2011年04月

2011年04月26日

生まれ変わってドラクエ 18


 四人はロマリアから北西へ向かい、施錠された門に到着する。ここらの魔物では、イシスでの経験を経た一行を止めることはできなくなっていた。
 平和な世ならば観光名所となりえただろう大きな橋の上を歩く。橋の中央には高さ五メートルを越す鉄製の門が通行できないように立っている。

「魔法の鍵をどこに使えばいいのか誰か知ってるのか?」

 グラッセの問いに、カズキは頷く。抜かりなく情報を仕入れていたのだ。

「右端に差込口があるんだってさ」
「あ、あったこれだね」

 アークが見つけた差込口に魔法の鍵を入れ捻る。
 門の内部から振動音が聞こえてきて、一分ほどして門がゆっくり押し開いていく。同時に橋の下から激しい水音が聞こえてくることから、水をなんらかの方法で利用して自動で開くようになっているのだろうと推測できる。

「うわぁー、すごいね」

 大人五人がかりでも開かせるのが難しそうな鉄門が開いていく様をアロアは感動して見ている。ほかの三人も似たような表情だ。

「さあ行こう」

 鍵をしまったアークが三人を誘い歩き始める。
 鍵を抜くと同時に門は、開いた時と同じ速度で閉じ始める。四人が橋を渡りきる頃になって完全に閉じた。

「ここからはまた魔物の強さが上がるから油断しないように」
 
 カズキの言葉に三人は神妙に頷く。まあカズキが言わずとも油断などすることはなかっただろうが。
 四人は新たに出会った魔物の対処を覚えながら、海沿いに十日歩きポルトガに到着した。その十日で二度遠くに船が移動するのを見た。話に聞いたポルトガの軍船だ。

「潮の香りの強い街だなぁ」
「そうだね」

 グラッセの言葉にアロアが相槌を打つ。

「港に人は少なめだね。やっぱり魔物の影響なのかな」
「だろうねぇ。平和になればすぐに活気が出てくるんだろうさ。
 そんな先のことはともかく、今日の夕飯が楽しみだ」

 二人の会話にカズキも加わり、アークも加わる。

「楽しみって? なにか名物でもある?」
「いやとれたての魚や貝とかがメニューに並んでそうだろ」
「兄さん魚が好物だっけ?」

 一番好きというわけでもないが、好きな部類だった。前世では日常的に食べていたのだから、懐かしさもある。
 刺身なんかあれば最高だと思うが、さすがにそれは高望みとわかっている。ジパングには醤油もワサビもありそうなので、密かに楽しみにしている。
 この街でも貝のバター焼きや酒蒸しはあるだろうし、魚もカルパッチョやムニエルは食べられるだろう。それはそれで楽しみなカズキだった。
 魚介類のメニューをつらつらと語るカズキに、影響を受けたか三人もなんだか楽しみになってきた。

「あ」
「アロア、どうした?」
「馬の鳴き声が聞こえたような気がして。でもこんな建物の密集地に馬なんか入れないよね」
「大通りなら馬車が通るだろうが、こんなところだと馬も動きづらいだろうし、聞き間違いじゃないか?」

 カズキはカルロスかなと思うが、それを口に出さない。今会ったところでなにもできないのだ。
 
「聞き間違いではないよ、お嬢さん」

 道に置かれた長椅子に座っていた老人が話しかけてくる。

「じゃあやっぱり馬がいるんですか?」
「ああ。じゃがただの馬ではないのだよ。バラモスの呪いを受けた人間が馬となっておるのじゃ」
「そんな人がいるんですか!?」

 アークが驚き、老人に近づく。

「さらにはただ馬とされただけじゃないのだよ。
 カルロス。ああ、馬にされた男の名前がカルロスというのじゃが、カルロスにはサブリナという名の恋人がおってな、サブリナも呪いで猫に変えられてしまっておる。
 昼はカルロスが馬となり、サブリナは人に戻る。夜はサブリナが猫となり、カルロスが人に戻る。
 二人はすぐそばにおるのに、もう何年も会えずにおるのじゃ」
「可愛そう。バラモスはどうして呪いなんか?」

