2009年12月
2009年12月29日
感謝の36
感想、ウェブ拍手ありがとうございます
》一言、不幸だぁぁぁぁぁぁ
今のシェインは運気最悪なのかもしれない
でも下がればあとは上がるだけ
》仲間に恵まれないなー
なにかを見極めるということを姉に頼っていた結果、仲間選びをミスしたといえる部分があります
ドラクエ完結させてないのに、全く新しい話に手を出してます
プロットなしでどこまでいけるかと書き始めたんですが、今たしか80kb
50kbまで書いて続けることができるか判断しようと思って、書いたらわからなくてさらに続けたら80kbまでいってしまった
おかげでなんとなく展望が見えたんで、一月になったら小説家になろうに投稿しようかなと思ってます
ジャンルはチートと最強候補、でも世界の危機とかはない予定
この話とドラクエとかすでに書いているものを平行して書いてたんですが、そのほうが作業効率が上がった不思議
樹の世界へ遠章 不運と再会と 3
翌朝、エントマ族の長に動くなと伝え、イツキとシェインに見送られてイドアへと陽平は飛び去った。
高速で飛び去った陽平を見て、シェインがぽかんとしている。再会して一番大きな表情の変化だった。
飛ぶ魔術は存在するが使う者はほぼいない。なぜなら今のプントの魔力量では五分飛ぶことで精一杯で、陽平のように速度を出した場合さらに持続時間は減る。
緊急事態以外の飛翔は、魔力の無駄遣いと考えられているのだ。
それをあっさりと行い、プントの限界を超え飛び続ける陽平に驚いていた。
電車で3時間と少しかかる距離を、一時間で移動しイドアに到着した陽平は大樹神殿を訪れ、受付に身分メダルを提示し神殿長に面会を願う。
「あいにくエッゾス様は面会中でして」
「十分ほどで話しは終わるんだ。それでも駄目だろうか?」
すぐに用事は済むという陽平の言葉に、受付は聞くだけ聞いてみますと神殿長に連絡を通す。連絡を受けた神殿長は、面会をきりのいいところで休憩とし抜け出した。
休憩室に案内された陽平はやってきた神殿長に頭を下げる。
「忙しいところ時間も割いてもらいすまない」
「いえ話し合いが長引いて、ちょうど休憩がほしかったので」
挨拶を手短にすませた陽平は国警士の居場所を問う。一箇所に滞在している国警士の居場所は、その街の神殿長しか知らないのだ。
「そのメダルを持っているので教えることに不満はないのですが、どうして知りたいのか理由を聞いても?」
理由を知りたがる神殿長に推測だがと前置きして、アラストノーヴァで起きていることをざっと話した。
神殿長は国警士と同じ権力を持つ陽平の訪問に、己がなにかしでかしたかと不安を抱いていたのだ。
「そうでしたか。一都市を治める者としてあるまじき行為。これは国警士が動くこともやむなしですな」
話に納得した神殿長は胸を撫で下ろしつつ国警士の居場所を話し、必要だろうと判断し情報屋の場所と紹介状を陽平に渡す。
礼を言った陽平は神殿をあとにした。
自分の足で少しゼインの情報を集めたあと情報屋を訪れた陽平は、紹介状を見せて必要な情報を買い求める。
紹介状と金払いのよさで、情報屋は陽平の求めた情報をあますことなく提出する。
その情報で、ゼインが自身の資産を余裕で超えるお金を吐き出していることがわかった。ゼインについてここにきていた者たちの資産を売って、ようやくとんとんといった額だ。それなのにゼインたちの生活は苦しそうではない。ゼインたちが借金をしていないこともわかっている。
これだけでも国警士を動かせると考え、これ以上の情報収集はやめることに決めた。
関連書類を受け取り情報屋に礼を言って、国警士の元へ向かう。
神殿長から聞いた場所は喫茶店だ。そこの店員が国警士なのだ。
喫茶店に入ると店主と店員から挨拶が飛んでくる。陽平はカウンター前に座り、店主に注文を頼む。
「ブレンド、ミルク三滴、少しぬるめで」
教わったコーヒーの入れ方で頼むとマスターの表情が一瞬強張った。そしてちらりと男の店員に目配せをする。それに気づいた店員は一つ頷き、作業を続ける。
コーヒーを飲み終わった陽平は代金を置いて店を出る。
「ありゃ? お客さん多めにお金置いてったな。
コーストっ釣りを持っていってくれ!」
「あいよ!」
目配せを受けた店員が釣りを受けとり陽平を追いかける。
追いかけてきた店員に身分メダルを見せて、手短に事情を説明する。
「それが本当なら俺が動く必要があるな。
エントマ族とはアラストノーヴァ初代町長が口約束だが不干渉の契約を交わしているんだ。それを破ることは大樹様もお許しにならないだろう。
街を維持する金に手をつけたことも許しがたい」
渡された書類を確認し、納得した店員は明日レクシアの家に行くと告げて、喫茶店に戻っていった。
イドアですることのなくなった陽平はアラストノーヴァへと戻る。
そのまま役所近くで、レッグとその同僚の身の安全のため張り込む。町長が荒事専門の冒険者くずれでも雇っていないかと、万が一を心配しての張り込みだったが、その心配は杞憂だった。
念のため二人をつけている者がいないか警戒しつつ、レクシアの待つ家へと二人を追って移動する。
二人が家に入って二十分ほど警戒を続け、異変なしと判断した陽平は扉の戸を叩いた。
「なにかわかった?」
「あまり詳しいことは。ただ書類とデータが改竄されているみたいで。そうだよな?」
レッグが隣に座る同僚に話しかける。
「はい。はっきりとは覚えていなんですが、以前見た数字と違ってるようなんです。
こまごまとした備品の費用も、少しずつ水増しされて記載されているみたいです。
元の記録がないので、証拠とはいえないんですが」
「それを証言できるのは君だけ?」
陽平の問いに同僚は首を横に振る。
「おそらく友達も証言できると思います。彼女は経理部だから、私よりもはっきりデータに違和感を感じると。
ただ危険とかがなければですが」
「その点については大丈夫。国警士が動いてくれるから。
証言があれば金庫を調べることが可能だ。十中八九金庫はほぼ空だろう、カジノで勝っていないからな。
町長たちはその日のうちに首で、次の日には投獄だろうさ。
被害が君らに及ぶことはない」
「それなら大丈夫です」
「じゃあ明日国警士に証言をお願い」
頷く同僚に、今日はここに止まるように言って陽平は家を出る。
帰ったとみせかけしばらく屋根で見張りをするつもりなのだ。陽平が帰ったあとに襲撃されたら目をあてられない。
レクシアたちが眠ったあとも陽平は屋根に居座り続けた。結局明け方まで見張り、襲撃はなかった。
もう大丈夫だと判断した陽平は山に戻り、イツキとシェインを連れて下山する。
レクシア家に向かう途中で、ちょうどよく到着したコーストと合流する。
「ではエミリさんは先に役所に行って友人に話を通してください。
俺たちもすぐに行きますので」
「はい」
国警士としての顔でコーストはレッグの同僚に接する。
エミリが家を出たあと、レクシアに着替えのできる部屋を借り、コーストは国警士の制服に身をまとう。胸にはメダルと同じ柄のワッペンが縫い付けられている。
「では行こう」
レクシアは留守番で、それ以外の全員が家を出た。
厳格な雰囲気をまとったコーストを先頭に一行は役所へと向かう。国警士の制服をまとったコーストは目立つ。道行く人々は一行に注目しながら、なにごとかと囁きあう。
役所のロビーに入ると、エミリが見知らぬ女性と立っていた。
コーストはその二人に話しかける。
「町長は出勤していますか?」
「いえ、まだ」
エミリが首を横に振り答える。
「では先に金庫の確認をすませておきましょう。
依存はありますか?」
「いえ、ではこちらへどうぞ」
エミリたちの先導で一行は金庫へと向かう。
なにごとかと役人たちは話し合う。制服を見れば、誰がきたのかはわかる。だがなぜきたのはわからず、理由を推測しあう声があちこちから聞こえてきた。
金庫を無断で開けるということでひと悶着あったが、コーストの権力行使には逆らえず金庫は開かれることになった。
結果は予想通りだ。そこにあった運営資金の入っているはずの通帳には、二ヶ月分の資金が入っていただけだ。今期はあと半年以上ある。予想外の支出があったとしても減りすぎだろう。現金も冒険者たちに配る予定の依頼料以外は入っていない。
金庫を管理している経理のトップにコーストは話を聞き、すべてを自白させた。やはりギャンブルにはまっての使い込みだった。
この十分後、のこのこと出勤してきたゼイン以下幹部たちは、事情聴取後コーストに裁判を受けることすら許されず刑務所行きを告げられるのだった。
町長たちへの事情聴取で彼らの行動が判明した。
ギャンブルに大負けして資金を使い込み。その補填方法を探し、鉱山に目をつけた。しかし採掘量を増やすにはエントマ族が邪魔。そこでエントマ族排除のため小細工を考える。獣人が凶暴化する薬を使い、暴れさせる。その事実でもって住民にエントマ族討伐やむなしという考えを持たせる。あとは冒険者を雇い、情報を制限し魔物と勘違いさせて討伐してもらう。
エントマ族が滅びても、暴れたという事実で討伐に疑問を抱くものは少なく、追求もないだろうと考えていた。
町長の机から獣人を過剰興奮させる薬が、幹部の机からはエントマ族との関係がかかれた郷土資料とエントマ族のことが載っている獣人図鑑が発見された。
役所から街中へと今回の騒動の概要が伝わり大騒ぎになる中、陽平はコーストに警官四名を借り受け講堂へと向かう。
もちろんジカールたちを捕まえるためだ。いなくなっていたら指名手配するつもりなので、いないのならいなくてもいいと気軽なものだ。
冒険者たちに割り当てられた部屋に入ると、ジカールたちもガスにやられたようで苦しげな様子で壁に寄りかかっていた。
女部屋にはイツキとシェインと婦警が行っている。
「そこの二人、ジカールとセケンドで間違いないな?」
確認するように問う陽平に、二人は苦しげな様子で首だけを向ける。話すことも億劫なのだろう。
「めんどいな」
魔術にみせかけた魔法で二人の症状を治療する。
「これでいいだろう? もう一度聞く。ジカールとセケンドで間違いないな?」
「あ、ああ。間違いない。俺がジカールだ。治してくれて礼を言う」
「別にいらん。話しやすくしただけだ。
こいつらで間違いないようだ。逮捕してくれ。罪状は殺人未遂」
警官に言った陽平の言葉に、二人は驚く。
「ちょちょちょっと待ってくれ! 殺人未遂って冗談じゃない!」
「そうです! なにかの間違いです!」
「うるさい。証拠は挙がってるし、問答無用で捕まえられるだけの権力持ってんだこっちは」
「横暴だ! それに証拠ってなんだよ!」
息巻くジカールに陽平は大きく溜息をついてみせる。
「言わなきゃわからんか? シェインを囮にして逃げただろう? シェインはもう少しで死ぬところだったのを俺たちが助けたんだ」
「「っ!?」」
二人のこの反応に、部屋の中の冒険者たちは冷たい視線を送る。
二人はちらりと愛用の武器の位置を確認する。それに陽平も気づかないはずがない。
「冒険者たちに囲まれたここで暴れる気か? それはさすがに無茶だろう?」
警官も警棒に手をかけ、冒険者たちもそれぞれの武器に手をかける。
二人は無茶だと悟り、武器から離れた。
警官たちが二人を縛っていく。二人は大人しく縛られていく。
そのとき離れた部屋から、なにかが壁にぶつかる音が聞こえてきた。
「あ、イツキは殴ったんだな」
陽平の言葉は正解で、イツキはわざと隙をみせクテが逃げることを誘導したのだ。そして逃がさないためと言って殴り飛ばした。
イツキはなにも最初から殴るつもりはなかったのだ。だがクテたちがすでにシェインの私物を売っていたことで、殴りたくなってしまった。
クテは冒険者たちの治癒魔術でどうにか全快したらしい。
ジカールたち三人は警官たちに拘留所へ連れられていく。それを見送った陽平は冒険者たちに頼まれ、治療のため講堂に残る。一人一人に魔法をかけていくのがめんどくさかった陽平は、今の症状に効果的な薬とお茶の組み合わせを買ってきて治療とした。魔法のように即効性はないが、飲んで一時間もすれば回復する。
陽平が冒険者たちの相手をしているうちにイツキはシェインを伴い、私物の回収に向かった。質屋にまとめて売ったということをイツキはアイアンクローを使い、クテから聞き出していた。
消耗品以外の服や小物などを買戻し、無事に回収して講堂へと戻る。
イツキたちが戻ってきて講堂になんの用事もなくなった陽平は、今日の宿をとるため外に出る。
騒動は陽平の手を離れ、コースト主導のもと収束を見せている。
それで陽平にやることがないかというとそうでもない。エントマ族に事情の説明、捕らえている冒険者への説明と解放、エントマ族と人間の不干渉の明文化などやることはあり暇に過ごすことはできていない。
騒動が完全に落ち着きをみせたのは、ゼイン逮捕から五日後のことだ。街の住民と冒険者たちは事態を把握し、役所は業務を滞りなく行えるようになり、街のざわつきも収まった。
資金難の現状で町長として働きたがる者がおらず、後釜選定が難航したがそれもどうにか決まり、事態を見届けた陽平はここを離れようと決めた。ジカールたちの件についても証言を終えていた。
ジカールたちの取調べも順調に進んでいる。以前組んでいた冒険者たちに捜索依頼が出ていたことが身辺調査で判明。そこを追求すると同じことを二度やっていたと自供。刑務所行きを免れることはできない。
すでに冒険者たちの多くは次の仕事を求めてアラストノーヴァを離れていた。彼らには今回の騒動に巻き込んだ謝礼として、国から依頼料と同じだけの礼金が依頼所を通して支払われることになっている。
「俺たちは行こうと思うけど、シェインはこれからどうする?
冒険者を続けるのなら知り合いの信頼できるパーティーを紹介するし、姉のところに行くなら送っていく」
初めて会った頃の雰囲気を取り戻してはいるが、いまだイツキのそばにいたがるシェインに問う。
「一緒に行くっていう選択肢はないの?」
「俺たち冒険者として活動しているわけじゃないから、シェインの活動スタイルとは合わないと思う」
「そっちの都合にあわせるから。生活費に少し不安はあるけど、少し街に滞在してくれれば一人で仕事して貯めるし」
難しい顔をする陽平からイツキへと視線を移す。
「イツキは私が一緒だと迷惑?」
「迷惑というわけではありませんが、私たちは危ないことにも首を突っ込むので、ついてくると危険に巻き込まれることになりますよ?
命を落とすことにもなりかねません」
「そ、そうなったら巻き込まれないように遠く離れたところで二人を待つ!」
イツキの言葉に怯む様子を見せるも、諦める様子は見せない。
弱っているところに付きっ切りで優しく世話をしたことで、刷り込みに近い好意が生まれたのだろうか。
二人が、特にイツキがシェインを裏切れば、完全に人間不信に陥るのかもしれない。
「どうしますか?」
「……仕方ないな、一緒に行くか。怪しいことに近づかなけりゃ危険もないだろうし」
しばらく一緒にいれば満足するだろうと同行を承諾する。
陽平が認めるならばイツキに反論はない。
本当ならばミルティアに帰ろうかとも思っていたのだ。だがしばらくはあちこちをうろつくことになる。ミルティアに連れて行ってもいいと思うほど、シェインを信じてはいないのだ。
旅支度を整え、三人は役所で書類を捌いているコーストに出立することを告げる。
「行くのか。
今回のことは知らせてくれて助かった。実は別件に関わってたおかげで、こちらにはまったく気づいていなかったんだ。
放っておいたら今頃エントマ族の死体の山ができてたところだ」
「知り合いからエントマ族のことを聞いて、気まぐれで調査した結果だから気にしなくていい」
「そうか。だが礼は言わせてもらう」
そう言ってコーストは頭を下げる。
「次はどこに行くのか決めてあるのか?」
「いんや、適当に列車に乗って適当な場所で降りるつもり」
「いい旅を。
イドアに来たら顔でも見せてくれ。コーヒーくらいおごるよ」
「楽しみにしとく」
陽平は手をひらひらと振り、イツキとシェインは頭を下げ、部屋を出て行った。
三人の足音が聞こえなくなると、コーストは再び書類処理を始める。あと半日もすれば、ここでの仕事は終わる。
三人はレクシアに挨拶を終えると、その足でミシアの墓へと向かう。
三人で黙祷をすませたあと、イツキだけその場に残る。
イツキはミシアの愛用してたキセルを取り出すと、火をつけ口に持っていく。そっと吐き出された煙がゆっくりと空気中に消えていく。
「イツキってタバコ吸うの?」
「あれは供養がわり。ミシアっていう親友がタバコ好きだったから、墓参りにくるといつもミシアの代わりに吸うんだよ」
三分ほど墓の前にいたイツキは灰を片付け、二人のもとへと移動する。
これで本当にこの街ですることのなくなった三人は駅へと移動する。
東行き列車の切符を買って、タイミングよくホームに入ってきた列車へと乗り込むのだった。
高速で飛び去った陽平を見て、シェインがぽかんとしている。再会して一番大きな表情の変化だった。
飛ぶ魔術は存在するが使う者はほぼいない。なぜなら今のプントの魔力量では五分飛ぶことで精一杯で、陽平のように速度を出した場合さらに持続時間は減る。
緊急事態以外の飛翔は、魔力の無駄遣いと考えられているのだ。
それをあっさりと行い、プントの限界を超え飛び続ける陽平に驚いていた。
電車で3時間と少しかかる距離を、一時間で移動しイドアに到着した陽平は大樹神殿を訪れ、受付に身分メダルを提示し神殿長に面会を願う。
「あいにくエッゾス様は面会中でして」
「十分ほどで話しは終わるんだ。それでも駄目だろうか?」
すぐに用事は済むという陽平の言葉に、受付は聞くだけ聞いてみますと神殿長に連絡を通す。連絡を受けた神殿長は、面会をきりのいいところで休憩とし抜け出した。
休憩室に案内された陽平はやってきた神殿長に頭を下げる。
「忙しいところ時間も割いてもらいすまない」
「いえ話し合いが長引いて、ちょうど休憩がほしかったので」
挨拶を手短にすませた陽平は国警士の居場所を問う。一箇所に滞在している国警士の居場所は、その街の神殿長しか知らないのだ。
「そのメダルを持っているので教えることに不満はないのですが、どうして知りたいのか理由を聞いても?」
理由を知りたがる神殿長に推測だがと前置きして、アラストノーヴァで起きていることをざっと話した。
神殿長は国警士と同じ権力を持つ陽平の訪問に、己がなにかしでかしたかと不安を抱いていたのだ。
「そうでしたか。一都市を治める者としてあるまじき行為。これは国警士が動くこともやむなしですな」
話に納得した神殿長は胸を撫で下ろしつつ国警士の居場所を話し、必要だろうと判断し情報屋の場所と紹介状を陽平に渡す。
礼を言った陽平は神殿をあとにした。
自分の足で少しゼインの情報を集めたあと情報屋を訪れた陽平は、紹介状を見せて必要な情報を買い求める。
紹介状と金払いのよさで、情報屋は陽平の求めた情報をあますことなく提出する。
その情報で、ゼインが自身の資産を余裕で超えるお金を吐き出していることがわかった。ゼインについてここにきていた者たちの資産を売って、ようやくとんとんといった額だ。それなのにゼインたちの生活は苦しそうではない。ゼインたちが借金をしていないこともわかっている。
これだけでも国警士を動かせると考え、これ以上の情報収集はやめることに決めた。
関連書類を受け取り情報屋に礼を言って、国警士の元へ向かう。
神殿長から聞いた場所は喫茶店だ。そこの店員が国警士なのだ。
喫茶店に入ると店主と店員から挨拶が飛んでくる。陽平はカウンター前に座り、店主に注文を頼む。
「ブレンド、ミルク三滴、少しぬるめで」
教わったコーヒーの入れ方で頼むとマスターの表情が一瞬強張った。そしてちらりと男の店員に目配せをする。それに気づいた店員は一つ頷き、作業を続ける。
コーヒーを飲み終わった陽平は代金を置いて店を出る。
「ありゃ? お客さん多めにお金置いてったな。
コーストっ釣りを持っていってくれ!」
「あいよ!」
目配せを受けた店員が釣りを受けとり陽平を追いかける。
追いかけてきた店員に身分メダルを見せて、手短に事情を説明する。
「それが本当なら俺が動く必要があるな。
エントマ族とはアラストノーヴァ初代町長が口約束だが不干渉の契約を交わしているんだ。それを破ることは大樹様もお許しにならないだろう。
街を維持する金に手をつけたことも許しがたい」
渡された書類を確認し、納得した店員は明日レクシアの家に行くと告げて、喫茶店に戻っていった。
イドアですることのなくなった陽平はアラストノーヴァへと戻る。
そのまま役所近くで、レッグとその同僚の身の安全のため張り込む。町長が荒事専門の冒険者くずれでも雇っていないかと、万が一を心配しての張り込みだったが、その心配は杞憂だった。
念のため二人をつけている者がいないか警戒しつつ、レクシアの待つ家へと二人を追って移動する。
二人が家に入って二十分ほど警戒を続け、異変なしと判断した陽平は扉の戸を叩いた。
「なにかわかった?」
「あまり詳しいことは。ただ書類とデータが改竄されているみたいで。そうだよな?」
レッグが隣に座る同僚に話しかける。
「はい。はっきりとは覚えていなんですが、以前見た数字と違ってるようなんです。
こまごまとした備品の費用も、少しずつ水増しされて記載されているみたいです。
元の記録がないので、証拠とはいえないんですが」
「それを証言できるのは君だけ?」
陽平の問いに同僚は首を横に振る。
「おそらく友達も証言できると思います。彼女は経理部だから、私よりもはっきりデータに違和感を感じると。
ただ危険とかがなければですが」
「その点については大丈夫。国警士が動いてくれるから。
証言があれば金庫を調べることが可能だ。十中八九金庫はほぼ空だろう、カジノで勝っていないからな。
町長たちはその日のうちに首で、次の日には投獄だろうさ。
被害が君らに及ぶことはない」
「それなら大丈夫です」
「じゃあ明日国警士に証言をお願い」
頷く同僚に、今日はここに止まるように言って陽平は家を出る。
帰ったとみせかけしばらく屋根で見張りをするつもりなのだ。陽平が帰ったあとに襲撃されたら目をあてられない。
レクシアたちが眠ったあとも陽平は屋根に居座り続けた。結局明け方まで見張り、襲撃はなかった。
もう大丈夫だと判断した陽平は山に戻り、イツキとシェインを連れて下山する。
レクシア家に向かう途中で、ちょうどよく到着したコーストと合流する。
「ではエミリさんは先に役所に行って友人に話を通してください。
俺たちもすぐに行きますので」
「はい」
国警士としての顔でコーストはレッグの同僚に接する。
エミリが家を出たあと、レクシアに着替えのできる部屋を借り、コーストは国警士の制服に身をまとう。胸にはメダルと同じ柄のワッペンが縫い付けられている。
「では行こう」
レクシアは留守番で、それ以外の全員が家を出た。
厳格な雰囲気をまとったコーストを先頭に一行は役所へと向かう。国警士の制服をまとったコーストは目立つ。道行く人々は一行に注目しながら、なにごとかと囁きあう。
役所のロビーに入ると、エミリが見知らぬ女性と立っていた。
コーストはその二人に話しかける。
「町長は出勤していますか?」
「いえ、まだ」
エミリが首を横に振り答える。
「では先に金庫の確認をすませておきましょう。
依存はありますか?」
「いえ、ではこちらへどうぞ」
エミリたちの先導で一行は金庫へと向かう。
なにごとかと役人たちは話し合う。制服を見れば、誰がきたのかはわかる。だがなぜきたのはわからず、理由を推測しあう声があちこちから聞こえてきた。
金庫を無断で開けるということでひと悶着あったが、コーストの権力行使には逆らえず金庫は開かれることになった。
結果は予想通りだ。そこにあった運営資金の入っているはずの通帳には、二ヶ月分の資金が入っていただけだ。今期はあと半年以上ある。予想外の支出があったとしても減りすぎだろう。現金も冒険者たちに配る予定の依頼料以外は入っていない。
金庫を管理している経理のトップにコーストは話を聞き、すべてを自白させた。やはりギャンブルにはまっての使い込みだった。
この十分後、のこのこと出勤してきたゼイン以下幹部たちは、事情聴取後コーストに裁判を受けることすら許されず刑務所行きを告げられるのだった。
町長たちへの事情聴取で彼らの行動が判明した。
ギャンブルに大負けして資金を使い込み。その補填方法を探し、鉱山に目をつけた。しかし採掘量を増やすにはエントマ族が邪魔。そこでエントマ族排除のため小細工を考える。獣人が凶暴化する薬を使い、暴れさせる。その事実でもって住民にエントマ族討伐やむなしという考えを持たせる。あとは冒険者を雇い、情報を制限し魔物と勘違いさせて討伐してもらう。
エントマ族が滅びても、暴れたという事実で討伐に疑問を抱くものは少なく、追求もないだろうと考えていた。
町長の机から獣人を過剰興奮させる薬が、幹部の机からはエントマ族との関係がかかれた郷土資料とエントマ族のことが載っている獣人図鑑が発見された。
役所から街中へと今回の騒動の概要が伝わり大騒ぎになる中、陽平はコーストに警官四名を借り受け講堂へと向かう。
もちろんジカールたちを捕まえるためだ。いなくなっていたら指名手配するつもりなので、いないのならいなくてもいいと気軽なものだ。
冒険者たちに割り当てられた部屋に入ると、ジカールたちもガスにやられたようで苦しげな様子で壁に寄りかかっていた。
女部屋にはイツキとシェインと婦警が行っている。
「そこの二人、ジカールとセケンドで間違いないな?」
確認するように問う陽平に、二人は苦しげな様子で首だけを向ける。話すことも億劫なのだろう。
「めんどいな」
魔術にみせかけた魔法で二人の症状を治療する。
「これでいいだろう? もう一度聞く。ジカールとセケンドで間違いないな?」
「あ、ああ。間違いない。俺がジカールだ。治してくれて礼を言う」
「別にいらん。話しやすくしただけだ。
こいつらで間違いないようだ。逮捕してくれ。罪状は殺人未遂」
警官に言った陽平の言葉に、二人は驚く。
「ちょちょちょっと待ってくれ! 殺人未遂って冗談じゃない!」
「そうです! なにかの間違いです!」
「うるさい。証拠は挙がってるし、問答無用で捕まえられるだけの権力持ってんだこっちは」
「横暴だ! それに証拠ってなんだよ!」
息巻くジカールに陽平は大きく溜息をついてみせる。
「言わなきゃわからんか? シェインを囮にして逃げただろう? シェインはもう少しで死ぬところだったのを俺たちが助けたんだ」
「「っ!?」」
二人のこの反応に、部屋の中の冒険者たちは冷たい視線を送る。
二人はちらりと愛用の武器の位置を確認する。それに陽平も気づかないはずがない。
「冒険者たちに囲まれたここで暴れる気か? それはさすがに無茶だろう?」
警官も警棒に手をかけ、冒険者たちもそれぞれの武器に手をかける。
二人は無茶だと悟り、武器から離れた。
警官たちが二人を縛っていく。二人は大人しく縛られていく。
そのとき離れた部屋から、なにかが壁にぶつかる音が聞こえてきた。
「あ、イツキは殴ったんだな」
陽平の言葉は正解で、イツキはわざと隙をみせクテが逃げることを誘導したのだ。そして逃がさないためと言って殴り飛ばした。
イツキはなにも最初から殴るつもりはなかったのだ。だがクテたちがすでにシェインの私物を売っていたことで、殴りたくなってしまった。
クテは冒険者たちの治癒魔術でどうにか全快したらしい。
ジカールたち三人は警官たちに拘留所へ連れられていく。それを見送った陽平は冒険者たちに頼まれ、治療のため講堂に残る。一人一人に魔法をかけていくのがめんどくさかった陽平は、今の症状に効果的な薬とお茶の組み合わせを買ってきて治療とした。魔法のように即効性はないが、飲んで一時間もすれば回復する。
陽平が冒険者たちの相手をしているうちにイツキはシェインを伴い、私物の回収に向かった。質屋にまとめて売ったということをイツキはアイアンクローを使い、クテから聞き出していた。
消耗品以外の服や小物などを買戻し、無事に回収して講堂へと戻る。
イツキたちが戻ってきて講堂になんの用事もなくなった陽平は、今日の宿をとるため外に出る。
騒動は陽平の手を離れ、コースト主導のもと収束を見せている。
それで陽平にやることがないかというとそうでもない。エントマ族に事情の説明、捕らえている冒険者への説明と解放、エントマ族と人間の不干渉の明文化などやることはあり暇に過ごすことはできていない。
騒動が完全に落ち着きをみせたのは、ゼイン逮捕から五日後のことだ。街の住民と冒険者たちは事態を把握し、役所は業務を滞りなく行えるようになり、街のざわつきも収まった。
資金難の現状で町長として働きたがる者がおらず、後釜選定が難航したがそれもどうにか決まり、事態を見届けた陽平はここを離れようと決めた。ジカールたちの件についても証言を終えていた。
ジカールたちの取調べも順調に進んでいる。以前組んでいた冒険者たちに捜索依頼が出ていたことが身辺調査で判明。そこを追求すると同じことを二度やっていたと自供。刑務所行きを免れることはできない。
すでに冒険者たちの多くは次の仕事を求めてアラストノーヴァを離れていた。彼らには今回の騒動に巻き込んだ謝礼として、国から依頼料と同じだけの礼金が依頼所を通して支払われることになっている。
「俺たちは行こうと思うけど、シェインはこれからどうする?
冒険者を続けるのなら知り合いの信頼できるパーティーを紹介するし、姉のところに行くなら送っていく」
初めて会った頃の雰囲気を取り戻してはいるが、いまだイツキのそばにいたがるシェインに問う。
「一緒に行くっていう選択肢はないの?」
「俺たち冒険者として活動しているわけじゃないから、シェインの活動スタイルとは合わないと思う」
「そっちの都合にあわせるから。生活費に少し不安はあるけど、少し街に滞在してくれれば一人で仕事して貯めるし」
難しい顔をする陽平からイツキへと視線を移す。
「イツキは私が一緒だと迷惑?」
「迷惑というわけではありませんが、私たちは危ないことにも首を突っ込むので、ついてくると危険に巻き込まれることになりますよ?
