才を得るのだろうか。死にかけた者全員が魔法を使えるようになるわけではないので注意が必要だ。しかし魔法を求めて死に行く者もいる。それほどに魔法というものは魅力的なのだ。
魔法の失敗にも語ろう。
魔法の失敗はほとんどの場合、命に関わる。
失敗の原因は、魔力不足、式の組み立てに失敗、魔力の過剰使用の三つが主な原因だ。
このうち魔力不足での失敗は、命に関わることは無い。だがあとの二つは命に関わってくる。
式組み立ての失敗は、魔法が完成せず使用した魔力が体内で暴発する。使用した魔力が多いほど、命に関わる。中級魔法以上の式組み立て失敗は死ぬと考えていい。
魔力の過剰使用は、魔法を使う際に魔力を多く消費して効果を上げようとして起きる。たしかに魔力を余分に消費すれば効果は上がる。けれども限度を越えた魔力使用は、魔法のバランスを壊す。バランスの壊れた魔法は発動せず、式組み立て失敗と同じように魔力が体内で暴発することになる。
最後に君の特性を語って終わりにしようと思う。
特性とはどんな魔法が得意かということだ。学び始める際に多少のアドバンテージがあるだけで、魔法を学び続けていけば差は無くなるがな。
この特性が長く有効であるのは、一つの特性に特化したものだけだ。ほとんどの者は特化などしない。特化していることを自覚し、その方向性を突き詰めた者を天才と呼ぶ。天才などそんなにいないので忘れてもいい話だ。
さて話を戻すことにする。
君は一枚目の白紙に浮かんだものを覚えているか? そんなに長々と語ってはいないので覚えているはずだ。覚えていないのなら、記憶力を鍛えたほうがいい。
浮かんだものが丸かそれに近いものならば、回復や守りや補助といった方面に向いている。
浮かんだものが鋭角的なものならば、攻撃に向いている。
そして色は属性だ。赤は火、青は水、薄い緑は風、茶は地、濃い緑は植物、白黄は雷、黄はまんべんなく。その他の色はその色からどうにか察してくれ。わからなければ気にしないというのも選択の一つだろう。
かなり大雑把に記したが、これから魔法に接していくのだったら、自然と細かいことも覚えていくはずだ。
次は初歩的な魔法の使い方を記すことにする』
ここで一度、陽平は本を置く。
「俺は後天的な方っぽいな」
思い出すのは交通事故にあったときのこと。幼い頃のことなので詳しいことは覚えていないが、車が突っ込んでくる絵だけは記憶にこびりついている。
思い出しても恐怖しかわかないので、思考をさっさと魔法のことに戻す。
「事故にあったことは不運だけど、それのおかげで魔法が使えるんだから±0?」
そう考えることのできる陽平はポジティブかもしれない。
「長生きできるようになるってすごいな。これだと権力者とかが魔法使いになりたがるんじゃないか? あ、でも博打要素高いから諦めるか。
でも俺自身がそこまで生きてるは想像できないな。八十歳とかならまだ想像できるけど」
医療技術の進んだ世界のトップに位置する日本でその寿命なのだ、ほかの国では平均寿命はもっと下がる。それから見ると平均二百年はとんでもない数字だ。
属性についてはわからないので、気にしないというアドバイスに従うことにする。
本は読みなれている陽平だが、光源が不十分なため目が疲れて休憩をとる。ちょうど食事時ということもあり、食事をとるため一度書庫から出た。
落ち込んでいるとき違って、食事が美味しく感じられる。何事も気に持ちようなのだろう。
十分に目の疲れをとれた陽平は読書を再開する。
『これから魔法の実践に入る。
魔法というのは、魔力と式と言葉がそろってはじめて発動する。言葉はなくとも発動はするが、効果は半分以下になる。これは魔法の存在付けを言葉が担当しているからだ。存在があやふやだと、効果も望めないことは簡単に想像できるはずだ。
式というのは、魔法を望みどおりに発動させるために必要不可欠なものだ。明確なイメージや動作や文字で表す。難解な式は大部分を陣で敷いて、最終工程のみを己で表すこともある。
使う魔法は一番簡単なものだ。初歩中の初歩なので躓くこともないはず。これに使う式はイメージだけでいい。
どのような魔法かというと、水を出現させる魔法だ。
なぜこれが簡単なのかというと、周囲に存在する水分を集めるだけで済むからだ。自信が無い場合は、湿気の多いところで使うといいだろう。