 アロアは自身が似たような状態なので、より親身に感じるのだろう。

「カルロスは凄腕の船乗りじゃった。魔物が出るようになった海でも、海流を読むなどして戦闘を避け被害を出さずに世界中の海を駆けておった。
 そのおかげで海が荒れても必要最低限の物資が様々なところに届けられておった。それをバラモスは邪魔だと思ったのだろう。海に出られないように呪いをかけてしまった。サブリナはその巻き添えじゃ」

 カルロスが呪いを受けた理由を知らなかったカズキは、わからないことがわかり不謹慎ながらも少しだけ嬉しくなった。

「昼夜で交代するように変化するのはなにか意味を持たせたのでしょうか?」

 アークの疑問に、老人は首を横に振る。

「意味なんぞありはしないのだろう。ただただ人間が悲しみにくれる姿を見たかった、それだけじゃろうて」
「カルロスさんたちはどこに住んでいるのでしょう?」
「ん? お会いになるのかな?」

 頷くアークに、老人はすぐそこだと家を教える。
 その老人に礼を言って四人は移動する。
 小さな庭に馬がいる。そのそばに女がいて、馬の体を拭いていた。
 その女がサブリナだろう。カルロスのそばにいるというのに表情は暗い。どことはなしに馬の様子も沈んでいるように見える。
 その様子をしっかりと心に刻むように見たアークは、静かにその場を去る。
 話しかけると思っていたカズキは疑問を抱きつつ、アークを追う。グラッセとアロアも話しかけることはせずに、二人を追った。

「アーク。話をしないの?」
「話せることがないよ」
「バラモス討伐を目標に旅をしてるって言えば、二人の思いは少しでも晴れるんじゃない?」
「その目標は達成する。でも万が一ってこともある。その場合は二人の心をさらに傷つけることになると思うから、なにも言わずにいた方がいいと思ったんだ」

 負ける気で旅をしているわけではないが、それでも一抹の不安は持っている。
 思い出すのはオルテガのこと。話に伝え聞く父に追いつけたとは思っていない。ならば今のままでは討伐は無理だ。そんな自分の言葉で励まして効果があるのかと考えていた。

「俺も賛成だ」
「グラッセも?」
「下手な慰めや励ましは逆効果だ。アロアのことで経験したからわかる」
「心のケアは身近な人たちがすでにしてると思うから、今私たちにできることはないと思う」

 アロアもグラッセやアークと同意見だった。
 なにもできないという点ではカズキも異論はない。しかしアークが二人の様子を見に行ったことがわからない。
 その思いを読み取ったか、アークが口を開く。

「二人を見て、討伐への決意を高めるというのが一番近いかな。
 今も苦しんでいる人がいるって思うと、負けられないって思いが強くなる」
「そうだったんだ」

 頷きながら、アークが気負いすぎないよう注意しておこうと考える。
 今日の宿を決め、アークが城へと出発する。残り三人はいつものように留守番したり、消耗品の補給だ。
 城に行き、王様の前に通されたアークはこれまでのと同じように挨拶をする。儀礼的なものが無事に終わり、雑談へと移る。

「そういえば勇者殿は黒胡椒というものをしっておるかな?」
「黒胡椒ですか? いえ、聞いたことないですね」
「調味料の一種でな、ここらでは採れない代物なのじゃよ。野菜炒めによし、肉料理によし、麺料理にも使えるものでな、わしの大好物なのじゃ」
「へー、私もそれを使った料理を食べてみたくなりました」
「それならば! と言いたいところじゃが、魔物の活性化のせいで輸入がままならぬのじゃ。
 そこで頼みがある」
 
 なんとなく先がわかったアークだが、黙って先を待つ。

「想像ついたみたいじゃが、黒胡椒をもらってきてほしい。
 料金はこちら持ちじゃ。報酬として船をやろうではないか。これから先海路でしか行けない場所もあるはずじゃ、便利じゃぞ?」
「船!?」

 船が報酬と聞いて盛大に驚くアークを、王は満足気に見ている。

「でどうするかな?」
「こちらとしてもありがたい話ですが、本当に黒胡椒を取ってくるだけでいいのですか?」
「うむ。大臣が証人じゃ」
「はい。証人となることを誓います」

