2010年09月25日
生まれ変わってドラクエ 17-3
朝靄が漂う街中で、兵士や傭兵が忙しなく動いている。
日が出て幾分も経っていない今は肌寒く感じられ、そのおかげで多くの者の眠気がとんでいた。
普段ならば活気があるとはいえない時間帯である今も、今日ばかりは戦意高い者たちが多いことで、静かとはいえない。
アークたちも雰囲気を出している者たちの一部で、わずかに緊張と興奮を漂わせながら歩いている。
「おはようございます」
「皆さん、おはようございます」
人の多い兵舎の前に立っていた補佐役を見つけたアークが声をかける。
「ラッドさんたちは?」
「彼らは出発する少し前に合流しますよ」
「俺たちはここで待っていればいいのか?」
グラッセの言葉に補佐役は首を横に振った。
「もう三十分もすれば街外に移動するよう指示がでますから、それにあわせて移動してもらいます。
そのあとは女王様のお言葉をもらい、出発となります」
やることがないので、三十分ほど待ちぼうけとなる。その時間をアークたちは雑談で潰していく。
昼間のように炎天下ということもなく、三十分ほどならばなんの問題もなく待つことができた。
三十分経つとあちらこちらから、兵士たちが街正面入り口に向かうように指示を出し始めた。
アークたちも補佐役の案内で動き出す。
王都正面入り口には百以上のラクダがいて、犬ぞりのように砂上を滑ることができるようにそりをつけた荷台がたくさんある。ラクダにそりを引かせるのだ。二頭で一台のそりを引くことになっている。荷台には食料などが載っていた。
兵士たちは声を張り上げて、兵士と傭兵を右と左にわけている。そして整列するように指示を出していた。
アークたちはその列に混ざらず、司令部に案内される。
「皆さんはここで話を聞いてください。
私はちょいと仕事をしてきます」
そう言って補佐役は、話し合いをしている偉そうな兵士たちに混ざる。
再び暇になったアークたちは、周囲の話し声を拾って情報収集をしている。
そうして一時間弱ほど経った時、人々のざわめきが大きくなった。女王が到着したのだ。
女王は櫓の上に立ち、眼下にひしめいている兵士と傭兵を見る。彼らに頼もしさを覚えると同時に、今後の財政のことを考えると少し頭が痛くなる思いもある。魔物を倒して得られるゴールドに期待するところだ。
女王が地上の人々を見ているのと同ように、兵士や傭兵たちも頭上にいる女王に気づき見上げている。そして多くの者が女王の美貌に感嘆の声を漏らしていた。
この場に集まった人数は、戦闘要員と非戦闘要員を合わせて優に六千を超える。割合としてはイシス関係者が三で傭兵が七だ。イシス側の兵士の数が少ないのは、街と城を守るために残しているからだ。全兵力をピラミッドに向かわせて、その間に街を魔物に攻められでもしたら目を当てられない。
家臣たちの話し合いでは、そこまで高い知恵を持った魔物はここらにいないので、もう少し守備兵を減らしてピラミッド攻めの方にまわしてもいいのではという意見もあった。
だがそれは結局通らなかった。女王が、ピラミッドに集結するという今までにない魔物たちの行動を指摘し、低い可能性かもしれないが街攻めもあると述べたためだ。
街を守るのは兵士のほかに民から募った義勇兵もいる。傭兵たちは全てピラミッド攻めに参加となっている。
街を守るのは自分たちの手でという考えと、戦いに慣れていない民を遠征に出しづらいからそうなったのだが、傭兵は捨て駒といった考えも小さく小さく囁かれていた。
なるべく国力は落としたくない。隣の家の人間が死ぬよりは、遠くの人間が死ぬ方がいい。そういった思いが囁きを生み出したのだろう。
無論傭兵もそういった考えがあるのは理解している。自国を守るといった立場になれば、同じように考えるだろうとわかっているからだ。
それがわかってここにいる者がほとんどなので、そういった言動が表立ってでないかぎりは報酬分だけ働く考えだ。
司令部が傭兵たちに、命をかけて囮になってこい玉砕して来いといった無茶な命令を出した場合はいつでも離脱する準備がある。多くの傭兵が離脱用のキメラの翼を懐に忍ばせている。
といっても急に戦力が減って困るのはイシス側なので、無茶な命令は出さないだろう。出してもよほど追い詰められた時だ。そんな状況になれば傭兵だけではなく、兵士たちにも無茶な命令が出されるはずだ。
「勇敢なる兵士たちよ。よく集ってくれました」
櫓に立つ女王が口を開いた。大声とは言わないが、それでも全員が女王の声を聞き漏らすことはなかった。聞き逃せない力があった。
全員の注目が集まったことを確認し、女王は続ける。
「そして傭兵の方々は初めまして、イシスの女王エリアと申します。
この度は私たちの戦いに力を貸してくださり、とてもありがたく思います」
まずは礼を述べ、次に目的と行動予定を述べていった。
「皆が無事、この戦いを乗り越えることを切に願い、再び笑顔で会えることをここ王都で祈っています」
最後に激励の言葉を述べた女王は深々と一礼し、もう一度集まった人々を見渡して櫓から降りていった。
次に軍団長が櫓に上がり、指示を出していく。
兵たちは縦四列で、ピラミッドを目指し歩き出した。
自分たちも出ないと、と考えているアークたちにラッドたちを連れた補佐役が近寄る。
「私たちは最後尾です。もう少しだけ待ってください」
アークたちが聞きたいことを予測していた補佐役が、これからの行動を告げた。
それに従い、アークたちは兵たちの移動を眺めて待つ。
そのアークたちに女王が近づいてきた。勇者の仲間の顔を見るという目的を果たすため来たのだ。
「勇者の仲間の皆様、この度はイシスの戦いに付き合いくださり、ありがとうございます」
会うことはないと思っていた女王を間近にして、カズキ、グラッセ、アロアは動きを止めている。
「どうかされました?」
「……はっ!? 女王が俺たち一般人に声をかけてきたので驚いてしまいました」
前世の感覚で、王といった存在への敬意が他の者よりは少ないカズキが最初に我に返る。
「そうでしたか。
ですが、自国の民でもないのに手を貸してくれるのですから、労って当然だと思いませんか?」
「王としてはどうかわかりませんが、人としてそう思うのは当然かもしれませんね」
「王でも必要があれば、市井の者に会い声をかけ頭の一つも下げますよ」
