2009年01月

2009年01月31日

ほうりこんでみた3


感想、ウェブ拍手ありがとうございます

>>うーん、同じ宇宙にある別の惑星って言うのは〜同じ宇宙の物理法則から外れまくってますw
これにもちょっとした理由があるんですけど、本編だと語られないはず
言える事は自然にできたらとしたら無茶な星だってことです
広い宇宙、いろんなものがいそうです。そのなかに無茶なことができそうなものもいそうじゃないでしょうか? ロマンです。


以下ほおりこんでみた、の続き
もう少しだけ続きそう。今回で終ると思ってたんだけど
今回の勇者はまとも、でも出番は少ない




お疲れ様です。戦い終わって次の人にバトンタッチ の巻

《アリアハン外交》

 ギアガの大穴が閉じたことは日本のお偉いさんとバラモスのみが知りえたことだ。
 政治家は常に情報を求めギアガ周辺に人を配置していたし、バラモスは城の隣にあるものが変化して気づけないほど鈍くはない。
 これによって両者はゾーマが死んだことを知る。
 日本側は一番の脅威がなくなったことを喜んだ。バラモス側はゾーマの突如の死に困惑し、この世界に孤立したという理解したくないことを突きつけられた。
 これによりアレフガルドからの援助を受けることができなくなったバラモスは、静かに少しずつ各地に散らばった兵力をバラモス城周辺へと集め守りを固めていった。バラモスはゾーマの死を人間側には知られないと考えていた。なので派手に動くと、魔物側の異変を人間に悟られると考えて少しずつ動かしたのだ。世界に異変が起きているのはバラモスも感じとっていた。すなわち日本がいるという影を掴んでいた。しかしそれがゾーマ死亡の直接の原因だとは考えていない。
 すでに勇者に解放されたジパング、サマンオサなどはもとより攻撃的な魔物が減っていた、そこでさらに司令官クラスの魔物がいなくなったことで、バラモスが来る前に近い情勢となっていた。人々は不思議に思いながらも追求はせず、訪れた平穏を喜んでいる。
 陸だけでもなく海でも同じで、高い地位の魔物がバラモス城付近の近海に集められたことで、日本の情勢にも変化が起きた。好戦的な魔物が減ったことで、戦力に余裕が生まれだしたのだ。わりとぎりぎりのところで治安を保っていたので助かった。
 政治家は、役目を無事こなした自衛隊に感謝し、次は自分達の番だと動き出す。
 余裕が生まれたことで動かせるようになった兵を連れ、外交に乗り出した。
 数少ない空母を動かし、戦闘機や戦闘ヘリや小型貨物飛行機を載せ出発した目的地は、アリアハン。
 最大速度で進み、給油なしで小型貨物飛行機がアリアハンまで飛べる距離になると、外交官と兵を乗せ先行する。
 最初の外交相手をアリアハンに決めたのにはいくつかの理由がある。
 上陸して出会う魔物が弱い。海路でいける世界規模の主要国家。勇者の出身地。各国に影響を持っていそうな国。勇者の補佐を申し出て、英雄であるオルテガをアリアハンに帰すことで貸しを作れそう。
 これらの理由で政治家はアリアハンとの外交を決めた。
 ただ倒せばいいだけのゾーマとは違い、同種族である各国の人々との交渉は難しいものとなる。いまだ食料や資材的な意味でピンチは続いている。下手に敵対することになると、そのピンチが長続きすることになり自分たちの首を絞めることになる。食料は種や苗を植えて世話してやれば作り出すことができまだなんとかなるが、資材は作り出すことなど不可能だ。
 外交官の最低限の目的は簡易的な貿易をすることだけでもとりつけることだ。貨幣価値が違いすぎ、円はこの世界においてまだ意味をなさない。そんな状態で貿易は非常に困難だ。だから本格的な貿易ははなから諦めている。日本としては簡単な技術を提供し、かわりに食料や資材をもらおうと考えている。例えばポンプやガラス作製技術は、今の日本において使われていなかったり、簡単な技術だったりする。しかしこちらの世界から見ると存在しえない物だったりするので、価値は高いだろう。
 できるだけローリスクハイリターンを狙っている。詐欺っぽいが、日本の現状がそうも言っていられないのだ。
 なお自国の平和のため、勇者への補佐は断られても始めから勝手にやるつもりだ。
 
「急な来訪にもかかわらず、お目通しを許していただき、ありがとうございます」
 外交官が玉座を前にして頭を下げる。
 アリアハン王は困惑を浮かべた目で外交官を見ていた。それは大臣や近衛兵も同じだ。見慣れぬ服装の人間が、空飛ぶ鉄の塊に乗って王都の郊外に現れたと聞き、さらに謁見を求めていると知り、許可を出したものの、彼らのまとう自分達との雰囲気の違いに戸惑っているのだ。
 謁見に許可を出したのは早計だったかという内心を隠し、口を開く。
「よくぞ参られた、緊張などせずゆるりとくつろがれよ」
「ありがとうございます」
「ところで失礼を承知で今一度お尋ねしたい。あなたの出身国はどこと仰られたかな?」
「日本と言います」
「私の記憶が確かならば、初めて聞く国なのだが」
「それは無理もないと思います。今までどことも国交を持っていませんので。存在が知られにくかったのでしょう」
 国交を持たなかったせいで存在が知られないというのは苦しい言い訳だが、異世界から国ごと来ましたというよりはましだろう。いずれ技術の格差から違和感は持たれるだろう。そのときに本当のことを説明するとして、今はでっちあげた事情を説明することになっている。
 アリアハン王もこの説明は怪しんでいるが、日本の狙いがわかるまでは知らぬふりをするつもりだ。
「そうであったか。これは失礼した。
 それにしても世界は広いな。王として一応は世界中の国の名を知っているつもりだったのだが。
 どのような国なのか教えてもらっても構わないだろうか?」
「簡単に説明しますと、魔法がない国です」
「魔法がない? そのような国があるのか?
 ではモンスターに対する防衛はどうなっているのだ?
 すべて戦士や武道家などが対応し、傷の治療も薬草に頼っているのか?」
 アリアハン王の頭の中に、薬草が高値で輸出できるかもしれないと浮かぶ。
 ほかには戦士の質が高い一方で、遠距離からの攻撃には弱い戦力を持っていそうだ。武具も高値で輸出できるかもしれん、と少ない情報で連鎖的に考えが思い浮かんでくる。
「モンスターに対しては、国軍が専用の武器を持って対応しています。
 それは遠距離用ですので、傷を負うこともなく戦いが終ることもあります。
 ですがすべてそれで対応するわけにもいかず、接近戦を行い傷を負ったときには仰られたように薬草で対応することもあります。
 大抵は医者任せですが」
「医者任せとは」
 ここでアリアハン王たちは不憫そうな顔を見せる。
 この世界において医者は病気治療が専門で、傷治療には余り力を入れていないのだ。それは魔法や薬草ですぐさま治療できるので、傷治療の腕を上げる必要がないからだ。
 自分たちの医者と同じようなことしかできないと思ったが故に、こんな表情になった。
 外交官はそんな事情を理解できないので、その表情に不思議そうな顔をすることしかできない。
 薬草を取引することになったら、少しは安くしてもいいかもしれないなと考えつつ、王はほかに気になったことを聞く。
「専用の武器と言ったが、どのようなものなのだろうか。
 差し支えなければ教えてもらいたい。門外不出ならば無理は言わないが」
「メインで使っているのは銃と言いまして、小さな鉄の塊を火薬と言うもので、勢いよく飛ばすことで対象の体を貫くものです」
「弓のようなものかな?」
「イメージとしてはそれで間違ってはいません。
 ただし弓から飛ばされた矢よりも速く遠くへ飛びますし、少ない動作で連射もできます。扱う際に弓を引くほどの力も必要ありません」
「ふうむ。いまいち想像しづらいの」
「よろしければ後ほどお見せいたしましょうか?」
 頼むと王が頷きかけたのを遮って大臣が口を開く。
「お待ちください! そう軽はずみに頷かないでください。
 可能性として、魔物の依頼で王を暗殺にきたということも少なからずあります。
 そこでのこのこと武器を見るなどと、絶好の暗殺機会ではないですか!」
「そ、そうか」
 大臣の言葉にも一理あると頷く。
 外交官としてもすぐに信じてもらえると思っていないので、この発言は理解できて不快になど思っていない。ただ、この場で言ってしまったことに対してはマイナス評価だった。警戒してますと堂々と発言したようなものだ。相手の心象がわかれば対応の仕方もわかり、話の主導権もとりやすい。政治に関わるのなら、もっと腹芸を磨いたほうがいい。情報は大切なのだから。
 まあ、いきなり空飛ぶ乗り物が現れて、聞いたことのない話を聞かされ動揺しているだけなのかもしれない。というかその可能性が高い。ルーラやキメラの翼という移動手段はあるが、それは転移に近く空を飛ぶという感覚ではない。この世界において空というものは、日本人よりも遠い世界なのだろう。そんな未知の世界からやってきたようにも見え、非常識に対応しきれていない。
「では遠くから見るということで」
「それでは詳しい結果がわからないのではないか?」
「それは大丈夫です。双眼鏡という遠くを見るための道具がありますから」
 外交官が読んだ資料にはルザミに望遠鏡があると書かれていたから、双眼鏡もあるかもしれないと考える。
 しかしその予想を裏切って王は便利なものがあるのだなと感心していた。

 そろそろ本題に入りたいと考える外交官は、一言断ってからここにきた目的を話し始める。
 しかし貿易の話も勇者への助力も芳しい反応をもらえずにいる。
 貿易は貨幣での取引が不可能で、技術での支払いでは十分な利益が出るのかわからず保留となる。
 助力のほうは、できるだけならば勇者たちのみでバラモスを倒してもらいたいと考えているので、助力はできるだけならば遠慮してもらいたい。アリアハン出身の者が世界を乱した存在を倒したとなれば、国家間での立ち位置が強固なものになるのだ。
 外交官は貿易成功にのみ専念することにした。先に言ったように、勇者への助力は勝手にするつもりなのだ。のちのち文句は言われるかもしれないが、平穏無事な暮らしを確実に勝ち取るには手を出したほうがいいのだ。
 貿易取引は成功した。銃の披露で度肝を抜き、ライターやポンプや正確な計測器といった暮らしに役立つ技術で興味を引いたのだ。ほかに効率的な農業技術、畜産技術の部分的な資料提出も成功の一因だ。あとは今のところ本格的な国交ではなくていいと言われていたからだ。とりあえずは食料や資源のやりとりだけ
 ここでアリアハン王たちは気づく、もしかすると自分達は運がいいのかもしれないと。技術面で自分達よりも進んでいそうな国が、自分達と貿易をしたいと言ってきた。しかも表面上は友好的だ。これはアリアハンをさらに発展させるいい機会なのかもしれない。多少の出費を覚悟すれば、さらなるリターンがあると考え、今後も懇意的な関係を築こうと動き出した。
 具体的には日本の求める食料や資源を多めに送る。それと魔法使いを借り受けたいという申し出も受けた。
 魔法使いを必要としたのにはいくつかのわけがある。興味関心があるというのも理由だし、原発や火力発電や石油の代わりとなるクリーンなエネルギーとして利用できないかという考えもある。
 だが一番の理由は、アレフガルドにいる自衛隊帰還のためだ。魔法使いたちの力で、こちらとあちらを再び繋げたいのだ。
 以前穴を開けたのはゾーマだ。開いていた穴はゾーマが倒されたことで閉じた。これはゾーマが穴を支え続けていたということではないだろうかか。そしてゾーマはゲームの中で鍛えあげられた人間に倒される。現実でも銃を持った多人数の人間に倒された。一般人から見ると圧倒的な力を持つ大魔王だが、人間に負けたのだ。ならば多くの魔法使いを用意し、一度に魔法を使えば大魔王級の力に手が届き、ギアガの大穴に向かって魔法を使えば穴を開くことは可能ではないのか、というのが研究者たちの考えだ。
 想像上の考えでしかないが、自分達の現代科学では空間に穴を開けるなど無理なのだ。魔法に頼るしかない。
 アレフガルドへの穴を作る成功率を上げるために、魔法研究は絶対必要なことだった。
 善は急げとばかりに、借り受けた魔法使いたちは外交官の一人に連れられ、キメラの翼で日本へと飛ぶ。そこであまりにも自分達と違う様々なことに大いに戸惑うことになる。
 残った外交官は、これからのことを詳しく詰めていくため日夜会議となる。
 ちなみにオルテガのことは話していない。生存を証明する方法がないので話しても信じてもらえないのだ。
 そうこうしているうちに空母がアリアハン西海岸に到着する。その大きさや形に、またしてもアリアハン国民たちは度肝を抜かれた。自分達の知る船とあまりに違うのだ。帆がないのでオールでこぐと思ったら、どこにもオールがない。全体が金属製で見るからに頑丈そうで威圧感がある。
 怖いもの見たさといった感じで、一時海岸方面に人だかりがすごいことになっていた。
 人だかりはアリアハン側だけではない。空母側も、ドラクエを知っているのなら有名な国を見たく甲板に上がる人が多かった。
 そんな船員もここにくるまで無事でいられたわけではない。領海侵犯は気にしなくとも良かったが、魔物の接近には苦労させられた。大王いかといった大物よりも、しびれくらげやスライムつむりやマーマンといった小物のほうが手強かった。大王いかは図体がでかく狙いやすいので、保有火力からすれば対処が楽なのだ。かわって小物は接近に気づきにくく、いつのまにか甲板にまで上がってくる。図体が人以下なものも多く狙いづらい。弾薬節約のため人力で対処するときもあった。スパナやバールで対応する姿も見られた。
 