では指示通りに動くように』
陽平は本の指示どおりに動いていく。
手の平を上向きにして、魔力を集中。白紙に線を描いたときと同じ感覚で集中していく。次に自分の回りにある水分を手に集めて凝縮するイメージを思い浮かべる。そして存在付けの言葉、魔法の名前を発する。
「集水!」
名前を言った瞬間、手の平からなにかが抜け出て、手の数センチ上で止まったことが感覚でわかった。
そのなにかと同じ位置に一センチにも満たない水滴が現れて、手に落ちた。
「おおっ!」
驚きと嬉しさが混じった感嘆の声が書庫に響く。
初めて魔法というものを使った驚き、本当に使えた嬉しさが声となって現れた。
夢ではない、手にある水の冷たさと水滴が、魔法を使えたのは嘘じゃないと証明している。
陽平は初歩中の初歩と書かれていたことも忘れて喜ぶ。
魔法が当たり前のこの世界ではこれくらい使えても喜ぶことはない。けれども陽平がいたのは、魔法なんて御伽噺な世界だ。誰もが一度は使ってみたいと考える魔法を実現させた感動はすごいものがあった。
もう一度使ってみると、同じように水が現れ手を濡らす。
ただこれなのに面白く、もう一度もう一度と続けていき、別のこともできるのかと疑問が湧く。
「とりあえずは集めた水が落ちないようにしてみるかな」
なんども集水を使ったため床が水で濡れている。これ以上濡らすのは止めたかった。
陽平は水が浮くというイメージを付け加えて、さっきまで同じように魔法を使う。
「集水!」
手の平に集まった水は、浮いたままで留まっている。
「できた!」
と喜んだ瞬間、水は床に落ちていった。
どうやら集中を切らしたため、浮くという状態の続行ができなくなったらしい。
「あちゃー……魔法はひとまずやめて、床の掃除しないと。雑巾はどこだっけ」
書庫を出て行き、掃除道具のある場所を思い出し、そこから雑巾とバケツを持ってくる。
拭いて絞ってを繰り返していくときに思いついた。
布で水を吸い取って、絞り水を出す。これってさっきまでやっていた魔法と似ていないかと。床にある水を集めるというのは、空気中にある水分を集めると同じ。
「さっきは漠然と集める対象を決めてたけど、明確に決めれば床の水を魔法で集められる?
やってみるか」
思い立ったが吉日と陽平はまた魔法を使う。水を浮かせたときと同じように、集める水分を空気中ではなく床からというイメージを付け加えて。
それは成功し、床の水が陽平の手の平に移動する。
「できた! って喜んだらさっきと同じだ」
今度は集中を切らさないように水を浮かせたままで、バケツの中へ水を入れる。
二度三度と繰り返して床の水はほぼ無くなった。それと平行して、陽平はけだるさを感じる。
初歩とはいえ魔法を使い慣れていない状態で、応用を交えて十回以上使ったのだから疲れを感じて当たり前だ。
「今日はここまでにしとこうか」
そういうと近くの椅子にぐったりもたれて休息をとる。少しだけ回復してから雑巾とバケツを元の場所へと持っていく。
その日は早めに寝て十分な睡眠をとった。目覚めるとけだるさは消えていて、今日も頑張るぞと陽平は気合をいれたのだった。
3へ
女の言ったとおり適当な部屋をみつけて、ぼーっと何かすることもなく、お腹がへったらキッチンらしきところでパンや見たことのない果物を食べて、お腹が膨れたらまた部屋でぼーっとする。
これから先のことが不安すぎて考えること、積極的に動くことを拒否していた。
しかしそんな生活はいつまでも続くものではない。開き直ったわけではない。いまだに不安は抱えている。それでも今の状態を脱したのは、することがないという状況のおかげだった。
何もせずに、何も考えずに過ごすことなど常人ならば無理なこと。何かせずにはいられないのが人間だ。
時間がたっぷりとあって好きなことを過ごせると思うのならば見当違いだ。陽平のまわりには今まであって当然だったテレビ、本、ネット環境などの娯楽がなく、話し相手になる人すらいない。あるのは読めない本と話すことのないゴーレムのみ。こんな状況は拷問に近い。
退屈に背を押される形で陽平は動き出す。落ち込んでずっと部屋にいるよりは、退屈は嫌だという情けない理由であっても動くことはいいことだ。何もしないと何もない、動いて初めて何かを得ることができる。陽平が置かれた状況はそんなものなのだ。
