樹の世界へ
2009年12月29日
樹の世界へ遠章 不運と再会と 3
翌朝、エントマ族の長に動くなと伝え、イツキとシェインに見送られてイドアへと陽平は飛び去った。
高速で飛び去った陽平を見て、シェインがぽかんとしている。再会して一番大きな表情の変化だった。
飛ぶ魔術は存在するが使う者はほぼいない。なぜなら今のプントの魔力量では五分飛ぶことで精一杯で、陽平のように速度を出した場合さらに持続時間は減る。
緊急事態以外の飛翔は、魔力の無駄遣いと考えられているのだ。
それをあっさりと行い、プントの限界を超え飛び続ける陽平に驚いていた。
電車で3時間と少しかかる距離を、一時間で移動しイドアに到着した陽平は大樹神殿を訪れ、受付に身分メダルを提示し神殿長に面会を願う。
「あいにくエッゾス様は面会中でして」
「十分ほどで話しは終わるんだ。それでも駄目だろうか?」
すぐに用事は済むという陽平の言葉に、受付は聞くだけ聞いてみますと神殿長に連絡を通す。連絡を受けた神殿長は、面会をきりのいいところで休憩とし抜け出した。
休憩室に案内された陽平はやってきた神殿長に頭を下げる。
「忙しいところ時間も割いてもらいすまない」
「いえ話し合いが長引いて、ちょうど休憩がほしかったので」
挨拶を手短にすませた陽平は国警士の居場所を問う。一箇所に滞在している国警士の居場所は、その街の神殿長しか知らないのだ。
「そのメダルを持っているので教えることに不満はないのですが、どうして知りたいのか理由を聞いても?」
理由を知りたがる神殿長に推測だがと前置きして、アラストノーヴァで起きていることをざっと話した。
神殿長は国警士と同じ権力を持つ陽平の訪問に、己がなにかしでかしたかと不安を抱いていたのだ。
「そうでしたか。一都市を治める者としてあるまじき行為。これは国警士が動くこともやむなしですな」
話に納得した神殿長は胸を撫で下ろしつつ国警士の居場所を話し、必要だろうと判断し情報屋の場所と紹介状を陽平に渡す。
礼を言った陽平は神殿をあとにした。
自分の足で少しゼインの情報を集めたあと情報屋を訪れた陽平は、紹介状を見せて必要な情報を買い求める。
紹介状と金払いのよさで、情報屋は陽平の求めた情報をあますことなく提出する。
その情報で、ゼインが自身の資産を余裕で超えるお金を吐き出していることがわかった。ゼインについてここにきていた者たちの資産を売って、ようやくとんとんといった額だ。それなのにゼインたちの生活は苦しそうではない。ゼインたちが借金をしていないこともわかっている。
これだけでも国警士を動かせると考え、これ以上の情報収集はやめることに決めた。
関連書類を受け取り情報屋に礼を言って、国警士の元へ向かう。
神殿長から聞いた場所は喫茶店だ。そこの店員が国警士なのだ。
喫茶店に入ると店主と店員から挨拶が飛んでくる。陽平はカウンター前に座り、店主に注文を頼む。
「ブレンド、ミルク三滴、少しぬるめで」
教わったコーヒーの入れ方で頼むとマスターの表情が一瞬強張った。そしてちらりと男の店員に目配せをする。それに気づいた店員は一つ頷き、作業を続ける。
コーヒーを飲み終わった陽平は代金を置いて店を出る。
「ありゃ? お客さん多めにお金置いてったな。
コーストっ釣りを持っていってくれ!」
「あいよ!」
目配せを受けた店員が釣りを受けとり陽平を追いかける。
追いかけてきた店員に身分メダルを見せて、手短に事情を説明する。
「それが本当なら俺が動く必要があるな。
エントマ族とはアラストノーヴァ初代町長が口約束だが不干渉の契約を交わしているんだ。それを破ることは大樹様もお許しにならないだろう。
街を維持する金に手をつけたことも許しがたい」
渡された書類を確認し、納得した店員は明日レクシアの家に行くと告げて、喫茶店に戻っていった。
イドアですることのなくなった陽平はアラストノーヴァへと戻る。
そのまま役所近くで、レッグとその同僚の身の安全のため張り込む。町長が荒事専門の冒険者くずれでも雇っていないかと、万が一を心配しての張り込みだったが、その心配は杞憂だった。
念のため二人をつけている者がいないか警戒しつつ、レクシアの待つ家へと二人を追って移動する。
二人が家に入って二十分ほど警戒を続け、異変なしと判断した陽平は扉の戸を叩いた。
「なにかわかった?」
「あまり詳しいことは。ただ書類とデータが改竄されているみたいで。そうだよな?」
レッグが隣に座る同僚に話しかける。
「はい。はっきりとは覚えていなんですが、以前見た数字と違ってるようなんです。
こまごまとした備品の費用も、少しずつ水増しされて記載されているみたいです。
元の記録がないので、証拠とはいえないんですが」
「それを証言できるのは君だけ?」
陽平の問いに同僚は首を横に振る。
「おそらく友達も証言できると思います。彼女は経理部だから、私よりもはっきりデータに違和感を感じると。
ただ危険とかがなければですが」
「その点については大丈夫。国警士が動いてくれるから。
証言があれば金庫を調べることが可能だ。十中八九金庫はほぼ空だろう、カジノで勝っていないからな。
町長たちはその日のうちに首で、次の日には投獄だろうさ。
被害が君らに及ぶことはない」
「それなら大丈夫です」
「じゃあ明日国警士に証言をお願い」
頷く同僚に、今日はここに止まるように言って陽平は家を出る。
帰ったとみせかけしばらく屋根で見張りをするつもりなのだ。陽平が帰ったあとに襲撃されたら目をあてられない。
レクシアたちが眠ったあとも陽平は屋根に居座り続けた。結局明け方まで見張り、襲撃はなかった。
もう大丈夫だと判断した陽平は山に戻り、イツキとシェインを連れて下山する。
レクシア家に向かう途中で、ちょうどよく到着したコーストと合流する。
「ではエミリさんは先に役所に行って友人に話を通してください。
俺たちもすぐに行きますので」
「はい」
国警士としての顔でコーストはレッグの同僚に接する。
エミリが家を出たあと、レクシアに着替えのできる部屋を借り、コーストは国警士の制服に身をまとう。胸にはメダルと同じ柄のワッペンが縫い付けられている。
「では行こう」
レクシアは留守番で、それ以外の全員が家を出た。
厳格な雰囲気をまとったコーストを先頭に一行は役所へと向かう。国警士の制服をまとったコーストは目立つ。道行く人々は一行に注目しながら、なにごとかと囁きあう。
役所のロビーに入ると、エミリが見知らぬ女性と立っていた。
コーストはその二人に話しかける。
「町長は出勤していますか?」
「いえ、まだ」
エミリが首を横に振り答える。
「では先に金庫の確認をすませておきましょう。
依存はありますか?」
「いえ、ではこちらへどうぞ」
エミリたちの先導で一行は金庫へと向かう。
なにごとかと役人たちは話し合う。制服を見れば、誰がきたのかはわかる。だがなぜきたのはわからず、理由を推測しあう声があちこちから聞こえてきた。
金庫を無断で開けるということでひと悶着あったが、コーストの権力行使には逆らえず金庫は開かれることになった。
結果は予想通りだ。そこにあった運営資金の入っているはずの通帳には、二ヶ月分の資金が入っていただけだ。今期はあと半年以上ある。予想外の支出があったとしても減りすぎだろう。現金も冒険者たちに配る予定の依頼料以外は入っていない。
金庫を管理している経理のトップにコーストは話を聞き、すべてを自白させた。やはりギャンブルにはまっての使い込みだった。
この十分後、のこのこと出勤してきたゼイン以下幹部たちは、事情聴取後コーストに裁判を受けることすら許されず刑務所行きを告げられるのだった。
町長たちへの事情聴取で彼らの行動が判明した。
ギャンブルに大負けして資金を使い込み。その補填方法を探し、鉱山に目をつけた。しかし採掘量を増やすにはエントマ族が邪魔。そこでエントマ族排除のため小細工を考える。獣人が凶暴化する薬を使い、暴れさせる。その事実でもって住民にエントマ族討伐やむなしという考えを持たせる。あとは冒険者を雇い、情報を制限し魔物と勘違いさせて討伐してもらう。
エントマ族が滅びても、暴れたという事実で討伐に疑問を抱くものは少なく、追求もないだろうと考えていた。
町長の机から獣人を過剰興奮させる薬が、幹部の机からはエントマ族との関係がかかれた郷土資料とエントマ族のことが載っている獣人図鑑が発見された。
役所から街中へと今回の騒動の概要が伝わり大騒ぎになる中、陽平はコーストに警官四名を借り受け講堂へと向かう。
もちろんジカールたちを捕まえるためだ。いなくなっていたら指名手配するつもりなので、いないのならいなくてもいいと気軽なものだ。
冒険者たちに割り当てられた部屋に入ると、ジカールたちもガスにやられたようで苦しげな様子で壁に寄りかかっていた。
女部屋にはイツキとシェインと婦警が行っている。
「そこの二人、ジカールとセケンドで間違いないな?」
確認するように問う陽平に、二人は苦しげな様子で首だけを向ける。話すことも億劫なのだろう。
「めんどいな」
魔術にみせかけた魔法で二人の症状を治療する。
「これでいいだろう? もう一度聞く。ジカールとセケンドで間違いないな?」
「あ、ああ。間違いない。俺がジカールだ。治してくれて礼を言う」
「別にいらん。話しやすくしただけだ。
こいつらで間違いないようだ。逮捕してくれ。罪状は殺人未遂」
警官に言った陽平の言葉に、二人は驚く。
「ちょちょちょっと待ってくれ! 殺人未遂って冗談じゃない!」
「そうです! なにかの間違いです!」
「うるさい。証拠は挙がってるし、問答無用で捕まえられるだけの権力持ってんだこっちは」
「横暴だ! それに証拠ってなんだよ!」
息巻くジカールに陽平は大きく溜息をついてみせる。
「言わなきゃわからんか? シェインを囮にして逃げただろう? シェインはもう少しで死ぬところだったのを俺たちが助けたんだ」
「「っ!?」」
二人のこの反応に、部屋の中の冒険者たちは冷たい視線を送る。
二人はちらりと愛用の武器の位置を確認する。それに陽平も気づかないはずがない。
「冒険者たちに囲まれたここで暴れる気か? それはさすがに無茶だろう?」
警官も警棒に手をかけ、冒険者たちもそれぞれの武器に手をかける。
二人は無茶だと悟り、武器から離れた。
警官たちが二人を縛っていく。二人は大人しく縛られていく。
そのとき離れた部屋から、なにかが壁にぶつかる音が聞こえてきた。
「あ、イツキは殴ったんだな」
陽平の言葉は正解で、イツキはわざと隙をみせクテが逃げることを誘導したのだ。そして逃がさないためと言って殴り飛ばした。
イツキはなにも最初から殴るつもりはなかったのだ。だがクテたちがすでにシェインの私物を売っていたことで、殴りたくなってしまった。
クテは冒険者たちの治癒魔術でどうにか全快したらしい。
ジカールたち三人は警官たちに拘留所へ連れられていく。それを見送った陽平は冒険者たちに頼まれ、治療のため講堂に残る。一人一人に魔法をかけていくのがめんどくさかった陽平は、今の症状に効果的な薬とお茶の組み合わせを買ってきて治療とした。魔法のように即効性はないが、飲んで一時間もすれば回復する。
陽平が冒険者たちの相手をしているうちにイツキはシェインを伴い、私物の回収に向かった。質屋にまとめて売ったということをイツキはアイアンクローを使い、クテから聞き出していた。
消耗品以外の服や小物などを買戻し、無事に回収して講堂へと戻る。
イツキたちが戻ってきて講堂になんの用事もなくなった陽平は、今日の宿をとるため外に出る。
騒動は陽平の手を離れ、コースト主導のもと収束を見せている。
それで陽平にやることがないかというとそうでもない。エントマ族に事情の説明、捕らえている冒険者への説明と解放、エントマ族と人間の不干渉の明文化などやることはあり暇に過ごすことはできていない。
騒動が完全に落ち着きをみせたのは、ゼイン逮捕から五日後のことだ。街の住民と冒険者たちは事態を把握し、役所は業務を滞りなく行えるようになり、街のざわつきも収まった。
資金難の現状で町長として働きたがる者がおらず、後釜選定が難航したがそれもどうにか決まり、事態を見届けた陽平はここを離れようと決めた。ジカールたちの件についても証言を終えていた。
ジカールたちの取調べも順調に進んでいる。以前組んでいた冒険者たちに捜索依頼が出ていたことが身辺調査で判明。そこを追求すると同じことを二度やっていたと自供。刑務所行きを免れることはできない。
すでに冒険者たちの多くは次の仕事を求めてアラストノーヴァを離れていた。彼らには今回の騒動に巻き込んだ謝礼として、国から依頼料と同じだけの礼金が依頼所を通して支払われることになっている。
「俺たちは行こうと思うけど、シェインはこれからどうする?
冒険者を続けるのなら知り合いの信頼できるパーティーを紹介するし、姉のところに行くなら送っていく」
初めて会った頃の雰囲気を取り戻してはいるが、いまだイツキのそばにいたがるシェインに問う。
「一緒に行くっていう選択肢はないの?」
「俺たち冒険者として活動しているわけじゃないから、シェインの活動スタイルとは合わないと思う」
「そっちの都合にあわせるから。生活費に少し不安はあるけど、少し街に滞在してくれれば一人で仕事して貯めるし」
難しい顔をする陽平からイツキへと視線を移す。
「イツキは私が一緒だと迷惑?」
「迷惑というわけではありませんが、私たちは危ないことにも首を突っ込むので、ついてくると危険に巻き込まれることになりますよ?
命を落とすことにもなりかねません」
「そ、そうなったら巻き込まれないように遠く離れたところで二人を待つ!」
イツキの言葉に怯む様子を見せるも、諦める様子は見せない。
弱っているところに付きっ切りで優しく世話をしたことで、刷り込みに近い好意が生まれたのだろうか。
二人が、特にイツキがシェインを裏切れば、完全に人間不信に陥るのかもしれない。
「どうしますか?」
「……仕方ないな、一緒に行くか。怪しいことに近づかなけりゃ危険もないだろうし」
しばらく一緒にいれば満足するだろうと同行を承諾する。
陽平が認めるならばイツキに反論はない。
本当ならばミルティアに帰ろうかとも思っていたのだ。だがしばらくはあちこちをうろつくことになる。ミルティアに連れて行ってもいいと思うほど、シェインを信じてはいないのだ。
旅支度を整え、三人は役所で書類を捌いているコーストに出立することを告げる。
「行くのか。
今回のことは知らせてくれて助かった。実は別件に関わってたおかげで、こちらにはまったく気づいていなかったんだ。
放っておいたら今頃エントマ族の死体の山ができてたところだ」
「知り合いからエントマ族のことを聞いて、気まぐれで調査した結果だから気にしなくていい」
「そうか。だが礼は言わせてもらう」
そう言ってコーストは頭を下げる。
「次はどこに行くのか決めてあるのか?」
「いんや、適当に列車に乗って適当な場所で降りるつもり」
「いい旅を。
イドアに来たら顔でも見せてくれ。コーヒーくらいおごるよ」
「楽しみにしとく」
陽平は手をひらひらと振り、イツキとシェインは頭を下げ、部屋を出て行った。
三人の足音が聞こえなくなると、コーストは再び書類処理を始める。あと半日もすれば、ここでの仕事は終わる。
三人はレクシアに挨拶を終えると、その足でミシアの墓へと向かう。
三人で黙祷をすませたあと、イツキだけその場に残る。
イツキはミシアの愛用してたキセルを取り出すと、火をつけ口に持っていく。そっと吐き出された煙がゆっくりと空気中に消えていく。
「イツキってタバコ吸うの?」
「あれは供養がわり。ミシアっていう親友がタバコ好きだったから、墓参りにくるといつもミシアの代わりに吸うんだよ」
三分ほど墓の前にいたイツキは灰を片付け、二人のもとへと移動する。
これで本当にこの街ですることのなくなった三人は駅へと移動する。
東行き列車の切符を買って、タイミングよくホームに入ってきた列車へと乗り込むのだった。
高速で飛び去った陽平を見て、シェインがぽかんとしている。再会して一番大きな表情の変化だった。
飛ぶ魔術は存在するが使う者はほぼいない。なぜなら今のプントの魔力量では五分飛ぶことで精一杯で、陽平のように速度を出した場合さらに持続時間は減る。
緊急事態以外の飛翔は、魔力の無駄遣いと考えられているのだ。
それをあっさりと行い、プントの限界を超え飛び続ける陽平に驚いていた。
電車で3時間と少しかかる距離を、一時間で移動しイドアに到着した陽平は大樹神殿を訪れ、受付に身分メダルを提示し神殿長に面会を願う。
「あいにくエッゾス様は面会中でして」
「十分ほどで話しは終わるんだ。それでも駄目だろうか?」
すぐに用事は済むという陽平の言葉に、受付は聞くだけ聞いてみますと神殿長に連絡を通す。連絡を受けた神殿長は、面会をきりのいいところで休憩とし抜け出した。
休憩室に案内された陽平はやってきた神殿長に頭を下げる。
「忙しいところ時間も割いてもらいすまない」
「いえ話し合いが長引いて、ちょうど休憩がほしかったので」
挨拶を手短にすませた陽平は国警士の居場所を問う。一箇所に滞在している国警士の居場所は、その街の神殿長しか知らないのだ。
「そのメダルを持っているので教えることに不満はないのですが、どうして知りたいのか理由を聞いても?」
理由を知りたがる神殿長に推測だがと前置きして、アラストノーヴァで起きていることをざっと話した。
神殿長は国警士と同じ権力を持つ陽平の訪問に、己がなにかしでかしたかと不安を抱いていたのだ。
「そうでしたか。一都市を治める者としてあるまじき行為。これは国警士が動くこともやむなしですな」
話に納得した神殿長は胸を撫で下ろしつつ国警士の居場所を話し、必要だろうと判断し情報屋の場所と紹介状を陽平に渡す。
礼を言った陽平は神殿をあとにした。
自分の足で少しゼインの情報を集めたあと情報屋を訪れた陽平は、紹介状を見せて必要な情報を買い求める。
紹介状と金払いのよさで、情報屋は陽平の求めた情報をあますことなく提出する。
その情報で、ゼインが自身の資産を余裕で超えるお金を吐き出していることがわかった。ゼインについてここにきていた者たちの資産を売って、ようやくとんとんといった額だ。それなのにゼインたちの生活は苦しそうではない。ゼインたちが借金をしていないこともわかっている。
これだけでも国警士を動かせると考え、これ以上の情報収集はやめることに決めた。
関連書類を受け取り情報屋に礼を言って、国警士の元へ向かう。
神殿長から聞いた場所は喫茶店だ。そこの店員が国警士なのだ。
喫茶店に入ると店主と店員から挨拶が飛んでくる。陽平はカウンター前に座り、店主に注文を頼む。
「ブレンド、ミルク三滴、少しぬるめで」
教わったコーヒーの入れ方で頼むとマスターの表情が一瞬強張った。そしてちらりと男の店員に目配せをする。それに気づいた店員は一つ頷き、作業を続ける。
コーヒーを飲み終わった陽平は代金を置いて店を出る。
「ありゃ? お客さん多めにお金置いてったな。
コーストっ釣りを持っていってくれ!」
「あいよ!」
目配せを受けた店員が釣りを受けとり陽平を追いかける。
追いかけてきた店員に身分メダルを見せて、手短に事情を説明する。
「それが本当なら俺が動く必要があるな。
エントマ族とはアラストノーヴァ初代町長が口約束だが不干渉の契約を交わしているんだ。それを破ることは大樹様もお許しにならないだろう。
街を維持する金に手をつけたことも許しがたい」
渡された書類を確認し、納得した店員は明日レクシアの家に行くと告げて、喫茶店に戻っていった。
イドアですることのなくなった陽平はアラストノーヴァへと戻る。
そのまま役所近くで、レッグとその同僚の身の安全のため張り込む。町長が荒事専門の冒険者くずれでも雇っていないかと、万が一を心配しての張り込みだったが、その心配は杞憂だった。
念のため二人をつけている者がいないか警戒しつつ、レクシアの待つ家へと二人を追って移動する。
二人が家に入って二十分ほど警戒を続け、異変なしと判断した陽平は扉の戸を叩いた。
「なにかわかった?」
「あまり詳しいことは。ただ書類とデータが改竄されているみたいで。そうだよな?」
レッグが隣に座る同僚に話しかける。
「はい。はっきりとは覚えていなんですが、以前見た数字と違ってるようなんです。
こまごまとした備品の費用も、少しずつ水増しされて記載されているみたいです。
元の記録がないので、証拠とはいえないんですが」
「それを証言できるのは君だけ?」
陽平の問いに同僚は首を横に振る。
「おそらく友達も証言できると思います。彼女は経理部だから、私よりもはっきりデータに違和感を感じると。
ただ危険とかがなければですが」
「その点については大丈夫。国警士が動いてくれるから。
証言があれば金庫を調べることが可能だ。十中八九金庫はほぼ空だろう、カジノで勝っていないからな。
町長たちはその日のうちに首で、次の日には投獄だろうさ。
被害が君らに及ぶことはない」
「それなら大丈夫です」
「じゃあ明日国警士に証言をお願い」
頷く同僚に、今日はここに止まるように言って陽平は家を出る。
帰ったとみせかけしばらく屋根で見張りをするつもりなのだ。陽平が帰ったあとに襲撃されたら目をあてられない。
レクシアたちが眠ったあとも陽平は屋根に居座り続けた。結局明け方まで見張り、襲撃はなかった。
もう大丈夫だと判断した陽平は山に戻り、イツキとシェインを連れて下山する。
レクシア家に向かう途中で、ちょうどよく到着したコーストと合流する。
「ではエミリさんは先に役所に行って友人に話を通してください。
俺たちもすぐに行きますので」
「はい」
国警士としての顔でコーストはレッグの同僚に接する。
エミリが家を出たあと、レクシアに着替えのできる部屋を借り、コーストは国警士の制服に身をまとう。胸にはメダルと同じ柄のワッペンが縫い付けられている。
「では行こう」
レクシアは留守番で、それ以外の全員が家を出た。
厳格な雰囲気をまとったコーストを先頭に一行は役所へと向かう。国警士の制服をまとったコーストは目立つ。道行く人々は一行に注目しながら、なにごとかと囁きあう。
役所のロビーに入ると、エミリが見知らぬ女性と立っていた。
コーストはその二人に話しかける。
「町長は出勤していますか?」
「いえ、まだ」
エミリが首を横に振り答える。
「では先に金庫の確認をすませておきましょう。
依存はありますか?」
「いえ、ではこちらへどうぞ」
エミリたちの先導で一行は金庫へと向かう。
なにごとかと役人たちは話し合う。制服を見れば、誰がきたのかはわかる。だがなぜきたのはわからず、理由を推測しあう声があちこちから聞こえてきた。
金庫を無断で開けるということでひと悶着あったが、コーストの権力行使には逆らえず金庫は開かれることになった。
結果は予想通りだ。そこにあった運営資金の入っているはずの通帳には、二ヶ月分の資金が入っていただけだ。今期はあと半年以上ある。予想外の支出があったとしても減りすぎだろう。現金も冒険者たちに配る予定の依頼料以外は入っていない。
金庫を管理している経理のトップにコーストは話を聞き、すべてを自白させた。やはりギャンブルにはまっての使い込みだった。
この十分後、のこのこと出勤してきたゼイン以下幹部たちは、事情聴取後コーストに裁判を受けることすら許されず刑務所行きを告げられるのだった。
町長たちへの事情聴取で彼らの行動が判明した。
ギャンブルに大負けして資金を使い込み。その補填方法を探し、鉱山に目をつけた。しかし採掘量を増やすにはエントマ族が邪魔。そこでエントマ族排除のため小細工を考える。獣人が凶暴化する薬を使い、暴れさせる。その事実でもって住民にエントマ族討伐やむなしという考えを持たせる。あとは冒険者を雇い、情報を制限し魔物と勘違いさせて討伐してもらう。
エントマ族が滅びても、暴れたという事実で討伐に疑問を抱くものは少なく、追求もないだろうと考えていた。
町長の机から獣人を過剰興奮させる薬が、幹部の机からはエントマ族との関係がかかれた郷土資料とエントマ族のことが載っている獣人図鑑が発見された。
役所から街中へと今回の騒動の概要が伝わり大騒ぎになる中、陽平はコーストに警官四名を借り受け講堂へと向かう。
もちろんジカールたちを捕まえるためだ。いなくなっていたら指名手配するつもりなので、いないのならいなくてもいいと気軽なものだ。
冒険者たちに割り当てられた部屋に入ると、ジカールたちもガスにやられたようで苦しげな様子で壁に寄りかかっていた。
女部屋にはイツキとシェインと婦警が行っている。
「そこの二人、ジカールとセケンドで間違いないな?」
確認するように問う陽平に、二人は苦しげな様子で首だけを向ける。話すことも億劫なのだろう。
「めんどいな」
魔術にみせかけた魔法で二人の症状を治療する。
「これでいいだろう? もう一度聞く。ジカールとセケンドで間違いないな?」
「あ、ああ。間違いない。俺がジカールだ。治してくれて礼を言う」
「別にいらん。話しやすくしただけだ。
こいつらで間違いないようだ。逮捕してくれ。罪状は殺人未遂」
警官に言った陽平の言葉に、二人は驚く。
「ちょちょちょっと待ってくれ! 殺人未遂って冗談じゃない!」
「そうです! なにかの間違いです!」
「うるさい。証拠は挙がってるし、問答無用で捕まえられるだけの権力持ってんだこっちは」
「横暴だ! それに証拠ってなんだよ!」
息巻くジカールに陽平は大きく溜息をついてみせる。
「言わなきゃわからんか? シェインを囮にして逃げただろう? シェインはもう少しで死ぬところだったのを俺たちが助けたんだ」
「「っ!?」」
二人のこの反応に、部屋の中の冒険者たちは冷たい視線を送る。
二人はちらりと愛用の武器の位置を確認する。それに陽平も気づかないはずがない。
「冒険者たちに囲まれたここで暴れる気か? それはさすがに無茶だろう?」
警官も警棒に手をかけ、冒険者たちもそれぞれの武器に手をかける。
二人は無茶だと悟り、武器から離れた。
警官たちが二人を縛っていく。二人は大人しく縛られていく。
そのとき離れた部屋から、なにかが壁にぶつかる音が聞こえてきた。
「あ、イツキは殴ったんだな」
陽平の言葉は正解で、イツキはわざと隙をみせクテが逃げることを誘導したのだ。そして逃がさないためと言って殴り飛ばした。
イツキはなにも最初から殴るつもりはなかったのだ。だがクテたちがすでにシェインの私物を売っていたことで、殴りたくなってしまった。
クテは冒険者たちの治癒魔術でどうにか全快したらしい。
ジカールたち三人は警官たちに拘留所へ連れられていく。それを見送った陽平は冒険者たちに頼まれ、治療のため講堂に残る。一人一人に魔法をかけていくのがめんどくさかった陽平は、今の症状に効果的な薬とお茶の組み合わせを買ってきて治療とした。魔法のように即効性はないが、飲んで一時間もすれば回復する。
陽平が冒険者たちの相手をしているうちにイツキはシェインを伴い、私物の回収に向かった。質屋にまとめて売ったということをイツキはアイアンクローを使い、クテから聞き出していた。
消耗品以外の服や小物などを買戻し、無事に回収して講堂へと戻る。
イツキたちが戻ってきて講堂になんの用事もなくなった陽平は、今日の宿をとるため外に出る。
騒動は陽平の手を離れ、コースト主導のもと収束を見せている。
それで陽平にやることがないかというとそうでもない。エントマ族に事情の説明、捕らえている冒険者への説明と解放、エントマ族と人間の不干渉の明文化などやることはあり暇に過ごすことはできていない。
騒動が完全に落ち着きをみせたのは、ゼイン逮捕から五日後のことだ。街の住民と冒険者たちは事態を把握し、役所は業務を滞りなく行えるようになり、街のざわつきも収まった。
資金難の現状で町長として働きたがる者がおらず、後釜選定が難航したがそれもどうにか決まり、事態を見届けた陽平はここを離れようと決めた。ジカールたちの件についても証言を終えていた。
ジカールたちの取調べも順調に進んでいる。以前組んでいた冒険者たちに捜索依頼が出ていたことが身辺調査で判明。そこを追求すると同じことを二度やっていたと自供。刑務所行きを免れることはできない。
すでに冒険者たちの多くは次の仕事を求めてアラストノーヴァを離れていた。彼らには今回の騒動に巻き込んだ謝礼として、国から依頼料と同じだけの礼金が依頼所を通して支払われることになっている。
「俺たちは行こうと思うけど、シェインはこれからどうする?
