2008年08月30日
東方SS 母と子
*オリジナル設定あります
ご注意ください
紅魔館には吸血鬼が住む。それはいまさら言うことでもない。
ほかに魔法使い、妖精、悪魔、妖怪、人間も住む。その中に妖怪ということ以外種族がいまいち不明な美鈴もいる。
妖精はわからないが、妖怪と吸血鬼は人を食料とする。
だが咲夜が入ってきた頃から人間を食事として出すことはなくなった。
レミリアとフランドールは血を飲まなくてはいけない。吸血鬼が血を飲むのは当たり前のことだ。
それは咲夜もわかっていて、嫌悪感を感じることなどない。
けれども人の部位がそのまま食事にでるとさすがに精神的にきつい。それが理由で、紅魔館で働き始めた頃ストレスから倒れたことがあった。
そんなことがあり美鈴の提案で食事を変えることになった。レミリアも承諾した。
どうしても人間を食べたい者は屋敷外で隠れて食べるようにと命令されている。その命令は今も有効だ。
いきなり食事を変えるといっても作ることのできる者が美鈴以外いなかった。
お菓子の作り方とお茶の入れ方は吸血鬼に仕えるたしなみとしてマスターしていたが、食事については煮る焼くくらいしかできない者が多かった。
そこで美鈴が食事係に料理を毎日教えていった。
時間が経つと作る側の腕も上がり、人間が食べる物にも慣れ、人を食べる者はほぼいなくなった。
美鈴は今食料を運び込む手伝いをしている。
前述のことから定期的に食料を仕入れている。それが今日届いたので手伝っている。
「ありがとうございます門番長」
「気にしないでいいよ。さっさと運び込もう」
美鈴たちはてきぱきと動き食料庫に食材を運ぶ。
食料庫はパチュリーの魔法によって一年通してずっと温度が低い。
全て運び終えると、タイミングよく咲夜が頼んでいた食材全て届いているか確認にきた。
「あら? また手伝っていたの?」
「ええ、少し暇でしたから」
「休憩中だったのね。きちんと休まないと駄目じゃない」
「今日はただ立っているだけでしたから疲れてませんよ」
「そんなこと言って仕事中に寝てたら、またナイフを飛ばすから」
「あははは、いやー最近は暑さが緩んで昼寝にはちょうどいいんですよ」
「年中似たようなこと言ってるわよ」
小さく溜息を吐いて咲夜は確認作業に移る。
「では、私は仕事に戻りますね」
仕事の邪魔をしないようにと倉庫出口に向かう。
「さぼらないように」
「善処します!」
真面目なふりで答えた美鈴は門へと駆けていった。
その背にメイドたちが手伝ってくれたことの礼をもう一度言っていた。
「門番長っていつも優しいねー」
「うんうん! しかも親切を押し付けるようなことはなくて、こう自然に助けられてることが多いよね」
「私も体調が悪いとき午後から休みになったんだけど、それも門番長が手配してくれてたんだって。
あのときは嬉しかったなぁ。
メイド一人のこともきちんと見てくれてるんだって感激しちゃった」
「はいはい。おしゃべりはそこまでにして仕事に戻りなさい」
パンパンと手を叩いて咲夜はメイドたちの会話を止める。
メイドたちも気分を切り替えて仕事へと戻っていく。
「お疲れ様、夜番頑張って」
「はいっお疲れ様でした!」
今日の仕事を終えて美鈴は、夜番に声をかけて屋敷へと向かう。
向かった先は自室ではなく図書館。
扉を開けた美鈴を出迎えたのは笑顔を浮かべた小悪魔。
「いらっしゃいませ」
「そろそろだと思ってきたんだけど」
「はい。少し体調が悪くなってます」
二人は話しながら図書館の主のもとへ向かう。
図書館の中は小悪魔が灯した魔法の明かりに部分的に照らされている。
今二人が歩いている場所ともう一箇所以外は光が届かず暗い。
明かりを灯したもう一箇所に、魔法の明かりに照らされたパチュリーがいる。
いつものようにパチュリーは専用の椅子に腰掛けて本を読んでいる。
「パチュリー様、美鈴さんがきましたよ」
「もう少し待って」
本から目を離さず小悪魔に答える。
小悪魔としては従いたいのだが、経験上もう少しが二時間になったことがあるので従うことはなかった。
