2008年09月
2008年09月30日
樹の世界へ11
山を下りた三人は麓の村で二泊して十分な休養をとる。村を出る間にいるものいらないものを整理しておくことを忘れない。今のままだと少し荷物が多い。
いらないものはで売れそうなものは、ルルブ雑貨店に行って引き取ってもらった。その中にはここで買ったものもあって、陽平は買うのではなくレンタルするように交渉すればよかったと思っていた。壊れたら買い取ればいい。
それを店主に話すと、そんな商売法もあるのかと感心された。今後の商売の参考するようだ。
店主は失敗しながらもレンタルシステムを理解していき、世界中に広めていく。この日の会話を発端に、ルルブ雑貨店は大きく成長していくことになる。
そんなことになるとは知らない陽平たちは来た道を逆戻りして、アーガンに来て最初に立ち寄った街に戻ってきた。仕事を探すなら麓の村よりも人の多いこっちのほうがだんぜんいい。この街もそれほど大きいというものではないが、村で探すよりはましだ。
一度泊まった宿に再び入って、二日間の宿泊費用を払う。そのときに仕事斡旋屋がこの街にあるか聞いて、聞けた場所に早速向かった。
斡旋屋には二種類の仕事がある。一般人用の仕事とそれ以外のもの。三人が用のあるものはそれ以外のほうだ。そしてそれは店員などに直接尋ねないとどんなものがあるか知ることはできない。ちなみに一般人用の仕事は壁にたくさん張り出されている。畑仕事手伝いとか蔵の整理とか。
二つの仕事の紹介方法に違いがあるのは、情報の公開をされたくないという依頼者がいるためだ。
陽平は暇そうにしている男を捕まえる。
「すまないけど仕事を紹介して欲しい」
「証明書かなにかあるか?」
陽平は地元の紹介屋からもらったカードを男に渡す。エストとミリィもだ。
このカードはどの程度仕事ができるか示すもの。四段階にわけられていて、なんの仕事をしていないものはD。請けた仕事が五つを超すとCになり、一人前とみなされる。そして十を超すとBとなる。このランクが一番多い。ランクAは難易度の高い依頼をいくつか請けて初めてもらえるもので、難易度の低い依頼を百請けても得ることはできない。
カータスはランクAを持っている。カータスに付き合って依頼を請けていた陽平もAを持っているが、目立つのは嫌だというのをカータス経由で斡旋屋は聞いていて、ランクBの証明書も持たせてくれている。エストとミリィはCだ。後一つ請けて成功させるとBになるので、今回仕事を請けると昇格できるだろう。地元に帰らないと昇格証明書はもらえないのだが。
この斡旋屋は各国で統一されているというわけではない。だからランクの基準もそれぞれで違っているのだが、大まかな実力を知ることはできるのでどこに行っても提示を求められることは多い。
「ガッツーサから来たのか。真反対までよく来たな」
「用事があったんで」
「そっか。
んで仕事だが……お前さんたちに合うやつがないんだ。
あるのは駆け出し用とランクAのものだけ」
「ほんとにないの?」
ミリィの問いに男は頷く。
「一昨日になBの奴らがたくさん来て持って行っちまった。
だから次の依頼がくるまでもう少し時間がかかる。
代わりと言っちゃなんだが、探索場所を教えてやろう」
「あるのか?」
探索場所とは遺跡や魔法使いの隠れ家跡だ。普通はこっちのほうが依頼よりも少ない。
「一年前に発見された魔法使いの住居跡だ」
魔法使いの住居は陽平の住んでいる塔と同じように結界がはられていることが多い。通常はみつかることはないが、魔法使いが死んだり、住居を捨てたりすると結界の効果がきれ一般人の目にも見えるようになるのだ。そこには魔法のための材料が置かれていたりして、それが高値で売れる。ごくまれに魔導器や魔法道具も発見される。
「見つかって一年経ってるから荒らされちまってるが、もしかするとまだなにか残ってるかもな。
そこから戻ってくる頃にはなにか仕事が入ってるだろうさ」
「何か見つかれば仕事はしませんけどね」
ミリィの言葉に男は笑う。
「ちげーねえ。
まっ暇潰しのつもりで行って見たらどうだ?」
「そうですね。詳しい情報もらえますか」
三人は男から場所や今まで発見されたもの、罠の有無、障害となる魔物の有無を聞きだしていく。
場所はこの街から三日ほど行った森の中。川のそばにあるので、見つからない場合は川を辿ればいい。鍵がかかっているくらいの障害はあったが、罠はなし。魔物もいたが、そこがみつかったときに探索した者たちがほとんど退治したとのこと。最近は行く者も少なかったのでまた増えているかもしれない。
外見は古びた大きめの屋敷。所有者は寿命で死んだらしく、ぼろぼろのローブをまとった白骨があったらしい。それは屋敷外に丁重に埋葬された。
いろんなものに興味のあった魔法使いだったようで、いろいろな道具があった。その中に価値のあるものもあって、真っ先に持ち出された。
魔物は無理に住むものが雨をしのげる場所として使っていただけで、ここらじゃ見かけない魔物はいない。
三人が得た情報はこんなところだ。あとはここらに生息する魔物のことを聞いて、宿に戻る。その途中で足りなくなってきた保存食など消耗品を補充していった。
ゆっくりと休み、昼過ぎに宿を出る。向かうはもちろん魔法使いの住居跡だ。
馬車があれば便利なのになと話しながら森へ。大陸すら越える遠距離移動が多いため、馬車は買っても使えない。せいぜい借りるくらいだ。今回は森に入るので、森の入り口に置くことになる。待たせている間に盗賊や魔物の被害に合うかもしれないので、借りるという選択肢はなかった。
森に入って日が暮れて夕食を作りながらのんびりとしていると、がさがさと音が聞こえてきた。風の出す音ではない。草木を踏み分ける音だ。
「兄さん、どっちから聞こえてくる?」
ミリィには正確な位置をつかむことができなかった。
「私はあっち」
「俺もだ」
ミリィが指差す方向と同じ方向から、陽平もなにかが近づいてくる音を聞き分けていた。
ミリィは剣を抜き、陽平とエストは魔法の準備。それぞれが撃退体勢に入ったすぐあとに音を出していた主は姿を見せた。
「ああ、やっぱり人がいた」
陽平と同じ二十ほどに見える男がほっとした様子で藪から出てきた。三人と同じ旅装で、腰に自己防衛のためか大振りのナイフを身につけている。
物取りの可能性がないわけではないので三人は警戒を解かない。
「警戒するのはわかるんですが、怪しいものではありませんよ。
この森にあるという魔法使いの住居跡に探索に来ただけです。あなたたちも同じでしょ?
でないとこんな森に用はないだろうし」
「俺達はそうなんだが、あんたがそれを装った盗賊だっていう可能性もある」
三人はカータスから警戒心は高くて損はないと教えられていた。カータスの若い頃の失敗談を交えての話だったので納得するだけの説得力はあった。
「いや、そうじゃないと証明はできないんですけど。
そこはなんとか信じてもらうしか。
俺は一人でいるのが寂しくて、一緒にいさせてもらおうと思っていただけなんだ」
陽平が見たかぎりでは嘘は言っていないように見えた。
陽平は警戒を解かずちらりと二人を見る。二人も嘘は感じられなかったようで、どうしようか迷っているように感じられた。
「警戒はし続けるけど、それでかまわないならどうぞ」
このままの状況で時間が過ぎていっても無駄に疲れるとだけど判断し、陽平は警戒を緩めることにした。二人も陽平がそういうならと同じように警戒を緩める。
「それだけでもありがたい」
一応受け入れられてほっとしたようで、男は笑みを浮かべる。
三人は再び夕食の準備に戻る。男も手伝おうかと申し出たが、睡眠薬などの毒物を入れられないように断った。
夕食を作りながら簡単に自己紹介していく。男の名前はシェスといってあちこち旅して回っているようだ。ここに来る前は成長の大陸にいて同じようにあちこち旅して回ったらしい。魔法使いの住居跡に来たのは路銀が心もとなくなってきたので、収入を得ようと思ったかららしい。
「成長の大陸といえばガルデバランズが酷いことになったらしいけど、今はどうなってるのか知ってる?」
陽平が以前行ってから十年近く経っているので、ガルデバランズがどうなったのか知りたくなったようだ。
ガルデバランス出身のエストはまったく興味はなさそうだ。いい思い出がないので、興味関心は湧かないのだろう。
陽平が知っているのは、国を取り戻そうとする勢力がいなくなったことくらいだ。それ以上は情報が入ってこない。積極的に知ろうとしていないせいでもある。
「ちょっと厄介になっているかもしれない」
「厄介?」
「他国に逃げ出した貴族がそこで以前どおり振舞えないことを不満に思い、国を取り戻して再び権力を得ようと寄核種の封印を解いたとかなんとか。
まあ噂なんだがな。
でも寄種が起こした騒動があちこちから聞こえてくるとな、あながち嘘でもなさそうだ」
その貴族は、あわよくば周囲の国も寄種の力で取り込もうと考えていたのかもしれない。
「兄ちゃん、寄核種って?」
寄種は一般に広く知られている。しかしその親玉みたいな存在のことは知られていない。これは寄核種の存在を隠したいからだ。誰が? と問われると誰かがとしか言えない。各地に封印を施され、利用目的で封印を解かれたくないのだ。
聞きなれない単語を不思議に思ったミリィが聞く。
「寄種の上位種だと思えばいい。
性質は寄種と同じ。ただし寄生したときの強さは寄核種のほうが上らしい。それと寄種を生むこともできるんだと。
そう本に書いてあった」
オーエンは目的を果たすため魔物に関する本を集めていた。その中に貴重な本もあり、そこに書かれていたのを陽平は読んだことがあった。
寄核種が生める寄種の数は決まっている。おおよそ五十。大抵は寄核種が手元に置いておくのだが、寄生樹信仰者が世界各地にばらまくこともある。
寄種もそうだが寄核種に言うことを聞かせられるのは、仲間か寄生樹の子だけ。それ以外の人が制御しようとしても寄核種たちは本能のまま動く。
ガルデバランズが再建されたとは聞かないので、封印を解いたはいいが制御できずに好き勝手動いているのだろう。
こんな事態になっていると世間はもっと騒ぎそうなものだが、寄種にだって知恵はある。正確には寄生した体の知性を使う。おおっぴらに動けば自分達を殺そうと人が集まることくらい推測できる。そういった理由で静かに行動しているのだろう。
それでも噂にくらいはなっているが。騒ぎの大元である寄核種をどうにかしようと動いている人物たちもいるくらいだ。
寄核種がいると聞いて陽平たちはどうこうしようとは思わない。せいぜいガルデバランズには近寄らないようにしておこうと考えるだけだ。寄核種出現はわりと大事なのだが、陽平たちに関わろうという気は皆無だった。
もっともすでに少しだけ関わっていたりする。シュイタスの寄種と獣人の寄種だ。二つとも封印の解かれた寄核種が生んだ寄種だったりする。
「そんなのがいるんだ。気をつけないとね」
「そうそう遭遇するなんてことはないさ」
「俺も成長の大陸にいて遭遇はしなかった。大陸の違うここにいれば会う可能性は低いさ」
陽平の言葉にシェスも頷き言った。
「ご飯できた」
エストが人数分配っていく。おかわりのことも考えていつも作るので、シェスの分もあった。
「美人さんの手作りなんて感激だ! いただきます!」
シェスの言葉ににこりともせずエストは軽く会釈だけする。
信用されてないんだなと、シェスは美人に警戒されていることに若干落ち込んでいる。
夕食が終ると見張りに立つ順番を話し合う。シェスがいるためいつも使う警戒用の魔法は使えない。
そしてシェスを信用してはいないので、一人ずつ見張りに立つこともしない。よって陽平とシェスが始めに見張り、次にエストとミリィが見張ることになった。
エストたちはテントに入り、陽平たちはたわいのないことを話しながら時間が過ぎていく。その会話で警戒心はさらに緩む。
交代の時間がきて男二人はマントにくるまり眠る。互いに男と二人でテントの中で眠るのは勘弁だった。
軽くゆさぶられ陽平は起きる。
「おはよう」
目を開けると顔を覗き込むエストと目が合う。髪が整えられているところを見ると、陽平が起きる前に身支度は終えたのだろう。
「おはよう。なんだか寝たりないな」
ぐぅっと伸びをして眠気をとる。
「あ、兄ちゃん起きたんだ。おはよう」
「うん、おはよう」
ミリィも身支度は終えている。今は朝食を作っていた。
回りを見るとシェスはまだ寝ている。
陽平はそこらに落ちていた棒でシェスを突いて起こした。
朝食を食べた後、一行は魔法使いの住居跡を目指す。
シェスも同行している。目的が同じということや昨日の会話で一緒に行動してもいいかと思ったからだった。ミリィはそれに同意したが、エストがわずかに難色を見せる。それも陽平が説得して認めてもらった。
これにより魔法が使えなくなり戦力大幅ダウン。それでも事前に聞いていた情報で、ここらに生息する魔物などは魔法なしでも相手取れると三人は判断していた。
シェスの同行には、ちょっとした思惑もあった。人と接することにより、エストの依存を少しでも解消できたならと思っていたのだ。
一行が川のそばを歩き続けて一時間と少し経った頃、川から少しだけ離れた場所に古びた二階建ての屋敷が見えた。
「あれでいいんだよね」
エストの誰ともない質問に、シェスがおそらくと答える。
近づいて全容を見た屋敷は、まさにおんぼろ屋敷といったもの。石壁は薄汚れて、木の窓も風に揺れる。玄関は扉すらない。
長年ほっとかれてボロボロになったようなのに加えて、人が入りさらに荒れ具合が進んだらしい。荒らすだけ荒らして、掃除などはされていないのだから朽ちて当然だ。
余計な荷物を玄関そばに置いて四人は屋敷の中に入る。床板はまだ大丈夫なようで、少しだけきしむ音がするだけ。
「何があるかわからないし皆で一部屋ずつ調べていく、でいい?」
陽平の言葉に皆頷く。
屋敷はぼろぼろだが怪しいところなどない普通の建築物だ。探索してみつかったものは、朽ちかけた机と椅子やちょっとした実験器具、本の入っていない本棚、ベッドなど一般家庭にもあるものばかり。
魔物もいたが以前来た冒険者のおかげか人を見ると逃げていった。逆らうことなく逃げたほうが得策だと学習したのだろう。数日経てばいなくなるのだから、その判断は間違っていない。
とりあえずは部屋の位置などを確認するため詳しくは調べることなくざっと見て次の部屋にむかっていた。そしてその結果、金目のものはないとわかった。
遅めの昼食をとり、次は詳しく探すことに。
「と言っても全部の部屋を探すのは大変なので、怪しいと思ったところがあれば言ってくれ。そこを重点的に探すから」
「私はそんなところはなかったかな。こういうのは兄ちゃんが得意でしょ?
ただ井戸がないのは気になったけど。毎日川まで水を汲みに行ってたのかな」
「それは俺も気になった。魔法使いはゴーレムに仕事をさせることがあるっていうから、ここもそうだったのかもしれない。
そうだとしたらゴーレムが一体もいないのは気になる。すでに持ち出されたか?」
博識なところを見せるシェス。おーっと感心するミリィにシェスは照れている。
「大きな実験場がないのも気になる」
魔法使いの家に住んでいるエストも気になった点があったようで口を開いた。シェスが加わってから口数が減っている。シェスはエストといまだ会話できていない。
「たしかに小さな実験場はあったけど、大規模の実験をするには物足りない広さだった。
エストさん、目ざといね」
感心した様子のシェスにエストはわずかに一礼するのみ。その反応にシェスが少し肩を落とす。
「目立った危険はないようだし二手に別れて探そうか」
「はいっ! ミリィさんと一緒がいいです!」
少しでも美人と仲良くするチャンスだと、シェスは少しでも脈のありそうなミリィと組みたがる。
「却下。エストとミリィで行ってくれ。
なにかみつけてもすぐに手を出すなよ。特にミリィ」
「私が止めるから大丈夫」
「頼んだ」
二人が去ったあとシェスが陽平に詰め寄る。
「なんで駄目なんだ!?」
「ミリィの親から変な虫がつかないように頼まれてるし」
「恋愛は個人の自由! コミュニケーションは大事だと思わないのか!?」
「大事かもしれないけど、こんな場所でそれを持ち出すことはないだろ」
「こんな場所だからこそ!
もしかするとミリィさんが危ない目にあって俺がそれを助けて、そこから芽生える恋もあるかもしれないじゃないか!」
「人それをつり橋効果と言う」
「なんだそれ?」
つい地球の知識をもらした陽平の言った意味がわからずシェスは真顔に戻る。
「今回は縁がなかったと思って諦めろ」
「今回もなんだけどなぁ」
落ち込むシェスを伴い陽平も探索を始める。
黙ったまま探すことは苦手なのかシェスは口も手を動かし探索していく。
「俺はエストさんに嫌われてるのか? 会話できてないんだが」
陽平は隠し部屋がないかと床や壁を叩きながら答える。
「人見知りだからな」
本当は違うが、エストの過去に関わることを本人のいないところで話す気はなかった。
「その閉ざされがちな心を解き放ってあげたい」
「昨日今日会った奴じゃ難しいだろう。俺だってきっかけがなけりゃ、今でも一線引かれたままだったと思うし。
ミリィも少しずつ仲良くなっていったんだし」
「きっかけ?」
「一晩中看病したんだよ」
懐かしいなと小さな笑みを漏らす。
「そんなこと俺でもできるんだが」
エストにとって「そんなこと」ではなかった。物心ついた頃には親はなく、記憶にあるのは村人に虐待されたことのみ。当時のエストはそれを虐待と気づいてはいなかったが。
陽平に連れ出され数日して普通の暮らしというものがわかり、以前の記憶から人が信じられなくなっていた。それは陽平に対してもそうだった。
そんなエストに陽平は会ったときと変わらぬ態度を接し続けた。
そして旅先で風邪の流行っている村で風邪をうつされたエストは寝込んだ。以前も寝込んだときはある。そのときは死なないように食事だけ与えられ、あとはほっとかれた。その記憶を夢で見て目を開けると、そばで看病している陽平がいた。エストが起きたことに気づくと一言二言話し汗を拭いて、もう一度眠るように言ったのだ。言われるまま目を閉じ、次に目を覚ましたとき同じ場所に眠そうな顔な陽平がいた。
それを見てこの人は信じても大丈夫だと、なんとなく心で理解したのだ。
その後叱るという行動を経て、陽平とエストは家族になっていった。
「エストにとっては嬉しいことだったんだ」
「ふーん。
なんというか弱みにつけ込んだようにも思える」
「その可能性がないともいえないな」
あっさりと肯定する。否定する材料は陽平にもみつけられない。
「そしてその弱みに付け込んで今でも一緒に風呂に入ることを強制してるんだな!?
なんて可愛そうなエストさん!」
「なんでやねん。
さすがに風呂はもう一緒に入ってない。一緒に寝てはいるが」
ぴたっとシェスの動きが止まる。
「……なんだと?
一緒に寝てる?
まさかミリィさんもか?」
「う、うん」
空気が張り詰めるとはこういうことをいうのかと、陽平は初めての経験をしていた。
俯き顔が見えないシェスが地の底から響くような声で宣言する。
はっきり聞かせるために一文字ずつ発音している。
「お・ま・え・は・お・れ・の・て・き・だっ」
いろいろとたまっていたのだろう。信用されていないことへの不満。女性との出会いのなさ。師匠の理不尽な課題。
それらがここに来て、恵まれたように見える陽平に対して爆発した。逆切れともいう。
シェスは気づいていないが、一緒の部屋で寝泊りするということは異性としてみなされていない、ということでもある。シェスが考えているような羨ましいことでもないのだ。陽平がミリィに対し異性として最低限の気遣いだけしていることも、一緒に寝て平気な原因の一つなのだが。ミリィにとっては兄といった家族感覚だ。
「ハリケェーンっ!」
懐から式符を取り出したシェスが魔法を使う。シェスを中心として風の渦が発生し屋敷を壊していく。家具は風に巻き込まれ凶器と化す。
吹き飛ばされた陽平は、運よく古びたソファーにぶつかりたいした怪我もない。
近づけるはずもなく陽平は離れることを優先し動く。壊れた窓から脱出しシェスのいるほうを見る。
屋敷は魔法一発で半壊していた。
「頼むから二人無事でいてくれよ!」
まさか魔法使いだとは思わず驚くばかりだ。
魔法使いだからといって、ほかの魔法使いを判別はできるわけではない。魔力感知の魔法を使うか、鋭い感覚を持って初めて見抜ける。
「ちっ仕留められなかったか。
だがこれでどうだ!」
竜巻で仕留められなかったシェスは竜巻を維持したまま、式符を取り出す。
「トルネードォっ!」
竜巻から発生した風の渦が、地に沿って陽平へと走る。
「くらうか! くらってたまるか!」
渦の射線から移動し避ける。曲げるなどのコントロールはできないのか渦は一直線に進んだまま森を破壊していく。
反撃したい陽平だが、殺すつもりはないのでどのくらいの攻撃魔法を使えばいいのかわからない。またエストとミリィの所在もわからず、巻き込む可能性があるため使えない。
「男の敵めっ。いい加減当たれえっ!」
シェスが魔法を連発し、陽平を避ける。
魔力消費が少ないのか、もしくは保有魔力が多いのか、シェスは疲れた様子をみせない。
余波で森はずいぶんと見通しがよくなっている。少し前まで聞こえていた鳥の鳴き声もしない、すべて逃げてしまったのだろう。陽平の耳に聞こえてくるのは木が倒れる音と風の唸る音、そして早い心臓の鼓動のみ。
「兄さんっ」
「兄ちゃんっ」
ひたすら回避行動をとっていた陽平をエストたちが呼ぶ。二人がいるのは屋敷の壊れていない部分だ。陽平は見えていないが、よくみると細かい切り傷や打撲痕が見え魔法に巻き込まれたのだとわかる。
「無事だったか」
安否を確認できてほっと胸をなでおろす。一方、二人は現在進行で危ない陽平を心配している。
二人の位置が確認できた陽平は魔法を使うことを決めた。
式符を取り出し、名を叫ぶ。
「扇雷!」
「トルネード!」
風と雷が真正面からぶつかりあう。負けたのは雷。雷を散らして勢いの衰えた風が陽平へと向かってくる。
この程度なら避けるまでもなく、陽平はその場で強風に耐える。
「魔法使いだったのか!?
でもその程度の魔法では俺の風には勝てん!」
シェスと違って無駄撃ちできない陽平は、身体能力を上げて避けることに専念する。
それを見てエストたちの心配は募るばかり。
「どうしよう兄ちゃんピンチだよっ。
エストの魔法で援護とかできない?」
「あの人が動いてくれたら下から奇襲はできるんだけど」
シェスがいるのは屋敷の床の上。壁はとうに壊れているが、床は比較的無事なのだ。床下には木の根はないので、絡め取ることなどできない。木の床から木を生やすことなどもできない。床板はすでに死んでいる木だ。その床板から木を生やすなど、死者蘇生と同じこと。死者蘇生に成功したものなど誰もいない。
「私達にできるのはこの場から離れることくらい」
「ここにいたら巻き込まれるかもしれないか」
互いに支えあい少しでも屋敷から離れようと動いていく。
それを風を避けながら陽平は見ていた。当然、エストたちの動きが鈍いことにも気づく。
魔法に巻き込まれどこか怪我したのだと陽平にもわかる。瞬間、陽平の怒りに火がついた。
妹分たちに怪我を負わされて黙ったままではいられない。手加減しようという気がなくなり、持てる攻撃魔法で二番目に強い魔法を使う。一番目ではないのは、残った理性が殺すのはやりすきだとブレーキをかけたせいだ。これがカータスならば殺そうと考えただろう。陽平がいまだ地球の常識を残している証拠だ。
これから使う魔法には、必要魔力がギリギリ足りないので増幅法で増やしておく。
「勘違い野郎は大人しく寝てろっ」
取り出した式符は扇雷と同じもの。使う魔法は扇雷の応用だ。
「散れる雷、束ねて貫く槍と化せっ。
扇雷・束ね!」
「何度こようが同じ結果っトルネード!」
再び雷と風の対決。だが両者がぶつかることはなかった。収束された一条の雷は風の中心を通り、威力を損なうことなくシェスを目指したのだ。
ハリケーンの壁さえ容易く貫いて扇雷・束ねはシェスにぶち当たった。陽平も風をまともに受ける。
シェスは悲鳴を上げることなく、ぶすぶすと黒い煙を立ち上らせ前のめりに倒れた。まだ死んではいない。三十分も放置すれば死ぬだろう。
風に飛ばされた陽平は強かに地面に叩きつけられた。骨にひびが入っているかもしれないが、すぐに治療したので痛みはなくなる。死なれては目覚めが悪いので、シェスの治療もしておいた。ただしエストたちの治療ができなくなると困るので、全快まではしていない。
エストたちが陽平に近づいていく。それに気づき陽平は走って二人に近寄る。
「大丈夫だったって怪我してるのか。
すぐに治療する」
二人を座らせ、陽平は荷物をとってくる。清潔な布を水で濡らし汚れと血を拭く。次に消毒代わりに酒を布に含ませもう一度拭いていく。
幸い二人とも軽傷だけでたいしたことはなかった。
「ありがと兄ちゃん。
いきなり部屋がすごく揺れたから驚いたよ」
部屋が揺れた際に家具が倒れミリィは下敷きになったのだ。エストだけで動かすには時間がかかり、姿を見せるのが遅かった。
「ありがとう兄さん。
やっぱり物取りだったの?」
「……あれは嫉妬だと思う。
美人と一緒にいられる俺が羨ましくて暴走したんだ」
「最低」
即座に斬り捨てたエストの言葉に、苦笑を浮かべながらもミリィも頷いている。
陽平としては同情できる部分もあった。美人と一緒にいる人を見ると羨む気持ちが湧くのはわかる。その対象になるとは思っていなかったし、妹分を傷つけたことは許せるものではない。
「すぐ離れよう? 起きたらまた暴れるかもしれないし」
「まだ探索終ってないしなぁ」
「あの人と一緒にいるのは嫌」
「ミリィはどう?」
「私? 私はどっちでもいいんだけど……。
そうだっ。少しだけ休もう? エストは重たいもの動かして疲れてるし。
その休憩がてら少しだけ探索するってのは?」
どっちの意見もとった妥協案だ。
エストは時間をかけないのならと頷く。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
休む二人から離れて屋敷へと向かう。魔法を受けた部分は当然壊れている。無事な部分も不安定でちょっとした衝撃を加えれば倒壊しそうだ。
ざっと地下室への入り口でもないかと探してみたが、それらしきものは見当たらなかった。
とある指輪を持っていると、それに反応し瞬間移動用の陣が玄関に浮かぶのだが、そんなものは持っていない陽平が陣に気づくわけもない。
数ヵ月後に来た指輪の所有者が、瓦礫をどける作業に苦労することになるのは別の話。
結局、陽平はなんの収穫もなく二人の下へと帰る。
そしてシェスをほったらかしたまま街へと帰った。すぐに目覚めるだろうし、魔法使いだから一人で行動しても魔物におくれはとらないだろうと考えて。
今回のことで陽平が得たものは、魔法使いには変人が多いのかもしれないということだけ。自分とエストはそうならないように気をつけようと心に誓ったりもした。
12へ
いらないものはで売れそうなものは、ルルブ雑貨店に行って引き取ってもらった。その中にはここで買ったものもあって、陽平は買うのではなくレンタルするように交渉すればよかったと思っていた。壊れたら買い取ればいい。
それを店主に話すと、そんな商売法もあるのかと感心された。今後の商売の参考するようだ。
店主は失敗しながらもレンタルシステムを理解していき、世界中に広めていく。この日の会話を発端に、ルルブ雑貨店は大きく成長していくことになる。
そんなことになるとは知らない陽平たちは来た道を逆戻りして、アーガンに来て最初に立ち寄った街に戻ってきた。仕事を探すなら麓の村よりも人の多いこっちのほうがだんぜんいい。この街もそれほど大きいというものではないが、村で探すよりはましだ。
一度泊まった宿に再び入って、二日間の宿泊費用を払う。そのときに仕事斡旋屋がこの街にあるか聞いて、聞けた場所に早速向かった。
斡旋屋には二種類の仕事がある。一般人用の仕事とそれ以外のもの。三人が用のあるものはそれ以外のほうだ。そしてそれは店員などに直接尋ねないとどんなものがあるか知ることはできない。ちなみに一般人用の仕事は壁にたくさん張り出されている。畑仕事手伝いとか蔵の整理とか。
二つの仕事の紹介方法に違いがあるのは、情報の公開をされたくないという依頼者がいるためだ。
陽平は暇そうにしている男を捕まえる。
「すまないけど仕事を紹介して欲しい」
「証明書かなにかあるか?」
陽平は地元の紹介屋からもらったカードを男に渡す。エストとミリィもだ。
このカードはどの程度仕事ができるか示すもの。四段階にわけられていて、なんの仕事をしていないものはD。請けた仕事が五つを超すとCになり、一人前とみなされる。そして十を超すとBとなる。このランクが一番多い。ランクAは難易度の高い依頼をいくつか請けて初めてもらえるもので、難易度の低い依頼を百請けても得ることはできない。
カータスはランクAを持っている。カータスに付き合って依頼を請けていた陽平もAを持っているが、目立つのは嫌だというのをカータス経由で斡旋屋は聞いていて、ランクBの証明書も持たせてくれている。エストとミリィはCだ。後一つ請けて成功させるとBになるので、今回仕事を請けると昇格できるだろう。地元に帰らないと昇格証明書はもらえないのだが。
この斡旋屋は各国で統一されているというわけではない。だからランクの基準もそれぞれで違っているのだが、大まかな実力を知ることはできるのでどこに行っても提示を求められることは多い。
「ガッツーサから来たのか。真反対までよく来たな」
「用事があったんで」
「そっか。
んで仕事だが……お前さんたちに合うやつがないんだ。
あるのは駆け出し用とランクAのものだけ」
「ほんとにないの?」
ミリィの問いに男は頷く。
「一昨日になBの奴らがたくさん来て持って行っちまった。
だから次の依頼がくるまでもう少し時間がかかる。
代わりと言っちゃなんだが、探索場所を教えてやろう」
「あるのか?」
探索場所とは遺跡や魔法使いの隠れ家跡だ。普通はこっちのほうが依頼よりも少ない。
「一年前に発見された魔法使いの住居跡だ」
魔法使いの住居は陽平の住んでいる塔と同じように結界がはられていることが多い。通常はみつかることはないが、魔法使いが死んだり、住居を捨てたりすると結界の効果がきれ一般人の目にも見えるようになるのだ。そこには魔法のための材料が置かれていたりして、それが高値で売れる。ごくまれに魔導器や魔法道具も発見される。
「見つかって一年経ってるから荒らされちまってるが、もしかするとまだなにか残ってるかもな。
そこから戻ってくる頃にはなにか仕事が入ってるだろうさ」
「何か見つかれば仕事はしませんけどね」
ミリィの言葉に男は笑う。
「ちげーねえ。
まっ暇潰しのつもりで行って見たらどうだ?」
「そうですね。詳しい情報もらえますか」
三人は男から場所や今まで発見されたもの、罠の有無、障害となる魔物の有無を聞きだしていく。
場所はこの街から三日ほど行った森の中。川のそばにあるので、見つからない場合は川を辿ればいい。鍵がかかっているくらいの障害はあったが、罠はなし。魔物もいたが、そこがみつかったときに探索した者たちがほとんど退治したとのこと。最近は行く者も少なかったのでまた増えているかもしれない。
外見は古びた大きめの屋敷。所有者は寿命で死んだらしく、ぼろぼろのローブをまとった白骨があったらしい。それは屋敷外に丁重に埋葬された。
いろんなものに興味のあった魔法使いだったようで、いろいろな道具があった。その中に価値のあるものもあって、真っ先に持ち出された。
魔物は無理に住むものが雨をしのげる場所として使っていただけで、ここらじゃ見かけない魔物はいない。
三人が得た情報はこんなところだ。あとはここらに生息する魔物のことを聞いて、宿に戻る。その途中で足りなくなってきた保存食など消耗品を補充していった。
ゆっくりと休み、昼過ぎに宿を出る。向かうはもちろん魔法使いの住居跡だ。
馬車があれば便利なのになと話しながら森へ。大陸すら越える遠距離移動が多いため、馬車は買っても使えない。せいぜい借りるくらいだ。今回は森に入るので、森の入り口に置くことになる。待たせている間に盗賊や魔物の被害に合うかもしれないので、借りるという選択肢はなかった。
森に入って日が暮れて夕食を作りながらのんびりとしていると、がさがさと音が聞こえてきた。風の出す音ではない。草木を踏み分ける音だ。
「兄さん、どっちから聞こえてくる?」
ミリィには正確な位置をつかむことができなかった。
「私はあっち」
「俺もだ」
ミリィが指差す方向と同じ方向から、陽平もなにかが近づいてくる音を聞き分けていた。
ミリィは剣を抜き、陽平とエストは魔法の準備。それぞれが撃退体勢に入ったすぐあとに音を出していた主は姿を見せた。
「ああ、やっぱり人がいた」
陽平と同じ二十ほどに見える男がほっとした様子で藪から出てきた。三人と同じ旅装で、腰に自己防衛のためか大振りのナイフを身につけている。
物取りの可能性がないわけではないので三人は警戒を解かない。
「警戒するのはわかるんですが、怪しいものではありませんよ。
この森にあるという魔法使いの住居跡に探索に来ただけです。あなたたちも同じでしょ?