冒険者を続けるのなら知り合いの信頼できるパーティーを紹介するし、姉のところに行くなら送っていく」
初めて会った頃の雰囲気を取り戻してはいるが、いまだイツキのそばにいたがるシェインに問う。
「一緒に行くっていう選択肢はないの?」
「俺たち冒険者として活動しているわけじゃないから、シェインの活動スタイルとは合わないと思う」
「そっちの都合にあわせるから。生活費に少し不安はあるけど、少し街に滞在してくれれば一人で仕事して貯めるし」
難しい顔をする陽平からイツキへと視線を移す。
「イツキは私が一緒だと迷惑?」
「迷惑というわけではありませんが、私たちは危ないことにも首を突っ込むので、ついてくると危険に巻き込まれることになりますよ?
命を落とすことにもなりかねません」
「そ、そうなったら巻き込まれないように遠く離れたところで二人を待つ!」
イツキの言葉に怯む様子を見せるも、諦める様子は見せない。
弱っているところに付きっ切りで優しく世話をしたことで、刷り込みに近い好意が生まれたのだろうか。
二人が、特にイツキがシェインを裏切れば、完全に人間不信に陥るのかもしれない。
「どうしますか?」
「……仕方ないな、一緒に行くか。怪しいことに近づかなけりゃ危険もないだろうし」
しばらく一緒にいれば満足するだろうと同行を承諾する。
陽平が認めるならばイツキに反論はない。
本当ならばミルティアに帰ろうかとも思っていたのだ。だがしばらくはあちこちをうろつくことになる。ミルティアに連れて行ってもいいと思うほど、シェインを信じてはいないのだ。
旅支度を整え、三人は役所で書類を捌いているコーストに出立することを告げる。
「行くのか。
今回のことは知らせてくれて助かった。実は別件に関わってたおかげで、こちらにはまったく気づいていなかったんだ。
放っておいたら今頃エントマ族の死体の山ができてたところだ」
「知り合いからエントマ族のことを聞いて、気まぐれで調査した結果だから気にしなくていい」
「そうか。だが礼は言わせてもらう」
そう言ってコーストは頭を下げる。
「次はどこに行くのか決めてあるのか?」
「いんや、適当に列車に乗って適当な場所で降りるつもり」
「いい旅を。
イドアに来たら顔でも見せてくれ。コーヒーくらいおごるよ」
「楽しみにしとく」
陽平は手をひらひらと振り、イツキとシェインは頭を下げ、部屋を出て行った。
三人の足音が聞こえなくなると、コーストは再び書類処理を始める。あと半日もすれば、ここでの仕事は終わる。
三人はレクシアに挨拶を終えると、その足でミシアの墓へと向かう。
三人で黙祷をすませたあと、イツキだけその場に残る。
イツキはミシアの愛用してたキセルを取り出すと、火をつけ口に持っていく。そっと吐き出された煙がゆっくりと空気中に消えていく。
「イツキってタバコ吸うの?」
「あれは供養がわり。ミシアっていう親友がタバコ好きだったから、墓参りにくるといつもミシアの代わりに吸うんだよ」
三分ほど墓の前にいたイツキは灰を片付け、二人のもとへと移動する。
これで本当にこの街ですることのなくなった三人は駅へと移動する。
東行き列車の切符を買って、タイミングよくホームに入ってきた列車へと乗り込むのだった。
樹の世界へ遠章 不運と再会と 2
意識が覚醒し最初に思ったのは、誰の膝枕で寝ているんだろうということ。
誰か膝枕をしてくれるような人がいたかとぼんやり考えて、気絶する前のことを思い出した。
目を開けると誰かと話しているイツキが見えた。
視線に気づいたのかイツキがシェインを見下ろす。
「おはようございます」
「え、えっとおはよ」
「治療はしていますが、まだどこか痛いところはありますか?」
シェインはぺたぺたと自身の顔や体を触り、どこも異常がないことを確認した。
大丈夫と言いながら起き上がる。
見えるかぎりで判断するに、ここは洞窟の中のようだ。焚き火で暖をとり、天井に明かりの魔術が浮かんでいる。
「ここは……」
どこだろうと思いつつ周囲を見て、わりと近くに猪頭が座っていることに気づき、緊張から体を硬くする。
「警戒しなくていいよ。シェインが暴れなければ、彼らは危害を加えない」
「……ヨウヘイさん?」
声をした方向を見ると、半年振りに会う人物が座っていた。
「久しぶり」
「あ、はい。お久しぶりです。
そ、そうじゃなくて! ここはどこなんですか!? 私はたしか殴られて気絶して、殺されるって」
猪頭たちに囲まれ命を危険を感じたことを思い出し、ぶるりと震える体を抱く。
イツキはシェインを安心させるように抱き寄せて背中をさする。ヨウヘイはリュックを探って、乾燥した草や乳鉢などを取り出している。
「ここはエントマ族の住居で、俺たちに貸し与えられた区画。シェインはエントマ族の戦士と戦い負けてここに運ばれてきたんだ」
「エントマ族って?」
「猪を祖とする獣人の一種。わりと昔からここらの山付近を住処にしているらしいよ」
「そうなんですか。
どうして私は運ばれてきたの? なんで二人はここに? それに町長の話にはエントマ族なんて少しもでてこなかった」
次々と疑問が湧いてきたようで、答えを聞かずに問い続ける。
「ここに運ばれてきたのは俺が頼んだから。運ばれてきた中に見知った顔がいて、ちょっと驚いたよ。ここにいるのは偶然に近い。町長とやらの話にエントマ族が出てこなかったのはなにか企んでいるからじゃないかな」
シェインの疑問に答えつつもヨウヘイの手は素早く動き、草を粉末にしてなにかを作っていく。仕上げに粉砂糖を混ぜ、水を注いだものをイツキに渡す。
「シェインに飲ませてやって」
イツキは頷いて受け取り、シェインの口元に持っていく。不安に揺れる瞳で見上げてくるシェインに、大丈夫だと言いつつ髪を撫でる。
自分から飲むのを待つイツキと陽平を見て、シェインはカップに口をつけた。ほんの少しだけ苦味のある柑橘系の味が口の中に広がる。
液体を飲み干したシェインは撫でられるうちに、恐怖と不安が弛んでいき、すうすうと寝息を立て始めた。
陽平が作ったものは精神安定剤と睡眠薬だ。
「ん? 大丈夫大丈夫」
エントマ族の一人がシェインを心配して、陽平に大丈夫なのかと聞いたのだ。
聞いたのはシェインを殴った戦士の一人で、シェインが二人の知り合いと聞いて、やりすぎてはないなかったかと心配してここにいるのだ。
大丈夫という返答に安心した戦士は家族のもとへ帰っていく。
「なにがあったんだろうねぇ」
「死に恐れを抱いたというのもあるんでしょうが、それとは別の感情も浮かんでました」
「だね。少しだけ人を拒絶するような色もあったね」
何があってそんな状態になっているのか陽平もイツキも気になっている。だが死の恐怖と合わさって弱くなっている今のシェインに問うのもはばかられた。
とりあえずの処置として時間を置くということを選択した。一眠りして落ち着けば、ましになるだろうと考えたのだ。安心して眠れるように精神安定剤と少しだけ強い睡眠薬を与えたのだ。
「膝枕つらくなったら代わるよ?」
「大丈夫です。最近膝枕なんてしてなかったから懐かしくて、今日一晩続ける程度お茶の子さいさいです」
「ならいいんだけど」
動いているようには見えないイツキの表情の中に、懐かしげなものと楽しいという感情をみつけた陽平。愛娘が楽しんでいることを邪魔するほど無粋ではない。
「黒幕の一人は町長みたいだ」
「間違いないでしょう」
「いったいなにを考えてエントマ族に仕掛けたのか。
街とエントマ族は相互不干渉が暗黙の了解らしいのに」
「レクシアに町長のことを聞きにいけばなにかわかるかと」
「明日街に行ってみるか。俺一人で行ってくるからシェインの世話を頼む」
「お任せを」
「足止めしている間に問題が解決できればいいな」
「ええ」
「今までの経験からすると、理由はろくなことじゃなさそうなんだよなぁ」
「理由はどうであれ、処分があるということはかわりません」
まあなと言って陽平は立ち上がる。
「ちょっと指示出してくる。あとほかに捕まえた奴らとも話してくる」
「いってらっしゃいませ」
与えられた穴から出た陽平はエントマ族の長のもとへと向かう。
寛いでいるところに邪魔した陽平は、作り上げた薬を渡して、手短に用件を伝えるとこれ以上邪魔にならないように立ち去る。
陽平が去ったあと長はそばにいた若い戦士二人に、薬を渡して指示を出す。戦士たちは頷き、人数を集めて山頂へと走っていった。
陽平が次にきたのは牢だ。牢といっても、使っていなかった洞穴の入り口を急ごしらえの柵で閉じただけのものだ。
見張りが常に三人ついていて、今も暇そうに入り口を見張っている。牢には八名ほどが身包みはがされ入れられている。彼らは逃げ遅れ捕まったり、自ら足止めに残った者ばかりで、シェインのように囮にされた者はいない。
見張りに人間と話しがしたいと伝え、許可をもらった陽平は入り口から呼びかけた。
「おーい、話したいことあるんだこっちにきてくれ」
傷は治療したし、果物と水のみとはいえ食料も入れてある。話す元気はあるはずと考えている。
すぐに一人だけ柵に近寄ってきた。警戒しているようで、一定の距離を置いている。
陽平には自身が怪しいという自覚があるので、開いた距離には納得している。
「聞きたいことあるんだ、少し相手になってもらえないかな」
「俺たちも聞きたいことがある。それに答えてくれるのなら」
「かまわないよ。
どっちから話す? 俺としては後でも先でもいい」
「じゃあ俺たちから。
なぜ俺たちはここに入れられているんだ?」
「捕まったから」
「捕まえたのは誰なんだ? 俺たちの最後の記憶は獣人と戦い負けたというものだ」
「その獣人、エントマ族っていうんだけど、彼らがここまで連れてきたんだよ」
「どうして? なんのために?」
「どうしては、俺が殺さないように頼んだから。なんのためには、情報を得るためと戦力を削るため」
「俺たちはこれからどうなる?」
「問題が解決すれば、二度とここに近寄らないと約束させて解放」
「……殺さないのか?」
解放という言葉に首を傾げる。今殺されていないのはなにか目的があるためで、用が済めば殺されると思っていたのだ。もちろん大人しく殺されるつもりはなかったのだが。
「おそらくあんたたちは騙されて片棒を担がされただけだと思うんだ、だから殺しはしない」
陽平は予定という言葉を心の中で付け加える。捕虜の中に町長の協力者がいれば命の保証はない。
「次はこっちだ。
町長からエントマ族のことを聞いた奴はいるか?」
男は首を横に振る。奥にいる捕虜たちも聞いていたと言い出す者はいない。
嘘をついていないかしっかり観察し、次の質問に移る。
「エントマ族のことは全員知らなかったのか?」
「俺は知らなかったし、仲間も知らなかったようだ」
捕虜たちの返事も男と同じだ。
「この中にアラストノーヴァ出身者はいないのか? この街の住人ならエントマ族のことを知ってそうなんだが」
「俺と仲間の出身地はここらではない。旅をしていて近くの街でこの依頼を受けたんだ」
俺たちも違う街で受けたと牢の奥から聞こえてくる。アラストノーヴァで受けた者はいないらしい。
「この街では依頼は出ていないのか?」
「どうやらそのようだな……怪しいよな?」
男も疑問を抱いたようだ。
普通、地元の問題は地元の依頼所にでるものだ。それが地元ではでていなくて、別の街で出されている。誰だっておかしく思う。
男たちに礼を言い、大人しくしているように言ってから陽平はイツキのもとへと戻る。
イツキはシェインを毛布で包み、膝枕を続けていた。陽平が出ている間に、濡れタオルでシェインの体をふいたようで少し服が乱れていた。
「先に寝るから火の番頼んだ。四五時間すれば起きるから」
「わかりました」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
陽平も毛布に包まり、横になる。
五分後には完全に寝入り、周囲は静まり返った。
静かに時間は流れていき、言ったとおり四時間ほどで陽平は目を覚ます。寝る前と変わらない姿勢のイツキに声をかけて、火の番を交代する。そのままの姿勢で眠るシェインに上着をもう一枚かけてやり、陽平は日が出てくるまで火を絶やさずに時間をすごしていった。
朝となり、目を覚ましたシェインとシェインが起き上がったことで目を覚ましたイツキの二人と朝食を食べる。鳥出汁の野菜スープとパンのみという簡素なメニューで済ませる。
「これから街に出るけど、シェインはなにか買ってきてほしいものはある?」
少し考える様子を見せたシェインは首を横に振る。
シェインは目が覚めてからずっとイツキの隣に静かに座っている。静かなのはまだ落ち着いていないせいだろうと、陽平とイツキは考えていた。
エントマ族の長に今日は偵察のみですませるように言ってから、陽平は山を降りる。
長は偵察のみという言葉に頷いた。エントマ族が冒険者に互角以上に戦えたのは、陽平が彼らを魔法で強化していたからだ。長はそれをきちんと理解しているのだ。
それに昨日頼んだ仕掛けがうまくはまっていれば、ほとんどの冒険者は戦闘力が下がる。よって無理に戦う必要はないのだ。
エントマ族の住処から真っ直ぐ街へと下りず、大きく迂回したことで余計に時間がかかり、街に到着したのは昼過ぎだ。
飛んで移動すればもっと早かったのだろうが、一応見回りもしておこうと考え、歩きで移動したのだ。
山方面の街出入り口を見ると、顔色を悪くしふらつく冒険者たちが数人いた。それを見た陽平は仕掛けが上手くいったことを悟り、その場を離れる。
仕掛けとは、山頂の沼から出る空気よりも重いガスを使ったものだ。ガスそのものには毒性はほとんどないし、吹く風に散らされ普段はなんの害も与えない。陽平は沼に薬を混ぜるように指示し、生き物に悪影響を与えるガスを発生させるように変えた。
夜のうちにガスは山頂から麓へと流れていく。山頂に近づくほど効果は強く、麓に近づくほど薄れているのでガスに気づかず吸い続けてしまう。そして冒険者たちは体調を悪くして昼前に下山することになった。
事前にエントマ族の住処にはガスが流れないように、岩や倒木を使い塀を作っているのでエントマ族に被害はない。
このガスは、沼の中の薬がなくなる四日後まで発生し続けることだろう。
それまでには解決したいなと考えつつ、レクシアの家に向かう。
レクシアとはイツキの親友の娘だ。イツキの親友ミシアは大樹大神殿の高官だった。ミシアは退職後に故郷に戻り、生涯をここで終えた。この街に陽平とイツキがきた目的は、ミシアの墓参りが目的だ。その墓参りのついでにレクシアに会いに行って、エントマ族の異変を聞かされたのだ。
この話が気になった陽平とイツキは山へと調査に行き、そこで興奮したエントマ族の戦士に出くわした。興奮する様子に違和感を覚えた陽平は隠れて様子を見ることに。そして特に何かに対して怒ったりしているのではなく、無理矢理興奮していると気づいた。魔術か薬かでこういった状態になっているのだろうと、鎮静の魔法と解毒の魔法を試し平静へと戻したのだ。落ち着いたエントマ族と話して住処へと連れて行ってもらった。そこでエントマ族の長に出会い、調査を請け負った。
今まで調査にはでず、エントマ族を守るための策を優先していたのだ。その策が魔法による強化やガスによる妨害だ。
「あら、ヨウヘイさん? 帰ったんじゃ?」
四十過ぎの女が玄関先に立つ陽平を見て驚いている。この女がレクシアだ。ふくよかで、いかにもおっかさんといった雰囲気をまとっている。
「エントマ族のことでまだ滞在しているんだ」
「調べてくれてたんですか?」
「気になってね。それ関連で聞きたいことがある」
「かまいませんよ。中にどうぞ」
先導されリビングへ通される。
レクシアはお茶を出して、椅子に座る。
「それで聞きたいことってなんです?」
「町長について。町長が黒幕の一人らしいんだ」
「町長がですか!?」
エントマ族自身の話やシェインや捕虜たちとの会話を話していく。
「息子から聞いた話だとエントマ族の異変調査を冒険者に頼むってことになっていたらしいです。ついでに山道周辺の魔物退治も頼むと言ってたらしいですが。
エントマ族が討伐対象だなんて私も息子も聞いてないわ。ほかの人たちも聞いてないんじゃ?」
「息子が役所で働いてるんだったか」
「そうです。地位は高くないから詳しい話は聞けてないんでしょうが」
「町長については息子さんに聞いたほうがいいか」
「ええ、私よりも詳しいかと」
「いつ頃帰ってくる?」
「今日は用事があると聞いてませんから六時前には」
「じゃあ、その頃にまた来てみることにするよ」
「ここで待っててもかまいませんよ?」
「街をぶらついて情報を集めてようと思う。買い物もあるしね」
レクシアに見送られ、陽平は家を出る。
昼食を食べたり食料を買うついでに、街や街周辺のことをそれとなく聞いていく。
誰もがレクシアと同じように、エントマ族の討伐については知らなかった。
エントマ族に襲われた者とも話しができ、当時の様子を教えてもらった。襲われた者は鉱夫で、鉱石を工場へと運ぶ最中に襲われたらしい。
エントマ族がなぜ襲ってきたのかは不明。鉱石を狙っていたわけではない。鉱夫たちがエントマ族の気に障るようなことをしたわけでもない。目的なく暴れていたように見えたらしい。
しかもエントマ族はいままで山道には出てきたことがない。薪を拾うためなどに山道から外れるとたまに出会うが、互いに近寄らずにすませる。なぜ急に出てきて暴れたのか鉱夫の誰もが首を傾げているとのことだ。
話を聞き終わり、食料やシェインの衣類などを買った陽平は一時間強余った時間を依頼所で潰す。パソコンを開いて、エントマ族の情報がどうなっているか調べてみることにしたのだ。
アラストノーヴァ周辺に出てくる魔物や亜人を調べてみても、エントマ族については情報が出てこない。ここら周辺にかぎらず検索してみると、ようやくエントマ族と同種の獣人について簡素な情報がでてきた。
次に図書室兼資料室に行って、獣人関連の本を探す。詳しく獣人について書かれた本とこの街の歴史についての本は貸し出されているのか置かれていない。
ここまで調べてちょうどいい時間となったので、陽平はレクシアの家へと向かう。
「あ、ヨウヘイさん。レッグ戻ってますよ。どうぞ中へ」
レクシアに案内されたリビングには二十半ばの男が椅子に座っていた。
「あ、お久しぶりです」
「久しぶり。レクシアから話は聞いてる?」
「はい。町長のことについてですよね」
「うん。人となりや最近の行動について聞きたいんだ」
「俺から見た姿は可もなく不可もなくといった感じで、無難に街の運営指揮をとってます。
指揮を出すことが中心で自分から動くことはしません。他所からお偉いさんがくると出迎えたりはしますが、街の中に住んでいる人との話し合いだと、自分で行くことはせず来てもらうことばかりです。
ですから今回の冒険者の対応については少し驚いてます。町長自ら説明会を開いたり、冒険者を労わったり、今までにない行動です」
「その説明会とかは町長一人で準備したわけじゃないよね? 誰が手伝った?」
「上層部が中心となってました。俺たちはそれだけ今回の依頼に力を入れているのかなと噂してましたね。
誰もがそれほど力を入れることかと首を傾げてもいますが」
「どうして?」
「魔物討伐を依頼しなければならないほど、魔物被害って多くはないんです」
「ああ、なるほど。エントマ族が食料として魔物を狩るからか」
「はい。だから依頼自体がおかしな話なんですよね」
なるほど頷いて、陽平はしばらく黙る。考えをまとめているのだ。
「レッグは説明会でどんな話がされたか知ってる?」
「いえ、なにも聞いてません」
「山に出る魔物の説明で、エントマ族の話は少しもでなかったそうだ。
エントマ族は魔物ではないから説明しなかったとは言えない。間違えて攻撃してしまう冒険者がいるかもしれないから、むしろきちんと説明しておくはずだろう?
しかも冒険者たち全員がこの街外の出身者の可能性が高い。この街とエントマ族の関係を知らない者がほとんどだ。
冒険者が手を出してエントマ族がさらに暴れるようなことになると、困るのはこの街の住民だ」
「こちらから攻撃しなければ何一つ危険のない相手ですから、普通はきちんと伝えますね。
この街の関係者がいないのならなおさら」
「伝えなかったということは、ぶつかってほしかったということか?
