第10話第12話

2006年08月13日

第11話


 1
 朝。外は雨であいにくと目覚めの気持ちいい朝とはいかなかった。今日も塔へと行くため起きだしたリリヤは朝食を済ませるため軽く身支度を整えて食堂へ向う。先に起きていたドリンとウォックス、使用人たちに挨拶をして朝食を済ませる。時間を気にしながら食後のお茶を楽しんでいるときにドリンが話しかけてきた。

「リリヤ、明日は暇かい?」
「明日ですの?」

 明日は塔探索は休みになる予定で特に何も用事をいれていないことを確認する。

「何も用事はありませんわ」
「そうか。明日城で夕方から舞踏会があるんだ。それに同行してくれ」
「舞踏会ですか。あまり行きたいとは思いませんわ」

 渋い表情になっていることから本当に行きたくないのだろう。

「そう言わずに参加しなさい。最近、こういった集まりに参加してないだろう? たまにはいいじゃないか」
「兄様も一緒に行きますの? 私だけじゃないのなら行きますわ」
「俺? 行ってもいいぞ。でも知らなかったよ、明日舞踏会があるなんて」

 ウォックスが参加の意志を示すとドリンの表情が微かに歪む。二人に気付かれないうちにもとに戻したのは、
さすが凄腕の商人といったところか。

「伝えてなかったか? ど忘れしていたみたいだな。それは置いといて、ウォックスが一緒なら参加するんだな?」
「はい」

 忘れていたと言うのは嘘だ。ウォックスが共にいると貴族たちがリリヤに近付けなくなるので知らせていなかった。ウォックスがいるこの場で知らせたのは会話が予想できていたということとウォックスに用事が入っていて参加できないことを狙っていた。

「わかった。ドレスとかの準備は今日の夜からしとくようにな」
「わかりました。それでは部屋に戻ります」

 塔に行く準備のため部屋に戻る。鎧を着込んだりしているうちにちょうどいい時間となり屋敷を出た。雨の中、普段よりは若干人の通りが少ない道を歩いて協会に向う。表に人が少ない分、協会内は人が多い。決めている集合場所に着いたとき、そこにはカイがいた。

「おはようございます」
「おはよう」

 ルラとバルフが来るまで雑談をしている二人。リリヤが朝食のときのことを思い出してカイに聞く。

「カイさんは明日の舞踏会に行くんですの?」
「舞踏会…明日あるのか? 私は知らないが」
「明日の夕方からお城であるらしいですわ。今朝お父様に参加するように言われまして」

 参加するとはいってもやっぱり乗り気でないのか不満そうだ。

「私は相続権放棄してるし参加しなくてもいいのではないかな。私は普段から参加することが少ないから知らせなかったのだと思う」
「私もあまり参加していませんわ。セオルディさんみたいのが集まってきて楽しめませんもの」
「私はドレスを着るのが苦手でなぁ。体を締め付けられてまで踊りたくない」
「ドレス着てると食事がしにくいですし」
「そうだな。王宮料理人の作る料理は美味しいのにな」

 花より団子な二人揃ってため息をつく。

「カイさん、明日の舞踏会参加してくれません?」
「んーあんまり参加したくないな。なぜ私を誘うんだ?」
「知り合いがいたほうが少しは楽しく過ごせると思って」
「わからんでもないな。ああいった場所は政治の駆け引きの場でもあるから楽しむといった気分になりにくい」

 少し黙って考える。迷うそぶりをみせたものの参加することを告げる。それを聞いてリリヤは嬉しそうに笑う。ちょうどそのときルラとバルフが着た。リリヤが笑っている様子を見て、なぜ笑っているのかわからず聞いてみるがリリヤとカイは秘密と言って答えない。不思議そうに首を傾げる二人を連れて塔に向う。


 2
 舞踏会当日。リリヤはいつもより一時間ばかり遅く起きる。塔に行った次の日の起床時間は大抵このくらい。
 朝食を済ませたあとは魔術と魔達術の勉強をこなす。早めに昼食をとり一時間のんびりと過ごす。そのあと約二時間休憩をいれつつ剣を振るなどして体を動かす。
 動いて流れた汗を流したあとは使用人に化粧、ドレスの着付け、装飾品の選定を手伝ってもらい、舞踏会への準備を済ませていく。髪は櫛を入れてストレート、薄く化粧をして、薄い黄色のドレスを身に付ける。装飾品を身につけていくなかにいつもつけている録音石のネックレスがある。リリヤは使用人にドレスに合わないと言われるが外すことはなかった。
 準備が整った頃には家を出るのにちょうどいい時間となっていた。
 部屋のドアがノックされドアの向こうからウォックスの声がする。