《バラモス討伐》

 日本が動いているように勇者も動いていた。
 彼らも順調に旅を続け、最後のオーブを手に入れるためネクロゴンドの洞窟へと入っていた。
 そこは彼らが経験した中で一番の激戦区となった。ゲームで例えるとならば一歩歩いただけでエンカウントする状態だ。
 原因は自衛隊がゾーマを倒し、非常事態を警戒したバラモスが戦力を自陣に集めたからだ。あふれた戦力が洞窟の守りにまで回された。誰に責任があるかというと日本だ。
 疲労困憊となり洞窟を抜けて、ネクロゴンド神殿に辿り着いた勇者たちは、そこでシルバーオーブを受けとった。
 そして勇者に会うために待機していた自衛隊の数人とも出会う。
「お待ちしていました。勇者一行で間違いはありませんか?」
「ええ、そうですけど?」
「我々は日本国からあなたがたに助力するように言われて待っていたものです」
「助力?」
「はい。具体的には、バラモスまで安全にかつ体力を温存させたままで皆さんを送り届けることを目的としています。城内のバラモスまでの露払いはお任せください」
 この言葉に勇者は少し戸惑ったような顔をしたが、仲間たちは嬉しそうな顔をしていた。ネクロゴンドの洞窟で苦戦したので、本拠地であるバラモス城突入に不安が沸きあがっていたのだろう。
「といっても皆さんにラーミアを復活させてもらわないと私達も突入できないのですが」
「しようとしたんですか?」
「情報を求めて近づこうとしたのですが、邪気による結界というのでしょうか? ある一定の位置から近づけなかったのです。
 おそらくラーミアならばあの邪気を払うことができるのではと、私たちは考えています」
 推測でしかないが、ゲームでは問題なく侵入できたので見当はずれではないと考えていた。
「ですのでラーミアで邪気を払った後、すぐに侵入せず私達と合流してもらいたい。
 了承してもらいたいのですが、どうでしょう?」
「……」
「何を悩んでいるんだアルウ?」
 口を開かない勇者に戦士が問いかける。
「んー……ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」
「どうぞ」
「どうやってここきたのかとか、ラーミアの情報をどうやって得たのかとか、ニホンという国についてとか聞きたいことはほかにもあるんですが、一番聞きたいのは。
 もしかするとあなたたちは自力でバラモスが倒せるのでは? ってことなんです。
 ただの勘っていうのと、言動にバラモスに対する恐れがないように感じられて」
 自衛隊の仲間がゾーマ討伐を成し遂げたのだから、自分達もやれないことはないと考えていたのを勇者は感じ取ったのだろう。
 実際、ゾーマよりもバラモスのほうが弱いのだから、過信というわけでもなかった、油断せずに挑んだ場合だが。慢心すれば、どんな強力な武器を持とうが危ないのは言うまでもないことだ。
 自信のこもった笑みを浮かべた自衛官たちを見て、自分の予想は当たっていたと確信を持つ。
「私達は手出ししません。始めからバラモス討伐に意欲を持って挑まれていたあなたがたと違い途中参戦ですし、手助けしたという事実だけがほしいのですから」
 不思議そうな顔をする勇者たちに少しだけ事情を話す。
「国の体裁を守るため、とでも言いますか。勇者たちに魔王バラモスを倒してもらわないとアリアハンとしては都合が悪い、こんな理由ですよ。
 付け加えるのなら、あなたがたは私達の国ではとても有名で、その手柄を横取りするようなことになれば非難ごうごうなんです」
 茶化すように付け加えられた事情に、勇者は驚いた顔をしたあと苦笑を浮かべた。
 そのまま笑みを浮かべて、
「そういった事情があるなら仕方ありませんね。バラモスまでのエスコートお願いします」
 あとのことは国で勝手にやってくれと目的を果たすことのみを考えて、頭を下げた。
「はい、任されました。
 バラモスのことはよろしくお願いします」
 その後、勇者たちは洞窟を抜けて溜まった疲労をとるため自衛官と一緒に神殿に泊まる。
 そこで自衛官は勇者たちから今までの旅ついて生の声を聞くことができた。ゲームをするだけではわからない臨場感のある話は自衛官を引き込み熱中させていった。
 翌朝、ラーミアを連れてくるといって勇者たちはルーラで去っていった。
 
 勇者がオーブを手に入れて数日後、アリアハン側をさんざん驚かしてきた日本だが、今度は驚く側となった。
 いると知っていたし、その存在を近くで見ることになるとも考えていた。しかし想像の上でしかなかった。
 実物は想像をはるかに超えた。知性の宿った目、純白の羽毛、優雅でいて厳か、神秘性までまとったその鳥は体の大きさのみならず、存在感すら大きい。巨大さから来る恐怖はなく、払うべき敬意を持つのみ。
 ネクロゴンド神殿前に舞い降りたラーミアを自衛官の誰もが見入っていた。
 ラーミアが誕生し、勇者側の準備は整った。しかし自衛隊側はいまだ準備は整っていない。予備兵力として準備していた駐屯基地にいる三百人のうち二百人と物資を動かすのだ、即座に準備できるというものではない。
 勇者に頼み、突入を待ってもらう。
 結局準備が整ったのは、二週間後だ。その間にバラモス側も決戦準備を整えていた。ラーミアが近くにいて、続々と人が集まっていれば、大きな戦いが起こると予想はできる。人数を減らそうと散発的に襲撃することもあったが、銃撃などで追い払われていた。
 バラモス城突入に関してはゾーマ城突入と同じように進められた。一部屋一部屋押しつぶすように魔物を蹴散らしていった。役に立つアイテムは手に入れしだい勇者たちへと届けられた。
 やがて城内が静かになる。モンスターの激しい抵抗にあいながらも自衛隊はバラモス城制圧をやり遂げた。残るはバラモスのみ。
 神殿で勇者たちと話した自衛官が城門に待機していた勇者たちを迎えに来た。
「行きましょう。残すはバラモスのみです」
「皆、行こう!」
 戦士、僧侶、魔法使いは頷く。
 城内はあちこちとモンスターの血で染まっていた。その多さに激戦だったのだと勇者たちは思い知る。その激戦を潜り抜けた兵たちは、敬礼で勇者たちを見送る。その目には強い激励の意思が込められていた。
「私たちの役割はここまです。
 次はあなたがたの番です。もてるすべてをぶつけてきてくださいっ」
「ここまでお膳立てされたんです。僕らもやり遂げます」
「アリアハン王に報告が終ったら、よかったらまたここにきてください。祝勝会の準備してますから」
「楽しみにしてます」
 勇者が仲間に声をかける。皆気合が入っているようで、威勢のいい返事が上がった。
 勇者たちがバラモスのもとへと向かう。
 自衛官はその場に残り、隠れているモンスターが戦いの邪魔をしないように見張る。
 勇者に言っていないが、彼らにはもう一つ役目があった。それは勇者たちが倒れたあと、バラモスを倒すというもの。いわく保険というやつだ。自衛官としてはその保険が使われることがないように祈っている。だが念には念を入れるという上層部の考えもわかるので、出番がくれば役割は果たすつもりでいる。
 勇者たちがバラモスのもとへ向かって一時間弱。その間も微かな振動や音がしていた。まるで戦いの終わりを告げるかのような野太い断末魔が上がった。そして静かになる。
 様子を見に行った自衛官が見たのは、焼け焦げた床や蒸発した血の跡という戦いの痕跡。
 バラモスが勝っていれば、そこにいるはずの場所には誰もいない。勇者たちもいないということは、バラモスに勝利しアリアハンへと飛ばされたということだろう。
 自衛官が無線で勝利を宣言する。無線を聞いた者が歓声をあげ、それは周囲に感染していき、最終的には城中から歓声が聞こえ出した。
 彼らは勇者との約束を果たすため、祝勝会のための準備を始める。
 これは祝勝会のほかにも慰労会も兼ねていた。自衛隊の役割は終ったのだ。あとは国防のみ。
 家で待つ子供に勇者に会って会話したことを、話してやろうと楽しみに思いつつ自衛官は戦いが終ったことに安堵した。
 ここから先は武力ではなく、技力や知力の出番だ。

2009年01月27日

樹の世界へ18

 地下室で陽平は帰還のための準備を進めている。その様子をエストが少し離れて見ていた。
 今日、地球へと帰る。
 銀狼の牙を砕いて竜涙花で溶かし作った染料を使い、この五年で組み上げた式を大き目の布に書いたものを広げる。
 今まで書いてきた式の中で一番複雑なそれは、完成させるのに三日という時間を要した。それをもう一枚作っている。こちらに戻ってくるために必要だからだ。
 作った魔法は、転移の魔法と時間移動の魔法を発展させ、組み合わせた物。構成する式は二つの魔法を一つとし効果を発揮させるため合体式となっている。
 合体式は二つの魔法を同時に使うためのもの。これの簡易版で連結式という式もある。こちらも複数の魔法を同時に使うという点では一緒だが、相反する属性の魔法を組み合わせることは不可という欠点がある。なので連結式は魔法の規模拡大や威力増幅を目的として使われることが多い。
 転移も時間移動ももともとこの世界に存在したので、陽平は二つを発展させて組み合わせることだけに力を入れればよかった。といっても口で簡単に言えるほど、容易に行えたわけではない。転移は苦労しなかったのだが、時間移動は苦労した。
 資料で知り得た時間系の魔法は、時間を止める、遅くするといった時の流れをせきとめるだけで、逆行するといったものはなかった。なので現状の魔法を参考に過去へと移動する魔法の原型を作る必要があった。それは幾度も手紙を短時間移動で過去の自分に送るという実験を繰り返し、一年前になってようやく完成した。最初に成功したときは手に入れた根晶の欠片を使い成功した。その成功をもとに自力で送る実験を繰り返していったのだ。この実験で欠片はほとんどなくなった。今手に残っている根晶は、大きなサイズの二つと欠片二個のみ。もう二つあるにはあるが、お守りとしてエストとミリィに渡してあるので使用可能数には数えない。二番目に大きな根晶は使ったわけではなく、ネクがきたときにルチアへのお礼として渡したのだった。
 実のところ陽平が求める魔法と作った魔法は別物だ。陽平が求める魔法は根晶を使っても今の陽平では作ることは不可能だ。百年研鑽して、研究してようやく使えるようになるかもしれない。
 陽平は勘違いしている。ここが異次元世界だと。たしかに地球にはない魔法というものがあって、生態系も違う。けれどそれで次元の違う世界と決め付けることはできない。地球から遠く遠く離れた星にはここのような世界があるかもしれない。
 それのヒントはオーエンの口から語られていた。召喚の魔法を失敗して、呼び出したと。オーエンが使ったものは遠くにいる対象を召喚主の下へと移動させるもので、次元を突破するものではない。まして失敗したのだ。発動しなかったり召喚対象が変わることがあっても、次元突破というふうに魔法構成が変わり全く別物になることはない。そこまで式は複雑ではないし、魔力も足りていない。思いのほか遠くから呼び出したせいで足りない魔力は、無理矢理搾り取られた。体調不良な状態でさらに魔力大量消費という負担がかかり倒れるはめになったのだ。
 まあ、オーエン自身も次元の違う世界から呼んだのかもしれないと思っていたのだが。
 ともあれこれからいえることは、地球とこの世界は同じ宇宙にあるということ。果てしなく距離は遠いだろう。
 だから陽平は、次元を越えて時間を逆行しこちらの来た瞬間に戻るという魔法を作ることができなくとも、帰還は可能だ。時間を遡ったついでに場所を移動するだけなのだから。
 陽平の認識ではこの世界の住人は異世界人だが、正確には宇宙人といったほうがいいかもしれない。
 地球の技術が発展していけば、いつかまみえることが可能な類似種族かもしれない。
 こんなこと、陽平は気づいてはいないし、気づいたところでどうといったこともないが。

 帰るにあたって荷物は少ない。魔法関連の本数冊と移動用式布と根晶と地球から持ち込んだ物のみだ。もともとこっちに持ってきた物は少ないのだ。それにこちらに戻ってくるので、多くの物を持っていく必要はない。
 根晶を手に持って準備は終る。
「じゃあ行ってくる」
「本当に行くの?」
 体はすでに成人と言って差し支えないほどに成長したエストだが、雰囲気は子供と同じようなものを感じさせる。
 ここにきて陽平は甘く接しすぎたか? と疑念を抱く。しかし同じように接してきたミリィは心身共に成長しているので、違うかと思いなおす。
「一度は納得しただろ? それに最大で十日留守にするだけだ。
 これくらいなら我慢できるはずだろう? 以前は二ヶ月離れたこともあるんだし」
「そうなんだけど」
 陽平としては以前の留守より短いので大丈夫だろうと考えていて、エストとしては以前の留守で一人は駄目だと再確認したのだった。
 だから今回渋っている。
「いい大人なんだし、そんな我がまま言わんの」
「……うん。絶対長くても十日だよね?」
「ぞれくらいのズレで戻ってこれると思う。
 お土産持って帰ってくるからそれを楽しみにしてて」
「お土産はいいから、無事に帰ってきてほしい」
「危険はないよ。こっちみたいに危険な魔物がいるわけでもない。
 世界の中で一番治安がいいとも言われてるし」
「そうなんだ」
「もう一回、注意事項言っておく。
 この布に触ったら駄目。魔法構成が変わって戻ってこれる時期が変わるかもしれないから。まして燃やしたり破いたりすると確実に戻ってこれなくなる」
「絶対触らない」
 言葉通り絶対触らないだろう。近寄りすらしないかもしれない。少しでも早く戻ってきてほしいのに、それを邪魔する行為をする気があるはずもない。
「行ってくる。なるべく早く帰ってくるつもりはあるから」
「わかった。行ってらっしゃい」
 やや弱い笑みを浮かべて陽平を見送る。
 陽平は式布の中心に立ち、根晶を握り締め意思を送り込む。式布にはもてる限りの魔力を送り込む。
「懐かしき地へ、導き飛べ。帰還の道標」
 言葉を発し、魔法を定義づけ発動させる。縁を辿って移動する。辿る縁は両親との繋がりだ。こちらに戻ってくるときは、今下に敷いている式布との繋がりを辿る。だから式布を動かしたりすると不都合が起こりかねない。
 陽平を中心に空間が歪み、元に戻ると陽平の姿は空気にとけるように消えていた。
 エストは小さく溜息を吐くと、自室に戻っていった。
 この八日後、塔外に複数人の人影が現れる。
 運命の悪戯としかいいようのないタイミングで現れた彼らは、陽平とエストに深く関わることになる。
 もう少しだけ、一時間でも早く戻ってこれたらと、陽平は深く後悔することになる。


