萌えっ娘もんすたぁ
2008年04月28日
続 あくの道
カントーのどこかにあるロケット団支部。ここは、最近できたばかりの支部だ。
ここは、世界中へもえもんを運び出すため集めて、時期がくるまで一時的に拘束しておくための場所。
警察やもえもんレンジャーに見つからぬよう、カモフラージュされた倉庫の中に、いくつもの檻が並ぶ。
檻の中には、実験用、観賞用、愛玩用に集められた何人ものもえもんたちが入っている。
薬で弱らされているのか、誰もが騒ぐこともせず、静かだ。
ちなみにレベルの高いもえもんは、誰一人としていない。
ロケット団も取引先も、実力の高いもえもんを必要としていないからだ。
低レベルのもえもんでさえ、丸腰の人間には脅威となる。それなのに、高レベルのもえもんを買ったところで、暴れられて逃げられるのがおちだ。
弱らせる薬もいつか効果がなくなる。そのとき、復讐される恐れがある。
必要とされるのは、大人しく、反抗せず、なんでも言うことを聞く存在。
強いもえもんを求めるのは、酔狂な金持か、優れたもえもんを所有するトレーナー崩れくらいだろう。
そんな施設にひょっこりと、メノクラゲが入り込んだ。
あくを目指し、ロケット団に入団しようとして、逆にブラックリスト入りしたメノクラゲだ。
「おおきなあくを目指すため、今日はあくのお手本を見に来ました。
どんな組織かは知らないけど、たぶん勉強になるのです」
いわば社会見学。今後の参考にするため、あくの情報を集めて、ここにきた。
ただ、ここがロケット団支部とは気づいてないようだ。もし気づいてれば、近づくこともなかっただろう。
それにしても、壁にでかでかと描かれたRの字に、気づかないのはどうかと思う。
隠密スキルなど持っていないメノクラゲは、いろんな人々に発見されながらも、注意されることなく建物中を歩き回った。
あまりに堂々と歩いているので、誰かの手持ちもえもんと思われていたのだ。
さらに運のいい事に、メノクラゲの情報は、ここでは支部長とその周辺くらいしか知らない。
メノクラゲを見たのは、全部下っ端のロケット団員だ。
これらの理由で、メノクラゲは自由に歩き回れていた。
しかし、その幸運をメノクラゲは、いかせていなかった。ここで何をやっているのか、理解できていないからだ。
何をやっているのか、わかっているようなふりをして見学を続けるメノクラゲが倉庫に入る。
両手には飴やお菓子。ここにくるまでにもらったらしい。
「皆、狭い中に入って何やってるんだろ?
なんだか元気もないです」
何がなんだかわからないまま、檻の間を歩き回る。
話しかけても、メノクラゲに反応せず、どこか遠いところを見ているもえもんたちを不思議に思う。
もえもんたちは、別に洗脳されているわけではない。ただ、諦めているのだ。
長い間閉じ込められて、何をしても檻が壊せず、出られないと悟ったときから、抵抗することをやめた。
こういった諦めを植えつけることも、ロケット団の目論見の一つ。
「そこのメノクラゲ!」
「うん?」
何事にも例外はつきもので、諦めることを受け入れないもえもんもいる。
メノクラゲを呼んだもえもんも、そんな一人。
「あなたは、オコリザル?」
声のした方向を見ると、そこにはオコリザルが一人。
何度も檻に攻撃を加えたのだろう、檻は傷がたくさんついていた。
「ああそうだが、今はそんなこと関係ない。頼みがあるんだ」
「頼み?」
「あそこにスイッチが見えるだろ? あれを押してくれないか?」
オコリザルの指差した方向には、たしかに赤いボタンのスイッチが。
だが、その近くには見張りが立っていた。
今は、物陰に隠れてみつかっていないが、あそこまで行くとさすがにばれる。
さらにボタンまで押そうとすれば、捕まってしまうだろう。
「ボタンを押したら誰か困りますか?」
「まあ、困るだろうなぁ」
なんでこんなこと聞くのかわからないオコリザル。
「困りますか! それはりっぱなあくです!」
「悪? ……そうなんだろうか?」
オコリザルは、テンションの上がってきたメノクラゲに不安になる。
(よく考えてみれば、こんなところにいるのも変だ。でもメノクラゲに頼らないと現状を打破できない。
多少変だと贅沢いって、チャンスを逃すのは馬鹿らしい……)
少し悩んだオコリザル。変でも、助かるならかまわない、と結論がでたようだ。
「では、行ってきます!」
「ああ、頼んだよ」
やる気に満ちたメノクラゲは、隠れてこっそりとボタンを押すとか考えずに、走っていく。
「ちょっ!? おまっ隠れながらとか!」
後ろから聞こえてくるオコリザルの言葉も、あくを為すという目的を持ったメノクラゲには届かない。
「そこの真っ黒さんどくのです! わたしはあくを為すのです!」
「なんだ!?」
突然、変なことを言いながら現れたメノクラゲに驚くロケット団員。
「とまれ!」
突発的な事態というものに慣れていたのだろう、驚いたのは一瞬。
だが、メノクラゲはその一瞬で、距離を縮めていた。そのままの勢いで、ぶつかってロケット団員を吹き飛ばす。
したたかに打った腹を押さえて、苦しむロケット団員を気にせず、邪魔者がいなくなったので、ボタンを押そうとするが、
「と、届かない」
メノクラゲの身長では、背伸びしてもまったく届かない位置に、ボタンはあった。
「えっと」
「ジャンプすれば届くだろ!」
どうしようか悩むメノクラゲのもとに、オコリザルのアドバイスが届いた。
「おお!」
自分では思いつかなかったことに関心しつつ、ジャンプするため、ぐっと沈む。
「そこまでだ!」
起き上がったロケット団員が、手持ちのもえもんを使い、メノクラゲの邪魔をしようとする。
邪魔されたメノクラゲは、むうっと頬を膨らませ不満を表した。
「あくを行う邪魔をする人は、吹っ飛ぶのです!
ハイドロポンプ〜」
生み出された水流に、ロケット団員ともえもんは、壁さえも突き破って吹き飛ばされた。
それを満足そうに見たあと、ぴょんぴょんと三回ジャンプして、ボタンを押すことに成功した。
同時に、サイレンが建物から響き渡る。
正しい順序で、ボタンを押さなかったので、防犯ベルが作動したのだ。
「皆、逃げるよ!」
開いた檻から出て、オコリザルは脱出を呼びかける。
もえもんたちは、次々と檻から出てくる。
諦めていたもえもんたちだが、死んでいたわけではないので、メノクラゲとロケット団員の騒ぎは聞いていた。
ロケット団員がボタンを押して、檻の開閉を操作しているのは、皆知っていた。
それが押されるかもしれない、脱出できるかもしれないと知って、再び活力が湧いてきたのだ。
活力さえ湧けば、薬の効果など、はねのけることができる。最近は、弱めの薬だったことも幸いだ。
オコリザルの指差す、メノクラゲの開けた穴を目指し、もえもんたちは走っていく。
異変を知ったロケット団員も集まってきている。
だが、再び捕獲する前に、技が飛んできて、手持ちのモンスターボールを取り出す暇もない。
小技ばかりでも、たくさん飛んでくれば、しゃれにならない威力になる。
それを、身をもって知ることになったロケット団員たちは、ほうほうの体で逃げ出していった。
ロケット団員たちが、戻ってくる前に、もえもんたちも逃げ出した。
捕まっていたもえもんは、誰一人捕まることなく逃げることができた。
森の中、メノクラゲとオコリザルが向き合っている。その回りには、逃げたもえもんたちもいる。
皆、メノクラゲに感謝の念を向けていた。
「ありがとうな、おかげで助かったよ」
「よくわからないけど、どういたしまして」
メノクラゲは、いまだにオコリザルたちがあそこにいた理由をわかっていない。
「こっちも、あんたがなんであんなところにいたのか、わからないんだよな」
「わたしはあくのメノクラゲ。今後のあくのため、見学に行ったのです」
「あはははははは、そーかそーか、見学か。勉強熱心なんだな、お前は」
メノクラゲの言葉を、冗談と受け取ったオコリザル。回りのもえもんも皆、同じ反応だ。
冗談と思われているとは知らずに、メノクラゲは褒められて嬉しそうだ。
その笑顔も、オコリザルの言葉で凍りつく。
「今日やったことは、悪というより正義の味方っぽいけどな」
「え?」
回りを見ると、皆うんうんと頷いている。
「え? え? うううぅ、わたしはあくのメノクラゲ……せいぎのメノクラゲなんかじゃありませんー!」
ショックを受けたメノクラゲは、涙目でその場から走り去っていった。
それを呆然と見送るオコリザルたち。
今日のことが原因で、メノクラゲのブラックリスト順位は上がることになる。
「明日はぜったいあくを為すのですー!」
どこかの岬、太陽にむかって宣言するメノクラゲの声が、響き渡るのだった。
大きなあくは、無理だと思うぞメノクラゲ。
小さなあくで、満足しとけメノクラゲ!
あくの道
「わたしは、あくのメノクラゲ。今日もあくを目指してがんばるぞ!」
タマムシシティ入り口に、メノクラゲが一人立って、何かおかしなことを宣言している。
悪を目指すというのなら、まずはあくを漢字で発音しろ。「あく」と言ってると、可愛らしさが先にたつ。
このちょっとおかしなメノクラゲが、タマムシティにやってきたのは、ロケット団に入るため。
あくを目指すには、あくの先輩に教えを乞うのが一番だと考えたらしい。
“海の仲間百人に聞きました”の“あくにんといえば?”アンケートで一位を取った相手に会いに来ただけ、という裏話もあるが、気にしては駄目だ。
「いままでで、十分あくぎょうを積んだから、ここでさらなるレベルアップが必要なのです!」
ぐっと拳をにぎり、強く主張しても、なぜだか説得力がない。
事実、周囲にいる人は、この発言を聞いても、可愛いこと言ってるね、ということくらいにしか受け取っていない。
悪には、見た目の凶悪さも必要なんだと、教えてくれる光景だ。
「しかし、さすがは、あくのエリート。どこにいるかさっぱりわかりません」
近くに全身が黒く、Rと書き込まれた帽子をかぶった、柄の悪い奴がいるんだが、なぜわからないのだろう?
みつからなくとも諦めず、メノクラゲはロケット団を探す。
そのかいあってか、町外れの屋敷を拠点にしている、という情報を掴んだ。
「ここがそうですか。うん、あくの本拠地にふさわしいところです」
大きくなく、されど小さくもない、中途半端な屋敷を前に、一人うんうんと頷くメノクラゲ。
そんなメノクラゲに、庭にいたロケット団員が気づいた。
「こいつは、たぶんメノクラゲだよな? なんでこんな陸地に?」
近づいてきた男を、期待を込めた目で見上げるメノクラゲ。
そんな目で見られたことのない男は、ちょっとだけ後ずさる。
「あなたは、ロケット団ですか?」
「そ、そうだが?」
「わたしは、ろけったじゃなくて、ロケット団に入りたいのです。入れてください!」
ちょっと緊張して噛んでしまうも、自分の望みを言いきった。
先手を取ることはあっても、先手を取られることは滅多にないロケット団。
慣れないことに、戸惑ってしまう。
「ロ、ロケット団に? どうしてだ?」
「わたしは、あくを目指しているのです! より大きなあくになるため、あくのエリート、ロケット団で学びたいのです!」
「……うーむ」
もえもんが、悪になりたいと言ったり、自らロケット団に入りにきたり、学びにきたり、初めてづくしで理解が追いつかなくなってきた男。
少しだけ考えて、
「ならば、面接と入団試験を受けてもらおう!」
適当にやってみようと結論づけたらしい。考えるのをやめたともいう。
「まず始めに、ロケット団に入りたい動機だが、これはすでに聞いたな。
では、次。いままでにしてきた悪を言ってみろ」
「はい! ピンポンダッシュと釣銭泥棒と空き缶のポイ捨てと落書きですっ!」
「うむ。なかなかの悪だな」
「先輩はどんなあくをしましたかぁ?」
「俺か? 俺の一番の悪は……あれだ、電車で老人に席を譲らなかった」
「おおー! すごいあくです! 憧れます!」
「そうだろ、そうだろ。お前も早くこれくらいできるようになれよ」
「がんばりますっ」
どうやら、この男もメノクラゲと同じくらい変らしい。
どうしてロケット団にいるのだろうか? なんというか必要とされていない気がする。
意気投合したらしいメノクラゲと男は、次の入団試験に話を移した。
「うむ。面接は合格だ。
次は、試験だ。弱い奴は、ロケット団にはいらない。まずは、どんな技ができるか言ってみろ」
「ようかいえきとぉ」
「うむ」
「バリアーとぉ」
「ほう」
「ハイドロポンプとぉ」
「なっ!?」
「ギガドレインです!」
「は?」
このメノクラゲ、通常では覚えられないギガドレインまで、覚えてなさる。どこで技マシンを拾ったのやら。
見た目にそぐわず、実力は高かったようだ。
驚く男は、さっきと同じように深く考えるのをやめて、話を続ける。
「そ、それでは、技の威力はどれくらいか、試してみることにする。
そう……だな」
男は周りを見渡し、庭にあったサカキの像を指差す。
「あれに向かって、ハイドロポンプだ」
この男、よりによって、自分の組織のトップであるサカキを模した像に、向かって打てと言いおった。
のちに男は言った。入ったばかりで、トップの顔なんか知りませんでした、すんませんと。
知ってたら選ぶことはしなかっただろうが、今の二人には、あれがなんなのかわからないので、躊躇いなく実行した。
「いきます、ハイドロポンプ〜」
この男とメノクラゲの不幸は、この行為を実行したことだろう。
メノクラゲは、とあることがあって決意し、自分を鍛えた。だが、その鍛錬はすべて一人で行ったもの。
だから、どれくらい手を抜けばいいのか、わからない。ほかの言い方をすれば、手加減を知らない。
結果、全力で発射された水流は、石像を壊して突き進み、その背後にある屋敷の壁をも貫いた。
「どうですか?」
水流が出た状態で、男のほうへと向く。水流が、屋敷を破壊しながら、男の腹にぶち当たる。
「ぶほっ」
水流に押され男は、屋敷の壁にぶつかり、そのまま壁をぶち抜いて飛んでいく。
「あれ?」
自分のしたことがよくわからないのか、首をかしげぽやーとするメノクラゲ。
その目の前で、屋敷が音を立てて、壊れていった。どうやら、水流は屋敷を支えるうえで、大事な柱も壊したらしい。
このメノクラゲ、実力が高いどころの騒ぎじゃなかった。
「何が起きたんだ!?」
「わかるかっ!」
「ロケット団に恨みをもつ奴の仕業じゃないのか」
「いや警察が思い切った手段を使った可能性も」
「いや、俺は見た! メノクラゲが屋敷に向かって、ハイドロポンプを使ったのを!」
「馬鹿言うな! 強力な技とはいえ、もえもん一人で、屋敷を破壊できるわけないだろ!」
半壊した屋敷から、中にいたロケット団員が、這い出てきて、何が起きたのか怒鳴りあう。
「ほら、あのメノクラゲがやったんだって!」
その場にいたロケット団員全員が、メノクラゲを見る。
いかつい男に一斉に注目されて、一歩後ずさるメノクラゲ。歓迎してる雰囲気ではないことは、メノクラゲにもわかった。
主に怒りの感情を示す男たちに、にじり寄られて、メノクラゲはさらに一歩後退。
「なんだかわからないけど、逃げたほうがよさそうです」
そう呟くと、くるりと背を見せて、駆け出した。
「逃げたぞ! 追えー!」
「おー!」
こうしてロケット団との鬼ごっこが始まった。
三時間におよぶ鬼ごっこは、海に逃げ込み、追っ手を振り切ったメノクラゲの勝ち。
今回のことが原因で、メノクラゲは、ロケット団のブラックリストに載ることになる。
入団しにきて、敵対することになってどうするメノクラゲ。
「今日は、失敗したけど、明日も大きなあくを目指すのです!」
まだ諦めないのかメノクラゲ。
君の明日はどっちだ!
2008年04月17日
鼻血マスター旅行記8
『憧れのあの体』
額と額がごっつんこ♪
目を覚まして起きてみりゃ♪
なんだか違和感ありまくり♪
渡され鏡を覗いてみれば、
「なんじゃこりゃー!?」
といった状況だったとさ。
「ぶつかった衝撃で入れ替わったって、どこのマンガですか」
説明を受けて呆れ顔なのはフシギバナ。
ほかのメンバーは混乱が増すだけといった理由で、説明を受けていない。
なので今の状況を知っているのは、この場にいる三人のみ。
フシギバナの目の前には、戸惑い顔で不安そうな鼻血マスターと至福といった表情なピジョンがいる。
どちらの表情も滅多に見れないもの。
だけど希少性よりも先に違和感がたつ。
「どうしたら元に戻れると思う?」
「さっぱり想像つかない」
困り顔なのは、ピジョンとフシギバナだけ。
少女はいまだに自分を抱きしめ、可愛いものそのものになれた幸福感を味わっている。
「マスターも何か考えてください」
フシギバナに呼ばれて少女は、はっと我に返る。
「そうよね! こんなことは滅多にないんだから、いつまでも浸ってないで行動しないと」
フシギバナたちの言いたいことの1パーセントも届いてないような言葉が飛び出した。
立ち上がった少女は、フシギバナとピジョンから少し離れる。
「私ね、一度でいいから空を飛んでみたかった!」
そう言うと、止める間もなく少女は走り出して空へと跳ねる。
ピジョンが空を飛ぶ様子を詳しく覚えていたのだろう、勢いをつけて地を蹴り、はばたく仕草がなにからなにまで一緒だ。
その様からピジョンをよく見ていたとわかる。
今、少女は夢を叶えて自由に空を飛んでいる……と上手くいくことはなかった。
はばたくまではよかったが、飛ぶことはできずに顔から地面に落ちた。
あれは痛い。誰もがそう思えるほど、見事に落ちた。
少女が飛べなくて当然だ。
人間は飛ぶという感覚を知らない。
鳥にとって飛ぶということは、本能に刻まれたこと。
その本能があっても、鳥だって生まれてからすぐに飛べるわけじゃない。
ましてや本能にすら刻まれていない人間が、飛べる体を得たとしても、いきなり成功することはありえなかった。
時間をかけて少しずつ慣れていって、ようやく飛べるといったところだろう。
「「大丈夫ですか!?」」
ぴくぴくと痙攣する少女のもとへ二人は駆けつける。
「いったー顔から落下する
「私の体なんですからあまり無茶
がふっ」」
「また?」
フシギバナの目の前で、勢いよく起きた少女と駆けつけたピジョンがぶつかっている。
打ち所がよかったのか、悪かったのか二人は再び気絶。
入れ替わったときと同じ衝撃を受けたのが功を奏したのか、目覚めると二人は元に戻っていた。
少女はあまりにも早く戻ったことを残念がり、ピジョンは痛みから顔を抑えてうずくまっている。
そんな二人をほおってフシギバナは、ピジョンのために傷薬を取りにいく。
その途中で、萌えもんと合体なんてことをやらかしたマサキならどうにかできたかもなんて思いついたが、すでに終ったあと。
すぐに忘れることにした。
『大好きなあなたへ、サプライズな贈り物を!』
相変わらず仲間との旅を楽しむ鼻血マスター一行。
日が暮れる前、今日中に街や村に着くのは無理だと判断して、川から少しだけ離れた平地に野営することに。
野宿の準備はとうに終えて、夕食もとって各々好きに過ごし、あとは眠るだけとなる。
歯も磨いて、本当に寝るだけとなり寝袋に包まれる。
少しだけ時間が過ぎ、誰かの寝息が聞こえてきた頃。少女の隣にいたプクリンが少女に話しかける。
このプクリン、以前仲間にした「歌う」の使えないプリンだ。
初めて会ったときの翳りはすでになく、過去は過去と割り切れていて今を楽しめているようだ。
「マスター起きてる?」
「んー起きてるよー」
「よかった」
何がよかったのだろう。でも本当にそう思っているらしく、表情にほっとしたものが浮かんでいる。
「今日なんの日か知ってる?」
「今日っていってもあと数時間たらずで終るけどね。
それはおいといて、なんの日か……」
なんの日だっけと眠りかけた頭脳を起こして考える。
眠気よりも、可愛く大切な仲間の問いに答えるほうが大事なのだ。
持てる力を総動員し頭脳をフル回転して行き当たった答えは、
「耳かき綿記念日?」
「そんな記念日あったんだぁ」
どうやらプクリンの望んだ答えとは違ったようだ。
「耳かきに綿をつけるという画期的な発想をした人を褒め称える日だった思うけど」
「雑学だね。どこでそんな知識しったの?」
「カレンダーに載ってたわ」
「はーカレンダーってそんなことも載せてるんだ」
そんなことはない。少女の見たカレンダーがおかしいのだろう。
「そんなふうに感心するってことは、違うことを聞きたかったんでしょ?