テンションは低く塔内部を歩き回る。さすがに未知のものに対して、楽しみを持てるほどに元気はでていない。
扉を開けて閉めてを繰り返していく。地下には運動場みたいな空間があり、すみっこには開かない扉があった。地上部分は大半が倉庫で、なんなのかわからないものから日用雑貨までいろいろあった。最上階には行っていない。物音がしていて女がいると思ったからだ。会う気なんかさらさらないので、女の自室近くにも近寄っていない。
それなりに広い塔だが、ゆっくりとでも一日もかからずに一通り見て回ることができた。
そうなると次は外に出てみたくなった。
「何も無い」
以前、台所で見かけた勝手口から陽平は外に出てみた。
陽平がいる場所から見える範囲でわかるのは、塔を囲む木と井戸と小屋だけ。物が溢れていた世界から来た陽平から見ればなにもないと言っていい。
でも空気が違っていた。甘いとか美味しいとか批評家を気取るつもりはないが、綺麗だとわかる。排気ガスなどの不純物がないせいなんだろうと陽平は考え、塔に沿って歩き出す。
一周して見つけたのは玄関の前にある道とゴミ捨て場。勝手口近くにあった小屋には、割られた薪と斧と掃除道具が入っていただけだ。
綺麗な空気を吸いながらの散歩で気分が上向きになったのか陽平はさらに動く。玄関前の道の先になにがあるか見に行ってみようと考えたのだ。
「なにがあるかわからないから用心しないとな」
周囲をキョロキョロと見ながら陽平なりに用心して歩き出す。
平和で事件など身近に起きることが少ない国からきた人間の用心など、何の役にも立たないと陽平は気付いていない。
日本は治安のよさでは世界でも上位に入る。隣にいる人が凶器を持っていないと無条件で信じ、危険などテレビの向こうの出来事と思っているそんな平和ボケといってもいい国の感覚で動くと痛い目をみる。そんな世界なのだここは。
今も陽平を狙い木陰から獣らしきものが隙をうかがっている。襲われずにすんでいるのは陽平がいる場所が塔の主人の領域だとわかっているせいだ。しかし陽平を見逃すつもりはない。あんな警戒心ゼロで手ぶらな格好の獲物を見逃すつもりはないからだ。
狙われているとも知らずに陽平は歩く。十分ほどのんびりと歩き、わきの林の向こうに湖をみつけた陽平はそこに行ってみようと道をそれた。この状況こそ獣の狙っていた機会だと知らずに。
がさがさと毒草毒虫のいるかもしれない藪を暢気にかけわけて進む。
息を潜め陽平のあとをつけていた獣が動きだした。身動きのとりづらい今なら逃げられないだろうと飛び掛る。
さすがに自分以外の立てる音に陽平は気付き振り返る。そこにいたのは狼に似た何か。振り向いたことで狼の狙いはそれ、爪で斬りつけるはずだったのが前足で陽平の肩を殴りつける形になる。
当たり方が浅かったのか陽平には怪我はない。
「なっなんだ!?」
いきなり現れたように見えた狼に陽平は驚き動きを止める。その動揺を見逃す狼ではない。
飛び掛ってきた狼に驚き、後ずさったことで胸を浅く切られるだけですんだ。怪我をしてようやく危機感が正常に働いたのか陽平は逃げるために動き出した。逃げる先が塔なのは、そこが忌々しくも安全な場所だと無意識に判断したからだろう。
息をきらし、懸命に陽平は走る。そのあとを狼が追う。速度の違いからすぐに追いつかれる。塔はまだ先。牙で噛まれ、爪で裂かれても陽平は止まることをせず走り続ける。その努力のかいあって、塔の姿を捉えることができた。
狼もこのままだと獲物を逃がすというのはわかっていたのだろう、狩りに力が入る。陽平の背にいままでで一番の痛みと衝撃がはしる。それでもこんなところで死んでたまるかという強い想いのおかげで、なんとか塔の玄関にまで辿りつき、その安心感から気絶してしまった。
開けっ放しの入り口から狼が獲物は逃がさないと塔に入ろうとする。しかしそれはゴーレムによって阻まれた。
獲物を取り逃がした狼は悔しそうに一声吼えて森に帰っていく。
それを見届けることなどせずに扉を閉めたゴーレムは、傷だらけの陽平を無視して持ち場へと戻っていく。玄関に残ったのは怪我をした陽平のみ。
陽平が死ねばゴミとして片付けるのだろう。
そのまま刻々と時間が過ぎていく、陽平が起きる気配はない。このままだと死ぬ、それが確定しようとしていたとき、女が玄関近くを通る。倒れ伏して動かない陽平を見て、顔を歪めながらも近寄る。手を胸の高さまで上げ、何事か呟くと手から光の粒があふれ出し落ちていく。雪のような光の粒は陽平の体に触れると積もることはなく、体に染み込んでいくかのように消えていく。
