2008年08月
2008年08月30日
八月もおわり
ウェブ拍手ありがとうございます
ソフィアさん感想と誤字指摘ありがとうございます
誤字はたぶん訂正できていると思います、見落としがないといいなぁ
>>強化について
陽平が使っている強化は初歩的なもので、効果は筋力アップと反応アップです
上昇するのは最大で1,5倍
今回使っていたのは、全身の強化で1.3倍上昇していました
持続時間は20分
この世界で強化を突き詰めていった人が上昇値を5倍まで上げたと設定を作っています
強化もここまでいくと上級魔法に分類されます
効果は筋力アップ、反応アップ、衝撃緩和、骨格硬化、痛覚鈍化
行動時の体に返ってくる衝撃に対しても策をとる必要がでてきて、式が複雑化しています
使用魔力量の多さと式作製の困難さで上級魔法となりました
ニコニコ動画でマザー3のプレイ動画を見てました
マザーはやったことなかったんですが、面白そう
タイトルとタイトルロゴの意味も最後まで見るとよくわかって、伝えたいことを上手く伝えることができていてすごい
内容も面白かったです
見終えた後、1と2をやってみたいなと思いました
東方SS 母と子
*オリジナル設定あります
ご注意ください
紅魔館には吸血鬼が住む。それはいまさら言うことでもない。
ほかに魔法使い、妖精、悪魔、妖怪、人間も住む。その中に妖怪ということ以外種族がいまいち不明な美鈴もいる。
妖精はわからないが、妖怪と吸血鬼は人を食料とする。
だが咲夜が入ってきた頃から人間を食事として出すことはなくなった。
レミリアとフランドールは血を飲まなくてはいけない。吸血鬼が血を飲むのは当たり前のことだ。
それは咲夜もわかっていて、嫌悪感を感じることなどない。
けれども人の部位がそのまま食事にでるとさすがに精神的にきつい。それが理由で、紅魔館で働き始めた頃ストレスから倒れたことがあった。
そんなことがあり美鈴の提案で食事を変えることになった。レミリアも承諾した。
どうしても人間を食べたい者は屋敷外で隠れて食べるようにと命令されている。その命令は今も有効だ。
いきなり食事を変えるといっても作ることのできる者が美鈴以外いなかった。
お菓子の作り方とお茶の入れ方は吸血鬼に仕えるたしなみとしてマスターしていたが、食事については煮る焼くくらいしかできない者が多かった。
そこで美鈴が食事係に料理を毎日教えていった。
時間が経つと作る側の腕も上がり、人間が食べる物にも慣れ、人を食べる者はほぼいなくなった。
美鈴は今食料を運び込む手伝いをしている。
前述のことから定期的に食料を仕入れている。それが今日届いたので手伝っている。
「ありがとうございます門番長」
「気にしないでいいよ。さっさと運び込もう」
美鈴たちはてきぱきと動き食料庫に食材を運ぶ。
食料庫はパチュリーの魔法によって一年通してずっと温度が低い。
全て運び終えると、タイミングよく咲夜が頼んでいた食材全て届いているか確認にきた。
「あら? また手伝っていたの?」
「ええ、少し暇でしたから」
「休憩中だったのね。きちんと休まないと駄目じゃない」
「今日はただ立っているだけでしたから疲れてませんよ」
「そんなこと言って仕事中に寝てたら、またナイフを飛ばすから」
「あははは、いやー最近は暑さが緩んで昼寝にはちょうどいいんですよ」
「年中似たようなこと言ってるわよ」
小さく溜息を吐いて咲夜は確認作業に移る。
「では、私は仕事に戻りますね」
仕事の邪魔をしないようにと倉庫出口に向かう。
「さぼらないように」
「善処します!」
真面目なふりで答えた美鈴は門へと駆けていった。
その背にメイドたちが手伝ってくれたことの礼をもう一度言っていた。
「門番長っていつも優しいねー」
「うんうん! しかも親切を押し付けるようなことはなくて、こう自然に助けられてることが多いよね」
「私も体調が悪いとき午後から休みになったんだけど、それも門番長が手配してくれてたんだって。
あのときは嬉しかったなぁ。
メイド一人のこともきちんと見てくれてるんだって感激しちゃった」
「はいはい。おしゃべりはそこまでにして仕事に戻りなさい」
パンパンと手を叩いて咲夜はメイドたちの会話を止める。
メイドたちも気分を切り替えて仕事へと戻っていく。
「お疲れ様、夜番頑張って」
「はいっお疲れ様でした!」
今日の仕事を終えて美鈴は、夜番に声をかけて屋敷へと向かう。
向かった先は自室ではなく図書館。
扉を開けた美鈴を出迎えたのは笑顔を浮かべた小悪魔。
「いらっしゃいませ」
「そろそろだと思ってきたんだけど」
「はい。少し体調が悪くなってます」
二人は話しながら図書館の主のもとへ向かう。
図書館の中は小悪魔が灯した魔法の明かりに部分的に照らされている。
今二人が歩いている場所ともう一箇所以外は光が届かず暗い。
明かりを灯したもう一箇所に、魔法の明かりに照らされたパチュリーがいる。
いつものようにパチュリーは専用の椅子に腰掛けて本を読んでいる。
「パチュリー様、美鈴さんがきましたよ」
「もう少し待って」
本から目を離さず小悪魔に答える。
小悪魔としては従いたいのだが、経験上もう少しが二時間になったことがあるので従うことはなかった。
パチュリーから本を取り上げ読書を強制的に中断させる。
そんなことをすれば攻撃用の魔法の一つでも飛びそうだが、その前に小悪魔は美鈴の後ろに隠れた。
「小悪魔。でてきなさい」
「でたら魔法使うじゃないですか」
「まあまあ、小悪魔さんも意地悪な考えから邪魔したんじゃないですし」
美鈴が指先に炎をまとわせたパチュリーを宥める。
パチュリーは小悪魔を軽く睨んで炎を消す。
「それでなにをしにきたの」
「いつものマッサージですよ。そろそろ体調が悪くなってくる頃だと思いまして」
「まだ大丈夫よ」
「駄目です! 病気だってなりはじめに治したほうがいいんです。
パチュリー様はたたでさえ病弱なんですから、定期的な治療をするくらいでちょうどいいんです。
というわけで美鈴さんお願いします」
「はい」
小悪魔は図書館管理のほかにパチュリーの健康管理も担っている。
健康管理は小悪魔の自主的な仕事だが長いことパチュリーのそばにいるので、パチュリー自身の言葉よりも信憑性がある。
だから美鈴はパチュリーの健康状態に関しては小悪魔の言葉に従うのだ。
「失礼します」
「大丈夫だって言ってるのに」
断りを入れてパチュリーを抱き上げる。お姫様だっこというやつだ。
パチュリーは口では抵抗するものの、それ以外に具体的な抵抗はみせずされるがまま。
自分を思っての行動だとわかっているし、マッサージが楽しみの一つでもあるのだ。でもそれを素直に表すのは恥ずかしいので、口先だけで抵抗してみせる。
美鈴はそのまま小悪魔が準備したベッドにパチュリーを寝かせる。
始めは全身を丁寧に揉み解していく。次につぼを刺激していく。最後に体に負担をかけない程度に整体をして終わりだ。
これらを一時間以上かけて行った。
その際に気を操作して、気が滞っている箇所もなくしていく。
痛みを感じさせないマッサージでパチュリーはリラックスしきって、いつもマッサージの終わりには眠っている。
今日も同じで、美鈴は眠っているパチュリーを起こさないように静かに動き布団をかけて、小悪魔と一緒に離れる。
明かりを消した部屋にパチュリーの寝息が広まり暗闇に消えていく。
「ありがとうございました」
「いえいえ。
次は小悪魔さんの番ですよ」
「私ですか?」
美鈴の言葉に小悪魔はこてんと首を傾けた。
「少し疲れてるでしょう?
だからマッサージです」
「私はいいですよ」
両手を振り遠慮する。
「駄目です。パチュリー様に言ってたでしょ? 病気はなりはじめに治療するのがいいって。
それと同じことですよ」
そう言われると断りきれず小悪魔もマッサージを受ける。
パチュリーのときほど丁寧ではないがそれでも三十分以上のマッサージで、小悪魔は体が軽くなったような感じがした。
夕食を食べに食堂に行く小悪魔と別れ、美鈴は汗を流すため風呂に向かう。
のんびりと湯に浸かりさっぱりしたあとは食堂へ。
ほとんどの者が夕食を終えたのか、食堂には人が少ない。
ご飯を食べていると咲夜が隣に現れた。
「ここにいたのね」
「探してました?」
「お嬢様から用事を言いつかってね。
あっ今じゃなくて食べ終えたあとでいいわ」
食事する手を止めようとした美鈴に咲夜はそう言って隣に座る。
すでにほとんど食べ終えていたので待つ時間は短い。
食器を洗い物当番のところへ持っていき、かわりに麦茶を入れたコップを二つ持って戻る。
一つを自分に、もう一つを咲夜の前に置いて話しを聞く。
「ありがとう。
それで用事って言うのはね。お嬢様とフランドール様があなたの料理を食べたいって言っているのよ。
だから作ってくれないってことなの」
「わかりました。
なにを食べたいか言ってました?」
「そんなにたくさんはいらないってこと以外にはなにも」
「そうですか。
……咲夜さんは夕食すませました?」
「まだよ」
「それなら咲夜さんの分も作りましょうか?」
「お願いできる?」
「はい」
ぐいっと麦茶を飲み干した美鈴はキッチンに入る。
調理専門のメイドに用事を伝えキッチンの使用許可をもらい調理を始める。
咲夜はその様子を麦茶を少しずつ飲みながら見ていた。今から食べ終わるまで休憩時間に決めたのだろう。ゆったりと料理ができあがるのを待っている。
そんな咲夜を周りにいるメイドたちが羨ましそうに見ている。
美鈴は完成した料理を咲夜の前に置く。
作ったものはオムライスとサラダ、コンソメスープはすでにメイドが作ってあったものだ。
オムライスは半熟とろとろのタイプではなく、チキンライスを包みこむタイプ。
咲夜にとってはこちらのほうが好きだ。美鈴が作るのはこっちだけだからだ。
紅魔館の住人も皆こちらのほうを好む。美鈴が料理を作り広めたため、美鈴の作った料理がおふくろの味みたいな感じなのだろう。
実際、料理の腕は料理専門のメイドのほうが上だ。それでも美鈴の料理を食べたいと言う者は後を絶たない。美味しいというよりもほっとする味らしい。
「いただきます」
「私はできあがった料理を持って行きますね。
フランドール様もお嬢様の部屋にいるんですか?」
「ええ。一緒に待っているはずよ」
トレイに二人分の料理をのせて美鈴は食堂を出て行く。
料理が崩れない程度に急いだ美鈴はレミリアの部屋前で止まる。
ノックして返事を待ってから入る。
「お待たせしました」
「なにを作ったの?」
座っているレミリアとフランドールにはトレイの中身が見えない。
さてなんでしょうね、とフランドールに微笑みオムライスとスープとサラダを二人の前に並べる。
オムライスとサラダは咲夜に作ったものより小さめだ。それとケチャップに血を混ぜ込んである。
少食な二人専用のオムライスとなっている。
「オムライスね」
「はい。最後に作ったのは三年ほど前になりますから、オムライスにしました」
「あら? そうだっけ。つい最近食べたと思ってたけど」
長く生きているので三年前は最近という感覚なのかもしれない。
待ちきれないフランドールは話す二人をほっといて食べ始めている。
美味しそうにほおばる様子を見て、美鈴は満足してもらえたのだと安心している。
思うが侭味わうフランドールとは違い、レミリアはマナーを守りながら食べる。
食べる様子からは満足したのか判断できない。しかし美鈴は雰囲気を察して判断できる。
レミリアにも満足してもらえたとわかり安心する。
あとは二人が食べ終わるまで、食べこぼしたものを片付けたりと世話をしていった。
食事を終えると二人の相手をするように命じられる。
明日も門番をするので、動くようなことは控えてもらうように伝えると話すだけになる。