エントマ族が先に暴れたから、街の人たちはそれもやむなしと思うだろうし。外部の冒険者という第三者によって排除されれば、冒険者たちの先走りということで片付けることができる」
「エントマ族を排除して利益があるんでしょうか?」
「そこがわからないんだ。
それを知るために町長のことを聞きたかった」
「とはいっても最初言ったとおりなんですが」
「特異な行動とかは?」
レッグはゼインの普段の行動を思い起こす。接触がそれほどあるわけではないので、たいしたことは思い出せないのだが。
それでも思い出せることはあった。
「今回のことに関係あるかはわからないんですが。
町長は二ヶ月の一度七日ほどまとまった休みをとって、泊りがけの旅行にでるんです。出るときには気合の入った様子で、帰ってきたときは上機嫌だったり不機嫌だったり。ここ一年は不機嫌続きでした」
「どこに行ってるかわかる?」
「イドアでしょう。
同僚が西へと向かう列車に乗りこもうとしている町長たちを見たことがあるらしいです」
イドアという街に陽平は聞き覚えがある。
「イドアってたしか大陸一のギャンブル街だったか」
「はい」
陽平の頭の中で今回の全体図が見えた。
「たしか坑道はエントマ族との関係で無制限に掘れるわけじゃない。だから鉱山からの収入は大きいとは言えない。でももっと掘ることができれば収入は増える」
「収入のためにエントマ族を排除するつもりですか!?」
それだけのためにとレッグとレクシアが驚いている。
「ただ排除すると言えば反感を買って、町長としての地位も危ぶむかもしれん。だから反感を抑えるために小細工した。
めんどくさいことをしてまで収入を増やしたかったのは、街の運営費も使い込んだからか?」
「不機嫌続きってことは負け続き……自分のお金がそこをついて思わず手が?」
「その証拠はないけどね。一度手を出せば、躊躇いはなくなって際限なく使いそうだ。そこを調べることできる?
少しでも怪しいところがあれば国警士を動かせる」
「やってみましょう。経理に近いところに同僚がいるんです」
「お願い。
俺はイドアに行って町長のことを調べてくる。あそこには国警士がいるらしいし、ちょうどいい」
レッグに決して無理はしないようにと、レクシアにはこのことは誰にも言わないようにと、それぞれに言い含め陽平は山に帰る。
イツキと一日中イツキのそばを離れなかったらしいシェインに、わかったことを話す。そして明日はイドアに言ってくることも告げた。
今日一日でイツキはシェインのことを聞き出したようで、シェインが寝入ったあと陽平に話す。
「シェインを囮にした人たちのこともどうにかしたいです」
「置いてきた荷物は取り返すとして。
そいつらが逃げ出さなければシェインって証人がいるし警察に突き出せる。ほっとくと同じことしそうだし、必ず突き出す。
シェインが攻撃されているところを助けたって嘘つくから」
「はい。どうせ誰もシェインが運ばれるところを見てはいませんから、ばれることはないでしょう」
エントマ族に話しを聞けば嘘だとわかるが、問題が一つある。意思疎通できる者がいないということだ。
陽平たちも魔法で心に直接言葉を伝え会話しているのだ。同じようなことができる者はそうそういない。
「嘘つくってシェインにも言っておいて」
「必ず伝えておきます」
タイミングよく山にいたことを疑問に思われるかもしれないが、そこはレクシアから聞いた話が気になり調査のため山にいたと話すつもりだ。調査事態は嘘ではないので、調べられても問題はない。
今日も火の番を後で請け負うことにして、陽平は寝転がった。
3へ
誰か膝枕をしてくれるような人がいたかとぼんやり考えて、気絶する前のことを思い出した。
目を開けると誰かと話しているイツキが見えた。
視線に気づいたのかイツキがシェインを見下ろす。
「おはようございます」
「え、えっとおはよ」
「治療はしていますが、まだどこか痛いところはありますか?」
シェインはぺたぺたと自身の顔や体を触り、どこも異常がないことを確認した。
大丈夫と言いながら起き上がる。
見えるかぎりで判断するに、ここは洞窟の中のようだ。焚き火で暖をとり、天井に明かりの魔術が浮かんでいる。
「ここは……」
どこだろうと思いつつ周囲を見て、わりと近くに猪頭が座っていることに気づき、緊張から体を硬くする。
「警戒しなくていいよ。シェインが暴れなければ、彼らは危害を加えない」
「……ヨウヘイさん?」
声をした方向を見ると、半年振りに会う人物が座っていた。
「久しぶり」
「あ、はい。お久しぶりです。
そ、そうじゃなくて! ここはどこなんですか!? 私はたしか殴られて気絶して、殺されるって」
猪頭たちに囲まれ命を危険を感じたことを思い出し、ぶるりと震える体を抱く。
イツキはシェインを安心させるように抱き寄せて背中をさする。ヨウヘイはリュックを探って、乾燥した草や乳鉢などを取り出している。
「ここはエントマ族の住居で、俺たちに貸し与えられた区画。シェインはエントマ族の戦士と戦い負けてここに運ばれてきたんだ」
「エントマ族って?」
「猪を祖とする獣人の一種。わりと昔からここらの山付近を住処にしているらしいよ」
「そうなんですか。
どうして私は運ばれてきたの? なんで二人はここに? それに町長の話にはエントマ族なんて少しもでてこなかった」
次々と疑問が湧いてきたようで、答えを聞かずに問い続ける。
「ここに運ばれてきたのは俺が頼んだから。運ばれてきた中に見知った顔がいて、ちょっと驚いたよ。ここにいるのは偶然に近い。町長とやらの話にエントマ族が出てこなかったのはなにか企んでいるからじゃないかな」
シェインの疑問に答えつつもヨウヘイの手は素早く動き、草を粉末にしてなにかを作っていく。仕上げに粉砂糖を混ぜ、水を注いだものをイツキに渡す。
「シェインに飲ませてやって」
イツキは頷いて受け取り、シェインの口元に持っていく。不安に揺れる瞳で見上げてくるシェインに、大丈夫だと言いつつ髪を撫でる。
自分から飲むのを待つイツキと陽平を見て、シェインはカップに口をつけた。ほんの少しだけ苦味のある柑橘系の味が口の中に広がる。
液体を飲み干したシェインは撫でられるうちに、恐怖と不安が弛んでいき、すうすうと寝息を立て始めた。
陽平が作ったものは精神安定剤と睡眠薬だ。
「ん? 大丈夫大丈夫」
エントマ族の一人がシェインを心配して、陽平に大丈夫なのかと聞いたのだ。
聞いたのはシェインを殴った戦士の一人で、シェインが二人の知り合いと聞いて、やりすぎてはないなかったかと心配してここにいるのだ。
大丈夫という返答に安心した戦士は家族のもとへ帰っていく。
「なにがあったんだろうねぇ」
「死に恐れを抱いたというのもあるんでしょうが、それとは別の感情も浮かんでました」
「だね。少しだけ人を拒絶するような色もあったね」
何があってそんな状態になっているのか陽平もイツキも気になっている。だが死の恐怖と合わさって弱くなっている今のシェインに問うのもはばかられた。
とりあえずの処置として時間を置くということを選択した。一眠りして落ち着けば、ましになるだろうと考えたのだ。安心して眠れるように精神安定剤と少しだけ強い睡眠薬を与えたのだ。
「膝枕つらくなったら代わるよ?」
「大丈夫です。最近膝枕なんてしてなかったから懐かしくて、今日一晩続ける程度お茶の子さいさいです」
「ならいいんだけど」
動いているようには見えないイツキの表情の中に、懐かしげなものと楽しいという感情をみつけた陽平。愛娘が楽しんでいることを邪魔するほど無粋ではない。
「黒幕の一人は町長みたいだ」
「間違いないでしょう」
「いったいなにを考えてエントマ族に仕掛けたのか。
街とエントマ族は相互不干渉が暗黙の了解らしいのに」
「レクシアに町長のことを聞きにいけばなにかわかるかと」
「明日街に行ってみるか。俺一人で行ってくるからシェインの世話を頼む」
「お任せを」
「足止めしている間に問題が解決できればいいな」
「ええ」
「今までの経験からすると、理由はろくなことじゃなさそうなんだよなぁ」
「理由はどうであれ、処分があるということはかわりません」
まあなと言って陽平は立ち上がる。
「ちょっと指示出してくる。あとほかに捕まえた奴らとも話してくる」
「いってらっしゃいませ」
与えられた穴から出た陽平はエントマ族の長のもとへと向かう。
寛いでいるところに邪魔した陽平は、作り上げた薬を渡して、手短に用件を伝えるとこれ以上邪魔にならないように立ち去る。
陽平が去ったあと長はそばにいた若い戦士二人に、薬を渡して指示を出す。戦士たちは頷き、人数を集めて山頂へと走っていった。
陽平が次にきたのは牢だ。牢といっても、使っていなかった洞穴の入り口を急ごしらえの柵で閉じただけのものだ。
見張りが常に三人ついていて、今も暇そうに入り口を見張っている。牢には八名ほどが身包みはがされ入れられている。彼らは逃げ遅れ捕まったり、自ら足止めに残った者ばかりで、シェインのように囮にされた者はいない。
見張りに人間と話しがしたいと伝え、許可をもらった陽平は入り口から呼びかけた。
「おーい、話したいことあるんだこっちにきてくれ」
傷は治療したし、果物と水のみとはいえ食料も入れてある。話す元気はあるはずと考えている。
すぐに一人だけ柵に近寄ってきた。警戒しているようで、一定の距離を置いている。
陽平には自身が怪しいという自覚があるので、開いた距離には納得している。
「聞きたいことあるんだ、少し相手になってもらえないかな」
「俺たちも聞きたいことがある。それに答えてくれるのなら」
「かまわないよ。
どっちから話す? 俺としては後でも先でもいい」
「じゃあ俺たちから。
なぜ俺たちはここに入れられているんだ?」
「捕まったから」
「捕まえたのは誰なんだ? 俺たちの最後の記憶は獣人と戦い負けたというものだ」
「その獣人、エントマ族っていうんだけど、彼らがここまで連れてきたんだよ」
「どうして? なんのために?」
「どうしては、俺が殺さないように頼んだから。なんのためには、情報を得るためと戦力を削るため」
「俺たちはこれからどうなる?」
「問題が解決すれば、二度とここに近寄らないと約束させて解放」
「……殺さないのか?」
解放という言葉に首を傾げる。今殺されていないのはなにか目的があるためで、用が済めば殺されると思っていたのだ。もちろん大人しく殺されるつもりはなかったのだが。
「おそらくあんたたちは騙されて片棒を担がされただけだと思うんだ、だから殺しはしない」
陽平は予定という言葉を心の中で付け加える。捕虜の中に町長の協力者がいれば命の保証はない。
「次はこっちだ。
町長からエントマ族のことを聞いた奴はいるか?」
男は首を横に振る。奥にいる捕虜たちも聞いていたと言い出す者はいない。
嘘をついていないかしっかり観察し、次の質問に移る。
「エントマ族のことは全員知らなかったのか?」
「俺は知らなかったし、仲間も知らなかったようだ」
捕虜たちの返事も男と同じだ。
「この中にアラストノーヴァ出身者はいないのか? この街の住人ならエントマ族のことを知ってそうなんだが」
「俺と仲間の出身地はここらではない。旅をしていて近くの街でこの依頼を受けたんだ」
俺たちも違う街で受けたと牢の奥から聞こえてくる。アラストノーヴァで受けた者はいないらしい。
「この街では依頼は出ていないのか?」
「どうやらそのようだな……怪しいよな?」
男も疑問を抱いたようだ。
普通、地元の問題は地元の依頼所にでるものだ。それが地元ではでていなくて、別の街で出されている。誰だっておかしく思う。
男たちに礼を言い、大人しくしているように言ってから陽平はイツキのもとへと戻る。
イツキはシェインを毛布で包み、膝枕を続けていた。陽平が出ている間に、濡れタオルでシェインの体をふいたようで少し服が乱れていた。
「先に寝るから火の番頼んだ。四五時間すれば起きるから」
「わかりました」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
陽平も毛布に包まり、横になる。
五分後には完全に寝入り、周囲は静まり返った。
静かに時間は流れていき、言ったとおり四時間ほどで陽平は目を覚ます。寝る前と変わらない姿勢のイツキに声をかけて、火の番を交代する。そのままの姿勢で眠るシェインに上着をもう一枚かけてやり、陽平は日が出てくるまで火を絶やさずに時間をすごしていった。
朝となり、目を覚ましたシェインとシェインが起き上がったことで目を覚ましたイツキの二人と朝食を食べる。鳥出汁の野菜スープとパンのみという簡素なメニューで済ませる。
「これから街に出るけど、シェインはなにか買ってきてほしいものはある?」
少し考える様子を見せたシェインは首を横に振る。
シェインは目が覚めてからずっとイツキの隣に静かに座っている。静かなのはまだ落ち着いていないせいだろうと、陽平とイツキは考えていた。
エントマ族の長に今日は偵察のみですませるように言ってから、陽平は山を降りる。
長は偵察のみという言葉に頷いた。エントマ族が冒険者に互角以上に戦えたのは、陽平が彼らを魔法で強化していたからだ。長はそれをきちんと理解しているのだ。
それに昨日頼んだ仕掛けがうまくはまっていれば、ほとんどの冒険者は戦闘力が下がる。よって無理に戦う必要はないのだ。
エントマ族の住処から真っ直ぐ街へと下りず、大きく迂回したことで余計に時間がかかり、街に到着したのは昼過ぎだ。
飛んで移動すればもっと早かったのだろうが、一応見回りもしておこうと考え、歩きで移動したのだ。
山方面の街出入り口を見ると、顔色を悪くしふらつく冒険者たちが数人いた。それを見た陽平は仕掛けが上手くいったことを悟り、その場を離れる。
仕掛けとは、山頂の沼から出る空気よりも重いガスを使ったものだ。ガスそのものには毒性はほとんどないし、吹く風に散らされ普段はなんの害も与えない。陽平は沼に薬を混ぜるように指示し、生き物に悪影響を与えるガスを発生させるように変えた。
夜のうちにガスは山頂から麓へと流れていく。山頂に近づくほど効果は強く、麓に近づくほど薄れているのでガスに気づかず吸い続けてしまう。そして冒険者たちは体調を悪くして昼前に下山することになった。
事前にエントマ族の住処にはガスが流れないように、岩や倒木を使い塀を作っているのでエントマ族に被害はない。
このガスは、沼の中の薬がなくなる四日後まで発生し続けることだろう。
それまでには解決したいなと考えつつ、レクシアの家に向かう。
レクシアとはイツキの親友の娘だ。イツキの親友ミシアは大樹大神殿の高官だった。ミシアは退職後に故郷に戻り、生涯をここで終えた。この街に陽平とイツキがきた目的は、ミシアの墓参りが目的だ。その墓参りのついでにレクシアに会いに行って、エントマ族の異変を聞かされたのだ。
この話が気になった陽平とイツキは山へと調査に行き、そこで興奮したエントマ族の戦士に出くわした。興奮する様子に違和感を覚えた陽平は隠れて様子を見ることに。そして特に何かに対して怒ったりしているのではなく、無理矢理興奮していると気づいた。魔術か薬かでこういった状態になっているのだろうと、鎮静の魔法と解毒の魔法を試し平静へと戻したのだ。落ち着いたエントマ族と話して住処へと連れて行ってもらった。そこでエントマ族の長に出会い、調査を請け負った。
今まで調査にはでず、エントマ族を守るための策を優先していたのだ。その策が魔法による強化やガスによる妨害だ。
「あら、ヨウヘイさん? 帰ったんじゃ?」
四十過ぎの女が玄関先に立つ陽平を見て驚いている。この女がレクシアだ。ふくよかで、いかにもおっかさんといった雰囲気をまとっている。
「エントマ族のことでまだ滞在しているんだ」
「調べてくれてたんですか?」
「気になってね。それ関連で聞きたいことがある」
「かまいませんよ。中にどうぞ」
先導されリビングへ通される。
レクシアはお茶を出して、椅子に座る。
「それで聞きたいことってなんです?」
「町長について。町長が黒幕の一人らしいんだ」
「町長がですか!?」
エントマ族自身の話やシェインや捕虜たちとの会話を話していく。
「息子から聞いた話だとエントマ族の異変調査を冒険者に頼むってことになっていたらしいです。ついでに山道周辺の魔物退治も頼むと言ってたらしいですが。
エントマ族が討伐対象だなんて私も息子も聞いてないわ。ほかの人たちも聞いてないんじゃ?」
「息子が役所で働いてるんだったか」
「そうです。地位は高くないから詳しい話は聞けてないんでしょうが」
「町長については息子さんに聞いたほうがいいか」
「ええ、私よりも詳しいかと」
「いつ頃帰ってくる?」
「今日は用事があると聞いてませんから六時前には」
「じゃあ、その頃にまた来てみることにするよ」
「ここで待っててもかまいませんよ?」
「街をぶらついて情報を集めてようと思う。買い物もあるしね」
レクシアに見送られ、陽平は家を出る。
昼食を食べたり食料を買うついでに、街や街周辺のことをそれとなく聞いていく。
誰もがレクシアと同じように、エントマ族の討伐については知らなかった。
エントマ族に襲われた者とも話しができ、当時の様子を教えてもらった。襲われた者は鉱夫で、鉱石を工場へと運ぶ最中に襲われたらしい。
エントマ族がなぜ襲ってきたのかは不明。鉱石を狙っていたわけではない。鉱夫たちがエントマ族の気に障るようなことをしたわけでもない。目的なく暴れていたように見えたらしい。
しかもエントマ族はいままで山道には出てきたことがない。薪を拾うためなどに山道から外れるとたまに出会うが、互いに近寄らずにすませる。なぜ急に出てきて暴れたのか鉱夫の誰もが首を傾げているとのことだ。
話を聞き終わり、食料やシェインの衣類などを買った陽平は一時間強余った時間を依頼所で潰す。パソコンを開いて、エントマ族の情報がどうなっているか調べてみることにしたのだ。
アラストノーヴァ周辺に出てくる魔物や亜人を調べてみても、エントマ族については情報が出てこない。ここら周辺にかぎらず検索してみると、ようやくエントマ族と同種の獣人について簡素な情報がでてきた。
次に図書室兼資料室に行って、獣人関連の本を探す。詳しく獣人について書かれた本とこの街の歴史についての本は貸し出されているのか置かれていない。
ここまで調べてちょうどいい時間となったので、陽平はレクシアの家へと向かう。
「あ、ヨウヘイさん。レッグ戻ってますよ。どうぞ中へ」
レクシアに案内されたリビングには二十半ばの男が椅子に座っていた。
「あ、お久しぶりです」
「久しぶり。レクシアから話は聞いてる?」
「はい。町長のことについてですよね」
「うん。人となりや最近の行動について聞きたいんだ」
「俺から見た姿は可もなく不可もなくといった感じで、無難に街の運営指揮をとってます。
指揮を出すことが中心で自分から動くことはしません。他所からお偉いさんがくると出迎えたりはしますが、街の中に住んでいる人との話し合いだと、自分で行くことはせず来てもらうことばかりです。
ですから今回の冒険者の対応については少し驚いてます。町長自ら説明会を開いたり、冒険者を労わったり、今までにない行動です」
「その説明会とかは町長一人で準備したわけじゃないよね? 誰が手伝った?」
「上層部が中心となってました。俺たちはそれだけ今回の依頼に力を入れているのかなと噂してましたね。
誰もがそれほど力を入れることかと首を傾げてもいますが」
「どうして?」
「魔物討伐を依頼しなければならないほど、魔物被害って多くはないんです」
「ああ、なるほど。エントマ族が食料として魔物を狩るからか」
「はい。だから依頼自体がおかしな話なんですよね」
なるほど頷いて、陽平はしばらく黙る。考えをまとめているのだ。
「レッグは説明会でどんな話がされたか知ってる?」
「いえ、なにも聞いてません」
「山に出る魔物の説明で、エントマ族の話は少しもでなかったそうだ。
エントマ族は魔物ではないから説明しなかったとは言えない。間違えて攻撃してしまう冒険者がいるかもしれないから、むしろきちんと説明しておくはずだろう?
しかも冒険者たち全員がこの街外の出身者の可能性が高い。この街とエントマ族の関係を知らない者がほとんどだ。
冒険者が手を出してエントマ族がさらに暴れるようなことになると、困るのはこの街の住民だ」
「こちらから攻撃しなければ何一つ危険のない相手ですから、普通はきちんと伝えますね。
この街の関係者がいないのならなおさら」
「伝えなかったということは、ぶつかってほしかったということか?
エントマ族が先に暴れたから、街の人たちはそれもやむなしと思うだろうし。外部の冒険者という第三者によって排除されれば、冒険者たちの先走りということで片付けることができる」
「エントマ族を排除して利益があるんでしょうか?」
「そこがわからないんだ。
それを知るために町長のことを聞きたかった」
「とはいっても最初言ったとおりなんですが」
「特異な行動とかは?」
レッグはゼインの普段の行動を思い起こす。接触がそれほどあるわけではないので、たいしたことは思い出せないのだが。
それでも思い出せることはあった。
「今回のことに関係あるかはわからないんですが。
町長は二ヶ月の一度七日ほどまとまった休みをとって、泊りがけの旅行にでるんです。出るときには気合の入った様子で、帰ってきたときは上機嫌だったり不機嫌だったり。ここ一年は不機嫌続きでした」
「どこに行ってるかわかる?」
「イドアでしょう。
同僚が西へと向かう列車に乗りこもうとしている町長たちを見たことがあるらしいです」
イドアという街に陽平は聞き覚えがある。
「イドアってたしか大陸一のギャンブル街だったか」
「はい」
陽平の頭の中で今回の全体図が見えた。
「たしか坑道はエントマ族との関係で無制限に掘れるわけじゃない。だから鉱山からの収入は大きいとは言えない。でももっと掘ることができれば収入は増える」
「収入のためにエントマ族を排除するつもりですか!?」
それだけのためにとレッグとレクシアが驚いている。
「ただ排除すると言えば反感を買って、町長としての地位も危ぶむかもしれん。だから反感を抑えるために小細工した。
めんどくさいことをしてまで収入を増やしたかったのは、街の運営費も使い込んだからか?」
「不機嫌続きってことは負け続き……自分のお金がそこをついて思わず手が?」
「その証拠はないけどね。一度手を出せば、躊躇いはなくなって際限なく使いそうだ。そこを調べることできる?
少しでも怪しいところがあれば国警士を動かせる」
「やってみましょう。経理に近いところに同僚がいるんです」
「お願い。
俺はイドアに行って町長のことを調べてくる。あそこには国警士がいるらしいし、ちょうどいい」
レッグに決して無理はしないようにと、レクシアにはこのことは誰にも言わないようにと、それぞれに言い含め陽平は山に帰る。
イツキと一日中イツキのそばを離れなかったらしいシェインに、わかったことを話す。そして明日はイドアに言ってくることも告げた。
今日一日でイツキはシェインのことを聞き出したようで、シェインが寝入ったあと陽平に話す。
「シェインを囮にした人たちのこともどうにかしたいです」
「置いてきた荷物は取り返すとして。
そいつらが逃げ出さなければシェインって証人がいるし警察に突き出せる。ほっとくと同じことしそうだし、必ず突き出す。
シェインが攻撃されているところを助けたって嘘つくから」
「はい。どうせ誰もシェインが運ばれるところを見てはいませんから、ばれることはないでしょう」
エントマ族に話しを聞けば嘘だとわかるが、問題が一つある。意思疎通できる者がいないということだ。
陽平たちも魔法で心に直接言葉を伝え会話しているのだ。同じようなことができる者はそうそういない。
「嘘つくってシェインにも言っておいて」
「必ず伝えておきます」
タイミングよく山にいたことを疑問に思われるかもしれないが、そこはレクシアから聞いた話が気になり調査のため山にいたと話すつもりだ。調査事態は嘘ではないので、調べられても問題はない。
今日も火の番を後で請け負うことにして、陽平は寝転がった。
3へ
2009年12月24日
樹の世界へ遠章 不運と再会と
「いい加減我慢の限界よ! 抜けさせてもらうわ!」
「待てって」
幾度注意しても止まないセクハラにシェインが怒鳴り、荷物を置いている部屋へ駆け込む。それを美形の男が追う。その背後からは男の仲間が笑いながらはやしたてる声が聞こえている。
部屋に入り鍵を閉め、男が入ってくる前に急いで荷物をまとめる。扉が開かず男が仕方なく蹴破ったのと、シェインが窓を開け身を乗り出したのは同時だった。
「シェイン!」
呼び止める声に振り向きもせず、シェインは二階から飛び降りた。そのまま駅へと走り、適当な切符を買い出発しようとしていた列車に飛び乗った。行き先は確認していない。
「はぁー」
開いてるボックス席に座ると、安堵と後悔の入り混じった大きな溜息を吐いた。やっと解放されたという安堵と、どうしてあんなパーティーに入ってしまったのだろうという後悔だ。
陽平たちと別れて、レーネたちとも別れて五ヶ月近く時間が経過している。レーネたちと別れたのは、婚約報告に向かう二人の邪魔になるかもと遠慮したからだ。人目を気にせずいちゃつく二人を見るのが嫌になったという理由もある。
一人になったシェインはどこかのパーティーに入れてもらうことを考えた。一人で依頼をこなせるほど自身が強いとは考えていなかった。最寄の依頼所で仲間募集中のパーティーを探し、ちょうどよく募集していた四人組のパーティーに入れてもらった。
はじめは問題なく過ごしていたのだが、一ヶ月するとメンバーの一人がシェインに告白した。それをシェインは断ったのだが男は諦めないと宣言したのだ。まあここまでは不満はなかった。しかしその光景を男に惚れていた女メンバーが見ていたのだ。その女はもう一人の女メンバーに協力を頼み、シェインに嫌がらせを始めた。シェインを追い出して、距離を置けば男がシェインに興味をなくすと考えたのだろう。その嫌がらせに一週間耐え我慢できなくなったシェインは女二人をぶん殴ってパーティーを抜けた。
そして再びパーティーを探し、遠距離攻撃手段を持つメンバーを探していた男だけのパーティーにいれてもらった。女がいないことに安堵していたのだが、今度はセクハラだ。どうやら男だけのパーティーに入ってきたことで、好き者だと思われたらしい。はじめはちょっとした接触で気のせいかと思っていた。しかしじょじょに大胆になっていった。腕は確かなパーティーだったので、抜けるのはもったいないと思ってやんわりと断りを入れながら我慢していたら、さらに調子にのられた。
そして我慢の限界を超え、パーティーを抜け、今に至る。
シェインはちょっとした人間不信になっていた。
「こんなことなら姉さんたちについていけばよかった」
実は自分って運が悪かったのかと落ち込んでいる。
そのままぼうっとしていると気が抜けたのか、うとうととし始め、ついに眠りだした。最近は夜這いも警戒し、睡眠時間も削られていたのだ。気持ちよさげに眠るシェインを親切心から誰も起こすことはせず、数時間ほど眠り込んでしまう。
はっと眼を覚ましたときには、窓の外は日が暮れていた。ここでようやくこの列車はどこに向かっているのだろうと疑問を抱く。このまま列車に乗り続ける気も、お金の余裕もなく、次で下りようと決めた。
「よっと」
降りた駅はレヴィンクラッセという街だ。
乗車賃の不足分を払ってさらに懐が寒くなったシェインはとぼとぼと駅を出る。現時点で宿に六泊できるだけのお金しかないのだ。プントに入っている魔力も心もとなく、満タンにするためにさらにお金は減る。
「早く働いてお金稼がないと!
