2007年02月16日

異能者のお仕事


 魔法、呪術、仙術、符術。古くから存在し、今はなくなったとされる異能。
 しかし科学が広がる世界の裏で、異能は絶えることなく存在し、世界を支え続けてきた。
 夜闇を纏って空を翔る魔法使い、天地の理を求め得た仙人、あらゆる怪異から都を守る陰陽師。表に出ることはないが、表に生きる人々の生活を守ってきた。
 少し裏を覗けば彼らはいる。日常と共に在って、事態が窮すれば駆けつける彼ら。
 本当に私たちの近くにいるのだ。

 
 ここはとある地方都市の小さな図書館。
 四人の職員が、本を抱えて棚に戻していく。カウンターには二人の職員がいて、お客さんの相手をしている。別室では、幼児に絵本を読み聞かせている職員もいる。
 司書たちが自分たちの仕事をこなしている日常の光景だ。
 静かな図書館に職員集合を知らせるベルが控えめに響く。カウンターと読み聞かせをしている司書たちは動くことができないので、本を運んでいた四人が館長室へ集まる。
 話される内容がわかってるのか四人の表情は、真剣なものになっていた。
 ノックをして館長室に入る。
「仕事だ」
 高級そうな椅子に座った館長は、入ってきた四人に手短に用件を告げた。
「館長……それだけじゃわかりません」
 四人を代表して、メガネをかけた目つきの鋭い女が突っ込む。表情には少々の呆れが。胸の名札に「雪村玲」と書かれている。
「昨日、刑事ドラマ見てな。課長がかっこよかったんだ」
「あまりいいわけになってないです」
 髪の長いもう一人の女が苦笑する。こちらの名札には「田崎幸恵」。
「やりたいことができたんで満足だ。
 仕事の話に移ろう。『情報喰い』が出た。そいつはすでに討伐課の奴らに退治されたが、喰われた情報の修正はまだだ。それを君たちにやってほしい」
「入り込まれた本の題名は?」
 二人いる男のうち、年上のほうが聞く。名札には「坂井大助」
「桃太郎だ。わかっていると思うが、このままでは世界中の桃太郎の話が滅茶苦茶なままだ。急いで直してきてくれ」
 たかが童話の一つが滅茶苦茶になっただけと軽くみてはいけない。いつまでもほおっておくとその影響は現在、未来だけではなく、過去にまで及ぶ。「桃太郎」という話に影響を受けた人物の人生が滅茶苦茶になることだってある。

