2009年09月18日
短編 死ウサギの嫁
現状を三行で説明するとこうだ。
1、夜中、トレイに起きた
2、自室に人影
3、電気つけて少女とご対面
別に気が狂ってくるとか、寝ぼけているとかではなく、本当に目の前に真っ白な可愛い十歳くらいの少女がいる。
互いに驚いてるから黙ったままお見合い状態だ。
それにしてもほんとに白い。目だけはルビーを思わせる綺麗な赤。髪の毛は白に近い灰色でツインテール。肌も雪を思わせる白さ。着ているものも上下白のタンクトップとホットパンツだ。
そして一番目を引くのは手に持った大鎌。死神とかが持ちそうなあの鎌。これのせいで強盗かもしれないという思いは捨てた。こんな持ちにくいものを持って強盗しようと思うバカはさすがにいないだろうから。
この少女がなんなのかと現状に混乱しながら、もっと体にメリハリあれば目の保養になったのになとバカなことを頭の隅で考えた。
ともあれいつまでもこのままでいられないか。
「……泥棒なのか?」
違うとは思うが念のため聞いておこう。泥棒じゃないとしてなんなのだろう。もしかすると夜中に人の家に忍び込む癖のある少女? なわけない。
「っ! ちちちち違いますよ! 私はっそのあの……」
「私は?」
「私はぁ……」
言いにくそうにするだけで先に進まない。先を促したいが、あの鎌が怖くて下手なこと言えない。
正直、さっさと出て行ってほしい。
「なにも言えないならそれでいい。なにも聞かないから出て行って。んで俺はすぐに寝て今日のこと忘れるから」
「忘れてもらえるのはありがたいんですけど、出て行くのはちょっと」
なんでだよ!? ここ俺の家だぞ! 正確には借家だから所有権は大家さんにあるけど。
「出て行けないってなんで?」
「私の家もここなんで」
「……」
今の言葉をゆっくり吟味してみた。
俺がここのアパートに住み始めてすでに一年が過ぎている。最初は初めての一人暮らしに右往左往しながらも、しだいに慣れていってせっかく動物OKだからなにか飼おうと先輩に相談したら、ウサギが増えたとかで押し付けられ、一緒に暮らし始めた。
こいつがちょっと変だが可愛い奴で、嫌なことがあってもミッコの相手してると癒されるんだ。ミッコてのは飼ってるウサギの名前な?
実家の家族にも人気で、連れてこい置いて帰れとうるさい。
っとなんだか思考がずれはじめてたな。
なにが言いたかったというと、ここには俺とミッコ以外に住んでなくて、俺たち以外に幽霊すら見たことはない。
「嘘はいいから帰れ」
「嘘じゃないんですよ〜」
腕を振るな! 鎌も一緒に動いて怖い! ちょっ家具に当たる当たる!
「お、落ち着けっ。いいか? ここは俺の家で、住人は俺とミッコ以外にいない。よってお前さんはただの不法侵入者!」
「ですから私がミッコなんですって! あ、あ゛〜っ」
なんか落ち込んでる。
それにしてもミッコとは……うちのミッコと同じ名前なんだな。
「んでそのミッコさんがなんでうちにいるんだ?」
「で、ですからぁ私がミッコだからここにいてもおかしくないでしょ? どうしようばれちゃったよ〜。しかも条件整ってるしぃ。嫌いじゃないけど、心の準備がぁ」
「ここにいてもおかしくないって言われても、意味がぜんぜんわからない」
「へ?」
驚いた顔で見られてるな。そしてなにか考え始めた。あ、なにか納得した。
「常々私も鈍いとは思ってたし、ご家族からも言われてたけどここまでとは」
「鈍いって言うな!」
家族も友達連中も何度も鈍い鈍い言いやがって、まったく。ミステリー小説で、探偵が犯人の動機やトリックの説明をしてすぐに納得できるくらい鋭いってのに。
「いえいえ十分鈍いです。私がウサギのミッコだって気づいてないんですから」
……ウサギのミッコ? バカ言うなよ、ウサギのミッコならそこに……いない。
あれ? ウサギのミッコ? ウサギがミッコ。ミッコはウサギ。あの子もミッコ。ミッコ=ミッコ……。
「なっなんだって!?」
「やっと気づきました?」
「ミッコって雌だったのか!?」
「そこですか!?」
「いやさすがにそれはボケてみただけ」
「本気でそう思ってると思いましたよ」
失礼な。先輩にこの子は雌だからねと説明受けて知ってたわ。
それにしてもこの子がミッコか。なんというか嘘みたいだけど、言われてみれば真っ白なとことか、雰囲気的に似てるっちゃ似てる。でもなぁもう一押しなにかがないと信じる気が起きないなぁ。
「なんだかまだ疑わしいって表情してますね」
「まあな」
「では証拠を見せましょう!」
そう言ってミッコ(仮)が大鎌を口に入れ、飲み込み始めた。あんなでかいものを飲み込む芸はすごいけど、証拠にはならなくね?
