2009年05月
2009年05月26日
感謝の15
感想、ウェブ拍手ありがとうございます
》準備期間は穏やかでいいですね
嵐の前の静けさみたいなものをイメージしました
》なんという怒涛の伏線回収 余さず拾いましたね!
伏線はあともう二三あるかな? それもうっかり忘れることのないよう拾いたいです
》セルリウム可愛いなぁ でもエストがいなくなった途端に新しい子を可愛がっていると思われたら怖い
》1000年経っても小さな名残があるって浪漫回路がキュンキュンします
いい勘です、セルは火に油一号です
なんでもいいから少しでも陽平や関わった人たちのことを残したかった。時がすぎれば消えていくのは当たり前ですが、それだと寂しかった。次世代に繋がるなにかをユイたちには残してもらいました
姫狩りダンジョンマイスターをやってるので書くペースが以前か、それ以下に落ちました
とりあえずそろそろ一週目が終わる。バッドエンドっぽいですが
シミュレーションっていうんですかね、この手ゲーム。それほど得意ではなかったんですが、エロにつられてクリア目前wエロって偉大だね。面白く感じれたってこともあるんでしょうけど
2009年05月22日
感謝の14
感想、ウェブ拍手ありがとうございます
》ユイの件は悲しいなあ ついに一児の父かw
ユイは伝言が伝わったことで、少しは報われたと
エストで似たようなことはしてましたけど、結果が離れていったのでちょっと自信がなくなってます
》樹の世界へ読みました。よし、分岐ルートとしてもう一回事故るんだ、陽平。そしてまた過去に!バックトゥザフーチャーになっちゃうか?w
事故ると聞いて思い浮かんだのは「コンゴトモヨロシク」というフレーズ
過去には行こうと思えば行けるんですよね。大神殿にコネができたから銀狼の牙は手に入りやすいし、根晶もどうにかなる。竜涙花の加工液は必要分以上に持ってる
でも行かない、行けない。ユイが陽平に再会したと言っていないので、会いに行くと未来にどんな影響を残すかわからないから。それが原因で戻ってきたとき、得た人との繋がりがなくなるのが怖いから
》ユイの件は悲しいなあ ついに一児の父かw
ユイは伝言が伝わったことで、少しは報われたと
エストで似たようなことはしてましたけど、結果が離れていったのでちょっと自信がなくなってます
》樹の世界へ読みました。よし、分岐ルートとしてもう一回事故るんだ、陽平。そしてまた過去に!バックトゥザフーチャーになっちゃうか?w
事故ると聞いて思い浮かんだのは「コンゴトモヨロシク」というフレーズ
過去には行こうと思えば行けるんですよね。大神殿にコネができたから銀狼の牙は手に入りやすいし、根晶もどうにかなる。竜涙花の加工液は必要分以上に持ってる
でも行かない、行けない。ユイが陽平に再会したと言っていないので、会いに行くと未来にどんな影響を残すかわからないから。それが原因で戻ってきたとき、得た人との繋がりがなくなるのが怖いから
樹の世界へ33
セルリウムを抱っこしたまま陽平は歩いている。向かう先はいつもマルチーナたちが鍛錬している庭。広くはないが二三人で動くには十分な場所で、近衛兵や一般兵の邪魔にならないようにとここを選んだのだった。急に暇になりすることがないので、そこでミリィが頼んでいた手合わせをするつもりなのだ。
上機嫌に話しかけるセルリウムに相づちを打つ陽平は、セルリウムのことをセルと呼んでいる。ユイファシィのことをユイと呼んでいたように、親しみを込めて略称で呼んでほしいと頼まれたのだ。
上機嫌なセルをミリィとマルチーナは微笑ましく感じ、レイオは不機嫌そうだ。上機嫌なセルを見ることができたのは嬉しいのだが、その笑顔を陽平が引き出したことが気に入らない。セルにお父様と呼ばれる陽平に、お嬢さんを嫁にくださいと言って一蹴されたことも不機嫌なことに関係するのだろう。シェスは隙を見てこの場から離れてナンパに行こうとして、マルチーナに阻止されている。
庭に着き、ミリィとマルチーナとレイオは軽く体をほぐしだす。三人はすでに武具を身につけている。ここに来る前に部屋に取りにいっていたのだ。見学組は端で地面に座る。セルは陽平のあぐらの上に座っている。
「さてどうする先にやるかい? それともあとで?」
「先で」
楽しみで仕方ないという表情をしているミリィだ、待ちきれないのだろう。その感情がなんとなくわかるマルチーナは小さく苦笑を浮かべた。ミリィは腰の双剣を抜き、マルチーナも腰の剣を抜く。真剣を使っているのは治癒魔法を使える魔法使いが二人もいるからだ。多少の怪我はすぐに治療でき、互いに殺す気はないから安心して真剣を用いることができる。
レイオは邪魔にならない位置まで下がる。
「誰か合図出して」
「俺が」
マルチーナの言葉に応えたのはレイオだ。手をすっと上げ、下ろした。瞬間、場の空気が引き締まる。
ミリィは少しずつ前進し、マルチーナは動かず剣をだらりと下げたまま。ミリィが止まる。そこがマルチーナの剣の届く範囲だ。マルチーナは動かない。まずは実力を測るため受けに徹しようと考えているからだ。ほんの少し足を踏み入れても動かないマルチーナにミリィもその意図を察した。ならばと静かさが嘘だったかのように、動き出した。
ギャリンっと金属と金属がぶつかる音が小さな庭に響く。利き手でつばぜり合いに持ちこんだミリィは、左手の剣を突き出す。マルチーナは剣にかける力をまったく変えず、剣を軸として体をずらし避ける。いったん引いたミリィを追うことなく、じっと構えたままのマルチーナ。まだ攻めには転じないのだろう。
再び攻めるミリィ。縦横と双剣が閃く。マルチーナは避け、受け、弾く。連続した金属音が庭に響いていく。ミリィの双剣はかすることすらなく、マルチーナによって捌かれていく。命までは賭けていないが圧倒的な実力差はミリィにディーンとの対戦を思い出させた。剣を振るうことに集中していく。一撃振るうごとに剣の鋭さが増していく。殺しはしないという遠慮がなくなってきた証拠だ。この対戦が楽しくミリィの頭から模擬戦ということが消えている。もはやなんの遠慮もない全力だ。それでもミリィの剣はマルチーナに届かない。剣を振るうことで起きた風が、マルチーナの髪を揺らすことで精一杯だ。
ここでマルチーナが動く。受けはもう終わりにするのだろう。途端にミリィは防戦一方となる。双剣ゆえに手数はミリィのほうが多い。それでも防御をすり抜け、マルチーナの剣はミリィを浅く斬っていく。マルチーナは手加減を忘れていない。
ミリィの体のあちこあちから血が滲んでいる。その様からセルは目を逸らし、陽平の懐に顔をおしつける。そんなセルの頭を撫でつつも、陽平は戦いから目を放さない。魅入られているということもあるが、万が一の事態に素早く動けるようにするためだ。手にはいつの間にか治癒の式符が握られていた。
防戦一方のミリィだが反撃を諦めてはいない。マルチーナは反撃する暇を与えないが、それでも生じるかもしれない隙を見逃すまいと目は強い輝きを見せている。
だがそれも致命的な一撃を与えられ終わる。今までなんとか致命傷となる箇所への攻撃は避けていたが、フェイントにひっかかり首へと剣を突きつけられたのだ。
「参りました」
双剣をしまい手を放すことで降参の意思を示す。
「なかなかだね。技量的にはレイオよりも少し上か。楽しかったよ」
「私も楽しかったです。一撃もかすらせることができなかったのは残念でしたけど」
「木刀ならかすらせても良かったんだけどね。真剣だからさすがに避けるわ」
マルチーナも女ということか、肌にできるだけ傷はつけなくないのだろう。そのわりにミリィを傷だらけにしてはいるが。その傷も魔法で綺麗に消える。それを見極め剣を振るっていた。ミリィはそこらへんの加減はできない。だから避けていたのだ。
「見切りがよくできてるね。最後以外は致命傷となる攻撃はきちんと避けてたし。当てたとしてもかすり傷。そんじょそこらの奴なら真剣勝負でもかすらせるだけで精一杯だろうね」
「ありがとうございます」
見切りはディーンとの対戦で鍛えられたものだ。あれから成長し、見切るということもさらに磨き上げられていた。肉体性能に不釣合いなほどに。
「ミリィ、怪我治すからこっちにこい」
「はーい」
相手をしてもらったマルチーナに一礼し、ミリィは陽平のもとへとかけていく。傷だらけのミリィをセルは怯えながら見ている。
「すぐに治りますから、もう少しだけ我慢してくださいね」
ミリィは怖がらせたことを詫びる。
陽平の魔法によって体全体にできた傷はあっというまに消えていった。さっきまでは血が滲み少し凄惨な様相となっていたが、治療を終えると服だけが破れ少し色気のある姿になっていた。シェスは破れた服から覗く脇腹やふとももの白さに鼻を伸ばしている。その視線から逃げるようにミリィは陽平の影に隠れた。ちなみに陽平も服から覗く肌に目がいっていた。シェスと違って表情に出すような真似はしなかったが。むっつりなのか長寿ゆえの処世術みたいなものか。
突然聞こえてきた金属音に陽平が視線を向けると、すでにマルチーナとレイオの模擬戦が始まっていた。何度も手合わせしている相手だ、今度は様子見はない。
ミリィとの模擬戦との違いがある。それはマルチーナが一切レイオの攻撃を受けないことだ。受けたように見えても受け流し、まともに打ち合うことはない。といっても押されているわけではない。有利なのはマルチーナだ。レイオはミリィと同じように当てることはできず、かすり傷がたくさんできている。
この場にいる誰よりも速く力強いレイオと圧倒的に技量で勝るマルチーナ。いくら身体的に勝っても当てることができなければ意味がない。この模擬戦はそれを端的に示していた。だが一発当てれば逆転の目もあるので、マルチーナが油断することはない。レイオは異常とも思える身体能力を使い、高く飛び上がっての斬り下ろし、突如剣の軌道を変えた変則的な斬撃、瞬間的に連続した攻撃を繰り出していく。それらを見慣れているのか、対処範囲なのかマルチーナは落ち着いて捌いていく。
やがてマルチーナがわりと遠慮ない一撃、剣の腹でレイオの頭をぶったたき、模擬戦を終わらせた。地面に倒れ伏すレイオ。顔が引きつっているのは、陽平とミリィのみ。アホみたいな身体能力にも思うところはあるが、それよりも最後の一撃は大丈夫なのかと心配し、それを行ったマルチーナに若干引いている。
そんな心配はどこ吹く風とレイオは頭をさすりながらあっさり起き上がった。
「頑丈だなおい」
「この子は昔から体は丈夫だからね、あれぐらいじゃ少し痛いってくらいだよ」
「少しどころじゃなかったんだけど」
「ありゃ? ミリィとのやりあいで残った熱のせいかね?」
失敗失敗とにこやかに笑うマルチーナは、あれくらいならばどうにもならないと確信しているのだろう。
「レイオは相変わらずの力任せだな。姐さんに言われた技量上げはどうしてんだ?」
「まあ、力任せでどうにかなってきたから必要性を感じないのかもね。それでいつか後れをとらないといいけど」
力に頼りすぎなのが少し心配なのだろう。
「でもあれだけ動けたらあまり心配はいらないんじゃ?」
「だよなぁ。あの動きは反則に近い気がする」
動きだけならば魔法で強化したカータスを超えてそうだと陽平は思う。
「特殊な才能でもあるのか?」
「そんなものはない。ただうちの家系にはときどき俺みたいに突き抜けたのが出るんだと」
「なるほど」
そうなのかと陽平は頷いている。その言葉になんとなく気にかかるものがありながら。
「これでここでの用事は終ったわけだ。次はなにかするかい?」
剣をしまいマルチーナが皆に聞く。それに誰も答えない。特に用事があるわけでもないからだ。
そのとき陽平の服をくいくいっとセルが引っ張る。
「ん? どうした?」
「あのね。街に出てみたい」
「街? あ、そうかセルたちは自由に出られないんだっけか」
「うん。でもユイファシィ様やリスティ様は出てた」
リスティって誰だっけ? と内心首を捻り、ユイの一代前だと思い出す。風変わりだと聞いていたから街に出ることくらいはしていたのだろう。
「出たいと言ってそう簡単はいかないだろうけど、一応ササールアさんに聞いてみるか。
俺たちはこの方向でいくけど、皆はどうする?」
「俺はついていく」
「だろうなぁ」
レイオの言葉は誰もが予想できていた。
「護衛は多いほうがいいでしょ? 私も行くよ」
マルチーナもミリィと同意見のようだ。マルチーナが行くならばシェスも行くことになる。見張るために連れて行くからだ。
神官にササールアの居場所を聞いて、いると教えてもらった部屋に入る。部屋の中にはササールア以外に位の高い神官たちが集まっている。各部署のトップだ。
セルを抱いて現れた陽平を見て、近衛隊長や警備隊長といった武官は思わず剣に手がかかる。
「おやめなさい」
武官を落ち着かせるためササールアが口を開く。
「どうしてですか!? セルリウム様を抱き上げるなど無礼もいいところですよ!?」
「本人が望んだのだったら無礼ではないでしょう?
それにこの方は私たちの待ち人です。私たちを害する気はないでしょうし、多少の無礼には目を瞑りますよ。
ねえ、レイク・サニィ様?」
最後にさらりと爆弾を滑り込ませた。
武官だけでなく、事態を見守っていた文官までも呆けた表情となった。そんな彼らをササールアはころころと笑いながら見ている。
「な、なにを言ってるのですか? レイク・サニィと言えば、創作の人物では?」
「創作だったらいつまでも懸賞金をかけ続けはしないわよ? 私もセルリウムもあの方をレイク・サニィ様だと認めているし、大樹様も同じ。これだけ証言がそろっても信じられない?」
大樹までもが認めているということが決定的で、神官たちは信じざるを得ない。少しは不審に思うこともあるが、それは大樹や大樹の使者を疑うと同位。大神殿に所属する者として彼女たちを疑うなど基本的にできることではない。
「レイク様、なにか御用ですか?」
神官たちの前だからか、態度が今までと違う。陽平も場を荒立てないために、それにならう。
「セルリウムを伴っての外出許可をもらえるか聞きにきました」
これには一応しずまっていた神官たちが再び騒ぎ出す。皆、口を揃えて不許可だと言う。
不安そうな顔でぎゅっと陽平の服を握るセルに大丈夫だと笑いかけ、ササールアを見る。
「それはユイファシィ様にやったように幻を被せての外出ですか?」
「そのつもり。護衛にはマルチーナさんやレイオがつく。見えない位置に護衛もつくだろう? だから三時間くらいなら大丈夫じゃないか?」
「贅沢な護衛ですね。それならば危険は少ないでしょう。まして外見すら変わるのですからさらに危険は減りますね。ユイファシィ様の外出の際に何事も起こらなかったという前例もあります。
私は許可を出してもいいと思いますわ。皆さんはどうでしょう?」
「……前例があるのですか?」
「ええ、あります。十代前の大樹の使者ユイファシィ様がこの方法で何度も出かけてます。一度も大事に至ることはありませんでした」
「前例といっても聞くかぎりでは、ずいぶんと昔のこと。今とは状況が違っていると思われます。
……様子見として一回、短時間で一回のみ許可を出しましょう。次回出たいと言っても、今回なにかあれば許可は出しません。
これでよろしければ」
ここらが神官としては妥協点だろう。ほかの神官も異論はなさそうだ。
「というわけです。許可はでました。くれぐれも危険なことをなさらぬよう。セルリウムのことをよろしくお願いいたします」
「承りました」
頭を下げるササールアに陽平も頭を下げ返し、部屋を出る。
陽平たちがいなくなり、部屋の中の雰囲気が落ち着きを取り戻す。
「驚きましたな、あのレイク・サニィが実在するとは」
「まったく」
「しかし何歳なのでしょうか? 千年近く懸賞金をかけれたままでしょう?
ササールア様は知っていますか?」
「九十才と言ってましたよ」
全員が首を傾げた。盛大に時間の流れがあっていないからだ。記録に基づいて推測すると軽く千才は超えるはずだ。
「魔法実験の失敗で過去に行ったと聞きました」
「そんなことがありえるのでしょうか?」
「魔法使いではないこの身ではなんとも。実際にユイファシィ様と親交を持っていたのは事実です。記憶の宝珠でもそれは確認できますし」
「なぜ、今になって大神殿に姿を見せたのでしょう?」
「探し人がいるようです。そのてがかりを求めてここに来たと。
その探し人は寄生樹神殿にいると判明していますから、私たちと共に行動してくれるでしょう」
「それは心強いですな。記録に残ったとおりの実力を持っているとしたらですが」
ササールアはクスリと小さく笑う。
「その記録は誇張されたものですよ。本人が否定していました。すべてが嘘でもありませんが」
「まあ、そうですよね。記録どおりの実力だとたった一人で人間すべてを相手にできますし」
どこか和やかに会話が進む。神官たちは誰も陽平を利用しようと考えていない。それは扱いが難しすぎるからだ。この場にいるササールア以外の全員が、陽平を扱うには厳しいものがあると考えている。否定された伝聞に影響を受けているのだ。毒は扱いようによっては薬になるが、相応の腕がないと毒のままだ。全員が自分には薬へと変えるだけの腕がないと思い込んでいた。実際はそんなことないのだが。
オノムが陽平を利用しようと考えたのは、魔法使いと知らず、ただの賢いだけの人間だと思っていたからだ。少し知恵があるだけならば、自分の敵ではないと油断した結果、更迭の憂き目を見たのだ。
許可を貰った陽平たちは早速大神殿を出る。セルは陽平と同じ黒髪濃茶の目となっている。いまだ大樹の使者として民衆の前に出ていないので変装はこれだけでよかった。あとは服装を質を下げたものに変えただけだ。大樹の使者は緑の髪と目という一番目立つ判別法があるので、大神殿に勤める警備兵でさえ黒髪濃茶の目に変わっただけのセルに気づかない。
陽平は周囲を確認する。目立たない位置に護衛はいるはずだが、人々に紛れてどこにいるかわからない。
「適当に見て回るでいい?」
「うん」
今は抱っこではなく、手を繋いで歩いている。その二人を囲むようにミリィたちは歩いている。
いつもは馬車で移動し窓を開けて風景を見ることすら難しい街の中を、セルは珍しそうにきょろきょろと視線を動かし見ている。こうしてただ歩くことさえ楽しそうだ。
歩いているうちに大きな服屋を見つけた。アイデアを売った店かと陽平は思ったが店名を見ると違った。そろそろ寒くなってくる時期なので、防寒具の一つでも買おうかと思い入ることにした。
ミリィとマルチーナが好みの服を見ている間に、陽平は自分とセルのマフラー、セルの手袋を探していく。暇そうなレイオとシェスにも意見を聞いて、緑に染められた毛糸のマフラーと手袋を買う。二人ともセルといえば緑というイメージがあるようだ。陽平もセルに似合いそうな色はないかと探したが、しっくりくるのが緑色だったのでそれを買うことにした。セルがお揃いだと嬉しそうなので、買ってよかったと思っている。レイオもこっそりと同じ色を買い満足そうに見える。ミリィも同じ型のマフラーを買ったが、色はレモンイエローだ。
店を出て、買ったマフラーと手袋をつけて歩いていたセルはすぐに暑くなりそれを外す。陽平はマフラーと手袋を受け取り、自分のものと一緒に小脇に抱える。
一行は屋台で買い食いしたものを休憩も兼ねて公園で食べることにした。ふかして少しの塩とバターをのせたジャガイモを皆美味しそうに食べていく。こうしたのんびりとした時間が貴重なものだと知っているのだ。
食べ終わったセルが公園内をじっと見ている。正確には公園内で遊んでいる子供たちをだ。
「……まあ大丈夫かな。
セル、行ってみようか?」
意味がわからずセルは首を傾げる。そんなセルの手を握り、遊んでいる子供たちへと近づく。
「ちょっといいかな?」
子供たちはおいかけっこを止めて、陽平を見る。
「この子も混ぜてくれない?」
子供たちは陽平からセルへと視線を移す。
「遊ぶ?」
「え?」
どうすればいいのかわからずセルは陽平を見上げる。
「遊んどいで。なにしているかは教えてくれるだろうから。
疲れたら戻っておいで、あそこで待ってる」
安心させるように笑いかけ、手を放し背中を軽く押す。まだ不安そうなセルの手を子供の一人が掴む。
「行こっ!」
引きずられるように子供たちの輪へと入っていくセル。少しずつ不安はなくなり、少し経てば笑顔が浮かんでいた。
「ヨウヘイさんいいの?」
ミリィが確認するように聞いてくる。
「子供たちと遊ぶだけだから危険はないよ。転ぶくらいはするだろうけど、そんなの誰だって経験することだし」
「本当はあんな姿が当たり前なんだよなぁ」
「シェスもそう思う? 俺もそう思ったから子供たちの混ぜたわけだが」
混ぜたらどうにかなると確信していた。子供同士ならばよほどのことがないかぎり、一緒にいればいつのまにか友達になっているものだ。
「私は園内を見て回ってくるよ。注目も集まりだしたし」
マルチーナたちは寄核種の件で表に出て顔が知られている。だから有名なのだ。ちらほらとレイオたちに視線を向ける人がいるのが証拠だろう。
「シェスも息抜きしてきたら?」
「いいのか? ナンパとかしてくるよ?」
「警備ついでに、やりすぎないならね。いつも見張られてたんじゃストレス溜まるだろうし」
「よっしゃ! いってきまーす」
「派手に動くんじゃないよ! ったく、聞こえたのかねぇ?