私は答えわからないから教えてくれる?」
その言葉にプクリンは少し慌てた様子を見せる。
もっともそれは心の中だけで、表情には出していなかったが。
「た、たいしたことじゃないよ。
なにかあったような気がして、気になってマスターが知ってるかなって聞いただけ」
「そうなんだ」
「うん。
そうだ! 起こしちゃったお礼に子守唄歌う」
「気にしなくていいのに。でも子守唄かぁ久しぶり。おねがいしよっかな」
プクリンが自分のために歌ってくれることを喜んで、横を向いてわくわくとした顔でプクリンを見る。
プクリンは起き上がる。小さく桃色の唇が震えて、声を響かせる。鳥や虫や風のざわめきを押しのけて、プクリンの声が周囲を支配した。
「あつくなれ! 夢見た明日をー! 必ずいつか捕まえる〜」
それは子守唄というには、テンションの高い歌。
歌は続き、
「「世界をかえる風になれ〜」」
つられて少女は歌ってしまう。おかげでテンションが上がり眠気が遠のく。
「って子守唄には程遠い選曲だ!?」
歌い終わってようやく突っ込んだ。
「間違えちゃった」
てへっと笑うプクリンに相好を崩し、可愛いよと悶える少女。
「可愛いから許す!」
びしっと決まったサムズアップが凛々しい。
「ありがとーマスター。次は童謡を歌うね」
歌うことはやめないらしい。
少しだけじっと考えたプクリンは、歌を決めたのか口を開く。
「毎日毎日僕らは鉄板のー、上で焼かれていやになっちゃうな♪」
「それって童謡だっけ?」
今度は即座に突っ込んだ。
しかも食べ物の歌を歌うからお腹が空いたように感じられる。さらに眠気がとぶ。
「私としては、もっとこう眠気を誘う歌がよかったりするなぁ?」
プクリンはリクエストに答えるため選曲で悩み、やがて決まったのか口を開く。
「今宵歌うはおなご歌、雪の景色が傷の心にしみて、一人帰る恋破れ。
こぶしをきかせて歌いましょう。歌い手はわたくしプクリン、題名は津軽海峡冬景色。
上野発の夜行列車おりたときから〜」
拳を握って、瞼を閉じて、心を込めて、力強くプクリンは歌う。
少女はまさかこんな選曲されるとは思わず、おもいのほか上手く歌うプクリンを呆けて見るしかできない。
熱唱ともいえるプクリンの歌は終わりを告げた。
あまりにも強く歌ったため、ほかの寝ていた仲間たちも起きだしていた。
「たしかに静かでしんみりとした歌だけど、夢見は悪いわそれ」
少女が半眼になるのも仕方ないことだろう。
三曲ともわざじゃないかと疑える選曲だ。可愛くて許せるといっても、さすがに不審に思えてくる。
「んーなにかある?」
「なにかって?」
どことなく焦ったような感じのプクリン。それを見てますます疑わしさを深める。
「寝かせようっていう歌じゃないよね? むしろ寝かせないって感じ」
「そ、そうかな?」
「その反応が十分な証拠になりそうだけど。
それでなにがしたいのかな? プクリンは」
「なにがしたいって、なにも考えてないよ? ほんとだよ?」
「ほかの子達まで起こしてしておいて、それはないんじゃないかな?」
少女は起き上がって少しずつプクリンに近づいていく。
それに言い訳を考えているプクリンは気づかない。
近づいて捕まえようとしたとき、顔をいろんな方向へと傾け必死に言い訳を考えていたプクリンが何かに気づく。
その表情は嬉しそうなものだ。待ち望んでいた何かがやってきた、といった感じ。
急に表情を変えたプクリンに、少女や仲間たちは不思議に思う。
「上見て!」
空を指差すプクリンにつられて皆空を見る。
月がなく、雲一つない見事な星空だ。その夜空を駈ける粒が一つ二つと増えていく。
すうっと流れ、白色の線を残し消えていく。
流星雨、天体ショーの開幕だ。
皆それの見入る。旅をしていても滅多に見れるものではない珍しい光景は、少女たちを驚かせるのに十分なものだった。
「驚いた?」
期待と悪戯心がたっぷりと込められたプクリンの声。
秘密にしていた宝を自慢げに見せる気分なんだろう。楽しそうな表情が浮かんでいる。
「昨日ね、たまたま流れ星がたくさん見れるって知ったんだ。
それで晴れたら、皆に見せようと思って」
「事前に教えなかったのは、驚かすため?」
「うん」
「あー……たしかに驚いたわ」
「やった成功だ!」
「ありがとね、あのまま寝てたらこれ見れなかったんだぁ」
見やすい体勢になろうと地面に寝転がる少女。
皆それにならって地面に寝転がっていく。プクリンは少女の隣だ。
こうしていると光のシャワーを全身に浴びているような感じがして感慨深い。
そう言った少女に皆同意した。
少女は隣のプクリンを抱き寄せる。お礼にとギュッと抱きしめるが、
これではいつもと同じで感謝が気持ちが伝わらないかなと思い、もう一度言葉にする。
「ありがと」
「どういたしまして」
とプクリンは笑う。
少女は感謝し願う、こんな素晴らしい仲間たちと出会えさせてくれてありがとうと、これからも仲間たちと旅ができますようにと。
感謝がいつも口にしてる。願いは声には出さず、心に秘める。
願うまでもないことだとすぐに気づいたから。
すでに叶っているし、これからも続いてくと思ったから。
2008年04月10日
鼻血マスター旅行記7
『戦えアルファイアー!』
「アル・フェニックス!」
そう言いながら、空を飛ぶを使うファイアー。
「真アル・フェニックス!」
今度はゴッドバードだ。
ファイアーが戦う様子を鼻血マスターは、ノンビリと見ていた。
フシギバナにお茶を入れてもらい、ござを敷いて、もえもんバトル中という自覚はなさげだ。
「技の名前まで、変えるほどに気に入ったんだ、あの子」
「気にする箇所はそこですか? 指示が出てないのに行動してるとか、気にしては?」
「それは今更だし? 動画見せたのは、失敗だったのかな? それとも珍しいもの見れて正解?」
「それは、相手のトレーナーを見たらわかると思いますよ?」
伝説もえもんのおかしな行動を見て、唖然とするトレーナーを指差し、フシギバナは言った。
アルファイアー見参! とファイアーが登場してから、唖然としたままだ。
それでもなんとか指示を出せているところを見ると、きっと優れたトレーナーなんだろう。
「あなたは強かったわ、しかし間違った強さだった!」
きっちりと決め台詞を言って、満足そうに笑っているファイアー。
あの笑顔が見れたんだから、きっとよかったのね、と少女は間違っていると思われる結論を出した。
※元ネタ サガフロンティア、アルカイザー ニコニコ動画
『力のかぎり戦い求めろ!』
そこはどこかの"元″草原。
今は、荒れ果てて、草はほとんど燃え尽き、むき出しの地面も、抉れや、ぬかるみ、黒く焦げたあとが目立つ。
その地に立っているのは、四人。ギャロップ、ジュゴン、チコリータ、そして鼻血マスター。
少し離れた場所には、フシギバナ、フーディン、レアコイルが傷つき倒れ伏している。
胸が上下しているのが見えるので、気絶しているだけなのだろう。
ギャロップとジュゴンも傷ついているが、そんなことは気にせず、互いを睨むように対峙している。
傷ついているのは、仲間同士で戦ったからだ。そして、生き残ったのがこの二人。
チコリータと少女は戦いに加わることなく、離れた場所でその様子を見ていた。
何度も止めようと声をかけた少女だが、聞き入れられることはなく、今はただ暗い表情で見るだけになっていた。
チコリータは、そんな少女を慰めるように、ギュッと抱きついている。
「残ったのは、あたいとあんただけ」
ギャロップが口を開く。
「諦めるのなら今のうちですわよ? 不利なのはそちらなのですから」
ジュゴンがそれに応える。
「相性なんて不利は、今まで何度も乗り越えてきた!」
「今回も乗り越えられるとは、かぎらないでしょう?」
「いーやっ越えてみせるさ!」
その返答は、そうなのだと確信させるほどに、自信が満ち溢れていた。
「強気なこと」
ジュゴンは、手で口元を隠し、嘲笑うようにクスリと笑う。
「その気にいらねえ笑みを、すぐに変えてやる!」
「あなたにできるかしら?
口ばっかり動かさないで、そろそろ始めましょうよ。
負けを怖がって、結果がくるのを引き伸ばすのは、みっともないですわよ?」
嘲り笑ったままのジュゴン。
「言ってろ、どうせ勝つのはあたいだ!」
「どれだけいきがろうと、勝つのはわたくしです」
最後の部分だけ同じことを言い、勝負は始まった。
互いに仕掛けるタイミングを計り、じっとその場に立つ。
そのまま数分経ち、先に動いたのは、ギャロップ。
「でんこうせっか!」
人間には見切れぬ速度で、ジュゴンに迫る。
一瞬と言ってほどの僅かな時間で、ジュゴンとの距離を詰めたギャロップは、その勢いのままぶつかっていく。
「さすがに速いですが、速いだけっ」
もとより先制は覚悟していたジュゴンは、その場で防御姿勢をとり、ギャロップの攻撃に耐える。
ぶつかりあい、そしてできた一瞬の空白に、
「ずつき!」
ギャロップの顔面めがけ、ずつきをはなつ。
これをまともに喰らったギャロップは、わずかに後退するも、すぐに体勢を整える。
その間にジュゴンは、次の技を準備し終えている。
「なみのり!」
弱点である水の技にギャロップは、すぐに防御の姿勢をとり、耐えようとする。その際に、おもわず目を瞑ってしまった。
水の衝撃がこないことを不審に思い、目を開けたギャロップの目に映ったのは、接近して再びずつきの体勢に入っているジュゴン。
技の名前をフェイントに使ったのだ。
「ぐあっ」
額にまともに受けた衝撃に、思わずギャロップは呻きを漏らす。体勢も完全に崩れている。
「れいとうビーム」
さらにジュゴンが攻める。狙ったのは、ギャロップではなく、ギャロップの足元。
足場を凍らせて、ギャロップの速さを封じる作戦だ。ついでに、足が凍り付いて移動不能になれば、儲けものだった。
ジュゴンの狙い通りにはいかず、ギャロップはとびはねるを使い、空中へと逃げていた。
れいとうビームは避けることができたが、その技を使ったのは失敗だろう。
空中で、自在に動くことのできないギャロップは、いい的だ。
「あら? わざわざ小細工仕掛けなくても、そんな逃げ場のない場所へ言ってくれるなんてね。技の選択ミスですわよ?」
そう言ってジュゴンは、今度こそなみのりを準備する。
その慢心がまずかったのだろう、なみのりの発動が遅れてしまう。
一秒にも満たない差で、先にギャロップの体重をかけた蹴りが、ジュゴンの肩へと叩きつけられる。
重い衝撃を受け地面に叩きつけられながらも、なみのりは中断されることなく発動する。
着地後で、防御などできないギャロップは波にさらわれ、地面へと叩きつけられた。
二人が倒れたまま数秒が経つ。ダブルKOかと思われたが、二人は立ち上がる。
息は荒く、足元もおぼつかない状態だが、まだ続けれると二人の目が語っている。
そして、互いに体力がギリギリで、次の一撃が最後だともわかっている。
会話する体力も惜しんで、今できる最大の攻撃をはなとうと、二人は集中し始める。
「だいもんじ!」
でんこうせっかを使えば、先制してジュゴンを倒すことができただろう。
だが今のギャロップには、動きまわるだけの体力が足りない。
でんこうせっかでの攻撃は、ジュゴンにとどく前に効果を失うと、ギャロップにはわかっていた。
だから、自身最大の攻撃で、唯一の遠距離攻撃であるだいもんじに賭けた。
「なみのり!」
ジュゴンは簡単な理由だ。相手の弱点である技に望みを託しただけだ。
動き回る体力がないのは、ギャロップと同じだが、こちらはわざわざ近づかなくとも、有利な技がある。
体力、気力を注ぎ込んで、二人は技をはなつ!
炎と水がぶつかりあうっ……ことはなかった。
炎だけが現れて、ジュゴンへと突き進み、ぶつかる。
耐性を持っていても、ジュゴンのわずかな体力を削るには十分だったようで、ゆっくりとジュゴンが地面に倒れていく。
そのときの表情は、髪に隠れて見えなかった。
なみのりが発動しなかったのは、ジュゴンの体力不足ではない。なみのり一回使う程度には、残されていた。
ならばなぜか?
それは、とびはねるの攻撃が原因だ。あの攻撃で受けた衝撃が、痺れとなってジュゴンの体に残っていた。
痺れが、技の発動を阻害した。慢心が勝負の結果にまで、影響を及ぼしたのだった。
「勝った!」
勝者であるギャロップは、ふらふらで立っているのがやっとの状態でも、嬉しそうに笑う。
その表情のまま、よろよろと傍観していた二人へと近づいていく。
「さあ、残ったケーキはあたいのものだ」
同士討ちの原因は、残ったおやつだった。
ただのおやつならば、ここまで大事になることはない。
今回は、運よく手に入った有名店の、限定チョコケーキだったのだ。
そんなことならば、ジャンケンで決めろと言いたくなるが、それをやってあいこが続いた。
レアコイルたちがグーチョキパーを全部だしたから、決着がつかなかった。
だんだんとヒートアップしていって、同士討ちにまで発展したのだった。
まあ、そのケーキも、
「ないよ。戦いの余波で吹っ飛んだ」
というわけだが。
「何度も、そう言っていたのに、集中して聞かないんだもの」
少女の言葉をギャロップは聞いていない。いや聞こえていないと言うべきか。
いままでの苦労が水の泡で、燃え尽きた。
煤けた感じで倒れたギャロップを、少女は傷薬を使ってから、もえもんボールへと戻す。
ほかも仲間も、げんきのかけらを使ってから戻してく。
皆、戦闘の疲れからか、すやすやと熟睡している。
「まったく、気持ちはわからなくもないけど、やりすぎ!」
「先輩たち、すごかった」
実力不足で参加を諦めたチコリータが、憧れを含んだ声で言う。
「もしかすると、いままでの戦いで、一番真剣だったのかもしれないわ」
それほど、甘いものへと執念がすごかったということか。
勝者なき戦いに見える今回の出来事だが、ちゃんと勝者はいる。
それは、残りのケーキを二人でわけた、少女とチコリータだ。
何度もやめさせようと声をかけた少女が、無視されたことに機嫌を悪くして、食べたのだった。
機嫌悪くケーキを分け合うことに気づかず、戦いを続けるもえもんたちの光景は、なかなかにシュールなものがあった。
『大好きだから我慢しない』
「もうここらで、いいんじゃない?」
「そうっすネ。ここなら大丈夫だと思うっす」
鼻血マスターはドーブルに誘われて、森の中にいた。
ほかの仲間は、昼食後の時間をまったりと過ごしている。
今いる場所は、ちょっとした広場みたいに開けたところで、太陽の光が木々に遮られることなく射している。
「それで頼みって何?」
一度聞いて教えてもらえなかったことを、少女はもう一度聞く。
「実はですネ、絵のモデルになってほしいっす」
ドーブルは、土下座しそうな勢いで、真剣な表情をして頼む。
「いいよ」
真剣すぎるドーブルの様子に、少し驚きながらも了承する。
「ほんとっすか!?」
「うん。でもなんで私? いや嬉しいんだけどね?」
「好きな人を書きたいと思うのは、当たり前の感情ですヨ」
その一言に、少女の顔がポンッと赤く染まる。
「そんな、めんとむかって好きだって言われると照れるよ〜。
私もドーブル、大好きだよ」
「嬉しいっす、私まで恥ずかしくなるっす」
二人して、顔を赤くしてもじもじとしている。
いつまでも、こうしてても仕方ないと、深呼吸して落ち着くことに。
なんとか顔の赤さは引いたようだ。
「でもさ、そんな頼みなら、ここまで連れてくることないのに。
みんなのいるとこで、描いてもいいんじゃない?」
描くところを見られるのが、恥ずかしいのかな、なんて思っていたが、ドーブルの発言で少女は驚くことになる。
「描きたいのヌードっすヨ? さすがにみんなのいる前ではネ……。
それに、そんな羨ましいこと」
驚く少女には、最後のほうが聞き取れなかった。
「ヌード!? ヌードってあの裸の!?」
「そうっす」
「無理無理無理無理っ!」
手は突き出され、首をぶるぶると横に振り、絶対無理だと少女は主張する。
「恥ずかしいよ! それにこんな貧相な体じゃねっ?」
「そこがそそら、いやいや、きっと綺麗だと思うっす」
「いやでもね? そのえっとね?」
なんとか断ろうと必死に言い訳を探す。必死すぎて、滲み出た危なげな発言を、また聞き逃す。
「恥ずかしいなら、私も脱ぐっす」
「二人して屋外で素っ裸って、どんな状況よ!?」
すでに服に手をかけて、脱ごうとしているドーブル。
「お願いだから脱がないでーっ!?」
「モデルになってくれないっすか?」
急にしゅんっとして、涙目になり上目づかいで、少女を見つめるドーブル。
なんとなく、演技が入っている気がする。
だが少女はそれに気づかない。
「うっ」
涙目のドーブルを可愛いと思ってしまい、動きが止まる。
そして、この表情が見れたんだから、いいんじゃないか? とほんの少しだけ思ってしまう。
少女の心の動きを読んだのか、ドーブルの目がキラーンと輝いた、気がする。
スケッチで覚えた、しんそくで近づき、少女を逃がさないようにしっかり捕まえる。
「さあ〜脱ぎ脱ぎしましょうね〜」
「いや〜まだやるって言ってない〜!」
じたばた暴れるが、悲しいかな人間ともえもんとでは、力に差があった。
ドーブルもそこまで強いもえもんではないけど、少女も鍛えているわけではないから、逃げることはできない。
「うふふふ、やっぱりご主人は可愛いっす。一目惚れして、ついてきてよかったっす」
「一目惚れ!?」
「そうっすヨ。ご主人は、私の好みど真ん中っす」
「!?」
少女はここで気づいた。
好きと互いに言い合ったが、その意味に違いがあったことに。
少女の好きはlikeで、ドーブルの好きはloveだ。
「えーーーーっ!?」
だが、それがわかったところで、この状況をどうにかできるわけではない。
「我慢できないから、予定変更するっす」
「よ、予定変更?」
なんというか、嫌な予感しかしない少女。そして、それは当たっている。
「いただきます」
そう言いながらドーブルは、さらに少女に近づいていった。
結論から言うと、少女はギリギリ助かった?
森奥が騒がしいことに気づいたフシギバナが、二人を探しにきたからだ。
フシギバナが発見したのは、少女を素っ裸にして、本番にいこうとしていた場面。
慌ててねむりごなで、ドーブルを眠らせてことなきを得た?
疑問符がついているのは、キスはされたし、裸も見られたから。
このあとしばらく、フシギバナに抱きついて離れない少女と、
脳裏に焼き付けた映像をもとに、少女の絵を上機嫌に描きまくるドーブルが見られた。
「アル・フェニックス!」
そう言いながら、空を飛ぶを使うファイアー。
「真アル・フェニックス!」
今度はゴッドバードだ。
ファイアーが戦う様子を鼻血マスターは、ノンビリと見ていた。
フシギバナにお茶を入れてもらい、ござを敷いて、もえもんバトル中という自覚はなさげだ。
「技の名前まで、変えるほどに気に入ったんだ、あの子」
「気にする箇所はそこですか? 指示が出てないのに行動してるとか、気にしては?」
「それは今更だし? 動画見せたのは、失敗だったのかな? それとも珍しいもの見れて正解?」
「それは、相手のトレーナーを見たらわかると思いますよ?」
伝説もえもんのおかしな行動を見て、唖然とするトレーナーを指差し、フシギバナは言った。
アルファイアー見参! とファイアーが登場してから、唖然としたままだ。
それでもなんとか指示を出せているところを見ると、きっと優れたトレーナーなんだろう。
「あなたは強かったわ、しかし間違った強さだった!」
きっちりと決め台詞を言って、満足そうに笑っているファイアー。
あの笑顔が見れたんだから、きっとよかったのね、と少女は間違っていると思われる結論を出した。
※元ネタ サガフロンティア、アルカイザー ニコニコ動画
『力のかぎり戦い求めろ!』
そこはどこかの"元″草原。
今は、荒れ果てて、草はほとんど燃え尽き、むき出しの地面も、抉れや、ぬかるみ、黒く焦げたあとが目立つ。
その地に立っているのは、四人。ギャロップ、ジュゴン、チコリータ、そして鼻血マスター。
少し離れた場所には、フシギバナ、フーディン、レアコイルが傷つき倒れ伏している。
胸が上下しているのが見えるので、気絶しているだけなのだろう。
ギャロップとジュゴンも傷ついているが、そんなことは気にせず、互いを睨むように対峙している。
傷ついているのは、仲間同士で戦ったからだ。そして、生き残ったのがこの二人。
チコリータと少女は戦いに加わることなく、離れた場所でその様子を見ていた。
何度も止めようと声をかけた少女だが、聞き入れられることはなく、今はただ暗い表情で見るだけになっていた。
チコリータは、そんな少女を慰めるように、ギュッと抱きついている。
「残ったのは、あたいとあんただけ」
ギャロップが口を開く。
「諦めるのなら今のうちですわよ? 不利なのはそちらなのですから」
ジュゴンがそれに応える。
「相性なんて不利は、今まで何度も乗り越えてきた!」
「今回も乗り越えられるとは、かぎらないでしょう?」
「いーやっ越えてみせるさ!」
その返答は、そうなのだと確信させるほどに、自信が満ち溢れていた。
「強気なこと」
ジュゴンは、手で口元を隠し、嘲笑うようにクスリと笑う。
「その気にいらねえ笑みを、すぐに変えてやる!」
「あなたにできるかしら?