ここから三時間ほど三人で話し続けた。
特に重要なことなどなく、日常のことをとりとめなく話しただけだ。
例えば、フランドールが咲夜を手伝ったと知って美鈴がそのことを褒めたりだ。手伝ったといってもきまぐれにだし、破棄する物を壊し捨てやすくしただけだが。
それでも自発的に手伝ったということが大事だと、手放しで褒めた。
羽を大きく揺らし嬉しげに照れるフランドールを、レミリアと美鈴が微笑ましそうに見ていた。
このように美鈴は門番以外にもいろいろと動いている。
どこでも笑顔でいて、柔らかく接していき、気付きにくいことにもよく気付き、人が気づかぬまに行動している。
ときに厳しいときもある。それも相手のことを考えての行動だ。
甘やかすのではない、優しいのだ。
たくさんの好意が集まるのも当たり前のこと。しかし本人は好意を集めようと思って行動しているわけではない。
ただ自分が嬉しかったことを再現しているだけだ。自分の大好きな人に言ってもらえて、してもらえて嬉しかったことを真似している。
大好きな人に近づきたいから。
もっともそれだけが理由ではないが。
紅魔館の人々が好きだから動いている。
そんな美鈴も疲れることはある。
今日は美鈴の休日。
年に数度もない休日。
たいていはそんな休日も紅魔館の人々のために使う。
しかし今日はそうではない。疲れをとるために、自分のための休日にしようと決めてある。
朝起きていつもと同じ服装に着替えて部屋を出る。この服装も大好きな人が一番似合うといってくれた服装で、美鈴の一番のお気に入り。
うきうきと嬉しそうな雰囲気を漂わせて美鈴は屋敷の外を目指す。
美鈴がいつもまとう雰囲気が母ならば、今の美鈴は子供。大好きな親に甘える子供。
そんな美鈴を紅魔館の人々は嫉妬しながら見送る。
美鈴に嫉妬してるのではない。美鈴を嬉しげにさせる見知らぬ相手に嫉妬している。
誰もがこのときの笑顔が一番好きなのだ。自分達にもその笑顔を向けてもらいたい。
「いってきます!」
門から屋敷へと振り向いて美鈴はそう言ったあと駆けていく。早く大好きな人に会いたいと。
以前、レミリアとパチュリーが協力して誰に会いに行くのか調べたことがある。
結果は失敗。
失敗したが故に確信に近い推測ができた。幻想郷でレミリアとパチュリーのタッグを完全に邪魔できるものなど、何人もいない。
そしてその推測は当たっている。
そこは幻想郷のどこかにある場所。
常人ならば来ることなどできない場所。
しかし美鈴ならば簡単に来ることができる。なぜなら大好きな人の気配を辿ればいいだけだから。
「こんにちは!」
そう言いながら美鈴は戸を開ける。
出てきたのは藍。
「いらっしゃい。
すぐに橙と一緒にでかけるから待っててくれないか」
「すみません」
「いや、気にするな。お前と違って私達はいつも一緒にいられるのだから」
藍は詳しいことは知らない。
ただ美鈴の雰囲気が自分達に似ていると知っているだけ。
だから美鈴が来ると、主だけを残して橙と一緒にでかけるのだ。
紫と美鈴が二人だけになれるように。
藍と橙が出かけてから美鈴は八雲家に入る。目指すは紫の寝室。勝手知ったる人の家、迷うことなく辿りつく。
美鈴は抑えきれない笑顔で障子に手をかける。
いつもならば紫は寝ている時間帯。
障子を開けるとそこには、布団をしまい座して美鈴を出迎える紫がいた。
美鈴がくるときはいつもこうなのだ。事前に連絡を入れてはいない。それでも紫は起きて出迎えてくれる。
「お母さん。ただいま!」
「おかえり」
抱きつく美鈴を紫は柔らかく抱きしめる。
誰かがこの様子を見たとしたら、紫と小さな美鈴が幻視できそうなほど、その様子に違和感を感じられないだろう。
毎回じっと静かに抱きついたまま一時間はすごす。美鈴にとって一番安心できる時間だ。
ぽつりぽつりと離れていた間にあったいろいろなことを話していく。喋るのは主に美鈴で、それに紫は様々な感情を見せて反応していく。
ほかには紫に料理を作ってもらったりだ。美鈴の料理は紫に教えてもらったもの。だから紅魔館の人々が母の味と思っているもののルーツは八雲家にある。
こんなふうに美鈴は時間の許すかぎり紫に甘える。
藍が感じ取った雰囲気は、自分と同じように紫を慕うということだ。間違っても敵対しないとわかっているから、主を残して出かけることができる。
美鈴が紫に甘えるのは、紫が親だからだ。
血の繋がりがあるわけではないし、藍たちと同じ式というわけでもない。
美鈴が幼い頃、紫に出会いしばらく一緒にいた。
そのときから紫は美鈴の親になった。
紫が美鈴を拾い育てたのは親切心だけではない。美鈴の資質を見抜き、いつか有事の際に使える駒の一つとして育てた。
それでも懐いてくる者と一緒にいれば情がわく。
繋がれた絆は、一度離れても切れることなく繋がったままだった。
紫と離れている間にスカーレット家に身を寄せることになった美鈴は、レミリアが幻想郷に行くことになったときついていくことを願い出た。
そこに紫がいると知っていたから。
そして幻想郷で紫と再会したのだった。
こうして存分に甘えて満足し元気になった美鈴は紅魔館に帰る。
母の元を離れて、未熟ながら母になるのだ。
大好きな紫を目指し、日々精進。
そして疲れたら子供に戻って甘える。
目標が近くにいて見守られている美鈴は、日々を精一杯生きている。
いつでも甘えにいくことができるのだ。いつだって頑張ることができる。
ご注意ください
紅魔館には吸血鬼が住む。それはいまさら言うことでもない。
ほかに魔法使い、妖精、悪魔、妖怪、人間も住む。その中に妖怪ということ以外種族がいまいち不明な美鈴もいる。
妖精はわからないが、妖怪と吸血鬼は人を食料とする。
だが咲夜が入ってきた頃から人間を食事として出すことはなくなった。
レミリアとフランドールは血を飲まなくてはいけない。吸血鬼が血を飲むのは当たり前のことだ。
それは咲夜もわかっていて、嫌悪感を感じることなどない。
けれども人の部位がそのまま食事にでるとさすがに精神的にきつい。それが理由で、紅魔館で働き始めた頃ストレスから倒れたことがあった。
そんなことがあり美鈴の提案で食事を変えることになった。レミリアも承諾した。
どうしても人間を食べたい者は屋敷外で隠れて食べるようにと命令されている。その命令は今も有効だ。
いきなり食事を変えるといっても作ることのできる者が美鈴以外いなかった。
お菓子の作り方とお茶の入れ方は吸血鬼に仕えるたしなみとしてマスターしていたが、食事については煮る焼くくらいしかできない者が多かった。
そこで美鈴が食事係に料理を毎日教えていった。
時間が経つと作る側の腕も上がり、人間が食べる物にも慣れ、人を食べる者はほぼいなくなった。
美鈴は今食料を運び込む手伝いをしている。
前述のことから定期的に食料を仕入れている。それが今日届いたので手伝っている。
「ありがとうございます門番長」
「気にしないでいいよ。さっさと運び込もう」
美鈴たちはてきぱきと動き食料庫に食材を運ぶ。
食料庫はパチュリーの魔法によって一年通してずっと温度が低い。
全て運び終えると、タイミングよく咲夜が頼んでいた食材全て届いているか確認にきた。
「あら? また手伝っていたの?」
「ええ、少し暇でしたから」
「休憩中だったのね。きちんと休まないと駄目じゃない」
「今日はただ立っているだけでしたから疲れてませんよ」
「そんなこと言って仕事中に寝てたら、またナイフを飛ばすから」
「あははは、いやー最近は暑さが緩んで昼寝にはちょうどいいんですよ」
「年中似たようなこと言ってるわよ」
小さく溜息を吐いて咲夜は確認作業に移る。
「では、私は仕事に戻りますね」
仕事の邪魔をしないようにと倉庫出口に向かう。
「さぼらないように」
「善処します!」
真面目なふりで答えた美鈴は門へと駆けていった。
その背にメイドたちが手伝ってくれたことの礼をもう一度言っていた。
「門番長っていつも優しいねー」
「うんうん! しかも親切を押し付けるようなことはなくて、こう自然に助けられてることが多いよね」
「私も体調が悪いとき午後から休みになったんだけど、それも門番長が手配してくれてたんだって。
あのときは嬉しかったなぁ。
メイド一人のこともきちんと見てくれてるんだって感激しちゃった」
「はいはい。おしゃべりはそこまでにして仕事に戻りなさい」
パンパンと手を叩いて咲夜はメイドたちの会話を止める。
メイドたちも気分を切り替えて仕事へと戻っていく。
「お疲れ様、夜番頑張って」
「はいっお疲れ様でした!」
今日の仕事を終えて美鈴は、夜番に声をかけて屋敷へと向かう。
向かった先は自室ではなく図書館。
扉を開けた美鈴を出迎えたのは笑顔を浮かべた小悪魔。
「いらっしゃいませ」
「そろそろだと思ってきたんだけど」
「はい。少し体調が悪くなってます」
二人は話しながら図書館の主のもとへ向かう。
図書館の中は小悪魔が灯した魔法の明かりに部分的に照らされている。
今二人が歩いている場所ともう一箇所以外は光が届かず暗い。
明かりを灯したもう一箇所に、魔法の明かりに照らされたパチュリーがいる。
いつものようにパチュリーは専用の椅子に腰掛けて本を読んでいる。
「パチュリー様、美鈴さんがきましたよ」
「もう少し待って」
本から目を離さず小悪魔に答える。
小悪魔としては従いたいのだが、経験上もう少しが二時間になったことがあるので従うことはなかった。
パチュリーから本を取り上げ読書を強制的に中断させる。
そんなことをすれば攻撃用の魔法の一つでも飛びそうだが、その前に小悪魔は美鈴の後ろに隠れた。
「小悪魔。でてきなさい」
「でたら魔法使うじゃないですか」
「まあまあ、小悪魔さんも意地悪な考えから邪魔したんじゃないですし」
美鈴が指先に炎をまとわせたパチュリーを宥める。
パチュリーは小悪魔を軽く睨んで炎を消す。
「それでなにをしにきたの」
「いつものマッサージですよ。そろそろ体調が悪くなってくる頃だと思いまして」
「まだ大丈夫よ」
「駄目です! 病気だってなりはじめに治したほうがいいんです。
パチュリー様はたたでさえ病弱なんですから、定期的な治療をするくらいでちょうどいいんです。
というわけで美鈴さんお願いします」
「はい」
小悪魔は図書館管理のほかにパチュリーの健康管理も担っている。
健康管理は小悪魔の自主的な仕事だが長いことパチュリーのそばにいるので、パチュリー自身の言葉よりも信憑性がある。
だから美鈴はパチュリーの健康状態に関しては小悪魔の言葉に従うのだ。
「失礼します」
「大丈夫だって言ってるのに」
断りを入れてパチュリーを抱き上げる。お姫様だっこというやつだ。
パチュリーは口では抵抗するものの、それ以外に具体的な抵抗はみせずされるがまま。
自分を思っての行動だとわかっているし、マッサージが楽しみの一つでもあるのだ。でもそれを素直に表すのは恥ずかしいので、口先だけで抵抗してみせる。
美鈴はそのまま小悪魔が準備したベッドにパチュリーを寝かせる。
始めは全身を丁寧に揉み解していく。次につぼを刺激していく。最後に体に負担をかけない程度に整体をして終わりだ。
これらを一時間以上かけて行った。
その際に気を操作して、気が滞っている箇所もなくしていく。
痛みを感じさせないマッサージでパチュリーはリラックスしきって、いつもマッサージの終わりには眠っている。
今日も同じで、美鈴は眠っているパチュリーを起こさないように静かに動き布団をかけて、小悪魔と一緒に離れる。
明かりを消した部屋にパチュリーの寝息が広まり暗闇に消えていく。
「ありがとうございました」
「いえいえ。
次は小悪魔さんの番ですよ」
「私ですか?」
美鈴の言葉に小悪魔はこてんと首を傾けた。
「少し疲れてるでしょう?