 報酬が船という衝撃に少し呆然としつつ、アークは城から出る。
 黒胡椒購入資金として宝石を預かっており、バハラタに行くのに必要となるノルドへの手紙も渡されている。
 アークが去った後、王と大臣が言葉を交わす。

「勇者殿はカンダタを倒し、人質を助け出すことができるでしょうか? 一度目はぎりぎり勝てたという話ですし。
 一度使った策はあやつも警戒していると思うのですが」
「これくらいは乗り越えてもらわなければ困る。
 一戦目から日数は経っておるし、予定外のイシスでの戦いもあった。成長しておらぬということはあるまいよ」
「そうだとよいのですが……」
「船はどうなっておる? 最終工程だと聞いたが」
「はい。建造は順調に進んでおり、勇者殿が戻ってくる頃には点検も含め終了します」
「急がせる必要はない。着実に丁寧に造っていくのだぞ」
「それはもう。勇者殿に贈るのです。中途半端なものを造るわけにはいきませんから」
「各国から集めた金と資材と技術を詰め込んだ船だ。長期の航海にも魔物の攻勢にも耐えうるものだろう。
 それが世界平和に役立つといいのだが」

 王は記憶に残るオルテガよりもまだまだ頼りなさげなアークの姿に、少しだけ不安を感じる。だが誰しも最初から強いわけではないのだと思い直し、これから起きることが成長の良き糧となることを祈る。
 
 アークからこれからの予定を聞いた一行は、旅の準備や装備の修理を行い、二日後にキメラの翼でアッサラームへと飛んだ。
 ちなみにこの二日間で魚料理は堪能していた。とれたての魚を使った料理は前世に食べたものも含めて上位に入るものだったと、カズキは大変満足していた。
 四人はアッサラームには立ち寄らず、直接東の洞窟を目指す。恨んではないが、多少思うところがあり足が向かなかったのだ。
 ノルドに手紙を渡し、道を開いてもらった四人は、バハラタダーマ地域へと足を踏み入れた。

「目的地は南だよな?」

 グラッセの問いにカズキが頷く。

「うん。単純な距離だけで言うと、アッサーラムからイシスまでと同じ。でも砂漠がないから移動時間は短め。それでも二十日以上はかかるね。
 北にはオリビアの岬ってところがある」
「カズキさんはどんなとこか知ってるんですか?」

 ここらの地理情報は知らないアロアが問いかける。

「オリビアっていう幽霊が出るから、岬にその名がついたんだ。
 その幽霊は船の通行を邪魔して通さない」
「どうして邪魔するんでしょう?」
「さてそこまで知らないなぁ」

 知らないというのは本当だ。エリックという恋人がいたのは知っているのだが、通さない理由はゲームで明らかにされたかどうか覚えてないのだ。
 
「岬には少しは人はいるって聞いてる。でも今は行く必要はないと思うな」
「俺もそう思う。今はバハラタを目指そう」

 アークの発言に三人は頷き、バハラタを目指し南下する。
 ノルドのいた洞窟が長く閉ざされていたため、こちらに来る者は少ない。なので森の中にある道は荒れ果てていて、獣道より少しましといった違いしかなかった。
 どこまでも続いていると勘違いしそうなほど大きな森を抜け、一行は視線の先に街を見る。
 ようやく街に到着だと四人は大きく溜息を吐いた。いい加減安全な場所で、ぐっすりと寝たかったのだ。
 街の入り口に着いた四人は見張りに立っていた警備兵に宿を聞き、そこへ向かう。その四人を見送った警備兵が黒胡椒を扱っている調味料店に向かって走りだしたことに気づかず。
 宿について荷物を置いて汚れを落とし、ご飯を食べ、ベッドに入る。久々の快適な環境に、十時間というたっぷりな睡眠時間を得た四人の体調は絶好調といえるものだった。
 早めな昼食を食べ終え、宿の主人に黒胡椒を扱っている調味料店の場所を聞いて、四人はそこに向かう。
 すぐそこというところまで近づいた時、男二人が言い争う声が聞こえてくる。
 幸助にはグプタとタニアの祖父の会話だろうと予想ついたが、わからない三人は何事かと調味料店に急いで向かう。