まずは宿探しが先だけど」
歩いている人に声をかけ、手ごろな値段の宿を探していく。この街は物価が高すぎるということもなく、予想以上の打撃をシェインの財布に与えることはなかった。
食事を終えたシェインは明日から頑張ろうと拳を握り締め、ベッドにもぐりこんだ。
翌朝、朝食を終えたシェインは簡単な仕事でもいいからと思いつつ依頼所へ直行する。
「パソコンはどこかな……ん?」
プントに魔力を補充したあとパソコンを探していると、大きめの立て看板に何人か集まっているのが見えた。
気になったが仕事探しが先だと、パソコンを探す。
みつけたパソコンを立ち上げ、仕事を探していく。ずらーっと並ぶ依頼の中から、まだ取られておらず一人でもできそうなものを一つ一つチェックしていく。
だが土地勘がないとできなさそうなものや、探偵のような行為が得意でないと難しそうなものばかりで、シェインにできそうなものはなかった。
「どうしようか」
ちょっと無理してみるかと思っていたとき、肩を叩かれた。
振り返ると、二十手前の男が立っていた。
「なにか用ですか?」
「失礼とは思ったけど、さっきから見てて。それで思ったんだけど一人?」
「そうですが、それがなにか?」
「うちのパーティーに入ってもらえないかなと」
連続して痛い目を見ているのだ、シェインが難しい表情を浮かべるのも無理はないだろう。
「どうして私なんです?」
「急用でパーティーから二人抜けてなぁ、依頼を受けたいんだが三人だけだと少し不安があるんだ。
それで誰かよさげな奴はいないか探していた。そしたら同年代で一人の冒険者がいたんで誘ってみることにした」
「ふーん」
ちらりと目の前に立つ男を観察する。下心は感じられない。隠せる程度には演技ができているのかもしれないと警戒する。
迷う。シェインの頭の中で、三度目の正直という諺と二度あることは三度あるという諺が渦巻いている。
ちなみにこれらの諺は陽平が使ったことで人々に知られ、長時間かけて広まったのだ。
「迷うなら、一時的に入るってことでもいいけど。あわないと感じたらすぐに抜ければいいし」
「……すぐに抜けていいなら、試しに入ってみるわ」
「うん、短い間かもしれないけどよろしく。俺はジカールだ」
「私はシェイン」
差し出された手を、軽く握り返しすぐに離した。
握手する光景を見て、少し離れていた場所で待っていた男女が近づいてくる。
「こいつらはメンバーで」
「セケンドです」
「クテよ」
差し出された手をジカールと同じように軽く握って離した。
その場で自分たちの得意なものはなにかなどを話していく。
ジカールはメンバーで一番年上の十九才、大柄の短髪のほがらかな青年。大型の斧を使う。セケンドはシェインと同じ十七才、平均より少し小さく、柔らかな笑みを浮かべている。ナイフ二刀流だ。クテはジカールよりも遅い生まれの十九才、肩を越える髪をポニーテールにしている。魔術を使いサポートし、弓を使う。
簡単に自己紹介を終え、話はこれから受けようと考えている依頼に移っていく。
「何を受けようと思っているの?」
シェインの言葉に、クテが人の集まっている看板を指差す。
四人は看板に近づいた。一番上の文字をシェインが読み上げる。
「急募?」
看板には魔物討伐系の依頼が書かれている。
場所はアラストノーヴァという鉱山街で、ここの一駅隣にある街だ。
内容は最近坑道入り口付近に出始めた魔物を倒してくれというものだった。
募集人数は五十名ほど。実力は問わない。大部屋だが男女別で宿泊地も無料で用意されている。
報酬は全額後払いで、一ヶ月ほど宿屋暮らしができる程度。
「倒してほしい魔物の情報がないんだけど」
「そこが少し不安だが、ここら一帯で戦いを避けなきゃいけない魔物はいないから大丈夫だろうと考えている」
ジカールの返答に、彼らは地元の冒険者か何度かここらで仕事をしているのだろうと考え、信じられるかもと判断する。
「出発はすぐに?」
三人は頷いた。
シェインはこの依頼を受けることに同意する。
ジカールが受付に依頼をうけることを告げたあと、シェインは三人と一緒に駅へと向かう。表面上は笑顔で、警戒は抱いたまま接している。信じられるかどうか、まだ判断材料が不足しているのだ。
一時間後、四人はアラストノーヴァに到着していた。
駅前から指定されている集合場所へと移動する。移動した先は講堂だ。冒険者たちを止めるために町長が、ここの大部屋をいくつか開放したらしい。
シェインはクテと共に女性用大部屋へと向かう。すでに五人ほど入っていて、それぞれ寛いでいた。部屋入り口の横には縦長のテーブルが置かれており、その上には水差しとコップとプリントがある。部屋の隅には布団が積み重ねられている。
二人はプリントをとって、ほかの人たちに目礼し、適当な位置に座る。
プリントにはいくつかの注意事項が書かれている。連絡をするときは放送が流れること。食事は準備しないので外で食べること。設備を壊した場合弁償してもらうこと。定員数集まらなくとも明日の夕方には説明会を開くこと。シャワーとトイレの位置。
あとは参加者の名前を知るために切り取り線以下に名前を書き、切り取って説明会時に提出すること。このときに提出しなければ報酬はでないことだ。
二人は名前を書き込み、切り取ってポケットに入れておく。
武器の手入れやメンバーの人柄を見極めるための会話や街を散歩して、時間を過ごしてく。
一日経つと冒険者の数はさらに増えており、用意されていた大部屋は人で一杯になった。
そしてプリントに書かれていたように夕方になると、説明会を始めるため集まるよう放送が流れる。
「はじめまして、私がこのアラストノーヴァの市長ゼイン・コーソフです。
皆さんには明日の朝九時前から魔物退治を行ってもらいます。予定としては数日かけて山の麓から頂上へと進み、魔物たちを一掃してもらうことになっています。
こちらの調査では山に住む魔物はどれも駆け出しには厳しいが、ある程度魔物と戦いなれた者ならば楽な相手となっています。のちほどプロジェクターで魔物の映像と解説を映します。
ここまででなにか質問はありますか?」
一人の冒険者が手を上げる。
「魔物が最近出始めたとあったが、原因はわかっているのだろうか?」
「調査してみましたが、わかりませんでした。
私どもの推測としては、よその山から流れてきた魔物に刺激され動きが活発になったのではと」
「その話に根拠はあるのでしょうか?」
「以前はこの山で見なかった魔物が発見されておりまして、そこから推測をたてました」
なるほと冒険者は納得顔で引いた。ほかの冒険者も頷いている。
実際に町長が言ったようなことは起きるのだ。今回も同じなのだろうと冒険者たちは考えている。
今度は違う冒険者が手を上げる。
「この依頼は魔物を完全殲滅するまで続けるんですか?」
「さすがにそこまでしてもらうつもりはありません。五割ほど退治されれば魔物側も、ここは危険だと判断し移動を始めるでしょう。
終了条件は、ある程度の安全が保証されるまでといったところです。
ほかになにか質問はありますか?」
「活躍すればボーナスとかはでますか?」
「そうですね。めざましい活躍をしたとこちらが判断すれば出るかもしれません。
かといって山に大きな被害が出るほど暴れられるのは困ります」
「坑道の中にも入って行くのだろうか?」
「いえ、皆さんに動いてもらう場は山のみで、坑道は範囲外です」
ほかに質問はないかとゼインは周囲を見渡し、反応がないことを確認するとプロジェクターを動かすように指示を出した。その際に町長は、情報漏れがあるかもしれないと断りを入れた。
部屋の明かりが消され、壁に魔物の映像が映される。冒険者たちは真剣に映される情報を見て、頭に叩き込んでいく。強い魔物ではないというが、油断は禁物なのだ。
プロジェクターの動作が止まり、部屋に明かりがつく。ゼインがこれで説明会は終わりと告げ、部屋を出て行く。
冒険者たちは得た情報を自分たちの知識と照らし合わせ、情報の正否を見極めていく。知らない情報は周囲にいる冒険者に聞き、一時間後には全員が正しい情報を得ることができた。
満足した冒険者たちも解散し、与えられた部屋に戻っていく。
翌朝、朝食を食べ終え、武装を整えた冒険者たちが山の入り口に揃っていた。
パーティーで参加している者はそのままで、一人できている者たちは一箇所に集まり即席のパーティーを作っていく。合計で十組のパーティーができている。
準備が整ったと判断した彼らはそれぞれ山へと入っていった。
三十分ほど経つと、ぽつぽつと戦闘音が山に響き出す。
「そこまで数は多くないのだろうか」
ジカールが周囲を警戒しつつ言う。今は昼食を兼ねた休憩中だ。
山に入って三時間ほどが経過している。この三時間で彼らは四回戦闘を行っている。そのどれもがたいして強くない魔物だった。倒した数も十一匹とそう多くない。昨日得た情報には魔物の行動パターンや弱点も含まれており、それを覚えていれば楽に倒せるのだ。
戦い方としてはシェインとクテが牽制し、ジカールとセケンドが止めをさすというものだ。今のところは、これでなんの支障もない。
「んぐっ……大人数募集するくらいだから、もっと多いと思ってたんだけどね。もしかすると町長は確実に依頼を達成できるように、大人数を呼んだのかも。
このぶんなら早く終わりそうじゃない?」
口の中のサンドウィッチを飲み込んでセケンドが考えを話す。
「以前、そう考えて痛い目見たことあるから油断だけはしないほうがいい」
レスガインのことを思い出し、シェインは口を出した。
「そうね、油断はしないでおこう」
クテが同意する。ジカールとセケンドも表情を引き締める。
休憩を終えた四人は魔物を求めて移動を開始する。
夕方まで歩き回り三回の戦闘をこなす。そして日が暮れる前に四人は山を降りる。
ほかの冒険者も似たようなもので、先に下りたものと合流し情報の交換を行っている。その場にはゼインもいて冒険者たちを労わりながら、話を聞いている。
ジカールも加わり情報を交換している。
そこから少し離れ、シェインはプントのチェックを行う。
「どうしたの?」
シェインの迷う表情に気づいたクテが話しかける。
「プントの補充をどうしようかなと。
今日みたいなペースなら補充はしなくていいんだけど、万が一ってこともあるし」
今日は牽制弾ばかり使い、魔力は四割ほど使っていた。今日と同じような魔物だけならば補充の必要はないのではと考えているのだ。
「満タンじゃなくても補充はしておいたほうがいいと思うわ」
「そだね、ありがと。
補充に行ってくる。ついでにご飯も食べてくるから二人には伝えておいて」
「伝えておく。明日は一緒に食べようね」
頷いたシェインは商店街へと歩き出す。クテは弓ばかり使い、魔術をさほど使っていないので補充する必要がないのだ。
みつけた補充機にプントを差込み、ぼうっと人の流れを見ていたときシェインは視界の隅に見知った顔をみつけた。
急いでそちらを見ると、イツキが角を曲がったところだった。追いかけようと思いプントのことを思い出す。
プントを見ると魔力容量は八割を超えていた。十分だろうと判断したシェインはプントを抜き、提示された料金を払って急いでイツキを追う。
イツキが曲がった角の先にはイツキの姿はない。道を進み周囲を見渡しても、イツキらしき姿はない。
その後もイツキを見かけた場所を中心に探し回ったがみつからず、シェインは講堂に戻った。
先に帰っていたクテに遅かった理由を聞かれ、知人に似た人を見かけて探していたと答え、荷物番を頼みシャワーを浴びるため部屋を出て行った。
翌日も戦闘に変わりはなく、大した怪我もなく山狩りを終える。約束していたのでメンバーと夕食を食べるため商店街に向かう。そのときもイツキを探して視線があちこちとさまよっていた。
翌日も冒険者たちは山へと入る。山狩りは中腹手前まできている。
冒険者たちには慣れが見え始めている。魔物と実際に戦い対策の正しさを実感し、山中での戦いもわかってきたからだ。
ジカールたちも同じで、警戒は解いてはいないが余裕も表情にちらりと見え始めている。その中でシェインは初日と同程度の警戒を続けている。
「この調子なら早くて三日後には依頼達成かな」
「だな」
前を歩くセケンドとジカールが魔物を探しながら話している。
「シェインも少しだけ気を抜いていいと思うよ?」
クテが横を歩くシェインに話しかける。
「そうしたいんだけどね。一度気を抜いて痛い目みたから、なかなか気を抜けないんだ」
「初日も言ってたけど、痛い目見たってなにがあったのよ?」
「半年くらい前に魔物退治を受けてね。
レスガインっていう狐を大きく凶暴にした魔物なんだけど知ってる?」
記憶を探る様子を見せ、知識にはないのだろう、すぐに首を横に振る。
「そのレスガインは一人前の冒険者ならたいして問題なく倒せるってされてたの。でもそれは体調が万全で平野で一対一の場合の情報でね〜。
情報を鵜呑みにした私たち三人は、一匹のレスガインを問題なく倒せたこともあってすっかり油断したのよ。
そこに四匹のレスガインが襲い掛かってきた。しかもこっちは数時間森の中を探し回って消耗もしてる。さらには地の利も相手にある。
数で負けて、体調も不完全、地の利も押さえられている。こんな状態で苦戦しないほうがおかしいよね」
「どうなったの?」
「助けもあって勝った。助けがなかったら今頃どうなってたか。
その助けってのが、私が商店街で見た知人」
「探してるって言ってた人ね?」
「うん。すごく強い人でね、その人のつれも強い人」
なにか聞こうとしたクテの声にジカールの声が重なる。
「敵だ!」
全員戦闘態勢に入る。
ジカールの視線の先、距離にして五メートルほど前方に獣人らしきものが三人立っている。警戒が弛んでいたせいか、敵がよほど上手く隠れていたせいか、位置が近い。
猪のような頭で体格もいい。猪頭たちは衣服を見につけておらず、自前の毛皮に身を包み、手にはぼろぼろの剣や斧を持っている。
プロジェクターの映像には彼らは映っていなかった。
敵意を向けられていることからジカールは敵と言い切ったのだろう。
「誰かあれの情報知ってる!?」
セケンドの声に答える者はいない。
かわりにシェインの銃から牽制弾が飛ぶ。いつでも攻撃できるように警戒していたおかげで、動こうとした猪頭に素早く攻撃へと移れたのだ。
「効いてない!?」
胴や手足に牽制弾が命中しても微動だにしていないのだ。それどころか表情すら動いていない。
今まで十分な効果を上げていた牽制弾は、目の前の存在にはまるで意味をなしていない。
シェインがガンカードを通常弾に交換している間に、クテが前衛二人に筋力増幅の魔術をかける。
「いくぜぃっ!」
「せいっ!」
掛け声一つ吐いてジカールとセケンドが武器を振るう。
金属同士がぶつかり合う音が周囲に響く。猪頭たちは手に持つ武器で、斧とナイフを受け止めた。
「嘘だろっ!?」
筋力を上げた状態で押し切れないことにジカールが驚きの声を上げた。
「効いてないっ」
セケンドは力の押し合いはせず、手数で勝負している。猪頭はセケンドの振るうナイフに反応しきれていないが、当たったナイフを気にせず斧を振るう。
残る一匹はシェインが相手している。通常弾を胴に当ててはみたが反応が薄いので、顔を狙うと足止め程度には効果があったのだ。足止めできている間に二匹をどうにかしてもらいたいと考えている。しかし事態は不利なほうへと傾いた。
力比べとなっていたジカールが押し負け転がり、セケンドは肩に斧の一撃を受けていた。
倒れているところに振り下ろされた剣をどうにか避けたジカールは、ちらりとクテに視線を送る。それに気づいたクテはジカールの唇を読み、言いたいことを理解した。
準備していた治癒カードをしまい、別のカードを持つ。
「フラッシュ!」
クテは魔術を使い、猪頭の近くに閃光を発生させた。
ジカールとクテは目を閉じており、クテの声を聞いたセケンドも咄嗟に目を閉じる。
これにより目が眩んだのは猪頭たちとシェインだ。
「っ!? なに!?」
視界がふさがれた状態でシェインは誰かに服の背中部分をつかまれる。
ジカールの声がそばで聞こえたことで、つかんでいるのはジカールだとわかった。
「恨み言は生きてたら聞く」
それだけ言ってジカールは、シェインを猪頭たちへとぶつけるように押し出した。
ジカールの筋力は増幅されている。シェインは抵抗できず、猪頭たちへと突っ込んだ。
シェインが混乱している間に、ジカールたちは逃げ出した。自分たちが確実に逃げられるようにシェインを囮としたのだ。
ジカールは少ない切り結びで不利だと悟ったのだ。そして即座に逃げることを決め、クテに指示を出した。三人は以前も同じ手で逃げ出したことがある。ジカールがこの状況で、自分たちがどのように動いてほしいのか二人とも予想がつくのだ。
目が見えるようになったのはシェインも猪頭も同じタイミングだった。
ざっと周囲を見渡して現状を悟ったシェインは激怒する。逃げた三人を殴り罵倒したいが、この状況をどうにかするほうが先だった。
猪頭たちはいなくなった三人よりも、シェインに関心が向いているようで、三人を追うそぶりをみせない。
「どうしろってのよ!?」
猪頭たちはシェインが逃げられないように囲んでいる。しかも少しずつ近づいている。
ガンカードを変える暇も、考える暇もない。
今できることといったら、
「とにかく撃つしかないじゃない!」
引き金を引くことしかなかった。
一人の足を止めたところで状況は好転するわけもなく。残りの二人に頬と横腹を殴られシェインはあっさりと気絶した。
倒れ伏したシェインに猪頭たちが近づく。
止めをさすのかと思われた猪頭たちは武器をしまう。
そして気絶したシェインを担いで、どこかへと連れ去るのだった。
2へ
「待てって」
幾度注意しても止まないセクハラにシェインが怒鳴り、荷物を置いている部屋へ駆け込む。それを美形の男が追う。その背後からは男の仲間が笑いながらはやしたてる声が聞こえている。
部屋に入り鍵を閉め、男が入ってくる前に急いで荷物をまとめる。扉が開かず男が仕方なく蹴破ったのと、シェインが窓を開け身を乗り出したのは同時だった。
「シェイン!」
呼び止める声に振り向きもせず、シェインは二階から飛び降りた。そのまま駅へと走り、適当な切符を買い出発しようとしていた列車に飛び乗った。行き先は確認していない。
「はぁー」
開いてるボックス席に座ると、安堵と後悔の入り混じった大きな溜息を吐いた。やっと解放されたという安堵と、どうしてあんなパーティーに入ってしまったのだろうという後悔だ。
陽平たちと別れて、レーネたちとも別れて五ヶ月近く時間が経過している。レーネたちと別れたのは、婚約報告に向かう二人の邪魔になるかもと遠慮したからだ。人目を気にせずいちゃつく二人を見るのが嫌になったという理由もある。
一人になったシェインはどこかのパーティーに入れてもらうことを考えた。一人で依頼をこなせるほど自身が強いとは考えていなかった。最寄の依頼所で仲間募集中のパーティーを探し、ちょうどよく募集していた四人組のパーティーに入れてもらった。
はじめは問題なく過ごしていたのだが、一ヶ月するとメンバーの一人がシェインに告白した。それをシェインは断ったのだが男は諦めないと宣言したのだ。まあここまでは不満はなかった。しかしその光景を男に惚れていた女メンバーが見ていたのだ。その女はもう一人の女メンバーに協力を頼み、シェインに嫌がらせを始めた。シェインを追い出して、距離を置けば男がシェインに興味をなくすと考えたのだろう。その嫌がらせに一週間耐え我慢できなくなったシェインは女二人をぶん殴ってパーティーを抜けた。
そして再びパーティーを探し、遠距離攻撃手段を持つメンバーを探していた男だけのパーティーにいれてもらった。女がいないことに安堵していたのだが、今度はセクハラだ。どうやら男だけのパーティーに入ってきたことで、好き者だと思われたらしい。はじめはちょっとした接触で気のせいかと思っていた。しかしじょじょに大胆になっていった。腕は確かなパーティーだったので、抜けるのはもったいないと思ってやんわりと断りを入れながら我慢していたら、さらに調子にのられた。
そして我慢の限界を超え、パーティーを抜け、今に至る。
シェインはちょっとした人間不信になっていた。
「こんなことなら姉さんたちについていけばよかった」
実は自分って運が悪かったのかと落ち込んでいる。
そのままぼうっとしていると気が抜けたのか、うとうととし始め、ついに眠りだした。最近は夜這いも警戒し、睡眠時間も削られていたのだ。気持ちよさげに眠るシェインを親切心から誰も起こすことはせず、数時間ほど眠り込んでしまう。
はっと眼を覚ましたときには、窓の外は日が暮れていた。ここでようやくこの列車はどこに向かっているのだろうと疑問を抱く。このまま列車に乗り続ける気も、お金の余裕もなく、次で下りようと決めた。
「よっと」
降りた駅はレヴィンクラッセという街だ。
乗車賃の不足分を払ってさらに懐が寒くなったシェインはとぼとぼと駅を出る。現時点で宿に六泊できるだけのお金しかないのだ。プントに入っている魔力も心もとなく、満タンにするためにさらにお金は減る。
「早く働いてお金稼がないと!
