2008年01月26日
12話
塔に行き始めて、一年が経った。忙しい毎日で、月日が過ぎていくのが早い早い。
今Lv132で、デザーダス120階に挑戦中。
装備もさすがに、始めの頃とは違う。80階の隠し部屋でみつけた金貨20枚分の宝をつぎ込んで、買った装備。
防具に重点を置いて買ったため、武器はたいしていいものじゃないけど、フェノスは自前の武器がある。俺のぶんも、お金を貯めて買えばいい。
防具は、篭手とブーツは同じカフェイド合金製のものを選び、鎧は別々のものを選んだ。俺は質のいい鉄の鎧。全身鎧じゃなくて、前掛けのような部分鎧のタイプ。フェノスは、衝撃を吸収するという布を使ったクロースアーマー、ところどころに金属の補強がついていた。
武器は、普通のバトルアックスに換えただけ。いまさら剣に換えても、扱い方がよくわからない。それで、馴染んでいる斧系の武器を選んだ。フェノスも前から使っているバスタードを、研いでもらっただけ。攻撃力が上がっただけ、よしとしないとね。
実際、装備を換えただけで、ずいぶんと楽になったし。調子に乗って、一日で10階踏破なんてこともやった。
稼ぎもよくなってきて、順調に借金を返せている。親父も大きな借金はしてないし。
すべて順調にいってた。そう、今日の少し前まで順調だったんだ。
いい加減、現実逃避な回想はやめるかなぁ、もしかすると気の早い走馬灯?
戦うフェノスを見ながら、くらくらする頭を叩いて、立ち上がる。
「きっついわぁ」
尻尾に叩き飛ばされ、倒れたとき口に入った砂を吐き出す。口の中を切ったのか、唾に少し赤いものが混じってる。
鎧は凹んでるし、篭手にもひびが入ってる。防具が守ってくれたおかげで、たいした怪我はないんだけど。
少し体が震えてるのは、ダメージうけたからじゃなくて、たぶん恐怖からだろう。だって目の前にいるのは、最強の一つとして数えられる竜だ。
救いがあるとしたら、竜の中でも下位に属するタイプだってことか? それでも黒い皮膚は硬いし、牙と爪は簡単に鉄に傷を入れる。振り回される尻尾も厄介で、炎も吐いて、どないしろと!?
現状を簡単にまとめると、120階探索中、大部屋に入ったら、通路への出入り口すべてが閉じた。地面の中から4m強の黒い竜出てきて、驚いた! こんな階層で出てくる敵じゃない! といったところだ。
それでも、戦わないといけない。逃げ道はないし、逃げるときにできる隙をこいつが見逃すとも思えない。死にたくないし、なによりフェノスが諦めず戦ってる!
女の子が頑張ってるのに、諦めたりしたら、男がすたる。根性見せろ男の子ってやつだ。
よしっ気合は入れた! かみ締めた歯に、じゃりっとした感触が伝わってくる。全部は出せなかったか砂。
「フェノス! 尻尾落とそう! 攻撃手段一つ一つなくしていこう!」
こちらを見ないし、返事もないけど、伝わってると信じる。
その場に留まり、魔術を使う。使うのは、ハングボール。以前よりも、早くなった準備速度、多くなった水球は成長した証。
狙うのは顔、目と口を重点的に狙う。的が大きいから、狙いはつけやすい。目を狙うのは、視界を歪ませて、こちらへの狙いをそらすため。口は、炎の威力を落とすため。こちらは、あまり効果なさそうだけど、やらないよりはましだと思う。
「ハングボール!」
水球が竜を目指して飛ぶのと同時に、俺も竜へと接近する。先に、尻尾に攻撃していたフェノスと同じ箇所へと、両手で持ったバトルアックスを叩きつける。フェノスと同じ箇所へと攻撃しただけあって、竜の皮膚は脆くなっていた。斧の刃は、皮膚を裂いて食い込んでる。
いままでで一番のダメージを受けた竜は、暴れる。滅茶苦茶に振り回される尻尾や爪を、避けるのは難しいので、一度離れる。そのさいに爪が掠った。鈍い衝撃が伝わって、それだけで鎧が裂けて、下の布地が見えていた。それが、一撃でもまともに喰らうと、即アウトだと示す。
一方竜も暴れたせいか、尻尾の傷はさらに酷くなっている。
「もう三回くらい、攻撃すれば尻尾は落とせそうだね」