パチュリーから本を取り上げ読書を強制的に中断させる。
そんなことをすれば攻撃用の魔法の一つでも飛びそうだが、その前に小悪魔は美鈴の後ろに隠れた。
「小悪魔。でてきなさい」
「でたら魔法使うじゃないですか」
「まあまあ、小悪魔さんも意地悪な考えから邪魔したんじゃないですし」
美鈴が指先に炎をまとわせたパチュリーを宥める。
パチュリーは小悪魔を軽く睨んで炎を消す。
「それでなにをしにきたの」
「いつものマッサージですよ。そろそろ体調が悪くなってくる頃だと思いまして」
「まだ大丈夫よ」
「駄目です! 病気だってなりはじめに治したほうがいいんです。
パチュリー様はたたでさえ病弱なんですから、定期的な治療をするくらいでちょうどいいんです。
というわけで美鈴さんお願いします」
「はい」
小悪魔は図書館管理のほかにパチュリーの健康管理も担っている。
健康管理は小悪魔の自主的な仕事だが長いことパチュリーのそばにいるので、パチュリー自身の言葉よりも信憑性がある。
だから美鈴はパチュリーの健康状態に関しては小悪魔の言葉に従うのだ。
「失礼します」
「大丈夫だって言ってるのに」
断りを入れてパチュリーを抱き上げる。お姫様だっこというやつだ。
パチュリーは口では抵抗するものの、それ以外に具体的な抵抗はみせずされるがまま。
自分を思っての行動だとわかっているし、マッサージが楽しみの一つでもあるのだ。でもそれを素直に表すのは恥ずかしいので、口先だけで抵抗してみせる。
美鈴はそのまま小悪魔が準備したベッドにパチュリーを寝かせる。
始めは全身を丁寧に揉み解していく。次につぼを刺激していく。最後に体に負担をかけない程度に整体をして終わりだ。
これらを一時間以上かけて行った。
その際に気を操作して、気が滞っている箇所もなくしていく。
痛みを感じさせないマッサージでパチュリーはリラックスしきって、いつもマッサージの終わりには眠っている。
今日も同じで、美鈴は眠っているパチュリーを起こさないように静かに動き布団をかけて、小悪魔と一緒に離れる。
明かりを消した部屋にパチュリーの寝息が広まり暗闇に消えていく。
「ありがとうございました」
「いえいえ。
次は小悪魔さんの番ですよ」
「私ですか?」
美鈴の言葉に小悪魔はこてんと首を傾けた。
「少し疲れてるでしょう?
だからマッサージです」
「私はいいですよ」
両手を振り遠慮する。
「駄目です。パチュリー様に言ってたでしょ? 病気はなりはじめに治療するのがいいって。
それと同じことですよ」
そう言われると断りきれず小悪魔もマッサージを受ける。
パチュリーのときほど丁寧ではないがそれでも三十分以上のマッサージで、小悪魔は体が軽くなったような感じがした。
夕食を食べに食堂に行く小悪魔と別れ、美鈴は汗を流すため風呂に向かう。
のんびりと湯に浸かりさっぱりしたあとは食堂へ。
ほとんどの者が夕食を終えたのか、食堂には人が少ない。
ご飯を食べていると咲夜が隣に現れた。
「ここにいたのね」
「探してました?」
「お嬢様から用事を言いつかってね。
あっ今じゃなくて食べ終えたあとでいいわ」
食事する手を止めようとした美鈴に咲夜はそう言って隣に座る。
すでにほとんど食べ終えていたので待つ時間は短い。
食器を洗い物当番のところへ持っていき、かわりに麦茶を入れたコップを二つ持って戻る。
一つを自分に、もう一つを咲夜の前に置いて話しを聞く。
「ありがとう。
それで用事って言うのはね。お嬢様とフランドール様があなたの料理を食べたいって言っているのよ。
だから作ってくれないってことなの」
「わかりました。
なにを食べたいか言ってました?」
「そんなにたくさんはいらないってこと以外にはなにも」
「そうですか。
……咲夜さんは夕食すませました?」
「まだよ」
「それなら咲夜さんの分も作りましょうか?」
「お願いできる?」
「はい」
ぐいっと麦茶を飲み干した美鈴はキッチンに入る。
調理専門のメイドに用事を伝えキッチンの使用許可をもらい調理を始める。