 館長室から出た四人は、図書館の地下へと移動した。
 指紋、声紋、南京錠、カードキーという四つの鍵で厳重に閉められた扉を開けて入ると、小学校の教室くらいの広さの部屋がある。
 部屋の中央に台座があり、その台座を囲んで八つの円が床に描かれていて、その周囲には解読できない文字も描かれている。壁際にはパソコンと何に使うかわからない機械がある。
 科学と異能があわさった部屋だ。雰囲気を真似ただけの部屋ではなく、本物の異能が使われた部屋。その証明は今これからなされる。
「一人はここに残って装置の調整をするとして誰が行きます?」
「あ、まだ行ったことないんで、僕行きたいです」
 幸恵の提案に「山田翔太」と書かれた名札をつけた男が手を上げる。
「そう? じゃあ翔太君お願いね」
「私と大助も行くよ。幸恵は調整を頼む」
「ちょっまだ俺なにも言ってない」
「君はじっとしてるよりも、動くほうが好きだろ」
 大助の反論を玲は即座に切って捨てた。
 調整役となった幸恵は部屋に備え付けられたパソコンを操作する。タタタンっと軽快にキーボードを叩く音が部屋に響く。
 その間に玲たちは、棚に置かれた腕時計のようなものをつける。
「僕、妖魔討伐課に入りたかったんですよ」
 幸恵の準備が整う間の暇つぶしに、翔太と大助が雑談を始める。
「ほー」
「でも『力』が討伐隊に入る条件に届かなくて、こっちに配属されたんです」
「討伐課のどこがいいんだ?」
「かっこいいじゃないですか! 人にあだなす妖魔をばっさばっさと退治する。誰だって一度はヒーローに憧れるもんでしょ?」
 翔太は、妖魔退治に活躍する姿を思い浮かべ興奮している。
「そんないいもんじゃないぞ? なあ玲」
「ああ、そうだな」
 玲は右手で左肩をさすりながら答えた。何かを思い出すように目を伏せる。
「どうしてそんなこと言えるんです?」
「玲と俺は妖魔討伐課にいたことがあるからな」
「ほんとですか!?」
 その当時のことを聞き出そうとはしゃぐ翔太に、大助は言葉を濁し、玲は何も語らない。
 そうこうしていると床の書かれた八つの円のうち、三つが薄い黄色の光を放つ。
「準備完了。わかってる情報聞く?」
「当然」
 玲が即答。
「えっとね、食べられた情報は主役の桃太郎から『勇敢』、登場キャラクターとしての『犬』、鬼が溜め込んだ『財宝』。
 この三つが食べられたみたい。これ以外にも食べられている可能性があるから気をつけて。
 到着場所は、桃太郎の家近くに着くように設定してる」
「OK。じゃ早速行くか」
「う〜緊張します」
 玲、大助、翔太の三人は光っている円の中に入る。
「システム異常なし。物質変化術式起動。次元世界侵入陣待機モード解除。
 頑張って」
 幸恵がエンターキーをタンっと押すと、円の光が強く輝いた。光が収まると円の中にいた三人が消えていた。
「侵入確認」

 三つの光の円が地面に描かれ、そこに玲、大助、翔太が現れる。
 三人は辺りを見渡す。見えるものは、山、川、畑、わらぶきの家。現代のようなコンクリートと鉄とガラスで作られた建物が、一切ないのどかな田舎。
「無事到着っと」
「へー現実の世界と変わらないんですね」
 翔太がその場で跳ねたり、手を握ったり開いたりして状態を確認している。
「そうだ。五感もちゃんとあるから、怪我には気をつけろよ。
 まあここで怪我しても、外に出れば怪我はなくなるんだが。そのかわり疲れが酷い」
 大助と翔太が話している横で、玲は腕時計型機械を操作して幸恵に連絡をいれる。
「幸恵、到着した」
『はい、こちらでも確認しました。それでは仕事にとりかかってください』
「了解。
 さてこれから仕事なわけだが、初心者な翔太に確認させる意味もかねて、これからの行動を説明してもらおうか」
「えっと……基本は傍観者でいること。異変が起きたらかけつけ登場人物を助ける。事前にわかっていることで、これから起きる異変が予測できるのなら手を打っておくこと。最後まで観察を続けて問題を解決したと判断できたら仕事終了。臨時収入をもらって飲み会へ」
 以前教えてもらったことを思い出しながら翔太は喋る。
「最後は余計だが、その通り」
「そうだぞ飲み会じゃなくて、一応反省会というんだ。もちろん建前だが」
「建前じゃない」
 玲は軽く大助の頭をはたく。
「翔太。事前に与えられた情報を元に、これから起こり得ることを推測してみろ」
「これから起こること……」
 翔太は当てられた課題を真剣に考え込む。玲と大助も自分たちなりに考える。
 五分ほどたち翔太は考えがまとまったのか喋り始める。
「お供の犬がいないので、鬼退治のさい苦戦するか負けるかもしれません。
 財宝がないので、報酬がないです。鬼退治後の暮らしが保障されません。
 そして桃太郎に勇敢さがないので、鬼退治に行こうと思わず物語が始まらないかもしれません」
「うん、私たちも似たような考えだ。そこに注意して仕事を始めようか」
 ちょうどいいタイミングで、籠を背負ったお爺さんと洗濯物を持ったお婆さんが家から出てきた。

