2007年03月02日
十話
<亜紀>
「早く帰ってこーいぃ……」
日空がハンター試験を受けるためにここからいなくなって四日目。
なにかをする気力もすごく減り、ベッドで寝そべるだけ。
離れたら寂しくなると予想はしてたけど、ここまでとは……睡眠時間も減っていらいらするし、落ち着かない。日空に会う前に戻った、いやさらにひどいかもしれない。
いらいらを対戦相手にぶつけても、前みたいに気が晴れることもない。
満たされていたぶん反動がすごい。早く帰ってきてほしい。
今度から一人ではどこかに行けないようにしようか…………だめだめっ日空にも自由は必要だ。それを奪うようなことはしちゃいけない。
沈んだ気分で横になっているとインターホンがなった。いつもなら何も気に障らない音なのに、今はすごく耳障り。
無視しようかとも思ったけど、大事な知らせかもしれないから出る。
10:さらば天空闘技場
<日空>
目の前には懐かしの天空闘技場。ま、懐かしいと言っても一週間もたってないけど。
いつまでも見上げていても何もならないので闘技場に入る。
まずは試合をすっぽかしたことを受付に謝りにいった。受付に謝るのはなにか変かもしれないけど、一言くらい謝罪しておいたほうがいいと思ったから。
急に予定が入って試合ができなくなるのは、珍しいことじゃないので気にしなくてもいいと言ってもらえた。心の広い受付に感謝。あと応援してますって言われた。もしかしてファン? だとしたら嬉しいな。でも気のせいだろな。
次は亜紀に会いに行こう。約束破ったような気がしないでもないから、会うのがちと怖い。
そんなことを思いながら亜紀の部屋のインターホンを押す。
「はい」
「えっと……ただいま?」
インターホンから聞こえてきた不機嫌な声に、ちょっと引きつつ挨拶を返す。
すぐに勢いよく扉が開いた。そう避ける間もないくらい勢いよく。
扉は俺にぶつかって止まった。鈍い音が廊下に響いた。
「大丈夫?」
「痛い」
苦笑いで聞いてきた亜紀に、正直に答えた。
部屋に入れてもらい、濡れたタオルをぶつかった箇所にあてる。
「おかえりっ。無事に帰ってきてよかった。いきなりハンター試験に参加してるなんていうから心配したよ?」
「俺も驚いた。いきなり強くなるとか、強力な念の能力習得とかのイベントはないのに、ハンター試験強制参加っていうイベントがあるとは思わなかった」
ほんと理不尽だ。
まあ非現実に近いけど現実で、ゲームや漫画じゃないから、なんでも突然起こるのは当たり前だけど。
「致命傷な怪我無さそうでよかった」
「ハンターになれたんだけど、それについての感想は?」
「それよりも無事に帰ってきてくれたことのほうが私には嬉しい」
無事を喜んでくれるのは嬉しい、けど苦労してハンターになったことがそれ扱いはなぁ。
それとも念を使えるんだから、合格は当たり前と考えていたのか?
「これで亜紀の仕事についてけるな」
「え? ……そっかハンター証持ってたら一緒にいけるんだ」
「それも理由の一つ。電話したときそう言ったろ。ほら持ってたほうが便利だろ」
「あーそっかそっか」
なんだか嬉しそうに笑顔でこくこくと頷いている。
どんな試験を受けたか話していく。ビスケに会って、闘ったことを話したら驚いていた。一目でいいから会ってみたいそうだ。というかクッキィちゃんの世話になりたいっぽい。クモワシの卵が美味かったと言ったら同意された。んで洞窟の試験のことを話したら怒られた。なんでそんな危ない試験を受けたのかと。怒られそうだなと予想はしてたので、おとなしく怒られる。
その後は、亜紀のときの話を聞いて宿に帰った。
次の日からはまた試合と修行の繰り返し。
そして、こっちにきて一年が経とうとしていた。
亜紀の能力はいまだ発動する予兆もなく、いつ帰ることができるかわからない状態だ。
ちょこちょこと勝ち進んで上った110階での試合に、見事勝利をおさめてファイトマネーを受け取る。
「収入は多くなってきたけど、まだ借金完済には程遠いな」
今回の収入が百万と少し。いままで返した額はまだ半分にも到達していない。それでも生活は、ここ一年の間にずいぶんとましになった。
ちなみに亜紀は、200階にはいかずに190階で勝ち負けを繰り返している。貯金は軽く十億を超しているようだ。これは必要な物を買って残った金額。運び屋に戻るための準備を整えているらしい。初めて会ったときはただの黒い布だったコートが、今は防刃防弾防水防火とバージョンアップしてたりする。ほかにも違法改造っぽいスタンガンとかが部屋に転がっている。うっかり充電中のスタンガンに触ったときは死ぬかと。というかそんなものを当たり前のように床に転がさないでほしい。
「お疲れ〜」
「ただいま。はい、今回は五十万返済」
「まいどあり。じゃあこれで何か美味しいものでも食べに行く? ここを離れる記念に」
「は?」
返済している意味あるのかと思ってたら、何か聞き逃せないことを言ったよ。
どゆこと? もしかして帰れる!?