咲夜はその様子を麦茶を少しずつ飲みながら見ていた。今から食べ終わるまで休憩時間に決めたのだろう。ゆったりと料理ができあがるのを待っている。
そんな咲夜を周りにいるメイドたちが羨ましそうに見ている。
美鈴は完成した料理を咲夜の前に置く。
作ったものはオムライスとサラダ、コンソメスープはすでにメイドが作ってあったものだ。
オムライスは半熟とろとろのタイプではなく、チキンライスを包みこむタイプ。
咲夜にとってはこちらのほうが好きだ。美鈴が作るのはこっちだけだからだ。
紅魔館の住人も皆こちらのほうを好む。美鈴が料理を作り広めたため、美鈴の作った料理がおふくろの味みたいな感じなのだろう。
実際、料理の腕は料理専門のメイドのほうが上だ。それでも美鈴の料理を食べたいと言う者は後を絶たない。美味しいというよりもほっとする味らしい。
「いただきます」
「私はできあがった料理を持って行きますね。
フランドール様もお嬢様の部屋にいるんですか?」
「ええ。一緒に待っているはずよ」
トレイに二人分の料理をのせて美鈴は食堂を出て行く。
料理が崩れない程度に急いだ美鈴はレミリアの部屋前で止まる。
ノックして返事を待ってから入る。
「お待たせしました」
「なにを作ったの?」
座っているレミリアとフランドールにはトレイの中身が見えない。
さてなんでしょうね、とフランドールに微笑みオムライスとスープとサラダを二人の前に並べる。
オムライスとサラダは咲夜に作ったものより小さめだ。それとケチャップに血を混ぜ込んである。
少食な二人専用のオムライスとなっている。
「オムライスね」
「はい。最後に作ったのは三年ほど前になりますから、オムライスにしました」
「あら? そうだっけ。つい最近食べたと思ってたけど」
長く生きているので三年前は最近という感覚なのかもしれない。
待ちきれないフランドールは話す二人をほっといて食べ始めている。
美味しそうにほおばる様子を見て、美鈴は満足してもらえたのだと安心している。
思うが侭味わうフランドールとは違い、レミリアはマナーを守りながら食べる。
食べる様子からは満足したのか判断できない。しかし美鈴は雰囲気を察して判断できる。
レミリアにも満足してもらえたとわかり安心する。
あとは二人が食べ終わるまで、食べこぼしたものを片付けたりと世話をしていった。
食事を終えると二人の相手をするように命じられる。
明日も門番をするので、動くようなことは控えてもらうように伝えると話すだけになる。
ここから三時間ほど三人で話し続けた。
特に重要なことなどなく、日常のことをとりとめなく話しただけだ。
例えば、フランドールが咲夜を手伝ったと知って美鈴がそのことを褒めたりだ。手伝ったといってもきまぐれにだし、破棄する物を壊し捨てやすくしただけだが。
それでも自発的に手伝ったということが大事だと、手放しで褒めた。
羽を大きく揺らし嬉しげに照れるフランドールを、レミリアと美鈴が微笑ましそうに見ていた。
このように美鈴は門番以外にもいろいろと動いている。
どこでも笑顔でいて、柔らかく接していき、気付きにくいことにもよく気付き、人が気づかぬまに行動している。
ときに厳しいときもある。それも相手のことを考えての行動だ。
甘やかすのではない、優しいのだ。
たくさんの好意が集まるのも当たり前のこと。しかし本人は好意を集めようと思って行動しているわけではない。
ただ自分が嬉しかったことを再現しているだけだ。自分の大好きな人に言ってもらえて、してもらえて嬉しかったことを真似している。
大好きな人に近づきたいから。
もっともそれだけが理由ではないが。
紅魔館の人々が好きだから動いている。
そんな美鈴も疲れることはある。
今日は美鈴の休日。
年に数度もない休日。
たいていはそんな休日も紅魔館の人々のために使う。
しかし今日はそうではない。疲れをとるために、自分のための休日にしようと決めてある。
朝起きていつもと同じ服装に着替えて部屋を出る。この服装も大好きな人が一番似合うといってくれた服装で、美鈴の一番のお気に入り。
うきうきと嬉しそうな雰囲気を漂わせて美鈴は屋敷の外を目指す。