それですることは終えたと女はその場を去る。再び陽平だけが残るが、よく見ると怪我が消えていた。血のあとは残っているが、ゴーレムが来てそれも掃除していった。
さらに時間が経ち陽平が目を覚ます。
「よく寝た〜」
ぐぐっと伸びをして、違和感を感じる。
「服が変だ。それになんで俺こんなところで寝てるんだ?」
少し考えて気絶する前のことを思い出す。ばばっと焦った表情で体中を調べていく。表情は焦りから驚きに変わっていた。重傷に近かった傷が一切なくなっていたのだから驚くのも当然だ。
「お礼言ったほうがいい……のか?」
考えるまでもなくこんなことができそうな人物は一人しか思い浮かばない。なにを考えて自分を治療してくれたのか陽平にはわからないが。気がすすまないながらもお礼は言っておこうと考えた。
重たく感じる体で塔の中を歩きまわり女を探す。傷は治っているし、体力も戻っている。でも血が足りない。
物音を頼りに探しているせいか、みつけてもゴーレムだったということを繰り返す。
陽平は探しながらどうやって自分を治療したのか考えてみる。といっても思い浮かぶのは魔法を使ったということのみ。包帯を巻いたわけでもない、薬を塗ったわけでもない、となれば魔法くらいしか思いつかなかった。
「俺でも使えるのか?」
効果を身をもって実感した陽平にとって、そう考えるのは当然だった。これからも襲われるようなことがあるかもしれない、そのための対策をもっておこうと思うのは当然なことだろう。
それに女が言っていた、呼んだものを送り返す魔法を自分で使えばいいとようやく思いついたのだ。
いくつめかの扉を開けて中をのぞくと机に向かい何かをしている女がいた。
「私の邪魔をするなと言っただろう。間違えて入ってきたのならさっさと去れ」
振り向かずに作業を続けたまま言う。
「お礼を言いにきた。それと聞きたいこともある」
「礼?」
「傷の治療してくれただろ? それについてだ。
ありがとう」
言葉がそっけなくなることを自覚しつつも陽平は直そうとは思わない。
「礼を言われるまでもない。ただ塔内で死なれて病の元にでもなったら迷惑だから治したまでだ」
相変わらず机で作業したまま女は言う。
「とりあえず礼は言ったからな。
聞きたいことだけど、俺にも魔法は使えるのか?」
「さあな」
あっさりと言ってくる。本当に関心がないのだろう。
陽平はその反応を予想していたので、何かを思うことはなかった。
それと魔法を教えてくれと言っても断られるだろうとも予想していた。だから陽平は独学で学ぼうと思っていた。そのためには文字を知らなければ、どうにもならない。そのことだけどうにかならないかと聞きたかった。
「文字を読めるようになる魔法はあるのか?」
「ある」
「それを使ってくれ、そしたらあとは自分で勝手にやるから」
作業する手が止まり、少し考え込む女。
「……使えば今後私の邪魔はしないんだな?」
「ああ、不可抗力はあるかもしれないけど、自発的に邪魔しようとは思わない」
振り返った女の表情と雰囲気が面倒だとわかりやすいくらいに表れていた。それでも立ち上がって、陽平についてこいと言ったということは魔法を使う気なのだろう。
女は倉庫の一つに移動し、棚にある液体を三種類ほど混ぜて、陽平に渡す。
「飲め」
渡された黒色の液体をどうすればいいのかと考えている陽平に、女は命令する。
匂いはしない液体を、ほんの少しだけ迷いをみせながら、陽平は飲みほした。まったく味がしないことが不安を煽る。
陽平が液体を飲んだことを確認して女は以前と同じように陽平の顔を掴む。
魔法を使ったのだろう以前と同じように陽平は頭痛を感じる。痛みに顔をしかめながらもなんとか耐える陽平に、女が話しかける。耐えることに集中して聞こえていない可能性があるとは気付いているが、聞こえてなくとも関係ないと思っている。
「魔法を学びたいのなら、一階の書庫へ行け。
それじゃあな、もう私の邪魔するなよ」
用事は終ったと女はさっさと部屋を出て行った。
頭痛は一度目よりも長引いて三十分ほどでようやくおさまった。
「一階の書庫だって言ってたよな」
