2008年08月16日
東方SS 暑い日には冷たいものが美味しい
今日も今日とて太陽が頑張ってあっつい日だ。
陽の下にいると動かなくとも、じわりと汗が滲み出る。
博麗神社でも、朝少しでも涼しいうちに用事を済ませた霊夢が、暑そうに水出し緑茶を飲んでいる。
風のよく通る縁側、その日陰部分でまったりとしている霊夢とは違い、萃香がうんうんと唸って畳みに寝転んでいる。
少し無視していたが溜息一つ吐いて霊夢は話しかける。
「どうしたのよ?」
「お腹が〜」
「すいた?」
博麗神社には食料があるので、顔をしかめ苦しむほどに空腹にはならない。
「違う〜」
「なら痛いの? なんでよ?」
朝のうちは元気に酒を飲んでいて、体調を崩すようには見えなかった。
まさか飲みすぎや酒に悪酔いしたわけでもあるまいと、霊夢は不思議そうな顔を見せる。
「朝暑かったから、たくさん冷たいお酒飲んで」
「飲みすぎてお腹冷やしたの? 自業自得じゃない」
「く、薬ない?」
「ないわ。寝てなさい」
「……痛くて眠れないよ」
「仕方ないわねー」
そう言うと霊夢は袖に手を入れる。
萃香は鎮痛剤でも出てくるのかと期待したが、それを裏切って出てきたのは針。
弾幕ごっこに使うぶっとい針。
萃香の本能が逃げろと信号を発する。それを抑えて、鍼灸用かなと一縷の望みに縋ってみたりして霊夢に聞く。
「そ、そんなの出してどうするの?」
「気絶すれば痛くないわよ」
望みが叶うことはなかった。
萃香が体を動かす前に霊夢の腕が素早く動いて、お見事っと声が聞こえてきそうなほど綺麗なフォームで放たれた針はスコーンっと萃香の額に命中した。
白目をむいて倒れた萃香の目を閉じる。敷いた布団に萃香を寝かせて、霊夢は再びお茶を飲もうと座布団に座る。
罪悪感は皆無だ。むしろいい仕事したと思わせるような表情だ。
湯のみを手に取るときに、萃香がいつも持っている瓢箪が目に入る。
そして自分が手に取った湯のみを見る。中にあるのは温くなったお茶。
「冷たいお酒飲んでって言ってたっけ」
朝から萃香が持っていたのはこの瓢箪のみ。ならば冷たいお酒はこの中なのだろうと思う。
鬼のもつ瓢箪だ。中身の温度変化くらいは簡単にできるのだろう。
こう暑いと冷たいものが飲みたいもので、それはお茶が好きな霊夢といえど同じ。
「少しくらいならいいわよね?」
緑茶を飲み干して、瓢箪のふたを開けて注ごうと傾ける。
しかしいくら待っても酒は一滴も出てこない。
「おかしいわね?」
中身が入っている重さだし、揺らすとチャプチャプと音が聞こえてくる。
それを確認してもう一度傾けるが、出てこない。
首を捻る霊夢。
遊びに来た魔理沙がその様子を目撃した。
「なにしてるんだ?」
「魔理沙、今日も来たの」
「来たんだぜ。家よりはここのほうが風通しがよくて涼しいからな」
「そう」
「そんなことより、萃香の瓢箪持って何してるんだ?
昼間から酒盛りか? だとしたら混ぜてくれ」
「違うわよ。ちょっとだけ冷たいお酒が飲みたかっただけ。
でもお酒出てこないのよ。ほら」
事情を簡単に説明して、瓢箪を逆さにして振ってみせる。チャポンと音がするだけで、水滴すら出てこない。
「ほんとだな」
「魔理沙魔法使いでしょ? なんとかならない?」
「普通の魔法使いだからな、壊すことくらいしかできないぜ」
「普通のってつくんだから、便利な魔法使えそうなのに」
霊夢に瓢箪を渡すようにジェスチャーで伝え、瓢箪を受け取る。
魔理沙は瓢箪をぺたぺたと触ったり、揺らしたり、こんこんと叩いたりしていく。
「やっぱり萃香しか使えないんじゃないか?
私のミニ八卦炉やお前の陰陽玉とかと同じようにさ」
「そうなんでしょうね」
残念そうに同意する。
「飲みたいのなら萃香に頼むしかないだろ。
萃香は……」
少し視線を動かし額に針が刺さったままの萃香を発見する。
「あれはお前がやったのか?」
「ええ、お腹が痛くて眠れないって言うから寝かしつけたのよ」
「いや、あれは寝かしつけるとかいうレベルじゃないぞ。
あれだとしばらくは置きそうにないな」
針を抜いてやろうとか介抱してやろうとか思わないらしい。
萃香ならばあれくらい大丈夫という、大雑把な信頼のあらわれか?
「どうにかしてお酒出ないかしら」
「私も不可思議な道具には興味はあるからどうなっているか知りたいけど、無茶すると壊れそうだし。
壊すと確実に萃香は暴れるだろうな」
二人の脳裏に巨大化して火を吹き暴れる萃香が浮かぶ。
大事なものを壊されては、スペルカードルールに従うこともないだろう。
怒りのまま暴れる萃香はやっかいなだけではすまないと、二人は同時に考える。
そんな萃香の相手することを考えてぞっとしたおかげで、少しだけ涼しくなった。
思いがけず涼をとれた二人は、今酒を飲むのは諦める。
「面倒なことはごめんだわ」
「私もちょっと相手したくないな」
「私と同じものでいいわね?」
「ああ、それでいい」
霊夢は水出し緑茶を作るため立ち上がる。
魔理沙は瓢箪を萃香の枕元にそっと置いて霊夢を待つ。
瓢箪は攻撃に使うこともあるので、ちょっとの衝撃でも壊れはしないのだが念のためだ。
一時の贅沢よりも平穏を選んだ二人は、ゆるゆると吹く風に当たりながらお茶を飲む。
ちなみに一時間後に目を覚ました萃香に冷酒を出させて、お酒を飲むことに成功していた。