口ばっかり動かさないで、そろそろ始めましょうよ。
負けを怖がって、結果がくるのを引き伸ばすのは、みっともないですわよ?」
嘲り笑ったままのジュゴン。
「言ってろ、どうせ勝つのはあたいだ!」
「どれだけいきがろうと、勝つのはわたくしです」
最後の部分だけ同じことを言い、勝負は始まった。
互いに仕掛けるタイミングを計り、じっとその場に立つ。
そのまま数分経ち、先に動いたのは、ギャロップ。
「でんこうせっか!」
人間には見切れぬ速度で、ジュゴンに迫る。
一瞬と言ってほどの僅かな時間で、ジュゴンとの距離を詰めたギャロップは、その勢いのままぶつかっていく。
「さすがに速いですが、速いだけっ」
もとより先制は覚悟していたジュゴンは、その場で防御姿勢をとり、ギャロップの攻撃に耐える。
ぶつかりあい、そしてできた一瞬の空白に、
「ずつき!」
ギャロップの顔面めがけ、ずつきをはなつ。
これをまともに喰らったギャロップは、わずかに後退するも、すぐに体勢を整える。
その間にジュゴンは、次の技を準備し終えている。
「なみのり!」
弱点である水の技にギャロップは、すぐに防御の姿勢をとり、耐えようとする。その際に、おもわず目を瞑ってしまった。
水の衝撃がこないことを不審に思い、目を開けたギャロップの目に映ったのは、接近して再びずつきの体勢に入っているジュゴン。
技の名前をフェイントに使ったのだ。
「ぐあっ」
額にまともに受けた衝撃に、思わずギャロップは呻きを漏らす。体勢も完全に崩れている。
「れいとうビーム」
さらにジュゴンが攻める。狙ったのは、ギャロップではなく、ギャロップの足元。
足場を凍らせて、ギャロップの速さを封じる作戦だ。ついでに、足が凍り付いて移動不能になれば、儲けものだった。
ジュゴンの狙い通りにはいかず、ギャロップはとびはねるを使い、空中へと逃げていた。
れいとうビームは避けることができたが、その技を使ったのは失敗だろう。
空中で、自在に動くことのできないギャロップは、いい的だ。
「あら? わざわざ小細工仕掛けなくても、そんな逃げ場のない場所へ言ってくれるなんてね。技の選択ミスですわよ?」
そう言ってジュゴンは、今度こそなみのりを準備する。
その慢心がまずかったのだろう、なみのりの発動が遅れてしまう。
一秒にも満たない差で、先にギャロップの体重をかけた蹴りが、ジュゴンの肩へと叩きつけられる。
重い衝撃を受け地面に叩きつけられながらも、なみのりは中断されることなく発動する。
着地後で、防御などできないギャロップは波にさらわれ、地面へと叩きつけられた。
二人が倒れたまま数秒が経つ。ダブルKOかと思われたが、二人は立ち上がる。
息は荒く、足元もおぼつかない状態だが、まだ続けれると二人の目が語っている。
そして、互いに体力がギリギリで、次の一撃が最後だともわかっている。
会話する体力も惜しんで、今できる最大の攻撃をはなとうと、二人は集中し始める。
「だいもんじ!」
でんこうせっかを使えば、先制してジュゴンを倒すことができただろう。
だが今のギャロップには、動きまわるだけの体力が足りない。
でんこうせっかでの攻撃は、ジュゴンにとどく前に効果を失うと、ギャロップにはわかっていた。
だから、自身最大の攻撃で、唯一の遠距離攻撃であるだいもんじに賭けた。
「なみのり!」
ジュゴンは簡単な理由だ。相手の弱点である技に望みを託しただけだ。
動き回る体力がないのは、ギャロップと同じだが、こちらはわざわざ近づかなくとも、有利な技がある。
体力、気力を注ぎ込んで、二人は技をはなつ!
炎と水がぶつかりあうっ……ことはなかった。
炎だけが現れて、ジュゴンへと突き進み、ぶつかる。
耐性を持っていても、ジュゴンのわずかな体力を削るには十分だったようで、ゆっくりとジュゴンが地面に倒れていく。
そのときの表情は、髪に隠れて見えなかった。
なみのりが発動しなかったのは、ジュゴンの体力不足ではない。なみのり一回使う程度には、残されていた。
ならばなぜか?
それは、とびはねるの攻撃が原因だ。あの攻撃で受けた衝撃が、痺れとなってジュゴンの体に残っていた。
痺れが、技の発動を阻害した。慢心が勝負の結果にまで、影響を及ぼしたのだった。
「勝った!」
勝者であるギャロップは、ふらふらで立っているのがやっとの状態でも、嬉しそうに笑う。
その表情のまま、よろよろと傍観していた二人へと近づいていく。
「さあ、残ったケーキはあたいのものだ」
同士討ちの原因は、残ったおやつだった。
ただのおやつならば、ここまで大事になることはない。
今回は、運よく手に入った有名店の、限定チョコケーキだったのだ。
そんなことならば、ジャンケンで決めろと言いたくなるが、それをやってあいこが続いた。
レアコイルたちがグーチョキパーを全部だしたから、決着がつかなかった。
だんだんとヒートアップしていって、同士討ちにまで発展したのだった。
まあ、そのケーキも、
「ないよ。戦いの余波で吹っ飛んだ」
というわけだが。
「何度も、そう言っていたのに、集中して聞かないんだもの」
少女の言葉をギャロップは聞いていない。いや聞こえていないと言うべきか。
いままでの苦労が水の泡で、燃え尽きた。
煤けた感じで倒れたギャロップを、少女は傷薬を使ってから、もえもんボールへと戻す。
ほかも仲間も、げんきのかけらを使ってから戻してく。
皆、戦闘の疲れからか、すやすやと熟睡している。
「まったく、気持ちはわからなくもないけど、やりすぎ!」
「先輩たち、すごかった」
実力不足で参加を諦めたチコリータが、憧れを含んだ声で言う。
「もしかすると、いままでの戦いで、一番真剣だったのかもしれないわ」
それほど、甘いものへと執念がすごかったということか。
勝者なき戦いに見える今回の出来事だが、ちゃんと勝者はいる。
それは、残りのケーキを二人でわけた、少女とチコリータだ。
何度もやめさせようと声をかけた少女が、無視されたことに機嫌を悪くして、食べたのだった。
機嫌悪くケーキを分け合うことに気づかず、戦いを続けるもえもんたちの光景は、なかなかにシュールなものがあった。
『大好きだから我慢しない』
「もうここらで、いいんじゃない?」
「そうっすネ。ここなら大丈夫だと思うっす」
鼻血マスターはドーブルに誘われて、森の中にいた。
ほかの仲間は、昼食後の時間をまったりと過ごしている。
今いる場所は、ちょっとした広場みたいに開けたところで、太陽の光が木々に遮られることなく射している。
「それで頼みって何?」
一度聞いて教えてもらえなかったことを、少女はもう一度聞く。
「実はですネ、絵のモデルになってほしいっす」
ドーブルは、土下座しそうな勢いで、真剣な表情をして頼む。
「いいよ」
真剣すぎるドーブルの様子に、少し驚きながらも了承する。
「ほんとっすか!?」
「うん。でもなんで私? いや嬉しいんだけどね?」
「好きな人を書きたいと思うのは、当たり前の感情ですヨ」
その一言に、少女の顔がポンッと赤く染まる。
「そんな、めんとむかって好きだって言われると照れるよ〜。
私もドーブル、大好きだよ」
「嬉しいっす、私まで恥ずかしくなるっす」
二人して、顔を赤くしてもじもじとしている。
いつまでも、こうしてても仕方ないと、深呼吸して落ち着くことに。
なんとか顔の赤さは引いたようだ。
「でもさ、そんな頼みなら、ここまで連れてくることないのに。
みんなのいるとこで、描いてもいいんじゃない?」
描くところを見られるのが、恥ずかしいのかな、なんて思っていたが、ドーブルの発言で少女は驚くことになる。
「描きたいのヌードっすヨ? さすがにみんなのいる前ではネ……。
それに、そんな羨ましいこと」
驚く少女には、最後のほうが聞き取れなかった。
「ヌード!? ヌードってあの裸の!?」
「そうっす」
「無理無理無理無理っ!」
手は突き出され、首をぶるぶると横に振り、絶対無理だと少女は主張する。
「恥ずかしいよ! それにこんな貧相な体じゃねっ?」
「そこがそそら、いやいや、きっと綺麗だと思うっす」
「いやでもね? そのえっとね?」
なんとか断ろうと必死に言い訳を探す。必死すぎて、滲み出た危なげな発言を、また聞き逃す。
「恥ずかしいなら、私も脱ぐっす」
「二人して屋外で素っ裸って、どんな状況よ!?」
すでに服に手をかけて、脱ごうとしているドーブル。
「お願いだから脱がないでーっ!?」
「モデルになってくれないっすか?」
急にしゅんっとして、涙目になり上目づかいで、少女を見つめるドーブル。
なんとなく、演技が入っている気がする。
だが少女はそれに気づかない。
「うっ」
涙目のドーブルを可愛いと思ってしまい、動きが止まる。
そして、この表情が見れたんだから、いいんじゃないか? とほんの少しだけ思ってしまう。
少女の心の動きを読んだのか、ドーブルの目がキラーンと輝いた、気がする。
スケッチで覚えた、しんそくで近づき、少女を逃がさないようにしっかり捕まえる。
「さあ〜脱ぎ脱ぎしましょうね〜」
「いや〜まだやるって言ってない〜!」
じたばた暴れるが、悲しいかな人間ともえもんとでは、力に差があった。
ドーブルもそこまで強いもえもんではないけど、少女も鍛えているわけではないから、逃げることはできない。
「うふふふ、やっぱりご主人は可愛いっす。一目惚れして、ついてきてよかったっす」
「一目惚れ!?」
「そうっすヨ。ご主人は、私の好みど真ん中っす」
「!?」
少女はここで気づいた。
好きと互いに言い合ったが、その意味に違いがあったことに。
少女の好きはlikeで、ドーブルの好きはloveだ。
「えーーーーっ!?」
だが、それがわかったところで、この状況をどうにかできるわけではない。
「我慢できないから、予定変更するっす」
「よ、予定変更?」
なんというか、嫌な予感しかしない少女。そして、それは当たっている。
「いただきます」
そう言いながらドーブルは、さらに少女に近づいていった。
結論から言うと、少女はギリギリ助かった?
森奥が騒がしいことに気づいたフシギバナが、二人を探しにきたからだ。
フシギバナが発見したのは、少女を素っ裸にして、本番にいこうとしていた場面。
慌ててねむりごなで、ドーブルを眠らせてことなきを得た?
疑問符がついているのは、キスはされたし、裸も見られたから。
このあとしばらく、フシギバナに抱きついて離れない少女と、
脳裏に焼き付けた映像をもとに、少女の絵を上機嫌に描きまくるドーブルが見られた。
2008年04月07日
鼻血マスター旅行記6
『人生いろいろ、もえもん人生もいろいろ』
よく晴れた日、野原でたくさんのもえもんたちが、自由に過ごしている。
お茶とお菓子を準備して会話を楽しむもの、遊び道具を使って遊んでいるもの、日向ぼっこしているもの、などなど。
今日は、月に一回の解放日。連れ歩けるもえもん以外は、パソコンの中で暇だろうと、鼻血マスターが外で自由に過ごせる日を提案したのだ。
納得して仲間になったとはいえ、パソコンの中にずっといるのは窮屈で退屈。そんなもえもんたちにとって、この提案は好評だった。
少女自身も、たくさんの仲間と接することができるので、お互いにとってなくてはならない日になった。
「こうしてマスターと話すのも久しぶりな気がする」
「ピジョンは、最近連れてなかったからね」
「また一緒に連れて行ってもらえますか?」
「うん、必ず」
「楽しみにしてます」
少女とピジョンが並んで、話をしている。
少女は今日一日、いつもは会えないメンバーと話をすると決めている。
ピジョンの前も、コラッタやコダック、クラブと話をしていた。
「さらに仲間増えましたね」
「うん、ピジョンと一緒にいたときから15人増えてる」
「それぞれとの出会い方を教えてもらえますか?」
「そうだね、じゃあラッキーから」
少女は、フシギバナと一緒に、小さいもえもんたちと遊んでいるラッキーを指差す。
「彼女は、公園のベンチでしょんぼりしてたところを抱きついて仲間にしたの」
「またもえもんボールが、なかったんですか?」
「あったけど、抱きつきたかったから」
相変わらずだと思うピジョン。メンバーから外れて、三ヶ月しか経ってないので、変わらなくて当然かとも思う。
「しょんぼりしてた理由って知ってます?」
ピジョンは、少女は知っているかと、気になったことを聞いてみる。
「そういえば、聞いてなかったかな。
そう思うと、気になってくるなぁ」
うんと頷いて、少女はラッキーを呼ぶ。
ラッキーは、小さい子たちのことをフシギバナに頼んで、少女とピジョンほうへと歩いてきた。
「ご主人、呼んだ?」
「うん、聞きたいことがあって」
「いいすっよん。なんでも聞いてくださいな」
「私と初めて会った日、しょんぼりしてたでしょ? なんでかなと気になって」
「ああ、あの日っすかぁ」
顔を曇らせたラッキーに少女は慌てる。
「あー言いたくなかったら、言わなくてもいいよ!?」
「そんな言いにくいことじゃないから、慌てなくてもいいっす。
あの日のことを話すなら、それよりも以前のことから話さなくちゃいけないっす。
少しだけ長くなりますよん?」
それに少女とピジョンは、頷きを返す。
ラッキーは、少女の隣に座って、ゆっくりと話し出す。
「私は、もともと小児専門の看護もえもんでした。
子供が好きで、その職業を選んで、ジョーイさんと一緒に学校で看護のことを学んだっす」
「だから小さい子たちの世話が上手いんだ」
少女は納得といった表情を見せる。
「はい、子供の相手は楽しいっす。
それでなんとか学校を卒業して、もえもんセンターで子供の看護を始めたんです。
今の私を見てもわかるように、昔からどじを踏むことが多かった。
あの頃は、好きなことができる嬉しさの一方で、緊張もあって、今よりもどじっ娘だったっす」
その頃の自分を思い出したのか、苦笑を浮かべたラッキー。
「いろいろどじして、ジョーイさんや仲間にたくさん迷惑をかけたっす」
「それで放り出されて、途方にくれてたんですか?」
ピジョンが思い浮かんだ予想を聞いてみる。
「違うっすよん。あの人たちは、私がどんなどじを踏んでも、怒りはしたけど、追い出すなんてことはしなかった。
私が、しょんぼりしてたのは、私のどじが原因っす」
「やっぱりどじが原因なんだ」
「はいっす。どじが原因です。
ある日、私はおつかいを頼まれました。大事な書類を、少し遠いもえもんセンターへと届けるおつかいです。
郵便事故が起こるといけないから、持って行くということになったっす。
そして、ちょうど手のあいていた私が、行くことになった」
((よく送り出したなぁ))
少女とピジョン、二人は全く同じことを考えていた。
「最初から、東と西を間違えるなんてアクシデントもあったけど、なんとかバスを乗り継いで、予定してた日付を三日過ぎて萌えもんセンターに到着したっす。
私がどじすることを前提にして、余裕をもたせていたので、書類は必要な日に間に合いました」
((前提にしてたんだ))
「おつかいを終えた私は、帰ろうとしたっす。けどまた方向を間違えて、別の場所にでました。
そこで、急患がいるからと、船につれていかれたっす。腕にもえもんセンターの腕章をつけていたから、治療ができると思われたんでしょう。
なんとか治療は終えたけど、すでに船は出発してた。船長にわけを話して、次の港で下ろしてもらったけど、そこはジョウト地方。帰り方がわからなかった。
道行く人に、帰り方を聞きながら帰り着いたのは、書類を持って出た日から一年後だったっす」
「「一年後!?」」
よくそんなに迷っていたものだと、呆れを通り越して感心している二人。
そんな二人に苦笑いを見せて、話を続ける。
「帰り着いたもえもんセンターでは、私の代わりに別の看護もえもんが働いていました。
さすがに、一年もいないとなると、仕事が滞ることになるっす。そうならないように、代わりが入っていたっす。
ジョーイさんたちは、私が帰って来たことを喜んでくれました。心配かけるなと怒られもしましたけど。
そしてまた働き始めた。でも私の仕事は、別の看護もえもんが私よりも上手にやっていた。
ほかの仕事をすることになったけど、どの仕事も今のところは、人手が足りていて私の手伝いは必要なかった。
逆に迷惑をかけて、仕事の邪魔になったりもしたっす。
回りの皆は、励ましてくれたけど、私はあそこにはもう私の居場所はないと、落ち込んでいたっす。
居場所がないなら、必要とされる場所を探せばいいと、人手不足なもえもんセンターを探したけど、みつけることができなかった。
そして、これからどうしようかわからず、公園で落ち込んでいるところで、ご主人に会ったっす」
「なるほど〜、だからしょんぼりしてたんだ」
ほうほうと頷いて納得した顔の少女。
一方で、ピジョンはいまだ納得いってない感じだ。
「あなたは、どうして私たちの仲間になったんですか?