だからマッサージです」
「私はいいですよ」
両手を振り遠慮する。
「駄目です。パチュリー様に言ってたでしょ? 病気はなりはじめに治療するのがいいって。
それと同じことですよ」
そう言われると断りきれず小悪魔もマッサージを受ける。
パチュリーのときほど丁寧ではないがそれでも三十分以上のマッサージで、小悪魔は体が軽くなったような感じがした。
夕食を食べに食堂に行く小悪魔と別れ、美鈴は汗を流すため風呂に向かう。
のんびりと湯に浸かりさっぱりしたあとは食堂へ。
ほとんどの者が夕食を終えたのか、食堂には人が少ない。
ご飯を食べていると咲夜が隣に現れた。
「ここにいたのね」
「探してました?」
「お嬢様から用事を言いつかってね。
あっ今じゃなくて食べ終えたあとでいいわ」
食事する手を止めようとした美鈴に咲夜はそう言って隣に座る。
すでにほとんど食べ終えていたので待つ時間は短い。
食器を洗い物当番のところへ持っていき、かわりに麦茶を入れたコップを二つ持って戻る。
一つを自分に、もう一つを咲夜の前に置いて話しを聞く。
「ありがとう。
それで用事って言うのはね。お嬢様とフランドール様があなたの料理を食べたいって言っているのよ。
だから作ってくれないってことなの」
「わかりました。
なにを食べたいか言ってました?」
「そんなにたくさんはいらないってこと以外にはなにも」
「そうですか。
……咲夜さんは夕食すませました?」
「まだよ」
「それなら咲夜さんの分も作りましょうか?」
「お願いできる?」
「はい」
ぐいっと麦茶を飲み干した美鈴はキッチンに入る。
調理専門のメイドに用事を伝えキッチンの使用許可をもらい調理を始める。
咲夜はその様子を麦茶を少しずつ飲みながら見ていた。今から食べ終わるまで休憩時間に決めたのだろう。ゆったりと料理ができあがるのを待っている。
そんな咲夜を周りにいるメイドたちが羨ましそうに見ている。
美鈴は完成した料理を咲夜の前に置く。
作ったものはオムライスとサラダ、コンソメスープはすでにメイドが作ってあったものだ。
オムライスは半熟とろとろのタイプではなく、チキンライスを包みこむタイプ。
咲夜にとってはこちらのほうが好きだ。美鈴が作るのはこっちだけだからだ。
紅魔館の住人も皆こちらのほうを好む。美鈴が料理を作り広めたため、美鈴の作った料理がおふくろの味みたいな感じなのだろう。
実際、料理の腕は料理専門のメイドのほうが上だ。それでも美鈴の料理を食べたいと言う者は後を絶たない。美味しいというよりもほっとする味らしい。
「いただきます」
「私はできあがった料理を持って行きますね。
フランドール様もお嬢様の部屋にいるんですか?」
「ええ。一緒に待っているはずよ」
トレイに二人分の料理をのせて美鈴は食堂を出て行く。
料理が崩れない程度に急いだ美鈴はレミリアの部屋前で止まる。
ノックして返事を待ってから入る。
「お待たせしました」
「なにを作ったの?」
座っているレミリアとフランドールにはトレイの中身が見えない。
さてなんでしょうね、とフランドールに微笑みオムライスとスープとサラダを二人の前に並べる。
オムライスとサラダは咲夜に作ったものより小さめだ。それとケチャップに血を混ぜ込んである。
少食な二人専用のオムライスとなっている。
「オムライスね」
「はい。最後に作ったのは三年ほど前になりますから、オムライスにしました」
「あら? そうだっけ。つい最近食べたと思ってたけど」
長く生きているので三年前は最近という感覚なのかもしれない。
待ちきれないフランドールは話す二人をほっといて食べ始めている。
美味しそうにほおばる様子を見て、美鈴は満足してもらえたのだと安心している。
思うが侭味わうフランドールとは違い、レミリアはマナーを守りながら食べる。
食べる様子からは満足したのか判断できない。しかし美鈴は雰囲気を察して判断できる。
レミリアにも満足してもらえたとわかり安心する。
あとは二人が食べ終わるまで、食べこぼしたものを片付けたりと世話をしていった。
食事を終えると二人の相手をするように命じられる。
明日も門番をするので、動くようなことは控えてもらうように伝えると話すだけになる。
ここから三時間ほど三人で話し続けた。
特に重要なことなどなく、日常のことをとりとめなく話しただけだ。
例えば、フランドールが咲夜を手伝ったと知って美鈴がそのことを褒めたりだ。手伝ったといってもきまぐれにだし、破棄する物を壊し捨てやすくしただけだが。
それでも自発的に手伝ったということが大事だと、手放しで褒めた。
羽を大きく揺らし嬉しげに照れるフランドールを、レミリアと美鈴が微笑ましそうに見ていた。
このように美鈴は門番以外にもいろいろと動いている。
どこでも笑顔でいて、柔らかく接していき、気付きにくいことにもよく気付き、人が気づかぬまに行動している。
ときに厳しいときもある。それも相手のことを考えての行動だ。
甘やかすのではない、優しいのだ。
たくさんの好意が集まるのも当たり前のこと。しかし本人は好意を集めようと思って行動しているわけではない。
ただ自分が嬉しかったことを再現しているだけだ。自分の大好きな人に言ってもらえて、してもらえて嬉しかったことを真似している。
大好きな人に近づきたいから。
もっともそれだけが理由ではないが。
紅魔館の人々が好きだから動いている。
そんな美鈴も疲れることはある。
今日は美鈴の休日。
年に数度もない休日。
たいていはそんな休日も紅魔館の人々のために使う。
しかし今日はそうではない。疲れをとるために、自分のための休日にしようと決めてある。
朝起きていつもと同じ服装に着替えて部屋を出る。この服装も大好きな人が一番似合うといってくれた服装で、美鈴の一番のお気に入り。
うきうきと嬉しそうな雰囲気を漂わせて美鈴は屋敷の外を目指す。
美鈴がいつもまとう雰囲気が母ならば、今の美鈴は子供。大好きな親に甘える子供。
そんな美鈴を紅魔館の人々は嫉妬しながら見送る。
美鈴に嫉妬してるのではない。美鈴を嬉しげにさせる見知らぬ相手に嫉妬している。
誰もがこのときの笑顔が一番好きなのだ。自分達にもその笑顔を向けてもらいたい。
「いってきます!」
門から屋敷へと振り向いて美鈴はそう言ったあと駆けていく。早く大好きな人に会いたいと。
以前、レミリアとパチュリーが協力して誰に会いに行くのか調べたことがある。
結果は失敗。
失敗したが故に確信に近い推測ができた。幻想郷でレミリアとパチュリーのタッグを完全に邪魔できるものなど、何人もいない。
そしてその推測は当たっている。
そこは幻想郷のどこかにある場所。
常人ならば来ることなどできない場所。
しかし美鈴ならば簡単に来ることができる。なぜなら大好きな人の気配を辿ればいいだけだから。
「こんにちは!」
そう言いながら美鈴は戸を開ける。
出てきたのは藍。
「いらっしゃい。
すぐに橙と一緒にでかけるから待っててくれないか」
「すみません」
「いや、気にするな。お前と違って私達はいつも一緒にいられるのだから」
藍は詳しいことは知らない。
ただ美鈴の雰囲気が自分達に似ていると知っているだけ。
だから美鈴が来ると、主だけを残して橙と一緒にでかけるのだ。
紫と美鈴が二人だけになれるように。
藍と橙が出かけてから美鈴は八雲家に入る。目指すは紫の寝室。勝手知ったる人の家、迷うことなく辿りつく。
美鈴は抑えきれない笑顔で障子に手をかける。
いつもならば紫は寝ている時間帯。
障子を開けるとそこには、布団をしまい座して美鈴を出迎える紫がいた。
美鈴がくるときはいつもこうなのだ。事前に連絡を入れてはいない。それでも紫は起きて出迎えてくれる。
「お母さん。ただいま!」
「おかえり」
抱きつく美鈴を紫は柔らかく抱きしめる。
誰かがこの様子を見たとしたら、紫と小さな美鈴が幻視できそうなほど、その様子に違和感を感じられないだろう。
毎回じっと静かに抱きついたまま一時間はすごす。美鈴にとって一番安心できる時間だ。
ぽつりぽつりと離れていた間にあったいろいろなことを話していく。喋るのは主に美鈴で、それに紫は様々な感情を見せて反応していく。
ほかには紫に料理を作ってもらったりだ。美鈴の料理は紫に教えてもらったもの。だから紅魔館の人々が母の味と思っているもののルーツは八雲家にある。
こんなふうに美鈴は時間の許すかぎり紫に甘える。
藍が感じ取った雰囲気は、自分と同じように紫を慕うということだ。間違っても敵対しないとわかっているから、主を残して出かけることができる。
美鈴が紫に甘えるのは、紫が親だからだ。
血の繋がりがあるわけではないし、藍たちと同じ式というわけでもない。
美鈴が幼い頃、紫に出会いしばらく一緒にいた。
そのときから紫は美鈴の親になった。
紫が美鈴を拾い育てたのは親切心だけではない。美鈴の資質を見抜き、いつか有事の際に使える駒の一つとして育てた。
それでも懐いてくる者と一緒にいれば情がわく。
繋がれた絆は、一度離れても切れることなく繋がったままだった。
紫と離れている間にスカーレット家に身を寄せることになった美鈴は、レミリアが幻想郷に行くことになったときついていくことを願い出た。
そこに紫がいると知っていたから。
そして幻想郷で紫と再会したのだった。
こうして存分に甘えて満足し元気になった美鈴は紅魔館に帰る。
母の元を離れて、未熟ながら母になるのだ。
大好きな紫を目指し、日々精進。
そして疲れたら子供に戻って甘える。
目標が近くにいて見守られている美鈴は、日々を精一杯生きている。
いつでも甘えにいくことができるのだ。いつだって頑張ることができる。
2008年08月27日
東方SS 白楼剣誕生秘話
白玉楼に妖忌がいた頃のこと。
師匠の持つ二振りの刀に、ふとした興味を抱いた妖夢が尋ねたことで語られた話。
稽古の休憩中に、いつもよりも体力的に余裕があった妖夢が妖忌に聞く。
「師匠、お聞きしたことがあります」
「なんだ?」
「師匠の持つ楼観剣と白楼剣の由来を聞かせてください」
「……お前は刀に斬ること以外の価値を求めるのか?
刀を魂という者がいるが、俺は刀は斬れさえすればいいと考えている。
刀の本分は斬ること。それ以外の価値を求めると刀は斬ることができなくなってしまう。
斬れぬ刀は……いや止めておこう」
刀なのかと続けようとして止める。
自身も斬るという役割を帯びた、刀のようなもの。だが今は指南役も兼ねている。
この先を口にしては自身の否定に繋がると口を閉ざす。
「もうしわけございませんっ」
床に膝と手をついて妖夢は謝る。
「なにを謝る?」
「未熟者でありながら、ですぎたことを聞いたからです」
「……」
妖忌は何か言おうとして止める。
そして妖忌も座り、妖夢に顔を上げさせる。
「由来だったな」
語ろうとする妖忌に妖夢が驚く。
「聞いてもいいのですか?」
「いずれお前もこれらを持つことになる。
知っておいたほうがいいだろうさ」
妖夢は姿勢を正し一言一句聞き逃すまいと聞く体勢に入る。
真正面に向き合い魂魄の剣士たちは己が刀のことを語り聞く。
「楼観剣の詳しいことは知らぬ。
妖怪が鍛え魂魄家のものが持つようになったとだけ。
魂魄家初代が妖怪にもらったらしいと伝わっている」
「なるほど」
「白楼剣は十数代前の当主が作らせたものだと聞く。
これのことを語るには、ある先祖のことを語る必要がある。
魂魄家は殺人剣も活人剣も教えるな?
その当主もそれに従い、二つを会得しようとした。殺人剣は己を鍛えていけばおのずと身についていく。
しかし活人剣はそうはいかぬ。ただ剣を振るうのみで会得できるようなものではない。
その当主は活人剣の会得に困難し、修行に長い年月をかけた。
それでも会得できず、一度修行を止めてなぜ会得できないのか考えることにした。
殺人剣は肉を斬り殺すもの。活人剣は心を斬り生かすもの。
それを知識の上では知っていた。それをふまえて考えたのだ。
当主は長い修行で刀が己の体の一部といっていいほどに扱えた。
だからその考えに至ったのだろう。己にできないのならば、己の一部といっていい刀にやらせればいいと。
早速当主は名工を探し、刀を作ってもらった。
それが迷いを斬る刀、白楼剣だ。心を斬るのではなく、魂を斬る刀の誕生だ」
妖夢は脱力していた。おもいっきり脱力していた。
一種の天然ともいえる先祖がいたことに。その先祖の血を引いていることに。
この先、その先祖と似たようなことはしたくないなとも思う。
だがそれを表に出すことは話の腰を折ると判断し耐えた。
幼い妖夢の努力を妖忌は見抜きつつも気にせず続ける。
「当主は手にした刀を自信を持って師匠に見せた。
これが活人剣の極意です、とな。
どうなったかわかるな?
当然、怒鳴られた」
妖忌も妖夢も、その情景がありありと想像できた。
「その当主は師匠につきっきりで鍛えられ、五十年かけてようやく活人剣の会得ができたようだ。
一人で修行させると次は何をしでかすか不安だったらしい」
「はあ」
「間違いで作られた白楼剣は、発端がどうであれ素晴らしいできだった。
それは誰もが認めたのだ。だから家宝にすると決まり代々受け継がれてきた」
「そうですか」
場を沈黙が支配する。
少しして妖忌が口を開いた。
「修行を再開する」
「はい」
妖夢は木刀を手にしながら思う。
いつの日が自分もこのマヌケな話を語らなければいけないのだろうかと。
そして妖忌が刀に付加価値を認めないのは、白楼剣を扱う際に由来を思い出して気が抜けるからなのかと。
戦いの場で気が散るのは命取りだ。
妖忌が言うことを止めたので間違った伝わり方をした想いに妖夢は納得する。
この考えは妖忌が去ったあとも変わることはなかった。
樹の世界へ 番外の1後編
「じゃあ先に行ってるから」
「頑張って」
朝がきて、準備を整えたカータスと陽平がニニルたちの激励を背に宿を出る。
カータスは胸部と肩を鉄板で補強した革鎧を愛用している。防御の硬さで防ぐよりも、避けること重視している。使うことはないが一応剣も持っている。
陽平は普段着だ。戦うことはないので武装する必要はない。武装の代わりに紙製のメガホンを持っている。観客の声に自分の声が消されるかもと思った陽平が、昨日のうちに作っておいたのだ。試合中にアドバイスすることなどないだろうが、これも念のためだ。
指定された会場につくと、客がすでに集まっていた。もちろん参加者もだ。
会場は戦いの場を中心に土と岩が積まれている。大雑把に表すとスープ皿と同じような形になっている。参加者入場のための道は開けてあるため、上空から見るとCの字に見える。
観客は好きな場所にシートを敷いて、試合開始をいまかいまかと待っていた。簡易な客席だが、見やすさを考えての構造だろう。岩などが崩れ落ちないように杭で補強もされている。
二人は参加受付の際にもらった紙を係員に見せ、待機場へと入る。そこには小さな村も住人と同じくらいの人数が思い思いにすごしていた。
二人も同じように時間がくるまで話しながら過ごす。
カータスは今回のようなイベントは生まれて初めて参加するらしい。そのわりに緊張していない。むしろ気合入れすぎに見え、幾度か陽平は落ち着くように注意した。
やがて時間がきたのか係員が声を張り上げて参加者の注目を集める。
参加者と客のざわめきに邪魔され苦労している係員をみかねて陽平が動く。
近くにいる係員に持っていたメガホンを渡し、使うように言ったのだ。メガホンの説明を受けた係員は、こんなもので声が大きくなるのか半信半疑だったが、効果があるとわかるとほかの係員に急遽同じものを作るように指示し、自分は説明を続ける。
「番号が呼ばれた順から会場に入ってください。
会場に入ると隅に武器を置いてあるので、そこから好きなものを持っていってください。
ロープで囲まれた範囲が戦いの場です。補佐はその範囲外から参加者にアドバイスを送ってください。
試合開始は銅鑼を鳴らしてからです。銅鑼の鳴る前に誰かを攻撃すると失格になります。
気絶で失格です。殺しも失格です。それとロープの外にいる人を攻撃しても失格になります。
補佐の方が攻撃しても失格となりますので気をつけてください。
もし戦意がなくなった場合はロープの外に出てください。
説明は以上です。
では番号を読み上げますので、呼ばれた方は会場へと入ってください」
五百一番から五百二十番が呼ばれる。呼ばれた人たちは気合を入れ会場へと入っていった。
会場から歓声が上がる。
いよいよ試合が始まる。歓声に負けじと銅鑼が会場に鳴り響いた。
試合は順調に進み、カータスの番が来る。
「ロープ内に入る前に魔法かけるから」
「頼んだ」