頭痛に耐えながらも聞き取れていた助言に従い書庫へと向かうため部屋を出ようとする。
なにげなく見た紙に書かれた文字を見て、
「読める!」
驚きと喜びが混ざった声がでる。
できなかったことができるようになった喜びもあるが、これで帰る目星がついたと希望が持てたことを陽平は喜んでいる。
小さな希望だが、暗い諦観の中にいた陽平とってことさら輝く希望だった。
やっと得た希望が消えるかもしれない、そんな未来が待つとは知らずに陽平は書庫へと向かった。
以前来たときはまったく意味のない部屋だったが、今の陽平にとってこの部屋は宝の詰まった理想郷に思えた。
暗めの部屋に備え付けられているいくつかのランプに火を灯して明かりを確保する。
「読める! 読める!」
棚にある本を一冊一冊大事に扱い、嬉しそうに内容を見ていく。以前一度だけ触ったことのある羊皮紙とは違った感触のおそらく植物製の紙を使った本。
その中から目的となる本を探し手にとっていく単純作業だが、苦痛ではなかった。内容は難しくとも解読不能な単語を眺めるよりはましだし、この世界のことが少しずつ知ることができたからだ。
陽平が探している本は、帰還のための本ではない。いきなりそれを読んでも理解できるとは思っていない。そこで魔法の基礎から学ぼうと考えた。
整理されていない本棚から目的の本を探し始めて約五時間、とうとう目的の本をみつけた。ついでに本を種類別にわけていたため、これだけ時間がかかった。これは今日だけでなく明日以降もここを使うことを考えたら、探しやすくしていたほうがいいと考えたがゆえの行動だ。
「魔法概論始まり編? なんかおかしげなタイトルだな。でもこれ以外になかったからこれを読むしかないか」
まだ書庫の三分の一しか見てないが、みつけたそれっぽいものが気に入らないからといってまた探す作業に戻るの気が起きない陽平は、手に持ったそれを読むことにした。
ペラっと気楽に開いた一ページ目に書いてあったことが衝撃的で、本を開いたまま固まる。
それは陽平の今後を左右する文章だった。
『これを読む者よ、理解せよ。
魔法を使うには資質が必要なり。
資質なき者にとってこの本は無駄になるだろう。
次のページの白紙に指を当て、変化があったものだけ読み進めるがいい』
たったこれだけの文が一ページ目の中心に書かれていた。
たったこれだけの文が陽平の希望を打ち砕き、白紙のページに触れる気さえ奪った。
陽平は本を閉じて、机に置く。目を閉じ、じっと静かにその場にいる。触れる触れないを悩むということもあるが、初めての経験に恐怖を感じていた。
これが初めてだったのだ。希望と絶望を一緒に感じさせるものが身近にあるのは。さらにこれから逃げるという選択肢がないことが、恐怖感を煽る。
触れるだけの勇気を得る時間がほしかったし、時間だけはたっぷりとあった。
結局その日はそれ以上触れずに先送りにした。次の日も本を前に、手を出して引っ込めるを繰り返す。
そしてもう一日経って今の状況が続くことを煩わしく思い、思い切って本を開いて白紙に手をおしつけた。
ドクドクと速い心臓の鼓動が体内から響き、緊張感が高まっていく。白紙に手を当てたまま時間が過ぎる。たった一分ほどが陽平には十分以上に思えた。
なんの変化も見せない白紙に心が静まっていく。静まっていくというのは間違いかもしれない、平静の状態を通り越して落ち込んでいったのだから。
再び無気力な状態になりつつ白紙から手を離す。
「ん?」
押し付けていた手の平に隠れるように、白紙上に小さな灰色の丸が浮かんでいた。
陽平は見間違いかと目を擦る。
「え?」
下落した気分が少しずつ上がってくる。
ゴミじゃないかと白紙を爪で擦ってみても灰色の丸は動かない。
魔法を使えるという証拠がそこにあった。
陽平は叫ぶ。歓喜のあまり女の邪魔になるかもしれないということを忘れて、力のかぎり喜びを雄叫びを上げた。駄目だと思ったところからの逆転だ、この喜びようは当然のことだろう。
運よく女の邪魔にはならなかったようで、女が怒鳴り込んでくるということはなかった。
ひとしきり喜んだ陽平はようやく落ち着いて、本の続きを読み出す。
『これを読んでいるということは、魔法を使う才があったということなのだろう。おめでとう。
もし、才がなくて読んでいるのなら無駄だから本を閉じたほうがいい。
知識だけでも求めたいというのなら止めはなしないが。