「タニアは俺が助ける!」
「待たんかグプタ!」

 店の入り口まで来た時、必死な形相の青年が店から出てきて、アークたちに気づくことなく走り去った。
 その青年を追うように初老の男が店から出てくる。店のそばに立つアークたちに気づくと、驚いた表情を見せ、次に恥ずかしげな表情となる。

「お客様でしょうか? みっともないところをお見せしまして」
「えっとなにかあったんですか? 助けるとか聞こえたんですが」
 
 アークが聞く。
 それに男は少し迷う素振りを見せてから口を開く。

「孫娘が賊にさらわれてしまいまして」
「それは大変じゃないですか!」
「はい、それはもう。警備兵に助けを頼んでもしりごみして動きが鈍く。
 それで冒険者を募っているところなのですが、彼らが集まるまで待てずに恋人のグプタが助けに行ってしまいました。
 グプタには戦いの経験はなく、無事に指定場所に辿り着いてもきっと返り討ちになってしまいます。
 私は急いで冒険者を集めなければなりませんので、これで失礼します」

 そう言って去ろうとする男をアークは呼び止める。
 カズキにはアークの言いたいことが予想できて、それは当たっていた。

「俺たちに任せてもらえないでしょうか!」

 グラッセとアロアもなんとなく予想できていたのだろう。アークの発した言葉に驚いた様子は見せない。

「会ったばかりの方々に迷惑はかけられませぬ」
「困っている人を放ってはおけません。それなりに腕に自信はあります」

 男はじっとアークを見つめ、一度目を閉じる。そして頭を下げた。客商売の経験からか、信頼できると踏んだのだろう。

「……孫娘のことお願いできるでしょうか」
「必ず」
「ありがとうございます」
「お礼は助け出した時に言ってください。
 それで賊の居場所なんかはわかっているんですか?」
「住処かどうかわかりませんが、身代金の引渡し場所として北東の廃墟を指定しています。
 そこに行けば必ず会えるでしょう。
 出立はすぐにでも?」
「そのつもりですが」
「明日にしてもらえませぬか。身代金がまだ用意できておらぬのです。お金で済めばそれにこしたことはありませんから。
 明日になればどうにか準備できますので」
「俺たちにも準備は必要だしちょうどいいんじゃないか?」

 グラッセの言葉にアークは頷いた。
 また明日と去ろうとしてアークはなにかを思い出し振り向く。

「店から出てきたということはお店の関係者なんですよね?」
「ええ、私が店主です」
「だとしたらこれをどうぞ。身代金の足しになると思います」
「これは?」

 アークが渡したのは黒胡椒の代金として渡された宝石だ。
 それはさすがにまずいのではと会話に加わらなかった三人は考える。

「ポルトガ王から黒胡椒を買うために渡された宝石です」
「そのようなものを身代金にするわけには!?」
「大好物だと仰っていた黒胡椒を扱う人の関係者を救うためです。王もわかってくださると思います」

 渡された宝石はカズキが鑑定し、合計七千ゴールドと判明していた。予定外のことに使って借金とされても返済は可能だと、アークは考えている。それに無駄遣いしたわけではないのだ、きちんと話せばわかってくれるとも。
 
「……一応お預かりいたしますが、お金は十分集まる予定ですので使わないと思いますよ?」
「その時は予定通り黒胡椒の代金にしてもらえれば」
「わかりました」

 今日のところはこれでと別れた四人は消耗品などの補給を済ませていく。
 装備も新たに整えた。アークは鋼の鎧と魔法の盾を、アロアは魔法の盾のみを、カズキとグラッセはポルトガで黒装束を買っていたので、黒頭巾のみを。おかげで防御力は上がったが、財布はずいぶん軽くなった。
 しばらくはお金を貯めて、そのお金でアークの鋼の剣を買い換えなければならないなと全員で話し合った。綺麗だった刀身には細かな傷が入っていて、少ないが刃こぼれしているところもあるのだ。後三ヶ月ももてばいいところだろう、というのが使っているアークの言葉だった。
 夜が明け、四人は再び調味料店に訪れた。