「はい。そのあとは、いつも大型を相手するときと同じように、足を攻撃して機動力を削ぐ、でいいですか」
「うん。それと今のうちに、炎対策しとこう」
完全には防げないだろうけど。
もう一度魔術を使う。
「ウォーターカーテン」
俺とフェノスそれぞれの肩辺りに、水の塊が現れる。炎がくると、この水が膜を作って防いでくれる。でも、どれくらい防いでくれるかは、わからない。
「トロン! きます!」
フェノスに促されて、竜を見ると、その口の奥に赤い明かりがポッと宿るのが見えた。
即座に動いて、炎を避ける。俺たちがいた場所めがけて、一直線に炎が走った。この炎にもウォーターカーテンは、反応して膜を張る。
膜が熱を吸収してくれたのか、炎は近くを通ったのに、熱さはなかった。ただし、そのぶん水は蒸発して、塊は小さくなった。
その場で立ち止まっても、どうしようもないからな。また尻尾を叩くため、近づく。
竜も尻尾狙いだとは、気づいているんだろう。小さな炎や足で牽制して、俺たちを近寄らせようとはしない。この距離なら、尻尾を使って攻撃するのが有効的なんだけど、負傷している尻尾を振り回す気はないみたいで、助かった。
フェノスからエネルギー弾が飛ぶ。竜がそっちを気にした隙に、尻尾へと走る。俺に気づいて牽制しても、今度はフェノスが近づいてる。
そうやって、徐々に近づいていって、尻尾に攻撃していく。
竜が叫び声を上げる。その竜のそばには、落ちた尻尾がある。
ようやく目的の一つを達成か、先は長そうだ。これで攻撃手段を一つ潰したわけだけど、中距離の攻撃手段なくしただけでも楽になる。離れれば、炎だけに集中すればいいから、少しは休憩がとれるかも。
「次は右足に集中!」
「わかりました」
こっちに顔をむけず竜の動向に気をむけながらも、返事が返ってくる。
再び、さっきまでと同じ行動を繰り返す。攻撃を避け、注意を引きつつ、できた隙をチャンスとして、一撃を加え、即離脱。
ただの単純作業だけど、気力はどんどん磨り減っていく。
知能はそれほど高くなさそうな竜だけど、それでも馬鹿ではなく、コンビネーションに気を取られることが少なくなっていった。
それは攻撃のチャンスが、減っていっていること。
それでもなんとか、足を潰すことには成功した。
「これでもっと楽になるっ」
これで少し気が緩んだんだのだろうか? 集中していてあまり感じなかった疲労が、いっきに襲ってきた。
がくんと足が曲がり、明らかな隙ができる。それを竜は見逃しはしない
使えないはずの足を無理矢理動かし、俺に向かって突進してきた。
少し離れた場所にいたフェノスが、こちらにむかってはいるけど、竜のほうが速い。
それでも声は届いた。
「後ろに跳んで、衝撃を減らしてください!」
後半は聞こえなかったけど、その指示に従って後ろに跳ぶ。そこに竜の左足が迫ってきて、俺を蹴り飛ばす。
ボールのように飛ばされた。こんなに滞空したのは、初めて。飛ばされている間、ぼんやりとそんなことを考えていた。
すぐに地面へと叩きつけられて、体全体を衝撃が襲う。痛みだと気づくのに、二秒ほどかかった。あまりの痛みに、体が認識を拒否した感じ。それでも、痛みは躊躇なく俺を襲う。
「ああああああっ」
痛みの呻きを優先されて、息ができないっ。肺の空気を全て搾り出して、ようやく呼吸ができるように。
竜のことも、塔にいることも、フェノスのことすら、頭から消えて貪欲に酸素を求める。
そうしているうちにも、事態は進んでいて、気づいたときにはどうしようもなかった。
視界が朱と橙が混じった色に染まる、次に再び痛み。
広範囲に吐き出した竜の炎に焼かれたのだと、痛みを感じる頭の隅で思い至った。
運がいいとすれば、直線に吐き出される炎ではなかったことと、わずかでもウォーターカーテンが残っていたことか。
炎に触れられたのは二秒ほど。収束された炎ではなく、拡散された炎だったおかげでギリギリだけど、致死にいたるダメージではないことは、幸運だった。しばらく動くことは、できそうにないけど。
「恰好の的だなぁ」
ピンチなのに、落ち着いた声が出た。余裕というわけじゃなくて、少しだけ湧いてきた諦めが原因。