自国の平穏を願う王として、国を助けてくることを感謝する個人として、両方の面から礼を言ったのだ。
「変なプライドに凝り固まっているより、接しやすいですね。
っと接しやすいからといって、あまり砕けては駄目でした。
無礼を謝ります」
気になさらずと返答し、女王はラッドたちへと視線を移す。
「あなたたちも気をつけて。
勇者たちへの協力を惜しまず、任務を果たしなさい」
直接声をかけられたことにラッドたちは感激し、片膝をついて敬意を示す。
女王は軽く一礼したあと、護衛と一緒に王都へと帰って行った。
女王がいたことで緊迫していた空気が緩み、その場にいた全員強張っていた体から力を抜く。
二十分後に列の最後尾が動き出し、アークたちも歩き始める。その後ろを荷台を運ぶラクダたちが並び歩いていた。
行軍は一日二日と予定通りに進む。途中で散発的な魔物の襲撃はあったが、極少数だったためピラミッドに集っている魔物たちとは別件で偶然遭遇しただけと考えられていた。
女王が今回の魔物の行動は計画的である、と指摘したことを軍の高官たちは軽視していた。
兵士たちは実際に魔物と戦い、イシス周辺の魔物たちのことをよく理解しているという自負がある。だから現場には出ない女王の言葉を軽んじてしまっているのだろう。
通常ならば兵士たちの考えが正しいのだが、今回ばかりは女王の判断が正しかった。魔物たちの行動に対する先入観がないがゆえに、変化を見落とさなかったのだ。
散発的に襲ってきた魔物は、上の指示によって軍隊を観察しにきていた。軍隊がイシスを出発したことは、イシスに潜り込んで猫に変化していた魔物によって、知らされていたのだ。この猫はゲームにも登場するが、カズキはその存在をすっかり忘れていた。覚えていても役割がスパイだとは思ってもいなかったのだが。
戦闘から逃げることができてピラミッドに戻っていった魔物によって、ピラミッドにいる夜叉童子は、軍の規模、行動速度などなど貴重な情報を手に入れることができ、これからの行動を決めることができた。
そして夜叉童子は早速魔物を動かした。
二日目の夜。皆が寝静まった頃、見張りくらいしか起きていない時刻、半月と星と雲が浮かぶ暗い空をいくつもの影が飛ぶ。
羽ばたきが聞こえないくらいには高い位置を移動しているせいで、眠気と戦うことに気を取られがちな見張りたちは気づけない。そのもう一段高い位置を夜叉童子が飛ぶ。彼らが兵たちのキャンプ地上空に来た時、夜叉童子は止まり、メラを上空へと飛ばし、キャットフライと人食い蛾の混成部隊に合図を送る。
合図を受けた魔物たちは、これから味わうだろう人間の血と肉の味に舌なめずりしながら、次々と急降下していった。
バサバサと多くの羽ばたきに見張りが気づいた頃にはもう遅く、魔物たちはなんの準備もできていない兵たちに喰らいついていった。
眠っていた兵たちは、あちこちから上がる悲鳴で叩き起こされた。
状況は、ただやられる者、声を張り上げ指示を出す者、武器を手に応戦する者、戸惑うだけの者と様々な様相を見せている。
混沌とした状況は、魔物たちが引く三十分間続いた。
魔物たちが去ったあと残ったのは、むせるほどの血の匂いと助けを求める声と助けるために動く者の声。
この状況でアークたちが巻き込まれないはずもなく、彼らも悲鳴で起きて戦いに参加していた。
アークたちに特に酷い怪我はなく、手持ちの薬草一個使えば十分だった。
武器を収めて、怪我人の治療を手伝うために動き出す。そんな彼らに慌てた様子で補佐役が走りよってきた。補佐役はすでに治療したのか傷一つない。服に汚れがないことから、上手く戦いを避けることができたのかもしれない。
「皆さん! 無事ですか!?」
「怪我はしたけど、薬草で十分治療できましたよ」
アークの返答に、補佐役は心底ほっとしたような様子を見せる。
「そうですか、それはよかったです」
「兵士たちの被害ってどれくらいですか?」
「私も全部を把握はしていないんですが、死者も出ています。
飛べる魔物を中心として大群で奇襲をしかけくるなんて……予想外もいいところですよ」
「明日の出発はなしで、部隊のまとめなおしかな?」
カズキの言葉に補佐役は頷いた。
「ええ、そうなるでしょう。
死者はイシスへと送り返し、その付き添いに多くの兵が行く必要があるだろうし。
最大で四分の一くらいは人数が減ると思いますね。
まったくピラミッドに着く前に戦力が減るなんて、幸先が悪すぎます」
大きく溜息を吐いた補佐役は、仕事があるからとアークたちから離れていった。
アークたちは治療の手伝いを再開し、適度なところで切り上げ、再び眠りについた。
騒がしい夜が明けても忙しさは変わらず、兵たちの疲れは取れていないと一目でわかる。再度襲撃の可能性もあるので、気を抜くこともできない。
陣地のそこかしこに血の染み込んだ砂も見える。
軍隊上層部は各隊に今日は進まず、ここに留まると通達し、休める者から休むよう状況を整えていった。
上層部の頑張りにより、イシスへと引き返す部隊は夕刻前には編成できた。その部隊は編成してすぐにイシスへと戻っていった。これにより死者はもちろんのこと、完治に時間がかかり後遺症が残っている者もいなくなった。
ここに留まったことで補給部隊が追いつき、彼らをと一緒に帰還部隊を行動させることで、帰還部隊につける守護兵を減らせて、戦力減少を僅かながらに食い止めることができたのは、少しだけ運が良かったことなのだろう。
こういった予想外の出来事はあったが、予定一日遅れで軍隊はピラミッド近くに到着した。
遠目にピラミッドが見え、目がいい者でもなくともピラミッドの周囲に集まった魔物たちの影を見ることができる。
兵たちは魔物の動きに警戒しつつ、陣地を作り上げていく。その様子を魔物たちも見えているはずなのだが、なにも仕掛けてくることはない。魔物一匹近づいてこないことに不気味さを覚えてはしたが、妨害がないことはありがたく、陣地設営は順調に進み、予定していたよりも早く終わった。
設営を終えてすぐに突っ込むということなかった。本来ならば、補佐役がアークに言ったように軽く一当てしようとしていたのだが、計略を立てられる魔物がいるかもしれない現状ではただ戦力を減らすだけと考えられ、偵察兵を動かすだけに止まっている。急ぎ建てられた櫓には、目のいい見張りが立っており、常に魔物の動向を見張っていた。双眼鏡か望遠鏡でもあれば詳しく観察できるのだろうが、あいにくそれらは世界中には広まっておらず、ルザミかニホンと名づけられた街にしかない。
