2008年01月13日
10話
「さて今日から、また頑張ろっかね」
「無理はしないでください」
フェノスが帰ってきて、五日経っていた。
俺は、フェノスと親父に説得されて、十分な休養を取らされた。ワイナフ先生のおかげで、怪我は治っているし、ベッドの上でじっとしてたから、体力も十分回復してたのに。心配しすぎじゃないか?
でも、あんなにゆっくりとした時間は、久しぶりだったのもたしか。今日から頑張るための、エネルギー充填期間だと思って過ごした。
「体調は万全! 頑張って借金返すぞ!」
入院や、バウアーさんの協力にかかった費用で、さらに借金増えたんだ。
バウアーさん個人に支払うお金じゃなくて、情報料やフェノスを助け出すさいの人材派遣に、かかった費用だ。
請求書渡されたときは、ちょっとだけ現実逃避したかった。借金の三分の一の額が書かれていたから。
かわりに、今回の返済期日を五日伸ばしてくれた。ちょうど休んでいた日と同じで、稼げてない日を埋める感じで助かった。
「今日は何階に行くんですか?」
「今までどおり、今行ける最高の階に行くつもりだけど?」
六十六階まで登ってたから、そこに行くつもり。
「病み上がりですから、もう少し下の階層で、様子を見てはどうです?」
「病み上がりって言っても、十分休んだよ? さっきも言ったように、体調万全!」
その場で軽く跳ねたり、腕をクルクル回して、元気さをアピール。
「それでも、万が一という可能性もあります」
「んーわかった、六十階でいい?」
「もっと下でもいいと思いますけど」
「これ以上は、さすがに稼ぎが悪くなるよ」
鈍った体を慣らすためだと、言われれば納得するけど。でも、そんな理由で階層を下げろって言ってるんじゃない気もする。
「そう……ですね。我侭言って、すみません」
「心配してくれたんだろ? それを我侭とは、言わないと思う」
頑張りすぎてたときのことが、不安材料になってるのか? あんな無茶は、もうしないと思うけど。確約できないけどな。
なんとなく変に感じるフェノスと一緒に、移送陣へと向かう。
そろそろ、冬が近づいてきて気温が下がってくる時期。しかし、デザーダスの中は、暖かい。
塔の中も季節の影響は受けるようで、温度の上下はあるけど、デザーダスは基本的に気温が高めで、下がったと言っても春の午前中くらいの暖かさ。
「魔物がでなかったら、すごく過ごしやすいんだろうなぁ」
「そうですねぇ。のんびりとお茶でも飲みながら、過ごしたいです」
シートでも敷いて、その上に茶菓子でもおいてか、いいねぇ。
そんな想像に浸っていたいけど、そうも言ってられないようだ。
前方に魔物の姿が見えた。横を見ると、フェノスも発見していたようで、戦闘準備を始めていた。
勘が鈍っていると前提して、無理なくいこう。まずは、魔術で遠距離攻撃っと。こっちの攻撃にあわせて、フェノスもエネルギー弾を飛ばす。
こっちに気づいた魔物が接近する前に、フェノスに提案する。
「一体ずつ、撃破していこう」
「了解」
即座に頷いてくる。その言葉にさっきまでの温かみはない。逆に、冷たすぎる感じがする。
その感じを戦闘中に追求する暇があるわけなく、わからないまま戦闘は進んでいった。そして怪我もなく、無事に終った。
ただ、フェノスがやりすぎ? いつもより念入りだった。
最後まで手を抜かず、確実に仕留めるため、必要以上の威力でとどめをさしていた。確実にこしたことはないけど、以前はこんなことなかった。
「フェノス?」
「なんでしょう?」
返ってくる返事も硬い。なんていうか、初めて会ったときのフェノスか、それ以上。
どうしてなのか、さっぱりだ。原因がわからない以上、どうしようもないので、とりあえず保留しておくことにした。
アイテムを拾って、先に進む。たいして疲労していないので、休憩は必要ない。
周囲をいつも以上に警戒するフェノスのあとを追う感じで進んでいく。
「トロン」
「なに?」
「魔物発見です。戦闘の準備をしてください」
「わかった。それで、どんなのが何匹で、どっちから?」
大型の魔物が一匹、この先にいるらしい。聞くかぎりだと、初めて遭遇する魔物だ。どんな攻撃するかわからないから、慎重にいこう。
俺たちがいると悟られないように、静かに移動する。