命を落とすことにもなりかねません」
「そ、そうなったら巻き込まれないように遠く離れたところで二人を待つ!」
イツキの言葉に怯む様子を見せるも、諦める様子は見せない。
弱っているところに付きっ切りで優しく世話をしたことで、刷り込みに近い好意が生まれたのだろうか。
二人が、特にイツキがシェインを裏切れば、完全に人間不信に陥るのかもしれない。
「どうしますか?」
「……仕方ないな、一緒に行くか。怪しいことに近づかなけりゃ危険もないだろうし」
しばらく一緒にいれば満足するだろうと同行を承諾する。
陽平が認めるならばイツキに反論はない。
本当ならばミルティアに帰ろうかとも思っていたのだ。だがしばらくはあちこちをうろつくことになる。ミルティアに連れて行ってもいいと思うほど、シェインを信じてはいないのだ。
旅支度を整え、三人は役所で書類を捌いているコーストに出立することを告げる。
「行くのか。
今回のことは知らせてくれて助かった。実は別件に関わってたおかげで、こちらにはまったく気づいていなかったんだ。
放っておいたら今頃エントマ族の死体の山ができてたところだ」
「知り合いからエントマ族のことを聞いて、気まぐれで調査した結果だから気にしなくていい」
「そうか。だが礼は言わせてもらう」
そう言ってコーストは頭を下げる。
「次はどこに行くのか決めてあるのか?」
「いんや、適当に列車に乗って適当な場所で降りるつもり」
「いい旅を。
イドアに来たら顔でも見せてくれ。コーヒーくらいおごるよ」
「楽しみにしとく」
陽平は手をひらひらと振り、イツキとシェインは頭を下げ、部屋を出て行った。
三人の足音が聞こえなくなると、コーストは再び書類処理を始める。あと半日もすれば、ここでの仕事は終わる。
三人はレクシアに挨拶を終えると、その足でミシアの墓へと向かう。
三人で黙祷をすませたあと、イツキだけその場に残る。
イツキはミシアの愛用してたキセルを取り出すと、火をつけ口に持っていく。そっと吐き出された煙がゆっくりと空気中に消えていく。
「イツキってタバコ吸うの?」
「あれは供養がわり。ミシアっていう親友がタバコ好きだったから、墓参りにくるといつもミシアの代わりに吸うんだよ」
三分ほど墓の前にいたイツキは灰を片付け、二人のもとへと移動する。
これで本当にこの街ですることのなくなった三人は駅へと移動する。
東行き列車の切符を買って、タイミングよくホームに入ってきた列車へと乗り込むのだった。
樹の世界へ遠章 不運と再会と 2
意識が覚醒し最初に思ったのは、誰の膝枕で寝ているんだろうということ。
誰か膝枕をしてくれるような人がいたかとぼんやり考えて、気絶する前のことを思い出した。
目を開けると誰かと話しているイツキが見えた。
視線に気づいたのかイツキがシェインを見下ろす。
「おはようございます」
「え、えっとおはよ」
「治療はしていますが、まだどこか痛いところはありますか?」
シェインはぺたぺたと自身の顔や体を触り、どこも異常がないことを確認した。
大丈夫と言いながら起き上がる。
見えるかぎりで判断するに、ここは洞窟の中のようだ。焚き火で暖をとり、天井に明かりの魔術が浮かんでいる。
「ここは……」
どこだろうと思いつつ周囲を見て、わりと近くに猪頭が座っていることに気づき、緊張から体を硬くする。
「警戒しなくていいよ。シェインが暴れなければ、彼らは危害を加えない」
「……ヨウヘイさん?」
声をした方向を見ると、半年振りに会う人物が座っていた。
「久しぶり」
「あ、はい。お久しぶりです。
そ、そうじゃなくて! ここはどこなんですか!? 私はたしか殴られて気絶して、殺されるって」
猪頭たちに囲まれ命を危険を感じたことを思い出し、ぶるりと震える体を抱く。
イツキはシェインを安心させるように抱き寄せて背中をさする。ヨウヘイはリュックを探って、乾燥した草や乳鉢などを取り出している。
「ここはエントマ族の住居で、俺たちに貸し与えられた区画。シェインはエントマ族の戦士と戦い負けてここに運ばれてきたんだ」
「エントマ族って?」
「猪を祖とする獣人の一種。わりと昔からここらの山付近を住処にしているらしいよ」
「そうなんですか。
どうして私は運ばれてきたの? なんで二人はここに? それに町長の話にはエントマ族なんて少しもでてこなかった」
次々と疑問が湧いてきたようで、答えを聞かずに問い続ける。
「ここに運ばれてきたのは俺が頼んだから。運ばれてきた中に見知った顔がいて、ちょっと驚いたよ。ここにいるのは偶然に近い。町長とやらの話にエントマ族が出てこなかったのはなにか企んでいるからじゃないかな」
シェインの疑問に答えつつもヨウヘイの手は素早く動き、草を粉末にしてなにかを作っていく。仕上げに粉砂糖を混ぜ、水を注いだものをイツキに渡す。
「シェインに飲ませてやって」
イツキは頷いて受け取り、シェインの口元に持っていく。不安に揺れる瞳で見上げてくるシェインに、大丈夫だと言いつつ髪を撫でる。
自分から飲むのを待つイツキと陽平を見て、シェインはカップに口をつけた。ほんの少しだけ苦味のある柑橘系の味が口の中に広がる。
液体を飲み干したシェインは撫でられるうちに、恐怖と不安が弛んでいき、すうすうと寝息を立て始めた。
陽平が作ったものは精神安定剤と睡眠薬だ。
「ん? 大丈夫大丈夫」
エントマ族の一人がシェインを心配して、陽平に大丈夫なのかと聞いたのだ。
聞いたのはシェインを殴った戦士の一人で、シェインが二人の知り合いと聞いて、やりすぎてはないなかったかと心配してここにいるのだ。
大丈夫という返答に安心した戦士は家族のもとへ帰っていく。
「なにがあったんだろうねぇ」
「死に恐れを抱いたというのもあるんでしょうが、それとは別の感情も浮かんでました」
「だね。少しだけ人を拒絶するような色もあったね」
何があってそんな状態になっているのか陽平もイツキも気になっている。だが死の恐怖と合わさって弱くなっている今のシェインに問うのもはばかられた。
とりあえずの処置として時間を置くということを選択した。一眠りして落ち着けば、ましになるだろうと考えたのだ。安心して眠れるように精神安定剤と少しだけ強い睡眠薬を与えたのだ。
「膝枕つらくなったら代わるよ?」
「大丈夫です。最近膝枕なんてしてなかったから懐かしくて、今日一晩続ける程度お茶の子さいさいです」
「ならいいんだけど」
動いているようには見えないイツキの表情の中に、懐かしげなものと楽しいという感情をみつけた陽平。愛娘が楽しんでいることを邪魔するほど無粋ではない。
「黒幕の一人は町長みたいだ」
「間違いないでしょう」
「いったいなにを考えてエントマ族に仕掛けたのか。
街とエントマ族は相互不干渉が暗黙の了解らしいのに」
「レクシアに町長のことを聞きにいけばなにかわかるかと」
「明日街に行ってみるか。俺一人で行ってくるからシェインの世話を頼む」
「お任せを」
「足止めしている間に問題が解決できればいいな」
「ええ」
「今までの経験からすると、理由はろくなことじゃなさそうなんだよなぁ」
「理由はどうであれ、処分があるということはかわりません」
まあなと言って陽平は立ち上がる。
「ちょっと指示出してくる。あとほかに捕まえた奴らとも話してくる」
「いってらっしゃいませ」
与えられた穴から出た陽平はエントマ族の長のもとへと向かう。
寛いでいるところに邪魔した陽平は、作り上げた薬を渡して、手短に用件を伝えるとこれ以上邪魔にならないように立ち去る。
陽平が去ったあと長はそばにいた若い戦士二人に、薬を渡して指示を出す。戦士たちは頷き、人数を集めて山頂へと走っていった。
陽平が次にきたのは牢だ。牢といっても、使っていなかった洞穴の入り口を急ごしらえの柵で閉じただけのものだ。
見張りが常に三人ついていて、今も暇そうに入り口を見張っている。牢には八名ほどが身包みはがされ入れられている。彼らは逃げ遅れ捕まったり、自ら足止めに残った者ばかりで、シェインのように囮にされた者はいない。
見張りに人間と話しがしたいと伝え、許可をもらった陽平は入り口から呼びかけた。
「おーい、話したいことあるんだこっちにきてくれ」
傷は治療したし、果物と水のみとはいえ食料も入れてある。話す元気はあるはずと考えている。
すぐに一人だけ柵に近寄ってきた。警戒しているようで、一定の距離を置いている。
陽平には自身が怪しいという自覚があるので、開いた距離には納得している。
「聞きたいことあるんだ、少し相手になってもらえないかな」
「俺たちも聞きたいことがある。それに答えてくれるのなら」
「かまわないよ。
どっちから話す? 俺としては後でも先でもいい」
「じゃあ俺たちから。
なぜ俺たちはここに入れられているんだ?」
「捕まったから」
「捕まえたのは誰なんだ? 俺たちの最後の記憶は獣人と戦い負けたというものだ」
「その獣人、エントマ族っていうんだけど、彼らがここまで連れてきたんだよ」
「どうして? なんのために?」
「どうしては、俺が殺さないように頼んだから。なんのためには、情報を得るためと戦力を削るため」
「俺たちはこれからどうなる?」
「問題が解決すれば、二度とここに近寄らないと約束させて解放」
「……殺さないのか?」
解放という言葉に首を傾げる。今殺されていないのはなにか目的があるためで、用が済めば殺されると思っていたのだ。もちろん大人しく殺されるつもりはなかったのだが。
「おそらくあんたたちは騙されて片棒を担がされただけだと思うんだ、だから殺しはしない」
陽平は予定という言葉を心の中で付け加える。捕虜の中に町長の協力者がいれば命の保証はない。
「次はこっちだ。
町長からエントマ族のことを聞いた奴はいるか?」
男は首を横に振る。奥にいる捕虜たちも聞いていたと言い出す者はいない。
嘘をついていないかしっかり観察し、次の質問に移る。
「エントマ族のことは全員知らなかったのか?」
「俺は知らなかったし、仲間も知らなかったようだ」
捕虜たちの返事も男と同じだ。
「この中にアラストノーヴァ出身者はいないのか? この街の住人ならエントマ族のことを知ってそうなんだが」
「俺と仲間の出身地はここらではない。旅をしていて近くの街でこの依頼を受けたんだ」
俺たちも違う街で受けたと牢の奥から聞こえてくる。アラストノーヴァで受けた者はいないらしい。
「この街では依頼は出ていないのか?」
「どうやらそのようだな……怪しいよな?」
男も疑問を抱いたようだ。
普通、地元の問題は地元の依頼所にでるものだ。それが地元ではでていなくて、別の街で出されている。誰だっておかしく思う。
男たちに礼を言い、大人しくしているように言ってから陽平はイツキのもとへと戻る。
イツキはシェインを毛布で包み、膝枕を続けていた。陽平が出ている間に、濡れタオルでシェインの体をふいたようで少し服が乱れていた。
「先に寝るから火の番頼んだ。四五時間すれば起きるから」
「わかりました」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
陽平も毛布に包まり、横になる。
五分後には完全に寝入り、周囲は静まり返った。
静かに時間は流れていき、言ったとおり四時間ほどで陽平は目を覚ます。寝る前と変わらない姿勢のイツキに声をかけて、火の番を交代する。そのままの姿勢で眠るシェインに上着をもう一枚かけてやり、陽平は日が出てくるまで火を絶やさずに時間をすごしていった。
朝となり、目を覚ましたシェインとシェインが起き上がったことで目を覚ましたイツキの二人と朝食を食べる。鳥出汁の野菜スープとパンのみという簡素なメニューで済ませる。
「これから街に出るけど、シェインはなにか買ってきてほしいものはある?」
少し考える様子を見せたシェインは首を横に振る。
シェインは目が覚めてからずっとイツキの隣に静かに座っている。静かなのはまだ落ち着いていないせいだろうと、陽平とイツキは考えていた。
エントマ族の長に今日は偵察のみですませるように言ってから、陽平は山を降りる。
長は偵察のみという言葉に頷いた。エントマ族が冒険者に互角以上に戦えたのは、陽平が彼らを魔法で強化していたからだ。長はそれをきちんと理解しているのだ。
それに昨日頼んだ仕掛けがうまくはまっていれば、ほとんどの冒険者は戦闘力が下がる。よって無理に戦う必要はないのだ。
エントマ族の住処から真っ直ぐ街へと下りず、大きく迂回したことで余計に時間がかかり、街に到着したのは昼過ぎだ。
飛んで移動すればもっと早かったのだろうが、一応見回りもしておこうと考え、歩きで移動したのだ。
山方面の街出入り口を見ると、顔色を悪くしふらつく冒険者たちが数人いた。それを見た陽平は仕掛けが上手くいったことを悟り、その場を離れる。
仕掛けとは、山頂の沼から出る空気よりも重いガスを使ったものだ。ガスそのものには毒性はほとんどないし、吹く風に散らされ普段はなんの害も与えない。陽平は沼に薬を混ぜるように指示し、生き物に悪影響を与えるガスを発生させるように変えた。
夜のうちにガスは山頂から麓へと流れていく。山頂に近づくほど効果は強く、麓に近づくほど薄れているのでガスに気づかず吸い続けてしまう。そして冒険者たちは体調を悪くして昼前に下山することになった。
事前にエントマ族の住処にはガスが流れないように、岩や倒木を使い塀を作っているのでエントマ族に被害はない。
このガスは、沼の中の薬がなくなる四日後まで発生し続けることだろう。
それまでには解決したいなと考えつつ、レクシアの家に向かう。
レクシアとはイツキの親友の娘だ。イツキの親友ミシアは大樹大神殿の高官だった。ミシアは退職後に故郷に戻り、生涯をここで終えた。この街に陽平とイツキがきた目的は、ミシアの墓参りが目的だ。その墓参りのついでにレクシアに会いに行って、エントマ族の異変を聞かされたのだ。
この話が気になった陽平とイツキは山へと調査に行き、そこで興奮したエントマ族の戦士に出くわした。興奮する様子に違和感を覚えた陽平は隠れて様子を見ることに。そして特に何かに対して怒ったりしているのではなく、無理矢理興奮していると気づいた。魔術か薬かでこういった状態になっているのだろうと、鎮静の魔法と解毒の魔法を試し平静へと戻したのだ。落ち着いたエントマ族と話して住処へと連れて行ってもらった。そこでエントマ族の長に出会い、調査を請け負った。
今まで調査にはでず、エントマ族を守るための策を優先していたのだ。その策が魔法による強化やガスによる妨害だ。
「あら、ヨウヘイさん? 帰ったんじゃ?」
四十過ぎの女が玄関先に立つ陽平を見て驚いている。この女がレクシアだ。ふくよかで、いかにもおっかさんといった雰囲気をまとっている。
「エントマ族のことでまだ滞在しているんだ」
「調べてくれてたんですか?」
「気になってね。それ関連で聞きたいことがある」
「かまいませんよ。中にどうぞ」
先導されリビングへ通される。
レクシアはお茶を出して、椅子に座る。
「それで聞きたいことってなんです?」
「町長について。町長が黒幕の一人らしいんだ」
「町長がですか!?」
エントマ族自身の話やシェインや捕虜たちとの会話を話していく。
「息子から聞いた話だとエントマ族の異変調査を冒険者に頼むってことになっていたらしいです。ついでに山道周辺の魔物退治も頼むと言ってたらしいですが。
エントマ族が討伐対象だなんて私も息子も聞いてないわ。ほかの人たちも聞いてないんじゃ?」
「息子が役所で働いてるんだったか」
「そうです。地位は高くないから詳しい話は聞けてないんでしょうが」
「町長については息子さんに聞いたほうがいいか」
「ええ、私よりも詳しいかと」
「いつ頃帰ってくる?」
「今日は用事があると聞いてませんから六時前には」
「じゃあ、その頃にまた来てみることにするよ」
「ここで待っててもかまいませんよ?」
「街をぶらついて情報を集めてようと思う。買い物もあるしね」
レクシアに見送られ、陽平は家を出る。
昼食を食べたり食料を買うついでに、街や街周辺のことをそれとなく聞いていく。
誰もがレクシアと同じように、エントマ族の討伐については知らなかった。
エントマ族に襲われた者とも話しができ、当時の様子を教えてもらった。襲われた者は鉱夫で、鉱石を工場へと運ぶ最中に襲われたらしい。
エントマ族がなぜ襲ってきたのかは不明。鉱石を狙っていたわけではない。鉱夫たちがエントマ族の気に障るようなことをしたわけでもない。目的なく暴れていたように見えたらしい。
しかもエントマ族はいままで山道には出てきたことがない。薪を拾うためなどに山道から外れるとたまに出会うが、互いに近寄らずにすませる。なぜ急に出てきて暴れたのか鉱夫の誰もが首を傾げているとのことだ。
話を聞き終わり、食料やシェインの衣類などを買った陽平は一時間強余った時間を依頼所で潰す。パソコンを開いて、エントマ族の情報がどうなっているか調べてみることにしたのだ。
アラストノーヴァ周辺に出てくる魔物や亜人を調べてみても、エントマ族については情報が出てこない。ここら周辺にかぎらず検索してみると、ようやくエントマ族と同種の獣人について簡素な情報がでてきた。
次に図書室兼資料室に行って、獣人関連の本を探す。詳しく獣人について書かれた本とこの街の歴史についての本は貸し出されているのか置かれていない。
ここまで調べてちょうどいい時間となったので、陽平はレクシアの家へと向かう。
「あ、ヨウヘイさん。レッグ戻ってますよ。どうぞ中へ」
レクシアに案内されたリビングには二十半ばの男が椅子に座っていた。
「あ、お久しぶりです」
「久しぶり。レクシアから話は聞いてる?」
「はい。町長のことについてですよね」
「うん。人となりや最近の行動について聞きたいんだ」
「俺から見た姿は可もなく不可もなくといった感じで、無難に街の運営指揮をとってます。
指揮を出すことが中心で自分から動くことはしません。他所からお偉いさんがくると出迎えたりはしますが、街の中に住んでいる人との話し合いだと、自分で行くことはせず来てもらうことばかりです。
ですから今回の冒険者の対応については少し驚いてます。町長自ら説明会を開いたり、冒険者を労わったり、今までにない行動です」
「その説明会とかは町長一人で準備したわけじゃないよね? 誰が手伝った?」
「上層部が中心となってました。俺たちはそれだけ今回の依頼に力を入れているのかなと噂してましたね。
誰もがそれほど力を入れることかと首を傾げてもいますが」
「どうして?」
「魔物討伐を依頼しなければならないほど、魔物被害って多くはないんです」
「ああ、なるほど。エントマ族が食料として魔物を狩るからか」
「はい。だから依頼自体がおかしな話なんですよね」
なるほど頷いて、陽平はしばらく黙る。考えをまとめているのだ。
「レッグは説明会でどんな話がされたか知ってる?」
「いえ、なにも聞いてません」
「山に出る魔物の説明で、エントマ族の話は少しもでなかったそうだ。
エントマ族は魔物ではないから説明しなかったとは言えない。間違えて攻撃してしまう冒険者がいるかもしれないから、むしろきちんと説明しておくはずだろう?
しかも冒険者たち全員がこの街外の出身者の可能性が高い。この街とエントマ族の関係を知らない者がほとんどだ。
冒険者が手を出してエントマ族がさらに暴れるようなことになると、困るのはこの街の住民だ」
「こちらから攻撃しなければ何一つ危険のない相手ですから、普通はきちんと伝えますね。
この街の関係者がいないのならなおさら」
「伝えなかったということは、ぶつかってほしかったということか?
エントマ族が先に暴れたから、街の人たちはそれもやむなしと思うだろうし。外部の冒険者という第三者によって排除されれば、冒険者たちの先走りということで片付けることができる」
「エントマ族を排除して利益があるんでしょうか?」
「そこがわからないんだ。
それを知るために町長のことを聞きたかった」
「とはいっても最初言ったとおりなんですが」
「特異な行動とかは?」
レッグはゼインの普段の行動を思い起こす。接触がそれほどあるわけではないので、たいしたことは思い出せないのだが。
それでも思い出せることはあった。
「今回のことに関係あるかはわからないんですが。
町長は二ヶ月の一度七日ほどまとまった休みをとって、泊りがけの旅行にでるんです。出るときには気合の入った様子で、帰ってきたときは上機嫌だったり不機嫌だったり。ここ一年は不機嫌続きでした」
「どこに行ってるかわかる?」
「イドアでしょう。
同僚が西へと向かう列車に乗りこもうとしている町長たちを見たことがあるらしいです」
イドアという街に陽平は聞き覚えがある。
「イドアってたしか大陸一のギャンブル街だったか」
「はい」
陽平の頭の中で今回の全体図が見えた。
「たしか坑道はエントマ族との関係で無制限に掘れるわけじゃない。だから鉱山からの収入は大きいとは言えない。でももっと掘ることができれば収入は増える」
「収入のためにエントマ族を排除するつもりですか!?」
それだけのためにとレッグとレクシアが驚いている。
「ただ排除すると言えば反感を買って、町長としての地位も危ぶむかもしれん。だから反感を抑えるために小細工した。
めんどくさいことをしてまで収入を増やしたかったのは、街の運営費も使い込んだからか?」
「不機嫌続きってことは負け続き……自分のお金がそこをついて思わず手が?」
「その証拠はないけどね。一度手を出せば、躊躇いはなくなって際限なく使いそうだ。そこを調べることできる?