レイオとヨウヘイはここで待ってるだろうし、ミリィ一緒に行かないかい」
「そうですね……行きます」
「マルチーナさんがいればなにがあっても大丈夫だろうけど、気をつけて」
「うん、行ってきます」
三人がいなくなり、残ったのは陽平とレイオだけだ。レイオは楽しげに声を上げて遊ぶセルを、食い入るように見ていた。
「レイオ」
「うん?」
視線はセルに向けたまま返事する。
「ベンチに座らないか? 立ちっぱなしってのもなんだろう?」
二人はすぐそばにあるベンチに座る。その間もレイオはセルから目を放さない。
「あれだな? セル以外に目を向けないんだな?」
「……セル以外に見るものがあると?」
「いや、小さい子が好きなんだと思ってたわけだが」
「……は? いやいやいや!」
陽平がなにを言ったのか理解するのに数秒ほど要した。
「人を変態だと思うのはやめろ!」
「でもな? 七歳児を嫁にほしいというのは、そうとられてもおかしくはないと」
「幼い子が好きなわけじゃない! げんに初恋は姉さんだった!」
「マルチーナさんか、それなら変態でもないかな……まてよ? それってマルチーナさんが何歳の頃のことだ?」
「九才か十才か、それくらいだ」
「やっぱりそれくらいの年齢が好きなんじゃ?」
「たまたまだ! セル以外の子供を見ても恋愛感情は起きんっ。
惚れた相手がたまたま幼かっただけだ!」
「そのセリフをここ数年の間に聞いたことがあるな?」
少し考え込み、すぐに思い出せた。もともと強い印象を残した出来事だ。記憶から消すのも難しい。
思い出してみると、いままでレイオに感じていた違和感にも説明がついた。顔立ちもどこかあの人竜に似ているし、家系に飛びぬけた強さの者が生まれるというのも聞いた話だ。強いということは受け継がれた竜の血が濃いということなのだろう。性格も似た者になるのかもしれない。故に似た発言も出るのか。
レイオはおそらく人竜の子孫なのだ。そのことに陽平は驚きを感じつつ、人竜が無事に結婚できたことを喜ぶ思いもあった。
「なんだその微笑ましげというか生暖かい目は?」
「好みは血に影響を受けてるのかねぇ?」
レイオには陽平がなにを言っているのかさっぱりだ。気にしないことにしたレイオは再びセルを見始めた。
そんなレイオを見て、人の常識があるだけ竜よりもましか? と陽平は考えていたりする。
ミリィたちとナンパに失敗したシェスが戻ってきて、そろそろ戻ろうということになった。遊び始めて一時間と少し、帰ろうと声をかけるのは若干気が咎めるが短い時間のみという約束もある。
夢中で駆け回っているセルに、陽平が時間だから帰ろうと声をかける。渋るかと思っていた陽平だが、素直に応じたセルに驚いている。セルも時間制限があることを覚えていたのだ。もともと我がままを言わないように育ってきたということもある。また遊ぼうと声をかけてくる子供たちに手を振って、セルは再び陽平と手を繋ぎ大神殿へと帰っていく。
寄生樹神殿への出発日まで、陽平たちは穏やかで騒がしい日々を過ごしていく。
セルがユイの記憶に料理していた場面があったことを思い出し突発的にクッキー作り教室が開かれたり、エストと同じように一緒に風呂に入り一緒に寝たいと言ってきたり、再び大神殿の外に出かけたりした。
クッキー作りで意外な腕を見せたのはシェスだ。師匠に自炊できるよう料理を仕込まれたことが役立った。エストと何度か作ったことのある陽平も無難にこなす。一番手間取っていたのは、剣一筋に生きてきたマルチーナだった。
ほかにもいろいろとあった。
大樹の使者へと献上された魔力を使わず動くカラクリ人形見て皆が驚く中、作った職人にほかにもこんなことができるのだとアドバイスを送る陽平がいた。あまりにセルと仲のいいところを見せ付ける陽平に嫉妬したレイオが、一対一の勝負を挑んできた。戦いだと勝てないので、クイズを出して解けらた勝ちといって撃退した。その延長で、セルと宝物探しゲームをした。セルだけでなく、ミリィたちも巻き込んでのゲームとなった。景品はセルに買った髪飾り。ミリィと一緒に選んだので変なものは買っていない。
そして陽平一人だけでユイの墓参りに行った。場所はササールアにこっそり聞いたのだ。大樹の使者の遺体は大樹へと還る。だから墓には遺体はないのだ。ここにあるのは遺品。陽平がユイへと贈ったネックレスと指輪が納められている。
一番皆が驚いた騒ぎがあった。
大神殿には何人もの医者がいる。その中に兵を専門にする医師がいる。その医師に陽平が殴られるなんてこともあったのだ。陽平が気に障ったことをしたわけではない。ならばなぜ殴ったかというと、先祖からの伝言だというのだ。その医師の先祖はセリだった。セリは急にいなくなった陽平のことを聞き回り、偶然ベルガから事情を得ることができた。信じられない話だったが、魔法使いならばありえるかもしれないと考えた。そして望みは薄いが、子孫に自身の書いた医学書と共に再会したときのため伝言を残したのだ。セリ的には軽く小突く程度で残した伝言は、時が経つごとに重く取られ、思いっきりぶん殴るという解釈となっていた。セリの子孫は、好意にしている位の高い神官をマッサージしているときにレイク・サニィが現れたということを知ることができた。今が伝言を実現するとき! と考えた子孫によって陽平が殴られるという騒ぎが起こったのだった。
事情を聞いて、それなら仕方ないねと受け入れた陽平がいて、殴った医師も含めてその場にいた全員を驚かせた。なにも言わずにいなくなったら、セリなら殴るくらいすると予想できていたのだ。
こうして騒いで楽しみ時間は流れ、出発の日がきた。
34−1へ
上機嫌に話しかけるセルリウムに相づちを打つ陽平は、セルリウムのことをセルと呼んでいる。ユイファシィのことをユイと呼んでいたように、親しみを込めて略称で呼んでほしいと頼まれたのだ。
上機嫌なセルをミリィとマルチーナは微笑ましく感じ、レイオは不機嫌そうだ。上機嫌なセルを見ることができたのは嬉しいのだが、その笑顔を陽平が引き出したことが気に入らない。セルにお父様と呼ばれる陽平に、お嬢さんを嫁にくださいと言って一蹴されたことも不機嫌なことに関係するのだろう。シェスは隙を見てこの場から離れてナンパに行こうとして、マルチーナに阻止されている。
庭に着き、ミリィとマルチーナとレイオは軽く体をほぐしだす。三人はすでに武具を身につけている。ここに来る前に部屋に取りにいっていたのだ。見学組は端で地面に座る。セルは陽平のあぐらの上に座っている。
「さてどうする先にやるかい? それともあとで?」
「先で」
楽しみで仕方ないという表情をしているミリィだ、待ちきれないのだろう。その感情がなんとなくわかるマルチーナは小さく苦笑を浮かべた。ミリィは腰の双剣を抜き、マルチーナも腰の剣を抜く。真剣を使っているのは治癒魔法を使える魔法使いが二人もいるからだ。多少の怪我はすぐに治療でき、互いに殺す気はないから安心して真剣を用いることができる。
レイオは邪魔にならない位置まで下がる。
「誰か合図出して」
「俺が」
マルチーナの言葉に応えたのはレイオだ。手をすっと上げ、下ろした。瞬間、場の空気が引き締まる。
ミリィは少しずつ前進し、マルチーナは動かず剣をだらりと下げたまま。ミリィが止まる。そこがマルチーナの剣の届く範囲だ。マルチーナは動かない。まずは実力を測るため受けに徹しようと考えているからだ。ほんの少し足を踏み入れても動かないマルチーナにミリィもその意図を察した。ならばと静かさが嘘だったかのように、動き出した。
ギャリンっと金属と金属がぶつかる音が小さな庭に響く。利き手でつばぜり合いに持ちこんだミリィは、左手の剣を突き出す。マルチーナは剣にかける力をまったく変えず、剣を軸として体をずらし避ける。いったん引いたミリィを追うことなく、じっと構えたままのマルチーナ。まだ攻めには転じないのだろう。
再び攻めるミリィ。縦横と双剣が閃く。マルチーナは避け、受け、弾く。連続した金属音が庭に響いていく。ミリィの双剣はかすることすらなく、マルチーナによって捌かれていく。命までは賭けていないが圧倒的な実力差はミリィにディーンとの対戦を思い出させた。剣を振るうことに集中していく。一撃振るうごとに剣の鋭さが増していく。殺しはしないという遠慮がなくなってきた証拠だ。この対戦が楽しくミリィの頭から模擬戦ということが消えている。もはやなんの遠慮もない全力だ。それでもミリィの剣はマルチーナに届かない。剣を振るうことで起きた風が、マルチーナの髪を揺らすことで精一杯だ。
ここでマルチーナが動く。受けはもう終わりにするのだろう。途端にミリィは防戦一方となる。双剣ゆえに手数はミリィのほうが多い。それでも防御をすり抜け、マルチーナの剣はミリィを浅く斬っていく。マルチーナは手加減を忘れていない。
ミリィの体のあちこあちから血が滲んでいる。その様からセルは目を逸らし、陽平の懐に顔をおしつける。そんなセルの頭を撫でつつも、陽平は戦いから目を放さない。魅入られているということもあるが、万が一の事態に素早く動けるようにするためだ。手にはいつの間にか治癒の式符が握られていた。
防戦一方のミリィだが反撃を諦めてはいない。マルチーナは反撃する暇を与えないが、それでも生じるかもしれない隙を見逃すまいと目は強い輝きを見せている。
だがそれも致命的な一撃を与えられ終わる。今までなんとか致命傷となる箇所への攻撃は避けていたが、フェイントにひっかかり首へと剣を突きつけられたのだ。
「参りました」
双剣をしまい手を放すことで降参の意思を示す。
「なかなかだね。技量的にはレイオよりも少し上か。楽しかったよ」
「私も楽しかったです。一撃もかすらせることができなかったのは残念でしたけど」
「木刀ならかすらせても良かったんだけどね。真剣だからさすがに避けるわ」
マルチーナも女ということか、肌にできるだけ傷はつけなくないのだろう。そのわりにミリィを傷だらけにしてはいるが。その傷も魔法で綺麗に消える。それを見極め剣を振るっていた。ミリィはそこらへんの加減はできない。だから避けていたのだ。
「見切りがよくできてるね。最後以外は致命傷となる攻撃はきちんと避けてたし。当てたとしてもかすり傷。そんじょそこらの奴なら真剣勝負でもかすらせるだけで精一杯だろうね」
「ありがとうございます」
見切りはディーンとの対戦で鍛えられたものだ。あれから成長し、見切るということもさらに磨き上げられていた。肉体性能に不釣合いなほどに。
「ミリィ、怪我治すからこっちにこい」
「はーい」
相手をしてもらったマルチーナに一礼し、ミリィは陽平のもとへとかけていく。傷だらけのミリィをセルは怯えながら見ている。
「すぐに治りますから、もう少しだけ我慢してくださいね」
ミリィは怖がらせたことを詫びる。
陽平の魔法によって体全体にできた傷はあっというまに消えていった。さっきまでは血が滲み少し凄惨な様相となっていたが、治療を終えると服だけが破れ少し色気のある姿になっていた。シェスは破れた服から覗く脇腹やふとももの白さに鼻を伸ばしている。その視線から逃げるようにミリィは陽平の影に隠れた。ちなみに陽平も服から覗く肌に目がいっていた。シェスと違って表情に出すような真似はしなかったが。むっつりなのか長寿ゆえの処世術みたいなものか。
突然聞こえてきた金属音に陽平が視線を向けると、すでにマルチーナとレイオの模擬戦が始まっていた。何度も手合わせしている相手だ、今度は様子見はない。
ミリィとの模擬戦との違いがある。それはマルチーナが一切レイオの攻撃を受けないことだ。受けたように見えても受け流し、まともに打ち合うことはない。といっても押されているわけではない。有利なのはマルチーナだ。レイオはミリィと同じように当てることはできず、かすり傷がたくさんできている。
この場にいる誰よりも速く力強いレイオと圧倒的に技量で勝るマルチーナ。いくら身体的に勝っても当てることができなければ意味がない。この模擬戦はそれを端的に示していた。だが一発当てれば逆転の目もあるので、マルチーナが油断することはない。レイオは異常とも思える身体能力を使い、高く飛び上がっての斬り下ろし、突如剣の軌道を変えた変則的な斬撃、瞬間的に連続した攻撃を繰り出していく。それらを見慣れているのか、対処範囲なのかマルチーナは落ち着いて捌いていく。
やがてマルチーナがわりと遠慮ない一撃、剣の腹でレイオの頭をぶったたき、模擬戦を終わらせた。地面に倒れ伏すレイオ。顔が引きつっているのは、陽平とミリィのみ。アホみたいな身体能力にも思うところはあるが、それよりも最後の一撃は大丈夫なのかと心配し、それを行ったマルチーナに若干引いている。
そんな心配はどこ吹く風とレイオは頭をさすりながらあっさり起き上がった。
「頑丈だなおい」
「この子は昔から体は丈夫だからね、あれぐらいじゃ少し痛いってくらいだよ」
「少しどころじゃなかったんだけど」
「ありゃ? ミリィとのやりあいで残った熱のせいかね?」
失敗失敗とにこやかに笑うマルチーナは、あれくらいならばどうにもならないと確信しているのだろう。
「レイオは相変わらずの力任せだな。姐さんに言われた技量上げはどうしてんだ?」
「まあ、力任せでどうにかなってきたから必要性を感じないのかもね。それでいつか後れをとらないといいけど」
力に頼りすぎなのが少し心配なのだろう。
「でもあれだけ動けたらあまり心配はいらないんじゃ?」
「だよなぁ。あの動きは反則に近い気がする」
動きだけならば魔法で強化したカータスを超えてそうだと陽平は思う。
「特殊な才能でもあるのか?」
「そんなものはない。ただうちの家系にはときどき俺みたいに突き抜けたのが出るんだと」
「なるほど」
そうなのかと陽平は頷いている。その言葉になんとなく気にかかるものがありながら。
「これでここでの用事は終ったわけだ。次はなにかするかい?」
剣をしまいマルチーナが皆に聞く。それに誰も答えない。特に用事があるわけでもないからだ。
そのとき陽平の服をくいくいっとセルが引っ張る。
「ん? どうした?」
「あのね。街に出てみたい」
「街? あ、そうかセルたちは自由に出られないんだっけか」
「うん。でもユイファシィ様やリスティ様は出てた」
リスティって誰だっけ? と内心首を捻り、ユイの一代前だと思い出す。風変わりだと聞いていたから街に出ることくらいはしていたのだろう。
「出たいと言ってそう簡単はいかないだろうけど、一応ササールアさんに聞いてみるか。
俺たちはこの方向でいくけど、皆はどうする?」
「俺はついていく」
「だろうなぁ」
レイオの言葉は誰もが予想できていた。
「護衛は多いほうがいいでしょ? 私も行くよ」
マルチーナもミリィと同意見のようだ。マルチーナが行くならばシェスも行くことになる。見張るために連れて行くからだ。
神官にササールアの居場所を聞いて、いると教えてもらった部屋に入る。部屋の中にはササールア以外に位の高い神官たちが集まっている。各部署のトップだ。
セルを抱いて現れた陽平を見て、近衛隊長や警備隊長といった武官は思わず剣に手がかかる。
「おやめなさい」
武官を落ち着かせるためササールアが口を開く。
「どうしてですか!? セルリウム様を抱き上げるなど無礼もいいところですよ!?」
「本人が望んだのだったら無礼ではないでしょう?
それにこの方は私たちの待ち人です。私たちを害する気はないでしょうし、多少の無礼には目を瞑りますよ。
ねえ、レイク・サニィ様?」
最後にさらりと爆弾を滑り込ませた。
武官だけでなく、事態を見守っていた文官までも呆けた表情となった。そんな彼らをササールアはころころと笑いながら見ている。
「な、なにを言ってるのですか? レイク・サニィと言えば、創作の人物では?」
「創作だったらいつまでも懸賞金をかけ続けはしないわよ? 私もセルリウムもあの方をレイク・サニィ様だと認めているし、大樹様も同じ。これだけ証言がそろっても信じられない?」
大樹までもが認めているということが決定的で、神官たちは信じざるを得ない。少しは不審に思うこともあるが、それは大樹や大樹の使者を疑うと同位。大神殿に所属する者として彼女たちを疑うなど基本的にできることではない。
「レイク様、なにか御用ですか?」
神官たちの前だからか、態度が今までと違う。陽平も場を荒立てないために、それにならう。
「セルリウムを伴っての外出許可をもらえるか聞きにきました」
これには一応しずまっていた神官たちが再び騒ぎ出す。皆、口を揃えて不許可だと言う。
不安そうな顔でぎゅっと陽平の服を握るセルに大丈夫だと笑いかけ、ササールアを見る。
「それはユイファシィ様にやったように幻を被せての外出ですか?」
「そのつもり。護衛にはマルチーナさんやレイオがつく。見えない位置に護衛もつくだろう? だから三時間くらいなら大丈夫じゃないか?」
「贅沢な護衛ですね。それならば危険は少ないでしょう。まして外見すら変わるのですからさらに危険は減りますね。ユイファシィ様の外出の際に何事も起こらなかったという前例もあります。
私は許可を出してもいいと思いますわ。皆さんはどうでしょう?」
「……前例があるのですか?」
「ええ、あります。十代前の大樹の使者ユイファシィ様がこの方法で何度も出かけてます。一度も大事に至ることはありませんでした」
「前例といっても聞くかぎりでは、ずいぶんと昔のこと。今とは状況が違っていると思われます。
……様子見として一回、短時間で一回のみ許可を出しましょう。次回出たいと言っても、今回なにかあれば許可は出しません。
これでよろしければ」
ここらが神官としては妥協点だろう。ほかの神官も異論はなさそうだ。
「というわけです。許可はでました。くれぐれも危険なことをなさらぬよう。セルリウムのことをよろしくお願いいたします」
「承りました」
頭を下げるササールアに陽平も頭を下げ返し、部屋を出る。
陽平たちがいなくなり、部屋の中の雰囲気が落ち着きを取り戻す。
「驚きましたな、あのレイク・サニィが実在するとは」
「まったく」
「しかし何歳なのでしょうか? 千年近く懸賞金をかけれたままでしょう?