誰かに聞かれないように小さめの声で会話する。
カータスは自分の持つ剣を係員に預け、似た大きさの木剣を選ぶ。
試合が始まると審判が告げる。
陽平が魔法を使いカータスを強化した。誰も陽平の行動を不審に感じていないので、魔法を使ったことはばれていないのだろう。激励と思われているのかもしれない。
そして銅鑼が鳴る。
カータスは近くにいた参加者に素早く近寄り木剣をふるった。相手は当たりどころが悪かったのか、苦しみながら倒れこんだ。これを戦闘不能と判断し、次の参加者に向かう。
カータスは速攻で勝負を決めるつもりだ。魔法の効果がきれると勝ち残れないかもしれないからだ。
さらに一人地に沈める。これでほかの参加者は標的をカータスに絞った。まずは手強い相手を皆で叩こうというのだ。カータスにとっては好都合な流れだ。
複数で襲おうとしても、人数にかぎりがある。それに気付いているものもいるが、いないものもいた。互いにぶつかりできた隙を逃さずカータスは一人一人倒していく。
一対複数の状況は、魔獣などの相手で何度も経験済みだ。どこに隙ができやすか、どう動けばいいかなど熟知している。その経験を生かしてカータスはいっきに勝負を決めた。
時間にして十分。能力上昇よりも効果持続時間の長さを重視した魔法が切れる前にカータスは全員を倒すことに成功。運よく実力者と当たらなかったことも短時間撃破の要因の一つだろう。
いままでで一番早い試合の決着に観客は沸いた。
観客に手を振るなどの余裕を見せることが不可能なほど疲れきったカータス。短時間決着と考え、それにあわせて動き回ったのだから無理もない。
陽平の肩を借りることはなかったが、いまだ息は荒く落ち着くまでもう少しの時間を要するだろう。
待機場にいた参加者の注目を集め、それを無視して息を整えることに集中する。
今日の試合はこれで終わりだ。あとはこのままここにいて試合を見てもいいし、帰って休んでもいい。ほかの人は補佐が残って情報を集め、勝った参加者は帰っている。
陽平も補佐なので、情報集めのために残ることにした。今日は魔法以外になんの仕事もしていないので、これくらいはしておこうと思ったのだ。
カータスにここで休んでいるように言うと、陽平はニニルたちを探すため客席に向かう。
試合を見ながら一時間近く客席を彷徨い三人をみつけた。
「探したよ」
「あ、ヨウヘイ。うちの人は一緒じゃないの?」
「疲れてたから休ませてる。宿に帰そうと思ってるんだけどさ、付き添ってくれない?」
「どこか怪我した!?」
「いやいや、どこも怪我なんかしてないよ。念のためにね。
俺は明日のために残って試合を見ないといけないから、ここから離れられないんだ」
「わかったわ。
ミリィはどうする? ここで試合見てる?」
「うーん……見たいけど、お父さん心配だから帰る」
ニニルとミリィは立ち上がり帰る準備をする。
「エスト、ここで少しだけ待っててくれる? すぐに戻ってくるから」
「すぐに戻ってきてね」
エストを残して三人は待機場へと向かう。
休んでいる間に眠ったカータスを起こし、家族で帰らせた。
「エスト」
「お兄ちゃん」
エストに声かけて隣に座る。周囲は知らない人ばかりで不安だったのか、エストは陽平の腕にしがみつく。
すぐに不安はなくなったようで、上機嫌になる。陽平が近くにいるのが一番安心できるということだ。試合に飽きても。陽平に寄りかかって昼寝したりと暇になるということはない。
昼を過ぎて夕方を過ぎても試合は続く。さすがにずっといるのに飽きてきた陽平はそろそろ宿屋で食事が出る頃だと思い出し、帰ることにした。
一日目に終らせるつもりだった試合は、開催側の予想していた以上に時間がかかり次の日へと持ち越された。持ち越された試合は五試合。開催側の話し合いで朝のうちに五試合を終らせ、本選出場のための二試合は昼を過ぎてからになった。
初めてのイベントなのでアクシデントはつきものとほとんどの人は納得していた。
午前の試合は終わり午後の部が始まる。午前中に戦ったものたちは休憩のため、十ニ人で戦う二試合目に回された。
カータスは十三人で戦う一試合目だ。ここで勝ち残れば本選出場だ。昨日以上に気合が入っている。
この気合が逆効果になった。力みすぎて無駄な動きが多くなったのだ。昨日よりも強い者たち相手にこれは失敗だ。
しかも昨日のことでカータスは実力者として警戒されている。皆慎重に動いたため全員を倒しきる前に魔法の効果が切れるという事態に陥って、ピンチは続く。動きの鈍ったカータスを見逃すことなどなく、立っている者のほとんどがカータスを倒そうと動く。
防ぎ避けることに徹しなんとかいまだ生き残っている。さらに事態は動く。カータスを囮とした者がいたのだ。皆がカータスに集中している間に、いっきに敵を倒していった。
カータスとしては助かったのだが、ピンチが去ったというわけではない。残ったのはカータスを含めて三人。カータスの疲労度が一番高く、次にカータスを襲った生き残り、一番余裕があるのがカータスを囮とした者だ。
軽く膠着状態になる。今のうちに体力を回復しようと息を整えるカータスを見て、残りの二人は今のうちにカータスを叩くことに決めたようだ。勝ち残るのは二人。ならば今一番弱っている者を倒すのは当然の選択だ。
再び防戦一方になる。
時間が経ち、決着がつき勝ち残ったのはカータスだ。かなりぎりぎりの勝利だった。
一時的に協力して動いていた対戦者たちだが、その場しのぎの連携では互いの邪魔をすることもある。それが原因で動きが不自然になる。そこをカータスがついて勝利をもぎとった。
初戦とは違い、長丁場になった試合だった。疲労度も初戦とは段違いで、勝利宣言されるとカータスはその場に倒れこんでしまう。
その場の勢いで、倒さなくてもいい相手まで倒したのだから疲労の多さは当たり前のことだ。
今日は陽平に手伝ってもらい待機場に戻る。一度カータスを寝かせ、昨日と同じようにニニルたちを呼びに行く。今日は皆で宿に戻ることにした。
待機場にいた医者の診断では異常はなく、疲労と打ち身だけでしっかりと休めばなんの問題もないとのこと。
宿に戻るとニニルがつきっきりでカータスの面倒を見る。時間をもてあました残り三人は外に出て時間を潰すことにしたのだった。
三人が帰ってくると、なぜか疲れが取れていないカータスと上機嫌なニニルがいた。さらに夜はミリィを預かってくれないかとニニルが陽平に頼む。訳がわからないまま頷いた陽平は、夜隣から聞こえてきた音で事情がなんとなくわかった。
簡単に言うと、惚れ直して燃え上がった。
朝になってどことなく艶やかなニニルとげっそりとしたカータスがいたことで、陽平は予想が当たっていたと確信する。疲れていたのになにやってんだと考えても、口に出すことはなかった。
一日の休みをはさんで十分に休息をとったカータスは万全の状態で、本選会場である北の会場へと向かう。
北の会場はほかの三つと違い、わりと本格的に作られている。陽平が学生時代教科書で見た古代のコロシアムとほとんど同じ作りになっていた。陽平の知る野球用ドームの収容人数には届きそうにない程度の広さ。
会場の入り口は三つあり、その三つの近くに本線出場者の簡単なプロフィールが書かれた大きな紙が貼られていた。
当然カータスのことも書かれている。それには隣国の有名魔物ハンターの一人と書かれていた。
「カータスって有名だったのか」
初めて知った事実に陽平は驚きの声を出す。
「有名かどうかわからないが、同じ業種の連中には名前は知られてるな。
ヨウヘイと一緒に魔物討伐の依頼を中心にして受けてただろ?
あれらは難易度の高いものがほとんどでな、そんなものばかり受けてたら少しは有名になるさ」
「それって俺の名前もうれてるってことじゃ?」
「ヨウヘイ目立つの嫌だって言ってたろ? だから俺の名前だけ出るようにしてもらってる」
だからカータスが誰と組んでいるか知っている者は、依頼の仲介屋しか知らない。
有名になってカータスと組みたがる人やパーティーに入れたがる人もでてきた。一時的に組む以外に、カータスはそれら全てを断ってきた。陽平が魔法使いだと知られないようにするためだ。陽平はそのことを知らない。陽平が知らないうちに断り、断ったことを知らせないからだ。知らせないことに特に意味はなく、ただ言う必要性を感じなかっただけ。
その言わなかったことも含めて説明され、陽平はさらに驚いたのだった。
カータスって実はすごい奴? と自分のことは棚上げして、今度から敬語とか使ったほうがいいのかと考えている。
カータスが有名になったのは、陽平と組みだしたあとからだ。魔法の補助が受けられるので無茶ができる。無茶とは、今まで受けなかったような難度の高い依頼をうけること。
依頼を受けるときその場に出ないので、魔法使いがいるからこその名声だと陽平は気付かない。この勘違いはもうしばらく続くことになる。
客席は満席、立ったまま見る者もいて会場は満員状態だ。
「エストたち座れてるかな?」
会場の様子を見てきた陽平が三人の心配をする。今いるのは選手控え室だ。
「…………」
「聞いてる?」
反応のないカータスに話しかける。
「……ん? なんか言ったか?」
会場と控え室の熱気にあてられたか、カータスの気合が上がりつつあった。
「また気合入れすぎるなよー。それで失敗してるんだから」
「わかっちゃいるんだがな」
気合が入っているのはカータスだけではない。ほかにも気合の入った人はいる。
というか落ち着いている人のほうが少ない。上位に食い込めば、賞金がでるし名も広まり名誉が手に入る。それが目的な人もいるだろうから、気合が入るのも仕方のないことかもしれない。
陽平が落ち着いているのは完全に人事だからだ。カータスに少し手を貸してるだけで、大会に参加してるという意識が低い。
陽平のほかに落ち着いているのは、六十手前の男と二十手前の女と補佐数人だけだ。男は備え付けてあった水瓶から水を汲み、のんびりと飲んでいる。女はおそらく寝ている。目を閉じ動かず、ときどきこくりこくりと舟をこいでいる。
どちらも補佐はいない。必要ないと判断したのか。
本選開始のための準備が整ったのだろう、控え室に係員が入ってきて全員会場に入るように言う。
係員を先頭として通路を歩いて、会場に入る。
選手が姿を見せると、わあああああっ! っという大きな歓声が四方八方から発せられた。
石畳でできたコートに選手のみが上がり、補佐はコート外で待機する。
大きなざわめきは、係員の注意と主催者である領主が姿を見せたことでざわめきは小さくなる。
領主は選手と同じコートに上がり口を開く。その際にカータスを見て、少しだけ驚いたような表情になった。
領主の言葉を聞こうとざわめきはさらに小さくなる。だが選手と補佐に聞こえるくらいの声量なので、会場全体には届かない。
「千五百人以上集まった中での本選出場、まずはおめでとうという言葉を贈らせてもらう。
激戦を勝ち抜いた君達の誰もが実力者なのだろう。
魔剣を手に入れる勝者はただ一人だが、奮闘ぶりによっては仕官の道などが開けるかもしれない。貴族が見物に来ているのでな。
心残りのある思いなどせぬよう、このあとの試合に力を尽くし挑んでもらいたい。
ではこれより魔剣大会本選開始を宣言する!」
最後の部分は会場に響くように大声で発する。それがきちんと聞こえたのだろう、観客たちは今までで一番の歓声を上げた。
領主は専用の見物席に戻る。領主の見物席には望遠鏡が置かれている。ガラスが多くは普及していないこの世界で、望遠鏡は高価なもの。陽平がざっと客席を見渡しても、領主以外に望遠鏡や双眼鏡を持っているのはほとんどいない。
地球とこちらとでガラスの作り方に技術差があるようで、それを陽平はなんとなく理解できていたが、作り方自体は知らないのでどうにもできない。もっと色々なことを学んでおくのだったと考えていた。
下がった領主のかわりに箱を持った係員がコートに上がる。
トーナメント順番はくじ引きで決められる。係員が持つ箱に数字の書かれた紙が入っていて、選手達は思い思いに紙を抜き出していった。
戦う順番が決まる。
領主席の真正面に見えるよう、各選手の名前が書かれている縦2m横1mの木板を戦う組み合わせに従い置いていく。
カータスの試合は二番目だ。最初に戦う者のみ残してほかは控え室へと戻る。
カータスは順調に一試合二試合と勝ち進み、決勝まできた。
戦った試合は、危うげなく勝つことができた。魔法がなければ苦戦した試合。逆にいうと魔法がなくとも十分勝率のあった試合だ。
一回戦が終ってベスト8が出揃い、カータスの実力評は三番目。一番目二番目はともに控え室で落ち着いていた二人。この二人が潰し合い、勝ち残った男とカータスが戦うことになる。
男と女の試合は長く修練を積んだ秀才と天才の戦いだった。玄人好みの試合となり、観客の多くは二人がなにをしたのかわからないままに試合は終った。相手の動きを読みあい、牽制を重ねて、読みあいの果てに引きずり出した隙をついての勝利。はたから見ると長く動かず、ただ一振りで終っただけだ。理解できないものにとっては、つまらないものとなった。
カータスと男の勝利予想は男がやや有利になっている。動きはカータスにやや分があり、試合運びなどの戦術や技のきれは男に分がある。
男はカータスが目指す境地にいる。積み重ねた経験でもって剣を振るい、相手にしたいことをさせず自らに有利に場を支配する。魔法があるから近い場に立てるだけで、本来ならば敵うことのない相手だ。
陽平もカータスの勝率は低いと見ている。速攻で決着をつけるのが一番勝利率が高く、時間が経つごとに勝率は下がっていく。魔法の効果がなくなると勝利はほぼゼロだ。
カータス自身も男の試合を見て、それはわかっている。ゆえに目指すのは短時間決着。最初から全力で攻め続けるつもりだ。
前座である三位決定戦をカータスの対戦相手である男と戦った女マルチーナ・ランスターがあっさりと勝利して決めた。
メインイベントである決勝戦に観客の期待が膨らんでいく。
「これより決勝を始めるっ両者前へっ」
審判がカータスと男を呼ぶ。
「やれるだけやってこい!」
激励を込めカータスの背を強く叩いた。魔法もそれに合わせて使い陽平はカータスを送り出す。
カータスと男が2mの間隔をあけて止まる。
「始めっ!」
審判が試合開始を宣言する。
カータスが男に向かって走る。決めていたとおり最初からとばしていく。
上下左右あらゆる角度から剣を斬りつけ突く。
それを男は防ぐ、防ぐ、防ぐ。そしてときに反撃に出る。
カータスの勢いに観客は歓声を上げる。誰にでもわかる派手な戦いこそ客が見たかったものだからだ。
観客の多くは、男が防戦するので精一杯に見える。しかしすべて避けて受けて致命的な当たりは一つもない。
逆にカータスは打撲の痕が次第に多くなる。これはカータスの連撃の合間に男が攻撃しているからだ。
いつの間にか傷だらけのカータスに気付く人も出てきた。
そのことに全員が気付く前に試合は終る。
カータスの負けでだ。
それは無拍子と呼ばれるものなのか。対戦していたカータスも何が起こったのかわからない出来事だった。いつのまにか額にすごい衝撃を感じて倒れ、起きることができなくなった。倒れる最中に杖くらいの長さの棒を突き出した男の姿が見え、そこでようやく額を突かれたのだとわかった。
カータスも戦う者として体をどう動かせばどんな攻撃かくるのかはわかっているし、それを見逃さないようにしている。観の目と言われる相手の動き全体を見る技術だ。一対複数だとカータスには使えないものだが、一対一ならば十分に使える。それを実行してなお、男の動きが見えなかった。
無拍子は動作と動きのタイミングを相手に感知させない技術。使われた相手はいつのまにか接近されているように感じるが、あくまで動作を悟らせないだけで動作の工程を省いたり瞬間移動するわけではない。なのでコート全体を見渡せる客席からならば、男の動きが見える可能性は高い。けれども客達もいつのまにか男が突いたように見えていた。
男がやったことは無拍子、それと高速の突き。おまけに少しの手加減だ。棒を若干緩く握り、ある程度の力を加えると手が棒を滑るようにしていた。しっかり握っていたら今頃カータスは倒れるだけではすまなかっただろう。試合後の検査でも打撲以外に異常は見受けられなかったのは運が良かったといえる。
カータスはこの世界の平均寿命以上に生きるが、死ぬまでぼけることなく生き続けた。それはこのとき脳に受けた衝撃がいい方向に影響を及ぼしたのかもしれない。そんなことは今は関係ないが。
倒れたまま動かないカータスを見て審判は男の勝利を宣言する。
「オルドスの勝利!