と思ったら今度は体全体がほのかに光り始めた。おおー縮んでる。
「ミッコー!」
ミッコ(仮)がいた場所にミッコがいる。近寄って抱き上げる。
普通ウサギにとって抱き上げることは嫌なことらしいが、うちのミッコはまったく嫌がるそぶりをみせない。これが可愛がられる一因だ。
ベッドに座り込み、撫で回すといつもならじっと撫でられ続けるミッコがベッドへと降りる。そしてまた光りだし、ミッコ(仮)へと戻った。いや(仮)はもういらないか。本物のミッコだ。
「どうですか?」
「信じるしかないな」
「ふふーん、すごいでしょ」
「いばるようなことじゃない気がするんだ。
……ふと思ったわけだが」
「なんですか?」
「さっきまで俺はミッコの正体に気づいてなかったわけだ」
「鈍いですからね〜」
「うっさい。
んで、さっきの言葉から判断するに正体がばれたことは困ったことのようだった」
「ですね」
隣に座るミッコがうんうんと頷く。
「そんな俺にわざわざ説明して気づかせたのはミッコだ。
素直に出て行けば気づかなかったんだよな。そして俺が寝入った頃、戻ってくれば正体はばれなかったと思うんだ」
「……」
黙ったな。
「なにが言いたいかというと、結果的に自分から正体ばらしてね? ってこと」
「はうっ!?」
おーおー頭抱えてベッドに寝転がってる。墓穴掘ったと気づいたんだなぁ。
鈍い言われた仕返しだ。
「常々思ってたけど、ミッコってどじだよなぁ」
「どじじゃないもん!」
よくテーブルの脚にぶつかったり、水入れひっくり返したりしてるから、その言葉に説得力ないぞ?
「ううっきっと飼い主の鈍さが私をどじにしてるのよ」
「関係ないと思うなそれは。
それで詳しい話を聞きたいんだけどさ。あの鎌とか、なんで人間になれるのかとか」
のろのろと起き上がり、俺の疑問に答えるため向き合う。やっぱり目が綺麗だなぁ。
「こっちからも話さないといけないことがあるから、きちんと話しますよ〜」
「よろしく」
「まずは私のことなんですけど、あなたたち人間が死神と呼ぶものです」
思わずミッコから離れても仕方ないことだと思うんだ。まだ俺死にたくないし。
ミッコは俺が急に離れたことで不思議なようで首をわずかに横に傾けた。
「どうして離れるんです?」
「いやだって死神だよ? 俺殺される? 死んじゃう?」
「死神にたいして誤解してます。それに私の担当はウサギと犬と猫です。人間は担当外です」
いいですかとピンっと人差し指を立てて、ミッコが説明を始める。
「死神というのは、魂をあの世へと導く存在です。ただしどんな魂も導くというわけではないです。寿命で死んだものは迷わず自力であの世へといけます。私たちが導くのは病死、事故死、殺害など悔いが残りこの世に留まろうとする魂です。そのような魂をあの世へと送るのが私たちの仕事です。誰でもあの世へと送ろうとはしません。
魂がこの世に滞在するのは悪影響があるのです。その悪影響は本人のみならず、他者にも影響を与えます。そんなのは本人にも回りにも迷惑でしかないから、私たちは日夜頑張っているのです」
腰に手を当て、無い胸はって偉そうだ。偉い偉いと言いながら撫でてみた。
「そうは言っても悪霊がいるとかテレビや雑誌で騒がれてるけど?」
「魂が強くこの世に留まろうとして手が出せないことがあって、そういった騒ぎになってます。
そういった魂にはそれなりに熟練した死神があたる必要があるんですけど、熟練した死神がたりず放置したままになってることがあるんです」
「ふーん。ミッコは新人だよね? 生まれて一年くらいだし」
「まだまだ駆け出しです」
「どじで仕事ミスったりしてない?」
「……ちょっとだけ」
「してるのか」
やはりなと頷く俺をやや不満気に睨んでくる。だけど愛嬌があるだけで怖くはない。
「話を進めよう、俺に言わなきゃいけないことがあるっぽいけど?」
「そうでした。えっと……ですね」
その顔をほんのり赤く染め、視線をずらして、もじもじと恥ずかしがる様子は可愛いけど、なにをそんなに恥ずかしがるのやら。
「つがいになってもらわないといけないんです」
「つがい? 夫婦ってこと? 正直なところもっと成長してから出直してこいって感じだよ」
思わず出た本音。
しっかしなんでまたそんなことに?