話を聞くかぎりだと、もえもんセンターで働きたかったんじゃ?」
「いきなり抱きついて、きらきらとした目で私を見るご主人が、子供みたいに見えたから。
野生のもえもんなら、一緒に行かないって聞かれて、それもいいかなって思ったから」
少女にとっては相変わらずの行動だが、必要とされて嬉しかったのだろう。
「仲間になってよかったと思ってるっすよん。
看護はできないけど、小さい子達の世話はできるし、ご主人も好きだから」
そう言ってラッキーは微笑む。今の生活を選んで、悔いなど少しもないとばかりに。
ラッキーは、フシギバナと小さい子たちのところへと戻っていった。
笑顔で小さい子たちの相手をするラッキーを、二人は感慨深げに見る。
「人に歴史あり、もえもんも歴史あり、だね」
「ですね」
二人は立ち上がり、ラッキーたちのところへなだれ込む。
そして、もえもん可愛さに鼻血をだすという、いつもの光景になるのだった。
『狙ってみる? 世界』
「……キャタピーやビードルを見ても思ったんだけど、この子も見た目完全に赤ちゃんだよね」
「そうですね」
「こんな子たちを戦わせるなんて、私には無理」
「マスターには無理でしょうね」
「でも、見た目に騙されると私みたいな目にあうわ」
「まあ、マスターだけだと思いますよ?」
ゴマゾウの遊び相手をしていた鼻血マスターが、お腹を押さえて、地面に倒れている。
それをフシギバナは、呆れながら見ている。
軽い気持ちで「ころがる」を使わせた少女が、ゴマゾウに体当たりをくらったのだ。
転がるゴマゾウが可愛いくて、自分のもとへくるように言った少女の自業自得だ。
「いいパンチ持ってるわ、あの子。将来が楽しみ」
「パンチじゃないでしょうに。今後こんなことないように、説教したいんですが?」
「まだ、無理。もうちょっと待って」
いいかんじに体当たりを喰らった少女が立ち直れるのは、三十分後のことだった。
よく晴れた日、野原でたくさんのもえもんたちが、自由に過ごしている。
お茶とお菓子を準備して会話を楽しむもの、遊び道具を使って遊んでいるもの、日向ぼっこしているもの、などなど。
今日は、月に一回の解放日。連れ歩けるもえもん以外は、パソコンの中で暇だろうと、鼻血マスターが外で自由に過ごせる日を提案したのだ。
納得して仲間になったとはいえ、パソコンの中にずっといるのは窮屈で退屈。そんなもえもんたちにとって、この提案は好評だった。
少女自身も、たくさんの仲間と接することができるので、お互いにとってなくてはならない日になった。
「こうしてマスターと話すのも久しぶりな気がする」
「ピジョンは、最近連れてなかったからね」
「また一緒に連れて行ってもらえますか?」
「うん、必ず」
「楽しみにしてます」
少女とピジョンが並んで、話をしている。
少女は今日一日、いつもは会えないメンバーと話をすると決めている。
ピジョンの前も、コラッタやコダック、クラブと話をしていた。
「さらに仲間増えましたね」
「うん、ピジョンと一緒にいたときから15人増えてる」
「それぞれとの出会い方を教えてもらえますか?」
「そうだね、じゃあラッキーから」
少女は、フシギバナと一緒に、小さいもえもんたちと遊んでいるラッキーを指差す。
「彼女は、公園のベンチでしょんぼりしてたところを抱きついて仲間にしたの」
「またもえもんボールが、なかったんですか?」
「あったけど、抱きつきたかったから」
相変わらずだと思うピジョン。メンバーから外れて、三ヶ月しか経ってないので、変わらなくて当然かとも思う。
「しょんぼりしてた理由って知ってます?」
ピジョンは、少女は知っているかと、気になったことを聞いてみる。
「そういえば、聞いてなかったかな。
そう思うと、気になってくるなぁ」
うんと頷いて、少女はラッキーを呼ぶ。
ラッキーは、小さい子たちのことをフシギバナに頼んで、少女とピジョンほうへと歩いてきた。
「ご主人、呼んだ?」
「うん、聞きたいことがあって」
「いいすっよん。なんでも聞いてくださいな」
「私と初めて会った日、しょんぼりしてたでしょ? なんでかなと気になって」
「ああ、あの日っすかぁ」
顔を曇らせたラッキーに少女は慌てる。
「あー言いたくなかったら、言わなくてもいいよ!?」
「そんな言いにくいことじゃないから、慌てなくてもいいっす。
あの日のことを話すなら、それよりも以前のことから話さなくちゃいけないっす。
少しだけ長くなりますよん?」
それに少女とピジョンは、頷きを返す。
ラッキーは、少女の隣に座って、ゆっくりと話し出す。
「私は、もともと小児専門の看護もえもんでした。
子供が好きで、その職業を選んで、ジョーイさんと一緒に学校で看護のことを学んだっす」
「だから小さい子たちの世話が上手いんだ」
少女は納得といった表情を見せる。
「はい、子供の相手は楽しいっす。
それでなんとか学校を卒業して、もえもんセンターで子供の看護を始めたんです。
今の私を見てもわかるように、昔からどじを踏むことが多かった。
あの頃は、好きなことができる嬉しさの一方で、緊張もあって、今よりもどじっ娘だったっす」
その頃の自分を思い出したのか、苦笑を浮かべたラッキー。
「いろいろどじして、ジョーイさんや仲間にたくさん迷惑をかけたっす」
「それで放り出されて、途方にくれてたんですか?」
ピジョンが思い浮かんだ予想を聞いてみる。
「違うっすよん。あの人たちは、私がどんなどじを踏んでも、怒りはしたけど、追い出すなんてことはしなかった。
私が、しょんぼりしてたのは、私のどじが原因っす」
「やっぱりどじが原因なんだ」
「はいっす。どじが原因です。
ある日、私はおつかいを頼まれました。大事な書類を、少し遠いもえもんセンターへと届けるおつかいです。
郵便事故が起こるといけないから、持って行くということになったっす。
そして、ちょうど手のあいていた私が、行くことになった」
((よく送り出したなぁ))
少女とピジョン、二人は全く同じことを考えていた。
「最初から、東と西を間違えるなんてアクシデントもあったけど、なんとかバスを乗り継いで、予定してた日付を三日過ぎて萌えもんセンターに到着したっす。
私がどじすることを前提にして、余裕をもたせていたので、書類は必要な日に間に合いました」
((前提にしてたんだ))
「おつかいを終えた私は、帰ろうとしたっす。けどまた方向を間違えて、別の場所にでました。
そこで、急患がいるからと、船につれていかれたっす。腕にもえもんセンターの腕章をつけていたから、治療ができると思われたんでしょう。
なんとか治療は終えたけど、すでに船は出発してた。船長にわけを話して、次の港で下ろしてもらったけど、そこはジョウト地方。帰り方がわからなかった。
道行く人に、帰り方を聞きながら帰り着いたのは、書類を持って出た日から一年後だったっす」
「「一年後!?」」
よくそんなに迷っていたものだと、呆れを通り越して感心している二人。
そんな二人に苦笑いを見せて、話を続ける。
「帰り着いたもえもんセンターでは、私の代わりに別の看護もえもんが働いていました。
さすがに、一年もいないとなると、仕事が滞ることになるっす。そうならないように、代わりが入っていたっす。
ジョーイさんたちは、私が帰って来たことを喜んでくれました。心配かけるなと怒られもしましたけど。
そしてまた働き始めた。でも私の仕事は、別の看護もえもんが私よりも上手にやっていた。
ほかの仕事をすることになったけど、どの仕事も今のところは、人手が足りていて私の手伝いは必要なかった。
逆に迷惑をかけて、仕事の邪魔になったりもしたっす。
回りの皆は、励ましてくれたけど、私はあそこにはもう私の居場所はないと、落ち込んでいたっす。
居場所がないなら、必要とされる場所を探せばいいと、人手不足なもえもんセンターを探したけど、みつけることができなかった。
そして、これからどうしようかわからず、公園で落ち込んでいるところで、ご主人に会ったっす」
「なるほど〜、だからしょんぼりしてたんだ」
ほうほうと頷いて納得した顔の少女。
一方で、ピジョンはいまだ納得いってない感じだ。
「あなたは、どうして私たちの仲間になったんですか?
話を聞くかぎりだと、もえもんセンターで働きたかったんじゃ?」
「いきなり抱きついて、きらきらとした目で私を見るご主人が、子供みたいに見えたから。
野生のもえもんなら、一緒に行かないって聞かれて、それもいいかなって思ったから」
少女にとっては相変わらずの行動だが、必要とされて嬉しかったのだろう。
「仲間になってよかったと思ってるっすよん。
看護はできないけど、小さい子達の世話はできるし、ご主人も好きだから」
そう言ってラッキーは微笑む。今の生活を選んで、悔いなど少しもないとばかりに。
ラッキーは、フシギバナと小さい子たちのところへと戻っていった。
笑顔で小さい子たちの相手をするラッキーを、二人は感慨深げに見る。
「人に歴史あり、もえもんも歴史あり、だね」
「ですね」
二人は立ち上がり、ラッキーたちのところへなだれ込む。
そして、もえもん可愛さに鼻血をだすという、いつもの光景になるのだった。
『狙ってみる? 世界』
「……キャタピーやビードルを見ても思ったんだけど、この子も見た目完全に赤ちゃんだよね」
「そうですね」
「こんな子たちを戦わせるなんて、私には無理」
「マスターには無理でしょうね」
「でも、見た目に騙されると私みたいな目にあうわ」
「まあ、マスターだけだと思いますよ?」
ゴマゾウの遊び相手をしていた鼻血マスターが、お腹を押さえて、地面に倒れている。
それをフシギバナは、呆れながら見ている。
軽い気持ちで「ころがる」を使わせた少女が、ゴマゾウに体当たりをくらったのだ。
転がるゴマゾウが可愛いくて、自分のもとへくるように言った少女の自業自得だ。
「いいパンチ持ってるわ、あの子。将来が楽しみ」
「パンチじゃないでしょうに。今後こんなことないように、説教したいんですが?」
「まだ、無理。もうちょっと待って」
いいかんじに体当たりを喰らった少女が立ち直れるのは、三十分後のことだった。
2008年04月03日
鼻血マスター旅行記5
『人工色違い』
「ようやく帰ってこれましたね」
「ちょっと遠かったねぇジョウトは」
ジョウトのもえもんに会いに鼻血マスターたちは、ジョウトまで足をのばしていた。
見たことのないもえもんとの出会いに悶えながら、トレーナーたちと戦ってみたりして、ジョウトを旅していた。
ジョウトにいるすべてのもえもんに会えたわけではないが、伝説もえもんに会えたので、一区切りして帰って来たのだ。
「それにしてもジョウトのトレーナーは強かった……」
「四天王クラスがごろごろいましたからねぇ」
「アイテムつぎ込んで、ようやく勝てたもんね。おかげで赤字」
「まあまあ、いいじゃないですか。最近は、収入が多かったからまだ余裕がありますよ」
足に抱きつくメリープを撫でながらフシギバナは言った。
このメリープは、ジョウトで仲間なった一人。どことなくほんのりと赤いのは、色違いなのか。
その様子を羨ましそうに少女は見るが、見るだけにとどまっていた。
「仲間が増えたから、無駄足だったわけじゃないし、たまには強い人と戦うのもいい経験だ」
「珍しいもえもんも見れましたし、いいことのほうが多かったですよ」
「ホウオウのこと? 綺麗だったよねー。仲間にできなかったのは、残念だけど」
うっとりとホウオウのことを思い出す少女。
「かわりに、ルギアっていうもえもんの情報を教えてもらえたじゃないですか」
「ヒントが海の神ってだけじゃ、どこにいるかわからなかったけど」
もらったヒントをもとに、なみのりで海上を探してみたが、みつかることはなかった。
適当な場所で釣竿をたらしてみて、ルギアが釣れないかなーなんてやったりもした。
それで伝説もえもんが、釣れたりしたら、それはそれで問題だっただろう。
「ホウオウだけじゃなくて、ベイリーフもいたじゃないですか、筋肉のすごい」
「エ、エートナンノコトカナー? ワタシハシラナイナー」
かたことで喋る少女の様子を見て、フシギバナはしまったと焦り、反省する。
少女にとって、あのベイリーフは許容できない存在だったらしく、見た途端気絶。
そして目覚めると、筋肉ベイリーフの記憶を封印していた。
少女にとって筋肉ベイリーフは、トラウマに近いものになっていたのだ。
「そうそう! 仲間も増えましたね!」
すで出た話題だが、話をそらすためフシギバナは、再び話題にした。
それは功を奏したようで、少女の様子は普段のものへと戻った。
「メリープにヒマナッツ、ウパー、アリアドス。みんな可愛いいよー!」
そう叫んで少女は、近くにいるメリープに抱きつこうとする。
メリープは、びくっと驚き、フシギバナの足にしっかりと抱きついた。
少女がメリープに抱きつくことはできなかった。
メリープが怖がったのを見て、抱きつくのをやめたわけじゃなく、フシギバナに止められたからだ。
「マスター、忘れたんですか? メリープに抱きついちゃ駄目です」
「だってあんなに抱き心地がいいのに! 我慢できないよ!」
メリープが少女を怖がっているから、抱きつくのを禁止しているわけではない。
ただ怖がるのならば、フシギバナも止めない。
少女に害意があるわけではないし、次第に怖がることがなくなっていくのをわかっているからだ。
別の理由があって少女は、メリープに抱くつくことを禁止されていた。
「鼻血を止められるようになったら、いいですって言ってるじゃないですか。
忘れたわけじゃないですよね? 初めて抱きついたとき、メリープを鼻血で染めたこと。
毛に染み付いて、血を洗い流すのに苦労したんですから。
完全には抜けないで、今もほんのり赤いし」
メリープが赤いのは、色違いというわけではなかった。
抜けきれなかった血の色なのだ。
「無理だよ! これはもう本能だもの!」
「それでも少しくらいは、止められるはずです」
「うう〜。いいもんいいもん! プリン抱いてくるからぁ」
泣きながら走り去る少女。宣言したとおり、プリンを抱きにいったのだろう。
「ますた、泣いてたよ?」
心配そうに、フシギバナを見上げてメリープが言う。
メリープも少女が嫌いなわけではない。嫌いならば、仲間にはならない。
ただ、テンション高く接してくる少女に、慣れていないだけだ。
「本気泣きじゃないから大丈夫ですよ」
「本気泣き?」
「一回見たことがあるだけですけどね」
思い出すのは、最後まで人間を怨みとおしたもえもんのこと。
それを振り払って、メリープを誘いもえもんセンターへと歩いていく。
そこにマスターがいて、プリンを抱いているだろうから。
やりすぎは止めないと、などと考えながらフシギバナは、メリープと手をつなぎ歩いていった。
『妹ができました』
「あ〜コタツはいいねぇ。みかんもあるし、最高だよ」
クリスマスに家に帰らず、正月に家に帰ると約束していた鼻血マスターは、その約束を守って家に帰って来た。
一緒についてきたもえもんは、フシギバナだけ。
ほかのもえもんたちも来たがったが、クリスマスパーティを開いたときのことをフシギバナが話して、一家団欒の邪魔をしないように説得したのだ。
その説得に納得して、フシギバナ以外のもえもんたちは、パソコンの中で休んでいる。
フシギバナも邪魔しないつもりだったが、少女の家族から誘われたことと、そばに仲間が誰もいなくなるのは嫌だという少女の言葉によって、一緒に来た。
「だらけてますね。やっぱり実家は、落ち着きますか?」
寝そべりながら、みかんを口に運ぶ少女を見ながらフシギバナは聞いてみた。
「うん、落ち着く。遠慮しなくていいからかな?
野宿だとそうでもないけど、もえもんセンターとかじゃ素で過ごせないからねぇ。少しは気を使ってるんだ」
「あれだけ自由に過ごしていて、素で過ごせてないとかいいますか」
といっても、フシギバナも納得はしていた。野宿だと、騒がしいほどにコミュニケーションをとる少女が、もえもんセンターだと少し静かになるのだ。
あれだけの反応を常にしていると、回りから異端の目で見られることを、少女は経験上知っている。
自分だけにそういった視線が集まるなら気にしないでいればいいが、仲間にまで迷惑かけることになるのは駄目だ。
そういった考えのもと、自らを抑えていた。
迷惑になるとわかっているならば、もっと自重しろという考えもあるが、実行すれば自分じゃなくなるので、それは嫌だと思っている。
「お雑煮できたわよ、起きなさい」
トレイにおわんを四つのせて、少女の母親がコタツのそばに来た。
「私の分まで、ありがとうございます」
「畏まらなくていいのよ、フシギバナちゃん」
母親は、それぞれの目の前に、おわんを置いていく。少女に一つ、フシギバナに一つ、自分の前に二つ。
「この子の世話、大変だったでしょう?」
隣に座るトランセルに箸を渡しながら、母親が感謝の意をフシギバナにむける。
「少し大変でしたけど、マスターと一緒にいるのは楽しいですから」
「そう言ってもらえると、嬉しいわ。
この子、あんな性格でしょう? もえもんたちにも、避けれるんじゃないかって心配してたの」
「テンションの高さに戸惑う子はいますけど、マスターを嫌っている子はいません。
みんなマスターが大好きです」
それを聞いた母親は、本当に嬉しそうに笑う。
「いい仲間に恵まれたのね、この子は」
「私のことは置いといて、その子はどうしたの?」
照れで顔を真っ赤にした少女は、話題をそらすため、母親の隣でお雑煮を美味しそうに食べるトランセルのことを聞く。
「トランセルちゃん? クリスマスを過ぎた頃にね、閉まってるお店の軒下で震えてたから、家に連れ帰ったの。
事情を聞くと、トレーナーに捨てられたっていうから、うちで引き取ったのよ。
こんなに可愛い子を捨てるなんて、ひどいトレーナーもいたもんだわ」
お餅に悪戦苦闘するトランセルを、ぎゅっと抱きしめる母親。少女の性格は、母親譲りらしい。
トランセルは、苦しそうだが嬉しそうでもある。
トランセルが捨てられた理由は、戦いで扱いずらいから、ということらしい。
少しだけ我慢すれば、すぐに進化して戦力になるというのに、短気なトレーナーもいたものだ。
故郷への帰り道がわからず、寒さに震えていたところで、母親に出会った。
「私の仲間にトランセルいないんだよねー。なんでかキャタピー系統に会えなくてさ」
「そういえば、トキワの森周辺でも出会うのは、ビードルやコクーンばかりでした。おかげで毒に苦労した記憶が」
「トランセルちゃんは、渡さないわよ」
娘の考えを読んだ母親が、先手を打った。
「うっ……まあ仕方ないかぁ、お母さんにすごく懐いてるもんね」
考えを読まれた少女は、粘ることなくすぐに諦めた。
これにはちょっとした理由があった。
家に帰ってきて、トランセルを見た少女は、いつものように抱きつこうとしたが、避けられて母親のほうへと逃げられたのだ。
ただ逃げるだけなら、いつものように粘るのだが、かたくなるを使って、すねに頭突きをかまされたせいで、少し苦手意識を持ってしまった。
抱きつこうとして、いきなり攻撃されるという反応は、何気に初めてだった。
それでも、うずうずとトランセルのほうを見ているのは、さすがと言っていいのだろう。
トランセルに触れない不満を、フシギバナに抱きつくことで、解消しているのも少女らしい。
「トランセルってうちの子になったんだよね?」
突然、少女が切り出した。
「そうよ。何か不満?」
「まったくそんな気持ちはない!」
「即答ですか」
もう少しためらってもみても、いいのではないかと思うフシギバナ。
しかし、そんな反応を示す少女を想像できないことに気づいた。
「うちの子っていうことは、私の妹なわけだ」
「そうなるわね」
「お姉ちゃんと遊ぼうかトランセル!」
少女は、自分との繋がりが薄いから、不安になるんじゃないかと考えた。そこで、姉妹という繋がりを示して、近しい存在だから怖がることはないと示す。
実は、トレーナーに捨てられたせいで、トレーナーという存在に不審を持っているのも拒絶の原因。こっちには、誰も気づいていない。
どうにかトランセルと仲良くできないか考えて、不安なのかなと思いついたのだ。
「どうするトランセル、お姉ちゃんあなたと遊ぼうって言ってるけど?」
母親が膝上のトランセルに問いかける。
いきなり立ち上がった少女を、トランセルはキョトンとした顔で見上げる。
「お姉ちゃん?」
「そうよ、あなたは私の子供だもの。あの子も私の子供。
だから二人は姉妹」
当たり前のように母親は言い切った。
出会って、そんなに時間の経っていないトランセルのことを娘と言い切れるのは、すごいなとフシギバナは思う。思うだけで、口には出さない。
「いいよ、遊ぶ」
少し考えていたトランセルは、少女と遊ぶことを了承した。
ずっと母親のそばか、父親のそばにしかいなかった昨日に比べると、格段の進歩だろう。
家族だと言われて、不安が薄れたのだろうか。
「それじゃ、お正月ならではの遊びでもしようかね。倉庫に羽子板とか凧とかあったよね?」
「しまいこんでたはず」
「行こうか?」
少女がトランセルに手を差し出す。トランセルは頷いて、その手をとった。
「フシギバナも」
「はいはい。お雑煮、美味しかったです」
お雑煮のお礼を言って、フシギバナも差し出された手を握り返して、部屋を出て行く。
「お粗末さまです。トランセルちゃんに無理させちゃ駄目よー」
母親はフシギバナに応えて、倉庫にむかう娘たちに気をつけるように声をかける。
食器を洗う母親の耳に、娘たちが楽しそうに笑う声が届く。
遊びによるふれあいで、不安はさらに薄れたようだ。
声を聞いて、母親は機嫌よく笑う。
娘が、旅に出る前よりも、たくさん笑えるようになったことが、母親には嬉しかった。
トランセルが、あんなに大きな笑い声を出していることが、母親には嬉しかった。
血の繋がりどころか、種族さえ違うのに、似ていた娘たちが、幸せそうなことが母親には嬉しかった。
「ようやく帰ってこれましたね」
「ちょっと遠かったねぇジョウトは」
ジョウトのもえもんに会いに鼻血マスターたちは、ジョウトまで足をのばしていた。
見たことのないもえもんとの出会いに悶えながら、トレーナーたちと戦ってみたりして、ジョウトを旅していた。
ジョウトにいるすべてのもえもんに会えたわけではないが、伝説もえもんに会えたので、一区切りして帰って来たのだ。
「それにしてもジョウトのトレーナーは強かった……」
「四天王クラスがごろごろいましたからねぇ」
「アイテムつぎ込んで、ようやく勝てたもんね。おかげで赤字」
「まあまあ、いいじゃないですか。最近は、収入が多かったからまだ余裕がありますよ」
足に抱きつくメリープを撫でながらフシギバナは言った。
このメリープは、ジョウトで仲間なった一人。どことなくほんのりと赤いのは、色違いなのか。
その様子を羨ましそうに少女は見るが、見るだけにとどまっていた。
「仲間が増えたから、無駄足だったわけじゃないし、たまには強い人と戦うのもいい経験だ」
「珍しいもえもんも見れましたし、いいことのほうが多かったですよ」
「ホウオウのこと? 綺麗だったよねー。仲間にできなかったのは、残念だけど」
うっとりとホウオウのことを思い出す少女。
「かわりに、ルギアっていうもえもんの情報を教えてもらえたじゃないですか」
「ヒントが海の神ってだけじゃ、どこにいるかわからなかったけど」
もらったヒントをもとに、なみのりで海上を探してみたが、みつかることはなかった。
適当な場所で釣竿をたらしてみて、ルギアが釣れないかなーなんてやったりもした。
それで伝説もえもんが、釣れたりしたら、それはそれで問題だっただろう。
「ホウオウだけじゃなくて、ベイリーフもいたじゃないですか、筋肉のすごい」
「エ、エートナンノコトカナー? ワタシハシラナイナー」
かたことで喋る少女の様子を見て、フシギバナはしまったと焦り、反省する。
少女にとって、あのベイリーフは許容できない存在だったらしく、見た途端気絶。
そして目覚めると、筋肉ベイリーフの記憶を封印していた。
少女にとって筋肉ベイリーフは、トラウマに近いものになっていたのだ。
「そうそう! 仲間も増えましたね!」
すで出た話題だが、話をそらすためフシギバナは、再び話題にした。
それは功を奏したようで、少女の様子は普段のものへと戻った。
「メリープにヒマナッツ、ウパー、アリアドス。みんな可愛いいよー!」
そう叫んで少女は、近くにいるメリープに抱きつこうとする。
メリープは、びくっと驚き、フシギバナの足にしっかりと抱きついた。
少女がメリープに抱きつくことはできなかった。
メリープが怖がったのを見て、抱きつくのをやめたわけじゃなく、フシギバナに止められたからだ。
「マスター、忘れたんですか? メリープに抱きついちゃ駄目です」
「だってあんなに抱き心地がいいのに! 我慢できないよ!」
メリープが少女を怖がっているから、抱きつくのを禁止しているわけではない。
ただ怖がるのならば、フシギバナも止めない。
少女に害意があるわけではないし、次第に怖がることがなくなっていくのをわかっているからだ。
別の理由があって少女は、メリープに抱くつくことを禁止されていた。
「鼻血を止められるようになったら、いいですって言ってるじゃないですか。
忘れたわけじゃないですよね? 初めて抱きついたとき、メリープを鼻血で染めたこと。
毛に染み付いて、血を洗い流すのに苦労したんですから。
完全には抜けないで、今もほんのり赤いし」
メリープが赤いのは、色違いというわけではなかった。
抜けきれなかった血の色なのだ。
「無理だよ! これはもう本能だもの!」
「それでも少しくらいは、止められるはずです」
「うう〜。いいもんいいもん! プリン抱いてくるからぁ」
泣きながら走り去る少女。宣言したとおり、プリンを抱きにいったのだろう。
「ますた、泣いてたよ?」
心配そうに、フシギバナを見上げてメリープが言う。
メリープも少女が嫌いなわけではない。嫌いならば、仲間にはならない。
ただ、テンション高く接してくる少女に、慣れていないだけだ。
「本気泣きじゃないから大丈夫ですよ」
「本気泣き?」
「一回見たことがあるだけですけどね」
思い出すのは、最後まで人間を怨みとおしたもえもんのこと。
それを振り払って、メリープを誘いもえもんセンターへと歩いていく。
そこにマスターがいて、プリンを抱いているだろうから。
やりすぎは止めないと、などと考えながらフシギバナは、メリープと手をつなぎ歩いていった。
『妹ができました』
「あ〜コタツはいいねぇ。みかんもあるし、最高だよ」
クリスマスに家に帰らず、正月に家に帰ると約束していた鼻血マスターは、その約束を守って家に帰って来た。
一緒についてきたもえもんは、フシギバナだけ。
ほかのもえもんたちも来たがったが、クリスマスパーティを開いたときのことをフシギバナが話して、一家団欒の邪魔をしないように説得したのだ。
その説得に納得して、フシギバナ以外のもえもんたちは、パソコンの中で休んでいる。
フシギバナも邪魔しないつもりだったが、少女の家族から誘われたことと、そばに仲間が誰もいなくなるのは嫌だという少女の言葉によって、一緒に来た。
「だらけてますね。やっぱり実家は、落ち着きますか?」
寝そべりながら、みかんを口に運ぶ少女を見ながらフシギバナは聞いてみた。
「うん、落ち着く。遠慮しなくていいからかな?