優勝はオルドス・グッグーク!」
優勝者に相応しい強さをみせた男に観客は惜しみない拍手と声援を送る。
カータスは陽平と係員に支えられ医務室に運ばれる。
こうしてカータスの大会は二位という結果で終わりを告げた。
目的である魔剣を手に入れらなくてがっかりしているかと陽平は思っていたが、カータスは落ち込んでなどいない。痛みで顔をしかめているが満足気な表情を浮かべていることからもよくわかる。
カータスは目的を達していた。今は最後の戦いに向けて覚悟を決めているところだ。
カータスが治療を受けている間に優勝者への魔剣の受賞式が行われた。拍手や歓声が医務室にまで届く。
陽平は治療を医者に任せて、会場にいる三人を向かえに行く。会場への出入り口のいずれかを集合場所としている。前回の経験を生かして集合場所を決めていたので会場中を探し回る必要はなかった。
入り口一つ目で無事合流でき、医務室へと引き返す。
「大丈夫?」
ニニルが包帯を巻かれたカータスに話しかけた。
「これくらいどうってこたないさ。すぐに治る」
ここでちらりと陽平を見る。あとで魔法をかけてもらいたいのだろう。
「馬鹿言ってるんじゃないよ。しばらくは無茶したら駄目だからね!」
ニニルは魔法のことを知らないので無茶しないように釘を刺す。
「お父さんすごかったね! こう剣びゅんっびゅんって。
私もあんなふうに振りたいっ」
今度は目を輝かせたミリィが話しかけた。剣を振る父親やほかの選手達がすごくかっこよく見えたのだろう。
数年後ミリィは少しファザコンになっているのだが、思えば今大会でのカータスの活躍が原因の一つなのか。
娘の賛辞にデレッと相好を崩す。
「そうかそうか、父さんかっこよかったか。
じゃあ帰ったら教えよう」
「うん!」
カータスはこのときすでに感じ取っていたのかもしれない。数年後に表面化する大事件を。
それは討伐を中心として依頼を受けていたことで、魔獣たちの変化になんとはなしに気付いていたということなのだろうか。
無事に乗り切る力を与えようと無意識に考えていたのだろうか。
ちなみに陽平は事件のことなど欠片も気づいていない。二十年近く魔獣と戦い続けたカータスでうっすらと気付くのが精一杯なので、十年も戦っていない陽平には気付けないのも無理はない。
「カータス・ウェンカースさんはこちらですか?」
係員がそう言いながら入ってくる。
カータスを確認すると目の前に立ち話し始める。
「試合お疲れ様でした。
賞金の受け渡しは領主様の屋敷で行うということです。
受け渡しは晩餐会を兼ねて夕方から行ますので、それまでこちらで疲れをとってください。
それと時間になるとこちらに迎えをよこします。それでは失礼します」
何かほかに用事があるのだろう係員は伝え終わるとすぐに部屋を出て行く。
夕方まであと四時間ほど。少し暇になるということで、飲み物や食べ物を買ってきてゆっくりしようということになった。
カータスと陽平は試合に出ていたので疲れているだろうと、ニニルがミリィとエストを連れて買いに出て行った。
陽平は医者が事後処理など仕事を始めた隙に、魔法でカータスの治療をする。
「ありがとな。楽になった」
「いつものことだし気にすんな」
カータスは外すわけにはいかない包帯を煩わしそうに触る。
時間はあっという間に過ぎていく。
迎えに来た人に連れられ先日行った領主の屋敷に再び入る。屋敷に向かうまで歩きだったのだが、道行く人々の視線がカータスに集中していた。大会二位となったことで一躍有名人の仲間入りしたのだ。話しかけてくる人もいたが、迎えに来た人が領主の屋敷へと向かう途中だと説明し遠慮してもらう。
迎えに来た人に先導され着いたのは庭。バイキング形式の料理が並び、ベスト16に残った参加者と見学に来ていたのだろう貴族らしき者たちがいる。ほかに料理を運んだりしているメイドや世話係があわただしく動いている。
人気があるのはやはり大会1位から3位の参加者で、兵としてうちに来ないかなどと誘われていた。断ることに忙しいカータスを囮にして陽平たちは豪勢な軽食を満喫していく。
シールズも子供同士のほうがいいのかエストとミリィと一緒にいる。
やがて晩餐会開始時刻が来たのか、領主がワイングラスを片手に乾杯の音頭を取る。
適度に堅苦しい演説で開始の言葉を終える。領主の周りには貴族が今大会のことで賛辞や経済効果を聞こうと集まる。
晩餐会が中盤に差し掛かり、貴族達を一度あしらった領主は参加者に賞金を手渡して回る。
「楽しんでいますか?」
「ええ、貴族たちの相手がなければもっと楽なんですが」
そう答えたカータスに領主は少し苦笑して見せる。
「皆さん優れた人材を確保しようと熱心なんですよ。
こちらが賞金になります」
カータスに手渡したのは一枚の紙切れ。現金で渡すと重いので小切手で渡したのだ。
書かれている金額はカータスたち一家が半年暮らしていける金額だ。カータスはそれを心底ありがたりながら受け取った。
賞金を渡したことで領主のカータスへの用事は終ったはずだが、領主はその場から動かず話し続ける。
「ところで今後の予定はどうなっているのか聞いてもいいですか?」
「予定? 家に帰るだけですがどうしてそんなことを?」
「もしよければうちの兵達に稽古をつけてもらえないかと思いまして。
もちろんその間の給金は出しますし宿代も出します」
カータスはその申し出を少しだけ考える。
「……短期間、長く家を空けるわけにもいかないし十日ほどでよければ、俺としてはかまわない。。
それにしてもどうして俺に? オルドスさんやマルチーナさんのほうが強いですよ」
「お二人は用事があったり、旅人で一箇所に留まることをよしとしないで、断られているんです」
「なるほど、それで俺に」
納得しているカータスに秘密にしている理由が一つある。
それはシールズがミリィのことを気にしているということだ。親として子供の恋路みたいなものを見て楽しみたいという思いがあり、兵の訓練指導に誘った。
それを教えるとカータスは帰りそうなので領主は教えるつもりはない。
「こちらの紙を宿の主人に渡してください。
それで滞在している間の宿賃はこちらに回すようになりますから」
話しを終えた領主は貴族に呼ばれて去っていった。
晩餐会はつつがなく終わり、皆帰っていく。陽平たちも止まっている宿に戻る。
カータスにとっては最後の戦いの場だ。気合を入れるカータスを不思議そうな顔で全員が見ていた。
部屋に戻り着替えたカータスが、手に入れた賞金をニニルに渡し土下座している。
いきなりそんなことされてもニニルには訳がわからない。
土下座するようなことをしでかしたのだとはわかっているが、一応理由を聞くことにした。
「何をしたの?」
「貯金を使い切ってしまいました」
カータスは伏せたままニニルに答える。
まだ怒るまいと気持ちを抑えてニニルは聞く。
「使ったってなにによ? ゆうに十年くらいは暮らせる貯金があったでしょ?」
「土地を買いました」
「なんのために?」
「将来、道場を開こうと思ってまして。そのためにちょうどいい土地があって、貯金を見たら足りてたので衝動的に建築材と一緒に」
「そんな大事なことをなんの相談もなく?」
「ごめんなさい」
謝る姿からは準優勝者の威厳は欠片も感じられない。
ニニルとミリィの今大会で高まったカータスへのポイントが少し下がる。
カータスが大会に参加する理由は賞金目当てだった。魔剣など気にしてもなかった。だから参加理由を聞かれたときに少し焦っていたのだ。そのとき本当のことを言うよりは、きちんと稼いで告白したほうがまだましかなと考えていた。
どっちにしろ怒られることは覚悟していた。貯金は本当に0なのだ。旅行費ですっからかんになった。
稼がないと本当にやばい状況だった。背水の陣で挑んでいる状態なので気合が入るのは当然だ。
奥の手として陽平にお金を借りるということも思いついてはいたが、お金の貸し借りで関係が悪化したという話を聞いたことがあったので本当に奥の手としていた。
陽平にも本当のことを言わなかったのは、こんな理由だと協力してもらえないと思っていた。実際は事情を話せば協力していただろう。ニニルとミリィのために。
「ミリィ」
「?」
「今日はヨウヘイたちのところで寝させてもらいなさい。
遅くまで説教するからここにいると眠れないわ。
今後の生活費を稼いだのは認められても、説教はきちんとしておかないとね」
顔は微笑んでいるが目は笑ってないニニル。ミリィは逆らうことなく着替えを持ってすぐに部屋を出て行った。
カータスへの説教は夜遅くまで続いた。時間にして深夜ニ時ほど。次の日から兵への指導があると言っていれば、もう少しは早めに切り上げたかもしれない。いや知っていても変わらなかったか。
朝、帰り支度を整えた陽平とエストにカータスは頭を抑えながら事情を説明する。カータスが頭を抑えているのは説教中に何度か頭を叩かれたせいだ。
事情を聞いた陽平たちは同情せず、ただただ呆れるだけだった。自業自得という言葉がこれほど似合うことに感心すらしていた。
もしこれがギャンブルでお金を使い込んだとかだったら、離婚までいっていた可能性がある。将来を考えての行動だから説教だけで済んだのだった。
今後はまず行動する前に相談することを約束し、三年間のこづかいなしということで決着はついた。
十日後陽平たちは家へと帰る。
ミリィとシールズは多少仲良くなった程度で、将来を誓い合うということはなかった。好意という点でみるとシールズの一方通行な節がある。帰るときも別れを惜しんでいたのはシールズだけで、ミリィは友達と会えなくなるだけという感じだった。陽平やエストと会えなくなるときのほうが、寂しそうな感情を見せた。
陽平たちは馬車を途中下車しカータス一家と別れる。再会を約束し、離れ行く馬車を見送って森の中の塔へと帰る。
カータス一家も無事家に帰り着き、予定よりも長くなった旅行は終わりを告げた。
8へ
「頑張って」
朝がきて、準備を整えたカータスと陽平がニニルたちの激励を背に宿を出る。
カータスは胸部と肩を鉄板で補強した革鎧を愛用している。防御の硬さで防ぐよりも、避けること重視している。使うことはないが一応剣も持っている。
陽平は普段着だ。戦うことはないので武装する必要はない。武装の代わりに紙製のメガホンを持っている。観客の声に自分の声が消されるかもと思った陽平が、昨日のうちに作っておいたのだ。試合中にアドバイスすることなどないだろうが、これも念のためだ。
指定された会場につくと、客がすでに集まっていた。もちろん参加者もだ。
会場は戦いの場を中心に土と岩が積まれている。大雑把に表すとスープ皿と同じような形になっている。参加者入場のための道は開けてあるため、上空から見るとCの字に見える。
観客は好きな場所にシートを敷いて、試合開始をいまかいまかと待っていた。簡易な客席だが、見やすさを考えての構造だろう。岩などが崩れ落ちないように杭で補強もされている。
二人は参加受付の際にもらった紙を係員に見せ、待機場へと入る。そこには小さな村も住人と同じくらいの人数が思い思いにすごしていた。
二人も同じように時間がくるまで話しながら過ごす。
カータスは今回のようなイベントは生まれて初めて参加するらしい。そのわりに緊張していない。むしろ気合入れすぎに見え、幾度か陽平は落ち着くように注意した。
やがて時間がきたのか係員が声を張り上げて参加者の注目を集める。
参加者と客のざわめきに邪魔され苦労している係員をみかねて陽平が動く。
近くにいる係員に持っていたメガホンを渡し、使うように言ったのだ。メガホンの説明を受けた係員は、こんなもので声が大きくなるのか半信半疑だったが、効果があるとわかるとほかの係員に急遽同じものを作るように指示し、自分は説明を続ける。
「番号が呼ばれた順から会場に入ってください。
会場に入ると隅に武器を置いてあるので、そこから好きなものを持っていってください。
ロープで囲まれた範囲が戦いの場です。補佐はその範囲外から参加者にアドバイスを送ってください。
試合開始は銅鑼を鳴らしてからです。銅鑼の鳴る前に誰かを攻撃すると失格になります。
気絶で失格です。殺しも失格です。それとロープの外にいる人を攻撃しても失格になります。
補佐の方が攻撃しても失格となりますので気をつけてください。
もし戦意がなくなった場合はロープの外に出てください。
説明は以上です。
では番号を読み上げますので、呼ばれた方は会場へと入ってください」
五百一番から五百二十番が呼ばれる。呼ばれた人たちは気合を入れ会場へと入っていった。
会場から歓声が上がる。
いよいよ試合が始まる。歓声に負けじと銅鑼が会場に鳴り響いた。
試合は順調に進み、カータスの番が来る。
「ロープ内に入る前に魔法かけるから」
「頼んだ」
誰かに聞かれないように小さめの声で会話する。
カータスは自分の持つ剣を係員に預け、似た大きさの木剣を選ぶ。
試合が始まると審判が告げる。
陽平が魔法を使いカータスを強化した。誰も陽平の行動を不審に感じていないので、魔法を使ったことはばれていないのだろう。激励と思われているのかもしれない。
そして銅鑼が鳴る。
カータスは近くにいた参加者に素早く近寄り木剣をふるった。相手は当たりどころが悪かったのか、苦しみながら倒れこんだ。これを戦闘不能と判断し、次の参加者に向かう。
カータスは速攻で勝負を決めるつもりだ。魔法の効果がきれると勝ち残れないかもしれないからだ。
さらに一人地に沈める。これでほかの参加者は標的をカータスに絞った。まずは手強い相手を皆で叩こうというのだ。カータスにとっては好都合な流れだ。
複数で襲おうとしても、人数にかぎりがある。それに気付いているものもいるが、いないものもいた。互いにぶつかりできた隙を逃さずカータスは一人一人倒していく。
一対複数の状況は、魔獣などの相手で何度も経験済みだ。どこに隙ができやすか、どう動けばいいかなど熟知している。その経験を生かしてカータスはいっきに勝負を決めた。
時間にして十分。能力上昇よりも効果持続時間の長さを重視した魔法が切れる前にカータスは全員を倒すことに成功。運よく実力者と当たらなかったことも短時間撃破の要因の一つだろう。
いままでで一番早い試合の決着に観客は沸いた。
観客に手を振るなどの余裕を見せることが不可能なほど疲れきったカータス。短時間決着と考え、それにあわせて動き回ったのだから無理もない。
陽平の肩を借りることはなかったが、いまだ息は荒く落ち着くまでもう少しの時間を要するだろう。
待機場にいた参加者の注目を集め、それを無視して息を整えることに集中する。
今日の試合はこれで終わりだ。あとはこのままここにいて試合を見てもいいし、帰って休んでもいい。ほかの人は補佐が残って情報を集め、勝った参加者は帰っている。