 地球に戻った陽平は魔法構成の甘さから地球から消える三日前に帰還してしまう。出現場所は自室で時間帯も似たような感じだったので、消えた直後くらいだと勘違いしていた。
 成功したと思い込み久しぶりの実家のリビングでくつろいでいるそんなとき、玄関から自分の声が聞こえてきたのだった。慌てて庭に出て隠れてると、そこにいるのは確かに自分。
 平行世界にでもきたのかと、顔を青くしているとテレビから流れてくる日時で逆行しすぎたのだと判明した。大きな事件があってその数日後に世界移動したことを思い出し、正確な日時がわかったのだ。でないと十年以上前のことなど覚えていない。
 とりあえず、自分が消えるまでどこか別の場所で過ごす必要があった。だがこのままでは少し難しい。家からでるときにお金を持ってくればよかったが、突然のことだったので着の身着のまま出てきたのだ。
 少しのお金さえあれば山にでも入って野宿すればいい、と考えた陽平は自分からお金を盗むことを決め、実行に移す。色々と経験を積み鍛えあげられた陽平といまだ平和な日常に身を置いている陽平とでは、相手にすらならず盗みは成功した。ついでに向こうから持ってきた荷物も持ち出す。捨てられたり、いじられたりすると大変なことになるからだ。
 自分から盗んだ二千円を持ってコンビニで水とパン、朝露や雨をしのぐための雨具を買って近くの山に入っていった。
 山での生活は暇ではなかった。魔力を増やす修行に明け暮れたし、時間が余ると浮遊霊の話し相手をさせられていたからだ。
 陽平は魔力が地球では霊感に互換されるのかと思っていたが、始めから霊感に目覚めていただけのこと。それが向こうで魔力に似たものとして互換されていたのだ。だから回りの魔力を集めて自分のものとする吸収法を使うと不具合が出ていた。
 ちなみに向こうで浮遊霊を見かけないのは、未練のない霊や弱い意志の霊は世界に吸収されるからだ。そして還元し命の源として世界にばら撒かれる。強い意志を持ち吸収されずにすむ霊もいるが、多くは悪霊だ。世界に吸収されないほどの霊だと誰にでも見え、霊感など関係ない。
 成仏させることもできなくはない。ただし力づくになるが。下手すると魂を砕いて、成仏できなくしてしまう。
 山で過ごし思ったことは本当に平和なんだということ。敵意がほとんどないのだ。向こうで野宿すると、魔物や野獣が隙を見て襲い掛かってくる。それがこちらでは様子見だけで終わり、近づいてこようとしない。陽平が手強いと感じ取っているのもあるのだろうが、それにしても一度も襲い掛かってこないというのは肩透かしを喰らったような感じがしていた。
 このまま過ごしているとすぐに勘が鈍りそうで、半ば本気で傭兵稼業でも始めようかと思ってしまった。
 自分が変わったことを実感していると、実家の方面から力の動きが感じ取れた。もしかしてと思い家に戻ると、自分の姿が見えない。靴はあるし、荷物や財布も放り出したまま。
(呼ばれたんだな。まあ頑張れ)
 そっけないエールを贈る。自分がこうしてここにいるんだから、呼ばれた自分もどうにかなると判断したのだ。
 この日から陽平は日常に戻る。
 そして以前と同じように暮らそうとして失敗していた。
 その日にあった予定を忘れているのだから、第一歩からつまずくのは確定していた。十年以上前の予定など覚えていない。予定を書いたメモもないので、どうしようもなかった。
 なるようになるさと開き直って過ごしていく。
 周囲にも陽平の変化はわかったようで、なにかあったのかと問われることが幾度もあった。なんでもないと答えて陽平は日々を過ごしていく。
 勘を鈍らせないため平穏無事な生活を送ることを放棄して過ごす様子を、周囲は無茶と捉えたようでもっと安寧な暮らしをするように助言していく。自分を心配しての言葉に感謝しつつも、非日常が当たり前となっている今、刺激のない暮らしは落ち着かずにいた。結局騒がしい日常を送っていくことになる。
 それなりに親孝行し、騒ぎの中で人間関係が広がり、退屈しない生活を送ることができた。唯一の親不孝と考えるのは孫の顔を見せることができなかったことか。あちらに戻るので、結婚し子供を残すと心情的に戻れないと思い独身のままでいた。それにミリィの好意には気づいていたのだ。気づけないほど陽平は鈍くはない。恋の一つや二つは経験していた。その想いに答えないまま結婚するというのはなんというか嫌だったのだ。エストの好意も気づいているが、あっちはミリィと違い依存の混じった親愛だと見ている。
 年数にして五十年ほど地球で過ごした。容姿は変わらないのだが、そこは簡単な幻の魔法で誤魔化していた。
 両親の死を看取り、陽平はあちらに戻る準備を始める。
 自分がいなくなって迷惑がかからないように身辺の整理をすませ、家を売り払い得たお金と貯金で必要なものを買っていった。買ったのはエストたちへのお土産と本がほとんどだ。知識はあったほうがいいと思い、主に技術系の本を買い求めたのだ。
 そして買った物を人気のない山の中へ持っていき、また買い物に出るという繰り返し。
 買い物を終え余ったお金は、困ったことができたら使えという手紙をつけて知り合いの玄関先に置いてきた。わりと稼いでいたので億には届かないが、その一歩手前くらいはある。発見したとき、きっと何事かと慌てふためくだろう。その様子を想像して陽平は人の悪い笑みを浮かべた。陽平には必要のないものだから、悪戯くらいにしか使いようがないのだ。
 たくさんの荷物に囲まれ、幻を解き若い姿に戻った陽平は移動用の式布を広げる。
 顔を忘れかけたエストとミリィに会えることを楽しみにしながら、根晶を握り締め魔法を使った。
 空間が歪み、たくさんの荷物と陽平は地球から姿を消した。
 陽平が存在したという証拠は残っていない。式布も役目を終えると塵となり消えうせた。
 陽平は二度と地球の土を踏むことはなかった。


 どこかの中庭らしき場所に陽平と荷物が現れる。
 戻るべき場所は塔の地下、明らかに場所が違っている。
「エストが触った……はずないな。
 じゃあ魔法の構成失敗してたのか? 地球に帰ったときも日数ずれてたしなぁ」
 大量の荷物と共に、ここの家主にどう言い訳しようと頭を悩ませていた。
 華やかで厳かな造りの庭園なのできっと金持ちの家なんだろうと考えている陽平。
 そこに十五才くらいの少女が庭園にやってきて、悩んでいる陽平を発見したのだった。

    19へ

2009年01月23日

ごめんなさい+こねた(リリカルなのは)

ごめんなさい
いきなり謝っても意味わからないと思います
なにを謝っているのかと言うと、ウェブ拍手についてです
自分が置いたもののほかに、ブログ専用のウェブ拍手があることに一昨日初めて気づきました
となるとそれまで押し下さったかたがたの好意を無視していたことになります
それを謝っていました
一番古くて三年前のものがあったりしました
本当にすみませんでした


以下こねた

2chの「リリカルなのは」ユーノスレにて書いたものです
絵を描いてもらえた、すごく嬉しかった


『秘密のキス』


「疲れた〜」

いつもと変わらぬ激務を終えてユーノは自室のベッドに上着を脱ぎ散らかし倒れ込む。
このまま眠るつもりはなかったのだが、襲い掛かる睡眠欲に早々と降参し着替えることもなく眠ってしまった。
すうすうとユーノの寝息が響く部屋の中、かちゃりと小さな小さな音を立て扉が開く。
閉じまりは後でしようと考えていたため、鍵はかけていなかったのだ。
扉は少しだけ開き、すぐに閉じられた。入ってきたのは賊ではなく、リインフォースだった。

「ファータ、一緒に寝るです!」

一日の終わりというのに元気に満ちた声で、ユーノに話しかけた。
どうやら父親と呼び慕うユーノと一緒に寝たくなり、部屋にきたらしい。

「ファータ? もう寝てるですか?」

返事のないことを不思議に思い、ユーノを覗き込んだリインは残念そうにしている。
寝る前に少しくらいはお話したかったのだろう。
起こそうかなと考えたが、疲れているのだろうと思いやめる。
そっとしておこうと考えリインフォースは静かに動き、部屋の隅に飛ぶ。
ごそごそとしていたリインフォースが何をしているのかというと、着替えていたのだ。
パジャマを持参していた。翠色でフェレットの足跡マークがところどころについているパジャマだ。
リインフォースのお気に入りのパジャマだった。

「えへへ〜」

上機嫌に笑いながらユーノの顔付近に陣取る。
気持ちよさそうに眠るユーノを見ていると、とある欲求が湧き上がってきた。
寝てるからいいよね、と自分を誤魔化し行動に移す。

「……お、おやすみのキスです」

ユーノの鼻先にそっと触れるだけのキスをする。
思わずしたくなって実行したのだが、恥ずかしくなって顔を赤くしている。
心の中だけで盛大に転げまわったリインフォースは、顔を赤らめたままユーノの胸元にもぐりこむ。

「おやすみなさいです」

小さく呟き目を閉じる。
ユーノのぬくもりが心地よく、リラックスできた。
すぐに二つの寝息が部屋に響きだした。

この平穏が終るまであと二十分。
ユーノと一緒に寝るという書置きをみつけたはやてが駆け込んでくるまでの時間だ。
それまでは何人にも乱されない親子のような穏やか空間が部屋に満ちていた。




「リイーンっ!」

ズバシーンと夜中だというのに近所の迷惑省みず、大きな音を立ててはやてがユーノ宅の扉を壊す勢いで開く。
疲れていてもそれだけの音がすれば、さすがに安眠妨害となり得、ユーノは目を覚ました。
といっても完全に起きたわけではなさそうだ。いまだ眠そうに目を瞬かせているし、なにより起き上がったことで胸の辺りにいたリインフォースがコロンとお腹の辺りに転がっても気づいていないのだから。
転がったリインも目を覚ました……かのように思ったかもしれないが、予想を裏切って眠り続けている。
よほど眠りが深いらしい。それほどにリラックスし安眠できているのだろう。

「ユーノ君はもう寝とるんか!?」

そう言いながらはやては寝室に入ってきた。
テンションの高いはやては、ユーノを見ると固まり止る。
詳しく言うと、今まで寝ていたとわかる様子のユーノといまだ寝ているリインフォースを見て、部屋に入ったままのポーズで固まっている。

「どうしたのさ、はやて?」
「……ほんまに寝とる」
「いや、もう寝る時間だし、当たり前でしょ?」
「あ、当たり前なんか?」

はやての視線は熟睡しているリインフォースへと向けられている。

「うん」
「……ユーノ君が私らのアピールに動じないのはそういうわけがあったんか。
 まさか小さいのが好みとは」
「なに言ってるの?」
「でもまだリインを嫁にはやれんで!
 早すぎるっ」
「リインを嫁にって、今のこの状況となにか関係あるの?」
「リインを傷物にして関係ないなんていうんか!?」
「傷物って、リインいないじゃないか」
「リインがおらん? じゃあお腹の上にいるのは誰や?」

はやての言葉につられてユーノは視線を下げる。
そこには当然の如くリインフォースがいる。ファ〜タ〜なんて寝言が漏れている。
ユーノはここにきて初めてリインの存在に気づいた。ついでに完全に目も覚めた。

「ちょっ!? リインがどうしてここで寝てるのさ!?」
「まだしらをきるんか!
 こうなったらこの書類にサインすることで責任とってもらわんとなっ」

はやてがずいっと差し出した書類には婚姻届という文字が。
すでに両者の書き込みは終っている。あとはユーノのサインを書き込んで、届け出ると法的に認められる状態だ。

「婚姻届? なんでこんなもの持ってるの?
 それにこれ、はやてとの婚姻届じゃないかっ。
 リイン関係ないし!?」
「そなえあれば嬉しいなっていうやろ」
「そなえあれば憂いなしでしょっ。
 地球の言葉を間違えないでよ」
「突っ込んでもらうためにボケたんや。贅沢言うなら裏手突っ込みがほしかった。
 言ったやろ、リインとの結婚は早いし認めんて。
 ならば責任は私と結婚することで果たしてもらおうって思ってな」
「なにその無理矢理で強引な解決法」
「細かいことはええやんか。
 ユーノ君はさっさと判子押せばええ。判子なければサインでも可」
「いやいやいやっ
 傷物とかの前提が間違ってるし」

ユーノの睡眠時間を削っての説明は続く。
実は誤解とわかっているはやてもサインさせようと粘る。
既成事実さえ作ってしまえば、あとはなんとでもなると本気半分冗談半分で迫っていた。
もっともサインはしないだろうとわかっているので、はやてとしてはじゃれあいみたいなものだった。
最近忙しくてコミュニケーション不足と感じていたのだ。
その証拠に真面目な顔のようで、かけあいが面白いという笑みを隠しきれていない。

一時間後はやてが満足したことで、論争はようやく終わりを告げた。
話の最後には、目玉焼きにはこしょうか醤油という、始めとまったく関係ないものになっていたりする。
ユーノがからかわれていたと気づいたのは、はやてが作った朝食を三人で食べながら昨夜のことを思い返していたときだ。

ちなみにリインフォースは朝まで起きることなくユーノにくっついて眠り続けていた。

ee383 at 19:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日記 

2009年01月21日

樹の世界へ二章おわり


ウェブ拍手ありがとうございます


樹の世界へ二章終わりです
ちょっと伏線をばらまいて終わりです。上手く回収できるといいなぁ
三章はまた年数がとんで五年後、そしてまた時間がとぶ、さらにとぶ


東方地霊殿購入
イージーを四日かけてクリア。ラスボスに関して言えば、風神録より簡単でした
ノーマルはサトリでつまずいてますけど
あと久しぶりにやった緋想天でノーマルモードのcomにふるぼっこ。二ヶ月くらいやらないと下手になりますね