野宿だとそうでもないけど、もえもんセンターとかじゃ素で過ごせないからねぇ。少しは気を使ってるんだ」
「あれだけ自由に過ごしていて、素で過ごせてないとかいいますか」
といっても、フシギバナも納得はしていた。野宿だと、騒がしいほどにコミュニケーションをとる少女が、もえもんセンターだと少し静かになるのだ。
あれだけの反応を常にしていると、回りから異端の目で見られることを、少女は経験上知っている。
自分だけにそういった視線が集まるなら気にしないでいればいいが、仲間にまで迷惑かけることになるのは駄目だ。
そういった考えのもと、自らを抑えていた。
迷惑になるとわかっているならば、もっと自重しろという考えもあるが、実行すれば自分じゃなくなるので、それは嫌だと思っている。
「お雑煮できたわよ、起きなさい」
トレイにおわんを四つのせて、少女の母親がコタツのそばに来た。
「私の分まで、ありがとうございます」
「畏まらなくていいのよ、フシギバナちゃん」
母親は、それぞれの目の前に、おわんを置いていく。少女に一つ、フシギバナに一つ、自分の前に二つ。
「この子の世話、大変だったでしょう?」
隣に座るトランセルに箸を渡しながら、母親が感謝の意をフシギバナにむける。
「少し大変でしたけど、マスターと一緒にいるのは楽しいですから」
「そう言ってもらえると、嬉しいわ。
この子、あんな性格でしょう? もえもんたちにも、避けれるんじゃないかって心配してたの」
「テンションの高さに戸惑う子はいますけど、マスターを嫌っている子はいません。
みんなマスターが大好きです」
それを聞いた母親は、本当に嬉しそうに笑う。
「いい仲間に恵まれたのね、この子は」
「私のことは置いといて、その子はどうしたの?」
照れで顔を真っ赤にした少女は、話題をそらすため、母親の隣でお雑煮を美味しそうに食べるトランセルのことを聞く。
「トランセルちゃん? クリスマスを過ぎた頃にね、閉まってるお店の軒下で震えてたから、家に連れ帰ったの。
事情を聞くと、トレーナーに捨てられたっていうから、うちで引き取ったのよ。
こんなに可愛い子を捨てるなんて、ひどいトレーナーもいたもんだわ」
お餅に悪戦苦闘するトランセルを、ぎゅっと抱きしめる母親。少女の性格は、母親譲りらしい。
トランセルは、苦しそうだが嬉しそうでもある。
トランセルが捨てられた理由は、戦いで扱いずらいから、ということらしい。
少しだけ我慢すれば、すぐに進化して戦力になるというのに、短気なトレーナーもいたものだ。
故郷への帰り道がわからず、寒さに震えていたところで、母親に出会った。
「私の仲間にトランセルいないんだよねー。なんでかキャタピー系統に会えなくてさ」
「そういえば、トキワの森周辺でも出会うのは、ビードルやコクーンばかりでした。おかげで毒に苦労した記憶が」
「トランセルちゃんは、渡さないわよ」
娘の考えを読んだ母親が、先手を打った。
「うっ……まあ仕方ないかぁ、お母さんにすごく懐いてるもんね」
考えを読まれた少女は、粘ることなくすぐに諦めた。
これにはちょっとした理由があった。
家に帰ってきて、トランセルを見た少女は、いつものように抱きつこうとしたが、避けられて母親のほうへと逃げられたのだ。
ただ逃げるだけなら、いつものように粘るのだが、かたくなるを使って、すねに頭突きをかまされたせいで、少し苦手意識を持ってしまった。
抱きつこうとして、いきなり攻撃されるという反応は、何気に初めてだった。
それでも、うずうずとトランセルのほうを見ているのは、さすがと言っていいのだろう。
トランセルに触れない不満を、フシギバナに抱きつくことで、解消しているのも少女らしい。
「トランセルってうちの子になったんだよね?」
突然、少女が切り出した。
「そうよ。何か不満?」
「まったくそんな気持ちはない!」
「即答ですか」
もう少しためらってもみても、いいのではないかと思うフシギバナ。
しかし、そんな反応を示す少女を想像できないことに気づいた。
「うちの子っていうことは、私の妹なわけだ」
「そうなるわね」
「お姉ちゃんと遊ぼうかトランセル!」
少女は、自分との繋がりが薄いから、不安になるんじゃないかと考えた。そこで、姉妹という繋がりを示して、近しい存在だから怖がることはないと示す。
実は、トレーナーに捨てられたせいで、トレーナーという存在に不審を持っているのも拒絶の原因。こっちには、誰も気づいていない。
どうにかトランセルと仲良くできないか考えて、不安なのかなと思いついたのだ。
「どうするトランセル、お姉ちゃんあなたと遊ぼうって言ってるけど?」
母親が膝上のトランセルに問いかける。
いきなり立ち上がった少女を、トランセルはキョトンとした顔で見上げる。
「お姉ちゃん?」
「そうよ、あなたは私の子供だもの。あの子も私の子供。
だから二人は姉妹」
当たり前のように母親は言い切った。
出会って、そんなに時間の経っていないトランセルのことを娘と言い切れるのは、すごいなとフシギバナは思う。思うだけで、口には出さない。
「いいよ、遊ぶ」
少し考えていたトランセルは、少女と遊ぶことを了承した。
ずっと母親のそばか、父親のそばにしかいなかった昨日に比べると、格段の進歩だろう。
家族だと言われて、不安が薄れたのだろうか。
「それじゃ、お正月ならではの遊びでもしようかね。倉庫に羽子板とか凧とかあったよね?」
「しまいこんでたはず」
「行こうか?」
少女がトランセルに手を差し出す。トランセルは頷いて、その手をとった。
「フシギバナも」
「はいはい。お雑煮、美味しかったです」
お雑煮のお礼を言って、フシギバナも差し出された手を握り返して、部屋を出て行く。
「お粗末さまです。トランセルちゃんに無理させちゃ駄目よー」
母親はフシギバナに応えて、倉庫にむかう娘たちに気をつけるように声をかける。
食器を洗う母親の耳に、娘たちが楽しそうに笑う声が届く。
遊びによるふれあいで、不安はさらに薄れたようだ。
声を聞いて、母親は機嫌よく笑う。
娘が、旅に出る前よりも、たくさん笑えるようになったことが、母親には嬉しかった。
トランセルが、あんなに大きな笑い声を出していることが、母親には嬉しかった。
血の繋がりどころか、種族さえ違うのに、似ていた娘たちが、幸せそうなことが母親には嬉しかった。
2008年03月28日
鼻血マスター旅行記4
『レディバ頭巾ちゃん』
旅の途中で、もえもんセンターのない村にたどり着いた鼻血マスター一行。
これ以上進むと、山の中で野宿になるので、今日はここに泊まらせてもらおうということになった。
村長さんに、宿泊施設がないか聞いてみたところ、うちに泊まっていきなさいと誘われる。
ただし娯楽のない村で、村人は退屈しているので、何か宴会芸でも披露してもらえないかと頼まれる。
少女は、その場のノリで何も考えずOKし、仲間から説教をくらった。
説教がすんで、引き受けた宴会芸はどうしようかと話し合う。
なんやかんや話し合い、演劇をやることに。
演目は「赤頭巾ちゃん」。
主役は、全員一致でレディバとなった。
配役
赤頭巾→レディバ
母親→ジュゴン
お婆さん→フシギバナ
狼→鼻血マスター
猟師→レアコイル
届け物の桃→ミュウ(セリフが不完全なレディバをフォローするため。ピンクだから)
ナレーター→ハクリュー
村人に手伝ってもらい、広場に簡単な舞台を設置して、夕食後に開演となった。
一応、リハーサルは行ったが、素人が突発でやる演劇、アクシデントは寛大な心で流してくださいと、
ハクリューが注意事項を言ってから、劇は始まった。
むかしむかしあるところに、赤頭巾ちゃんという女の子がいました。
「赤頭巾、森に住むお婆さんのところへ、桃とワインを持っていってくださらない?」
娘にまで口調が丁寧な母親が、赤頭巾にお使いを頼みます。
(癖なんだから仕方ないですわ!)
(ナレーターに突っ込まないで)
「わかったー持ってく」
赤頭巾は、母親からワインと桃が入った籠を受け取ります。
「森に住む狼に気をつけるのですよ」
「気をつけるー。いってきます」
「いってらっしゃい」
家を出た赤頭巾は……赤頭巾は……
(ここら辺、リハーサルで飛ばしたっけ、どしよっか……何もなかったことでいいか?)
お婆さんの家に到着しました。
(展開早すぎです! 狼に会うイベントがあるでしょう!)
ああ、そうです! 少し巻き戻して、森で狼に出会いました。
「おっと、そこいく可愛いお嬢ちゃん待ちな!」
森に住む狼が、赤頭巾を発見し、話しかけてきました。
「あなたはだーれ?」
「オレは狼。可愛いものには目がない、可愛いものの狩人さ!」
(ちょっマスター! リハーサルとセリフ違いますわ!)
「ここを通りたければ、頭を撫でさせて、抱きつかせて、頬ずりさせな!」
なんと極悪非道な狼でしょうか!? 誰もが通っていいはずの道を我が物とし、欲望に満ちた要求をしています。
(あなたもセリフ違いますわ!)
(面白そうだからつい)
「そんなことでいいのー? いいよー」
心優しい赤頭巾は、最低な狼の要求をこころよく引き受けます。
思う存分赤頭巾を堪能した狼は、そのまま赤頭巾を持ち帰ろうとします。
(マスター! そこで持ち帰ったら劇が進みませんわ! やめてください!)
「ちっ、約束だ。通るがいい。
ああそうだ、ここら辺は綺麗な花が咲いているだろう?
お見舞いに持っていったら、そのばあさんは喜ぶんじゃないのか?」
「そうするー、ありがとー」
花をつんで、道草をくった赤頭巾は、お婆さんの家へと急ぎます。
あれだけは満足できなかった欲求不満な狼は、赤頭巾が道草している間に、お婆さんの家へと先回りします。
狼はお婆さんを食べて、お婆さんになりすまし赤頭巾を待ちます。
そして、なにも知らない赤頭巾がやってきました。
「お婆さん、桃とワインもってきたー」
「おお、お疲れ様。よくきたね。こっちへおいで」
「わかったー」
赤頭巾は、ベッドに寝ている狼に近づいていきます。
赤頭巾は、寝ているお婆さんの姿が変だと思い、聞きます。
「お婆さん、耳大きいねー」
「お前の声が、よく聞こえるために大きいのさ」
「目も光っていてこわいよー」
「怖がることはないさ、可愛いお前のことをよく見るためだから」
「手も大きいー」
「お前を撫でて、抱くためにこれぐらいは、大きくないと!」
「鼻血も流れてるー」
「お前が可愛すぎるからさ!」
(劇の間くらい、鼻血は流さないでマスター!)
「口も大きくてびっくりー」
「これは……もう我慢できない!」
正体を現した狼が赤頭巾をぺロリとひとのみに…………訂正します、力いっぱい抱きつきました。
(マスター! 台本と違いすぎます−!)
「なにやら」「さわがしいな」「どうしたのだろう?」
通りすがりの猟師が三人、騒がしいお婆さんの家に入ってきました。
「幼子が」「狼に」「捕まっている」
「「「助けないと!」」」
猟師が、赤頭巾を助けようとします。
「おっと、それ以上近づくな! この可愛いお嬢ちゃんが怪我するかもしれないぜ!」
なんと残虐な狼でしょう! 赤頭巾を人質にとって、猟師たちを近づけさせません。
(だからマスター! 話が違います!)
近づけない猟師たちの目の前で狼は、再び赤頭巾を堪能しています。
猟師は、赤頭巾を助けることができないのでしょうか!?
『レディバ! まもる! レアコイルは、マスターにスパーク!』
どこからともなく、声が聞こえてきました。この声はお婆さんだ!
膠着しかけた状況を動かしたのは、狼に食べられたはずのお婆さんだー!
孫可愛さに、狼のお腹の中から、声を出しているのかー!
お婆さんの指示によって、狼は退治されました。
「お婆さんありがとー」
「ああでもしないと、話が進みませんからね」
「「「ナイス判断」」」
猟師がお婆さんの判断を褒め称えます。
これは、話を進めたことか、狼退治の指示、どちらを褒めているのでしょう?
「くっくっく。これで終ったと思うな!
私が倒れても、第二第三の私が必ず現れてっ」
「赤頭巾、ソーラービーム」
「わかったー」
まだ生きていた狼に、お婆さんの指示のもと、赤頭巾がとどめをさしました。
このお婆さんけっこう酷いです。
こうして赤頭巾は、無事おつかいこなすことができました。
めでたし、めでたし。
(本来の話と違いすぎて、めでたさはないと思うのですが?)
話がめちゃくちゃだった演劇は、村人の盛大な拍手によって幕を閉じた。
知っている話よりは、めちゃくちゃでもアレンジが入っているほうが、面白いと村人は判断したらしい。
なぜ!? と不思議がるジュゴン。ほかのメンバーは、素直に拍手を喜んでいた。
旅の途中で、もえもんセンターのない村にたどり着いた鼻血マスター一行。
これ以上進むと、山の中で野宿になるので、今日はここに泊まらせてもらおうということになった。
村長さんに、宿泊施設がないか聞いてみたところ、うちに泊まっていきなさいと誘われる。
ただし娯楽のない村で、村人は退屈しているので、何か宴会芸でも披露してもらえないかと頼まれる。
少女は、その場のノリで何も考えずOKし、仲間から説教をくらった。
説教がすんで、引き受けた宴会芸はどうしようかと話し合う。
なんやかんや話し合い、演劇をやることに。
演目は「赤頭巾ちゃん」。
主役は、全員一致でレディバとなった。
配役
赤頭巾→レディバ
母親→ジュゴン
お婆さん→フシギバナ
狼→鼻血マスター
猟師→レアコイル
届け物の桃→ミュウ(セリフが不完全なレディバをフォローするため。ピンクだから)
ナレーター→ハクリュー
村人に手伝ってもらい、広場に簡単な舞台を設置して、夕食後に開演となった。
一応、リハーサルは行ったが、素人が突発でやる演劇、アクシデントは寛大な心で流してくださいと、
ハクリューが注意事項を言ってから、劇は始まった。
むかしむかしあるところに、赤頭巾ちゃんという女の子がいました。
「赤頭巾、森に住むお婆さんのところへ、桃とワインを持っていってくださらない?」
娘にまで口調が丁寧な母親が、赤頭巾にお使いを頼みます。
(癖なんだから仕方ないですわ!)
(ナレーターに突っ込まないで)
「わかったー持ってく」
赤頭巾は、母親からワインと桃が入った籠を受け取ります。
「森に住む狼に気をつけるのですよ」
「気をつけるー。いってきます」
「いってらっしゃい」
家を出た赤頭巾は……赤頭巾は……
(ここら辺、リハーサルで飛ばしたっけ、どしよっか……何もなかったことでいいか?)
お婆さんの家に到着しました。
(展開早すぎです! 狼に会うイベントがあるでしょう!)
ああ、そうです! 少し巻き戻して、森で狼に出会いました。
「おっと、そこいく可愛いお嬢ちゃん待ちな!」
森に住む狼が、赤頭巾を発見し、話しかけてきました。
「あなたはだーれ?」
「オレは狼。可愛いものには目がない、可愛いものの狩人さ!」
(ちょっマスター! リハーサルとセリフ違いますわ!)
「ここを通りたければ、頭を撫でさせて、抱きつかせて、頬ずりさせな!」
なんと極悪非道な狼でしょうか!? 誰もが通っていいはずの道を我が物とし、欲望に満ちた要求をしています。
(あなたもセリフ違いますわ!)
(面白そうだからつい)
「そんなことでいいのー? いいよー」
心優しい赤頭巾は、最低な狼の要求をこころよく引き受けます。
思う存分赤頭巾を堪能した狼は、そのまま赤頭巾を持ち帰ろうとします。
(マスター! そこで持ち帰ったら劇が進みませんわ! やめてください!)
「ちっ、約束だ。通るがいい。
ああそうだ、ここら辺は綺麗な花が咲いているだろう?
お見舞いに持っていったら、そのばあさんは喜ぶんじゃないのか?」
「そうするー、ありがとー」
花をつんで、道草をくった赤頭巾は、お婆さんの家へと急ぎます。
あれだけは満足できなかった欲求不満な狼は、赤頭巾が道草している間に、お婆さんの家へと先回りします。
狼はお婆さんを食べて、お婆さんになりすまし赤頭巾を待ちます。
そして、なにも知らない赤頭巾がやってきました。
「お婆さん、桃とワインもってきたー」
「おお、お疲れ様。よくきたね。こっちへおいで」
「わかったー」
赤頭巾は、ベッドに寝ている狼に近づいていきます。
赤頭巾は、寝ているお婆さんの姿が変だと思い、聞きます。
「お婆さん、耳大きいねー」
「お前の声が、よく聞こえるために大きいのさ」
「目も光っていてこわいよー」
「怖がることはないさ、可愛いお前のことをよく見るためだから」
「手も大きいー」
「お前を撫でて、抱くためにこれぐらいは、大きくないと!」
「鼻血も流れてるー」
「お前が可愛すぎるからさ!」
(劇の間くらい、鼻血は流さないでマスター!)
「口も大きくてびっくりー」
「これは……もう我慢できない!」
正体を現した狼が赤頭巾をぺロリとひとのみに…………訂正します、力いっぱい抱きつきました。
(マスター! 台本と違いすぎます−!)