ササールア様は知っていますか?」
「九十才と言ってましたよ」
全員が首を傾げた。盛大に時間の流れがあっていないからだ。記録に基づいて推測すると軽く千才は超えるはずだ。
「魔法実験の失敗で過去に行ったと聞きました」
「そんなことがありえるのでしょうか?」
「魔法使いではないこの身ではなんとも。実際にユイファシィ様と親交を持っていたのは事実です。記憶の宝珠でもそれは確認できますし」
「なぜ、今になって大神殿に姿を見せたのでしょう?」
「探し人がいるようです。そのてがかりを求めてここに来たと。
その探し人は寄生樹神殿にいると判明していますから、私たちと共に行動してくれるでしょう」
「それは心強いですな。記録に残ったとおりの実力を持っているとしたらですが」
ササールアはクスリと小さく笑う。
「その記録は誇張されたものですよ。本人が否定していました。すべてが嘘でもありませんが」
「まあ、そうですよね。記録どおりの実力だとたった一人で人間すべてを相手にできますし」
どこか和やかに会話が進む。神官たちは誰も陽平を利用しようと考えていない。それは扱いが難しすぎるからだ。この場にいるササールア以外の全員が、陽平を扱うには厳しいものがあると考えている。否定された伝聞に影響を受けているのだ。毒は扱いようによっては薬になるが、相応の腕がないと毒のままだ。全員が自分には薬へと変えるだけの腕がないと思い込んでいた。実際はそんなことないのだが。
オノムが陽平を利用しようと考えたのは、魔法使いと知らず、ただの賢いだけの人間だと思っていたからだ。少し知恵があるだけならば、自分の敵ではないと油断した結果、更迭の憂き目を見たのだ。
許可を貰った陽平たちは早速大神殿を出る。セルは陽平と同じ黒髪濃茶の目となっている。いまだ大樹の使者として民衆の前に出ていないので変装はこれだけでよかった。あとは服装を質を下げたものに変えただけだ。大樹の使者は緑の髪と目という一番目立つ判別法があるので、大神殿に勤める警備兵でさえ黒髪濃茶の目に変わっただけのセルに気づかない。
陽平は周囲を確認する。目立たない位置に護衛はいるはずだが、人々に紛れてどこにいるかわからない。
「適当に見て回るでいい?」
「うん」
今は抱っこではなく、手を繋いで歩いている。その二人を囲むようにミリィたちは歩いている。
いつもは馬車で移動し窓を開けて風景を見ることすら難しい街の中を、セルは珍しそうにきょろきょろと視線を動かし見ている。こうしてただ歩くことさえ楽しそうだ。
歩いているうちに大きな服屋を見つけた。アイデアを売った店かと陽平は思ったが店名を見ると違った。そろそろ寒くなってくる時期なので、防寒具の一つでも買おうかと思い入ることにした。
ミリィとマルチーナが好みの服を見ている間に、陽平は自分とセルのマフラー、セルの手袋を探していく。暇そうなレイオとシェスにも意見を聞いて、緑に染められた毛糸のマフラーと手袋を買う。二人ともセルといえば緑というイメージがあるようだ。陽平もセルに似合いそうな色はないかと探したが、しっくりくるのが緑色だったのでそれを買うことにした。セルがお揃いだと嬉しそうなので、買ってよかったと思っている。レイオもこっそりと同じ色を買い満足そうに見える。ミリィも同じ型のマフラーを買ったが、色はレモンイエローだ。
店を出て、買ったマフラーと手袋をつけて歩いていたセルはすぐに暑くなりそれを外す。陽平はマフラーと手袋を受け取り、自分のものと一緒に小脇に抱える。
一行は屋台で買い食いしたものを休憩も兼ねて公園で食べることにした。ふかして少しの塩とバターをのせたジャガイモを皆美味しそうに食べていく。こうしたのんびりとした時間が貴重なものだと知っているのだ。
食べ終わったセルが公園内をじっと見ている。正確には公園内で遊んでいる子供たちをだ。
「……まあ大丈夫かな。
セル、行ってみようか?」
意味がわからずセルは首を傾げる。そんなセルの手を握り、遊んでいる子供たちへと近づく。
「ちょっといいかな?」
子供たちはおいかけっこを止めて、陽平を見る。
「この子も混ぜてくれない?」
子供たちは陽平からセルへと視線を移す。
「遊ぶ?」
「え?」
どうすればいいのかわからずセルは陽平を見上げる。
「遊んどいで。なにしているかは教えてくれるだろうから。
疲れたら戻っておいで、あそこで待ってる」
安心させるように笑いかけ、手を放し背中を軽く押す。まだ不安そうなセルの手を子供の一人が掴む。
「行こっ!」
引きずられるように子供たちの輪へと入っていくセル。少しずつ不安はなくなり、少し経てば笑顔が浮かんでいた。
「ヨウヘイさんいいの?」
ミリィが確認するように聞いてくる。
「子供たちと遊ぶだけだから危険はないよ。転ぶくらいはするだろうけど、そんなの誰だって経験することだし」
「本当はあんな姿が当たり前なんだよなぁ」
「シェスもそう思う? 俺もそう思ったから子供たちの混ぜたわけだが」
混ぜたらどうにかなると確信していた。子供同士ならばよほどのことがないかぎり、一緒にいればいつのまにか友達になっているものだ。
「私は園内を見て回ってくるよ。注目も集まりだしたし」
マルチーナたちは寄核種の件で表に出て顔が知られている。だから有名なのだ。ちらほらとレイオたちに視線を向ける人がいるのが証拠だろう。
「シェスも息抜きしてきたら?」
「いいのか? ナンパとかしてくるよ?」
「警備ついでに、やりすぎないならね。いつも見張られてたんじゃストレス溜まるだろうし」
「よっしゃ! いってきまーす」
「派手に動くんじゃないよ! ったく、聞こえたのかねぇ?
レイオとヨウヘイはここで待ってるだろうし、ミリィ一緒に行かないかい」
「そうですね……行きます」
「マルチーナさんがいればなにがあっても大丈夫だろうけど、気をつけて」
「うん、行ってきます」
三人がいなくなり、残ったのは陽平とレイオだけだ。レイオは楽しげに声を上げて遊ぶセルを、食い入るように見ていた。
「レイオ」
「うん?」
視線はセルに向けたまま返事する。
「ベンチに座らないか? 立ちっぱなしってのもなんだろう?」
二人はすぐそばにあるベンチに座る。その間もレイオはセルから目を放さない。
「あれだな? セル以外に目を向けないんだな?」
「……セル以外に見るものがあると?」
「いや、小さい子が好きなんだと思ってたわけだが」
「……は? いやいやいや!」
陽平がなにを言ったのか理解するのに数秒ほど要した。
「人を変態だと思うのはやめろ!」
「でもな? 七歳児を嫁にほしいというのは、そうとられてもおかしくはないと」
「幼い子が好きなわけじゃない! げんに初恋は姉さんだった!」
「マルチーナさんか、それなら変態でもないかな……まてよ? それってマルチーナさんが何歳の頃のことだ?」
「九才か十才か、それくらいだ」
「やっぱりそれくらいの年齢が好きなんじゃ?」
「たまたまだ! セル以外の子供を見ても恋愛感情は起きんっ。
惚れた相手がたまたま幼かっただけだ!」
「そのセリフをここ数年の間に聞いたことがあるな?」
少し考え込み、すぐに思い出せた。もともと強い印象を残した出来事だ。記憶から消すのも難しい。
思い出してみると、いままでレイオに感じていた違和感にも説明がついた。顔立ちもどこかあの人竜に似ているし、家系に飛びぬけた強さの者が生まれるというのも聞いた話だ。強いということは受け継がれた竜の血が濃いということなのだろう。性格も似た者になるのかもしれない。故に似た発言も出るのか。
レイオはおそらく人竜の子孫なのだ。そのことに陽平は驚きを感じつつ、人竜が無事に結婚できたことを喜ぶ思いもあった。
「なんだその微笑ましげというか生暖かい目は?」
「好みは血に影響を受けてるのかねぇ?」
レイオには陽平がなにを言っているのかさっぱりだ。気にしないことにしたレイオは再びセルを見始めた。
そんなレイオを見て、人の常識があるだけ竜よりもましか? と陽平は考えていたりする。
ミリィたちとナンパに失敗したシェスが戻ってきて、そろそろ戻ろうということになった。遊び始めて一時間と少し、帰ろうと声をかけるのは若干気が咎めるが短い時間のみという約束もある。
夢中で駆け回っているセルに、陽平が時間だから帰ろうと声をかける。渋るかと思っていた陽平だが、素直に応じたセルに驚いている。セルも時間制限があることを覚えていたのだ。もともと我がままを言わないように育ってきたということもある。また遊ぼうと声をかけてくる子供たちに手を振って、セルは再び陽平と手を繋ぎ大神殿へと帰っていく。
寄生樹神殿への出発日まで、陽平たちは穏やかで騒がしい日々を過ごしていく。
セルがユイの記憶に料理していた場面があったことを思い出し突発的にクッキー作り教室が開かれたり、エストと同じように一緒に風呂に入り一緒に寝たいと言ってきたり、再び大神殿の外に出かけたりした。
クッキー作りで意外な腕を見せたのはシェスだ。師匠に自炊できるよう料理を仕込まれたことが役立った。エストと何度か作ったことのある陽平も無難にこなす。一番手間取っていたのは、剣一筋に生きてきたマルチーナだった。
ほかにもいろいろとあった。
大樹の使者へと献上された魔力を使わず動くカラクリ人形見て皆が驚く中、作った職人にほかにもこんなことができるのだとアドバイスを送る陽平がいた。あまりにセルと仲のいいところを見せ付ける陽平に嫉妬したレイオが、一対一の勝負を挑んできた。戦いだと勝てないので、クイズを出して解けらた勝ちといって撃退した。その延長で、セルと宝物探しゲームをした。セルだけでなく、ミリィたちも巻き込んでのゲームとなった。景品はセルに買った髪飾り。ミリィと一緒に選んだので変なものは買っていない。
そして陽平一人だけでユイの墓参りに行った。場所はササールアにこっそり聞いたのだ。大樹の使者の遺体は大樹へと還る。だから墓には遺体はないのだ。ここにあるのは遺品。陽平がユイへと贈ったネックレスと指輪が納められている。
一番皆が驚いた騒ぎがあった。
大神殿には何人もの医者がいる。その中に兵を専門にする医師がいる。その医師に陽平が殴られるなんてこともあったのだ。陽平が気に障ったことをしたわけではない。ならばなぜ殴ったかというと、先祖からの伝言だというのだ。その医師の先祖はセリだった。セリは急にいなくなった陽平のことを聞き回り、偶然ベルガから事情を得ることができた。信じられない話だったが、魔法使いならばありえるかもしれないと考えた。そして望みは薄いが、子孫に自身の書いた医学書と共に再会したときのため伝言を残したのだ。セリ的には軽く小突く程度で残した伝言は、時が経つごとに重く取られ、思いっきりぶん殴るという解釈となっていた。セリの子孫は、好意にしている位の高い神官をマッサージしているときにレイク・サニィが現れたということを知ることができた。今が伝言を実現するとき! と考えた子孫によって陽平が殴られるという騒ぎが起こったのだった。
事情を聞いて、それなら仕方ないねと受け入れた陽平がいて、殴った医師も含めてその場にいた全員を驚かせた。なにも言わずにいなくなったら、セリなら殴るくらいすると予想できていたのだ。
こうして騒いで楽しみ時間は流れ、出発の日がきた。
34−1へ
2009年05月17日
樹の世界へ32
大樹との会話から一晩が経った。陽平とミリィは客人としてもてなされ大神殿に泊まっていた。止まったのは以前一度だけ使った部屋、軟禁されたあの部屋だ。今回は監視などはおらず、鍵も内側からかけられうようになっている。壊した壁も時代の流れで、改修したのか形跡もない。
急な客ということで掃除してあって使える部屋がここしかなく、陽平とミリィは同じ部屋だった。陽平が熟睡する一方でミリィが緊張してなかなか寝付けないということも起きたりしていた。
神官に起こされ、身支度を整えた二人は朝食のため食堂に連れて行かれる。場所を知っているから案内はいいと言った陽平だが、連れて行かれた場所は行ったことない部屋だった。一般食堂ではないのかと聞く陽平に神官はこちらにお連れするように命じられたと答えた。案内役の神官は部屋前までくると役目はこれで終わりと一礼して去っていった。
「おはようございます」
扉を開けた二人にササールアが挨拶してくる。
部屋の中は昨日のメンバーが揃っていた。彼らにおはようと言い陽平は空いている席に座る。そこは眠そうに目を擦るセルリウムの隣。ミリィも緊張しつつ陽平の隣に座る。
「まだ眠い?」
微笑ましいセルリウムに懐かしいものを感じ、小さく笑いながら聞いた。今のセルリウムが、エストやミリィが小さかった頃のことを思い出せたのだろう。
ぶんぶんと首を横にふって乱れたセルリウムの髪を陽平は整えていく。セルリウムは顔を赤くしたままされるがままだ。そんな二人をレイオは、二つの感情を器用に一度で表し見ている。陽平には羨ましい妬ましいという感情を、セルリウムには恋慕の情を。マルチーナとシェスが呆れの表情で、そんなレイオを見ていた。
豪勢というわけではないが、貧相というわけでもない朝食が運ばれてくる。使われている食材がいいのだろう。メニュー自体はそこらの宿の朝食と変わらないが、味はこちらのほうが格段に上だ。
満足のいく食事を終え、飲み物を除き食器や籠が運ばれていく。このままここで話し合いをするのだ。
昨日は、セルリウムの言葉のあとレイオが駄目だ危険だと騒ぎ説得に時間が費やされた。結局はマルチーナが気絶させその場は解散となった。一晩寝て落ち着いたのか、気絶させられ記憶がとんだのか、レイオは静かなままだ。
「昨日の続きと行きましょうか。
セルリウム、どうして寄生樹神殿に行くということになったの? なにを話したのか教えてくれる?」
ササールアの言葉に頷きセルリウムは口を開く。
「ひさしぶりに寄生樹の巫女があらわれて、寄生樹はこのきかいにもっとエネルギーをあつめようとかんがえています。
そのエネルギーは大樹さまの命。大樹さまの命はこの世界をささえているもので、なくなると世界がこわれちゃう。
世界中によびかかけているひまはないみたい。巫女はいまはまだ儀式をおこなえないけど、時間はたっぷりあるわけじゃない。のんびり準備していることはできないって」
「世界が滅びると仰られたのはその儀式のせいなのね」
ササールアの確認にセルリウムは頷く。
「一緒に行くというのは緑の珠をもらったことに関係ある?」
「あれはお手紙だっていってた。儀式をとめるようにはなしかけてもきいてくれないから、これを巫女にわたしてちょうだいって」
「それならセルリウムが行く必要はないじゃないか。俺たちが持っていけばいい」
レイオの言葉にセルリウムは首を振る。
「わたしかササールアさましかもてない」
「記憶の宝珠と同じで大樹の使者以外が持つと汚れるのか?」
陽平の言葉には頷く。
「記憶の宝珠ってなに?」
ミリィが聞く。大樹の使者以外も同じく聞きたそうに陽平を見る。
「代々の大樹の使者の記憶が込められている宝珠のことだ。大樹の使者しか使えず、ほかの者が触ると汚れて浄化に時間かかるらしい。ユイからそう聞いた」
「そんな大事そうなことまで聞いてるなんて、本当に当時の大樹の使者様と親密だったんだな」
マルチーナが言う。
「祖父と孫って感じで接してたよ」
「祖父? その見た目で?」
「これでもそろそろ九十だよ」
「あら? 私と同年代なのね。若々しくて羨ましいわぁ」
「魔法使いだから外見の変化は起きにくいしねって話がずれてきてるよ。
どこまで話が進んでたっけ?」
「緑の珠を寄生樹の巫女に渡すってとこだろ」
シェスが言った。
「これでセルリウムが行く理由がわかったわね。
でもその珠があるなら、ヨウヘイさんを寄生樹神殿に連れて行く意味はあるのかしら」
「巫女のお姉ちゃんはレイクさまのだいじな人だっていってた。だから寄生樹のせっとくは大樹さまがして、巫女のせっとくはレイクさまのやくめだって」
「寄生樹の巫女ってエストさんのことなのか?」
エストのことを知っているシェスが、昨日の失言とこの場にいないことから推測する。
「だろうな。大樹の使者にエストの行方を大樹に聞いてもらおうと思ってユイファシィにきたんだ。どうやって大樹の使者に会おうか悩んでいたら、昨日迎えがきた」
「無茶言ってるって自覚あんのか?」
シェスが呆れるのも仕方ないことだ。
「無茶だとはわかってる。でも情報屋でもエストの行方は追えなかったんだ。俺が思いつく最善の方法はここに来ることだったんだ」
ミリィも同意見だと頷いている。
「利害一致したってことか。大樹様は世界崩壊を止めたい、ミリィさんたちはエストさんに会いたい。だから食い止める可能性を上げるためミリィさんたちはここにいる」
「いや私じゃなくてヨウヘイさんが大樹様に呼ばれたんだと思う」
シェス的にはミリィ優先なのだから、こっちであっているらしい。
「とにかくセルリウムが行くことは決定事項なんだな?」
静かだったレイオが口を開いた。
「だったら俺も行く。セルリウムが危険な場所に行くのを見届けるだけなんてのは無理だ」
目的を果たした今となっては、どこまでもセルリウム一番の男だから当然の選択なのだろう。
「私も行くよ。世界崩壊の危機とか言われちゃほっとけやしないからね。寄生樹の巫女到達するまでに邪魔が入るだろうし、露払いは必要だ」
マルチーナは真剣に世界のことを考えていた。
「俺はどうしようか……レイオや姐さんとは腐れ縁だし行くかね。それに世界救ったとなれば女の子にもてもてだ!」
この男は先の戦争で活躍して今の状態と忘れているのだろうか。たしかに活躍して注目は集めたのだが、その軽さゆえかもてもてとは言えなかった。一人に集中すればいいのに、次々と声をかけているのだから自業自得ともいえる。落ち着けば自分を見てくれている人がいるのに気づけるのだが。
「セルリウムが行くのなら近衛隊も行くでしょうし、いくらかは大神殿の兵も動かせます。準備する暇がないのならこれで行くしかないのしょうね」
「寄生樹関連なのに大神殿は動けるのですか? 以前は兵を動かすことはならずって言ってましたよね?」
寄核種事件時、レイオは大神殿に兵の助勢を頼み断られていた。そのときに大樹の意思で寄生樹関連には関わることができないと聞いていたのだ。
「世界が滅びるかもしれないのに、大樹様とて私たちに関わるなとはさすがに仰られないでしょう」
ササールアの言葉にセルリウムも頷く。
「できるだけ傷つけずにすませてほしいっていってた」
「難しいけどできるだけやってみます」
「姐さん気をつけとかないと、あっというまに屍の山を築きそうだしな」
「否定できないけど、わざわざ言わなくともわかってる」
マルチーナはスパンっとシェスの頭を叩く。
「それにしても寄生樹はなんのために大樹様の命を集めるのか」
「砕けた体を復活させるため」
マルチーナの疑問にセルリウムが間を置かず応える。
「寄生樹が復活するっていうの!? 大変じゃない! ますます好き勝手させるわけにはいかないわ!」
同意するように頷くのは大樹の使者と陽平以外だ。一般人にとって寄生樹は悪だ。だからこの反応はおかしいものではない。
大樹の使者二人は複雑そうな表情でいて、陽平は復活自体には危機感を抱かない。
ササールアとセルリウムは知っている。寄生樹がなにを思って復活するのか。それは世界を壊したいわけではなく、支配したいわけでもない。何処にいるとも知れない父に会いに行きたいだけなのだ。そのことだけを考えているため、大樹の話を聞かず、大樹のエネルギーを我が物としようとする。大樹は世界に住む生物のため命をなくすわけにはいかない。けれども少しずつならば分け与えることは可能なのだ。寄生樹がおとなしく千年ほど眠りについていれば必要なエネルギーを用意できる。大樹や寄生樹にとっては千年という時間は長いものではない。ただ少し眠っていればいいのだ。このことを伝えたくとも寄生樹は話を聞かない。だから緑の宝珠にメッセージを込めセルリウムに託した。
ササールアとセルリウムは寄生樹の気持ちが少しだけわかる。二人とも両親の顔を知らない。生きてはいると知っているので、会いたいと思ったことがあるのだ。だから寄生樹を悪役とだけ捉えることをしない。
「その意気込みはまだまだ取っておいてちょうだい。準備に少し時間かかるから。それまでは英気を養っておいてね」
「どれくらいで準備は終わる?」
陽平が問う。
「そうね……二十日。遅くとも二十日後には出発できるはず」
一日や二日では無理だろう。神官たちに話を通し、必要な物資がなにか調べていき、物資を集め、そして目的地までの情報を探る。これだけのことをしなければならない。
「二十日後までは私と神官たちの仕事よ。そこから先はあなたたちの仕事。