だけど、向こうもこっちには気づいていたみたいで、警戒してこっちに近づいていた。
見た目は、二mを越すゴリラ。体毛が青で、体つきもたくましい。うかつに近づくと、力で叩き潰されそうだ。
さっきと同じように魔術で攻撃。フェノスもエネルギー弾を準備している。
魔術を放とうとしたとき、ゴリラが近くにあった岩を掴んで投げてきた。
勢いよく飛んでくる岩を、横に跳んでかわす。
「フェノス!」
「大丈夫です、避けました」
名前を呼ぶだけで、何を言いたかったのか理解してくれた。
「避けることを重視して、戦おう。一発でもくらったらやばそうだ」
「わかりました」
二人でがかりで、ゴリラを翻弄しつつ戦っていく。どちらかが攻撃をしかけるとき、もう一方が注意を引き、攻撃を当てやすく、そして即座に逃げやすくする。
コンビネーションで攻めて、ゴリラが満身創痍になり、そろそろ戦闘がおわるかなといった頃、ゴリラは自棄になったのか、両腕を滅茶苦茶に振り回す。
もちろん、そんな大振りの攻撃は、簡単に避けた。でも、その腕に当たって飛んできた石までは、避けることができなかった。
「痛っ」
腕を掠めた石は、酷い擦り傷をつくる。
「大丈夫ですかっ!?」
暴れるゴリラのそばを駆け抜けて、フェノスがこっちへときた。
「これくらいの怪我は、以前もしてたよ、大丈夫。
それよりも、危ないだろ、あんなののそばを通ってこっちにくるなんてさ」
当たってたら、いくらフェノスの防御が硬いといっても、えらいことになってたよ。
「トロンが怪我したと思ったら、危ないなんて考えられなくて」
こんなに心配そうな顔のフェノスは初めて見た。というか、さっきまでの表情とえらく変化しすぎじゃないか?
なんて考えてる暇はなかった。ゴリラがこっちを向いた。
「フェノス、まだ戦闘中! くるよ!」
フェノスは表情を引き締めて、ゴリラに向き直る。そこに、さっきまでの冷酷さはなかった。
戦闘後、倒れふしたゴリラは消え、宝石っぽい鉱石が残った。
「ラッキー、なんかレアっぽい。高く売れそうと思わない?」
「今はそんなことよりも、傷の治療のほうが大事です」
そう言いながらフェノスは急いで、鞄から傷薬と包帯、消毒液、水筒、ガーゼを取り出す。
怪我をした箇所を水で洗い流し、消毒液を染みこませたガーゼを当てる。傷薬を塗りこんで、包帯を巻く。
この作業をフェノスは丁寧にかつ、素早くこなす。
「骨に異常は感じますか?」
「いや、この擦り傷だけで、骨はなんともない」
「そうですか。
怪我もしたことですし、今日はここまでにしませんか?」
早っ! 早いよ。塔に来て、まだ二時間も経ってない。
「さっきも言ったけど、これくらいの怪我は以前もしてただろ。
そのときは、帰るとか言わなかったじゃないか」
「それはそうなんですが、今は帰ったほうがいいと思うのです」
「もうちょっと回ろう。このくらいの怪我は、当たり前のことだし」
「……わかりました」
渋々といった感じだな。
でも今回は、無茶したわけじゃないから、探索を続けても問題ないはず。フェノスが心配のしすぎなんだ。
少しだけ休憩して、出発。
「罠だ」
通路の先に違和感を感じて、調べると罠があった。最初の頃は、フェノスに頼りきりだったことが、自分でも当たり前のようにできるようになった。成長してるって実感できる。
さらに成長を確かめるため、解除しよう……と思ったんだけど。
「トロン、止まってください」
「うん?」
フェノスの言葉につられて止まる。
フェノスは、腕をすっと上げて、罠へと向ける。何をするんだろうと思っていたら、エネルギー弾を罠へと発射した。そしてそれは、地面にぶつかる。
壁から煙が噴射される。
エネルギー弾が衝突した衝撃で、罠はあっさりと発動した。
「なんで発動させたん?」
呆れと驚きと困惑を抑えて、フェノスに聞いてみる。
「近づく前に発動させてしまえば、危険はなくなるからです」
「どんな種類か、わかってた?」
「いえ」
「もしかすると、広範囲に及ぶ罠だったり、どこかの隠し部屋を開くためのスイッチだったかもしれないんだけど?」
初めてかもしれない、フェノスのキョトンとした顔見たの。
今日は、初めてが多い日だ。
「それは、考えつきませんでした。ただ危険を排除しようとしただけで」
……本格的に、フェノスのことを考えなくちゃいけないか?