ee383 at 22:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日記 

樹の世界へ17-2

 
急ぐ旅でもないので高速移動手段は使わず、蟲隠れの洞窟までは馬車と歩きで進む。大陸の端から端を移動したことになり、目的地に到着した頃には三ヶ月という時間が過ぎていた。
 洞窟の場所をルチアに聞いてはいたが、教えてもらったのは近くの村まで。そこからは村人に聞けばわかると言われていた。
 それは本当のことのようで、宿をとったときについでに聞いてみると、あっさり教えてもらうことができた。
 大樹の使いがくるほどだから、有名なのは当然だった。そこになにがあるか理解している人は少ない。しかし大樹の使いがくるほどだからなにかあると勘ぐり、洞窟に入っていく人は少なくない。
 三人もそういった人と同じように思われたのだろう。宿の女将は洞窟に行くと言った三人をあまりいい顔で見ていなかった。
 村人にとって洞窟は大樹の使いがわざわざくるほど大切な場所だと考えられる。そんな神聖ともいえる場所を荒らすような者を歓迎はしにくいのだろう。
 全員が全員荒らして回るわけではないと頭で理解はしているものの、心情的に受け入れがたい、そんな思いが態度に漏れ出している。
 そういった村人達の思いをうけて、村に居づらかった三人は一泊のみでさっさと村を出た。旅の疲れはぬけてはいなかったが、このまま村にいても精神的な疲れが溜まりそうだった。
 洞窟まではわりと整備された道ができていた。石畳で敷き詰められた道とまではいかないが、木は切り倒され、雑草や小石が転がっていることはなく、地肌はしっかりと踏み固められて歩きやすい。
 その道をしばらく歩くと、やがて岩肌の崖にぽっかりと穴が見える。ここが目的地である蟲隠れの洞窟だ。
「やっとついたね。
 すぐに入るの?」
 暗い奥を見透かそうと覗き込みながらミリィが聞く。
「しっかり休んで入ったほうがいいだろうな」
「じゃあ近くで野宿の準備ね。
 水場が近くにあればいいんだけど」
 エストは荷物を置いて周囲を見渡している。
「水場探すついでに薪を拾ってこようっと。
 兄ちゃん一緒に行く?」
「んー……エストと一緒に行って。
 俺は……荷物ってここに置きっぱなしにして大丈夫だと思う?」
「見たところ人はいないよ、兄さん」
「うん。そんな気配はない。
 たぶん大丈夫じゃないかな」
「それなら果物とか鳥とか捕まえてくる。
 とれなかったら夕飯は保存食だ」
 人がいないとはいえ無条件には安心できないので、一応荷物を木陰に置き、木の葉などを乗せ隠す。
 そして三人はそれぞれ野宿のために動き出した。
「さてはて、なにかみつかるかね」
 まばらに生える木を見上げつつ陽平は歩く。
 三十分と少し林の中を歩き続けた陽平は、果物や木の実はみつけることはできなかったが、肉付きのいい鳥を捕らえることに成功していた。
 魔法で視力を上げ近づかずに鳥をみつけ、氷の粒を散弾銃のように発射し落としたのだ。
 これでよしと判断し陽平は洞窟の入り口付近に戻り、鳥をさばいていく。
 こちらの世界にきたばかりのころは鳥をさばくなどできなかった。できるようになったのはエストと暮らし始めてしばらく経ったころだ。
 エストは陽平と出会う前はこき使われており、いろいろな仕事をやっていた。その中に動物をさばくといったこともあって、当たり前のようにさばくということができていた。
 その場面を陽平がはじめて見たとき、子供ができているのに自分がやれないのは駄目だ、鳥や兎などが可愛そうだからできないなどと思っていられないと一念発起。ゴーレムが鳥をさばいているのを観察し、それを真似てできるようになったのだ。
 血抜きして、羽をむしりとってと手際よく進めていく。スムーズな手順は、何度もやっているとよくわかる。
 ナイフで肉を切っていき、必要な分だけとりわけ、あとは凍らせて保存する。残った内臓と肉のついた骨は少し離れた茂みに放りこむ。獣達が持っていくだろうと考えて。
 そうこうしているうちにエストとミリィも、枯れ枝を抱えて戻ってきた。陽平が肉をさばき終わった頃には、火が点けられ、テントがはられ野宿の準備が整っていた。
 いつもと変わらぬ野宿風景だ。
 少し遅い昼食を食べ終わると、三人はのんびりと過ごしだす。村に泊まって抜けきれなかった疲れをとるためだった。警戒用の結界をはっているため、神経を張り詰める必要もない。
 何事もなく時間が過ぎていき、日が暮れ、朝が来た。
 体調を万全なものとした三人は、松明を片手に洞窟へと入っていった。
 洞窟内は緩やかな下り坂一本道だ。入り口付近は外から入ってきた土が地面に敷き詰められていたが、十mも進まないうちに岩肌へと変わっていた。苔が生え、雨水が侵入しているためすべりやすい。三人はこけないように慎重に足を進める。
 一本道といっても真っ直ぐではない。螺旋を描くように緩やかに曲がっている。
 一周したかなと三人が思いだしたとき、通路は終わり広めの空間が姿を現した。
 高さ四m、縦横十mあるかないかくらいの空間。両端には流れ込んだ水が溜まっていて小さな池を作っている。入り口の真正面、空間の一番奥にルチアの言っていた石碑がある。壁にはめこまれたそれにはたしかに文字らしきものが刻み込まれていた。
 磨かれたようにつるりとした石碑は、松明の明かりを反射している。
「うんっなにが書いてあるのかさっぱりだ」
「私もよ」
 文字を見て早々に降参したのはミリィ、少しだけ粘ったもののエストも同じように諦めた。
 となると残るのは陽平のみ。実のところ陽平は文字が違うかもしれないということを考えていなかった。地球と違い、大陸を移動しても言語は同じ。だから昔の言語も今と同じなのではと思い込んでいた。
 だからもしかすると読めないのでは、と今になって気づいた。
 その心配は文字を目にして杞憂に終った。書かれている文字を読むことができたのだから。
 陽平は文字の勉強をしたことがない。それなのに文字を読むことができたのはなぜか。それはオーエンが原因だ。
 数年前、陽平が文字を読むことができるようになりたいとオーエンに頼んだことがあった。そのときオーエンが魔法を使い、その願いは叶えられた。
 使われた魔法は翻訳の魔法ではない。翻訳の魔法は一時的な効果のみだ。陽平の望みは、今後永続して文字を読むことができるようになりたいというものだった。短い効果では再び自分のところにくる、それは研究の邪魔にしかならないと考えたオーエンは、少し危険な方法をとった。
 脳に知識を刻んだのだ。それも自分の持つ言語全ての知識を。読めない文字があるからと再び近づかれるのが煩わしいという理由で。
 当時、陽平が苦しんだのは当然だ。大量の情報をいっきに叩き込まれ、情報の整理がおいつかなかったのだから。下手するとほかの記憶が消えていてもおかしくなかった。
 その苦しみのおかげで、問題なく古代文字を読むことができている。
「なんだこれ?」
 だが読むことができても、その文が支離滅裂だと意味はない。
「兄さん、どうしたの?」
「なんというか文章として意味をなしてない」
「一度、声に出して読んでみてくれる?」
 エストの頼みに頷いて、読み上げていく。
「なにそれ?」
 読み上げられた文を聞いてミリィも首を傾げる。
「ほんとに意味がわからない。
 あえていうなら、えとんが多い?」
「暗号だろうなぁ。
 なにかヒントあればいいんだけど。そこらへんにほかの石碑とかない?」
「探してみる」
 三人は石碑から視線を外し床や池を見ていく。
 松明では明かりがたりないと、陽平が明かりの魔法を使い空間を照らしたとき、三人は石碑に文字以外のものをみつけた。
 明るさが増して石碑全体を見ることができて発見できたのだ。
 それは石碑全体に描かれた動物の絵。
「エンヌク?」
 エストが不思議そうに首を傾げている。
 描かれた動物は取り立てて珍しい動物ではない。そこらの獣と同じで四足歩行の草食動物だ。凶暴だとか、毛皮が高級だとか、肉が美味しいとかでもない。なにかの象徴になるような動物ではなかった。
「エンヌク……エンヌクね……あ」
 陽平の脳裏に閃くものがあった。
 それは地球にいたときに知った簡単な暗号解読だ。
 タヌキの絵が描かれていて、たという文字を抜くことで文章が意味をもったものになるというもの。
 試しにえとんを抜いて文章を読み上げていく。
「さきにすすみたいのならばまあし……まあし? まえあしか? まえあしにほん? をさかいずつ、さんかいずつたたくべし。
 先に進みたいのならば前足を二本を三回ずつ叩くべし、か」
 陽平は意味の通った文になったことに驚きつつ、タヌキの暗号と似たようなことを考える人がいたのだと感慨深く思う。
「兄ちゃん、あれの意味わかったんだ」
「さすが兄さん」
 称賛の視線を投げかける二人に、似たような暗号を本で読んだことあると照れつつ言った。
 ルチアといった過去挑戦してきた者たちが、ここを通ることができなかったのは、明かり不足で絵を発見できなかったか、難しく考えすぎたからなのだろう。古代文明への入り口が子供を対象としたクイズになっていると思わずに考えが空回りした結果、ほとんどの者が失敗するということになった。そんなことを陽平は思い、クスリと小さく笑みを浮かべた。
 どんな暗号だったのかを説明し、先に進むためエンヌクの前足を三回ずつ叩く。すると右の壁からずずずっと擦れるような音がしてきた。
 音のした方向を見ると、壁にヒントを探していたときにはなかった横穴が開いていた。池の水はその横穴へと流れ込み池の水はすべてなくなった。これで濡れることなくその穴まで行くことができる。
「行こうよ」
「ストップ」
 先に進めると早速動き出したミリィ。そのミリィを止めたのはエスト。
「もしかすると罠かもしれないから、入り口から見える範囲でも調べてみよう」
「エストは慎重だね」
「万が一がないともかぎらないから」
 陽平も反論はなく、松明を横穴の奥へと放り込む。
 そのまま少しだけ待っても罠が作動するということはなかった。そして開く時間に制限があったのか穴が閉じていく。
 もう一度叩くと穴は開く。松明の火は小さくはなっていたが、それ以外に変化なく燃えている。
「大丈夫そうだ。行くか」
 魔法で作った明かりを先行させ、三人は穴に足を踏み入れた。


 三人が隠し通路を発見し入った一日後、蟲隠れの洞窟に数人の人間がやってきた。
 彼らは周囲を探索し、三人が野宿していた跡をみつけるとそこに皆集まった。
 洞窟の謎に挑戦しにきた者ではないようだ。洞窟に入っても、そこに誰もいないことを確認すると石碑に目もくれず出てきたのだ。
「どうですか?」
「大きな気配に乱され確認しくにいが、『子』の気配だろうな」
 言葉少なに尋ねた男にリーダー格の男が答えた。
 その返答に他の者たちは、小さく歓声を上げる。
「やっとみつかりましたな」
「うむ。周囲をよく探し、ご同行願おう。
 ここに入ったなどということはないだろう。大樹の使い以外に入ったという記録はないのだから」
「決起も近いことですし、確保は早いにこしたことはありませんな」
 リーダーは頷き、命じる。
「我らが主の願いのためっ必ずみつけるのだ!
 では散れっ」
 探し人を求め彼らはその場から散り散りに去っていく。
 彼らが探し人に出会えるのは、すぐに会えるという予想に反して、約五年という歳月を要するのだった。


 横穴に入って少し歩くと、後方で穴が閉じる音がした。前方にはなにも変化はない。ただ真っ直ぐな暗い通路があるだけだ。
 明るさの変化、温度変化、風の動きなどがわからずに時間の感覚が鈍っていく。聞こえる音も自分達が出すもの以外ない。一番大きな音は足音、ではない。特殊な石なのか、地面は足音を響かせない。声を出さないと、耳が痛くなるほどの静けさが辺りを包む。
 疲れたら休憩、お腹が空いたら食事というふうに、感覚にのみ従い動き歩き続ける。ただ真っ直ぐに変化なく続く道は一人で歩いていると気が狂いそうになるかもしれない。
「食料があと少ししかないよ」
 幾度目かの食事で、料理を作っているミリィが言う。
「こんなに歩くのは予想外だったわ。
 鳥肉冷凍しておいてよかった」
「……いつまで続くんだろうね、この通路。
 終わりってあるのかな」
 エストの視線の先には光が届かず暗い道ある。延々と続く通路に気が滅入り始めている。
「考えてもどうにもならないよ。
 ここまできたらあるって信じて進むしかない」
 出来上がったスープと硬いパンを差し出してミリィは言った。ミリィも不安はあるのだろう、表情にかげりと疲れが見える。それでも空元気も元気のうちとばかりに、沈みそうになる雰囲気を吹き飛ばそうと明るく努めている。
 その空元気に陽平もエストも助けられていた。
「ミリィの言うとおりだ! 信じよう、ゴールはあると。
 それに入り口にあんな仕掛けしてたんだ、なにもないってことはないだろうさ」
「……うん」
 小さく笑みを浮かべてエストはスープを口に運ぶ。
 そうしてまた歩いて休憩し、歩いて寝てを繰り返し、進み続けた先に光があった。
 魔法の明かりとは違った、柔らかな光。太陽光というよりも月光に近い。けれどもその明るさは暗闇の中にあって太陽に決して劣らない。
 やっとみつけた変化に三人の歩調は速くなる。三人とも精神的にいっぱいいっぱいなのだった。単調に続く道とはいえ、不意になにかあるかもしれない。それを警戒し張り詰めていたのだから精神的にも疲れは溜まって当然か。
 光に飛び込み通路を出て三人が見たものは、三人を待ち受けている特撮に出てくる怪人ものっぽい存在の群だった。
 相手に敵意がないのに突然の異常存在を見たことから、陽平はポケットに手を入れて式符を取り出し、エストは悲鳴を上げる寸前、ミリィは剣に手をかけいつでも戦闘開始できる状態だ。なんというかゴキブリを見た反応に近い。
(こちらに敵意はない。落ち着いてくれ)
 三人の頭の中に声が響く。耳から声は聞こえていない。テレパシーというものだろう。
 そういうものがあると知っていた陽平は、穏やかな口調に落ち着きを取り戻し式符から手を離す。
「今のはあなたがたですか?」
(そのとおり)
「兄ちゃん? なにがどうなってるの?」
「なにがって?」
「この声のことっ」
「原理はわからないけど、声の主は目の前にいる人たち。
 耳を通さずに直接頭に声を送り込んでいるんだよ」
「魔法?」
「んーそれはちょっとわからない。
 虫人たち特有の技術かもしれないし」
(ああ、これは私たちのみが使う意思疎通の方法だ)
(久方ぶりの客だ。歓迎しよう)
(ついてくるがいい)
 いくつかの声が三人の頭の中に響く。
 虫人たちは来訪者を見ると満足したのかばらばらに散っていく。
 ただ一人だけ動かずに残っている虫人から、こっちだ、というテレパシーが送られてきた。
 虫人に連れられ三人はどこかへと歩く。ゆっくりとした速度なので周囲を観察することができた。
 そこは広い空間だった。世界のどこに位置するのかわからないが、とても広い地下空間だ。ドーム状になっていて、壁のそこらに水晶のようなものがはみ出ている。陽平は以前見た根晶と似たものをそれから感じ取っていたが、こんなに大量にあるわけがない、似た別物だと浮かんだ想像を否定していた。上を見上げると土ではなく、水の揺らめきに見える天井が広がっていた。透明感のあるそれは深い藍色をしていて海を思わせる。というか位置的に考えて、あれは海水なのだろう。どういう仕掛けか浸水はしないようだが。天井から入ってくる光と壁中に張り巡らされている水晶から放たれる光で、空間全体は明るく照らされていて、地下空間だという認識が薄い場所だ。
 ほかに特徴といえば、家という感覚がないのか建物が少ない。ざっと周囲を見渡してみつけることのできる建物数は片手で足りる。
 その数少ない建物が、虫人の向かう目的地だ。椅子とテーブルが置かれていて、オープンカフェのようにも見える。
 四人が座るとすぐにお茶と茶菓子が出された。テレパシーで準備を頼んでいたのだろう。
 お茶は普段から陽平たちが飲むものと同じ。しかし茶菓子は初めて見るものだった。琥珀色をした二センチほどの玉。透明感があり、見た目に涼やかでつるつるとした触感なのだろうと思える。口に入れるとあっさりとした甘さが広がった。蜂蜜に近いものかと考えていた陽平は、甘すぎるのだろうと身構えていたのだが、想像を裏切る控えめな甘さに拍子抜けする。触感は羊羹に近く、噛んだあとはさらりと溶ける。
 エストとミリィはこれを気に入ったようで、パクパクとスプーンを動かす手が止まらない。
(気に入ってくれだようでなによりだ。
 大樹の使いも気に入っていたから大丈夫だとは思っていたが)
「あ、すみません。
 食べることに夢中になって」
(気にすることはない。
 あの試練を越えてきたのだそれなりに疲れて、体が栄養を求めているのだろう)
「試練ですか?
 ここに入ること以外になにかあったんですか?」
(扉が第一の試練、そしてここに来るまでの通路が第二の試練なのだ。
 感覚を狂わされ、終わりの見えない通路に心が折れ挫折するものは少なくはない)
「音がなかったのも試練の一環ですか?」
 虫人は頷いた。
(試練を突破すれば何人も拒むつもりはないが、それでも多くの客は困る。
 それらをふるいにかけるための試練だ。
 まあ、ふるいの穴が大きすぎて、客が少なすぎるとも思っているがな)
「ここ百年くらいでここに来た人ってどれくらいいるんですか?」
 入り口の謎を解けた人がどれくらいいるのだろうと疑問に思ったエストが、食べることをやめて聞く。
 ミリィも興味はあるのか、手が止まる。
(大樹の使いとその護衛の二人のみだ)
「謎を解けのがたった二人」
(いや、それは違う。
 彼らは代々ここに入るための答えを受け継いでいるのだ。
 勘で偶然入り口を開いたという者がいるが、それ以外に謎を解いてここにきたのはお前達が始めてだ。
 入り口の試練を置いて千年以上たつ。いまでは我らは謎を解くものは誰もいないと考えていた)
「それを兄ちゃんは解けたんだ。すごいね!」
 ミリィの尊敬の眼差しを少しだけ痛く感じる陽平だった。完全に自力で解いたわけではないのだから。
「あ、あれを考えたのはあなたたちの祖先なんですか?」
(違う。
 初めて大樹の使いがここに訪れたとき、護衛と一緒に魔法使いもいたらしい。
 その魔法使いが、多くの客がここにくることを望まないと言った祖先に、こうしたらどうかとアドバイスをしたと伝わっている)
「へー」
 頭の柔らかい魔法使いがいたのだなと陽平は感心している。
(そろそろ本題に入ろうと思う。
 お前達はなにをしにここにきたのだ?)
 エストとミリィは再び、茶菓子を食べ始める。これからの会話は陽平任せという意思表示なのだろう。しかし食べながらも聞き耳はたてている。
「えっと、根晶が必要でここにきました。
 現物ってありますか? なければある場所のヒントをもらいたいんですけど」
(……お前は魔法使いだな? 根晶をなぜ必要とする?
 並大抵のことならば人工根晶というものでも代用は可能だろう?
 根晶を得て何をするつもりだ?)
 根晶と魔法使いの組み合わせの危険性を知っているのか、根晶のあるなしを言わずに目的を問う。
 このことをテレパシーで知らせたのか、周囲の虫人の視線が陽平に集中する。こころなしか警戒しているようにもみえる。
「故郷に帰るために必要なんだ」
(故郷に帰るため? それくらい魔法を使わずとも簡単にできるだろう?)
「できないから根晶がいるんだ。
 徒歩で帰ることのできるような場所じゃあないんだ」
(……)
 虫人は何かを考えているようでしばらく沈黙を保つ。
(お前だけついてこい)
 椅子から立ち上がった虫人は返事を聞かずに歩き出す。
 どうしようかと陽平はエストとミリィを見る。二人はいってらっしゃいとばかりに小さく頷く。エストは複雑そうな顔でいる。ここで根晶を手に入れるとしばらく離れ離れになるときがくる、行かせることはそれの後押しをしていると感じたのだろう。
「行ってくる」
 二人に見送られ、陽平は虫人のあとを追う。
 虫人が向かうのは、一番大きな石造りの建物だ。数少ない建物のほとんどは平屋と同じくらいの大きさだが、その建物は三階建てくらいの大きさがあり目立つ。
 虫人は一言も話さずに歩く。雰囲気に押されるように陽平も口を開かない。
 建物に入り、ようやく虫人は話しかける。
(ここは祖先から伝わるものを保管している倉庫だ。三千年前から保管されているものもあるという)
「三千年」
 あまりの歴史の長さに、もしかしてここは虫人にとってとても重要な場所ではないかと思い至る。
 なにか壊したりしないように心に誓い、周囲に注意しつつ陽平は歩く。
(祖先からの言い伝えがある。それに該当する者に見せるように言われている物がある。それをお前に見せようと思う)
「それがどんなものかわかれば根晶をもらえる?」
(そういうことだ。
 ここで待て、品を持ってくる)
 待つように言われたのは客室のような場所。普段は使わないのだろう。テーブルや椅子や床に埃がうっすらと積もっている。
 部屋の隅にあった箒で、軽く埃を払い椅子に座り待つ。それほど長く待たずにすむ。
(これだ)
 言いながら虫人は品をテーブルに並べていく。
 陽平は目を疑う。ここにはないはずの物ばかりだからだ。それは陽平にとってとても懐かしいものばかりだった。
「え? なんで? 地球とここってなにか繋がりがある?」
 地球という言葉に虫人は反応を見せるが、今は静かに沈黙している。
「こ、これ触っても大丈夫ですか?」
(壊さなければ)
 失礼しますと断って、色あせて古めかしい携帯電話を手に取る。
 そうテーブルに並ぶのは、地球では日常的に使用する品物ばかり。携帯のほかにはボールペンや薬の空瓶や未開封の缶詰や日本酒なんかもある。
 携帯を開くと、懐かしい日本語が並ぶ。電源を押してつけてみようとするも、無理だった。予想はできていたので落胆はしない。
「これはどうしたんですか?
 俺の故郷のものばかりですよ?」
(魔法使いが残していったものばかりだ。
 これを知る者が根晶を必要とするなら渡せと言い伝えがある。
 その様子を見れば、演技ではないとわかる。根晶を渡そう)
「……ありがとうございます。
 これを残した魔法使いについて聞きたいんですが」
 虫人は首を横に振る。
(言ってはならぬと言い伝えられている。
 できるのは根晶を渡すことだけだ)
「そう……ですか」
 懐かしさに引きずられるように聞いたが、人物の情報を知ったところで意味はないと気づき、早々に情報を諦める。かわりに伝言を残してくれた同郷の魔法使いに感謝を捧げた。
 携帯に触れると、地球でのたわいない思い出が浮かんでは消える。十年と少し、たったそれだけ地球から離れているだけなのに、どれも懐かしく大事に思える。
 やはり一度は帰りたいという思いを強くし、携帯をテーブルに置く。
(もういいのか?)
「はい。十分です」
 それを聞いた虫人は携帯などを再び倉庫へと戻す。
(根晶を取りに行く)
 倉庫から戻ってきた虫人はそう言って陽平を案内する。
 陽平が連れて行かれたのは壁際。
「もしかして壁から出てる水晶らしきものが根晶?」
(そうだ)
 それはないと頭から外したことが当たりだったことに複雑な思いを抱える。
 地上では希少と言われていたものが、当たり前のように大量にそこにあるのは複雑な気持ちだろう。
 虫人が拳で根晶を殴り、砕いて壁から取り出したのを見て、さらに複雑な思いになる。
(持っていけ)
「あ、ありがとうございます」
 渡されたのは、最上級といわれる紫の根晶。拳大のもの二つ、それよりも小さいもの一つ、欠片少々。
 初めて触る根晶からはやわらかな気配を感じる。まるで優しく見守ってくれているようなそんな感じだ。
「これ持っていると安心できるというか、和やかな気分になれますね」
(大樹の一部だからな。
 大樹の根が結晶化したものが根晶だ。
 すべての母ともいえる大樹の一部を持つのだから、そのような気分になるのだろう)
 陽平はこの世界出身ではないので大樹が母というわけではないのだが、それでも大きなものに守られているという安心感に近いものがあるのだろう。
「ただの鉱石じゃなかったんですね。
 大樹の一部なら大きな効果を上げても当然か」
 根晶を大事に抱え陽平は、エストとミリィの元へと戻る。
「もらえたんだっよかったね、兄ちゃん」
「よかったね、兄さん」
 陽平が持つ根晶を見て、二人は祝辞を贈る。エストは変わらず複雑そうだ。
「触ってもいい? 前は触れなかったから興味あるんだ」
「どうぞ。
 エストも触る?」
 拳大の根晶をミリィに渡す。頷いたエストにも同じく拳大のものを渡した。
 ミリィの感想は陽平と同じだった。いやこの世界の出身であるミリィはより大きな安心感を得たらしい。
 エストはというと不思議そうな顔で手の中の根晶を見ていた。
 エストには声が聞こえていた。虫人たちが使うテレパシーと同じようで少し違う。虫人たちは語りかけてくるのに対し、今聞こえている声は一方的に喋っているのだ。
 陽平はそのエストの様子を根晶から受ける感触を不思議に感じていると思い、どうしたのかと聞くことはしなかった。
 