「こちらが身代金となります。お金のままだとかさばるので宝石に変えてあります」

 店主が袋の中身を見せてからアークに渡す。中にはルビーやサファイアなど七つほど入っていた。捨て値で売ってもゆうに二万以上で売れる。
 ここまでの大金は初めて持つアークは、緊張しつつ荷物の中にしまいこむ。
 その間にグラッセが身代金引渡しの詳しい場所やそこの情報を聞き出していく。

「この街の北にある川を東に沿っていけば橋が見つかります。その橋を渡れば廃墟があります。五日もあれば着くでしょう。
 その廃墟に地下へ行くための階段があります。そこで身代金を渡すようになっています。
 そこは犯罪者を隔離しておくための場所だったらしいです。ですが魔物が活動的になり、管理維持していくことが難しくなり放棄されたという話です。
 そういった場所ですから牢屋があります。そこに孫は入れられているのでしょう」
「抜け道とかそういったものは?」
「聞いたことありません」
「そうですか。賊の人数とかは?」
「それも詳しいことは」

 店主は首を横に振り、申し訳ないと頭を下げる。

「ただ賊による被害の話を聞いたところ、一度に五人以上の人数でやってきたことはないとのこと。
 もしかすると大規模な集団ではないのかもしれません」
「だと助かるんだが」

 身代金が用意できているとはいえ、賊の気分次第で戦いになるのだ。その場合大人数ではきついものがある。
 こう思っているのはアークとグラッセとアロアだ。カズキはゲーム知識が思考を誘導し、戦闘になるとしか考えていない。
 カズキのこういった、考えが誘導され思考の幅が狭まる、というのはちょっとした弊害かもしれない。ゲーム知識は有利になることもあるが、不利ももたらすということなのだろう。

 情報を聞き終え、四人はすぐに街を出る。それを確認した警備兵の一人がキメラの翼を使った。
 北にある川を見つけるとそれに沿って進み、橋を渡り、目的地である元収容所に到着する。
 ざっと見渡したかぎりでは見張りなどの姿は見えない。それと廃墟といっても建物がぼろぼろになっているということもなく、人がいるように感じられないだけだった。
 廃墟を探索し、地下への階段を見つけた四人は慎重に下りていく。

「特徴のない通路だね、ここ」

 少しばかり進んだ頃、アロアが周囲を見ながら言った。
 賊たちが使っているらしい松明があちこちに置かれていて、手持ちの松明で火をつけていったおかげで自然の洞窟よりも明るい。

「たしか迷いやすくするために、こういった造りにすることがあるんだって聞いたことあるな。
 特徴がないってことは目印もないってことだからね、目的地への道順を知らないとかなり時間を食うことになる」

 カズキは前世で聞いたことを思い出しながら言う。
 思い出したのは海外の城の特集だ。そこの地下が碁盤目状の造りで、なにも考えずに進むと現在地もわからなくなるといったものだ。
 その説明をしつつカズキは内心首を傾げている。魔物がまったくいないことに。アークに聞いても魔物の気配はないと言う。ゲームでは魔物が出たはずなのにと不思議がっている。

「脱獄を防ぐためなのかな?」
「どうなんだろう? それもあったのかもね」

 おぼろげながらも正しいルートを覚えていたカズキだが、それを口に出さず先頭を進むアークについていく。
 ほぼ全部の道を通る形になったものの、一行は下りの階段を見つける。
 それを下り進み、人の話し声が聞こえる部屋の前に来た。カンダタ子分たちの声だろう。

「何人くらいだと思う?」

 グラッセが小声で皆に聞く。それにアークは若干の間を置いて五本の指を立てた。
 グラッセもその判断と同じようで、頷きを返す。

「どうする? 身代金を持ってきたことを告げるか、奇襲するか」
「奇襲して全員を倒せればいいけど、一人でも逃すと人質が危ないと思うんだ」
 
 アークの返答にグラッセはそれもそうだなと頷き、奇襲はなしということになった。
 交渉が上手くいかない場合のことも考え、戦闘になった場合の動き方を話してから四人は部屋に入る。

「誰だぁ?」
「調味料店の孫を誘拐しただろう? 孫と交換する身代金を持ってきた者だ」
「代理というわけか。金は?」
「現金では重いので、宝石にして持ってきた」

 アークが懐から取り出した袋を、子分の一人が受け取り中身を確認する。
 確認した子分は他の子分と小声で話し合う。
 そうしている間にカズキは子分たちのステータスを確認し、心の中のみで首を捻っていた。

(カンダタと同じように、この人たちもステータスに盗賊って文字がどこにもないな。
 もしかするとカンダタたちとの島争いに勝った傭兵崩れとかだったり?)