「リリヤそろそろ出るぞ。準備は終わったか?」
「終わりましたわ。あなたたち手伝ってくれてありがとう。先に出てくれる?」
「わかりましたお嬢様」

 使用人たちは一礼して部屋を出て行く。小物を片付けるふりをして属性道具を身につけリリヤも部屋を出る。本当は剣も隠して持っていきたかったが、さすがにばれたら洒落にならないので諦めた。誰かを害するつもりはないし思ってもいない。それでもただ持っているだけで疑われることは間違いない。隠しとおせる技術を持っていないので持っていけなかった。

「年が経つごとにリリヤは母さんに似てくるな」

 リリヤを通して亡き母親を思い出しているようでウォックスの目に懐かしさが宿る。

「お母様に似ていると言われるのは嬉しいですけど、私自身も見てほしいですわ」
「あ〜すまんな。似合ってるよ。ルラも今の姿を見たら見惚れるんじゃないか?」
「たいして反応しない気がしますけど」
「いや、そこまで鈍感じゃないだろ」

 部屋から離れて玄関に向う。玄関前には馬車が用意されていて、そのそばにドリンが立っている。ドリンもウォックスと同じ黒のタキシード姿。リリヤのドレス姿を見たとき、ドリンも妻のことを思い出した。ウォックスと違って何も言わなかったので、いきなり上機嫌に笑い出し、理由のわからない周囲を不思議がらせた。
 
 馬車が城に集う。普段、馬車を置く場所だけでは足りないので兵士の訓練所、進入禁止の庭まで解放された。豪華に飾られた馬車など様々な馬車が止められ、そこから貴族たちが舞踏会会場へと歩いていく。その中にルグルド家の三人、コルノア家の姿も見える。何を勘違いしたか吸血鬼風に仮装した者も見える。

 会場はきらびやかに飾り付けられていた。天井のシャンデリア、壁の小宝石つきカーテンと装飾品、テーブルの上の花瓶、大皿、銀の食器。どれもそれ自体が光を放つ。それらに人も負けていない。色とりどりの宝石でドレスで装飾品で着飾った女性たちがそこらじゅうにいる。男たちは宝石を身に付けてはいないが着ているものは上等なもの。今この場に集まっている貴重品を全てお金に換えると村一つ一年近く養えるんじゃないだろうか。
 人々は互いに挨拶を交わし雑談に興じている。ドリンも早速挨拶に回っている。
 六時を知らせる鐘が鳴り会場中央に司会者が立つ。挨拶をしてから舞踏会始まりの宣言をする。待機していた楽団が音を奏で始める。人々はそれぞれ動く。雑談を再開するもの、踊り始めるもの、食事をとるもの。
 
 リリヤはウォックスを連れてカイを探す。会場四隅のどれかで待ち合わせしているのでそこを回る。いないと思って他を探そうとしていたとき声をかけられた。

「リリヤどこにいくつもりだ?」

 声に振り返るとカイがいた。いつも髪をまとめ、男っぽい話し方をするカイがドレス姿だったのでつい見過ごしたらしい。
 カイは髪をストレートにして、青のドレスを着ている。飾りは少なく髪飾りとネックレスのみ。化粧もして外見は綺麗な令嬢なのに言葉遣いが違和感を招く。カイのそばにはリリヤと同じ年くらいの少年がいる。

「カイさんここにいたんですね。気付けませんでした」
「その可能性はあるかもしれないと思っていたよ。化粧をしてドレスを着たとき、さんざん家族に笑われたからな。酷いと思わないか?」

 カイの愚痴にそばに立つ少年が苦笑いを浮かべる。

「私も感想を言う前にお母様に似てると言われましたわ。嫌ではないんですけど、目の前に立つ私を見てくれてもいいと思いませんか?」

 ウォックスも少年と同じ苦笑いを浮かべる。
 互いに家族を紹介する。カイの弟の名前はフェルエン。コルノア家を継ぐことが決まっている。カイはフェルエンを可愛がっているようだ。
 四人で話しているとリリヤに声がかけられる。その声にリリヤは聞き覚えがあった。

「久しぶりっ」

 振り返るとそこには思い出した顔と同じ顔があった。

「シフォンさん。お久しぶりです」
「三ヶ月ぶりくらいかな?」
「そのくらいだったと思いますわ」
「すまないがリリヤ、私たちにもわかるように紹介してくれないか」

 シフォンのことを知らない三人を代表してカイが話し掛ける。

「ああっほったらかしになってすみません。こちらはシフォン・D・ウィリア。友達ですの。塔で護衛の依頼を受けたときに知り合いました。それ以来時々会ってました」
「ここ最近は用事があって会えなかったけどね。
 はじめましてシフォン・D・ウィリアです。次はいつ会えるかわからないけどよろしくお願いしますっ」