 外の情報を求めた虫人と話していると天井から入ってくる明かりが暗くなる。日が暮れたのだと虫人は言う。地下空間の中は少し暗くなっただけで、外ほど昼と夜の違いはない。
 それでも数日ぶりの明確な時間感覚に三人は安堵したように緊張が緩む。抑えつけていた疲れが表に出てきて、いつもよりも早く眠りについた。寝床は大樹の使いがくると案内する場所を使わせてもらえた。
 そして次の日、三人は帰ることにした。またあの道を通るのかとげんなりしていると、虫人に送ってもらうことになった。遠慮していた陽平に、虫人は自分達に運んでもらうしかここを出る方法がないと告げた。行きに使った通路は、入り口専用とのこと。
 出口は天井にある穴だ。肩をしっかりと掴まれ運ばれる。五十キロ以上の荷物を運んでいるのに、かなりの速度で飛ぶ虫人のポテンシャルには驚くばかりだ。三時間ほどぶら下がっていると地上に出た。
 ここは蟲隠れの洞窟から北に徒歩三日にある無人島。虫人はここに生えている果物や植物や花の蜜を主食としている。三人は休憩しているときにそういったことを聞く。
 虫人は無人島から近い大陸側の浜辺に三人を運ぶと、急いで去っていった。誰か第三者に姿を見られ、無人島の出入り口をみつけられたくないのだろう。
 三人も実りの大陸に帰るため、転移装置のある街へと向かう。
 これで陽平の道具集めの旅は終った。あとは理論と魔法作製に集中するだけだ。口で言うほど簡単な作業ではない。しかしまったくのゼロからのスタートというわけでもない。一週間、一ヶ月でできるわけではないが、年単位でことを進めていけばどうにかなるという自信はあった。そして足りない部分を補うのは、今回手に入れた根晶だ。


 根晶を手に入れてから五年後。それだけの時間をかけて帰還のための魔法は完成した。
 この五年の間に陽平の周囲と世間の両方で、色々なことが起きた。
 世間で起きた一番大きなことは、寄生樹信者と成長の大陸にある野心国家が組んで、世界を支配すると宣言したことだ。組んだ理由は互いの利害の一致。寄生樹信者は寄生樹の目的のためには世界を手に入れることが手っ取り早いと考え、野心国家はガルデバランズ崩壊の際に領地を得てさらに欲しいと支配欲が増した。
 それに対抗するように以前から寄種を追っていた人たちが、世界中の国々に呼びかけ対抗勢力を作り上げた。しかしすぐに応じてもらえたわけではなく、被害が大きくなりはじめてようやくまとまったのだ。その無駄にした時間で野心国家は征服地を増やし、勢力を増していた。
 寄種憑きという質、征服した国の兵という量を持って野心国家は世界中と拮抗していた。
 その拮抗は長続きしなかった。寄種憑きという質が拮抗できた理由の半分以上を占めていたのだ。それに多くの人が気づいていた。ならば話は簡単だ。実力者を寄種憑きにあてればいい。それは実行され、弱い寄種憑きから順に駆逐されていった。
 結果は抵抗勢力の勝ち。しかしガルデバランズで封印を解かれた寄核種のほかにもう一体いた寄核種が寄生樹信者とともに逃げたという噂もある。
 完全解決とはいえない終わりを迎えたのだった。
 身近で起きた大きな出来事は陽平とミリィが喧嘩別れしたことか。
 寄種に抵抗するため国が実力者を集めたとき、カータスの道場にも参加するようにと連絡がきたのだ。カータスはランクが高いので、誘いがくるのは当然のことだった。
 それを断ることなく道場の全員が受け入れた。戦場へと向かう準備をしていたとき、ミリィは陽平にもついてきてもらいたいと考え誘いにきた。
 だがその誘いを陽平は断った。
 ちょうど魔法の実験中で手が放せなかったということもある。それ以上にエストのことを考えて断ったのだ。対戦相手には寄生樹信者もいる。そんなところにエストを連れて行けば、髪と目の色で寄生樹関係者と判断され、最悪殺されるかもしれない。エストを留守番させようにも、数ヶ月の留守番にはエストは我慢する気はなく、ついてこようとするだろう。
 それを踏まえて陽平は行かないと答えたのだ。理由を聞かれ、エストを連れて行くのも一人で残すのも危険だと誤魔化して話す。誤魔化したのは寄生樹の子かもしれないということをミリィたちに秘密にしているからだ。
 ここでミリィは勘違いした。戦場に行く自分よりも、陽平にとってはエストのほうが大事だと。陽平が理由すべてを話していれば納得したかもしれない。
 一番大きいのは嫉妬だろう。守ってほしい、自分のそばにいてほしいという独占欲からくる嫉妬。
 断られたことで見捨てられたと感じ取ったミリィは、かっとなって一方的に文句を言って塔から出て行った。
 陽平はミリィを心配していないわけではない。それでも誘いを断ったのは、カータスや道場の仲間と一緒にいるし、共に旅したことでミリィの強さを知っていて生半可なことでは倒れないと信じていたから。
 これを言葉で伝えるべきだった。口に出してさえいれば、喧嘩別れになどなる可能性は下がった。ひいてはミリィがピンチになどならなかったかもしれない。
 ミリィがピンチに陥ったのは、この喧嘩別れによって落ち着きをなくし普段どおりの実力をだせなかったせいなのだから。
 心配して二ヶ月という期限付きで塔を出た陽平が、ピンチにかけつけるなんてベタなこともおこらなかった。
 陽平がかけつけたことでミリィの機嫌は直った。むしろしばらく独占できたことで上機嫌になった。陽平が帰ったあとは平常に戻ったが、精神的要因に振り回されミスを犯すなんてことはなくなった。陽平が自分を心配してくれているとわかったからだ。
 そして四年以上起こっていた争いは、野心国家上層部を連合上層部が討ち取り、寄核種をレイオ・ブラスタをはじめとする英雄たちが討ち取ったことで終わりを告げた。
 英雄の中には、マルチーナやシェスといった陽平たちが関わった者たちもいた。
 英雄たちや連合上層部しか知らないことだが、争いはもっと早く終れたはずだった。しかし寄核種を滅ぼすための道具が作れず、再封印というより難しい方法を取らざるを得なかったため時間がかかった。
 その邪魔を知らず知らずのうちにしたのも陽平たちだ。ガーディアンのディーンが守っていた物、それが寄核種を滅ぼすために必要不可欠なものだった。陽平がそれがなにかも知らず持っていってしまったため、英雄達は苦労するはめになったのだ。
 こういった意味で陽平もこの争いに関わっていたといえる。本人も含めて誰も気づいていないことだが。
 ほかにもこの争いの大元がオーエンの滅ぼしたガルデバランズに関連していたりと、因縁浅からぬものがあった。
 なにはともあれ争いは終ったのだ。世界は久方ぶりの平和を後始末しながら堪能していた。

    番外の3へ

2009年01月15日

樹の世界へ17

 エウリデュエを出て二時間歩くと森に着く。
 その森の中への入り口となる道はなく、あっても険しい獣道くらいだろう。
 余計な客を拒む森だ。ここの主がそのような意図をもっているので、誰もが通ることのできる道が作られることはない。
 ならば招待された客はどうやって主の家に辿りつくのか。それは二通りの方法がある。一つは主所有の飛行船に乗り、屋敷まで連れて行ってもらう。もう一つは、今からネクが実演してみせることで屋敷へと簡単に辿りつくことができる。
 四人は今森の目の前にいる。案内役のネクについてきただけで、ここから道のある場所へとさらに歩くのだろうと三人は考えていた。
 ネクは胸ポケットから大事そうに宝珠を取り出す。
 それを持って木に近づいていくと、木が揺れだし宝珠を避けるように両わきに移動していった。
「さあ行きましょう」
 ネクが一方進むごとに奥の木が移動していく。
「やっぱりこの現象って魔法なんですか?」
 木が動くということに、あっけにとられていたミリィが聞く。
「はい。師匠の魔法です」
 誇らしげに答える。
「木がどうなってるかわかる?」
 陽平は植物に関する魔法に特化したエストに聞いてみる。
 エストはわきに避けている木に触れる。探るように目を閉じたが、すぐに開ける。
「この木は自然のものじゃないよ。声が聞こえづらい。
 この森を守るために作られたんじゃないかな?
 うちにいるゴーレムと似たようなものだと思う」
「そのとおり。よくわかったねエストちゃん」
「植物に関することだから。
 褒められるようなことじゃないわ」
 相変わらずの反応だ。それに苦笑するのは陽平とミリィ。
 四人は森の奥へと進む。二十分ほど歩き続けると、開けた場所に出る。さらに十分ほど歩くと到着しそうな位置に屋敷がある。屋敷のほかに離れ小屋、花畑、畑、小池、飛行船置き場、小塔がある。
 畑には人がいて作業中のようだ。池では洗濯してる人もいる。
「人がいる」
 陽平は見たままを口に出した。少しだけ驚きが滲んでいる。
「師匠の身の回りを世話する人たちですよ」
「魔法使いって、なんというか人を寄せ付けないってイメージがあったんだけど」
「魔法使いの多くは個人主義で人に溶け込む生活はしませんね。
 でもうちは表に出ている魔法使いですから、人との交流はあるんです。
 高貴な人たちとも交流があるので、客としてきたときに失礼がないように使用人も雇っています」
「うちとはえらい違いだ。
 まあ、師匠が人嫌いだったから当然っていや当然だけど」
「陽平の家みたいに全部ゴーレム任せってのも珍しいですけど。
 オーエンさんの事情を考えると、ああなって当たり前なんですよね。
 もっとこう一般的な魔法使いは人も雇ってますよ。ずっと一人きりってのは寂しいですから。
 人間からかけ離れた存在になっても、そういった部分は同じです」
「よくわかる。
 師匠が死んでしばらく一人でいたけど、三ヶ月くらいで人恋しくなって街に出たからなぁ。
 エストをさらって一緒に住むようになって、ほんとよかったって思ってるよ」
 他人が聞いたら間違いなく誤解することをしみじみと言った。
「私もさらわれてよかったよ。
 さらってくれてありがとう」
「はいはーい! 私も兄ちゃんに会えてよかったって思ってるよー!」
 いい雰囲気になりかけたのを敏感に感じ取り、ミリィも負けじと主張する。
「うん。ミリィたち一家に会えたのも大きかったな」
「一家かぁ。いやいいんだけどね、嬉しいけど。
 でももうちょっとこう個人的なね」
 思惑とはずれた返事に肩を落とし、小さく呟いた。それは誰にも聞き取られれずに風に流れ消えていく。
 そんなミリィを見てネクが微笑ましそうに小さく笑みを浮かべているので、ネクにだけは聞こえたのかもしれない。
 ネクは三人を促し、屋敷へと向かう。使用人たちはネクが近くにくると一声かけて作業に戻る。使用人から慕われているのだろう、挨拶は和やかにかわされた。使用人に三人を簡単に紹介し、屋敷へと入っていった。