話を進めよう。前ページでの反応をよく覚えていてほしい、のちに少しだけ関係してくる。
さて次のページを見てほしい、また白紙だろう? 白紙じゃなければ落丁だ。手に入れた場所に行って文句の一つでも言って取り替えてもらうがいい。
この白紙も魔力に反応する。ただし手を置いただけではなんの反応もしない。魔力を指先に集めて初めて反応するのだ。
さあ、指を置いて魔力で文字を書いてみるんだ』
「書いてみるんだって、具体的な方法は書いてないのかよ!?」
陽平が思わず声に出して著者に突っ込む。当然、突っ込みに対する反応はない。
しかし従うほかないので、白紙に指を当てて文字を書いてみる。白紙になにも浮かび上がることはない。
それで陽平がどうすべきか悩むことはあっても、落ち込むことはない。魔法が使えることはたしかなのだから。
「んー指先に集中してみるか」
陽平は指先に体中の力が集まるようにイメージして、白紙に一本の線を描いてみる。
「あ、書けた」
あっさりと一本の線が浮かんで消えたことに驚く。
さらに続けて描いていくと、さらさらと線が浮かんで消えていく。
これで課題はクリアと次のページに進む。
『魔力の簡単なコントロールはできたようだな。
魔力制御はいつになっても重要なことだから、基本を忘れることはないように。魔力暴発で死ぬ魔法使いは多い。
さてここからは実践はひとまずやめて、知識的なことを語っていこう。
知識という裏づけは、より上手く効率的に魔法を扱えるようになるので、大切なことなのだ。だから読みとばすことなどないように。
魔力とは魔法を使うために欠かせないものだ。それがどのようなものか詳しいことはわかっていない。気力体力が融合したものだという者もいる、魔力という独立したエネルギーだという者もいる、生命から発露したものだという者もいる。しかしどれが正解かはわかっていない。
なので魔力そのものについては、無視していい。誰か熱心なものがいつか解き明かすだろう。
これから記すのは、魔力の作用と注意事項とその他諸々についてだ。
まずは作用について。
魔法を使うためには魔力が必要だ。高度な魔法、効果の高い魔法、効果範囲の広い魔法を使たければ、たくさんの魔力が必要になる。
魔力調達には、限界を超えて魔法を使い魔力総量を増やす、時間をかけて魔力を溜め込む、増幅させ一時的に総量を増やす、外部から吸収するなどの方法がある。
魔力総量を増やしていくと老化が緩まる。魔力総量が多いものほど、老化は遅い。魔法使いは平均して二百年は生きる。記録を調べると四百歳を越えた魔法使いもいたとわかる。これは魔力が身体と魂になんらかの作用を及ぼしているせいなのだろうが、前述のとおり原因はわからない。
一時的に魔力を増やすと、身体能力が微々たるものだが上昇する。これは普段よりも多い魔力に耐えるため、体が自動的に行っていることと言われている。本当に微々たるものなので、これに期待して戦闘行動をとることはおすすめしない。
おすすめしないことはもう一つある。魔力増幅はそう難しい技術ではない。だからほとんどの魔法使いが覚える技術だ。だからと言って扱いの容易な技術ではない。増やした魔力のコントロールを失敗すると体内で暴発し、確実に死に至る。
扱いきれない技術など、己を苦しめるものでしかない。増幅法を覚えたとしても、無茶はしないことだ。外部からの吸収も同じことがいえる。
増幅法も吸収法もこの本には記さない。魔法を学んでいけば、いずれ知るだろう。
注意事項はすでに語ったので、その他を語ろう。
魔力の回復は自然に任せるのがいい。増幅法や外部吸収でも使った魔力を回復はできる。だがそういった方法を取り続けていると、回復速度が落ちる。増幅するにも元となる魔力が必要だし、常に周囲に魔力が満ち溢れているわけではない。魔力が必要なのに、そういった状況に陥り回復が進まないということは避けたい。
魔力の使いすぎにも注意したほうがいい。限界を超えて魔法を使い魔力総量を増やす方法があると書いたが、その限界を超えすぎて魔力を枯渇させ死亡する者もいる。これは体が自動的に残しておいた魔力でさえも使い切ったことが原因だ。人間は自己防衛のため全力は出せないようになっている。その防衛反応を無視するのは得策ではない。
次は魔法を使う者について。
これには大きくわけて三種類ある。