 リリヤ以外の三人も挨拶と自己紹介をしていく。
 しばらく話していると、ウォックスが知り合いに呼ばれた。

「リリヤ俺も挨拶してくる」
「わかりました」

 ウォックスはポケットから何かを取り出しリリヤたち四人に渡す。渡したのは小粒の白い錠剤。四人はこれが何かの薬だとしかわからない。

「兄様これは?」
「酔い止めだ。効果は抜群だぞ。酒を勧められるかもしれないからな、酔わないように飲んでおいたほうがいい。酔って醜態なんかさらしたくないだろう?」

 以前貴族の娘を酔わせて強行手段にでた馬鹿な奴がいたので、念のために飲ませておいたほうがいいと判断し準備していた。これは薬の効果を消すこともできる。眠り、麻痺、催眠を阻止できる高級品。このことを知らせずに渡した。
 ちゃんと四人が飲んだのを確認してウォックスは離れていく。

「姉さん僕も知り合いのところにいってくるよ」
「わかった。失礼のないようにな」
「うん」
 
 フェルエンも離れていき回りの人に隠れて見えなくなった。三人は飲物を飲み食べ物をつまみながら雑談を続ける。誰かと踊るということは頭に浮かびすらしないらしい。

「私も塔に行こうと思ってるんだっ。今は準備中で体力つけたり、剣を習ったり、知識を学んでるところ」
「準備を整えるのはいいことだな。知識や技術がなく挑めるほど塔は甘いところじゃない」
「うん、私もそう思って一年くらいは準備に費やすことにしてる。リリヤはどれくらい準備に費やした?」
 
 シフォンの疑問に目を逸らす。準備期間なんかなかったとは言いにくい。リリヤは剣や魔術を習ってはいたが、ルラは何も知らずに探索したのだ。知られたら呆れられるのは間違いない。
 
「そ、そうですね…だいたい……だいたい…さ、三ヶ月くらい」
「ほんとに?」

 シフォンは聞き返す。額に汗をたらし、視線を合わせない様子を見れば怪しむのも当然だろう。

「別に準備期間が短くても恥ずかしいことではないんだ。本当のことを言ってたらどうだ? ちなみに私は半年ほどだ」
「えーと……い、一ヶ月だったかしら?」
「まだ挙動不審だよ」
「もっと短そうだな」
「本当は十五日くらいかな」
「いやおもいきって十日ってのはどうだ?」
「「正解は?」」

 二人に迫られ無言で耐えていたリリヤだが、少しして耐え切れなくなりボソリと声を出す。

「一日ですわ」
「「は?」」
「一日って短すぎるだろ!?」
「ほとんど準備してないんじゃ? 装備くらいは整えることができる程度?」

 想像の斜め上をいく回答に驚く。回りの人が声の大きさに反応し注目しても気にしない、できない。
 リリヤたち以外にも少なからず準備期間が短く塔へ行く冒険者はいる。そういった冒険者の大半が生活に支障の出る怪我、もしくは死亡といった事態に陥っている。
 ドリンはともかくフォルンはリリヤとルラが塔に行けばそうなる可能性が高いとわかっていた。それでも準備に時間を割くことをしなかったのは、時間が足りなくなるから。与えられた時間で準備に時間を割くと確実に目的の階層まで辿り着けなくなる。だからフォルンは荒療治を選択した。危険度低い罠にかかることで、どんな場所にあるか、どのように発動するか、どんなタイプの罠があるか体で覚えさせようとした。
 バルフと会えた事は二人にとってとても幸運なことだった。罠にかかって死ぬという可能性は低くなり、様々な知識も教えてもらうことができたから。

「よく生きてるね?」
「まったくだ」
「運がいいことは協会で聞こえてくる話で充分わかってます。バルフさんに会えたことで今こうしていられることもです」


 3
 舞踏会場二階。そこに魔術による幻でただの壁に偽装された隠し部屋がいくつかある。会場側からは見えないが部屋からは会場を見渡せる、防音処理もされたその部屋の一つを使っている者たちがいた。
 テーブルにはワインとつまみがいくつか。二十前半の男とおそらく二十後半の女が向かい合い、食事を楽しんでいる。