少しでも怪しいところがあれば国警士を動かせる」
「やってみましょう。経理に近いところに同僚がいるんです」
「お願い。
俺はイドアに行って町長のことを調べてくる。あそこには国警士がいるらしいし、ちょうどいい」
レッグに決して無理はしないようにと、レクシアにはこのことは誰にも言わないようにと、それぞれに言い含め陽平は山に帰る。
イツキと一日中イツキのそばを離れなかったらしいシェインに、わかったことを話す。そして明日はイドアに言ってくることも告げた。
今日一日でイツキはシェインのことを聞き出したようで、シェインが寝入ったあと陽平に話す。
「シェインを囮にした人たちのこともどうにかしたいです」
「置いてきた荷物は取り返すとして。
そいつらが逃げ出さなければシェインって証人がいるし警察に突き出せる。ほっとくと同じことしそうだし、必ず突き出す。
シェインが攻撃されているところを助けたって嘘つくから」
「はい。どうせ誰もシェインが運ばれるところを見てはいませんから、ばれることはないでしょう」
エントマ族に話しを聞けば嘘だとわかるが、問題が一つある。意思疎通できる者がいないということだ。
陽平たちも魔法で心に直接言葉を伝え会話しているのだ。同じようなことができる者はそうそういない。
「嘘つくってシェインにも言っておいて」
「必ず伝えておきます」
タイミングよく山にいたことを疑問に思われるかもしれないが、そこはレクシアから聞いた話が気になり調査のため山にいたと話すつもりだ。調査事態は嘘ではないので、調べられても問題はない。
今日も火の番を後で請け負うことにして、陽平は寝転がった。
3へ
誰か膝枕をしてくれるような人がいたかとぼんやり考えて、気絶する前のことを思い出した。
目を開けると誰かと話しているイツキが見えた。
視線に気づいたのかイツキがシェインを見下ろす。
「おはようございます」
「え、えっとおはよ」
「治療はしていますが、まだどこか痛いところはありますか?」
シェインはぺたぺたと自身の顔や体を触り、どこも異常がないことを確認した。
大丈夫と言いながら起き上がる。
見えるかぎりで判断するに、ここは洞窟の中のようだ。焚き火で暖をとり、天井に明かりの魔術が浮かんでいる。
「ここは……」
どこだろうと思いつつ周囲を見て、わりと近くに猪頭が座っていることに気づき、緊張から体を硬くする。
「警戒しなくていいよ。シェインが暴れなければ、彼らは危害を加えない」
「……ヨウヘイさん?」
声をした方向を見ると、半年振りに会う人物が座っていた。
「久しぶり」
「あ、はい。お久しぶりです。
そ、そうじゃなくて! ここはどこなんですか!? 私はたしか殴られて気絶して、殺されるって」
猪頭たちに囲まれ命を危険を感じたことを思い出し、ぶるりと震える体を抱く。
イツキはシェインを安心させるように抱き寄せて背中をさする。ヨウヘイはリュックを探って、乾燥した草や乳鉢などを取り出している。
「ここはエントマ族の住居で、俺たちに貸し与えられた区画。シェインはエントマ族の戦士と戦い負けてここに運ばれてきたんだ」
「エントマ族って?」
「猪を祖とする獣人の一種。わりと昔からここらの山付近を住処にしているらしいよ」
「そうなんですか。
どうして私は運ばれてきたの? なんで二人はここに? それに町長の話にはエントマ族なんて少しもでてこなかった」
次々と疑問が湧いてきたようで、答えを聞かずに問い続ける。
「ここに運ばれてきたのは俺が頼んだから。運ばれてきた中に見知った顔がいて、ちょっと驚いたよ。ここにいるのは偶然に近い。町長とやらの話にエントマ族が出てこなかったのはなにか企んでいるからじゃないかな」
シェインの疑問に答えつつもヨウヘイの手は素早く動き、草を粉末にしてなにかを作っていく。仕上げに粉砂糖を混ぜ、水を注いだものをイツキに渡す。
「シェインに飲ませてやって」
イツキは頷いて受け取り、シェインの口元に持っていく。不安に揺れる瞳で見上げてくるシェインに、大丈夫だと言いつつ髪を撫でる。
自分から飲むのを待つイツキと陽平を見て、シェインはカップに口をつけた。ほんの少しだけ苦味のある柑橘系の味が口の中に広がる。
液体を飲み干したシェインは撫でられるうちに、恐怖と不安が弛んでいき、すうすうと寝息を立て始めた。
陽平が作ったものは精神安定剤と睡眠薬だ。
「ん? 大丈夫大丈夫」
エントマ族の一人がシェインを心配して、陽平に大丈夫なのかと聞いたのだ。
聞いたのはシェインを殴った戦士の一人で、シェインが二人の知り合いと聞いて、やりすぎてはないなかったかと心配してここにいるのだ。
大丈夫という返答に安心した戦士は家族のもとへ帰っていく。
「なにがあったんだろうねぇ」
「死に恐れを抱いたというのもあるんでしょうが、それとは別の感情も浮かんでました」
「だね。少しだけ人を拒絶するような色もあったね」
何があってそんな状態になっているのか陽平もイツキも気になっている。だが死の恐怖と合わさって弱くなっている今のシェインに問うのもはばかられた。
とりあえずの処置として時間を置くということを選択した。一眠りして落ち着けば、ましになるだろうと考えたのだ。安心して眠れるように精神安定剤と少しだけ強い睡眠薬を与えたのだ。
「膝枕つらくなったら代わるよ?」
「大丈夫です。最近膝枕なんてしてなかったから懐かしくて、今日一晩続ける程度お茶の子さいさいです」
「ならいいんだけど」
動いているようには見えないイツキの表情の中に、懐かしげなものと楽しいという感情をみつけた陽平。愛娘が楽しんでいることを邪魔するほど無粋ではない。
「黒幕の一人は町長みたいだ」
「間違いないでしょう」
「いったいなにを考えてエントマ族に仕掛けたのか。
街とエントマ族は相互不干渉が暗黙の了解らしいのに」
「レクシアに町長のことを聞きにいけばなにかわかるかと」
「明日街に行ってみるか。俺一人で行ってくるからシェインの世話を頼む」
「お任せを」
「足止めしている間に問題が解決できればいいな」
「ええ」
「今までの経験からすると、理由はろくなことじゃなさそうなんだよなぁ」
「理由はどうであれ、処分があるということはかわりません」
まあなと言って陽平は立ち上がる。
「ちょっと指示出してくる。あとほかに捕まえた奴らとも話してくる」
「いってらっしゃいませ」
与えられた穴から出た陽平はエントマ族の長のもとへと向かう。
寛いでいるところに邪魔した陽平は、作り上げた薬を渡して、手短に用件を伝えるとこれ以上邪魔にならないように立ち去る。
陽平が去ったあと長はそばにいた若い戦士二人に、薬を渡して指示を出す。戦士たちは頷き、人数を集めて山頂へと走っていった。
陽平が次にきたのは牢だ。牢といっても、使っていなかった洞穴の入り口を急ごしらえの柵で閉じただけのものだ。
見張りが常に三人ついていて、今も暇そうに入り口を見張っている。牢には八名ほどが身包みはがされ入れられている。彼らは逃げ遅れ捕まったり、自ら足止めに残った者ばかりで、シェインのように囮にされた者はいない。
見張りに人間と話しがしたいと伝え、許可をもらった陽平は入り口から呼びかけた。
「おーい、話したいことあるんだこっちにきてくれ」
傷は治療したし、果物と水のみとはいえ食料も入れてある。話す元気はあるはずと考えている。
すぐに一人だけ柵に近寄ってきた。警戒しているようで、一定の距離を置いている。
陽平には自身が怪しいという自覚があるので、開いた距離には納得している。
「聞きたいことあるんだ、少し相手になってもらえないかな」
「俺たちも聞きたいことがある。それに答えてくれるのなら」
「かまわないよ。
どっちから話す? 俺としては後でも先でもいい」
「じゃあ俺たちから。
なぜ俺たちはここに入れられているんだ?」
「捕まったから」
「捕まえたのは誰なんだ? 俺たちの最後の記憶は獣人と戦い負けたというものだ」
「その獣人、エントマ族っていうんだけど、彼らがここまで連れてきたんだよ」
「どうして? なんのために?」
「どうしては、俺が殺さないように頼んだから。なんのためには、情報を得るためと戦力を削るため」
「俺たちはこれからどうなる?」
「問題が解決すれば、二度とここに近寄らないと約束させて解放」
「……殺さないのか?」
解放という言葉に首を傾げる。今殺されていないのはなにか目的があるためで、用が済めば殺されると思っていたのだ。もちろん大人しく殺されるつもりはなかったのだが。
「おそらくあんたたちは騙されて片棒を担がされただけだと思うんだ、だから殺しはしない」
陽平は予定という言葉を心の中で付け加える。捕虜の中に町長の協力者がいれば命の保証はない。
「次はこっちだ。
町長からエントマ族のことを聞いた奴はいるか?」
男は首を横に振る。奥にいる捕虜たちも聞いていたと言い出す者はいない。
嘘をついていないかしっかり観察し、次の質問に移る。
「エントマ族のことは全員知らなかったのか?」
「俺は知らなかったし、仲間も知らなかったようだ」
捕虜たちの返事も男と同じだ。
「この中にアラストノーヴァ出身者はいないのか? この街の住人ならエントマ族のことを知ってそうなんだが」
「俺と仲間の出身地はここらではない。旅をしていて近くの街でこの依頼を受けたんだ」
俺たちも違う街で受けたと牢の奥から聞こえてくる。アラストノーヴァで受けた者はいないらしい。
「この街では依頼は出ていないのか?」
「どうやらそのようだな……怪しいよな?」
男も疑問を抱いたようだ。
普通、地元の問題は地元の依頼所にでるものだ。それが地元ではでていなくて、別の街で出されている。誰だっておかしく思う。
男たちに礼を言い、大人しくしているように言ってから陽平はイツキのもとへと戻る。
イツキはシェインを毛布で包み、膝枕を続けていた。陽平が出ている間に、濡れタオルでシェインの体をふいたようで少し服が乱れていた。
「先に寝るから火の番頼んだ。四五時間すれば起きるから」
「わかりました」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
陽平も毛布に包まり、横になる。
五分後には完全に寝入り、周囲は静まり返った。
静かに時間は流れていき、言ったとおり四時間ほどで陽平は目を覚ます。寝る前と変わらない姿勢のイツキに声をかけて、火の番を交代する。そのままの姿勢で眠るシェインに上着をもう一枚かけてやり、陽平は日が出てくるまで火を絶やさずに時間をすごしていった。
朝となり、目を覚ましたシェインとシェインが起き上がったことで目を覚ましたイツキの二人と朝食を食べる。鳥出汁の野菜スープとパンのみという簡素なメニューで済ませる。
「これから街に出るけど、シェインはなにか買ってきてほしいものはある?」
少し考える様子を見せたシェインは首を横に振る。
シェインは目が覚めてからずっとイツキの隣に静かに座っている。静かなのはまだ落ち着いていないせいだろうと、陽平とイツキは考えていた。
エントマ族の長に今日は偵察のみですませるように言ってから、陽平は山を降りる。
長は偵察のみという言葉に頷いた。エントマ族が冒険者に互角以上に戦えたのは、陽平が彼らを魔法で強化していたからだ。長はそれをきちんと理解しているのだ。
それに昨日頼んだ仕掛けがうまくはまっていれば、ほとんどの冒険者は戦闘力が下がる。よって無理に戦う必要はないのだ。
エントマ族の住処から真っ直ぐ街へと下りず、大きく迂回したことで余計に時間がかかり、街に到着したのは昼過ぎだ。
飛んで移動すればもっと早かったのだろうが、一応見回りもしておこうと考え、歩きで移動したのだ。
山方面の街出入り口を見ると、顔色を悪くしふらつく冒険者たちが数人いた。それを見た陽平は仕掛けが上手くいったことを悟り、その場を離れる。
仕掛けとは、山頂の沼から出る空気よりも重いガスを使ったものだ。ガスそのものには毒性はほとんどないし、吹く風に散らされ普段はなんの害も与えない。陽平は沼に薬を混ぜるように指示し、生き物に悪影響を与えるガスを発生させるように変えた。
夜のうちにガスは山頂から麓へと流れていく。山頂に近づくほど効果は強く、麓に近づくほど薄れているのでガスに気づかず吸い続けてしまう。そして冒険者たちは体調を悪くして昼前に下山することになった。
事前にエントマ族の住処にはガスが流れないように、岩や倒木を使い塀を作っているのでエントマ族に被害はない。
このガスは、沼の中の薬がなくなる四日後まで発生し続けることだろう。
それまでには解決したいなと考えつつ、レクシアの家に向かう。
レクシアとはイツキの親友の娘だ。イツキの親友ミシアは大樹大神殿の高官だった。ミシアは退職後に故郷に戻り、生涯をここで終えた。この街に陽平とイツキがきた目的は、ミシアの墓参りが目的だ。その墓参りのついでにレクシアに会いに行って、エントマ族の異変を聞かされたのだ。
この話が気になった陽平とイツキは山へと調査に行き、そこで興奮したエントマ族の戦士に出くわした。興奮する様子に違和感を覚えた陽平は隠れて様子を見ることに。そして特に何かに対して怒ったりしているのではなく、無理矢理興奮していると気づいた。魔術か薬かでこういった状態になっているのだろうと、鎮静の魔法と解毒の魔法を試し平静へと戻したのだ。落ち着いたエントマ族と話して住処へと連れて行ってもらった。そこでエントマ族の長に出会い、調査を請け負った。
今まで調査にはでず、エントマ族を守るための策を優先していたのだ。その策が魔法による強化やガスによる妨害だ。
「あら、ヨウヘイさん? 帰ったんじゃ?」
四十過ぎの女が玄関先に立つ陽平を見て驚いている。この女がレクシアだ。ふくよかで、いかにもおっかさんといった雰囲気をまとっている。
「エントマ族のことでまだ滞在しているんだ」
「調べてくれてたんですか?」
「気になってね。それ関連で聞きたいことがある」
「かまいませんよ。中にどうぞ」
先導されリビングへ通される。
レクシアはお茶を出して、椅子に座る。
「それで聞きたいことってなんです?」
「町長について。町長が黒幕の一人らしいんだ」
「町長がですか!?」
エントマ族自身の話やシェインや捕虜たちとの会話を話していく。
「息子から聞いた話だとエントマ族の異変調査を冒険者に頼むってことになっていたらしいです。ついでに山道周辺の魔物退治も頼むと言ってたらしいですが。
エントマ族が討伐対象だなんて私も息子も聞いてないわ。ほかの人たちも聞いてないんじゃ?」
「息子が役所で働いてるんだったか」
「そうです。地位は高くないから詳しい話は聞けてないんでしょうが」
「町長については息子さんに聞いたほうがいいか」
「ええ、私よりも詳しいかと」
「いつ頃帰ってくる?」
「今日は用事があると聞いてませんから六時前には」
「じゃあ、その頃にまた来てみることにするよ」
「ここで待っててもかまいませんよ?」
「街をぶらついて情報を集めてようと思う。買い物もあるしね」
レクシアに見送られ、陽平は家を出る。
昼食を食べたり食料を買うついでに、街や街周辺のことをそれとなく聞いていく。
誰もがレクシアと同じように、エントマ族の討伐については知らなかった。
エントマ族に襲われた者とも話しができ、当時の様子を教えてもらった。襲われた者は鉱夫で、鉱石を工場へと運ぶ最中に襲われたらしい。
エントマ族がなぜ襲ってきたのかは不明。鉱石を狙っていたわけではない。鉱夫たちがエントマ族の気に障るようなことをしたわけでもない。目的なく暴れていたように見えたらしい。
しかもエントマ族はいままで山道には出てきたことがない。薪を拾うためなどに山道から外れるとたまに出会うが、互いに近寄らずにすませる。なぜ急に出てきて暴れたのか鉱夫の誰もが首を傾げているとのことだ。
話を聞き終わり、食料やシェインの衣類などを買った陽平は一時間強余った時間を依頼所で潰す。パソコンを開いて、エントマ族の情報がどうなっているか調べてみることにしたのだ。
アラストノーヴァ周辺に出てくる魔物や亜人を調べてみても、エントマ族については情報が出てこない。ここら周辺にかぎらず検索してみると、ようやくエントマ族と同種の獣人について簡素な情報がでてきた。
次に図書室兼資料室に行って、獣人関連の本を探す。詳しく獣人について書かれた本とこの街の歴史についての本は貸し出されているのか置かれていない。
ここまで調べてちょうどいい時間となったので、陽平はレクシアの家へと向かう。
「あ、ヨウヘイさん。レッグ戻ってますよ。どうぞ中へ」
レクシアに案内されたリビングには二十半ばの男が椅子に座っていた。
「あ、お久しぶりです」
「久しぶり。レクシアから話は聞いてる?」
「はい。町長のことについてですよね」
「うん。人となりや最近の行動について聞きたいんだ」
「俺から見た姿は可もなく不可もなくといった感じで、無難に街の運営指揮をとってます。
指揮を出すことが中心で自分から動くことはしません。他所からお偉いさんがくると出迎えたりはしますが、街の中に住んでいる人との話し合いだと、自分で行くことはせず来てもらうことばかりです。
ですから今回の冒険者の対応については少し驚いてます。町長自ら説明会を開いたり、冒険者を労わったり、今までにない行動です」
「その説明会とかは町長一人で準備したわけじゃないよね? 誰が手伝った?」
「上層部が中心となってました。俺たちはそれだけ今回の依頼に力を入れているのかなと噂してましたね。
誰もがそれほど力を入れることかと首を傾げてもいますが」
「どうして?」
「魔物討伐を依頼しなければならないほど、魔物被害って多くはないんです」
「ああ、なるほど。エントマ族が食料として魔物を狩るからか」
「はい。だから依頼自体がおかしな話なんですよね」
なるほど頷いて、陽平はしばらく黙る。考えをまとめているのだ。
「レッグは説明会でどんな話がされたか知ってる?」
「いえ、なにも聞いてません」
「山に出る魔物の説明で、エントマ族の話は少しもでなかったそうだ。
エントマ族は魔物ではないから説明しなかったとは言えない。間違えて攻撃してしまう冒険者がいるかもしれないから、むしろきちんと説明しておくはずだろう?
しかも冒険者たち全員がこの街外の出身者の可能性が高い。この街とエントマ族の関係を知らない者がほとんどだ。
冒険者が手を出してエントマ族がさらに暴れるようなことになると、困るのはこの街の住民だ」
「こちらから攻撃しなければ何一つ危険のない相手ですから、普通はきちんと伝えますね。
この街の関係者がいないのならなおさら」
「伝えなかったということは、ぶつかってほしかったということか?
エントマ族が先に暴れたから、街の人たちはそれもやむなしと思うだろうし。外部の冒険者という第三者によって排除されれば、冒険者たちの先走りということで片付けることができる」
「エントマ族を排除して利益があるんでしょうか?」
「そこがわからないんだ。
それを知るために町長のことを聞きたかった」
「とはいっても最初言ったとおりなんですが」
「特異な行動とかは?」
レッグはゼインの普段の行動を思い起こす。接触がそれほどあるわけではないので、たいしたことは思い出せないのだが。
それでも思い出せることはあった。
「今回のことに関係あるかはわからないんですが。
町長は二ヶ月の一度七日ほどまとまった休みをとって、泊りがけの旅行にでるんです。出るときには気合の入った様子で、帰ってきたときは上機嫌だったり不機嫌だったり。ここ一年は不機嫌続きでした」
「どこに行ってるかわかる?」
「イドアでしょう。
同僚が西へと向かう列車に乗りこもうとしている町長たちを見たことがあるらしいです」
イドアという街に陽平は聞き覚えがある。
「イドアってたしか大陸一のギャンブル街だったか」
「はい」
陽平の頭の中で今回の全体図が見えた。
「たしか坑道はエントマ族との関係で無制限に掘れるわけじゃない。だから鉱山からの収入は大きいとは言えない。でももっと掘ることができれば収入は増える」
「収入のためにエントマ族を排除するつもりですか!?」
それだけのためにとレッグとレクシアが驚いている。
「ただ排除すると言えば反感を買って、町長としての地位も危ぶむかもしれん。だから反感を抑えるために小細工した。
めんどくさいことをしてまで収入を増やしたかったのは、街の運営費も使い込んだからか?」
「不機嫌続きってことは負け続き……自分のお金がそこをついて思わず手が?」
「その証拠はないけどね。一度手を出せば、躊躇いはなくなって際限なく使いそうだ。そこを調べることできる?
少しでも怪しいところがあれば国警士を動かせる」
「やってみましょう。経理に近いところに同僚がいるんです」
「お願い。
俺はイドアに行って町長のことを調べてくる。あそこには国警士がいるらしいし、ちょうどいい」
レッグに決して無理はしないようにと、レクシアにはこのことは誰にも言わないようにと、それぞれに言い含め陽平は山に帰る。
イツキと一日中イツキのそばを離れなかったらしいシェインに、わかったことを話す。そして明日はイドアに言ってくることも告げた。
今日一日でイツキはシェインのことを聞き出したようで、シェインが寝入ったあと陽平に話す。
「シェインを囮にした人たちのこともどうにかしたいです」
「置いてきた荷物は取り返すとして。
そいつらが逃げ出さなければシェインって証人がいるし警察に突き出せる。ほっとくと同じことしそうだし、必ず突き出す。
シェインが攻撃されているところを助けたって嘘つくから」
「はい。どうせ誰もシェインが運ばれるところを見てはいませんから、ばれることはないでしょう」
エントマ族に話しを聞けば嘘だとわかるが、問題が一つある。意思疎通できる者がいないということだ。
陽平たちも魔法で心に直接言葉を伝え会話しているのだ。同じようなことができる者はそうそういない。
「嘘つくってシェインにも言っておいて」
「必ず伝えておきます」
タイミングよく山にいたことを疑問に思われるかもしれないが、そこはレクシアから聞いた話が気になり調査のため山にいたと話すつもりだ。調査事態は嘘ではないので、調べられても問題はない。
今日も火の番を後で請け負うことにして、陽平は寝転がった。
3へ
2009年12月24日
樹の世界へ遠章 不運と再会と
「いい加減我慢の限界よ! 抜けさせてもらうわ!」
「待てって」
幾度注意しても止まないセクハラにシェインが怒鳴り、荷物を置いている部屋へ駆け込む。それを美形の男が追う。その背後からは男の仲間が笑いながらはやしたてる声が聞こえている。
部屋に入り鍵を閉め、男が入ってくる前に急いで荷物をまとめる。扉が開かず男が仕方なく蹴破ったのと、シェインが窓を開け身を乗り出したのは同時だった。
「シェイン!」
呼び止める声に振り向きもせず、シェインは二階から飛び降りた。そのまま駅へと走り、適当な切符を買い出発しようとしていた列車に飛び乗った。行き先は確認していない。
「はぁー」
開いてるボックス席に座ると、安堵と後悔の入り混じった大きな溜息を吐いた。やっと解放されたという安堵と、どうしてあんなパーティーに入ってしまったのだろうという後悔だ。
陽平たちと別れて、レーネたちとも別れて五ヶ月近く時間が経過している。レーネたちと別れたのは、婚約報告に向かう二人の邪魔になるかもと遠慮したからだ。人目を気にせずいちゃつく二人を見るのが嫌になったという理由もある。
一人になったシェインはどこかのパーティーに入れてもらうことを考えた。一人で依頼をこなせるほど自身が強いとは考えていなかった。最寄の依頼所で仲間募集中のパーティーを探し、ちょうどよく募集していた四人組のパーティーに入れてもらった。
はじめは問題なく過ごしていたのだが、一ヶ月するとメンバーの一人がシェインに告白した。それをシェインは断ったのだが男は諦めないと宣言したのだ。まあここまでは不満はなかった。しかしその光景を男に惚れていた女メンバーが見ていたのだ。その女はもう一人の女メンバーに協力を頼み、シェインに嫌がらせを始めた。シェインを追い出して、距離を置けば男がシェインに興味をなくすと考えたのだろう。その嫌がらせに一週間耐え我慢できなくなったシェインは女二人をぶん殴ってパーティーを抜けた。
そして再びパーティーを探し、遠距離攻撃手段を持つメンバーを探していた男だけのパーティーにいれてもらった。女がいないことに安堵していたのだが、今度はセクハラだ。どうやら男だけのパーティーに入ってきたことで、好き者だと思われたらしい。はじめはちょっとした接触で気のせいかと思っていた。しかしじょじょに大胆になっていった。腕は確かなパーティーだったので、抜けるのはもったいないと思ってやんわりと断りを入れながら我慢していたら、さらに調子にのられた。
そして我慢の限界を超え、パーティーを抜け、今に至る。
シェインはちょっとした人間不信になっていた。
「こんなことなら姉さんたちについていけばよかった」
実は自分って運が悪かったのかと落ち込んでいる。
そのままぼうっとしていると気が抜けたのか、うとうととし始め、ついに眠りだした。最近は夜這いも警戒し、睡眠時間も削られていたのだ。気持ちよさげに眠るシェインを親切心から誰も起こすことはせず、数時間ほど眠り込んでしまう。
はっと眼を覚ましたときには、窓の外は日が暮れていた。ここでようやくこの列車はどこに向かっているのだろうと疑問を抱く。このまま列車に乗り続ける気も、お金の余裕もなく、次で下りようと決めた。
「よっと」
降りた駅はレヴィンクラッセという街だ。
乗車賃の不足分を払ってさらに懐が寒くなったシェインはとぼとぼと駅を出る。現時点で宿に六泊できるだけのお金しかないのだ。プントに入っている魔力も心もとなく、満タンにするためにさらにお金は減る。
「早く働いてお金稼がないと!
まずは宿探しが先だけど」
歩いている人に声をかけ、手ごろな値段の宿を探していく。この街は物価が高すぎるということもなく、予想以上の打撃をシェインの財布に与えることはなかった。
食事を終えたシェインは明日から頑張ろうと拳を握り締め、ベッドにもぐりこんだ。
翌朝、朝食を終えたシェインは簡単な仕事でもいいからと思いつつ依頼所へ直行する。
「パソコンはどこかな……ん?」
プントに魔力を補充したあとパソコンを探していると、大きめの立て看板に何人か集まっているのが見えた。
気になったが仕事探しが先だと、パソコンを探す。
みつけたパソコンを立ち上げ、仕事を探していく。ずらーっと並ぶ依頼の中から、まだ取られておらず一人でもできそうなものを一つ一つチェックしていく。
だが土地勘がないとできなさそうなものや、探偵のような行為が得意でないと難しそうなものばかりで、シェインにできそうなものはなかった。
「どうしようか」
ちょっと無理してみるかと思っていたとき、肩を叩かれた。
振り返ると、二十手前の男が立っていた。
「なにか用ですか?」
「失礼とは思ったけど、さっきから見てて。それで思ったんだけど一人?」
「そうですが、それがなにか?」
「うちのパーティーに入ってもらえないかなと」
連続して痛い目を見ているのだ、シェインが難しい表情を浮かべるのも無理はないだろう。
「どうして私なんです?」
「急用でパーティーから二人抜けてなぁ、依頼を受けたいんだが三人だけだと少し不安があるんだ。
それで誰かよさげな奴はいないか探していた。そしたら同年代で一人の冒険者がいたんで誘ってみることにした」
「ふーん」
ちらりと目の前に立つ男を観察する。下心は感じられない。隠せる程度には演技ができているのかもしれないと警戒する。
迷う。シェインの頭の中で、三度目の正直という諺と二度あることは三度あるという諺が渦巻いている。
ちなみにこれらの諺は陽平が使ったことで人々に知られ、長時間かけて広まったのだ。
「迷うなら、一時的に入るってことでもいいけど。あわないと感じたらすぐに抜ければいいし」
「……すぐに抜けていいなら、試しに入ってみるわ」
「うん、短い間かもしれないけどよろしく。俺はジカールだ」
「私はシェイン」
差し出された手を、軽く握り返しすぐに離した。
握手する光景を見て、少し離れていた場所で待っていた男女が近づいてくる。
「こいつらはメンバーで」
「セケンドです」
「クテよ」
差し出された手をジカールと同じように軽く握って離した。
その場で自分たちの得意なものはなにかなどを話していく。
ジカールはメンバーで一番年上の十九才、大柄の短髪のほがらかな青年。大型の斧を使う。セケンドはシェインと同じ十七才、平均より少し小さく、柔らかな笑みを浮かべている。ナイフ二刀流だ。クテはジカールよりも遅い生まれの十九才、肩を越える髪をポニーテールにしている。魔術を使いサポートし、弓を使う。
簡単に自己紹介を終え、話はこれから受けようと考えている依頼に移っていく。
「何を受けようと思っているの?」
シェインの言葉に、クテが人の集まっている看板を指差す。
四人は看板に近づいた。一番上の文字をシェインが読み上げる。
「急募?」
看板には魔物討伐系の依頼が書かれている。
場所はアラストノーヴァという鉱山街で、ここの一駅隣にある街だ。
内容は最近坑道入り口付近に出始めた魔物を倒してくれというものだった。
募集人数は五十名ほど。実力は問わない。大部屋だが男女別で宿泊地も無料で用意されている。
報酬は全額後払いで、一ヶ月ほど宿屋暮らしができる程度。
「倒してほしい魔物の情報がないんだけど」
「そこが少し不安だが、ここら一帯で戦いを避けなきゃいけない魔物はいないから大丈夫だろうと考えている」
ジカールの返答に、彼らは地元の冒険者か何度かここらで仕事をしているのだろうと考え、信じられるかもと判断する。
「出発はすぐに?」
三人は頷いた。
シェインはこの依頼を受けることに同意する。
ジカールが受付に依頼をうけることを告げたあと、シェインは三人と一緒に駅へと向かう。表面上は笑顔で、警戒は抱いたまま接している。信じられるかどうか、まだ判断材料が不足しているのだ。
一時間後、四人はアラストノーヴァに到着していた。
駅前から指定されている集合場所へと移動する。移動した先は講堂だ。冒険者たちを止めるために町長が、ここの大部屋をいくつか開放したらしい。
シェインはクテと共に女性用大部屋へと向かう。すでに五人ほど入っていて、それぞれ寛いでいた。部屋入り口の横には縦長のテーブルが置かれており、その上には水差しとコップとプリントがある。部屋の隅には布団が積み重ねられている。
二人はプリントをとって、ほかの人たちに目礼し、適当な位置に座る。
プリントにはいくつかの注意事項が書かれている。連絡をするときは放送が流れること。食事は準備しないので外で食べること。設備を壊した場合弁償してもらうこと。定員数集まらなくとも明日の夕方には説明会を開くこと。シャワーとトイレの位置。
あとは参加者の名前を知るために切り取り線以下に名前を書き、切り取って説明会時に提出すること。このときに提出しなければ報酬はでないことだ。
二人は名前を書き込み、切り取ってポケットに入れておく。
武器の手入れやメンバーの人柄を見極めるための会話や街を散歩して、時間を過ごしてく。
一日経つと冒険者の数はさらに増えており、用意されていた大部屋は人で一杯になった。
そしてプリントに書かれていたように夕方になると、説明会を始めるため集まるよう放送が流れる。
「はじめまして、私がこのアラストノーヴァの市長ゼイン・コーソフです。
皆さんには明日の朝九時前から魔物退治を行ってもらいます。予定としては数日かけて山の麓から頂上へと進み、魔物たちを一掃してもらうことになっています。
こちらの調査では山に住む魔物はどれも駆け出しには厳しいが、ある程度魔物と戦いなれた者ならば楽な相手となっています。のちほどプロジェクターで魔物の映像と解説を映します。
ここまででなにか質問はありますか?」
一人の冒険者が手を上げる。
「魔物が最近出始めたとあったが、原因はわかっているのだろうか?」
「調査してみましたが、わかりませんでした。
私どもの推測としては、よその山から流れてきた魔物に刺激され動きが活発になったのではと」
「その話に根拠はあるのでしょうか?」
「以前はこの山で見なかった魔物が発見されておりまして、そこから推測をたてました」
なるほと冒険者は納得顔で引いた。ほかの冒険者も頷いている。
実際に町長が言ったようなことは起きるのだ。今回も同じなのだろうと冒険者たちは考えている。
今度は違う冒険者が手を上げる。
「この依頼は魔物を完全殲滅するまで続けるんですか?」
「さすがにそこまでしてもらうつもりはありません。五割ほど退治されれば魔物側も、ここは危険だと判断し移動を始めるでしょう。
終了条件は、ある程度の安全が保証されるまでといったところです。
ほかになにか質問はありますか?」
「活躍すればボーナスとかはでますか?」
「そうですね。めざましい活躍をしたとこちらが判断すれば出るかもしれません。
かといって山に大きな被害が出るほど暴れられるのは困ります」
「坑道の中にも入って行くのだろうか?」
「いえ、皆さんに動いてもらう場は山のみで、坑道は範囲外です」
ほかに質問はないかとゼインは周囲を見渡し、反応がないことを確認するとプロジェクターを動かすように指示を出した。その際に町長は、情報漏れがあるかもしれないと断りを入れた。
部屋の明かりが消され、壁に魔物の映像が映される。冒険者たちは真剣に映される情報を見て、頭に叩き込んでいく。強い魔物ではないというが、油断は禁物なのだ。
プロジェクターの動作が止まり、部屋に明かりがつく。ゼインがこれで説明会は終わりと告げ、部屋を出て行く。
冒険者たちは得た情報を自分たちの知識と照らし合わせ、情報の正否を見極めていく。知らない情報は周囲にいる冒険者に聞き、一時間後には全員が正しい情報を得ることができた。
満足した冒険者たちも解散し、与えられた部屋に戻っていく。
翌朝、朝食を食べ終え、武装を整えた冒険者たちが山の入り口に揃っていた。
パーティーで参加している者はそのままで、一人できている者たちは一箇所に集まり即席のパーティーを作っていく。合計で十組のパーティーができている。
準備が整ったと判断した彼らはそれぞれ山へと入っていった。
三十分ほど経つと、ぽつぽつと戦闘音が山に響き出す。
「そこまで数は多くないのだろうか」
ジカールが周囲を警戒しつつ言う。今は昼食を兼ねた休憩中だ。
山に入って三時間ほどが経過している。この三時間で彼らは四回戦闘を行っている。そのどれもがたいして強くない魔物だった。倒した数も十一匹とそう多くない。昨日得た情報には魔物の行動パターンや弱点も含まれており、それを覚えていれば楽に倒せるのだ。
戦い方としてはシェインとクテが牽制し、ジカールとセケンドが止めをさすというものだ。今のところは、これでなんの支障もない。
「んぐっ……大人数募集するくらいだから、もっと多いと思ってたんだけどね。もしかすると町長は確実に依頼を達成できるように、大人数を呼んだのかも。
このぶんなら早く終わりそうじゃない?」
口の中のサンドウィッチを飲み込んでセケンドが考えを話す。
「以前、そう考えて痛い目見たことあるから油断だけはしないほうがいい」
レスガインのことを思い出し、シェインは口を出した。
「そうね、油断はしないでおこう」
クテが同意する。ジカールとセケンドも表情を引き締める。
休憩を終えた四人は魔物を求めて移動を開始する。
夕方まで歩き回り三回の戦闘をこなす。そして日が暮れる前に四人は山を降りる。
ほかの冒険者も似たようなもので、先に下りたものと合流し情報の交換を行っている。その場にはゼインもいて冒険者たちを労わりながら、話を聞いている。
ジカールも加わり情報を交換している。
そこから少し離れ、シェインはプントのチェックを行う。
「どうしたの?」
シェインの迷う表情に気づいたクテが話しかける。
「プントの補充をどうしようかなと。
今日みたいなペースなら補充はしなくていいんだけど、万が一ってこともあるし」
今日は牽制弾ばかり使い、魔力は四割ほど使っていた。今日と同じような魔物だけならば補充の必要はないのではと考えているのだ。
「満タンじゃなくても補充はしておいたほうがいいと思うわ」
「そだね、ありがと。
補充に行ってくる。ついでにご飯も食べてくるから二人には伝えておいて」
「伝えておく。明日は一緒に食べようね」
頷いたシェインは商店街へと歩き出す。クテは弓ばかり使い、魔術をさほど使っていないので補充する必要がないのだ。
みつけた補充機にプントを差込み、ぼうっと人の流れを見ていたときシェインは視界の隅に見知った顔をみつけた。
急いでそちらを見ると、イツキが角を曲がったところだった。追いかけようと思いプントのことを思い出す。
プントを見ると魔力容量は八割を超えていた。十分だろうと判断したシェインはプントを抜き、提示された料金を払って急いでイツキを追う。
イツキが曲がった角の先にはイツキの姿はない。道を進み周囲を見渡しても、イツキらしき姿はない。
その後もイツキを見かけた場所を中心に探し回ったがみつからず、シェインは講堂に戻った。
先に帰っていたクテに遅かった理由を聞かれ、知人に似た人を見かけて探していたと答え、荷物番を頼みシャワーを浴びるため部屋を出て行った。
翌日も戦闘に変わりはなく、大した怪我もなく山狩りを終える。約束していたのでメンバーと夕食を食べるため商店街に向かう。そのときもイツキを探して視線があちこちとさまよっていた。
翌日も冒険者たちは山へと入る。山狩りは中腹手前まできている。
冒険者たちには慣れが見え始めている。魔物と実際に戦い対策の正しさを実感し、山中での戦いもわかってきたからだ。
ジカールたちも同じで、警戒は解いてはいないが余裕も表情にちらりと見え始めている。その中でシェインは初日と同程度の警戒を続けている。
「この調子なら早くて三日後には依頼達成かな」
「だな」
前を歩くセケンドとジカールが魔物を探しながら話している。
「シェインも少しだけ気を抜いていいと思うよ?」
クテが横を歩くシェインに話しかける。
「そうしたいんだけどね。一度気を抜いて痛い目みたから、なかなか気を抜けないんだ」
「初日も言ってたけど、痛い目見たってなにがあったのよ?」
「半年くらい前に魔物退治を受けてね。
レスガインっていう狐を大きく凶暴にした魔物なんだけど知ってる?」
記憶を探る様子を見せ、知識にはないのだろう、すぐに首を横に振る。
「そのレスガインは一人前の冒険者ならたいして問題なく倒せるってされてたの。でもそれは体調が万全で平野で一対一の場合の情報でね〜。
情報を鵜呑みにした私たち三人は、一匹のレスガインを問題なく倒せたこともあってすっかり油断したのよ。
そこに四匹のレスガインが襲い掛かってきた。しかもこっちは数時間森の中を探し回って消耗もしてる。さらには地の利も相手にある。
数で負けて、体調も不完全、地の利も押さえられている。こんな状態で苦戦しないほうがおかしいよね」
「どうなったの?」
「助けもあって勝った。助けがなかったら今頃どうなってたか。
その助けってのが、私が商店街で見た知人」
「探してるって言ってた人ね?」
「うん。すごく強い人でね、その人のつれも強い人」
なにか聞こうとしたクテの声にジカールの声が重なる。
「敵だ!」
全員戦闘態勢に入る。
ジカールの視線の先、距離にして五メートルほど前方に獣人らしきものが三人立っている。警戒が弛んでいたせいか、敵がよほど上手く隠れていたせいか、位置が近い。
猪のような頭で体格もいい。猪頭たちは衣服を見につけておらず、自前の毛皮に身を包み、手にはぼろぼろの剣や斧を持っている。
プロジェクターの映像には彼らは映っていなかった。
敵意を向けられていることからジカールは敵と言い切ったのだろう。
「誰かあれの情報知ってる!?」
セケンドの声に答える者はいない。
かわりにシェインの銃から牽制弾が飛ぶ。いつでも攻撃できるように警戒していたおかげで、動こうとした猪頭に素早く攻撃へと移れたのだ。
「効いてない!?」
胴や手足に牽制弾が命中しても微動だにしていないのだ。それどころか表情すら動いていない。
今まで十分な効果を上げていた牽制弾は、目の前の存在にはまるで意味をなしていない。
シェインがガンカードを通常弾に交換している間に、クテが前衛二人に筋力増幅の魔術をかける。
「いくぜぃっ!」
「せいっ!」
掛け声一つ吐いてジカールとセケンドが武器を振るう。
金属同士がぶつかり合う音が周囲に響く。猪頭たちは手に持つ武器で、斧とナイフを受け止めた。
「嘘だろっ!?」
筋力を上げた状態で押し切れないことにジカールが驚きの声を上げた。
「効いてないっ」
セケンドは力の押し合いはせず、手数で勝負している。猪頭はセケンドの振るうナイフに反応しきれていないが、当たったナイフを気にせず斧を振るう。
残る一匹はシェインが相手している。通常弾を胴に当ててはみたが反応が薄いので、顔を狙うと足止め程度には効果があったのだ。足止めできている間に二匹をどうにかしてもらいたいと考えている。しかし事態は不利なほうへと傾いた。
力比べとなっていたジカールが押し負け転がり、セケンドは肩に斧の一撃を受けていた。
倒れているところに振り下ろされた剣をどうにか避けたジカールは、ちらりとクテに視線を送る。それに気づいたクテはジカールの唇を読み、言いたいことを理解した。
準備していた治癒カードをしまい、別のカードを持つ。
「フラッシュ!」
クテは魔術を使い、猪頭の近くに閃光を発生させた。
ジカールとクテは目を閉じており、クテの声を聞いたセケンドも咄嗟に目を閉じる。
これにより目が眩んだのは猪頭たちとシェインだ。
「っ!? なに!?」
視界がふさがれた状態でシェインは誰かに服の背中部分をつかまれる。
ジカールの声がそばで聞こえたことで、つかんでいるのはジカールだとわかった。
「恨み言は生きてたら聞く」
それだけ言ってジカールは、シェインを猪頭たちへとぶつけるように押し出した。
ジカールの筋力は増幅されている。シェインは抵抗できず、猪頭たちへと突っ込んだ。
シェインが混乱している間に、ジカールたちは逃げ出した。自分たちが確実に逃げられるようにシェインを囮としたのだ。
ジカールは少ない切り結びで不利だと悟ったのだ。そして即座に逃げることを決め、クテに指示を出した。三人は以前も同じ手で逃げ出したことがある。ジカールがこの状況で、自分たちがどのように動いてほしいのか二人とも予想がつくのだ。
目が見えるようになったのはシェインも猪頭も同じタイミングだった。
ざっと周囲を見渡して現状を悟ったシェインは激怒する。逃げた三人を殴り罵倒したいが、この状況をどうにかするほうが先だった。
猪頭たちはいなくなった三人よりも、シェインに関心が向いているようで、三人を追うそぶりをみせない。
「どうしろってのよ!?」
猪頭たちはシェインが逃げられないように囲んでいる。しかも少しずつ近づいている。
ガンカードを変える暇も、考える暇もない。
今できることといったら、
「とにかく撃つしかないじゃない!」
引き金を引くことしかなかった。
一人の足を止めたところで状況は好転するわけもなく。残りの二人に頬と横腹を殴られシェインはあっさりと気絶した。
倒れ伏したシェインに猪頭たちが近づく。
止めをさすのかと思われた猪頭たちは武器をしまう。
そして気絶したシェインを担いで、どこかへと連れ去るのだった。
2へ
「待てって」
幾度注意しても止まないセクハラにシェインが怒鳴り、荷物を置いている部屋へ駆け込む。それを美形の男が追う。その背後からは男の仲間が笑いながらはやしたてる声が聞こえている。
部屋に入り鍵を閉め、男が入ってくる前に急いで荷物をまとめる。扉が開かず男が仕方なく蹴破ったのと、シェインが窓を開け身を乗り出したのは同時だった。
「シェイン!」
呼び止める声に振り向きもせず、シェインは二階から飛び降りた。そのまま駅へと走り、適当な切符を買い出発しようとしていた列車に飛び乗った。行き先は確認していない。
「はぁー」
開いてるボックス席に座ると、安堵と後悔の入り混じった大きな溜息を吐いた。やっと解放されたという安堵と、どうしてあんなパーティーに入ってしまったのだろうという後悔だ。
陽平たちと別れて、レーネたちとも別れて五ヶ月近く時間が経過している。レーネたちと別れたのは、婚約報告に向かう二人の邪魔になるかもと遠慮したからだ。人目を気にせずいちゃつく二人を見るのが嫌になったという理由もある。
一人になったシェインはどこかのパーティーに入れてもらうことを考えた。一人で依頼をこなせるほど自身が強いとは考えていなかった。最寄の依頼所で仲間募集中のパーティーを探し、ちょうどよく募集していた四人組のパーティーに入れてもらった。
はじめは問題なく過ごしていたのだが、一ヶ月するとメンバーの一人がシェインに告白した。それをシェインは断ったのだが男は諦めないと宣言したのだ。まあここまでは不満はなかった。しかしその光景を男に惚れていた女メンバーが見ていたのだ。その女はもう一人の女メンバーに協力を頼み、シェインに嫌がらせを始めた。シェインを追い出して、距離を置けば男がシェインに興味をなくすと考えたのだろう。その嫌がらせに一週間耐え我慢できなくなったシェインは女二人をぶん殴ってパーティーを抜けた。
そして再びパーティーを探し、遠距離攻撃手段を持つメンバーを探していた男だけのパーティーにいれてもらった。女がいないことに安堵していたのだが、今度はセクハラだ。どうやら男だけのパーティーに入ってきたことで、好き者だと思われたらしい。はじめはちょっとした接触で気のせいかと思っていた。しかしじょじょに大胆になっていった。腕は確かなパーティーだったので、抜けるのはもったいないと思ってやんわりと断りを入れながら我慢していたら、さらに調子にのられた。
そして我慢の限界を超え、パーティーを抜け、今に至る。
シェインはちょっとした人間不信になっていた。
「こんなことなら姉さんたちについていけばよかった」
実は自分って運が悪かったのかと落ち込んでいる。
そのままぼうっとしていると気が抜けたのか、うとうととし始め、ついに眠りだした。最近は夜這いも警戒し、睡眠時間も削られていたのだ。気持ちよさげに眠るシェインを親切心から誰も起こすことはせず、数時間ほど眠り込んでしまう。
はっと眼を覚ましたときには、窓の外は日が暮れていた。ここでようやくこの列車はどこに向かっているのだろうと疑問を抱く。このまま列車に乗り続ける気も、お金の余裕もなく、次で下りようと決めた。
「よっと」
降りた駅はレヴィンクラッセという街だ。
乗車賃の不足分を払ってさらに懐が寒くなったシェインはとぼとぼと駅を出る。現時点で宿に六泊できるだけのお金しかないのだ。プントに入っている魔力も心もとなく、満タンにするためにさらにお金は減る。
「早く働いてお金稼がないと!