でないとこんな森に用はないだろうし」
「俺達はそうなんだが、あんたがそれを装った盗賊だっていう可能性もある」
三人はカータスから警戒心は高くて損はないと教えられていた。カータスの若い頃の失敗談を交えての話だったので納得するだけの説得力はあった。
「いや、そうじゃないと証明はできないんですけど。
そこはなんとか信じてもらうしか。
俺は一人でいるのが寂しくて、一緒にいさせてもらおうと思っていただけなんだ」
陽平が見たかぎりでは嘘は言っていないように見えた。
陽平は警戒を解かずちらりと二人を見る。二人も嘘は感じられなかったようで、どうしようか迷っているように感じられた。
「警戒はし続けるけど、それでかまわないならどうぞ」
このままの状況で時間が過ぎていっても無駄に疲れるとだけど判断し、陽平は警戒を緩めることにした。二人も陽平がそういうならと同じように警戒を緩める。
「それだけでもありがたい」
一応受け入れられてほっとしたようで、男は笑みを浮かべる。
三人は再び夕食の準備に戻る。男も手伝おうかと申し出たが、睡眠薬などの毒物を入れられないように断った。
夕食を作りながら簡単に自己紹介していく。男の名前はシェスといってあちこち旅して回っているようだ。ここに来る前は成長の大陸にいて同じようにあちこち旅して回ったらしい。魔法使いの住居跡に来たのは路銀が心もとなくなってきたので、収入を得ようと思ったかららしい。
「成長の大陸といえばガルデバランズが酷いことになったらしいけど、今はどうなってるのか知ってる?」
陽平が以前行ってから十年近く経っているので、ガルデバランズがどうなったのか知りたくなったようだ。
ガルデバランス出身のエストはまったく興味はなさそうだ。いい思い出がないので、興味関心は湧かないのだろう。
陽平が知っているのは、国を取り戻そうとする勢力がいなくなったことくらいだ。それ以上は情報が入ってこない。積極的に知ろうとしていないせいでもある。
「ちょっと厄介になっているかもしれない」
「厄介?」
「他国に逃げ出した貴族がそこで以前どおり振舞えないことを不満に思い、国を取り戻して再び権力を得ようと寄核種の封印を解いたとかなんとか。
まあ噂なんだがな。
でも寄種が起こした騒動があちこちから聞こえてくるとな、あながち嘘でもなさそうだ」
その貴族は、あわよくば周囲の国も寄種の力で取り込もうと考えていたのかもしれない。
「兄ちゃん、寄核種って?」
寄種は一般に広く知られている。しかしその親玉みたいな存在のことは知られていない。これは寄核種の存在を隠したいからだ。誰が? と問われると誰かがとしか言えない。各地に封印を施され、利用目的で封印を解かれたくないのだ。
聞きなれない単語を不思議に思ったミリィが聞く。
「寄種の上位種だと思えばいい。
性質は寄種と同じ。ただし寄生したときの強さは寄核種のほうが上らしい。それと寄種を生むこともできるんだと。
そう本に書いてあった」
オーエンは目的を果たすため魔物に関する本を集めていた。その中に貴重な本もあり、そこに書かれていたのを陽平は読んだことがあった。
寄核種が生める寄種の数は決まっている。おおよそ五十。大抵は寄核種が手元に置いておくのだが、寄生樹信仰者が世界各地にばらまくこともある。
寄種もそうだが寄核種に言うことを聞かせられるのは、仲間か寄生樹の子だけ。それ以外の人が制御しようとしても寄核種たちは本能のまま動く。
ガルデバランズが再建されたとは聞かないので、封印を解いたはいいが制御できずに好き勝手動いているのだろう。
こんな事態になっていると世間はもっと騒ぎそうなものだが、寄種にだって知恵はある。正確には寄生した体の知性を使う。おおっぴらに動けば自分達を殺そうと人が集まることくらい推測できる。そういった理由で静かに行動しているのだろう。
それでも噂にくらいはなっているが。騒ぎの大元である寄核種をどうにかしようと動いている人物たちもいるくらいだ。
寄核種がいると聞いて陽平たちはどうこうしようとは思わない。せいぜいガルデバランズには近寄らないようにしておこうと考えるだけだ。寄核種出現はわりと大事なのだが、陽平たちに関わろうという気は皆無だった。
もっともすでに少しだけ関わっていたりする。シュイタスの寄種と獣人の寄種だ。二つとも封印の解かれた寄核種が生んだ寄種だったりする。
「そんなのがいるんだ。気をつけないとね」
「そうそう遭遇するなんてことはないさ」
「俺も成長の大陸にいて遭遇はしなかった。大陸の違うここにいれば会う可能性は低いさ」
陽平の言葉にシェスも頷き言った。
「ご飯できた」
エストが人数分配っていく。おかわりのことも考えていつも作るので、シェスの分もあった。
「美人さんの手作りなんて感激だ! いただきます!」
シェスの言葉ににこりともせずエストは軽く会釈だけする。
信用されてないんだなと、シェスは美人に警戒されていることに若干落ち込んでいる。
夕食が終ると見張りに立つ順番を話し合う。シェスがいるためいつも使う警戒用の魔法は使えない。
そしてシェスを信用してはいないので、一人ずつ見張りに立つこともしない。よって陽平とシェスが始めに見張り、次にエストとミリィが見張ることになった。
エストたちはテントに入り、陽平たちはたわいのないことを話しながら時間が過ぎていく。その会話で警戒心はさらに緩む。
交代の時間がきて男二人はマントにくるまり眠る。互いに男と二人でテントの中で眠るのは勘弁だった。
軽くゆさぶられ陽平は起きる。
「おはよう」
目を開けると顔を覗き込むエストと目が合う。髪が整えられているところを見ると、陽平が起きる前に身支度は終えたのだろう。
「おはよう。なんだか寝たりないな」
ぐぅっと伸びをして眠気をとる。
「あ、兄ちゃん起きたんだ。おはよう」
「うん、おはよう」
ミリィも身支度は終えている。今は朝食を作っていた。
回りを見るとシェスはまだ寝ている。
陽平はそこらに落ちていた棒でシェスを突いて起こした。
朝食を食べた後、一行は魔法使いの住居跡を目指す。
シェスも同行している。目的が同じということや昨日の会話で一緒に行動してもいいかと思ったからだった。ミリィはそれに同意したが、エストがわずかに難色を見せる。それも陽平が説得して認めてもらった。
これにより魔法が使えなくなり戦力大幅ダウン。それでも事前に聞いていた情報で、ここらに生息する魔物などは魔法なしでも相手取れると三人は判断していた。
シェスの同行には、ちょっとした思惑もあった。人と接することにより、エストの依存を少しでも解消できたならと思っていたのだ。
一行が川のそばを歩き続けて一時間と少し経った頃、川から少しだけ離れた場所に古びた二階建ての屋敷が見えた。
「あれでいいんだよね」
エストの誰ともない質問に、シェスがおそらくと答える。
近づいて全容を見た屋敷は、まさにおんぼろ屋敷といったもの。石壁は薄汚れて、木の窓も風に揺れる。玄関は扉すらない。
長年ほっとかれてボロボロになったようなのに加えて、人が入りさらに荒れ具合が進んだらしい。荒らすだけ荒らして、掃除などはされていないのだから朽ちて当然だ。
余計な荷物を玄関そばに置いて四人は屋敷の中に入る。床板はまだ大丈夫なようで、少しだけきしむ音がするだけ。
「何があるかわからないし皆で一部屋ずつ調べていく、でいい?」
陽平の言葉に皆頷く。
屋敷はぼろぼろだが怪しいところなどない普通の建築物だ。探索してみつかったものは、朽ちかけた机と椅子やちょっとした実験器具、本の入っていない本棚、ベッドなど一般家庭にもあるものばかり。
魔物もいたが以前来た冒険者のおかげか人を見ると逃げていった。逆らうことなく逃げたほうが得策だと学習したのだろう。数日経てばいなくなるのだから、その判断は間違っていない。
とりあえずは部屋の位置などを確認するため詳しくは調べることなくざっと見て次の部屋にむかっていた。そしてその結果、金目のものはないとわかった。
遅めの昼食をとり、次は詳しく探すことに。
「と言っても全部の部屋を探すのは大変なので、怪しいと思ったところがあれば言ってくれ。そこを重点的に探すから」
「私はそんなところはなかったかな。こういうのは兄ちゃんが得意でしょ?
ただ井戸がないのは気になったけど。毎日川まで水を汲みに行ってたのかな」
「それは俺も気になった。魔法使いはゴーレムに仕事をさせることがあるっていうから、ここもそうだったのかもしれない。
そうだとしたらゴーレムが一体もいないのは気になる。すでに持ち出されたか?」
博識なところを見せるシェス。おーっと感心するミリィにシェスは照れている。
「大きな実験場がないのも気になる」
魔法使いの家に住んでいるエストも気になった点があったようで口を開いた。シェスが加わってから口数が減っている。シェスはエストといまだ会話できていない。
「たしかに小さな実験場はあったけど、大規模の実験をするには物足りない広さだった。
エストさん、目ざといね」
感心した様子のシェスにエストはわずかに一礼するのみ。その反応にシェスが少し肩を落とす。
「目立った危険はないようだし二手に別れて探そうか」
「はいっ! ミリィさんと一緒がいいです!」
少しでも美人と仲良くするチャンスだと、シェスは少しでも脈のありそうなミリィと組みたがる。
「却下。エストとミリィで行ってくれ。
なにかみつけてもすぐに手を出すなよ。特にミリィ」
「私が止めるから大丈夫」
「頼んだ」
二人が去ったあとシェスが陽平に詰め寄る。
「なんで駄目なんだ!?」
「ミリィの親から変な虫がつかないように頼まれてるし」
「恋愛は個人の自由! コミュニケーションは大事だと思わないのか!?」
「大事かもしれないけど、こんな場所でそれを持ち出すことはないだろ」
「こんな場所だからこそ!
もしかするとミリィさんが危ない目にあって俺がそれを助けて、そこから芽生える恋もあるかもしれないじゃないか!」
「人それをつり橋効果と言う」
「なんだそれ?」
つい地球の知識をもらした陽平の言った意味がわからずシェスは真顔に戻る。
「今回は縁がなかったと思って諦めろ」
「今回もなんだけどなぁ」
落ち込むシェスを伴い陽平も探索を始める。
黙ったまま探すことは苦手なのかシェスは口も手を動かし探索していく。
「俺はエストさんに嫌われてるのか? 会話できてないんだが」
陽平は隠し部屋がないかと床や壁を叩きながら答える。
「人見知りだからな」
本当は違うが、エストの過去に関わることを本人のいないところで話す気はなかった。
「その閉ざされがちな心を解き放ってあげたい」
「昨日今日会った奴じゃ難しいだろう。俺だってきっかけがなけりゃ、今でも一線引かれたままだったと思うし。
ミリィも少しずつ仲良くなっていったんだし」
「きっかけ?」
「一晩中看病したんだよ」
懐かしいなと小さな笑みを漏らす。
「そんなこと俺でもできるんだが」
エストにとって「そんなこと」ではなかった。物心ついた頃には親はなく、記憶にあるのは村人に虐待されたことのみ。当時のエストはそれを虐待と気づいてはいなかったが。
陽平に連れ出され数日して普通の暮らしというものがわかり、以前の記憶から人が信じられなくなっていた。それは陽平に対してもそうだった。
そんなエストに陽平は会ったときと変わらぬ態度を接し続けた。
そして旅先で風邪の流行っている村で風邪をうつされたエストは寝込んだ。以前も寝込んだときはある。そのときは死なないように食事だけ与えられ、あとはほっとかれた。その記憶を夢で見て目を開けると、そばで看病している陽平がいた。エストが起きたことに気づくと一言二言話し汗を拭いて、もう一度眠るように言ったのだ。言われるまま目を閉じ、次に目を覚ましたとき同じ場所に眠そうな顔な陽平がいた。
それを見てこの人は信じても大丈夫だと、なんとなく心で理解したのだ。
その後叱るという行動を経て、陽平とエストは家族になっていった。
「エストにとっては嬉しいことだったんだ」
「ふーん。
なんというか弱みにつけ込んだようにも思える」
「その可能性がないともいえないな」
あっさりと肯定する。否定する材料は陽平にもみつけられない。
「そしてその弱みに付け込んで今でも一緒に風呂に入ることを強制してるんだな!?
なんて可愛そうなエストさん!」
「なんでやねん。
さすがに風呂はもう一緒に入ってない。一緒に寝てはいるが」
ぴたっとシェスの動きが止まる。
「……なんだと?
一緒に寝てる?
まさかミリィさんもか?」
「う、うん」
空気が張り詰めるとはこういうことをいうのかと、陽平は初めての経験をしていた。
俯き顔が見えないシェスが地の底から響くような声で宣言する。
はっきり聞かせるために一文字ずつ発音している。
「お・ま・え・は・お・れ・の・て・き・だっ」
いろいろとたまっていたのだろう。信用されていないことへの不満。女性との出会いのなさ。師匠の理不尽な課題。
それらがここに来て、恵まれたように見える陽平に対して爆発した。逆切れともいう。
シェスは気づいていないが、一緒の部屋で寝泊りするということは異性としてみなされていない、ということでもある。シェスが考えているような羨ましいことでもないのだ。陽平がミリィに対し異性として最低限の気遣いだけしていることも、一緒に寝て平気な原因の一つなのだが。ミリィにとっては兄といった家族感覚だ。
「ハリケェーンっ!」
懐から式符を取り出したシェスが魔法を使う。シェスを中心として風の渦が発生し屋敷を壊していく。家具は風に巻き込まれ凶器と化す。
吹き飛ばされた陽平は、運よく古びたソファーにぶつかりたいした怪我もない。
近づけるはずもなく陽平は離れることを優先し動く。壊れた窓から脱出しシェスのいるほうを見る。
屋敷は魔法一発で半壊していた。
「頼むから二人無事でいてくれよ!」
まさか魔法使いだとは思わず驚くばかりだ。
魔法使いだからといって、ほかの魔法使いを判別はできるわけではない。魔力感知の魔法を使うか、鋭い感覚を持って初めて見抜ける。
「ちっ仕留められなかったか。
だがこれでどうだ!」
竜巻で仕留められなかったシェスは竜巻を維持したまま、式符を取り出す。
「トルネードォっ!」
竜巻から発生した風の渦が、地に沿って陽平へと走る。
「くらうか! くらってたまるか!」
渦の射線から移動し避ける。曲げるなどのコントロールはできないのか渦は一直線に進んだまま森を破壊していく。
反撃したい陽平だが、殺すつもりはないのでどのくらいの攻撃魔法を使えばいいのかわからない。またエストとミリィの所在もわからず、巻き込む可能性があるため使えない。
「男の敵めっ。いい加減当たれえっ!」
シェスが魔法を連発し、陽平を避ける。
魔力消費が少ないのか、もしくは保有魔力が多いのか、シェスは疲れた様子をみせない。
余波で森はずいぶんと見通しがよくなっている。少し前まで聞こえていた鳥の鳴き声もしない、すべて逃げてしまったのだろう。陽平の耳に聞こえてくるのは木が倒れる音と風の唸る音、そして早い心臓の鼓動のみ。
「兄さんっ」
「兄ちゃんっ」
ひたすら回避行動をとっていた陽平をエストたちが呼ぶ。二人がいるのは屋敷の壊れていない部分だ。陽平は見えていないが、よくみると細かい切り傷や打撲痕が見え魔法に巻き込まれたのだとわかる。
「無事だったか」
安否を確認できてほっと胸をなでおろす。一方、二人は現在進行で危ない陽平を心配している。
二人の位置が確認できた陽平は魔法を使うことを決めた。
式符を取り出し、名を叫ぶ。
「扇雷!」
「トルネード!」
風と雷が真正面からぶつかりあう。負けたのは雷。雷を散らして勢いの衰えた風が陽平へと向かってくる。
この程度なら避けるまでもなく、陽平はその場で強風に耐える。
「魔法使いだったのか!?
でもその程度の魔法では俺の風には勝てん!」
シェスと違って無駄撃ちできない陽平は、身体能力を上げて避けることに専念する。
それを見てエストたちの心配は募るばかり。
「どうしよう兄ちゃんピンチだよっ。
エストの魔法で援護とかできない?」
「あの人が動いてくれたら下から奇襲はできるんだけど」
シェスがいるのは屋敷の床の上。壁はとうに壊れているが、床は比較的無事なのだ。床下には木の根はないので、絡め取ることなどできない。木の床から木を生やすことなどもできない。床板はすでに死んでいる木だ。その床板から木を生やすなど、死者蘇生と同じこと。死者蘇生に成功したものなど誰もいない。
「私達にできるのはこの場から離れることくらい」
「ここにいたら巻き込まれるかもしれないか」
互いに支えあい少しでも屋敷から離れようと動いていく。
それを風を避けながら陽平は見ていた。当然、エストたちの動きが鈍いことにも気づく。
魔法に巻き込まれどこか怪我したのだと陽平にもわかる。瞬間、陽平の怒りに火がついた。
妹分たちに怪我を負わされて黙ったままではいられない。手加減しようという気がなくなり、持てる攻撃魔法で二番目に強い魔法を使う。一番目ではないのは、残った理性が殺すのはやりすきだとブレーキをかけたせいだ。これがカータスならば殺そうと考えただろう。陽平がいまだ地球の常識を残している証拠だ。
これから使う魔法には、必要魔力がギリギリ足りないので増幅法で増やしておく。
「勘違い野郎は大人しく寝てろっ」
取り出した式符は扇雷と同じもの。使う魔法は扇雷の応用だ。
「散れる雷、束ねて貫く槍と化せっ。
扇雷・束ね!」
「何度こようが同じ結果っトルネード!」
再び雷と風の対決。だが両者がぶつかることはなかった。収束された一条の雷は風の中心を通り、威力を損なうことなくシェスを目指したのだ。
ハリケーンの壁さえ容易く貫いて扇雷・束ねはシェスにぶち当たった。陽平も風をまともに受ける。
シェスは悲鳴を上げることなく、ぶすぶすと黒い煙を立ち上らせ前のめりに倒れた。まだ死んではいない。三十分も放置すれば死ぬだろう。
風に飛ばされた陽平は強かに地面に叩きつけられた。骨にひびが入っているかもしれないが、すぐに治療したので痛みはなくなる。死なれては目覚めが悪いので、シェスの治療もしておいた。ただしエストたちの治療ができなくなると困るので、全快まではしていない。
エストたちが陽平に近づいていく。それに気づき陽平は走って二人に近寄る。
「大丈夫だったって怪我してるのか。
すぐに治療する」
二人を座らせ、陽平は荷物をとってくる。清潔な布を水で濡らし汚れと血を拭く。次に消毒代わりに酒を布に含ませもう一度拭いていく。
幸い二人とも軽傷だけでたいしたことはなかった。
「ありがと兄ちゃん。
いきなり部屋がすごく揺れたから驚いたよ」
部屋が揺れた際に家具が倒れミリィは下敷きになったのだ。エストだけで動かすには時間がかかり、姿を見せるのが遅かった。
「ありがとう兄さん。
やっぱり物取りだったの?」
「……あれは嫉妬だと思う。
美人と一緒にいられる俺が羨ましくて暴走したんだ」
「最低」
即座に斬り捨てたエストの言葉に、苦笑を浮かべながらもミリィも頷いている。
陽平としては同情できる部分もあった。美人と一緒にいる人を見ると羨む気持ちが湧くのはわかる。その対象になるとは思っていなかったし、妹分を傷つけたことは許せるものではない。
「すぐ離れよう? 起きたらまた暴れるかもしれないし」
「まだ探索終ってないしなぁ」
「あの人と一緒にいるのは嫌」
「ミリィはどう?」
「私? 私はどっちでもいいんだけど……。
そうだっ。少しだけ休もう? エストは重たいもの動かして疲れてるし。
その休憩がてら少しだけ探索するってのは?」
どっちの意見もとった妥協案だ。
エストは時間をかけないのならと頷く。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
休む二人から離れて屋敷へと向かう。魔法を受けた部分は当然壊れている。無事な部分も不安定でちょっとした衝撃を加えれば倒壊しそうだ。
ざっと地下室への入り口でもないかと探してみたが、それらしきものは見当たらなかった。
とある指輪を持っていると、それに反応し瞬間移動用の陣が玄関に浮かぶのだが、そんなものは持っていない陽平が陣に気づくわけもない。
数ヵ月後に来た指輪の所有者が、瓦礫をどける作業に苦労することになるのは別の話。
結局、陽平はなんの収穫もなく二人の下へと帰る。
そしてシェスをほったらかしたまま街へと帰った。すぐに目覚めるだろうし、魔法使いだから一人で行動しても魔物におくれはとらないだろうと考えて。
今回のことで陽平が得たものは、魔法使いには変人が多いのかもしれないということだけ。自分とエストはそうならないように気をつけようと心に誓ったりもした。
12へ
2008年09月23日
東方SS 妖夢の願い
※幽々子の能力を拡大解釈してます。ご了承ください。
道場で妖夢が目を閉じ正座している。
白楼剣楼観剣の二振りは手の届く位置に置かれている。それとは逆の位置に先ほどまで使っていた木刀が置かれている。
家事を終えたあと、剣の修行をしていたのだ。
修行で昂った精神を落ち着かせるための瞑想をして、今日の修行は終わりだ。
静かな道場で何かの音を妖夢は捉えたのか目をすっと開け、二刀を掴みすごい速さで道場を出て行く。
「お呼びですか幽々子様」
妖夢の耳が捉えたのは幽々子の声だった。
「お腹すいたからおやつを出して頂戴」
「わかりました……あ」
答えてから思い出す。おやつがないことに。
修行の後、買いに行こうと考えていたのだ。
「どうしたの?」
「ちょうど菓子をきらしていました。
今から買いに行ってきます」
「いそいでね」
「はっ」
主を待たせぬため妖夢は自身の最大速度をだして里へと走る。
途中で誰かに声をかけられるも、菓子を買うということだけに集中している妖夢が気付くことはなかった。
「さて、なにを買おうか」
里についた妖夢は今日の菓子はなににしようか悩む。菓子を買うということだけ考えていて、どんなものを買うかは決めていなかった。
昨日一昨日は何を出したか歩きながら思い出す。
「そうだ。今日はあれをだそう」
決めたのはおはぎ。とある店のおはぎを幽々子が気に入っている。それを買おうと決めた。
妖夢もそこのおはぎは気に入っていた。作っている人たちのことも。
自然と店に向かう足どりが軽くなる。
冥界の結界に穴があいて顕界との行き来が容易くなったとき、幽々子に頼まれた用事でこちらにきたはいいが勝手がわからず右往左往したことがある。
そんなとき声をかけてきて、親身に世話をしてくれた人たちがこれから行く店を営んでいるのだ。
そのとき出されたおはぎの味はいまでも覚えている。
「いらっしゃいませっ。
あ、お姉ちゃん!」
椛模様の着物にエプロンをつけた八歳くらいの少女が、妖夢を見ると嬉しそうに駆け寄る。
「こんにちは、小花」
小花と呼ばれた少女が、妖夢が世話になった一人だ。困っている妖夢に最初に声をかけたのが小花なのだ。
出会ってからずっと妖夢のことをお姉ちゃんと呼び、幾度も会ううちに慕しくなっていった。
妖夢も妹ができたみたいで、お姉ちゃんと呼ばれることを嬉しく感じている。
「お母さん、お姉ちゃんが来たよー」
「あらあら、いらっしゃい妖夢ちゃん」
「こんにちは、優花さん」
花の妖怪の幽香と同じ読み方をするこの女性が、小花の母親だ。早くに夫をなくし、店の切り盛りと子育てを両立している。
優花の作る和菓子は評判がよく、おかげで親子二人苦労なく暮らしていけている。
妖夢のほうが圧倒的に年上なのだが、ちゃんづけで呼ばれることに妖夢自身違和感を感じていない。きっと精神的な年齢では優花のほうが上だと認めているからなのだろう。
「今日は遊びに来たの?」
「今日はおはぎを買いに来たの。買ったら急いで帰らないと」
「なんだ。つまらないのー」
「小花、わがまま言っちゃだめよ」
「今度、時間作って来るからそのとき遊ぼう?」
「うん。約束だよ?」
「じゃあ、指きり」
ゆーびきーりげーんまーん、と楽しげに歌う妖夢と小花を優花は微笑ましそうに見ている。
ゆびきりが終ったのを見計らい優花はおはぎを渡す。
「はい、おはぎ」
「ありがとうございます。代金はこれで足りていますか?」
「ええ。ちょとまってね……はいおつり」
「では、今日はこれで帰りますね」
「近頃、風邪が流行っているらしいから妖夢ちゃんも気をつけて」
「お姉ちゃん、約束忘れないでね」
おつりを受け取った妖夢は二人に見送られて店を出る。
振り返って一度手を振ったあと、白玉楼へと走り出す。
小花との約束を守るため、一日にこなす仕事量を少し増やし妖夢は自由にできる時間を作り出す。
約束した日から六日経ち、四時間ほど自由にできる時間を作った妖夢は、買い物をしてくると幽々子に告げて白玉楼を出た。
夕飯の材料を買って急いで小花たちの店へと向かう。急げば急ぐだけ小花と遊ぶ時間が増えるのだ。
店はしまっていた。いつもならば人で賑わう店も今日は静かだ。
定休日なのかと思ったが、それならそうだと示す看板が出ているはず。
出し忘れなのかと不思議に思いつつ、妖夢は居住部分へと向かった。
「こんにちはー」
玄関をトントンと叩いてみても家の中から反応はない。
「どうしたんだろう。
でかけてるのかな」
帰ってくるまで待とうと荷物を置いて、玄関前に座る。
早く帰ってこないかなと、小花の驚く顔を楽しみにしている妖夢に話しかけてくる人がいる。
「あんたはたしかここの常連さんだったっけ?」
「はい、そうですが」
「お店が開くのを待ってるのかい?」
「えっと、はい」
「それじゃあ今日は帰ったほうがいいと思うよ」
「どうしてですか?」
「優花さんがはやり病にかかってね、倒れたんだ」
「え?」
「そういうわけだけだから」
それだけ言って立ち去ろうとする人を妖夢は呼び止める。
「ち、ちょっと待ってください!?」
今、二人はどこにいるのか聞き出し、そこへ走って向かう。荷物のことなど忘れるくらい、妖夢は二人のことだけしか考えていない。
教えてもらった治療所には多くの里人が病に臥せっていた。
はやり病対策として永琳が呼ばれたらしく、手伝いとしてイナバたちが忙しそうに動き回っている。
「あれ? 妖夢じゃない」
名前を呼ばれてふりかえるとそこにいたのは鈴仙。なぜここにいるかのかと不思議そうにしている。
「ちょうどよかった! 小花と優花さんがどこにいるか知らない!?」
勢いよく鈴仙に近づいて掴み、二人がどこにいるか聞く。その勢いに鈴仙はわずかにひいている。
「名前だけ言われてもわからないわよっ」
「菓子屋を営んでいる母と子の二人! 優花さんが倒れたってっそれで!」
焦りで順序だてて説明できていない。これでは鈴仙もわからない。
そんな妖夢を小花がみつけた。
「お姉ちゃん!」
「小花!?」
鈴仙から手を離し、小花に近づく。
小花が妖夢にしがみついた。わずかに震えている小花に、自分が慌ててもなにもならないと無理矢理心を落ち着かせる。
ゆっくりと小花の頭を撫でて落ち着くのを待つ。
やがて抱きつく力が緩む。
小花をそっと離してしゃがんで視線を合わせる。
「優花さんはどこ?」
「こっち」
妖夢の手を引いて優花のいる場所まで連れて行く。
連れて行かれたのは、多くの患者が寝かされている部屋で、患者の苦しそうな息遣いが部屋に響いている。
優花も真っ赤な顔で苦しそうに寝ている。
「優花さんっ」
思わず大きな声を出して呼んだが反応はない。
小花は妖夢から手を離して、枕元に置いた手ぬぐいで優花の汗を拭いていく。
「三日前からずっと寝たままなの。私も何度も呼んだけど返事なくて……」
「三日も……」
「大丈夫かなぁお母さん……」
安易に大丈夫とは言えず妖夢は返答できない。
小花も答えを求めたわけではないのか、返答のないことに反応はない。
じっとその場に立ち尽くしていると、鈴仙が点滴の確認にきた。
「探している人はその人だったのね」
「……永琳さんは特効薬とか作れてないの?」
「できてるんだけど」
「それじゃ優花さんは助かるんだ!」
「本当! お姉ちゃん!」
薬ができていると聞いて安堵が心に広がる。小花にも笑みが浮かぶ。
しかし鈴仙の顔ははれない。
それに喜んでいた二人は気付いた。小花は再び不安げな顔になる。
「鈴仙?」
「妖夢……ちょっときて」
硬い表情のまま鈴仙は妖夢をひっぱり病室から連れ出す。
いい知らせではないのだろう。
そのまま薬の保管室に連れ込む。ここなら誰かに話を聞かれることもないだろうと考えてだ。
「優花さんだっけ? あの人のいる部屋なんだけど」
「あの部屋がどうかした?」
鈴仙は言いにくそうにする。
覚悟を決めたのか口を開く。
「あそこは特に症状の重い人を集めている部屋なの。
あそこにいる人たちは体力しだいで、いえ十中八九明日には……亡くなる。
そして薬は早くても明後日にしか完成しないの」
「え?」
鈴仙があの場で言わなかったのは、患者達とその家族に聞かせたくなかったからだろう。
助かってと祈りながら看病している家族達には聞かせられない話だ。
「か、完成を早めることはできない……の?」
鈴仙は無言で首を横に振る。
「そ、それじゃ症状を遅くする薬とかは?」
「それはもう点滴に入れてあるわ。それを含めてさっき言った時間しかないの。
あれ以上に強い薬もあるけど、今のあの人たちの体力だと副作用に耐え切れないで、生きていられる時間を縮めることにしかならないのよ」
「それじゃ……もう……死を待つことしか?」
顔を青くして聞く妖夢にこくりと縦に頷くことで答える。
妖夢は、それで体から力が抜けたのかその場に座り込んでしまう。
初めて会ったときに笑いかけてくれたこと、小花と遊んでいるときに微笑んでいたこと、少し落ち込んでいるときに元気づけてくれたこと、乱れている髪を梳いてくれたなんていうなんでもないことまでも、浮かんでは消えていく。
妖忌や幽々子についでこの親子を好きになっていたのだ。
人間と半霊だ寿命の違いから、いつか別れはくるとわかってはいたが、これは早すぎる。
このままなにもできずに死を待つしかないのかと思っているときに思いついた。
「一日でももてば助かる?」
いつまでのここにいるわけにはいかない鈴仙が出て行こうとしたとき、妖夢が言葉を発した。
振り返って見た妖夢の瞳に宿っている小さな希望の光に少し驚きつつ鈴仙は答える。
「そうね、絶対とはいえないけど確率はすごく上がるわ」
「ならば、なんとかしてみせるっ」
「ちょっと!」
妖夢は保管室を飛び出していった。
「お姉ちゃんは?」
帰ってこない妖夢を探しにきた小花が呆然としていた鈴仙に聞く。
「え? えっとね、急用思い出したって言って」
妖夢の見出した方法がなんなのかわからない鈴仙には、親が助かるかもしれない方法を探しに行ったとは言えなかった。
「帰っちゃったんだ」
「また来るよきっと」
本当のことを言えなかった鈴仙だが、そこだけは本当だと思って言った。
診療所を出た妖夢が向かったのは幽々子のいる白玉楼。
幽々子の部屋の障子を勢いよく開ける。
普段ではありえない妖夢の行動に幽々子は驚いている。
「どうしたの妖夢?」
「重々厚かましいことだとはわかっています! 気が乗らないことだともわかっています!