思い思いにすごしなさい。なにかしたいことや困ったことがあれば、神官に言うといいわ。私からある程度は好きなようにできるように言っておくから」
ある程度とはいうが、ササールアからの言付けがあるならばかなり好き勝手やれるだろう。無茶やる可能性が高いのがシェスだが、マルチーナが馬鹿な真似しないように見張ろうと決意しているので問題ない。というかすでに首根っこ掴んでいたりする。
「話さなければいけないことはこれでおしまい。言い忘れたことがあったら、連絡も兼ねて朝食時に言うことにします。
申し訳ないのだけど、セルリウムとヨウヘイさん以外部屋を出てもらえないかしら」
「なぜだと聞いても?」
レイオが理由を聞く。
「ヨウヘイさんにだけ伝えたいことがあるの。それはユイファシィ様の伝言なのよ。もしかするとユイファシィ様はヨウヘイさん以外に聞かれたくないと思ったかもしれません。だから遠慮してもらいたいの」
そういった理由があるなら皆納得する。すでに亡き者とはいえ、大樹の使者関連では口出ししにくいのだ。
部屋の前で待つのはいいかと聞くレイオに、ササールアは頷いた。
ミリィも待つようで、陽平にそう言って部屋を出て行く。
セルリウムも一度部屋を出て行き、すぐに戻ってきた。その手には記憶の宝珠が握られていた。
「ユイファシィさまのことばを伝えるまえに、さっきはなしてなかったをはなすよ。こっちもレイクさまにだけつたえたほうがいいと思う」
「なにを話してなかったんだ?」
「巫女のお姉ちゃんの本名とそのなまえに込められたいみ」
「エストの本名?」
エストが本名だと思っていた陽平はそれが違うと知って驚く。だがすぐに納得した。エストが小さい頃住んでいた村での扱いが酷かったことを思い出したからだ。本名で呼ばれずにいたということもありえそうだと考えつく。
「本当の名はなんて言うんだ?」
「本当のなまえはエスティア」
セルリウムは意味も言っていく。そして本名で呼ばれていないことで名の意味も変わって、エスト自身に少なくない影響を与えていることも話していった。地球でも名前は体に影響を及ぼすと言い伝えられている。真名や忌み名や言霊という考えもあるくらいだ。魔法や幽霊の存在を知ったことで、そういった不可思議なこともありえると陽平は受け入れた。
このことを陽平はよく覚えておくことにする。なにかの役に立つかもしれないのだから。
「ありがとう。教えてくれて」
「つたえないといけないことだから」
「それでもありがと」
セルリウムの頭を撫でると嬉しそうにはにかみながら俯く。
「それじゃユイからの伝言も教えてくれる?」
セルリウムは頷き、三歩ほど陽平から離れる。両手に持った記憶の宝珠がほのかの発光し、その光はセルリウムに吸い込まれていく。
どういう仕掛けか、セルリウムの姿がユイの姿に変わる。以前陽平がユイに幻を重ねたときと同じことが起きているのだろう。
ユイが口を開く。声もユイのものだ。
「レイクさん、久しぶり」
「久しぶり」
「返事した? だとしたら残念。これは私の残した思いが一方的に喋るだけだから、会話は無理なんだ。もう一度話したかったんだけどね。
たぶん私の姿は若い頃の姿になっているはず。これはレイクさんに会った頃にあわせているから。実際の年齢はあの頃のレイクさんと同じくらいだよ。レイクさんが消えて七十年近く経った。ベルガさんたちはすでに亡くなりました。あの頃の人で生きてるのはマダンさんだけになったよ。私もそろそろかな。
いつか会えると思って生きてきたんだけど、結局会えなかったね。残念。
だから想いを記憶の宝珠に込めることにしました。いつか大樹の使者がレイクさんに会えることを願ってます。そして私の伝言を伝えてくれると嬉しい」
ユイの幻影はつらつらと話していく。生きてきて感じたこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、陽平との思い出に匹敵する後継者との楽しい生活、プレゼントを大切とってあること、会えなくなって寂しかったこと、もう一度会いたかったこと。
ときおりユイが感じさせる大人びた雰囲気や聡明さが、時間の流れを感じさせた。
よく見てみるとユイの幻影は、陽平が送ったネックレスと指輪を身につけている。陽平のうぬぼれかもしれないが、よく似合っているように感じられた。似合うと一言褒めればきっと、大喜びしてくれそうだと思えた。
そう思う一方で、陽平が将来感じるであろう会いたい人に会えない寂しさを味あわせたことに申し訳なさも感じる。こうしてもう一度声が聞こえたことが嬉しくもあり、声をかけてあげられないことにすまなさを感じていた。
「そろそろ終わらないと。役目を渡して、年をとったらこうして力を使うことがすごく疲れるようになっちゃった。
レイクさん。最後に二つお願いがあります。可愛い孫のおねだりと思って聞いてほしいな。難しいことじゃないから安心していいよ。
一つ目は大樹の使者と私のように接してほしい。陽平さんが出会った子がそう願ったらの話だけどね。もしかすると私たちのような関係を迷惑と考える子もいるかもしれないから。でも等身大の自分を見てくれるのはいい息抜きになるから、嫌がっても私のように接してあげるのも人助けかな?」
クスクスと笑う。
「二つ目は、ときどきでいいから私のことを思い出してほしい。私のことを想ってくれる人がいるのは幸せだと思うから。
ここらへんが限界かな? 本当にこれでお別れ。
いつまでも大好きだよレイクさん」
伝言は終わり、ユイの幻は消えセルリウムの姿に戻る。
「おっと」
この方法での伝言は体力を使うのか、汗をかきよろめいたセルリウムを陽平はとっさに支える。
「ヨウヘイさん、これで拭いてあげて」
ササールアにもらったハンカチで、ささっと汗を拭いていく。荒かった呼吸も落ち着き、セルリウムは自分の足で立てるようになる。
「ユイファシイさまの言葉はきちんとつたわった?」
「うん。ちゃんと伝わったよ」
よかったとセルリウムは笑う。
いつまでも大好き、この言葉を贈られた自分はとても幸せ者なのだろうと、陽平は思う。心が暖かなもので満たされ、ユイとの出会いはとても素晴らしく、幸運なものだと思えた。
「本当に伝えてくれてありがとう」
「さてこれで伝えることは終わりです。
最後にセルリウムからお願いがあるみたいなの、聞いてあげてもらえないかしら?」
「俺にできることなら」
伝言のお礼をしたかったのだ、ササールアの言葉は願ってもないことだ。
「セルリウムのお願いってなにかな?」
聞いても恥ずかしそうにするだけで言葉にはならない。視線を合わせれば少しは言いやすくなるだろうかと、床に片膝をつき、もう一度聞く。
それでも顔を赤くするだけで、思いが言葉にはならない。ときどき口を開き声に出そうとするセルリウムを急かすことなく、陽平は待つ。
そして勇気を振り絞り、声に出した。
「……おとうさまって呼んでもいいっ?」
出てきた言葉は陽平が予想していなかったものだった。
「お父様? だめだとは言わないけどなんでお父様? 理由はあるの?」
「それについては私から説明しましょうかね」
「お願いできますか」
一つ頷き、話し出す。
「簡単に言うとあこがれなんでしょうね。
私たち大樹の使者は親を知らないの。大樹の使者ならばだれもが一度はどうして私には親がいないのって思うわ。ユイファシイ様は例外ね。
大樹の使者の親は、赤子でさえ畏れ多く感じて大樹大神殿に子を渡してしまう。その後も会うことはできるのだけど、会わずにいる親がほとんどよ。だから親を知らずに育つ。先代の大樹の使者が親代わりだけれども、先代も親は知らずに育っているから、寂しさを共有できてもはらすことはとても難しい。
でもユイファシィ様だけは違った。親を知っているし、あなたという家族に近い存在も得ていた。私たち大樹の使者にとってユイファシィ様の記憶はとても眩しく、羨ましいもの。いつかあなたに出会えた時、自分もユイファシィ様と同じ温かさを得ることができるんじゃないかって期待があった。私もそうだし、セルリウムも同じ。
だからこの子はあなたを父と呼びたいの。
私はずいぶん生きて親という存在がいなくて当然な年齢、それに感じる寂しさにも慣れたわ。でもセルリウムは違う。まだまだ小さいし、無償の愛を注いでもらいたい。甘えられる存在がほしくてたまらない年齢よ。レイオさんも愛を注ぐことはできるかもしれない。でもそれはセルリウムが求めているものとは違うし、まだ少し早い。その愛は十年くらい経ってからで十分」
陽平は迷う。父になってほしいと頼まれても、親となったことはないのだから。エストとユイにも家族やそれにすごく近いものとして接してきたが、自信はない。親を求めるセルリウムに相応しく振舞えるのだろうかと悩む。悩みの一端にエストが離れていったことも関係している。いい関係を築いてきたと思っていたエストは離れていった。なにか間違いがあったのではないかと考えてしまっている。
無言でいる陽平をセルリウムが不安そうな顔で見ている。その様子に陽平は気づく。ふとなにげない思い出が脳裏に浮かぶ。それは笑い合うカータスたち親子の画像。子供たちの笑顔が見れれば幸せだと言ったカータスとニニルの言葉。
この不安そうな顔を笑顔にすることが己が親としてできる第一歩なのかもしれない。そう感じた。
「俺は立派な親とはいえないと思う。妹から笑顔を奪ったから。そんな俺でもいいのなら」
とたんセルリウムの不安そうな顔が満面の笑みと変わり、勢いよく陽平に飛びつく。嬉しく嬉しくてたまらないというふうに力のかぎり抱きつく。
セルリウムを抱き返しながら思い出すのは、初めて同じような笑みを見せたエストのこと。笑顔を見せているときは幸せだったはずだと思う。少なくともあの笑顔は本物なはずだ。一度の失敗でくじけるのはよそうと、もう一度笑顔にしてみせるとエストを追う決意を新たにする。
「立派な親である必要はないと思うわ。そのままのあなたでいてくれれば私たちには十分よ」
おとうさまおとうさまと嬉しそうに連呼するセルリウムを、ササールアは微笑ましそうに見て言った。
抱きついて離れないセルリウムを陽平は以前エストにやったように抱き上げる。そのまま部屋を出て、ミリィやレイオを驚かすまであともう少し。
33へ
2009年05月10日
樹の世界へ31
少なくあやふやな情報をもとに陽平とミリィはエストを探し回った。
その間にミリィは陽平がエストを探す理由を聞いた。自分は言いたいことがあるから探しているのだが、陽平にはどんな理由があるのかきちんと聞いていなかったからだ。といっても答えは半ば予想できていたのだが。
返答はミリィの予想していたものであっていた。返答は家族だからというものだった。これには続きがあってその部分はミリィは予想していなかった。
エストが陽平に依存していたように、陽平もエストに今は強くはないが依存している。ミリィにも依存はしてはいる。しかしエストとミリィには違いがある。魔法使いかそうではないか。長生きするかしないか。ずっと共にいることができるかできないか。
両親の死を看取り、人はいつか死ぬと自覚し気づいた。魔法使いとなった自分は長生きで、ほかの人は先に逝ってしまい残される。それはすごく寂しいことなのではないかと。実は両親の死以前、エストやミリィが成長していく様子を見続け薄々気づきかけていたことだ。けれども当時はエストが魔法使いだと思っていたので深刻に捉えることはなかった。ほかの人が死んでもエストだけは共にいてくれると考えていた。
ここで陽平は勘違いしている。もしくは目を逸らしているだけなのかもしれないが。エストは魔法じみたことをできるが魔法使いではなく寄生樹の子。一般人よりも少しだけ長生きはするが、魔法使いほどではない。
過去ユイと過ごしヒントは与えられていた。大樹の子はたいだい百才ほどで寿命が尽きると聞いていた。ならば似たような存在の寄生樹の子も同じではないか。
これを認めるのに陽平はこれから先すごく時間をかける。そして認めていない今はこの事実を思考に浮かばせることすらしない。
だから陽平は共に生きる存在としてエストを追う。これが陽平がエストを追う正確な理由だ。
共に生きるならばほかの魔法使い、例えばネクやルチアがいるから問題ないと思うかもしれない。けれども共に生きると考えた時点で、彼らのことは陽平の頭に浮かんでいなかった。それだけエストを大事に思っているのだろう。愛しているといえるのかもしれない。家族愛か異性愛かは不明だが。
理由を聞いてミリィは陽平に寂しがりやな面があることに気づいた。今の話は、一人で生きるのは嫌だ寂しいと暴露したようなものだ。
ミリィは決めた。陽平ととびきり楽しく温かな思い出を残そうと。その思い出は自分が死したのち、冷たい刃となって陽平の心を刺すかもしれない。けれども思い返して笑みが浮かぶかもしれないじゃないか。一時的でも寂しさを紛らわせることができるかもしれないじゃないか。先に逝ってしまう自分にできる最良は、おそらくこれではないかと考えた。それは異性愛ではなく母性愛のようなものかもしれない。しかしよりいっそう陽平への愛しさが増したのは事実だ。
探し始めて三ヶ月。二人はいっこうにエストにおいつけていない。影すらつかめてない。
クライスたちも馬鹿ではない。集団での行動が目立つとは自覚している。寄生樹の子を確保した今目立つわけにはいかないと、集団を四つにわけて寄生樹神殿へと帰還していた。集団という情報を元に情報屋に依頼した陽平の失策だろう。
「ヨウヘイさん。探し方変えたほうがいいかもしれないよ」
エストを追う理由を聞いた日から思い切って呼び方を変えたミリィ。今はまだ自分でも違和感を感じている。それでも呼び始めた当初よりは慣れた感がある。
陽平としては今までのままでもよかったが、特に不都合もないので断ることはなく受け入れた。
「そうかもな。とはいっても探す方法なんて思いつかないし」
「だよねぇ。情報屋以上に頼りになる人でもいればいいんだけど」
その言葉を聞いて陽平はピンっときた。
「……いる! 情報屋以上に頼りになる人いる。いや人じゃないけどっ」
「誰? 私の知ってる人?」
人外の知り合いを一人一人思い出していき、頼りになる? とミリィは首を傾げる。
「誰もが知ってる。大樹だ。大樹はなんでも知ってるって大樹の使者に聞いたことある」
「大樹様!? ってか大樹の使者様に会ったことあるの!?」
予想外の名が出てきてミリィは心底驚いている。
「過去にいったときに会ったことある」
「過去でいったいなにしてきたのさ?」
普通に過ごしていれば、遠くから見ることはあっても会うなんてことはない。
「……いろいろと」
思い返して、わりとたくさんイベントがあったことを思い出し、それらを凝縮した言葉を吐き出した。
「まあ、それは置いといて。安らぎの大陸に行こう。目的地は大樹大神殿」
「無茶言ってるって自覚ある?
大神殿まで行くのは簡単だけど、そこから先が困難すぎるよ」
「前回みたいに牢屋に入れられるようなことにはならないと信じてる」
「ほんとになにしたの!?」
ミリィにはいい案がない。難しいとは思いつつも陽平の案に乗らざるを得ない。
二人は最寄の転送装置へと向かい、安らぎの大陸に飛ぶ。その間に大樹の使者に会う方法を二人で考えたが、一般人の二人がそう簡単には会えるわけがない。なんとか会えても神殿の高官だろう。その高官の性格がよければ大樹の使者まで話が通るだろうが、望みは薄い。
一つ確実に会える方法は思いついてはいた。蟲隠れの洞窟に住む虫人たちのもとで、大樹の使者が来るのを待つのだ。この方法ならば確実に会うことが可能で、会話もできる。しかしこの方法だと最悪数年待たねばならない。
二人はいい考えが思いつかないままユーフィアンに到着した。困り果てている二人は意外なところから強力な援護があり、どうにかなるということを知らない。知らなくて当然だ、そんな援護があることを知れる方法など予知能力を持ってないと不可能なのだから。
「うっわぁ賑やか」
ユーフィアンの首都の人の多さに驚いているミリィ。
「この雰囲気は時代が違っても相変わらずだ。まあ建物の並びとかは変わってるけど。そこらへんは当たり前だな」
数年滞在し警備の仕事で街中を歩き回ったのだ、どこになにがあったかなど覚えている。
あっちにはなにがあった、こっちにはなにがあったとミリィに話して聞かせ、宿を探す。はぐれないためとはいえ手を繋ぎ歩く姿は、第三者から見ると恋人同士にも見える。見つけた宿で個室を二部屋とり、荷物を解いたミリィが陽平の部屋にくる。今日も大樹の使者に会う方法を話し合うためだ。
「なにも思いつかないままここまできたけど、どうする?」
「どうしようか本当に」
忍び込んでみるかと冗談めかして陽平が言えば、真剣な表情でミリィが止める。大神殿に忍ぶ込むなど正気の沙汰ではないと強く断言した。わざとではないとはいえ一度忍び込んだ身としては耳が痛かったようで、そのことは話すまいと心に決めた陽平だった。
「一度、大神殿を外から見てみようか。忍び込むためじゃなく、ただどんな感じか」
「そうだね、私もどんなところか興味あるし」
貴重品を持ち二人は宿を出る。せっかく来たのだからと少し観光するため寄り道しながら大神殿へと向かう。
大神殿は陽平の記憶と変わらずそこにあった。古くなって改修工事は行われているが、形自体は変わっていない。一般開放されている場所まで入りほかの観光客と一緒に見学していく。内部も記憶と変わらない。陽平は半年前までユイたちと一緒にいて、まだまだ元気な姿を見ていた。その彼らがすでにいないと思うと複雑な思いが沸き起こる。そんな陽平の様子にミリィは気づき、声をかける。
「どうしたの?」
「……たいしたことじゃないよ。ただ会えない人たちのことを思い出していただけ」
「過去で会った人たち?」
「当時の大樹の使者やその護衛たちとここで何年か一緒に過ごしたからね。それを思い出した」
ユイやベルガたちが歩いて近づいてくるような幻覚すら一瞬見えた。
「出ようか」
陽平を気遣ってかミリィは出口を見る。
「もういいの? まだ見たいんじゃ?」
「十分見たし、見たくなったらまた来ればいいだけだよ」
「そっか」
大神殿を出たあと二人は、街のあちこちを見て回り、夕食も外で済ませる。宿に戻った頃には日はとっくに暮れていた。
部屋に戻るためカウンター前を通り過ぎようとする二人を、受付にいた従業員が止めた。
「なにか用事ですか?」
「コヅカヨウヘイ様に大神殿からの使者が参られて、客室でお待ちになっています」
「大神殿から?」
「はい。そのように仰ってましたし、書状もありました」
ユーフィアンで大神殿の名を詐称する馬鹿はいないだろうから本物だと信じることができる。だが名指しする理由がさっぱりわからない。捕まるようなことはまだなにもしていないと、一度牢屋に入れられたせいか思ってしまう。
「陽平さん、私たちなにもしてないよね?」
「だよなぁ」
「待たせてるらしいから会ってみる? というか会わずに部屋に戻るっていう行動は畏れ多くてできないよね」
「大神殿からの使者か。いい思い出がないな」
オノムに招待されたことを思い出していた。
「一度、聞かなくちゃいけないのかな」
過去でいったいなにをしてきたのか聞くべきなのか聞かないほうがいいのか、ミリィは真剣に悩む。興味がないといえば嘘だが、聞いたら聞いたで後悔しそうでもある。
動きそうにない二人に受付が声をかけ、客室に案内する。
「お待たせしました。お待ちの方が戻ってきました。
こちらが宿泊されているコヅカヨウヘイ様とお連れ様です」
客室には三人が暇そうに座っていた。大神殿からきたというので、待っているのは神官かと考えていた陽平とミリィの考えは外れた。そして二人見知った顔がいるのに驚いている。
一人は魔剣大会に出場し活躍したマルチーナ。三十手前くらいだろうか。さらに腕を上げているようで凄みといったものが感じられる。満ち溢れる自信が美貌をさらに磨き上げていた。
もう一人は陽平に嫉妬し暴れた魔法使いシェスだ。シェスを見て陽平は違和感を感じ、すぐに気づいた。シェスが年をとっているのだ。以前は陽平と同じくらいだった、だが今は二十後半を過ぎた様相だ。魔法使いは基本的に容姿が変わることはない。なのにシェスは変わっている、魔法でわざわざ変えているのかと内心首を傾げる。
残る一人、二十ほどの静かに座る男にも陽平はなにかひっかかるものを感じていた。こちらの疑問は解けない。
「ミリィさんお久しぶりです!」
ミリィのことを覚えていたらしいシェスが勢いよく立ち上がり、挨拶してくる。陽平は見えていないかのようだ。
「久しぶり」
「いやぁ待ち人があなただとは思ってもいませんでした。ヨウヘイという聞きなれない名前を告げられたときに思い出すべきでした。わかっていれば花束でも用意したのに!
