四話くしゃみが〜

2006年11月29日

五話


 思い出せ! 記憶をみつけろ! 必死に記憶を探れ。勝利の鍵はあの記憶にある!

 そうっ……立ち読みしたはじめの一歩に!

 まあ思い出しても役に立てることができなかったけど……。




5:初めての殴り合い♪




 申込書を提出して一時間もたたずに試合が組まれた。心の準備はまだできてねーぜ!

「この試合で念は使用禁止ね」

 初めての殴り合いに心臓バクバクな俺に亜紀が追い討ちをかける。念を使えることが安心材料なのにひどいっ。まじでSか!?

「なんでっ!?」
「日空が念なしでどこまでやれるかの確認と殴り合いってどんなものか体験してもらうため。
 念ありだと緊張感薄れるでしょ。殴って殴られて痛いっていうのは力加減と手加減とかを知るためにも必要よ。
 これからやる試合は負けてもいいんだからどんっとぶつかってきなさい」

 目の前に鬼がいる。

「まあ死にそうになったら使ってもいい。たいてい死なさないように審判が止めるけど」
『1659番試合です。第3コートまでお越しください』

 呼ばれた。ただ呼び出しただけなんだろうけど、俺には死刑宣告に近いものに聞こえる。

「頑張って。終わったらおいしいもの奢るから」

 正直その声援はいまいち気力わかないんですが。とりあえず気の抜けた返事だけ返して、指定コートへ向かう。
 体震えまくり。

 えっと、拳の握り方はどうだっけ? これから戦うってのにこの疑問はないよなぁ。せめて基本的なことは教えてもらうべきだった。緊張でそこまで思考が回らなかったわ。
 他のコートはすでに試合が始まっているところもあって盛大な打撃音が聞こえてくる。ううぅ……痛そうだ。気分はどんどん下降していく。
 第3コートではすでに対戦相手が待っていた。

「君が対戦相手か。よろしくたのむ」

 礼儀正しい人っぽい。よかった残虐そうじゃなくて。これで実は戦いの際は人格変わって残虐になるっていったら、即リタイアするよ! プライド捨てて土下座するよ!?
 少しは落ち着こう。んで相手をよく見る。体は引き締まり、鍛えられている。……このぐらいしかわかんない。隙があるとかないとかすらわかんないよ。ほんっとどうしようかね。
 俺がこの場にいてもいいんだろうか? 現実逃避しても試合は刻一刻と近づいてくるわけで。

『第3コート、セト対ルビナ始まります! ギャンブルスイッチを押してください!』

 以前は押すほうだったのになぁ。力一杯、選手を応援した日々が懐かしいっ。
 投票結果は俺4,87倍。ルビナは1,06倍とでた。客は正直だ。俺だってそうする。

『結果がでました。客は正直ですね』

 うるさいやい。自覚しててもへこむんだから言うな。

「それでははじめ!」

 審判が始まりを宣言する。緊張で硬直する俺にルビナが勢いよく駆け寄ってくる。

ガヅンッ

「っつあ!?」

 どうしようかうろたえる間もなく、いきなり顔面を殴られた! 
 後ろによろける俺を追い討ちをかけて拳が迫る! 今度は反応できたけど避けるのが間に合わずまた喰らう。
 審判がヒットとか言ってるけど気を向けることができずに雑音としてしか認識できない。

 痛がっている暇はないっ。逃げる暇もないっ。そんな暇は与えてくれない。避けろっそれができないならせめて被害が少なくなるように受けろ。
 始まってしまって殴られて、ほんの少しは冷静になれたか自棄になったか、避けることだけは考えることができるようになる。
 運よく避けられるものもあるが、ほとんどは喰らった。
 再び拳が顔に迫ってきたとき、周囲から音が消えた。そしてルビナの動きがゆっくりになる。
 事故にあったときや極度に集中をするとおこる現象。以前一度だけ体験したことがあるから驚きはしない。
 迫ってくる拳の向こうに見える相手の顔めがけてこっちも拳をつきだす。あんたも一発くらい喰らえ! 火事場の馬鹿力のおかげか、相手より遅く突き出した拳は殴られると同時に殴った感触を伝えてくれる。

「ルビナ2ポイント! セト2ポイント! ルビナ合計10ポイント!」

 審判の試合終了の声が聞こえる。
 終った。いったー、殴られるとこんなに痛むのか。殴った腕も痛い。
 余裕のありそうなルビナに審判が20階へ行けと告げている。

『セト一方的に終えるのかと思いきやっ! 最後に意地を見せました! 最後の意地は配当金にも影響が出てきそうです!』

 そんなアナウンサーの声を聞きながらコートから出て行く。

「あたたっ……えっと152ジェニーもらえるんだよな。んで次の日程も聞いとかなくちゃな。
 こんだけ殴られてジュース一本分かぁ……わりにあわん。ってか殴り合いはしたくないなぁ。
 でもここにいるかぎり無縁ではいられないんだよなぁ」

 受付嬢のお疲れ様でしたという社交辞令に癒されて152ジェニーを受け取る。次は二日後ですという言葉を聞き流したく思いつつ記憶して亜紀のいる場所へ。
 ジュースは買ってない。今飲むと口の中の傷に染みそうだから。