それでも幽々子様にお願いしたいことがあります!」
「なにかしら?」
「死を操ってもらいたいのですっ」
妖夢が思いついたのは幽々子に死を操ってもらうこと。
死が迫っているのならば、その死を払いのけて時間を稼げばいいと考えたのだ。
どうしてと目を細めて問う幽々子に、その考えを言う。
「たしかにできないこともないけど。
聞きたかったこととは違うわね。なぜ死を払いのけてもらいたいの? 誰のために?」
「そ、それは」
人間を助けるためにと言っていいものか悩む妖夢。
「はっきり言わないとどうすることもできないわよ」
「妹の母親を助けてもらいたいのです!
私をお姉ちゃんと慕ってくれる子とその母親と三人でまだいろんなことを話したりしたいからです!」
「ふーん……でも死んで冥界にくればいつでも話せるわよ?」
「それだとあの子は泣いてしまいます!
あの子の泣き顔なんて見たくありません!
お願いしますっ力を貸してください幽々子様!」
妖夢は土下座して頼み込む。
「あなたの言っている子って以前話していた子のことよね?」
「はい」
「あのおはぎを作ってるって言う」
「そうです」
「……あれはまだ飽きてはないから、食べられなくなるのは嫌ね」
幽々子は立ち上がる。その気配を察して妖夢も顔を上げる。
「妖夢、案内しなさい」
「……はいっ!」
「とは言ったものの、その人が寿命ならば私は手を出せないわよ?
寿命を無理矢理引き伸ばすと閻魔に説教されちゃうから」
言葉は軽いが表情は真剣で、言葉に込められた思いもふざけたものではない。
暗に自分でも手出しできないかもしれないから覚悟はしておくように、と言っているのだ。
寿命ではないことを祈り妖夢は診療所へと飛ぶ。
「あっお姉ちゃん! 用事はいいの?」
部屋の前に立つ妖夢たちをみつけた小花が近づく。
「もう少ししたら終るよ。
幽々子様、どうですか?」
「ちょっと待って」
幽々子は一度目を閉じ半眼になる。まるで目に見えないものを見ようとしているかのようだ。
いや実際見ているのかもしれない。死という概念を。
そのままゆっくりと部屋を見渡す。その姿にいつもの暢気な雰囲気はなく、近寄りがたいものをまとっていた。
その部屋にいた患者の家族は自分達とあまりに違う存在に圧倒され、黙ったまま幽々子を見ている。
「これなら大丈夫でしょう」
そう言って幽々子は腕を静かに薙いだ。
それだけで部屋の中のなにかが変わる。
「終ったわ。帰るわよ。
お腹すいちゃった」
一人でさっさと部屋を出て行く。
「いそぐから詳しいことは後日。
でもこれだけ言える。優花さんは助かる、絶対に!」
「本当!?」
「うん」
確信を持って答えた妖夢に、希望を持てたのか小花は笑顔になる。
その笑顔を見届けた妖夢は急いで幽々子のあとを追った。
そして妖夢の言葉が真実だとわかったのは薬が完成した日のことだった。
妖夢が里に出かけていて幽々子は一人居間でお茶を飲んでいる。お茶請けはおはぎや串団子などだ。
助けてもらった優花がお礼にと、たくさんの和菓子を妖夢にもたせたのだ。
空中にすっと切れ目が現れ、どこかへの裂け目が開く。
「邪魔するわね」
「いらっしゃい、紫。
こんな時間に来るなんて珍しいわね? まだお昼よ」
「藍に掃除の邪魔だって起こされて追い出されたのよ」
「あらら。
とりあえずおはぎでもどうぞ」
二人はのんびりとおはぎを食べてお茶を飲む。
「そういえば死を操ったんですって?」
紫はなんでもないかのように切り出す。
「ええ」
「どうして? あまり使いたがらないのに」
「このおはぎ美味しいでしょ? これの作り手が死にかけていてね。食べられなくなるのはもったいなくて」
「そ。
それで妖夢にお願いされて嬉しかった?」
全部わかっていて紫は聞いているのだろう。
「紫ちゃんの意地悪。ここは空気をよんで何も聞かずにおはぎを食べるシーンでしょ。
そして外でも見ながら心の中だけで私の心境を代弁しないと」
「それだとあなたは少しだけ不満が残るでしょ。
誰かに話しを聞いてもらいたかったんじゃない?」
「もうっ……それじゃ聞いてくれる?」
「どうぞ」
嬉しさを滲み出させて幽々子は話し出す。
「嬉しかったわ〜。滅多に我がままを言わない妖夢の我がままを聞けて。
そして困ったときに頼ってくれて。
あの子が大切に思っている人の生死を私に委ねてくれるんだもの、それだけ信頼されてるってことよね。
私だってときどきは、きちんと妖夢の主でいられているか不安になるのよ?
でも今回頼ってくれた。主として務めを果たせた。
これほど嬉しいことはないわ」
「でもそれをそのまま言うのは恥ずかしかったから、おはぎを食べられなくなるのは嫌だって動くための理由つけたのよね?」
「妖夢には秘密よ?」
「わかっているわ」
くすくすと二人は笑う。
同じタイミングで妖夢も小花と楽しげに笑っていた。
道場で妖夢が目を閉じ正座している。
白楼剣楼観剣の二振りは手の届く位置に置かれている。それとは逆の位置に先ほどまで使っていた木刀が置かれている。
家事を終えたあと、剣の修行をしていたのだ。
修行で昂った精神を落ち着かせるための瞑想をして、今日の修行は終わりだ。
静かな道場で何かの音を妖夢は捉えたのか目をすっと開け、二刀を掴みすごい速さで道場を出て行く。
「お呼びですか幽々子様」
妖夢の耳が捉えたのは幽々子の声だった。
「お腹すいたからおやつを出して頂戴」
「わかりました……あ」
答えてから思い出す。おやつがないことに。
修行の後、買いに行こうと考えていたのだ。
「どうしたの?」
「ちょうど菓子をきらしていました。
今から買いに行ってきます」
「いそいでね」
「はっ」
主を待たせぬため妖夢は自身の最大速度をだして里へと走る。
途中で誰かに声をかけられるも、菓子を買うということだけに集中している妖夢が気付くことはなかった。
「さて、なにを買おうか」
里についた妖夢は今日の菓子はなににしようか悩む。菓子を買うということだけ考えていて、どんなものを買うかは決めていなかった。
昨日一昨日は何を出したか歩きながら思い出す。
「そうだ。今日はあれをだそう」
決めたのはおはぎ。とある店のおはぎを幽々子が気に入っている。それを買おうと決めた。
妖夢もそこのおはぎは気に入っていた。作っている人たちのことも。
自然と店に向かう足どりが軽くなる。
冥界の結界に穴があいて顕界との行き来が容易くなったとき、幽々子に頼まれた用事でこちらにきたはいいが勝手がわからず右往左往したことがある。
そんなとき声をかけてきて、親身に世話をしてくれた人たちがこれから行く店を営んでいるのだ。
そのとき出されたおはぎの味はいまでも覚えている。
「いらっしゃいませっ。
あ、お姉ちゃん!」
椛模様の着物にエプロンをつけた八歳くらいの少女が、妖夢を見ると嬉しそうに駆け寄る。
「こんにちは、小花」
小花と呼ばれた少女が、妖夢が世話になった一人だ。困っている妖夢に最初に声をかけたのが小花なのだ。
出会ってからずっと妖夢のことをお姉ちゃんと呼び、幾度も会ううちに慕しくなっていった。
妖夢も妹ができたみたいで、お姉ちゃんと呼ばれることを嬉しく感じている。
「お母さん、お姉ちゃんが来たよー」
「あらあら、いらっしゃい妖夢ちゃん」
「こんにちは、優花さん」
花の妖怪の幽香と同じ読み方をするこの女性が、小花の母親だ。早くに夫をなくし、店の切り盛りと子育てを両立している。
優花の作る和菓子は評判がよく、おかげで親子二人苦労なく暮らしていけている。
妖夢のほうが圧倒的に年上なのだが、ちゃんづけで呼ばれることに妖夢自身違和感を感じていない。きっと精神的な年齢では優花のほうが上だと認めているからなのだろう。
「今日は遊びに来たの?」
「今日はおはぎを買いに来たの。買ったら急いで帰らないと」
「なんだ。つまらないのー」
「小花、わがまま言っちゃだめよ」
「今度、時間作って来るからそのとき遊ぼう?」
「うん。約束だよ?」
「じゃあ、指きり」
ゆーびきーりげーんまーん、と楽しげに歌う妖夢と小花を優花は微笑ましそうに見ている。
ゆびきりが終ったのを見計らい優花はおはぎを渡す。
「はい、おはぎ」
「ありがとうございます。代金はこれで足りていますか?」
「ええ。ちょとまってね……はいおつり」
「では、今日はこれで帰りますね」
「近頃、風邪が流行っているらしいから妖夢ちゃんも気をつけて」
「お姉ちゃん、約束忘れないでね」
おつりを受け取った妖夢は二人に見送られて店を出る。
振り返って一度手を振ったあと、白玉楼へと走り出す。
小花との約束を守るため、一日にこなす仕事量を少し増やし妖夢は自由にできる時間を作り出す。
約束した日から六日経ち、四時間ほど自由にできる時間を作った妖夢は、買い物をしてくると幽々子に告げて白玉楼を出た。
夕飯の材料を買って急いで小花たちの店へと向かう。急げば急ぐだけ小花と遊ぶ時間が増えるのだ。
店はしまっていた。いつもならば人で賑わう店も今日は静かだ。
定休日なのかと思ったが、それならそうだと示す看板が出ているはず。
出し忘れなのかと不思議に思いつつ、妖夢は居住部分へと向かった。
「こんにちはー」
玄関をトントンと叩いてみても家の中から反応はない。
「どうしたんだろう。
でかけてるのかな」
帰ってくるまで待とうと荷物を置いて、玄関前に座る。
早く帰ってこないかなと、小花の驚く顔を楽しみにしている妖夢に話しかけてくる人がいる。
「あんたはたしかここの常連さんだったっけ?」
「はい、そうですが」
「お店が開くのを待ってるのかい?」
「えっと、はい」
「それじゃあ今日は帰ったほうがいいと思うよ」
「どうしてですか?」
「優花さんがはやり病にかかってね、倒れたんだ」
「え?」
「そういうわけだけだから」
それだけ言って立ち去ろうとする人を妖夢は呼び止める。
「ち、ちょっと待ってください!?」
今、二人はどこにいるのか聞き出し、そこへ走って向かう。荷物のことなど忘れるくらい、妖夢は二人のことだけしか考えていない。
教えてもらった治療所には多くの里人が病に臥せっていた。
はやり病対策として永琳が呼ばれたらしく、手伝いとしてイナバたちが忙しそうに動き回っている。
「あれ? 妖夢じゃない」
名前を呼ばれてふりかえるとそこにいたのは鈴仙。なぜここにいるかのかと不思議そうにしている。
「ちょうどよかった! 小花と優花さんがどこにいるか知らない!?」
勢いよく鈴仙に近づいて掴み、二人がどこにいるか聞く。その勢いに鈴仙はわずかにひいている。
「名前だけ言われてもわからないわよっ」
「菓子屋を営んでいる母と子の二人! 優花さんが倒れたってっそれで!」
焦りで順序だてて説明できていない。これでは鈴仙もわからない。
そんな妖夢を小花がみつけた。
「お姉ちゃん!」
「小花!?」
鈴仙から手を離し、小花に近づく。
小花が妖夢にしがみついた。わずかに震えている小花に、自分が慌ててもなにもならないと無理矢理心を落ち着かせる。
ゆっくりと小花の頭を撫でて落ち着くのを待つ。
やがて抱きつく力が緩む。
小花をそっと離してしゃがんで視線を合わせる。
「優花さんはどこ?」
「こっち」
妖夢の手を引いて優花のいる場所まで連れて行く。
連れて行かれたのは、多くの患者が寝かされている部屋で、患者の苦しそうな息遣いが部屋に響いている。
優花も真っ赤な顔で苦しそうに寝ている。
「優花さんっ」
思わず大きな声を出して呼んだが反応はない。
小花は妖夢から手を離して、枕元に置いた手ぬぐいで優花の汗を拭いていく。
「三日前からずっと寝たままなの。私も何度も呼んだけど返事なくて……」
「三日も……」
「大丈夫かなぁお母さん……」
安易に大丈夫とは言えず妖夢は返答できない。
小花も答えを求めたわけではないのか、返答のないことに反応はない。
じっとその場に立ち尽くしていると、鈴仙が点滴の確認にきた。
「探している人はその人だったのね」
「……永琳さんは特効薬とか作れてないの?」
「できてるんだけど」
「それじゃ優花さんは助かるんだ!」
「本当! お姉ちゃん!」
薬ができていると聞いて安堵が心に広がる。小花にも笑みが浮かぶ。
しかし鈴仙の顔ははれない。
それに喜んでいた二人は気付いた。小花は再び不安げな顔になる。
「鈴仙?」
「妖夢……ちょっときて」
硬い表情のまま鈴仙は妖夢をひっぱり病室から連れ出す。
いい知らせではないのだろう。
そのまま薬の保管室に連れ込む。ここなら誰かに話を聞かれることもないだろうと考えてだ。
「優花さんだっけ? あの人のいる部屋なんだけど」
「あの部屋がどうかした?」
鈴仙は言いにくそうにする。
覚悟を決めたのか口を開く。
「あそこは特に症状の重い人を集めている部屋なの。
あそこにいる人たちは体力しだいで、いえ十中八九明日には……亡くなる。
そして薬は早くても明後日にしか完成しないの」
「え?」
鈴仙があの場で言わなかったのは、患者達とその家族に聞かせたくなかったからだろう。
助かってと祈りながら看病している家族達には聞かせられない話だ。
「か、完成を早めることはできない……の?」
鈴仙は無言で首を横に振る。
「そ、それじゃ症状を遅くする薬とかは?」
「それはもう点滴に入れてあるわ。それを含めてさっき言った時間しかないの。
あれ以上に強い薬もあるけど、今のあの人たちの体力だと副作用に耐え切れないで、生きていられる時間を縮めることにしかならないのよ」
「それじゃ……もう……死を待つことしか?」
顔を青くして聞く妖夢にこくりと縦に頷くことで答える。
妖夢は、それで体から力が抜けたのかその場に座り込んでしまう。
初めて会ったときに笑いかけてくれたこと、小花と遊んでいるときに微笑んでいたこと、少し落ち込んでいるときに元気づけてくれたこと、乱れている髪を梳いてくれたなんていうなんでもないことまでも、浮かんでは消えていく。
妖忌や幽々子についでこの親子を好きになっていたのだ。
人間と半霊だ寿命の違いから、いつか別れはくるとわかってはいたが、これは早すぎる。
このままなにもできずに死を待つしかないのかと思っているときに思いついた。
「一日でももてば助かる?」
いつまでのここにいるわけにはいかない鈴仙が出て行こうとしたとき、妖夢が言葉を発した。
振り返って見た妖夢の瞳に宿っている小さな希望の光に少し驚きつつ鈴仙は答える。
「そうね、絶対とはいえないけど確率はすごく上がるわ」
「ならば、なんとかしてみせるっ」
「ちょっと!」
妖夢は保管室を飛び出していった。
「お姉ちゃんは?」
帰ってこない妖夢を探しにきた小花が呆然としていた鈴仙に聞く。
「え? えっとね、急用思い出したって言って」
妖夢の見出した方法がなんなのかわからない鈴仙には、親が助かるかもしれない方法を探しに行ったとは言えなかった。
「帰っちゃったんだ」
「また来るよきっと」
本当のことを言えなかった鈴仙だが、そこだけは本当だと思って言った。
診療所を出た妖夢が向かったのは幽々子のいる白玉楼。
幽々子の部屋の障子を勢いよく開ける。
普段ではありえない妖夢の行動に幽々子は驚いている。
「どうしたの妖夢?」
「重々厚かましいことだとはわかっています! 気が乗らないことだともわかっています!
それでも幽々子様にお願いしたいことがあります!」
「なにかしら?」
「死を操ってもらいたいのですっ」
妖夢が思いついたのは幽々子に死を操ってもらうこと。
死が迫っているのならば、その死を払いのけて時間を稼げばいいと考えたのだ。
どうしてと目を細めて問う幽々子に、その考えを言う。
「たしかにできないこともないけど。
聞きたかったこととは違うわね。なぜ死を払いのけてもらいたいの? 誰のために?」
「そ、それは」
人間を助けるためにと言っていいものか悩む妖夢。
「はっきり言わないとどうすることもできないわよ」
「妹の母親を助けてもらいたいのです!
私をお姉ちゃんと慕ってくれる子とその母親と三人でまだいろんなことを話したりしたいからです!」
「ふーん……でも死んで冥界にくればいつでも話せるわよ?」
「それだとあの子は泣いてしまいます!
あの子の泣き顔なんて見たくありません!
お願いしますっ力を貸してください幽々子様!」
妖夢は土下座して頼み込む。
「あなたの言っている子って以前話していた子のことよね?」
「はい」
「あのおはぎを作ってるって言う」
「そうです」
「……あれはまだ飽きてはないから、食べられなくなるのは嫌ね」
幽々子は立ち上がる。その気配を察して妖夢も顔を上げる。
「妖夢、案内しなさい」
「……はいっ!」
「とは言ったものの、その人が寿命ならば私は手を出せないわよ?
寿命を無理矢理引き伸ばすと閻魔に説教されちゃうから」
言葉は軽いが表情は真剣で、言葉に込められた思いもふざけたものではない。
暗に自分でも手出しできないかもしれないから覚悟はしておくように、と言っているのだ。
寿命ではないことを祈り妖夢は診療所へと飛ぶ。
「あっお姉ちゃん! 用事はいいの?」
部屋の前に立つ妖夢たちをみつけた小花が近づく。
「もう少ししたら終るよ。
幽々子様、どうですか?」
「ちょっと待って」
幽々子は一度目を閉じ半眼になる。まるで目に見えないものを見ようとしているかのようだ。
いや実際見ているのかもしれない。死という概念を。
そのままゆっくりと部屋を見渡す。その姿にいつもの暢気な雰囲気はなく、近寄りがたいものをまとっていた。
その部屋にいた患者の家族は自分達とあまりに違う存在に圧倒され、黙ったまま幽々子を見ている。
「これなら大丈夫でしょう」
そう言って幽々子は腕を静かに薙いだ。
それだけで部屋の中のなにかが変わる。
「終ったわ。帰るわよ。
お腹すいちゃった」
一人でさっさと部屋を出て行く。
「いそぐから詳しいことは後日。
でもこれだけ言える。優花さんは助かる、絶対に!」
「本当!?」
「うん」
確信を持って答えた妖夢に、希望を持てたのか小花は笑顔になる。
その笑顔を見届けた妖夢は急いで幽々子のあとを追った。
そして妖夢の言葉が真実だとわかったのは薬が完成した日のことだった。
妖夢が里に出かけていて幽々子は一人居間でお茶を飲んでいる。お茶請けはおはぎや串団子などだ。
助けてもらった優花がお礼にと、たくさんの和菓子を妖夢にもたせたのだ。
空中にすっと切れ目が現れ、どこかへの裂け目が開く。
「邪魔するわね」
「いらっしゃい、紫。
こんな時間に来るなんて珍しいわね? まだお昼よ」
「藍に掃除の邪魔だって起こされて追い出されたのよ」
「あらら。
とりあえずおはぎでもどうぞ」
二人はのんびりとおはぎを食べてお茶を飲む。
「そういえば死を操ったんですって?」
紫はなんでもないかのように切り出す。
「ええ」
「どうして? あまり使いたがらないのに」
「このおはぎ美味しいでしょ? これの作り手が死にかけていてね。食べられなくなるのはもったいなくて」
「そ。
それで妖夢にお願いされて嬉しかった?」
全部わかっていて紫は聞いているのだろう。
「紫ちゃんの意地悪。ここは空気をよんで何も聞かずにおはぎを食べるシーンでしょ。
そして外でも見ながら心の中だけで私の心境を代弁しないと」
「それだとあなたは少しだけ不満が残るでしょ。
誰かに話しを聞いてもらいたかったんじゃない?」
「もうっ……それじゃ聞いてくれる?」
「どうぞ」
嬉しさを滲み出させて幽々子は話し出す。
「嬉しかったわ〜。滅多に我がままを言わない妖夢の我がままを聞けて。
そして困ったときに頼ってくれて。
あの子が大切に思っている人の生死を私に委ねてくれるんだもの、それだけ信頼されてるってことよね。
私だってときどきは、きちんと妖夢の主でいられているか不安になるのよ?
でも今回頼ってくれた。主として務めを果たせた。
これほど嬉しいことはないわ」
「でもそれをそのまま言うのは恥ずかしかったから、おはぎを食べられなくなるのは嫌だって動くための理由つけたのよね?」
「妖夢には秘密よ?」
「わかっているわ」
くすくすと二人は笑う。
同じタイミングで妖夢も小花と楽しげに笑っていた。
2008年09月21日
樹の世界へ10後編
天候に恵まれたことで推測した時間で到着できた。天候に恵まれたといっても晴れというわけではない。風も雪もない曇りの状態だ。強い日差しや視界の悪さに悩まされることのない天候だ。
「することないから昼ご飯でも食べよう」
陽平が周囲を見渡しながら言った。
「そうだね。むこうから接触してもらわないとどうしようもないし。
今度は私が作るよ」
エストは荷物を下ろして鍋や食材を取り出す。
料理が完成間近というときに、周囲を警戒していた陽平が雪煙を上げ近づいてくるなにかを発見した。視力を強化して見たかぎり、以前見た獣人と似ているから獣人なのだろう。人間に似てはいるが、獣耳と尾が決定的な違いをだしている。
獣人たちは六人で近づいてきていた。雪の上を走っているとは思えない速さだ。警戒しているのか険しい表情に見える。
「兄ちゃん」
「ん?」
「ここだと獣人と戦わないほうがいいね」
「まあな。あっちはあんな動きなのに、こっちは普段以下だからなぁ」
そんなことを話している間に獣人たちは近くまできていた。
陽平たちよりも薄着なのだが、寒そうではないのは慣れなのか。
持っていた槍を三人に向け獣人の一人が口を開く。
「うごきゅな」
「きゅな?」
おかしな語尾に三人は首を傾げた。槍を突きつけられ生まれた緊張感が和らぐ。
獣人を見たことはあっても話したことのない三人は知らないのだ。声帯の関係で発音が獣人と人間とは異なることを。
「なにしにここにきた?」
「あなたたちに会うために」
荷物から薬を取り出し、獣人の一人に渡す。警戒しつつも獣人は受け取った。
「これはルルブ雑貨店の店主から」
「ルルブからつかいきゃ?
まだ早いじょ」
「あなたたちに会いたくて店主に相談したら、持っていけばとりあえずはどうにかなると言われたんだ」
獣人たちは顔をつきあわせ何事か話している。
信用できるのか相談しているのだろう。
その間に陽平たちは出来上がった料理を食べ出した。冷めると美味しさが激減するし、寒いので体を温めたいのだ。
食べ終わる前に相談は終ったようだが、食べ終わるまで待ってもらう。
後片付けをエストとミリィに任せて陽平は相談結果を聞く。
「お前達がなにかをのじょんでも、俺達には判断できゅない。長に判断してもらう。ついてきょい」
「まだ出発準備終えてないんだ。もう少し待ってくれないか」
獣人は陽平の言葉に頷く。
三人の獣人が先触れのためかその場から去る。
準備を終えた三人も獣人三人に先導され、槍を突きつけられた状態で獣人の住処へと向かう。
しかし雪上での動きの違いからか、たびたび獣人たちと陽平たちの間が開きがちになる。
「もうしゅこし早く歩けにないにょか?」
「これで精一杯だよ。どうすればそんなに早く歩けるんだ?」
「足が雪に沈む前に、足を動かせばいい」
聞き間違いかと陽平は獣人の顔を見る。真顔だった。真顔で冗談みたいなことを言っていた。
その理論でいくと水上も歩ける。もちろん陽平たちには無理な歩法だ。獣人たちにのみできる特殊な歩法なのだろうか。
獣人流のジョークなのか本気なのか考えているうちに住処へとついたようだ。
雪に紛れやすくするためか白いテントが立ち並ぶ。出歩く獣人はいないが、三人は立ち並ぶテントから視線を感じていた。ここまで来た人間はほとんどいないので、珍しいのだろう。それと視線には敵対に近い警戒心も三人が気付かない程度に混ざっている。
三人は一番大きなテントに連れていかれる。
テントの一番奥に三十歳を少し越えたくらいの獣人が座っている。彼がおそらく長なのだろう。ほかに長の奥さんらしき獣人と子供の獣人がいる。子供は三人を珍しげに見ている。
「よきゅまいられた。そこへ座りゅといい」
勧められるまま三人は座る。三人を連れてきた獣人は役目を果たすとテントの外へ出て行った。
奥さんが三人に白湯を出す。
三人は礼を言ってから口をつける。体の中から少し温まり、ほうっと息を吐く。寒さで凝り固まった体が白湯のおかげで緩む。
「このたびはいきゃなる用でこりゃれたのか、聞かせてもらえりゅか?」
「銀狼の牙を譲ってもらいたくて、ここまで来ました」
「……銀狼の牙をきゃ」
「貴重なものだとはわかっていますが、どうしても必要なのです」
「たしかにここにはある。だがおいそれと渡すわけにはいきゃない。
そう簡単に渡せば、ほかにも欲しいとあちゅまってくるかもしれないのだきゃら」
長の言葉に納得はできるが陽平は諦めない。ここで手に入れる以外に方法がわからないのだから。
「なにか、なにか条件はないのですか? それを解決することで報酬としてもらえないのですか?」
奥さんが長を見る。その反応を見るかぎり何か困り事はあるらしい。
「二つ困っていることはありゅ」
「それを解決することと交換で牙をもらえませんか」
「無理だりょう。君たちではどちらも……いや片方ならばあるいは可能かもしれにゃい。
だがどちらも私たち自身で解決しゅべきことなのだ。任せりゅことはできない」
「一応どのようなことなのか聞かせてもらえませんか」
長は少し躊躇った後、口を開く。
「最近我らの仲間に寄種がとりちゅいたのだ。そやつを追っているのだが、力量の差が大きいので返り討ちになっていりゅ。
もう一つは、こちらもここ半年のことなのだぎゃ、銀狼を捕らえて山の外へと運び出している人間がいりゅ。我りゃに気付かれにゅように用心深く動く奴らだ。
どちらも人数が必要なのだぎゃ、寄種に返り討ちになっていりゅことで人数が足りなくなっている有様だ」
それでも仲間の解放は自分達でやるべきだし、信仰する銀狼を連れ去るものの始末も人任せになどできはしないと、長は言う。
たしかにこの環境で獣人が苦労している寄種憑きに突っ込むなど自殺行為だ。密猟者に対しても、どこにいるか探し回り討伐するというのはきついものがある。
陽平は考える。この状況で自分たちにできて、報酬として銀狼の牙をもらえる方法を。
もらえるかは自信はないが、できることは思いついた。
「密猟者を探す手伝いをした報酬にもらえませんか? 貴方たちが探すよりも同じ人間の俺達のほうが警戒されにくいと思いますよ。みつかっても暇な登山者を装いますし。
それで俺達が密猟者をみつけたら、貴方たちにそこを教える」
「警戒はされないきゃもしれないが、人手が足りないという問題はどうしようもにゃい」
「返り討ちになった人たちって怪我をしただけですか?」
「うむ。運悪く死んだ者もいるぎゃ、多くは怪我のみだ」
「それなら俺が魔法で治療できる」
陽平は、自分から魔法使いだとばらす。
目立つことを嫌がる陽平がばらしたのには、それなりの打算があった。それはここに住む獣人たちが閉鎖的な暮らしをしているということだ。麓の村との交流は最小限。口止めをしておけば、自分のことが広まることもないと考えた。それとここらに滞在するのはそんなに長くないので、万が一広まっても知られる前にどこかへ移動している。地球とは違って情報の伝達がそんなに早いものではないとわかっていた。
「あんたは魔法使いなのきゃ!?」
こくりと頷いた。
「うーん……治療してもらえるのは助きゃる。
……密猟者も言うとおり見つけやすいのかもしりぇない……」
今度は長が考え出す。
しばらく静かな時間が過ぎる。白湯のおかわりを飲み干した頃、ようやく長は口を開いた。
「無事密猟者を見つけ出し知らしぇてくれたりゃ、銀狼の牙をわたそう」
「本当ですか!?」
「うむ」
「ありがとうございます」
「お礼はまだ早い。
エルーヌ、この人を怪我人のところまで連れていってあげなしゃい」
「はい。私についてきてくだしゃい」
「エストたちはここで待たせてもらうといい」
そう言って陽平はエルーヌと治療のためテントを出て行く。子供も魔法に興味があるのか一緒にテントを出て行った。
静寂がテントの中に満ちる。口を開きづらい妙な間が続いていく。
この空気をはらうためか、ただ興味が湧いただけか長が質問する。
「お前達はなんのために銀狼の牙を欲しゅるのだ?」
「なんのため? エスト知ってる?」
普段接する時間が圧倒的に長いエストならば知っているだろうとミリィは隣を見る。
「いや、聞いてない。
たぶん魔法を使うための材料として使うんだろうけど、詳しいことを聞いたことない」
「大樹神殿では大樹様にょお告げを授かるときに使うと聞いたことがありゅ。
もしかするとそりぇと似たようなことをするために必要にゃのかもしれないな」
「へ〜そういうふうに使うこともあるんだ。
兄ちゃんなにか聞きたいことでもあるのかな」
「わからない。あとで聞いてみる。教えてくれると思うから」
また静寂が戻ってくる。
陽平たちが戻って来るまで、今度は静寂が破られることはなかった。
治療を終えた陽平が戻ってきて、必要な情報を聞きだした三人は長のテント出る。
ここを拠点に密猟者探しすることになるので、テントをはって寝床を作っておく。空いているテントがないということなので寝床は自分達で確保する必要があった。
食料の心配はない。多くは無理だが最低限は分けてもらえることになったからだ。最低限でもわけてもらえるのはありがたい。獣人たちが人間に好印象をもっていないのだからなおさらだ。
食料や調理器具は置いて登山に必要な物をリュックに詰め、武装を整え密猟者探しに出発する。
獣人が探していない所を重点的に探すつもりだ。もしかすると密猟者はこまめに拠点を移しているかもしれない。それでも生活痕は残っているだろうと考えている。その痕から次はどこに向かったかなどわかればよし、わからなくともここにいる密猟者の人数ぐらいは判明するかもしれない。
教えてもらったのは密猟者を探した場所だけではない。寄種憑きの居場所もだ。怪我を癒すため一箇所に留まっているらしい。こちらは間違って近づかないように教えてもらった。三人も相手するつもりはないので、そちらには行く気はない。
といっても今日は熱心に探すつもりはない。治療で魔力の大半を持っていかれたので、不測の事態に対応できないかもしれないのだ。一応増幅法でマックスまで回復はしてるが、現時点の魔力で最後なのだ。
増幅法で増やした魔力をさらに増幅法で増やすことはできない。普通の魔法使いならばここで吸収法を使い魔力を吸収し、それを増幅法でふやす。けれども陽平と吸収法の相性は最悪なのでこの方法は使えないのだ。
今日は早めに切り上げ戻る。
夕食を終えて、タオルで体を拭くなどこまごまとしたことも終え、あとは寝るだけというときになってエストが銀狼の牙の使い道について聞く。
「銀狼の牙の使い道?
魔法を使うための材料の一つだけど、言ってなかった?」
「聞いてない」
「その魔法って大樹様になにか聞くためのもの?
大樹神殿の人たちはそういった使い方してるって長さんが言ってたよ」
「そんな使い方もあったのか。
俺は移動用の魔法を使いたいんだ」
「移動用?」
「そう故郷に帰るためにな。
師匠にいきなりこっちに魔法で呼ばれてな、帰るための魔法を作ってるんだ」
「兄ちゃんガッツーサの出身じゃなかったの?」
「違う。すごく遠いところの出身で、魔法でも使わないと帰れないんだ」
異世界からきたとは言わずに話していく。二人が理解できるかわからかったし、そこは説明しなくてもいいかと思っていた。
「兄ちゃんの故郷ってどんなとこ?」
「いろいろと便利だったなぁ。でも植物は少ないし、汚れも酷かった。
便利さを追い求めすぎて、いろいろと壊しすぎてた。今もそれは変わらないんだろうな」
「あんまりいいところじゃなさそうだね」
「だなぁ。まあ住んでたときはそのことに気付いてなかったんだけど」
離れて見てわかることがあるのだなと感慨深げに地球のことを思い出している。
「帰るときって私達も一緒に行けるの?」
ミリィの興味本位の質問にエストが反応する。真剣な表情で陽平を見ている。
「無理だな。使う魔法はオリジナルというわけじゃないんだけど、それに近いものになっている。
前例なんかないし、必ず成功するという確信はない。だから成功確率を高めるためにこうやって材料集めをしてるんだ。
人数が増えると成功確率は下がるから移動する人数は増やせない」
「じゃあ……私は……また一人になる……の?」
血の気の引いた顔で搾り出すようにエストが言う。
あまりに強い怯えの声に陽平とミリィはエストを驚き見る。
このときが陽平が、エストの陽平に対する強い依存を自覚した瞬間だ。
「だ、大丈夫だって兄ちゃんが私達を悲しませるようなことするわけないって!