まずは宿探しが先だけど」
歩いている人に声をかけ、手ごろな値段の宿を探していく。この街は物価が高すぎるということもなく、予想以上の打撃をシェインの財布に与えることはなかった。
食事を終えたシェインは明日から頑張ろうと拳を握り締め、ベッドにもぐりこんだ。
翌朝、朝食を終えたシェインは簡単な仕事でもいいからと思いつつ依頼所へ直行する。
「パソコンはどこかな……ん?」
プントに魔力を補充したあとパソコンを探していると、大きめの立て看板に何人か集まっているのが見えた。
気になったが仕事探しが先だと、パソコンを探す。
みつけたパソコンを立ち上げ、仕事を探していく。ずらーっと並ぶ依頼の中から、まだ取られておらず一人でもできそうなものを一つ一つチェックしていく。
だが土地勘がないとできなさそうなものや、探偵のような行為が得意でないと難しそうなものばかりで、シェインにできそうなものはなかった。
「どうしようか」
ちょっと無理してみるかと思っていたとき、肩を叩かれた。
振り返ると、二十手前の男が立っていた。
「なにか用ですか?」
「失礼とは思ったけど、さっきから見てて。それで思ったんだけど一人?」
「そうですが、それがなにか?」
「うちのパーティーに入ってもらえないかなと」
連続して痛い目を見ているのだ、シェインが難しい表情を浮かべるのも無理はないだろう。
「どうして私なんです?」
「急用でパーティーから二人抜けてなぁ、依頼を受けたいんだが三人だけだと少し不安があるんだ。
それで誰かよさげな奴はいないか探していた。そしたら同年代で一人の冒険者がいたんで誘ってみることにした」
「ふーん」
ちらりと目の前に立つ男を観察する。下心は感じられない。隠せる程度には演技ができているのかもしれないと警戒する。
迷う。シェインの頭の中で、三度目の正直という諺と二度あることは三度あるという諺が渦巻いている。
ちなみにこれらの諺は陽平が使ったことで人々に知られ、長時間かけて広まったのだ。
「迷うなら、一時的に入るってことでもいいけど。あわないと感じたらすぐに抜ければいいし」
「……すぐに抜けていいなら、試しに入ってみるわ」
「うん、短い間かもしれないけどよろしく。俺はジカールだ」
「私はシェイン」
差し出された手を、軽く握り返しすぐに離した。
握手する光景を見て、少し離れていた場所で待っていた男女が近づいてくる。
「こいつらはメンバーで」
「セケンドです」
「クテよ」
差し出された手をジカールと同じように軽く握って離した。
その場で自分たちの得意なものはなにかなどを話していく。
ジカールはメンバーで一番年上の十九才、大柄の短髪のほがらかな青年。大型の斧を使う。セケンドはシェインと同じ十七才、平均より少し小さく、柔らかな笑みを浮かべている。ナイフ二刀流だ。クテはジカールよりも遅い生まれの十九才、肩を越える髪をポニーテールにしている。魔術を使いサポートし、弓を使う。
簡単に自己紹介を終え、話はこれから受けようと考えている依頼に移っていく。
「何を受けようと思っているの?」
シェインの言葉に、クテが人の集まっている看板を指差す。
四人は看板に近づいた。一番上の文字をシェインが読み上げる。
「急募?」
看板には魔物討伐系の依頼が書かれている。
場所はアラストノーヴァという鉱山街で、ここの一駅隣にある街だ。
内容は最近坑道入り口付近に出始めた魔物を倒してくれというものだった。
募集人数は五十名ほど。実力は問わない。大部屋だが男女別で宿泊地も無料で用意されている。
報酬は全額後払いで、一ヶ月ほど宿屋暮らしができる程度。
「倒してほしい魔物の情報がないんだけど」
「そこが少し不安だが、ここら一帯で戦いを避けなきゃいけない魔物はいないから大丈夫だろうと考えている」
ジカールの返答に、彼らは地元の冒険者か何度かここらで仕事をしているのだろうと考え、信じられるかもと判断する。
「出発はすぐに?」
三人は頷いた。
シェインはこの依頼を受けることに同意する。
ジカールが受付に依頼をうけることを告げたあと、シェインは三人と一緒に駅へと向かう。表面上は笑顔で、警戒は抱いたまま接している。信じられるかどうか、まだ判断材料が不足しているのだ。
一時間後、四人はアラストノーヴァに到着していた。
駅前から指定されている集合場所へと移動する。移動した先は講堂だ。冒険者たちを止めるために町長が、ここの大部屋をいくつか開放したらしい。
シェインはクテと共に女性用大部屋へと向かう。すでに五人ほど入っていて、それぞれ寛いでいた。部屋入り口の横には縦長のテーブルが置かれており、その上には水差しとコップとプリントがある。部屋の隅には布団が積み重ねられている。
二人はプリントをとって、ほかの人たちに目礼し、適当な位置に座る。
プリントにはいくつかの注意事項が書かれている。連絡をするときは放送が流れること。食事は準備しないので外で食べること。設備を壊した場合弁償してもらうこと。定員数集まらなくとも明日の夕方には説明会を開くこと。シャワーとトイレの位置。
あとは参加者の名前を知るために切り取り線以下に名前を書き、切り取って説明会時に提出すること。このときに提出しなければ報酬はでないことだ。
二人は名前を書き込み、切り取ってポケットに入れておく。
武器の手入れやメンバーの人柄を見極めるための会話や街を散歩して、時間を過ごしてく。
一日経つと冒険者の数はさらに増えており、用意されていた大部屋は人で一杯になった。
そしてプリントに書かれていたように夕方になると、説明会を始めるため集まるよう放送が流れる。
「はじめまして、私がこのアラストノーヴァの市長ゼイン・コーソフです。
皆さんには明日の朝九時前から魔物退治を行ってもらいます。予定としては数日かけて山の麓から頂上へと進み、魔物たちを一掃してもらうことになっています。
こちらの調査では山に住む魔物はどれも駆け出しには厳しいが、ある程度魔物と戦いなれた者ならば楽な相手となっています。のちほどプロジェクターで魔物の映像と解説を映します。
ここまででなにか質問はありますか?」
一人の冒険者が手を上げる。
「魔物が最近出始めたとあったが、原因はわかっているのだろうか?」
「調査してみましたが、わかりませんでした。
私どもの推測としては、よその山から流れてきた魔物に刺激され動きが活発になったのではと」
「その話に根拠はあるのでしょうか?」
「以前はこの山で見なかった魔物が発見されておりまして、そこから推測をたてました」
なるほと冒険者は納得顔で引いた。ほかの冒険者も頷いている。
実際に町長が言ったようなことは起きるのだ。今回も同じなのだろうと冒険者たちは考えている。
今度は違う冒険者が手を上げる。
「この依頼は魔物を完全殲滅するまで続けるんですか?」
「さすがにそこまでしてもらうつもりはありません。五割ほど退治されれば魔物側も、ここは危険だと判断し移動を始めるでしょう。
終了条件は、ある程度の安全が保証されるまでといったところです。
ほかになにか質問はありますか?」
「活躍すればボーナスとかはでますか?」
「そうですね。めざましい活躍をしたとこちらが判断すれば出るかもしれません。
かといって山に大きな被害が出るほど暴れられるのは困ります」
「坑道の中にも入って行くのだろうか?」
「いえ、皆さんに動いてもらう場は山のみで、坑道は範囲外です」
ほかに質問はないかとゼインは周囲を見渡し、反応がないことを確認するとプロジェクターを動かすように指示を出した。その際に町長は、情報漏れがあるかもしれないと断りを入れた。
部屋の明かりが消され、壁に魔物の映像が映される。冒険者たちは真剣に映される情報を見て、頭に叩き込んでいく。強い魔物ではないというが、油断は禁物なのだ。
プロジェクターの動作が止まり、部屋に明かりがつく。ゼインがこれで説明会は終わりと告げ、部屋を出て行く。
冒険者たちは得た情報を自分たちの知識と照らし合わせ、情報の正否を見極めていく。知らない情報は周囲にいる冒険者に聞き、一時間後には全員が正しい情報を得ることができた。
満足した冒険者たちも解散し、与えられた部屋に戻っていく。
翌朝、朝食を食べ終え、武装を整えた冒険者たちが山の入り口に揃っていた。
パーティーで参加している者はそのままで、一人できている者たちは一箇所に集まり即席のパーティーを作っていく。合計で十組のパーティーができている。
準備が整ったと判断した彼らはそれぞれ山へと入っていった。
三十分ほど経つと、ぽつぽつと戦闘音が山に響き出す。
「そこまで数は多くないのだろうか」
ジカールが周囲を警戒しつつ言う。今は昼食を兼ねた休憩中だ。
山に入って三時間ほどが経過している。この三時間で彼らは四回戦闘を行っている。そのどれもがたいして強くない魔物だった。倒した数も十一匹とそう多くない。昨日得た情報には魔物の行動パターンや弱点も含まれており、それを覚えていれば楽に倒せるのだ。
戦い方としてはシェインとクテが牽制し、ジカールとセケンドが止めをさすというものだ。今のところは、これでなんの支障もない。
「んぐっ……大人数募集するくらいだから、もっと多いと思ってたんだけどね。もしかすると町長は確実に依頼を達成できるように、大人数を呼んだのかも。
このぶんなら早く終わりそうじゃない?」
口の中のサンドウィッチを飲み込んでセケンドが考えを話す。
「以前、そう考えて痛い目見たことあるから油断だけはしないほうがいい」
レスガインのことを思い出し、シェインは口を出した。
「そうね、油断はしないでおこう」
クテが同意する。ジカールとセケンドも表情を引き締める。
休憩を終えた四人は魔物を求めて移動を開始する。
夕方まで歩き回り三回の戦闘をこなす。そして日が暮れる前に四人は山を降りる。
ほかの冒険者も似たようなもので、先に下りたものと合流し情報の交換を行っている。その場にはゼインもいて冒険者たちを労わりながら、話を聞いている。
ジカールも加わり情報を交換している。
そこから少し離れ、シェインはプントのチェックを行う。
「どうしたの?」
シェインの迷う表情に気づいたクテが話しかける。
「プントの補充をどうしようかなと。
今日みたいなペースなら補充はしなくていいんだけど、万が一ってこともあるし」
今日は牽制弾ばかり使い、魔力は四割ほど使っていた。今日と同じような魔物だけならば補充の必要はないのではと考えているのだ。
「満タンじゃなくても補充はしておいたほうがいいと思うわ」
「そだね、ありがと。
補充に行ってくる。ついでにご飯も食べてくるから二人には伝えておいて」
「伝えておく。明日は一緒に食べようね」
頷いたシェインは商店街へと歩き出す。クテは弓ばかり使い、魔術をさほど使っていないので補充する必要がないのだ。
みつけた補充機にプントを差込み、ぼうっと人の流れを見ていたときシェインは視界の隅に見知った顔をみつけた。
急いでそちらを見ると、イツキが角を曲がったところだった。追いかけようと思いプントのことを思い出す。
プントを見ると魔力容量は八割を超えていた。十分だろうと判断したシェインはプントを抜き、提示された料金を払って急いでイツキを追う。
イツキが曲がった角の先にはイツキの姿はない。道を進み周囲を見渡しても、イツキらしき姿はない。
その後もイツキを見かけた場所を中心に探し回ったがみつからず、シェインは講堂に戻った。
先に帰っていたクテに遅かった理由を聞かれ、知人に似た人を見かけて探していたと答え、荷物番を頼みシャワーを浴びるため部屋を出て行った。
翌日も戦闘に変わりはなく、大した怪我もなく山狩りを終える。約束していたのでメンバーと夕食を食べるため商店街に向かう。そのときもイツキを探して視線があちこちとさまよっていた。
翌日も冒険者たちは山へと入る。山狩りは中腹手前まできている。
冒険者たちには慣れが見え始めている。魔物と実際に戦い対策の正しさを実感し、山中での戦いもわかってきたからだ。
ジカールたちも同じで、警戒は解いてはいないが余裕も表情にちらりと見え始めている。その中でシェインは初日と同程度の警戒を続けている。
「この調子なら早くて三日後には依頼達成かな」
「だな」
前を歩くセケンドとジカールが魔物を探しながら話している。
「シェインも少しだけ気を抜いていいと思うよ?」
クテが横を歩くシェインに話しかける。
「そうしたいんだけどね。一度気を抜いて痛い目みたから、なかなか気を抜けないんだ」
「初日も言ってたけど、痛い目見たってなにがあったのよ?」
「半年くらい前に魔物退治を受けてね。
レスガインっていう狐を大きく凶暴にした魔物なんだけど知ってる?」
記憶を探る様子を見せ、知識にはないのだろう、すぐに首を横に振る。
「そのレスガインは一人前の冒険者ならたいして問題なく倒せるってされてたの。でもそれは体調が万全で平野で一対一の場合の情報でね〜。
情報を鵜呑みにした私たち三人は、一匹のレスガインを問題なく倒せたこともあってすっかり油断したのよ。
そこに四匹のレスガインが襲い掛かってきた。しかもこっちは数時間森の中を探し回って消耗もしてる。さらには地の利も相手にある。
数で負けて、体調も不完全、地の利も押さえられている。こんな状態で苦戦しないほうがおかしいよね」
「どうなったの?」
「助けもあって勝った。助けがなかったら今頃どうなってたか。
その助けってのが、私が商店街で見た知人」
「探してるって言ってた人ね?」
「うん。すごく強い人でね、その人のつれも強い人」
なにか聞こうとしたクテの声にジカールの声が重なる。
「敵だ!」
全員戦闘態勢に入る。
ジカールの視線の先、距離にして五メートルほど前方に獣人らしきものが三人立っている。警戒が弛んでいたせいか、敵がよほど上手く隠れていたせいか、位置が近い。
猪のような頭で体格もいい。猪頭たちは衣服を見につけておらず、自前の毛皮に身を包み、手にはぼろぼろの剣や斧を持っている。
プロジェクターの映像には彼らは映っていなかった。
敵意を向けられていることからジカールは敵と言い切ったのだろう。
「誰かあれの情報知ってる!?」
セケンドの声に答える者はいない。
かわりにシェインの銃から牽制弾が飛ぶ。いつでも攻撃できるように警戒していたおかげで、動こうとした猪頭に素早く攻撃へと移れたのだ。
「効いてない!?」
胴や手足に牽制弾が命中しても微動だにしていないのだ。それどころか表情すら動いていない。
今まで十分な効果を上げていた牽制弾は、目の前の存在にはまるで意味をなしていない。
シェインがガンカードを通常弾に交換している間に、クテが前衛二人に筋力増幅の魔術をかける。
「いくぜぃっ!」
「せいっ!」
掛け声一つ吐いてジカールとセケンドが武器を振るう。
金属同士がぶつかり合う音が周囲に響く。猪頭たちは手に持つ武器で、斧とナイフを受け止めた。
「嘘だろっ!?」
筋力を上げた状態で押し切れないことにジカールが驚きの声を上げた。
「効いてないっ」
セケンドは力の押し合いはせず、手数で勝負している。猪頭はセケンドの振るうナイフに反応しきれていないが、当たったナイフを気にせず斧を振るう。
残る一匹はシェインが相手している。通常弾を胴に当ててはみたが反応が薄いので、顔を狙うと足止め程度には効果があったのだ。足止めできている間に二匹をどうにかしてもらいたいと考えている。しかし事態は不利なほうへと傾いた。
力比べとなっていたジカールが押し負け転がり、セケンドは肩に斧の一撃を受けていた。
倒れているところに振り下ろされた剣をどうにか避けたジカールは、ちらりとクテに視線を送る。それに気づいたクテはジカールの唇を読み、言いたいことを理解した。
準備していた治癒カードをしまい、別のカードを持つ。
「フラッシュ!」
クテは魔術を使い、猪頭の近くに閃光を発生させた。
ジカールとクテは目を閉じており、クテの声を聞いたセケンドも咄嗟に目を閉じる。
これにより目が眩んだのは猪頭たちとシェインだ。
「っ!? なに!?」
視界がふさがれた状態でシェインは誰かに服の背中部分をつかまれる。
ジカールの声がそばで聞こえたことで、つかんでいるのはジカールだとわかった。
「恨み言は生きてたら聞く」
それだけ言ってジカールは、シェインを猪頭たちへとぶつけるように押し出した。
ジカールの筋力は増幅されている。シェインは抵抗できず、猪頭たちへと突っ込んだ。
シェインが混乱している間に、ジカールたちは逃げ出した。自分たちが確実に逃げられるようにシェインを囮としたのだ。
ジカールは少ない切り結びで不利だと悟ったのだ。そして即座に逃げることを決め、クテに指示を出した。三人は以前も同じ手で逃げ出したことがある。ジカールがこの状況で、自分たちがどのように動いてほしいのか二人とも予想がつくのだ。
目が見えるようになったのはシェインも猪頭も同じタイミングだった。
ざっと周囲を見渡して現状を悟ったシェインは激怒する。逃げた三人を殴り罵倒したいが、この状況をどうにかするほうが先だった。
猪頭たちはいなくなった三人よりも、シェインに関心が向いているようで、三人を追うそぶりをみせない。
「どうしろってのよ!?」
猪頭たちはシェインが逃げられないように囲んでいる。しかも少しずつ近づいている。
ガンカードを変える暇も、考える暇もない。
今できることといったら、
「とにかく撃つしかないじゃない!」
引き金を引くことしかなかった。
一人の足を止めたところで状況は好転するわけもなく。残りの二人に頬と横腹を殴られシェインはあっさりと気絶した。
倒れ伏したシェインに猪頭たちが近づく。
止めをさすのかと思われた猪頭たちは武器をしまう。
そして気絶したシェインを担いで、どこかへと連れ去るのだった。
2へ
2009年11月15日
樹の世界へ遠章 隠れ里島ミルティア
小波が打ち寄せる砂浜に、突然集団が現れる。
サーカシア村から転移魔法で移動してきた陽平たちだ。
こういった移動に慣れている陽平とイツキは平然としているが、初めての経験な移住希望者たちは、事前に説明を受けていたにもかかわらず突然変わった景色に驚いて、きょろきょろと周囲を見渡している。
ここは三つの大陸から離れた場所にある大きめの島だ。周囲を見渡しても小島すらなく、転移といった移動方法がなければ出て行くことは難しい。
島には二つの山と一つの湖がある。どちらの山も標高千メートルもない。湖は一周するのに一時間以上かかる。二つの山から流れてくる水を受け止め作られた湖だ。
配置は北西と北東に山、その真ん中からやや南に湖。湖から二本の川が南西と南に流れている。現在位置の砂浜は島の南端。村は島の南部、南西に流れる川のそばにある。
こっちだという陽平の案内に従い、皆歩き出す。砂浜から、草がないだけの舗装されていない小道を通り草原に上がる。道は緩やかな坂になっていて、草原はそのまま小高い丘になっている。右手にはそのまま草原が続き、左手には林が見える。遠目に塔が見える。魔法によって補修されているが、外見は昔から変わらない陽平の家だ。
「あっちに見えるのが俺の家だ。困ったことがあれば相談にくるといい。まあ、大抵のことは村人に聞けば解決するし、来たときに留守にしてることもあるけど」
「うちのマスターはじっとしていられない性分でして」
一行は道に沿って歩く。二十分ほど歩くと、狩りをしている集団に出会う。それは魔物の集団で、移住者六人は警戒し身構えた。
狩りをしている魔物は、ブラックスケイルという名前の蛇系獣人だ。上半身が褐色の肌の人で、下半身が黒い鱗の蛇だ。ラミアという魔物よりも攻撃的ではないので、人と関わりをもつことがある。
移住者たちに大丈夫と言って、陽平は集団に声をかけた。
陽平の話している言葉は、現在世界で使われてる共通語ではない。よって移住者たちには陽平がなにを言っているのかさっぱりだ。
三分ほどのやりとりで、話しは終わり集団は狩りのため獲物を求めて移動していく。
「さあ、村に行こう」
「あの魔物たちを退治しなくていいんですか?」
移住者の一人が聞く。
「彼らもこの島の住民なんだよ。昔関わった依頼で行くあてがなくなったから誘ったんだ。
相手を故意に傷つけたりしないかぎりは友好的なやつらだよ。村とも交流があるから、何度も会うことになる。
ほかにも魔物が住んでいるけど、ブラックスケイルと同じように基本的には無害だから、気にする必要はないさ。どうしても無理ってなら、会ったときに指で×の形を作れば、受け入れられてないって理解できるようになっている」
「問題とか起きてないんですか?」
「起きてるけど、それは個人同士での問題。気に入らないから喧嘩するとか酔っ払い同士のふざけあいとかだね。殺し合いまでいくこともない。種族同士での問題は起きてないよ、最近はね。
昔は習慣の違いで争ったこともあった。でも過ごしているうちに、あれは駄目でこれは良しって互いに学習していったから問題にはならなくってる」
「共存できてるってことですか?」
「まあね」
「……うーん」
納得できない部分がありそうな移住者たちの心が、陽平にはよくわかる。その部分は移住者がここにくるたび感じるものだからだ。
見た目の違いや、刷り込まれている知識での忌避だ。
「魔物だからっていう理由で納得できないんだろうけど、君らも改造されている今まっとうな人間じゃないんだよ? むしろ魔物に近いってことを自覚するようにね」
思いやりに欠けた言葉だが、そこを理解させることで忌避感を減らせるということを経験上陽平は知っている。
今まで移住してきた者たちの多くがそうだったように、ショックを受けたような表情となる。
何か言いたげな彼らを制し、続ける。
「なりたくてなったわけじゃないってのは知っている。でもなってしまった以上、元には戻れない。
ここではおかしいということは当たり前のことで、改造されたことは特別じゃないんだ。村人は君たちを受け入れる。なぜなら彼らも改造されたり、そんな人たちの子孫だから。
この島では、視線を気にせず怯えず暮らせるんだよ。隠さずにすむんだ。人外になっても幸せへの道はある。
だから人ではないってことに劣等感を感じないでいいんだ。むしろ改造された部分を長所と捉えてくる人もいる」
こんなことを言われても戸惑うばかりだ。
「ちなみに私もマスターも人間ではありませんよ。
私は人型模倣ゴーレムですし、マスターは魔法使いです。
この島には純粋な人間はそう多くいません」
安堵させるためにイツキは自分たちの正体をばらす。
その言葉は移住者たちの新たな疑問を抱かせた。
「まほう…つかい? いないはずじゃ!? いたのは昔だけで今はもう存在しないって」
魔法使いが現存することに驚いている。そのインパクトが強く、ゴーレムに明確な自我があることに驚けないでいる。
だが納得もしている。魔術では不可能な大人数の転移をこなしてみせたのだ。あれが魔法ならば納得いく。
「魔法使いは昔よりも少ないけどいまだ存在してるよ。
魔術が世界に広まってから魔法使いの数は少しずつ減ってきた。それで表にでる魔法使いも減って、ここ二百年くらいはまったく表にでていない。だから絶滅したって思われてるんだろうね」
「減ってきてるってことは、いずれ本当に絶滅するってことですか?」
「かもしれない。でもそれは当分先のことだろうね。百年二百年じゃあ絶滅しない。
なぜかって? それは魔法使いを探し集めている奴らがいるから。魔法使いを集めてどうこうしようって考えてるわけじゃない。ただ組織を維持しようと集めている。
魔法使いのみで構成される魔法研究目的の組織。少なくとも三千年以上存続している組織だから、自分たちの代でなくなるのはおしいんだろうな」
「あんたが魔法使いなら、あんたもそこに所属しているのか?」
この問いに陽平は首を横に振る。そして断言する。
「昔、二度ほど敵対してね。あそこには所属するつもりはない」
一度目の敵対はずいぶん前のことだ。そのときは組織に所属する魔法使いが大樹の使者の魂と人間の魂の違いを研究するため、ササールアの魂が大樹のもとへと帰る際に掠め取ったのだ。そのために仲間の協力を得て、大樹大神殿に乗り込んで逃げていった。
陽平たちは神殿と他国に所属する魔法使いたちの協力の得て、魂を奪還し大樹の下へと返すことに成功した。
二度目の敵対は一度目から百五十年ほど経った頃だ。新しく作った魔法の実験と称して、マルチーナを蘇生。動きはどのようなものかと調べるため暴れるように命じ、操られたマルチーナは街一つを壊滅させた。
そのマルチーナを殺して止めたのが陽平で、その場で観察していた魔法使いを捕らえたのも陽平だった。
二度の敵対で組織を潰したのだが、研究記録を持った生き残りが必ずいて、組織は復活するのだ。
話しながら一行は村を目指していた。丘の頂上にきた一行の眼下に建物の群が見える。あれがこれから住むことになる村だ。村のそばには畑や農場があり、小さく働いている人が見えた。
村を目指し、坂を下る。
畑のそばに近づくと、近づいてくる集団に気づいていた村人が声をかけてきた。彼の腕は人間のものではなく、怪力を誇る魔物のものだ。
「長老、帰ってきたんですね。イツキさんもおかえりなさい」
「ただいま」
「ただいまもどりました」
「そっちの人たちは新しい移住者ですか?」
「そのとおり、仲良くしてやってくれ」
「もちろんですよ!
ようこそミルティアへ! 私たちはあなたたちを歓迎しますよ! 困ったことがあれば、誰にでも相談してください」
移住者たちは手放しで迎えてくれる村人に魔物と一緒であっても大丈夫かもしれない、と少しだけ思えてきた。
見るからに自分たちと同じ境遇の人間がここでの暮らしに不満なさそうにしているのを感じ取れたことも、彼らにとっていい収穫だった。
「今日は歓迎の宴ですね。
あ、そうだ。ゴロムス様がきてますよ」
「ゴロムスが? 今日きたのか?」
「いえ、昨日からですね。三日間の休みをもらえたそうで」
「帰ってきたのはタイミングよかったんだな」
「ですね」
「ゴロムスって大樹の使者と同じ名前ですよね?」
移住者の一人が恐る恐るといった感じで確認してくる。同姓同名なのだろうと思ってはいるが、様づけしているのでもしかしてという思いもほんの少しある。
「本人です。
この島は大樹の使者の休憩所のようなものになっています。
ここにはマスターの許可のないものは立ち入れませんから、大樹大神殿の高官であろうと追ってこれません。ですので日々のしがらみから開放されリラックスできる場所として多くの大樹の使者が滞在してきました」
イツキの説明で、この島のことが移住者たちの理解を超えた。
魔法使いの住処で、隠れ里で、魔物と共存して、大樹の使者の休憩所。もしかすると自分たちは場違いなとろこに来てしまったのではと、混乱する頭で考えた。
ちなみに陽平とイツキしか知らないが、大樹もうろついているときがある。
「混乱するのはよくわかる」
うんうんと村人が頷き言う。
「いい言葉を教えてあげよう。
『こまけーこたぁいいんだよ!』
気にするな! 悠々自適な生活ができるんだ! 多少変でも流せ!