「いい酒だ。それに料理も美味い」
「侯爵家のあなたならこれくらいはいつも食べているでしょう?」
「我が家の現状を知っているのにつまらないことを聞くんだな」
「あらごめんなさいね。そこまで困っているとは思っていなかったから」

 悪びれた様子もなく微笑んでいる。男のほうはその様子に怒ることもなくワインを口に運ぶ。

「それで俺をこんなところに呼び出したのはなぜだ。ただ食事を共にしたかったわけじゃないんだろ」
「一緒に食事をしたかったのも本音よ。呼び出した目的は顔見せ」
「あんたに会うことが目的なのか?」

 男は不思議に思う。目の前の女とは既に数度会っている。いまさらこんなところで自己紹介もないだろう。それ以外に目的があるらしいが男にはわからない。

「確認するのは私じゃなくて、あなたの未来のお嫁さんよ。妻の顔を知らないなんて失礼でしょう?」
「妻…ね。なんか親父がそんなこと言ってたな」
「あの子がお嫁さんよ」

 女が指差す先には騒ぐ三人がいた。

「あの黄色のドレスの子。どうなかなか可愛いと思わない」
「ガキじゃないか。俺としてはあんたのほうが好みなんだけどな」
「光栄ね。でも私はすでに売れてるの。あの子と一緒になれば家を再び貴族の中枢に戻せるのよ」
「ふーん。俺が知るかぎりじゃ、あっちは結婚を嫌がってるらしいぞ。なにか弱味を握っているわけじゃないんだろ。この話は潰れると思うが?」

 男も馬鹿じゃない。父親から話を聞いたとき情報を集め、貴族連中の目的を推測している。そして答えは時期を考えれば簡単に答えはでた。男の家は歴史が古い。建国当時から存続する。その過程で得たいろいろな繋がりや貸しによる発言力をなくすのはあまりにもおしい。そこで貴族は家の再興を手伝う代わりに権力の提供を要求した。
 その上で男は父親ほど乗り気じゃない。

「そうかもしれない。でもなんとかするのは私たちの役目」
「なんとかできるのか。あそこの長男は厄介だって聞いてるが」

 興味本位の問い。情報を集める過程でウォックスの才を知ったが故の興味。

「確かにあの子は厄介だけど。まだまだこちらの狸や狐には及ばないわ。十年の経験を積めば対抗なんて簡単にできるようになるんでしょうけど」
「十年ほどで政治の化け物たちを相手にできるのか。そいつはすごいな。もしかしたらロードになりうるのか」
「戦乱の世ならともかく、この平穏な時代にロードなんて邪魔なだけよ」
「そうかもしれないが。先が楽しみな奴には違いなっ!?」

 男が言い終わる前に揺れが会場を襲う。原因は天井に穴が空いたことだ。爆発系の魔術であけたのか黒煙が舞い漂う。壁の欠片が降り注ぐ。大きな欠片が仮装した貴族に命中した。会場は悲鳴が響き、安全な所へと皆が動こうとして混乱している。
 煙が薄れて天井が見えてきたと同時に動く影も見える。影は煙を散らしながら会場内へと飛び込んできた。影は魔物、それも魔壊族が使役する上位種だった。塔の階層で表すと二百階クラス。そこらの森や草原じゃまず出てくることのない、邪気の強い場所に行かなければ会うことすらできない魔物たちだった。
 魔物は身に持つ牙爪を振るい、火を氷を風を雷を放ち思うがまま暴れる。怪我人死者を量産し、なお暴れる。
 警備の兵士が奮闘し魔物を相手取る。会場には重要人物が集まるためここに詰めていた兵士たちは腕利きが多く、殲滅することに成功した。被害をゼロに抑えることなど無理だった。

 リリヤとカイとシフォンは天井が破壊されたあと、家族の無事を確認しようと探し、無事みつけだした。無傷とはいかなかったが、幸い死へと繋がるような怪我はしていなかった。
 家族の無事を確認したリリヤとカイは兵士に加勢しようと考えたが、魔物を見て何も準備していない今の状況では足手まといにしかならないと判断。家族のそばで家族を守っていた。

 数日後に出された報告書によりこの騒ぎによる死傷者の数は約70%に及んだとわかった。誰がどんな目的でこの騒動を起こしたのかはこのときの調査ではわからなかった。数年後にとある冒険者たちに提出された情報で魔王パセスホールによる仕業だと判明。
 この騒動で死亡した重要人物もいたため、この騒ぎは数年後の王交代に少なからず影響を与えた。

ee383 at 20:25│Comments(0)TrackBack(0)第二部 

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