でしょ兄ちゃんっ!?」
「ち、ちゃんと帰ってくるよっ。そうなるように作ってるし!」
「本当に?」
「本当だとも! 今まで嘘吐いたことはあまりないだろ?」
若干説得力の弱い言葉だが、込められた想いは本物だ。
事実、陽平は行き帰り用に魔法を作ろうとしている。
魔法自体は既存のものを組み合わせたもの。移動用の魔法と時間操作の魔法。
どちらも一から作らなくとも既に存在している。移動魔法は今まで利用してきた装置に使われていて、時間操作はごく短時間の時間を早めたり遅くしたりするものがある。
それらをさらに進化させ、合体させて地球に戻るのだ。
戻るだけならば移動用だけでいい。けれども時間が経っていてそのまま戻ると大騒ぎになる気がしていた。それと地球でしばらく過ごすつもりなので、こっちに戻ってくるときにも時間経過をなしにしようと考えて、時間操作も組み合わせるのだ。
そういった面倒な作りにしようとしているため、天然根晶なんかも集めようとしている。
「でも故郷には家族がいるんだし、私達のことを忘れて過ごすってことも」
エストはいまだ暗い顔でいる。
「それはない」
陽平は断言した。
なぜと不思議そうな二人に陽平は続けて言った。
「こっちに来て十五年以上。あっちで過ごしたのとほとんど変わらない時間を過ごしてるんだ。
むこうと同じくらい思い出があって、向こうと同じくらい大事な人たちがこっちにもいる。エストやミリィやカータスたちっていう大事な人たちがね。
その人たちを忘れることなんてできないし、ずっと離れっぱなしってのも嫌だ。
これで納得できた?」
「……うん」
「いやぁ照れるね」
大事な人と言われて二人とも嬉しそうだ。
ミリィの反応に、自分が恥ずかしいことを言ったと気付いた陽平も顔を紅くしている。
照れ隠しに顔をそむけたときにちらりと見えたエストを見るかぎり、不安は解消されたように見えた。
それでも少しだけ不安が残っているように陽平が感じられたのは、エストが陽平の腕にいつもより少しだけ強くしがみついて寝たからだ。それを受け入れていた陽平もエストに依存している部分があるのだろう。
このときに芽生えた小さな不安の芽はのちに大きく育ち、陽平とエストのすれ違いの源になる。
今はそんなことを知るよしもなく、三人並んで寝こけていた。
夜が明けて、三人は密猟者探しに出かける。
相手も動き回っているらしいこともあってみつけだすのに時間がかかる。その間に獣人たちも寄種憑き討伐へとでかけては傷だらけになり帰ってくる。じょじょに弱らせることには成功しているらしいので、三人よりも進展はある。
雪モグラや氷猫といった雪山特有の魔物に襲われつつも、密猟者を探す。それらと何度も戦うことで雪上での戦いに慣れ始めた頃、ついにみつけた。探し始めて六日の日数が過ぎていた。
「二人とも伏せて、左の少し上にいる」
隣にいるエストとミリィをしゃがませる。魔法で視力を強化した陽平の目に動く人間が小さく見えた。
登山者ではないだろう。登山用装備が少ないし、登山よりも魔物討伐に近い装備だからだ。
距離があいているため密猟者は三人に気付いていない。このまましゃがんだままでいれば気付かれることはないだろう。本拠地をみつけなければならないため、そういうわけにもいかないが。
「しゃがんだままで移動する。いいね」
二人は頷く。
歩きにくい状況での、さらに歩きづらい姿勢はつらいものがある。
エストが最初に脱落する。そのエストの護衛にミリィをつけて、陽平だけが密猟者を追う。
陽平も辛かったが、ここで見失うとここ数日の努力が無駄になるためそうもいってられない。
運よく密猟者は本拠地に帰るとろこだったらしく、二人と別れて三十分もせず本拠地に到着した。
陽平は休憩がてらしばらくそこを観察して、檻に入れられた銀狼を発見する。ほかに人数も確認し、密猟者に悟られぬようゆっくりと二人のもとへ帰る。
二人と合流し急いで獣人たちのところへ。
陽平から詳細を聞いた長はさっそく密猟者の人数以上の獣人を引き連れて本拠地へと向かっていった。
獣人と密猟者の対決は獣人の圧倒的勝利に終る。危険な商売に手を出すくらいなのだから密猟者は腕に自信はあったのだろうが、この環境に慣れた獣人が自分達の人数以上でやってきたら敵うはずもなかった。敵うと考えていたらもっと堂々と銀狼を捕まえていただろうが。
密猟者が捕まえていた銀狼の数は三頭。これだけでも三人家庭が一生遊んで暮らせるだけの金額で売ることできる。これで満足せず、さらに捕まえようと欲を出したため死ぬことになった。
捕まえたのがこの三頭だけならば痛い目をみるだけですんだかもしれない。しかし以前からの分を含めると二十頭近くにおよぶ。儲けたツケを命で支払うことになった
憂いの一つを解決した獣人は、この勢いのまま寄種憑き討伐へとむかった。最小限の護衛を居住地に残して、出せるだけの戦力を動員する。
獣人たちが何度も戦いを挑み弱体化させられた寄種憑きに、その勢いを耐え切る力はなかった。
三人は長の呼ばれて長のテントにやってきている。
寄種との戦いで傷ついたのか包帯を巻いた長が上機嫌で座っていた。
「このたびは我りゃの問題に手を貸してもらい感謝すりゅ。
これは約束の牙だ」
機嫌よく長が礼を言い、陽平に布に包まれた銀狼の牙を渡す。
丁寧に磨かきあげられた牙は、汚れ一つない柔らかな白色。一生を終えた狼の牙とは思えないほど見事な牙だ。
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこちゅらのほうだ。おかげで再び平穏な生活を遅れるのだきゃら」
ささやかながら問題が解決したことを祝う宴を開くという。それに三人は参加を勧められる。断る理由もない三人はここに来て初めての賑やかで和やかな時間を過ごす。
人間が原因で問題が起きていたのだ警戒も当たり前のこと。けれども解決に三人が関わったと長から知らされて、三人に対する警戒は解かれたのだった。
翌日、三人は獣人たちに見送られて山を下る。
目的の一つを達成しただけだが、三人の心は充足感で満たされていた。
11へ
「することないから昼ご飯でも食べよう」
陽平が周囲を見渡しながら言った。
「そうだね。むこうから接触してもらわないとどうしようもないし。
今度は私が作るよ」
エストは荷物を下ろして鍋や食材を取り出す。
料理が完成間近というときに、周囲を警戒していた陽平が雪煙を上げ近づいてくるなにかを発見した。視力を強化して見たかぎり、以前見た獣人と似ているから獣人なのだろう。人間に似てはいるが、獣耳と尾が決定的な違いをだしている。
獣人たちは六人で近づいてきていた。雪の上を走っているとは思えない速さだ。警戒しているのか険しい表情に見える。
「兄ちゃん」
「ん?」
「ここだと獣人と戦わないほうがいいね」
「まあな。あっちはあんな動きなのに、こっちは普段以下だからなぁ」
そんなことを話している間に獣人たちは近くまできていた。
陽平たちよりも薄着なのだが、寒そうではないのは慣れなのか。
持っていた槍を三人に向け獣人の一人が口を開く。
「うごきゅな」
「きゅな?」
おかしな語尾に三人は首を傾げた。槍を突きつけられ生まれた緊張感が和らぐ。
獣人を見たことはあっても話したことのない三人は知らないのだ。声帯の関係で発音が獣人と人間とは異なることを。
「なにしにここにきた?」
「あなたたちに会うために」
荷物から薬を取り出し、獣人の一人に渡す。警戒しつつも獣人は受け取った。
「これはルルブ雑貨店の店主から」
「ルルブからつかいきゃ?
まだ早いじょ」
「あなたたちに会いたくて店主に相談したら、持っていけばとりあえずはどうにかなると言われたんだ」
獣人たちは顔をつきあわせ何事か話している。
信用できるのか相談しているのだろう。
その間に陽平たちは出来上がった料理を食べ出した。冷めると美味しさが激減するし、寒いので体を温めたいのだ。
食べ終わる前に相談は終ったようだが、食べ終わるまで待ってもらう。
後片付けをエストとミリィに任せて陽平は相談結果を聞く。
「お前達がなにかをのじょんでも、俺達には判断できゅない。長に判断してもらう。ついてきょい」
「まだ出発準備終えてないんだ。もう少し待ってくれないか」
獣人は陽平の言葉に頷く。
三人の獣人が先触れのためかその場から去る。
準備を終えた三人も獣人三人に先導され、槍を突きつけられた状態で獣人の住処へと向かう。
しかし雪上での動きの違いからか、たびたび獣人たちと陽平たちの間が開きがちになる。
「もうしゅこし早く歩けにないにょか?」
「これで精一杯だよ。どうすればそんなに早く歩けるんだ?」
「足が雪に沈む前に、足を動かせばいい」
聞き間違いかと陽平は獣人の顔を見る。真顔だった。真顔で冗談みたいなことを言っていた。
その理論でいくと水上も歩ける。もちろん陽平たちには無理な歩法だ。獣人たちにのみできる特殊な歩法なのだろうか。
獣人流のジョークなのか本気なのか考えているうちに住処へとついたようだ。
雪に紛れやすくするためか白いテントが立ち並ぶ。出歩く獣人はいないが、三人は立ち並ぶテントから視線を感じていた。ここまで来た人間はほとんどいないので、珍しいのだろう。それと視線には敵対に近い警戒心も三人が気付かない程度に混ざっている。
三人は一番大きなテントに連れていかれる。
テントの一番奥に三十歳を少し越えたくらいの獣人が座っている。彼がおそらく長なのだろう。ほかに長の奥さんらしき獣人と子供の獣人がいる。子供は三人を珍しげに見ている。
「よきゅまいられた。そこへ座りゅといい」
勧められるまま三人は座る。三人を連れてきた獣人は役目を果たすとテントの外へ出て行った。
奥さんが三人に白湯を出す。
三人は礼を言ってから口をつける。体の中から少し温まり、ほうっと息を吐く。寒さで凝り固まった体が白湯のおかげで緩む。
「このたびはいきゃなる用でこりゃれたのか、聞かせてもらえりゅか?」
「銀狼の牙を譲ってもらいたくて、ここまで来ました」
「……銀狼の牙をきゃ」
「貴重なものだとはわかっていますが、どうしても必要なのです」
「たしかにここにはある。だがおいそれと渡すわけにはいきゃない。
そう簡単に渡せば、ほかにも欲しいとあちゅまってくるかもしれないのだきゃら」
長の言葉に納得はできるが陽平は諦めない。ここで手に入れる以外に方法がわからないのだから。
「なにか、なにか条件はないのですか? それを解決することで報酬としてもらえないのですか?」
奥さんが長を見る。その反応を見るかぎり何か困り事はあるらしい。
「二つ困っていることはありゅ」
「それを解決することと交換で牙をもらえませんか」
「無理だりょう。君たちではどちらも……いや片方ならばあるいは可能かもしれにゃい。
だがどちらも私たち自身で解決しゅべきことなのだ。任せりゅことはできない」
「一応どのようなことなのか聞かせてもらえませんか」
長は少し躊躇った後、口を開く。
「最近我らの仲間に寄種がとりちゅいたのだ。そやつを追っているのだが、力量の差が大きいので返り討ちになっていりゅ。
もう一つは、こちらもここ半年のことなのだぎゃ、銀狼を捕らえて山の外へと運び出している人間がいりゅ。我りゃに気付かれにゅように用心深く動く奴らだ。
どちらも人数が必要なのだぎゃ、寄種に返り討ちになっていりゅことで人数が足りなくなっている有様だ」
それでも仲間の解放は自分達でやるべきだし、信仰する銀狼を連れ去るものの始末も人任せになどできはしないと、長は言う。
たしかにこの環境で獣人が苦労している寄種憑きに突っ込むなど自殺行為だ。密猟者に対しても、どこにいるか探し回り討伐するというのはきついものがある。
陽平は考える。この状況で自分たちにできて、報酬として銀狼の牙をもらえる方法を。
もらえるかは自信はないが、できることは思いついた。
「密猟者を探す手伝いをした報酬にもらえませんか? 貴方たちが探すよりも同じ人間の俺達のほうが警戒されにくいと思いますよ。みつかっても暇な登山者を装いますし。
それで俺達が密猟者をみつけたら、貴方たちにそこを教える」
「警戒はされないきゃもしれないが、人手が足りないという問題はどうしようもにゃい」
「返り討ちになった人たちって怪我をしただけですか?」
「うむ。運悪く死んだ者もいるぎゃ、多くは怪我のみだ」
「それなら俺が魔法で治療できる」
陽平は、自分から魔法使いだとばらす。
目立つことを嫌がる陽平がばらしたのには、それなりの打算があった。それはここに住む獣人たちが閉鎖的な暮らしをしているということだ。麓の村との交流は最小限。口止めをしておけば、自分のことが広まることもないと考えた。それとここらに滞在するのはそんなに長くないので、万が一広まっても知られる前にどこかへ移動している。地球とは違って情報の伝達がそんなに早いものではないとわかっていた。
「あんたは魔法使いなのきゃ!?」
こくりと頷いた。
「うーん……治療してもらえるのは助きゃる。
……密猟者も言うとおり見つけやすいのかもしりぇない……」
今度は長が考え出す。
しばらく静かな時間が過ぎる。白湯のおかわりを飲み干した頃、ようやく長は口を開いた。
「無事密猟者を見つけ出し知らしぇてくれたりゃ、銀狼の牙をわたそう」
「本当ですか!?」
「うむ」
「ありがとうございます」
「お礼はまだ早い。
エルーヌ、この人を怪我人のところまで連れていってあげなしゃい」
「はい。私についてきてくだしゃい」
「エストたちはここで待たせてもらうといい」
そう言って陽平はエルーヌと治療のためテントを出て行く。子供も魔法に興味があるのか一緒にテントを出て行った。
静寂がテントの中に満ちる。口を開きづらい妙な間が続いていく。
この空気をはらうためか、ただ興味が湧いただけか長が質問する。
「お前達はなんのために銀狼の牙を欲しゅるのだ?」
「なんのため? エスト知ってる?」
普段接する時間が圧倒的に長いエストならば知っているだろうとミリィは隣を見る。
「いや、聞いてない。
たぶん魔法を使うための材料として使うんだろうけど、詳しいことを聞いたことない」
「大樹神殿では大樹様にょお告げを授かるときに使うと聞いたことがありゅ。
もしかするとそりぇと似たようなことをするために必要にゃのかもしれないな」
「へ〜そういうふうに使うこともあるんだ。
兄ちゃんなにか聞きたいことでもあるのかな」
「わからない。あとで聞いてみる。教えてくれると思うから」
また静寂が戻ってくる。
陽平たちが戻って来るまで、今度は静寂が破られることはなかった。
治療を終えた陽平が戻ってきて、必要な情報を聞きだした三人は長のテント出る。
ここを拠点に密猟者探しすることになるので、テントをはって寝床を作っておく。空いているテントがないということなので寝床は自分達で確保する必要があった。
食料の心配はない。多くは無理だが最低限は分けてもらえることになったからだ。最低限でもわけてもらえるのはありがたい。獣人たちが人間に好印象をもっていないのだからなおさらだ。
食料や調理器具は置いて登山に必要な物をリュックに詰め、武装を整え密猟者探しに出発する。
獣人が探していない所を重点的に探すつもりだ。もしかすると密猟者はこまめに拠点を移しているかもしれない。それでも生活痕は残っているだろうと考えている。その痕から次はどこに向かったかなどわかればよし、わからなくともここにいる密猟者の人数ぐらいは判明するかもしれない。
教えてもらったのは密猟者を探した場所だけではない。寄種憑きの居場所もだ。怪我を癒すため一箇所に留まっているらしい。こちらは間違って近づかないように教えてもらった。三人も相手するつもりはないので、そちらには行く気はない。
といっても今日は熱心に探すつもりはない。治療で魔力の大半を持っていかれたので、不測の事態に対応できないかもしれないのだ。一応増幅法でマックスまで回復はしてるが、現時点の魔力で最後なのだ。
増幅法で増やした魔力をさらに増幅法で増やすことはできない。普通の魔法使いならばここで吸収法を使い魔力を吸収し、それを増幅法でふやす。けれども陽平と吸収法の相性は最悪なのでこの方法は使えないのだ。
今日は早めに切り上げ戻る。
夕食を終えて、タオルで体を拭くなどこまごまとしたことも終え、あとは寝るだけというときになってエストが銀狼の牙の使い道について聞く。
「銀狼の牙の使い道?
魔法を使うための材料の一つだけど、言ってなかった?」
「聞いてない」
「その魔法って大樹様になにか聞くためのもの?
大樹神殿の人たちはそういった使い方してるって長さんが言ってたよ」
「そんな使い方もあったのか。
俺は移動用の魔法を使いたいんだ」
「移動用?」
「そう故郷に帰るためにな。
師匠にいきなりこっちに魔法で呼ばれてな、帰るための魔法を作ってるんだ」
「兄ちゃんガッツーサの出身じゃなかったの?」
「違う。すごく遠いところの出身で、魔法でも使わないと帰れないんだ」
異世界からきたとは言わずに話していく。二人が理解できるかわからかったし、そこは説明しなくてもいいかと思っていた。
「兄ちゃんの故郷ってどんなとこ?」
「いろいろと便利だったなぁ。でも植物は少ないし、汚れも酷かった。
便利さを追い求めすぎて、いろいろと壊しすぎてた。今もそれは変わらないんだろうな」
「あんまりいいところじゃなさそうだね」
「だなぁ。まあ住んでたときはそのことに気付いてなかったんだけど」
離れて見てわかることがあるのだなと感慨深げに地球のことを思い出している。
「帰るときって私達も一緒に行けるの?」
ミリィの興味本位の質問にエストが反応する。真剣な表情で陽平を見ている。
「無理だな。使う魔法はオリジナルというわけじゃないんだけど、それに近いものになっている。
前例なんかないし、必ず成功するという確信はない。だから成功確率を高めるためにこうやって材料集めをしてるんだ。
人数が増えると成功確率は下がるから移動する人数は増やせない」
「じゃあ……私は……また一人になる……の?」
血の気の引いた顔で搾り出すようにエストが言う。
あまりに強い怯えの声に陽平とミリィはエストを驚き見る。
このときが陽平が、エストの陽平に対する強い依存を自覚した瞬間だ。
「だ、大丈夫だって兄ちゃんが私達を悲しませるようなことするわけないって!
でしょ兄ちゃんっ!?」
「ち、ちゃんと帰ってくるよっ。そうなるように作ってるし!」
「本当に?」
「本当だとも! 今まで嘘吐いたことはあまりないだろ?」
若干説得力の弱い言葉だが、込められた想いは本物だ。
事実、陽平は行き帰り用に魔法を作ろうとしている。
魔法自体は既存のものを組み合わせたもの。移動用の魔法と時間操作の魔法。
どちらも一から作らなくとも既に存在している。移動魔法は今まで利用してきた装置に使われていて、時間操作はごく短時間の時間を早めたり遅くしたりするものがある。
それらをさらに進化させ、合体させて地球に戻るのだ。
戻るだけならば移動用だけでいい。けれども時間が経っていてそのまま戻ると大騒ぎになる気がしていた。それと地球でしばらく過ごすつもりなので、こっちに戻ってくるときにも時間経過をなしにしようと考えて、時間操作も組み合わせるのだ。
そういった面倒な作りにしようとしているため、天然根晶なんかも集めようとしている。
「でも故郷には家族がいるんだし、私達のことを忘れて過ごすってことも」
エストはいまだ暗い顔でいる。
「それはない」
陽平は断言した。
なぜと不思議そうな二人に陽平は続けて言った。
「こっちに来て十五年以上。あっちで過ごしたのとほとんど変わらない時間を過ごしてるんだ。
むこうと同じくらい思い出があって、向こうと同じくらい大事な人たちがこっちにもいる。エストやミリィやカータスたちっていう大事な人たちがね。
その人たちを忘れることなんてできないし、ずっと離れっぱなしってのも嫌だ。
これで納得できた?」
「……うん」
「いやぁ照れるね」
大事な人と言われて二人とも嬉しそうだ。
ミリィの反応に、自分が恥ずかしいことを言ったと気付いた陽平も顔を紅くしている。
照れ隠しに顔をそむけたときにちらりと見えたエストを見るかぎり、不安は解消されたように見えた。
それでも少しだけ不安が残っているように陽平が感じられたのは、エストが陽平の腕にいつもより少しだけ強くしがみついて寝たからだ。それを受け入れていた陽平もエストに依存している部分があるのだろう。
このときに芽生えた小さな不安の芽はのちに大きく育ち、陽平とエストのすれ違いの源になる。
今はそんなことを知るよしもなく、三人並んで寝こけていた。
夜が明けて、三人は密猟者探しに出かける。
相手も動き回っているらしいこともあってみつけだすのに時間がかかる。その間に獣人たちも寄種憑き討伐へとでかけては傷だらけになり帰ってくる。じょじょに弱らせることには成功しているらしいので、三人よりも進展はある。
雪モグラや氷猫といった雪山特有の魔物に襲われつつも、密猟者を探す。それらと何度も戦うことで雪上での戦いに慣れ始めた頃、ついにみつけた。探し始めて六日の日数が過ぎていた。
「二人とも伏せて、左の少し上にいる」
隣にいるエストとミリィをしゃがませる。魔法で視力を強化した陽平の目に動く人間が小さく見えた。
登山者ではないだろう。登山用装備が少ないし、登山よりも魔物討伐に近い装備だからだ。
距離があいているため密猟者は三人に気付いていない。このまましゃがんだままでいれば気付かれることはないだろう。本拠地をみつけなければならないため、そういうわけにもいかないが。
「しゃがんだままで移動する。いいね」
二人は頷く。
歩きにくい状況での、さらに歩きづらい姿勢はつらいものがある。
エストが最初に脱落する。そのエストの護衛にミリィをつけて、陽平だけが密猟者を追う。
陽平も辛かったが、ここで見失うとここ数日の努力が無駄になるためそうもいってられない。
運よく密猟者は本拠地に帰るとろこだったらしく、二人と別れて三十分もせず本拠地に到着した。
陽平は休憩がてらしばらくそこを観察して、檻に入れられた銀狼を発見する。ほかに人数も確認し、密猟者に悟られぬようゆっくりと二人のもとへ帰る。
二人と合流し急いで獣人たちのところへ。
陽平から詳細を聞いた長はさっそく密猟者の人数以上の獣人を引き連れて本拠地へと向かっていった。
獣人と密猟者の対決は獣人の圧倒的勝利に終る。危険な商売に手を出すくらいなのだから密猟者は腕に自信はあったのだろうが、この環境に慣れた獣人が自分達の人数以上でやってきたら敵うはずもなかった。敵うと考えていたらもっと堂々と銀狼を捕まえていただろうが。
密猟者が捕まえていた銀狼の数は三頭。これだけでも三人家庭が一生遊んで暮らせるだけの金額で売ることできる。これで満足せず、さらに捕まえようと欲を出したため死ぬことになった。
捕まえたのがこの三頭だけならば痛い目をみるだけですんだかもしれない。しかし以前からの分を含めると二十頭近くにおよぶ。儲けたツケを命で支払うことになった
憂いの一つを解決した獣人は、この勢いのまま寄種憑き討伐へとむかった。最小限の護衛を居住地に残して、出せるだけの戦力を動員する。
獣人たちが何度も戦いを挑み弱体化させられた寄種憑きに、その勢いを耐え切る力はなかった。
三人は長の呼ばれて長のテントにやってきている。
寄種との戦いで傷ついたのか包帯を巻いた長が上機嫌で座っていた。
「このたびは我りゃの問題に手を貸してもらい感謝すりゅ。
これは約束の牙だ」
機嫌よく長が礼を言い、陽平に布に包まれた銀狼の牙を渡す。
丁寧に磨かきあげられた牙は、汚れ一つない柔らかな白色。一生を終えた狼の牙とは思えないほど見事な牙だ。
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこちゅらのほうだ。おかげで再び平穏な生活を遅れるのだきゃら」
ささやかながら問題が解決したことを祝う宴を開くという。それに三人は参加を勧められる。断る理由もない三人はここに来て初めての賑やかで和やかな時間を過ごす。
人間が原因で問題が起きていたのだ警戒も当たり前のこと。けれども解決に三人が関わったと長から知らされて、三人に対する警戒は解かれたのだった。
翌日、三人は獣人たちに見送られて山を下る。
目的の一つを達成しただけだが、三人の心は充足感で満たされていた。
11へ
2008年09月17日
樹の世界へ10前
三人は今、アーガンという国にいる。
実りの大陸からは出ていないが、大陸の南にあるガッツーサとは反対の大陸北部だ。
ここまでの移動方法は馬車ではなく、大鳥籠というものを使った。ランカクという大鳥三羽に籠に結んだ紐を括りつけ飛んでもらうのだ。籠といっても気球についているようなものではなく、流線型の小さな小屋だ。
このランカクという鳥は翼を閉じ座っている状態でも二メートルの巨体。人一人乗せて飛ぶくらい簡単にこなしてしまう。大きいわりに大人しく、人に飼われて移動手段として使われることが多い。海を越えるほどの体力はないが、大陸内移動には圧倒的に優れた乗り物だ。山を越え、野を越え、街を越え、真っ直ぐに目的地へと飛ぶのだ、早いに決まっている。
ガッツーサの大鳥屋を出発し、途中で休憩も挟み十日でアーガンへと到着した。馬車だと数ヶ月単位かかる道のりだ。魔法の移動装置を使ったほうがさらに早いのだが、大鳥に乗ってみたいとミリィが提案したので、それもいいかということになった。
空を飛び始めて一日で陽平とエストは外の風景に飽きた。面白がってずっと外を見ていたミリィも五日で飽きた。アーガンに到着し、やっぱり地面が一番だと考えたようだ。
とりあえず今日の宿を探すため三人は歩き出す。
「ここから山に移動するだっけ?」
きょろきょろと出身国とは雰囲気の違う街を珍しそうに見ながらミリィが言う。
「探し物がそこにあるからな」
「銀狼の牙だよね。店とかに売ってないの?」
視線をあちこちに巡らせているミリィがこけないか見ているエストが聞く。
「こっちには出てるかもしれないけど、ガッツーサにはなかった。
本に載っていたことだと、こっちでも店にでまわることは少ないらしい。
ほしいのなら自分で取ってきたほうが早いとさ」
三人がアーガンに来たのは会話に出た銀狼の牙を求めてだ。
銀狼は大陸全土で見かけるほど数が多くない。主な生息地域は雪山。それも年中雪で覆われている山のみにいる。そんな山は実りの大陸には三箇所しかない。その山の一つに銀狼がいると陽平は調べ上げた。その山がアーガンにあるシュインツ寒山だ。
この世界にはどこでも四季がある。緯度経度の違いで気候が違うことはほとんどない。だから大陸北部に来たからといって寒さが厳しいというわけではない。それでもシュインツ寒山に年中雪が積もっているのは、それだけ山が高いということだ。さすがに高いところは寒いというのは地球とかわらない。
そのシュインツ寒山は今いる街からわりと近いところにそびえ立っている。
「あ、あそこにあるよ」
「ほんとだ。兄さん、あの宿でいいんじゃない?」
次の日、三人はシュインツ寒山の麓にあるという村に向かって出発した。
街から近い位置にあって一日もかからずに到着できた。
遠くから見たシュインツ寒山は大きかったが、近くで見るとまた別の迫力がある。山の頂上から中腹手前にかけて雪が積もっている。今日は雲も出ていて吹雪いているのかもしれない。山の麓には木が多くあって、山にも麓に近いところならば木は生えている。しかしそこから上は木どころか草も生えているように見えない。
山に詳しい人を探し、登った際に注意しなければいけないことを聞いたほうがいいと三人は話し合う。
「すみません」
「ん? いらっしゃい。泊まりかい?」
「はい。三人で一部屋お願いします」
「んー四人部屋ならあるんだが」
「それでいいですよ」
「そうかい? じゃあこれが部屋の鍵だ。部屋はそこの通路の一番奥だ」
「二人とも先に行っといて」
陽平はもらった鍵をエストに投げ渡す。二人は教えてもらった部屋へと向かった。
「あんたは行かないのか?」
「聞きたいことがあるんで。
山に登りたいんだけど誰か登山に詳しい人知らない?」
「山に? やめといたほうがいいと思うけどな。
ちなみに何しに行くんだ?」
「銀狼の牙がいるんだ」
「やめとけやめとけ。
山には獣人がいるんだ。奴らは凶暴とかじゃないんだが、独自の文化で暮らしている。
その文化の中に、銀狼を崇めるというのがあるんだ。大樹様の使いって考えてるらしくてな。
勝手に山に入るのは容認するだろうが、銀狼を捕まえようとすると最悪殺されるぞ」
「まじでか。でも銀狼の牙がどうしても必要なんだ」
「んー……方法としては獣人に譲ってくれるように頼むしかないと思うぞ。
死んだ銀狼の牙を時々持ってきてくれることもあるし」
「結局は山に登ることになるな」
「ほしいのならそうするしかないな。
雑貨屋の主人なら山に詳しいよ。獣人に食材持っていったりしてるから。
だから情報がほしいのなら雑貨屋に行くといい」
「ありがとう」
陽平は礼を言ったあと部屋に向かう。先に部屋にいた二人に、雑貨屋に行こうと誘い宿を出た。
小さな村で目的の店を探すのは容易で十分もかからずに見つかる。
「ここがそうじゃない?」
ミリィが指差す先にルルブ雑貨店と書かれた立て看板が置かれていた。
店内には、いろいろな生活雑貨やちょっとした食料が置かれている。
ちょうど品物の整理をしてたようで、中年の男が箱を探っていた。
「客かい? しかも見かけない顔だ」
「山に登りたいんだけど。あと獣人にも会いたい」
「山に登ってしかも獣人に会いたい? 物好きだねぇ。
会いたいからって簡単に会える奴らじゃないよ?」
「あんたなら会う方法知ってるって宿のおやっさんが言ってたが」
「確かに定期的に会ってますがね。
そうですね……山に登るのに必要な物を買っていってくれるのならお話しましょう。
情報料として払うと考えてくださいな」
「山に登るのに必要なら買わなきゃいけないだろうな。
わかった。みつくろってくれ」
「では皆さんの体のサイズを教えてもらえますかな」
三人のサイズの合わせた防寒具を男は集めていく。ほかに滑り止め用の金具、体を温めるための酒、固形燃料、乾燥させた食材などなど。食料は念のため五日分入れてある。行き帰り三日ほどなのだが、不測の事態が起こるかもしれないと考えてだ。
水は雪を溶かして調達する。地球と違って、汚れは少ないため体に入れても大丈夫なのだ。それは幾度か空中の水分を集め飲料水としている陽平もよくわかっていた。念のため消毒用の魔法も習得している。
必要なもの一式揃えると思った以上にお金がかかった。情報料としては高いのではと思えるほどだ。
「牙手に入れたあと依頼うけないと、ちょっと心もとないな」
「あとどれくらい残ってる?」
「大鳥籠に乗ってガッツーサまでは帰れないな。いいとこ半分いけるかってとこ」
「兄ちゃんっこれ買って!」
店の中を面白そうに見ていたミリィが手袋を持って近づく。薄布で作られたように見え、防寒具よりは装飾品のように見える。
「無駄づかいはできないんだけどな。それは?」
「こんなに薄いのに防寒性高いんだってさ。
買う予定の手袋より剣は握りやすいと思って」
剣士としては剣の握りに関して妥協はできないだろう。
「うーん……おっちゃん!」
「はいはい」
「この手袋ってどれだけ効果ある?」
「そうですね、私もそれを使ってますが霜焼けなどなったことありませんね。雪の冷たさもほとんど感じません。
しかし性能がいいぶん値段もはりますよ?」
「いくら?」
この手袋だけで、これから買う予定の金額の四分の一に匹敵する。
これには陽平も悩む。高すぎる買い物だが、山で戦いになったとき役立つのは間違いない。少し考えて命を守るためと結論が出た。
「この子の手袋のかわりにそれを入れといてください」
「よろしいので?」
男の問いに陽平は頷きで返す。
勘定を終えて、本題に入る。
「私が獣人と会うのはいつも決まった場所でね。
見えるかな? あのひょこっと突き出た場所だよ」
窓から見える山の左側にたしかに男の言うような場所がある。山の中腹より少し上だ。
「四ヶ月に一回、冒険者を雇って食材とか薬とかを持ってあそこまで登るんだ。
そしてあそこで待ってると向こうから接触してくる。山で取れる獣の毛皮や鉱石と交換して終わりだ。
先々代からこの物々交換は始まったらしい。始まりの理由は知らないよ」
「そのとき銀狼の牙は受け取らないの?」
エストは在庫にあるのではと駄目もとで聞く。
「それはないな。山に住む獣人にとって銀狼は神聖なもの。乱獲はしないと言っていた。
銀狼が死ぬたび、一番大きな牙を一本だけもらうらしい。
それのほとんどを大樹神殿の使者に渡しているよ。
で、話を戻すが獣人に会う方法というか、会っても無事でいられる方法は」
男はカウンターからいくつかの薬を取り出す。それを紙袋にいれて陽平に渡した。
「これをルルブの使いで持ってきたと言えば、とりあえずはなんとかなる。
それから先はあんたたち次第だ」
「ありがとう」
「なんの儲けさせてもらったからね。
あとゆっくり登って行くこと。急いでいくと倒れることがある」
「ああ、高山病でしたっけ」
陽平も詳しいことは知らない。酸素が足りなくなるといった簡単なことしか覚えていない。
急ぐ理由はないのでゆっくり進むことに異論はない。
「そんな名前があったのか?