 物語が始まる。
 大助はお爺さんを追って山へ、玲と翔太はお婆さんを追って川へ向かう。
 姿と気配も消してくれる腕時計のおかげで、ばれることなくつけることができる。
 玲と翔太が木陰からお婆さんの様子を見ていると、川の上流から大きな桃が流れてくる。
 しかしお婆さんがその桃に気づいた様子はない。服についたしつこいしみを綺麗にすることに夢中になり気づかない。
「玲さん! お婆さん桃に気づいてません! このままじゃ桃太郎、孤児になってしまいます」
 物語が始まってすぐに変わってしまうと慌てる翔太。
「落ち着け。こういう場合は」
 玲はそこでいったん言葉を止めて、大きく息を吸う。
「桃だっ!」
 お婆さんに気づかせるため玲は、大声を出す。そのおかげか、お婆さんは洗濯する手を止めて、視線を上げ無事に桃を発見した。
 声が聞こえたのに姿が見えないことを不審に思いつつも、お婆さんは川へ入っていく。
 桃をかついで家に帰るお婆さんの後ろを二人はついて歩く。
「いいんですか? あんなことして」
「声で知らせたこと?」
 翔太はこくんと頷く。
「かまわんよ。大幅に話が変わらなければ、多少の無茶は許されている。
 それにあそこで何もしないと物語が破綻する」
「何を話してんだ?」
 お爺さんと一緒に大助が帰って来た。
 家の中を見ながら、先ほどのことを話す。

 桃が切られて桃太郎が生まれた。お爺さんお婆さんは桃太郎誕生に喜んでいる。
 ここから鬼退治に出るまでは、物語に書かれていないので早送り。
 途中で桃太郎が村の子供にいじめられている場面があったので、大助が乱入して子供を蹴散らし、桃太郎に発破をかけた。
 今、成長した桃太郎がお爺さんたちに鬼退治にでると話している。本来持っていたはずの勇敢さを持たない桃太郎が、鬼退治にでるのは心配なのかお爺さんたちはやめさせようとする。しかし桃太郎の意思の固さを見て、しぶしぶ鬼が島行きを認めた。
 きび団子を腰に下げ、お爺さんお婆さんに見送られて桃太郎は歩き出す。その姿に頼もしさが若干足りていないのは、勇敢さがないからなのか。
 その後ろを三人は歩きながら、先のことを話し合う。
「さて、『犬』はどうするか」
「いないもんなぁ」
「代わりの犬を連れてくるんじゃ駄目なんですか?」
悩む二人をきょとんとした様子で見る翔太。
「喋って鬼に勝てる犬なんかいるわけないだろ」
「いやだって桃太郎は犬を連れて退治にいったじゃないですか」
「あの犬はキャラクターとして存在してる。犬という種族ではなく、『犬』という唯一つの存在だ。そこらの犬では代役はできない」
「じゃどうするんです。手の打ちようがないんじゃ……」
 いい案が出ないまま、犬の登場場面に近づく。
「……しょうがない」
 玲がぽつりと呟く。
「なんかいい案でたのか?」
「代役を立てよう。私たちの中から」
「えっと、それっていいんですか」
 物語に出演するのはさすがにどうかと翔太は戸惑う。
「本名を名乗らず、犬のやったことを忠実に再現する代役に徹すれば問題ないと思う。駄目な場合は一度本の外へ出て、時間のかかる手段をとる」
「それしかないか。じゃ、頑張ってくれ」
 そう言いながら大助は、当たり前のように翔太の肩をポンと叩いた。