アークたちはこれからの行動を決める会議には出ずに、自主的に偵察側に回っていた。
アークたちが会議に出ないのは、兵たちが話し合うのはピラミッド外での戦いのことだけだからだ。アークは誘われはしたのだが、話し合いの主題を聞いて参加しなくても問題なしと判断し、後から聞くと言って辞退したのだった。
「まったく魔物遭わないね」
「だなぁ。これだけ近づいてんのにな」
偵察に出たアークとカズキが拍子抜けした様子で、周囲を観察している。
現在地は、陣地からピラミッドを避けて一時間弱ほど北上した小高い砂丘だ。ピラミッドへはここから十分も歩けば到着する。これだけ近づいても二人は魔物に遭遇しない。見つからないように注意して移動はしたが、普通ならば最低でも一回は魔物と戦ってもいいはずだ。
丘から見下ろせばピラミッド周辺に魔物たちが蠢いている。
「兄さん、ここから魔物たちの強さわかる?」
「んー……」
二人でここに来たのは、カズキのステータスを見る能力で事前に魔物の情報を得るためだ。特に女王から聞いた見たことのない魔物の情報を得たい。
カズキは目を凝らして魔物たちを見ていく。まだ遠いのかステータスを確認できない。けれども見たことのない魔物とやらの見当はついた。
「(あれってガイコツだよな?)」
アークに聞こえないよう心の中で呟く。
カズキの視線の先には、ドラクエ1のガライ南に出てくるガイコツがいた。詳しくいうなら、スケルトンと呼ばれる魔物のそのものだろう。ガイコツの方は衣服を着けていたが、スケルトンは骨のままという違いがある。
ピラミッドを利用して生み出すには、ちょうどいい魔物だなと納得もしていたりする。なんせ地下には数え切れないほどの骨があるのだから。
「(たしかそれほど強くはなかったはず。変に強化されてなかったらの話だけど……)
いまいちはっきりしないけど、女王が見慣れないっていった魔物はあの動く骨で違いないはず。
骨の魔物はがいこつ剣士や地獄の騎士ってのがいるけど、腕の数が違うしね」
「がいこつ剣士は昔勉強した時に聞いたけど、地獄の騎士ってのもいるんだ」
「それなりに強い上に、麻痺させる息を吐き散らすんだとさ。
そういった厄介な奴とは違って、あれは一対一なら俺でも勝てそうだ。
ただ死者を使い生み出されたらしいから、攻撃するのはちょっと躊躇いを覚えないでもないかな」
実際戦うことになれば、死にたくないので攻撃はするだろうが。
「あれが一番強い魔物?」
「いやどちらかっていうと、あれは弱いほうだ。数の多さは厄介だけど。
一番っていうと、あの色のついた包帯の魔物、あれだ。
一番体力が高いし、力も強い」
カズキが指差さしたマミーを、アークはじっと見る。
「ほかに注意するのは蛙と袋の魔物。妨害系の呪文使ってくる」
「どんな呪文か正確にわかる?」
どんなのだっけと記憶を掘り起こし、思い出していく。
「……蛙がラリホー? 袋がマヌーサ、マホトーン。ほかにも何かしてくるって聞いたんだけど忘れたちゃってるよ、ごめん」
正確には笑い袋が、ボミオスとホイミとスクルトも使ってくる。
全ての情報がわからなくとも、笑い袋は早めに倒した方がいいとアークは判断した。
少しでも情報が手に入ったことで良しとして、二人は陣地に戻る。
二人が戻り、情報を話し合っているうちに、兵たちの会議ではこれからの方針が決まった。
急造の軍隊なので、細かな動作はできない。それを踏まえて笛と銅鑼で簡単な指示を出すことに決めた。
予め軍を大人数二つ、少人数一つにわけておき、大人数の方を鶴翼の陣のように配置。少人数の方は陣地の守りだ。
銅鑼は一回で前進、二回で攻撃を交えつつ後退。三回で守りに徹しつつ後退。笛を一回吹いたら、移動を停止して矢を放つ。二回吹いたら、移動を停止して呪文を使える者が呪文を飛ばす。笛と銅鑼が同時に鳴れば、わきめもふらずに陣地まで撤退だ。
もっと複雑に動かしたいが、錬度が足りない現状では贅沢は言っていられないと軍上層部もわかっている。
だから最初の弓と次の呪文で、できるだけ数を減らして、その後のぶつかりあいを少しでも楽にしたと上層部は考えている。
出陣は明日の朝だ。それまでは守りに徹する。
そういったことをアークたちはやってきた補佐役から聞く。アークたちの出発も明日になった。戦力が減った現状では、後方撹乱や戦力増大防止といった援助はありがたいのだ。
予定が変更になりすまなさそうな補佐役に、アークは快く出発変更を受け入れた。
「ありがとうございます。
せめて先日の戦いで使った薬草などの補給はしますよ。どれくらい必要ですか?」
「全員に薬草一つずつで十分ですよ」
そうだろう? とアークは皆に確認し、皆も頷きを返す。
すぐに用意しますと補佐役は言って、アークたちから離れていく。
その日は、はぐれている魔物の襲撃すらなく日が落ち、静かな夜が過ぎていった。
そして出陣の朝が来た。だれもかれもが気合の入った表情で、鎧を纏い、武器を手にしている。
朝食を取り、準備が整った兵たちは前日に指示されていた配置へと移動していく。
一方で、人間の活発な動きに反応したのか、櫓に立っていた見張りが魔物たちの動きに変化を見る。魔物たちが一塊のまま前進を始めたのだ。速度的には早歩き程度で、あと二十分もすればこちらの陣地に到着するだろうと、見張りは判断し報告する。
報告を受けた指揮官は銅鑼一つ鳴らすことを指示し、大きく鳴り響いた銅鑼を聞いた兵たちは前進を始める。
兵と魔物の距離が、矢の届く手前まで縮まると、笛が鳴り響いた。兵は止まり、弓を持った者たちが矢をつがえる。その四秒後、三千近くの矢が一斉に空へと放たれた。
そんな光景を誰もが初めて見た。近年他国との戦争など起こっていない。当然大規模な戦いなど経験した者はおらず、このような光景は見られなかった。せいぜいが魔物の討伐で二百を超える矢を一斉に飛ばしたくらいだろう。
「おおーっ!」
どこからともなく感嘆の声が漏れるのを、アークたちは聞く。カズキも思わず声を漏らした一人だ。
矢は雨のように魔物たちへと降り注ぐ。密度の高い矢の雨を避けきれる魔物などいない。容赦なく矢は魔物たちに突き刺さった。
運の悪い魔物は目や喉に命中したり、数本まとめて刺さっていた。
この先制により、死ぬ魔物も出た。だが数はそれほど多くはない。さらには怪我をした魔物を笑い袋のホイミが癒していき、完全に回復させている。