 そんなことをカズキが考えているうちに、カンダタではない誰かの子分たちの話し合いが終わる。
 結論を出した子分たちの顔は、ニヤリと嫌な感じの笑みを浮かべていた。

「ここでお前たちを殺してしまえば、届かなかったともう一度身代金を取れるな」

 子分たちはナイフや斧を手に持ち、殺気立つ。
 その殺気を受けた四人は素早く武器を手に取り、応戦の意思を見せる。
 子分たち五人の内四人が襲いかかってきて戦闘が始まる。
 応戦するのはアークとグラッセで、カズキはアロアの護衛のため武器を構えたまま動かない。
 アロアは始めにスクルトを使い、次にボミオスといったふうにいつもと同じように補助に専念する。ヒャダルコやべギラマといった広範囲攻撃呪文も覚えているが、接近している状態では使いにくい。砂漠で役立つためヒャダルコを優先したため、単体で威力の高いメラミはまだ覚えていない。
 アロアの役目はもう一つあり、先頭から離脱しようとする者に魔法を当て人質のところへ行かせないようにするというものだ。
 子分側の残った一人は戦いを避けて、アロアのいる場所に回り込もうとしたがカズキに阻まれ一対一の形になっている。
 ゲーム中ではルカナンを使ってきていた子分たちは、呪文など使う様子は見せずひたすら手に持つ武器で攻撃している。カンダタ子分ではないという違いだからだろうか。もっともカズキたちとっては助かる変化だが。
 以前よりも力量を上げ、装備も良くなっている四人は苦戦らしい苦戦もせず、子分たちを倒す。とどめは刺さずに武器を取り上げ、落ちていたロープで縛って部屋隅に転がしておく。
 
「この奥にタニアさんとグプタさんはいるのかな?」
「じゃないか?」

 子分たちを縛り終えたアークとグラッセが奥へと繋がる通路を見ながら言う。

「奥から戦闘音を聞きつけて人が出てこなかったってことは、もう賊はいないってことかな?」
「その可能性は高いと思うが、人質を盾にしようと待ち構えてる可能性もなくはない、かもしれない」
「気を抜かずに行った方がいいね」
「だな」

 四人は静かに移動し、さらに奥へと歩を進める。T字路に当たり慎重にどちらに進むか決め、一行はタニアが入れられている牢屋を見つけた。
 念のためカズキはステータスを見て、本物か確認する。そして間違いなくタニアだとわかった。

「あなた方は? 私をさらった人たちとは違った感じを受けますけど」

 タニアは警戒しているのか、柵には近づかずに問いかけてくる。

「あなたの身代金を持ってきた者です」
「身代金を持ってきたにしては騒がしかったような?」
「賊が欲を出して、それが原因で戦闘に」
「……ということはあなた方が勝ったと判断しても?」
「はい」

 アークの返答にタニアはほっと安堵したように息を吐く。
 
「この牢屋とは反対側の牢屋のそばに鍵を開ける仕掛けがあります。それを作動してきてもらえないでしょうか?」
「わかりました」
「あ、あと向こうにはグプタがいると思うので、私は無事だと知らせてもらえないでしょうか?」

 タニアの願いにアークは頷いて、皆で仕掛けのもとへ向かう。
 牢屋のそばに来ると、中にいたグプタがすごい勢いで柵にしがみついてきた。

「あ、あんたたち賊の仲間じゃないよな? な?」
「違いますよ。あなたはグプタさんでいいんですよね?」
「そうだけど、どうして俺の名を?」
「調味料店の店主さんと向こうにいるタニアさんに聞いて。
 タニアさんは無事ですよ」
「本当か!? よかったぁ」