美鈴がいつもまとう雰囲気が母ならば、今の美鈴は子供。大好きな親に甘える子供。
そんな美鈴を紅魔館の人々は嫉妬しながら見送る。
美鈴に嫉妬してるのではない。美鈴を嬉しげにさせる見知らぬ相手に嫉妬している。
誰もがこのときの笑顔が一番好きなのだ。自分達にもその笑顔を向けてもらいたい。
「いってきます!」
門から屋敷へと振り向いて美鈴はそう言ったあと駆けていく。早く大好きな人に会いたいと。
以前、レミリアとパチュリーが協力して誰に会いに行くのか調べたことがある。
結果は失敗。
失敗したが故に確信に近い推測ができた。幻想郷でレミリアとパチュリーのタッグを完全に邪魔できるものなど、何人もいない。
そしてその推測は当たっている。
そこは幻想郷のどこかにある場所。
常人ならば来ることなどできない場所。
しかし美鈴ならば簡単に来ることができる。なぜなら大好きな人の気配を辿ればいいだけだから。
「こんにちは!」
そう言いながら美鈴は戸を開ける。
出てきたのは藍。
「いらっしゃい。
すぐに橙と一緒にでかけるから待っててくれないか」
「すみません」
「いや、気にするな。お前と違って私達はいつも一緒にいられるのだから」
藍は詳しいことは知らない。
ただ美鈴の雰囲気が自分達に似ていると知っているだけ。
だから美鈴が来ると、主だけを残して橙と一緒にでかけるのだ。
紫と美鈴が二人だけになれるように。
藍と橙が出かけてから美鈴は八雲家に入る。目指すは紫の寝室。勝手知ったる人の家、迷うことなく辿りつく。
美鈴は抑えきれない笑顔で障子に手をかける。
いつもならば紫は寝ている時間帯。
障子を開けるとそこには、布団をしまい座して美鈴を出迎える紫がいた。
美鈴がくるときはいつもこうなのだ。事前に連絡を入れてはいない。それでも紫は起きて出迎えてくれる。
「お母さん。ただいま!」
「おかえり」
抱きつく美鈴を紫は柔らかく抱きしめる。
誰かがこの様子を見たとしたら、紫と小さな美鈴が幻視できそうなほど、その様子に違和感を感じられないだろう。
毎回じっと静かに抱きついたまま一時間はすごす。美鈴にとって一番安心できる時間だ。
ぽつりぽつりと離れていた間にあったいろいろなことを話していく。喋るのは主に美鈴で、それに紫は様々な感情を見せて反応していく。
ほかには紫に料理を作ってもらったりだ。美鈴の料理は紫に教えてもらったもの。だから紅魔館の人々が母の味と思っているもののルーツは八雲家にある。
こんなふうに美鈴は時間の許すかぎり紫に甘える。
藍が感じ取った雰囲気は、自分と同じように紫を慕うということだ。間違っても敵対しないとわかっているから、主を残して出かけることができる。
美鈴が紫に甘えるのは、紫が親だからだ。
血の繋がりがあるわけではないし、藍たちと同じ式というわけでもない。
美鈴が幼い頃、紫に出会いしばらく一緒にいた。
そのときから紫は美鈴の親になった。
紫が美鈴を拾い育てたのは親切心だけではない。美鈴の資質を見抜き、いつか有事の際に使える駒の一つとして育てた。
それでも懐いてくる者と一緒にいれば情がわく。
繋がれた絆は、一度離れても切れることなく繋がったままだった。
紫と離れている間にスカーレット家に身を寄せることになった美鈴は、レミリアが幻想郷に行くことになったときついていくことを願い出た。
そこに紫がいると知っていたから。
そして幻想郷で紫と再会したのだった。
こうして存分に甘えて満足し元気になった美鈴は紅魔館に帰る。
母の元を離れて、未熟ながら母になるのだ。
大好きな紫を目指し、日々精進。
そして疲れたら子供に戻って甘える。
目標が近くにいて見守られている美鈴は、日々を精一杯生きている。
いつでも甘えにいくことができるのだ。いつだって頑張ることができる。
ご注意ください
紅魔館には吸血鬼が住む。それはいまさら言うことでもない。
ほかに魔法使い、妖精、悪魔、妖怪、人間も住む。その中に妖怪ということ以外種族がいまいち不明な美鈴もいる。
妖精はわからないが、妖怪と吸血鬼は人を食料とする。