陽平も補佐なので、情報集めのために残ることにした。今日は魔法以外になんの仕事もしていないので、これくらいはしておこうと思ったのだ。
カータスにここで休んでいるように言うと、陽平はニニルたちを探すため客席に向かう。
試合を見ながら一時間近く客席を彷徨い三人をみつけた。
「探したよ」
「あ、ヨウヘイ。うちの人は一緒じゃないの?」
「疲れてたから休ませてる。宿に帰そうと思ってるんだけどさ、付き添ってくれない?」
「どこか怪我した!?」
「いやいや、どこも怪我なんかしてないよ。念のためにね。
俺は明日のために残って試合を見ないといけないから、ここから離れられないんだ」
「わかったわ。
ミリィはどうする? ここで試合見てる?」
「うーん……見たいけど、お父さん心配だから帰る」
ニニルとミリィは立ち上がり帰る準備をする。
「エスト、ここで少しだけ待っててくれる? すぐに戻ってくるから」
「すぐに戻ってきてね」
エストを残して三人は待機場へと向かう。
休んでいる間に眠ったカータスを起こし、家族で帰らせた。
「エスト」
「お兄ちゃん」
エストに声かけて隣に座る。周囲は知らない人ばかりで不安だったのか、エストは陽平の腕にしがみつく。
すぐに不安はなくなったようで、上機嫌になる。陽平が近くにいるのが一番安心できるということだ。試合に飽きても。陽平に寄りかかって昼寝したりと暇になるということはない。
昼を過ぎて夕方を過ぎても試合は続く。さすがにずっといるのに飽きてきた陽平はそろそろ宿屋で食事が出る頃だと思い出し、帰ることにした。
一日目に終らせるつもりだった試合は、開催側の予想していた以上に時間がかかり次の日へと持ち越された。持ち越された試合は五試合。開催側の話し合いで朝のうちに五試合を終らせ、本選出場のための二試合は昼を過ぎてからになった。
初めてのイベントなのでアクシデントはつきものとほとんどの人は納得していた。
午前の試合は終わり午後の部が始まる。午前中に戦ったものたちは休憩のため、十ニ人で戦う二試合目に回された。
カータスは十三人で戦う一試合目だ。ここで勝ち残れば本選出場だ。昨日以上に気合が入っている。
この気合が逆効果になった。力みすぎて無駄な動きが多くなったのだ。昨日よりも強い者たち相手にこれは失敗だ。
しかも昨日のことでカータスは実力者として警戒されている。皆慎重に動いたため全員を倒しきる前に魔法の効果が切れるという事態に陥って、ピンチは続く。動きの鈍ったカータスを見逃すことなどなく、立っている者のほとんどがカータスを倒そうと動く。
防ぎ避けることに徹しなんとかいまだ生き残っている。さらに事態は動く。カータスを囮とした者がいたのだ。皆がカータスに集中している間に、いっきに敵を倒していった。
カータスとしては助かったのだが、ピンチが去ったというわけではない。残ったのはカータスを含めて三人。カータスの疲労度が一番高く、次にカータスを襲った生き残り、一番余裕があるのがカータスを囮とした者だ。
軽く膠着状態になる。今のうちに体力を回復しようと息を整えるカータスを見て、残りの二人は今のうちにカータスを叩くことに決めたようだ。勝ち残るのは二人。ならば今一番弱っている者を倒すのは当然の選択だ。
再び防戦一方になる。
時間が経ち、決着がつき勝ち残ったのはカータスだ。かなりぎりぎりの勝利だった。
一時的に協力して動いていた対戦者たちだが、その場しのぎの連携では互いの邪魔をすることもある。それが原因で動きが不自然になる。そこをカータスがついて勝利をもぎとった。
初戦とは違い、長丁場になった試合だった。疲労度も初戦とは段違いで、勝利宣言されるとカータスはその場に倒れこんでしまう。
その場の勢いで、倒さなくてもいい相手まで倒したのだから疲労の多さは当たり前のことだ。
今日は陽平に手伝ってもらい待機場に戻る。一度カータスを寝かせ、昨日と同じようにニニルたちを呼びに行く。今日は皆で宿に戻ることにした。
待機場にいた医者の診断では異常はなく、疲労と打ち身だけでしっかりと休めばなんの問題もないとのこと。
宿に戻るとニニルがつきっきりでカータスの面倒を見る。時間をもてあました残り三人は外に出て時間を潰すことにしたのだった。
三人が帰ってくると、なぜか疲れが取れていないカータスと上機嫌なニニルがいた。さらに夜はミリィを預かってくれないかとニニルが陽平に頼む。訳がわからないまま頷いた陽平は、夜隣から聞こえてきた音で事情がなんとなくわかった。
簡単に言うと、惚れ直して燃え上がった。
朝になってどことなく艶やかなニニルとげっそりとしたカータスがいたことで、陽平は予想が当たっていたと確信する。疲れていたのになにやってんだと考えても、口に出すことはなかった。
一日の休みをはさんで十分に休息をとったカータスは万全の状態で、本選会場である北の会場へと向かう。
北の会場はほかの三つと違い、わりと本格的に作られている。陽平が学生時代教科書で見た古代のコロシアムとほとんど同じ作りになっていた。陽平の知る野球用ドームの収容人数には届きそうにない程度の広さ。
会場の入り口は三つあり、その三つの近くに本線出場者の簡単なプロフィールが書かれた大きな紙が貼られていた。
当然カータスのことも書かれている。それには隣国の有名魔物ハンターの一人と書かれていた。
「カータスって有名だったのか」
初めて知った事実に陽平は驚きの声を出す。
「有名かどうかわからないが、同じ業種の連中には名前は知られてるな。
ヨウヘイと一緒に魔物討伐の依頼を中心にして受けてただろ?
あれらは難易度の高いものがほとんどでな、そんなものばかり受けてたら少しは有名になるさ」
「それって俺の名前もうれてるってことじゃ?」
「ヨウヘイ目立つの嫌だって言ってたろ? だから俺の名前だけ出るようにしてもらってる」
だからカータスが誰と組んでいるか知っている者は、依頼の仲介屋しか知らない。
有名になってカータスと組みたがる人やパーティーに入れたがる人もでてきた。一時的に組む以外に、カータスはそれら全てを断ってきた。陽平が魔法使いだと知られないようにするためだ。陽平はそのことを知らない。陽平が知らないうちに断り、断ったことを知らせないからだ。知らせないことに特に意味はなく、ただ言う必要性を感じなかっただけ。
その言わなかったことも含めて説明され、陽平はさらに驚いたのだった。
カータスって実はすごい奴? と自分のことは棚上げして、今度から敬語とか使ったほうがいいのかと考えている。
カータスが有名になったのは、陽平と組みだしたあとからだ。魔法の補助が受けられるので無茶ができる。無茶とは、今まで受けなかったような難度の高い依頼をうけること。
依頼を受けるときその場に出ないので、魔法使いがいるからこその名声だと陽平は気付かない。この勘違いはもうしばらく続くことになる。
客席は満席、立ったまま見る者もいて会場は満員状態だ。
「エストたち座れてるかな?」
会場の様子を見てきた陽平が三人の心配をする。今いるのは選手控え室だ。
「…………」
「聞いてる?」
反応のないカータスに話しかける。
「……ん? なんか言ったか?」
会場と控え室の熱気にあてられたか、カータスの気合が上がりつつあった。
「また気合入れすぎるなよー。それで失敗してるんだから」
「わかっちゃいるんだがな」
気合が入っているのはカータスだけではない。ほかにも気合の入った人はいる。
というか落ち着いている人のほうが少ない。上位に食い込めば、賞金がでるし名も広まり名誉が手に入る。それが目的な人もいるだろうから、気合が入るのも仕方のないことかもしれない。
陽平が落ち着いているのは完全に人事だからだ。カータスに少し手を貸してるだけで、大会に参加してるという意識が低い。
陽平のほかに落ち着いているのは、六十手前の男と二十手前の女と補佐数人だけだ。男は備え付けてあった水瓶から水を汲み、のんびりと飲んでいる。女はおそらく寝ている。目を閉じ動かず、ときどきこくりこくりと舟をこいでいる。
どちらも補佐はいない。必要ないと判断したのか。
本選開始のための準備が整ったのだろう、控え室に係員が入ってきて全員会場に入るように言う。
係員を先頭として通路を歩いて、会場に入る。
選手が姿を見せると、わあああああっ! っという大きな歓声が四方八方から発せられた。
石畳でできたコートに選手のみが上がり、補佐はコート外で待機する。
大きなざわめきは、係員の注意と主催者である領主が姿を見せたことでざわめきは小さくなる。
領主は選手と同じコートに上がり口を開く。その際にカータスを見て、少しだけ驚いたような表情になった。
領主の言葉を聞こうとざわめきはさらに小さくなる。だが選手と補佐に聞こえるくらいの声量なので、会場全体には届かない。
「千五百人以上集まった中での本選出場、まずはおめでとうという言葉を贈らせてもらう。
激戦を勝ち抜いた君達の誰もが実力者なのだろう。
魔剣を手に入れる勝者はただ一人だが、奮闘ぶりによっては仕官の道などが開けるかもしれない。貴族が見物に来ているのでな。
心残りのある思いなどせぬよう、このあとの試合に力を尽くし挑んでもらいたい。
ではこれより魔剣大会本選開始を宣言する!」
最後の部分は会場に響くように大声で発する。それがきちんと聞こえたのだろう、観客たちは今までで一番の歓声を上げた。
領主は専用の見物席に戻る。領主の見物席には望遠鏡が置かれている。ガラスが多くは普及していないこの世界で、望遠鏡は高価なもの。陽平がざっと客席を見渡しても、領主以外に望遠鏡や双眼鏡を持っているのはほとんどいない。
地球とこちらとでガラスの作り方に技術差があるようで、それを陽平はなんとなく理解できていたが、作り方自体は知らないのでどうにもできない。もっと色々なことを学んでおくのだったと考えていた。
下がった領主のかわりに箱を持った係員がコートに上がる。
トーナメント順番はくじ引きで決められる。係員が持つ箱に数字の書かれた紙が入っていて、選手達は思い思いに紙を抜き出していった。
戦う順番が決まる。
領主席の真正面に見えるよう、各選手の名前が書かれている縦2m横1mの木板を戦う組み合わせに従い置いていく。
カータスの試合は二番目だ。最初に戦う者のみ残してほかは控え室へと戻る。
カータスは順調に一試合二試合と勝ち進み、決勝まできた。
戦った試合は、危うげなく勝つことができた。魔法がなければ苦戦した試合。逆にいうと魔法がなくとも十分勝率のあった試合だ。
一回戦が終ってベスト8が出揃い、カータスの実力評は三番目。一番目二番目はともに控え室で落ち着いていた二人。この二人が潰し合い、勝ち残った男とカータスが戦うことになる。
男と女の試合は長く修練を積んだ秀才と天才の戦いだった。玄人好みの試合となり、観客の多くは二人がなにをしたのかわからないままに試合は終った。相手の動きを読みあい、牽制を重ねて、読みあいの果てに引きずり出した隙をついての勝利。はたから見ると長く動かず、ただ一振りで終っただけだ。理解できないものにとっては、つまらないものとなった。
カータスと男の勝利予想は男がやや有利になっている。動きはカータスにやや分があり、試合運びなどの戦術や技のきれは男に分がある。
男はカータスが目指す境地にいる。積み重ねた経験でもって剣を振るい、相手にしたいことをさせず自らに有利に場を支配する。魔法があるから近い場に立てるだけで、本来ならば敵うことのない相手だ。
陽平もカータスの勝率は低いと見ている。速攻で決着をつけるのが一番勝利率が高く、時間が経つごとに勝率は下がっていく。魔法の効果がなくなると勝利はほぼゼロだ。
カータス自身も男の試合を見て、それはわかっている。ゆえに目指すのは短時間決着。最初から全力で攻め続けるつもりだ。
前座である三位決定戦をカータスの対戦相手である男と戦った女マルチーナ・ランスターがあっさりと勝利して決めた。
メインイベントである決勝戦に観客の期待が膨らんでいく。
「これより決勝を始めるっ両者前へっ」
審判がカータスと男を呼ぶ。
「やれるだけやってこい!」
激励を込めカータスの背を強く叩いた。魔法もそれに合わせて使い陽平はカータスを送り出す。
カータスと男が2mの間隔をあけて止まる。
「始めっ!」
審判が試合開始を宣言する。
カータスが男に向かって走る。決めていたとおり最初からとばしていく。
上下左右あらゆる角度から剣を斬りつけ突く。
それを男は防ぐ、防ぐ、防ぐ。そしてときに反撃に出る。
カータスの勢いに観客は歓声を上げる。誰にでもわかる派手な戦いこそ客が見たかったものだからだ。
観客の多くは、男が防戦するので精一杯に見える。しかしすべて避けて受けて致命的な当たりは一つもない。
逆にカータスは打撲の痕が次第に多くなる。これはカータスの連撃の合間に男が攻撃しているからだ。
いつの間にか傷だらけのカータスに気付く人も出てきた。
そのことに全員が気付く前に試合は終る。
カータスの負けでだ。
それは無拍子と呼ばれるものなのか。対戦していたカータスも何が起こったのかわからない出来事だった。いつのまにか額にすごい衝撃を感じて倒れ、起きることができなくなった。倒れる最中に杖くらいの長さの棒を突き出した男の姿が見え、そこでようやく額を突かれたのだとわかった。
カータスも戦う者として体をどう動かせばどんな攻撃かくるのかはわかっているし、それを見逃さないようにしている。観の目と言われる相手の動き全体を見る技術だ。一対複数だとカータスには使えないものだが、一対一ならば十分に使える。それを実行してなお、男の動きが見えなかった。
無拍子は動作と動きのタイミングを相手に感知させない技術。使われた相手はいつのまにか接近されているように感じるが、あくまで動作を悟らせないだけで動作の工程を省いたり瞬間移動するわけではない。なのでコート全体を見渡せる客席からならば、男の動きが見える可能性は高い。けれども客達もいつのまにか男が突いたように見えていた。
男がやったことは無拍子、それと高速の突き。おまけに少しの手加減だ。棒を若干緩く握り、ある程度の力を加えると手が棒を滑るようにしていた。しっかり握っていたら今頃カータスは倒れるだけではすまなかっただろう。試合後の検査でも打撲以外に異常は見受けられなかったのは運が良かったといえる。
カータスはこの世界の平均寿命以上に生きるが、死ぬまでぼけることなく生き続けた。それはこのとき脳に受けた衝撃がいい方向に影響を及ぼしたのかもしれない。そんなことは今は関係ないが。
倒れたまま動かないカータスを見て審判は男の勝利を宣言する。
「オルドスの勝利!