 恋人が無事と聞いてグプタはその場に座り込む。

「今鍵を開けますから。念のため柵から離れてください」

 すでに仕掛けに近寄っていたカズキに、アークは作動させるよう頼む。カズキがレバーを下げると、柵の一部が徐々に上がっていく。
 柵が上がりきる前にグプタは牢屋から出て、タニアのいる方へと走っていく。それを追い、四人も移動する。
 すぐに追いついた四人が見たのは、タニアに抱きついて無事を喜んでいるグプタの姿だった。
 タニアはそのグプタの様子に嬉しげにしつつも、どこか申し訳なさげな表情を見せていた。それも四人が近づいてきたことに気づき、引っ込んだ。

「皆さん、ありがとうございます。無事グプタと再会することができました。なんとお礼を言ってよいのやら」
「ありがとうございます!」
「いえ、困っている人を助けるのは当然のことですから」

 アークの言葉に感激したグプタが何度も頭を下げてくる。それを止め、ここから出ようと促す。
 六人がここから出ようと、戦闘があった部屋に戻ると同時に、偽のカンダタが子分二人を連れて部屋に入ってくる。

「お前ら!? また俺たちの邪魔をしに来たのか!」

 カンダタがアークを指差し怒鳴る。
 アークはタニアとグプタに下がるように言ってから、カンダタに向き直る。

「また会えるとは思わなかったよ。また悪さしてたのか!」

 アークとカンダタが睨み合う。

「以前は負けたが今回は同じようにはいかねえ!
 野郎どもいくぜ!」

 カンダタの掛け声で子分二人は武器を手に持ち、カンダタの横に並ぶ。
 アークの横にカズキとグラッセが並び、応戦の意思を見せる。その背後でアロアが援護できるように集中している。
 少しの間、静かな時間があり、その静寂を破るかのようにカンダタが雄雄しく声を上げアークへと突撃する。
 アークの剣とカンダタの斧がぶつかりあう。甲高い金属音が響き、そのままギリギリと擦れる音が鳴る。剣と斧は拮抗し、二人は間近に睨み合う。そこでアークはカンダタの目に闘志は見つけられたが、敵意を見ることができないことに疑問を抱く。だが戦いの最中に疑問を晴らすための意識を割くことはできず、疑問は心の奥底に仕舞われた。

「少しは腕を上げたようだなっ」
「そっちは以前と変わらずかっ」

 押し切るように力を込められた斧を弾いてアークは下がる。
 大きく息を吸い込んで、一歩前へと踏み込む。再び剣と斧がぶつかり合い、連続して金属音が響き火花が散る。
 以前は押される一方だったアークは、これまでの努力が実を結んだか互角の戦いを見せている。

「本当に腕を上げたようだな! このままだとやばいな。本気でいかせてもらおう!」

 そう言ったカンダタの表情は真剣なものになり、大きく息を吸い体に力を入れる。離れて見ていたタニアとグプタは、もともと大柄だったカンダタの肉体が膨らんだように見えた。
 振るわれる斧の速さが増し、アークをかするようになる。斧が鋼の鎧を削り小さな傷をつけ火花を散らす。受け止めるにはきついかもしれないと判断したアークは避ける。かすっているのは鎧やマントのみで、ダメージを受けてはいない。落ち着いて攻撃を見ることができているのだ。逆に振り終わった隙をついて、少しずつダメージを与えていた。
 そうしてほぼ拮抗した戦闘が続いているうちに、グラッセとカズキは子分たちを倒し、アークへと加勢できるようになる。
 
「劣勢か。こうなれば多少の被害は諦めるしかないな」

 状況を見て取ったカンダタは戦い方を変える。防御を捨てて、攻撃のみに集中し始めた。防御を考えなくなったせいで少なくないダメージを負い始めたが、アークに攻撃を当てられるようになった。
 カンダタはあっという間に血だらけになる。アークは血を流してはいないが、ダメージが皆無かというとそうでもなく、鎧の一部が外れるなど明らかに攻撃を受け始めている。
 それを見て、グラッセとカズキも慌てて参戦する。アークより実力が下な二人は、カンダタの攻勢に押されダメージを蓄積させていく。倒れずにすんでいるのはスクルトのおかげだ。
 二人が身を挺して攻撃対象を増やしたおかげで、アークは余裕を持つことが可能になった。