「正体ばれたからです」
体のサイズに関しては流したな。
「もうちょっと詳しく」
「死神の掟として正体がばれたら、問答無用で魂を狩れっていうものがあって」
「まて。殺されないはずじゃ?」
「話は最後まで聞いてください。
例外があって、四つの条件を満たした者とつがいになれば魂を狩らなくていいんです。
それで四つの条件というのは、正体がばれること、一年以上一緒に暮らしていること、相手が死神のことを黙っていること、最後に口づけを交わしていること」
正体は今日知った。一年一緒に暮らしてる。口づけは……ミッコが可愛くて何度もしてるなぁ。黙ってるっていうのも、誰かに話したところで信じてもらえず笑い話になるだけだって想像つくから話す気も起きない。
……見事に条件満たしたな。
「でもいきなり結婚ってのは」
「では死にますか?」
一度しまった大鎌を口から出して両手で持った。
なんでデッドオアアライブの二択を迫られてるんだろう。きっかけがトイレに起きただけってのがなんともいえない。
「私だっていきなりで戸惑いあるんですから、でも魂は狩りたくないし。べ、別にあなたのことは嫌いじゃないですけどっ。いつもはぐっすり寝てるのに、今日は起きたんですか!」
「寝る前にトイレ行っておけばよかった」
明日からは必ず行くようにしよう。
それにしても見た目十歳実年齢一歳と結婚か……犯罪確定だ。救いがあるとすれば、役所に行かなくてもいいところだな……いいんだよな? 婚姻届まで出せとか言わないよな?
「つがいになるって特別なことする必要があるのか?」
「大鎌で一度斬られる必要があります」
「普通に死ぬよ? 本当はつがいになるのが嫌で殺そうとしてるんじゃ?」
「大丈夫です、これ物理的な干渉はできないです」
ミッコが大鎌をテレビへと勢いよく振り下ろした。テレビは少しも揺れることなく、傷一つつかずにそこにある。
くるりとこちらを見てにっこり笑い、言った。
「だから大人しく斬られてください」
笑顔で言うセリフじゃないと思うんだ。
正体がばれて急に結婚することになった憂さ晴らしも少しは入ってそうだなぁ。
「怖いなら目を瞑っていてください。痛みもなくすぐに終わりますから」
ミッコの言葉に従い目を閉じた。
見えないながらも、なんとなく動作音でミッコが動いているのがわかる。
えいっという掛け声とともに体の中をなにかが通り抜けた感触がした。終わったのだろうと思い目を開けると、大鎌を振りぬいて床に刃を突き刺した格好のミッコがいる。
「これで契約は完了。誰かに話したらすぐに魂が体から抜けてあの世にいくから。それと浮気してもあの世行きだからね!」
浮気は男の甲斐性とは思わないけど、重い罰がついたな。
これが噂のヤンデレというやつか?
「話し方が変わった」
「さっきまでの丁寧さは他人行儀みたいでしょ。つがいになるんだから元の口調に戻したの」
「そっか。ん? もう三時じゃん! 寝ないとっ、おやすみ!」
「おやすみ〜」
そう言ってベッドに入ってきてウサギの姿に戻る。
「なんでベッドに入って?」
「お母さんが夫婦は一緒に寝るものだって。
ここここここ子作りはしないからね! つがいになったとはいえ、まだそこまで気を許したわけじゃないんだからっ」
人間の姿ならきっと顔を赤く染めて、自身の体を抱きしめベッドの端まで下がっているだろうミッコ。
「誰が手出すか!」
俺はロリちゃうし、ケモノに性欲感じんわ!
もういい、寝よう。起きたらきっとなんとかなってるはずだ。メイビー。
目覚まし時計に起こされて、変な夢見たと思ったらウサギ姿のミッコに挨拶されて、現実だったと認めるまであと四時間。
というわけでロリウサギっ娘の嫁さんができました。