結果、多少数は減らせたものの、魔物たちの戦意を高くさせただけとなる。救いは笑い袋のMPを減らせて、ホイミなどの使用回数を削ったことか。
矢が飛ばなくなり、銅鑼が一つ響く。少し兵たちが動いたところで、笛が二度響いた。
笛の音が響き終わった瞬間、多くの火球が飛んだ。ほかにもカマイタチや氷や爆発が飛んだが、一番多かったのがメラだ。
メラ着弾の影響か、砂混じりの熱風が兵たちの間を吹き抜ける。
呪文の衝突によって起こされた砂煙の向こうから、魔物たちが前進する。弓矢の時と同じ展開でやや数は減ったものの、ホイミにより怪我自体は治っている。
それを見た兵たちはそれぞれの武器を構えて、雄叫びを上げる。そして間近に迫る魔物たちへと、走りぶつかっていった。
兵たちの雄叫びはアークたちも聞くことができた。
迫力のある声は、間近で聞いた魔物たちに物理的な衝撃を持って体にぶつかっていった。
「これが戦場か」
今までの戦闘とは違った様相に、カズキは驚きに満ちた声を漏らす。
そこに補佐役がやってきた。
「皆さん、そろそろ出てもらえますか」
「わかりました。
皆行こう」
ラッドたちがキメラの翼を取り出し、アークたちが近寄ったことを確認し、空へと放り投げた。
それを見届け、補佐役もキメラの翼を取り出し、空へと投げた。飛んだ先はピラミッド方面だった。
移動したアークたちはピラミッドの裏手に現れた。
正面はさすがに目立つということで、飛ぶ際にこっちを強くイメージしたのだ。
「俺が先に行ってくるから、皆はここで静かにしててくれ」
偵察の役割を担当するエイヤーが、そう言って走り去る。
足跡はあれど、足音はなく、あれならば魔物にも気づかれにくいだろうと皆に思わせた。
エイヤーの偵察で、外にいた魔物たちの大部分はピラミッドから離れており、ピラミッド入り口には見当たらず、侵入に問題なしとわかった。ただ見張りもいないことから罠の可能性もあると付け加えられた。
「罠でも行かないといけないし、注意して進むってことでいいかな?」
アークが確認をとり、皆は頷いた。
エイヤーの先導で、アークたちは入り口まで進む。壁に松明が一定間隔で置かれているのが見えるが、それでも内部は薄暗く視界は通っていない。
カンテラを持ったエイヤーとアークを先頭に、次にラッド一人、アロアとレシャ、最後にカズキとグラッセが並ぶ。
天井は低めだが、通路は四人が横並びで進めるほどの広さだ。戦闘になっても十分な余裕がある。
進むルートは見落としを防ぐため、全ての部屋を見ると決めていた。地下一階は最後だ。今もがいこつが生み出され続けているだろうと予測し、そんな場所に突っ込む気は誰もなかった。それと地図を見て内部を覚えたエイヤーと以前ここに来たことのあるラッドの言により、地下一階には仕掛けを施すスペースはないと判明している。だから最後に回しても問題ないだろうと判断したのだった。
地下二階はどうなのだろうとカズキは思ったが、エイヤーとラッドはその存在を知らないので、話しに地下二階の話はでなかった。
どうして他国の者が隠し階層のことを知っているのか怪しまれそうなので、カズキも話すことはなかった。
「お! 宝箱!」
小部屋にあった宝箱を見てグラッセのテンションが少し上がる。
だがラッドたちを見て、苦い表情に変わる。イシスの民がいる前で、墓泥棒な真似はできないと気づいたのだ。
「なに考えたのかわかったけど、別に開けていいぞ?」
「いいのか?」
ラッドが許可を出し、グラッセが驚き嬉しげな表情となる。許可が出るとは思ってなかったのだ。
「ラッドさん! 泥棒を推奨するようなこと!」
レシャが咎めるが、ラッドは気にすることはない。大丈夫だと宥めて、開けてみたらとグラッセを促す。
レシャの反応が本来のものなのに、にこやかに勧めるラッドに疑問を覚えグラッセは宝箱に触ることを躊躇う。
「開けないのか?」
「なんというか手を出しづらい」
「遠慮なんかしなくていいのに」
躊躇うグラッセの代わりにラッドが宝箱を開けた。
グラッセとエイヤー以外が中身を覗き込む。
「から?」
アロアの言葉にラッドが頷いた。
空の宝箱を見てカズキは、そういや一階は空っぽの宝箱と人食い箱だけだったかと思い出した。
エイヤーが宝箱を見なかったのは、空だと知っていたからだ。地図を覚えた時、知らされていたのだ。
「一階は盗掘にあったらしくて、一階にある宝箱は空なんだ」
「だから開けてもいいって気軽に言えたのか」
「その通り」
悪戯気分だったのだろうラッドは楽しげに頷いた。
その楽しげな表情が、部屋の入り口からした音によって引き締められた。ミイラ男が二体、この部屋に向かってきていた。
戦闘をあっさり終わらせ、七人は先へと進む。
空とわかってても宝箱を開けてみたかったグラッセが、人食い箱に触れようとしたのを止めた以外は特にこれといったことはなかった。
本当に人食い箱なのか疑われたカズキは、離れた位置からヒャドを飛ばして、ダメージを受けて暴れだした人食い箱を指差し証明した。
人食い箱はそのまま遠くから呪文で倒された。攻撃力が高い要注意な魔物でも、手も足もでない距離から攻撃できればただの動く箱だった。
二階も隅々まで回って、かしこさの種を手に入れた以外は特別なことはない。このかしこさの種は持ち帰り、女王に承諾を得たらアークに渡されることになった。
「リーダー格も魔物を生み出しているようなものも、ここまではなかったね」
「あと考えられるのは四階か地下くらいだな。俺としては四階が怪しいと思う」
エイヤーは自身の考えを述べる。
「じゃあここを探索した後、少し休みませんか?
少し疲れてしまいました」
レシャの提案に皆は頷く。
目的のものを探すため、隅々まで歩き、その分余計に戦ってきたのだ。外では戦闘が続いているのはわかっているが、一休み入れたかった。リーダーがいるということは守りも堅いだろう。そこに疲れた状態で突入したくもなかった。
「この階にあるのは魔法の鍵だ。
女王から持ち出しの許可はもらっているので、ついでに持って行こう」
「いいの?」
アロアの疑問に、エイヤーは頷いた。
「また取りに来させるのも悪いとのこと。遠慮せずに持ち出していいと俺は聞いた」
「じゃあ遠慮なく持っていこう。
俺が聞いたところだと仕掛けがあって、わらべ歌がヒントになってるんだって?