ところでエストさんの姿が見えませんが、どうしたんです? そこの男に愛想つかせて出て行ったんですか?」
シェスとしてはなんとなく言った言葉なのだろうが、あながち外れていないためミリィは答えることができなかった。
言葉を発せないミリィを見て、踏み込んじゃいけないことに踏み込んだのかとシェスは顔をしかめる。暴走したりはするが空気は読める男だ。
「誰がいないだとかどうでもいい。あんたはコヅカヨウヘイでいいんだよな?」
場の雰囲気を変えるためか、それとも用件を早く済ませたいのか見知らぬ男が口を開いた。
「あってる。でもなんで俺の名前なんか知ってるんだ?」
「詳しいことは大神殿で話す。ついてきてくれ」
男は立ち上がり歩き出す。
「すまないね。そういうわけだからついてきてくれるかい?」
マルチーナも立ち上がり、そう言って部屋を出て行く。残る三人もマルチーナに続いて部屋を出る。
大神殿に向かう途中でミリィに話しかけようとするシェスだが、それよりも早くミリィがマルチーナに話しかけた。
「あのっ十年前の魔剣大会で活躍して、五年前の戦争でも活躍したマルチーナさんですよね!?」
「そ、そうだけど?」
キラキラと目が輝き、勢いよく聞くミリィに押され、マルチーナは少し驚いている。
「憧れている人の一人なんです! 握手してください!」
「憧れ? 照れるね。握手くらいならいくらでもするよ」
差し出された手をミリィは嬉しそうに握る。本当に嬉しそうな様子に頬を少し赤らめるマルチーナ。男に言い寄られることには慣れていても、こういったことには慣れていないのだろう。
「駄目ですミリィさん! この人に憧れたらミリィさんも乱暴者に!?」
「うっさいよ」
マルチーナは剣を鞘ごと振り抜いてシェスの頭を叩く。
その流れるようで一切の無駄を感じさせない動作にミリィは感動した様子ですごいすごいと連呼している。
「やめてくれよ。ただこの馬鹿を叩いただけでそこまで感心されると恥ずかしくなっちまう」
「でもほんとすごかったですよ! 動作があまりに自然で、初動をうっかり見落としかけましたから」
陽平が気づいたときにはすでに剣は振られていて、いつ手を動かしたか気づかなかった。これが剣のみ鍛え続けたミリィと陽平の差だ。長く生きても分野が違えば、あっさりと遅れをとる。魔法で視力を上げればいいというものではない。呼吸、効率のいい動き、視線などが鍛えあげられあわさり、洗練された動きとなって表れる。ただ魔法で強化すればいいというものではない。
「姉さんは本当にすごい」
戦闘を歩く男が振り返り言った。
「レイオまでなに言ってるんだい! 年上をからかうもんじゃないよ!」
口ではそういっているが、レイオに褒められマルチーナは嬉しげだ。
「たしかに姐さんはすごいけど、もう少し慎みってか、手数が減ってくれればなぁ」
「あんたが馬鹿するから手が出るんだろ、自業自得さね」
「そりゃないっすよ」
こういった会話のおかげで、道中賑やかに大神殿に向かうことになった。このほかにもミリィがマルチーナに稽古をつけてもらう約束をしたり、陽平が魔剣大会に補佐として参加していて十年前のマルチーナを見ていたと言って驚かせる場面もあった。当時の陽平は名前を変え軽く変装していたため、マルチーナは陽平のことを覚えていなかったが、当然だろう。
賑やかだった道中も大神殿に近づくと口数が減っていき静かになる。
門番にレイオが書状を見せると、陽平とミリィは客人として認識され問題なく大神殿奥へと通される。どうやってここに入ろうかと頭を悩ませていた陽平とミリィは、あの考えていた日々が無駄になったような気がしていた。
以前と変わっていない大神殿内を歩き、一行は客間に通される。案内していた神官はほかに用事があるのか、部屋に入らずどこかへと去っていく。
時間にして二十分ほど。扉が開き、手を繋いだ老女と幼女が入ってきた。二人とも緑の髪と目を持ち、巫女服にこちらのデザインを混ぜたような服を着ていた。間違いなく陽平の残した本や、売ったアイデアが服に影響していた。
入ってきた二人は陽平を見て動きを止める。老女に目には驚きと喜びの色が、幼女の目には憧れと期待の色が表れていた。
「セルリウム、連れてきたよ。こいつでいいんだよな?」
「レイオさまありがとうございます。たしかにこの方でまちがいありません」
「レイオでいいって言ってるじゃないか」
宿での静かな様子が嘘のようにレイオは明るく話しかけている。セルリウムと呼ばれた幼女にお礼を言われたときなど満面の笑みを浮かべて喜んでいた。
「ササールアさま」
「ええ。私から話す? それともあなたから? 会うのをとても楽しみしていたでしょう?」
セルリウムは恥ずかしそうに顔を俯かせる。その様子を微笑ましそうに見て、私から話しましょうかねとササールアと呼ばれた老女は陽平を見る。ちなみに恥じ入るセルリウムの様子をレイオは食い入るかのようにみつめていた。そのレイオの様にマルチーナは溜息一つ。
レイオに陽平はデジャブを感じていた。
「コヅカヨウヘイ様。お初にお目にかかります。私は前大樹の使者ササールア・キレシアンと申します」
「ご丁寧にどうも。俺の名前はなぜか知ってるみたいなので、連れの紹介だけしますね。
こっちはミリィ・ウェンカース。一緒に旅をしている者です」
「は、はじめましてっ。お会いできて光栄です!」
緊張した様子でミリィは頭を下げた。この場で自然体でいられているのは陽平とササールアだけだ。何事にも動じなさそうなマルチーナさえ緊張した様子を隠せていない。
「そんなに緊張しなくてもいいのよ? もう役目は退いた、ただのお婆ちゃんなのだから」
「そう仰られても、大樹の使者という役目に就いて立派に果たしたササールア様を前に無礼なことはできません」
それは無理だろうとシェスが言った。
「でもヨウヘイ様は緊張なさってないわよ? そうでしょう?」
「ユイに畏まるなって言われてたからなぁ。しばらくはそのときの癖で緊張感とはかけ離れた態度になるかも」
「そのままでかまいませんよ。私もこの子もそのほうがいいですから。ねえ?」
セルリウムに問いかけ頭を撫でる。セルリウムはこくりと頷いた。
「それでいいならこのままで行くけど、なんで俺に丁寧なんだ? 理由がさっぱりなんだが」
ササールアの言葉を受け入れ態度を変えない陽平を、レイオとセルリウムを除く皆が驚いた顔で見ている。大樹の使者を前にしてどうして緊張しないのかという疑問がありありと表情に表れている。その中でミリィは以前の話を思い出し、大樹を特別視していないから大樹の使者を前にしても緊張しないのだと思い至る。
「ユイって誰だ?」
シェスが問う。大樹の使者に敬う必要なしと言うなんて、無礼にもほどがあると内心考えていた。しかしササールアの言葉を聞いて後悔した。
「十代以上前の大樹の使者ユイファシィ様ですよ」
「なんでそんな昔の人と話してんだあんた!?」
「ちょっと魔法の実験に失敗して過去にいったんだよ。そのときに会ったのがユイだ。
いきなり大神殿の中庭に出ちゃってな? そのとき会ったんだ。そのあと護衛に牢屋に放り込まれた」
陽平と大樹の使者二人を除く全員が絶句した。過去にとんだという部分もそうだが、もっと衝撃が大きいのは大神殿に侵入したということだろう。興味があったミリィは聞くんじゃなかったと思っている。
「よ、よく生きてんな?」
「ユイに助けられたからな。運がよかったよ」
「本当に幸運すぎる」
「話を戻すけど、なんで丁寧な態度?」
「理由は二つです。先代と親密な関係にあったあなたに敬意を払うのは当然だと思うからです。もう一つはあなたがレイク・サニィだからですよ」
後半の言葉に大樹の使者たちと陽平以外の人間が、なに言ってんのこの人? と思わず敬意を忘れて思ってしまう。
レイク・サニィの名は半ば伝説化していた。陽平のやったことが誇張され、やっていないこともオヒレとなってくっつき、長い時をかけ広まり多くの者が知る名となっている。だが存在したのかというと首を傾げるものが多数だ。やったことの内容がすごすぎて、そんなことできる人はいないと皆は思う。今もなお懸賞金がかけられているのは、大神殿のきまぐれかなにかだろうと考えられていた。
懸賞金目当てに詐欺を行おうと考える人がいないでもなかった。昔からの手配書で情報が不鮮明でつけいる隙がありそうだと思ったのだろう。しかし実行することはなかった。レイク・サニィの名が大きくなりすぎていたからだ。同一人物ですと名乗っても。同じことをやれと言われたら実行できるわけがなかった。少し考えたら無謀だとわかるのだ。
「たしかにその偽名は使ったけど、だからこそ意味がわからない。なにか敬われるようなことしたっけ?」
「いろいろと伝説になってますよ? 建国の祖だとか、竜を倒したとか、邪悪な魔法使いを倒したとか、ユーフィアンの守りに活躍したとか」
ササールアは面白そうにくすくすと笑う。記憶の宝珠を見て、一部だけ本当のことを知っているからだ。噂のほとんどが誇張されたものだとわかっていて笑っている。
「建国の祖っていうのは心当たりないなぁ。竜とは二匹知り合いになったけど倒しちゃいないよ。邪悪っぽい魔法使いも相手したけど、ベルガっていう凄腕の近衛副隊長も一緒だった。一応ユーフィアンは守ってたけど、それは侵入した罪を償うための労働として警備兵してたからな。
ほんとたいしたことしてないよ」
「そうは言いますけど、あなたにとってたいたことじゃなくとも他から見ると大事だったりもするのですよ。
蟲隠れの洞窟がいい例でしょう?」
「あそこでなにかしたの、ヨウヘイさん?」
「私たち大神殿関係者を洞窟に導いたのがヨウヘイ様で、入り口の仕掛けのアイデアを出したのもヨウヘイ様なんですよ。あとはガルデバランズ建国のきっかけもヨウヘイ様にありますわ」
「ガルデバランズに俺が?」
エストやオーエンのことで印象深い国だ。そんな国の建国に自分が関わっていると聞いて複雑な思いを抱く。
「ガルデバランズは三つの国が集まりできた国です。中心となった国をルトーバといいますのよ。この名に心当たりは?」
「あ、それならある。ラズオルっていうお偉いさんにアドバイスしたっけなぁ。それが原因で急いでこっちに帰ってくる羽目に」
「そろそろ驚きつかれてきたんだけど」
マルチーナの言葉に頷く者多数。
「蟲隠れの洞窟は、大樹の使者以外は誰も通さなかったんだっけ。皆頭固いんだなぁ」
もっと柔軟に考えろよと陽平は小声で言う。
「考えすぎて空回りしているんでしょうね」
「それを狙ったってのもあるけど、皆難しく考えすぎ。
まあ、敬われる理由はわかった。レイク・サニィについては誤解っぽいけどな。
とりあえず敬われるのって慣れてないから普通に接してもらえると助かる」
「そうですか? ではそうしましょうかね。
本題に入るけどいい?」
陽平が頷く。
「あなたをここに呼んだのは大樹様からのお告げがあったから。お告げを受けたのはセルリウム。
寄生樹が原因で世界が滅びる可能性があると言われたわ。高い確率で防ぐことができるのがあなたで、ここで託さないと滅びを防ぐことができてものちのち危ないことになるかも知れないとも言われたわね。なにが危ないのかはなにも聞いてないわ。そして今日ユーフィアンに到着するとも仰られて、迎えを出したの。
本当は神官が行く予定だったのだけど、話を聞いていたレイオさんが行きたいと言ったので頼んだのよ」
世界が滅ぶかもと言われ驚く者多数。彼らが口を開く前に陽平が話しを進める。
「こっちにとってはありがたいお告げだったけど……っていやいい。大樹はなんでも知ってるんだったな」
どうして寄生樹神殿に行きたがっていること知っていると聞きそうになり、自分のボケ加減に苦笑する。
「それで場所を教えてくれるのか?」
「ええ、これから大樹様と会話して詳しい話を聞くことになっているわ。
時間の都合さえつけば、今からでも行くけどどうかしら?」
「願ってもないことだ」
一行は客室を出る。ササールアとセルリウムを先頭に歩き出す。その途中、斜め後ろを歩く陽平を何度も振り返り見るセルリウム。なにか用事なのかと陽平は思うも、見るだけで話しかけてくることはない。目が合うと慌てたように視線を逸らすので、話しかけづらくもあった。ついでにレイオからの視線もきつい。
一度しか通ってないが、陽平にとって印象深い通路を歩き、大樹の話すための部屋に到着した。大扉も部屋の中もまるで変わっていない。
「そういや根晶使ったほうが会話は楽なんだろう?」
「はい」
ササールアが頷く。
「今回の情報は俺たちも聞きたいことだから、使う分出そうか?」
「助かるけれど、魔法使いにとって根晶は重要なものだと聞いてますよ?」
「必要なときに使わないとね。もったいぶって倉庫に入れっぱなしにもなりそうだし」
貴重品を入れていた袋から根晶を取り出す。
もともと大樹との会話で使ってもらおうと持ってきていたのだ。無理をいうのだからこれくらいは自己負担しなければと考えていた。
「話しするのはササールアさん? セルリウムちゃん?」
「セルリウムです」
陽平はセルリウムに近づき膝を床につけて視線を合わせる。
「これ使ってくれ」
セルリウムの小さな手に根晶を握らせる。片手では持てず、両手で包み込む形なる。頼んだという陽平にセルリウムは頬を赤く染め何度も頷く。髪を軽く撫でてやり、セルリウムから離れた。
がちがちに緊張し台座へと上がり、セルリウムは根晶を握り祈るように目を閉じた。セルリウムの緊張具合は授業参観時の子供のようだ。
「あの根晶ってどこで手に入れたんだ?」
同じ魔法使いとして根晶には興味があるのだろう、小声でシェスが陽平に聞く。
「あれはユイと一緒に蟲隠れの洞窟に行ったときにもらったものだ」
「やっぱり蟲隠れの洞窟か、しかも十代前の大樹の使者と一緒に手に入れたもの……ってなにー!?」
最後の部分を思いっきり大声で言ったため、集中していたセルリウムがビクっと肩を揺らし何事かと振り返る。
「静かにしろよ!」
レイオがシェスに怒鳴る。
「いやだってあの根晶すげー付加価値がついてて、売ったらどえらい金額になるんだぜ!」
「根晶が高いのは当たり前だろうが」
「いやいやいや、話が本当なら大神殿が蟲隠れの洞窟で初めて手に入れた根晶だぞあれ! 本物だと証明できたらコレクターが馬鹿みたいな金額だすって!」
「そんなことはどうでもいい。本物だと証明できるかもわからんしな。今はセルリウムの邪魔をするな。お前の大声のせいで驚いてるだろうっ」
「ついでに言うならどうせ使ってなくなるんだ。価値とか意味ないない」
レイオの言葉に陽平が付け足した。もったいないと言うシェスにレイオが諦めろと言って黙らせた。
陽平はセルリウムに気にするなと手を振り、続行させる。時間にして三十分ほど静寂が続く。
静寂を破ったのは音もなくセルリウムの前に集まった緑の光。その掌に集まった光はコロンと転がる飴玉サイズの珠となった。
セルリウムは台座から下りて、皆の注目が集まる中、口を開いた。
「わたしも寄生樹神殿にいきます」
32へ
その間にミリィは陽平がエストを探す理由を聞いた。自分は言いたいことがあるから探しているのだが、陽平にはどんな理由があるのかきちんと聞いていなかったからだ。といっても答えは半ば予想できていたのだが。
返答はミリィの予想していたものであっていた。返答は家族だからというものだった。これには続きがあってその部分はミリィは予想していなかった。
エストが陽平に依存していたように、陽平もエストに今は強くはないが依存している。ミリィにも依存はしてはいる。しかしエストとミリィには違いがある。魔法使いかそうではないか。長生きするかしないか。ずっと共にいることができるかできないか。
両親の死を看取り、人はいつか死ぬと自覚し気づいた。魔法使いとなった自分は長生きで、ほかの人は先に逝ってしまい残される。それはすごく寂しいことなのではないかと。実は両親の死以前、エストやミリィが成長していく様子を見続け薄々気づきかけていたことだ。けれども当時はエストが魔法使いだと思っていたので深刻に捉えることはなかった。ほかの人が死んでもエストだけは共にいてくれると考えていた。
ここで陽平は勘違いしている。もしくは目を逸らしているだけなのかもしれないが。エストは魔法じみたことをできるが魔法使いではなく寄生樹の子。一般人よりも少しだけ長生きはするが、魔法使いほどではない。
過去ユイと過ごしヒントは与えられていた。大樹の子はたいだい百才ほどで寿命が尽きると聞いていた。ならば似たような存在の寄生樹の子も同じではないか。
これを認めるのに陽平はこれから先すごく時間をかける。そして認めていない今はこの事実を思考に浮かばせることすらしない。
だから陽平は共に生きる存在としてエストを追う。これが陽平がエストを追う正確な理由だ。
共に生きるならばほかの魔法使い、例えばネクやルチアがいるから問題ないと思うかもしれない。けれども共に生きると考えた時点で、彼らのことは陽平の頭に浮かんでいなかった。それだけエストを大事に思っているのだろう。愛しているといえるのかもしれない。家族愛か異性愛かは不明だが。
理由を聞いてミリィは陽平に寂しがりやな面があることに気づいた。今の話は、一人で生きるのは嫌だ寂しいと暴露したようなものだ。
ミリィは決めた。陽平ととびきり楽しく温かな思い出を残そうと。その思い出は自分が死したのち、冷たい刃となって陽平の心を刺すかもしれない。けれども思い返して笑みが浮かぶかもしれないじゃないか。一時的でも寂しさを紛らわせることができるかもしれないじゃないか。先に逝ってしまう自分にできる最良は、おそらくこれではないかと考えた。それは異性愛ではなく母性愛のようなものかもしれない。しかしよりいっそう陽平への愛しさが増したのは事実だ。
探し始めて三ヶ月。二人はいっこうにエストにおいつけていない。影すらつかめてない。
クライスたちも馬鹿ではない。集団での行動が目立つとは自覚している。寄生樹の子を確保した今目立つわけにはいかないと、集団を四つにわけて寄生樹神殿へと帰還していた。集団という情報を元に情報屋に依頼した陽平の失策だろう。
「ヨウヘイさん。探し方変えたほうがいいかもしれないよ」
エストを追う理由を聞いた日から思い切って呼び方を変えたミリィ。今はまだ自分でも違和感を感じている。それでも呼び始めた当初よりは慣れた感がある。
陽平としては今までのままでもよかったが、特に不都合もないので断ることはなく受け入れた。
「そうかもな。とはいっても探す方法なんて思いつかないし」
「だよねぇ。情報屋以上に頼りになる人でもいればいいんだけど」
その言葉を聞いて陽平はピンっときた。
「……いる! 情報屋以上に頼りになる人いる。いや人じゃないけどっ」
「誰? 私の知ってる人?」
人外の知り合いを一人一人思い出していき、頼りになる? とミリィは首を傾げる。
「誰もが知ってる。大樹だ。大樹はなんでも知ってるって大樹の使者に聞いたことある」
「大樹様!? ってか大樹の使者様に会ったことあるの!?」
予想外の名が出てきてミリィは心底驚いている。
「過去にいったときに会ったことある」
「過去でいったいなにしてきたのさ?」
普通に過ごしていれば、遠くから見ることはあっても会うなんてことはない。
「……いろいろと」
思い返して、わりとたくさんイベントがあったことを思い出し、それらを凝縮した言葉を吐き出した。
「まあ、それは置いといて。安らぎの大陸に行こう。目的地は大樹大神殿」
「無茶言ってるって自覚ある?