まずは宿探しが先だけど」
歩いている人に声をかけ、手ごろな値段の宿を探していく。この街は物価が高すぎるということもなく、予想以上の打撃をシェインの財布に与えることはなかった。
食事を終えたシェインは明日から頑張ろうと拳を握り締め、ベッドにもぐりこんだ。
翌朝、朝食を終えたシェインは簡単な仕事でもいいからと思いつつ依頼所へ直行する。
「パソコンはどこかな……ん?」
プントに魔力を補充したあとパソコンを探していると、大きめの立て看板に何人か集まっているのが見えた。
気になったが仕事探しが先だと、パソコンを探す。
みつけたパソコンを立ち上げ、仕事を探していく。ずらーっと並ぶ依頼の中から、まだ取られておらず一人でもできそうなものを一つ一つチェックしていく。
だが土地勘がないとできなさそうなものや、探偵のような行為が得意でないと難しそうなものばかりで、シェインにできそうなものはなかった。
「どうしようか」
ちょっと無理してみるかと思っていたとき、肩を叩かれた。
振り返ると、二十手前の男が立っていた。
「なにか用ですか?」
「失礼とは思ったけど、さっきから見てて。それで思ったんだけど一人?」
「そうですが、それがなにか?」
「うちのパーティーに入ってもらえないかなと」
連続して痛い目を見ているのだ、シェインが難しい表情を浮かべるのも無理はないだろう。
「どうして私なんです?」
「急用でパーティーから二人抜けてなぁ、依頼を受けたいんだが三人だけだと少し不安があるんだ。
それで誰かよさげな奴はいないか探していた。そしたら同年代で一人の冒険者がいたんで誘ってみることにした」
「ふーん」
ちらりと目の前に立つ男を観察する。下心は感じられない。隠せる程度には演技ができているのかもしれないと警戒する。
迷う。シェインの頭の中で、三度目の正直という諺と二度あることは三度あるという諺が渦巻いている。
ちなみにこれらの諺は陽平が使ったことで人々に知られ、長時間かけて広まったのだ。
「迷うなら、一時的に入るってことでもいいけど。あわないと感じたらすぐに抜ければいいし」
「……すぐに抜けていいなら、試しに入ってみるわ」
「うん、短い間かもしれないけどよろしく。俺はジカールだ」
「私はシェイン」
差し出された手を、軽く握り返しすぐに離した。
握手する光景を見て、少し離れていた場所で待っていた男女が近づいてくる。
「こいつらはメンバーで」
「セケンドです」
「クテよ」
差し出された手をジカールと同じように軽く握って離した。
その場で自分たちの得意なものはなにかなどを話していく。
ジカールはメンバーで一番年上の十九才、大柄の短髪のほがらかな青年。大型の斧を使う。セケンドはシェインと同じ十七才、平均より少し小さく、柔らかな笑みを浮かべている。ナイフ二刀流だ。クテはジカールよりも遅い生まれの十九才、肩を越える髪をポニーテールにしている。魔術を使いサポートし、弓を使う。
簡単に自己紹介を終え、話はこれから受けようと考えている依頼に移っていく。
「何を受けようと思っているの?」
シェインの言葉に、クテが人の集まっている看板を指差す。
四人は看板に近づいた。一番上の文字をシェインが読み上げる。
「急募?」
看板には魔物討伐系の依頼が書かれている。
場所はアラストノーヴァという鉱山街で、ここの一駅隣にある街だ。
内容は最近坑道入り口付近に出始めた魔物を倒してくれというものだった。
募集人数は五十名ほど。実力は問わない。大部屋だが男女別で宿泊地も無料で用意されている。
報酬は全額後払いで、一ヶ月ほど宿屋暮らしができる程度。
「倒してほしい魔物の情報がないんだけど」
「そこが少し不安だが、ここら一帯で戦いを避けなきゃいけない魔物はいないから大丈夫だろうと考えている」
ジカールの返答に、彼らは地元の冒険者か何度かここらで仕事をしているのだろうと考え、信じられるかもと判断する。
「出発はすぐに?」
三人は頷いた。
シェインはこの依頼を受けることに同意する。
ジカールが受付に依頼をうけることを告げたあと、シェインは三人と一緒に駅へと向かう。表面上は笑顔で、警戒は抱いたまま接している。信じられるかどうか、まだ判断材料が不足しているのだ。
一時間後、四人はアラストノーヴァに到着していた。
駅前から指定されている集合場所へと移動する。移動した先は講堂だ。冒険者たちを止めるために町長が、ここの大部屋をいくつか開放したらしい。
シェインはクテと共に女性用大部屋へと向かう。すでに五人ほど入っていて、それぞれ寛いでいた。部屋入り口の横には縦長のテーブルが置かれており、その上には水差しとコップとプリントがある。部屋の隅には布団が積み重ねられている。
二人はプリントをとって、ほかの人たちに目礼し、適当な位置に座る。
プリントにはいくつかの注意事項が書かれている。連絡をするときは放送が流れること。食事は準備しないので外で食べること。設備を壊した場合弁償してもらうこと。定員数集まらなくとも明日の夕方には説明会を開くこと。シャワーとトイレの位置。
あとは参加者の名前を知るために切り取り線以下に名前を書き、切り取って説明会時に提出すること。このときに提出しなければ報酬はでないことだ。
二人は名前を書き込み、切り取ってポケットに入れておく。
武器の手入れやメンバーの人柄を見極めるための会話や街を散歩して、時間を過ごしてく。
一日経つと冒険者の数はさらに増えており、用意されていた大部屋は人で一杯になった。
そしてプリントに書かれていたように夕方になると、説明会を始めるため集まるよう放送が流れる。
「はじめまして、私がこのアラストノーヴァの市長ゼイン・コーソフです。
皆さんには明日の朝九時前から魔物退治を行ってもらいます。予定としては数日かけて山の麓から頂上へと進み、魔物たちを一掃してもらうことになっています。
こちらの調査では山に住む魔物はどれも駆け出しには厳しいが、ある程度魔物と戦いなれた者ならば楽な相手となっています。のちほどプロジェクターで魔物の映像と解説を映します。
ここまででなにか質問はありますか?」
一人の冒険者が手を上げる。
「魔物が最近出始めたとあったが、原因はわかっているのだろうか?」
「調査してみましたが、わかりませんでした。
私どもの推測としては、よその山から流れてきた魔物に刺激され動きが活発になったのではと」
「その話に根拠はあるのでしょうか?」
「以前はこの山で見なかった魔物が発見されておりまして、そこから推測をたてました」
なるほと冒険者は納得顔で引いた。ほかの冒険者も頷いている。
実際に町長が言ったようなことは起きるのだ。今回も同じなのだろうと冒険者たちは考えている。
今度は違う冒険者が手を上げる。
「この依頼は魔物を完全殲滅するまで続けるんですか?」
「さすがにそこまでしてもらうつもりはありません。五割ほど退治されれば魔物側も、ここは危険だと判断し移動を始めるでしょう。
終了条件は、ある程度の安全が保証されるまでといったところです。
ほかになにか質問はありますか?」
「活躍すればボーナスとかはでますか?」
「そうですね。めざましい活躍をしたとこちらが判断すれば出るかもしれません。
かといって山に大きな被害が出るほど暴れられるのは困ります」
「坑道の中にも入って行くのだろうか?」
「いえ、皆さんに動いてもらう場は山のみで、坑道は範囲外です」
ほかに質問はないかとゼインは周囲を見渡し、反応がないことを確認するとプロジェクターを動かすように指示を出した。その際に町長は、情報漏れがあるかもしれないと断りを入れた。
部屋の明かりが消され、壁に魔物の映像が映される。冒険者たちは真剣に映される情報を見て、頭に叩き込んでいく。強い魔物ではないというが、油断は禁物なのだ。
プロジェクターの動作が止まり、部屋に明かりがつく。ゼインがこれで説明会は終わりと告げ、部屋を出て行く。
冒険者たちは得た情報を自分たちの知識と照らし合わせ、情報の正否を見極めていく。知らない情報は周囲にいる冒険者に聞き、一時間後には全員が正しい情報を得ることができた。
満足した冒険者たちも解散し、与えられた部屋に戻っていく。
翌朝、朝食を食べ終え、武装を整えた冒険者たちが山の入り口に揃っていた。
パーティーで参加している者はそのままで、一人できている者たちは一箇所に集まり即席のパーティーを作っていく。合計で十組のパーティーができている。
準備が整ったと判断した彼らはそれぞれ山へと入っていった。
三十分ほど経つと、ぽつぽつと戦闘音が山に響き出す。
「そこまで数は多くないのだろうか」
ジカールが周囲を警戒しつつ言う。今は昼食を兼ねた休憩中だ。
山に入って三時間ほどが経過している。この三時間で彼らは四回戦闘を行っている。そのどれもがたいして強くない魔物だった。倒した数も十一匹とそう多くない。昨日得た情報には魔物の行動パターンや弱点も含まれており、それを覚えていれば楽に倒せるのだ。
戦い方としてはシェインとクテが牽制し、ジカールとセケンドが止めをさすというものだ。今のところは、これでなんの支障もない。
「んぐっ……大人数募集するくらいだから、もっと多いと思ってたんだけどね。もしかすると町長は確実に依頼を達成できるように、大人数を呼んだのかも。
このぶんなら早く終わりそうじゃない?」
口の中のサンドウィッチを飲み込んでセケンドが考えを話す。
「以前、そう考えて痛い目見たことあるから油断だけはしないほうがいい」
レスガインのことを思い出し、シェインは口を出した。
「そうね、油断はしないでおこう」
クテが同意する。ジカールとセケンドも表情を引き締める。
休憩を終えた四人は魔物を求めて移動を開始する。
夕方まで歩き回り三回の戦闘をこなす。そして日が暮れる前に四人は山を降りる。
ほかの冒険者も似たようなもので、先に下りたものと合流し情報の交換を行っている。その場にはゼインもいて冒険者たちを労わりながら、話を聞いている。
ジカールも加わり情報を交換している。
そこから少し離れ、シェインはプントのチェックを行う。
「どうしたの?」
シェインの迷う表情に気づいたクテが話しかける。
「プントの補充をどうしようかなと。
今日みたいなペースなら補充はしなくていいんだけど、万が一ってこともあるし」
今日は牽制弾ばかり使い、魔力は四割ほど使っていた。今日と同じような魔物だけならば補充の必要はないのではと考えているのだ。
「満タンじゃなくても補充はしておいたほうがいいと思うわ」
「そだね、ありがと。
補充に行ってくる。ついでにご飯も食べてくるから二人には伝えておいて」
「伝えておく。明日は一緒に食べようね」
頷いたシェインは商店街へと歩き出す。クテは弓ばかり使い、魔術をさほど使っていないので補充する必要がないのだ。
みつけた補充機にプントを差込み、ぼうっと人の流れを見ていたときシェインは視界の隅に見知った顔をみつけた。
急いでそちらを見ると、イツキが角を曲がったところだった。追いかけようと思いプントのことを思い出す。
プントを見ると魔力容量は八割を超えていた。十分だろうと判断したシェインはプントを抜き、提示された料金を払って急いでイツキを追う。
イツキが曲がった角の先にはイツキの姿はない。道を進み周囲を見渡しても、イツキらしき姿はない。
その後もイツキを見かけた場所を中心に探し回ったがみつからず、シェインは講堂に戻った。
先に帰っていたクテに遅かった理由を聞かれ、知人に似た人を見かけて探していたと答え、荷物番を頼みシャワーを浴びるため部屋を出て行った。
翌日も戦闘に変わりはなく、大した怪我もなく山狩りを終える。約束していたのでメンバーと夕食を食べるため商店街に向かう。そのときもイツキを探して視線があちこちとさまよっていた。
翌日も冒険者たちは山へと入る。山狩りは中腹手前まできている。
冒険者たちには慣れが見え始めている。魔物と実際に戦い対策の正しさを実感し、山中での戦いもわかってきたからだ。
ジカールたちも同じで、警戒は解いてはいないが余裕も表情にちらりと見え始めている。その中でシェインは初日と同程度の警戒を続けている。
「この調子なら早くて三日後には依頼達成かな」
「だな」
前を歩くセケンドとジカールが魔物を探しながら話している。
「シェインも少しだけ気を抜いていいと思うよ?」
クテが横を歩くシェインに話しかける。
「そうしたいんだけどね。一度気を抜いて痛い目みたから、なかなか気を抜けないんだ」
「初日も言ってたけど、痛い目見たってなにがあったのよ?」
「半年くらい前に魔物退治を受けてね。
レスガインっていう狐を大きく凶暴にした魔物なんだけど知ってる?」
記憶を探る様子を見せ、知識にはないのだろう、すぐに首を横に振る。
「そのレスガインは一人前の冒険者ならたいして問題なく倒せるってされてたの。でもそれは体調が万全で平野で一対一の場合の情報でね〜。
情報を鵜呑みにした私たち三人は、一匹のレスガインを問題なく倒せたこともあってすっかり油断したのよ。
そこに四匹のレスガインが襲い掛かってきた。しかもこっちは数時間森の中を探し回って消耗もしてる。さらには地の利も相手にある。
数で負けて、体調も不完全、地の利も押さえられている。こんな状態で苦戦しないほうがおかしいよね」
「どうなったの?」
「助けもあって勝った。助けがなかったら今頃どうなってたか。
その助けってのが、私が商店街で見た知人」
「探してるって言ってた人ね?」
「うん。すごく強い人でね、その人のつれも強い人」
なにか聞こうとしたクテの声にジカールの声が重なる。
「敵だ!」
全員戦闘態勢に入る。
ジカールの視線の先、距離にして五メートルほど前方に獣人らしきものが三人立っている。警戒が弛んでいたせいか、敵がよほど上手く隠れていたせいか、位置が近い。
猪のような頭で体格もいい。猪頭たちは衣服を見につけておらず、自前の毛皮に身を包み、手にはぼろぼろの剣や斧を持っている。
プロジェクターの映像には彼らは映っていなかった。
敵意を向けられていることからジカールは敵と言い切ったのだろう。
「誰かあれの情報知ってる!?」
セケンドの声に答える者はいない。
かわりにシェインの銃から牽制弾が飛ぶ。いつでも攻撃できるように警戒していたおかげで、動こうとした猪頭に素早く攻撃へと移れたのだ。
「効いてない!?」
胴や手足に牽制弾が命中しても微動だにしていないのだ。それどころか表情すら動いていない。
今まで十分な効果を上げていた牽制弾は、目の前の存在にはまるで意味をなしていない。
シェインがガンカードを通常弾に交換している間に、クテが前衛二人に筋力増幅の魔術をかける。
「いくぜぃっ!」
「せいっ!」
掛け声一つ吐いてジカールとセケンドが武器を振るう。
金属同士がぶつかり合う音が周囲に響く。猪頭たちは手に持つ武器で、斧とナイフを受け止めた。
「嘘だろっ!?」
筋力を上げた状態で押し切れないことにジカールが驚きの声を上げた。
「効いてないっ」
セケンドは力の押し合いはせず、手数で勝負している。猪頭はセケンドの振るうナイフに反応しきれていないが、当たったナイフを気にせず斧を振るう。
残る一匹はシェインが相手している。通常弾を胴に当ててはみたが反応が薄いので、顔を狙うと足止め程度には効果があったのだ。足止めできている間に二匹をどうにかしてもらいたいと考えている。しかし事態は不利なほうへと傾いた。
力比べとなっていたジカールが押し負け転がり、セケンドは肩に斧の一撃を受けていた。
倒れているところに振り下ろされた剣をどうにか避けたジカールは、ちらりとクテに視線を送る。それに気づいたクテはジカールの唇を読み、言いたいことを理解した。
準備していた治癒カードをしまい、別のカードを持つ。
「フラッシュ!」
クテは魔術を使い、猪頭の近くに閃光を発生させた。
ジカールとクテは目を閉じており、クテの声を聞いたセケンドも咄嗟に目を閉じる。
これにより目が眩んだのは猪頭たちとシェインだ。
「っ!? なに!?」
視界がふさがれた状態でシェインは誰かに服の背中部分をつかまれる。
ジカールの声がそばで聞こえたことで、つかんでいるのはジカールだとわかった。
「恨み言は生きてたら聞く」
それだけ言ってジカールは、シェインを猪頭たちへとぶつけるように押し出した。
ジカールの筋力は増幅されている。シェインは抵抗できず、猪頭たちへと突っ込んだ。
シェインが混乱している間に、ジカールたちは逃げ出した。自分たちが確実に逃げられるようにシェインを囮としたのだ。
ジカールは少ない切り結びで不利だと悟ったのだ。そして即座に逃げることを決め、クテに指示を出した。三人は以前も同じ手で逃げ出したことがある。ジカールがこの状況で、自分たちがどのように動いてほしいのか二人とも予想がつくのだ。
目が見えるようになったのはシェインも猪頭も同じタイミングだった。
ざっと周囲を見渡して現状を悟ったシェインは激怒する。逃げた三人を殴り罵倒したいが、この状況をどうにかするほうが先だった。
猪頭たちはいなくなった三人よりも、シェインに関心が向いているようで、三人を追うそぶりをみせない。
「どうしろってのよ!?」
猪頭たちはシェインが逃げられないように囲んでいる。しかも少しずつ近づいている。
ガンカードを変える暇も、考える暇もない。
今できることといったら、
「とにかく撃つしかないじゃない!」
引き金を引くことしかなかった。
一人の足を止めたところで状況は好転するわけもなく。残りの二人に頬と横腹を殴られシェインはあっさりと気絶した。
倒れ伏したシェインに猪頭たちが近づく。
止めをさすのかと思われた猪頭たちは武器をしまう。
そして気絶したシェインを担いで、どこかへと連れ去るのだった。
2へ
2009年12月20日
生まれ変わってドラクエ 8
レーべを出発し三週間、三人はいざないの洞窟入り口に立っていた。
まっすぐ進めば十日ほどで到着可能な距離だったのだが、寄道をしたことでこれだけ時間がかかっていた。
依頼を受けたのと、カズキを鍛えるという二つのことをしていたのだ。
バラモス退治の旅で金稼ぎのために依頼を受けるかはわからないが、コレッソは一応教えることにしたのだ。受けた依頼は商隊護衛と並んでオーソドックスな魔物討伐だ。
果樹園にやってくるさそりばち退治の依頼を受け、依頼を受ける際に気をつけることを教わりながら、始めから終わりまで一通りの流れを二人は学んだ。
その際にカズキがさそりばちに苦戦し、実力不足が判明。このままいざないの洞窟に行くよりも、数日、滞在地周辺の敵と戦いながらカズキの実力アップを目指したのだ。その間にアークも訓練し、魔法を剣にまとわせる方法を習得した。使ったものは銅の剣ではなく、そこらに落ちている太めの木の棒だ。呪文文字を描く位置では手を火傷することがあり危ないということや持続時間がわかり、練習しておいて損はなかった。
この特訓でカズキはレベル7へ、アークは9になっている。コレッソも1上がって12になっていた。
「ここを抜けたら仕事も終わりか。教えられることは全て教え込んだ。あとは実際に経験していくだけだ」
「ありがとうございます。一人で旅に出ていたら、旅に慣れるだけでもそうとうに苦労したと思います」
教えてもらったことは、これから先すごく役に立つと理解しているアークは頭を下げる。
「俺も先輩から一番に習ったことだからな。
カズキはどうするんだ? 俺と一緒に戻るのか?」
「もう少し一緒にいようかと。まだ満足してないし」
「まあ、お前がそういうなら止めないけど、無茶はするなよ?
