2006年11月25日
四話
<亜紀>
半年前、帰還がなぜか失敗して落ち込んでいた私は、仕事をする気もおきなくて世界中をぶらぶらと移動していた。
師匠は落ち込む私を見て、いつでもここに帰ってきなさいと言って送り出してくれた。世界中を巡れば少しは気分が晴れるかもしれないという考えだったのだろう。
一ヶ月くらい前に天空闘技場にやってきた私は申込書を出して参戦した。
天空闘技場に来た理由は格闘技能に不安があって磨くためというのもあったけど、八つ当たりというのもあった。帰還が失敗したことの怒り、また失敗するんじゃないかという能力への不審、元の世界への郷愁。それらがこっちゃになって発散したくて、相手にぶつけた。
対戦相手には少し申し訳ないかな。力入れすぎて病院送りにしたこともあったから。ここにいる時点で怪我することは覚悟してだろうから、謝る必要はないだろうけど。
日空が現れたときは嬉しかった。同じ空気をもった人がそばにいるだけで孤独感がなくなった。郷愁が薄らいだ。
帰りたいという気持ちがなくなったわけじゃない。でも憂鬱な気分からは浮上できた。
だから日空が望むなら念を教えよう。私一人だけではどうすることもできなかったことを解消してくれたお礼。
一度寂しさから抜け出せた私は、帰るまで日空から離れないだろう。もう二度とあんな気持ちを味わいたくないから。耐えたくもないから。
だから日空が望むなら念を教えよう。私に縛り付けるおわびとして。
4:念習得開始! さてはて系統は? 能力は?
<日空>
「念を教えてほしい」
俺の頼みから亜紀は一分ほど黙ったまま。な、なんかまずいのか? 師匠から教えちゃいけないって言われてるとか?
沈黙がやけに長く感じられる。心臓が脈打つ音が大きく聞こえる。暑くもないのに汗が滲み出てくる。ミリオネアの回答者っていつもこんな感じを味わってんのか。ああ、心臓に悪い。
「いいよ」
その一言で緊張が解ける。いつのまにか入っていた力も抜ける。
沈黙が長めだったわりに軽い返事だった。なんの溜めだったんだろうな。
「さっそく始めようか。ゆっくり? 強引?」
そんなの決まってる。
「ゆっくりで」
即答だ。あっ亜紀が少し呆れた顔してる。
俺からしたら当然の答えなのに。へたれな俺が強引という手段をとるわけない。リスクを負えるような性格なら生活費を稼ぐのにちまちまと賭けないで、いっきに手持ちの金全部を賭けるさ! もしくは申込書を提出するとか。
「じゃあ上着に脱いでくれる? ほんの少しだけオーラを流してどんなものか感じてもらうから。そうしたほうが感覚掴みやすいと思う」
「お願いします。一応座禅とかはしてたんだけどさっぱりだったから助かる」
オーラがどんなものかわかれば瞑想時も自分で探ることができそうだ。
Tシャツだけのこして上着を脱ぐ。背中に亜紀の手が当てられる。何も感じないからまだ使ってはないんだろう。
「いくよ」
合図とともに背中に少しだけ違和感を感じる。
「これがオーラ…」
くしゅんっ
感動してるとくしゃみが聞こえた。その音とともに少しだけだった違和感が大きくなる。すっごい嫌な予感が。
っていうかなんか体中から湯気みたいのが噴出してるんですけどっ!?
「なっ!? ちょっ! これって!?」
「あーごめん、なんかべたなことしちゃった」
振り返ると、胸の前で手を合わせて小首を傾げて謝ってくる亜紀。
てへりっじゃないっしょ!? 可愛いとは思うけどっ洒落になってねー!
「ほんとになんでこんなべたなことするかなっ!?」
「文句言ってる暇ないよ。纏しないとリラックスリラックス」
そだっ落ち着かないと。力を抜いて……座ったほうがいいか。
目を閉じて床に座り込みオーラをとどめることだけに集中する。
「おーその調子」
今のところは上手くいってるみたいだ。なんとなく漏れ出す量が減ったように感じる。このままとどめる……とどめる……とどめる……と、とどめる…………とまんないよ?
「もうちょっともうちょっと♪ ひっそらのかっこいいとっこみってみたい♪ そーれ♪」
応援するならもう少し集中できるものを! おもわず歌にのってしまいそうで集中とぎれそうになるから!
ああっ止まらん!
結局、オーラ出しすぎてその日は気絶しました。一応少しだけできてたので死ぬことはなかったのが幸いだった。
次の日も失敗して寝込み、その次の日に成功しました。これをすぐにこなしたゴンとキルアを尊敬します。マジで。
「おーようやく成功だ〜。ゆっくり開けるよりも早くできてよかったね?」
笑顔の亜紀を前にして、あけてもらったてまえ文句は言えんが、この借りはいつか返したいと思ってしまう今日この頃。私は何かおかしいでしょうか? いやっおかしくはないはず!
「次は絶?」
「うん。これはオーラを体にしまうだけ。さあやってみよう」
簡単におっしゃられますな?