視界の端に、竜の気を引こうと攻撃を仕掛けるフェノスが見える。その表情は必死さに溢れてる。
でも竜は、そんなフェノスを無視して、炎を吐くため大きく息を吸った。体は俺を向いていて、狙いは完全に俺だ。
「駄目かなぁ」
竜の喉奥が赤く灯るのを見ながら、そんなことを呟く。
痛いのは嫌だな。完全に諦めが心を支配する。
竜の喉奥がさらに赤く染まって、すぐにでも炎を吐き出すだろうと思ったとき、フェノスの大声が聞こえてきた。
「やらせないっ!」
そのすぐ後に、今までで一番大きなエネルギー弾をフェノスは放ち、竜にぶち当てる。
頭部にエネルギー弾を受けた竜は、その部分だけ焦げつき煙を上げて、ゆっくりと倒れていく。
生命力が強そうで、まだまだ体力がありそうだった竜は、フェノスの渾身の一撃を受けてあっけなく沈んだ。
「助かった? うわぁもう駄目だって諦めたのに。
フェノス、ありがとね」
……返事がない。
諦めがどこかへ消えたら、少しだけ動くようになった体を動かして、フェノスを探す。
探す必要もなく、すぐにみつかった。腕を突き出して、エネルギー弾を撃ったままの姿勢なんだろう、ピクリとも動かずにいるフェノス。
急いでフェノスのところに行きたいけど、思う通りに体が動いてくれない。ゆっくりと足を動かして、やっとフェノスのもとへとたどり着けた。
近づいてわかったけど、フェノスもぼろぼろ。特に突き出している手は、真っ黒に焦げてる。これだけでも、最後の一撃は無理したんだなとわかった。目は開けたままで、竜のいた場所を睨みつけるように見上げている。
俺が諦めているとき、フェノスは諦めずにいたんだと思うと、申し訳なさが沸々と湧き出してくる。
「ごめん、んでもう一度言う、助けてくれてありがとう」
さっきよりも、心が込められていると確信を持てる。
フェノスは反応しない。さっきは聞こえてなかっただけかもしれないけど、今は近くにいて聞こえないということはないはず。それに少しも動かないけど……。
「フェノス?」
フェノスの肩に手を置いてみた。その軽い衝撃で、フェノスは地面に倒れていく。
なんとか支えて、そのまま地面に倒れることはない。ただ、フェノスはゴーレムで、見た目以上に重さがある。ボロボロな体で、そのまま支え続けることは無理だった。
「どうしたんだよ、フェノス」
もう一度呼びかけるも、反応なし。
死という考えが浮かびかけ、それを何とか誤魔化す。
「すぐ帰って親父に診てもらうから!」
聞こえてない可能性も思い浮かばず、声をかけてフェノスを背負う。そして、そのまま前のめりに倒れる。なんとか体を動かしていたってことを忘れて、地面を這いずり前に進もうとする。
落ち着いて考えれば、休憩しながら傷の治療をしたあと動いたほうがいいってわかるのに、今の俺にはフェノスを連れて帰るということしか頭にない。
五mを十分かけて這いずってようやく、頭が少し冷えてきた。
「なにやってんだ俺っ」
鞄の中から、もしものために買っておいた高価な回復薬を取り出し、飲み込む。すぐに薬の効果は現れて、いくらか体が楽になって、動きやすくなる。
背負ったままのフェノスを、そっと地面に寝かして、傷薬などを取り出す。乱雑に治療しているとき、竜のいた場所に灰色の布っぽい何かが落ちているのが見えた。
「あれは竜を倒して出たアイテム?」
こんな苦労して、何もないって言うのも癪だ。拾っておこう。
五分ほど休憩したおかげで、さらにましになった体を動かして、アイテムを取りに行く。
またフェノスを背負い歩き出す。さっきの何倍ものペースで歩いていける。いつもに比べたら遅いけど、それでもさっきより早く帰れる。
焦って時間を無駄にしたことを、後悔したくなるけど、今はあとまわし。少しでも早く親父にフェノスを診せるっ、これが第一。
塔から出て移送陣に立つと、ぼろぼろな俺たちを心配した人たちが、手を貸してくれる。
協会の医務室へと、連れて移行する人たちに断りをいれて、家まで連れて行ってもらう。
親父にフェノスを託したところで、俺の意識は途切れた。