大神殿まで行くのは簡単だけど、そこから先が困難すぎるよ」
「前回みたいに牢屋に入れられるようなことにはならないと信じてる」
「ほんとになにしたの!?」
ミリィにはいい案がない。難しいとは思いつつも陽平の案に乗らざるを得ない。
二人は最寄の転送装置へと向かい、安らぎの大陸に飛ぶ。その間に大樹の使者に会う方法を二人で考えたが、一般人の二人がそう簡単には会えるわけがない。なんとか会えても神殿の高官だろう。その高官の性格がよければ大樹の使者まで話が通るだろうが、望みは薄い。
一つ確実に会える方法は思いついてはいた。蟲隠れの洞窟に住む虫人たちのもとで、大樹の使者が来るのを待つのだ。この方法ならば確実に会うことが可能で、会話もできる。しかしこの方法だと最悪数年待たねばならない。
二人はいい考えが思いつかないままユーフィアンに到着した。困り果てている二人は意外なところから強力な援護があり、どうにかなるということを知らない。知らなくて当然だ、そんな援護があることを知れる方法など予知能力を持ってないと不可能なのだから。
「うっわぁ賑やか」
ユーフィアンの首都の人の多さに驚いているミリィ。
「この雰囲気は時代が違っても相変わらずだ。まあ建物の並びとかは変わってるけど。そこらへんは当たり前だな」
数年滞在し警備の仕事で街中を歩き回ったのだ、どこになにがあったかなど覚えている。
あっちにはなにがあった、こっちにはなにがあったとミリィに話して聞かせ、宿を探す。はぐれないためとはいえ手を繋ぎ歩く姿は、第三者から見ると恋人同士にも見える。見つけた宿で個室を二部屋とり、荷物を解いたミリィが陽平の部屋にくる。今日も大樹の使者に会う方法を話し合うためだ。
「なにも思いつかないままここまできたけど、どうする?」
「どうしようか本当に」
忍び込んでみるかと冗談めかして陽平が言えば、真剣な表情でミリィが止める。大神殿に忍ぶ込むなど正気の沙汰ではないと強く断言した。わざとではないとはいえ一度忍び込んだ身としては耳が痛かったようで、そのことは話すまいと心に決めた陽平だった。
「一度、大神殿を外から見てみようか。忍び込むためじゃなく、ただどんな感じか」
「そうだね、私もどんなところか興味あるし」
貴重品を持ち二人は宿を出る。せっかく来たのだからと少し観光するため寄り道しながら大神殿へと向かう。
大神殿は陽平の記憶と変わらずそこにあった。古くなって改修工事は行われているが、形自体は変わっていない。一般開放されている場所まで入りほかの観光客と一緒に見学していく。内部も記憶と変わらない。陽平は半年前までユイたちと一緒にいて、まだまだ元気な姿を見ていた。その彼らがすでにいないと思うと複雑な思いが沸き起こる。そんな陽平の様子にミリィは気づき、声をかける。
「どうしたの?」
「……たいしたことじゃないよ。ただ会えない人たちのことを思い出していただけ」
「過去で会った人たち?」
「当時の大樹の使者やその護衛たちとここで何年か一緒に過ごしたからね。それを思い出した」
ユイやベルガたちが歩いて近づいてくるような幻覚すら一瞬見えた。
「出ようか」
陽平を気遣ってかミリィは出口を見る。
「もういいの? まだ見たいんじゃ?」
「十分見たし、見たくなったらまた来ればいいだけだよ」
「そっか」
大神殿を出たあと二人は、街のあちこちを見て回り、夕食も外で済ませる。宿に戻った頃には日はとっくに暮れていた。
部屋に戻るためカウンター前を通り過ぎようとする二人を、受付にいた従業員が止めた。
「なにか用事ですか?」
「コヅカヨウヘイ様に大神殿からの使者が参られて、客室でお待ちになっています」
「大神殿から?」
「はい。そのように仰ってましたし、書状もありました」
ユーフィアンで大神殿の名を詐称する馬鹿はいないだろうから本物だと信じることができる。だが名指しする理由がさっぱりわからない。捕まるようなことはまだなにもしていないと、一度牢屋に入れられたせいか思ってしまう。
「陽平さん、私たちなにもしてないよね?」
「だよなぁ」
「待たせてるらしいから会ってみる? というか会わずに部屋に戻るっていう行動は畏れ多くてできないよね」
「大神殿からの使者か。いい思い出がないな」
オノムに招待されたことを思い出していた。
「一度、聞かなくちゃいけないのかな」
過去でいったいなにをしてきたのか聞くべきなのか聞かないほうがいいのか、ミリィは真剣に悩む。興味がないといえば嘘だが、聞いたら聞いたで後悔しそうでもある。
動きそうにない二人に受付が声をかけ、客室に案内する。
「お待たせしました。お待ちの方が戻ってきました。
こちらが宿泊されているコヅカヨウヘイ様とお連れ様です」
客室には三人が暇そうに座っていた。大神殿からきたというので、待っているのは神官かと考えていた陽平とミリィの考えは外れた。そして二人見知った顔がいるのに驚いている。
一人は魔剣大会に出場し活躍したマルチーナ。三十手前くらいだろうか。さらに腕を上げているようで凄みといったものが感じられる。満ち溢れる自信が美貌をさらに磨き上げていた。
もう一人は陽平に嫉妬し暴れた魔法使いシェスだ。シェスを見て陽平は違和感を感じ、すぐに気づいた。シェスが年をとっているのだ。以前は陽平と同じくらいだった、だが今は二十後半を過ぎた様相だ。魔法使いは基本的に容姿が変わることはない。なのにシェスは変わっている、魔法でわざわざ変えているのかと内心首を傾げる。
残る一人、二十ほどの静かに座る男にも陽平はなにかひっかかるものを感じていた。こちらの疑問は解けない。
「ミリィさんお久しぶりです!」
ミリィのことを覚えていたらしいシェスが勢いよく立ち上がり、挨拶してくる。陽平は見えていないかのようだ。
「久しぶり」
「いやぁ待ち人があなただとは思ってもいませんでした。ヨウヘイという聞きなれない名前を告げられたときに思い出すべきでした。わかっていれば花束でも用意したのに!
ところでエストさんの姿が見えませんが、どうしたんです? そこの男に愛想つかせて出て行ったんですか?」
シェスとしてはなんとなく言った言葉なのだろうが、あながち外れていないためミリィは答えることができなかった。
言葉を発せないミリィを見て、踏み込んじゃいけないことに踏み込んだのかとシェスは顔をしかめる。暴走したりはするが空気は読める男だ。
「誰がいないだとかどうでもいい。あんたはコヅカヨウヘイでいいんだよな?」
場の雰囲気を変えるためか、それとも用件を早く済ませたいのか見知らぬ男が口を開いた。
「あってる。でもなんで俺の名前なんか知ってるんだ?」
「詳しいことは大神殿で話す。ついてきてくれ」
男は立ち上がり歩き出す。
「すまないね。そういうわけだからついてきてくれるかい?」
マルチーナも立ち上がり、そう言って部屋を出て行く。残る三人もマルチーナに続いて部屋を出る。
大神殿に向かう途中でミリィに話しかけようとするシェスだが、それよりも早くミリィがマルチーナに話しかけた。
「あのっ十年前の魔剣大会で活躍して、五年前の戦争でも活躍したマルチーナさんですよね!?」
「そ、そうだけど?」
キラキラと目が輝き、勢いよく聞くミリィに押され、マルチーナは少し驚いている。
「憧れている人の一人なんです! 握手してください!」
「憧れ? 照れるね。握手くらいならいくらでもするよ」
差し出された手をミリィは嬉しそうに握る。本当に嬉しそうな様子に頬を少し赤らめるマルチーナ。男に言い寄られることには慣れていても、こういったことには慣れていないのだろう。
「駄目ですミリィさん! この人に憧れたらミリィさんも乱暴者に!?」
「うっさいよ」
マルチーナは剣を鞘ごと振り抜いてシェスの頭を叩く。
その流れるようで一切の無駄を感じさせない動作にミリィは感動した様子ですごいすごいと連呼している。
「やめてくれよ。ただこの馬鹿を叩いただけでそこまで感心されると恥ずかしくなっちまう」
「でもほんとすごかったですよ! 動作があまりに自然で、初動をうっかり見落としかけましたから」
陽平が気づいたときにはすでに剣は振られていて、いつ手を動かしたか気づかなかった。これが剣のみ鍛え続けたミリィと陽平の差だ。長く生きても分野が違えば、あっさりと遅れをとる。魔法で視力を上げればいいというものではない。呼吸、効率のいい動き、視線などが鍛えあげられあわさり、洗練された動きとなって表れる。ただ魔法で強化すればいいというものではない。
「姉さんは本当にすごい」
戦闘を歩く男が振り返り言った。
「レイオまでなに言ってるんだい! 年上をからかうもんじゃないよ!」
口ではそういっているが、レイオに褒められマルチーナは嬉しげだ。
「たしかに姐さんはすごいけど、もう少し慎みってか、手数が減ってくれればなぁ」
「あんたが馬鹿するから手が出るんだろ、自業自得さね」
「そりゃないっすよ」
こういった会話のおかげで、道中賑やかに大神殿に向かうことになった。このほかにもミリィがマルチーナに稽古をつけてもらう約束をしたり、陽平が魔剣大会に補佐として参加していて十年前のマルチーナを見ていたと言って驚かせる場面もあった。当時の陽平は名前を変え軽く変装していたため、マルチーナは陽平のことを覚えていなかったが、当然だろう。
賑やかだった道中も大神殿に近づくと口数が減っていき静かになる。
門番にレイオが書状を見せると、陽平とミリィは客人として認識され問題なく大神殿奥へと通される。どうやってここに入ろうかと頭を悩ませていた陽平とミリィは、あの考えていた日々が無駄になったような気がしていた。
以前と変わっていない大神殿内を歩き、一行は客間に通される。案内していた神官はほかに用事があるのか、部屋に入らずどこかへと去っていく。
時間にして二十分ほど。扉が開き、手を繋いだ老女と幼女が入ってきた。二人とも緑の髪と目を持ち、巫女服にこちらのデザインを混ぜたような服を着ていた。間違いなく陽平の残した本や、売ったアイデアが服に影響していた。
入ってきた二人は陽平を見て動きを止める。老女に目には驚きと喜びの色が、幼女の目には憧れと期待の色が表れていた。
「セルリウム、連れてきたよ。こいつでいいんだよな?」
「レイオさまありがとうございます。たしかにこの方でまちがいありません」
「レイオでいいって言ってるじゃないか」
宿での静かな様子が嘘のようにレイオは明るく話しかけている。セルリウムと呼ばれた幼女にお礼を言われたときなど満面の笑みを浮かべて喜んでいた。
「ササールアさま」
「ええ。私から話す? それともあなたから? 会うのをとても楽しみしていたでしょう?」
セルリウムは恥ずかしそうに顔を俯かせる。その様子を微笑ましそうに見て、私から話しましょうかねとササールアと呼ばれた老女は陽平を見る。ちなみに恥じ入るセルリウムの様子をレイオは食い入るかのようにみつめていた。そのレイオの様にマルチーナは溜息一つ。
レイオに陽平はデジャブを感じていた。
「コヅカヨウヘイ様。お初にお目にかかります。私は前大樹の使者ササールア・キレシアンと申します」
「ご丁寧にどうも。俺の名前はなぜか知ってるみたいなので、連れの紹介だけしますね。
こっちはミリィ・ウェンカース。一緒に旅をしている者です」
「は、はじめましてっ。お会いできて光栄です!」
緊張した様子でミリィは頭を下げた。この場で自然体でいられているのは陽平とササールアだけだ。何事にも動じなさそうなマルチーナさえ緊張した様子を隠せていない。
「そんなに緊張しなくてもいいのよ? もう役目は退いた、ただのお婆ちゃんなのだから」
「そう仰られても、大樹の使者という役目に就いて立派に果たしたササールア様を前に無礼なことはできません」
それは無理だろうとシェスが言った。
「でもヨウヘイ様は緊張なさってないわよ? そうでしょう?」
「ユイに畏まるなって言われてたからなぁ。しばらくはそのときの癖で緊張感とはかけ離れた態度になるかも」
「そのままでかまいませんよ。私もこの子もそのほうがいいですから。ねえ?」
セルリウムに問いかけ頭を撫でる。セルリウムはこくりと頷いた。
「それでいいならこのままで行くけど、なんで俺に丁寧なんだ? 理由がさっぱりなんだが」
ササールアの言葉を受け入れ態度を変えない陽平を、レイオとセルリウムを除く皆が驚いた顔で見ている。大樹の使者を前にしてどうして緊張しないのかという疑問がありありと表情に表れている。その中でミリィは以前の話を思い出し、大樹を特別視していないから大樹の使者を前にしても緊張しないのだと思い至る。
「ユイって誰だ?」
シェスが問う。大樹の使者に敬う必要なしと言うなんて、無礼にもほどがあると内心考えていた。しかしササールアの言葉を聞いて後悔した。
「十代以上前の大樹の使者ユイファシィ様ですよ」
「なんでそんな昔の人と話してんだあんた!?」
「ちょっと魔法の実験に失敗して過去にいったんだよ。そのときに会ったのがユイだ。
いきなり大神殿の中庭に出ちゃってな? そのとき会ったんだ。そのあと護衛に牢屋に放り込まれた」
陽平と大樹の使者二人を除く全員が絶句した。過去にとんだという部分もそうだが、もっと衝撃が大きいのは大神殿に侵入したということだろう。興味があったミリィは聞くんじゃなかったと思っている。
「よ、よく生きてんな?」
「ユイに助けられたからな。運がよかったよ」
「本当に幸運すぎる」
「話を戻すけど、なんで丁寧な態度?」
「理由は二つです。先代と親密な関係にあったあなたに敬意を払うのは当然だと思うからです。もう一つはあなたがレイク・サニィだからですよ」
後半の言葉に大樹の使者たちと陽平以外の人間が、なに言ってんのこの人? と思わず敬意を忘れて思ってしまう。
レイク・サニィの名は半ば伝説化していた。陽平のやったことが誇張され、やっていないこともオヒレとなってくっつき、長い時をかけ広まり多くの者が知る名となっている。だが存在したのかというと首を傾げるものが多数だ。やったことの内容がすごすぎて、そんなことできる人はいないと皆は思う。今もなお懸賞金がかけられているのは、大神殿のきまぐれかなにかだろうと考えられていた。
懸賞金目当てに詐欺を行おうと考える人がいないでもなかった。昔からの手配書で情報が不鮮明でつけいる隙がありそうだと思ったのだろう。しかし実行することはなかった。レイク・サニィの名が大きくなりすぎていたからだ。同一人物ですと名乗っても。同じことをやれと言われたら実行できるわけがなかった。少し考えたら無謀だとわかるのだ。
「たしかにその偽名は使ったけど、だからこそ意味がわからない。なにか敬われるようなことしたっけ?」
「いろいろと伝説になってますよ? 建国の祖だとか、竜を倒したとか、邪悪な魔法使いを倒したとか、ユーフィアンの守りに活躍したとか」
ササールアは面白そうにくすくすと笑う。記憶の宝珠を見て、一部だけ本当のことを知っているからだ。噂のほとんどが誇張されたものだとわかっていて笑っている。
「建国の祖っていうのは心当たりないなぁ。竜とは二匹知り合いになったけど倒しちゃいないよ。邪悪っぽい魔法使いも相手したけど、ベルガっていう凄腕の近衛副隊長も一緒だった。一応ユーフィアンは守ってたけど、それは侵入した罪を償うための労働として警備兵してたからな。
ほんとたいしたことしてないよ」
「そうは言いますけど、あなたにとってたいたことじゃなくとも他から見ると大事だったりもするのですよ。
蟲隠れの洞窟がいい例でしょう?」
「あそこでなにかしたの、ヨウヘイさん?」
「私たち大神殿関係者を洞窟に導いたのがヨウヘイ様で、入り口の仕掛けのアイデアを出したのもヨウヘイ様なんですよ。あとはガルデバランズ建国のきっかけもヨウヘイ様にありますわ」
「ガルデバランズに俺が?」
エストやオーエンのことで印象深い国だ。そんな国の建国に自分が関わっていると聞いて複雑な思いを抱く。
「ガルデバランズは三つの国が集まりできた国です。中心となった国をルトーバといいますのよ。この名に心当たりは?」
「あ、それならある。ラズオルっていうお偉いさんにアドバイスしたっけなぁ。それが原因で急いでこっちに帰ってくる羽目に」
「そろそろ驚きつかれてきたんだけど」
マルチーナの言葉に頷く者多数。
「蟲隠れの洞窟は、大樹の使者以外は誰も通さなかったんだっけ。皆頭固いんだなぁ」
もっと柔軟に考えろよと陽平は小声で言う。
「考えすぎて空回りしているんでしょうね」
「それを狙ったってのもあるけど、皆難しく考えすぎ。
まあ、敬われる理由はわかった。レイク・サニィについては誤解っぽいけどな。
とりあえず敬われるのって慣れてないから普通に接してもらえると助かる」
「そうですか? ではそうしましょうかね。
本題に入るけどいい?」
陽平が頷く。
「あなたをここに呼んだのは大樹様からのお告げがあったから。お告げを受けたのはセルリウム。
寄生樹が原因で世界が滅びる可能性があると言われたわ。高い確率で防ぐことができるのがあなたで、ここで託さないと滅びを防ぐことができてものちのち危ないことになるかも知れないとも言われたわね。なにが危ないのかはなにも聞いてないわ。そして今日ユーフィアンに到着するとも仰られて、迎えを出したの。
本当は神官が行く予定だったのだけど、話を聞いていたレイオさんが行きたいと言ったので頼んだのよ」
世界が滅ぶかもと言われ驚く者多数。彼らが口を開く前に陽平が話しを進める。
「こっちにとってはありがたいお告げだったけど……っていやいい。大樹はなんでも知ってるんだったな」
どうして寄生樹神殿に行きたがっていること知っていると聞きそうになり、自分のボケ加減に苦笑する。
「それで場所を教えてくれるのか?」
「ええ、これから大樹様と会話して詳しい話を聞くことになっているわ。
時間の都合さえつけば、今からでも行くけどどうかしら?」
「願ってもないことだ」
一行は客室を出る。ササールアとセルリウムを先頭に歩き出す。その途中、斜め後ろを歩く陽平を何度も振り返り見るセルリウム。なにか用事なのかと陽平は思うも、見るだけで話しかけてくることはない。目が合うと慌てたように視線を逸らすので、話しかけづらくもあった。ついでにレイオからの視線もきつい。
一度しか通ってないが、陽平にとって印象深い通路を歩き、大樹の話すための部屋に到着した。大扉も部屋の中もまるで変わっていない。
「そういや根晶使ったほうが会話は楽なんだろう?」
「はい」
ササールアが頷く。
「今回の情報は俺たちも聞きたいことだから、使う分出そうか?」
「助かるけれど、魔法使いにとって根晶は重要なものだと聞いてますよ?」
「必要なときに使わないとね。もったいぶって倉庫に入れっぱなしにもなりそうだし」
貴重品を入れていた袋から根晶を取り出す。
もともと大樹との会話で使ってもらおうと持ってきていたのだ。無理をいうのだからこれくらいは自己負担しなければと考えていた。