「えっと帰れんの? 条件が整ったとか何も聞いてないけど」
「帰る? あ〜違うよ。天空闘技場を離れるだけ。能力はまだみたい。帰れるんならもっと嬉しそうに言うって。
日空もそれなりに経験つんだし、多少の荒事は平気っぽくなったからさ、ここにとどまる理由がなくなった。
んで、ちょうどいい機会だから師匠に会いに行こうかなって、聞きたいこともあるし」
「借金返し終えてないから、まだいたいんだけど」
経験もつめてお金も稼げる良い稼ぎ場なんだからもうちょっといたい。せめて借金返して、貯金に余裕ができるまでは。
「私の仕事を手伝ってくれたらちゃらにするよ。
それとも師匠命令で無理矢理連れてく?」
それだされると我侭いえない。それに帰ることのできる人だから、離れ離れになるのは得策じゃないしな。さらば天空闘技場。
心の中で天空闘技場に別れを告げると、それがわかったのか亜紀は明日出発ねと宣言した。
ここ数ヶ月に探して一番美味しいと思った店に行き満足するまで食べたあとは、荷物をまとめて寝た。
翌朝、荷物を抱えて飛行船乗り場に行くときに、世話になった闘技場の受付さんと出会った。
出て行くことを残念がってくれて嬉しかった。またいつか来てくださいねと見送られて天空闘技場をあとにする。再びここに来るとしたら帰られなかったときだろうなぁ。
飛行船に乗って、電車に乗り換え、少しバスで移動したところに亜紀の師匠の住む町はあった。
亜紀は懐かしそうに風景をみながら歩いている。時々、顔見知りらしき人に挨拶をしながら。
十分ほど歩いた頃、亜紀が止まる。
「ここが師匠の家」
目の前には周りの家となんら変わらない家。
亜紀がインターホンを押すと、すぐに玄関が開き家人が出てきた。
あ、ちょっと驚いた。半年くらい前にあった人がいたから。それは向こうも同じらしい。そして亜紀を見て、嬉しそうに微笑む。
とりあえず挨拶かな。
「ハンター試験のときはお世話になりました」
「アキと知り合いだったんですね」
「へ? 知り合いだったの?」
亜紀が不思議そうに俺と師匠さんを交互に見る。
ハンター試験の話はしたけど、どんな試験官がいたかまでは話してなかった。話していれば気づいてただろうな。この人特徴あるし。
「試験官だったんだ」
「そうなの師匠?」
亜紀の師匠はこくりと頷く。
「とりあえず中に入って。いつまでも玄関で話すのもね」
居間に案内されて椅子を勧められる。お茶を出してもらい自己紹介。
亜紀の師匠の名前はミルア=アールクロントというらしい。容姿はドラクエ4のミネアを色白にした感じ。生まれながらに目が見えなかったけど、念で見えるようにしたと教えてくれた。念能力は目を使ったもの、それ以上詳しいことは聞けなかった。当たり前だな。
俺が亜紀と同じ世界出身と知ると驚いたあと、何かに納得した表情になった。
そのあと少し雑談し、今日ここに来た理由を告げる。
「師匠ならわかると思うんですけど、日空に何か違和感感じません?」
「それ、前にミルアさんに言われた。亜紀も気づいてたんだ」
「なんとなくね。それで師匠、わかります?」
ミルアさんの能力で詳しいことがわかるのか。
「やってみないことには。日空さん、以前は気にしないと言ってたけどどうします? 調べてみますか?」
どうするかな、とくに知りたいとは思わないんだけど……まぁいっか。帰るためのヒントになるかもしれないし。
「よろしくお願いします」
「はい。では始めます」
そういうと、もともと目に集まっていたオーラが、さらに集中していく。
視線に質量はないはずなのに、見られている部分に何か触れらているような感じがする。
「日空さん、能力を使ってみてくれませんか」
指示に従って思わずロープを出したけど、能力を人に知られちゃまずいよな。ん? 試験官だったミルアさんはもう知ってるか?