 三人を客室に案内し使用人にあとを頼んで、ネク一人でルチアに会いに行く。任されたことの報告と陽平が会いに来たことを知らせるためだ。
 ルチアの部屋に行こうとしたネクだが、使用人に今ルチアは部屋ではなく書斎にいると聞き、そちらに足を向ける。
 ノックするも返事がない。きっと集中しているのだろうと思い扉を開ける。以前にもあったことだ。そして返事を待たずに勝手に入ったとおしおきを受ける。理不尽だが、ネクとしてはむしろ望むところだ。
 書斎に入ると予想通り、座り心地のよさそうな椅子に座り本を読んでいるルチアがいた。
「師匠」
 近くで少し強めの声で呼ぶとさすがに気づく。
 顔を上げルチアは鋭い目つきでネクを見る。
「また無断で入ってきたのか?
 何度言ったらわかるのかしら、この駄犬は」
 冷たい声に背中をぞくりと震わせながらも、ここに来た目的を果たす。
「おしおきはまたのちほどお願いします。
 ネークルード、師匠からの任務を終らせ帰って来ました」
「早かったな。もう少し時間がかかると思っていたが。
 その解決の早さに免じて今回の仕置きはなしとしてやろう」
「ありがとうございます」
 礼とは裏腹に残念そうな雰囲気なのは、言わなくともわかるだろう。
「それでどういったものだった?」
 事件の詳細を話していく。
 同時に陽平がルチアに会うために訪れ、協力してもらったことも話していく。素早く解決できたのは陽平がウィレンに気づいたからだということを強調する。あとでルチアにする予定の頼みごとをしやすくするためだろう。
「ヨウヘイが来ているのか」
「客室で待ってもらっています」
「聞きたいこととはなんだろうな? お前は聞いているか?」
「いえ」
「そうか」
 ルチアは椅子から立ち上がり、客室へと向かう。ネクはその後ろを静かに歩く。

「いらっしゃい。
 お嬢さん二人にははじめましてだ」
「お久しぶりです」
 陽平は立ち上がり頭を下げる。エスト、ミリィも陽平に続いて立ち上がり頭を下げる。
 ネクが椅子をひいてルチアを座らせる。ネクはその後ろで立ったままだ。
 それを見て三人は座っていいものか迷うが、ルチアに勧められ椅子に座る。
「それで私に聞きたいことがあって来たらしいな?
 どんなことが聞きたいのだ」
「元の世界に帰るための道具の一つに根晶が必要になって、その在り処を知らないかと思って。
 自分で調べてもみつけることは無理でした」
「根晶の在り処とはまた。
 心当たりがないというわけでもない。だがそれだけの情報をただでもらえるとは思っていないだろう?
 対価はどうする?」
「とりあえず。これを」
 取り出したのは、量の減った竜涙花の加工液をテーブルに置く。
 ルチアは小瓶を手に取り、じっとみつめる。
「これが竜涙花の加工液か。珍品ではあるな。
 これだけでは足りないと……と言いたいが、ネクの仕事を手伝ってくれたのだからチャラとしようか。
 正直、私も詳しいことは知らないのだしな。
 私が教えることのできる情報は、根晶があるらしい場所だ。
 場所は四箇所。一箇所は確実にあるといえるが、そこに行って手に入れるのは不可能だな」
 その言葉で陽平はピンっときた。根晶について調べていたときに、似たような条件の場所をみつけていたのだ。
「エルネデズですか」
「知っていたのか。
 エルネデズは安らぎの大陸にある、世界最大の根晶所有都市。その大きさ縦横五mの三日月型。地上の月とも呼ばれ、その輝きも月光と同じ。
 観光名物になっていて見学は自由にでき、誰でも近くで見ることができる。
 ただし魔法使いは都市に入ることすら禁じられている。国付きの魔法使いによってはられた結界で、魔力持ちは都市に入ることが叶わず、近づき正体がばれると力づくで追い払われる。
 魔法使いに根晶を使われると観光名物がなくなるから、近づけさせないのは当然だな。
 無理矢理結界越えることはできなくもないが、侵入にかなりの魔力を必要とするし、警備が根晶に集められて奪取などとても無理だ」
「まあ、そこははなから諦めてますから」
「それがいい。あれを奪おうと考え実行するのはかなりの馬鹿だ。実は実行した奴がいたりするがな」
「いるんだ」
 ミリィが思わず呟く。
 ルチアは頷き、続ける。
「いた。盗賊と魔法使いが協力して、入り口近くまで移動させることはできた。だが仲違いでもしたのかチームワークが突然乱れて、兵に捕まった。
 地上の月が持つ魔力に惑わされたのだという説もあるが、真相はさっぱりだ。
 次の場所は、ヤスター地穴。ここは知っているか?」
「いえ、知っているのはエルネデズだけです。ほかは何もみつけることはできませんでした」
「そうか。
 ヤスター地穴はこの大陸の南西の平原にある。穴の大きさは三mとそこまで大きくはない。だが深さは地の底まで続いてるのではというくらいに深い。
 下りることのできるところまで下りようとしたという記録が残っている。暗さ、息苦しさ、などの閉塞感に耐え切れず四日で出てきたらしい。ただただ下りていくという単調な作業に耐え切れないものもいたということだ。
 根晶は地下資源だ。鉱石の一種だからな。そこまで深い穴ならば根晶もみつかるかもしれん」
「かも? みつかったわけではないということですか?」
「ああ。だが望みがないわけではない。数十年に一度、あの穴からは根晶の屑が噴き出るという現象が起きている。私がこの目で見た現象だから事実だ。
 あの地下には間違いなくなにかあるのだろう」
「そんな現象があるならもっと有名になってるんじゃ?
 観光名所にもなりえそうだけど」
 再びミリィが聞く。
「私達魔法使いからすると数十年という時間は長いというものでもないが、人間から見ると人生の大半だ。そんな長すぎる時間のものを観光名所にしようとは思えないのかもな。それに噴き出す時間は三分と、待つ時間に比べて短すぎる。しかも噴き出した屑はすぐに消えてしまい、記念に持ち帰るということもできない」
 過去、ルチアのほかにも見たという人はいた。しかしその人たちは嘘つきと呼ばれた。
 なぜならそういった現象が起きると証明できなかったのだ。噴き出す期間がもっと短ければよかったのだが、数十年という時間は長すぎる。
 素晴らしいものを見たと言い張って、ほかの人を連れてきてもいつまでたっても噴出は起きない。いつまで経っても起きない。嘘つきよばわりされ人々の記憶には残らない。やがて時間が過ぎ去り、再び噴出しても人の記憶からは消えていて誰も見ることはない。見た人が見張っているという可能性は少ないだろう。寿命で死んでいる可能性もある。子孫に言い伝えていても、毎日見張ることなどできない。ルチアも見たのは一度きりで、タイミングが合わず二度目はいまだ見ていない。
 ミリィが納得したところで、次の場所を話し出す。
「次はユガス廃坑だ。これは実りの大陸北西にある。
 以前、ここから根晶が採掘されていた。だがとりつくしたのかいくら掘ってもとれなくなった。そのうち崩壊の危険も出てきて放棄することになった場所だ。
 運がよければ発見できるかもしれん」
「北西か。北と東は行ったことあったけど、そっち方面はまだ行ってないなぁ」
「そして最後だ。可能性としてはここが一番高い。
 この大陸の南東にある蟲隠れの洞窟」
「むし?」
 静かだったエストが少し顔を顰めて声を出す。
「そこらにいる昆虫を指しているわけではないぞ。
 古代種の虫人だ。やつらの隠れ家に繋がっているようだ」
「古代種ってなんですか? 兄ちゃんは知ってる?」
「本で読んだ程度なら。
 たしか大樹がまだその姿を保っていたとき、その枝などに国を造っていた種族。
 人が生まれる前からいた歴史の古い種族で、今はどこかに隠れて暮らしているとかなんとか。
 その姿が確認されたのは、何百年も前のことらしい。
 これで合ってますか?」
「だいたいあっている。
 古代種は虫人のほかに鳥人樹人がいる。鳥人は絶滅したといわれ、樹人は大樹の使いにのみ今でも会いにくるという」
 大樹の使いというところでエストがわずかに反応する。
 それに気づいたルチアはちらりとエストを見るが、すぐに視線を外す。
「その洞窟だが、入れば誰にでも虫人に会えるというわけではない。
 最奥に石碑があって、その石碑に刻まれた文を解読した者のみ隠れ家に入ることができる。
 大樹の使いが数年に一度そこから入っているから、間違いない情報だ。何人も挑戦したが、大樹の使い以外誰も入ることはできていない。
 これで情報は終わりだ」
「ありがとうございます。
 情報を求め聞いたてまえでなんですが、こんなに情報があるとは思ってなかったです」
「魔法使いにとっては根晶は手に入れたいものだからな。
 それは私も同じだ。だからかつて私も探したのさ、色々と情報をあつめてな。
 そのときのなごりが話した情報だ。
 だが結局私はみつけることができず、オーエンという腕利きの人工根晶職人に頼ることにした。
 これが私とオーエンが出会うきっかけだ」
「ちなみに探したのってどれくらいですか?」
「期間か? そうだな……ざっと五十年か」
 魔法使いだからこそ、それだけの時間をかけられたのだろう。丸々五十年自力で探したわけではないだろうが、それでも多くの時間をかけたのは事実だ。
 一般人であるミリィは目を丸くして、その長い年数に驚いていた。そして、それだけ時間をかけてもみつけることができなかったことにも。
「兄ちゃん。私ら根晶みつけられるのかな?」
「絶対みつかるとはいえないなぁ。
 みつからなかったら、目的果たすのは百年以上後になりそう」
「……気の長い話だぁ」
 百年とか言われても実感湧かないのだろう。
「ほんとにね」
「そういえば兄ちゃん今何歳だっけ?」
「今? たしか三十五くらいだっけか」
「全然見えないよね」
「まあヨウヘイも私も魔法使いだ。見た目にそぐわないのは当然だな」
「ルチアさんは……何歳か聞いててもいいですか?」
 ちょっと迷った様子を見せるもミリィは好奇心に押され聞いてみる。
「女性に年齢を聞くものではない、と言いたいところだが。この年になるとそういった感情も薄れるものだ。
 私は……三百五十を越しているはずだ」
「三百五十?」
 想像以上の年齢の高さにミリィは驚きを隠せない。一般人では絶対無理な年齢だし、陽平の十倍だ。もうすごい、という感想しか浮かんでこない。
「ちなみにオーエンは二百二十くらいだったか」
「師匠もそんなに生きてたんですね」
「そんなにと言ってもやっと平均を越したというくらいだがな」
 魔法使いの平均寿命は二百才。一般人の平均寿命が六十を越すくらいだ。
 三十五才の陽平は、ルチアから見てまだまだ赤子みたいなものだろう。
「年の話はここまでにして。
 これからすぐに動くのか?
 今日一日くらいは泊まっていけ、今までの話を聞いてみたい」
「いいんですか?」
「かまわんよ。旧知の者を追い出すはずがなかろう」
「お世話になります」
 
 勧められるままゆっくりと休んだ三人は二日ほど滞在し、ルチアの屋敷を出た。
 少しだけ滞在期間が延びたのは、陽平たちの体験した出来事が思いのほかルチアにとって有益で、詳しいことを話すはめになったからだ。
 三人が目指すのは、比較的屋敷から近かったヤスター地穴。
 ルチアの話では噴出はまだまだ先のこと。見ることできるのならば、見てみたいと思っていた三人は残念そうに穴をのぞきこむ。
 ロッククライミングの装備を準備せずにきたので、下りるというわけにもいかない。
 ここでしたことは陽平が魔法で飛び、少しだけ下りて観察しただけだった。
 穴は曲がりくねるということもなく、ただ真っ直ぐに突き抜けている。火のついた松明を投げ込んでみても、落ちていくだけでやがて見えなくなり、底に到達したようには見えなかった。魔法で視力を強化して見ていた陽平はエストとミリィよりも深く松明を追えたが、それでも底に到達したようには見えなかった。
 ここでこれ以上やることはないと判断し、三人は本命である蟲隠れの洞窟へと足を向けた。
 再びここにくるとしたら、蟲隠れや廃坑などであてが外れたときだ。
 
    17-2へ

2009年01月09日

東方こねた

 感想、ウェブ拍手ありがとうございます
 
 >>自己満足で、イサラが死んだらどうするの 
 フーズも自分の我がままだとはわかっていますが、気持ちが納得していません
 もう少し頭がよければ、自分を抑えることができたのだと思います
 なんでもかんでも理性で解決はできないってことですね

 >>トリックスター
 オンラインはウルティマとラグナをやっていただけで、トリックスターはやってません。オンラインゲーム自体、今はやっていませんし
 ときどきゴルロアに手をだしているくらい

 
 以下、東方こねた。短いのでそうそうわにあげないもの

 
 風が吹けば桶屋が儲かる。
 巡り巡って意外なところに影響が出るという諺だ。
 説明はしたが以後の内容にまったく関係はない。三行下の文と、ただ語呂が似ているから書いただけだ。
 少し前に紅魔館で創られた造語がある。
 ナイフが飛べば美鈴に刺さる。
 特別な意味はない。そのままの意味だ。
 毎日縦横無尽に飛び、その先に美鈴がいてさくっと刺さる。
 西へ東へナイフが飛び、その先にさぼっている美鈴がいてサクサクと当たり前のように刺さる。
 景気よくさっくさっく刺さるものだから、それが理不尽に思えた新参メイドが聞いてみた。

「ナイフはやりすぎじゃないですか?
 口頭でもいいと思うんですけど」

 それに美鈴はにこやかに答える。

「口頭だと罰としてはちょっと弱い。
 口頭以外だと、これが一番ましなんだよ」
「ましですか?」

 メイドは不思議そうに首を傾げる。

「うん。いろいろと咲夜さんと試してみた。
 例えば、ボディブローなときもあった。でもそれは地味に響くから門番としての仕事に支障がでるの。
 次にご飯抜き。体力仕事なのに、ご飯抜きだと力が入らなくなるから、これも駄目。
 次に給料抜き。もともと給料って概念ないし、意味なかったわ。
 で、ほかにも試して、ナイフが一番ましだってことになったの」
「ナイフも十分仕事に支障がでますよ?
 怪我するんですよ? 血が出ますよ?」
「そこらへんはうまくできていてね。
 私が仕置きされるのはギャグシーンだから、次の場面になったらナイフでの怪我はなかったことになる。
 ほら、怪我があとをひかないから問題ない!」
「そういう問題ですか?
 そもそも美鈴さんがさぼらなければ、ナイフが飛ばないんですが」
 