魔導師。人を導き教え育てる魔法使い。国に仕える者、宗教関係、塾を開いた者を指す。
魔道師。魔法を極めんとする人。魔法を使いこなすことに重点を置く人を指す。
魔術師。目的を持って魔法を研究する人を指す。
これらを総称して魔法使いという。
今これを呼んでいる君は、魔法使い見習いといったところか。
魔法について学びたいのならば魔導師に教えを乞うといい。魔道師と魔術師は己のことばかりで、誰かに教えるとなるとぞんざいになるだろうからな。それでも独学よりはましだろうが。わからないことを誰かに聞くということは大切なことだ。
次は魔法について。
魔法と一言で言っても、その種類は多い。これは当然だろう。昔から多くの魔法使いが研究し、知識を深めてきたのだ。
大雑把に言うならば魔力を使い、現象を起こす術。いろんなことができるが、なんでもできるわけではないということを覚えておけ。
魔法を使うには才能が必要だ。才能がないものは絶対使えない。これは覆しようにないこと。
だが後天的に使えるようになる者がいる。それは死の淵から帰って来た者だ。死にかけると才を得るのだろうか。死にかけた者全員が魔法を使えるようになるわけではないので注意が必要だ。しかし魔法を求めて死に行く者もいる。それほどに魔法というものは魅力的なのだ。
魔法の失敗にも語ろう。
魔法の失敗はほとんどの場合、命に関わる。
失敗の原因は、魔力不足、式の組み立てに失敗、魔力の過剰使用の三つが主な原因だ。
このうち魔力不足での失敗は、命に関わることは無い。だがあとの二つは命に関わってくる。
式組み立ての失敗は、魔法が完成せず使用した魔力が体内で暴発する。使用した魔力が多いほど、命に関わる。中級魔法以上の式組み立て失敗は死ぬと考えていい。
魔力の過剰使用は、魔法を使う際に魔力を多く消費して効果を上げようとして起きる。たしかに魔力を余分に消費すれば効果は上がる。けれども限度を越えた魔力使用は、魔法のバランスを壊す。バランスの壊れた魔法は発動せず、式組み立て失敗と同じように魔力が体内で暴発することになる。
最後に君の特性を語って終わりにしようと思う。
特性とはどんな魔法が得意かということだ。学び始める際に多少のアドバンテージがあるだけで、魔法を学び続けていけば差は無くなるがな。
この特性が長く有効であるのは、一つの特性に特化したものだけだ。ほとんどの者は特化などしない。特化していることを自覚し、その方向性を突き詰めた者を天才と呼ぶ。天才などそんなにいないので忘れてもいい話だ。
さて話を戻すことにする。
君は一枚目の白紙に浮かんだものを覚えているか? そんなに長々と語ってはいないので覚えているはずだ。覚えていないのなら、記憶力を鍛えたほうがいい。
浮かんだものが丸かそれに近いものならば、回復や守りや補助といった方面に向いている。
浮かんだものが鋭角的なものならば、攻撃に向いている。
そして色は属性だ。赤は火、青は水、薄い緑は風、茶は地、濃い緑は植物、白黄は雷、黄はまんべんなく。その他の色はその色からどうにか察してくれ。わからなければ気にしないというのも選択の一つだろう。
かなり大雑把に記したが、これから魔法に接していくのだったら、自然と細かいことも覚えていくはずだ。
次は初歩的な魔法の使い方を記すことにする』
ここで一度、陽平は本を置く。
「俺は後天的な方っぽいな」
思い出すのは交通事故にあったときのこと。幼い頃のことなので詳しいことは覚えていないが、車が突っ込んでくる絵だけは記憶にこびりついている。
思い出しても恐怖しかわかないので、思考をさっさと魔法のことに戻す。
「事故にあったことは不運だけど、それのおかげで魔法が使えるんだから±0?」
そう考えることのできる陽平はポジティブかもしれない。
「長生きできるようになるってすごいな。これだと権力者とかが魔法使いになりたがるんじゃないか? あ、でも博打要素高いから諦めるか。
でも俺自身がそこまで生きてるは想像できないな。八十歳とかならまだ想像できるけど」
医療技術の進んだ世界のトップに位置する日本でその寿命なのだ、ほかの国では平均寿命はもっと下がる。それから見ると平均二百年はとんでもない数字だ。
属性についてはわからないので、気にしないというアドバイスに従うことにする。