「なにやら」「さわがしいな」「どうしたのだろう?」
通りすがりの猟師が三人、騒がしいお婆さんの家に入ってきました。
「幼子が」「狼に」「捕まっている」
「「「助けないと!」」」
猟師が、赤頭巾を助けようとします。
「おっと、それ以上近づくな! この可愛いお嬢ちゃんが怪我するかもしれないぜ!」
なんと残虐な狼でしょう! 赤頭巾を人質にとって、猟師たちを近づけさせません。
(だからマスター! 話が違います!)
近づけない猟師たちの目の前で狼は、再び赤頭巾を堪能しています。
猟師は、赤頭巾を助けることができないのでしょうか!?
『レディバ! まもる! レアコイルは、マスターにスパーク!』
どこからともなく、声が聞こえてきました。この声はお婆さんだ!
膠着しかけた状況を動かしたのは、狼に食べられたはずのお婆さんだー!
孫可愛さに、狼のお腹の中から、声を出しているのかー!
お婆さんの指示によって、狼は退治されました。
「お婆さんありがとー」
「ああでもしないと、話が進みませんからね」
「「「ナイス判断」」」
猟師がお婆さんの判断を褒め称えます。
これは、話を進めたことか、狼退治の指示、どちらを褒めているのでしょう?
「くっくっく。これで終ったと思うな!
私が倒れても、第二第三の私が必ず現れてっ」
「赤頭巾、ソーラービーム」
「わかったー」
まだ生きていた狼に、お婆さんの指示のもと、赤頭巾がとどめをさしました。
このお婆さんけっこう酷いです。
こうして赤頭巾は、無事おつかいこなすことができました。
めでたし、めでたし。
(本来の話と違いすぎて、めでたさはないと思うのですが?)
話がめちゃくちゃだった演劇は、村人の盛大な拍手によって幕を閉じた。
知っている話よりは、めちゃくちゃでもアレンジが入っているほうが、面白いと村人は判断したらしい。
なぜ!? と不思議がるジュゴン。ほかのメンバーは、素直に拍手を喜んでいた。
2008年03月26日
鼻血マスター旅行記3
時は12月の25日、クリスマス。
ふたご島とグレン島の間にある無人島に、たくさんのもえもんと一人の少女が、楽しそうに騒いでいる。
地面には何枚もシートが広げられ、その上にはジュースやお菓子、トランプなどの遊び道具が置かれている。
そこから少しだけ離れた所には、手製のカマドがいくつか。鍋と鉄板とフライパンが火にかけられて、料理が作られている。
そのカマドの一つのそばで、フシギバナと少女が話をしている。
「マスター、皆楽しそうですね」
「うん、皆楽しんでくれて、クリスマスパーティ開いたかいがあったよ」
二人は、仲間たちを見渡す。
少女の鼻には、ティッシュが詰められている。もえもんたちの笑顔にあてられたのか、いつものように鼻血を出したらしい。
「十月ごろから、お金を節約してると思ったら、こんなこと考えていたとは。
好きなお菓子や可愛い小物を買わなくなっているから、変だなぁと思っていたんですけど」
料理する手は、止めずにフシギバナは喋る。
少女は、それを見てるだけ。相変わらず料理を作ることは、禁止されている。
「食費や道具のお金を削るわけにはいかないからね。
そんなことしたら、もえもんバトルになったとき、あなたたちに負担かけることになるから。
それで、どこを削るか考えて、私の分が減ったというわけ。
それだけじゃ足りないから、バトルの賞金の一部もこっちに回してたけど」
「クリスマスって家族で過ごす人もいるって聞きましたけど、マスターは家に帰らなくてよかったのですか?」
料理を一品完成させて、話題も変える。
盛り付けは、少女も手伝った。
「皆と過ごしたかったからね。家でパーティ開くと、皆一緒っていうわけにはいかないし、うちそこまで広くない。
正月に一度帰るって、連絡は入れてあるよ」
「皆と一緒に過ごすためにですか。それで、皆を連れてここまで来たんですねぇ。
突然、連れて歩ける以上の仲間を出して、出発だー! とか言うから驚いたんですよ?」
フシギバナは、次の料理を作り始める。
プリンと何人かの楽しそうな歌声が流れてくる。
今でも技としての「歌」は使えないプリンだが、ああやって楽しそうに歌えてるんだから、
それでじゅうぶんじゃないかと少女は思っている。
「驚いてくれたんなら、成功だ。
ちなみに、この島を使うにあたって、カツラさんに許可はもらってあるから安心してね」
少女は、事前にカツラに許可をもらってあると告げる。
誰かの迷惑にならない場所で、広い場所を探していた少女は、以前グレン島に行く途中でみつけた無人島のことを思い出した。
それで、グレン島で一番偉そうなカツラに、使用許可をもらいにいったのだ。
ここらの島は、国の管理している島で、カツラのものではないのだが、一時的に使うくらいならば問題ないだろうと言われていた。
「ほんとにこういうことには、行動が早いです」
「いや〜それほどでも」
褒められていると受け取った少女は、照れる。
フシギバナは、若干の呆れを混ぜながらも褒めていたから、的外れな反応ではない。
「それにしても、仲間が増えました」
各々で、好きに過ごしている仲間たちを見ながらフシギバナは言う。
遊んでいる者や、各々の技や技同士を組み合わせて、宴会芸としている者もいる。
例えば、ギャロップがひのこを空に打ち上げて花火としている。
ジュゴンがれいとうビームで氷を作り出し、ストライクがそれを彫像に削っている。
ピカチュウがかげぶんしんを使い、その中の実体当てクイズをしている。
「始めは、あなたと二人で始めた旅だったのに、今では六十人。
可愛い子に囲まれて私は、幸せだよ。旅に出てよかった」
心底、幸せそうな少女。手を頬に当て、目も潤んで、鼻に詰めたティッシュも赤く染まって、本当に幸せそうだ。
「いろんな出会いがありましたし、いろんな出来事もありました」
「旅に出た始めのころは、もえもんリーグに参加するなんて考えてもなかったしね」
「まあカンナさんに、門前払いくらいましたが」
「さすがに皆Lv50以下だと、無理だった。
一人くらいは、なんとかなると思ってんだけどな。さすが四天王強かった。リベンジはできたから、少し満足だけど」
「でも、次のシバさんで負けました」
「カンナさんに勝ったときみたいに、鍛えてから挑戦すればいいよ。ゆっくりいこう、焦ったっていいことないない」
負けたことをあまり悔しく思っていない少女は、少し落ち込んだフシギバナを撫でて励ます。
チャンピオンになることが目的ではないから、少女は落ち込まないのだろう。
少女の目的は、もえもんとの出会い。その目的が順調に進んでいるのは、ここにいるもえもんたちを見ればわかる。
ちなみに、旅の間で一番落ち込んだのは、もえもんたちの悪戯で嫌いと言われたときだ。
そのときの落ち込み具合は、少女だけに世界の終わりが来たかのように、すごかったらしい。
このときの様子から、もえもんたちは、少女に対して安易に嫌いとは言わないように心に誓った。
「そうですね、ゆっくりといきましょう」
マスターが気にしていないのだから、自分がいつまでも落ち込んでいられないと、気分を変える。
「出会いといえば、すごい出会いもあったね」
「ファイアーさんとフリーザーさんですか?」
「そうそう、なんていったって伝説だよ? 出会えたことすら奇跡!
拝み倒しただけで、仲間になってもらえたのは、すごいと思わない?」
「拝み倒したおかげじゃなくて、別の理由があったと思いますけど?」
出血多量で死なれたら困るからとか、ぽや〜としているうちに捕まったとか。
話題の二人は、今何をしてるかというと。
ファイアーは、オニスズメが作っている料理をつまみ食いしたせいで、正座させられて説教を受けている。
拝み倒して仲間になってもらったのは、間違いない。
でも土下座しているときに、流れ出た鼻血が徐々に床に広がっていって、出血多量死を恐れて承諾したのも事実。
フリーザーは、プリンたちちびっ子に混ざって、楽しそうに歌っている。
初めて会ったときは、見下されているように見えたフリーザー。でも実際は、のんびりとした性格で、しょっちゅうぽやーっとしている。
初めて会ったときも、少女たちに気づかず、思考がどこか遠いところへ行っているだけだった。
そのおかげで、モンスターボールを一回投げただけで、捕まえることができた。
ボールから出して、改めて仲間になってもらおうと説得したときも、どこか軽い返事で承諾された。
こんな二人だから、伝説の威厳はあまり感じられない。
サンダーもどこかずれてそうだと思っているのは、フシギバナだけではないはずだ。
「フシギバナ? 手が止まってるよ」
「あっはい!」
少女に呼ばれて、慌てて作業する手を動かす。
少し手が止まっていただけなので、料理は駄目になっていない。
そこに、プリンたちがやってきた。
「マスター!」
「どしたの? 料理はまだできないから、遊んでていいよ?」
しゃがんで、駆け寄ってきたちびっ子たちに目線を合わせる。
「ちがうの! 料理じゃないの! 今日サンタさんくるんだよね?
マスターが話してくれた、真っ赤な服のおひげおじさん」
きらきらと期待に目を輝かせてちびっ子たちは、少女を見ている。
その中にフリーザーも混ざっているのは、なんというか少し違和感を感じないでもない。
ちびっ子たちとフリーザーの可愛さに、鼻の奥が熱くなるのを感じる少女。
少女はなんとか鼻血を耐えて、残念な知らせをちびっ子たちにする。
「それなんだけどね、残念なことにサンタさん忙しくてこれないんだって。
世界中の子供たちにプレゼントを配らないといけないから、無理もないんだけど」
「えー」
不満そうな声や残念そうな声、泣きそうな声が上がる。
それを聞いて、少女は慌てて付け加える。
「でもプレゼントは、受け取っておいたから!
ね? だから泣かないでー!」
慌ててなだめ始める少女。それが功を奏したのか、泣き出すようなことはなかった。
事前にサンタをどうしようかと悩み、忙しくてこれないということにしようと決めていた。
メタモンに頼んでサンタに変身してもらうという考えもあったが、メタモンもサンタを楽しみにしている側だったので、
この案は使えなかった。
「サンタさんからもらったプレゼントは、パーティの終わりに渡すから、遊んでてね?」
「わかったー」
サンタからのプレゼントはもらえるとわかって、なんとか納得したちびっ子たち。
少女の言うことを聞いて、シートのほうへと戻っていく。
「ふーなんとかごまかせた」
「お疲れ様ですマスター」
「あの子達の可愛い顔が見れたから、これくらいどうってことないわ。
それにしても、お父さんに感謝しないとね」
「お父さんですか?」
「うん。去年、サンタの正体がお父さんだってわかって、すごくがっかりしたの。
でもそのおかげで今年は、あの子たちにサンタがいないかもっていうことを、知られないように事前策を練れた。
サンタがいるって思ってたら、私は今年もあの子達側にいたわ」
もしそうだとしたら、すっごく苦労することになったんだろうなぁと思うフシギバナ。
そうしているうちに、料理が全品完成して、パーティを本格的に始める準備が整う。
フシギバナが、ぱんぱんと手を叩いて、皆の注目を集める。
「これからクリスマスパーティを本格的に始めます。
私たちのマスターで、このパーティを企画してくれたマスターから、開始の挨拶をもらいたいと思います。
静かに聞いてください」
フシギバナに集まっていた注目が、少女へと移る。
少女は緊張することなく、挨拶のため口を開く。
緊張していないかわりに、六十人の可愛い子たちを一度に見れて、デレっと相好を崩したが、もえもんたちは、
いつものことだとスルー。
表情を引き締めて、挨拶を始める。
「こういった挨拶はしたことないから、短くいこう。
私の仲間になってくれてありがとう。私を受け入れてくれてありがとう。
不甲斐ないマスターだけど、これからもよろしく!
それじゃ、今日は楽しもう!」
少女の挨拶にわあぁーっと大きな拍手が起きて、もえもんたちから「こちらこそ、よろしく!」と返事が返ってきた。
パーティは、盛り上がる。
お酒が入っているわけでもないのに、テンションは天井知らずに上がっていった。
楽しそうな笑い声は、夜更けまで辺りに響いていた。
ふたご島とグレン島の間にある無人島に、たくさんのもえもんと一人の少女が、楽しそうに騒いでいる。
地面には何枚もシートが広げられ、その上にはジュースやお菓子、トランプなどの遊び道具が置かれている。
そこから少しだけ離れた所には、手製のカマドがいくつか。鍋と鉄板とフライパンが火にかけられて、料理が作られている。
そのカマドの一つのそばで、フシギバナと少女が話をしている。
「マスター、皆楽しそうですね」
「うん、皆楽しんでくれて、クリスマスパーティ開いたかいがあったよ」
二人は、仲間たちを見渡す。
少女の鼻には、ティッシュが詰められている。もえもんたちの笑顔にあてられたのか、いつものように鼻血を出したらしい。
「十月ごろから、お金を節約してると思ったら、こんなこと考えていたとは。
好きなお菓子や可愛い小物を買わなくなっているから、変だなぁと思っていたんですけど」
料理する手は、止めずにフシギバナは喋る。
少女は、それを見てるだけ。相変わらず料理を作ることは、禁止されている。
「食費や道具のお金を削るわけにはいかないからね。
そんなことしたら、もえもんバトルになったとき、あなたたちに負担かけることになるから。
それで、どこを削るか考えて、私の分が減ったというわけ。
それだけじゃ足りないから、バトルの賞金の一部もこっちに回してたけど」
「クリスマスって家族で過ごす人もいるって聞きましたけど、マスターは家に帰らなくてよかったのですか?」
料理を一品完成させて、話題も変える。
盛り付けは、少女も手伝った。
「皆と過ごしたかったからね。家でパーティ開くと、皆一緒っていうわけにはいかないし、うちそこまで広くない。
正月に一度帰るって、連絡は入れてあるよ」
「皆と一緒に過ごすためにですか。それで、皆を連れてここまで来たんですねぇ。
突然、連れて歩ける以上の仲間を出して、出発だー! とか言うから驚いたんですよ?」
フシギバナは、次の料理を作り始める。
プリンと何人かの楽しそうな歌声が流れてくる。
今でも技としての「歌」は使えないプリンだが、ああやって楽しそうに歌えてるんだから、
それでじゅうぶんじゃないかと少女は思っている。
「驚いてくれたんなら、成功だ。
ちなみに、この島を使うにあたって、カツラさんに許可はもらってあるから安心してね」
少女は、事前にカツラに許可をもらってあると告げる。
誰かの迷惑にならない場所で、広い場所を探していた少女は、以前グレン島に行く途中でみつけた無人島のことを思い出した。
それで、グレン島で一番偉そうなカツラに、使用許可をもらいにいったのだ。
ここらの島は、国の管理している島で、カツラのものではないのだが、一時的に使うくらいならば問題ないだろうと言われていた。
「ほんとにこういうことには、行動が早いです」
「いや〜それほどでも」
褒められていると受け取った少女は、照れる。
フシギバナは、若干の呆れを混ぜながらも褒めていたから、的外れな反応ではない。
「それにしても、仲間が増えました」
各々で、好きに過ごしている仲間たちを見ながらフシギバナは言う。
遊んでいる者や、各々の技や技同士を組み合わせて、宴会芸としている者もいる。
例えば、ギャロップがひのこを空に打ち上げて花火としている。
ジュゴンがれいとうビームで氷を作り出し、ストライクがそれを彫像に削っている。
ピカチュウがかげぶんしんを使い、その中の実体当てクイズをしている。
「始めは、あなたと二人で始めた旅だったのに、今では六十人。
可愛い子に囲まれて私は、幸せだよ。旅に出てよかった」
心底、幸せそうな少女。手を頬に当て、目も潤んで、鼻に詰めたティッシュも赤く染まって、本当に幸せそうだ。
「いろんな出会いがありましたし、いろんな出来事もありました」
「旅に出た始めのころは、もえもんリーグに参加するなんて考えてもなかったしね」
「まあカンナさんに、門前払いくらいましたが」
「さすがに皆Lv50以下だと、無理だった。
一人くらいは、なんとかなると思ってんだけどな。さすが四天王強かった。リベンジはできたから、少し満足だけど」
「でも、次のシバさんで負けました」
「カンナさんに勝ったときみたいに、鍛えてから挑戦すればいいよ。ゆっくりいこう、焦ったっていいことないない」
負けたことをあまり悔しく思っていない少女は、少し落ち込んだフシギバナを撫でて励ます。
チャンピオンになることが目的ではないから、少女は落ち込まないのだろう。
少女の目的は、もえもんとの出会い。その目的が順調に進んでいるのは、ここにいるもえもんたちを見ればわかる。
ちなみに、旅の間で一番落ち込んだのは、もえもんたちの悪戯で嫌いと言われたときだ。
そのときの落ち込み具合は、少女だけに世界の終わりが来たかのように、すごかったらしい。
このときの様子から、もえもんたちは、少女に対して安易に嫌いとは言わないように心に誓った。
「そうですね、ゆっくりといきましょう」
マスターが気にしていないのだから、自分がいつまでも落ち込んでいられないと、気分を変える。
「出会いといえば、すごい出会いもあったね」
「ファイアーさんとフリーザーさんですか?」
「そうそう、なんていったって伝説だよ? 出会えたことすら奇跡!
拝み倒しただけで、仲間になってもらえたのは、すごいと思わない?」
「拝み倒したおかげじゃなくて、別の理由があったと思いますけど?」
出血多量で死なれたら困るからとか、ぽや〜としているうちに捕まったとか。
話題の二人は、今何をしてるかというと。
ファイアーは、オニスズメが作っている料理をつまみ食いしたせいで、正座させられて説教を受けている。
拝み倒して仲間になってもらったのは、間違いない。
でも土下座しているときに、流れ出た鼻血が徐々に床に広がっていって、出血多量死を恐れて承諾したのも事実。
フリーザーは、プリンたちちびっ子に混ざって、楽しそうに歌っている。
初めて会ったときは、見下されているように見えたフリーザー。でも実際は、のんびりとした性格で、しょっちゅうぽやーっとしている。
初めて会ったときも、少女たちに気づかず、思考がどこか遠いところへ行っているだけだった。
そのおかげで、モンスターボールを一回投げただけで、捕まえることができた。
ボールから出して、改めて仲間になってもらおうと説得したときも、どこか軽い返事で承諾された。
こんな二人だから、伝説の威厳はあまり感じられない。
サンダーもどこかずれてそうだと思っているのは、フシギバナだけではないはずだ。
「フシギバナ? 手が止まってるよ」
「あっはい!」
少女に呼ばれて、慌てて作業する手を動かす。
少し手が止まっていただけなので、料理は駄目になっていない。
そこに、プリンたちがやってきた。
「マスター!」
「どしたの? 料理はまだできないから、遊んでていいよ?」
しゃがんで、駆け寄ってきたちびっ子たちに目線を合わせる。
「ちがうの! 料理じゃないの! 今日サンタさんくるんだよね?
マスターが話してくれた、真っ赤な服のおひげおじさん」
きらきらと期待に目を輝かせてちびっ子たちは、少女を見ている。
その中にフリーザーも混ざっているのは、なんというか少し違和感を感じないでもない。
ちびっ子たちとフリーザーの可愛さに、鼻の奥が熱くなるのを感じる少女。
少女はなんとか鼻血を耐えて、残念な知らせをちびっ子たちにする。
「それなんだけどね、残念なことにサンタさん忙しくてこれないんだって。
世界中の子供たちにプレゼントを配らないといけないから、無理もないんだけど」
「えー」
不満そうな声や残念そうな声、泣きそうな声が上がる。
それを聞いて、少女は慌てて付け加える。
「でもプレゼントは、受け取っておいたから!
ね? だから泣かないでー!」
慌ててなだめ始める少女。それが功を奏したのか、泣き出すようなことはなかった。
事前にサンタをどうしようかと悩み、忙しくてこれないということにしようと決めていた。
メタモンに頼んでサンタに変身してもらうという考えもあったが、メタモンもサンタを楽しみにしている側だったので、
この案は使えなかった。
「サンタさんからもらったプレゼントは、パーティの終わりに渡すから、遊んでてね?」
「わかったー」
サンタからのプレゼントはもらえるとわかって、なんとか納得したちびっ子たち。
少女の言うことを聞いて、シートのほうへと戻っていく。
「ふーなんとかごまかせた」
「お疲れ様ですマスター」
「あの子達の可愛い顔が見れたから、これくらいどうってことないわ。
それにしても、お父さんに感謝しないとね」
「お父さんですか?」
「うん。去年、サンタの正体がお父さんだってわかって、すごくがっかりしたの。
でもそのおかげで今年は、あの子たちにサンタがいないかもっていうことを、知られないように事前策を練れた。
サンタがいるって思ってたら、私は今年もあの子達側にいたわ」
もしそうだとしたら、すっごく苦労することになったんだろうなぁと思うフシギバナ。
そうしているうちに、料理が全品完成して、パーティを本格的に始める準備が整う。
フシギバナが、ぱんぱんと手を叩いて、皆の注目を集める。
「これからクリスマスパーティを本格的に始めます。
私たちのマスターで、このパーティを企画してくれたマスターから、開始の挨拶をもらいたいと思います。
静かに聞いてください」
フシギバナに集まっていた注目が、少女へと移る。
少女は緊張することなく、挨拶のため口を開く。
緊張していないかわりに、六十人の可愛い子たちを一度に見れて、デレっと相好を崩したが、もえもんたちは、
いつものことだとスルー。
表情を引き締めて、挨拶を始める。
「こういった挨拶はしたことないから、短くいこう。
私の仲間になってくれてありがとう。私を受け入れてくれてありがとう。
不甲斐ないマスターだけど、これからもよろしく!