なにかあればルイーダが悲しむからな」
「わかってます。命賭けてまで好奇心を満たそうとは思ってませんよ」
「ならいいんだ」
訓練光景を見て、カズキに武器を扱う才はそれほどないと見たコレッソは安心したように頷いた。このまま訓練を積めばアリアハンにいる魔物は楽勝となる。限界はダーマ辺りの魔物で死に物狂いで戦いどうにか勝てる。それ以上の魔物と戦おうと思っても大した戦果は上げられないと見ている。
補助付きヒャドを使えばもっと楽になるが、今は乱発できずここぞという場面で使うほうがいいと収穫もないことはなかった。
洞窟を封印している壁のある空間へと繋がる階段を下りる。そこには封印の監視役である兵士がいた。
三人を見るとここになにをしにきたのかと問いかけてくる。
「俺はここを通るように王から命じられた者です」
「ということはあなたが勇者ですか?」
「はい」
「少しお待ちください」
兵士は懐から紙を取り出し広げた。そこにはアークの顔が描かれていた。
「間違いないようですね。
話しは使者から聞いています。どうぞ封印を壊し、先へと進んでください」
そういうと兵士は階段の位置まで下がる。
兵士はアークが封印を壊したことを確認すると、アリアハンにいる上司に報告するようになっている。
アークは魔法の玉を取り出して、封印に近づく。くぼみをみつけ、そこに魔法の玉を置いた。
そこから離れ、皆も離れていることを確認するとメラを使おうとするが、カズキが止めた。忠告することがあったのだ。
「大きな音がするだろうから耳は塞いだ方がいいよ」
皆が頷き、アークは再度メラを当てるため腕を壁に向ける。
メラが魔法の玉にぶつかった三秒後、突如大きな炎が爆音と共に発生し壁を覆いつくしていった。その威力メラゾーマをはるかに超え、異世界でメラガイアーと呼ばれるものに匹敵していたのかもしれない。
炎と煙が消えるとぽっかりと壁にあいた穴が姿を現す。燃し消したのか、壁の破片はまったく残っていない。
「……すごい威力だったな」
やや呆然としコレッソが言った。それに皆頷く。
「耳塞いでても耳がちょっと痛い」
「ここまで大きな音とは思わなかったわ」
耳を塞いでなかったらと思うと背中が少しひやりとするカズキだった。
「これだけの威力の道具があれば、魔物退治も楽になるんだが。
量産しないのだろうか」
「簡単には使えないと思うよ」
「どうしてだ?」
「話しに聞いたんだけど、売りに出すとしても原材料費と人件費で値段が高くなる。
それと魔力を込める作業は慎重に行う必要があるみたいで、時間もかかる。あれと同じものを一個作るのに三十日。研究すればもっと短くなるかもしれない。でもせいぜい十日短縮で精一杯。こんなペースで量産とか無理でしょ。
便利とわかれば皆がほしがって、品薄となり、値段が上がってもほしがる人がでてくる。
結果、一般的な冒険者には手に入りにくくなる。
将来的には国の兵器として扱われるようになるかも」
「なるほど」
耳の痛みが治まり三人は穴の開いた壁を越える。
壁の向こうには階段とゲームと同じように宝箱が置かれていた。
「手付かずの宝箱か、初めて見たな」
「そうなんですか?」
「ああ、俺が行ったことのある洞窟や塔はそう多くない。そして行った場所はすべてほかの冒険者の手が入っていたよ。
隠し部屋なんかも探しつくされていた」
だからかコレッソは少しわくわくとした表情で宝箱に手をかけた。
「開けていいか?」
「どうぞ」
アークが促し、中身を覚えているカズキも頷いた。
長年誰も触らなかったおかげで埃まみれの宝箱が開かれた。
「なにが入っているのかなっと……地図?」
中身を取り出し、広げたコレッソは首を傾げた。不完全な地図なのだ。大部分が白紙なのだが、わかる部分は詳しく描かれている。それこそ本屋などで買える高値の地図よりも詳細なのだ。
「んー?」
「どうしたんです?」
地図を見て唸るコレッソにアークが尋ねる。
「地図に違和感があるんだ……あっ! 一度行ったことのある場所ばかり描かれているのか!」
「不思議な地図ですね。俺が持ったらどうなるんでしょう?」
「持ってみたらわかるな、ほれ」
コレッソからアークへと渡された瞬間、地図の内容が変わる。
「アリアハンだけになった。
この点は、もしかして今俺たちがいる場所を示してる?」
「そうだとしたら、便利な地図だな! 船乗りがすごくほしがりそうだ。
いいもの手に入れたじゃないか! これからの旅に役立つぜ」
「俺がもらってもいいんですか?」
「俺が持ってても意味ないからな」
「ありがとうございます」
アークは大事そうに荷物にしまう。
「どしたい? 難しい顔して」
コレッソは首をわずかに傾げているカズキに気づいた。
「そんな地図の話を聞いたことがあって。
たしか精霊によって作られた地図がそんな効果を持ってたような」
実は誰が作ったのだろうと考えて難しい顔になっていたのだが、それをばらさずにカズキは適当に答えた。
「精霊か。それなら納得できるな。
人間にはちょっと無理だからなあれを作るのは」
「ですね」
カズキも人間にはまだ無理だろうなと、内心同意した。
収穫を得てテンションが上がった三人は、軽い足取りで先へと進む。
洞窟の中はぼろぼろだった。もとは綺麗な一直線だったろう地下大通りは、いくつもの亀裂で通行不可能というゲームと同じ様相を見せている。亀裂を飛び越すには幅が大きすぎ遠回りするしかない。亀裂は床だけではなく、壁や天井にも入っており、この洞窟が百年以上存在していたのだろうと思わせるのに十分な説得力を持っていた。
そんな中を三人は苦労しながら進んでいる。洞窟のつくりに戸惑っているのではない。苦労しているのは魔物との戦いだ。一匹一匹は外にいたものとたいして変わりない。戦闘になる際に少数では向かってこず、必ず六匹以上で向かってくるのだ。最大で前後から合計十五匹で襲い掛かられた。おかげで余裕をもって戦うということが難しく、被弾率が上がっている。
「いったん休もう。騒ぎ立てないなら、ここでしばらくは隠れていられる」
予想以上の激戦で疲れたアークとカズキはコレッソの提案に賛同する。ここは入り口一つの小部屋で、入り口を見張っていれば安心して休んでいられる場所だ。
それぞれ壁に寄りかかり、薬草と水を飲んでいく。
「最後の最後でこんな戦いになるとはな」
「ちょっと変ですよね。いままで出てきた魔物とは出方が違います」
「だなぁ。こんな出方は初めてだ」
「外敵との効率のいい戦い方を習得してるみたいです」
「外敵っつっても、ほんの少し前までここは封印されてたんだぞ? 戦う必要のない安全な場所じゃないか?」
「言われればそうですね」
話しを聞く余裕を取り戻せていないカズキは聞くだけに留まっている。しかし聞きながら考えていた。
ロマリア側の旅の扉は開いてるから、あちら側から侵入してきた魔物がうろついているのではと、最初はこう思っていた。だが出てくるものはアリアハンにいる魔物が中心だ。ゲームならばそういうものと納得できるが、今は現実だ。なにか理由があるはずと考え込み、答えらしきものを思いついた。
「裂け目のどれかが外に通じているのか」
「どしたの兄さん?」
思わず漏れ出たカズキの言葉にアークが反応した。
「ん? ああ、裂け目のどれかが洞窟外まで通じてて、そこから外の魔物が入ってきてるんだろうなって。封印されてるってことは出入りができないってことだろう?」
「そっか、魔物がいること自体がおかしいんだ。兄さんの言うとおり誰も出入りできないはずだし。
もしかして魔物の拠点になってるのかな、ここ。だとしたら魔物に指示を出してる奴がいる? 誰かが入ってきたってのはあの爆発音でわかるだろうから」
考え込んでいたアークとコレッソが魔物の気配を捉え、立ち上がる。
たまたま通りがかったらしいおばけありくいを倒し、三人は休憩を終え先に進む。
体力温存のため隠れる場所があれば隠れ、戦闘を回避していく。魔物のリーダがいるならば取り巻きも多く、洞窟に入って一番の激戦になるだろうと考えたのだ。その戦いに備えるため戦闘を減らした。
年代物の聖なるナイフを手に入れるなど道を間違えて進むことはあったが、旅の扉へと続く階段をみつけることができた。
今三人が隠れている場所から見える視線の先に二十匹近くの魔物がいる。その奥には淡く青い光を放つ台座がある。
そしてアークの視線は一匹の魔法使いに釘付けになっている。三分ほど確かめるように見続け、ポツリと漏らした。
「間違いない。あのときの魔法使いだ」
「あのときって……薬草畑のか!?」
印象に残る魔法使いはそれくらいでカズキにもすぐ見当がついた。
「どしたんだ? ちょっとばかり偉そうに見える以外は普通の魔法使いだろうあれ」
「ギラ使ってきたんだあいつ」
「魔法使いがギラ? 初めて聞いたぞ」
ほかにもなにか魔法を使ってくる可能性があるとカズキはステータスを見てみる。
「げ」
「どうした?」
「いやなんでも」
見えた装備品などに思わずうめき声が漏れ、それを聞き取ったコレッソがいぶかしむ。それをなんとか誤魔化し再度ステータスを見る。
魔法使いはみかわしの服を装備し、薬草を五つもっており、ギラのほかにスクルトとピオリムを習得していた。
スクルトを使われると、ただでさえ数の多さがやっかいなのに、さらにやっかいになる。どうにかして注意を促したいが、どういえばいいのかカズキにはわからない。こんなことならば、事前にステータスが見えることを説明しておけばよかったと後悔する。今この場で言っても信じてもらえるか微妙だ。
「ギラを使ってきたように、なにかほかの魔法も使ってくるかもしれんから注意したほうがいいと思う」
言えたことはこれくらいだ。
アークはそうだねと頷き、戦闘準備に入る。
「ここから俺と兄さんが呪文であれに攻撃、そののちに突撃でいいかな? 俺は魔法使いを最初に相手します。ギラを乱発はとめないと」
「あいつらがあそこから離れるまで待つというのはどうだ?」
「上手くいけばいいんですが、いつ動くかわからないし、その間に後ろから魔物がやってきて数が増えた状態で挟み撃ちになりかねません」
「無理に戦う必要ある?」
「ここでリーダー格を倒しておけば、アリアハンの治安はしばらくよくなると思うんだ」
自分のことを優先したカズキたちと違い、人々のことを考えての提案だった。
勇者だなぁとカズキとコレッソの感想は重なる。
「それにバラモスに挑むんですから、これくらい笑って乗り越えないと魔王討伐なんて無理です」
「しゃーない最後だし付き合うか」
苦笑を浮かべコレッソも武器を構えた。
「突撃する前に薬草の確認しとこう。絶対必要になる」
カズキも腹をくくる。
「カズキは一度に複数と戦おうとするなよ。まだそこまで器用には立ち回れないからな」
「わかってます」
「二人ともありがとう。
それじゃ合図して321で魔法を使おう」
カズキは頷いてアークの隣に並ぶ。氷の宝珠を握った手でいつでもヒャドを放てるように準備を整える。
皆の準備が整ったことを確認し、アークは剣先を地面にかすらせて小さく音を出す。
カズキとアークは呪文文字を描く。そして同時に魔法を使った。
「メラ!」「ヒャド!」
火の玉といつくかの小さな氷柱が魔法使いめがけて飛ぶ。
同時に三人は走り出す。
カズキたちの声で、魔法使いたちは三人に気づく。
距離があるおかげで、魔法使いはメラをヒャドを余裕を持って避けることができた。メラとヒャドは周囲のものが邪魔で避けられなかったアルミラージとフロッガーに命中する。
カズキとコレッソは魔物たちの近づくにつれ速度を緩め、アークは逆に加速する。
走り抜けるつもりかとカズキは思っていたが、予想ははずれ。
アークは魔法使いめがけて跳躍した。そして剣を魔法使いの脳天めがけて振り下ろす。勢いと体重のかかった一撃は腕にかするだけだった。みかわしの服のおかげで魔法使いは、なんとか回避に成功したのだった。
魔法使いとその取り巻きはアークに任せ、カズキは目の前にいる二匹のアルミラージと三匹のおばけアリクイに向かいあう。コレッソにはさそりばち五匹とフロッガー三匹が向かっていった。
「せりゃっ」
カズキはアルミラージへと棍を突き出す。コレッソの助言に従い一度に複数を相手はせず、一匹ずつ確実に対応する心積もりだ。同時に壁を背にして、背後からの攻撃を受けないように注意する。
とにかくラリホーの使えるアルミラージを最優先で倒すと決め、もう片方がラリホーを使いそうなときのみ発動を邪魔するために攻撃目標を変える。
アルミラージの体当たりは直線上から退けば問題なし、ありくい系は舌を鞭のように使ってくるので注意と、実際に戦い特徴を掴んでいるので一対一ならば問題なく倒せるようになっている。
今は一対複数なので魔物の動作に注意を払う余裕なく攻撃をくらいまくっているが、そういう攻撃をしてくると知っているので動揺することもない。
「そろそろか」
体力が少なくなってきたことをステータスで確認し、棍を片手で持ち、魔物たちを離れさせるために薙ぐ。もう片方の手で薬草をポケットから取り出し口に放り込む。あっという間に体中から痣や傷が消えていく。
視界の端にアルミラージの片方が角で呪文文字を描こうとしているのを発見し、棍を突き出す。角の根元に命中し、それが止めとなった。
致命的な事態だけは避けつつカズキは武器を振るい続ける。
コレッソの戦いは安定したものとなっている。
囲まれないように位置取りを考えつつ動き、盾で確実に攻撃を受け止め、無理せず隙を突いていく。さそりばちの羽を切り裂いて動きを止め、フロッガーにも注意を払う。長年の経験を活用した堅実な戦いだ。このまま戦い続けても大怪我はしないだろう。
アークは苦戦していた。魔法使いが装備しているみかわしの服が原因だ。鎖かたびらを超える防御力に加え、回避力の上昇と今のアークには厄介極まりない防具。攻撃の半分以上がはずれ、当たっても大ダメージは与えることができない。そしてダメージがある程度たまると薬草で回復される。
はっきりいって今まで戦った人間や魔物の中で一番の強さだ。
助かっていることといえば、魔法使いが己を囮として避けることに集中しているおかげでメラやギラがとんでこないことか。もっとも魔法使いに集中している分だけ、取り巻きへの注意はおろそかになり攻撃をくらうはめになっている。この攻撃はアークの魔法使いへの攻撃の命中を阻害している。しかも取り巻きたちにはピオリムがかけられていて、攻撃回数が多いというおまけ付き。
取り巻きから倒すと魔法使いの魔法がとぶ。魔法使いに集中すると取り巻きの攻撃がうざったい。アークはちょっとした泥沼にはまっている。
この状況を変えたのはカズキたちだ。
カズキが目の前の魔物を片付けたとき、コレッソも動けなくしたさそりばち全部にとどめをさしたところだった。
二人はアークの戦闘風景を見たあと視線が合う。言葉なく頷きあうと、アークを攻撃している取り巻きたちと戦い始める。
このおかげで取り巻きからの攻撃を受けなくなったアークは、さらに集中でき命中率が上がる。
形勢が悪くなったと判断した魔法使いは、味方ごとアークたちをギラでなぎ払う戦い方に切り替える。
最初の一発で取り巻きたちはほぼ壊滅。この場はカズキ一人で大丈夫だと判断したコレッソは、魔法使い側へと参戦。再びギラを使おうとした魔法使いに剣をふるい阻止する。
こうなると形勢は完全にアークたちへと傾いた。
カズキが取り巻きたちを片付ける前に、魔法使いは残りの薬草を使う間もなく倒された。アークに剣を胸に突き立てられたことがとどめとなった。
とどめをさした形でアークは固まり。魔法使いの死体が消えると剣に寄りかかるようにひざまずく。強敵との戦闘と取り巻きからの攻撃を受け続けたことで、疲労しているのだ。もし魔法使いが成長していたら負けていたのはアークだった。
魔法使いが成長していないのは、みかわしの服に依存していたからではない。普通は魔物は生み出された時点で完成しており、成長しないのだ。経験で動きが変わることはあっても、身体能力の上昇などはほぼない。
疲れているアークをそのままにコレッソはカズキ側に移動、武器を三回振るって戦いを終わらせた。
アークと同程度疲労しているカズキもその場に座りこみ、息を整える。
「ふー、終わったな」
「コ、コレッソさんは、まだ、余力ありそうです……ね」
「経験の差ってやつだろうさ。お前さんたちもこの程度はすぐにできるようになる」
軽く息がはずんでいるだけでコレッソはさほど疲れていない。ペース配分が上手いのだろう。
コレッソは自分たちが通ってきた通路を警戒しながら、落ちているゴールドを集める。
「そんだけ余裕があるなら魔王討伐にもついていけるんじゃ?」
「馬鹿いうな。戦ったのがそれほど強いやつらじゃなかったから、余裕があんだよ。
ポルトガあたりの魔物との戦いだったら、余裕もなにもない。死すら覚悟するね。
俺が活躍できるのはここまでなんだよ」
「……そうですか残念です」
ある程度息を整えたアークが立ち上がる。回復早いなと思いつつカズキもなんとか立ち上がった。
「じゃあ行きましょう。
これに触れたらロマリアに行けるの兄さん?」
「多分、俺も話しに聞いただけだから。詳しいことは」
アークは台座の中心に立つ。するとアークの姿が歪み消えた。
「俺たちも行くか」
「はい」
アークを真似て二人も台座に立つ。
風景の歪みに二人は耐え切れず目を閉じる。
部屋には誰もいなくなり、カズキたちと魔物たちの血のみが戦闘があったことを物語っている。
9へ
まっすぐ進めば十日ほどで到着可能な距離だったのだが、寄道をしたことでこれだけ時間がかかっていた。
依頼を受けたのと、カズキを鍛えるという二つのことをしていたのだ。
バラモス退治の旅で金稼ぎのために依頼を受けるかはわからないが、コレッソは一応教えることにしたのだ。受けた依頼は商隊護衛と並んでオーソドックスな魔物討伐だ。
果樹園にやってくるさそりばち退治の依頼を受け、依頼を受ける際に気をつけることを教わりながら、始めから終わりまで一通りの流れを二人は学んだ。
その際にカズキがさそりばちに苦戦し、実力不足が判明。このままいざないの洞窟に行くよりも、数日、滞在地周辺の敵と戦いながらカズキの実力アップを目指したのだ。その間にアークも訓練し、魔法を剣にまとわせる方法を習得した。使ったものは銅の剣ではなく、そこらに落ちている太めの木の棒だ。呪文文字を描く位置では手を火傷することがあり危ないということや持続時間がわかり、練習しておいて損はなかった。
この特訓でカズキはレベル7へ、アークは9になっている。コレッソも1上がって12になっていた。
「ここを抜けたら仕事も終わりか。教えられることは全て教え込んだ。あとは実際に経験していくだけだ」
「ありがとうございます。一人で旅に出ていたら、旅に慣れるだけでもそうとうに苦労したと思います」
教えてもらったことは、これから先すごく役に立つと理解しているアークは頭を下げる。
「俺も先輩から一番に習ったことだからな。
カズキはどうするんだ? 俺と一緒に戻るのか?」
「もう少し一緒にいようかと。まだ満足してないし」
「まあ、お前がそういうなら止めないけど、無茶はするなよ?
なにかあればルイーダが悲しむからな」
「わかってます。命賭けてまで好奇心を満たそうとは思ってませんよ」
「ならいいんだ」
訓練光景を見て、カズキに武器を扱う才はそれほどないと見たコレッソは安心したように頷いた。このまま訓練を積めばアリアハンにいる魔物は楽勝となる。限界はダーマ辺りの魔物で死に物狂いで戦いどうにか勝てる。それ以上の魔物と戦おうと思っても大した戦果は上げられないと見ている。
補助付きヒャドを使えばもっと楽になるが、今は乱発できずここぞという場面で使うほうがいいと収穫もないことはなかった。
洞窟を封印している壁のある空間へと繋がる階段を下りる。そこには封印の監視役である兵士がいた。
三人を見るとここになにをしにきたのかと問いかけてくる。
「俺はここを通るように王から命じられた者です」
「ということはあなたが勇者ですか?」
「はい」
「少しお待ちください」
兵士は懐から紙を取り出し広げた。そこにはアークの顔が描かれていた。
「間違いないようですね。
話しは使者から聞いています。どうぞ封印を壊し、先へと進んでください」
そういうと兵士は階段の位置まで下がる。
兵士はアークが封印を壊したことを確認すると、アリアハンにいる上司に報告するようになっている。
アークは魔法の玉を取り出して、封印に近づく。くぼみをみつけ、そこに魔法の玉を置いた。
そこから離れ、皆も離れていることを確認するとメラを使おうとするが、カズキが止めた。忠告することがあったのだ。
「大きな音がするだろうから耳は塞いだ方がいいよ」
皆が頷き、アークは再度メラを当てるため腕を壁に向ける。
メラが魔法の玉にぶつかった三秒後、突如大きな炎が爆音と共に発生し壁を覆いつくしていった。その威力メラゾーマをはるかに超え、異世界でメラガイアーと呼ばれるものに匹敵していたのかもしれない。
炎と煙が消えるとぽっかりと壁にあいた穴が姿を現す。燃し消したのか、壁の破片はまったく残っていない。
「……すごい威力だったな」
やや呆然としコレッソが言った。それに皆頷く。
「耳塞いでても耳がちょっと痛い」
「ここまで大きな音とは思わなかったわ」
耳を塞いでなかったらと思うと背中が少しひやりとするカズキだった。
「これだけの威力の道具があれば、魔物退治も楽になるんだが。
量産しないのだろうか」
「簡単には使えないと思うよ」
「どうしてだ?」
「話しに聞いたんだけど、売りに出すとしても原材料費と人件費で値段が高くなる。
それと魔力を込める作業は慎重に行う必要があるみたいで、時間もかかる。あれと同じものを一個作るのに三十日。研究すればもっと短くなるかもしれない。でもせいぜい十日短縮で精一杯。こんなペースで量産とか無理でしょ。
便利とわかれば皆がほしがって、品薄となり、値段が上がってもほしがる人がでてくる。
結果、一般的な冒険者には手に入りにくくなる。
将来的には国の兵器として扱われるようになるかも」
「なるほど」
耳の痛みが治まり三人は穴の開いた壁を越える。
壁の向こうには階段とゲームと同じように宝箱が置かれていた。
「手付かずの宝箱か、初めて見たな」
「そうなんですか?」
「ああ、俺が行ったことのある洞窟や塔はそう多くない。そして行った場所はすべてほかの冒険者の手が入っていたよ。
隠し部屋なんかも探しつくされていた」
だからかコレッソは少しわくわくとした表情で宝箱に手をかけた。
「開けていいか?」
「どうぞ」
アークが促し、中身を覚えているカズキも頷いた。
長年誰も触らなかったおかげで埃まみれの宝箱が開かれた。
「なにが入っているのかなっと……地図?」
中身を取り出し、広げたコレッソは首を傾げた。不完全な地図なのだ。大部分が白紙なのだが、わかる部分は詳しく描かれている。それこそ本屋などで買える高値の地図よりも詳細なのだ。
「んー?」
「どうしたんです?」
地図を見て唸るコレッソにアークが尋ねる。
「地図に違和感があるんだ……あっ! 一度行ったことのある場所ばかり描かれているのか!」
「不思議な地図ですね。俺が持ったらどうなるんでしょう?」
「持ってみたらわかるな、ほれ」
コレッソからアークへと渡された瞬間、地図の内容が変わる。
「アリアハンだけになった。
この点は、もしかして今俺たちがいる場所を示してる?」
「そうだとしたら、便利な地図だな! 船乗りがすごくほしがりそうだ。
いいもの手に入れたじゃないか! これからの旅に役立つぜ」
「俺がもらってもいいんですか?」
「俺が持ってても意味ないからな」
「ありがとうございます」
アークは大事そうに荷物にしまう。
「どしたい? 難しい顔して」
コレッソは首をわずかに傾げているカズキに気づいた。
「そんな地図の話を聞いたことがあって。
たしか精霊によって作られた地図がそんな効果を持ってたような」
実は誰が作ったのだろうと考えて難しい顔になっていたのだが、それをばらさずにカズキは適当に答えた。
「精霊か。それなら納得できるな。
人間にはちょっと無理だからなあれを作るのは」
「ですね」
カズキも人間にはまだ無理だろうなと、内心同意した。
収穫を得てテンションが上がった三人は、軽い足取りで先へと進む。
洞窟の中はぼろぼろだった。もとは綺麗な一直線だったろう地下大通りは、いくつもの亀裂で通行不可能というゲームと同じ様相を見せている。亀裂を飛び越すには幅が大きすぎ遠回りするしかない。亀裂は床だけではなく、壁や天井にも入っており、この洞窟が百年以上存在していたのだろうと思わせるのに十分な説得力を持っていた。
そんな中を三人は苦労しながら進んでいる。洞窟のつくりに戸惑っているのではない。苦労しているのは魔物との戦いだ。一匹一匹は外にいたものとたいして変わりない。戦闘になる際に少数では向かってこず、必ず六匹以上で向かってくるのだ。最大で前後から合計十五匹で襲い掛かられた。おかげで余裕をもって戦うということが難しく、被弾率が上がっている。
「いったん休もう。騒ぎ立てないなら、ここでしばらくは隠れていられる」
予想以上の激戦で疲れたアークとカズキはコレッソの提案に賛同する。ここは入り口一つの小部屋で、入り口を見張っていれば安心して休んでいられる場所だ。
それぞれ壁に寄りかかり、薬草と水を飲んでいく。
「最後の最後でこんな戦いになるとはな」
「ちょっと変ですよね。いままで出てきた魔物とは出方が違います」
「だなぁ。こんな出方は初めてだ」
「外敵との効率のいい戦い方を習得してるみたいです」
「外敵っつっても、ほんの少し前までここは封印されてたんだぞ? 戦う必要のない安全な場所じゃないか?」
「言われればそうですね」
話しを聞く余裕を取り戻せていないカズキは聞くだけに留まっている。しかし聞きながら考えていた。
ロマリア側の旅の扉は開いてるから、あちら側から侵入してきた魔物がうろついているのではと、最初はこう思っていた。だが出てくるものはアリアハンにいる魔物が中心だ。ゲームならばそういうものと納得できるが、今は現実だ。なにか理由があるはずと考え込み、答えらしきものを思いついた。
「裂け目のどれかが外に通じているのか」
「どしたの兄さん?」
思わず漏れ出たカズキの言葉にアークが反応した。
「ん? ああ、裂け目のどれかが洞窟外まで通じてて、そこから外の魔物が入ってきてるんだろうなって。封印されてるってことは出入りができないってことだろう?」
「そっか、魔物がいること自体がおかしいんだ。兄さんの言うとおり誰も出入りできないはずだし。
もしかして魔物の拠点になってるのかな、ここ。だとしたら魔物に指示を出してる奴がいる? 誰かが入ってきたってのはあの爆発音でわかるだろうから」
考え込んでいたアークとコレッソが魔物の気配を捉え、立ち上がる。
たまたま通りがかったらしいおばけありくいを倒し、三人は休憩を終え先に進む。
体力温存のため隠れる場所があれば隠れ、戦闘を回避していく。魔物のリーダがいるならば取り巻きも多く、洞窟に入って一番の激戦になるだろうと考えたのだ。その戦いに備えるため戦闘を減らした。
年代物の聖なるナイフを手に入れるなど道を間違えて進むことはあったが、旅の扉へと続く階段をみつけることができた。
今三人が隠れている場所から見える視線の先に二十匹近くの魔物がいる。その奥には淡く青い光を放つ台座がある。
そしてアークの視線は一匹の魔法使いに釘付けになっている。三分ほど確かめるように見続け、ポツリと漏らした。
「間違いない。あのときの魔法使いだ」
「あのときって……薬草畑のか!?」
印象に残る魔法使いはそれくらいでカズキにもすぐ見当がついた。
「どしたんだ? ちょっとばかり偉そうに見える以外は普通の魔法使いだろうあれ」
「ギラ使ってきたんだあいつ」
「魔法使いがギラ? 初めて聞いたぞ」
ほかにもなにか魔法を使ってくる可能性があるとカズキはステータスを見てみる。
「げ」
「どうした?」
「いやなんでも」
見えた装備品などに思わずうめき声が漏れ、それを聞き取ったコレッソがいぶかしむ。それをなんとか誤魔化し再度ステータスを見る。
魔法使いはみかわしの服を装備し、薬草を五つもっており、ギラのほかにスクルトとピオリムを習得していた。
スクルトを使われると、ただでさえ数の多さがやっかいなのに、さらにやっかいになる。どうにかして注意を促したいが、どういえばいいのかカズキにはわからない。こんなことならば、事前にステータスが見えることを説明しておけばよかったと後悔する。今この場で言っても信じてもらえるか微妙だ。
「ギラを使ってきたように、なにかほかの魔法も使ってくるかもしれんから注意したほうがいいと思う」
言えたことはこれくらいだ。
アークはそうだねと頷き、戦闘準備に入る。
「ここから俺と兄さんが呪文であれに攻撃、そののちに突撃でいいかな? 俺は魔法使いを最初に相手します。ギラを乱発はとめないと」
「あいつらがあそこから離れるまで待つというのはどうだ?」
「上手くいけばいいんですが、いつ動くかわからないし、その間に後ろから魔物がやってきて数が増えた状態で挟み撃ちになりかねません」
「無理に戦う必要ある?」
「ここでリーダー格を倒しておけば、アリアハンの治安はしばらくよくなると思うんだ」
自分のことを優先したカズキたちと違い、人々のことを考えての提案だった。
勇者だなぁとカズキとコレッソの感想は重なる。
「それにバラモスに挑むんですから、これくらい笑って乗り越えないと魔王討伐なんて無理です」
「しゃーない最後だし付き合うか」
苦笑を浮かべコレッソも武器を構えた。
「突撃する前に薬草の確認しとこう。絶対必要になる」
カズキも腹をくくる。
「カズキは一度に複数と戦おうとするなよ。まだそこまで器用には立ち回れないからな」
「わかってます」
「二人ともありがとう。
それじゃ合図して321で魔法を使おう」
カズキは頷いてアークの隣に並ぶ。氷の宝珠を握った手でいつでもヒャドを放てるように準備を整える。
皆の準備が整ったことを確認し、アークは剣先を地面にかすらせて小さく音を出す。
カズキとアークは呪文文字を描く。そして同時に魔法を使った。
「メラ!」「ヒャド!」
火の玉といつくかの小さな氷柱が魔法使いめがけて飛ぶ。
同時に三人は走り出す。
カズキたちの声で、魔法使いたちは三人に気づく。