それがここで楽しく生きていくコツだ!」
実際にここで暮らして得た経験からの助言なので説得力は高かった。
移住者たちは先達の教えだと、心に刻んでおくことにした。けれども宴で竜が参加している場面を見て驚くことになるのだから、本当の意味でこの言葉に納得するのはもう少し先のことだろう。
農作業を再開した男に別れを告げて、一行は村に入る。村の中は和洋折衷といった感じだ。陽平自身が落ち着く環境を求めたらこうなったのだった。
陽平とイツキに気づいた村人たちが次々と声をかけている。誰もがにこやかで、二人のことを厭っている者はいないようだ。
「ここが役所みたいなところ。ここである程度の個人情報を書類に書き込んでもらって、住むところに案内してもらったり、仕事の紹介をしてもらったり、ここに住む上での規則を教えてもらったりする」
陽平が説明している間に、イツキが中に入り移住者をつれてきたことを職員に伝えた。
書類準備を整えた職員に移住者たちのことを任せて、陽平とイツキは塔へと戻る。
移住者たちはこのあと、移住者用アパートに連れて行かれ、そこが住居となる。いずれは別のアパートや、一軒家に移動することになる。書類から得られる情報や本人の希望から職種は決められる。明日からその職種の職場に案内されるはずだ。
役所で仕事を手伝わなかったり、島の外に気軽に出ていることから二人が村の運営に関わりが薄いことが予想できるだろう。
昔は陽平が陣頭に立ち村を動かしていたこともあった。それは村とはいえない状態から五十年までの期間だ。それから後は村人だけで大丈夫だろうと、手出しするのをやめた。時々相談にのったり、発展の方向性に軽く口出しするくらいだ。
村人の自主性を育てるためにといった理由で隠居すると宣言したのだが、実際は面倒になったのだ。運営に関わっているとそれだけで時間が潰れ、ほかのことができない。そのことに三十年ほど我慢できたが、それ以降は我慢できずに自分が関わらずとも大丈夫なように動きはじめたのだ。そして二十年かけてしっかりと枠組みを作り上げた。
そのときはここまで長生きするとは思っていなかったので、自分がいなくとも大丈夫なようにという考えがなかったわけでもない。
といった具合に村の成長を見守り続けて今に至る。
旅装を解いて、島を囲う結界の確認や魔力貯蔵タンクの残量を調べたあと、二人はゴロムスを探すため村へと出る。
駆け回る子供たちにゴロムスの行方を聞くと、いつものように酒場にいるという情報を得ることができた。もともと二人は酒場に向かっていたので、予想通りだった。
酒造に隣接した酒場に近づくと、賑やかなな声が聞こえてきた。その声の中にゴロムスの声も混ざっている。
扉を開き入ると視線が集まり、次々におかえりなさいという言葉がとんでくる。
その中の一人が立ち上がり、二人に近づく。この人物がゴロムスだ。
年は六十ほど。背筋は伸びて初老ということを感じさせない。髪はそっていて、眉や目の色から大樹の使者と判断できる。日に焼けた肌に、がっしりとしたやや筋肉質な体つきからは大神殿のトップとは想像しにくい。工房で働くことがよく似合いそうな外見だ。
「おう! おかえり!」
「ただいま」
「ただいまもどりました」
「姉ちゃんは相変わらず固いなぁ」
「これもある意味素だからなぁ」
陽平以外にはこれで通しているのだ。砕けた姿は陽平にしか見せていない。大樹にもこの状態で接しているのだ。徹底している。
イツキはテレ屋な部分がある。陽平だけ素を見せるのは甘えているから。そんな自分を陽平以外に見せるのは恥ずかしいので、ほとんどの人には丁寧な対応となる。
「五十年以上の付き合いで、一回見る機会あっただけだから、こっちが素と言われれば一応納得できるけどな」
「一回でも見られる機会があったのはこちらの不手際ですね」
イツキはほんのりと頬を赤くしつつ、少し悔しげな表情を浮かべている。
「もう一回くらいは見たいんだけどな」
「無理じゃないかな。一回も見たことのない大樹の使者って何人もいるし」
「残念だ」
そう言って酒を飲むため席に戻ろうとすゴロムスを陽平が止めた。
「夜に宴会開くから、もうやめとけ」
「宴会? なにか特別なことあるのか?」
「新しい移住者連れてきたから歓迎の宴が開かれる。
というわけで酒のほうよろしく」
後半の言葉は酒場の主人へと向けたものだ。
「宴会をするならやめとこうか。
陽平さんはこれから暇か? 暇なら話し相手になってほしいんだが」
「少しだけなら相手になれる。俺からも話したいことあったし」
「じゃあ、外で話そうぜ。
ごっそさん。相変わらず上手かったよ」
ゴロムスは酒屋の主人に声をかけ、外へと足をむけた。
酒代は、大樹大神殿からゴロムスが上手いと思った酒を何本か持ってきて渡していたので払わなくていい。
こうやってゴロムスが外から持ち込む物や陽平たちがお土産として買ってくるものは、村人にとって貴重なものとなっていた。
この島では物々交換と貨幣の両方が使えるのだ。魔物たちが貨幣を使わないぶん、物々交換のほうが主流なのかもしれない。
三人は村の端に置かれている東屋に座って話し始めた。
「話ってなんだ?」
「これを大樹に渡すってことを知っていてもらいたかったんだ」
陽平がバッグから取り出したのは、イツキが固めた人工根晶だ。
「これは大樹からの依頼で潰してきた魔力増幅炉からとれた人工根晶。
増幅炉があったっていう証拠だな。ゴロムスが確認して、帰って神官長に報告すれば現物はいらんだろ?」
「何度かしてることだしな。
まあ、いつものように確認させてもらうぞ?」
差し出された手に人工根晶をのせる。
それをゴロムスは太陽に透かしたり、こんこんと叩いてみたりと検証していく。この行動にたいして意味はない。調べたという事実ができるだけだ。
三分もかからずに調べることをやめ、ゴロムスは人工根晶を陽平に返す。
「用事はこれで終わりだな?
前回会ってからどこでなにやってたか聞かせてくれ!」
子供の頃と同じ目の輝きを見せるゴロムスに、陽平とイツキは笑みを浮かべて話し出す。
話は昼食で一時中断し、二時過ぎまで続けられた。
久しぶりにイツキの手料理を食べることができたゴロムスは上機嫌で散歩に出て行った。
「俺は今のうちにスリアのところ行くけど。イツキはどうする?」
「そうですね……ついていきます」
「わかった」
「ではお土産のクッキーかなにか買ってきます」
財布を片手に村の菓子店へと歩いていくイツキを見送り、陽平はのんびりと椅子にもたれかかる。
十五分ほどして戻ってきたイツキへと腕を伸ばす。差し出された手をイツキは握る。
陽平は転移の式符を取り出し、大樹スリアのもとへと転移した。
「いらっしゃーい」
陽平とイツキがくることを察知してたスーリアは、微笑みながら二人を出迎える。波打つエメラルドグリーンの長髪に均整のとれた容姿を持つ美女だ。今回はクリーム色のセーターにギンガムチェックの茶のスカートで身を包んでいる。
この姿は本来のものではない。対人会話用に作った人型に意識の一部を入れて動かしているのだ。陽平と会うようになって作られたものだ。
三人がいる場所は柔らかな白一色の光に満ちた空間だ。しかし天を見ても太陽はない。ここは地上ではないのだ。どこかというと海の底。大樹の根っこの大元だ。寄生樹に核があったように、大樹にも核があり、ここに大樹の核があるのだ。その核は保管にちょうどいいので人型の中にある。
いつも使う椅子に座る前に、陽平は持ってきた人工根晶を渡す。ついでとイツキも持ってきたお菓子を渡した。
スリアは受け取った人工根晶を胸に抱く。すると人工根晶は体に吸い込まれていった。核に吸収されたのだ。世界から無理に奪われた魔力が核に吸収され、再び世界維持に使われる。
「テーブルにカップがいくつか?」
「ああ、お客さんがきてたのよ」
「へー客かぁ……客ぅっ!?」
客と聞いて陽平がとても驚いた。
当然だろう。スリアと会うようになって千年以上経つが、初めて自分以外にここを訪れた者がいるのだから。
「ここに気づいて、来ることができるって魔法使いくらいだよな? この時代にそこまで実力のある魔法使いがいたんだ。もしかしてクランターレ?」
クランターレとは陽平が敵対したことのある魔法使いの集まりのことだ。好奇心でのみ動く困り者たちだが、積み重ねられた知識を得た彼らの実力は高水準を誇る。
「違う違う。この世界の人たちじゃないわ。
アルフィーネ姉さんのところの住人が相談にきたの。世界的危機に陥ってアルフィーネ姉さんの協力を仰ぎたいけど、姉さんにはそのための力がなくて私を紹介したらしいわ」
「アルフィーネってたしか次女だっけ? ウノルクが寄生樹で長女だったような?」
二つの名前をずいぶんと昔に聞いたことあり、うっすらと思い出す。
「私の記憶にもそのようになっていますね」
「それであってるわよ。三姉妹の一番下が私」
「それで次女に力がないってのはどうして? 同じ大樹なんだろう?」
「アルフィーネ姉さんはウノルク姉さんが放棄した世界も支えているから、それだけで精一杯なのよ。それ以外できずに常に眠っている状態。下手にアルフィーネ姉さんが動くとそれこそ本当に世界滅亡の危機」
「だから同種で余力のあるスリアのところに寄越したのか。
なんか対応でどじとかしてない? どじで世界滅亡とか向こうの人たち報われないぞ?」
「失礼な。きちんとアルフィーネ姉さんが少しだけ動ける分のエネルギーを結晶にして渡したわ。
やっぱりあっちの世界のことはアルフィーネ姉さんのほうが詳しいし、解決策も持っているんじゃないかと思ったわけよ」
「ナイス判断と思われます」
「向こうに手伝いに行ったりしたら、うっかりやらかすかもしれないしねぇ」
一応大樹はこの世界では一番偉いのだが、これまでの付き合いで全幅の信頼を寄せるには不安があるとわかっている二人だ。
大巨獣のときのうっかりは伊達ではない。
もっとも、うっかりのみがスリアの性格ではない。長く世界を見守ってきたことから、包み慈しむ雰囲気もあるのだ。その雰囲気を壊すうっかりをすることも確かだが。
「そこまで言うならこれから向こうに行って、きちんとやれるんだと証明してこようかしら」
「やめておいたほうがいいです。行くとしてもこちらの世界維持の処理をしていく必要があり、それに時間がかかって向こうの事件が終わっている可能性が高いです」
「あ、後処理していかないと行けないのか。忘れてた」
「忘れるな!? あっち救って帰ってきたら、こっちが滅びてたとか洒落にならんっ」
「やーね、冗談よさすがに」
パタパタと手を振ってスリアは笑う。
行くのが冗談なのか、処理を忘れていたことが冗談なのか、どちらが冗談なのか問うてみたいイツキだったが自重した。
用事を終えたあとはイツキの持ってきたお菓子を広げ、なごやかな茶会が開かれた。
スリアが手ずから入れるお茶は、イツキにはいまだ手の届かない領域にある。生まれて千年未満のイツキと人型を得て修練を積んだ千年の経験を持つスリアの差だ。その技術を盗もうとじっとスリアの作業を見るイツキを、スリアは微笑ましそうに小さく小さく笑みを浮かべ好きなようにさせている。わかりやすく笑みを浮かべると、イツキのテレ屋な部分が反応し、見ることをやめてしまう。それはそれで寂しいのだ。自分が磨いたものを受け継いでもらえるというのはスリアも嬉しいのだから。
「夜に村で宴があるんだ、参加する?」
「久しぶりに行ってみようかしら。どれくらい行ってなかったんだっけ?」
「三十年ほどかと」
「わりと最近ね、百年くらい行ってなかったと思ってた」
長く生きているので、時間経過の感覚が人間とは違うのだろう。陽平もイツキも似たような感覚になってはいるが、月単位でいまだ十年単位を最近とはいえない。
出かけるならと、スリアは人型を調整し髪と目の色を陽平と同じ黒に変える。大樹としての気配も抑え、街を出歩いても一般人としてしか見られない姿となった。
さあ行きましょうと、スリアは手を陽平へ差し出す。その手を陽平がとるよりも先にイツキが握る。そしてイツキが陽平の手を握る。
「大好きなお父さんを独占したいのかしら?」
面白そうに笑うスリアに応えず、イツキは顔を陽平とスリアから見えない方向へと向けた。顔は見えないが、耳が赤く染まっていて恥ずかしがっているのだなと、よくわかる。
イツキはスリアに対してはこういった感情を見せることが多い。スリアと陽平の付き合いは自分と陽平よりも長いため、ときどき知らない思い出話しをされてのけもの気分を味わうことがある。そんなとき陽平をとられた感じがするのだ。寂しさからスリアに対抗することがあるのだ。
三人は村に転移し、宴の準備をのんびりと手伝う。お茶ではスリアに負けるイツキもこういった作業や料理では誰よりも上手にこなすことができる。スリアが興味があるのはお茶だけで、料理や家事はできないのだ。
日が傾いていくうちに、各地へと使いに走った村人と一緒に、島中の生き物が土産を片手に集まり始めた。
その中に竜もいて、そのままでは大きすぎるので陽平により人間へと変化させてもらい、宴に参加する。
大人も子供も魔物も竜も魔法使いも、皆が集まり宴が始まる。
賑やかな宴は夜が更けても、歓声や音楽が途切れることなく続いていった。
この宴で移住者たちは魔物たちへの偏見がだいぶ減った。そういう効果を見越しての騒ぎでもあったのだろう。
なにはともあれ、島は昔からの平穏が続いていくことに変わりはない。
不運と再会と
サーカシア村から転移魔法で移動してきた陽平たちだ。
こういった移動に慣れている陽平とイツキは平然としているが、初めての経験な移住希望者たちは、事前に説明を受けていたにもかかわらず突然変わった景色に驚いて、きょろきょろと周囲を見渡している。
ここは三つの大陸から離れた場所にある大きめの島だ。周囲を見渡しても小島すらなく、転移といった移動方法がなければ出て行くことは難しい。
島には二つの山と一つの湖がある。どちらの山も標高千メートルもない。湖は一周するのに一時間以上かかる。二つの山から流れてくる水を受け止め作られた湖だ。
配置は北西と北東に山、その真ん中からやや南に湖。湖から二本の川が南西と南に流れている。現在位置の砂浜は島の南端。村は島の南部、南西に流れる川のそばにある。
こっちだという陽平の案内に従い、皆歩き出す。砂浜から、草がないだけの舗装されていない小道を通り草原に上がる。道は緩やかな坂になっていて、草原はそのまま小高い丘になっている。右手にはそのまま草原が続き、左手には林が見える。遠目に塔が見える。魔法によって補修されているが、外見は昔から変わらない陽平の家だ。
「あっちに見えるのが俺の家だ。困ったことがあれば相談にくるといい。まあ、大抵のことは村人に聞けば解決するし、来たときに留守にしてることもあるけど」
「うちのマスターはじっとしていられない性分でして」
一行は道に沿って歩く。二十分ほど歩くと、狩りをしている集団に出会う。それは魔物の集団で、移住者六人は警戒し身構えた。
狩りをしている魔物は、ブラックスケイルという名前の蛇系獣人だ。上半身が褐色の肌の人で、下半身が黒い鱗の蛇だ。ラミアという魔物よりも攻撃的ではないので、人と関わりをもつことがある。
移住者たちに大丈夫と言って、陽平は集団に声をかけた。
陽平の話している言葉は、現在世界で使われてる共通語ではない。よって移住者たちには陽平がなにを言っているのかさっぱりだ。
三分ほどのやりとりで、話しは終わり集団は狩りのため獲物を求めて移動していく。
「さあ、村に行こう」
「あの魔物たちを退治しなくていいんですか?」
移住者の一人が聞く。
「彼らもこの島の住民なんだよ。昔関わった依頼で行くあてがなくなったから誘ったんだ。
相手を故意に傷つけたりしないかぎりは友好的なやつらだよ。村とも交流があるから、何度も会うことになる。
ほかにも魔物が住んでいるけど、ブラックスケイルと同じように基本的には無害だから、気にする必要はないさ。どうしても無理ってなら、会ったときに指で×の形を作れば、受け入れられてないって理解できるようになっている」
「問題とか起きてないんですか?」
「起きてるけど、それは個人同士での問題。気に入らないから喧嘩するとか酔っ払い同士のふざけあいとかだね。殺し合いまでいくこともない。種族同士での問題は起きてないよ、最近はね。
昔は習慣の違いで争ったこともあった。でも過ごしているうちに、あれは駄目でこれは良しって互いに学習していったから問題にはならなくってる」
「共存できてるってことですか?」
「まあね」
「……うーん」
納得できない部分がありそうな移住者たちの心が、陽平にはよくわかる。その部分は移住者がここにくるたび感じるものだからだ。
見た目の違いや、刷り込まれている知識での忌避だ。
「魔物だからっていう理由で納得できないんだろうけど、君らも改造されている今まっとうな人間じゃないんだよ? むしろ魔物に近いってことを自覚するようにね」
思いやりに欠けた言葉だが、そこを理解させることで忌避感を減らせるということを経験上陽平は知っている。
今まで移住してきた者たちの多くがそうだったように、ショックを受けたような表情となる。
何か言いたげな彼らを制し、続ける。
「なりたくてなったわけじゃないってのは知っている。でもなってしまった以上、元には戻れない。
ここではおかしいということは当たり前のことで、改造されたことは特別じゃないんだ。村人は君たちを受け入れる。なぜなら彼らも改造されたり、そんな人たちの子孫だから。
この島では、視線を気にせず怯えず暮らせるんだよ。隠さずにすむんだ。人外になっても幸せへの道はある。
だから人ではないってことに劣等感を感じないでいいんだ。むしろ改造された部分を長所と捉えてくる人もいる」
こんなことを言われても戸惑うばかりだ。
「ちなみに私もマスターも人間ではありませんよ。
私は人型模倣ゴーレムですし、マスターは魔法使いです。
この島には純粋な人間はそう多くいません」
安堵させるためにイツキは自分たちの正体をばらす。
その言葉は移住者たちの新たな疑問を抱かせた。
「まほう…つかい? いないはずじゃ!? いたのは昔だけで今はもう存在しないって」
魔法使いが現存することに驚いている。そのインパクトが強く、ゴーレムに明確な自我があることに驚けないでいる。
だが納得もしている。魔術では不可能な大人数の転移をこなしてみせたのだ。あれが魔法ならば納得いく。
「魔法使いは昔よりも少ないけどいまだ存在してるよ。
魔術が世界に広まってから魔法使いの数は少しずつ減ってきた。それで表にでる魔法使いも減って、ここ二百年くらいはまったく表にでていない。だから絶滅したって思われてるんだろうね」
「減ってきてるってことは、いずれ本当に絶滅するってことですか?」
「かもしれない。でもそれは当分先のことだろうね。百年二百年じゃあ絶滅しない。
なぜかって? それは魔法使いを探し集めている奴らがいるから。魔法使いを集めてどうこうしようって考えてるわけじゃない。ただ組織を維持しようと集めている。
魔法使いのみで構成される魔法研究目的の組織。少なくとも三千年以上存続している組織だから、自分たちの代でなくなるのはおしいんだろうな」
「あんたが魔法使いなら、あんたもそこに所属しているのか?」
この問いに陽平は首を横に振る。そして断言する。
「昔、二度ほど敵対してね。あそこには所属するつもりはない」
一度目の敵対はずいぶん前のことだ。そのときは組織に所属する魔法使いが大樹の使者の魂と人間の魂の違いを研究するため、ササールアの魂が大樹のもとへと帰る際に掠め取ったのだ。そのために仲間の協力を得て、大樹大神殿に乗り込んで逃げていった。
陽平たちは神殿と他国に所属する魔法使いたちの協力の得て、魂を奪還し大樹の下へと返すことに成功した。
二度目の敵対は一度目から百五十年ほど経った頃だ。新しく作った魔法の実験と称して、マルチーナを蘇生。動きはどのようなものかと調べるため暴れるように命じ、操られたマルチーナは街一つを壊滅させた。
そのマルチーナを殺して止めたのが陽平で、その場で観察していた魔法使いを捕らえたのも陽平だった。
二度の敵対で組織を潰したのだが、研究記録を持った生き残りが必ずいて、組織は復活するのだ。
話しながら一行は村を目指していた。丘の頂上にきた一行の眼下に建物の群が見える。あれがこれから住むことになる村だ。村のそばには畑や農場があり、小さく働いている人が見えた。
村を目指し、坂を下る。
畑のそばに近づくと、近づいてくる集団に気づいていた村人が声をかけてきた。彼の腕は人間のものではなく、怪力を誇る魔物のものだ。
「長老、帰ってきたんですね。イツキさんもおかえりなさい」
「ただいま」
「ただいまもどりました」
「そっちの人たちは新しい移住者ですか?」
「そのとおり、仲良くしてやってくれ」
「もちろんですよ!
ようこそミルティアへ! 私たちはあなたたちを歓迎しますよ! 困ったことがあれば、誰にでも相談してください」
移住者たちは手放しで迎えてくれる村人に魔物と一緒であっても大丈夫かもしれない、と少しだけ思えてきた。
見るからに自分たちと同じ境遇の人間がここでの暮らしに不満なさそうにしているのを感じ取れたことも、彼らにとっていい収穫だった。
「今日は歓迎の宴ですね。
あ、そうだ。ゴロムス様がきてますよ」
「ゴロムスが? 今日きたのか?」
「いえ、昨日からですね。三日間の休みをもらえたそうで」
「帰ってきたのはタイミングよかったんだな」
「ですね」
「ゴロムスって大樹の使者と同じ名前ですよね?」
移住者の一人が恐る恐るといった感じで確認してくる。同姓同名なのだろうと思ってはいるが、様づけしているのでもしかしてという思いもほんの少しある。
「本人です。
この島は大樹の使者の休憩所のようなものになっています。
ここにはマスターの許可のないものは立ち入れませんから、大樹大神殿の高官であろうと追ってこれません。ですので日々のしがらみから開放されリラックスできる場所として多くの大樹の使者が滞在してきました」
イツキの説明で、この島のことが移住者たちの理解を超えた。
魔法使いの住処で、隠れ里で、魔物と共存して、大樹の使者の休憩所。もしかすると自分たちは場違いなとろこに来てしまったのではと、混乱する頭で考えた。
ちなみに陽平とイツキしか知らないが、大樹もうろついているときがある。
「混乱するのはよくわかる」
うんうんと村人が頷き言う。
「いい言葉を教えてあげよう。
『こまけーこたぁいいんだよ!』
気にするな! 悠々自適な生活ができるんだ! 多少変でも流せ!