ロープ出したまま一分経過して、ミルアさんが目を閉じた。
「終わりました。能力消していいですよ」
「師匠、どうでした? どこかおかしかったりしたんですか?」
どこかおかしいって何気にひどくないか。病気みたいじゃないか。
「おかしいというか……私は初めてですね、こんなオーラを持った人に会うのは」
オーラ?
「能力を出してもらってわかったことなんですが、日空さんは質の違う二種類のオーラを持ってます。
いえオーラっていうのは違いますね。能力を作る際に使われる力というのかしら。能力を無制限に作れるわけじゃなく制限があるように、その制限に違和感の元があります」
よくわからない。亜紀も同じなのか疑問顔。
「複数の能力をもっている人はいますが、その能力はどれも同じ力から作られていて質が違うということはありません。ところが日空さんは力の質が違う。違うといっても少しだけなので、はっきりとは分からず違和感となっていたんでしょう」
「……二人分の力とオーラを持ってるということ?」
亜紀の疑問にミルアさんは首を横にふった。
「人よりはやや多めだけど、二種類の力とオーラが一人分に収まってます。そしてロープの能力よりも、もう一方のほうが使われている力とオーラが多い。
数字で例えるのなら、全体を十とするとロープに使われているのは一、残りは全てもう一つのほうに使われてます」
少なっ!? 力っていうのはたぶん、ヒソカが言ってた容量とかメモリのことだろ。それが一って貧弱なはずだ。
残りの九が使われてるのは、これだろうな。使い方のわからない鍵を出す。鍵のことなんてすっかり忘れてた。
「これに力のほとんどが使われてるんだよな?」
誰ともなしに聞いてみる。
ミルアさんが頷いて肯定してくれた。
どんなものかわからないものに力の大半がいってるって……虚しいなぁ。
ミルアさんに使い方を聞いてみたけど、当然の如くわからなかった。
なんとなくだけど色が鮮やかになってるか? 始めはくすんだ金色してたような? わかったのはこれくらい。
その夜、亜紀が風呂に入っているときにミルアさんからお礼を言われた。
「いきなりありがとうって言われても」
「そうよね、いきなり言われてもわかりませんね。
亜紀のことでお礼を言ったんです」
亜紀に何かしたっけ? 世話になってるのはこっちなんだけど。
「ここにいたときの亜紀は、こう……たった一人ぼっちっていう感じがして、不安定で寂しそうだったの。いろいろと世話を焼いてみたけど、どうにもならなくて。
でも帰ってきた亜紀は、そんなところがなくなってた。話を聞いて日空さんに会えたおかげってわかった。大げさな言い方かもしれないけど、あなたが亜紀を救ってくれた。だからありがとう」
「俺も亜紀に会えて助かりましたから、お互い様です。お礼なんて言わなくてもいいんですよ」
俺が見た限りじゃ、寂しそうにしてたことはないからちょっと驚き。ああ、でも初めて会ったとき言ってたっけ、寂しいとか申し訳ないとか。そんな様子がまったく見えないから忘れてた。
俺も亜紀の役に立ってたってことか。ずっと頼りっきりだと思ってたんだけどなぁ。