「少しだけ耐えて!」

 アークの頼みにグラッセとカズキは頷き、防御に専念しカンダタの猛攻を耐えていく。
 一歩下がったアークはホイミで簡単に傷を回復し、ギラを使う準備を始める。
 使うのは新たに練習したギラの魔法剣。

「ギラ!」
 
 呪文を唱えると剣が朱色に光りだす。
 光る剣をアークはカンダタ目掛けて振り下ろす。魔法剣自体は以前見て知っていたので、カンダタは驚くことはなかった。斧を大振りしカズキたちに距離をとらせると、振り下ろされる剣へと斧を力いっぱい振り上げる。
 今日何度目かの剣と斧の衝突が起こる。
 ここでカンダタは目を見開いた。そのまま拮抗するなり弾くなりすると思った斧が剣にぶった切られたのだ。
 同時に剣も折れ曲がる。それにアークは驚くことなく、赤熱が収まりかけている剣を手放す。予想できていたのだ。もともと交換の時期にきていたし、ギラの魔法剣によって剣の寿命が縮むこともわかっていた。
 だからここで駄目になるだろうと予測していた。
 剣を手放したアークの行動に迷いはなく、驚くカンダタの腹へと蹴りを叩き込む。
 防御を捨てていたカンダタはその蹴りで大ダメージを受け、床に沈んだ。追撃としてアークは拳を叩き込み、カンダタを気絶させた。

「勝った!」

 前回は勝ったとはいいきれなかったが、今回はきっちりと勝敗がつき、アークは自身の成長を実感し喜びの思いが心に満ちる。これまでの努力が無駄ではなかったとわかったのだ。
 子分たちはすでに倒れ伏しており、カンダタもこれでダウン。戦闘はこれにて終わりを告げた。
 すぐさまカンダタを縛り上げ、薬草を使って怪我を治す。
 
「戦闘は終わったわけだけど、これからどうしようか。
 俺こいつら運べないぞ? 血が足りなくてふらついているし」

 グラッセと似たような状態なカズキとアークも、彼らを運ぶのはしんどそうだ。
 元気なアロアやタニア、グプタたちでは力が足りない。

「見張りに俺と兄さんが残ってるから、グラッセたちはグプタさんたちを街まで連れ帰って。
 んで警備兵を連れて戻ってくればいいと思う」
「俺もそれでいいよ」

 アークの提案にカズキが同意する。

「じゃあ急いで戻ってくるよ」

 それでいいならとグラッセたちはグプタたちを連れて部屋を出る。タニアとグプタは何度も頭を下げ、感謝を示し帰っていった。
 グラッセたちは警備兵と一緒に一時間ほどでカンダタのアジトに戻ってきた。その頃にはカンダタたちも目を覚ましていたが、特に騒ぐことなくじっとしていた。

「ここからは私たちに任せてください。皆さんはお疲れでしょう。先に街に帰って疲れを癒してください」

 警備兵の提案に従い、アークたちは部屋を出てバハラタに戻る。
 アークたちがいなくなり、戻ってくることもないと確認した警備兵たちはカンダタたちの縄を解き、治療していく。

「お疲れ様でした。薬草はまだ必要ですか?」
「いやもう十分だ」

 薬草を差し出してくる警備兵に、カンダタは必要ないと示す。

「勇者殿はどうでした?」
「上々だろう。成長の早さも申し分ない。仲間も中々の奴らがそろっているし、期待してもいいのかもな。
 まあバラモスと戦うには、さらなる成長が必要なんだろうが」
「そうですか。バラモス討伐に希望が出てきましたね」

 その場にいる全員がこの言葉に頷いた。
 警備兵たちとカンダタたちは一緒にアジトから出て行く。警備兵はバハラタへと、カンダタはロマリアへとキメラを翼を使い帰っていく。
 誰もいなくなった廃墟は数ヶ月ぶりに静けさを取り戻していた。一ヶ月もすれば兵たちに排除された魔物たちが戻ってくることだろう。