距離があるおかげで、魔法使いはメラをヒャドを余裕を持って避けることができた。メラとヒャドは周囲のものが邪魔で避けられなかったアルミラージとフロッガーに命中する。
カズキとコレッソは魔物たちの近づくにつれ速度を緩め、アークは逆に加速する。
走り抜けるつもりかとカズキは思っていたが、予想ははずれ。
アークは魔法使いめがけて跳躍した。そして剣を魔法使いの脳天めがけて振り下ろす。勢いと体重のかかった一撃は腕にかするだけだった。みかわしの服のおかげで魔法使いは、なんとか回避に成功したのだった。
魔法使いとその取り巻きはアークに任せ、カズキは目の前にいる二匹のアルミラージと三匹のおばけアリクイに向かいあう。コレッソにはさそりばち五匹とフロッガー三匹が向かっていった。
「せりゃっ」
カズキはアルミラージへと棍を突き出す。コレッソの助言に従い一度に複数を相手はせず、一匹ずつ確実に対応する心積もりだ。同時に壁を背にして、背後からの攻撃を受けないように注意する。
とにかくラリホーの使えるアルミラージを最優先で倒すと決め、もう片方がラリホーを使いそうなときのみ発動を邪魔するために攻撃目標を変える。
アルミラージの体当たりは直線上から退けば問題なし、ありくい系は舌を鞭のように使ってくるので注意と、実際に戦い特徴を掴んでいるので一対一ならば問題なく倒せるようになっている。
今は一対複数なので魔物の動作に注意を払う余裕なく攻撃をくらいまくっているが、そういう攻撃をしてくると知っているので動揺することもない。
「そろそろか」
体力が少なくなってきたことをステータスで確認し、棍を片手で持ち、魔物たちを離れさせるために薙ぐ。もう片方の手で薬草をポケットから取り出し口に放り込む。あっという間に体中から痣や傷が消えていく。
視界の端にアルミラージの片方が角で呪文文字を描こうとしているのを発見し、棍を突き出す。角の根元に命中し、それが止めとなった。
致命的な事態だけは避けつつカズキは武器を振るい続ける。
コレッソの戦いは安定したものとなっている。
囲まれないように位置取りを考えつつ動き、盾で確実に攻撃を受け止め、無理せず隙を突いていく。さそりばちの羽を切り裂いて動きを止め、フロッガーにも注意を払う。長年の経験を活用した堅実な戦いだ。このまま戦い続けても大怪我はしないだろう。
アークは苦戦していた。魔法使いが装備しているみかわしの服が原因だ。鎖かたびらを超える防御力に加え、回避力の上昇と今のアークには厄介極まりない防具。攻撃の半分以上がはずれ、当たっても大ダメージは与えることができない。そしてダメージがある程度たまると薬草で回復される。
はっきりいって今まで戦った人間や魔物の中で一番の強さだ。
助かっていることといえば、魔法使いが己を囮として避けることに集中しているおかげでメラやギラがとんでこないことか。もっとも魔法使いに集中している分だけ、取り巻きへの注意はおろそかになり攻撃をくらうはめになっている。この攻撃はアークの魔法使いへの攻撃の命中を阻害している。しかも取り巻きたちにはピオリムがかけられていて、攻撃回数が多いというおまけ付き。
取り巻きから倒すと魔法使いの魔法がとぶ。魔法使いに集中すると取り巻きの攻撃がうざったい。アークはちょっとした泥沼にはまっている。
この状況を変えたのはカズキたちだ。
カズキが目の前の魔物を片付けたとき、コレッソも動けなくしたさそりばち全部にとどめをさしたところだった。
二人はアークの戦闘風景を見たあと視線が合う。言葉なく頷きあうと、アークを攻撃している取り巻きたちと戦い始める。
このおかげで取り巻きからの攻撃を受けなくなったアークは、さらに集中でき命中率が上がる。
形勢が悪くなったと判断した魔法使いは、味方ごとアークたちをギラでなぎ払う戦い方に切り替える。
最初の一発で取り巻きたちはほぼ壊滅。この場はカズキ一人で大丈夫だと判断したコレッソは、魔法使い側へと参戦。再びギラを使おうとした魔法使いに剣をふるい阻止する。
こうなると形勢は完全にアークたちへと傾いた。
カズキが取り巻きたちを片付ける前に、魔法使いは残りの薬草を使う間もなく倒された。アークに剣を胸に突き立てられたことがとどめとなった。
とどめをさした形でアークは固まり。魔法使いの死体が消えると剣に寄りかかるようにひざまずく。強敵との戦闘と取り巻きからの攻撃を受け続けたことで、疲労しているのだ。もし魔法使いが成長していたら負けていたのはアークだった。
魔法使いが成長していないのは、みかわしの服に依存していたからではない。普通は魔物は生み出された時点で完成しており、成長しないのだ。経験で動きが変わることはあっても、身体能力の上昇などはほぼない。
疲れているアークをそのままにコレッソはカズキ側に移動、武器を三回振るって戦いを終わらせた。
アークと同程度疲労しているカズキもその場に座りこみ、息を整える。
「ふー、終わったな」
「コ、コレッソさんは、まだ、余力ありそうです……ね」
「経験の差ってやつだろうさ。お前さんたちもこの程度はすぐにできるようになる」
軽く息がはずんでいるだけでコレッソはさほど疲れていない。ペース配分が上手いのだろう。
コレッソは自分たちが通ってきた通路を警戒しながら、落ちているゴールドを集める。
「そんだけ余裕があるなら魔王討伐にもついていけるんじゃ?」
「馬鹿いうな。戦ったのがそれほど強いやつらじゃなかったから、余裕があんだよ。
ポルトガあたりの魔物との戦いだったら、余裕もなにもない。死すら覚悟するね。
俺が活躍できるのはここまでなんだよ」
「……そうですか残念です」
ある程度息を整えたアークが立ち上がる。回復早いなと思いつつカズキもなんとか立ち上がった。
「じゃあ行きましょう。
これに触れたらロマリアに行けるの兄さん?」
「多分、俺も話しに聞いただけだから。詳しいことは」
アークは台座の中心に立つ。するとアークの姿が歪み消えた。
「俺たちも行くか」
「はい」
アークを真似て二人も台座に立つ。
風景の歪みに二人は耐え切れず目を閉じる。
部屋には誰もいなくなり、カズキたちと魔物たちの血のみが戦闘があったことを物語っている。
9へ
2009年12月16日
東方SS ふたつほど
『レミリアと変態ども』
フランドールは狂っている。
狂っているから地下室に監禁されている。
監禁したのはレミリアだ。
そうしないとレミリアの貞操が危ないからだ。
もう一度言う。フランドールは狂っている。フランドールはレミリアを想いすぎて狂っている。
紅魔館住民にいわせると正しく狂っているということになる。
数百年も地下にいられるのは、レミリアに頼まれたからだ。ちょっと地下で大人しくしてて、と。
それをフランドールは放置プレイと解釈し、数百年楽しんでいた。
でも最近飽きてきた。
「愛しい愛しいお姉さま、こんなに愛らしい寝顔を晒していては悪い妹に食べられてしまうわよ」
吸血鬼にとっての夜明け、つまり地平線に夕日が沈む頃。寝室に忍び込んだフランドールが体重をかけないようにレミリアに馬乗りになっている。
眠りが深いのか、妹の気配だからか、レミリアはフランドールに気づかずいまだ夢の中。
それにやや不満そうな顔をフランドールは見せるも、レミリアの口の端から垂れたよだれをみつけると小さく笑みを浮かべた。そして人差し指でそれをすくいとり、舌でなめた。極上の蜂蜜であるかのような甘さを感じ、陶酔した表情となる。
「……もっと」
そう呟いて、さらに味わうためフランドールはレミリアの顔に静かに近づく。
フランドールの目にはレミリアのぷっくりとした桃色の唇しか見えていない。
なにをするかといえばディープなキス。それしか頭になくなったゆえに、かけないようにしていた体重がレミリアにかかる。
さすがに寝苦しさを感じたレミリアは起きて目を開き、間近に迫った妹の顔を見ることになった。
「ちょっフラン!? 近い近いっ」
フランドールは己の欲望を満たすことしか考えず、レミリアの声は聞き流す。
ならばとレミリアは全身から魔力を迸らせ、フランドールを吹っ飛ばした。
「いったーい。なにするのよお姉さま」
「それはこっちのセリフよ。寝室に忍び込んでなにしようとしたの」
「ディープキス」
隠すこともなく照れることもなく言い切った。
「淑女がそんなはしたないことを言ってはだめよ!」
「初心ね、お姉さまは。そんなところも好きよ」
「好いてくれるのはありがたいわ。だからといって寝込みを襲われるのは迷惑よ」
「じゃあ、起きてるときを襲うことにする。
ということで続きをしましょう? 四百年以上我慢してきたから、全身しゃぶりつくす程度はしてもいいよね?」
なんとなくそれだけでは終わりそうにないとレミリアは感じとる。あとそれをその程度と言うのなら、それ以上はどんなことをされるのかと不安も湧き上がる。
「ス、スキンシップがとりたいなら付き合うから、もっとほかのことをしない?」
「ほかのこと? 例えば?」
「テラスでお茶会なんてどう? 今日は満月でしょう? 吸血鬼にとってはこれ以上ない月見日和だわ」
「そうねぇ。お姉さまの唾液でいれられた紅茶がでるのなら」
「…………」
「あ」
どうしようこの妹と悩みその結果、レミリアは寝室から逃げた。
パチュリーもレミリアが好きだ。もちろんLOVEの方で。
本とレミリアどっちを選ぶと聞かれれば、レミリアの観察日記をレミリアの前で読み上げることで妥協するくらい好きだ。
パチュリーが著者のレミリア観察日記(写真つき)は今年で三百冊を突破した。本として形を整えたのは小悪魔だ。
その日記は常に紅魔館内での貸し出しトップを誇っている。
そんなパチュリーが最近魔理沙と仲がいいように見える。
美鈴の提案した『幼馴染に他人が接近!? 意識させ気を引こう作戦』なのだが、レミリアはたいして反応していない。
真剣みが足りないのかしらとパチュリーは悩んでいる。
バタンと勢いよく開けられた図書館の扉の方向を、パチュリーは本から目を離しいらだたしげに睨む。
だがそれをなした人物がレミリアだと知ると、扉の開閉音はたちまち繊細な音楽のように思えてきた。
「どうしたのレミィ? 起きるには少しだけ早くないかしら? それに寝巻きのままじゃない」
「フランから逃げてきた」
「どうりで。とりあえずこっちにきて落ち着きなさい」
「そうさせてもらうわ」
小悪魔にお茶を入れるように命じ、本を閉じたパチュリーは魔法を使う。
何の魔法を使ったのかと首を傾げるレミリアに、たいしたことではないと告げる。
パチュリーが使ったのは映像記録の魔法。レミリアが寝巻き姿で図書館にいるというレア映像を記録しているのだ。
内心パチュリー大興奮だが、それを一切外には出さないところはさすがクールビューティ。しかしパチュリーの視線は、レミリアのはだけた胸元から見える鎖骨に突き刺さっている。走ってきたのだろう、うっすらと滲んだ汗が鎖骨を艶かしく輝かせ、その魅力に目を奪われずにはいられなかった。
「妹様はなにをしたのか聞いてもいい?」
「寝込みを襲われかけたのよ」
「襲われ!?」
落ち着くために素数を数えて続きを聞く。
「襲われてはないのね。なにをされかけたの?」
「ディ、ディープキス」
恥じらいから頬を赤く染め視線を逸らすレミリアの様子は、パチュリーの理性をがりがりと削る。
「そ、それは過激なスキンシップね」
「そ、そうね」
唾液紅茶のほうはフランドールのことを思ってか話すことはない。
「あの子は昔から変わらないわ」
「そう聞いてるわね。でもレミィが魅力的すぎるから」
後半は聞こえないように付け加えられた。目には情欲の炎がちらりと揺れた。
「一緒にお風呂に入ったり一緒に寝たりは姉妹のスキンシップでいいんだけど、そのときに体まさぐってきたわ。
私の服や下着を気に入ったからって、いろいろともっていったりも……どうしたのパチェ?」
レミリアの話に出てくる場面を想像したり、自身に置き換えたりしたせいで、パチュリーは萌え血が鼻から漏れ出るのを必死で防いでいた。
理性が削られ続けていることもあって、我慢がきかなくなる。もとよりレミリアに関することでは我慢はできない性質なのだ。
「もうあれよね? 我慢しなくていいわよね? する気もないけど」
「パチェ?」
「レミィ貴方が悪いのよ? そんな艶かしい鎖骨を見せつけているんだから。私を誘っているんでしょう?
その鎖骨に舌を這わせたら、今回はどんな味がするんでしょうね」
ぺろりと舌で唇を舐める。以前味わった極上の味を思い出し、瞳の中の炎は大きくなる。
「…………」
くすくすと妖艶に笑いつつ自身に近づいてくるパチュリーから、フランドールと似たようなものを感じ取る。
すくっと椅子から立ち上がり、レミリアは机と椅子を弾き飛ばして走る。
そのあとをパチュリーはゆっくりと追っていく。
美鈴は謀っている。
フランドールの攻勢をどうにかできないかと相談され、隔離を提案した。
レミリアの気をもっと引けないかと相談され、意識させてはどうかと作戦を立てた。
結果、ライバル二人のレミリアと接する時間が減った。
かわりに美鈴とレミリアの接する時間が少し増えた。
常にすべてを抱擁するかのような笑みでレミリアと話し、裏ではもっと接する時間が増えないかと考える。
昔はライバル少なくてよかったなぁと懐かしみながら。
「美鈴!」
「おわっ!?」
門番中に、背後から抱きついてきたレミリアに驚いた声を上げる。
これは演技だ。誰かが近づいてくる気配を察することなど容易なのだから。
それが力のかぎり愛でているレミリアのものならば間違えようがない。
「どうしたんですお嬢様?」
向き合い問いかける。
美鈴はレミリアの寝巻き姿に、理性がかりかりと削られる音を聞く。
「フランとパチェが!」
「ああ、いつもの病気ですね」
「病気とは違うのだと思うけど」
「病気でいいじゃないですか。それで通じるんですから」
「通じるけど、病気って言い方は二人に悪いわ」
「お嬢様は今日もお優しいですね」
言いながら美鈴はそっとレミリアを抱き寄せる。
フランドールやパチュリーのように邪まなものを感じさせないので、レミリアは安心して抱きつく。
邪まなものを完璧に隠しきっている美鈴の内心は役得といった思いで一杯だ。表情も誰かに見せるのに適さないほどに弛みきっている。
レミリアの背中に回している手をお尻へと下げ揉みしだきたいのは、気力を振り絞って我慢した。
「美鈴、ありがとう。落ち着いたわ」
「もう少しこうしててもいいんですけどね」
レミリアが美鈴を見上げると、盛大に弛んでいた表情は瞬時に引き締まる。
「当主として示しがつかないわ」
「そうですか。またいつでも抱きついてください」
「いつかね」
落ち着き当主としての顔で答えるレミリアの凛々しさもいいなと思いつつ、美鈴は頷く。
美鈴は欲張らない。欲張るとレミリアが逃げることは先の二人が実証しているからだ。それにレミリアが己に求めているのが癒しの雰囲気とわかっている、それを崩し不快感を与える気はない。
欲望に負け積み上げた好感度を台無しにするほど、美鈴は愚かではないのだ。
こつこつと好感を積み上げていくことで、いずれ大きな利益を得ることができると信じているのだ。
レミリアと微笑みを交わす美鈴の即頭部にスコーンとナイフが刺さる。
咲夜は今日も完璧だ。
レミリアの身の回りの世話を完璧にこなす。
すべてはレミリアへの愛がなせるわざだ。
レミリアは咲夜を人間と思っているが、実際はそう見えるように擬装しているだけだ。
その正体は紅魔館住人のレミリアへの想いが凝固し誕生したレミリアLOVE具現体だ。妖精や精霊に近いのかもしれない。
体の隅から隅までレミリアへの愛のみでできているので、身の回りの世話に力が入り、結果ミスがなくなる。
ミスとはレミリアに不快感を与えることに等しい。ミスなど己を自己否定するようなものだ。
咲夜は今日も紅魔館住人のレミリアLOVEを吸収し、瀟洒に働く。紅魔館からレミリアへの愛がなくなることはないので、館内にいるかぎり咲夜が疲れることはない。紅魔館の最終兵器、無限エクステンドの二つ名は伊達ではない。
「咲夜!?」
「はい、お嬢様」
「どうしてナイフを刺したのよ!?」
「仕事をさぼっていると判断いたしました」
レミリアに抱きつくという役得に対する嫉妬が九割ということは、咲夜だけの秘密だ。残りの一割はさぼりと判断したことと気まぐれの半分ずつだ。
「私から話しかけたのよ? 一時的に仕事を中断するのも仕方ないことではない?」
「美鈴の仕事は門番、加えてお嬢様の警護。一瞬の油断が万が一の事態を引き起こし、お嬢様に災いとなることもあるのです。どんな状況であろうと、常に気を張っておかなければいけないということは、お嬢様もおわかりでしょう?」
「一瞬の隙をつかれて私がどうにかなると? それは私に対する侮辱ではないか?」
ぎらりと光る鋭い視線を咲夜に向けた。いらだちから発せられた魔力が周囲の草花や咲夜の髪を揺らす。
ぞくりと咲夜の背に寒気と快感が走る。
「私がお嬢様を侮辱するなど、生涯ありえませんわ。
一瞬の隙をつかれるような事態を作り出す、そのような事態を起こすことが門番失格だと申し上げているのです。
美鈴の仕事ぶりを指摘したまでで、お嬢様を侮辱など」
そう言って一礼する咲夜に鼻を鳴らしレミリアは高めた気配を解く。
「部屋に戻るわよ。いつまでもこの姿のままではいられないわ」
「急いで戻りましょう」
今咲夜の意識はレミリアのセミヌード一色だ。
手ずから寝巻きを脱がして、服に隠された白磁の肌を舐めるように観賞し、着せ替えを手伝っていく。その作業は誰もが羨ましがるもので、咲夜にとっても誇りある作業でかつ日々の労働の報酬となっている。うっかり指先が肌に触れることもあり、そんな日は咲夜の機嫌が上向きになることが多い。
時間をとめて触れることは咲夜自身が禁じている。偶然触れることが大事なのだ。チラリズムみたいなものだろう。
館に足を向けていた二人はすぐに止まる。館の中からフランドールとパチュリーが出てきたからだ。
「お二方、用事がないのでしたらそこをどいてもらえませんか?
これからお嬢様は着替えなのです」
「着替えね、たまには私が手伝おうと思うけど、レミィどう?」
「私の仕事ですので」
「私にレミィに聞いてるのだけど?」
パチュリーと咲夜の間で視線がぶつかりはじけた。
「お姉さまつづき〜」
にらみ合う二人を無視してフランドールがレミリアに抱きついた。
「「妹様っ」」
二人はにらみ合いをやめ、レミリアからフランドールを引き剥がす。
フランドールはぷーっと頬を膨らませ、魔力も膨らませる。
それに応じるようにパチュリーと咲夜も力を膨らませていく。
「三人ともやめなさい!」
レミリアの制止が合図となり、破壊の魔力が、ナイフが、炎が庭に吹き荒れる。
「美鈴!」
自分一人では三人を止めるのは難しいと判断したレミリアは、美鈴に手伝ってもらおうとナイフを抜いて起こそうと体を揺らす。
だが殺す気で投げられたナイフは大ダメージを与えていて、復活にはもう少し時間がかかる。
こうしている間にも庭では破壊の嵐が吹き荒れる。
妖精メイドは慌てず、いつものことだとレミリアの慌てる様子を愛でていた。
レミリアは今日も変わらず貞操の危機を迎えていた。
『紅い悪魔の抱擁』
太ももにかかる重み、静かに聞こえる吐息にレミリアは懐かしさを感じていた。
何年ぶりだろうか、十年もしかすると数十年以上ぶりかもしれないと口には出さす、心の中で呟いた。
安らかな眠りを妨げないように、そっと手櫛で髪を整える。
指の間を通るこの感触も久しぶりで、自身にはあまり似合わない慈しみという感情が湧き上がる。
昔は何度も膝枕をしていた。しかしレミリア以外に世話をする者ができて、レミリアはその役目を果たすことがなくなっていった。
(私は世話される側で世話する側ではないのだから、しなくなっておかしくはないのだけど。
ほんの少しだけ寂しかったりもするのよね。
まあ、生まれたばかりの赤子でもないし、こういう扱いは嫌がるかもしれないわね)
百年を生きる魔女を赤子扱い、自身の考えに小さく笑みを漏らす。
現状は、話している最中に反応のなくなったパチュリーをレミリアが診断し、ソファーまで運び膝枕しているというものだ。
普段こういった世話をする小悪魔は用事をいいつかって紅魔館外に出ている。
微笑みの気配を感じ取ったのか、目覚める頃合だったのか、レミリアの太ももを枕にしていたパチュリーはゆっくりと目をあけた。
「んっ……レミィ?」
「調子はどう? 話してる最中にいきなり崩れ落ちるから驚いたわ」
「ここ最近、調べもので睡眠時間減ってたから。
ごめんなさい、心配かけたわね」
「体調管理はきちんとしなさないと昔から言ってあるでしょう?
あなたは体が丈夫じゃないんだから人一倍健康を気にするくらいでちょうどいいのよ」
「レミィにそう言われるのは久しぶりね。昔に戻ったみたい。
もう少しこのままでいたいの。膝を借りてていいかしら?」
「しかたないわね、特別よ?」
「ありがとう」
パチュリーは再び目を閉じる。
寝なおすのというわけではなく、思い出に浸りたいのだろう。
レミリアはそれを察してか口を開かず、髪をなで続ける。
しんっと静まり返り時間が停滞したかのような図書館。聞こえるものは腕を動かす際に発せられる衣擦れの小さな音のみ。
後頭部から感じるレミリアの体温が心地よく、自然と口の端が動き笑みをかたどる。
幾分かしてパチュリーは目を開け、髪をなでるレミリアの手をとり、自身の頬に当てる。
「こうしていると永遠に紅い幼き月という二つ名が嘘のようね。
幼さなんて感じさせないわ」
「五百年生きてるからね。幼いままでいられないことだってある。
たまにはこんなのも悪くないのじゃないかしら?
常にこうであれというのは勘弁願うけど」
「そうね。たまには悪くないわ」
レミリアの手を離し、今度はパチュリーがレミリアの頬に手を当てる。傷つけないように、そっと大事な美術品に触れるように。
(たまにでいいわ。この表情を誰かに見られる機会が減るもの)
慈愛のこもった笑みを、できるならば誰にも見せることなく独り占めしたいとさえ思っている。
出会って十数年ほどは何度も見ていた、小悪魔という使い魔を得た今となっては滅多に見ることのできない表情。
この表情を見るということは心配をかけるということ。それが嫌で小悪魔にも協力してもらい、見る頻度は減った。
心配をかけないという点では満足しているが、この表情自体を見ることができなくなったことは残念でもあった。
見たいけど、見たくない。そんなジレンマをパチュリーは抱えている。
「大好きよレミィ」
「突然どうしたの?」
「伝えたくなっただけ」
「そう……私も好きよ」
パチュリーはふわりと花咲くような笑みとなる。つられるようにレミリアも笑みを浮かべた。
この時間が長く続けばいいのにと、心の底から願い目を閉じる。
この穏やかな雰囲気はパチュリーによって破られることになる。
懐かしさを十分に堪能し、むくむくと膨れ上がった情欲を我慢できず満たそうと動き出したことが原因だ。
騒がしい図書館に懐古の雰囲気は欠片もなくなっていた。
本能に従っただけなのか、もう大丈夫だと示すためわざとそういう行動をとったのか、パチュリーだけの秘密だ。
『特選調味料』
神たちは諦めていた。
人が神秘を否定し始め数十年。
自分たちへの信仰を減らしていき、神職につくものでさえ自分たちの姿を捉えることができなくなっていた。
ついには誰の目に見えなくなり、このまま忘れ去られるのだろうと考えていた。
自分たちがここに存在するのは、神主と巫女の祈りのおかげ。それも心からのものではない。見えない神に人々は昔ほどの信仰を捧げることはできはしないのだと、ぼんやりと頭に思い浮かび消えていった。
日々をなんともなしに過ごす二柱に感情は薄く、自分たちを信仰する者に関心を向けることすらなくなっていった。
そんな二柱がいる神社に一人の女の子が生まれた。
その子は空色の瞳で、浮かぶ二柱を捉えていた。小さな手を伸ばし触れようとしていた。
その行為は二柱の関心を引かない。常識という鎧を持たぬ子供ならば、神を見ることはできるのだ。成長していくにつれ、言葉を覚え、知識を増やしていくかわりに、見えていたものが見えなくなる。それを二柱は知っていた。
この子もそうなのだろうと二柱は考え、近づくことはなかった。
しかし違うのだと知らされた。本物の力ある者だと知らされた。
子供はいつでも二柱を空色の瞳で捉え、笑顔を向けていたのだ。手を伸ばしていたのだ。
神たちはそんな子供にじょじょにだが、関心を抱き始めた。
薄れていた感情が戻ってきた瞬間だ。
はじめに近づいたのは濃紫の髪を持つ神だ。子供の五才の祝いに健康の祝福を。
すぐに子供の先祖である神も近づいた。一人遊ぶ子供の遊び相手に。
幼さゆえに神というものを理解していない子供。そんな子供の無知を気にせず、二柱は本物の巫女の誕生を喜び慈しむ。子供も愛を注いでくれる二柱に懐いていった。
このまま穏やかながらも心地よい暮らしが続くと思われていた。
変化は子供が小学校に通い始めてから始まった。
少しずつだが子供の笑みが翳っていった。
理由は簡単なことだ。自分に見えるものが他人には見えない。この認識のずれが周囲との関係にも及び、少女から笑みを奪っていた。
中学校に上がる頃には自分と他人は違うのだと理解し、一定の関係を保つ社交性を得ていた。
笑みも浮かべて人付き合いは良好に見える。しかしその笑みは取り繕ったもので、幼い頃二柱に向けたものではない。
このように仮面を被って接することなど誰もが行っていること。
それは二柱も理解している。その一方で愛し子が苦しんでいことも知っている。
自分にとって当たり前のことが他人にとっては非常識。
誤魔化し、人に合わせるたびに、自分が人と違うことが悪いのだと責められるようで愛し子は傷ついていった。
愛し子の苦しみを解決したいと考えた二柱は、子供が遠慮しないように自分たちのためという部分を前面に押し出し提案した。
『ともに幻想郷に行かないか』
この選択は間違いではなかったと二柱は確信している。
愛し子に笑顔が戻ったのだ。
外に比べると生活は楽ではないが、愛し子は見違えるように生き生きとしている。
だから二柱は自分たちの行いに誇りを持っている。
愛し子との生活の日々が輝いて見える。
諦めの日々は遠い過去。
二柱は自分たちの宝ともいっていい愛し子との生活を満喫している。
そんな愛しい早苗の口からでた言葉に神奈子は固まった。
手に持っていた酒の入ったコップをコタツの上に置いて、聞き間違いを願い問う。
「もう一度言ってくれる?」
「神奈子様の右の袖からカリスマが漏れでてます」
「かりすま?」
肯定するように早苗は頷いた。
「……どんなふうに?」
「カリスマって文字がダラダラと」
「へー早苗も見えるようになったんだ。
徳を積んで神性があがったんだね。おめでとう」
「ありがとうございます、諏訪子様。
ところで私なにか徳を積むようなことしましたっけ?」
首を傾げる早苗に、諏訪子は目の前にあるミカンを持ち上げる。
「さっきこのミカンとってくれたでしょ。
善行をなして、徳となったんだよ」
「そんなことで?」
「小さなことだけど、こういう積み重ねが大事なんだよ」
「なるほど。心に刻んでおきます」
なにその会話、と神奈子が思ってしまうのも無理はない。
「いやいやいや! カリスマが漏れでてるって、私は見えないよ!?
二人してからかってるんだよね!?」
諏訪子が神奈子をからかうことは珍しくはない。早苗が神奈子をからかうことはない。だが諏訪子に頼まれれば、からかいに協力することはあるのだ。
今回もその類だろうと思う。というかそうであってほしいと神奈子は切実に願っていた。
だがきょとんとした早苗の表情にその思いは裏切られることになる。
「からかってなどいませんが?」
「今回は私も本当のこといってるよー?」
「ええー?」
「神奈子様に見えないのには何かわけがあるのでしょうか諏訪子様」
「誰だって見たくないものはあるからね。目を背けてるんだよ。実体はないから、見ようと思わなければ見えない。
私も昔は見えなかった時期があるし」
「というと諏訪子様も漏れでてるんですか?」
諏訪子の場合は、神奈子と戦い負けた頃から漏れだしていた。
「私は左足の裏からね」
ちょっと失礼といって早苗はコタツの中を覗き込む。
今日はネコさん柄ですかとスカートの隙間から視線をずらし、足の裏を見る。たしかに諏訪子の足の裏からは小さな文字が一文字ずつこぼれでていた。
「諏訪子様も漏れでてますけど、神奈子様とは大きさも速度も違いますよ?」
「コントロールしてるから」
「そんなことできるんですねぇ」
「慣れが必要だけどね」
二人の会話に神奈子は難しい顔をして口を挟む。
「本当のことだと仮定しよう」
「本当なんだって」
「か・て・いっしよう!
どうして漏れ始めた頃に教えてくれなかったのさ」
「いつ気づくかなって面白がってたんだよ。
んで、しばらくすると漏れてることが当たり前になったから指摘するの忘れてた」
「忘れるな!」
「ちなみにいつごろから漏れ出てたんですか?」
「んーとね……だいたい百年以上前から?」
「そんな前から!?
その時期って参拝客が減り始めた時期と重なるじゃないか!」
「客が減ったのは、神奈子のカリスマが減り始めたことが原因の一つだろうねぇ」
「ほんとにそんな大事なことはちゃんと言えよ!?」
「私的には子孫が健やかに生きているのを見てるだけで、わりと満足してたし」
とんでくる小さなオンバシラを上半身だけで避けつつ諏訪子は言う。
「まあまあ落ち着いてください神奈子様。
カリスマ流出を制限するコツは諏訪子様が知ってるんですし、今からでも止める努力してはいかがですか」
「そうだね。諏訪子、教えてちょうだい」
「いいけど、教えたところでいますぐ効果がでるわけでもないよ?」
「心情的にできるだけ早いほうがいいんだけど。今も漏れでてるんだろう? 落ち着かない」
「応急処置的なものでいいならあるけど、これはお勧めしない」
「どんなものかとりあえず言ってみな」
「ミニスカートをはく」
神奈子の表情が固まる。諏訪子のミニスカーをはいた自分の姿を想像して、それはないと心の中で自分に突っ込んでいる。早苗はミニスカートはどこにしまったかと思い出そうとしている。
「……なんでミニスカートをはいたらカリスマ流出が止まるのさ」
「説明長くなるよ?