 桃太郎の進行方向に先回りした翔太。頭には、幸恵に連絡をとり用意してもらった犬耳がついている。
 この配役に納得してないのかぶつぶつと文句を言っている。
 何事も経験だと問答無用で押し付けられたのだから、文句も言いたくなるかもしれない。犬耳をつけた姿を見て、おもいっきり笑われたことも原因の一つだろう。
 ため息を一つついて、やってきた桃太郎に翔太は近づく。
「桃太郎さん桃太郎さん。お腰につけたきび団子一つ私にくれませんか?」
「うわっ!? 
 ぼ、僕がきび団子を持っているとよくわかりましたね?」
 突然話しかけられたことと、持っている物を知っていることに驚いた桃太郎。耳についてはスルー。触れる勇気がなかったのかもしれない。
「あーそれは……いい匂いが腰の辺りからしたんです」
「鼻がいいんですねぇ」
 翔太の少し苦しい言い訳を桃太郎は全く疑うことなく信じた。
 ごそごそと腰の袋に手を入れてきび団子を取り出す。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
 渡されたきび団子を一口で食べる。なかなか美味しそうだ。
「ご馳走様でした」
「いえいえ、それでは」
 困っている人を助け満足した桃太郎は、なにも言わずに去ろうとする。
 このまま行かせるわけにはいかない翔太は、慌てて桃太郎に話しかける。
「ま、待ってください。何かお礼をさせてください」
「そんな! きび団子一つあげただけですからお礼なんて」
「受けた恩は必ず返せというのが、母の遺言でして。そうだ桃太郎さんはこれから何をするんです? 何かすることがあるのなら、それをお手伝いしましょう」
「これから鬼退治に鬼が島へ行くんです。危ないからお手伝いなんて……」
 桃太郎のセリフを遮って、
「鬼が島ですって、あんな危ないところへ一人で行くつもりですか!? それならなおさら仲間は必要です。ぜひお供させてください」
「え、えっとほんとに危ないんですよ? それでもいいのなら……」
 翔太の勢いに押されて、桃太郎はついてくることを認めた。
「よろしくお願いしますね桃太郎さん」
「こちらこそ…………なんて呼べば?」
「わけあって本名を名乗るわけにはいきませんので、どうぞ犬とお呼びください」
「犬……さん?」
「はい」
 おかしな名前に桃太郎は戸惑うが、本名がわからず、ほかになんて呼べばいいのかわからないので言われたとおりに呼ぶことに。
 翔太を旅のお供に加えた桃太郎は、猿雉とも出会う。翔太と同じようにきび団子を与えて去ろうとしたので、仲間は多いほうがいいと翔太が説得して仲間に加えた。