「お疲れ様」
「負けてきたよ」
「うん。見てた。一方的だったね。殴れずに終るって思ってたけど」
「最後の奴は偶然。火事場の馬鹿力だから。一方的に殴られてむかついて手をだしたら当たった」
「部屋に戻ろうか。傷の治療しないと」

 亜紀の部屋に向かう。部屋にあった救急箱から消毒と傷薬と絆創膏を取り出して俺の前に座った亜紀。

「で、初めての殴り合いどうだった?」

 治療しながら聞いてくる。

「何かを考えて戦うなんてとても無理だった。だから感想って言っても………殴った感触が今も手に残ってる。んでそれは好きにはなれそうにない。戦い自体も進んでしたいとは思わない」
「私も同じ。でも帰るために力は必要で、力があると巻き込まれることがあるってことは覚えてて」

 覚悟決めとかないといけないか。色々学ぶことがあるな。まずは体の動かし方を覚える必要がある。
 トリップなんかしなかったら覚悟なんて決めないでよかったのに。人生なにがおこるかわかんないよ。

「今日からでもいいから体動かし方とか教えて」
「いいけど。明日からでいいでしょ。今日はおいしいもの食べて体休めたら?」

 この世界に関して先輩である亜紀の助言にしたがって明日からということに。
 亜紀おすすめという店に入って、薦められたものを食べる。それはこっちに来て食べたものの中でも一番を競うものだった。今までの一番は取れたて新鮮魚介類の鍋。あれも美味かった。
 試合から時間がたったおかげか美味しいものを食べたおかげか、心の中のネガティブ部分が減った気がする。

「美味かったー」
「でしょ? 食べ歩きをしてみつけたのよ。次はデザートの美味しいところに連れてってあげる」
「それは楽しみだ。それじゃ宿に帰る」
「うん。あっ言わなくてもいいかもしれないけど絶使って疲労回復するように」
「そういや絶ってそんな効果あったっけ。了解。じゃ、おやすみー」


 二日後の試合は付け焼刃とはいえ体さばきを教えてもらい、防御用に念も使えたので勝てた。試合内容は防御が硬いので殴られることを気にせず突っ込み、力押しというものだった。拙い流で胴体と顔面にほぼ全部のオーラを集めて殴りあった。パーセンテージでいえば胴体と頭部に99%、手足に残りという感じ。
 俺の念は貧弱なので、相手に影響を及ぼすどころか違和感すら感じさせなかったようだ。
 オーラをまとったままの試合は慣れるまできついもので、堅を使っているわけでもないのに数分でオーラがなくなったりもした。

 勝ち負けを繰り返し今は50階。見切りのスキルが育っても相手のレベルも上がるので、階のLvに慣れるまで殴られるということを繰り返しここまできた。Mじゃないから殴られはしたくないんだけど。勝率は五割くらい。
 一回だけ伝説のパロスペシャルを使えたことが自慢。次の目標は筋肉ドライバー。バスターだと返されるかもしれないからね。
 亜紀も階層は上がって今は180階。もらえる金額が億単位だったりもする。
 俺は稼いだ金額よりも利息で増えた借金のほうがでかいという惨状。稼ぐ額がでかいんだから帳消しにしてくれんかな。駄目ですかそうですか。


 今は亜紀の試合を凝の練習をしながらテレビで見ている。

「二年近く修行してるだけあって綺麗に流ができてる」

 テレビの中の黒コートはオーラをスムーズに操って試合を優勢に進めている。この調子でいけば勝てそうだ。
 念を使っても速攻で勝てないって二百階あたりのLvってどんだけ高いのか。

「そろそろ能力を考えてみるか」

 ふとそんなことを思いつく。
 念といえば自分だけの能力! どんなものを作るか楽しみだ。

「俺の系統は具現化系。ハンターハンターで具現化といえば……クラピカ。クラピカは鎖使い。鎖で弾丸を弾いたり、傷を治したり、探したり、縛ったり。縛るといえば…………亀甲縛り? 亀甲縛りといえば縄?」

チャリーン

 いつの間にか目を閉じての連想ゲームになってた。聞こえてきた金属音で思考が中断されなきゃどこまでいってたんだろう。
 目を開けると足元にロープとロープの隙間にきらりと光る古い型の鍵。

「おや? どっから出てきたんだこのロープ」

 いまだ増え続けるロープの出所を探そうとロープの端を探す。辿るにつれて徐々に視線が上がってくる。認めたくない事実を突きつけられるようで辿るのを拒否したくなる。
 思考に反して体は辿るという行動を実行し続け、ついに発生源をみつける。
 発生源は、

「俺か」

 諦めの口調で手からニョロニョロと現れるロープを見つめる。
 具現化させるための苦労を飛ばせたことを喜ぶよりも、亀甲縛りから連想し具現化したことが恥ずかしい。これは誰にも秘密にしよう。
 顔を真っ赤にしてのた打ち回る姿を亜紀に見られなくてよかったと心底思う。
 俺が初めてかもしれない。たいした苦労なく、でもこんな恥ずかしい具現化を成功した奴は。

 思わぬ具現化をしたせいで帰るための能力じゃないってことに気づいたのは次の日起きてからだった。


トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
四話くしゃみが〜