だが咲夜が入ってきた頃から人間を食事として出すことはなくなった。
レミリアとフランドールは血を飲まなくてはいけない。吸血鬼が血を飲むのは当たり前のことだ。
それは咲夜もわかっていて、嫌悪感を感じることなどない。
けれども人の部位がそのまま食事にでるとさすがに精神的にきつい。それが理由で、紅魔館で働き始めた頃ストレスから倒れたことがあった。
そんなことがあり美鈴の提案で食事を変えることになった。レミリアも承諾した。
どうしても人間を食べたい者は屋敷外で隠れて食べるようにと命令されている。その命令は今も有効だ。
いきなり食事を変えるといっても作ることのできる者が美鈴以外いなかった。
お菓子の作り方とお茶の入れ方は吸血鬼に仕えるたしなみとしてマスターしていたが、食事については煮る焼くくらいしかできない者が多かった。
そこで美鈴が食事係に料理を毎日教えていった。
時間が経つと作る側の腕も上がり、人間が食べる物にも慣れ、人を食べる者はほぼいなくなった。
美鈴は今食料を運び込む手伝いをしている。
前述のことから定期的に食料を仕入れている。それが今日届いたので手伝っている。
「ありがとうございます門番長」
「気にしないでいいよ。さっさと運び込もう」
美鈴たちはてきぱきと動き食料庫に食材を運ぶ。
食料庫はパチュリーの魔法によって一年通してずっと温度が低い。
全て運び終えると、タイミングよく咲夜が頼んでいた食材全て届いているか確認にきた。
「あら? また手伝っていたの?」
「ええ、少し暇でしたから」
「休憩中だったのね。きちんと休まないと駄目じゃない」
「今日はただ立っているだけでしたから疲れてませんよ」
「そんなこと言って仕事中に寝てたら、またナイフを飛ばすから」
「あははは、いやー最近は暑さが緩んで昼寝にはちょうどいいんですよ」
「年中似たようなこと言ってるわよ」
小さく溜息を吐いて咲夜は確認作業に移る。
「では、私は仕事に戻りますね」
仕事の邪魔をしないようにと倉庫出口に向かう。
「さぼらないように」
「善処します!」
真面目なふりで答えた美鈴は門へと駆けていった。
その背にメイドたちが手伝ってくれたことの礼をもう一度言っていた。
「門番長っていつも優しいねー」
「うんうん! しかも親切を押し付けるようなことはなくて、こう自然に助けられてることが多いよね」
「私も体調が悪いとき午後から休みになったんだけど、それも門番長が手配してくれてたんだって。
あのときは嬉しかったなぁ。
メイド一人のこともきちんと見てくれてるんだって感激しちゃった」
「はいはい。おしゃべりはそこまでにして仕事に戻りなさい」
パンパンと手を叩いて咲夜はメイドたちの会話を止める。
メイドたちも気分を切り替えて仕事へと戻っていく。
「お疲れ様、夜番頑張って」
「はいっお疲れ様でした!」
今日の仕事を終えて美鈴は、夜番に声をかけて屋敷へと向かう。
向かった先は自室ではなく図書館。
扉を開けた美鈴を出迎えたのは笑顔を浮かべた小悪魔。
「いらっしゃいませ」
「そろそろだと思ってきたんだけど」
「はい。少し体調が悪くなってます」
二人は話しながら図書館の主のもとへ向かう。
図書館の中は小悪魔が灯した魔法の明かりに部分的に照らされている。
今二人が歩いている場所ともう一箇所以外は光が届かず暗い。
明かりを灯したもう一箇所に、魔法の明かりに照らされたパチュリーがいる。
いつものようにパチュリーは専用の椅子に腰掛けて本を読んでいる。
「パチュリー様、美鈴さんがきましたよ」
「もう少し待って」
本から目を離さず小悪魔に答える。
小悪魔としては従いたいのだが、経験上もう少しが二時間になったことがあるので従うことはなかった。
パチュリーから本を取り上げ読書を強制的に中断させる。
そんなことをすれば攻撃用の魔法の一つでも飛びそうだが、その前に小悪魔は美鈴の後ろに隠れた。
「小悪魔。でてきなさい」
「でたら魔法使うじゃないですか」
「まあまあ、小悪魔さんも意地悪な考えから邪魔したんじゃないですし」
美鈴が指先に炎をまとわせたパチュリーを宥める。