 それに美鈴は表情を真剣なものとし答える。
 メイドはここまで引き締まった表情の美鈴を初めてみた。驚きとともに少し顔を赤らめ見惚れている。

「さぼりは私の有名な二次設てぃ、げふんげふんっ。
 さぼりは私のレゾンデートル! さぼらずにはいられないのよ」
「なにを言いかけたかは聞き流すことにします。
 存在意義とまで言いますか。
 ならばせめて避けるとかはできないんですか。
 美鈴さんは武術の達人だと聞いてます。気配を察するとかできそうですよ?」
「ナイフが飛べば、私に刺さるのは自然の摂理。
 当たり前のこと、そうなって当然の事象を捻じ曲げるなんて、お嬢様の能力でもないんだから無理」
「えー?」

 当たり前のことと言われても、受け入れることができないのだろう、思いっきり疑問を上げる。

「実際、さぼってるのになんのお咎めもなしってのは、周囲に示しがつかないでしょ?」
「だからわざと当たっていると」
「いやいや、さっきもいったように必中なんだよ。
 避けようとしたこともあった。でも壁に跳ね返ったり、どこからかの弾幕に弾かれて弾道修正されたり、避けたものが実体を持った幻で隠された本物に当たったりと避けることは不可能だった。
 そのうち、日が東から上がって西に沈むことと同じように、咲夜さんがナイフを投げると私に当たるのは当然のことなんだとわかったの」
「お嬢様が運命操ってるということはないんですか?」
「確認したことあるけど、自覚してそうなるように操った覚えはないみたい。
 当たらないように操ろうとしたことはあるけど、どうしてか当たってしまうとも言っていたわ」
「当たらないという運命すらないんですか。
 まだ納得はできないんですが、そろそろ休憩時間が終るので一応それで納得しときます」
「それがいいわ。考えてもわかることじゃないし」

 お話聞かせてもらいありがとうございます、と一礼しメイドは屋敷に戻る。
 仕事を再開し窓を拭いていたとき、美鈴は温かな日差しの下、気持ちよさげに寝ていた。
 呆れるメイドは、陽光に煌くナイフを見た。
 そして今日もナイフが飛ぶ。

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2009年01月04日

東方SS アリス(と)人形


 そうなるきっかけは魔理沙との茶会だったのか。
 それともすでに前兆はあったのか。



 
 なんてことのない普通の日。ふらりとやってきた魔理沙をアリスは口では文句を言いつつ、機嫌よくもてなす。
 お茶の準備をしつつ、アリスは手に絡めた糸に意思を込め、上海を始めとした人形達を動かして茶会の準備をあっという間に整えた。

「いつ見ても器用に動かすな」
「人形遣いが人形を器用に操れなくてどうするのよ」
「それはそうだけどさ、そこらの芸人よりもはるかに腕は上だから思わず口に出たんだ。
 これでも称賛しているつもりだぜ?」
「あら、ありがとう」

 小さな笑みを浮かべて、紅茶を口に運ぶ。
 良い感じに紅茶を入れることができたと内心嬉しく思い、カップをテーブルに置いて聞く。

「それで今日は何の用事?」
「用事なんてない。
 ただ暇で喉が渇いたから来ただけだ」

 あっけらかんと答える。

「……うちは喫茶店じゃないんだけど?
 私はそれなりに忙しいのよ?」
「何か研究中だったのか?」
「いつもと同じね。自立人形製作のための研究よ」
「自立ってことは、自分で考え動くってことだろう?」
「ええ」
「前から思ってんだが、上海がそれに当てはまるんじゃないか?
 時々意思を感じさせる挙動を見せるぞ?」
「そうね。でも上海は私が作り上げたい自立人形とは違うのよ。
 あの子は作り上げたあとに、自然に自我を持ち始めた。
 私は始めから意思を持った人形を作りたい。
 いわば上海は付喪神になりかけているの。
 付喪神って知ってる?」
「それくらい知っているさ。
 あれだろ? 長年大事にされた物が意思を持って動き出すって奴だ。
 ああ、そっか。自分で自我を持たせたわけじゃないから、自立人形とはカウントしてないのか」
「そうよ。
 上海がそういった経緯で意思を持つことは嬉しくないわけじゃないけど、でもそれは私の目指しているものとは違うの」
「納得した。
 私から言えることは頑張れってことだけだな」
「言われなくても頑張っているわ。
 まあ、頑張っても研究状況はよくはなっていないのが現状だけど」

 溜息吐きたそうに視線を下げる。

「難しいのか?」
「難しいわ」
「即答か。よほど難しいんだろうなぁ。
 それじゃちょっとしたアドバイスだ」
「専門分野が違うのにできるわけないでしょ」

 呆れた顔でアリスは魔理沙を見る。
 それを気にせず魔理沙は話を続ける。

「技術的なアドバイスは無理だって私もわかってるさ。
 私が言いたいのは、たまには視点を変えてみろってことだ。
 私も研究で詰まることはある。そんなときは一度それから離れて、気分転換して、視点を変えるんだ。
 研究するときは大抵使い手の視点で考えてる。それを使われる側から見るとどうなのか想像してみたりする。
 すると見えなかった部分が見えたりするもんだ。
 だからアリスも人形遣いとしてじゃなく、人形の視点で見てみたらどうだ?」
「違う視点ね。実行してみる価値はありそうね。
 ありがと。
 でもどうしてアドバイスなんかしようと思ったのよ?」
「今日の紅茶が美味かったからだな」

 にやりと笑みを浮かべ言った。



 
 魔理沙が帰ったあと、アリスは食器を片付け考える。

「魔理沙のアドバイス実行してみようかしら。
 まずは、気分転換か」

 今日明日は研究のことを忘れて、お菓子作りや読書や家事をこなし過ごそうと決めた。
 研究用の部屋はしっかりと扉を閉める。
 まずは掃除しましょうと動き出す。
 ぱたぱたと家中を移動して普段は手の届かないところの掃除をしていく。いざ始めてみるとおもいのほか集中し、昼ずぎから始めた掃除は日が沈んだあとようやく終った。
 アリスと人形たちは埃だらけだ。そのかいあって家は綺麗に片付いた。
 外に出て人形達の埃を丹念に払い、アリス自身は風呂に入る。
 夕食を食べた後はゆったりと読書で過ごし、眠気に誘われ、ベッドで心地よい眠りにつく。
 次の日はお菓子作り、チョコチップクッキーとドライフルーツのバウンドケーキを作る予定だ。出来上がったものの一部は神埼たちに贈る予定なので気合が入っている。
 一切手を抜かない丁寧な作業で、お菓子は作り上げられていく。
 出来上がり余熱を抜いたクッキーを一つつまんで口に放り込む。

「うんっ上出来上出来」

 今まで作ったものの中でも上位に位置する出来だと、満足した笑みを浮かべる。もちろんバウンドケーキも美味しくできていた。
 自分で食べる分をわけてクッキーとバウンドケーキを箱詰めする。金糸で刺繍の入った細い赤のリボンでしっかりとふたが開かないように止め、リボンと箱の間にメッセージカードをはさみ、魔法で魔界へ送る。
 喜んでくれるかしらと考える。いつものように、今度来る手紙に感想が書かれているだろうと、そのことを楽しみにしておくことにした。
 そのあとは作ったクッキーとバウンドケーキをそばにおいて、のんびりと人形達の手入れをしつつ、時間が過ぎていった。
 アリスの休日は充実したものだった。




「今日から研究再開っと。
 違う視点で見る、人形の立ち場で見るだったかしら。
 でも同じ視点といってもね」

 とりあえず上海たちと同じ行動すればいいのかしら、と考え気づく。
 同じ行動といっても指示を出しているのは自分自身だと。

「自分に命令される立ち場に立って行動?」

 それってどんなの? と戸惑う。
 それは頭で考えたことを実行することとなんら変わらない。予定を立ててそれをこなしていくだけで、昨日アリスがお菓子を作ったこともこれに該当するだろう。
 アドバイス実行が意外と難しく、考え込む。考えると考えるほどわからなくなっていく。

「これじゃ気分転換した意味がないわね」

 考えることを止め、椅子に座り、上海を手元に飛ばせる。
 両手で上海を持って、顔の前まで持っていく。
 上海の目には、困った表情のアリスが映っている。

「上海たち側から見ることって難しいのね」

 話しかけてみるも、返事はない。
 返事させることは可能だが、それはアリスの意思で発音させているだけで、上海の意思ではない。

「簡単にいきましょうか。
 上海たちに作業を任せっぱなしにしないで、一緒に行う。
 これくらいでいいのかもね」

 言いながら上海の髪をなでると、賛成の声が聞こえてきたような気がした。
 
 アリスは動く、人形たちと共に。
 掃除、洗濯、料理、休養、寝食を共にして、人形との生活をより身近にしていく。
 ときに上海たちに囲まれ木陰で昼寝してみたり、
 ときに上海たちに料理を作ってみたり、
 ときに上海たちに自分と同じ服を作り、

「全員分作り上げるのは一苦労ね。
 どう?」

 作った服を上海たちに着せて問いかける。

「似合うわよ」

 返事はなくとも話しかけ続ける。
 頻繁に話しかけるため、静かだった家がわずかに賑やかさを見せていた。
 人形を思い遣る温かな雰囲気の家となっていた。
 アリスにはこころなしか上海たちの動きに精彩さが加わっているようにも思えた。
 返事のない会話を楽しみ、人形たちとの暮らしに満足し、人形たち側に一歩近づけたと思っていた。

 しかしアリスは気づく。

「今までのことって私が上海たちに合わせているんじゃなくて、上海たちを私に合わせているんじゃないの?
 これでは駄目じゃないかしら?」

 じっと上海たちを見る。
 人形は話さない、人形は食べない、人形は眠らない、人形は動かない、人形は考えない。
 自立人形を目指すならばこれらはあってもいいものだ。けれどアリスはそれを余計だと思う。
 まるで最終目的を忘れたかのように。思考を誘導されたかのように。
 今度こそ人形側に立ってみようと実行していく。
 アリスは無口になった。
 アリスは食べなくなった。
 アリスは眠らなくなった。
 アリスは上海たちが置かれている棚に寄りかかり動かなくなった。

 アリスは思考を止めようとした。

 いつしか温かな家は、元の静かな家へ。いや冷たい雰囲気すら漂う家へと。

 動くものいなくなった家の中で、数日振りに動くものがいる。
 それはアリスしかいない。

「駄目。考えることを止めることができない。
 これじゃあいつまでたっても上海たち側からの視点を得ることなんて無理よ。
 どうすればいいのかしら。どうすれば……」

 取る必要がないとはいえ、当たり前のようにとっていた食事と睡眠を断ったせいで鈍る思考。
 とりとめのないことが浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。
 その隙間をぬうように囁きが聞こえてきた。
 消耗による幻聴か、上海たちの声か。どちらかはわからない。
 しかしその囁きはアリスにとって、とても素晴らしいものに思えたのは確かだった。
 アリスの目に輝きが戻る。




 しばらく時間が経った。日付にして、魔理沙との茶会から三ヶ月ほどだ。
 家の中で動くものがある。アリスだろう。
 動くたびに小さくキシキシと擦れるような音がする。
 アリスは上機嫌だ。話しかけ続けてくれていた上海たちの声がはっきりと聞こえる。夢も叶った。
 玄関からノックが聞こえ、扉が開く音がする。
 返事を待たずに扉を開けるマナーの悪い客はアリスには一人しか心当たりがない。
 いつもならば小言の一つもするところだが、魔理沙のアドバイスのおかげで夢が叶った今は咎める気すら起きない。

「アリスー、また紅茶飲ませてくれ」
「いくらでも飲ませてあげるわ」
「ん? そっちにいたの……か?」
「どうしたの? 驚いた顔して。
 それよりどう? ずいぶん人に近づけたでしょう?
 人間の体とはまた勝手が違ってね。間接部分とか苦労したの。
 課題は間接が擦れて出る音をなくすことなんだけど、上手くいかなくて。
 またいいアドバイスくれない?」
「ア、アリス?」
「なあに?」

 口の動きに合わせてキシリとまた擦れる音がする。

「お、脅かすなよ! どこかで隠れて操ってるんだろう?
 危うく騙されるとこだった。そんなアリスそっくりな人形まで用意して悪趣味な奴だな」
「なに言ってるの? 私は目の前にいるでしょう?」

 アリスのガラスの目が魔理沙の青ざめた顔を映す。
 アリスのそばに浮かぶ上海は、

『アリスガイッショ、ウレシイ』

 と自立人形アリスを見て、アリスだけに聞こえる、自分の夢が叶った喜びの声を上げていた。
 上海は常に語りかけ続けていたのだ。
 一緒がいいと。
 

2009年01月02日

あけましておめでとうございます


あけましておめでとうございます
元旦に雪積もっていて驚きました
新年はじめての更新です
年末には更新できると思っていたら、のんびりしすぎて年越しました

去年はちょっと驚いた初夢見て、今回はどんなものを見るか楽しみしてたんですが、普通なファンタジーっぽいものでした
去年に比べるとインパクト少ない。きっと来年には忘れてる