まず絶対領域がカリスマに触れると反応連鎖を起こして常識というフィルターに自壊現象を」
「……いや説明はいいわ」
「そう?」
「早苗もミニスカート持ってこようとしなくていいから」
立ち上がりかけていた早苗をとめた。
「楽しないできちんと学ぶことにするよ」
溜息一つ吐いて言った。
「じゃあとりあえず、流れて出るカリスマを見えるようにしないとね」
「頑張ってみる」
そう言って神奈子は早苗が指摘した袖をじっとみつめだす。少しむなしく感じていたりする。
その様子を見て早苗はふと疑問を抱いた。
「こぼれでたカリスマはどうなってるんでしょう?」
「場に吸収されてるね」
「場というと?」
「ここ」
諏訪子は床を指差す。
「床ですか」
「床というか神社全体」
「神社がカリスマを吸収……。
あ、だから外にいたとき立派な神社ですねって何度も言われてたんだ」
「その通り。
神様二人分のカリスマを吸収したから、特に改修工事なんかしなくても立派に見えてたんだよ」
「カリスマってすごいです!」
「ふふーん。カリスマの活用法はこれだけじゃないんだよ」
早苗の驚きの声に気をよくした諏訪子はカリスマのさらなる可能性を示す。
「ほかになにか?」
「うん。料理の調味料にもなるのさ!」
「料理にも使えるんですか!」
「そう! 私のカリスマは漬けものと相性がよくてね」
「たしかに諏訪子様のとこ漬け美味しいです!」
「神奈子のカリスマは蒸しものに一番あったよ」
「私のも使ったのかい!?」
「もったいなかったから」
一言くらい断れ、気づいてなかった、などと言い合う二柱の横で早苗は考え込んでいる。
「カリスマの種類によって相性が違うんですね……うんっ、試してみたい」
早苗は立ち上がり、台所へと向かう。棚をあさり目的のものをみつけた。
「ちょっとでかけてきますね、ついでに夕飯の材料も買って来ます」
「どこに行くかわからないけど気をつけるんだよ」
「里に行くんだったらついでに饅頭もお願い」
言い合いを止めて早苗を見送る。
「はい。では行ってきます」
神社を出た早苗は紅魔館、白玉楼、永遠亭と大物のいる場所を大急ぎで回っていった。
各ボスたちはタッパー片手に近寄ってくる早苗に首を傾げることとなる。
日が暮れて満足げな顔で帰ってきた早苗に話を聞いた神奈子は、さすがにちょっと生き生きとしぎなのではないかと思ってしまった。各ボスたちが早苗の行動の詳細を知れば激怒しそうなのだ。それを躊躇わず行った早苗の自由さに引きが入る。
諏訪子は楽しそうでいいじゃないと夕食を楽しみにしている。
この日から守矢家の食卓事情はとても潤ったものになる。
フランドールは狂っている。
狂っているから地下室に監禁されている。
監禁したのはレミリアだ。
そうしないとレミリアの貞操が危ないからだ。
もう一度言う。フランドールは狂っている。フランドールはレミリアを想いすぎて狂っている。
紅魔館住民にいわせると正しく狂っているということになる。
数百年も地下にいられるのは、レミリアに頼まれたからだ。ちょっと地下で大人しくしてて、と。
それをフランドールは放置プレイと解釈し、数百年楽しんでいた。
でも最近飽きてきた。
「愛しい愛しいお姉さま、こんなに愛らしい寝顔を晒していては悪い妹に食べられてしまうわよ」
吸血鬼にとっての夜明け、つまり地平線に夕日が沈む頃。寝室に忍び込んだフランドールが体重をかけないようにレミリアに馬乗りになっている。
眠りが深いのか、妹の気配だからか、レミリアはフランドールに気づかずいまだ夢の中。
それにやや不満そうな顔をフランドールは見せるも、レミリアの口の端から垂れたよだれをみつけると小さく笑みを浮かべた。そして人差し指でそれをすくいとり、舌でなめた。極上の蜂蜜であるかのような甘さを感じ、陶酔した表情となる。
「……もっと」
そう呟いて、さらに味わうためフランドールはレミリアの顔に静かに近づく。
フランドールの目にはレミリアのぷっくりとした桃色の唇しか見えていない。
なにをするかといえばディープなキス。それしか頭になくなったゆえに、かけないようにしていた体重がレミリアにかかる。
さすがに寝苦しさを感じたレミリアは起きて目を開き、間近に迫った妹の顔を見ることになった。
「ちょっフラン!? 近い近いっ」
フランドールは己の欲望を満たすことしか考えず、レミリアの声は聞き流す。
ならばとレミリアは全身から魔力を迸らせ、フランドールを吹っ飛ばした。
「いったーい。なにするのよお姉さま」
「それはこっちのセリフよ。寝室に忍び込んでなにしようとしたの」
「ディープキス」
隠すこともなく照れることもなく言い切った。
「淑女がそんなはしたないことを言ってはだめよ!」
「初心ね、お姉さまは。そんなところも好きよ」
「好いてくれるのはありがたいわ。だからといって寝込みを襲われるのは迷惑よ」
「じゃあ、起きてるときを襲うことにする。
ということで続きをしましょう? 四百年以上我慢してきたから、全身しゃぶりつくす程度はしてもいいよね?」
なんとなくそれだけでは終わりそうにないとレミリアは感じとる。あとそれをその程度と言うのなら、それ以上はどんなことをされるのかと不安も湧き上がる。
「ス、スキンシップがとりたいなら付き合うから、もっとほかのことをしない?」
「ほかのこと? 例えば?」
「テラスでお茶会なんてどう? 今日は満月でしょう? 吸血鬼にとってはこれ以上ない月見日和だわ」
「そうねぇ。お姉さまの唾液でいれられた紅茶がでるのなら」
「…………」
「あ」
どうしようこの妹と悩みその結果、レミリアは寝室から逃げた。
パチュリーもレミリアが好きだ。もちろんLOVEの方で。
本とレミリアどっちを選ぶと聞かれれば、レミリアの観察日記をレミリアの前で読み上げることで妥協するくらい好きだ。
パチュリーが著者のレミリア観察日記(写真つき)は今年で三百冊を突破した。本として形を整えたのは小悪魔だ。
その日記は常に紅魔館内での貸し出しトップを誇っている。
そんなパチュリーが最近魔理沙と仲がいいように見える。
美鈴の提案した『幼馴染に他人が接近!? 意識させ気を引こう作戦』なのだが、レミリアはたいして反応していない。
真剣みが足りないのかしらとパチュリーは悩んでいる。
バタンと勢いよく開けられた図書館の扉の方向を、パチュリーは本から目を離しいらだたしげに睨む。
だがそれをなした人物がレミリアだと知ると、扉の開閉音はたちまち繊細な音楽のように思えてきた。
「どうしたのレミィ? 起きるには少しだけ早くないかしら? それに寝巻きのままじゃない」
「フランから逃げてきた」
「どうりで。とりあえずこっちにきて落ち着きなさい」
「そうさせてもらうわ」
小悪魔にお茶を入れるように命じ、本を閉じたパチュリーは魔法を使う。
何の魔法を使ったのかと首を傾げるレミリアに、たいしたことではないと告げる。
パチュリーが使ったのは映像記録の魔法。レミリアが寝巻き姿で図書館にいるというレア映像を記録しているのだ。
内心パチュリー大興奮だが、それを一切外には出さないところはさすがクールビューティ。しかしパチュリーの視線は、レミリアのはだけた胸元から見える鎖骨に突き刺さっている。走ってきたのだろう、うっすらと滲んだ汗が鎖骨を艶かしく輝かせ、その魅力に目を奪われずにはいられなかった。
「妹様はなにをしたのか聞いてもいい?」
「寝込みを襲われかけたのよ」
「襲われ!?」
落ち着くために素数を数えて続きを聞く。
「襲われてはないのね。なにをされかけたの?」
「ディ、ディープキス」
恥じらいから頬を赤く染め視線を逸らすレミリアの様子は、パチュリーの理性をがりがりと削る。
「そ、それは過激なスキンシップね」
「そ、そうね」
唾液紅茶のほうはフランドールのことを思ってか話すことはない。
「あの子は昔から変わらないわ」
「そう聞いてるわね。でもレミィが魅力的すぎるから」
後半は聞こえないように付け加えられた。目には情欲の炎がちらりと揺れた。
「一緒にお風呂に入ったり一緒に寝たりは姉妹のスキンシップでいいんだけど、そのときに体まさぐってきたわ。
私の服や下着を気に入ったからって、いろいろともっていったりも……どうしたのパチェ?」
レミリアの話に出てくる場面を想像したり、自身に置き換えたりしたせいで、パチュリーは萌え血が鼻から漏れ出るのを必死で防いでいた。
理性が削られ続けていることもあって、我慢がきかなくなる。もとよりレミリアに関することでは我慢はできない性質なのだ。
「もうあれよね? 我慢しなくていいわよね? する気もないけど」
「パチェ?」
「レミィ貴方が悪いのよ? そんな艶かしい鎖骨を見せつけているんだから。私を誘っているんでしょう?
その鎖骨に舌を這わせたら、今回はどんな味がするんでしょうね」
ぺろりと舌で唇を舐める。以前味わった極上の味を思い出し、瞳の中の炎は大きくなる。
「…………」
くすくすと妖艶に笑いつつ自身に近づいてくるパチュリーから、フランドールと似たようなものを感じ取る。
すくっと椅子から立ち上がり、レミリアは机と椅子を弾き飛ばして走る。
そのあとをパチュリーはゆっくりと追っていく。
美鈴は謀っている。
フランドールの攻勢をどうにかできないかと相談され、隔離を提案した。
レミリアの気をもっと引けないかと相談され、意識させてはどうかと作戦を立てた。
結果、ライバル二人のレミリアと接する時間が減った。
かわりに美鈴とレミリアの接する時間が少し増えた。
常にすべてを抱擁するかのような笑みでレミリアと話し、裏ではもっと接する時間が増えないかと考える。
昔はライバル少なくてよかったなぁと懐かしみながら。
「美鈴!」
「おわっ!?」
門番中に、背後から抱きついてきたレミリアに驚いた声を上げる。
これは演技だ。誰かが近づいてくる気配を察することなど容易なのだから。
それが力のかぎり愛でているレミリアのものならば間違えようがない。
「どうしたんですお嬢様?」
向き合い問いかける。
美鈴はレミリアの寝巻き姿に、理性がかりかりと削られる音を聞く。
「フランとパチェが!」
「ああ、いつもの病気ですね」
「病気とは違うのだと思うけど」
「病気でいいじゃないですか。それで通じるんですから」
「通じるけど、病気って言い方は二人に悪いわ」
「お嬢様は今日もお優しいですね」
言いながら美鈴はそっとレミリアを抱き寄せる。
フランドールやパチュリーのように邪まなものを感じさせないので、レミリアは安心して抱きつく。
邪まなものを完璧に隠しきっている美鈴の内心は役得といった思いで一杯だ。表情も誰かに見せるのに適さないほどに弛みきっている。
レミリアの背中に回している手をお尻へと下げ揉みしだきたいのは、気力を振り絞って我慢した。
「美鈴、ありがとう。落ち着いたわ」
「もう少しこうしててもいいんですけどね」
レミリアが美鈴を見上げると、盛大に弛んでいた表情は瞬時に引き締まる。
「当主として示しがつかないわ」
「そうですか。またいつでも抱きついてください」
「いつかね」
落ち着き当主としての顔で答えるレミリアの凛々しさもいいなと思いつつ、美鈴は頷く。
美鈴は欲張らない。欲張るとレミリアが逃げることは先の二人が実証しているからだ。それにレミリアが己に求めているのが癒しの雰囲気とわかっている、それを崩し不快感を与える気はない。
欲望に負け積み上げた好感度を台無しにするほど、美鈴は愚かではないのだ。
こつこつと好感を積み上げていくことで、いずれ大きな利益を得ることができると信じているのだ。
レミリアと微笑みを交わす美鈴の即頭部にスコーンとナイフが刺さる。
咲夜は今日も完璧だ。
レミリアの身の回りの世話を完璧にこなす。
すべてはレミリアへの愛がなせるわざだ。
レミリアは咲夜を人間と思っているが、実際はそう見えるように擬装しているだけだ。
その正体は紅魔館住人のレミリアへの想いが凝固し誕生したレミリアLOVE具現体だ。妖精や精霊に近いのかもしれない。
体の隅から隅までレミリアへの愛のみでできているので、身の回りの世話に力が入り、結果ミスがなくなる。
ミスとはレミリアに不快感を与えることに等しい。ミスなど己を自己否定するようなものだ。
咲夜は今日も紅魔館住人のレミリアLOVEを吸収し、瀟洒に働く。紅魔館からレミリアへの愛がなくなることはないので、館内にいるかぎり咲夜が疲れることはない。紅魔館の最終兵器、無限エクステンドの二つ名は伊達ではない。
「咲夜!?」
「はい、お嬢様」
「どうしてナイフを刺したのよ!?」
「仕事をさぼっていると判断いたしました」
レミリアに抱きつくという役得に対する嫉妬が九割ということは、咲夜だけの秘密だ。残りの一割はさぼりと判断したことと気まぐれの半分ずつだ。
「私から話しかけたのよ? 一時的に仕事を中断するのも仕方ないことではない?」
「美鈴の仕事は門番、加えてお嬢様の警護。一瞬の油断が万が一の事態を引き起こし、お嬢様に災いとなることもあるのです。どんな状況であろうと、常に気を張っておかなければいけないということは、お嬢様もおわかりでしょう?」
「一瞬の隙をつかれて私がどうにかなると? それは私に対する侮辱ではないか?」
ぎらりと光る鋭い視線を咲夜に向けた。いらだちから発せられた魔力が周囲の草花や咲夜の髪を揺らす。
ぞくりと咲夜の背に寒気と快感が走る。
「私がお嬢様を侮辱するなど、生涯ありえませんわ。
一瞬の隙をつかれるような事態を作り出す、そのような事態を起こすことが門番失格だと申し上げているのです。
美鈴の仕事ぶりを指摘したまでで、お嬢様を侮辱など」
そう言って一礼する咲夜に鼻を鳴らしレミリアは高めた気配を解く。
「部屋に戻るわよ。いつまでもこの姿のままではいられないわ」
「急いで戻りましょう」
今咲夜の意識はレミリアのセミヌード一色だ。
手ずから寝巻きを脱がして、服に隠された白磁の肌を舐めるように観賞し、着せ替えを手伝っていく。その作業は誰もが羨ましがるもので、咲夜にとっても誇りある作業でかつ日々の労働の報酬となっている。うっかり指先が肌に触れることもあり、そんな日は咲夜の機嫌が上向きになることが多い。
時間をとめて触れることは咲夜自身が禁じている。偶然触れることが大事なのだ。チラリズムみたいなものだろう。
館に足を向けていた二人はすぐに止まる。館の中からフランドールとパチュリーが出てきたからだ。
「お二方、用事がないのでしたらそこをどいてもらえませんか?
これからお嬢様は着替えなのです」
「着替えね、たまには私が手伝おうと思うけど、レミィどう?」
「私の仕事ですので」
「私にレミィに聞いてるのだけど?」
パチュリーと咲夜の間で視線がぶつかりはじけた。
「お姉さまつづき〜」
にらみ合う二人を無視してフランドールがレミリアに抱きついた。
「「妹様っ」」
二人はにらみ合いをやめ、レミリアからフランドールを引き剥がす。
フランドールはぷーっと頬を膨らませ、魔力も膨らませる。
それに応じるようにパチュリーと咲夜も力を膨らませていく。
「三人ともやめなさい!」
レミリアの制止が合図となり、破壊の魔力が、ナイフが、炎が庭に吹き荒れる。
「美鈴!」
自分一人では三人を止めるのは難しいと判断したレミリアは、美鈴に手伝ってもらおうとナイフを抜いて起こそうと体を揺らす。
だが殺す気で投げられたナイフは大ダメージを与えていて、復活にはもう少し時間がかかる。
こうしている間にも庭では破壊の嵐が吹き荒れる。
妖精メイドは慌てず、いつものことだとレミリアの慌てる様子を愛でていた。
レミリアは今日も変わらず貞操の危機を迎えていた。
『紅い悪魔の抱擁』
太ももにかかる重み、静かに聞こえる吐息にレミリアは懐かしさを感じていた。
何年ぶりだろうか、十年もしかすると数十年以上ぶりかもしれないと口には出さす、心の中で呟いた。
安らかな眠りを妨げないように、そっと手櫛で髪を整える。
指の間を通るこの感触も久しぶりで、自身にはあまり似合わない慈しみという感情が湧き上がる。
昔は何度も膝枕をしていた。しかしレミリア以外に世話をする者ができて、レミリアはその役目を果たすことがなくなっていった。
(私は世話される側で世話する側ではないのだから、しなくなっておかしくはないのだけど。
ほんの少しだけ寂しかったりもするのよね。
まあ、生まれたばかりの赤子でもないし、こういう扱いは嫌がるかもしれないわね)
百年を生きる魔女を赤子扱い、自身の考えに小さく笑みを漏らす。
現状は、話している最中に反応のなくなったパチュリーをレミリアが診断し、ソファーまで運び膝枕しているというものだ。
普段こういった世話をする小悪魔は用事をいいつかって紅魔館外に出ている。
微笑みの気配を感じ取ったのか、目覚める頃合だったのか、レミリアの太ももを枕にしていたパチュリーはゆっくりと目をあけた。
「んっ……レミィ?」
「調子はどう? 話してる最中にいきなり崩れ落ちるから驚いたわ」
「ここ最近、調べもので睡眠時間減ってたから。
ごめんなさい、心配かけたわね」
「体調管理はきちんとしなさないと昔から言ってあるでしょう?
あなたは体が丈夫じゃないんだから人一倍健康を気にするくらいでちょうどいいのよ」
「レミィにそう言われるのは久しぶりね。昔に戻ったみたい。
もう少しこのままでいたいの。膝を借りてていいかしら?」
「しかたないわね、特別よ?」
「ありがとう」
パチュリーは再び目を閉じる。
寝なおすのというわけではなく、思い出に浸りたいのだろう。
レミリアはそれを察してか口を開かず、髪をなで続ける。
しんっと静まり返り時間が停滞したかのような図書館。聞こえるものは腕を動かす際に発せられる衣擦れの小さな音のみ。
後頭部から感じるレミリアの体温が心地よく、自然と口の端が動き笑みをかたどる。
幾分かしてパチュリーは目を開け、髪をなでるレミリアの手をとり、自身の頬に当てる。
「こうしていると永遠に紅い幼き月という二つ名が嘘のようね。
幼さなんて感じさせないわ」
「五百年生きてるからね。幼いままでいられないことだってある。
たまにはこんなのも悪くないのじゃないかしら?
常にこうであれというのは勘弁願うけど」
「そうね。たまには悪くないわ」
レミリアの手を離し、今度はパチュリーがレミリアの頬に手を当てる。傷つけないように、そっと大事な美術品に触れるように。
(たまにでいいわ。この表情を誰かに見られる機会が減るもの)
慈愛のこもった笑みを、できるならば誰にも見せることなく独り占めしたいとさえ思っている。
出会って十数年ほどは何度も見ていた、小悪魔という使い魔を得た今となっては滅多に見ることのできない表情。
この表情を見るということは心配をかけるということ。それが嫌で小悪魔にも協力してもらい、見る頻度は減った。
心配をかけないという点では満足しているが、この表情自体を見ることができなくなったことは残念でもあった。
見たいけど、見たくない。そんなジレンマをパチュリーは抱えている。
「大好きよレミィ」
「突然どうしたの?」
「伝えたくなっただけ」
「そう……私も好きよ」
パチュリーはふわりと花咲くような笑みとなる。つられるようにレミリアも笑みを浮かべた。
この時間が長く続けばいいのにと、心の底から願い目を閉じる。
この穏やかな雰囲気はパチュリーによって破られることになる。
懐かしさを十分に堪能し、むくむくと膨れ上がった情欲を我慢できず満たそうと動き出したことが原因だ。
騒がしい図書館に懐古の雰囲気は欠片もなくなっていた。
本能に従っただけなのか、もう大丈夫だと示すためわざとそういう行動をとったのか、パチュリーだけの秘密だ。
『特選調味料』
神たちは諦めていた。
人が神秘を否定し始め数十年。
自分たちへの信仰を減らしていき、神職につくものでさえ自分たちの姿を捉えることができなくなっていた。
ついには誰の目に見えなくなり、このまま忘れ去られるのだろうと考えていた。
自分たちがここに存在するのは、神主と巫女の祈りのおかげ。それも心からのものではない。見えない神に人々は昔ほどの信仰を捧げることはできはしないのだと、ぼんやりと頭に思い浮かび消えていった。
日々をなんともなしに過ごす二柱に感情は薄く、自分たちを信仰する者に関心を向けることすらなくなっていった。
そんな二柱がいる神社に一人の女の子が生まれた。
その子は空色の瞳で、浮かぶ二柱を捉えていた。小さな手を伸ばし触れようとしていた。
その行為は二柱の関心を引かない。常識という鎧を持たぬ子供ならば、神を見ることはできるのだ。成長していくにつれ、言葉を覚え、知識を増やしていくかわりに、見えていたものが見えなくなる。それを二柱は知っていた。
この子もそうなのだろうと二柱は考え、近づくことはなかった。
しかし違うのだと知らされた。本物の力ある者だと知らされた。
子供はいつでも二柱を空色の瞳で捉え、笑顔を向けていたのだ。手を伸ばしていたのだ。
神たちはそんな子供にじょじょにだが、関心を抱き始めた。
薄れていた感情が戻ってきた瞬間だ。
はじめに近づいたのは濃紫の髪を持つ神だ。子供の五才の祝いに健康の祝福を。
すぐに子供の先祖である神も近づいた。一人遊ぶ子供の遊び相手に。
幼さゆえに神というものを理解していない子供。そんな子供の無知を気にせず、二柱は本物の巫女の誕生を喜び慈しむ。子供も愛を注いでくれる二柱に懐いていった。
このまま穏やかながらも心地よい暮らしが続くと思われていた。
変化は子供が小学校に通い始めてから始まった。
少しずつだが子供の笑みが翳っていった。
理由は簡単なことだ。自分に見えるものが他人には見えない。この認識のずれが周囲との関係にも及び、少女から笑みを奪っていた。
中学校に上がる頃には自分と他人は違うのだと理解し、一定の関係を保つ社交性を得ていた。
笑みも浮かべて人付き合いは良好に見える。しかしその笑みは取り繕ったもので、幼い頃二柱に向けたものではない。
このように仮面を被って接することなど誰もが行っていること。
それは二柱も理解している。その一方で愛し子が苦しんでいことも知っている。
自分にとって当たり前のことが他人にとっては非常識。
誤魔化し、人に合わせるたびに、自分が人と違うことが悪いのだと責められるようで愛し子は傷ついていった。
愛し子の苦しみを解決したいと考えた二柱は、子供が遠慮しないように自分たちのためという部分を前面に押し出し提案した。
『ともに幻想郷に行かないか』
この選択は間違いではなかったと二柱は確信している。
愛し子に笑顔が戻ったのだ。
外に比べると生活は楽ではないが、愛し子は見違えるように生き生きとしている。
だから二柱は自分たちの行いに誇りを持っている。
愛し子との生活の日々が輝いて見える。
諦めの日々は遠い過去。
二柱は自分たちの宝ともいっていい愛し子との生活を満喫している。
そんな愛しい早苗の口からでた言葉に神奈子は固まった。
手に持っていた酒の入ったコップをコタツの上に置いて、聞き間違いを願い問う。
「もう一度言ってくれる?」
「神奈子様の右の袖からカリスマが漏れでてます」
「かりすま?」
肯定するように早苗は頷いた。
「……どんなふうに?」
「カリスマって文字がダラダラと」
「へー早苗も見えるようになったんだ。
徳を積んで神性があがったんだね。おめでとう」
「ありがとうございます、諏訪子様。
ところで私なにか徳を積むようなことしましたっけ?」
首を傾げる早苗に、諏訪子は目の前にあるミカンを持ち上げる。
「さっきこのミカンとってくれたでしょ。
善行をなして、徳となったんだよ」
「そんなことで?」
「小さなことだけど、こういう積み重ねが大事なんだよ」
「なるほど。心に刻んでおきます」
なにその会話、と神奈子が思ってしまうのも無理はない。
「いやいやいや! カリスマが漏れでてるって、私は見えないよ!?
二人してからかってるんだよね!?」
諏訪子が神奈子をからかうことは珍しくはない。早苗が神奈子をからかうことはない。だが諏訪子に頼まれれば、からかいに協力することはあるのだ。
今回もその類だろうと思う。というかそうであってほしいと神奈子は切実に願っていた。
だがきょとんとした早苗の表情にその思いは裏切られることになる。
「からかってなどいませんが?」
「今回は私も本当のこといってるよー?」
「ええー?」
「神奈子様に見えないのには何かわけがあるのでしょうか諏訪子様」
「誰だって見たくないものはあるからね。目を背けてるんだよ。実体はないから、見ようと思わなければ見えない。
私も昔は見えなかった時期があるし」
「というと諏訪子様も漏れでてるんですか?」
諏訪子の場合は、神奈子と戦い負けた頃から漏れだしていた。
「私は左足の裏からね」
ちょっと失礼といって早苗はコタツの中を覗き込む。
今日はネコさん柄ですかとスカートの隙間から視線をずらし、足の裏を見る。たしかに諏訪子の足の裏からは小さな文字が一文字ずつこぼれでていた。
「諏訪子様も漏れでてますけど、神奈子様とは大きさも速度も違いますよ?」
「コントロールしてるから」
「そんなことできるんですねぇ」
「慣れが必要だけどね」
二人の会話に神奈子は難しい顔をして口を挟む。
「本当のことだと仮定しよう」
「本当なんだって」
「か・て・いっしよう!
どうして漏れ始めた頃に教えてくれなかったのさ」
「いつ気づくかなって面白がってたんだよ。
んで、しばらくすると漏れてることが当たり前になったから指摘するの忘れてた」
「忘れるな!」
「ちなみにいつごろから漏れ出てたんですか?」
「んーとね……だいたい百年以上前から?」
「そんな前から!?
その時期って参拝客が減り始めた時期と重なるじゃないか!」
「客が減ったのは、神奈子のカリスマが減り始めたことが原因の一つだろうねぇ」
「ほんとにそんな大事なことはちゃんと言えよ!?」
「私的には子孫が健やかに生きているのを見てるだけで、わりと満足してたし」
とんでくる小さなオンバシラを上半身だけで避けつつ諏訪子は言う。
「まあまあ落ち着いてください神奈子様。
カリスマ流出を制限するコツは諏訪子様が知ってるんですし、今からでも止める努力してはいかがですか」
「そうだね。諏訪子、教えてちょうだい」
「いいけど、教えたところでいますぐ効果がでるわけでもないよ?」
「心情的にできるだけ早いほうがいいんだけど。今も漏れでてるんだろう? 落ち着かない」
「応急処置的なものでいいならあるけど、これはお勧めしない」
「どんなものかとりあえず言ってみな」
「ミニスカートをはく」
神奈子の表情が固まる。諏訪子のミニスカーをはいた自分の姿を想像して、それはないと心の中で自分に突っ込んでいる。早苗はミニスカートはどこにしまったかと思い出そうとしている。
「……なんでミニスカートをはいたらカリスマ流出が止まるのさ」
「説明長くなるよ?
まず絶対領域がカリスマに触れると反応連鎖を起こして常識というフィルターに自壊現象を」
「……いや説明はいいわ」
「そう?」
「早苗もミニスカート持ってこようとしなくていいから」
立ち上がりかけていた早苗をとめた。
「楽しないできちんと学ぶことにするよ」
溜息一つ吐いて言った。
「じゃあとりあえず、流れて出るカリスマを見えるようにしないとね」
「頑張ってみる」
そう言って神奈子は早苗が指摘した袖をじっとみつめだす。少しむなしく感じていたりする。
その様子を見て早苗はふと疑問を抱いた。
「こぼれでたカリスマはどうなってるんでしょう?」
「場に吸収されてるね」
「場というと?」
「ここ」
諏訪子は床を指差す。
「床ですか」
「床というか神社全体」
「神社がカリスマを吸収……。
あ、だから外にいたとき立派な神社ですねって何度も言われてたんだ」
「その通り。
神様二人分のカリスマを吸収したから、特に改修工事なんかしなくても立派に見えてたんだよ」
「カリスマってすごいです!」
「ふふーん。カリスマの活用法はこれだけじゃないんだよ」
早苗の驚きの声に気をよくした諏訪子はカリスマのさらなる可能性を示す。
「ほかになにか?」
「うん。料理の調味料にもなるのさ!」
「料理にも使えるんですか!」
「そう! 私のカリスマは漬けものと相性がよくてね」
「たしかに諏訪子様のとこ漬け美味しいです!」
「神奈子のカリスマは蒸しものに一番あったよ」
「私のも使ったのかい!?」
「もったいなかったから」
一言くらい断れ、気づいてなかった、などと言い合う二柱の横で早苗は考え込んでいる。
「カリスマの種類によって相性が違うんですね……うんっ、試してみたい」
早苗は立ち上がり、台所へと向かう。棚をあさり目的のものをみつけた。
「ちょっとでかけてきますね、ついでに夕飯の材料も買って来ます」
「どこに行くかわからないけど気をつけるんだよ」
「里に行くんだったらついでに饅頭もお願い」
言い合いを止めて早苗を見送る。
「はい。では行ってきます」
神社を出た早苗は紅魔館、白玉楼、永遠亭と大物のいる場所を大急ぎで回っていった。
各ボスたちはタッパー片手に近寄ってくる早苗に首を傾げることとなる。
日が暮れて満足げな顔で帰ってきた早苗に話を聞いた神奈子は、さすがにちょっと生き生きとしぎなのではないかと思ってしまった。各ボスたちが早苗の行動の詳細を知れば激怒しそうなのだ。それを躊躇わず行った早苗の自由さに引きが入る。
諏訪子は楽しそうでいいじゃないと夕食を楽しみにしている。
この日から守矢家の食卓事情はとても潤ったものになる。
2009年12月11日
感謝の32
感想、ウェブ拍手ありがとうございます
Kouさん
情報を生かすことで活躍はできる、かも。でも悩みどころとしては、どうしてその情報を知ってるかなんですよね
なんでもかんでも酒場で情報集めた! では無理があるし
ヒミコがヤマタノオロチだからといって、変身解く前に切りつけたら大問題
知っていても知らないふりをする必要がでてきそうです
香盆さん
つたないssにそこまで言ってもらえるのはありがたいです
このようなものでよければいくらでも手本にどうぞどうぞ
生まれ変わってドラクエは当初200kbくらいで終わるつもりだったのですよ
なのにアリアハンでてないのに100kb超えてる
我ら願いは〜でも思ったけど、見通しが甘いな自分
なんか世界樹の迷宮の3作目がでるらしいです
楽しみです。2はまだ六階層をうろついててボス倒してないけど、3がでたら倒さずにそっちをやり始めそうだ
生まれ変わってドラクエ 7
ジェキンスの家を知っているカズキを先頭にして三人は歩いている。市の時期から少しずれたため大きな賑わいはないが、それでもここらをまとめる場所として商人が集まり活気はある。並ぶ露店をアークとコレッソが興味深そうに見ているが、先に用事をすませるため、お土産に焼き鳥を買った以外はどこにも寄らない。
懐かしい道を歩きカズキは一年ぶりにジェキンス宅へとやってきた。
まずはノックだ。返事がなくもう一度。ドアノブをひねると鍵はかかっていなかった。
ドアを開け、声をかける。
「ジェキンスさーん。カズキです。いたら返事してくださーい」
声が聞こえたのか奥から足音が聞こえてきた。
「誰がきたのかと思えばカズキだったか」
「久しぶりです」
「前に来たのはオイローの葬式のときだったか」
「そうなりますね」
「今日は遊びにきたんじゃなく、なにか用事があってきたんだろう? 後ろの客はそれ関連じゃな?」
「はい。家に上がらせてもらっても?」
「いまさら遠慮せず入るがいいさ」
許可をもらいカズキは入らせてもらう。カズキに続くように後ろの二人も入る。
ジェキンスを椅子を座らせ、カズキがお茶を入れる。茶葉などの位置は以前と変わっていない。
「お土産の焼き鳥、キッチンのテーブルに置いとくんであとで食べてくださいね」
「用事がすんだらすぐに帰るのか? なんなら泊まっていけばいい」
「んー行動方針を決めるのは俺じゃないんで、俺からはなんとも言えないですねぇ」
「一日くらいなら滞在してもいいけど?