パチュリーは小悪魔を軽く睨んで炎を消す。
「それでなにをしにきたの」
「いつものマッサージですよ。そろそろ体調が悪くなってくる頃だと思いまして」
「まだ大丈夫よ」
「駄目です! 病気だってなりはじめに治したほうがいいんです。
パチュリー様はたたでさえ病弱なんですから、定期的な治療をするくらいでちょうどいいんです。
というわけで美鈴さんお願いします」
「はい」
小悪魔は図書館管理のほかにパチュリーの健康管理も担っている。
健康管理は小悪魔の自主的な仕事だが長いことパチュリーのそばにいるので、パチュリー自身の言葉よりも信憑性がある。
だから美鈴はパチュリーの健康状態に関しては小悪魔の言葉に従うのだ。
「失礼します」
「大丈夫だって言ってるのに」
断りを入れてパチュリーを抱き上げる。お姫様だっこというやつだ。
パチュリーは口では抵抗するものの、それ以外に具体的な抵抗はみせずされるがまま。
自分を思っての行動だとわかっているし、マッサージが楽しみの一つでもあるのだ。でもそれを素直に表すのは恥ずかしいので、口先だけで抵抗してみせる。
美鈴はそのまま小悪魔が準備したベッドにパチュリーを寝かせる。
始めは全身を丁寧に揉み解していく。次につぼを刺激していく。最後に体に負担をかけない程度に整体をして終わりだ。
これらを一時間以上かけて行った。
その際に気を操作して、気が滞っている箇所もなくしていく。
痛みを感じさせないマッサージでパチュリーはリラックスしきって、いつもマッサージの終わりには眠っている。
今日も同じで、美鈴は眠っているパチュリーを起こさないように静かに動き布団をかけて、小悪魔と一緒に離れる。
明かりを消した部屋にパチュリーの寝息が広まり暗闇に消えていく。
「ありがとうございました」
「いえいえ。
次は小悪魔さんの番ですよ」
「私ですか?」
美鈴の言葉に小悪魔はこてんと首を傾けた。
「少し疲れてるでしょう?
だからマッサージです」
「私はいいですよ」
両手を振り遠慮する。
「駄目です。パチュリー様に言ってたでしょ? 病気はなりはじめに治療するのがいいって。
それと同じことですよ」
そう言われると断りきれず小悪魔もマッサージを受ける。
パチュリーのときほど丁寧ではないがそれでも三十分以上のマッサージで、小悪魔は体が軽くなったような感じがした。
夕食を食べに食堂に行く小悪魔と別れ、美鈴は汗を流すため風呂に向かう。
のんびりと湯に浸かりさっぱりしたあとは食堂へ。
ほとんどの者が夕食を終えたのか、食堂には人が少ない。
ご飯を食べていると咲夜が隣に現れた。
「ここにいたのね」
「探してました?」
「お嬢様から用事を言いつかってね。
あっ今じゃなくて食べ終えたあとでいいわ」
食事する手を止めようとした美鈴に咲夜はそう言って隣に座る。
すでにほとんど食べ終えていたので待つ時間は短い。
食器を洗い物当番のところへ持っていき、かわりに麦茶を入れたコップを二つ持って戻る。
一つを自分に、もう一つを咲夜の前に置いて話しを聞く。
「ありがとう。
それで用事って言うのはね。お嬢様とフランドール様があなたの料理を食べたいって言っているのよ。
だから作ってくれないってことなの」
「わかりました。
なにを食べたいか言ってました?」
「そんなにたくさんはいらないってこと以外にはなにも」
「そうですか。
……咲夜さんは夕食すませました?」
「まだよ」
「それなら咲夜さんの分も作りましょうか?」
「お願いできる?」
「はい」
ぐいっと麦茶を飲み干した美鈴はキッチンに入る。
調理専門のメイドに用事を伝えキッチンの使用許可をもらい調理を始める。
咲夜はその様子を麦茶を少しずつ飲みながら見ていた。今から食べ終わるまで休憩時間に決めたのだろう。ゆったりと料理ができあがるのを待っている。
そんな咲夜を周りにいるメイドたちが羨ましそうに見ている。
美鈴は完成した料理を咲夜の前に置く。
作ったものはオムライスとサラダ、コンソメスープはすでにメイドが作ってあったものだ。