まんまるぼたんはおひさまぼたん、だっけ?」
カズキの言葉にエイヤーは驚いた表情となる。
仕掛けの解き方は一応国家機密に属する情報なのだ、それを知っているということは、よほどの情報通かコネを持っているのだろうと、エイヤーの中でカズキの評価が上昇した。今までは、戦闘能力がそれなりにある冴えない男というものだった。今は、人食い箱の擬態を見破ったこともあり、観察力の高い情報通だ。
「へーあの歌ってヒントだったんだ」
聞き覚えのある歌にアークが感心している。
「知っているのなら話は早いな。
東西に四つのボタンがあって、それを順番どおりに押すと、向こうにある壁が動く仕組みになっている」
エイヤーが北を指差し、皆の視線が行き止まりの壁に集中した。
「あれが動くんですか?」
「仕掛けを解いたらな」
レシャの言葉にエイヤーが頷いた。
では早速解いてみようと、わらべ歌にそってボタンを押していく。最後の東のボタンを押すと、石が擦れる音が聞こえてきた。
三階と二階を繋ぐ階段に戻り、皆で北を見る。そこにあった壁はなくなっており、台座とそこに置かれている宝箱が二つ見えていた。
二つの宝箱を空け、一行は魔法の鍵とスタミナの種を手に入れた。
「これが魔法の鍵か。ポルトガに行けるようになるんだね」
アークは、手の中の鍵をしげしげと見つめる。
「ちょうどいいから、ここで休憩しよ。
魔物は正面からしかこないから、わかりやすいしね」
カズキの言葉に皆頷いて、その場に座り込む。
水で喉を潤し、携帯食料を少し食べたり、雑談したりと思い思いに過ごしていく。
アークとラッドとレシャは話しながら正面を見張り、グラッセとアロアは魔法の鍵を手にして目的達成に一歩近づいたことを喜び、カズキはエイヤーにどれくらい情報を持っているのか探られていた。カズキは一般市民が知っていてもおかしくなさそうな話を選んでいたが、知らず知らずのうちに一般人が知らないような情報も話して、エイヤーから情報通だと認識を深められていた。
17-4へ
日が出て幾分も経っていない今は肌寒く感じられ、そのおかげで多くの者の眠気がとんでいた。
普段ならば活気があるとはいえない時間帯である今も、今日ばかりは戦意高い者たちが多いことで、静かとはいえない。
アークたちも雰囲気を出している者たちの一部で、わずかに緊張と興奮を漂わせながら歩いている。
「おはようございます」
「皆さん、おはようございます」
人の多い兵舎の前に立っていた補佐役を見つけたアークが声をかける。
「ラッドさんたちは?」
「彼らは出発する少し前に合流しますよ」
「俺たちはここで待っていればいいのか?」
グラッセの言葉に補佐役は首を横に振った。
「もう三十分もすれば街外に移動するよう指示がでますから、それにあわせて移動してもらいます。
そのあとは女王様のお言葉をもらい、出発となります」
やることがないので、三十分ほど待ちぼうけとなる。その時間をアークたちは雑談で潰していく。
昼間のように炎天下ということもなく、三十分ほどならばなんの問題もなく待つことができた。
三十分経つとあちらこちらから、兵士たちが街正面入り口に向かうように指示を出し始めた。
アークたちも補佐役の案内で動き出す。
王都正面入り口には百以上のラクダがいて、犬ぞりのように砂上を滑ることができるようにそりをつけた荷台がたくさんある。ラクダにそりを引かせるのだ。二頭で一台のそりを引くことになっている。荷台には食料などが載っていた。
兵士たちは声を張り上げて、兵士と傭兵を右と左にわけている。そして整列するように指示を出していた。
アークたちはその列に混ざらず、司令部に案内される。
「皆さんはここで話を聞いてください。
私はちょいと仕事をしてきます」
そう言って補佐役は、話し合いをしている偉そうな兵士たちに混ざる。
再び暇になったアークたちは、周囲の話し声を拾って情報収集をしている。
そうして一時間弱ほど経った時、人々のざわめきが大きくなった。女王が到着したのだ。
女王は櫓の上に立ち、眼下にひしめいている兵士と傭兵を見る。彼らに頼もしさを覚えると同時に、今後の財政のことを考えると少し頭が痛くなる思いもある。魔物を倒して得られるゴールドに期待するところだ。
女王が地上の人々を見ているのと同ように、兵士や傭兵たちも頭上にいる女王に気づき見上げている。そして多くの者が女王の美貌に感嘆の声を漏らしていた。
この場に集まった人数は、戦闘要員と非戦闘要員を合わせて優に六千を超える。割合としてはイシス関係者が三で傭兵が七だ。イシス側の兵士の数が少ないのは、街と城を守るために残しているからだ。全兵力をピラミッドに向かわせて、その間に街を魔物に攻められでもしたら目を当てられない。
家臣たちの話し合いでは、そこまで高い知恵を持った魔物はここらにいないので、もう少し守備兵を減らしてピラミッド攻めの方にまわしてもいいのではという意見もあった。
だがそれは結局通らなかった。女王が、ピラミッドに集結するという今までにない魔物たちの行動を指摘し、低い可能性かもしれないが街攻めもあると述べたためだ。
街を守るのは兵士のほかに民から募った義勇兵もいる。傭兵たちは全てピラミッド攻めに参加となっている。
街を守るのは自分たちの手でという考えと、戦いに慣れていない民を遠征に出しづらいからそうなったのだが、傭兵は捨て駒といった考えも小さく小さく囁かれていた。
なるべく国力は落としたくない。隣の家の人間が死ぬよりは、遠くの人間が死ぬ方がいい。そういった思いが囁きを生み出したのだろう。
無論傭兵もそういった考えがあるのは理解している。自国を守るといった立場になれば、同じように考えるだろうとわかっているからだ。
それがわかってここにいる者がほとんどなので、そういった言動が表立ってでないかぎりは報酬分だけ働く考えだ。
司令部が傭兵たちに、命をかけて囮になってこい玉砕して来いといった無茶な命令を出した場合はいつでも離脱する準備がある。多くの傭兵が離脱用のキメラの翼を懐に忍ばせている。
といっても急に戦力が減って困るのはイシス側なので、無茶な命令は出さないだろう。出してもよほど追い詰められた時だ。そんな状況になれば傭兵だけではなく、兵士たちにも無茶な命令が出されるはずだ。
「勇敢なる兵士たちよ。よく集ってくれました」
櫓に立つ女王が口を開いた。大声とは言わないが、それでも全員が女王の声を聞き漏らすことはなかった。聞き逃せない力があった。
全員の注目が集まったことを確認し、女王は続ける。
「そして傭兵の方々は初めまして、イシスの女王エリアと申します。
この度は私たちの戦いに力を貸してくださり、とてもありがたく思います」
まずは礼を述べ、次に目的と行動予定を述べていった。
「皆が無事、この戦いを乗り越えることを切に願い、再び笑顔で会えることをここ王都で祈っています」
最後に激励の言葉を述べた女王は深々と一礼し、もう一度集まった人々を見渡して櫓から降りていった。
次に軍団長が櫓に上がり、指示を出していく。
兵たちは縦四列で、ピラミッドを目指し歩き出した。
自分たちも出ないと、と考えているアークたちにラッドたちを連れた補佐役が近寄る。
「私たちは最後尾です。もう少しだけ待ってください」
アークたちが聞きたいことを予測していた補佐役が、これからの行動を告げた。
それに従い、アークたちは兵たちの移動を眺めて待つ。