まあ、そういったことがあると知ってるのならいい」
ここでの用事が終った三人は宿に帰る。一晩ゆっくり休んで明日出発するとことにした。
夜が明けて登山用の装備とちょっとした日用品と武具と作ってもらった弁当を買ったリュックに詰めて三人は宿を出た。
残った荷物は宿の主人にお金を払い保管してもらっている。
三人は林を越えて山に踏み込む。アドバイス通りゆっくりと風景を楽しみながら進んでいる。だがその余裕も積雪地帯に踏み込むまでだ。雪に足をとられ、ゆっくり進んでいても疲れる。
「雪山登山は疲れるね〜」
疲れると口には出しているが楽しんでもいるミリィ。
「ほんとに」
それだけ答えるのは一番疲れているエスト。
「ちょっと休憩しようか」
「うん」
エストがその場に座り込む。
「エスト疲れてるね。体力つけないと」
「これでも少しは走ったりしてるの。ミリィが体力ありすぎなのよ」
「動くの好きだからね。自然と体力はついてったよ。
でも寒いのは平気じゃないけどね」
「寒いとわかってたけど、ガッツーサで過ごす冬よりも寒いとは思ってなかった。
兄さん、魔法で寒さどうにかならない?」
「十五分くらいでいいならどうにかなる」
「「ほんと!?」」
できないだろうなと思って聞いてみたのだが、どうにかなると知って二人は驚いている。
「雪山に来るってわかってたから、それなりの準備はしてきたんだ」
そう言いながら陽平はポケットから式符を取り出す。
二人が近寄ったあと、魔法を使う。
「操温陣」
三人を中心にふわりとした空気が広がる。二メートル弱の範囲に温かな空気が満ちる。雪もじょじょに溶けていき座っていられなくなった。それどころか足場も下がっていく。三人は今一メートルほど下がった山の斜面に立っている。
「寒かったぁ」
エストは冷えた体を温めようと服の上からさする。
「やっぱり魔法って便利だね。たくさんの人たちが魔法使いを求めるのもわかるな」
「便利なのは認める。極めていけば多くのことができるようになるんだろうしな。それまで……」
何百年もかかると言おうとして止める。
このとき陽平は初めて気付いた。そんなに生きても今そばにいる人たちは死んでいることに。
魔法使いとなって初めて後悔が湧き上がる。長生きすることと一人になることへの恐怖とともに。
ずっと先には、一人になるのかと思いかけて思い出す。エストも魔法が使えているじゃないかと。エストだけはずっと一緒なのだと思うと、安堵の気持ちが湧いてきた。
この安堵が裏切られるのはずっと先のことだ。
「兄ちゃんなに言いかけたの?」
「いやなんでもない。
それにしても天気が曇りで助かった」
「どして? 雪がちらついて視界は悪いし、気温も下がってるよ。晴れてたほうがいいと思うけど」
「晴れだと目を悪くする可能性があるんだ。
雪に太陽の光が反射したりして」
「そうなんだ」
「だからほんとは色つきめがねがほしかったんだけど、雑貨店にはなかったみたいだ」
話しているとあっというまに十五分過ぎていった。
「そろそろ出発しよう」
「もう?」
エストはまだ温まっていたそうだ。
「結界の効果が切れるんだ」
そう言われると出発せざるをえない。結界なしでここにいるのは意味がない。
三人は再び歩き出す。
ずっと歩き続け、日が暮れる少し前に野営のための準備を始める。テントをそのままはると斜めになるので、地面を平らになるようにならしてからはる。
テントの中は荷物を入れて三人が横になるので精一杯の広さだ。寒さがしのげるだけありがたいので、文句などでない。
慣れない雪山登山で疲れた三人は夕食後、寝袋にもぐりこみ早々と眠った。体を温めるため少しだけ酒を飲んでいるので、そのおかげもありあっさりと眠りについた。
陽平がテントの周囲に警戒用の結界をはっているので、なにか近づいてきてもすぐわかるようになっている。普段は結界をはっても見張りはたてるのだが、よほど疲れていたのだろう。
テントになにも近づくことなく朝を迎えた。
エストとミリィが身支度を整えるため、陽平はテントの外に出る。陽平の身支度はすぐに済んだ。男の身支度など急げば十分もあればなんとかなる。
雪を溶かして顔を洗い、ご飯の用意をしていく。
朝食を食べ終え、テントをたたみ三人は出発する。昼前には目的地点に着けそうだ。
「ん〜?」
頂上方向を見ていたミリィが首を傾げる。
「どしたミリィ?」
「上のほうに人影が見えたような? すぐに物陰に入ったのか見えなくなったけど」
「獣人じゃないのか?」
「かもしれない。小さすぎて人としかわからなかったし」
体力に余裕のあるミリィは誰かと会わないか注意して歩いていく。
だが人影を見たのはこれ一度きりで、獣人に会うまで生き物を見ることはなかった。
10後編へ
実りの大陸からは出ていないが、大陸の南にあるガッツーサとは反対の大陸北部だ。
ここまでの移動方法は馬車ではなく、大鳥籠というものを使った。ランカクという大鳥三羽に籠に結んだ紐を括りつけ飛んでもらうのだ。籠といっても気球についているようなものではなく、流線型の小さな小屋だ。
このランカクという鳥は翼を閉じ座っている状態でも二メートルの巨体。人一人乗せて飛ぶくらい簡単にこなしてしまう。大きいわりに大人しく、人に飼われて移動手段として使われることが多い。海を越えるほどの体力はないが、大陸内移動には圧倒的に優れた乗り物だ。山を越え、野を越え、街を越え、真っ直ぐに目的地へと飛ぶのだ、早いに決まっている。
ガッツーサの大鳥屋を出発し、途中で休憩も挟み十日でアーガンへと到着した。馬車だと数ヶ月単位かかる道のりだ。魔法の移動装置を使ったほうがさらに早いのだが、大鳥に乗ってみたいとミリィが提案したので、それもいいかということになった。
空を飛び始めて一日で陽平とエストは外の風景に飽きた。面白がってずっと外を見ていたミリィも五日で飽きた。アーガンに到着し、やっぱり地面が一番だと考えたようだ。
とりあえず今日の宿を探すため三人は歩き出す。
「ここから山に移動するだっけ?」
きょろきょろと出身国とは雰囲気の違う街を珍しそうに見ながらミリィが言う。
「探し物がそこにあるからな」
「銀狼の牙だよね。店とかに売ってないの?」
視線をあちこちに巡らせているミリィがこけないか見ているエストが聞く。
「こっちには出てるかもしれないけど、ガッツーサにはなかった。
本に載っていたことだと、こっちでも店にでまわることは少ないらしい。
ほしいのなら自分で取ってきたほうが早いとさ」
三人がアーガンに来たのは会話に出た銀狼の牙を求めてだ。
銀狼は大陸全土で見かけるほど数が多くない。主な生息地域は雪山。それも年中雪で覆われている山のみにいる。そんな山は実りの大陸には三箇所しかない。その山の一つに銀狼がいると陽平は調べ上げた。その山がアーガンにあるシュインツ寒山だ。
この世界にはどこでも四季がある。緯度経度の違いで気候が違うことはほとんどない。だから大陸北部に来たからといって寒さが厳しいというわけではない。それでもシュインツ寒山に年中雪が積もっているのは、それだけ山が高いということだ。さすがに高いところは寒いというのは地球とかわらない。
そのシュインツ寒山は今いる街からわりと近いところにそびえ立っている。
「あ、あそこにあるよ」
「ほんとだ。兄さん、あの宿でいいんじゃない?」
次の日、三人はシュインツ寒山の麓にあるという村に向かって出発した。
街から近い位置にあって一日もかからずに到着できた。
遠くから見たシュインツ寒山は大きかったが、近くで見るとまた別の迫力がある。山の頂上から中腹手前にかけて雪が積もっている。今日は雲も出ていて吹雪いているのかもしれない。山の麓には木が多くあって、山にも麓に近いところならば木は生えている。しかしそこから上は木どころか草も生えているように見えない。
山に詳しい人を探し、登った際に注意しなければいけないことを聞いたほうがいいと三人は話し合う。
「すみません」
「ん? いらっしゃい。泊まりかい?」
「はい。三人で一部屋お願いします」
「んー四人部屋ならあるんだが」
「それでいいですよ」
「そうかい? じゃあこれが部屋の鍵だ。部屋はそこの通路の一番奥だ」
「二人とも先に行っといて」
陽平はもらった鍵をエストに投げ渡す。二人は教えてもらった部屋へと向かった。
「あんたは行かないのか?」
「聞きたいことがあるんで。
山に登りたいんだけど誰か登山に詳しい人知らない?」
「山に? やめといたほうがいいと思うけどな。
ちなみに何しに行くんだ?」
「銀狼の牙がいるんだ」
「やめとけやめとけ。
山には獣人がいるんだ。奴らは凶暴とかじゃないんだが、独自の文化で暮らしている。
その文化の中に、銀狼を崇めるというのがあるんだ。大樹様の使いって考えてるらしくてな。
勝手に山に入るのは容認するだろうが、銀狼を捕まえようとすると最悪殺されるぞ」
「まじでか。でも銀狼の牙がどうしても必要なんだ」
「んー……方法としては獣人に譲ってくれるように頼むしかないと思うぞ。
死んだ銀狼の牙を時々持ってきてくれることもあるし」
「結局は山に登ることになるな」
「ほしいのならそうするしかないな。
雑貨屋の主人なら山に詳しいよ。獣人に食材持っていったりしてるから。
だから情報がほしいのなら雑貨屋に行くといい」
「ありがとう」
陽平は礼を言ったあと部屋に向かう。先に部屋にいた二人に、雑貨屋に行こうと誘い宿を出た。
小さな村で目的の店を探すのは容易で十分もかからずに見つかる。
「ここがそうじゃない?」
ミリィが指差す先にルルブ雑貨店と書かれた立て看板が置かれていた。
店内には、いろいろな生活雑貨やちょっとした食料が置かれている。
ちょうど品物の整理をしてたようで、中年の男が箱を探っていた。
「客かい? しかも見かけない顔だ」
「山に登りたいんだけど。あと獣人にも会いたい」
「山に登ってしかも獣人に会いたい? 物好きだねぇ。
会いたいからって簡単に会える奴らじゃないよ?」
「あんたなら会う方法知ってるって宿のおやっさんが言ってたが」
「確かに定期的に会ってますがね。
そうですね……山に登るのに必要な物を買っていってくれるのならお話しましょう。
情報料として払うと考えてくださいな」
「山に登るのに必要なら買わなきゃいけないだろうな。
わかった。みつくろってくれ」
「では皆さんの体のサイズを教えてもらえますかな」
三人のサイズの合わせた防寒具を男は集めていく。ほかに滑り止め用の金具、体を温めるための酒、固形燃料、乾燥させた食材などなど。食料は念のため五日分入れてある。行き帰り三日ほどなのだが、不測の事態が起こるかもしれないと考えてだ。
水は雪を溶かして調達する。地球と違って、汚れは少ないため体に入れても大丈夫なのだ。それは幾度か空中の水分を集め飲料水としている陽平もよくわかっていた。念のため消毒用の魔法も習得している。
必要なもの一式揃えると思った以上にお金がかかった。情報料としては高いのではと思えるほどだ。
「牙手に入れたあと依頼うけないと、ちょっと心もとないな」
「あとどれくらい残ってる?」
「大鳥籠に乗ってガッツーサまでは帰れないな。いいとこ半分いけるかってとこ」
「兄ちゃんっこれ買って!」
店の中を面白そうに見ていたミリィが手袋を持って近づく。薄布で作られたように見え、防寒具よりは装飾品のように見える。
「無駄づかいはできないんだけどな。それは?」
「こんなに薄いのに防寒性高いんだってさ。
買う予定の手袋より剣は握りやすいと思って」
剣士としては剣の握りに関して妥協はできないだろう。
「うーん……おっちゃん!」
「はいはい」
「この手袋ってどれだけ効果ある?」
「そうですね、私もそれを使ってますが霜焼けなどなったことありませんね。雪の冷たさもほとんど感じません。
しかし性能がいいぶん値段もはりますよ?」
「いくら?」
この手袋だけで、これから買う予定の金額の四分の一に匹敵する。
これには陽平も悩む。高すぎる買い物だが、山で戦いになったとき役立つのは間違いない。少し考えて命を守るためと結論が出た。
「この子の手袋のかわりにそれを入れといてください」
「よろしいので?」
男の問いに陽平は頷きで返す。
勘定を終えて、本題に入る。
「私が獣人と会うのはいつも決まった場所でね。
見えるかな? あのひょこっと突き出た場所だよ」
窓から見える山の左側にたしかに男の言うような場所がある。山の中腹より少し上だ。
「四ヶ月に一回、冒険者を雇って食材とか薬とかを持ってあそこまで登るんだ。
そしてあそこで待ってると向こうから接触してくる。山で取れる獣の毛皮や鉱石と交換して終わりだ。
先々代からこの物々交換は始まったらしい。始まりの理由は知らないよ」
「そのとき銀狼の牙は受け取らないの?」
エストは在庫にあるのではと駄目もとで聞く。
「それはないな。山に住む獣人にとって銀狼は神聖なもの。乱獲はしないと言っていた。
銀狼が死ぬたび、一番大きな牙を一本だけもらうらしい。
それのほとんどを大樹神殿の使者に渡しているよ。
で、話を戻すが獣人に会う方法というか、会っても無事でいられる方法は」
男はカウンターからいくつかの薬を取り出す。それを紙袋にいれて陽平に渡した。
「これをルルブの使いで持ってきたと言えば、とりあえずはなんとかなる。
それから先はあんたたち次第だ」
「ありがとう」
「なんの儲けさせてもらったからね。
あとゆっくり登って行くこと。急いでいくと倒れることがある」
「ああ、高山病でしたっけ」
陽平も詳しいことは知らない。酸素が足りなくなるといった簡単なことしか覚えていない。
急ぐ理由はないのでゆっくり進むことに異論はない。
「そんな名前があったのか?
まあ、そういったことがあると知ってるのならいい」
ここでの用事が終った三人は宿に帰る。一晩ゆっくり休んで明日出発するとことにした。
夜が明けて登山用の装備とちょっとした日用品と武具と作ってもらった弁当を買ったリュックに詰めて三人は宿を出た。
残った荷物は宿の主人にお金を払い保管してもらっている。
三人は林を越えて山に踏み込む。アドバイス通りゆっくりと風景を楽しみながら進んでいる。だがその余裕も積雪地帯に踏み込むまでだ。雪に足をとられ、ゆっくり進んでいても疲れる。
「雪山登山は疲れるね〜」
疲れると口には出しているが楽しんでもいるミリィ。
「ほんとに」
それだけ答えるのは一番疲れているエスト。
「ちょっと休憩しようか」
「うん」
エストがその場に座り込む。
「エスト疲れてるね。体力つけないと」
「これでも少しは走ったりしてるの。ミリィが体力ありすぎなのよ」
「動くの好きだからね。自然と体力はついてったよ。
でも寒いのは平気じゃないけどね」
「寒いとわかってたけど、ガッツーサで過ごす冬よりも寒いとは思ってなかった。
兄さん、魔法で寒さどうにかならない?」
「十五分くらいでいいならどうにかなる」
「「ほんと!?」」
できないだろうなと思って聞いてみたのだが、どうにかなると知って二人は驚いている。
「雪山に来るってわかってたから、それなりの準備はしてきたんだ」
そう言いながら陽平はポケットから式符を取り出す。
二人が近寄ったあと、魔法を使う。
「操温陣」
三人を中心にふわりとした空気が広がる。二メートル弱の範囲に温かな空気が満ちる。雪もじょじょに溶けていき座っていられなくなった。それどころか足場も下がっていく。三人は今一メートルほど下がった山の斜面に立っている。
「寒かったぁ」
エストは冷えた体を温めようと服の上からさする。
「やっぱり魔法って便利だね。たくさんの人たちが魔法使いを求めるのもわかるな」
「便利なのは認める。極めていけば多くのことができるようになるんだろうしな。それまで……」
何百年もかかると言おうとして止める。
このとき陽平は初めて気付いた。そんなに生きても今そばにいる人たちは死んでいることに。
魔法使いとなって初めて後悔が湧き上がる。長生きすることと一人になることへの恐怖とともに。
ずっと先には、一人になるのかと思いかけて思い出す。エストも魔法が使えているじゃないかと。エストだけはずっと一緒なのだと思うと、安堵の気持ちが湧いてきた。
この安堵が裏切られるのはずっと先のことだ。
「兄ちゃんなに言いかけたの?」
「いやなんでもない。
それにしても天気が曇りで助かった」
「どして? 雪がちらついて視界は悪いし、気温も下がってるよ。晴れてたほうがいいと思うけど」
「晴れだと目を悪くする可能性があるんだ。
雪に太陽の光が反射したりして」
「そうなんだ」
「だからほんとは色つきめがねがほしかったんだけど、雑貨店にはなかったみたいだ」
話しているとあっというまに十五分過ぎていった。
「そろそろ出発しよう」
「もう?」
エストはまだ温まっていたそうだ。
「結界の効果が切れるんだ」
そう言われると出発せざるをえない。結界なしでここにいるのは意味がない。
三人は再び歩き出す。
ずっと歩き続け、日が暮れる少し前に野営のための準備を始める。テントをそのままはると斜めになるので、地面を平らになるようにならしてからはる。
テントの中は荷物を入れて三人が横になるので精一杯の広さだ。寒さがしのげるだけありがたいので、文句などでない。
慣れない雪山登山で疲れた三人は夕食後、寝袋にもぐりこみ早々と眠った。体を温めるため少しだけ酒を飲んでいるので、そのおかげもありあっさりと眠りについた。
陽平がテントの周囲に警戒用の結界をはっているので、なにか近づいてきてもすぐわかるようになっている。普段は結界をはっても見張りはたてるのだが、よほど疲れていたのだろう。
テントになにも近づくことなく朝を迎えた。
エストとミリィが身支度を整えるため、陽平はテントの外に出る。陽平の身支度はすぐに済んだ。男の身支度など急げば十分もあればなんとかなる。
雪を溶かして顔を洗い、ご飯の用意をしていく。
朝食を食べ終え、テントをたたみ三人は出発する。昼前には目的地点に着けそうだ。
「ん〜?」
頂上方向を見ていたミリィが首を傾げる。
「どしたミリィ?」
「上のほうに人影が見えたような? すぐに物陰に入ったのか見えなくなったけど」
「獣人じゃないのか?」
「かもしれない。小さすぎて人としかわからなかったし」
体力に余裕のあるミリィは誰かと会わないか注意して歩いていく。
だが人影を見たのはこれ一度きりで、獣人に会うまで生き物を見ることはなかった。
10後編へ
2008年09月15日
東方SS 永遠亭の至宝と輝夜の薬
「永琳。研究室借りるわよ」
永琳が研究室で足りなくなってきた薬を補充のために調合していると、輝夜が入ってきた。
「姫? かまいませんが、なにをするのですか?」
「薬を作るのよ」
「……久しぶりですね」
「まあね」
じつに数百年ぶりのことだ。月にいた頃以来ではなかろうか。
一緒に作業した頃のことを思い出し永琳は懐かしげな表情を浮かべる。
「手伝いましょうか?」
「一人でやらないと意味ないの。かわりに資料や材料は使わせてもらうわ」
「どうぞ」
妹紅との決闘に使うのかしらと思いつつ永琳は薬を作る作業を続行する。話していても作業は止まっていなかった。何百何千と作ってきた薬だ、ほかのことに気をとられても失敗はない。
なにを作るのか無事にできるのか気になる永琳は、ちらちらと輝夜の作業を盗み見る。だが輝夜は永琳に背を向けているため作業を見ることはできない。
もっとも今は資料を見ているだけなので、盗み見ても意味はない。
一時間以上かけて、必要な情報を集め終えた輝夜がパタンと本を閉じる。
「材料ってどこにあるの?」
「姫から見て左にあるタンス二つに入ってます。
あいうえお順に引き戸に入れてありますから」
「こっち見ては駄目よ。材料からなにを作るかばれるから」
「わかりました」
引き戸を開ける音が永琳の耳に入ってくる。さすがに音だけでなにを持ち出したのかわかりはしない。
最近棚の整理を材料の勉強も兼ねて鈴仙に任せていたため、なにがどれくらい減ったのかわからないので、そこからも推測できない。
それでも薬作りに恵まれた才能を持つ永琳は、輝夜が薬作りため材料をあぶったときにでた香りから二種類の材料をつきとめた。
(とはいっても、この二種類を材料とする薬って三百近くあるのよね。
せめてもう一種類くらいわかればいいんだけど)
輝夜は作業に集中していて、永琳は考えているため、静かに時間が過ぎていく。
煎じたり、きざんだり、潰したり、作業音だけが部屋に響く。
ほかのことに気をとられていてもよどみなく手を動かしているため、考えごとをしてるようには見えないのはさすがだ。
そして三時間ほど過ぎた。
「これでよし」
「完成したのですか?」
「一応はね。一晩月明かりを浴びせて熟成させればできあがりのはずよ」
完成品をテーブルのわきにおいて、作業で使ったものを片付けていく。丁寧に念入りに片付けられ、作業前よりも綺麗になっている。
ここまで丁寧に片付けたのは、作業跡からでも永琳ならばなにを作ったかわかると考えたからだ。
「邪魔したわね」
「いえ、いつでも使ってかまいませんよ」
完成した薬を持って輝夜は研究室を出ていった。
結局、輝夜がなにを作ったのかわからない。月明かりを浴びせるという言葉で候補が五十以下に絞れたくらいだ。
次の日、輝夜は完成品を持って永遠亭を出た。
そのとき永琳は患者を診なければならなかったため、あとを追うことはできなかった。鈴仙に頼もうにもちょうど薬を売りにでている。てゐは用事で出ているのか姿をみかけない。ほかのイナバたちもどこか楽しげに忙しそうだ。
永遠亭を出た輝夜は里に来ている。
目的地は寺子屋だ。
慧音の住居部分の庭に降り立った輝夜はそこから慧音を呼ぶ。
「白沢いるかしら?」
「珍しい客だな」
呼ばれ出てきた慧音は縁側に立ち、わずかに驚きの表情を浮かべ輝夜を見ている。
そんな慧音を気にせず、薬を差し出す。
「ちょっとこれ飲んでくれない?」
「なんだそれは? 飲んでもいいが、飲む前にどんなものか説明してくれ」
「これは肩こりをとる薬よ。たぶん」
「たぶんってなんだ?」
「薬作りなんて久しぶりだし、作りたい薬の作り方が載っている本がなかったから、勘で補っている部分があるのよ」
薬で作るうえで言ってはいけないことをさらりと悪気なしに言った。
「勘って……できれば飲みたくないのだが?」
「飲んでくれたら三ヶ月くらいなら妹紅と殺し合いしないであげる」
「うーむ……。
製作者から見て、成功していると思っているか、それ」
「そうね……半分くらいの確率で成功してると思うわ。
それに失敗していても味が悪いだけじゃないかしら。そこまで酷いことにはならないわよきっと。毒とか使ってないし」
二分の一で成功。裏返せば同じ確率で失敗。
慧音は悩む。
だが妹紅にしばらく健康ですごしてほしいという思いから、飲むことを決意する。
輝夜に手を差し出し薬を受け取る。
竹筒の水筒に入れられたそれをいっきにあおった。
舌に薬が触れたとたん、脳が刺激を知覚する。
「苦っ!?」
体が痺れたり、血を吐いたりはしないが、味覚に攻撃されたような苦さだ。
台所へと走った慧音はポンプをこいで水を出し、がぶがぶと飲んで苦さを消す。
少しだけ顔を青ざめた慧音が縁側に戻ってくる。
「失敗かしら?」
「最初に言うことがそれか」
「味が悪いかもしれないとは聞かれたときに答えたでしょ」
「想像以上だったがな」
言いながら慧音は肩に触れる。五分ほど動かして、幾分か軽くなり柔軟になったと感じられた。
「成功じゃないか? 確実に楽になったぞ」
「……いえ失敗だわ。やっぱり勘でやっても駄目ね」
慧音を見て輝夜は失敗だと判断する。
「肩こりはとれているぞ?」
「求めた効果がでていないのよ」
「いやだから」
「邪魔したわね」
慧音の言葉を遮って輝夜は空中に浮かび永遠亭へと飛び去った。
慧音はわけがわからないと首を傾げている。
永遠亭に戻った輝夜は失敗点を直そうと資料を見る。
昨日見た資料以外も見たのだが、輝夜の求めるものは載っていなかった。
「そんなに時間はないのよね。
仕方ない、ほかを当たってみましょうか」
以前、鈴仙に紅魔館にはたくさんの本があると聞いたことがある。目的地はそこだ。
冷蔵庫からとあるものを持ち出し、それをお土産として紅魔館に向かった。
湖を越え、紅魔館門前へと着地する。
少し前まで眠そうにしていた美鈴だが、輝夜の気配を捕らえ今はそうとは見せないように臨戦態勢をとっている。
対する輝夜には敵意はない。それは美鈴も感じ取っているが、敵意を隠しているという可能性もあるので臨戦態勢のまま問う。
「何か御用でしょうか?」
「ええ。ここに図書館があると聞いて、本を見せてもらえないかと思って」
「図書館ですか」
じっと輝夜を見て、美鈴は臨戦体勢を解く。
問題なしと判断したのだろう。
「少々お待ちください。許可もらえるか聞いてこさせますので」
「ありがとう」
美鈴は門番隊の一人をパチュリーへと使いに出し、図書館利用の許可を聞いてきてもらう。
数分も待たずに使いは了承の言付けを持って戻ってきた。
輝夜は案内されて地下図書館へと入る。
出迎えたのは小悪魔。客の対応は小悪魔になったのだろう。
「いらっしゃいませ」
「世話になるわ」
「はい。主は本を読むことに忙しいので対応は私になります。
こちらへどうぞ」
「その前にこれお土産よ」
桜色の薄布に包まれた重箱を差し出す。
中身は人参の羊羹だ。人参好きのイナバたちが妥協せずにこりにこって作った一品。
自家栽培した自信作の人参を柔らかく煮て、丁寧に時間をかけて潰し、目の粗い漉し器で数度漉す。それにどこからか調達してきた和三盆を混ぜ、さらりとした口どけと滑らかさと上品な甘さを追及したのだ。
永遠亭内でも人気の一品だ。
「ありがとうございます」
「連絡なしにきたのだから、これくらいはね」
「黒白の魔法使いとは大違いですね。あの方はお土産を持ってくるどころか、本をお土産として持っていってしまいますから」
「うちも何度かやられたわ」
「困ったものですね。
ところでどのような本をお求めで?」
「薬関連よ。体を変化させるようなもの」
「病気を治すとかではなく、背を大きくしたりとかですか?」
「ええ」
「わかりました。とってきますので、こちらに座ってお待ちください。
あと静かに願います。主は騒々しいのは嫌いますので」
そう言って小悪魔は本をとりに本棚の群に消えていく。
輝夜は想像以上の本の多さに驚いていた。
(とってきてもらえて助かったわ。自分で探せなんて言われたらどれだけ時間がかかるか)
二十分ほどで数冊の本を抱えた小悪魔が戻ってきた。
「こちらが求めた本だと。
貸し出しは行っていませんので、持ち出しはしないでください」
「内容を書き写すのは?」
「それは大丈夫です。
では御用がある場合は、こちらの鈴を鳴らし呼んでください」
テーブルに小さな銀のベルを置いて小悪魔は仕事に戻る。
輝夜はさっそく本を開いて読み出す。
集中し読み続ける輝夜は時間の経過を忘れる。
日が暮れても読み続ける輝夜に小悪魔が声をかける。
「よろしいですか」
「なに?」
「いえ、すでに日が暮れてますけど帰らなくて大丈夫なのかと」
「え? もうそんな時間?
……まあ大丈夫よ。妹紅との殺し合いで朝帰りなんて何度かあったし。
それとも図書館閉める時間?」
「それはまだ大丈夫です」
「ならもう少しだけお願い。
三時間ほどで終ると思うから」
「わかりました。
軽食でもお持ちしましょうか?」
「そうね……お茶をお願いできるかしら?」
「少々お待ちください」
小悪魔の入れたお茶で少しだけ休憩をとり、再び作業に戻る。
それから三時間弱。必要なことを調べ書き終えた輝夜は紅魔館を出る。小悪魔に礼を言って、本を読ませてくれたパチュリーに礼の伝言を頼んで。
永遠亭に戻ると、皆今日は勝ったのですねと言ってくる。
妹紅と死合って帰りが遅れたのだろうと思っているからだ。死合ったにしては服に汚れがないのに。完勝したのだと考えてるのだろう。
輝夜も訂正することなく、食堂に向かう。おにぎりを作って再び研究室へ。
夜明けまで研究室に明かりがついていた。
朝になって起きた永琳が研究室に入ると、器材を片付けたところで眠気に負けた輝夜がテーブルに突っ伏していた。久々の頭脳を使う活動で精神的に疲れたらしい。
輝夜の顔の横に一晩かけて作った薬が置いてある。
それの分析などしようとも思わずに、輝夜を横抱きにして寝室へと運ぶ。
布団に寝かせた輝夜の枕元に持ってきた薬を置いて、永琳は静かに寝室をでる。
永琳が薬を気にしないのは、もう少ししたらどんなものか知ることができるとわかったからだ。
輝夜が薬を作って一週間と少し。この間に薬の効果を自分で試し、涙を流して成功を確信した。
永遠亭内もそわそわとした雰囲気が漂っている。落ち着いているのは永琳くらいだ。
忙しそうで楽しそうで、でもそれを表に出さないようにしている皆を、永琳は微笑みながら見ている。
そして隠し事をばらすときがきた。
鈴仙に連れられ永琳は食堂に向かう。扉を開けると輝夜とイナバたちがいっせいに、
「誕生日おめでとうございます!」
と大きな声で祝う。
「ありがとう」
永琳は満面の笑みで祝いの気持ちを受ける。
食堂内は色紙で飾り付けられ、おめでとうございますという幕もかかっている。テーブルにはご馳走が並び、全員に行き渡る数のケーキも置かれている。
永琳を上座に座らせて、皆も座る。
「もしかして永琳、このこと知ってた?」
「どうしてそう思うのです姫?」
「なんとなく?」
付き合いの長さからくる直感みたいなものか、輝夜はちょっとした違和感みたいなものを感じ取っていた。
「知っていましたよ。
ウドンゲの独り言を聞きましたから」
全員の視線が鈴仙に集まった。
「えっと本当ですか師匠?」
「ええ。用事があって貴方に話しかけようとしたときに、考えごとしてたみたいでそれが声に出てたのよ」
永琳を除いた全員の視線が剣呑なものに変わる。
鈴仙はあわあわと慌てて謝る。
「ご、ごめんなさ〜い!」
「前もって知っていても嬉しいことにはかわりないのですから、ウドンゲを責めないで」
「永琳に免じて許してあげるわ」
「ありがとうございますぅ」
「鈴仙のことはおいといてプレゼント渡そうよ」
てゐが場をとりなす。
皆が準備したものを取り出して永琳に渡していく。
イナバたちは皆で協力して永琳の服を作り上げた。てゐと鈴仙は希少な薬の材料を集めてきた。
そして輝夜はあの薬だ。
「はい。私からはこの薬よ」
「姫様? 師匠には薬は効かないのでは?」
「正確には効きづらいのよ。じゃないと蓬莱の薬も無力化したことになるわ。
でも効果は現れてるでしょ?」
「そうだったんですか」
永琳は手に取った薬を見て聞く。
「これは以前作っていた薬ですよね? でもあのときは飲み薬だったような?」
「あれは失敗したの。それで作り直したのよ。
それに飲み薬だと効果が体中に分散して、永琳の抵抗力に負けると思ってね。
塗り薬だと塗った場所にだけ効果がでるでしょ。一箇所にだけ強力な効果をだして抵抗をはねのけるように作ったの」
「効果は?」
「肩こり解消よ」
「では肩に塗ればいいのですね」
「違うわ。胸よ」
「胸?」
「効果は塗ればわかるわ」
永琳から薬を渡してもらい、永琳の服に手を入れて薬を塗る。
即効性の薬のようで効果はすぐに現れた。
みるみるうちに永琳の胸が縮んでいった。最終的にてゐ以下のぺったんこ。貧乳はステータスだ、とかいえる膨らみすらもない。
「胸が重くて肩がこるっていってたでしょ?