優勝はオルドス・グッグーク!」
優勝者に相応しい強さをみせた男に観客は惜しみない拍手と声援を送る。
カータスは陽平と係員に支えられ医務室に運ばれる。
こうしてカータスの大会は二位という結果で終わりを告げた。
目的である魔剣を手に入れらなくてがっかりしているかと陽平は思っていたが、カータスは落ち込んでなどいない。痛みで顔をしかめているが満足気な表情を浮かべていることからもよくわかる。
カータスは目的を達していた。今は最後の戦いに向けて覚悟を決めているところだ。
カータスが治療を受けている間に優勝者への魔剣の受賞式が行われた。拍手や歓声が医務室にまで届く。
陽平は治療を医者に任せて、会場にいる三人を向かえに行く。会場への出入り口のいずれかを集合場所としている。前回の経験を生かして集合場所を決めていたので会場中を探し回る必要はなかった。
入り口一つ目で無事合流でき、医務室へと引き返す。
「大丈夫?」
ニニルが包帯を巻かれたカータスに話しかけた。
「これくらいどうってこたないさ。すぐに治る」
ここでちらりと陽平を見る。あとで魔法をかけてもらいたいのだろう。
「馬鹿言ってるんじゃないよ。しばらくは無茶したら駄目だからね!」
ニニルは魔法のことを知らないので無茶しないように釘を刺す。
「お父さんすごかったね! こう剣びゅんっびゅんって。
私もあんなふうに振りたいっ」
今度は目を輝かせたミリィが話しかけた。剣を振る父親やほかの選手達がすごくかっこよく見えたのだろう。
数年後ミリィは少しファザコンになっているのだが、思えば今大会でのカータスの活躍が原因の一つなのか。
娘の賛辞にデレッと相好を崩す。
「そうかそうか、父さんかっこよかったか。
じゃあ帰ったら教えよう」
「うん!」
カータスはこのときすでに感じ取っていたのかもしれない。数年後に表面化する大事件を。
それは討伐を中心として依頼を受けていたことで、魔獣たちの変化になんとはなしに気付いていたということなのだろうか。
無事に乗り切る力を与えようと無意識に考えていたのだろうか。
ちなみに陽平は事件のことなど欠片も気づいていない。二十年近く魔獣と戦い続けたカータスでうっすらと気付くのが精一杯なので、十年も戦っていない陽平には気付けないのも無理はない。
「カータス・ウェンカースさんはこちらですか?」
係員がそう言いながら入ってくる。
カータスを確認すると目の前に立ち話し始める。
「試合お疲れ様でした。
賞金の受け渡しは領主様の屋敷で行うということです。
受け渡しは晩餐会を兼ねて夕方から行ますので、それまでこちらで疲れをとってください。
それと時間になるとこちらに迎えをよこします。それでは失礼します」
何かほかに用事があるのだろう係員は伝え終わるとすぐに部屋を出て行く。
夕方まであと四時間ほど。少し暇になるということで、飲み物や食べ物を買ってきてゆっくりしようということになった。
カータスと陽平は試合に出ていたので疲れているだろうと、ニニルがミリィとエストを連れて買いに出て行った。
陽平は医者が事後処理など仕事を始めた隙に、魔法でカータスの治療をする。
「ありがとな。楽になった」
「いつものことだし気にすんな」
カータスは外すわけにはいかない包帯を煩わしそうに触る。
時間はあっという間に過ぎていく。
迎えに来た人に連れられ先日行った領主の屋敷に再び入る。屋敷に向かうまで歩きだったのだが、道行く人々の視線がカータスに集中していた。大会二位となったことで一躍有名人の仲間入りしたのだ。話しかけてくる人もいたが、迎えに来た人が領主の屋敷へと向かう途中だと説明し遠慮してもらう。
迎えに来た人に先導され着いたのは庭。バイキング形式の料理が並び、ベスト16に残った参加者と見学に来ていたのだろう貴族らしき者たちがいる。ほかに料理を運んだりしているメイドや世話係があわただしく動いている。
人気があるのはやはり大会1位から3位の参加者で、兵としてうちに来ないかなどと誘われていた。断ることに忙しいカータスを囮にして陽平たちは豪勢な軽食を満喫していく。
シールズも子供同士のほうがいいのかエストとミリィと一緒にいる。
やがて晩餐会開始時刻が来たのか、領主がワイングラスを片手に乾杯の音頭を取る。
適度に堅苦しい演説で開始の言葉を終える。領主の周りには貴族が今大会のことで賛辞や経済効果を聞こうと集まる。
晩餐会が中盤に差し掛かり、貴族達を一度あしらった領主は参加者に賞金を手渡して回る。
「楽しんでいますか?」
「ええ、貴族たちの相手がなければもっと楽なんですが」
そう答えたカータスに領主は少し苦笑して見せる。
「皆さん優れた人材を確保しようと熱心なんですよ。
こちらが賞金になります」
カータスに手渡したのは一枚の紙切れ。現金で渡すと重いので小切手で渡したのだ。
書かれている金額はカータスたち一家が半年暮らしていける金額だ。カータスはそれを心底ありがたりながら受け取った。
賞金を渡したことで領主のカータスへの用事は終ったはずだが、領主はその場から動かず話し続ける。
「ところで今後の予定はどうなっているのか聞いてもいいですか?」
「予定? 家に帰るだけですがどうしてそんなことを?」
「もしよければうちの兵達に稽古をつけてもらえないかと思いまして。
もちろんその間の給金は出しますし宿代も出します」
カータスはその申し出を少しだけ考える。
「……短期間、長く家を空けるわけにもいかないし十日ほどでよければ、俺としてはかまわない。。
それにしてもどうして俺に? オルドスさんやマルチーナさんのほうが強いですよ」
「お二人は用事があったり、旅人で一箇所に留まることをよしとしないで、断られているんです」
「なるほど、それで俺に」
納得しているカータスに秘密にしている理由が一つある。
それはシールズがミリィのことを気にしているということだ。親として子供の恋路みたいなものを見て楽しみたいという思いがあり、兵の訓練指導に誘った。
それを教えるとカータスは帰りそうなので領主は教えるつもりはない。
「こちらの紙を宿の主人に渡してください。
それで滞在している間の宿賃はこちらに回すようになりますから」
話しを終えた領主は貴族に呼ばれて去っていった。
晩餐会はつつがなく終わり、皆帰っていく。陽平たちも止まっている宿に戻る。
カータスにとっては最後の戦いの場だ。気合を入れるカータスを不思議そうな顔で全員が見ていた。
部屋に戻り着替えたカータスが、手に入れた賞金をニニルに渡し土下座している。
いきなりそんなことされてもニニルには訳がわからない。
土下座するようなことをしでかしたのだとはわかっているが、一応理由を聞くことにした。
「何をしたの?」
「貯金を使い切ってしまいました」
カータスは伏せたままニニルに答える。
まだ怒るまいと気持ちを抑えてニニルは聞く。
「使ったってなにによ? ゆうに十年くらいは暮らせる貯金があったでしょ?」
「土地を買いました」
「なんのために?」
「将来、道場を開こうと思ってまして。そのためにちょうどいい土地があって、貯金を見たら足りてたので衝動的に建築材と一緒に」
「そんな大事なことをなんの相談もなく?」
「ごめんなさい」
謝る姿からは準優勝者の威厳は欠片も感じられない。
ニニルとミリィの今大会で高まったカータスへのポイントが少し下がる。
カータスが大会に参加する理由は賞金目当てだった。魔剣など気にしてもなかった。だから参加理由を聞かれたときに少し焦っていたのだ。そのとき本当のことを言うよりは、きちんと稼いで告白したほうがまだましかなと考えていた。
どっちにしろ怒られることは覚悟していた。貯金は本当に0なのだ。旅行費ですっからかんになった。
稼がないと本当にやばい状況だった。背水の陣で挑んでいる状態なので気合が入るのは当然だ。
奥の手として陽平にお金を借りるということも思いついてはいたが、お金の貸し借りで関係が悪化したという話を聞いたことがあったので本当に奥の手としていた。
陽平にも本当のことを言わなかったのは、こんな理由だと協力してもらえないと思っていた。実際は事情を話せば協力していただろう。ニニルとミリィのために。
「ミリィ」
「?」
「今日はヨウヘイたちのところで寝させてもらいなさい。
遅くまで説教するからここにいると眠れないわ。
今後の生活費を稼いだのは認められても、説教はきちんとしておかないとね」
顔は微笑んでいるが目は笑ってないニニル。ミリィは逆らうことなく着替えを持ってすぐに部屋を出て行った。
カータスへの説教は夜遅くまで続いた。時間にして深夜ニ時ほど。次の日から兵への指導があると言っていれば、もう少しは早めに切り上げたかもしれない。いや知っていても変わらなかったか。
朝、帰り支度を整えた陽平とエストにカータスは頭を抑えながら事情を説明する。カータスが頭を抑えているのは説教中に何度か頭を叩かれたせいだ。
事情を聞いた陽平たちは同情せず、ただただ呆れるだけだった。自業自得という言葉がこれほど似合うことに感心すらしていた。
もしこれがギャンブルでお金を使い込んだとかだったら、離婚までいっていた可能性がある。将来を考えての行動だから説教だけで済んだのだった。
今後はまず行動する前に相談することを約束し、三年間のこづかいなしということで決着はついた。
十日後陽平たちは家へと帰る。
ミリィとシールズは多少仲良くなった程度で、将来を誓い合うということはなかった。好意という点でみるとシールズの一方通行な節がある。帰るときも別れを惜しんでいたのはシールズだけで、ミリィは友達と会えなくなるだけという感じだった。陽平やエストと会えなくなるときのほうが、寂しそうな感情を見せた。
陽平たちは馬車を途中下車しカータス一家と別れる。再会を約束し、離れ行く馬車を見送って森の中の塔へと帰る。
カータス一家も無事家に帰り着き、予定よりも長くなった旅行は終わりを告げた。
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2008年08月20日
2008年08月18日
東方SS Drパッチェのわくわく実験
図書館でパチュリーが本を読んでいる。
それは当たり前の光景で、その姿に疑問をもつものなど皆無だろう。
そのパチュリーの邪魔をしないように、小悪魔と図書館担当の妖精メイドができるだけ静かに仕事をこなし、静かに時間は流れていく。
といっても妖精メイドは本を所定の場所に戻すだけで四苦八苦しているので、実質働いているのは小悪魔だけだ。
虫に食われた本がないか点検している小悪魔をパチュリーが呼ぶ。
仕事の手を止めて主の下へと向かう。
「呼びましたか?」
「ええ、実験を始めるわよ。
塩を1kgとってきて」
「わかりました」
小悪魔は妖精メイドに休憩を言い渡し、自身は倉庫へと塩を取りにいく。
図書館にパチュリーだけが残る。
本を机に置いて、実験の準備を始める。
本の表紙には楽しい理科と書かれている。外の世界で小学生用教科書として使われているものだ。
パチュリーは本に書かれている内容は知識としては知っている。だが実際に実験したことはなかった。
基礎をおろそかにできないと言う思いと少しの好奇心で、昨日からこの本に載っている実験をやっているのだ。
パチュリーが炉に火をつけて熱していると小悪魔が戻ってきた。
渡された塩をすべて炉に入れる。
「今日はどんな実験をするんですか?