本は読みなれている陽平だが、光源が不十分なため目が疲れて休憩をとる。ちょうど食事時ということもあり、食事をとるため一度書庫から出た。
落ち込んでいるとき違って、食事が美味しく感じられる。何事も気に持ちようなのだろう。
十分に目の疲れをとれた陽平は読書を再開する。
『これから魔法の実践に入る。
魔法というのは、魔力と式と言葉がそろってはじめて発動する。言葉はなくとも発動はするが、効果は半分以下になる。これは魔法の存在付けを言葉が担当しているからだ。存在があやふやだと、効果も望めないことは簡単に想像できるはずだ。
式というのは、魔法を望みどおりに発動させるために必要不可欠なものだ。明確なイメージや動作や文字で表す。難解な式は大部分を陣で敷いて、最終工程のみを己で表すこともある。
使う魔法は一番簡単なものだ。初歩中の初歩なので躓くこともないはず。これに使う式はイメージだけでいい。
どのような魔法かというと、水を出現させる魔法だ。
なぜこれが簡単なのかというと、周囲に存在する水分を集めるだけで済むからだ。自信が無い場合は、湿気の多いところで使うといいだろう。
では指示通りに動くように』
陽平は本の指示どおりに動いていく。
手の平を上向きにして、魔力を集中。白紙に線を描いたときと同じ感覚で集中していく。次に自分の回りにある水分を手に集めて凝縮するイメージを思い浮かべる。そして存在付けの言葉、魔法の名前を発する。
「集水!」
名前を言った瞬間、手の平からなにかが抜け出て、手の数センチ上で止まったことが感覚でわかった。
そのなにかと同じ位置に一センチにも満たない水滴が現れて、手に落ちた。
「おおっ!」
驚きと嬉しさが混じった感嘆の声が書庫に響く。
初めて魔法というものを使った驚き、本当に使えた嬉しさが声となって現れた。
夢ではない、手にある水の冷たさと水滴が、魔法を使えたのは嘘じゃないと証明している。
陽平は初歩中の初歩と書かれていたことも忘れて喜ぶ。
魔法が当たり前のこの世界ではこれくらい使えても喜ぶことはない。けれども陽平がいたのは、魔法なんて御伽噺な世界だ。誰もが一度は使ってみたいと考える魔法を実現させた感動はすごいものがあった。
もう一度使ってみると、同じように水が現れ手を濡らす。
ただこれなのに面白く、もう一度もう一度と続けていき、別のこともできるのかと疑問が湧く。
「とりあえずは集めた水が落ちないようにしてみるかな」
なんども集水を使ったため床が水で濡れている。これ以上濡らすのは止めたかった。
陽平は水が浮くというイメージを付け加えて、さっきまで同じように魔法を使う。
「集水!」
手の平に集まった水は、浮いたままで留まっている。
「できた!」
と喜んだ瞬間、水は床に落ちていった。
どうやら集中を切らしたため、浮くという状態の続行ができなくなったらしい。
「あちゃー……魔法はひとまずやめて、床の掃除しないと。雑巾はどこだっけ」
書庫を出て行き、掃除道具のある場所を思い出し、そこから雑巾とバケツを持ってくる。
拭いて絞ってを繰り返していくときに思いついた。
布で水を吸い取って、絞り水を出す。これってさっきまでやっていた魔法と似ていないかと。床にある水を集めるというのは、空気中にある水分を集めると同じ。
「さっきは漠然と集める対象を決めてたけど、明確に決めれば床の水を魔法で集められる?
やってみるか」
思い立ったが吉日と陽平はまた魔法を使う。水を浮かせたときと同じように、集める水分を空気中ではなく床からというイメージを付け加えて。
それは成功し、床の水が陽平の手の平に移動する。
「できた! って喜んだらさっきと同じだ」
今度は集中を切らさないように水を浮かせたままで、バケツの中へ水を入れる。
二度三度と繰り返して床の水はほぼ無くなった。それと平行して、陽平はけだるさを感じる。
初歩とはいえ魔法を使い慣れていない状態で、応用を交えて十回以上使ったのだから疲れを感じて当たり前だ。
「今日はここまでにしとこうか」
そういうと近くの椅子にぐったりもたれて休息をとる。少しだけ回復してから雑巾とバケツを元の場所へと持っていく。
その日は早めに寝て十分な睡眠をとった。目覚めるとけだるさは消えていて、今日も頑張るぞと陽平は気合をいれたのだった。
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