それがここで楽しく生きていくコツだ!」
実際にここで暮らして得た経験からの助言なので説得力は高かった。
移住者たちは先達の教えだと、心に刻んでおくことにした。けれども宴で竜が参加している場面を見て驚くことになるのだから、本当の意味でこの言葉に納得するのはもう少し先のことだろう。
農作業を再開した男に別れを告げて、一行は村に入る。村の中は和洋折衷といった感じだ。陽平自身が落ち着く環境を求めたらこうなったのだった。
陽平とイツキに気づいた村人たちが次々と声をかけている。誰もがにこやかで、二人のことを厭っている者はいないようだ。
「ここが役所みたいなところ。ここである程度の個人情報を書類に書き込んでもらって、住むところに案内してもらったり、仕事の紹介をしてもらったり、ここに住む上での規則を教えてもらったりする」
陽平が説明している間に、イツキが中に入り移住者をつれてきたことを職員に伝えた。
書類準備を整えた職員に移住者たちのことを任せて、陽平とイツキは塔へと戻る。
移住者たちはこのあと、移住者用アパートに連れて行かれ、そこが住居となる。いずれは別のアパートや、一軒家に移動することになる。書類から得られる情報や本人の希望から職種は決められる。明日からその職種の職場に案内されるはずだ。
役所で仕事を手伝わなかったり、島の外に気軽に出ていることから二人が村の運営に関わりが薄いことが予想できるだろう。
昔は陽平が陣頭に立ち村を動かしていたこともあった。それは村とはいえない状態から五十年までの期間だ。それから後は村人だけで大丈夫だろうと、手出しするのをやめた。時々相談にのったり、発展の方向性に軽く口出しするくらいだ。
村人の自主性を育てるためにといった理由で隠居すると宣言したのだが、実際は面倒になったのだ。運営に関わっているとそれだけで時間が潰れ、ほかのことができない。そのことに三十年ほど我慢できたが、それ以降は我慢できずに自分が関わらずとも大丈夫なように動きはじめたのだ。そして二十年かけてしっかりと枠組みを作り上げた。
そのときはここまで長生きするとは思っていなかったので、自分がいなくとも大丈夫なようにという考えがなかったわけでもない。
といった具合に村の成長を見守り続けて今に至る。
旅装を解いて、島を囲う結界の確認や魔力貯蔵タンクの残量を調べたあと、二人はゴロムスを探すため村へと出る。
駆け回る子供たちにゴロムスの行方を聞くと、いつものように酒場にいるという情報を得ることができた。もともと二人は酒場に向かっていたので、予想通りだった。
酒造に隣接した酒場に近づくと、賑やかなな声が聞こえてきた。その声の中にゴロムスの声も混ざっている。
扉を開き入ると視線が集まり、次々におかえりなさいという言葉がとんでくる。
その中の一人が立ち上がり、二人に近づく。この人物がゴロムスだ。
年は六十ほど。背筋は伸びて初老ということを感じさせない。髪はそっていて、眉や目の色から大樹の使者と判断できる。日に焼けた肌に、がっしりとしたやや筋肉質な体つきからは大神殿のトップとは想像しにくい。工房で働くことがよく似合いそうな外見だ。
「おう! おかえり!」
「ただいま」
「ただいまもどりました」
「姉ちゃんは相変わらず固いなぁ」
「これもある意味素だからなぁ」
陽平以外にはこれで通しているのだ。砕けた姿は陽平にしか見せていない。大樹にもこの状態で接しているのだ。徹底している。
イツキはテレ屋な部分がある。陽平だけ素を見せるのは甘えているから。そんな自分を陽平以外に見せるのは恥ずかしいので、ほとんどの人には丁寧な対応となる。
「五十年以上の付き合いで、一回見る機会あっただけだから、こっちが素と言われれば一応納得できるけどな」
「一回でも見られる機会があったのはこちらの不手際ですね」
イツキはほんのりと頬を赤くしつつ、少し悔しげな表情を浮かべている。
「もう一回くらいは見たいんだけどな」
「無理じゃないかな。一回も見たことのない大樹の使者って何人もいるし」
「残念だ」
そう言って酒を飲むため席に戻ろうとすゴロムスを陽平が止めた。
「夜に宴会開くから、もうやめとけ」
「宴会? なにか特別なことあるのか?」
「新しい移住者連れてきたから歓迎の宴が開かれる。
というわけで酒のほうよろしく」
後半の言葉は酒場の主人へと向けたものだ。
「宴会をするならやめとこうか。
陽平さんはこれから暇か? 暇なら話し相手になってほしいんだが」
「少しだけなら相手になれる。俺からも話したいことあったし」
「じゃあ、外で話そうぜ。
ごっそさん。相変わらず上手かったよ」
ゴロムスは酒屋の主人に声をかけ、外へと足をむけた。
酒代は、大樹大神殿からゴロムスが上手いと思った酒を何本か持ってきて渡していたので払わなくていい。
こうやってゴロムスが外から持ち込む物や陽平たちがお土産として買ってくるものは、村人にとって貴重なものとなっていた。
この島では物々交換と貨幣の両方が使えるのだ。魔物たちが貨幣を使わないぶん、物々交換のほうが主流なのかもしれない。
三人は村の端に置かれている東屋に座って話し始めた。
「話ってなんだ?」
「これを大樹に渡すってことを知っていてもらいたかったんだ」
陽平がバッグから取り出したのは、イツキが固めた人工根晶だ。
「これは大樹からの依頼で潰してきた魔力増幅炉からとれた人工根晶。
増幅炉があったっていう証拠だな。ゴロムスが確認して、帰って神官長に報告すれば現物はいらんだろ?」
「何度かしてることだしな。
まあ、いつものように確認させてもらうぞ?」
差し出された手に人工根晶をのせる。
それをゴロムスは太陽に透かしたり、こんこんと叩いてみたりと検証していく。この行動にたいして意味はない。調べたという事実ができるだけだ。
三分もかからずに調べることをやめ、ゴロムスは人工根晶を陽平に返す。
「用事はこれで終わりだな?
前回会ってからどこでなにやってたか聞かせてくれ!」
子供の頃と同じ目の輝きを見せるゴロムスに、陽平とイツキは笑みを浮かべて話し出す。
話は昼食で一時中断し、二時過ぎまで続けられた。
久しぶりにイツキの手料理を食べることができたゴロムスは上機嫌で散歩に出て行った。
「俺は今のうちにスリアのところ行くけど。イツキはどうする?」
「そうですね……ついていきます」
「わかった」
「ではお土産のクッキーかなにか買ってきます」
財布を片手に村の菓子店へと歩いていくイツキを見送り、陽平はのんびりと椅子にもたれかかる。
十五分ほどして戻ってきたイツキへと腕を伸ばす。差し出された手をイツキは握る。
陽平は転移の式符を取り出し、大樹スリアのもとへと転移した。
「いらっしゃーい」
陽平とイツキがくることを察知してたスーリアは、微笑みながら二人を出迎える。波打つエメラルドグリーンの長髪に均整のとれた容姿を持つ美女だ。今回はクリーム色のセーターにギンガムチェックの茶のスカートで身を包んでいる。
この姿は本来のものではない。対人会話用に作った人型に意識の一部を入れて動かしているのだ。陽平と会うようになって作られたものだ。
三人がいる場所は柔らかな白一色の光に満ちた空間だ。しかし天を見ても太陽はない。ここは地上ではないのだ。どこかというと海の底。大樹の根っこの大元だ。寄生樹に核があったように、大樹にも核があり、ここに大樹の核があるのだ。その核は保管にちょうどいいので人型の中にある。
いつも使う椅子に座る前に、陽平は持ってきた人工根晶を渡す。ついでとイツキも持ってきたお菓子を渡した。
スリアは受け取った人工根晶を胸に抱く。すると人工根晶は体に吸い込まれていった。核に吸収されたのだ。世界から無理に奪われた魔力が核に吸収され、再び世界維持に使われる。
「テーブルにカップがいくつか?」
「ああ、お客さんがきてたのよ」
「へー客かぁ……客ぅっ!?」
客と聞いて陽平がとても驚いた。
当然だろう。スリアと会うようになって千年以上経つが、初めて自分以外にここを訪れた者がいるのだから。
「ここに気づいて、来ることができるって魔法使いくらいだよな? この時代にそこまで実力のある魔法使いがいたんだ。もしかしてクランターレ?」
クランターレとは陽平が敵対したことのある魔法使いの集まりのことだ。好奇心でのみ動く困り者たちだが、積み重ねられた知識を得た彼らの実力は高水準を誇る。
「違う違う。この世界の人たちじゃないわ。
アルフィーネ姉さんのところの住人が相談にきたの。世界的危機に陥ってアルフィーネ姉さんの協力を仰ぎたいけど、姉さんにはそのための力がなくて私を紹介したらしいわ」
「アルフィーネってたしか次女だっけ? ウノルクが寄生樹で長女だったような?」
二つの名前をずいぶんと昔に聞いたことあり、うっすらと思い出す。
「私の記憶にもそのようになっていますね」
「それであってるわよ。三姉妹の一番下が私」
「それで次女に力がないってのはどうして? 同じ大樹なんだろう?」
「アルフィーネ姉さんはウノルク姉さんが放棄した世界も支えているから、それだけで精一杯なのよ。それ以外できずに常に眠っている状態。下手にアルフィーネ姉さんが動くとそれこそ本当に世界滅亡の危機」
「だから同種で余力のあるスリアのところに寄越したのか。
なんか対応でどじとかしてない? どじで世界滅亡とか向こうの人たち報われないぞ?」
「失礼な。きちんとアルフィーネ姉さんが少しだけ動ける分のエネルギーを結晶にして渡したわ。
やっぱりあっちの世界のことはアルフィーネ姉さんのほうが詳しいし、解決策も持っているんじゃないかと思ったわけよ」
「ナイス判断と思われます」
「向こうに手伝いに行ったりしたら、うっかりやらかすかもしれないしねぇ」
一応大樹はこの世界では一番偉いのだが、これまでの付き合いで全幅の信頼を寄せるには不安があるとわかっている二人だ。
大巨獣のときのうっかりは伊達ではない。
もっとも、うっかりのみがスリアの性格ではない。長く世界を見守ってきたことから、包み慈しむ雰囲気もあるのだ。その雰囲気を壊すうっかりをすることも確かだが。
「そこまで言うならこれから向こうに行って、きちんとやれるんだと証明してこようかしら」
「やめておいたほうがいいです。行くとしてもこちらの世界維持の処理をしていく必要があり、それに時間がかかって向こうの事件が終わっている可能性が高いです」
「あ、後処理していかないと行けないのか。忘れてた」
「忘れるな!? あっち救って帰ってきたら、こっちが滅びてたとか洒落にならんっ」
「やーね、冗談よさすがに」
パタパタと手を振ってスリアは笑う。
行くのが冗談なのか、処理を忘れていたことが冗談なのか、どちらが冗談なのか問うてみたいイツキだったが自重した。
用事を終えたあとはイツキの持ってきたお菓子を広げ、なごやかな茶会が開かれた。
スリアが手ずから入れるお茶は、イツキにはいまだ手の届かない領域にある。生まれて千年未満のイツキと人型を得て修練を積んだ千年の経験を持つスリアの差だ。その技術を盗もうとじっとスリアの作業を見るイツキを、スリアは微笑ましそうに小さく小さく笑みを浮かべ好きなようにさせている。わかりやすく笑みを浮かべると、イツキのテレ屋な部分が反応し、見ることをやめてしまう。それはそれで寂しいのだ。自分が磨いたものを受け継いでもらえるというのはスリアも嬉しいのだから。
「夜に村で宴があるんだ、参加する?」
「久しぶりに行ってみようかしら。どれくらい行ってなかったんだっけ?」
「三十年ほどかと」
「わりと最近ね、百年くらい行ってなかったと思ってた」
長く生きているので、時間経過の感覚が人間とは違うのだろう。陽平もイツキも似たような感覚になってはいるが、月単位でいまだ十年単位を最近とはいえない。
出かけるならと、スリアは人型を調整し髪と目の色を陽平と同じ黒に変える。大樹としての気配も抑え、街を出歩いても一般人としてしか見られない姿となった。
さあ行きましょうと、スリアは手を陽平へ差し出す。その手を陽平がとるよりも先にイツキが握る。そしてイツキが陽平の手を握る。
「大好きなお父さんを独占したいのかしら?」
面白そうに笑うスリアに応えず、イツキは顔を陽平とスリアから見えない方向へと向けた。顔は見えないが、耳が赤く染まっていて恥ずかしがっているのだなと、よくわかる。
イツキはスリアに対してはこういった感情を見せることが多い。スリアと陽平の付き合いは自分と陽平よりも長いため、ときどき知らない思い出話しをされてのけもの気分を味わうことがある。そんなとき陽平をとられた感じがするのだ。寂しさからスリアに対抗することがあるのだ。
三人は村に転移し、宴の準備をのんびりと手伝う。お茶ではスリアに負けるイツキもこういった作業や料理では誰よりも上手にこなすことができる。スリアが興味があるのはお茶だけで、料理や家事はできないのだ。
日が傾いていくうちに、各地へと使いに走った村人と一緒に、島中の生き物が土産を片手に集まり始めた。
その中に竜もいて、そのままでは大きすぎるので陽平により人間へと変化させてもらい、宴に参加する。
大人も子供も魔物も竜も魔法使いも、皆が集まり宴が始まる。
賑やかな宴は夜が更けても、歓声や音楽が途切れることなく続いていった。
この宴で移住者たちは魔物たちへの偏見がだいぶ減った。そういう効果を見越しての騒ぎでもあったのだろう。
なにはともあれ、島は昔からの平穏が続いていくことに変わりはない。
不運と再会と
2009年08月15日
樹の世界へ遠章 いつの時代も同じもの 2
帰り道で互いの自己紹介をしつつ、無事に村へと到着した。レーネたちはそのまま宿へと戻る。陽平とイツキも宿をとるためについていく。ここで会ったのもなにかの縁だと同じ宿をとることにしたのだ。
三十分後の五時半にフロント前に集合と決めて、三人は装備を外すため部屋に戻る。
陽平とイツキは二人部屋を取り、案内してもらう。
時間通りフロント前に集合した五人は、夕食はいらないことを職員に告げるついでにどこか美味しい食事を出す店はないかと聞く。宿を出た五人は、教えてもらった店へと談笑しながら歩いていった。
紹介してもらった店は繁盛しているようで賑やかだ。中に入り、適当に注文する。料理を待つ間も会話は続く。
「イツキさんとヨウヘイさん、以前どこかで会ったことなかったか?」
二人になんとなく見覚えがあるリヒトは、思い出せないもどかしさから聞いてみる。
気のせいではなく、リヒトは小さい頃に二人を会ったことがある。リヒトが自己紹介したとき、その名前に聞き覚えのあったイツキは記憶を辿り、十年以上前に一度会ったことがあると思い出したのだ。
会ったのは大樹大神殿主催のパーティー。リヒトの父は前神官長の補佐の一人で、そのパーティーにリヒトも参加していた。パーティーに初めて参加したリヒトは、珍しさに前も見ず歩き回り、こけそうになった。そのとき咄嗟に支えたのがイツキだ。イツキのそばには陽平もいた。
リヒトが思い出せないのは、幼い頃の思い出だからだ。
「俺は覚えがない。イツキはどう?」
「私もです」
大神殿関係者だとばらす気のない二人は、誤魔化すことにした。これをリヒトはあっさり信じる。
「そっか。俺の勘違いなんだろうな。俺が美人さんを忘れるはずないしな!」
疑問のはれたリヒトの関心は運ばれてきた料理へと移った。
イツキも料理を頼み、食べた。魂を得たこととヴァージョンアップのおかげで味覚がある。ただし魔力をエネルギーとするゴーレムである彼女にとって食事は趣味でしかない。体内に入った食べ物は消滅し、なんのエネルギーにもならない。むしろ焼却処分する必要があるだけ、食事という行為はイツキにとって負担になる。もっとも美味という利益を得ることができるので、イツキは焼却処分は負担とは考えていない。
満足した夕食を終え、五人は宿へと戻る。それぞれの部屋に戻り、レーネたちは今日の疲れをとるためすぐに温泉へと向かった。陽平たちも少し遅れて温泉に向かう。
陽平が風呂場に入ると、そこにはリヒト以外に二人いるだけで空いていた。
体を洗い、陽平はリヒトの近くに陣取る。
「湯加減はどう?」
「ちょうどいいんじゃないかな」
「ゆっくり浸かるといい。ここの湯は打撲や傷に対して効能があるらしいから」
効能を聞いたリヒトは、お湯を体に刷り込むように体をさする。
「そりゃいいな。湯あたりしない程度にのんびりしていこう。
それにしてもあれだけ苦戦するとは。大怪我するとか思ってなかったんだけどな」
「そうなのか?」
「レスガインのことを調べたときは、駆け出しでも油断しなければ大怪我しないって書いてたし」
「調べたってどうやって?」
「パソコンの魔物事典」
「それだけなら資料が少ない。それにあれは戦う環境や人数をあまり考慮してない。例えるなら整備された地面で一対一で戦った場合の結果。今回のように森の中で複数と戦うって場合にはあまり当てはまらない」
「そうだったのか」
「本にも魔物のことは載ってるから、次からはそういったものも活用するといい。
ついでだから森に入っての行動教えてもらえるか? どんな道筋であんな状況になったか気になる。似たような状況に陥らないよう参考にしたい」
「えっと、始めは」
リヒトは朝からの行動を話していく。端折れるところは端折ったので、話し終わるのにそう長く時間はかからなかった。
ふむふむと頷いて聞いていた陽平は聞き終わり口を開く。
「最初の一匹は斥候だな。森に入ってきたものの情報を探るために三人の前に現れたんだ。斥候はほかにもいたんだろう。その中の一匹と鉢合わせになったんだ」
「斥候って狐の魔物がそこまで頭いいか?」
「知識はないけど、知恵はある。まして狩りのことなんだ。慣れているだろうさ。それくらいの判断はできるし、できないと食い物にありつけず飢えるだけ。
斥候も死ぬまで戦うつもりはなかったんだろうな。情報を集めて巣に戻り、狩るかほっとくか話し合う。でも三人が強くて戻れなかった。だから情報だけはと最後に吠えて、離れた場所にいる仲間に伝えた」
「あれって断末魔かと思った」
「情報を受け取った仲間の下した判断は様子見。静かに三人をつけまわし、隙があれば襲い、なければ諦める。こう考えていたんじゃないかねぇ。
実際、気が抜けたところで襲われたみたいだし、そう間違った推測でもないと思う。
それに人間を襲うことは慣れてみるみたいだった」
「根拠は?」
「森の中に人の骨がちらほらと。中にはまだ肉片のついてた骨もあった。そんじょそこらの獣じゃ人間は襲えない」
「うへぇ」
肉についた骨を想像してしまいリヒトは顔を歪める。
「明日レスガインを探すんだろう? 今度は最後まで気を抜かないように」
「そうするよ。今回はいい経験になったって思うことにする」
話に区切りがつき、上がるのにちょうどいいと二人は風呂からでた。
男二人が昼のことを話している間、女たちはイツキのことで盛り上がっていた。容姿やスタイルのよさを羨ましがっていたのだ。
イツキの容姿は、陽平がなにからなにまで決めたわけではない。どうしようかと悩んだあげく、スリアに人間の容姿の平均をだしてもらったら、今の容姿になったのだ。
無表情気味なので冷たく見られることもあるのだが、誰もが見惚れる容姿となっている。
レーネやシェインに体型を保つ秘訣など聞かれるのだが、変化しないものなので聞かれても答えようがなく、適度な運動と睡眠と食生活だと答えておいた。完全に間違った答えではないので、二人は納得する。もともと気をつけていることなので物足りなさは残ったが。
風呂から上がったレーネたちは、疲れをとるため早めに寝て明日に備えた。
レーネたち三人が起きたのは7時だ。身支度を整え、朝食を食べ、出かける準備が整ったのが八時過ぎだ。その頃には陽平たちはすでに宿を出ていた。
昨日の話から行き先は森だろうとわかっている。同じところに行くのだから一緒に行けばいいのにと思いつつ三人も宿を出る。
昨日で目標の五匹には達しているので、今日は討伐よりも探索に力をいれる。ざっと森を回り、狩り残しがいないか探すのだ。探索しだいでは今日で依頼は完了する。
昨日とは別方向へと森を進み、レスガインを探していく。ときどき茂みに石を投げ入れ、つけられていないか、隠れていないかも調べていく。
朝買っておいた昼食を食べて、探索を再開した三人の耳に遠くから物音が聞こえてきた。
「どこから?」
「右からだと」
レーネの問いにリヒトが答え、シェインが肯定するように頷いた。
そちらにレスガインがいるかもしれないと三人は戦闘態勢を整え走りだす。音は徐々に大きくなっていく。それは木々が衝撃で揺れ、地になにかがぶつかる音。
音の発生源にいたのは戦うイツキと見ている陽平だ。イツキが戦っているのはレスガインのようなもの。三人にはそれがレスガインなのか判断つかなかった。
昨日のレスガインは成長した雄ライオンより少し小さい程度だったが、今目の前にいるものは二倍近い体躯を持つ。違いはそれだけではなく、ふさふさの尾の代わりに蠍の尾があり、背中からは蟷螂の鎌が一本生えている。もう一本あったらしいが、それはすでにイツキに斬り落とされている。
「それ以上近づくなよ」
ちらりと三人を見た陽平は、視線を元に戻し言った。
「あれはなに?」
「元レスガイン」
レーネの疑問に簡潔に答えた。
「イツキの手助けしなくていいの!?」
「あの程度にイツキはやられない」
陽平の言葉にはなんの不安もなく、勝って当然だと、三人には聞こえた。
どこかから視線のようなものを感じ取って、手を抜き戦っている姿が三人には苦戦しているように見えたのだろう。
レスガインのようなものを相手にしてかすり傷一つ負っていないイツキを見て、陽平の言葉は自信過剰ではないと思えた。
三人は見ているしかない。手が出せないからだ。昨日戦ったレスガインと同種とは思えないほど、素早く力強いあれに迂闊に近づけないからだ。三人が今まであった魔物の中で、一番の実力を持っているように感じられた。
イツキが大剣を振るうたび、レスガインに傷が入り血飛沫が舞う。
十分体力を削ったと判断したイツキは、いっきにレスガインの正面に近づき、その勢いのまま大剣を斜め下から斬り上げた。
頭蓋骨ごと顔を斜めに斬られたレスガインは少しだけ空中に浮いて、地面に倒れこんだ。体を多く斬られても動き回っていたレスガインもさすがに致命傷となったのか、動きは徐々にゆっくりとなっていき、やがて止まった。
完全に息の根が止まったことを確認し、イツキは大剣を振って刃についていた血を払い、鞘に納めた。
陽平がレスガインに近づき、調べていく。
「ヨウヘイさん? 昨日話した森に起きた異変ってこれがいたことかな?」
シェインもレスガインを見ようと近づき、話しかけた。
「原因の一つだろうね。見た目が大幅に変わったとはいえ、元レスガインには違いない。仲間意識が働いて、共存に近いことをできてたんだろう。今まで一緒の森にいたことからわかる。だとしたらレスガインたちが森の外に出たことに疑問が浮かぶ。餌を求めて外にってのは弱い。森の中にはまだまだ餌となる獣がいる。それらを無視して人間を襲うほどレスガインは頭は悪くない」
「馬車を襲ったのには空腹以外に理由があるってこと?」
「かもしれない。考えすぎかもな」
調査を終え陽平は立ち上がる。
「三人はレスガインの残りを探してるんだろ?」
「そうだけど」
「だとしたら仕事は終わりだ。ここにくるまでにレスガインの巣をみつけたんだ。そこにはレスガインはいなかったし、これにも取り巻きはいなかった。大家族が住めるほど巣穴は大きくなかった。
この森のレスガインはこれを含めて六匹だったみたいだぞ。村に帰って報告して村人を安心させたら?」
「そうなの? どうする、帰るお姉ちゃん?」
「そうね、私たちの用件は終わったことだし帰ろうか」
「私としては原因も気になるんだけど」
「それは俺たちの仕事。シェインの仕事はレスガイン討伐で、仕事こなしたんだから気にすることはないだろ」
「人の仕事にまで手を出せるほど余裕はないだろう俺たち。シェイン、ここはヨウヘイの言うとおり帰ろうや」
リヒトの言うとおりなのでシェインは帰ることに頷く。
調査のためまだ森に残るという陽平とイツキに別れを告げて、三人は森を出るために歩き出す。
歩いているときもシェインは、ちらちらと後ろを振り返る。
「うーん、気になる」
「ちゃんと前見て歩きなさい。こけるわよ?」
「そんなに気になるなら、ヨウヘイたちが戻ってきたら聞けばいい。話せる部分は話してくれるさ」
シェインはそれで我慢するしかないかと納得することにした。
森の外が見える場所までたどりついたとき、三人はその場から消えてしまった。足場に魔術陣が現れていたのだが、今回は三人が油断していたわけではない。いきなり足元に現れては、前兆魔力を感じ取らないかぎり避けるのは難しい。
いきなり変わった周囲の光景に三人は混乱する。そこはコンクリートで作られた大きな空間。明らかに人の手が入った場所だ。
戸惑い続ける三人の背後から音がする。その方向へと振り返ると、鉄格子がゆっくり上がっていた。鉄格子の向こうには二体のなにかがいる。
それも元レスガインだ。だがそれを見て三人はレスガインだと気づけない。ほぼ抜け落ちた毛、複眼、アンバランスに肥大した足、片方の背からは骨のみの翼が生え、もう片方の背には人の上半身が生えている。人の目は虚ろでなんの感情もうつしておらず、ときおり人とは思えない狂った笑い声を上げている。
少し前に見たレスガインが完成作とすれば、こちらは失敗作。原型すらわからない、作った者の関心すら失っていた廃棄を待つだけの生物。
今この状況の意味がまったくわからず、三人は悲鳴すら上げられない。
そして二体のレスガインが襲い掛かってきたため、防衛本能の命じるままわけのわからない戦いは始まった。
レスガインの攻撃を避けて、レーネは骨翼のレスガイン、リヒトは狂人のレスガインに相対した。シェインはサポートだ。二体のレスガインの力自体は蠍尾のレスガインに劣らない。しかしバランスの悪さが能力を阻害している。だから三人が全力で当たれば勝機はある。それを本能が感じ取った三人は、身体能力を上げる魔術を使う。さらにレーネとリヒトはそれぞれの武器に属性付与魔術を使い炎と雷をまとわせた。シェインは二人が準備を整えるまで、牽制弾を撃ちレスガインを近寄らせない。
「せいっ」
「うらあっ」
準備を整えたレーネとリヒトは武器を突き出す。炎をまとった槍と雷をまとった剣がレスガインをかする。
狂人が痛みに悲鳴を上げる。それを聞いて三人の顔が歪む。
こんな戦いは早く終わらせたいとシェインはサポートから攻撃に移る策を考え始める。シェインが考えている間にも戦いは進む。
レーネが受けた傷は少ない。骨翼による切り傷がほとんどだ。槍の間合いを保って戦っているので、傷は少なくてすんでいる。一方リヒトの傷はレーネよりも多い。しかしそのことがリヒトに危機感と気合を抱かせ、与えるダメージはレーネよりも大きい。
槍と骨がぶつかり嫌な音が響き、剣が肉を裂き悲鳴が上がる。
じっと様子を見ていたシェインが動く。ガンカードを二枚取り出しながら、これから行うことを声に出す。
「リヒトの方に閃光弾使って動きを止める! そのあとハードショット使うからリヒトはそいつから離れて、お姉ちゃんに加勢して!」
「わかったっ」
返事を聞き、牽制弾から閃光弾のガンカードへと入れ替える。
「3、2、1!」
素早くカウントダウンし、閃光弾を狂人レスガインへと撃った。
リヒトはカウントダウンが始まると狂人から離れ、カウント1の時点で目を閉じる。レーネも同じようにカウント1で目を閉じる。
まともに閃光を直視した狂人とその余波で目が眩んだ骨翼。動きを止めることができている間に、シェインは素早く最大威力のガンカードをグリップに差し込んだ。
銃をしっかり両手で支え、狂人へと向ける。
「いっけえっ!」
銃身からシェインの体長とほぼ同じ大きさの光弾が放たれる。攻撃の反動でシェインの肩に負担がかかり、痛みがはしる。
その光弾は狂人を飲み込み、共に壁にぶつかっていった。
リヒトが前もって与えていたダメージも相まって、壁から落ちた狂人はわずかに足を動かすだけで立ち上がる様子はない。
これでレスガイン一匹退場となるが、シェインも退場だ。
プントに残る魔力がほぼセロで、銃自体も整備が必要な状態なのだ。ハードショットは三人の攻撃の中で一番の威力を誇る攻撃だ。しかし銃の性能を少しオーバーしている攻撃でもある。ハードショットを使ったあとに一発でも攻撃すると、銃が壊れかねない。
攻撃手段が銃と魔術のみのシェインにできることはない。あとはもう一匹を倒せるように祈ることと、不測の事態に備えて少ない魔力で使える魔術の準備をしておくことだけだ。
「レーネ危ないっ」
リヒトが叫ぶ。骨がレーネを狙って振るわれている。
骨翼は閃光による被害が余波だけですんだので、正面にいるレーネの影を捉える程度の回復はすぐにできたのだ。一瞬でも目を閉じ、骨翼から注意がそれた瞬間の攻撃で、レーネの防御は間に合うかどうかだ。
走る勢いそのままにリヒトはレーネを突き飛ばす。自分もそのまま走りぬけ、骨を避けようとする。
「いっだっ!?」
だが完全には避けきれず、利き腕上腕部を深く切り裂かれた。
「リヒト!?」
負傷したリヒトを守るためレーネはすぐに起き上がり、槍で骨翼を牽制する。
「シェイン! リヒトをできるだけでいいから治療して!」
「わかった!」
動く分にはなんの問題もなくリヒトは負傷部分を押さえ血を止めながら、レーネから離れる。
シェインも走りよって、すぐに治療を始める。
「血を止める程度にしか治療できないからね。動かしたらすぐに傷口は開くよっ」
残りの魔力では完全治療は無理だった。
「少し治るだけでも十分! シェインは離れてろ!」
「うん」
できることがなくなったシェインは自分が足手まといという自覚もあり、素直に離れる。
左手に剣を持ちリヒトは再び戦いに加わる。
「決定打は無理だから、そっちはレーネよろしく!」
「了解!」
リヒトは骨翼の気を引きながらの防御に徹する。利き腕ではないので、攻撃を防ぎそこねダメージを負うこともあるが、囮としての役割は十分に果たしている。
骨翼の注意がリヒトに向いた瞬間を狙い、レーネが力を込めた突きを放つ。これを繰り返し、二人は骨翼の体力を削りきった。すでに身体能力上昇の効果も属性付与効果も切れていた。
骨翼が地に倒れた次の瞬間、荒く息を吐く二人も地に座り込んだ。
「お姉ちゃん傷治さないとっ」
「少しだけ休ませて」
シェインは水筒の水でハンカチを濡らし、二人の傷を拭いていく。そして拭きながら口を開く。
「ねえ、二人とも気づいてる? 振動が収まってないんだよ」
「振動?」
首を傾げるレーネとリヒト。呼吸を整えることに集中していて、それ以外のことを気にしていなかったのだ。
改めて言われると、確かにかすかな振動が床から伝わってくる。
「さっきまで私はお姉ちゃんたちの戦いで振動が起こってるって思ってたんだ。
でもよく考えると、そこまで派手なことしてないよね」
「まあね。あれも振動を起こせるほどの巨体ってわけでもないし」
レーネの視線がレスガインに向いた。失敗作レスガインもそれなりに大きいが、コンクリートの床を揺らせるほどかというと疑問が湧く。起こせてももっと小さな振動ではないと思われる。
「ということはだ、どっかで大きな振動が起こるような派手なことが起きていると」
「たぶん。それを踏まえてこれからどうしよう? ここでじっとしてる? それとも脱出するために移動する?