そのアークたちに女王が近づいてきた。勇者の仲間の顔を見るという目的を果たすため来たのだ。
「勇者の仲間の皆様、この度はイシスの戦いに付き合いくださり、ありがとうございます」
会うことはないと思っていた女王を間近にして、カズキ、グラッセ、アロアは動きを止めている。
「どうかされました?」
「……はっ!? 女王が俺たち一般人に声をかけてきたので驚いてしまいました」
前世の感覚で、王といった存在への敬意が他の者よりは少ないカズキが最初に我に返る。
「そうでしたか。
ですが、自国の民でもないのに手を貸してくれるのですから、労って当然だと思いませんか?」
「王としてはどうかわかりませんが、人としてそう思うのは当然かもしれませんね」
「王でも必要があれば、市井の者に会い声をかけ頭の一つも下げますよ」
自国の平穏を願う王として、国を助けてくることを感謝する個人として、両方の面から礼を言ったのだ。
「変なプライドに凝り固まっているより、接しやすいですね。
っと接しやすいからといって、あまり砕けては駄目でした。
無礼を謝ります」
気になさらずと返答し、女王はラッドたちへと視線を移す。
「あなたたちも気をつけて。
勇者たちへの協力を惜しまず、任務を果たしなさい」
直接声をかけられたことにラッドたちは感激し、片膝をついて敬意を示す。
女王は軽く一礼したあと、護衛と一緒に王都へと帰って行った。
女王がいたことで緊迫していた空気が緩み、その場にいた全員強張っていた体から力を抜く。
二十分後に列の最後尾が動き出し、アークたちも歩き始める。その後ろを荷台を運ぶラクダたちが並び歩いていた。
行軍は一日二日と予定通りに進む。途中で散発的な魔物の襲撃はあったが、極少数だったためピラミッドに集っている魔物たちとは別件で偶然遭遇しただけと考えられていた。
女王が今回の魔物の行動は計画的である、と指摘したことを軍の高官たちは軽視していた。
兵士たちは実際に魔物と戦い、イシス周辺の魔物たちのことをよく理解しているという自負がある。だから現場には出ない女王の言葉を軽んじてしまっているのだろう。
通常ならば兵士たちの考えが正しいのだが、今回ばかりは女王の判断が正しかった。魔物たちの行動に対する先入観がないがゆえに、変化を見落とさなかったのだ。
散発的に襲ってきた魔物は、上の指示によって軍隊を観察しにきていた。軍隊がイシスを出発したことは、イシスに潜り込んで猫に変化していた魔物によって、知らされていたのだ。この猫はゲームにも登場するが、カズキはその存在をすっかり忘れていた。覚えていても役割がスパイだとは思ってもいなかったのだが。
戦闘から逃げることができてピラミッドに戻っていった魔物によって、ピラミッドにいる夜叉童子は、軍の規模、行動速度などなど貴重な情報を手に入れることができ、これからの行動を決めることができた。
そして夜叉童子は早速魔物を動かした。
二日目の夜。皆が寝静まった頃、見張りくらいしか起きていない時刻、半月と星と雲が浮かぶ暗い空をいくつもの影が飛ぶ。
羽ばたきが聞こえないくらいには高い位置を移動しているせいで、眠気と戦うことに気を取られがちな見張りたちは気づけない。そのもう一段高い位置を夜叉童子が飛ぶ。彼らが兵たちのキャンプ地上空に来た時、夜叉童子は止まり、メラを上空へと飛ばし、キャットフライと人食い蛾の混成部隊に合図を送る。
合図を受けた魔物たちは、これから味わうだろう人間の血と肉の味に舌なめずりしながら、次々と急降下していった。
バサバサと多くの羽ばたきに見張りが気づいた頃にはもう遅く、魔物たちはなんの準備もできていない兵たちに喰らいついていった。
眠っていた兵たちは、あちこちから上がる悲鳴で叩き起こされた。
状況は、ただやられる者、声を張り上げ指示を出す者、武器を手に応戦する者、戸惑うだけの者と様々な様相を見せている。
混沌とした状況は、魔物たちが引く三十分間続いた。
魔物たちが去ったあと残ったのは、むせるほどの血の匂いと助けを求める声と助けるために動く者の声。
この状況でアークたちが巻き込まれないはずもなく、彼らも悲鳴で起きて戦いに参加していた。
アークたちに特に酷い怪我はなく、手持ちの薬草一個使えば十分だった。
武器を収めて、怪我人の治療を手伝うために動き出す。そんな彼らに慌てた様子で補佐役が走りよってきた。補佐役はすでに治療したのか傷一つない。服に汚れがないことから、上手く戦いを避けることができたのかもしれない。
「皆さん! 無事ですか!?」
「怪我はしたけど、薬草で十分治療できましたよ」
アークの返答に、補佐役は心底ほっとしたような様子を見せる。
「そうですか、それはよかったです」
「兵士たちの被害ってどれくらいですか?」
「私も全部を把握はしていないんですが、死者も出ています。
飛べる魔物を中心として大群で奇襲をしかけくるなんて……予想外もいいところですよ」
「明日の出発はなしで、部隊のまとめなおしかな?」
カズキの言葉に補佐役は頷いた。
「ええ、そうなるでしょう。
死者はイシスへと送り返し、その付き添いに多くの兵が行く必要があるだろうし。
最大で四分の一くらいは人数が減ると思いますね。
まったくピラミッドに着く前に戦力が減るなんて、幸先が悪すぎます」
大きく溜息を吐いた補佐役は、仕事があるからとアークたちから離れていった。
アークたちは治療の手伝いを再開し、適度なところで切り上げ、再び眠りについた。
騒がしい夜が明けても忙しさは変わらず、兵たちの疲れは取れていないと一目でわかる。再度襲撃の可能性もあるので、気を抜くこともできない。
陣地のそこかしこに血の染み込んだ砂も見える。
軍隊上層部は各隊に今日は進まず、ここに留まると通達し、休める者から休むよう状況を整えていった。
上層部の頑張りにより、イシスへと引き返す部隊は夕刻前には編成できた。その部隊は編成してすぐにイシスへと戻っていった。これにより死者はもちろんのこと、完治に時間がかかり後遺症が残っている者もいなくなった。
ここに留まったことで補給部隊が追いつき、彼らをと一緒に帰還部隊を行動させることで、帰還部隊につける守護兵を減らせて、戦力減少を僅かながらに食い止めることができたのは、少しだけ運が良かったことなのだろう。
こういった予想外の出来事はあったが、予定一日遅れで軍隊はピラミッド近くに到着した。
遠目にピラミッドが見え、目がいい者でもなくともピラミッドの周囲に集まった魔物たちの影を見ることができる。
兵たちは魔物の動きに警戒しつつ、陣地を作り上げていく。その様子を魔物たちも見えているはずなのだが、なにも仕掛けてくることはない。魔物一匹近づいてこないことに不気味さを覚えてはしたが、妨害がないことはありがたく、陣地設営は順調に進み、予定していたよりも早く終わった。
設営を終えてすぐに突っ込むということなかった。本来ならば、補佐役がアークに言ったように軽く一当てしようとしていたのだが、計略を立てられる魔物がいるかもしれない現状ではただ戦力を減らすだけと考えられ、偵察兵を動かすだけに止まっている。急ぎ建てられた櫓には、目のいい見張りが立っており、常に魔物の動向を見張っていた。双眼鏡か望遠鏡でもあれば詳しく観察できるのだろうが、あいにくそれらは世界中には広まっておらず、ルザミかニホンと名づけられた街にしかない。