 桃太郎一行は鬼が島に乗り込む一歩手前まで来ていた。小船に乗って海にでると、すぐそこに鬼が島がある。
 翔太の提案で、英気を養うため今日は無理せずに休むことにした。
 猿雉が早々と寝入った頃、翔太と桃太郎はたき火を見ながら話していた。
「桃太郎さんはどうして鬼退治に行こうと思ったんです? しばらく一緒にいて、鬼退治っていう怖いことを進んでやるようには見えなかったんですけど」
 それを聞いた桃太郎は、苦笑する。
「やっぱり見えないよね。お爺さんお婆さんにも止められたし。
 僕、小さい頃にいじめられてたんだ。その僕を助けてくれた人たちがいて、言ってくれたんだ。
『君は勇気がない、怖いと泣く。別にそれは悪いことじゃない。誰にだって怖いものはある。
 今使わない勇気は心に少しずつ貯まっている。そして、いつか必要になったときに発揮される。そのとき怖気づかずに行動できればいいんだ』」
 翔太はその言葉に聞き覚えがあった。いじめられている桃太郎に大助が言った言葉だ。
「鬼が暴れて人々が困っているって聞いて、いまこそ行動するときだって思った。貯め続けた勇気を発揮して鬼退治に行くんだって。
 鬼退治が終われば、何か変われるかもしれないっていうのもあるけどね」
 桃太郎の話に聞き入る一方で、ここまで影響与えていいのかと翔太は不安になる。
 言ったのは大助さんだし、と責任をなすりつけて不安を誤魔化した。
「桃太郎さん僕らもそろそろ寝ましょう」
 翔太の提案に頷いて、桃太郎は寝転がる。翔太も同じように寝転がり、目を閉じた。
 明日の騒動からは想像もできないほど静かな夜だった。
 朝になり、桃太郎一行は鬼が島に乗り込んだ。
 鬼が島にはたくさんの赤鬼青鬼、そしてそれらをまとめる大鬼がいた。
「なんだなんだ人間が鬼が島になんのようだ!?」
 威勢のいい大鬼に腰が引きつつも、桃太郎は地を踏みしめ言い返す。
「人々を困らせるのはやめてもらおう!」
「がっはっはっはっ。そのようなことを言いにわざわざここまで来たのか?
 無駄なことをっどうれ、その体を喰らいすみずみまでしゃぶり尽くしてくれよう」
 大鬼が立ち上がり、赤鬼青鬼たちも金棒を持って桃太郎たちへとにじり寄る。
「かかれいっ!」
 大鬼の号令で鬼たちが走り出す。
 猿、雉、翔太も突撃する。ただ桃太郎だけが迫力に負け、その場に座り込んでしまった。
「なんだ口では偉そうなことを言っておいて、そのざまか!
 そのまま座っていれば、お前の相手は最後にしてやろうっ。
 がっはっはっはっ!」
 桃太郎を欠いた鬼退治一行は旗色が悪い。ただでさえ犬という戦力を欠いているところに、桃太郎という主力までも参加していないのだ。すぐに劣勢に追い込まれる。
 そんなとき鬼の一人が投げた金棒が狙いをそれて桃太郎へと飛ぶ。
 偶然か桃太郎に一番近く、金棒が向かっていることに気づいた翔太は桃太郎へと走る。
「危ないっ」
 桃太郎を押し倒し、なんとか金棒がぶつかることを防ぐことができた。そのかわり翔太の肩に金棒がぶつかる。音を聞いただけでも痛そうだとわかる。
「……っ。桃太郎さん大丈夫?」
「だ、大丈夫。でも犬さんが」
「これくらい唾でもつけとけば治るよ」
 強がりだと見抜いた桃太郎は顔を暗くする。
「ごめん。怖がって動けない僕なんかのかわりに怪我させて。
 かばわなくてもよかったのに」
「……」
「やっぱり僕なんかに鬼退治は無理だったんだ」
 なにもかも諦めた雰囲気で桃太郎は俯く。
 ごつんと音が響く。翔太が桃太郎の頭を拳骨で叩いた音だ。
 痛む頭を手で押さえ、桃太郎は顔を上げる。
「溜めた勇気を発揮するんだろ? 困っている人々を助けたかっただろ?
 そう考えてここまで来たんだ。すごいことじゃないかっ。
 それに誰も鬼退治にここまで来た人はいなんだぞ? それだけでも勇気あることじゃないかっ。
 あともう少しなんだ! ここで諦めてどうする!」
 物語に干渉しすぎるということを忘れた翔太が桃太郎を叱咤する。
「で、でも」
「なに言っても無駄だ。
 俺達が怖くて、仲間の加勢もできない弱虫なんだよそいつはっ。
 このままなにもできずに俺達に喰われるんだよ!」
「なにもできにないなんてことはない!」
 大鬼に翔太が言い返す。
「なにができるというんだ。
 現にそいつは座り込んでなにもせず諦めきっているぞ?」
「それでもだ!」
「なぜそんなに言い切れる?」
「それは、この人が桃太郎だからだ!」
 大鬼を見据え強く言い切った。桃太郎という話を知っているが故の言葉だ。
 自分の言った言葉を信じきっている翔太を桃太郎は見上げる。
 強い信頼の篭った言葉が桃太郎の心を温かくする。こんなにも信じてもらえることが桃太郎は嬉しかった。
 桃太郎の体に力が篭る。
「僕は」
 立ち上がる。
「鬼退治をする」
 震える手で刀を抜く。
「桃太郎だ!」
 体はまだ小さく震えている。それでも目はしっかりと大鬼に向けられていて、力強い光が宿っている。
 次々と襲い掛かる鬼たちをばっさばっさとはいかないが、なんとか倒していく。
 桃太郎につづいて、猿は鬼にとびついて顔を引っかく。雉は高い所から鬼めがけ飛び、つついて離れる。犬役の翔太は噛み付くことはできないので、そこらに落ちていた棒を振り回しながら走り回る。
 一時間後には、鬼たちは皆ぼろぼろになり降参した。
 二度と悪さはしないと鬼から約束してもらった桃太郎は、意気揚々と鬼が島を出た。財宝がないので手ぶらで。