次の更新は東方SSになります
年末から考えていたネタがあるので、それを書きます

それでは今年もよろしくおねがいします

ee383 at 20:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日記 

樹の世界へ16-2

 朝。陽平とエストの準備に要する時間は以前とたいして変わっていない。ミリィは長くなった。
 荒事を専門にしているので、着飾るということは無理だ。それでもできる範囲で努力するようになった結果、準備に時間がかかるようになった。それもひとえに綺麗に見てもらいたいがため。派手過ぎないように化粧をほどこし、寝癖を丹念に調べ、服の色あわせや皺伸ばしに気を使う。
 そして準備を終えて、大人の女に一歩近づいた姿で部屋から出る。
 エストもミリィも地球だと、高校生だ。成長期は終りかけで、その身体にたいした違いはない。二人が並ぶと最近はミリィが年上に見られることがある。精神的な成長からくる差異なのだろう。この認識は時間が経つごとに明確となっていく。エストがミリィに追いつくのに、十年近くの時間を必要とする。
 そのとき一騒動あるが、まだ先のことで今は関係ない話だ。
 四人は食堂へと向かう。
 今朝もクラーレが食堂にいて、一日一緒に過ごそうと女二人を誘うが、仕事があるからと断られた。
 今日は一日、忙しくなると考えていた陽平は食堂に入ってきたメイドを見て、少し固まった。そのメイドを見れば見るほどに見覚えがある。その視線に気づいたかメイドはキョロキョロと周囲を見渡し、陽平を見て一瞬のみ顔をひくつかせた。
 事件解決したかもな、なんて思いながら陽平はコップを口に運ぶ。
 陽平がみつけたメイドは、いつぞやの女泥棒だ。泥棒にあったのはあれ一度きりで印象深く、間近で顔を見たのでまず間違いない。
 互いにこんな場所で再会しようとは思ってもいなかった。
 食事を終えて、陽平は三人に説明し食堂のそばで待ち受ける。
 食堂から出てきた泥棒メイドは四人を見て、諦めた表情で小さく両手をあげた。
 そのメイドの両脇をエストとミリィがかためて、ネクの部屋へ移動する。そこが四人の部屋の中で一番広いのだ。
「久しぶり」
「ああ、久しぶり」
 メイドの返答がややぶっきらぼうなのは仕方ない。
 それを気にせず陽平は聞く。親しく会話する間柄ではないから。気にならないのだろう。
「率直に聞くけど、この屋敷で魔法関連のもの盗んだ?」
「盗んだ」
 あっさりと認めたことに四人は驚く。
「またえらくあっさりと」
「だって、魔法使い三人にみつかって逃げ切れる自信はないよ私は。
 もともと犯人探しに魔法使いがくることはメイドたちの噂話で知っていたんだよ。でも一人くらいなら目立たないでいれば大丈夫だと思っていた。逃げる準備もしてたしね。
 さすがに三人だとね、どこうしようとも思わない。
 知らない魔法使い三人なら少しは希望もあったかもしれないけどさ、あんたら私の顔知ってるから私がここにいれば誰が盗んだかはすぐにわかる。これはもうつんでるでしょ?」
 メイドは自棄になっているのかもしれない。
「まあ抵抗しないのは助かります。
 それで道具はどうしました?」
「売った」
 ネクの質問に三文字で答えた。
「……う、売った?」
「帰省したついでに、顔見知りの組織にね」
「あれ単体でも意味はないのに、よく買い取ってくれましたね」
「そこは返して欲しくば、大金用意しろとか不正を手伝えとか、交渉の道具になるわよ」
「買い戻すことはできますか?」
「お金さえ準備できればなんとか? 絶対の保障はないわ」
「そうですか。ちなみにどれくらいの値段で売れましたか」
 メイドが口にしたのは役立たずの魔法道具にしては破格といえる金額だ。一般家庭が二十年はゆうにくらせる金額だった。
「準備できるの?」
 ミリィは金額が金額だけに心配そうに聞く。
「財産のほとんどを使えば大丈夫です」
「お金持ちなのねぇ」
 感心したようにメイドが言う。
「もらったものを使わなかっただけですよ。
 あなたにはあとで売った組織まで連れて行ってもらいますから。
 ではお金の準備してきます」
 三人に見張りを頼み、ネクは部屋を出て行った。銀行に手続きにむかったのだ。
「それにしてもまた会うとは」
「こっちが言いたいわ」
「どうして道具を売って、そのまま逃げなかったの?」
 エストが疑問に思ったことを聞く。
「道具がなくなった日にいなくなれば誰だって私を怪しむでしょ。故郷がすぐ近くにあるから、探されるとやばいのよ。
 それにここの仕事ってわりといい給料なの。逃げると働いた分の給料もらえないから逃げる気にはなれなかった」
「故郷がこっちって、なんで別の大陸でバイトしてたのさ?」
 今度はミリィが聞く。
「泥棒稼業を頑張りすぎたせいでね、ちょっと取り締まりが厳しくなったから、一年ほどほとぼりがさめるまで逃げてたのよ。
 あのあとすぐにこっち戻って、しばらくなにもせずに暮らしてたわ。
 んで稼業再開がこの仕事ってわけ。依頼料もよかったし、盗んだものは好きに処分していいってんで受けたのに、こんなことになるなんて」
「ごくろうさん、としか言えんわな。
 その依頼主ってやっぱり隣のライバルなのか?」
「そうよ」
 依頼主をばらすようなことは御法度かもしれないが、仕事は無事に成功させたのだ。泥棒メイドとしては今回の仕事はたいしてことでもない、情報を隠す必要はなかった。もともといがみあっているとおいう前情報がある。すぐに疑いはライバルに向けられるのだ。
 いつも軽くばらす、なんてことはない。重要なことは誰にも話さない分別はある。今回はその範疇に入っていないだけだ。
「ちなみに道具の在り処ってどうやって知ったんだ?」
「クラーレっていうぼんぼんをたらしこんで」
「「「あー」」」
 すごく納得した顔で三人は頷いた。
「ちょっと情報集めたらぼんぼんが女にだらしないってことがわかったから、利用させてもらった。
 自分には落とせない女はいないって思いこんでるから、あいつ好みの髪型や体型や化粧をほどこして、始めはとっつきにくく徐々に心を開くって演技したらさ、見事にひっかかってくれたよ。
 場所どころか、部屋の予備の鍵を持ってるってことも教えてくれたから、わりと楽な仕事だった。
 女の扱いは一流って思い込んでるけど、なんとか二流を名乗れるくらいだねありゃ。家の権力がないと三流に落ちる。
 まっ感謝してもらいたいね。世の中、自分の思ったとおりに進むものではないと、あのぼんぼんには今回のことはいい教訓になるはずだ」
「きっついね〜」
 ほんの少しだけ哀れに思ったのかミリィは苦い笑みを浮かべる。エストはそれくらいがちょうどいいと頷いていた。
 陽平は自分の評価ってどれくらいなのかなぁなどと考えていた。考えても仕方ないとほかのことを考え出す。
 考えているのは、今の話をネクに報告すればどうなるか。
 きっとネクもラドスに報告する。
 そうなると泥棒メイドの処罰は当然だろう。盗んだ実行犯だ。ラドスは弱みを握られているわけでもない。処罰しないという選択肢はない。といっても隙をみてメイドは逃げるだろう。近いと言っていた故郷に寄って、またほとぼりが冷めるまで別の大陸に行くだろうか。
 問題はクラーレのことだろう。騙されたとはいえ、秘密とすべきことを喋り、街に損害を与える一因を担ったのだ。家族とはいってもなにも罰せずに放置とはいくまい。推測できる罰は今後の行動に制限がつくといったことか。今後はラドスのそばに置かれ、間近で仕事を見させて学ばせるくらいだろう。
 この家に子供は一人。さすがに血を絶やし、家を潰すつもりはないだろうから、縁を切って放り出すなんてことはないはずだ。
 クラーレがもう一度大きな失敗をすればどうなるかわからない。とっとと孫を生ませて、その孫が成人するまでラドスが実権を握っているか、親戚から養子をもらってきて教育する。
 これらを避ける方法は、と考えそうになって陽平は思考を止める。
 ネクが戻ってくるまでの暇つぶしの思考だ、真剣に考えても仕方ない。それに他人事なのだ、首を突っ込まなくともなるようになる。首を突っ込む意味もない。
 全部話して後処理はネクとラドスに任せようと結論付けた。

 メイドに案内されて、顔見知りという組織の隠れ家の一つにやってきた。
 そこは市壁の外にある少ない家の一つで、市壁の外にあるということ以外は特におかしな雰囲気を漂わせてはいない。
 内装もごく普通で、一目見た程度ではただの民家にしか見えない。
「ウィレン? そんなに人数連れてなんのようだ?」
 奥から客かと出てきた四十才ほどの男がメイドに話しかける。
「私が売った」
「ちょっと待て」
「なによ」
 ウィレンの言葉を遮った男は陽平をじっと見て、顔を険しくする。
「まさか、自分から姿を現すなんてなっ。なんの準備もできてねえっ」
「なんのことよ?」
 一人で興奮している男に誰もが置いてきぼりだ。陽平も睨まれる意味がさっぱりわからない。
「その男はブラックリストに載ってんだよ!」
「は? 俺がブラックリストに? なにかしたか俺?」
「俺達の邪魔を三度してなにかしたかじゃねえよっ」
「三回? 本当に覚えがないんだけど」
 エストとミリィに目で問いかけても首を横に振られるだけ。
「一度目は十年前の人買いの邪魔された。二度目は銀狼捕獲の邪魔された。三度目は鈴竜の卵調達の邪魔だ!
 覚えがないとは言わせねえ!」
 指摘されると覚えていることばかりだった。
「人買いは俺に落ち度がないのに売られそうになったから、暴れて逃げ出しただけだ。銀狼は、まあ邪魔したって言えるな。卵はお前達の自滅だろ」
「自滅? 報告じゃあ魔法使いの横槍が入ったせいで鈴竜が暴れて卵確保できなかったとなっているんだが? 嘘吐くなよ?」
「嘘じゃないって、俺たちも鈴竜を探してたけど、みつけるまえに鈴竜が暴れだして、鎮めるために一対一で立ち向かう羽目になったんだからさ。
 疑うなら村長に聞けよ。俺が時間稼いで、村長が鎮めたんだ」
「うちの奴らが嘘の報告したってのか?」
「任務失敗したらなんらかのペナルティがあるって、以前言ってったでしょ?
 そのペナルティ受けたくなかったから、そいつら嘘の報告したんじゃないの?」
 ウィレンが思いついたことを口に出す。
「下っ端に任された仕事だからありえるかもしれん。
 だが二つの仕事を邪魔されたことは変わりないんだ。
 そのけじめはつけさせもらう」
「けじめって言われても。俺から言えば、そんなことしなければいけないことは何一つしてないんだけど」
「お前はそうかもしれん。だが俺達から見た場合は変わってくる」
 どうけじめつけるのかと問いかけてくる男に、陽平は答えようがない。
 実は組織のほうも手を出しあぐねていた。陽平の住処のだいたいの位置は情報屋を駆使して掴んでいた。どこぞの街の近くに住んでいるらしいといった程度だが。だが相手は魔法使い。実力の詳しいことはわからない。魔法使いは見た目で実力を測れない。竜と対峙したという情報もある。下手に触れるとどんなしっぺ返しをくらうかわかったものではない。
 男も駄目元で聞いた感がある。すぐに逃げることができるように、わずかに体を緊張させてもいる。
 悩む様子の陽平。組織という大きなそうなものに反抗する気はなかった。どうすればいいのか考えても、なにも思いつかないというのが現状だ。
 少しだけ静かな時間が訪れる。
 悩む陽平を見かねたのかネクが動いた。
「ちょっと僕と話しませんか?」
 男を誘い、隣の部屋に行く。
 再び少しだけ時間が過ぎる。
 戻ってきた男はどこかほっとしたような顔をしていた。
「この方に免じて、一度は見逃してやる。二度目はないぞ」
「この場合、ありがとうでいいのか?
 というかネクなに言ったんだ?」
「ちょっとしたつてを使っただけだよ」
「ルチアさん?」
「師匠とは無関係……でもないけど、師匠本人のことを頼りにしたわけじゃないよ。
 まあ、それはいいでしょう?
 本題に入りませんか?」
 そう言われて、魔法道具のことでここに来たのだと陽平は思い出す。けじめとか言われて忘れていたのだ。
「ウィレンさん、説明お願いします」
「はいはい。
 私が売った魔法道具、あれをこの人が買い戻したいんだとさ」
「あれか、まあどこかに売る予定はなかったから構いませんが、利用価値から言って高くつきますよ?」
 男の言葉遣いはネクにのみ丁寧になっている。
「予算はこれだけあります」
 金額の書かれた金銭引き換え用紙を差し出す。
 それを見て渋い表情をする。
「ちいとばかり足りません」
「困りました。私が出せるのはこれが精一杯なのですが」
「なにか私達に売れるようなものはありませんか?」
「売れるものと言われても」
 今度はネクが悩み始める。
「これなんかどうだ?」
 陽平がリュックから小瓶を取り出し聞く。
「それは? この場面で出すからにはただの水じゃあなさそうだが」
「兄さん、それって竜涙花の?」
「あたり。本当はルチアさんへのお土産だったんだけどな。
 必要な分と予備の分を小分けしたらこれだけ余ったんだ。ルチアさんなら使い道あるかなって持ってきていた。 
 これも一応高価な材料だ、どうだ?」
「正式名称を教えろ。調べて価値があると判断したら足りない分とする」
「竜涙花の加工液。これで合ってると思う」
「ちょっと待ってな」
 男は調べるために部屋の奥へと歩いていった。
「助かりますヨウヘイ。でもそんな大事なものを差し出してよかったのですか?
 というか竜涙花ってすごく高価なものだったような気が」
「さっき助けてもらったお礼だよ。
 必要な分は家に保管してある。
 それにルチアさんに渡すと確約したものじゃないから、渡せるんだけどな。さすがに持っていきますと連絡していたらここで出すことできなかったよ」
 紐で閉じられたバインダーを持って男は戻ってくる。
 それを開いて書かれている文を読み、視線を陽平に向けた。
「それをこっちに」
 差し出された手に小瓶をのせる。
 男は小瓶を光に透かしたり、ふたを開け匂いを確認したりと資料に書かれている情報と一致するか調べていく。
 陽平たちの目の前でそれらをしているのは、調査中に中身を入れ替えたりはしなかったと証明するためだ。
 やがて自分の判断できる範囲で納得できたのか、小瓶を机に置く。
「本物らしいな。
 だとするとこれ全部では、今度は釣りが出る」
「必要なぶんだけとって、余りは返してくれる? 余った分だけでもお土産にしたいから」
「わかった。
 一応言っておくが、これがあとから偽物だと判明したら」
「そのときは僕のところに取り立てにくればいい。代わりの品は渡せます」
「なめたことをした責も問われますが?」
「ヨウヘイを信じているから大丈夫」
「わかりました」
 男は必要な分だけ持ってきた入れ物に小瓶から移す。残ったのは四分の一だ。
 正直、たったこれだけをお土産に持っていって、なにかの役に立つのかとその場にいる全員は思っていた。
 ルチアほどの優れた魔法使いならば、なんとかするだろうと思いなおして陽平は小瓶をリュックにしまう。
「では、これがウィレンの持ってきたものです。
 ご確認を」
 男がバインダーとともに持ってきていた魔法道具をネクに渡す。
 ネクが手に持つそれは鍵の形をしている。地球のもので表すと。古いタイプの鍵。ただし先端に突起はなく、丸い金属の棒につまみ部分がくっついているだけにも見える。
 それにネクが魔力を通す。すると先端に三脚ような光の棘が出てきた。
「本物ですね。たしかに受け取りました」
 鍵を懐にしまい、家を出る。

 五人は屋敷に戻り、ウィレンは仕事へ、陽平たちは与えられた自室へ。ネクはすぐにラドスに会いに行こうとしたが、陽平に話があるからと止められ一緒に行動している。
 陽平の話とは、ウィレンが盗む際に行ったことだ。聞いたことをなにも隠さず話し、自分の役目は終わりあとは任せたと言い放った。
 話を聞き終えたネクはラドスの部屋に向かう。
「……というわけです」
 ネクも聞いた話をすべてラドスに話す。
「女に弱いと知っていたが、家宝ともいえるものをばらすほどとは。
 育て方間違えたか」
「それぞれの処罰はどうします?」
「うーむ……息子のほうは仕事に付き添わせ鍛えなおすとして、メイドはな。
 消すというのが簡単かもしれん。
 だが急に消えると怪しまれるだろうし、かといって時間をかける暇もなさそうなのでしょう?」
「ええ、ヨウヘイの話だと隙を見て逃げるだろうと」
「なんの手も打たずに逃げられるのはまずい、消すのも無理。弱点を探るのも時間の関係で無理。
 金を積んで黙らせる……つけあがらせるだけか?
 ネク様、特定の情報を喋らせないという魔法を使えませんか?」
「無理ですね、師匠なら使えるかもしれませんが」
「困りましたなぁ」
 あーでもないこーでもないと話し合う。
 長引いた話し合いの結果、口止め料を出すと同時に脅しをかけることになった。口止めは魔法道具の形状、地下の結界発動装置、クラーレの失態についてだ。
 脅す方法はネクが呪いをかけるふりをすることになった。特定の言葉を口にすると模様が浮き上がるだけの無害な魔法を呪いにみせかけるのだ。
 二人は知らないが、陽平たちに追い掛け回されたウィレンは魔法に少し過敏になっている。その魔法で十分な効果が見込めるだろう。
 事実、もともと今回のことを話すつもりがなかったウィレンは、魔法をかけられ絶対話さないと誓った。
 その真剣さから裏切らないだろうと判断したラドスは、期限までウィレンを雇い、あとは屋敷に二度と近づくなと言って口止め料を上乗せした給金を渡してこれを処分とした。

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