「話しするのはササールアさん? セルリウムちゃん?」
「セルリウムです」
陽平はセルリウムに近づき膝を床につけて視線を合わせる。
「これ使ってくれ」
セルリウムの小さな手に根晶を握らせる。片手では持てず、両手で包み込む形なる。頼んだという陽平にセルリウムは頬を赤く染め何度も頷く。髪を軽く撫でてやり、セルリウムから離れた。
がちがちに緊張し台座へと上がり、セルリウムは根晶を握り祈るように目を閉じた。セルリウムの緊張具合は授業参観時の子供のようだ。
「あの根晶ってどこで手に入れたんだ?」
同じ魔法使いとして根晶には興味があるのだろう、小声でシェスが陽平に聞く。
「あれはユイと一緒に蟲隠れの洞窟に行ったときにもらったものだ」
「やっぱり蟲隠れの洞窟か、しかも十代前の大樹の使者と一緒に手に入れたもの……ってなにー!?」
最後の部分を思いっきり大声で言ったため、集中していたセルリウムがビクっと肩を揺らし何事かと振り返る。
「静かにしろよ!」
レイオがシェスに怒鳴る。
「いやだってあの根晶すげー付加価値がついてて、売ったらどえらい金額になるんだぜ!」
「根晶が高いのは当たり前だろうが」
「いやいやいや、話が本当なら大神殿が蟲隠れの洞窟で初めて手に入れた根晶だぞあれ! 本物だと証明できたらコレクターが馬鹿みたいな金額だすって!」
「そんなことはどうでもいい。本物だと証明できるかもわからんしな。今はセルリウムの邪魔をするな。お前の大声のせいで驚いてるだろうっ」
「ついでに言うならどうせ使ってなくなるんだ。価値とか意味ないない」
レイオの言葉に陽平が付け足した。もったいないと言うシェスにレイオが諦めろと言って黙らせた。
陽平はセルリウムに気にするなと手を振り、続行させる。時間にして三十分ほど静寂が続く。
静寂を破ったのは音もなくセルリウムの前に集まった緑の光。その掌に集まった光はコロンと転がる飴玉サイズの珠となった。
セルリウムは台座から下りて、皆の注目が集まる中、口を開いた。
「わたしも寄生樹神殿にいきます」
32へ
2009年05月04日
2009年05月02日
感謝の12
ウェブ拍手、感想ありがとうございます
》レイク・サニーまさか、こんな設定があるなんて〜
》全手動軽文量産機さんの読んでるリストから来ました
》樹の世界、丁寧なファンタジーでとても好きです〜
レイクの話は魔剣大会時だと詳しいこと決まってなかったわけで、決まってたことは過去の大樹の使者関連でなにかするということだけだったり
どこで紹介されたのかと思ったら全手動軽文量産機で紹介されたんですね。あそこ人気あるから人が多くきたのも納得です
丁寧とか言われたの初めてです! 冗長せずに頑張りたいです
よく磨かれたガラスの戸にぶつかるというベタなことしました
それだけなら笑い話ですんだんですが、めがねの柄の尖った部分で、瞼の横切って血がたらり
頭部の傷は血が派手にでるのは本当なんですね
そのとき思ったのが、これで頭部の軽傷の描写に困らないなというもの
ネタに貪欲という部分で、ちょと一人前の物書きというものに近づけた気がします
樹の世界へ30
「ここは……ああっ自分の部屋か!?」
兵に追われる形での慌しい帰還となったが、陽平は無事に塔に戻ってくることができた。
自分のいる場所がどこだかわかっていなかったらしい。体感的には五十年ほど前の住居だ、記憶がぼけやけていても無理はないのかもしれない。
本当ならば魔法陣を置いていた地下にでるはずなのだが、少しだけずれたらしい。
「エストに帰ったって言わないと。待ちくたびれてるだろうな」
記憶している顔と違ったらどうしようと軽く笑いながら荷物を置き、部屋を出る。
記憶を掘り起こしエストの部屋に向かったが、そこには誰もいない。台所か庭か、もしくは地下だろうとあたりをつけ一階へと向かう。
階段を下りることなく、足が止まる。金属が打ち合う音が聞こえてきたからだ。ここ数年よく聞いていた音に似ていた。ベルガたちが模擬戦をしているときに出していた音だ。
「誰だ?」
思い起こしてもこの塔内で、こんな音を出す者はいないはずだった。
ミリィが鎧に打ち込んでいる? 魔法関連の道具を手に入れたカータスと根晶の欠片を持っているミリィが結界を越えて庭に入り模擬戦をしている? などと根拠のない考えた間では消える。
何の情報もないのだ。ここで考えても仕方ないと音のする方向に足をむけた。
結界があるのだから賊ではないだろうと考えているので慌てるようなことはなく、落ち着いていられるのだ。
「地下からか」
大きくなった音の方向に予測をつけた。
地下への階段を下りる。この先は結界とか司る装置のある場所だったよな、とのんきに考えながら階段を下りきると、誰かが倒れこんできた。
反射的に手を出せたので、なんとか支えることができた。
「な、何事?」
腕の中の人物は、頭の中でぼやけていた人物と同じ。顔見たことでくっきりと像が浮かぶ。
「ミリィか!? 久しぶり!」
「……兄さん? 久しぶりってどういう? いやそれどころじゃないんだっ」
腹を打たれた衝撃にむせながらも現状を伝えようとする。それを陽平は遮る。
「まあまあ、落ち着いて。なにがなんだかわからないけど回復したら教えてくれる?」
支え方を変え、ミリィを床に横たわらせる。頭は陽平の膝に置く。それどころではないと起きようとするミリィだが、腹の痛みで起き上がることが難しい。
そんなミリィを押さえ周囲を確認し、エストと知らない誰かをみつけた。
その誰か、クライスのことをひとまず無視してエストに話しかける。
「ただいま」
「おかえりなさい」
陽平はエストのその落ち着いた声に首を傾げる。帰還をもっと喜んでくれると思っていたのだ。その疑問もすぐになくなった。自分にとっては五十年ほど時間が経過しているが、エストにとっては十日ほど、望んでいるような歓迎はなくて当たり前かと思い込んだ。
やはり忘れている部分があるのだろう。依存していたエストがこの態度ということに疑問を抱かないのだから。
だからあっさりと言ってしまった。
「正直、エストやミリィたちの顔を忘れかけてたよ。しばらく会ってないと記憶ってこうも薄れるもんなんだね。いやぁまいったまいった」
陽平にとってはちょっとした失態というつもりの笑い話なのだろう。しかし五十年という時間が経過しているという陽平側の事情を知らないエストにとっては、この十日間で顔を忘れられるほど、自分はどうでもいい存在だと言われているようなものだった。
これが決定的だった。陽平が現れたことで、捨てられたわけではないと膨らんでいた希望があっさりと消し飛ぶ。
「そうなんだ。やっぱり聞いたとおりなのかな?」
沈んだ様子のエストが思い出しているのはクライスから聞いた話。
エストが陽平側の事情を知らないように、陽平もこれまでの状況を知らない。だからエストが沈む意味がわからない。
「なにが聞いたとおり?」
「私が話したことと同じだったと確信したのでしょう」
クライスが口を出してくる。
「誰だあんた? なに人の家に勝手に入ってんだ。間違えて入ったのなら見逃すよ、さっさと出て行ってくれないか?」
「ええ、すぐに出て行きますよ。
では子よ、行きましょうか」
差し出された手をエストは取った。
「ちょっと待て、なんでエストを連れて行く?」
「私は寄生樹の子であるエスト様を迎えにきた。そんな私がエスト様と一緒にここを出て行ってなにかおかしいことでも?」
「おかしいことでも? じゃない! エストは俺の家族だぞ? 勝手に連れてくな!」
連れて行くということに気を取られ、クライスが寄生樹の子という言葉を使ったことを聞き逃す。
「勝手にではありません。エスト様が自分の意思で決めたこと。
手を取ったことがその証拠でしょう?」
「エスト!」
「うるさいっ。ほっといて!」
エストが陽平に向けたことのない感情の声を向けた。それは遠慮の思いのない、あるがままのエストの思い。あるがままのエストの姿を見ることができたのは陽平にとって嬉しいことだ。しかしこのような状況で、そのような感情を向けられることまでは望んでいない。
なによりそんな感情を向けられる理由がさっぱりだ。
「私が黙らせましょう」
クライスが手にした剣を驚いた表情の陽平へと向ける。
「その剣!?」
見覚えのある剣にさらに驚いた表情となる陽平に、クライスが素早く近づく。
陽平にはどうにもできない。塔内は安全だと式符は持っていない。膝枕の状態で体制が悪い。驚き落ち着いていられない。この三つの要因が陽平になにかすることを許さなかった。
剣の腹で頭部を叩かれ陽平は意識をとばした。そのままのけぞり後ろへと倒れこんだ。
クライスが陽平を斬らなかったのは、エストに血を見せる気がなかったということと、エストを今まで養っていたことへの礼だ。
気絶した陽平を見るエストの冷めた目に感情の揺るぎはない。
クライスと共に階段を上がるエストへと、なんとか起き上がったミリィが声をかける。
「そのまま行ったら後悔するよ!」
エストは立ち止まるが、振り返ることはなく答えた。
「今日感じた思い以上の哀しさなんてない。だから後悔なんてしない!」
これだけ言って歩き出す。
再びミリィがエストを呼んだが、反応することはなかった。
こうしてエストは陽平のもとから去った。思い違い、些細なすれ違いだということに気づかずに。
「すぐに追ってこられても困るのであなたにも寝てもらいます。まあ追ってくるなんてことはありえないでしょうが」
睡眠を促す薬なのだろうか、クライスがばら撒いた粉末によりミリィは眠ってしまった。
陽平が目を覚ましたのは、どれほど経ってだろうか。丸一日気絶していわけではないとはわかる。
起き上がろうとして足が動かず、上半身だけ起こす。膝枕で寝ているミリィを見て、状況を思い出した。
「ミリィっミリィっ起きてっ」
「うぅ……うぁ? にいさん?
……あっ!?」
少し寝ぼけていたミリィも状況を思い出したのか勢いよく起き上がる。腹の痛みはほとんど引いていた。
「エストが行っちゃった! 呼び止めても駄目だったっ」
「急いで塔の周囲を探そうっ。気絶していたのが少しだけならまだ近くにいるはず」
「うんっ」
互いに短くはない時間意識を失っていたとわかってはいたが、それでも一縷の望みにかける。
ミリィが立ち上がり、陽平も立ち上がろうとして止まる。ずっと膝枕していて痺れたのだ。
「足が痺れてる。すぐに行くから先に探してて」
「わ、わかった!」
こんな状況だが、ずっと膝枕してもらっていったのだと気づきミリィは顔を紅く染めてしまう。
顔の火照りもそのままにミリィは階段を駆け上がり、外へと向かう。二人が向かった先に心当たりはあった。湖にいた集団はおそらくクライスの仲間なのだろう。だとしたら行く先はそこ。
陽平は少しだけ痺れが引き動けるようになると、式符を取りに自分の部屋へと向かう。
上着のポケットから式符の束を取り出し、さらに飛翔の式符を取り出し窓から飛び出す。
四階建ての塔よりも高い位置に移動し止る。
「ミリィはあそこか」
湖へと向かうミリィを発見し、その先を見る。湖には誰もいない。
さらに視点を動かす。森の中は木に邪魔され見えない。
今度は森の外へと視点を向ける。野原と荒野と道、遠くにシュイタスなどが見えるが、規模の大きなものが見えるだけで人間サイズのものまでは見分けること不可能だ。それでもなんとかちょこちょこと動いてるものみつけ、地球から持ってきていた双眼鏡をここに持ってきていればと舌打ちをする。
大神殿脱出で魔法を使い、魔力を回復していない今長時間飛んでいられない。この場でできることはないと判断し、ミリィに合流しようと地面に下りる。
「ミリィっなにかみつかった?」
「どっちに移動したかくらい。
ここにはクライスって人の仲間と思われる人たちがいたんだよ」
急いでいたのか、ここにいたという痕跡を消さずに移動したようだ。森の中も草や枝が折れたりしていて、どちらへと移動したのかわかる。
だが森の外へ出てしまえば、そういった痕跡は馬車や旅人のものに混ざり消えているだろう。
「ここにいた人たちってどれくらいいた?」
「だいたい十人くらい」
「それくらいの人数なら、移動もそこそこ目立つかな。
情報屋に聞けば移動先がわかるかもしれない」
「じゃあ急ごうっ」
「旅の準備するから一度塔に戻る。幸い荷物はまとめてるから時間はかからない。
しっかしこっちに帰ってくればゆっくり落ち着けると思ったのになぁっ」
溜息一つ吐いてそれだけを愚痴とし、動き出した。
自室に置いた荷物から本や地球産の道具で使いそうにないものを部屋の隅に置いていく。
「あ、これお土産。
ミリィの部屋に置いときな?」
ビニール袋から買っておいたお土産を取り出す。暇そうで落ち着かなさそうなミリィに渡す。
「コート?」
ミリィとエストのために買っておいたダッフルコートだ。色はミリィのものがクリーム色で、エストのものが黒に近い灰色だ。
コートほかに動き回るミリィことを考えてジャージの上下も買ってある。
「ありがとう!」
陽平は動かしている手を止めずに言う。
「喜んでもらえたようでなにより。
ほんとはカータスにも酒を買ってたんだけどな、アクシデントがあってなくなったんだ」
ベルガやレグスンやセリに飲み尽くされたのだった。
酒のほかに知人から譲ってもらった日本刀があるので、それだけで我慢してもらう。
ニニルとリムルにもお土産を買ってある。ニニルにはギターと調整セット。リムルには調理道具一式。それぞれの趣味のことを考えて選んだものだ。二人とも自分用の道具は持っているので、予備として渡そうと買ったのだ。
倉庫にも行って持っていくもの残すものを選び終えた陽平は、今度は地下へと向かう。塔の機能を最低限残し止めるためだ。機能維持には二つ残っていた根晶の欠片を使った。
「これでよし。あとほかに忘れていることは……なし」
玄関で忘れ物などの確認をしている。
「今度は私の家に行って旅の準備しないとね」
「そういやついてくるの?」
「当たり前じゃない! ついていかないって思ったの!?
エストに言いたいことと言わなきゃいけないことがあるんだよ! 駄目だって言われてもついていくからね」
「どんなことを言うつもり?」
「言いたいことはまだ秘密。言わなきゃいけないことは謝ること。
正直、寄生樹の子だって知ってまだこうっもやもやっとした感じはするけど、でも傷つけたってのはわかってる。だからそのことを謝りたい」
「そこらへんの話って俺がいないときのことだよね? 歩きながら聞かせてくれる?」
「兄さんの話も聞かせて。久しぶりだとか剣に驚いていたこととか聞きたいことがあるんだ」
二人は塔から出る。次に帰ってくるときは三人で帰ってくると心に決めて。
時間を短縮するため陽平は、残り少なくなった魔力を増幅法で増やし飛翔魔法で森を越えた。これで魔力はほぼ空だ。ミリィは抱っこされていた。生身で空を飛ぶなど初めての経験なミリィは吹きつける風と高さに怖くなり、ぎゅっと陽平に抱きついていた。街道に着地するとその場にへたりこんでしまう。
「そんなに怖かった?」
「怖かった!」
この辺は空に対する距離感の違いか。飛行機やハングライダーや気球といった飛行手段が豊富で空がわりと近い場所にあった陽平にとっては、空を飛ぶという行為に憧れに近いものがあった。リムルたちこの世界の人間にはまだハングライダーなどはない。大鳥屋はあるが、気軽に乗るようなものでもない。陽平よりも空は遠く感じられる。そんな場所に抱えられて連れられたのだ。怖くなって当然だった。
バンジージャンプという落下すら遊びとして捉えるのだから、感覚が違っているのも仕方ないことかもしれない。
少しだけ休むとミリィは立てるようになったので早足で歩き始める。
「それで兄さんがいない間にあったことだけど」
そう言ってミリィにわかる範囲で話し始める。その場にいなかったミリィがクライスが話したことを知っているわけがない。話せるのはクライスがミリィを寄生樹の子と呼んだこと、そのことに驚き見せた仕草でエストを傷つけたこと、力ずくで止めようとして負けたこと。
陽平はこの話からエストが出て行ったことの理由を推測する。だが肝心のオーエンの部屋でのエストとクライスの会話内容がわからなくては、推測も難しい。結局はエストが不安を抱えていたことまで辿りつけない。それでもなんとかクライスに原因の一部がありそうだとは予測できたが。
「兄さんはエストが寄生樹の子って知ってたの?」
「知ってたよ。そのことで虐待されていたエストを連れ出したのは俺だから」
「私たちにそのことを教えなかったのは?」
「小さいエストと旅していたときにね、緑の目と髪を見た人たちがいい反応しなかったんだよ。
カータスたちも同じかもしれないって思ったら知らせる気はなくなった」
「そんなこと……いやあるか」
寄生樹の子だと知ったときミリィは、たしかにエストを受け入れることができていなかった。そのことを思い出し、陽平の言葉を否定できない。
「兄さんはどうしてエストを受け入れられたの?」
「俺が大樹や寄生樹に思い入れがないせいだろうな」
「寄生樹はともかく大樹様にも思い入れないの?」
今度は陽平が話し始める。自分が違う世界からきたこと。その世界に帰るため材料を集めたこと。こっちでの時間で十日ほど前に魔法を使い帰って、向こうで五十年過ごしてきたこと。両親の最後も看取って、こっちに帰ってこようとしたらなぜか魔法が失敗して、昔にいってしまったこと。そこでも材料を集めてようやく帰ってこれたこと。
生まれが違うせいで、自分にとっては大樹とは無心に敬意を抱ける存在ではないのだと説明した。
ミリィはそれを理解できない。違う世界出身だけでも理解しづらいのに、時間移動したとか言われても余計混乱するだけだ。
「えっと? 五十年って言われてもそんなに変わってないし、世界が違うってどういうことなのか」
「魔法使いだから外見はね」
「そうじゃなくて。雰囲気的に? お爺さんとかお婆さんみたいに積み重ねた雰囲気があまり感じられない、と思う」
「肉体と精神って密接に繋がってるらしいから、肉体が若いままってことに精神もつられてるのだと。そのせいで重みとか消えてんじゃ?
まあ、わからないことは置いとけばいい」
「とりあえずそうする。
私にとっては寄生樹は大樹様を壊した悪い奴なんだよ。だから寄生樹の子にもいい感情はもたない。兄さんにみたいに簡単に受け入れることは難しい。
たぶん私の考えが主流なんだと思う。兄さんは異端なんじゃないかな」
「エストと一緒に旅したときや、過去に行ったときにそれは実感した。
この話は平行線なままで終わる気がする。
だから思ったことだけ言うけど。寄生樹の子とか関係なく、エスト個人を見たら、ミリィたちになにも悪いことはしてないよ。
そこを重視することはできないのか?