オーラをしまって精孔を閉じる……閉じるっていってもどうやればいいんだか。とりあえずオーラを出さないように。
「体中からちょろちょろと漏れてる」
実行してみると、そばで凝を使い確認する亜紀からアドバイスが入る。
自分なりに試行錯誤していく。亜紀が試合で呼ばれていなくなり、部屋に帰ってきたときも上手くいかずに悩んでいた。
「なんかヒントない?」
なんでもいいからてがかりが欲しくて聞いてみた。
「ヒントねぇ? ……かくれんぼってやったことある?」
「あるけど」
「隠れてるときってさ、鬼にみつからないように息を潜めて隠れるじゃん。あれと同じ感じでやったらいいと思う」
「……かくれんぼ」
何年か前にやったかくれんぼを思い出す。入っちゃ行けない場所に隠れて怒られたことを思い出しながら絶を実行。
すうっと何かが鎮まっていく。
「上手くいったみたい」
凝で確認した亜紀がOKを出してくれる。
「次は練いってみよう」
即座に次の課題を出してくる。もう少しのんびりでもいいんでないかい?
口にださずに練を実行。絶のときよりも感覚がつかめず、ヒントをもらうも上手くいかなかった。
瞬間的とはいえ形になったのは三週間後のことだった。
ちなみに練ができるようになってそのまま堅へと移行してみたところ三秒もたなかったりした。
わかってはいたけど、凡庸なんだなぁ。もしかするとそれ以下かも。
念修行を始めて生活のサイクルが変わった。体力作り、生活費稼ぎ、師匠探し、精孔開けだったのが体力作りと念修行だけになった。
師匠探しと精孔開けがなくなったのは言わなくてもわかると思うけど、生活費稼ぎまでなくなったのはちょっと疑問に思う人がいるかもしれない。
亜紀が養ってくれてる……わけじゃない。ここで暮らしていく分のお金を貸してくれたのだ。一千万ジェニーを月5%の利息で。返すあてがないって言うと、しばらくしたら天空闘技場申込書を書かせるっていうありがたい言葉をくれました。正直一千万ジェニーは多すぎじゃね? 利子が月五十万ジェニーとか恐ろしすぎる。
修行を始めて三ヶ月。ようやく纏絶練ついでに凝がスムーズかつましになってきた頃、水見式をやることになった。
「日空、お楽しみの系統判断やるよ〜」
「お〜やっとやれるんだ。時間かかったなぁ」
テーブルに置かれたグラスを亜紀はピシっと指差す。
「さっ練やってみて」
グラスを前に立ち、手を添える。どきどきするね! まさに何がでるかな♪ 何がでるかな♪ って感じさ!
興奮を抑えながら練を使う。
二人とも息を潜めて変化を見る。
グラスの中にぽつぽつと金属っぽいのが現れては沈んでいく。
不純物が出るのは具現化系であっていたはず。だとすると、
「「具現化系」」
声がはもる。
「具現化系はなんだっけ? オーラで判断する性格」
「たしか…神経質?」
「日空は違うよね。マイペースっぽいし…いや当たってる? 計画立てて行動するところを神経質とみるなら」
「まあヒソカも根拠はないっていってたはずだし。必ず当たるってもんじゃないんだろ」
自分では神経質とは思ってないけど、どうなんだろうね。
それにしても具現化系か、帰るためにはどんな能力にすればいいかな〜。やっぱあれかな……どこでもドア〜(某青狸声)。移動で思い付くのはこれなんだよね。でもどこでもドアって世界越えたっけ?
「とりあえず発以外の四大行は修めたし、応用と平行して実践で鍛えようか? 申込書を書きにいかなくちゃ」
能力で悩む俺に亜紀がさらっと避けたいことを言ってくる。なんだろね? ちょっとだけ声が弾んでない? もしかしてSな人?
俺が強くなっていくことを嬉しがってくれてるって思いたい。
できればやりたくないなぁ。
「俺喧嘩なんかしたことないんだけど」
「私もこの世界にくるまでしたことなかったよ。それでもここで戦っていけるくらいになれた。誰でもやればできるってこと。
低い階層で念能力者に当たることはめったにないし、こっちは使える。よほどのことがないと大怪我なんかしない。
それに格闘技能はこの世界じゃ身につけといて損はないっていうか、長生きしたいなら必須技能?」
説得力があって思わず納得できる。特に一番最後。
ということで今日から天空闘技場で殴り合い開始。大怪我しないことを祈ろう。
<亜紀>
日空はゆっくりって言ったけど、私自身無理矢理開けてどうにかなったんだ大丈夫。
って思って無理矢理あけたんだけど纏習得に三日かかるとは。忘れてたけど念って難しい技術だったんだ。
日空はそのあとも四大行をゆっくり身につけていった。自分の修行もしながら修行に付き合ってたんだけど、日空のオーラにほんの少し違和感を感じる。気にはならない程度の違和感なんだけど……一段落したら師匠に会わせてみよう。何かわかるかもしれない。
念の系統は具現化系。どんな能力にするんだろ。ちなみに具現化と聞いて私が思いついたのは空想具現化。上手く制約つけたら再現できるだろうか。う〜ん無理っぽい。
今日から日空も闘技場デビュー。実践に勝る訓練はないっていうから強くなれるはず。お金も稼げてちょうどいい訓練だよね。人を殴るっていうのは好きになれないけど、少しは経験しておいたほうがいい。この世界は危険がたくさんあるから、いざってときに躊躇うことはないようにしておかないと。一瞬の隙が死に繋がる世界だからねここは。
日空、強くなって。死んだりして私をまた一人にしないで。
そして一緒に帰ろう?
あとがき
性格だけみると亜紀は放出系。日空は…あえていうなら具現化系?