これで原因解消よ!」
「姫様!?」
永琳が何か言う前に鈴仙が悲鳴のごとき大声を出す。てゐやイナバたちもショックを受けたような表情だ。
「永遠亭の至宝になんてことをっ!」
「「至宝!?」」
鈴仙の言葉に主従で驚いている。
「そうですよ! 愛と夢と煩悩が詰まった永遠亭でもっとも価値のある宝物です!」
てゐとイナバたちも異論はないのか頷いている。
蓬莱の玉の枝とかじゃないんだ、と輝夜は少しだけショックを受けている。
「姫様だって覚えがあるでしょう?
あの胸に抱かれて感じた。柔らかさ温かさ心地よさ安らぎを!」
「あ、うん」
「それを至宝と言わず、なにを至宝と言うのですかっ!」
拳を握り締め鈴仙は力説している。背後に炎を背負っているようにも見える。
無意味なまでに強烈な迫力と説得力がある。
「で、でも三日もすれば元に戻るしっ」
「三日も我慢しなければいけないのですか!?」
鈴仙たちはふらりと倒れそうになる。
「な、なら私の胸で我慢してよ」
「ワンサイズ上げてから出直してきてください」
即答だった。しかも鼻で嗤うというオマケつき。
「え、え〜りん。イナバが苛める〜」
弱気な表情で、助けてと永琳に抱きつく。
しかし真顔に戻り、
「あ、ほんとだ物足りないわ」
呟いた感想が鈴仙の言葉を証明していた。
2008年09月09日
樹の世界へ9
シュイタスの村の出入り口には見張りが二人立っている。この入り口だけではなく、全ての出入り口にだ。
以前陽平が来たときには見張りはいなかった。カータスも見張りが立ち始めたとは言っていない。カータスが来なくなってから立ち始めたのだろう。
カータスが言い忘れたということはない。行く場所を告げると、役立ちそうな情報は小さなことも話していたのだから。娘が行く先のことだ、情報を言い漏らすようなへまはしない。
陽平たちが見たところ、見張りはそれが専門のようではなさそうだ。この二人相手ならば、ミリィ一人で簡単に突破できる。そんなことする必要はないが。
害をなそうとしているわけではないので、なにをするわけもなく見張りのそばを通りすぎる。いやすぎようとした。
村に入ることができなかったのは見張りの一人に呼び止められたからだ。
「何か?」
「ああ、やっぱりそうだ」
見張りは陽平を見て、懐かしそうでいて嬉しそうな声を出す。そんな様子を陽平は不思議そうに見る。
「お久しぶりです。魔法使い様」
「人違いじゃないか?」
「いえ、人違いなんかではありません。
小さい頃に魔法を使って遊んでもらったことを今でも覚えています」
「あ」
陽平も思い出す。たしかに子供達と遊んだことがあると。あのときの子供ならば陽平を覚えているだろう。
陽平は、ミリィの時と同じようなばれ方に少しだけ複雑な想いを抱く。
「本当にばれてるんだ」
「私と同じように遊んであげてたんだね」
エストとミリィがそれぞれの感想を言っている。
「そうだっ村長に知らせないと」
「待った!」
今にも駆け出しそうな見張りを陽平は止める。
「村長のところには自分で行けるから。
それに見張りっていう仕事があるんだろう。それを放り出すのは感心しないな」
こんなことを言ってはいるが、また大騒ぎになられてはたまらないという考えなだけだ。
「そうですね。見張りを放り出すことはできませんね」
「以前ここに来たときは見張りはいなかったんだけど。
魔物とかの活動が活発になったから見張りを置くようになった?」
「はい。俺達じゃ太刀打ちできないとわかっているんですが、いないよりもましだと皆で話し合いまして」
「そっか。
じゃあ俺はもう行くよ」
「なにもない村ですが、ごゆるりとしていってください」
見張りたちに見送られて三人は村に入る。
陽平は騒がれることにならないでよかったと安堵している。その安堵は少しの間だけと予想できるはずがなかった。
「まずは宿だね」
「小さな村だからあるかな?
兄ちゃん、この村に宿ってあった?」
「んー……たしかあったはず」
十年以上前の記憶を掘り起こし、村を見て回ったときに見かけたことを思い出す。
当時はお金のことすら思いついてなかったことも思い出し、苦笑がこみ上げる。
どうしたのと聞いてくる二人になんでもないと答え、宿屋に向かう。
見張り以外に陽平を覚えている者はおらず、騒がれることはなかった。気にしすぎていたのだなと思いながら歩く。村人の視線は陽平よりも女二人に向けられていた。
宿は記憶通りのところにあった。
受付に立っている女に陽平が話しかける。
「三人で一部屋。部屋は空いてる?」
「はい。ただベッドは二つしかありませんが?」
「それでいい」
部屋を男と女で二部屋とらないのは無駄になるからだ。以前はとっていたが、寝るときにエストが陽平のベッドに潜り込むので、ベッドが余り無駄になる。ミリィがいっそのこと一部屋でいいじゃないかと言ったのだ。そのほうがお金の節約になると。
エストが陽平と一緒に寝るのは、安心したいからだ。一人寝をすると不安でたまらなくなる。ミリィという妹分と一緒に寝てもだ。安眠するには陽平と一緒に寝るしかない。
宿帳に必要事項を書き込む陽平を女はじっと見ている。はっとした顔になったあと嬉しげな顔で陽平の手を取った。
「魔法使い様! お久しぶりですっ」
「へ? えっと君も遊び相手になった子供の一人?」
その返答に少しだけ寂しげな顔になる。
「そうですよね。もう十年以上経っていますから。
私はカルナです」
「カルナ」
陽平は名前を聞いてもピンっとこない。
「怪我を治療してもらった者です」
「ああっ。あのときの! 大きくなったから気付かなかった」
陽平が初めて他人に魔法を使った女の子だ。教えてもらえば、当時の姿をぼんやりと思い出すことができる。
当たり前だがカルナはすっかり大人だ。年齢は二十くらいだろうか。以前とは姿形がまったく違って、外見を見て思い出せないのは当然だ。
「思い出していただけましたか!」
陽平が思い出したことがよほど嬉しかったのだろう、カウンター越しに抱きついた。
「あっ!」
声を上げたのはエスト。ミリィは驚いているだけ。
抱きつくのは少しだけで、手を握ったまま離れる。
「魔法使い様が泊まってくださるのならご馳走用意しないと!」
「いや、普通でいいから」
そうですかと残念そうにカルナは言って、せめて腕によりをかけて作りますと気合を入れている。
「でも本当にお久しぶりですね。
もう来てくださらないと思っていたんですよ」
根晶のことがなければこなかっただろう。
「でもさすが魔法使い様ですね。あんな小さな子供と交わした約束も守ってくれるんですから」
やくそく? 陽平は心の中だけで首を傾げる。
陽平はすっかり忘れていたが、子供達と交わしたもう一度村に来るという約束だ。
シュイタスから帰ってすぐにオーエンと死に別れるという出来事があったので、約束はすっかり記憶の隅へと追いやられてそのままだったのだ。
忘れたと素直に言うと、いろいろぶち壊すことになりそうので話を合わせて部屋へ。
「このあと村長のところに行くけど二人はどうする?」
「勝手に行ってくれば?」
「ど、どした?」
なぜか不機嫌なエストに陽平は戸惑う。
「カルナさんに抱きついたりされてたから不機嫌になってるんだよ」
ミリィがエストの気持ちを代弁した。
陽平はちょいちょいとミリィを呼んで聞く。
「どうすれば機嫌戻ると思う?」
「聞かれてもわかんないよ。
この場合謝るってのも違う気がするし、食べ物とかでつるのも違うかな。
んー時間が経てば直るかも。
とりあえず村長さんのとこ行ってきたら?」
「そうするか。エストのこと頼む」
「いいけど。根晶見に行くことになったら呼びにきてね。
私も見たいから」
「わかった」
行ってくると二人に告げて部屋を出る。
宿を出るときカルナに村長の家や、村長は交代したのか聞いておく。
以前とかわりないということで、覚えている家へと向かった。
村長の家に着いた陽平はノックして家人を呼ぶ。
出てきたのは記憶の中の姿よりも年をとった村長の奥さん。奥からは話し声が聞こえ少しばかりにぎやかだ。
「はい。どちらさまですか」
「旅のものですが、少しお願いしたいことがあって寄らせてもらいました」
「宿泊でしたら、この村には宿があるのでそちらへどうぞ」
「いえ、宿ではなくて。
この村にある根晶を見せてもらいたいのです」
直球勝負だ。どうきりだそうか考えてはいたものの、上手いこと思いつかなかったのだ。
奥の手として魔法使いとばらすことも考えたが、根晶が絡むと逆効果な気もしていた。
「そのことをどこで?」
「以前、盗まれたときにその場にいたんです」
「確かに盗まれたことはありますが……。
あっ! あなたはヨウヘイさん」
当時を思い出したことで、まったく容姿の変わっていない陽平に気付いた。
「お久しぶりです」
「どうぞ中へ。こんなときにあなたがきてくださるなんて、大樹様のお導きかもしれません」
厄介ごとが起きているんだろうかと嫌な予感が湧いてくる。
嫌な予感は当たると言ったのは誰だっけと思いながら、陽平は奥さんに案内されるまま屋内へと進む。
部屋の中には奥さんと同じように年をとった村長と包帯だらけの男と鎧姿の男がいた。この鎧の男も傷だらけだ。
「そちらは誰だ? お前の知り合いか?」
「あなた、ヨウヘイさんですよ。十年以上前にきた魔法使い様」
「……おおっ! たしかに見覚えが。いやーかわっていませんな」
「あなた、ヨウヘイさんならどうにかできると思いませんか?」
「ほかの冒険者を雇うより可能性は高いな。
よろしければ話を聞いていただけませんかな?」
厄介ごとに巻き込まれそうだが、チャンスでもある。解決すればその礼として根晶を見せてもらうことも可能かもしれない。
無理なことなら断ろうと決めた陽平は、それを伝えて先を促す。
「森の中の魔獣などを、冒険者に追い払ってもらっているのはヨウヘイさんも知っているでしょう?
カータスさんが受けていた仕事です。
今もその仕事を請けてもらっているのですが、今回の仕事で問題が起きまして。
森の中に寄獣がいるというのです。
知ってのとおり寄獣は魔獣よりも手強く、今回来てもらった冒険者には荷が重すぎたようで退治することができなかったのです。
それで別のもっと強い冒険者を雇おうかと話していたわけです」
寄獣とは寄種というものとりつかれた魔獣や獣のことだ。寄種が人や亜人にとりつくと寄人となる。
種と名はついているが、厳密に言うと種ではない。見た目が種に似ているため、そう呼ばれだした。
寄種にとりつかれたものは、目的なく動いているように見える。人には推し量れない目的を持って動いているという説もある。どちらが正しいのか、寄種が現れて長い年月が経っている現在でも判明していない。
高位の寄生樹信仰者ならば知っているかもしれないが、表に出てこない人種だ。出会うことすら難しい。捕まえたとしても話すようなことはないだろう。
「寄獣がいるといのは間違いない情報ですか?」
「本当だともっ。見た目は森の中にいる動物なのに、突然変化してありえない動きで襲い掛かってきたんだ!
あんなもの寄獣以外なんでもないさ!」
「俺もあんな生き物は初めて見た。冒険者としてそこそこ魔獣と戦っているが、あれは今まで見た魔獣と違う。
見た目はそこらの獣なのに、雰囲気は別物だ」
男二人が証言する。実際に会ったのだろう。強い感情が込められた言葉だ。
姿形、どんな行動を取ったか、どこにいたかなど、さらに詳しいことを聞き出す。
それによってわかったのは、寄獣としては一番ランクの低いものだということ。
これならば油断せずいけば三人でも大丈夫だと陽平は判断した。
「この依頼請けてもいいですよ」
「本当ですか! 助かります」
「ただし条件があります」
厄介ごとがなくなると喜んでいた村長は条件という部分に反応し、笑顔を引っ込める。
「この村に根晶がありますよね? それを」
「譲るなんてことはしませんぞ!
村を助けてもらえるのは嬉しいですが。報酬としては破格です!」
陽平が最後まで言い切るまえに村長が遮った。
勘違いしているのだろう。魔法使いにとって根晶は喉から手が出るほど欲しいものだ。勘違いするのも仕方ない。
「いえ、ほしいんじゃなくて見せてもらいたいだけなんですが」
「見せるだけ?
……どうしてか理由を聞いても?」
「研究中の魔法完成のために根晶が必要なんです。
それに使う根晶を探すために一度本物を見てみたいんですよ。
なにも知らないまま探すよりはましだと思うから」
その言葉を聞いて村長は考え込む。信用していいか迷っているように見える。
寄獣は倒してもらいたい。けれども根晶を奪われる可能性もある。村の宝と村人の命を天秤にのせた状態だ。
しばらく考え込んでいた村長がようやく口を開く。
「触らない。ある一定の距離から近づかない。
この二つを守ってもらえるのなら」
「触ってみたかったんですが……それでいいです」
依頼の報酬として見る権利を求めているのに、そこに条件を出されるのはおかしな話だ。
だがこれ以上ごねると依頼取り消しても拒否されるかもしれないと考えた陽平は、村長の出した条件を飲んだ。
「それじゃ行ってきます」
家を出ようとする陽平を鎧姿の男が止める。
「俺も連れて行ってくれ。
このまま失敗したままじゃおさまりがつかない」
「いやあんた怪我してるから無理だろ」
「魔法使いなんだから、これくらいすぐ治療できるんじゃないのか」
「できるけど、力は温存しておきたい。予想外のことが起きたら対応できるように」
「人手は足りてるのか?」
食い下がる。
「宿に仲間が二人待機してる」
「それでも人は多いほうがいいだろ」
「手の内知られたくないから、助けはいらない。
帰ってきて余裕があったら治療はするから大人しくしててくれ」
これ以上言ってくるようなら、はっきり迷惑だと言うつもりだった陽平だが、相手も雰囲気でそれを察してか口を閉ざした。
宿に帰るとカルナが陽平を出迎える。
カルナに簡単でいいから弁当を作ってもらえないか頼み、部屋に戻る。
「ただいま」
「おかえり」
「……」
エストの機嫌はいまだ悪い。
それを見て溜息をついて、話し出す。
「これから寄獣退治に行くことになったから準備してくれないか。
エストもひとまず機嫌悪いのは置いといて」
「兄ちゃん」
「ん?」
「なんで寄獣退治に行くことになったのさ」
「根晶目当てにこの村にきたのは言ったな?
見たいって言ったら、見せるかわりに寄獣退治しろって交換条件だされた」
「なるほど。
ほらほらエスト準備しないと」
ミリィにせかされ、しぶしぶとエストは動き出す。
このままだとエスとはいつもどおりの動きはしないかなと、陽平は考える。
「エスト。ここで待ってるか?
いまのままなら一緒に来ても足手まといなだけだ」
気持ちが揺らいだまま一緒に来ても、こちらにとってはハンデにしかならない。それならいっそ陽平とミリィ二人だけで行くほうがましだ。
「行くっ」
機嫌を直したわけではないだろうが、きびきびとした動きで準備を始める。
語尾が強かったので苛立っているのかとも思ったが、そうでもなさそうだ。
怖がっているというのが一番適しているかもしれない。もちろん陽平に怖がらせる意思はない、エストも陽平を怖がっている様子はない。
若干わけのわからないままだが、戦いに向かう状態としては大丈夫そうだと陽平は判断する。
一度脱いだ鎧を着込み、武器を身につけ、必要なものだけを持って準備を終える。
宿屋のロビーに出るとサンドイッチを作ったカルナが待っていた。
「これ頼まれたものです。
これから散歩でも、と思ったんですけど違うみたいですね。
なにをしに?」
「森の中の魔物退治。ちょっと強い奴がいるからと村長に頼まれて」
「そうですか。よろしくお願いします。
お腹の中の子を連れて森を散歩したいと思っているんです。
安全になるのは助かります」
カルナは微笑みを浮かべお腹をさする。膨らみが目だっていないので妊婦には見えない。
「結婚してたんですか?」
やや呆然としてエストが聞く。
「はい。去年に幼馴染と」
そのときにもらったんですよと幸せそうに胸のペンダントに触れる。
決して高価なものではなさそうだが、幸せの証として光を受けて綺麗に輝いている。
「えっと、おめでとうございます」
「はい。ありがとうございます」
「頑張って魔物倒してきます」
「よろしくお願いします。無茶はなさらないでくださいね」
機嫌がよくなったように見えるエストを陽平とミリィは不思議そうに見ている。
ようはエストの空回りだったのだ。カルナが陽平を好きだと思い込み、陽平を取られると思っていた。陽平が嫌がっているように見えなかったのも誤解の一因だ。思いを溜め込んで悪い方向へと悪循環し不機嫌となっていた。
そこに結婚していると聞いて誤解だったとわかって機嫌がよくなった。
実のところカルナが陽平を好きだというのは間違った考えでもない。思い出が美化され初恋となっていた。けれども会わない期間が長すぎた。いつまでも初恋の想いを持ち続けることはできなかったのだ。五年ほど前に再会していれば想いを遂げようと積極的になっていたかもしれない。だが今はもう人妻だ。それに幸せなのだ。初恋は淡い思い出となっている。
幸せを壊してまで初恋を遂げようとしない。それがエストにもわかったのだろう。
三人は警戒した状態で森の中を歩いている。木はあまり密集してはいないので枝の隙間から光が差し込み、森の中は明るい。
目指す場所は冒険者たちが寄獣に出会った場所だ。そこにいるとは思えないが、まだ近くにいる可能性も捨てきれないのでむかうことにした。
陽平とエストが素手なのに対して、ミリィはいつでも戦えるように両手にショートソードを持っている。
ミリィが剣を習い始めた頃は、カータスと同じように剣一つを使っていた。二刀流になったのは、カータスと一緒に依頼を受けるようになってからだ。その頃のミリィは駆け出しの域を出ていなかった。なので攻撃を避けるための見切りも甘かった。
そこで避けることができないのなら、盾を持たせて怪我を少なくさせようとカータスは考えた。しかし盾の重さを嫌ったミリィは持つことを拒否。どうしようかとカータスは考え、一人ではいい考えが浮かばず、知り合いに相談する。そして剣をもう一つ持たせて盾の役割を果たさせればいいと助言をもらったのだ。
問題がなかったわけではない。二刀流の扱い方をカータスは知らなかったのだ。おおまかに予想はつくのだが、きちんとした指導はできない。そこで道場を開くときに許可をもらいにいった自流派の地方支部に、ミリィと一緒に基本を教えてもらいに行ったのだった。
そうして二刀流を扱うための基礎を覚え、以来ずっと二刀流でとおしている。
「止まって」
陽平が二人を止める。
「この近くにいるの?」
ミリィが聞いてくる。ミリィたちよりも長生きしているのは伊達ではなく、陽平の感知能力は二人を上回っている。だから自分がなにも感じなくても、陽平がなにかを察知したのかと聞いた。
陽平の感知は気配を察するというよりも、魔法で強化した聴覚などの五感で怪しげなものをとらえている。
気配を察することもできないことはない。だがおぼろげで頼りない。
「いや、そろそろ現場に近そうだから二人も強化しておこうと思って」
「あ、お願い」
嬉しげにミリィが陽平に近寄る。カータスと同じでいまだ届かない領域に一時的に到達でき、動けることが楽しいのだろう。
二人とも感覚に慣れようと軽く動く。さっきまでと今の感覚ではずれがあるためだ。それを修正しようとしている。
そのとき陽平の聴覚が風で揺れた枝ではない音を捉えた。二人よりも能力上昇率が上だったので気付けたのだろう。
音のした方向を見るとこちらを見る鹿と目が合った。外見は聞いていたものと同じ。それよりも目のにごり具合で通常の鹿とは違うと感じられる。
もしかすると陽平たちは、大分前から監視されていたのかもしれない。そして隙らしきものでできたので姿を現したのだろうか。
グニャリと鹿の角が歪み、嫌な予感が脳裏に走った陽平は二人を押し倒す。言葉で言うと間に合わないと判断したからだ。
その判断は正しく押し倒した頭上をいくつもの棘を生やした角が突き刺していた。生えた棘は進路上にあった木の幹を簡単に貫いている。
「あ、ありがと兄ちゃん」
「助かったよ兄さん」
「礼はあとで。立ち上がって。
寄獣は予想しにくい攻撃してくるから油断するなよ。宿主の体壊すような動きくらいは簡単にやってくるからな」
アドバイスを言いつつ陽平は動く。
ミリィと陽平は前衛、エストは後衛だ。攻撃を担当するのは主にミリィ。陽平も攻撃はするが、補佐に回ることが多い。エストも陽平と同じだ。
陽平がポケットから式符を取り出し魔法を使う。どのポケットにどの式符を入れているかは完全に暗記している。
「空握」
空気の手で対象を掴む魔法だ。ただし効果は短く二秒。そして対象を掴むのみで、体全体を縛るわけではない。
その二秒でミリィは鹿に近づいて剣を振るっている。命の危機に鹿はできる範囲で避けようと動き、剣は角を斬りおとすのみとなった。地に落ちた角は従来の形状となっている。頭部についている切り口には小さな泡が出ており、そこから新たな角が生えようしているのが見える。
ミリィはさらに剣をふるう。体が自由となった鹿は斬りつけられるまま、頭を振り角をミリィヘと振るう。棘の鋭さを見ていたミリィは受けることは危険と判断し、下がって避ける。
「氷弾」
ミリィが下がったことで攻撃可能となった陽平が準備していた魔法を使う。直径二センチ足らずの氷が三十粒ほど、鹿の足目掛けて飛ぶ。機動力を潰そうという考えだ。
この思惑は上手くいった。鹿の脚の骨を折った。だが鹿も非常識で、折れた足のまま木々を蹴り縦横無尽に跳ねだした。陽平のアドバイス通りの行動だが、陽平自身もこんな動きは想定外だった。脚が折れているせいでランダムさに磨きがかかっているのだ。
体力尽きるまで跳ね回るつもりか、木や陽平たちを切り刻んでも鹿は動きを止めない。ミリィの鎧すら削り傷つけているこの攻撃を長続きさせるわけにはいかない。
「エストっあれの動き止められるかっ?
俺には無理だっ」
攻撃範囲の広い扇雷ならば可能かもしれない。だが木が燃える可能性があるので使えないのだ。山火事なんぞ起こしたら自滅するだけだ。
「たぶん大丈夫!」
答えてすぐにエストは地に手をついて、何事か呟く。
地面がかすかに鳴動し、土が盛り上がる。木の根が地中から勢いよく飛び出し、鹿に絡まり突き刺さる。木製の蜘蛛の巣にかかったようで、逃げ出そうともがいているが動けないでいる。
エストも魔法使いだ。それも植物に特化した魔法使い。陽平が死にかけた四年前から使えるようになった。ただ陽平は、どことなく自分の使う魔法とエストの使う魔法は違うような気がしていた。元から使っている力の質に違いがあるのだから、違和感があって当然。しかし陽平の感じているものはそういった違いではない。
もっともその違和感を追求するつもりはないのだが。
「危なっ」
急に伸びてきた角を何とか陽平は避ける。
動けない鹿が最後の手段といった感じで、角を全方向に勢いよく伸ばしてきたのだ。
「二人とも大丈夫?」
「なんとか」
陽平と同じくミリィは伸びてきた角をぎりぎりでかわしていた。
「運よくこっちにはこなかった」
エストの方向には角はむかっていない。
「せりゃ!」
ミリィが動けない鹿の首を切り離す。寄種は胴体に寄生していたようで、まだ動いてはいるが攻撃方法の角を失ってはどうしようもない。
大きめの氷柱を作り出した陽平とミリィで鹿の胴体を数度刺すと、寄種に当たったのか動きを止めた。
すると鹿の体が、斬りおとした頭部も含めて、さらさらと塵になっていく。あとに残ったのは地面に積もった塵と亀裂の入った灰色の球体。この球体が寄種だ。今は死んだ状態だ。
「これを見せれば以来完了?」
つんつんと剣で寄種をつつきながらミリィが言う。
「だな」
陽平が寄種を拾い上げ小袋に入れる。
「二人ともこっち来て」
怪我の治療のためエストとミリィを呼ぶ。一番怪我をしているのは鹿の近くいたミリィだ。それでも運よく骨が折れるなどの大きな怪我はない。
オーエンには遠く及ばないが、初めて他人に使ったときよりは上達した治癒魔法で二人と自分の怪我を治していく。
三人が村に戻ってきた頃には、夕日が村を紅く染め上げていた。炊煙が上がり料理の匂いが風に乗って流れている。村人の多くも仕事を終え、のんびりと過ごしている。
三人は宿に戻らずそのまま村長のところへと向かう。
戸を叩くと出迎えてくれたのは奥さん。
村長に会いたいと告げて家に入れてもらう。
部屋には村長だけがいた。怪我をしていた二人は休んでいるのだろう。
「依頼完了しました」
証拠として陽平は寄種をテーブルに転がす。
「これが寄獣の核です。すでに死んでいるので危険はありませんよ」
「見て気分のいいものではないので処分してください」
たしかに村長の言うとおりだろう。
陽平は寄種を手に取り、暖炉に放り込む。魔法で火をつけ燃やした。寄種はすぐに燃え尽きた。
「これで依頼は完了です。
報酬の根晶見学に行きましょうか?」
「そう……ですね」
村長は少し躊躇いながらも立ち上がる。いまだ不安があるのだろう。
三人は村長に連れられ、村長宅から近い小さな蔵に来た。一度盗まれたことで、根晶の位置を移動したのだ。より村の中心に近い場所に置いて、皆で見張れるほうが安全だと考えたのだ。
鍵を開け扉が開かれる。
蔵の中は暗い。それを予想していた村長は明かり石を持ってきていた。
すぐに明るくなった蔵の奥に、小さな祭壇がある。その祭壇の上に箱が載せられている。その箱を村長が開き、中身を取り出した。黄色で透明な縦三十センチほどの塊。これが根晶なのだろう。
村長の持つ根晶は、陽平がよく見知っている人工根晶と似ていた。けれども存在力が違う。こちらのほうが力強く温かい。
陽平は根晶から受ける感触を忘れないようにしっかりと時間をかけて覚える。
エストもミリィも始めてみる根晶に見入っている。
「しまってもよろしいですか」
「はい。十分です」
それではと言って村長は丁寧にしまいこむ。
蔵から出た陽平に、きちんと鍵を閉めた村長が話しかけてくる。
「ヨウヘイさんはこれからどうするんですか?」
「宿に帰りますけど?」
「いえそうではなく、村にどれくらい滞在するのかと」
「明日には出ますよ」
「それは忙しいことで。もっとゆっくりされては?」
「いえ、目的があるので」
「そうですか。では我が家で寄獣退治のお礼に夕食でも」
「宿で作ってもらえますから結構ですよ。それに報酬はすでにもらいましたから」
「……次はいつこの村に来られますか?」
「目的は果たしたんで来ることはないです」
魔法使いと繋がりを持っておきたい村長の思惑を知ってか知らずか、ばっさりと斬り捨てた。
村長がなにか言う前に、陽平は頭を軽く下げ宿へと歩き出す。
その場にはほんの少しの安堵と、繋がりを持てず残念といった気持ちを抱えた村長だけが残った。
「村長さん残念そうだったね」
「たまには来るって言ってもよかったんじゃない?」
「下心があるのは駄目とは言わないけど、それを向けられるのは気分のいいことじゃないから。
ここに来たらまたいいように利用されそうだとも思ったし」
「あーそれはありそう」
うんうんと二人は頷く。
そのあとは根晶が綺麗だったと話しながら宿に戻り、次の日には村を出た。
怪我をしている冒険者たちの治療をしないまま出発したのは、忘れていたせいか、もしくはこれ以上の繋がりを持たないためか。
怪我をしている冒険者がいたことすら知らない二人がどういう考えで治療しなかったなど聞けるわけもない。
三人は塔へと向かい陽平とエストの長旅用の荷物を持って、ミリィの家へと向かった。
ミリィも長旅用の荷物を整え、三人は次の目的地へと出発したのだった。
10前編へ
以前陽平が来たときには見張りはいなかった。カータスも見張りが立ち始めたとは言っていない。カータスが来なくなってから立ち始めたのだろう。
カータスが言い忘れたということはない。行く場所を告げると、役立ちそうな情報は小さなことも話していたのだから。娘が行く先のことだ、情報を言い漏らすようなへまはしない。
陽平たちが見たところ、見張りはそれが専門のようではなさそうだ。この二人相手ならば、ミリィ一人で簡単に突破できる。そんなことする必要はないが。
害をなそうとしているわけではないので、なにをするわけもなく見張りのそばを通りすぎる。いやすぎようとした。
村に入ることができなかったのは見張りの一人に呼び止められたからだ。
「何か?」
「ああ、やっぱりそうだ」
見張りは陽平を見て、懐かしそうでいて嬉しそうな声を出す。そんな様子を陽平は不思議そうに見る。
「お久しぶりです。魔法使い様」
「人違いじゃないか?」
「いえ、人違いなんかではありません。
小さい頃に魔法を使って遊んでもらったことを今でも覚えています」
「あ」
陽平も思い出す。たしかに子供達と遊んだことがあると。あのときの子供ならば陽平を覚えているだろう。
陽平は、ミリィの時と同じようなばれ方に少しだけ複雑な想いを抱く。
「本当にばれてるんだ」
「私と同じように遊んであげてたんだね」
エストとミリィがそれぞれの感想を言っている。
「そうだっ村長に知らせないと」
「待った!」
今にも駆け出しそうな見張りを陽平は止める。
「村長のところには自分で行けるから。
それに見張りっていう仕事があるんだろう。それを放り出すのは感心しないな」
こんなことを言ってはいるが、また大騒ぎになられてはたまらないという考えなだけだ。
「そうですね。見張りを放り出すことはできませんね」
「以前ここに来たときは見張りはいなかったんだけど。
魔物とかの活動が活発になったから見張りを置くようになった?」
「はい。俺達じゃ太刀打ちできないとわかっているんですが、いないよりもましだと皆で話し合いまして」
「そっか。
じゃあ俺はもう行くよ」
「なにもない村ですが、ごゆるりとしていってください」
見張りたちに見送られて三人は村に入る。
陽平は騒がれることにならないでよかったと安堵している。その安堵は少しの間だけと予想できるはずがなかった。
「まずは宿だね」
「小さな村だからあるかな?