それじゃ、今日は楽しもう!」
少女の挨拶にわあぁーっと大きな拍手が起きて、もえもんたちから「こちらこそ、よろしく!」と返事が返ってきた。
パーティは、盛り上がる。
お酒が入っているわけでもないのに、テンションは天井知らずに上がっていった。
楽しそうな笑い声は、夜更けまで辺りに響いていた。
2008年03月24日
鼻血マスター旅行記2
『月の歌姫』
これは歌うことのできなかったプリンが歌えるようになるまでの物語。
その出会いは、プリンにとって、いいことだったのだろうか。
出会いはおつきみやま。特別な出会いではなかった。眠らされて、気づいたらモンスターボールの中。そして、一緒に旅をするように。
住み慣れた場所から離された悲しみはあったけれど、すぐにその悲しみは消えて、旅に夢中になり、主と仲間との楽しい生活が好きになった。
今がずっと続くのだと思っていた。けれど、プリンは忘れていた。そう思っていた以前の生活が、捕まって変わっていたことに。
今が楽しくて、昔を思い出すことをしなかった。だから、忘れてしまっていたのだ、自分が歌えないことを。
きっかけは、始めての戦い。主の歌えという言葉。
いつまでたっても、喉が音で震えることはなく、口から歌が響くことはない。
主は問う。なぜ歌わない?
プリンは答える。私は歌うことができない。
主は言った。プリンならば、歌えて当然だろう?
プリンは答える。でも私は歌えないのです。
昔が蘇る。
おつきみやまに響く仲間たちの歌声。ただ一人、その輪に加われず、過ごした寂しい日々。
当たり前のことができないプリンを、仲間は異端を見る目で見た。
プリンは仲間から離れた。しかし、完全に離れることなど、できはない。なぜなら一人は寂しいから。
いつかあの輪に誘われることを夢見て、離れた場から憧れ見た。
主は、プリンを離すことはなかった。
それをプリンは、共にいることを望まれた、と思ってしまった。
主は待っていたのだ、歌うことを。
主が見ていたのは、歌えぬプリンではなく、歌うという技。
ただプリンの歌う「歌」を望んでいただけだ。
時は少しばかり過ぎ、やがてそれがきた。
まてども、歌うことのできぬプリン。
主にとって、己の願望を果たせぬその存在は、邪魔なだけ。
ならば取る選択は、一つだけ。
どんな選択か、聞かなくともわかるだろう?
一度ぬくもりを知ったプリンには、一人で過ごす日々はとても辛すぎる。
かつての生活に戻るも、かつてと違い、あの輪をただ見るだけなど、できはしない。
ぬくもりの思い出は、寂しさを紛らわせることはなく、寂しさを強く強く感じさせる。
ぬくもりという、消すことのできない毒。その毒は、プリンの体と心を侵しつくしていた。
どれだけの幾十、幾百の昼夜を震えて過ごしたか。それはプリンにはわからない。
いつごろからかおつきみやまに、声が流れだす。
それは、哀しみの声。
そして気づく、己が「歌」を響かせていることに。
それは、哀しみの歌。
かつての輝きを想い、孤独の痛みを絞り出したもの。
私は歌えるのだと、私はここにいるのだと、だからもう一度共に行きたいと。
歌に込められた微かに混じる期待が、せつなさをより引き立たせた。
おつきみやまに響く歌声は、誰もを聞き入らせる。
聞かせたい人へは届かぬ歌を、プリンは毎日一人で歌う。
今日もおつきみやまに、歌は響く。
「やってきました、おつきみやま!」
「どうしていまさら、こんなところに」
おつきみやまの麓に、少女とフシギバナが立っている。少女は元気はつらつとし、フシギバナは少し疲れているように見える。
「シルフカンパニーでは、ロケット団がのさばっているんですよ? 先にあっちをどうにかしないでいいんですか?」
「人間よりも、もえもん! それが私のジャスティス!」
「ということは、ここにいるもえもんに用事があると」
呆れと納得した表情を両立させるフシギバナ。
「そうなの! 噂でね『おつきみやまには、とても綺麗な声で歌うもえもんがいる』って聞いて、いてもたってもいられなくて!
ちょうど暇だったから、来てみたわけよ。綺麗な声で歌うもえもん……とっても可愛いんでしょうねぇ」
「暇って、シルフカンパニーはどうするんですか……聞いてませんね」
少女はうっとりと、まだ見ぬもえもんを想像する。鼻から血が。どうやら姿を知らないもえもんで、興奮できたらしい。どんだけ妄想力が高いのか。
フシギバナは、流れ出した鼻血をティッシュで拭う。それが様になっているということは、何度も繰り返した行為なんだろう。溜息なんてついてると、幸せが逃げるぞフシギバナ。
「さあ、目的のもえもんを探しにしゅっぱ〜つ」
天気は快晴。山の中は、木々に光が遮られて、とても過ごしやすそうだ。散歩にはもってこいの、散歩日和。
「ふと思ったんですけど」
山に入って、少ししてフシギバナが言う。
「なーに?」
目的のもえもんを探すため視線は、あちこちへと向けながら少女は聞き返す。
「どうして連れてきたの私だけなんですか? 探すっていうなら、人数は多いほうがいいでしょ?」
「理由は三つ。一つ目は、あまり大人数でくると、相手が驚くかなって思ったのさ。
んで二つ目、ジム戦で疲れてるあの子たちを、さらに疲れさせるわけにはいかないから。あなたは、今回のエリカ戦はあまり出番がなくて、疲れてないっしょ?」
「それなら、預けている子たちでもよかったんじゃ? あの子たちは全く疲れてませんよ?」
その二つの理由では、完全には納得できないフシギバナ。
「そこで最後の理由。久しぶりにフシギバナとゆっくり過ごしたかった。
最近、他の子たちばかり相手してて、フシギバナとのコミュニケーションが足りてなかったと思うわけです。
フシギバナも皆のリーダーみたいな感じで、忙しかったでしょ? それで、ゆっくりとできてないんじゃないかなって。たまには、お姉さん役から解放してあげたいなぁと」
「そうでしたか……でも一番手のかかる子と一緒だと、ゆっくりできるかどうか」
「はうっ。あはははっ、それは、その……ね?」
言葉とは逆に、フシギバナは嬉しそうな顔で、言い繕う少女を見ていた。自分のことを考えての行動が、嬉しかったんだろう。大切に想われていると、実感できたから。
「皆の姉役は楽しいですよ、だから特に疲れてはいません。でも、ありがとうございます」
二人は、上機嫌でもえもん探しを続けていた。けれど、いっこうにみつからないので、一度休憩することに。
「みつかりませんね?」
「そだねぇ。歌でも聞こえてきたら、その方向に向かうんだけど」
フシギバナが作った弁当を食べつつ話す。
少女も、もえもんたちに手作り弁当を食べてもらいたい、と思って作ったことはあるのだが、鼻血が混ぜるため禁止された。
その際、愛がたっぷり混ざっているからいいじゃないかと反論したのだが、愛があっても血の混ざったものは、誰でもひく。
「もっと詳しい情報はなかったんですか?」
「んー……」
少女が思い出そうとしていると、弁当の匂いにつられたか、プリンたちが茂みから姿を現した。
「可愛いっ」
一秒前の思考を放棄して、目の前のプリンたちに少女は夢中になる。
「マスター……あっ」
これが少女にとって当たり前の反応だとわかってはいても、呆れることをやめられないフシギバナ。そのとき、何か閃いたらしい。
「あなたたちに、聞きたいことがあるんだけど?」
思いついたことは、わからないことは聞けばいい、ということだったようだ。
「いーよ。でも、かわりにそれちょうだい?」
首を傾げてプリンは、食べかけの弁当を指差す。
「ご飯がほしいの? どんどん食べて!」
少女が自分の弁当を差し出した。もらった食べ物を美味しそうに食べるプリンたち。
「マスター。私と一緒にたべませんか。食べたぶんだけじゃ、足りないでしょう?」
しばらく、食べる音だけが辺りに響く。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまー」
「「「ごちそうさまー」」」
「それじゃ、話を戻して。このあたりに、きれいな歌声のもえもんがいるって聞いたんだけど、あなたたち知らない?」
片付けながらフシギバナが聞く。
「あの子のことだ」
「あの子のことだね」
「そうだね」
プリンたちは、頷きあう。
詳しい情報を求める二人に、プリンたちは知っていることを話す。
それは、異端視されていたプリンが、人に連れられ山を出て、傷つき帰ってきた話。
そしてプリンたちは、二人に頼む。あの子の傷を少しでもいいから、癒してあげてほしいと。私たちでは、無理だからと。
プリンにとって歌うということは、楽しいこと。だから、歌声にも楽しさが込められ、さらに楽しく歌うことができる。
でもあのプリンは違う。歌には哀しみが込められていた。プリンたちにとってそれは、衝撃だった。同じプリンが、哀しみを歌うようになる。そんなことをできるまでに、何があったのかと考えて、気づく。自分たちが、行ったことを。しでかしてしまったことの重さを。
哀しみの歌は、毎日流れる。そのたびに自分たちの罪を認識させられる。謝ろうにも、少しでも誰かが近づけば逃げてしまう。人と旅に出て鍛えられたあの子とは、動きが違いすぎて会うことすらできない。
だから、会えたら伝えてほしい。いまさらだけど、一緒に歌おう? 仲間外れにして、ごめんなさい、と言っていたと。
プリンたちに、詳しい場所を教えてもらった二人は、早速そこへ向かう。
少女は、探していた相手に会えるから喜びに満ちている、というわけではなく、苦い表情だった。
「どうしたんです?」
いつもとは雰囲気の違う少女に、フシギダネが心配そうに聞く。
「んー……ちょっとね。昔を思い出しちゃった」
口調は軽いが、表情がそれを裏切る。
「昔……ですか? それは私に会うよりも前?」
「うん。私のこの性格ってね、生まれつきって言っていいほど、前からのものなんだ。
それで、今と同じようによく暴走してねー。皆から、変だ、おかしい、気持ち悪いって言われて、のけ者にされたものだよ。
そのときのことを思い出して、ちょっとだけ気分が沈んじゃった」
「笑いながら言うことじゃないと思いますけど。
暴走を抑えようとか、性格を少しだけでも変えようとかしなかったんですか?」
「そんな器用なことができるんなら、今ここにいないなぁ。それどころか、旅にすら出てないだろうね。
私が旅に出た理由は、こんな狭い町にいるから、のけ者にされるんだ。だから、旅に出れば、自分と同じ人に会える。自分を受け入れてくれる人に会えるっていう理由だし」
「受け入れてくれる人もいなかったんですか?」
「なんだか質問ばかりだよ? まあ、いいけどね。
受け入れてくれる人は、いた。お父さんとお母さん。でも、当たり前すぎて気づけてなかった。旅に出て、やっと気づいたよ」
「今は、見つかりましたか?」
そう聞いたフシギバナの声は。緊張し震えていた。自分たちは、少女を受け入れている。それは断言できる。
だけど、それが届いていないとしたら? 少女が、いまだ哀しみを感じていたとしたら? 私たちでは、力になれていないのかもしれない。それを知るのが、怖い。
「同じ人は、たしかにいた。そして、受け入れてくれる人にも会えた。私の大事な大事な仲間たちにね」
そういった少女は、付き合いの長いフシギバナでも、初めて見るほどの、親愛の込められた微笑みを浮かべていた。
その微笑みは、フシギバナの不安を吹き飛ばして、フシギバナの心に、大事な宝物として刻まれた。
「辛気臭い話になっちゃったね。明るく行こう!
どんな話題がいいかな〜……そうだ! 帰ったら一緒にお風呂入ろう。久しぶりに、フシギバナの体の成長具合を」
「いいですよ。一緒に入りましょう」
「あら? えらく素直に。いつもは、もう少し難色示すのに」
「いいことがありましたから。それにしても、悩みなんかなさそうなマスターにも、暗めの過去があったんですね」
「過去に傷を持ついい女と呼んでくれい」
少女は、手を鉄砲の形にして、あごに持っていき、ふふんと笑う。
「はいはいって、あら? もしかしてこれが?」
向かう先から聞こえてくる歌。綺麗でいて、哀しい歌。この歌にあてられたのか、鳥や虫は鳴くことをせず、歌声のみが響く。
「綺麗だけど、どこかむかついてくるのは、同属嫌悪ってやつなのかしら」
歌を聞いた少女の表情に、浮かぶのは不快だという感情。事情を知らなければ、綺麗さとせつなさだけを感じていただろう。しかし、事情を知った今、その感情は浮かびにくかった。
「この先にいるんですね。静かに行きましょう」
ここから先は、一言も話さずに、足音も立てないようにゆっくりと進んでいく。
やがて木々の隙間から、一人歌うプリンの姿が見えた。
「なにあの子!? なんだかすっごい母性本能湧くんだけど!? ほら鼻血がっ」
少女が、プリンの微弱なかまってオーラを感じ取った。少女のもえもんへの愛が、感じ取らせたのか? そうだとしたら、どこまで好きなんだと聞いてみたい。
「マスターが鼻血を出しているのは、いつものことでしょう。それと母性と鼻血は全く関係ありません。
それよりも騒ぐとみつかりますよ」
「了解。さて都合のイイコトに追い風。フシギバナ、ねむりごな」
「ここからじゃ、届いても効果は薄いですよ?」
「それでも動きは鈍るはず、そこをつるのむちで捕まえよう」
ひそひそと小声で話し、逃げられないように作戦を立てる。そのおかげで、プリンはいまだ二人に気づかず、歌い続けていた。
「いきますっねむりごな」
フシギバナから出たねむりごなは、風に流されて、プリンのもとへ。一分ほど、ねむりごなを風に流すと、プリンの歌が途切れ始めた。
「ここからだと、これ以上の効果はでません」
「それじゃ、いっきにいくわよ!」
二人は、茂みから出て作戦を実行する。
プリンは、なぜだか眠くなっていたところに、突然他人が現れて、驚き固まってしまった。そのおかげでフシギダネは、プリンを簡単に捕まえることができた。
「成功!」
プリンは、なんとか逃げようとじたばた暴れる。だがつるのむちは、攻撃を与えない代わりに、プリンをがんじがらめにしてた。それは、あとでちゃんと解けるか、フシギバナが心配になるほど。
逃げられないとわかったプリンは、暴れるのをやめて二人を見る。いや、睨みつけると言ったほうがいいのかもしれない。
「わたしをどうするつもり?」
「うっふっふっふ、どうしようかしら。あーんなことや、こーんなことを」
「動けない相手に、何するつもりですか」
手をわきわきと動かす少女に、フシギバナがつっこむ。
「どんなことって、撫でて、抱き上げて、頬ずりして、連れ帰って、一緒にお風呂入って、抱き枕」
即答した。
「いつもと一緒ですか……私はてっきり」
若干、頬を赤く染めて、目をそらすフシギバナ。
「てっきり?」
「いやっそのですねっ、え〜と、あの、もっと過激な……」
だんだんと声が小さくなっていく。
「?」
フシギバナが何を言いたいのか、さっぱりわかっていない様子の少女。その手の知識はさっぱりらしい。
その変な雰囲気を破ったのはプリン。
「連れ帰るって、わたしを仲間にでもするつもり?」
「できれば、したいわねっ」
少女は、力いっぱい頷いた。
「あなたは、わたしに何を求めているの? 歌? 役立つ戦闘能力? それなら、ほかをあたって」
ぬくもりという毒に犯されたプリンは、ぬくもりを求めつつも、同じ苦しみをうけることを否定する。でも、誰かと共にあることを否定しきれてはいない。それは、歌に無意識のうちに込められた、わずかな期待が証明している。
そして、前の主がしてくれなかった、してほしかったことを、当たり前のように、やると口にした少女に興味が湧き出していた。
だから問うたのだ。関心がなければ、口さえもきかなかったはずだ。
「私があなたに求めているもの? そんなの決まっているわ! 可愛さよ!」
プリンが想像していたものとは、ずれた答えが返された。
「一緒にいて笑ってほしい。可愛い仕草で、萌えさせてほしい。抱きつきたいし、抱きついてほしい。一緒に旅してほしい。ほかにも、いろいろしたいわね!」
それは欲にまみれた、本能の叫び。隣に立つフシギバナは、呆れている。まあ、ちょっと笑いもしているが。
少なくとも、綺麗な言葉ではない。なれど、心の底からの言葉だから、本気でそう思って出た言葉ゆえに、届いた。
どこに? そんなの決まっている。プリンの心にだ。つけられた傷に染み込むように、わずかに残っていた期待にまでだ。
この人ならば、この人ならば、今度こそ、わたしのほしかったものをくれるんじゃないのか。ふくらみ始めた期待が叫ぶ。
ふくらむ期待に背を押されて、プリンの口から言葉がこぼれ出る。
「わ、わたしは、歌う道具じゃない」
「うん」
「わたしは、強くもない」
「うん」
「わたしは、あなたに何一つ返すことができない……かも」
「そんなことはないよ。一緒にいてくれるだけで、私は嬉しいもの」
「わ、わたしは……」
「私と、いや違うわね。私“たち”と一緒にいかない?」
そう言って少女は、手を差し出した。そばに立つフシギバナは喋らない。けれど、瞳が語る。一緒にいこうと。
緩められたつるのむちから、震える手が出て、少女の手に伸びる。そして重ねられた。
「これからよろしく、プリン」
プリンは答えない。泣いて答えられないから。でも、首は何度も縦にふられていた。
仲間のもとへと帰る。
プリンは、少女に背負われていた。久しぶりに感じるあたたかさを、力いっぱい感じようと、強く抱きつく。
そんなプリンに、少女が話しかけた。
「ねえ、プリン」
「なに、マスター」
この呼び方は、フシギダネを真似たもの。
「もっと歌を覚えようか。今の歌も綺麗なんだけど、ちょっと暗いからねぇ」
「覚えたらマスター嬉しい?」
「一緒に歌える歌が増えるのは、嬉しいよ」
一緒に歌えると聞いて、プリンの笑顔はさらに輝く。
「覚える!」
「それじゃ、何を覚えよっか。JAMなんか、元気があって楽しいんじゃないかな?
ああっでも、少しだけ、ほんの少しだけ、昭和かれすすきを聞きたいかも」
「それがどんな歌かわかりませんが、なぜかプリンには歌わせては駄目だと思うので、やめてください」
そんなことを話ながら、三人は仲間の待つ、もえもんセンターに歩いていった。
これは歌うことのできなかったプリンが歌えるようになるまでの物語。
その出会いは、プリンにとって、いいことだったのだろうか。
出会いはおつきみやま。特別な出会いではなかった。眠らされて、気づいたらモンスターボールの中。そして、一緒に旅をするように。
住み慣れた場所から離された悲しみはあったけれど、すぐにその悲しみは消えて、旅に夢中になり、主と仲間との楽しい生活が好きになった。
今がずっと続くのだと思っていた。けれど、プリンは忘れていた。そう思っていた以前の生活が、捕まって変わっていたことに。
今が楽しくて、昔を思い出すことをしなかった。だから、忘れてしまっていたのだ、自分が歌えないことを。
きっかけは、始めての戦い。主の歌えという言葉。
いつまでたっても、喉が音で震えることはなく、口から歌が響くことはない。
主は問う。なぜ歌わない?
プリンは答える。私は歌うことができない。
主は言った。プリンならば、歌えて当然だろう?
プリンは答える。でも私は歌えないのです。
昔が蘇る。
おつきみやまに響く仲間たちの歌声。ただ一人、その輪に加われず、過ごした寂しい日々。
当たり前のことができないプリンを、仲間は異端を見る目で見た。
プリンは仲間から離れた。しかし、完全に離れることなど、できはない。なぜなら一人は寂しいから。
いつかあの輪に誘われることを夢見て、離れた場から憧れ見た。
主は、プリンを離すことはなかった。
それをプリンは、共にいることを望まれた、と思ってしまった。
主は待っていたのだ、歌うことを。
主が見ていたのは、歌えぬプリンではなく、歌うという技。
ただプリンの歌う「歌」を望んでいただけだ。
時は少しばかり過ぎ、やがてそれがきた。
まてども、歌うことのできぬプリン。
主にとって、己の願望を果たせぬその存在は、邪魔なだけ。
ならば取る選択は、一つだけ。
どんな選択か、聞かなくともわかるだろう?