兄さんがここにいる間に俺は露店とかを見て回ってればいいんだし」
「俺もそれでいいぜ」
気を使ったアークとコレッソにより、カズキの一泊が決まった。
「それじゃ甘えさせてもらおうか。
一泊世話になります」
「かわまんよ、むしろありがたい」
ジェキンスはカズキの言葉に顔を綻ばす。
お茶を配り、カズキも椅子に座り、話が始まる。
「はじめまして俺はアークと言います。勇者として旅立ちました。
本日ここにきたのは、魔法の玉というものを受け取るように王から指示されたからです」
「そのサークレットを見てもしやとは思ったが、そうか旅立つ時期なのか。
いいだろう。王により任ぜられ作り上げた魔法の玉をおぬしに託そう。
カズキ、わしの部屋の大棚の一番下に木箱がある。それをとってきてくれ」
カズキは頷いて二階に上がる。大きな棚の指定された場所には、ソフトボールが入るくらいの大きさの木箱が置かれていた。
一階に戻ったカズキは木箱をテーブルに置く。
オイローが蓋を取り、中身を三人に見せる。
「これが……魔法の玉。触ってもいいですか?」
ジェキンスが頷いたことを確認し、アークは魔法の玉を箱から出す。
紫の光沢を放つ金属の球体に、呪文文字を刻んだ金の輪がはまっている。
「使い方は簡単じゃ。呪文による刺激を与えれば爆発する。使うときは十分に離れてメラでも当てればいい。なくしたり、予定外の爆発を起こするんじゃないぞ。予備はないからの」
「わかりました」
アークは魔法の玉を木箱に入れ、衝撃を少なくするためタオルで包んでリュックの隅にしまう。
「ありがとうございました。
兄さん、俺たちは宿をとるから。明日の朝迎えにくる」
「了解」
「では失礼します」
アークとコレッソはジェキンスに頭を下げ、家から出て行った。
カズキは二人が使ったカップを洗い、自分とジェキンスの分は新たにお茶を入れる。
「昼食はなにがいいですか?」
「特にリクエストはないのう。買ってきた焼き鳥を使ってなにか作ってくれれば。
あとあまり量はいらん」
「食欲ないんですか?」
「ああ、婆さんとオイローが続いて逝ってから食欲が減ってきた」
「きちんと食べてます?」
「食べとるよ。セルスにも食べるように言われたしのう」
「セルスさんも最近きたんですか?」
「うむ。様子を見にきてくれた。レーリを連れてな」
セルスとレーリはジェキンスの孫とひ孫だ。それぞれ二十五才と七才になる。
ジェキンスの子、セルスにとっては父と一緒にポルトガで造船業についている。
「一緒に暮らしたりはしないんです?」
「誘ってはもらえてたんじゃがの、魔法の玉を渡すという役目があったからのう」
「役目は終わったし、向こうに行って大丈夫ですね。一人暮らしはいろいろ大変でしょうし」
「いまだ慣れないことはあるが、近所の者に手伝ってもらえるからそこまで大変というわけでもない。
ここには愛着があるから、あまり動く気はせんのじゃよ。
まあ、体に異変を感じたら向こうの世話になるとするよ。それまではここでのんびりと暮らしていくつもりじゃ」
「そうですか」
「まあ、わしのことはこれくらいでいいじゃろうて。次はお前さんのことだ。
勇者と共にきたということは、魔王討伐に志願したということかの?」
「いやいや、そこまで自信過剰じゃないから。
途中までの付き添いみたいなものだよ。アークについてきてほしいと頼まれたんだ。そのときに出された珍しいものを見ることができるかもっていう魅力的な提案に食いついて、一緒に行くことになった。
今は戦えてるけど、戦いが激化すればついていけないだろうから、途中リタイアだろうね。そうなった場合、世間の目は厳しそうだよ」
「最後までついていかないのか。ならば言うことはないさ。
それでも少しは心配はあるんだが……そうじゃな、あとで役立ちそうなものをあげよう」
「役立ちそうなもの?」
「お前さんにも覚えあるものだ」
渡す物を探してくると衣ってオイローは二階へと上がっていく。
残されたカズキはカップを洗い、暇つぶしに軽く掃除を始めた。日々の掃除を怠ってはいないようで、本格的な掃除はしないでいい。ぱっと見える場所を避け、タンスと壁の間や裏など、手入れが行き届きにくい場所からゴミを掃き出していく。掃除していくうちに集中し、時間の経過を気にしなくなっていた。
カズキが夢中になっているうちに探し物をみつけジェキンスは一階に降りてくる。
「掃除しておったのか、ゆっくりしていてよかったのに」
「暇だったから」
「そうか、ありがとよ。
これが渡すものだ」
ジェキンスはテーブルに二冊の紙束と一個の宝玉を置いた。
「これが役立つもの?」
「紙束のほうは使えないだろうがの。
こっちは初めて会ったときに研究すると言っておったものじゃよ。オイローが研究しておったものもある。
合体呪文と呪文を武具にまとわせる方法が書かれておる。魔力そのものを使い身体を強化する方法は、ついに生み出すことはできんかったようだ。だが変わりに呪文を強化する技法を生み出しておる」
「呪文を強化ってすごいことだよね?」
「うむ。だが使うには必要とされる技術と二つの注意点があるがの」
「どんな?」
「魔力の操作をこなせるようになるという技術。若干ためが必要ということと、本来の必要魔力以上の消費をするという点じゃ。
メラで説明すると、最大でメラミに近い威力を出すことができるようになる。メラを打ち出す際に、意図的に魔力を多く使い、熟成を待って発射。熟成時間は三秒ほどか」
「魔力操作って部分がよくわからないんだけど」
「普段呪文を使うときは勝手に魔力が使われるじゃろう? そのときに自分の意思で魔力量を増やす。
自身の中にある魔力を認識することはできておるじゃろう?」
「メラ使ったりするとなにかが減ったような感じはする」
その言葉を肯定するようにジェキンスは頷いた。
「うむ。それを動かすのが魔力操作じゃな。
わしがやった練習方法は、呪文を使う際に魔力の流れを制限し量を減らすというものだ。必要魔力量が足りなければ呪文は発動しない。発動しないということは魔力操作に成功したということじゃて。
感覚的なものだからの、何度も練習する必要がある」
「もう一つ聞きたいんだけど。
注ぐ魔力量を増やせばメラゾーマの威力も出せるんじゃ?」
「わしもそう思ってやってみたんじゃが、魔力を込めすぎると制御できずに暴発するのじゃよ。
細心の注意を払ってメラミに届く威力を出そうとしても、暴発しかけた。だから制御できるのはメラミ未満なのだろうて。
オイローに付き合ってもらっても同じ結果がでたしのう。微量な個人差はあるかもしれんが、そこらあたりが限界なのだろう」
呪文強化という技術の注意点をまとめると、前提条件で魔力操作を覚える必要があり、魔力の込めすぎは危険、呪文使用に本来よりも長めの準備時間を必要とする。
また合体呪文にも似たような部分がある。前提条件で呪文の発動遅延を習得する必要がある。
発動遅延とはその名の如く、呪文の効果発動を遅らせ、手元に留めて置くこと。
両手にそれぞれの呪文を留めて、混ぜ合わせ、一つとなったら打ち放つ。
三つの以上の呪文の合体は無理だ。留めておけるのが二つまでなのだ。第一人者で長くこの技術を扱ってきたジェキンスでさえ、三つの呪文を留めようとして100%失敗している。
他人の手を借りれば増やせるのではないかとジェキンスは考え、オイローの協力のもと実行してみた。結果は失敗だ。二つの呪文の合体でさえ失敗している。この原因をジェキンスは魔力の反発とみている。他人同士の魔力は水と油のように反発し、混ざり合うことはないのだろうと考えたのだ。
もう一つ注意することとして、系統の違う呪文の合体は無理だということ。攻撃系と回復系と補助系は、混ざり合わない。
例としてメラとツテを通してなんとか手に入れ覚えたホイミを混ぜてみたことがある。予想としては傷を癒す炎ができると考えていた。しかし結果は多少色の違うメラが打ち出され、1メートルと進まずすぐに消えただけだ。そのメラに触ってみたところ、威力が落ちたメラというものだった。ヒャドと組み合わせても同じ結果だった。
呪文を武具にまとわせる方法、これにも二つ問題がある。発動は容易だ。呪文文字にとある単語を付け加え、武具にその文字をなぞるだけ。それだけで武具に呪文の効果がまとうことになる。
問題点の一つは攻撃系を込めたばあい武具の損耗が激しいということ。熱による歪み、爆発によるたわみ、風刃による傷、それらが武具を壊していく。問題ないのは冷気くらいだろう。デイン系については実験できていないので予想がつかない。
もう一つはすでに呪文の込められている武具への使用は不可ということだ。込めた呪文の効果が発揮されなければ運がよく、運が悪いと暴発か元から込められていた呪文効果がなくなる可能性がある。
「どれもなにかしらの問題を抱えてますね」
「まあの。もっと時間をかけさえすればなくせるかもしれんが、今のところはこれが限界だろうの」
「問題部分に気をつければ、使える技術っぽいですよね。
メラとかじゃなくて、スカラを込めれば逆に損耗を抑えることができそうだし、攻撃系でも使い捨ての投げナイフや矢なら問題はなさげ……って一つ聞きたいことが」
合体呪文は使えず、呪文強化は乏しい才を強化してたところでたいして意味はない、その点呪文をまとわせるものならば自分にも使え役に立ちそうだと思い、ふと湧いた疑問点がある。
「もしかして込められる呪文の威力って術者に依存する?」
以前の研究経過などを思い出し、ジェキンスは頷いた。
カズキはがくりとうなだれた。自身の生み出せるロウソクほどの火を武器に込めたところで、なんの役に立つのだろうと思い至ってしまったのだ。
「優秀な魔法使いに込めてもらうという方法もあるぞ?」
「今うちに呪文の得意な人っていないんだよね」
まさに宝の持ち腐れだ。
アークのメラは本職魔法使いに負けないが、わざわざカズキの武器に込めるよりもそのまま殴ったほうが効率はいい。アーク自身の武器に込めなければならないほどの敵はまだいない。
「いずれ仲間になるかもしれんし、そのときの役立てばいいんじゃないかろうかの」
そのときにはカズキは離脱してる可能性もあるのだが、それは黙っておくことにした。
「これはまあ置いとくとして、こっちの宝玉は?」
「こっちはお前さんの役に立つ代物じゃよ。
まどうしの杖というものを知っておるか?」
「メラが使い放題な杖?」
「そうそれだ。あれを真似てヒャドを使えるものを作ろうとして失敗したものがこれじゃよ」
「失敗って、大丈夫なの?」
「大丈夫。改良してあるからの。
これはいわゆる補助道具というやつだ。
ヒャドと同じ分の魔力を持ち手から抜き出し、才に関係なく魔法使い並のヒャドを使えるようになる」
「あーなるほど。魔導師の杖のように使いたい放題じゃないけど、誰でもまともに呪文を使えるようになるから補助道具なのか」
「役に立つだろう?」
「うん。これはすぐにでも使えるいい道具だね。
こんなものもらっていいの?」
「かまわんよ。使ってないし、使う予定もなかった代物だ」
「でもこれの作り方とこれをサンプルとして国に提出すれば、すごいことになるんじゃない?」
誰でもまともに呪文を使えるようになる道具など画期的だろう。
「狙ってできた代物ではないからのう。もう一回作れといわれても無理なのじゃよ。
それにコストがわりと高い」
「ふーん。もらえるというなら遠慮なくもらいます」
使い方を聞いたカズキは宝珠と紙束をとりあえずテーブルに置いたままにしておく。
このあとは他愛もない話しをすながら過ごす。
昼には焼き鳥と野菜でサンドイッチを作り、午後ものんびりと過ごす。
時々、魔力操作の練習を試みる。カズキのメラはたいして威力もないので、部屋の中で使っても平気なのだ。紙の束にでもぶつかれば火事になるが、壁や家具にぶつかっても軽く焦げるだけなのだ。雑巾で拭く程度で焦げた部分は綺麗になった。
三時を過ぎ、練習を止めたカズキは夕飯の材料を買うために外に出る。
「そういや消耗品の補給ってアークたちするんかな? コレッソさんがいるしするだろうけど、念のため全部とは言わないでも最低限買っておこう」
食材売り場に続く道から少し外れ、薬草などが売っている売り場へと向かう。
作られたばかりで消費期限がずっと先の薬草と毒消し草を購入し、当初の目的地である食材売り場へと向かう。
今日の夕食はシチューだ。ジェキンス宅にあった野菜を思い出し、足りないものを買っていく。品質のいいものを手馴れた様子で手早く買っていき値切り交渉すらこなす様子は、家事歴十年以上の奥様たちをも唸らせる。魔物には苦戦するカズキだが、こういった奥様がたの戦場では互角以上に張り合えるのだった。
必要なものを買い家に戻ったカズキは丁寧に下ごしらえをしていく。三時間弱かけて作られたシチューは、野菜と鳥肉の旨みがほどよく混ざったいいできとなった。
夜が明け、昨日の残りのシチューを温め朝食を終えた頃、アークとコレッソが迎えにやってきた。
カズキはリビングに置いていた荷物を背負うと、ジェキンスと向き合う。
「気をつけるんじゃぞ」
「うん。ジェキンスさんも体には気をつけて」
「わかっとるよ。
ああ、そうだ。合体呪文とかが実践できたら、そのときの話しを詳しく聞かせてくれ。他の者が使った具合も知りたいからのう」
「いつなるかわからないよ?」
「のんびり待つとするわい」
「そだね、のんびりと待ってて。
じゃ、いってきます」
「うむ。またな」
ジェキンスに見送られ三人はレーべを立つ。
目的地はいざないの洞窟だ。
8へ
懐かしい道を歩きカズキは一年ぶりにジェキンス宅へとやってきた。
まずはノックだ。返事がなくもう一度。ドアノブをひねると鍵はかかっていなかった。
ドアを開け、声をかける。
「ジェキンスさーん。カズキです。いたら返事してくださーい」
声が聞こえたのか奥から足音が聞こえてきた。
「誰がきたのかと思えばカズキだったか」
「久しぶりです」
「前に来たのはオイローの葬式のときだったか」
「そうなりますね」
「今日は遊びにきたんじゃなく、なにか用事があってきたんだろう? 後ろの客はそれ関連じゃな?」
「はい。家に上がらせてもらっても?」
「いまさら遠慮せず入るがいいさ」
許可をもらいカズキは入らせてもらう。カズキに続くように後ろの二人も入る。
ジェキンスを椅子を座らせ、カズキがお茶を入れる。茶葉などの位置は以前と変わっていない。
「お土産の焼き鳥、キッチンのテーブルに置いとくんであとで食べてくださいね」
「用事がすんだらすぐに帰るのか? なんなら泊まっていけばいい」
「んー行動方針を決めるのは俺じゃないんで、俺からはなんとも言えないですねぇ」
「一日くらいなら滞在してもいいけど?
兄さんがここにいる間に俺は露店とかを見て回ってればいいんだし」
「俺もそれでいいぜ」
気を使ったアークとコレッソにより、カズキの一泊が決まった。
「それじゃ甘えさせてもらおうか。
一泊世話になります」
「かわまんよ、むしろありがたい」
ジェキンスはカズキの言葉に顔を綻ばす。
お茶を配り、カズキも椅子に座り、話が始まる。
「はじめまして俺はアークと言います。勇者として旅立ちました。
本日ここにきたのは、魔法の玉というものを受け取るように王から指示されたからです」
「そのサークレットを見てもしやとは思ったが、そうか旅立つ時期なのか。
いいだろう。王により任ぜられ作り上げた魔法の玉をおぬしに託そう。
カズキ、わしの部屋の大棚の一番下に木箱がある。それをとってきてくれ」
カズキは頷いて二階に上がる。大きな棚の指定された場所には、ソフトボールが入るくらいの大きさの木箱が置かれていた。
一階に戻ったカズキは木箱をテーブルに置く。
オイローが蓋を取り、中身を三人に見せる。
「これが……魔法の玉。触ってもいいですか?」
ジェキンスが頷いたことを確認し、アークは魔法の玉を箱から出す。
紫の光沢を放つ金属の球体に、呪文文字を刻んだ金の輪がはまっている。
「使い方は簡単じゃ。呪文による刺激を与えれば爆発する。使うときは十分に離れてメラでも当てればいい。なくしたり、予定外の爆発を起こするんじゃないぞ。予備はないからの」
「わかりました」
アークは魔法の玉を木箱に入れ、衝撃を少なくするためタオルで包んでリュックの隅にしまう。
「ありがとうございました。
兄さん、俺たちは宿をとるから。明日の朝迎えにくる」
「了解」
「では失礼します」
アークとコレッソはジェキンスに頭を下げ、家から出て行った。
カズキは二人が使ったカップを洗い、自分とジェキンスの分は新たにお茶を入れる。
「昼食はなにがいいですか?」
「特にリクエストはないのう。買ってきた焼き鳥を使ってなにか作ってくれれば。
あとあまり量はいらん」
「食欲ないんですか?」
「ああ、婆さんとオイローが続いて逝ってから食欲が減ってきた」
「きちんと食べてます?」
「食べとるよ。セルスにも食べるように言われたしのう」
「セルスさんも最近きたんですか?」
「うむ。様子を見にきてくれた。レーリを連れてな」
セルスとレーリはジェキンスの孫とひ孫だ。それぞれ二十五才と七才になる。
ジェキンスの子、セルスにとっては父と一緒にポルトガで造船業についている。
「一緒に暮らしたりはしないんです?」
「誘ってはもらえてたんじゃがの、魔法の玉を渡すという役目があったからのう」
「役目は終わったし、向こうに行って大丈夫ですね。一人暮らしはいろいろ大変でしょうし」
「いまだ慣れないことはあるが、近所の者に手伝ってもらえるからそこまで大変というわけでもない。
ここには愛着があるから、あまり動く気はせんのじゃよ。
まあ、体に異変を感じたら向こうの世話になるとするよ。それまではここでのんびりと暮らしていくつもりじゃ」
「そうですか」
「まあ、わしのことはこれくらいでいいじゃろうて。次はお前さんのことだ。
勇者と共にきたということは、魔王討伐に志願したということかの?」
「いやいや、そこまで自信過剰じゃないから。
途中までの付き添いみたいなものだよ。アークについてきてほしいと頼まれたんだ。そのときに出された珍しいものを見ることができるかもっていう魅力的な提案に食いついて、一緒に行くことになった。
今は戦えてるけど、戦いが激化すればついていけないだろうから、途中リタイアだろうね。そうなった場合、世間の目は厳しそうだよ」
「最後までついていかないのか。ならば言うことはないさ。
それでも少しは心配はあるんだが……そうじゃな、あとで役立ちそうなものをあげよう」
「役立ちそうなもの?」
「お前さんにも覚えあるものだ」
渡す物を探してくると衣ってオイローは二階へと上がっていく。
残されたカズキはカップを洗い、暇つぶしに軽く掃除を始めた。日々の掃除を怠ってはいないようで、本格的な掃除はしないでいい。ぱっと見える場所を避け、タンスと壁の間や裏など、手入れが行き届きにくい場所からゴミを掃き出していく。掃除していくうちに集中し、時間の経過を気にしなくなっていた。
カズキが夢中になっているうちに探し物をみつけジェキンスは一階に降りてくる。
「掃除しておったのか、ゆっくりしていてよかったのに」
「暇だったから」
「そうか、ありがとよ。
これが渡すものだ」
ジェキンスはテーブルに二冊の紙束と一個の宝玉を置いた。
「これが役立つもの?」
「紙束のほうは使えないだろうがの。
こっちは初めて会ったときに研究すると言っておったものじゃよ。オイローが研究しておったものもある。
合体呪文と呪文を武具にまとわせる方法が書かれておる。魔力そのものを使い身体を強化する方法は、ついに生み出すことはできんかったようだ。だが変わりに呪文を強化する技法を生み出しておる」
「呪文を強化ってすごいことだよね?」
「うむ。だが使うには必要とされる技術と二つの注意点があるがの」
「どんな?」
「魔力の操作をこなせるようになるという技術。若干ためが必要ということと、本来の必要魔力以上の消費をするという点じゃ。
メラで説明すると、最大でメラミに近い威力を出すことができるようになる。メラを打ち出す際に、意図的に魔力を多く使い、熟成を待って発射。熟成時間は三秒ほどか」
「魔力操作って部分がよくわからないんだけど」
「普段呪文を使うときは勝手に魔力が使われるじゃろう? そのときに自分の意思で魔力量を増やす。
自身の中にある魔力を認識することはできておるじゃろう?」
「メラ使ったりするとなにかが減ったような感じはする」
その言葉を肯定するようにジェキンスは頷いた。
「うむ。それを動かすのが魔力操作じゃな。
わしがやった練習方法は、呪文を使う際に魔力の流れを制限し量を減らすというものだ。必要魔力量が足りなければ呪文は発動しない。発動しないということは魔力操作に成功したということじゃて。
感覚的なものだからの、何度も練習する必要がある」
「もう一つ聞きたいんだけど。
注ぐ魔力量を増やせばメラゾーマの威力も出せるんじゃ?」
「わしもそう思ってやってみたんじゃが、魔力を込めすぎると制御できずに暴発するのじゃよ。
細心の注意を払ってメラミに届く威力を出そうとしても、暴発しかけた。だから制御できるのはメラミ未満なのだろうて。
オイローに付き合ってもらっても同じ結果がでたしのう。微量な個人差はあるかもしれんが、そこらあたりが限界なのだろう」
呪文強化という技術の注意点をまとめると、前提条件で魔力操作を覚える必要があり、魔力の込めすぎは危険、呪文使用に本来よりも長めの準備時間を必要とする。
また合体呪文にも似たような部分がある。前提条件で呪文の発動遅延を習得する必要がある。
発動遅延とはその名の如く、呪文の効果発動を遅らせ、手元に留めて置くこと。
両手にそれぞれの呪文を留めて、混ぜ合わせ、一つとなったら打ち放つ。
三つの以上の呪文の合体は無理だ。留めておけるのが二つまでなのだ。第一人者で長くこの技術を扱ってきたジェキンスでさえ、三つの呪文を留めようとして100%失敗している。
他人の手を借りれば増やせるのではないかとジェキンスは考え、オイローの協力のもと実行してみた。結果は失敗だ。二つの呪文の合体でさえ失敗している。この原因をジェキンスは魔力の反発とみている。他人同士の魔力は水と油のように反発し、混ざり合うことはないのだろうと考えたのだ。
もう一つ注意することとして、系統の違う呪文の合体は無理だということ。攻撃系と回復系と補助系は、混ざり合わない。
例としてメラとツテを通してなんとか手に入れ覚えたホイミを混ぜてみたことがある。予想としては傷を癒す炎ができると考えていた。しかし結果は多少色の違うメラが打ち出され、1メートルと進まずすぐに消えただけだ。そのメラに触ってみたところ、威力が落ちたメラというものだった。ヒャドと組み合わせても同じ結果だった。
呪文を武具にまとわせる方法、これにも二つ問題がある。発動は容易だ。呪文文字にとある単語を付け加え、武具にその文字をなぞるだけ。それだけで武具に呪文の効果がまとうことになる。
問題点の一つは攻撃系を込めたばあい武具の損耗が激しいということ。熱による歪み、爆発によるたわみ、風刃による傷、それらが武具を壊していく。問題ないのは冷気くらいだろう。デイン系については実験できていないので予想がつかない。
もう一つはすでに呪文の込められている武具への使用は不可ということだ。込めた呪文の効果が発揮されなければ運がよく、運が悪いと暴発か元から込められていた呪文効果がなくなる可能性がある。
「どれもなにかしらの問題を抱えてますね」
「まあの。もっと時間をかけさえすればなくせるかもしれんが、今のところはこれが限界だろうの」
「問題部分に気をつければ、使える技術っぽいですよね。
メラとかじゃなくて、スカラを込めれば逆に損耗を抑えることができそうだし、攻撃系でも使い捨ての投げナイフや矢なら問題はなさげ……って一つ聞きたいことが」
合体呪文は使えず、呪文強化は乏しい才を強化してたところでたいして意味はない、その点呪文をまとわせるものならば自分にも使え役に立ちそうだと思い、ふと湧いた疑問点がある。
「もしかして込められる呪文の威力って術者に依存する?」
以前の研究経過などを思い出し、ジェキンスは頷いた。
カズキはがくりとうなだれた。自身の生み出せるロウソクほどの火を武器に込めたところで、なんの役に立つのだろうと思い至ってしまったのだ。
「優秀な魔法使いに込めてもらうという方法もあるぞ?」
「今うちに呪文の得意な人っていないんだよね」
まさに宝の持ち腐れだ。
アークのメラは本職魔法使いに負けないが、わざわざカズキの武器に込めるよりもそのまま殴ったほうが効率はいい。アーク自身の武器に込めなければならないほどの敵はまだいない。
「いずれ仲間になるかもしれんし、そのときの役立てばいいんじゃないかろうかの」
そのときにはカズキは離脱してる可能性もあるのだが、それは黙っておくことにした。
「これはまあ置いとくとして、こっちの宝玉は?」
「こっちはお前さんの役に立つ代物じゃよ。
まどうしの杖というものを知っておるか?」
「メラが使い放題な杖?」
「そうそれだ。あれを真似てヒャドを使えるものを作ろうとして失敗したものがこれじゃよ」
「失敗って、大丈夫なの?」
「大丈夫。改良してあるからの。
これはいわゆる補助道具というやつだ。
ヒャドと同じ分の魔力を持ち手から抜き出し、才に関係なく魔法使い並のヒャドを使えるようになる」
「あーなるほど。魔導師の杖のように使いたい放題じゃないけど、誰でもまともに呪文を使えるようになるから補助道具なのか」
「役に立つだろう?」
「うん。これはすぐにでも使えるいい道具だね。
こんなものもらっていいの?」
「かまわんよ。使ってないし、使う予定もなかった代物だ」
「でもこれの作り方とこれをサンプルとして国に提出すれば、すごいことになるんじゃない?」
誰でもまともに呪文を使えるようになる道具など画期的だろう。
「狙ってできた代物ではないからのう。もう一回作れといわれても無理なのじゃよ。
それにコストがわりと高い」
「ふーん。もらえるというなら遠慮なくもらいます」
使い方を聞いたカズキは宝珠と紙束をとりあえずテーブルに置いたままにしておく。
このあとは他愛もない話しをすながら過ごす。
昼には焼き鳥と野菜でサンドイッチを作り、午後ものんびりと過ごす。
時々、魔力操作の練習を試みる。カズキのメラはたいして威力もないので、部屋の中で使っても平気なのだ。紙の束にでもぶつかれば火事になるが、壁や家具にぶつかっても軽く焦げるだけなのだ。雑巾で拭く程度で焦げた部分は綺麗になった。
三時を過ぎ、練習を止めたカズキは夕飯の材料を買うために外に出る。
「そういや消耗品の補給ってアークたちするんかな? コレッソさんがいるしするだろうけど、念のため全部とは言わないでも最低限買っておこう」
食材売り場に続く道から少し外れ、薬草などが売っている売り場へと向かう。
作られたばかりで消費期限がずっと先の薬草と毒消し草を購入し、当初の目的地である食材売り場へと向かう。
今日の夕食はシチューだ。ジェキンス宅にあった野菜を思い出し、足りないものを買っていく。品質のいいものを手馴れた様子で手早く買っていき値切り交渉すらこなす様子は、家事歴十年以上の奥様たちをも唸らせる。魔物には苦戦するカズキだが、こういった奥様がたの戦場では互角以上に張り合えるのだった。
必要なものを買い家に戻ったカズキは丁寧に下ごしらえをしていく。三時間弱かけて作られたシチューは、野菜と鳥肉の旨みがほどよく混ざったいいできとなった。
夜が明け、昨日の残りのシチューを温め朝食を終えた頃、アークとコレッソが迎えにやってきた。
カズキはリビングに置いていた荷物を背負うと、ジェキンスと向き合う。
「気をつけるんじゃぞ」
「うん。ジェキンスさんも体には気をつけて」
「わかっとるよ。
ああ、そうだ。合体呪文とかが実践できたら、そのときの話しを詳しく聞かせてくれ。他の者が使った具合も知りたいからのう」
「いつなるかわからないよ?」
「のんびり待つとするわい」
「そだね、のんびりと待ってて。
じゃ、いってきます」
「うむ。またな」
ジェキンスに見送られ三人はレーべを立つ。
目的地はいざないの洞窟だ。
8へ
2009年12月08日
感謝の31
感想ウェブ拍手ありがとうございます
Kouさん
旅が始まりました
まああれです、武力が使えないなら変わりのもの持ってくればいいわけで、それが主人公の戦い方になります。主戦力にはなれない可能性が高いです
戦闘には参加するのでレベルも上がる。だからよほど強力な攻撃をくらわないかぎりは一発KOはないかと。痛恨の一撃をくらったら沈みかねませんが
この話の冒険者たちは自分たちを冒険好きな凡人だと思ってる人が多いです。だから魔王討伐なんて無理だとはなから諦めるんですよね。これが冒険者平均レベル十半ばという状況を生み出してます。自分の壁はここらだと決め付けてます
パーティー加入ありです。ロマリア付近で入ってくる予定