アークたちはこれからの行動を決める会議には出ずに、自主的に偵察側に回っていた。
アークたちが会議に出ないのは、兵たちが話し合うのはピラミッド外での戦いのことだけだからだ。アークは誘われはしたのだが、話し合いの主題を聞いて参加しなくても問題なしと判断し、後から聞くと言って辞退したのだった。
「まったく魔物遭わないね」
「だなぁ。これだけ近づいてんのにな」
偵察に出たアークとカズキが拍子抜けした様子で、周囲を観察している。
現在地は、陣地からピラミッドを避けて一時間弱ほど北上した小高い砂丘だ。ピラミッドへはここから十分も歩けば到着する。これだけ近づいても二人は魔物に遭遇しない。見つからないように注意して移動はしたが、普通ならば最低でも一回は魔物と戦ってもいいはずだ。
丘から見下ろせばピラミッド周辺に魔物たちが蠢いている。
「兄さん、ここから魔物たちの強さわかる?」
「んー……」
二人でここに来たのは、カズキのステータスを見る能力で事前に魔物の情報を得るためだ。特に女王から聞いた見たことのない魔物の情報を得たい。
カズキは目を凝らして魔物たちを見ていく。まだ遠いのかステータスを確認できない。けれども見たことのない魔物とやらの見当はついた。
「(あれってガイコツだよな?)」
アークに聞こえないよう心の中で呟く。
カズキの視線の先には、ドラクエ1のガライ南に出てくるガイコツがいた。詳しくいうなら、スケルトンと呼ばれる魔物のそのものだろう。ガイコツの方は衣服を着けていたが、スケルトンは骨のままという違いがある。
ピラミッドを利用して生み出すには、ちょうどいい魔物だなと納得もしていたりする。なんせ地下には数え切れないほどの骨があるのだから。
「(たしかそれほど強くはなかったはず。変に強化されてなかったらの話だけど……)
いまいちはっきりしないけど、女王が見慣れないっていった魔物はあの動く骨で違いないはず。
骨の魔物はがいこつ剣士や地獄の騎士ってのがいるけど、腕の数が違うしね」
「がいこつ剣士は昔勉強した時に聞いたけど、地獄の騎士ってのもいるんだ」
「それなりに強い上に、麻痺させる息を吐き散らすんだとさ。
そういった厄介な奴とは違って、あれは一対一なら俺でも勝てそうだ。
ただ死者を使い生み出されたらしいから、攻撃するのはちょっと躊躇いを覚えないでもないかな」
実際戦うことになれば、死にたくないので攻撃はするだろうが。
「あれが一番強い魔物?」
「いやどちらかっていうと、あれは弱いほうだ。数の多さは厄介だけど。
一番っていうと、あの色のついた包帯の魔物、あれだ。
一番体力が高いし、力も強い」
カズキが指差さしたマミーを、アークはじっと見る。
「ほかに注意するのは蛙と袋の魔物。妨害系の呪文使ってくる」
「どんな呪文か正確にわかる?」
どんなのだっけと記憶を掘り起こし、思い出していく。
「……蛙がラリホー? 袋がマヌーサ、マホトーン。ほかにも何かしてくるって聞いたんだけど忘れたちゃってるよ、ごめん」
正確には笑い袋が、ボミオスとホイミとスクルトも使ってくる。
全ての情報がわからなくとも、笑い袋は早めに倒した方がいいとアークは判断した。
少しでも情報が手に入ったことで良しとして、二人は陣地に戻る。
二人が戻り、情報を話し合っているうちに、兵たちの会議ではこれからの方針が決まった。
急造の軍隊なので、細かな動作はできない。それを踏まえて笛と銅鑼で簡単な指示を出すことに決めた。
予め軍を大人数二つ、少人数一つにわけておき、大人数の方を鶴翼の陣のように配置。少人数の方は陣地の守りだ。
銅鑼は一回で前進、二回で攻撃を交えつつ後退。三回で守りに徹しつつ後退。笛を一回吹いたら、移動を停止して矢を放つ。二回吹いたら、移動を停止して呪文を使える者が呪文を飛ばす。笛と銅鑼が同時に鳴れば、わきめもふらずに陣地まで撤退だ。
もっと複雑に動かしたいが、錬度が足りない現状では贅沢は言っていられないと軍上層部もわかっている。
だから最初の弓と次の呪文で、できるだけ数を減らして、その後のぶつかりあいを少しでも楽にしたと上層部は考えている。
出陣は明日の朝だ。それまでは守りに徹する。
そういったことをアークたちはやってきた補佐役から聞く。アークたちの出発も明日になった。戦力が減った現状では、後方撹乱や戦力増大防止といった援助はありがたいのだ。
予定が変更になりすまなさそうな補佐役に、アークは快く出発変更を受け入れた。
「ありがとうございます。
せめて先日の戦いで使った薬草などの補給はしますよ。どれくらい必要ですか?」
「全員に薬草一つずつで十分ですよ」
そうだろう? とアークは皆に確認し、皆も頷きを返す。
すぐに用意しますと補佐役は言って、アークたちから離れていく。
その日は、はぐれている魔物の襲撃すらなく日が落ち、静かな夜が過ぎていった。
そして出陣の朝が来た。だれもかれもが気合の入った表情で、鎧を纏い、武器を手にしている。
朝食を取り、準備が整った兵たちは前日に指示されていた配置へと移動していく。
一方で、人間の活発な動きに反応したのか、櫓に立っていた見張りが魔物たちの動きに変化を見る。魔物たちが一塊のまま前進を始めたのだ。速度的には早歩き程度で、あと二十分もすればこちらの陣地に到着するだろうと、見張りは判断し報告する。
報告を受けた指揮官は銅鑼一つ鳴らすことを指示し、大きく鳴り響いた銅鑼を聞いた兵たちは前進を始める。
兵と魔物の距離が、矢の届く手前まで縮まると、笛が鳴り響いた。兵は止まり、弓を持った者たちが矢をつがえる。その四秒後、三千近くの矢が一斉に空へと放たれた。
そんな光景を誰もが初めて見た。近年他国との戦争など起こっていない。当然大規模な戦いなど経験した者はおらず、このような光景は見られなかった。せいぜいが魔物の討伐で二百を超える矢を一斉に飛ばしたくらいだろう。
「おおーっ!」
どこからともなく感嘆の声が漏れるのを、アークたちは聞く。カズキも思わず声を漏らした一人だ。
矢は雨のように魔物たちへと降り注ぐ。密度の高い矢の雨を避けきれる魔物などいない。容赦なく矢は魔物たちに突き刺さった。
運の悪い魔物は目や喉に命中したり、数本まとめて刺さっていた。
この先制により、死ぬ魔物も出た。だが数はそれほど多くはない。さらには怪我をした魔物を笑い袋のホイミが癒していき、完全に回復させている。
結果、多少数は減らせたものの、魔物たちの戦意を高くさせただけとなる。救いは笑い袋のMPを減らせて、ホイミなどの使用回数を削ったことか。
矢が飛ばなくなり、銅鑼が一つ響く。少し兵たちが動いたところで、笛が二度響いた。
笛の音が響き終わった瞬間、多くの火球が飛んだ。ほかにもカマイタチや氷や爆発が飛んだが、一番多かったのがメラだ。
メラ着弾の影響か、砂混じりの熱風が兵たちの間を吹き抜ける。
呪文の衝突によって起こされた砂煙の向こうから、魔物たちが前進する。弓矢の時と同じ展開でやや数は減ったものの、ホイミにより怪我自体は治っている。
それを見た兵たちはそれぞれの武器を構えて、雄叫びを上げる。そして間近に迫る魔物たちへと、走りぶつかっていった。
兵たちの雄叫びはアークたちも聞くことができた。
迫力のある声は、間近で聞いた魔物たちに物理的な衝撃を持って体にぶつかっていった。
「これが戦場か」
今までの戦闘とは違った様相に、カズキは驚きに満ちた声を漏らす。
そこに補佐役がやってきた。