 物語の終わりが間近だ。
 桃太郎が宝を手に入れていないことに、翔太は焦る。一緒に旅をして情が湧いたということもあり、どうにかして報酬を得てもらいたかった。
 無い知恵を絞って、思ったことをそのまま口に出す。
「金銀財宝とかはなかったですけど、それでも無報酬ってわけじゃないからよかったですね桃太郎さん」
「報酬目当てで行ったわけじゃないから金銀財宝はなくてもいいんだけど、何か手に入れたっけ?」
 思い当たる節がない桃太郎は首を傾げる。
「えーと……そう! 『勇敢さ』を手に入れたじゃないですか! 困っている人々を助けるため立ち上がり、誰もが躊躇した鬼退治を成し遂げた。もう誰も桃太郎さんをいじめたり、馬鹿にはできませんよ。
 目には見えないけれど、素晴らしい宝です! 自信もって胸張って帰れます」
 きょとんとした様子だった桃太郎は、言われたことを理解すると嬉しそうに満面の笑顔になる。
 その笑顔のまま桃太郎は歩いてく。
 桃太郎が一歩あるくたびに景色が消えていく。これは物語が終わることを示していた。
 立ち止まり遠ざかる桃太郎を見ている翔太に、玲と大助が近づく。
「お疲れさま」
「お疲れさん」
「……」
 翔太は二人の言葉に反応をみせず、去っていく桃太郎を見続ける。
「俺たちも経験あるな」
「そうだな。協力したキャラクターの目的を達成した笑顔がなによりの報酬だった。無事に帰っていく姿を見るのは少し寂しかったな」
 玲と大助も初めて仕事したときのことを思い出したのか、雰囲気がしんみりとする。
 辺りがすっかり真っ黒になった頃、翔太は帰りましょうと呟いた。

 図書館地下の床に描かれた円が再び輝き、光が収まると玲たち三人が立っていた。
「お帰りなさい」
 幸恵が三人を出迎える。
「幸恵さん、本はどうなった?」
「そうですね……少し話が変わってますが、問題はないかと。何かあれば本部から言ってくるでしょうし」
「それじゃこれで仕事完了だ」
 壁にかかる時計は、すでに閉館時間を過ぎたところを指していた。
 静かな翔太の肩を大助が勢いよく組む。
「よっし飲んで騒ごう。翔太も沈んでないで騒ぐぞ」
 玲も幸恵も反対せずに、何を飲むか楽しそうに話している。
 三人も初めての仕事のときは、先輩に元気付けられた。今度は自分たちが元気付ける番だと、翔太を引っ張っていく。
 二時間後、雰囲気につられたか騒ぎに混ざって楽しく過ごす翔太がいた。

 絵本では語られない桃太郎のその後が数種類ある。
 そのうちの一つ。
 
『桃太郎が鬼を退治したと国中に広がり、その噂は帝にまで届く。
 帝は桃太郎を招き、近衛として召抱えた。
 給金のいい仕事についた桃太郎は、お爺さんお婆さんを都に呼んでともに暮らす。
 近衛となっても困っている人がいると、そこへ出向き問題を解決した。
 感謝の念だけを受け取り、お礼はもらわずに去る桃太郎は、人々に尊敬された。
 器量よしのお嫁さんをもらい、家族四人で幸せに暮らした』
 
 これをみつけた翔太は、幸せになった桃太郎に祝福を贈る。
 聞こえないとわかってはいても、共に過ごした時間で育まれた気持ちが、祝福を贈らせずにはいられなかった。


ee383 at 22:19│Comments(0)TrackBack(0)オリジナル短編 

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