兄ちゃん、この村に宿ってあった?」
「んー……たしかあったはず」
十年以上前の記憶を掘り起こし、村を見て回ったときに見かけたことを思い出す。
当時はお金のことすら思いついてなかったことも思い出し、苦笑がこみ上げる。
どうしたのと聞いてくる二人になんでもないと答え、宿屋に向かう。
見張り以外に陽平を覚えている者はおらず、騒がれることはなかった。気にしすぎていたのだなと思いながら歩く。村人の視線は陽平よりも女二人に向けられていた。
宿は記憶通りのところにあった。
受付に立っている女に陽平が話しかける。
「三人で一部屋。部屋は空いてる?」
「はい。ただベッドは二つしかありませんが?」
「それでいい」
部屋を男と女で二部屋とらないのは無駄になるからだ。以前はとっていたが、寝るときにエストが陽平のベッドに潜り込むので、ベッドが余り無駄になる。ミリィがいっそのこと一部屋でいいじゃないかと言ったのだ。そのほうがお金の節約になると。
エストが陽平と一緒に寝るのは、安心したいからだ。一人寝をすると不安でたまらなくなる。ミリィという妹分と一緒に寝てもだ。安眠するには陽平と一緒に寝るしかない。
宿帳に必要事項を書き込む陽平を女はじっと見ている。はっとした顔になったあと嬉しげな顔で陽平の手を取った。
「魔法使い様! お久しぶりですっ」
「へ? えっと君も遊び相手になった子供の一人?」
その返答に少しだけ寂しげな顔になる。
「そうですよね。もう十年以上経っていますから。
私はカルナです」
「カルナ」
陽平は名前を聞いてもピンっとこない。
「怪我を治療してもらった者です」
「ああっ。あのときの! 大きくなったから気付かなかった」
陽平が初めて他人に魔法を使った女の子だ。教えてもらえば、当時の姿をぼんやりと思い出すことができる。
当たり前だがカルナはすっかり大人だ。年齢は二十くらいだろうか。以前とは姿形がまったく違って、外見を見て思い出せないのは当然だ。
「思い出していただけましたか!」
陽平が思い出したことがよほど嬉しかったのだろう、カウンター越しに抱きついた。
「あっ!」
声を上げたのはエスト。ミリィは驚いているだけ。
抱きつくのは少しだけで、手を握ったまま離れる。
「魔法使い様が泊まってくださるのならご馳走用意しないと!」
「いや、普通でいいから」
そうですかと残念そうにカルナは言って、せめて腕によりをかけて作りますと気合を入れている。
「でも本当にお久しぶりですね。
もう来てくださらないと思っていたんですよ」
根晶のことがなければこなかっただろう。
「でもさすが魔法使い様ですね。あんな小さな子供と交わした約束も守ってくれるんですから」
やくそく? 陽平は心の中だけで首を傾げる。
陽平はすっかり忘れていたが、子供達と交わしたもう一度村に来るという約束だ。
シュイタスから帰ってすぐにオーエンと死に別れるという出来事があったので、約束はすっかり記憶の隅へと追いやられてそのままだったのだ。
忘れたと素直に言うと、いろいろぶち壊すことになりそうので話を合わせて部屋へ。
「このあと村長のところに行くけど二人はどうする?」
「勝手に行ってくれば?」
「ど、どした?」
なぜか不機嫌なエストに陽平は戸惑う。
「カルナさんに抱きついたりされてたから不機嫌になってるんだよ」
ミリィがエストの気持ちを代弁した。
陽平はちょいちょいとミリィを呼んで聞く。
「どうすれば機嫌戻ると思う?」
「聞かれてもわかんないよ。
この場合謝るってのも違う気がするし、食べ物とかでつるのも違うかな。
んー時間が経てば直るかも。
とりあえず村長さんのとこ行ってきたら?」
「そうするか。エストのこと頼む」
「いいけど。根晶見に行くことになったら呼びにきてね。
私も見たいから」
「わかった」
行ってくると二人に告げて部屋を出る。
宿を出るときカルナに村長の家や、村長は交代したのか聞いておく。
以前とかわりないということで、覚えている家へと向かった。
村長の家に着いた陽平はノックして家人を呼ぶ。
出てきたのは記憶の中の姿よりも年をとった村長の奥さん。奥からは話し声が聞こえ少しばかりにぎやかだ。
「はい。どちらさまですか」
「旅のものですが、少しお願いしたいことがあって寄らせてもらいました」
「宿泊でしたら、この村には宿があるのでそちらへどうぞ」
「いえ、宿ではなくて。
この村にある根晶を見せてもらいたいのです」
直球勝負だ。どうきりだそうか考えてはいたものの、上手いこと思いつかなかったのだ。
奥の手として魔法使いとばらすことも考えたが、根晶が絡むと逆効果な気もしていた。
「そのことをどこで?」
「以前、盗まれたときにその場にいたんです」
「確かに盗まれたことはありますが……。
あっ! あなたはヨウヘイさん」
当時を思い出したことで、まったく容姿の変わっていない陽平に気付いた。
「お久しぶりです」
「どうぞ中へ。こんなときにあなたがきてくださるなんて、大樹様のお導きかもしれません」
厄介ごとが起きているんだろうかと嫌な予感が湧いてくる。
嫌な予感は当たると言ったのは誰だっけと思いながら、陽平は奥さんに案内されるまま屋内へと進む。
部屋の中には奥さんと同じように年をとった村長と包帯だらけの男と鎧姿の男がいた。この鎧の男も傷だらけだ。
「そちらは誰だ? お前の知り合いか?」
「あなた、ヨウヘイさんですよ。十年以上前にきた魔法使い様」
「……おおっ! たしかに見覚えが。いやーかわっていませんな」
「あなた、ヨウヘイさんならどうにかできると思いませんか?」
「ほかの冒険者を雇うより可能性は高いな。
よろしければ話を聞いていただけませんかな?」
厄介ごとに巻き込まれそうだが、チャンスでもある。解決すればその礼として根晶を見せてもらうことも可能かもしれない。
無理なことなら断ろうと決めた陽平は、それを伝えて先を促す。
「森の中の魔獣などを、冒険者に追い払ってもらっているのはヨウヘイさんも知っているでしょう?
カータスさんが受けていた仕事です。
今もその仕事を請けてもらっているのですが、今回の仕事で問題が起きまして。
森の中に寄獣がいるというのです。
知ってのとおり寄獣は魔獣よりも手強く、今回来てもらった冒険者には荷が重すぎたようで退治することができなかったのです。
それで別のもっと強い冒険者を雇おうかと話していたわけです」
寄獣とは寄種というものとりつかれた魔獣や獣のことだ。寄種が人や亜人にとりつくと寄人となる。
種と名はついているが、厳密に言うと種ではない。見た目が種に似ているため、そう呼ばれだした。
寄種にとりつかれたものは、目的なく動いているように見える。人には推し量れない目的を持って動いているという説もある。どちらが正しいのか、寄種が現れて長い年月が経っている現在でも判明していない。
高位の寄生樹信仰者ならば知っているかもしれないが、表に出てこない人種だ。出会うことすら難しい。捕まえたとしても話すようなことはないだろう。
「寄獣がいるといのは間違いない情報ですか?」
「本当だともっ。見た目は森の中にいる動物なのに、突然変化してありえない動きで襲い掛かってきたんだ!
あんなもの寄獣以外なんでもないさ!」
「俺もあんな生き物は初めて見た。冒険者としてそこそこ魔獣と戦っているが、あれは今まで見た魔獣と違う。
見た目はそこらの獣なのに、雰囲気は別物だ」
男二人が証言する。実際に会ったのだろう。強い感情が込められた言葉だ。
姿形、どんな行動を取ったか、どこにいたかなど、さらに詳しいことを聞き出す。
それによってわかったのは、寄獣としては一番ランクの低いものだということ。
これならば油断せずいけば三人でも大丈夫だと陽平は判断した。
「この依頼請けてもいいですよ」
「本当ですか! 助かります」
「ただし条件があります」
厄介ごとがなくなると喜んでいた村長は条件という部分に反応し、笑顔を引っ込める。
「この村に根晶がありますよね? それを」
「譲るなんてことはしませんぞ!
村を助けてもらえるのは嬉しいですが。報酬としては破格です!」
陽平が最後まで言い切るまえに村長が遮った。
勘違いしているのだろう。魔法使いにとって根晶は喉から手が出るほど欲しいものだ。勘違いするのも仕方ない。
「いえ、ほしいんじゃなくて見せてもらいたいだけなんですが」
「見せるだけ?
……どうしてか理由を聞いても?」
「研究中の魔法完成のために根晶が必要なんです。
それに使う根晶を探すために一度本物を見てみたいんですよ。
なにも知らないまま探すよりはましだと思うから」
その言葉を聞いて村長は考え込む。信用していいか迷っているように見える。
寄獣は倒してもらいたい。けれども根晶を奪われる可能性もある。村の宝と村人の命を天秤にのせた状態だ。
しばらく考え込んでいた村長がようやく口を開く。
「触らない。ある一定の距離から近づかない。
この二つを守ってもらえるのなら」
「触ってみたかったんですが……それでいいです」
依頼の報酬として見る権利を求めているのに、そこに条件を出されるのはおかしな話だ。
だがこれ以上ごねると依頼取り消しても拒否されるかもしれないと考えた陽平は、村長の出した条件を飲んだ。
「それじゃ行ってきます」
家を出ようとする陽平を鎧姿の男が止める。
「俺も連れて行ってくれ。
このまま失敗したままじゃおさまりがつかない」
「いやあんた怪我してるから無理だろ」
「魔法使いなんだから、これくらいすぐ治療できるんじゃないのか」
「できるけど、力は温存しておきたい。予想外のことが起きたら対応できるように」
「人手は足りてるのか?」
食い下がる。
「宿に仲間が二人待機してる」
「それでも人は多いほうがいいだろ」
「手の内知られたくないから、助けはいらない。
帰ってきて余裕があったら治療はするから大人しくしててくれ」
これ以上言ってくるようなら、はっきり迷惑だと言うつもりだった陽平だが、相手も雰囲気でそれを察してか口を閉ざした。
宿に帰るとカルナが陽平を出迎える。
カルナに簡単でいいから弁当を作ってもらえないか頼み、部屋に戻る。
「ただいま」
「おかえり」
「……」
エストの機嫌はいまだ悪い。
それを見て溜息をついて、話し出す。
「これから寄獣退治に行くことになったから準備してくれないか。
エストもひとまず機嫌悪いのは置いといて」
「兄ちゃん」
「ん?」
「なんで寄獣退治に行くことになったのさ」
「根晶目当てにこの村にきたのは言ったな?
見たいって言ったら、見せるかわりに寄獣退治しろって交換条件だされた」
「なるほど。
ほらほらエスト準備しないと」
ミリィにせかされ、しぶしぶとエストは動き出す。
このままだとエスとはいつもどおりの動きはしないかなと、陽平は考える。
「エスト。ここで待ってるか?
いまのままなら一緒に来ても足手まといなだけだ」
気持ちが揺らいだまま一緒に来ても、こちらにとってはハンデにしかならない。それならいっそ陽平とミリィ二人だけで行くほうがましだ。
「行くっ」
機嫌を直したわけではないだろうが、きびきびとした動きで準備を始める。
語尾が強かったので苛立っているのかとも思ったが、そうでもなさそうだ。
怖がっているというのが一番適しているかもしれない。もちろん陽平に怖がらせる意思はない、エストも陽平を怖がっている様子はない。
若干わけのわからないままだが、戦いに向かう状態としては大丈夫そうだと陽平は判断する。
一度脱いだ鎧を着込み、武器を身につけ、必要なものだけを持って準備を終える。
宿屋のロビーに出るとサンドイッチを作ったカルナが待っていた。
「これ頼まれたものです。
これから散歩でも、と思ったんですけど違うみたいですね。
なにをしに?」
「森の中の魔物退治。ちょっと強い奴がいるからと村長に頼まれて」
「そうですか。よろしくお願いします。
お腹の中の子を連れて森を散歩したいと思っているんです。
安全になるのは助かります」
カルナは微笑みを浮かべお腹をさする。膨らみが目だっていないので妊婦には見えない。
「結婚してたんですか?」
やや呆然としてエストが聞く。
「はい。去年に幼馴染と」
そのときにもらったんですよと幸せそうに胸のペンダントに触れる。
決して高価なものではなさそうだが、幸せの証として光を受けて綺麗に輝いている。
「えっと、おめでとうございます」
「はい。ありがとうございます」
「頑張って魔物倒してきます」
「よろしくお願いします。無茶はなさらないでくださいね」
機嫌がよくなったように見えるエストを陽平とミリィは不思議そうに見ている。
ようはエストの空回りだったのだ。カルナが陽平を好きだと思い込み、陽平を取られると思っていた。陽平が嫌がっているように見えなかったのも誤解の一因だ。思いを溜め込んで悪い方向へと悪循環し不機嫌となっていた。
そこに結婚していると聞いて誤解だったとわかって機嫌がよくなった。
実のところカルナが陽平を好きだというのは間違った考えでもない。思い出が美化され初恋となっていた。けれども会わない期間が長すぎた。いつまでも初恋の想いを持ち続けることはできなかったのだ。五年ほど前に再会していれば想いを遂げようと積極的になっていたかもしれない。だが今はもう人妻だ。それに幸せなのだ。初恋は淡い思い出となっている。
幸せを壊してまで初恋を遂げようとしない。それがエストにもわかったのだろう。
三人は警戒した状態で森の中を歩いている。木はあまり密集してはいないので枝の隙間から光が差し込み、森の中は明るい。
目指す場所は冒険者たちが寄獣に出会った場所だ。そこにいるとは思えないが、まだ近くにいる可能性も捨てきれないのでむかうことにした。
陽平とエストが素手なのに対して、ミリィはいつでも戦えるように両手にショートソードを持っている。
ミリィが剣を習い始めた頃は、カータスと同じように剣一つを使っていた。二刀流になったのは、カータスと一緒に依頼を受けるようになってからだ。その頃のミリィは駆け出しの域を出ていなかった。なので攻撃を避けるための見切りも甘かった。
そこで避けることができないのなら、盾を持たせて怪我を少なくさせようとカータスは考えた。しかし盾の重さを嫌ったミリィは持つことを拒否。どうしようかとカータスは考え、一人ではいい考えが浮かばず、知り合いに相談する。そして剣をもう一つ持たせて盾の役割を果たさせればいいと助言をもらったのだ。
問題がなかったわけではない。二刀流の扱い方をカータスは知らなかったのだ。おおまかに予想はつくのだが、きちんとした指導はできない。そこで道場を開くときに許可をもらいにいった自流派の地方支部に、ミリィと一緒に基本を教えてもらいに行ったのだった。
そうして二刀流を扱うための基礎を覚え、以来ずっと二刀流でとおしている。
「止まって」
陽平が二人を止める。
「この近くにいるの?」
ミリィが聞いてくる。ミリィたちよりも長生きしているのは伊達ではなく、陽平の感知能力は二人を上回っている。だから自分がなにも感じなくても、陽平がなにかを察知したのかと聞いた。
陽平の感知は気配を察するというよりも、魔法で強化した聴覚などの五感で怪しげなものをとらえている。
気配を察することもできないことはない。だがおぼろげで頼りない。
「いや、そろそろ現場に近そうだから二人も強化しておこうと思って」
「あ、お願い」
嬉しげにミリィが陽平に近寄る。カータスと同じでいまだ届かない領域に一時的に到達でき、動けることが楽しいのだろう。
二人とも感覚に慣れようと軽く動く。さっきまでと今の感覚ではずれがあるためだ。それを修正しようとしている。
そのとき陽平の聴覚が風で揺れた枝ではない音を捉えた。二人よりも能力上昇率が上だったので気付けたのだろう。
音のした方向を見るとこちらを見る鹿と目が合った。外見は聞いていたものと同じ。それよりも目のにごり具合で通常の鹿とは違うと感じられる。
もしかすると陽平たちは、大分前から監視されていたのかもしれない。そして隙らしきものでできたので姿を現したのだろうか。
グニャリと鹿の角が歪み、嫌な予感が脳裏に走った陽平は二人を押し倒す。言葉で言うと間に合わないと判断したからだ。
その判断は正しく押し倒した頭上をいくつもの棘を生やした角が突き刺していた。生えた棘は進路上にあった木の幹を簡単に貫いている。
「あ、ありがと兄ちゃん」
「助かったよ兄さん」
「礼はあとで。立ち上がって。
寄獣は予想しにくい攻撃してくるから油断するなよ。宿主の体壊すような動きくらいは簡単にやってくるからな」
アドバイスを言いつつ陽平は動く。
ミリィと陽平は前衛、エストは後衛だ。攻撃を担当するのは主にミリィ。陽平も攻撃はするが、補佐に回ることが多い。エストも陽平と同じだ。
陽平がポケットから式符を取り出し魔法を使う。どのポケットにどの式符を入れているかは完全に暗記している。
「空握」
空気の手で対象を掴む魔法だ。ただし効果は短く二秒。そして対象を掴むのみで、体全体を縛るわけではない。
その二秒でミリィは鹿に近づいて剣を振るっている。命の危機に鹿はできる範囲で避けようと動き、剣は角を斬りおとすのみとなった。地に落ちた角は従来の形状となっている。頭部についている切り口には小さな泡が出ており、そこから新たな角が生えようしているのが見える。
ミリィはさらに剣をふるう。体が自由となった鹿は斬りつけられるまま、頭を振り角をミリィヘと振るう。棘の鋭さを見ていたミリィは受けることは危険と判断し、下がって避ける。
「氷弾」
ミリィが下がったことで攻撃可能となった陽平が準備していた魔法を使う。直径二センチ足らずの氷が三十粒ほど、鹿の足目掛けて飛ぶ。機動力を潰そうという考えだ。
この思惑は上手くいった。鹿の脚の骨を折った。だが鹿も非常識で、折れた足のまま木々を蹴り縦横無尽に跳ねだした。陽平のアドバイス通りの行動だが、陽平自身もこんな動きは想定外だった。脚が折れているせいでランダムさに磨きがかかっているのだ。
体力尽きるまで跳ね回るつもりか、木や陽平たちを切り刻んでも鹿は動きを止めない。ミリィの鎧すら削り傷つけているこの攻撃を長続きさせるわけにはいかない。
「エストっあれの動き止められるかっ?
俺には無理だっ」
攻撃範囲の広い扇雷ならば可能かもしれない。だが木が燃える可能性があるので使えないのだ。山火事なんぞ起こしたら自滅するだけだ。
「たぶん大丈夫!」
答えてすぐにエストは地に手をついて、何事か呟く。
地面がかすかに鳴動し、土が盛り上がる。木の根が地中から勢いよく飛び出し、鹿に絡まり突き刺さる。木製の蜘蛛の巣にかかったようで、逃げ出そうともがいているが動けないでいる。
エストも魔法使いだ。それも植物に特化した魔法使い。陽平が死にかけた四年前から使えるようになった。ただ陽平は、どことなく自分の使う魔法とエストの使う魔法は違うような気がしていた。元から使っている力の質に違いがあるのだから、違和感があって当然。しかし陽平の感じているものはそういった違いではない。
もっともその違和感を追求するつもりはないのだが。
「危なっ」
急に伸びてきた角を何とか陽平は避ける。
動けない鹿が最後の手段といった感じで、角を全方向に勢いよく伸ばしてきたのだ。
「二人とも大丈夫?」
「なんとか」
陽平と同じくミリィは伸びてきた角をぎりぎりでかわしていた。
「運よくこっちにはこなかった」
エストの方向には角はむかっていない。
「せりゃ!」
ミリィが動けない鹿の首を切り離す。寄種は胴体に寄生していたようで、まだ動いてはいるが攻撃方法の角を失ってはどうしようもない。
大きめの氷柱を作り出した陽平とミリィで鹿の胴体を数度刺すと、寄種に当たったのか動きを止めた。
すると鹿の体が、斬りおとした頭部も含めて、さらさらと塵になっていく。あとに残ったのは地面に積もった塵と亀裂の入った灰色の球体。この球体が寄種だ。今は死んだ状態だ。
「これを見せれば以来完了?」
つんつんと剣で寄種をつつきながらミリィが言う。
「だな」
陽平が寄種を拾い上げ小袋に入れる。
「二人ともこっち来て」
怪我の治療のためエストとミリィを呼ぶ。一番怪我をしているのは鹿の近くいたミリィだ。それでも運よく骨が折れるなどの大きな怪我はない。
オーエンには遠く及ばないが、初めて他人に使ったときよりは上達した治癒魔法で二人と自分の怪我を治していく。
三人が村に戻ってきた頃には、夕日が村を紅く染め上げていた。炊煙が上がり料理の匂いが風に乗って流れている。村人の多くも仕事を終え、のんびりと過ごしている。
三人は宿に戻らずそのまま村長のところへと向かう。
戸を叩くと出迎えてくれたのは奥さん。
村長に会いたいと告げて家に入れてもらう。
部屋には村長だけがいた。怪我をしていた二人は休んでいるのだろう。
「依頼完了しました」
証拠として陽平は寄種をテーブルに転がす。
「これが寄獣の核です。すでに死んでいるので危険はありませんよ」
「見て気分のいいものではないので処分してください」
たしかに村長の言うとおりだろう。
陽平は寄種を手に取り、暖炉に放り込む。魔法で火をつけ燃やした。寄種はすぐに燃え尽きた。
「これで依頼は完了です。
報酬の根晶見学に行きましょうか?」
「そう……ですね」
村長は少し躊躇いながらも立ち上がる。いまだ不安があるのだろう。
三人は村長に連れられ、村長宅から近い小さな蔵に来た。一度盗まれたことで、根晶の位置を移動したのだ。より村の中心に近い場所に置いて、皆で見張れるほうが安全だと考えたのだ。
鍵を開け扉が開かれる。
蔵の中は暗い。それを予想していた村長は明かり石を持ってきていた。
すぐに明るくなった蔵の奥に、小さな祭壇がある。その祭壇の上に箱が載せられている。その箱を村長が開き、中身を取り出した。黄色で透明な縦三十センチほどの塊。これが根晶なのだろう。
村長の持つ根晶は、陽平がよく見知っている人工根晶と似ていた。けれども存在力が違う。こちらのほうが力強く温かい。
陽平は根晶から受ける感触を忘れないようにしっかりと時間をかけて覚える。
エストもミリィも始めてみる根晶に見入っている。
「しまってもよろしいですか」
「はい。十分です」
それではと言って村長は丁寧にしまいこむ。
蔵から出た陽平に、きちんと鍵を閉めた村長が話しかけてくる。
「ヨウヘイさんはこれからどうするんですか?」
「宿に帰りますけど?」
「いえそうではなく、村にどれくらい滞在するのかと」
「明日には出ますよ」
「それは忙しいことで。もっとゆっくりされては?」
「いえ、目的があるので」
「そうですか。では我が家で寄獣退治のお礼に夕食でも」
「宿で作ってもらえますから結構ですよ。それに報酬はすでにもらいましたから」
「……次はいつこの村に来られますか?」
「目的は果たしたんで来ることはないです」
魔法使いと繋がりを持っておきたい村長の思惑を知ってか知らずか、ばっさりと斬り捨てた。
村長がなにか言う前に、陽平は頭を軽く下げ宿へと歩き出す。
その場にはほんの少しの安堵と、繋がりを持てず残念といった気持ちを抱えた村長だけが残った。
「村長さん残念そうだったね」
「たまには来るって言ってもよかったんじゃない?」
「下心があるのは駄目とは言わないけど、それを向けられるのは気分のいいことじゃないから。
ここに来たらまたいいように利用されそうだとも思ったし」
「あーそれはありそう」
うんうんと二人は頷く。
そのあとは根晶が綺麗だったと話しながら宿に戻り、次の日には村を出た。
怪我をしている冒険者たちの治療をしないまま出発したのは、忘れていたせいか、もしくはこれ以上の繋がりを持たないためか。
怪我をしている冒険者がいたことすら知らない二人がどういう考えで治療しなかったなど聞けるわけもない。
三人は塔へと向かい陽平とエストの長旅用の荷物を持って、ミリィの家へと向かった。
ミリィも長旅用の荷物を整え、三人は次の目的地へと出発したのだった。
10前編へ
2008年09月05日
東方SS 阿求の緋想聞き回り
稗田家といえば幻想郷でもよく知られた家だ。人のみならず人外にまで名は広まっている。
それも稗田阿一や御阿礼の子たちの行った活動のおかげだ。
彼女らの書き綴った幻想郷縁起は過去を知る文献として最高の品物。
初代が将来に残すため編纂を始めた幻想郷縁起は、千年の月日を越えてなお書き綴られている。
そして九代目御阿礼の子である、阿求も幻想郷縁起を生涯の仕事とし編纂を続けている。
少し前のことだ。幻想郷で局地的な地震が発生し、山に緋色の雲がかかった。
巫女や幻想郷内で屈指の実力者たちが関わり、解決した異変だ。
そのことを風の噂で阿求は耳にした。そのときに天人と竜宮の使いが関わったとも。
幻想郷縁起は地形や出来事も記していくが、主に人物を記す。ゆえに新たな人物が現れたと知って、阿求が出会って話しを聞きたいと思っても無理ないこと。
早速、阿求は動く。体は弱くとも里周辺を歩く程度ならば問題ない。
昔なじみでもある里に住む半獣に相談にむかう。
寺子屋での授業が終る頃に着くよう少し寄り道しながら向かう。
里中の様子を見ながら、たまに里人と少しだけ話したりして狙い通りの時間に到着した。
寺子屋の玄関に立ち、帰る子供達を見送る慧音に近づく。
「こんにちは」
「ん? 阿求か。こんにちは」
「相談したいことがあるんですけど、時間はありますか?」
「かまない。
中に入って話そうか」
慧音は阿求を座らせ、自身はお茶を入れてから座る。
「茶菓子はないんだ。すまないな」
「いえ、急に来たんですから気にしないでください」
阿求は出されたお茶を一口飲んでから用件を話し出す。
「先日の異変で天人と竜宮の使いが現れたと聞きました。
相談というのは、その二人に会って話しを聞きたいので、どうすれば会えるか知恵を貸してもらいたいということなんです」
「ふむ、幻想郷縁起のためか。
私もその二人が異変に関わりがあったとは聞いているよ。まだ会ったことはないが。
私の周りにも会ったというやつはいないな。
いや鈴仙が会ったんだったか」
「鈴仙というと永遠亭の方ですね」
「ああ、地震の調査をしたときに天人に会ったとか」
「そうですか。里に薬を売りに来たとき聞いて見ましょう。
もう一人、竜宮の使いには会っていないんですね?」
「聞いてないな」
「ありがとうございます」
「こんなことでいいのか?
永遠亭に行くのなら送るぞ?」
「いえ、ちょっと体力が持つかわかりませんから。
それにそこまで迷惑かけるわけには。
あとは鈴仙さんか永琳先生が診察に来たときに聞いてみます」
「そうか」
相談はここまでで、このあとはとりとめのないことを話し阿求は家に帰る。
鈴仙に会うまでそう時間はかからなかった。
二日後に、鈴仙が薬の補充にやってきたからだ。
阿求は家人に、鈴仙が来たら上がってもらうように伝えていた。
阿求は家人に呼ばれ、鈴仙の待つ客室に入る。
「お待たせしました」
出されたお茶と茶菓子を美味しそうに食べていた鈴仙は、阿求が入ってくると慌ててそちら向く。
リラックスしすぎていたようだ。
「いえ、用事があると言われたんですが」
「はい。お聞きしたいことがありまして。
鈴仙さんは天人に会われたとか。その方の人格のことと、どうすれば会うことができるか聞きたいのです」
「そのことね。
名前は比那名居天子っていうらしいわ。地震に関係してたらしいけど、詳しいことは本人からは聞けなかったわ。
博麗神社を壊したらしいけど、こっちも隙間妖怪が関係してるらしくてさっぱりだった。
あとは初めて会ったとき、なんでかボロボロだったわ」
「どんな人でした?」
「長く話したわけじゃないから、ちょっとわからないかな」
「そうですか」
「会いたいなら天界に行くのが一番だと思う」
「私には無理ですね」
天界に行く方法は二通り。山から行くか、冥界から行くか。
そのどちらも阿求の体力的な問題から不可能だ。里周辺ならば平気だが、さすがに遠すぎる。
「んー……となると博麗神社に行ってみたらいいかもしれない。
霊夢のことが気に入ってるとか聞いたような?」
「博麗神社ですか。あそこならばなんとか大丈夫ですね。
今日はお話を聞かせてもらい、ありがとうございます」
「これくらいならどうってことありませんよ。
稗田家はお得意様ですからね。サービスのうちです」
ちょっとしたセールストークに阿求は笑みを浮かべ、家人を呼び準備していた土産を持ってきてもらう。
お礼として饅頭を鈴仙に渡し、玄関まで見送る。
次の日、阿求は家人に博麗神社に行くと告げ家を出た。
自身の体力のなさはよくわかっているので、ゆっくりとしたペースで歩く。
体力はないが出歩くことは好きだ。寿命が短いので、色々なことを体験したいからなのだろう。家に閉じこもっているだけではなにも体験できない。だから編纂につまったり疲れたりすると、休憩がてら出歩くことが多い。
人の三倍の時間をかけて神社に到着する。手には来る途中で買った菓子と家から持ってきた茶葉。
長い階段を上り神社までもう少しというところで休憩のため立ち止まる。階段に座り景色を楽しむ。ゆるく吹く風が火照った体に気持ちよかった。
「休憩終わりっ。
霊夢は……いない」
境内を見ても霊夢はいない。木の葉が一箇所に集められている、掃除は済んでいるようだ。
ならば縁側でお茶でも飲んでいるのだろうと、庭に行ってみることにする。
「その前に」
賽銭箱に賽銭を入れて、幻想郷縁起編纂が無事に終るようにと想いを込め拍手を打つ。
幾度と壊れた神社と違い賽銭箱は無事だったのか、古く歴史を感じさせる。
祈願を終えて庭へと移動。予想通り霊夢がお茶を飲んでいた。
「珍しい客ね」
「こんにちは。
これお土産」
「ありがと」
受け取った土産から早速和菓子を取り出して食べ始める。
阿求は霊夢の隣に座り、話し始める。
「今日来たのはね、比那名居天子という方と竜宮の使いについて聞きたいからなの」
「ふーん。わかることなら答えるわ」
「それじゃあ人柄とどうすれば会えるかを」
「天子のほうの性格はろくでもないわね。
あいつが楽しむために神社壊されたわ。紫たちも便乗するし。たまったもんじゃないわよ。
あと自信家っぽかったわ。わりと強いから、意味のない自信じゃないと思うけど。
私からすれば倒されるために異変起こしたとしか思えないわ」
「なるほど」
阿求は懐から取り出したメモ用紙に今の話を書き込んでいく。
「衣玖はマイペース?
やたらと騒ぐ奴じゃないわね。
仕事熱心で、邪魔されるのは嫌いみたい。邪魔すると力ずくで解決するみたいよ」
「衣玖というのが竜宮の使いの名前?」
「知らなかった? 永江衣玖っていうらしいわ。
地震が起こると伝えることが仕事だって言ってたわ。
いつもは雲の中を泳いでるんだって。最近は別の仕事もしてるらしいけど」
「その仕事というのは?」
「さあ? 詳しいことは聞いてない。そっちは熱心じゃないみたい」
「そうですか。
それではどうすれば会えるかを」
「簡単よ。宴会のときにうちに来れば会えるわ。
衣玖は時々しか参加しないけど、天子は騒ぐことが楽しいのか毎回参加してるし。
次の宴会は明日……いや明後日だったような?」
「久しぶりに参加することになるね。宴会は楽しいんだけど体力が持たないからなぁ。
そうだ、霊夢のほかにその二人と会った人知ってる?
その人たちにも話を聞きたいんだけど」
「魔理沙やアリス、小町……」
霊夢は覚えているかぎりあげていく。
阿求はそれもメモしていく。あとで会うつもりだ。各人が住んでいる場所の都合上、会える人は限られているが。
会えそうなのはアリスと妖夢と咲夜くらい。三人とも用事で里に来ることが比較的多い者たちだ。
聞くことはこれでやめ、少しばかり話し阿求は帰るため立ち上がる。
「ねえ霊夢」
「今日も?」
阿求が何を言いたいのかわかったのか、霊夢はややめんどくさそうな表情になる。
「うん、お願い」
阿求は両手を合わせてお願いする。
「仕方ないわね。
あんたのとこのお茶は美味しいから、それに免じてよ?」
霊夢は阿求を背負い空を飛ぶ。
阿求が頼んだのは里近くまで運んでもらうこと。ここに来るだけで疲れるので、博麗神社に来ると毎度霊夢に頼むのだ。
空を飛ぶという普通ならば体験できないことが楽しいからでもある。
空と雲の近さ、風の感触、眼下の景色、霊夢の背の温かさ、なにもかもを好ましく感じていた。
博麗神社から一望できる景色とはまた違った景色を堪能し、下ろしてもらう。
「ありがと」
「礼は宴会のときに茶葉を持ってくることでいいわ」
「わかった。必ず持っていくよ」
神社へと飛んで帰る霊夢を見えなくなるまで見送り、阿求も家に帰るため里に入る。
家までもう少しというところで、アリスの声が聞こえ立ち止まる。
声のした方向を見ると子供たちが集まっていた。子供達の視線の先で、人形がちょこちょこと動いている。
今日は祭ではないし、祭が近いわけでもない。それでも人形劇をしているということは、ただの気まぐれなのだろう。
今演じられているものは以前にも見たことのあるもの。阿求は内容を思い出し、終るまでもう少しかかるとわかった。
終るまで人形劇を楽しむことにして子供達に混ざって地面に座り込む。
以前とは違う、それでいて真新しい人形が使われているので、新たに作った人形の動作テストも兼ねているのだろうか。
やがて劇は終わり、子供達は人形が可愛かった面白かったとアリスに言って散っていく。アリスは小さく笑みを浮かべ、子供達にありがとうと答えていた。
阿求は小さな舞台と人形を片付けるアリスに近づき話しかけた。
「こんにちはアリスさん」
「えっとたしか稗田阿求さんでよかったかしら?」
「はい。
お聞きしたいことがあるんですが、時間はあります?」
「少しくらいなら」
「ありがとうございます。
そこの茶屋に入りませんか? 代金はこちらでもちますよ」
「少しだけ待ってくれる?