「皆さん、そろそろ出てもらえますか」
「わかりました。
皆行こう」
ラッドたちがキメラの翼を取り出し、アークたちが近寄ったことを確認し、空へと放り投げた。
それを見届け、補佐役もキメラの翼を取り出し、空へと投げた。飛んだ先はピラミッド方面だった。
移動したアークたちはピラミッドの裏手に現れた。
正面はさすがに目立つということで、飛ぶ際にこっちを強くイメージしたのだ。
「俺が先に行ってくるから、皆はここで静かにしててくれ」
偵察の役割を担当するエイヤーが、そう言って走り去る。
足跡はあれど、足音はなく、あれならば魔物にも気づかれにくいだろうと皆に思わせた。
エイヤーの偵察で、外にいた魔物たちの大部分はピラミッドから離れており、ピラミッド入り口には見当たらず、侵入に問題なしとわかった。ただ見張りもいないことから罠の可能性もあると付け加えられた。
「罠でも行かないといけないし、注意して進むってことでいいかな?」
アークが確認をとり、皆は頷いた。
エイヤーの先導で、アークたちは入り口まで進む。壁に松明が一定間隔で置かれているのが見えるが、それでも内部は薄暗く視界は通っていない。
カンテラを持ったエイヤーとアークを先頭に、次にラッド一人、アロアとレシャ、最後にカズキとグラッセが並ぶ。
天井は低めだが、通路は四人が横並びで進めるほどの広さだ。戦闘になっても十分な余裕がある。
進むルートは見落としを防ぐため、全ての部屋を見ると決めていた。地下一階は最後だ。今もがいこつが生み出され続けているだろうと予測し、そんな場所に突っ込む気は誰もなかった。それと地図を見て内部を覚えたエイヤーと以前ここに来たことのあるラッドの言により、地下一階には仕掛けを施すスペースはないと判明している。だから最後に回しても問題ないだろうと判断したのだった。
地下二階はどうなのだろうとカズキは思ったが、エイヤーとラッドはその存在を知らないので、話しに地下二階の話はでなかった。
どうして他国の者が隠し階層のことを知っているのか怪しまれそうなので、カズキも話すことはなかった。
「お! 宝箱!」
小部屋にあった宝箱を見てグラッセのテンションが少し上がる。
だがラッドたちを見て、苦い表情に変わる。イシスの民がいる前で、墓泥棒な真似はできないと気づいたのだ。
「なに考えたのかわかったけど、別に開けていいぞ?」
「いいのか?」
ラッドが許可を出し、グラッセが驚き嬉しげな表情となる。許可が出るとは思ってなかったのだ。
「ラッドさん! 泥棒を推奨するようなこと!」
レシャが咎めるが、ラッドは気にすることはない。大丈夫だと宥めて、開けてみたらとグラッセを促す。
レシャの反応が本来のものなのに、にこやかに勧めるラッドに疑問を覚えグラッセは宝箱に触ることを躊躇う。
「開けないのか?」
「なんというか手を出しづらい」
「遠慮なんかしなくていいのに」
躊躇うグラッセの代わりにラッドが宝箱を開けた。
グラッセとエイヤー以外が中身を覗き込む。
「から?」
アロアの言葉にラッドが頷いた。
空の宝箱を見てカズキは、そういや一階は空っぽの宝箱と人食い箱だけだったかと思い出した。
エイヤーが宝箱を見なかったのは、空だと知っていたからだ。地図を覚えた時、知らされていたのだ。
「一階は盗掘にあったらしくて、一階にある宝箱は空なんだ」
「だから開けてもいいって気軽に言えたのか」
「その通り」
悪戯気分だったのだろうラッドは楽しげに頷いた。
その楽しげな表情が、部屋の入り口からした音によって引き締められた。ミイラ男が二体、この部屋に向かってきていた。
戦闘をあっさり終わらせ、七人は先へと進む。
空とわかってても宝箱を開けてみたかったグラッセが、人食い箱に触れようとしたのを止めた以外は特にこれといったことはなかった。
本当に人食い箱なのか疑われたカズキは、離れた位置からヒャドを飛ばして、ダメージを受けて暴れだした人食い箱を指差し証明した。
人食い箱はそのまま遠くから呪文で倒された。攻撃力が高い要注意な魔物でも、手も足もでない距離から攻撃できればただの動く箱だった。
二階も隅々まで回って、かしこさの種を手に入れた以外は特別なことはない。このかしこさの種は持ち帰り、女王に承諾を得たらアークに渡されることになった。
「リーダー格も魔物を生み出しているようなものも、ここまではなかったね」
「あと考えられるのは四階か地下くらいだな。俺としては四階が怪しいと思う」
エイヤーは自身の考えを述べる。
「じゃあここを探索した後、少し休みませんか?
少し疲れてしまいました」
レシャの提案に皆は頷く。
目的のものを探すため、隅々まで歩き、その分余計に戦ってきたのだ。外では戦闘が続いているのはわかっているが、一休み入れたかった。リーダーがいるということは守りも堅いだろう。そこに疲れた状態で突入したくもなかった。
「この階にあるのは魔法の鍵だ。
女王から持ち出しの許可はもらっているので、ついでに持って行こう」
「いいの?」
アロアの疑問に、エイヤーは頷いた。
「また取りに来させるのも悪いとのこと。遠慮せずに持ち出していいと俺は聞いた」
「じゃあ遠慮なく持っていこう。
俺が聞いたところだと仕掛けがあって、わらべ歌がヒントになってるんだって?
まんまるぼたんはおひさまぼたん、だっけ?」
カズキの言葉にエイヤーは驚いた表情となる。
仕掛けの解き方は一応国家機密に属する情報なのだ、それを知っているということは、よほどの情報通かコネを持っているのだろうと、エイヤーの中でカズキの評価が上昇した。今までは、戦闘能力がそれなりにある冴えない男というものだった。今は、人食い箱の擬態を見破ったこともあり、観察力の高い情報通だ。
「へーあの歌ってヒントだったんだ」
聞き覚えのある歌にアークが感心している。
「知っているのなら話は早いな。
東西に四つのボタンがあって、それを順番どおりに押すと、向こうにある壁が動く仕組みになっている」
エイヤーが北を指差し、皆の視線が行き止まりの壁に集中した。
「あれが動くんですか?」
「仕掛けを解いたらな」
レシャの言葉にエイヤーが頷いた。
では早速解いてみようと、わらべ歌にそってボタンを押していく。最後の東のボタンを押すと、石が擦れる音が聞こえてきた。
三階と二階を繋ぐ階段に戻り、皆で北を見る。そこにあった壁はなくなっており、台座とそこに置かれている宝箱が二つ見えていた。
二つの宝箱を空け、一行は魔法の鍵とスタミナの種を手に入れた。
「これが魔法の鍵か。ポルトガに行けるようになるんだね」
アークは、手の中の鍵をしげしげと見つめる。
「ちょうどいいから、ここで休憩しよ。
魔物は正面からしかこないから、わかりやすいしね」
カズキの言葉に皆頷いて、その場に座り込む。
水で喉を潤し、携帯食料を少し食べたり、雑談したりと思い思いに過ごしていく。
アークとラッドとレシャは話しながら正面を見張り、グラッセとアロアは魔法の鍵を手にして目的達成に一歩近づいたことを喜び、カズキはエイヤーにどれくらい情報を持っているのか探られていた。カズキは一般市民が知っていてもおかしくなさそうな話を選んでいたが、知らず知らずのうちに一般人が知らないような情報も話して、エイヤーから情報通だと認識を深められていた。
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