今まで、そんなミスしなかったろ?
「今日はもう帰ろうか」
「私は賛成ですが、急にどうしたんですか?」
「……いや、今日はウォーミングアップってことにしとこうかと」
「そうですか」
フェノスの同意も得られたから、移送陣にむかう。
横を歩くフェノスをちらりと見る。んー……見た目は、どこもおかしくない。家に帰ったら、直接聞いてみるか。
ケーキと紅茶をテーブルに置いて、三時のおやつの準備完了。
フェノスがケーキを見て、目を輝かせてる。やっぱり、いつもより過剰な反応。
「食べても?」
「いいよ」
「いただきます」
フェノスは、美味しそうにケーキをほうばる。美味しそうに食べるから、俺も食べたくなった。話は食べたあとでいいか。
少しだけ、ケーキを食べる音、紅茶を飲む音のみが響く。
一息ついたところで、本題にいこう。
「今日、フェノスの様子おかしかったよね?」
決めていたとおり、ストレートに聞いてみた。
「そう……ですか?」
「うん、以前ならしないような行動が多い。成長したとはまた違うような感じをうけたよ」
なんていうか、不安定? 以前に戻ったり、見たこともない反応見せたり。
じっとフェノスをみつめる。そのまま一分近く、そのままでいる。
観念したようにフェノスが口を開いた。
「トロンの言うとおりなんでしょう。
ユミリアに助けてもらった日から、感情のコントロールがききません」
感情なんて、そう簡単にコントロールできないけど、もてあましてるってことか?
「ずっと、このままなんでしょうか? もしそうだとすると、トロンにまた迷惑かけることに」
「迷惑とか考えないでいいけど……いずれ慣れると思う。
一時的に、感受性とかが強くなってんじゃないのかなぁ。それで、受けとった情報をもてあましてる?」
俺が思いつくのは、これくらい。
「……慣れる……」
「完全に慣れるなんてことはないと思う。それは、感情を完璧にコントロールできてるってことだから。誰もそんなことは、できないと思う」
「誰もがこんなに不安定なんですか?」
「大小の差はあるけどね。しだいに表現の仕方を覚えていけばいいさ」
「できますか?」
「うーん……できるできないじゃなくて、自然と覚えていくものだと」
「自然と」
「今までだって、フェノスは少しずつ成長していったでしょ? それと同じ」
「私は、すでに経験していたのですか」
硬かったフェノスの表情が、少し和らいだものになる。未知のものじゃないとわかって、少し不安がはれたのかな。
このあと、夕飯を買いにいったときも、過敏な反応は見られた。
でも、危険があるわけじゃないとわかっているので、塔の中よりは落ち着いていたっぽい。
すでに知っていることなのに、自らの受け取り方が違うのが楽しいらしく、ときどき笑みがこぼれていた。
楽しむって事は、余裕が出てきだしたってことだろうから、いいことだと思う。
数日後、フェノスは日常生活では、過敏な反応を見せることはなくなった。
日々の生活を当たり前のものとして、受け入れることができるようになったんだろう。
この数日がフェノスにもたらしたものは、たぶんいいものだったと思う。
フェノスが聞かせてくれる歌に、深みがでたから。もとから好きだったフェノスの歌が、さらに好きになった。