オムライスは半熟とろとろのタイプではなく、チキンライスを包みこむタイプ。
咲夜にとってはこちらのほうが好きだ。美鈴が作るのはこっちだけだからだ。
紅魔館の住人も皆こちらのほうを好む。美鈴が料理を作り広めたため、美鈴の作った料理がおふくろの味みたいな感じなのだろう。
実際、料理の腕は料理専門のメイドのほうが上だ。それでも美鈴の料理を食べたいと言う者は後を絶たない。美味しいというよりもほっとする味らしい。
「いただきます」
「私はできあがった料理を持って行きますね。
フランドール様もお嬢様の部屋にいるんですか?」
「ええ。一緒に待っているはずよ」
トレイに二人分の料理をのせて美鈴は食堂を出て行く。
料理が崩れない程度に急いだ美鈴はレミリアの部屋前で止まる。
ノックして返事を待ってから入る。
「お待たせしました」
「なにを作ったの?」
座っているレミリアとフランドールにはトレイの中身が見えない。
さてなんでしょうね、とフランドールに微笑みオムライスとスープとサラダを二人の前に並べる。
オムライスとサラダは咲夜に作ったものより小さめだ。それとケチャップに血を混ぜ込んである。
少食な二人専用のオムライスとなっている。
「オムライスね」
「はい。最後に作ったのは三年ほど前になりますから、オムライスにしました」
「あら? そうだっけ。つい最近食べたと思ってたけど」
長く生きているので三年前は最近という感覚なのかもしれない。
待ちきれないフランドールは話す二人をほっといて食べ始めている。
美味しそうにほおばる様子を見て、美鈴は満足してもらえたのだと安心している。
思うが侭味わうフランドールとは違い、レミリアはマナーを守りながら食べる。
食べる様子からは満足したのか判断できない。しかし美鈴は雰囲気を察して判断できる。
レミリアにも満足してもらえたとわかり安心する。
あとは二人が食べ終わるまで、食べこぼしたものを片付けたりと世話をしていった。
食事を終えると二人の相手をするように命じられる。
明日も門番をするので、動くようなことは控えてもらうように伝えると話すだけになる。
ここから三時間ほど三人で話し続けた。
特に重要なことなどなく、日常のことをとりとめなく話しただけだ。
例えば、フランドールが咲夜を手伝ったと知って美鈴がそのことを褒めたりだ。手伝ったといってもきまぐれにだし、破棄する物を壊し捨てやすくしただけだが。
それでも自発的に手伝ったということが大事だと、手放しで褒めた。
羽を大きく揺らし嬉しげに照れるフランドールを、レミリアと美鈴が微笑ましそうに見ていた。
このように美鈴は門番以外にもいろいろと動いている。
どこでも笑顔でいて、柔らかく接していき、気付きにくいことにもよく気付き、人が気づかぬまに行動している。
ときに厳しいときもある。それも相手のことを考えての行動だ。
甘やかすのではない、優しいのだ。
たくさんの好意が集まるのも当たり前のこと。しかし本人は好意を集めようと思って行動しているわけではない。
ただ自分が嬉しかったことを再現しているだけだ。自分の大好きな人に言ってもらえて、してもらえて嬉しかったことを真似している。
大好きな人に近づきたいから。
もっともそれだけが理由ではないが。
紅魔館の人々が好きだから動いている。
そんな美鈴も疲れることはある。
今日は美鈴の休日。
年に数度もない休日。
たいていはそんな休日も紅魔館の人々のために使う。
しかし今日はそうではない。疲れをとるために、自分のための休日にしようと決めてある。
朝起きていつもと同じ服装に着替えて部屋を出る。この服装も大好きな人が一番似合うといってくれた服装で、美鈴の一番のお気に入り。
うきうきと嬉しそうな雰囲気を漂わせて美鈴は屋敷の外を目指す。
美鈴がいつもまとう雰囲気が母ならば、今の美鈴は子供。大好きな親に甘える子供。
そんな美鈴を紅魔館の人々は嫉妬しながら見送る。
美鈴に嫉妬してるのではない。美鈴を嬉しげにさせる見知らぬ相手に嫉妬している。
誰もがこのときの笑顔が一番好きなのだ。自分達にもその笑顔を向けてもらいたい。