まだ片付いてないから」
「はい」
片付け終わったアリスと茶屋に移動する。
アリスは普段こういったところに入らないのか、珍しそうに店内を見渡している。
団子と緑茶を二人分注文するとすぐに届く。
それらを食べながら話し始める。
「たまにはこういうお茶を悪くないわね」
「普段はコーヒーや紅茶ですか?」
「そうね。緑茶は霊夢のところに行ったとき飲む程度ね。
だけど滅多に行かないから、何度も飲んだことはないわ。
それで聞きたいことってなにかしら?」
「比那名居天子さんと永江衣玖さんのことについて聞きたかったんです。
どんな方か教えてもらえませんか」
「いいけど、どうしてそんなことを聞くの?」
「幻想郷縁起に書き加えるためです。
以前、アリスさんにもインタビューしに行きましたよね」
「あ、それで。納得した。
えっと比那名居天子は自分勝手な奴だったわ。暇つぶしのために地震を起こそうとして、起こった後のことは知らないって言ってたし。
あと倒されるために騒ぎをおこしたとかなんとか。
永江衣玖は真面目でマイペース?」
「永江衣玖さんに関しては自信なさげですね」
「あれ以降、あまり接点ないから。
私も彼女も積極的に何かに関わるほうじゃないせいね」
「話を聞かせてもらいありがとうございます」
「これくらいならかまわないわ。
それじゃこれから食材買いに行かなくちゃいけないから」
もう一度アリスに礼を言って、雑踏に消えるアリスを見送る。
代金を払い阿求も茶屋を出た。
まただれかに会うということはなく、家にたどりついた。
自室に戻り、今日わかったことをまとめながらノートに書いていく。
今日わかったことから、インタビューする際に持っていくお土産はなにがいいか考える。
お土産はインタビューを円滑に進めるための必須アイテムだ。
宴会当日、ボディガードと移動に背負ってもらうことを頼んだ慧音と妹紅と一緒に博麗神社へ。
三人が到着した頃には、参加者は多く集まっていた。
阿求は霊夢をつかまえ、天子と衣玖が来ているかどうか聞く。
どうやら二人ともすでに来ているようで、霊夢の指差す方向に見慣れぬ二人がいた。
酔いがまわらぬうちにインタビューを済ませようと考えた阿求はお土産を手に二人に近寄っていった。
インタビューは一応成功した。
天子と衣玖は始終微妙な顔でいたが。
渡したお土産が原因だ。
聞いた話を参考にして、みつけだしたものが二人の意表をついたらしい。
衣玖には友達100人作る方法と書かれた本、天子にはSMセット。
なにかないかと土蔵をあさってこの二つを見たとき、これだと天啓がおりてきたのだった。
2008年09月01日
樹の世界へ8
ごちゃごちゃと物が置かれた部屋で、陽平が一つ一つ物を手に取り確認してリュックにつめている。
ここは陽平の自室ではなく、旅先で手に入れた物や作ったものを保管しておく部屋。十年以上も過ごしていれば物が増えるのは当たり前で、自室に入りきらなくなったときエストとゴーレムに手伝ってもらい倉庫を整理して空き部屋として、そこに運び込んだのだ。
オーエンが使ったり作っていた物ほど高度な物はない。だが物騒な物はある。
その代表格は黒色火薬で作った数種類の爆弾だ。といっても記憶が曖昧なままで作ったので品質は高くない。湿気は駄目だから水も駄目だと思い込み、粉末を混ぜ込み固めただけの代物だ。火薬のみで威力を出そうと思ったら量を増やすしかない。
殺生目的の爆弾は一種類しかない。鉄片を混ぜ込み爆発の衝撃で喰い込ませるもの。ほかは音や光や煙を発して、対象を驚かせ逃げやすくするものだ。
陽平の作った爆弾は、布で火薬を包んだだけ。それと火種が数秒して発生するという魔法の式符を火薬と一緒にいれている。だから陽平を真似してこれを投げつけてもなんの意味もないものだ。
魔法があるのに爆弾は必要があるのか。そう疑問が湧くかもしれない。
陽平も意味なく火薬を必要としているわけではない。それ相応の理由があった。
それは今から四年前のことだ。カータスの家に遊びに行った帰り、寄人に襲われた。寄人が二人を襲った理由は不明だ。
なんとか撃退することに成功したが、再び生死の境を彷徨うことになった。運よく助かったのは今生きていることからわかる。けれども代償がなかったわけではない。
魔力総量が半分以下にまで落ちたのだ。この原因を突き止め元の容量に戻そうと、塔にある本を色々と調べてみたものの、どの本にも魔力総量が減るなど書かれておらず原因はわからずじまいだった。
調査だけに時間をかけるわけにもいかなかった。問題が発生したのだ。
それは塔の維持だ。まだオーエンの人工根晶が維持してくれている。だがいつかは自力で維持する必要がある。順調に行けば余裕を持って維持に耐えうる魔力総量を持つことができた。しかし魔力総量が減少したことで、人工根晶がなくなるまでに必要分の魔力を身につけることができるか怪しくなった。
このことに気付けたのは幸運だったのだろう。気付かなければ、魔法は使えず常に魔力不足なまま塔を維持するという困難が待ち受けていたのだから。
人工根晶による維持期間を延ばすため陽平は魔力の節約を行う。塔が魔力を使っているのは主に結界とゴーレムの稼動と各部屋の温度湿度調節。このうち結界と温度湿度調節については節約するわけにはいかなかった。結界は侵入者防止と塔を隠す役割を担っている。その結果を薄くすることは安全面で不安がでてくる。温度湿度調節は食べ物の保管や本の保管に役立っている。それを止めると生活面で不安がでてくる。
となるとできることはゴーレムのいくつかを止め、自分でできることは自分でやることだ。これは家事に長けたエストが活躍した。
あとは魔力使用の一部を現時点で陽平が受け持つことだった。受け持ったのは明かりの部分。これを受け持ったのは必要なときに、必要な分だけ魔力を供給すればよかったからだ。昼は倉庫と図書室以外に使わないし、夜は自室とエストの部屋と風呂と廊下くらいだ。
今までは無駄に明かりをつけていた部分もあったので、節約効果は小さくない。
自身の魔力がただでさえ低くなったのに、維持に回したことでさらに魔力を圧迫することになった。塔の外に出さえすれば、圧迫はましになる。それでも魔力が低くなったことに不安を覚えた陽平は、魔力以外の戦闘手段を求めた。それが火薬の作製に繋がった。
材料は実験に使うと偽りネクに調達してもらった。
魔力がどれくらい減ったかというと、中級魔法の扇雷を三発撃てる状態から一発撃てる状態へと減った。エストと出会った頃に少し届かない程度だ。
今では最大時の七割ほどにまで回復させている。
陽平は火薬を広めるつもりはない。もともと工事用だったダイナマイトが戦争に使われたと知っていたから。
火薬は突き詰めていけば魔法を使えなくとも強力な攻撃手段となる。広めると魔獣などの被害も減るだろう。しかし人間に対しても使い出すと推測できた。
はっきり言うと自分が広めたものが原因でたくさんの人間が死ぬことになるのが嫌だった。そんな気分の悪いことを体験したくないのだ。自分本位のわがままだ。
「これでいいか」
リュックに必要な物を入れ終えた陽平は部屋を出る。
自室に荷物を置いて、隣のエストの部屋へ。ノックして返事を待ってから開ける。
ノックもせずに開けて着替え中だったことがある。そのときに一週間以上朝昼晩パン一個ずつという生活が続いた。ジャムさえなかった食生活は辛いものだった。
陽平も種類は少ないが料理はできる。けれども雰囲気的に料理できなかった。
それを繰り返したくはない。
戸を開け入ると、そこには十六歳に成長したエストがいる。肩までの濃緑の髪をバレッタでまとめて頭上へと曲げてとめている。塔にいる間は髪を染めていない。
「準備できた?」
「夕方頃には終るよ」
出発は明日なのでエストはゆっくり準備している。
「今回は近場だから念入りに準備する必要はないんだけどな」
「備えあれば憂いなしって兄さんも言ってるでしょ。
だから念を入れて準備しておく。
兄さんも式符を忘れないでよ? 魔法使えないといっきに危険度増すんだから」
持ち歩くことを忘れたことはないが、補充を忘れたことはあったりするのでエストは毎度確認することにしている。
「最優先で補充したから大丈夫。
ご飯食べようと思ってたんだけど、エストはどうする? まだ食べないならもう少し待つけど」
「食べる。急いだってすぐには終らないし」
作業をひとまず止めてエストは陽平と一緒に部屋を出た。
次の日、旅支度を整えた二人は塔を出る。エストの髪は夜のうちに染めてある。
向かう先はカータスたちの家。目的地と真反対だが、ミリィに念を押されているのだ。旅に出る時は一緒に連れて行くようにと。
道中の危険度は増している。数年前に比べて魔獣たちの活動が活発になっているからだ。陽平たちもカータスの家に到着するまで二度ほど戦っている。
魔獣たちの強さが増したわけではないので、退けることは容易だ。強い魔獣が塔周辺にいるわけでもない。
以前よりも少し厳しくなった移動を終えて街に到着する。
「こんにちはー」
エストがカータスの家の戸を叩く。
出てきたのは五歳の女の子。
「リムルちゃん久しぶり。お母さんかお姉ちゃんいる?」
エストは屈んで、リムルの手を取って聞く。
この女の子はミリィの妹。魔剣の大会ときに燃え上がったことで生まれた子だ。
「おかあさんならいるよ。
おかあさーん、エストおねーちゃんたちがきたー」
家の奥に振り返り、家事をしている母親を呼ぶ。
「はいはーい。いらっしゃい」
「こんにちわ。
ミリィを旅に誘いにきたんだけど、どこにいます?」
「旦那と一緒に道場に行ってるよ。
旅に出るって今度はどこまで?」
「シュイタスまでですよ。だよね兄さん」
「だな、そこから別のところには行かずに一度こっちに戻ってくる予定だ」
「じゃあ、そんな大荷物を準備してなくてもいいね」
ミリィの荷物を準備するために聞いたようだ。
「じゃ、道場に行ってくる」
カータスの道場はここから十分ほど歩いた場所にある。
カータスとしては一家が食べていけるだけの収入があればいいと思っていたが、世界の情勢が安定を欠いてきたがゆえにそこそこ繁盛している。カータス自身の知名度も門下生を呼び寄せる一因だ。
強くなりたいという人と自身の身を守るためちょっとした技能を身につけたいという人が集まり、三十人を超す門下生がいる。十人も集まればいいかなと考えていたカータスの予想を大きく超えていた。
道場を開いて四年。開いた当初は依頼を受けることと平行していたが、二年も経つと人も増え指導に忙しくなり依頼を受けることができなくなっていた。カンタクスの領主に頼まれ指導に遠出することもある。これでは依頼を受ける暇もないのは当然だ。
そんな道場から今日も威勢のいい声が聞こえてくる。
道場を覗くとショートソードほどの長さの木刀を二振り持ったミリィが門下生と対決していた。
ミリィは十五歳になっていて、成長期に一時エストに背の高さで差がついていたが、今では同じくらいに成長している。動きやすい服に身を包み、背中までの髪は邪魔にならないようにひとまとめにして、相手との稽古に集中している。
九歳のときに剣に憧れた少女は、いまや立派な剣術娘になっていた。
陽平たちは稽古が一区切りついてから話しかけようと考えていた、その前に二人に気付いたカータスが話しかけてきた。
「よう! 今日はなにしに来たんだ?」
「旅に誘いにな。
ここはいつ来ても賑わってるな」
「それだけ不安なんだろうさ。
今以上に魔獣たちが凶暴化する前に力つけておきたいんだろうな。
そのおかげで繁盛するっては皮肉な話だ」
対決を終えて陽平たちに気付いたミリィが汗を拭きながら近寄ってくる。
「兄ちゃんたちどしたの?」
「迎えにきたんだよ。
旅には連れて行けって言ってただろ」
「あ、行くんだ。
帰って準備しないと」
旅に出ると聞いて、うきうきとした様子になる。
「ニニルさんがしてくれてるよ。
ここ来る前に家に寄ったから」
「じゃあ、あたしは武具を準備すればいいだけか」
「ニニルちゃんまたでかけるのか?」
「女っ気が減ってむさくるしくなるな」
「シールズのやつぁがっかりするだろうな」
ミリィが出かけると知って門下生たちが口々に残念だと言っている。
シールズは、カンタクスの領主の息子のシールズだ。いまだミリィを想っていて、年に三ヶ月ほどミリィに会うことを兼ねて道場に通っている。
ミリィの好きなタイプとは違うため、相手にされていないというか想いに少しも気付かれてすらいない。
それだけではなく、将を射るならばまず馬からという友のアドバイスに従い実行したことで、リムルにとても気に入られている。
リムルは将来シールズのお嫁さんになると宣言しているほどシールズを気に入っている。将を射ようとして馬を手に入れるかもしれない状況だ。
こんな状況でも諦めないシールズを褒めてやればいいのか、父親として警戒すればいいのかカータスも迷っている。
「それで今度はどこに行くんだ?」
ミリィが着替えている間に目的地を聞く。近場ならば緊急の用事のとき会いにいけるからだ。
「シュイタスだよ」
「ああ、あそこか。でもなんでだ? そこに行くの避けてただろ」
シュイタスは陽平とカータスが初めて会ったときに行った村だ。
そこでは、陽平は魔法使いだと知られているので、一度行ったきり行くことを避けていた。
カータスも仕事で行くたびに、陽平は来ないのかと尋ねられていた。ここ数年行っていないので、カータスは懐かしげだ。
シュイタスでカータスが行っていた仕事は、今はほかの人たちが受け持っている。数年前までカータス一人でもやれていた仕事だが、今では数人がかりでないと危険になっている。
「兄さん、そこ避けてたの?」
「俺が魔法使いだって知ってるからな、シュイタスの人は」
回りに聞こえないよう小さな声でエストに答える。
陽平が魔法使いだと知っているのは、シュイタスの村人を除くとエストとカータス。それにニニルとミリィと依頼仲介屋だ。
さすがに知り合って十年以上外見が変わらないと怪しまれる。頻繁に会っていればなおさらだ。一度は若く見える血筋と誤魔化したが、ミリィが小さな頃に魔法を使って遊び相手になってもらったことを思い出してばれたのだった。
依頼仲介屋にはニニルにばれる前からばれていた。カータスが酔ってポロリとこぼしていたのだ。カータスが秘密にしてほしいと頼んでいたため、そこから陽平のことが広まることはなかった。
仲介屋としても、幽霊退治といった普通の冒険者では解決できない依頼をこなしてくれるのは、助かることだったからだ。仲介料は多く取れるし、依頼人には適した人材を紹介してくれると評判もあがる。機嫌を損ねて依頼を受けないといったことになるのは仲介屋にも損なのだ。
「それじゃどうしてそこに行こうなんて?」
「カータスは知ってるはずだ、シュイタスに根晶があるって。
一度根晶を見たいんだ。根晶を探すために」
根晶は地球に帰るための魔法、それを完成させるために必要な道具の一つだ。
帰還魔法の研究も少しずつ進んでいる。座学はひとまず中断し、今回から道具集めだ。
「根晶探すって大変じゃないか!?」
「だから探すためのてがかりになればいいと思ってな」
「その旅にもミリィを連れて行くのか?」
「ミリィが来たいと言えば」
「……言うんだろうなぁ」
好奇心の強い子に育ったからなぁと続けた。エストも頷いている。
「陽平」
「なんだよ。真面目な顔して」
「ミリィのことを頼む」
「言われなくても無茶をさせる気はないぞ?」
といっても前衛なので怪我は必ずするのだが。それはカータスもわかっているので、魔法で治療できる範囲ならばなにも言わない。
「それもだけど、言いたいことはほかにもある。
ミリィは親が言うのもなんだが美人に育った。
エストも美人だし、二人揃ったら変な虫が多く群がる! きっとな!
だからそんな奴らは問答無用で殴り飛ばしてくれっ」
目が本気だ。
「俺が役人に捕まるぞ」
「そこは魔法で逃げるなりな?」
「逃げても顔は見られてるし、何度も繰り返したら最悪指名手配だな」
「エストの面倒は任せろ。リムルも懐いてるし、家で暮らすのに問題はない」
「本気な顔で言うなよ。少しは冗談だっていう顔して言えよ。
そこらへんの男だとミリィの好みじゃないから大丈夫だと思うけどなぁ」
「そうだね。カータスさんよりも強いってのが最低条件だし。
わりとハードル高いよ」
そう言うエストは好みなどなく、陽平がいればそれでよかった。
どうも陽平から離れると、昔のような境遇に戻ると思っている節がある。見当はずれな考えではなく、染めている髪を元に戻すとそれが実現する可能性が高い。
なので陽平とは違い、エストは寄生樹の子かもしれないということを誰にも知られないようにしている。
一夜明けた朝、三人はカータスたちに見送られて出発する。
エストとミリィは同じ武具を身につけていた。違いはミリィが腰に二振りのショートソードを帯びていること。
娘に少しでも安全でいられるようにと、カータスが軽く丈夫な金属でブレストプレートを特注したのだ。それと同じものを陽平がエスト用に作ってもらった。ほかに鋼線を編みこんだ篭手と硬革のレッグガードで身を守る。
二人の武具はところどころ傷や汚れがついていて、使い始めてそれなりの時間が経っているとわかる。
これはミリィの剣の腕が自身を守れる最低限にまで到達した頃から、カータスが一緒に依頼に連れて行っていたからだ。少しでも旅や依頼に慣れてもらおうという考えからだ。ほかに実戦に勝る訓練はないという考えもあった。
三日ほど歩くと、三人の視線の先にシュイタスが見えてきた。
9へ
ここは陽平の自室ではなく、旅先で手に入れた物や作ったものを保管しておく部屋。十年以上も過ごしていれば物が増えるのは当たり前で、自室に入りきらなくなったときエストとゴーレムに手伝ってもらい倉庫を整理して空き部屋として、そこに運び込んだのだ。
オーエンが使ったり作っていた物ほど高度な物はない。だが物騒な物はある。
その代表格は黒色火薬で作った数種類の爆弾だ。といっても記憶が曖昧なままで作ったので品質は高くない。湿気は駄目だから水も駄目だと思い込み、粉末を混ぜ込み固めただけの代物だ。火薬のみで威力を出そうと思ったら量を増やすしかない。
殺生目的の爆弾は一種類しかない。鉄片を混ぜ込み爆発の衝撃で喰い込ませるもの。ほかは音や光や煙を発して、対象を驚かせ逃げやすくするものだ。
陽平の作った爆弾は、布で火薬を包んだだけ。それと火種が数秒して発生するという魔法の式符を火薬と一緒にいれている。だから陽平を真似してこれを投げつけてもなんの意味もないものだ。
魔法があるのに爆弾は必要があるのか。そう疑問が湧くかもしれない。
陽平も意味なく火薬を必要としているわけではない。それ相応の理由があった。
それは今から四年前のことだ。カータスの家に遊びに行った帰り、寄人に襲われた。寄人が二人を襲った理由は不明だ。
なんとか撃退することに成功したが、再び生死の境を彷徨うことになった。運よく助かったのは今生きていることからわかる。けれども代償がなかったわけではない。
魔力総量が半分以下にまで落ちたのだ。この原因を突き止め元の容量に戻そうと、塔にある本を色々と調べてみたものの、どの本にも魔力総量が減るなど書かれておらず原因はわからずじまいだった。
調査だけに時間をかけるわけにもいかなかった。問題が発生したのだ。
それは塔の維持だ。まだオーエンの人工根晶が維持してくれている。だがいつかは自力で維持する必要がある。順調に行けば余裕を持って維持に耐えうる魔力総量を持つことができた。しかし魔力総量が減少したことで、人工根晶がなくなるまでに必要分の魔力を身につけることができるか怪しくなった。
このことに気付けたのは幸運だったのだろう。気付かなければ、魔法は使えず常に魔力不足なまま塔を維持するという困難が待ち受けていたのだから。
人工根晶による維持期間を延ばすため陽平は魔力の節約を行う。塔が魔力を使っているのは主に結界とゴーレムの稼動と各部屋の温度湿度調節。このうち結界と温度湿度調節については節約するわけにはいかなかった。結界は侵入者防止と塔を隠す役割を担っている。その結果を薄くすることは安全面で不安がでてくる。温度湿度調節は食べ物の保管や本の保管に役立っている。それを止めると生活面で不安がでてくる。
となるとできることはゴーレムのいくつかを止め、自分でできることは自分でやることだ。これは家事に長けたエストが活躍した。
あとは魔力使用の一部を現時点で陽平が受け持つことだった。受け持ったのは明かりの部分。これを受け持ったのは必要なときに、必要な分だけ魔力を供給すればよかったからだ。昼は倉庫と図書室以外に使わないし、夜は自室とエストの部屋と風呂と廊下くらいだ。
今までは無駄に明かりをつけていた部分もあったので、節約効果は小さくない。
自身の魔力がただでさえ低くなったのに、維持に回したことでさらに魔力を圧迫することになった。塔の外に出さえすれば、圧迫はましになる。それでも魔力が低くなったことに不安を覚えた陽平は、魔力以外の戦闘手段を求めた。それが火薬の作製に繋がった。
材料は実験に使うと偽りネクに調達してもらった。
魔力がどれくらい減ったかというと、中級魔法の扇雷を三発撃てる状態から一発撃てる状態へと減った。エストと出会った頃に少し届かない程度だ。
今では最大時の七割ほどにまで回復させている。
陽平は火薬を広めるつもりはない。もともと工事用だったダイナマイトが戦争に使われたと知っていたから。
火薬は突き詰めていけば魔法を使えなくとも強力な攻撃手段となる。広めると魔獣などの被害も減るだろう。しかし人間に対しても使い出すと推測できた。
はっきり言うと自分が広めたものが原因でたくさんの人間が死ぬことになるのが嫌だった。そんな気分の悪いことを体験したくないのだ。自分本位のわがままだ。
「これでいいか」
リュックに必要な物を入れ終えた陽平は部屋を出る。
自室に荷物を置いて、隣のエストの部屋へ。ノックして返事を待ってから開ける。
ノックもせずに開けて着替え中だったことがある。そのときに一週間以上朝昼晩パン一個ずつという生活が続いた。ジャムさえなかった食生活は辛いものだった。
陽平も種類は少ないが料理はできる。けれども雰囲気的に料理できなかった。
それを繰り返したくはない。
戸を開け入ると、そこには十六歳に成長したエストがいる。肩までの濃緑の髪をバレッタでまとめて頭上へと曲げてとめている。塔にいる間は髪を染めていない。
「準備できた?」
「夕方頃には終るよ」
出発は明日なのでエストはゆっくり準備している。
「今回は近場だから念入りに準備する必要はないんだけどな」
「備えあれば憂いなしって兄さんも言ってるでしょ。
だから念を入れて準備しておく。
兄さんも式符を忘れないでよ? 魔法使えないといっきに危険度増すんだから」
持ち歩くことを忘れたことはないが、補充を忘れたことはあったりするのでエストは毎度確認することにしている。
「最優先で補充したから大丈夫。
ご飯食べようと思ってたんだけど、エストはどうする? まだ食べないならもう少し待つけど」
「食べる。急いだってすぐには終らないし」
作業をひとまず止めてエストは陽平と一緒に部屋を出た。
次の日、旅支度を整えた二人は塔を出る。エストの髪は夜のうちに染めてある。
向かう先はカータスたちの家。目的地と真反対だが、ミリィに念を押されているのだ。旅に出る時は一緒に連れて行くようにと。
道中の危険度は増している。数年前に比べて魔獣たちの活動が活発になっているからだ。陽平たちもカータスの家に到着するまで二度ほど戦っている。
魔獣たちの強さが増したわけではないので、退けることは容易だ。強い魔獣が塔周辺にいるわけでもない。
以前よりも少し厳しくなった移動を終えて街に到着する。
「こんにちはー」
エストがカータスの家の戸を叩く。
出てきたのは五歳の女の子。
「リムルちゃん久しぶり。お母さんかお姉ちゃんいる?」
エストは屈んで、リムルの手を取って聞く。
この女の子はミリィの妹。魔剣の大会ときに燃え上がったことで生まれた子だ。
「おかあさんならいるよ。
おかあさーん、エストおねーちゃんたちがきたー」
家の奥に振り返り、家事をしている母親を呼ぶ。
「はいはーい。いらっしゃい」
「こんにちわ。
ミリィを旅に誘いにきたんだけど、どこにいます?」
「旦那と一緒に道場に行ってるよ。
旅に出るって今度はどこまで?」
「シュイタスまでですよ。だよね兄さん」
「だな、そこから別のところには行かずに一度こっちに戻ってくる予定だ」
「じゃあ、そんな大荷物を準備してなくてもいいね」
ミリィの荷物を準備するために聞いたようだ。
「じゃ、道場に行ってくる」
カータスの道場はここから十分ほど歩いた場所にある。
カータスとしては一家が食べていけるだけの収入があればいいと思っていたが、世界の情勢が安定を欠いてきたがゆえにそこそこ繁盛している。カータス自身の知名度も門下生を呼び寄せる一因だ。
強くなりたいという人と自身の身を守るためちょっとした技能を身につけたいという人が集まり、三十人を超す門下生がいる。十人も集まればいいかなと考えていたカータスの予想を大きく超えていた。
道場を開いて四年。開いた当初は依頼を受けることと平行していたが、二年も経つと人も増え指導に忙しくなり依頼を受けることができなくなっていた。カンタクスの領主に頼まれ指導に遠出することもある。これでは依頼を受ける暇もないのは当然だ。
そんな道場から今日も威勢のいい声が聞こえてくる。
道場を覗くとショートソードほどの長さの木刀を二振り持ったミリィが門下生と対決していた。
ミリィは十五歳になっていて、成長期に一時エストに背の高さで差がついていたが、今では同じくらいに成長している。動きやすい服に身を包み、背中までの髪は邪魔にならないようにひとまとめにして、相手との稽古に集中している。
九歳のときに剣に憧れた少女は、いまや立派な剣術娘になっていた。
陽平たちは稽古が一区切りついてから話しかけようと考えていた、その前に二人に気付いたカータスが話しかけてきた。
「よう! 今日はなにしに来たんだ?」
「旅に誘いにな。
ここはいつ来ても賑わってるな」
「それだけ不安なんだろうさ。
今以上に魔獣たちが凶暴化する前に力つけておきたいんだろうな。
そのおかげで繁盛するっては皮肉な話だ」
対決を終えて陽平たちに気付いたミリィが汗を拭きながら近寄ってくる。
「兄ちゃんたちどしたの?」
「迎えにきたんだよ。
旅には連れて行けって言ってただろ」
「あ、行くんだ。
帰って準備しないと」
旅に出ると聞いて、うきうきとした様子になる。
「ニニルさんがしてくれてるよ。
ここ来る前に家に寄ったから」
「じゃあ、あたしは武具を準備すればいいだけか」
「ニニルちゃんまたでかけるのか?」
「女っ気が減ってむさくるしくなるな」
「シールズのやつぁがっかりするだろうな」
ミリィが出かけると知って門下生たちが口々に残念だと言っている。
シールズは、カンタクスの領主の息子のシールズだ。いまだミリィを想っていて、年に三ヶ月ほどミリィに会うことを兼ねて道場に通っている。
ミリィの好きなタイプとは違うため、相手にされていないというか想いに少しも気付かれてすらいない。
それだけではなく、将を射るならばまず馬からという友のアドバイスに従い実行したことで、リムルにとても気に入られている。
リムルは将来シールズのお嫁さんになると宣言しているほどシールズを気に入っている。将を射ようとして馬を手に入れるかもしれない状況だ。
こんな状況でも諦めないシールズを褒めてやればいいのか、父親として警戒すればいいのかカータスも迷っている。
「それで今度はどこに行くんだ?」
ミリィが着替えている間に目的地を聞く。近場ならば緊急の用事のとき会いにいけるからだ。
「シュイタスだよ」
「ああ、あそこか。でもなんでだ? そこに行くの避けてただろ」
シュイタスは陽平とカータスが初めて会ったときに行った村だ。
そこでは、陽平は魔法使いだと知られているので、一度行ったきり行くことを避けていた。
カータスも仕事で行くたびに、陽平は来ないのかと尋ねられていた。ここ数年行っていないので、カータスは懐かしげだ。
シュイタスでカータスが行っていた仕事は、今はほかの人たちが受け持っている。数年前までカータス一人でもやれていた仕事だが、今では数人がかりでないと危険になっている。
「兄さん、そこ避けてたの?」
「俺が魔法使いだって知ってるからな、シュイタスの人は」
回りに聞こえないよう小さな声でエストに答える。
陽平が魔法使いだと知っているのは、シュイタスの村人を除くとエストとカータス。それにニニルとミリィと依頼仲介屋だ。
さすがに知り合って十年以上外見が変わらないと怪しまれる。頻繁に会っていればなおさらだ。一度は若く見える血筋と誤魔化したが、ミリィが小さな頃に魔法を使って遊び相手になってもらったことを思い出してばれたのだった。
依頼仲介屋にはニニルにばれる前からばれていた。カータスが酔ってポロリとこぼしていたのだ。カータスが秘密にしてほしいと頼んでいたため、そこから陽平のことが広まることはなかった。
仲介屋としても、幽霊退治といった普通の冒険者では解決できない依頼をこなしてくれるのは、助かることだったからだ。仲介料は多く取れるし、依頼人には適した人材を紹介してくれると評判もあがる。機嫌を損ねて依頼を受けないといったことになるのは仲介屋にも損なのだ。
「それじゃどうしてそこに行こうなんて?」
「カータスは知ってるはずだ、シュイタスに根晶があるって。
一度根晶を見たいんだ。根晶を探すために」
根晶は地球に帰るための魔法、それを完成させるために必要な道具の一つだ。
帰還魔法の研究も少しずつ進んでいる。座学はひとまず中断し、今回から道具集めだ。
「根晶探すって大変じゃないか!?」
「だから探すためのてがかりになればいいと思ってな」
「その旅にもミリィを連れて行くのか?」
「ミリィが来たいと言えば」
「……言うんだろうなぁ」
好奇心の強い子に育ったからなぁと続けた。エストも頷いている。
「陽平」
「なんだよ。真面目な顔して」
「ミリィのことを頼む」
「言われなくても無茶をさせる気はないぞ?」
といっても前衛なので怪我は必ずするのだが。それはカータスもわかっているので、魔法で治療できる範囲ならばなにも言わない。
「それもだけど、言いたいことはほかにもある。
ミリィは親が言うのもなんだが美人に育った。
エストも美人だし、二人揃ったら変な虫が多く群がる! きっとな!
だからそんな奴らは問答無用で殴り飛ばしてくれっ」
目が本気だ。
「俺が役人に捕まるぞ」
「そこは魔法で逃げるなりな?」
「逃げても顔は見られてるし、何度も繰り返したら最悪指名手配だな」
「エストの面倒は任せろ。リムルも懐いてるし、家で暮らすのに問題はない」
「本気な顔で言うなよ。少しは冗談だっていう顔して言えよ。
そこらへんの男だとミリィの好みじゃないから大丈夫だと思うけどなぁ」
「そうだね。カータスさんよりも強いってのが最低条件だし。
わりとハードル高いよ」
そう言うエストは好みなどなく、陽平がいればそれでよかった。
どうも陽平から離れると、昔のような境遇に戻ると思っている節がある。見当はずれな考えではなく、染めている髪を元に戻すとそれが実現する可能性が高い。
なので陽平とは違い、エストは寄生樹の子かもしれないということを誰にも知られないようにしている。
一夜明けた朝、三人はカータスたちに見送られて出発する。
エストとミリィは同じ武具を身につけていた。違いはミリィが腰に二振りのショートソードを帯びていること。
娘に少しでも安全でいられるようにと、カータスが軽く丈夫な金属でブレストプレートを特注したのだ。それと同じものを陽平がエスト用に作ってもらった。ほかに鋼線を編みこんだ篭手と硬革のレッグガードで身を守る。
二人の武具はところどころ傷や汚れがついていて、使い始めてそれなりの時間が経っているとわかる。
これはミリィの剣の腕が自身を守れる最低限にまで到達した頃から、カータスが一緒に依頼に連れて行っていたからだ。少しでも旅や依頼に慣れてもらおうという考えからだ。ほかに実戦に勝る訓練はないという考えもあった。
三日ほど歩くと、三人の視線の先にシュイタスが見えてきた。
9へ