一度ぬくもりを知ったプリンには、一人で過ごす日々はとても辛すぎる。
かつての生活に戻るも、かつてと違い、あの輪をただ見るだけなど、できはしない。
ぬくもりの思い出は、寂しさを紛らわせることはなく、寂しさを強く強く感じさせる。
ぬくもりという、消すことのできない毒。その毒は、プリンの体と心を侵しつくしていた。
どれだけの幾十、幾百の昼夜を震えて過ごしたか。それはプリンにはわからない。
いつごろからかおつきみやまに、声が流れだす。
それは、哀しみの声。
そして気づく、己が「歌」を響かせていることに。
それは、哀しみの歌。
かつての輝きを想い、孤独の痛みを絞り出したもの。
私は歌えるのだと、私はここにいるのだと、だからもう一度共に行きたいと。
歌に込められた微かに混じる期待が、せつなさをより引き立たせた。
おつきみやまに響く歌声は、誰もを聞き入らせる。
聞かせたい人へは届かぬ歌を、プリンは毎日一人で歌う。
今日もおつきみやまに、歌は響く。
「やってきました、おつきみやま!」
「どうしていまさら、こんなところに」
おつきみやまの麓に、少女とフシギバナが立っている。少女は元気はつらつとし、フシギバナは少し疲れているように見える。
「シルフカンパニーでは、ロケット団がのさばっているんですよ? 先にあっちをどうにかしないでいいんですか?」
「人間よりも、もえもん! それが私のジャスティス!」
「ということは、ここにいるもえもんに用事があると」
呆れと納得した表情を両立させるフシギバナ。
「そうなの! 噂でね『おつきみやまには、とても綺麗な声で歌うもえもんがいる』って聞いて、いてもたってもいられなくて!
ちょうど暇だったから、来てみたわけよ。綺麗な声で歌うもえもん……とっても可愛いんでしょうねぇ」
「暇って、シルフカンパニーはどうするんですか……聞いてませんね」
少女はうっとりと、まだ見ぬもえもんを想像する。鼻から血が。どうやら姿を知らないもえもんで、興奮できたらしい。どんだけ妄想力が高いのか。
フシギバナは、流れ出した鼻血をティッシュで拭う。それが様になっているということは、何度も繰り返した行為なんだろう。溜息なんてついてると、幸せが逃げるぞフシギバナ。
「さあ、目的のもえもんを探しにしゅっぱ〜つ」
天気は快晴。山の中は、木々に光が遮られて、とても過ごしやすそうだ。散歩にはもってこいの、散歩日和。
「ふと思ったんですけど」
山に入って、少ししてフシギバナが言う。
「なーに?」
目的のもえもんを探すため視線は、あちこちへと向けながら少女は聞き返す。
「どうして連れてきたの私だけなんですか? 探すっていうなら、人数は多いほうがいいでしょ?」
「理由は三つ。一つ目は、あまり大人数でくると、相手が驚くかなって思ったのさ。
んで二つ目、ジム戦で疲れてるあの子たちを、さらに疲れさせるわけにはいかないから。あなたは、今回のエリカ戦はあまり出番がなくて、疲れてないっしょ?」
「それなら、預けている子たちでもよかったんじゃ? あの子たちは全く疲れてませんよ?」
その二つの理由では、完全には納得できないフシギバナ。
「そこで最後の理由。久しぶりにフシギバナとゆっくり過ごしたかった。
最近、他の子たちばかり相手してて、フシギバナとのコミュニケーションが足りてなかったと思うわけです。
フシギバナも皆のリーダーみたいな感じで、忙しかったでしょ? それで、ゆっくりとできてないんじゃないかなって。たまには、お姉さん役から解放してあげたいなぁと」
「そうでしたか……でも一番手のかかる子と一緒だと、ゆっくりできるかどうか」
「はうっ。あはははっ、それは、その……ね?」
言葉とは逆に、フシギバナは嬉しそうな顔で、言い繕う少女を見ていた。自分のことを考えての行動が、嬉しかったんだろう。大切に想われていると、実感できたから。
「皆の姉役は楽しいですよ、だから特に疲れてはいません。でも、ありがとうございます」
二人は、上機嫌でもえもん探しを続けていた。けれど、いっこうにみつからないので、一度休憩することに。
「みつかりませんね?」
「そだねぇ。歌でも聞こえてきたら、その方向に向かうんだけど」
フシギバナが作った弁当を食べつつ話す。
少女も、もえもんたちに手作り弁当を食べてもらいたい、と思って作ったことはあるのだが、鼻血が混ぜるため禁止された。
その際、愛がたっぷり混ざっているからいいじゃないかと反論したのだが、愛があっても血の混ざったものは、誰でもひく。
「もっと詳しい情報はなかったんですか?」
「んー……」
少女が思い出そうとしていると、弁当の匂いにつられたか、プリンたちが茂みから姿を現した。
「可愛いっ」
一秒前の思考を放棄して、目の前のプリンたちに少女は夢中になる。
「マスター……あっ」
これが少女にとって当たり前の反応だとわかってはいても、呆れることをやめられないフシギバナ。そのとき、何か閃いたらしい。
「あなたたちに、聞きたいことがあるんだけど?」
思いついたことは、わからないことは聞けばいい、ということだったようだ。
「いーよ。でも、かわりにそれちょうだい?」
首を傾げてプリンは、食べかけの弁当を指差す。
「ご飯がほしいの? どんどん食べて!」
少女が自分の弁当を差し出した。もらった食べ物を美味しそうに食べるプリンたち。
「マスター。私と一緒にたべませんか。食べたぶんだけじゃ、足りないでしょう?」
しばらく、食べる音だけが辺りに響く。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまー」
「「「ごちそうさまー」」」
「それじゃ、話を戻して。このあたりに、きれいな歌声のもえもんがいるって聞いたんだけど、あなたたち知らない?」
片付けながらフシギバナが聞く。
「あの子のことだ」
「あの子のことだね」
「そうだね」
プリンたちは、頷きあう。
詳しい情報を求める二人に、プリンたちは知っていることを話す。
それは、異端視されていたプリンが、人に連れられ山を出て、傷つき帰ってきた話。
そしてプリンたちは、二人に頼む。あの子の傷を少しでもいいから、癒してあげてほしいと。私たちでは、無理だからと。
プリンにとって歌うということは、楽しいこと。だから、歌声にも楽しさが込められ、さらに楽しく歌うことができる。
でもあのプリンは違う。歌には哀しみが込められていた。プリンたちにとってそれは、衝撃だった。同じプリンが、哀しみを歌うようになる。そんなことをできるまでに、何があったのかと考えて、気づく。自分たちが、行ったことを。しでかしてしまったことの重さを。
哀しみの歌は、毎日流れる。そのたびに自分たちの罪を認識させられる。謝ろうにも、少しでも誰かが近づけば逃げてしまう。人と旅に出て鍛えられたあの子とは、動きが違いすぎて会うことすらできない。
だから、会えたら伝えてほしい。いまさらだけど、一緒に歌おう? 仲間外れにして、ごめんなさい、と言っていたと。
プリンたちに、詳しい場所を教えてもらった二人は、早速そこへ向かう。
少女は、探していた相手に会えるから喜びに満ちている、というわけではなく、苦い表情だった。
「どうしたんです?」
いつもとは雰囲気の違う少女に、フシギダネが心配そうに聞く。
「んー……ちょっとね。昔を思い出しちゃった」
口調は軽いが、表情がそれを裏切る。
「昔……ですか? それは私に会うよりも前?」
「うん。私のこの性格ってね、生まれつきって言っていいほど、前からのものなんだ。
それで、今と同じようによく暴走してねー。皆から、変だ、おかしい、気持ち悪いって言われて、のけ者にされたものだよ。
そのときのことを思い出して、ちょっとだけ気分が沈んじゃった」
「笑いながら言うことじゃないと思いますけど。
暴走を抑えようとか、性格を少しだけでも変えようとかしなかったんですか?」
「そんな器用なことができるんなら、今ここにいないなぁ。それどころか、旅にすら出てないだろうね。
私が旅に出た理由は、こんな狭い町にいるから、のけ者にされるんだ。だから、旅に出れば、自分と同じ人に会える。自分を受け入れてくれる人に会えるっていう理由だし」
「受け入れてくれる人もいなかったんですか?」
「なんだか質問ばかりだよ? まあ、いいけどね。
受け入れてくれる人は、いた。お父さんとお母さん。でも、当たり前すぎて気づけてなかった。旅に出て、やっと気づいたよ」
「今は、見つかりましたか?」
そう聞いたフシギバナの声は。緊張し震えていた。自分たちは、少女を受け入れている。それは断言できる。
だけど、それが届いていないとしたら? 少女が、いまだ哀しみを感じていたとしたら? 私たちでは、力になれていないのかもしれない。それを知るのが、怖い。
「同じ人は、たしかにいた。そして、受け入れてくれる人にも会えた。私の大事な大事な仲間たちにね」
そういった少女は、付き合いの長いフシギバナでも、初めて見るほどの、親愛の込められた微笑みを浮かべていた。
その微笑みは、フシギバナの不安を吹き飛ばして、フシギバナの心に、大事な宝物として刻まれた。
「辛気臭い話になっちゃったね。明るく行こう!
どんな話題がいいかな〜……そうだ! 帰ったら一緒にお風呂入ろう。久しぶりに、フシギバナの体の成長具合を」
「いいですよ。一緒に入りましょう」
「あら? えらく素直に。いつもは、もう少し難色示すのに」
「いいことがありましたから。それにしても、悩みなんかなさそうなマスターにも、暗めの過去があったんですね」
「過去に傷を持ついい女と呼んでくれい」
少女は、手を鉄砲の形にして、あごに持っていき、ふふんと笑う。
「はいはいって、あら? もしかしてこれが?」
向かう先から聞こえてくる歌。綺麗でいて、哀しい歌。この歌にあてられたのか、鳥や虫は鳴くことをせず、歌声のみが響く。
「綺麗だけど、どこかむかついてくるのは、同属嫌悪ってやつなのかしら」
歌を聞いた少女の表情に、浮かぶのは不快だという感情。事情を知らなければ、綺麗さとせつなさだけを感じていただろう。しかし、事情を知った今、その感情は浮かびにくかった。
「この先にいるんですね。静かに行きましょう」
ここから先は、一言も話さずに、足音も立てないようにゆっくりと進んでいく。
やがて木々の隙間から、一人歌うプリンの姿が見えた。
「なにあの子!? なんだかすっごい母性本能湧くんだけど!? ほら鼻血がっ」
少女が、プリンの微弱なかまってオーラを感じ取った。少女のもえもんへの愛が、感じ取らせたのか? そうだとしたら、どこまで好きなんだと聞いてみたい。
「マスターが鼻血を出しているのは、いつものことでしょう。それと母性と鼻血は全く関係ありません。
それよりも騒ぐとみつかりますよ」
「了解。さて都合のイイコトに追い風。フシギバナ、ねむりごな」
「ここからじゃ、届いても効果は薄いですよ?」
「それでも動きは鈍るはず、そこをつるのむちで捕まえよう」
ひそひそと小声で話し、逃げられないように作戦を立てる。そのおかげで、プリンはいまだ二人に気づかず、歌い続けていた。
「いきますっねむりごな」
フシギバナから出たねむりごなは、風に流されて、プリンのもとへ。一分ほど、ねむりごなを風に流すと、プリンの歌が途切れ始めた。
「ここからだと、これ以上の効果はでません」
「それじゃ、いっきにいくわよ!」
二人は、茂みから出て作戦を実行する。
プリンは、なぜだか眠くなっていたところに、突然他人が現れて、驚き固まってしまった。そのおかげでフシギダネは、プリンを簡単に捕まえることができた。
「成功!」
プリンは、なんとか逃げようとじたばた暴れる。だがつるのむちは、攻撃を与えない代わりに、プリンをがんじがらめにしてた。それは、あとでちゃんと解けるか、フシギバナが心配になるほど。
逃げられないとわかったプリンは、暴れるのをやめて二人を見る。いや、睨みつけると言ったほうがいいのかもしれない。
「わたしをどうするつもり?」
「うっふっふっふ、どうしようかしら。あーんなことや、こーんなことを」
「動けない相手に、何するつもりですか」
手をわきわきと動かす少女に、フシギバナがつっこむ。
「どんなことって、撫でて、抱き上げて、頬ずりして、連れ帰って、一緒にお風呂入って、抱き枕」
即答した。
「いつもと一緒ですか……私はてっきり」
若干、頬を赤く染めて、目をそらすフシギバナ。
「てっきり?」
「いやっそのですねっ、え〜と、あの、もっと過激な……」
だんだんと声が小さくなっていく。
「?」
フシギバナが何を言いたいのか、さっぱりわかっていない様子の少女。その手の知識はさっぱりらしい。
その変な雰囲気を破ったのはプリン。
「連れ帰るって、わたしを仲間にでもするつもり?」
「できれば、したいわねっ」
少女は、力いっぱい頷いた。
「あなたは、わたしに何を求めているの? 歌? 役立つ戦闘能力? それなら、ほかをあたって」
ぬくもりという毒に犯されたプリンは、ぬくもりを求めつつも、同じ苦しみをうけることを否定する。でも、誰かと共にあることを否定しきれてはいない。それは、歌に無意識のうちに込められた、わずかな期待が証明している。
そして、前の主がしてくれなかった、してほしかったことを、当たり前のように、やると口にした少女に興味が湧き出していた。
だから問うたのだ。関心がなければ、口さえもきかなかったはずだ。
「私があなたに求めているもの? そんなの決まっているわ! 可愛さよ!」
プリンが想像していたものとは、ずれた答えが返された。
「一緒にいて笑ってほしい。可愛い仕草で、萌えさせてほしい。抱きつきたいし、抱きついてほしい。一緒に旅してほしい。ほかにも、いろいろしたいわね!」
それは欲にまみれた、本能の叫び。隣に立つフシギバナは、呆れている。まあ、ちょっと笑いもしているが。
少なくとも、綺麗な言葉ではない。なれど、心の底からの言葉だから、本気でそう思って出た言葉ゆえに、届いた。
どこに? そんなの決まっている。プリンの心にだ。つけられた傷に染み込むように、わずかに残っていた期待にまでだ。
この人ならば、この人ならば、今度こそ、わたしのほしかったものをくれるんじゃないのか。ふくらみ始めた期待が叫ぶ。
ふくらむ期待に背を押されて、プリンの口から言葉がこぼれ出る。
「わ、わたしは、歌う道具じゃない」
「うん」
「わたしは、強くもない」
「うん」
「わたしは、あなたに何一つ返すことができない……かも」
「そんなことはないよ。一緒にいてくれるだけで、私は嬉しいもの」
「わ、わたしは……」
「私と、いや違うわね。私“たち”と一緒にいかない?」
そう言って少女は、手を差し出した。そばに立つフシギバナは喋らない。けれど、瞳が語る。一緒にいこうと。
緩められたつるのむちから、震える手が出て、少女の手に伸びる。そして重ねられた。
「これからよろしく、プリン」
プリンは答えない。泣いて答えられないから。でも、首は何度も縦にふられていた。
仲間のもとへと帰る。
プリンは、少女に背負われていた。久しぶりに感じるあたたかさを、力いっぱい感じようと、強く抱きつく。
そんなプリンに、少女が話しかけた。
「ねえ、プリン」
「なに、マスター」
この呼び方は、フシギダネを真似たもの。
「もっと歌を覚えようか。今の歌も綺麗なんだけど、ちょっと暗いからねぇ」
「覚えたらマスター嬉しい?」
「一緒に歌える歌が増えるのは、嬉しいよ」
一緒に歌えると聞いて、プリンの笑顔はさらに輝く。
「覚える!」
「それじゃ、何を覚えよっか。JAMなんか、元気があって楽しいんじゃないかな?
ああっでも、少しだけ、ほんの少しだけ、昭和かれすすきを聞きたいかも」
「それがどんな歌かわかりませんが、なぜかプリンには歌わせては駄目だと思うので、やめてください」
そんなことを話ながら、三人は仲間の待つ、もえもんセンターに歩いていった。
2008年03月22日
鼻血マスター旅行記
1
「ねえますたー?」
「何?」
「どうしてますたーはそんなに笑顔なの?」
「それはね、フシギダネと一緒にいられるからよ」
「ねえますたー?」
「何?」
「どうしてますたーはわたしを先に歩かせるの?」
「それはね、フシギダネの後姿が一番好きだからよ」
「ねえますたー?」
「何?」
「どうしてますたーはいつも鼻血を流してるの?」
「それはね、いつもフシギダネに萌えてるからよっ!」
力強くそう言いきったマスターのいい笑顔は今でも覚えている。
それと血液不足で何度か旅が中断したのも、今ではいい思い出です。
フシギバナ、暇つぶしに病院待合室で仲間への語り
その一部を抜粋
2
うちのマスターは変わってます。
マスターとの初めての出会いは、マサラタウン近くの草むらでした。
時々見かける人間とは違って、鼻血をたらしながら仲間のフシギダネを見ている姿が印象的な変人でした。
私をみつけたマスターは、当時の仲間から聞いていた私たちを捕まえるモンスターボールというものを使わずに鼻血を出しつつ走りよって掴みかかってきました。
その姿に普通にひいて固まった私は、あっさりと捕まってしまいました。
あとでモンスターボールを使わなかった理由を聞いたところ、「持っていなかったけどこの運命の出会いを逃したくない」というよくわからない理由でした。
マスターと一緒に旅を始めてマスターの変人度が高いということを思い知らされました。
他のマスターの仲間に無駄だとわかっていてモンスターボールを何度も投げて、バトル後に説教されながら私たちを鼻血を出しながら見てたり(説教はたいてい私たちへの同情で終ります)、野生ポケモンにかじられながら素手で捕まえようとするのはざらです。私たちへの愛で、血液をトマトジュースで代用なんかもしてみせたりもしました。
マスターほどの人間はほとんどいませんが、時々稀にマスターと気の合う人がいます。その人たちも変人です。特にマスターが師匠と仰ぐ人は、マスターを超えます。
名前は教えてもらっていませんが「RO団のトップ」と呼んでくれと頼まれました。
たぶんというか確実に、旅先で悪さをしているロケット団の一番偉い人なんでしょうけどマスターは全く気づいていません。
ロケット団員を倒して萌えもんを悪さに使うなんて許せないと怒っている姿は、笑っていいのか呆れていいのか困ってしまいます。
こんなマスターですから私たちで支えないと駄目だと日々確信していきます。
マスターが呼んでいるので今日の日記はここまで。
ピジョンの日記より抜粋
3
「マスター見て見てー」
「んー? ぶふぅっ」
ヒトカゲに呼ばれたマスターが、その方向を見て、飲んでいたお茶を噴き出した。
いつも鼻血をたらすなどおかしな行為で、私(ピジョン)たちを驚かすマスターをして、驚かせた光景。
それは、いつのまにか湖に入ったヒトカゲのシンクロナイズドスイミングだった。
マスターの驚きを見て、満足したヒトカゲが、こっちに泳いでくる。って危なっ!? 炎は水につけちゃ駄目ー!?
水から上がったヒトカゲが、ふらりとその場に座り込む。
「体が濡れて力がでないよぅ」
昨日見た、菓子パンヒーローと同じこと言ってる場合じゃないでしょ!?
「それを言いたいがために、体をはったのね!?
この状況で言っても、洒落にならないから!
ああっでも! ヒトカゲのレアな水着姿が見られて、喜んでいる自分が可愛いっ」
「マスター落ち着いて!? 早く水をふかないとー!」
慌てつつも、ヒトカゲの水着姿を堪能するマスターはすごいと思う。
リュックの隅に転がっていた「げんきのかけら」で、事態はどうにか収まった。
4
「ますたーこんなのひろった」
「見せてみて、ポニータ」
「うん」
「こ、これは!? 伝説の非行の石!?」
「すごいもの?」
「全ての萌えもんに使用でき、使えば萌えもんが似合わないサングラスをつけて悪ぶるという。
かのなめネコもこれを使って、世の中を席巻したらしいわ。
ポ、ポニータに使っていい?」
「やめい」
萌えに命をかけるトレーナーは、仲間のリザードによって気絶させられた。
その間に非行の石は捨てられ、非行の石はトレーナーが見た夢だったということになったとさ。
5
『マスターの欲には果てがない』
「マスター」
「何?」
「最近、よく私にフェザーダンス使わせますよね、どうしてですか?
苦手な相手ならわかるんですけど、得意な相手にも、使わせてますよ?」
「え、えーと……あっケーキ買ってこようか? ピジョンの好きなモンブラン!」
「誤魔化さないでください」
「言わなくちゃ駄目?」
「その反応は、変な目的のためなんでしょうけど、一応聞いておきたいです」
「……羽を集めてたの」
「羽ですか?」
「うん。羽をたくさん集めて、ピジョンの香りの枕を作ろうと思って」
「顔を赤らめながら言わないでください。ついでに鼻血も拭いてください。
それにしても、私たちを抱き枕にするだけじゃ、満足できなかったんですか?」
「抱き枕をしてるときは、一人しか可愛がれないじゃない? それで、もっと贅沢にするにはって考えた結果」
「羽枕だと?」
「うん」