昨日みたいな失敗するとまたメイド長に怒られますよ」
「昨日の失敗はあなたのせいでしょう」
昨日やったことはレンズを通して光を集め物を燃やすこと。
ただし、小さなレンズではなく幅1mの巨大レンズを使った。
この実験のためだけに、パチュリーが美鈴に手伝わせ一日かけて作ったのだ。
それを庭に出して空中に浮かべ高さの調整をして、いざ実験というときにレンズの角度調整のため浮かんでいた小悪魔がくしゃみをして、レンズに触れ角度を変えた。
「光の焦点の先がレミィの部屋で、ちょうどトイレのために起きて窓近くにいたっていうのはタイミングが悪かったわね」
「窓から光が入ってカーテン貫通してお嬢様の腕に直撃したんですから、コントとしか思えない出来事ですよね。
まさに体をはった芸」
「焦点があってて良かったわ。光が集まりきってなかったら、レミィの体全部照らしてたでしょうし」
二人ともすまないことをしたとは思っている。だがタイミングがよすぎて笑えてしまったのも事実だ。
今思い出しても笑えてしまう。
「なに笑っているんですか?」
突如現れた咲夜が二人に聞く。
咲夜がこうやって現れても驚きはしない。いつものことで慣れているから。
「昨日のこと思い出してしまって」
「笑い事じゃありませんよ。昨日の件でお嬢様の腕一本消えてしまったんですから」
「ちゃんと謝ったじゃない」
「そうですが……まあいいでしょう。
それよりもまた実験すると聞きましたが、本当ですか?」
「またレミィに被害が行くと思って止めにきたのね。
大丈夫よ、今回は湖にいる氷精がターゲットだから」
「念のため屋敷の外でやってください」
「わかったわ」
それで納得したのか咲夜は仕事に戻った。
「さっきも聞きましたけど、今日の実験はなにをするんですか?」
「氷に塩をかけると冷やすことができると書かれていたわ。
ならば氷精に塩を与えれば、さらなる冷気をまとい力を増すことができると思わない?」
「たしかそれって氷は溶けてしまうでは?」
「一応生物っぽいからその点は大丈夫じゃない?
それに妖精の体のつくりはわりと単純だから、たいしたことにはならないと思うわ」
魔理沙との弾幕ごっこやフランドールの遊びに巻き込まれる妖精たちを見ての感想だ。
力が強いといっても、同じ妖精だ。だからたぶん大丈夫だろうと推測している。
話しているうちに塩が溶け液状になっていた。
パチュリーはそれを魔法で浮かせ、球体にして始めは自然に冷やし、ある程度冷えると魔法で冷却し固めた。
掌大の塩のボールに、さらに魔法をかけて錠剤と同じ大きさに縮める。
「準備はこれで終わり、あとはチルノに飲ませるだけ」
「素直に飲んでくれますかね?」
「そこはなんとかなるわ」
主がそう言うのなら大丈夫なのだろうと小悪魔は頷く。
二人は実験のため屋敷を出る。
普段は動くことの少ないパチュリーも、好奇心を満たすためなら若干アクティブになるらしい。
チルノはすぐにみつかった。水に氷を浮かばせ、その上で昼寝していたのだ。
周囲には大妖精はおらず、いまなら簡単に塩を飲ませることができる。
二人は静かに近づき、チルノが口を開けたときに錠剤を放り込んだ。
「辛ーい!」
チルノは飛び起きて塩を吐き出す。
「なんなのよ!
今のはあんたたちの仕業ね!?」
「もったいない。強くなる薬なのに」
「そんなもの飲まなくてもあたいは最強よ!
しょーめーしてやろうか」
チルノの周囲にいくつもの氷が現れだす。
「まあ、待ちなさい。
あなたが最強なのは知っているわ。でも霊夢や魔理沙には負けてるでしょう?」
「ふんっ次は勝つもん」
「でもまた負けるかもしれない。
でもそれを飲めば確実に勝てるようになるわよ」
「あたいってば最強だから、そんなのいらないよ」
「そう? 残念ね。
その薬は強い者が飲んでこそ意味があるのに。私が持っていても意味はないのよ。
あなたがいらないなら捨てるしかないわ」
パチュリーは困ったような演技で塩を拾う。
演技のおかげかチルノは少し興味が出たようだ。
「んー……あたいにしか飲めないの?」
「ええ」
「そこまで言うなら飲んでもいいよ!」
「いらないんじゃなかったの?」
「いいからちょうだい!」
「はいはい」
チルノは塩を受け取り、辛いのを我慢して飲み込む。
「なにも変わらないけど?」
「すぐに効果がでるわ。
少しずつ冷気が強くなってるのを感じない?」
「んー……そういえば?」
パチュリーの言葉に導かれるように、チルノから冷気が流れ出て元々低い周囲の気温がさらに下がりだす。
「おおー!」
チルノは驚き自身の体を見る。
溢れ出る力に興奮し、空を飛びまわる。その速度はいつもの比ではない。
「成功でいいのかしらね」
「あの様子だとそう言っていいと思います」
実験が上手くいったようで上機嫌な主従。
動きまくっていたチルノはピタリと止まり、スペルカードを掲げる。
「パーフェクトフリーズ!」
「ちょっと!?」
いきなりな行動にパチェは慌てて距離をとり、迫る弾幕を避ける。
「うわっあわわっ」
小悪魔もグレイズしつつなんとか避けることに成功しているようだ。
流れ弾が紅魔館へと勢いよく飛んでいく。紅魔館にたどりつく頃には勢いも弱まって、門番が門番をしていたらなんの問題もなく叩き落せるだろう。
チルノは二人のことなど気にせず二枚目のスペルカードを掲げる。
「ダイアモンドブリザード!」
二人はもう一度回避行動をとる。いやとろうとして止まる。
チルノがスペルカードを掲げたまま、弾幕を飛ばさなかったからだ。
二人は不思議に思いながらチルノに注目する。
チルノは掲げた格好のまま湖へと落ちていった。
「どうしたのかしら?」
「さあ?」
水に浮かぶチルノを回収して岸に連れて行く。
顔色の悪いチルノは苦しそうな表情で気絶したままだ。
小悪魔が簡単に診察していく。病弱な主を支えるため医療知識は最優先で身につけた知識だ。
「これは……塩分過剰摂取です!」
「当然といえば当然の結果ね」
「1kgの塩を食べさせたんですから、予想すべき結果でしたね」
「実験結果は出たし帰るわ」
「ちょっと待ってください、さすがにこのままってのはかわいそうなので」
小悪魔が魔法を使い地面を温める。そこに穴を開けて、チルノを放り込む。
チルノは首だけ出て地面に埋まっている状態だ。
汗をかかせて体内の塩分を出させようという考えだ。
治療法としてこれでいいのからわからないし、氷精を暑い状態へとおいやるのはどうなのだろう?
仕上げに治療中と書いた紙を頭部にペタリとはった。
「もういいわね」
「はい」
本当にいいのか?
「今回の実験は有意義なものだったわね。次はなにをしましょうか」
紅魔館へと帰りながら二人は次の実験のことを話し合う。
三人とも気付いていないことだが、チルノパワーアップはただの思い込みがもたらした結果だった。
ある意味純粋なチルノはパチュリーの言葉で思考を誘導され、塩を本当に強くなる薬だと思い込んだ。
催眠術で常温の鉄棒を高温だと思わせ手に当てて焼けどさせたという現象と同じことが起こっただけだ。
この事実は誰も知らないほうがいい。さらなる被害者を出さないためにも。
実験を終えて紅魔館に帰った二人が見たものは、少し寒そうなレミリア。
チルノの放った弾幕が見事寝ているレミリアに命中したらしい。
今回は二人のせいだとばれなかったので、仕事をしていなかった美鈴が咲夜に怒られていた。
咲夜に怒られ謝る美鈴の声を聞きながらパチュリーは本を開く。そこには地熱のことが書かれていた。
次の被害者は地中にいる者たちかもしれない。
……パチュリーと小悪魔が掘った穴を覗き込んだレミリアに、噴き出た源泉が直撃する未来が見えるのは気のせいだろうか?
2008年08月16日
東方SS 暑い日には冷たいものが美味しい
今日も今日とて太陽が頑張ってあっつい日だ。
陽の下にいると動かなくとも、じわりと汗が滲み出る。
博麗神社でも、朝少しでも涼しいうちに用事を済ませた霊夢が、暑そうに水出し緑茶を飲んでいる。
風のよく通る縁側、その日陰部分でまったりとしている霊夢とは違い、萃香がうんうんと唸って畳みに寝転んでいる。
少し無視していたが溜息一つ吐いて霊夢は話しかける。
「どうしたのよ?」
「お腹が〜」
「すいた?」
博麗神社には食料があるので、顔をしかめ苦しむほどに空腹にはならない。
「違う〜」
「なら痛いの? なんでよ?」
朝のうちは元気に酒を飲んでいて、体調を崩すようには見えなかった。
まさか飲みすぎや酒に悪酔いしたわけでもあるまいと、霊夢は不思議そうな顔を見せる。
「朝暑かったから、たくさん冷たいお酒飲んで」
「飲みすぎてお腹冷やしたの? 自業自得じゃない」
「く、薬ない?」
「ないわ。寝てなさい」
「……痛くて眠れないよ」
「仕方ないわねー」
そう言うと霊夢は袖に手を入れる。
萃香は鎮痛剤でも出てくるのかと期待したが、それを裏切って出てきたのは針。
弾幕ごっこに使うぶっとい針。
萃香の本能が逃げろと信号を発する。それを抑えて、鍼灸用かなと一縷の望みに縋ってみたりして霊夢に聞く。
「そ、そんなの出してどうするの?」
「気絶すれば痛くないわよ」
望みが叶うことはなかった。
萃香が体を動かす前に霊夢の腕が素早く動いて、お見事っと声が聞こえてきそうなほど綺麗なフォームで放たれた針はスコーンっと萃香の額に命中した。
白目をむいて倒れた萃香の目を閉じる。敷いた布団に萃香を寝かせて、霊夢は再びお茶を飲もうと座布団に座る。
罪悪感は皆無だ。むしろいい仕事したと思わせるような表情だ。
湯のみを手に取るときに、萃香がいつも持っている瓢箪が目に入る。
そして自分が手に取った湯のみを見る。中にあるのは温くなったお茶。
「冷たいお酒飲んでって言ってたっけ」
朝から萃香が持っていたのはこの瓢箪のみ。ならば冷たいお酒はこの中なのだろうと思う。
鬼のもつ瓢箪だ。中身の温度変化くらいは簡単にできるのだろう。
こう暑いと冷たいものが飲みたいもので、それはお茶が好きな霊夢といえど同じ。
「少しくらいならいいわよね?」
緑茶を飲み干して、瓢箪のふたを開けて注ごうと傾ける。
しかしいくら待っても酒は一滴も出てこない。
「おかしいわね?」
中身が入っている重さだし、揺らすとチャプチャプと音が聞こえてくる。
それを確認してもう一度傾けるが、出てこない。
首を捻る霊夢。
遊びに来た魔理沙がその様子を目撃した。
「なにしてるんだ?」
「魔理沙、今日も来たの」
「来たんだぜ。家よりはここのほうが風通しがよくて涼しいからな」
「そう」
「そんなことより、萃香の瓢箪持って何してるんだ?
昼間から酒盛りか? だとしたら混ぜてくれ」
「違うわよ。ちょっとだけ冷たいお酒が飲みたかっただけ。
でもお酒出てこないのよ。ほら」
事情を簡単に説明して、瓢箪を逆さにして振ってみせる。チャポンと音がするだけで、水滴すら出てこない。
「ほんとだな」
「魔理沙魔法使いでしょ? なんとかならない?」
「普通の魔法使いだからな、壊すことくらいしかできないぜ」
「普通のってつくんだから、便利な魔法使えそうなのに」
霊夢に瓢箪を渡すようにジェスチャーで伝え、瓢箪を受け取る。
魔理沙は瓢箪をぺたぺたと触ったり、揺らしたり、こんこんと叩いたりしていく。
「やっぱり萃香しか使えないんじゃないか?
私のミニ八卦炉やお前の陰陽玉とかと同じようにさ」
「そうなんでしょうね」
残念そうに同意する。
「飲みたいのなら萃香に頼むしかないだろ。
萃香は……」
少し視線を動かし額に針が刺さったままの萃香を発見する。
「あれはお前がやったのか?」
「ええ、お腹が痛くて眠れないって言うから寝かしつけたのよ」
「いや、あれは寝かしつけるとかいうレベルじゃないぞ。
あれだとしばらくは置きそうにないな」
針を抜いてやろうとか介抱してやろうとか思わないらしい。
萃香ならばあれくらい大丈夫という、大雑把な信頼のあらわれか?
「どうにかしてお酒出ないかしら」
「私も不可思議な道具には興味はあるからどうなっているか知りたいけど、無茶すると壊れそうだし。
壊すと確実に萃香は暴れるだろうな」
二人の脳裏に巨大化して火を吹き暴れる萃香が浮かぶ。
大事なものを壊されては、スペルカードルールに従うこともないだろう。
怒りのまま暴れる萃香はやっかいなだけではすまないと、二人は同時に考える。
そんな萃香の相手することを考えてぞっとしたおかげで、少しだけ涼しくなった。
思いがけず涼をとれた二人は、今酒を飲むのは諦める。
「面倒なことはごめんだわ」
「私もちょっと相手したくないな」
「私と同じものでいいわね?」
「ああ、それでいい」
霊夢は水出し緑茶を作るため立ち上がる。
魔理沙は瓢箪を萃香の枕元にそっと置いて霊夢を待つ。
瓢箪は攻撃に使うこともあるので、ちょっとの衝撃でも壊れはしないのだが念のためだ。
一時の贅沢よりも平穏を選んだ二人は、ゆるゆると吹く風に当たりながらお茶を飲む。
ちなみに一時間後に目を覚ました萃香に冷酒を出させて、お酒を飲むことに成功していた。