俺にとっては日々の糧以外に大樹の恩恵は受けてないように思える。日々の糧は大事なんだけどね。寄生樹の被害は受けてない。これは断言できる。むしろエストに会えたんだから恩恵受けたともいえる。
だからミリィたちほど大樹の思い入れはないし、寄生樹を悪くも思わない」
神という存在が明確ではない地球生まれかつ、宗教におおらか過ぎる日本生まれということが、この考えの根幹にあるかもしれない。
「……やっぱり兄さんはおかしいと思う。
でも言われてみればエストに非はないんだよね。ただ寄生樹の子として生まれてきただけってだけで。
謝らないとなぁ。元の関係に戻るのは難しいかもしれないけど」
小さな頃から寄生樹の子は悪い奴と聞かされていたのだから、嫌うのは無理もないのだろう。謝ろうと思えるだけでも、多くの人々の考えから外れている。事情を知らなかったとはいえエストと接し続け、人格をよく知ってからこそ出た思いだ。
「そのためにはまずはみつけないと」
「そうだね。
あと剣に驚いてことも聞きたい」
「あの剣ね。さっき過去にいったって話したよね。
そのときに知り合ったベルガって人が持っていた剣だから驚いたんだ。
子孫なのかあの人?」
先祖から受け継いだものだと陽平はベルガから聞いていた。ベルガも子へと受け継がせていて、その子も同じようにしていたら、クライスが子孫だという可能性もある。だとしたら皮肉なことだと陽平は思う。かつては大樹の使者を守っていた剣が、今では寄生樹の子を守っているのだから。
思いふける陽平をミリィは不思議そうに見ている。大神殿にいたとは話していないから、なにがそんなに感慨深いのかわからないのだ。
二人はいつもは途中で野宿する道程を一睡もせず踏破し、カータスたちのいる村に到着した。
「ただいまっ」
挨拶もそこそこにミリィは自室に駆け込む。
「そんなに慌ててどうしたの?」
リムルが部屋を覗き込みながら言う。
「急用で旅に出ることになって」
「手伝う? いつもみたいに旅の準備すればいいんでしょ?」
「お願い」
リムルの手伝いで剣以外の準備が整う。あとは情報屋に話を聞きに行った陽平がこっちにくるのを待つだけだ。
早く来ないかと落ち着かない様子で待っていたが、徹夜の疲れが見えるミリィをリムルはソファーに座らせ休ませる。
「ホットミルクでもいれくるから待ってて」
十五分ほど経ってリムルが戻ってくると、疲れがいっきに襲ってきたのかミリィはソファーに横たわり寝息を立てていた。
作ったホットミルクをテーブルに静かに置き、取ってきたタオルケットをそっとかける。
買い物から帰ってきたニニルは思ったよりも早い帰りのミリィに少し驚く。
疲れているみたいだからというリムルの言葉に頷いて、起こさず寝かせたままにする。
一時間ほど経つと陽平がやってきた。
「いらっしゃい」
ニニルは首を傾げた。陽平がいるならばエストもいるはずなのだ。しかし今日は姿が見えない。
「エストはどうしたの? 買い物?」
「家出してな」
ミリィからみれば家出とは違うと言うだろうが、陽平にとってはそれに近い感覚だった。ただ少し厄介そうな連中と一緒にいるというだけで。
「家出!? エストが!?」
ありえないと表情が雄弁に語っている。
「俺も詳しい状況掴めてないんだ。
でも連れ戻したい。だから探す。その旅にミリィがついてきてくれるらしくて」
「エストが家出なんて、余程のことがあったとしか思えないわ。
なにか心当たりとかないの?」
「心当たりって言っても。出かける前は異変とかなかったはず」
五十年前のことだ。正直詳しいことは覚えていない。
それに寄生樹のことは話すつもりがないので、特に話すことがない。
「ただの家出じゃなさそうだね。表情が硬いよ」
「ただの家出だったらよかったんだけどね。
今まで見せたことのない感情を見せて拒絶するほど、なにかを思ってたらしいから」
「拒絶とはまた……複雑そうな事情がありそうだね」
ニニルには、陽平にべったりなエストが陽平に対してそんな感情を見せるところが想像できない。
「ミリィはそこら辺少しは知ってるけど聞かないでほしい。
エストは聞かれたくないかもしれないし」
「気になるけど、わかったよ聞かない」
「ありがと。
そうだ。これお土産。こっちはリムル、こっちはカータスに」
「いつもありがと。
……ギター?」
「そう。予備にでもしてくれたら嬉しい。
今日はこれで宿に戻る。ミリィにゆっくり休んでって言っといて」
本当はすぐにでも追いたいが、情報屋が動いて情報を集めるのに時間がかかると言われていたので今日明日まで村に滞在することになっていた。
そして三日後、砕けた剣の代わりも調達し、少ない情報を頼りに二人はエスト追跡に旅立った。
31へ
兵に追われる形での慌しい帰還となったが、陽平は無事に塔に戻ってくることができた。
自分のいる場所がどこだかわかっていなかったらしい。体感的には五十年ほど前の住居だ、記憶がぼけやけていても無理はないのかもしれない。
本当ならば魔法陣を置いていた地下にでるはずなのだが、少しだけずれたらしい。
「エストに帰ったって言わないと。待ちくたびれてるだろうな」
記憶している顔と違ったらどうしようと軽く笑いながら荷物を置き、部屋を出る。
記憶を掘り起こしエストの部屋に向かったが、そこには誰もいない。台所か庭か、もしくは地下だろうとあたりをつけ一階へと向かう。
階段を下りることなく、足が止まる。金属が打ち合う音が聞こえてきたからだ。ここ数年よく聞いていた音に似ていた。ベルガたちが模擬戦をしているときに出していた音だ。
「誰だ?」
思い起こしてもこの塔内で、こんな音を出す者はいないはずだった。
ミリィが鎧に打ち込んでいる? 魔法関連の道具を手に入れたカータスと根晶の欠片を持っているミリィが結界を越えて庭に入り模擬戦をしている? などと根拠のない考えた間では消える。
何の情報もないのだ。ここで考えても仕方ないと音のする方向に足をむけた。
結界があるのだから賊ではないだろうと考えているので慌てるようなことはなく、落ち着いていられるのだ。
「地下からか」
大きくなった音の方向に予測をつけた。
地下への階段を下りる。この先は結界とか司る装置のある場所だったよな、とのんきに考えながら階段を下りきると、誰かが倒れこんできた。
反射的に手を出せたので、なんとか支えることができた。
「な、何事?」
腕の中の人物は、頭の中でぼやけていた人物と同じ。顔見たことでくっきりと像が浮かぶ。
「ミリィか!? 久しぶり!」
「……兄さん? 久しぶりってどういう? いやそれどころじゃないんだっ」
腹を打たれた衝撃にむせながらも現状を伝えようとする。それを陽平は遮る。
「まあまあ、落ち着いて。なにがなんだかわからないけど回復したら教えてくれる?」
支え方を変え、ミリィを床に横たわらせる。頭は陽平の膝に置く。それどころではないと起きようとするミリィだが、腹の痛みで起き上がることが難しい。
そんなミリィを押さえ周囲を確認し、エストと知らない誰かをみつけた。
その誰か、クライスのことをひとまず無視してエストに話しかける。
「ただいま」
「おかえりなさい」
陽平はエストのその落ち着いた声に首を傾げる。帰還をもっと喜んでくれると思っていたのだ。その疑問もすぐになくなった。自分にとっては五十年ほど時間が経過しているが、エストにとっては十日ほど、望んでいるような歓迎はなくて当たり前かと思い込んだ。
やはり忘れている部分があるのだろう。依存していたエストがこの態度ということに疑問を抱かないのだから。
だからあっさりと言ってしまった。
「正直、エストやミリィたちの顔を忘れかけてたよ。しばらく会ってないと記憶ってこうも薄れるもんなんだね。いやぁまいったまいった」
陽平にとってはちょっとした失態というつもりの笑い話なのだろう。しかし五十年という時間が経過しているという陽平側の事情を知らないエストにとっては、この十日間で顔を忘れられるほど、自分はどうでもいい存在だと言われているようなものだった。
これが決定的だった。陽平が現れたことで、捨てられたわけではないと膨らんでいた希望があっさりと消し飛ぶ。
「そうなんだ。やっぱり聞いたとおりなのかな?」
沈んだ様子のエストが思い出しているのはクライスから聞いた話。
エストが陽平側の事情を知らないように、陽平もこれまでの状況を知らない。だからエストが沈む意味がわからない。
「なにが聞いたとおり?」
「私が話したことと同じだったと確信したのでしょう」
クライスが口を出してくる。
「誰だあんた? なに人の家に勝手に入ってんだ。間違えて入ったのなら見逃すよ、さっさと出て行ってくれないか?」
「ええ、すぐに出て行きますよ。
では子よ、行きましょうか」
差し出された手をエストは取った。
「ちょっと待て、なんでエストを連れて行く?」
「私は寄生樹の子であるエスト様を迎えにきた。そんな私がエスト様と一緒にここを出て行ってなにかおかしいことでも?」
「おかしいことでも? じゃない! エストは俺の家族だぞ? 勝手に連れてくな!」
連れて行くということに気を取られ、クライスが寄生樹の子という言葉を使ったことを聞き逃す。
「勝手にではありません。エスト様が自分の意思で決めたこと。
手を取ったことがその証拠でしょう?」
「エスト!」
「うるさいっ。ほっといて!」
エストが陽平に向けたことのない感情の声を向けた。それは遠慮の思いのない、あるがままのエストの思い。あるがままのエストの姿を見ることができたのは陽平にとって嬉しいことだ。しかしこのような状況で、そのような感情を向けられることまでは望んでいない。
なによりそんな感情を向けられる理由がさっぱりだ。
「私が黙らせましょう」
クライスが手にした剣を驚いた表情の陽平へと向ける。
「その剣!?」
見覚えのある剣にさらに驚いた表情となる陽平に、クライスが素早く近づく。
陽平にはどうにもできない。塔内は安全だと式符は持っていない。膝枕の状態で体制が悪い。驚き落ち着いていられない。この三つの要因が陽平になにかすることを許さなかった。
剣の腹で頭部を叩かれ陽平は意識をとばした。そのままのけぞり後ろへと倒れこんだ。
クライスが陽平を斬らなかったのは、エストに血を見せる気がなかったということと、エストを今まで養っていたことへの礼だ。
気絶した陽平を見るエストの冷めた目に感情の揺るぎはない。
クライスと共に階段を上がるエストへと、なんとか起き上がったミリィが声をかける。
「そのまま行ったら後悔するよ!」
エストは立ち止まるが、振り返ることはなく答えた。
「今日感じた思い以上の哀しさなんてない。だから後悔なんてしない!」
これだけ言って歩き出す。
再びミリィがエストを呼んだが、反応することはなかった。
こうしてエストは陽平のもとから去った。思い違い、些細なすれ違いだということに気づかずに。
「すぐに追ってこられても困るのであなたにも寝てもらいます。まあ追ってくるなんてことはありえないでしょうが」
睡眠を促す薬なのだろうか、クライスがばら撒いた粉末によりミリィは眠ってしまった。
陽平が目を覚ましたのは、どれほど経ってだろうか。丸一日気絶していわけではないとはわかる。
起き上がろうとして足が動かず、上半身だけ起こす。膝枕で寝ているミリィを見て、状況を思い出した。
「ミリィっミリィっ起きてっ」
「うぅ……うぁ? にいさん?
……あっ!?」
少し寝ぼけていたミリィも状況を思い出したのか勢いよく起き上がる。腹の痛みはほとんど引いていた。
「エストが行っちゃった! 呼び止めても駄目だったっ」
「急いで塔の周囲を探そうっ。気絶していたのが少しだけならまだ近くにいるはず」
「うんっ」
互いに短くはない時間意識を失っていたとわかってはいたが、それでも一縷の望みにかける。
ミリィが立ち上がり、陽平も立ち上がろうとして止まる。ずっと膝枕していて痺れたのだ。
「足が痺れてる。すぐに行くから先に探してて」
「わ、わかった!」
こんな状況だが、ずっと膝枕してもらっていったのだと気づきミリィは顔を紅く染めてしまう。
顔の火照りもそのままにミリィは階段を駆け上がり、外へと向かう。二人が向かった先に心当たりはあった。湖にいた集団はおそらくクライスの仲間なのだろう。だとしたら行く先はそこ。
陽平は少しだけ痺れが引き動けるようになると、式符を取りに自分の部屋へと向かう。
上着のポケットから式符の束を取り出し、さらに飛翔の式符を取り出し窓から飛び出す。
四階建ての塔よりも高い位置に移動し止る。
「ミリィはあそこか」
湖へと向かうミリィを発見し、その先を見る。湖には誰もいない。
さらに視点を動かす。森の中は木に邪魔され見えない。
今度は森の外へと視点を向ける。野原と荒野と道、遠くにシュイタスなどが見えるが、規模の大きなものが見えるだけで人間サイズのものまでは見分けること不可能だ。それでもなんとかちょこちょこと動いてるものみつけ、地球から持ってきていた双眼鏡をここに持ってきていればと舌打ちをする。
大神殿脱出で魔法を使い、魔力を回復していない今長時間飛んでいられない。この場でできることはないと判断し、ミリィに合流しようと地面に下りる。
「ミリィっなにかみつかった?」
「どっちに移動したかくらい。
ここにはクライスって人の仲間と思われる人たちがいたんだよ」
急いでいたのか、ここにいたという痕跡を消さずに移動したようだ。森の中も草や枝が折れたりしていて、どちらへと移動したのかわかる。
だが森の外へ出てしまえば、そういった痕跡は馬車や旅人のものに混ざり消えているだろう。
「ここにいた人たちってどれくらいいた?」
「だいたい十人くらい」
「それくらいの人数なら、移動もそこそこ目立つかな。
情報屋に聞けば移動先がわかるかもしれない」
「じゃあ急ごうっ」
「旅の準備するから一度塔に戻る。幸い荷物はまとめてるから時間はかからない。
しっかしこっちに帰ってくればゆっくり落ち着けると思ったのになぁっ」
溜息一つ吐いてそれだけを愚痴とし、動き出した。
自室に置いた荷物から本や地球産の道具で使いそうにないものを部屋の隅に置いていく。
「あ、これお土産。
ミリィの部屋に置いときな?」
ビニール袋から買っておいたお土産を取り出す。暇そうで落ち着かなさそうなミリィに渡す。
「コート?」
ミリィとエストのために買っておいたダッフルコートだ。色はミリィのものがクリーム色で、エストのものが黒に近い灰色だ。
コートほかに動き回るミリィことを考えてジャージの上下も買ってある。
「ありがとう!」
陽平は動かしている手を止めずに言う。
「喜んでもらえたようでなにより。
ほんとはカータスにも酒を買ってたんだけどな、アクシデントがあってなくなったんだ」
ベルガやレグスンやセリに飲み尽くされたのだった。
酒のほかに知人から譲ってもらった日本刀があるので、それだけで我慢してもらう。
ニニルとリムルにもお土産を買ってある。ニニルにはギターと調整セット。リムルには調理道具一式。それぞれの趣味のことを考えて選んだものだ。二人とも自分用の道具は持っているので、予備として渡そうと買ったのだ。
倉庫にも行って持っていくもの残すものを選び終えた陽平は、今度は地下へと向かう。塔の機能を最低限残し止めるためだ。機能維持には二つ残っていた根晶の欠片を使った。
「これでよし。あとほかに忘れていることは……なし」
玄関で忘れ物などの確認をしている。
「今度は私の家に行って旅の準備しないとね」
「そういやついてくるの?」
「当たり前じゃない! ついていかないって思ったの!?
エストに言いたいことと言わなきゃいけないことがあるんだよ! 駄目だって言われてもついていくからね」
「どんなことを言うつもり?」
「言いたいことはまだ秘密。言わなきゃいけないことは謝ること。
正直、寄生樹の子だって知ってまだこうっもやもやっとした感じはするけど、でも傷つけたってのはわかってる。だからそのことを謝りたい」
「そこらへんの話って俺がいないときのことだよね? 歩きながら聞かせてくれる?」
「兄さんの話も聞かせて。久しぶりだとか剣に驚いていたこととか聞きたいことがあるんだ」
二人は塔から出る。次に帰ってくるときは三人で帰ってくると心に決めて。
時間を短縮するため陽平は、残り少なくなった魔力を増幅法で増やし飛翔魔法で森を越えた。これで魔力はほぼ空だ。ミリィは抱っこされていた。生身で空を飛ぶなど初めての経験なミリィは吹きつける風と高さに怖くなり、ぎゅっと陽平に抱きついていた。街道に着地するとその場にへたりこんでしまう。
「そんなに怖かった?」
「怖かった!」
この辺は空に対する距離感の違いか。飛行機やハングライダーや気球といった飛行手段が豊富で空がわりと近い場所にあった陽平にとっては、空を飛ぶという行為に憧れに近いものがあった。リムルたちこの世界の人間にはまだハングライダーなどはない。大鳥屋はあるが、気軽に乗るようなものでもない。陽平よりも空は遠く感じられる。そんな場所に抱えられて連れられたのだ。怖くなって当然だった。
バンジージャンプという落下すら遊びとして捉えるのだから、感覚が違っているのも仕方ないことかもしれない。
少しだけ休むとミリィは立てるようになったので早足で歩き始める。
「それで兄さんがいない間にあったことだけど」
そう言ってミリィにわかる範囲で話し始める。その場にいなかったミリィがクライスが話したことを知っているわけがない。話せるのはクライスがミリィを寄生樹の子と呼んだこと、そのことに驚き見せた仕草でエストを傷つけたこと、力ずくで止めようとして負けたこと。
陽平はこの話からエストが出て行ったことの理由を推測する。だが肝心のオーエンの部屋でのエストとクライスの会話内容がわからなくては、推測も難しい。結局はエストが不安を抱えていたことまで辿りつけない。それでもなんとかクライスに原因の一部がありそうだとは予測できたが。
「兄さんはエストが寄生樹の子って知ってたの?」
「知ってたよ。そのことで虐待されていたエストを連れ出したのは俺だから」
「私たちにそのことを教えなかったのは?」
「小さいエストと旅していたときにね、緑の目と髪を見た人たちがいい反応しなかったんだよ。
カータスたちも同じかもしれないって思ったら知らせる気はなくなった」
「そんなこと……いやあるか」
寄生樹の子だと知ったときミリィは、たしかにエストを受け入れることができていなかった。そのことを思い出し、陽平の言葉を否定できない。
「兄さんはどうしてエストを受け入れられたの?」
「俺が大樹や寄生樹に思い入れがないせいだろうな」
「寄生樹はともかく大樹様にも思い入れないの?」
今度は陽平が話し始める。自分が違う世界からきたこと。その世界に帰るため材料を集めたこと。こっちでの時間で十日ほど前に魔法を使い帰って、向こうで五十年過ごしてきたこと。両親の最後も看取って、こっちに帰ってこようとしたらなぜか魔法が失敗して、昔にいってしまったこと。そこでも材料を集めてようやく帰ってこれたこと。
生まれが違うせいで、自分にとっては大樹とは無心に敬意を抱ける存在ではないのだと説明した。
ミリィはそれを理解できない。違う世界出身だけでも理解しづらいのに、時間移動したとか言われても余計混乱するだけだ。
「えっと? 五十年って言われてもそんなに変わってないし、世界が違うってどういうことなのか」
「魔法使いだから外見はね」
「そうじゃなくて。雰囲気的に? お爺さんとかお婆さんみたいに積み重ねた雰囲気があまり感じられない、と思う」
「肉体と精神って密接に繋がってるらしいから、肉体が若いままってことに精神もつられてるのだと。そのせいで重みとか消えてんじゃ?
まあ、わからないことは置いとけばいい」
「とりあえずそうする。
私にとっては寄生樹は大樹様を壊した悪い奴なんだよ。だから寄生樹の子にもいい感情はもたない。兄さんにみたいに簡単に受け入れることは難しい。
たぶん私の考えが主流なんだと思う。兄さんは異端なんじゃないかな」
「エストと一緒に旅したときや、過去に行ったときにそれは実感した。
この話は平行線なままで終わる気がする。
だから思ったことだけ言うけど。寄生樹の子とか関係なく、エスト個人を見たら、ミリィたちになにも悪いことはしてないよ。
そこを重視することはできないのか?
俺にとっては日々の糧以外に大樹の恩恵は受けてないように思える。日々の糧は大事なんだけどね。寄生樹の被害は受けてない。これは断言できる。むしろエストに会えたんだから恩恵受けたともいえる。
だからミリィたちほど大樹の思い入れはないし、寄生樹を悪くも思わない」
神という存在が明確ではない地球生まれかつ、宗教におおらか過ぎる日本生まれということが、この考えの根幹にあるかもしれない。
「……やっぱり兄さんはおかしいと思う。
でも言われてみればエストに非はないんだよね。ただ寄生樹の子として生まれてきただけってだけで。
謝らないとなぁ。元の関係に戻るのは難しいかもしれないけど」
小さな頃から寄生樹の子は悪い奴と聞かされていたのだから、嫌うのは無理もないのだろう。謝ろうと思えるだけでも、多くの人々の考えから外れている。事情を知らなかったとはいえエストと接し続け、人格をよく知ってからこそ出た思いだ。
「そのためにはまずはみつけないと」
「そうだね。
あと剣に驚いてことも聞きたい」
「あの剣ね。さっき過去にいったって話したよね。
そのときに知り合ったベルガって人が持っていた剣だから驚いたんだ。
子孫なのかあの人?」
先祖から受け継いだものだと陽平はベルガから聞いていた。ベルガも子へと受け継がせていて、その子も同じようにしていたら、クライスが子孫だという可能性もある。だとしたら皮肉なことだと陽平は思う。かつては大樹の使者を守っていた剣が、今では寄生樹の子を守っているのだから。
思いふける陽平をミリィは不思議そうに見ている。大神殿にいたとは話していないから、なにがそんなに感慨深いのかわからないのだ。
二人はいつもは途中で野宿する道程を一睡もせず踏破し、カータスたちのいる村に到着した。
「ただいまっ」
挨拶もそこそこにミリィは自室に駆け込む。
「そんなに慌ててどうしたの?」
リムルが部屋を覗き込みながら言う。
「急用で旅に出ることになって」
「手伝う? いつもみたいに旅の準備すればいいんでしょ?」
「お願い」
リムルの手伝いで剣以外の準備が整う。あとは情報屋に話を聞きに行った陽平がこっちにくるのを待つだけだ。
早く来ないかと落ち着かない様子で待っていたが、徹夜の疲れが見えるミリィをリムルはソファーに座らせ休ませる。
「ホットミルクでもいれくるから待ってて」
十五分ほど経ってリムルが戻ってくると、疲れがいっきに襲ってきたのかミリィはソファーに横たわり寝息を立てていた。
作ったホットミルクをテーブルに静かに置き、取ってきたタオルケットをそっとかける。
買い物から帰ってきたニニルは思ったよりも早い帰りのミリィに少し驚く。
疲れているみたいだからというリムルの言葉に頷いて、起こさず寝かせたままにする。
一時間ほど経つと陽平がやってきた。
「いらっしゃい」
ニニルは首を傾げた。陽平がいるならばエストもいるはずなのだ。しかし今日は姿が見えない。
「エストはどうしたの? 買い物?」
「家出してな」
ミリィからみれば家出とは違うと言うだろうが、陽平にとってはそれに近い感覚だった。ただ少し厄介そうな連中と一緒にいるというだけで。
「家出!? エストが!?」
ありえないと表情が雄弁に語っている。
「俺も詳しい状況掴めてないんだ。
でも連れ戻したい。だから探す。その旅にミリィがついてきてくれるらしくて」
「エストが家出なんて、余程のことがあったとしか思えないわ。
なにか心当たりとかないの?」
「心当たりって言っても。出かける前は異変とかなかったはず」
五十年前のことだ。正直詳しいことは覚えていない。
それに寄生樹のことは話すつもりがないので、特に話すことがない。
「ただの家出じゃなさそうだね。表情が硬いよ」
「ただの家出だったらよかったんだけどね。
今まで見せたことのない感情を見せて拒絶するほど、なにかを思ってたらしいから」
「拒絶とはまた……複雑そうな事情がありそうだね」
ニニルには、陽平にべったりなエストが陽平に対してそんな感情を見せるところが想像できない。
「ミリィはそこら辺少しは知ってるけど聞かないでほしい。
エストは聞かれたくないかもしれないし」
「気になるけど、わかったよ聞かない」
「ありがと。
そうだ。これお土産。こっちはリムル、こっちはカータスに」
「いつもありがと。
……ギター?」
「そう。予備にでもしてくれたら嬉しい。
今日はこれで宿に戻る。ミリィにゆっくり休んでって言っといて」
本当はすぐにでも追いたいが、情報屋が動いて情報を集めるのに時間がかかると言われていたので今日明日まで村に滞在することになっていた。
そして三日後、砕けた剣の代わりも調達し、少ない情報を頼りに二人はエスト追跡に旅立った。
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