「いってきます!」
門から屋敷へと振り向いて美鈴はそう言ったあと駆けていく。早く大好きな人に会いたいと。
以前、レミリアとパチュリーが協力して誰に会いに行くのか調べたことがある。
結果は失敗。
失敗したが故に確信に近い推測ができた。幻想郷でレミリアとパチュリーのタッグを完全に邪魔できるものなど、何人もいない。
そしてその推測は当たっている。
そこは幻想郷のどこかにある場所。
常人ならば来ることなどできない場所。
しかし美鈴ならば簡単に来ることができる。なぜなら大好きな人の気配を辿ればいいだけだから。
「こんにちは!」
そう言いながら美鈴は戸を開ける。
出てきたのは藍。
「いらっしゃい。
すぐに橙と一緒にでかけるから待っててくれないか」
「すみません」
「いや、気にするな。お前と違って私達はいつも一緒にいられるのだから」
藍は詳しいことは知らない。
ただ美鈴の雰囲気が自分達に似ていると知っているだけ。
だから美鈴が来ると、主だけを残して橙と一緒にでかけるのだ。
紫と美鈴が二人だけになれるように。
藍と橙が出かけてから美鈴は八雲家に入る。目指すは紫の寝室。勝手知ったる人の家、迷うことなく辿りつく。
美鈴は抑えきれない笑顔で障子に手をかける。
いつもならば紫は寝ている時間帯。
障子を開けるとそこには、布団をしまい座して美鈴を出迎える紫がいた。
美鈴がくるときはいつもこうなのだ。事前に連絡を入れてはいない。それでも紫は起きて出迎えてくれる。
「お母さん。ただいま!」
「おかえり」
抱きつく美鈴を紫は柔らかく抱きしめる。
誰かがこの様子を見たとしたら、紫と小さな美鈴が幻視できそうなほど、その様子に違和感を感じられないだろう。
毎回じっと静かに抱きついたまま一時間はすごす。美鈴にとって一番安心できる時間だ。
ぽつりぽつりと離れていた間にあったいろいろなことを話していく。喋るのは主に美鈴で、それに紫は様々な感情を見せて反応していく。
ほかには紫に料理を作ってもらったりだ。美鈴の料理は紫に教えてもらったもの。だから紅魔館の人々が母の味と思っているもののルーツは八雲家にある。
こんなふうに美鈴は時間の許すかぎり紫に甘える。
藍が感じ取った雰囲気は、自分と同じように紫を慕うということだ。間違っても敵対しないとわかっているから、主を残して出かけることができる。
美鈴が紫に甘えるのは、紫が親だからだ。
血の繋がりがあるわけではないし、藍たちと同じ式というわけでもない。
美鈴が幼い頃、紫に出会いしばらく一緒にいた。
そのときから紫は美鈴の親になった。
紫が美鈴を拾い育てたのは親切心だけではない。美鈴の資質を見抜き、いつか有事の際に使える駒の一つとして育てた。
それでも懐いてくる者と一緒にいれば情がわく。
繋がれた絆は、一度離れても切れることなく繋がったままだった。
紫と離れている間にスカーレット家に身を寄せることになった美鈴は、レミリアが幻想郷に行くことになったときついていくことを願い出た。
そこに紫がいると知っていたから。
そして幻想郷で紫と再会したのだった。
こうして存分に甘えて満足し元気になった美鈴は紅魔館に帰る。
母の元を離れて、未熟ながら母になるのだ。
大好きな紫を目指し、日々精進。
そして疲れたら子供に戻って甘える。
目標が近くにいて見守られている美鈴は、日々を精一杯生きている。
いつでも甘えにいくことができるのだ。いつだって頑張ることができる。
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この記事へのコメント
1. Posted by 奏 2008年11月14日 22:14
ありきたりな言葉かもしれませんが、感動しました。登場人物たちのあたたかい気持ちが、伝わってくるようなSSでした。
2. Posted by 香盆 2009年12月11日 17:31
とても癒される小説でした。登場人物の表情が頭にうかんで来るようでした。
小説を書く際に手本にさせていただきたいです。
小説を書く際に手本にさせていただきたいです。