待ってれば派手なことは終わるかも。でも最悪ここが崩壊なんてことも考えられる。行動すると派手なことに鉢合わせなんてことになりかねない」
「どっちもリスクがあるのか」
「とりあえず、少し休みましょうか。このまま動いてもすぐばてるんじゃないかと思う」
レーネの提案に二人も賛成し、携帯食を食べるなどして二十分ほど休憩する。
休憩している間に、少しくらいはここがどこでなんなのか探ろうということになり、三人は外へと通じる扉を探す。
壁を叩く、壁の手触りの違いを探る、といったことで三十分の時間をかけてこれはという部分を一箇所みつけた。
「ここを壊してみるか。レーネ、よろしく」
レーネの魔術により利き腕の怪我の具合はましになりはしたが、無理は禁物ということで利き腕の使用を禁じられている。
「わかったよ。二人とも離れて」
魔術で腕力を上げ、槍全体に炎を宿らせる。レーネ自身も壁から離れている。
深呼吸を繰り返し集中力を高め、準備が整い動き出す。足、腰、胴、肩、腕と捻りの力を伝え槍を投げようとした瞬間、壁が開いた。
レーネは慌てて投げを止めようとして、それが無理だと悟り、せめて狙いをそらそうと余分な力を体に加える。おかげで筋を痛めることとなったが、成果は出た。レーネの手から放たれた槍は目標点から三メートルそれた場所へと飛びぶつかった。
槍は壁に突き刺さり、槍を中心として大小のひびを広げた。
「なにごと?」
轟音が治まったあと、三人は聞き覚えのある声を聞く。
「ヨウヘイさん?」
「三人ともなんでこんなとこに?」
ヨウヘイの隣には大剣を持ったイツキもいる。
「どうしてって言われても。森の中にいたはずなのに、一瞬でこんなところに来て、化け物が襲ってきて、どうなってるのかこっちがききたいよ!」
「わかれたあとすぐにここにきた? それともしばらくして?」
「しばらくて」
「そっか。だとすると俺たちの巻き添えっぽいね。ごめん」
「謝られても……謝る理由がいまいちわからないよ。説明してもらいたいんだけど」
移動しながらでもいいかと聞く陽平にシェインたちは頷く。
三人がいた部屋を点検し、なにもないことがわかると陽平とイツキは部屋を出て別の場所へと移動する。
レスガインの死体は蒼い炎で焼却した。これはオーエンが死んだときルチアが使った魔法だ。心穏やかに魂の泉へといけるように開発された火葬魔法だ。
「どこから話そうか……まずここがどこか。ここは森の地下に作られた研究所。
どんな研究をしていたかというと、まあ三人が倒したような怪物を作ったりだな。
研究の材料にほかのところから魔物を連れてきたり、人間をさらってきていた。ここらでも馬車以外に旅人がさらわれていたんだ。
いつの時代も人間のやることは変わらないよなぁ」
「昔もこんなことしてたの? 人間を材料にしたりとか」
レーネの言葉に頷く。
「二千年前以上にただの人間を人工的な魔法使いにするための実験も行われてた」
「そんな昔から」
「二人はさらわれた誰かの親類から救出を頼まれてここにきたのか?」
「違う。俺たちがここにきたのは、ここを潰すことを依頼されたから。あと小型魔力増幅炉を壊すことも目的だ」
「そんなものまでここにあるのか!?」
「魔術の研究をするには魔力が必要不可欠だからな。供給される魔力だけじゃ足りなくて、自分たちで必要分を作ろうと考えてもおかしくはないさ。
その行為が世界崩壊に繋がるなんて少し考えたらわかるだろうに」
「小型増幅炉が作れるなら便利だって思ったんだけど、危ないの?」
危険性を理解できないシェインが首を傾げる。レーネも同じ様子だか、リヒトはさすがに家柄ゆえにそこらへんの勉強をしているのだろう、危ないことだとわかっているようだ。
「魔力増幅炉ってのは魔法使いの技術である吸収法と増幅法を元に作られている。魔法使いはそれらの技術で世界に漂っている魔力を自分のものとできるんだ。
んで魔法使いの技術を元にしてるということは、増幅炉の魔力も世界から取り入れたものを元に増やしている。
世界に漂っている魔力は、世界を存続させている力から溢れ出た余りもの。その余りものを全て使い切るくらいなら問題はない。でも世界を存続させている力すら使い出したら、どうなるか簡単に予想はつくだろ? 人間だって必要な栄養が足りてないと元気でいられない」
「……世界も疲れだして、いつか死ぬ」
ヒントをもらい導き出した答えをシェインは口に出した。
「うん。その通り。正確には大樹が死ぬ、だけどね。大樹が死ねば世界も滅ぶから、世界が死ぬって言って間違いない」
「大事じゃん!?」
「だから壊すんだよ。世界に存在する六つの魔力増幅炉は、無意味に六つあるわけじゃない。六つがぎりぎりなんだ。小さくてもこれ以上の魔力増幅炉は邪魔でしかない」
実のところ、陽平たちのここにきた目的は小型増幅炉破壊のほうが比重が高い。研究所の破壊はついでだ。
陽平はイツキが生まれる前からこういった仕事を何度もスリアに頼まれている。魔力増幅炉誕生には陽平が関わっているからその責任を取れということと、スリアが力を使い壊すとうっかり必要分の力も使って世界弱体化を起こしかねないのだ。この二つの理由により、増幅炉破壊は陽平の仕事となっている。
「ここにヨウヘイさんたちがきた理由はわかった。じゃあ謝った理由は?」
「それは、俺とイツキに対する人質的な感じだろうね」
「人質?」
「私たちはここにくるまで派手に壊してきましたから。研究員が自信満々にはなってきた改造魔獣を一撃で葬ったり、床や壁を壊して新しい道を作ったり。
そんな私たちを静かにさせ捕らえるために、皆さんをあそこに転移させたんでしょう」
森で陽平たちがレーネたちと接触した様子を配置したカメラで見ていたのだろう。
「振動の原因はあんたらかい。どんだけ派手に動いたんだよ」
「どれくらいって、これくらい?」
扉を開けた先にいた研究員と機械類に向かって、直径五十センチの火炎球を十個飛ばす。いつのまにか手に持っていた式符が塵と消えた。
爆風と爆発音に研究員の悲鳴はかき消された。
「生存者と無事な機械は?」
「皆無です。次に参りましょう」
あっさりとした主従に三人は今見たことは白昼夢かと疑う。しかし吹き付ける熱風と耳に痛い破壊音が現実だと知らせてくる。
「ありえないだろ! あの威力!」
「特注品のプントとカードだから」
怒鳴るリヒトに、陽平はあっさりと返した。魔法だとばらす気は相変わらずない。
プントが特注品だというのも嘘ではない。知り合いの一流職人に改造してもらっているからだ。その改造品でもあの威力を出すのは無理なのだが。長生きしている面目躍如といったところか。ちなみに千年以上前に成長はすでに止まっていたりする。それでも長生きした魔法使いを軽く超えた魔力を持っているのだから、これくらいは楽に行えるようになっている。
成長が止まったのは、そこが魔法使いの限界なのだろう。マルチーナのように限界を超えることも可能かもしれないが、陽平にその気はないので惰性で魔力を鍛えている日々だ。
研究員と機械は殺し壊し、レスガインのように改造された者は蒼い炎で燃やしていく。大量殺人が起きているのだが、それを指摘できるほどの余裕は今の三人にはない。
それを繰り返し、ついに小型魔力増幅炉を発見する。
「これを壊すんだよね?」
シェインが炉を見上げながら言う。小型といっても五メートルを超す。
「このまま爆破なんてしたらここら一帯が吹き飛ぶから、まずは魔力を抜かないとね。
イツキよろしく」
「了解です」
イツキが操作のための機材に近寄り操作を始める。
「今まで見たいに火の玉とばさないのは危ないからだよね」
シェインは隣にいる陽平に聞く。
「攻撃魔術みたいな攻性魔力だと、あの中の魔力に引火してボンっだ。さっきも言ったようにその威力は森一つ簡単に吹き飛ばす。確実に近くの村も被害を受ける。
ほかの魔術でも飛びぬけた効果をたたき出して、どんな副作用をもたらすか」
「小説とかだと、ここで生き残りの研究員がやってきて増幅炉暴走とかさせるシーンだよね」
「研究員は殺しつくしたから、その心配はないな」
「あっさりと怖いこと言うね」
感覚が麻痺している今だからこそシェインは陽平の言葉を聞き流すことができた。通常の状態ならば確実に陽平たちに恐れを抱く。
静かなレーネとリヒトは、少し離れた場所で話している。骨翼のレスガインから庇ってもらったことの礼を言っているのだ。大事なんだから庇うのは当たり前だろうと、リヒトが言い、それに対してレーネが顔を赤く染める、といった恋愛シーンのようなことが起きている。現実逃避でもあるのだろう。少しでも自分たちの日常に近いことをして、心を落ち着けようとしている。二人とも無意識の行動なのだろうが。
それをちらりと見たシェインは、これでようやく恋人になるね、と口に出さず小さく祝福の笑みを浮かべた。きっかけがなんであれ、姉が幸せになるのは嬉しいのだ。
増幅炉の魔力作成を止めたイツキは、魔力タンクへと移動する。腰のポーチから太ペンを取り出し、タンクの側面に文字や記号を書いていく。
「あれはなにしてるの?」
「見てればわかるよ。複雑化してるとはいえ、見覚えあると思うけど」
シェインはじっとイツキの書いたものを見ていく。たしかに見覚えがある。十年も前の記憶ではない。
「んーたぶんだけど、人工根晶を作る式?」
「当たり」
シェインが人工根晶作成式を習ったのは七年近く前のことだ。しかもそのときはもっと簡単な式を習ったのだ、今イツキが書いているような複雑なものを見て、すぐにわかれというほうが無理だ。
「爆破はできないから、固めてしまおうってことだよ」
十五分近くかけて完成させた式を発動させると、タンクの中からなにかが落ちてぶつかった音がした。
イツキは大剣でタンクの表面を切り裂き、中に入っていく。出てきたイツキの手には、一辺五センチの緑色のブロックが握られていた。
「人工根晶回収完了」
人工根晶を渡してくるイツキの頭を陽平が撫でる。イツキの頬がわずかに朱に染まったのに、シェインは気づいた。
「お疲れ様。あとはこれを壊すだけっと」
誘爆する恐れのなくなった増幅炉へと、陽平は黒い牙状のものを次々放っていく。黒い牙が増幅炉に触れるたび、金属は音もなく裂けていく。一分もかからずにバラバラになった増幅炉へとさっきまでの火の玉とは輝きの違う火の玉をぶつける。金属片は火の玉にくっつき、溶けていく。そのまま一つの金属塊となったものに仕上げとして、冷気を含んだ風をぶつける。手に持てるほどに冷え切った金属塊を陽平は拾い上げた。そして小さな袋に詰め込む。イツキの持つ鞘と同じ効果のものだ。
「重くないそれ?」
「重いよ」
「捨てて置いたままでもいいと思う」
「いやいや長時間魔力に触れ続けた金属は、魔術具のいい材料になるんだよ。これだけ売ったら軽く100万Pに届く」
「100万!? そんなのが100万……世の中なにが売れるからわからないもんだねぇ。
さっきの人工根晶も高値で売れるだろうし、ヨウヘイさんたち今日はすっごい黒字だぁ」
呆けるシェインの頭をイツキと同じように撫でつつ言う。
「人工根晶は売れないよ。証拠品として提出しなきゃいけないし」
「そうなんだ」
「そうなんです。さて用事もすんだし帰ろう。
そこのお二人さん、帰るよ。続きは宿でしなさい」
目を離した隙に抱き合っていたレーネとリヒトに声をかけた。
レーネたちに出会うまでに、あちこちと歩き回るうちにみつけたさらわれた人たちを回収し、一行は森へと出てきた。すでに夜も更けており、あと二時間もすれば朝となるだろう。
森の空気を美味しく感じている者が多い。陽平とイツキを除いた全員が、そのように感じていた。
ぞろぞろと夜道を歩き、村に帰る。いくつもの明かりを浮かべているので暗くはない。もうすぐ出口というところで、地面が揺れた。ぼろぼろになっていた研究所が崩壊したのだ。
村の見張りが村に近づく一行をみつけ、事情を聞き騒いだことで、眠っている人々が起き出し、騒ぎはさらに広まる。
囚われていた人々は陽平たちの止まっている宿とは別の宿に案内されゆっくり休むことになった。陽平たちも宿に戻り、とっている部屋に戻る。レーネたちはベッドに入ると夢も見ないほど深い深い眠りにつく。
三人が起きたのは午後四時すぎだ。空腹を満たすため宿内の喫茶店に向かう。
そこでは陽平とイツキが役人となにかを話していた。
「おはよーヨウヘイさん、イツキさん」
「おはよう、疲れはとれたみたいだね」
「おはようございます」
シェインの挨拶に陽平は手を振って答える。
「コヅカ殿、あの三人が巻き込まれた冒険者ですか?」
ちょうどコーヒーを飲むところだった陽平は頷いて肯定する。
役人は立ち上がり、三人の前に立つ。
「私はこういうものです。
昨日のことでお話を聞きたいのですが、よろしいですか?」
身分を証明するように役人が懐からメダルを取り出し、三人に見せる。
「これって確か……大樹大神殿国警士の証明メダルだったけか?」
世界を舞台として事件解決に動く人だと証明するメダルだ。彼らは自国他国の境を無視して動くことができる。ある程度の権力も与えられており、国仕えの高官と対等に張り合うこともできるほどだ。それだけにこの職に就くのは難しいし、性根の曲がった者は試験の時点ではじかれる。
レーネたちは緊張しつつも昨日森に入ったところから正直に答えていく。
役人は陽平たちから聞いた話と照らし合わせ、今回の騒動の内容を再確認していく。
「ありがとうございます。ご協力に感謝します。
これを依頼所の職員に渡してください。報酬に上乗せされます」
巻き込まれたことに対しての慰労金支払いの書類の入った封筒をレーネに渡した役人は頭を下げ、去っていく。これから現場に向かうのだ。
思ったよりも簡単に終わった聴取に、三人は少しだけ拍子抜けしている。簡単にすんだのは、事前に陽平が三人は巻き込まれただけだと証言していたからだ。役人と話しをしたとき陽平は、自分たちの身分証明として大樹大神殿からもらった役職メダルを提出していた。陽平のメダルは国警士メダルと似た役職のものだ。それによって犯人とのつながりは否定され、陽平の言葉も信じるにたると判断されていた。
役人が去ったあとレーネたちは、話している最中に注文していた料理を食べ始める。流した血の分も取り戻すため、その量はいつもより多い。
食べ終えて満足した三人は、これから陽平たちがどうするのか聞く。
「一度、家に帰るよ。地元に連れて行く約束した人たちもいるしね」
囚われていた人の中には改造され、人前に出にくい人もいる。そんな人たちに陽平は外から人のこない島村で暮らさないかと提案した。昔から研究者の被害にあった人たちをその島に連れ帰っているのだ。島には不可視と侵入不可と感知不可の結界を常にはってあるので誰にもみつからずにすんでいる。一度そこに入ると、一生そこに住むことになるが、人前に出られないので島から出ようと思わない。島の住民の子孫には改造された人の子孫もいるので、そういった人たちにも寛容だ。
そういったことを説明すると、九人の改造者のうち六人が島に行くことを望んだ。残り三人は改造されたことを隠しながら家族の元に帰るようだ。この人たちや改造されずにすんだ人たちの旅費は国警士が出すことになっている。
「いつここを発つの?」
「あと二時間もしたら」
「……早いね」
もう少し村に滞在しているものだと思っていたシェインは驚いている。
「安住の地に早く行きたいだろうからね」
「もう少し二人と話したかったんだけど、そういったわけがあるなら仕方ないかぁ」
「じゃあ、またいつかどこかで」
陽平は、なんとなくシェインとはどこかで会う気がしていた。ただの勘なので口に出すことはない。
「皆さん、お元気で」
イツキは一礼し、喫茶店を出て行く陽平のあとをついていく。
二人での背中を三人は見えなくなるまで見送った。
シェインが二人と再会するのは半年後。
姉とリヒトとわかれ、別のパーティーに入って依頼のためアラストノーヴァという鉱山街に行ったときだ。
魔物と人間の争いが三人を結びつけることになる。
隠れ里島ミルティアへ
三十分後の五時半にフロント前に集合と決めて、三人は装備を外すため部屋に戻る。
陽平とイツキは二人部屋を取り、案内してもらう。
時間通りフロント前に集合した五人は、夕食はいらないことを職員に告げるついでにどこか美味しい食事を出す店はないかと聞く。宿を出た五人は、教えてもらった店へと談笑しながら歩いていった。
紹介してもらった店は繁盛しているようで賑やかだ。中に入り、適当に注文する。料理を待つ間も会話は続く。
「イツキさんとヨウヘイさん、以前どこかで会ったことなかったか?」
二人になんとなく見覚えがあるリヒトは、思い出せないもどかしさから聞いてみる。
気のせいではなく、リヒトは小さい頃に二人を会ったことがある。リヒトが自己紹介したとき、その名前に聞き覚えのあったイツキは記憶を辿り、十年以上前に一度会ったことがあると思い出したのだ。
会ったのは大樹大神殿主催のパーティー。リヒトの父は前神官長の補佐の一人で、そのパーティーにリヒトも参加していた。パーティーに初めて参加したリヒトは、珍しさに前も見ず歩き回り、こけそうになった。そのとき咄嗟に支えたのがイツキだ。イツキのそばには陽平もいた。
リヒトが思い出せないのは、幼い頃の思い出だからだ。
「俺は覚えがない。イツキはどう?」
「私もです」
大神殿関係者だとばらす気のない二人は、誤魔化すことにした。これをリヒトはあっさり信じる。
「そっか。俺の勘違いなんだろうな。俺が美人さんを忘れるはずないしな!」
疑問のはれたリヒトの関心は運ばれてきた料理へと移った。
イツキも料理を頼み、食べた。魂を得たこととヴァージョンアップのおかげで味覚がある。ただし魔力をエネルギーとするゴーレムである彼女にとって食事は趣味でしかない。体内に入った食べ物は消滅し、なんのエネルギーにもならない。むしろ焼却処分する必要があるだけ、食事という行為はイツキにとって負担になる。もっとも美味という利益を得ることができるので、イツキは焼却処分は負担とは考えていない。
満足した夕食を終え、五人は宿へと戻る。それぞれの部屋に戻り、レーネたちは今日の疲れをとるためすぐに温泉へと向かった。陽平たちも少し遅れて温泉に向かう。
陽平が風呂場に入ると、そこにはリヒト以外に二人いるだけで空いていた。
体を洗い、陽平はリヒトの近くに陣取る。
「湯加減はどう?」
「ちょうどいいんじゃないかな」
「ゆっくり浸かるといい。ここの湯は打撲や傷に対して効能があるらしいから」
効能を聞いたリヒトは、お湯を体に刷り込むように体をさする。
「そりゃいいな。湯あたりしない程度にのんびりしていこう。
それにしてもあれだけ苦戦するとは。大怪我するとか思ってなかったんだけどな」
「そうなのか?」
「レスガインのことを調べたときは、駆け出しでも油断しなければ大怪我しないって書いてたし」
「調べたってどうやって?」
「パソコンの魔物事典」
「それだけなら資料が少ない。それにあれは戦う環境や人数をあまり考慮してない。例えるなら整備された地面で一対一で戦った場合の結果。今回のように森の中で複数と戦うって場合にはあまり当てはまらない」
「そうだったのか」
「本にも魔物のことは載ってるから、次からはそういったものも活用するといい。
ついでだから森に入っての行動教えてもらえるか? どんな道筋であんな状況になったか気になる。似たような状況に陥らないよう参考にしたい」
「えっと、始めは」
リヒトは朝からの行動を話していく。端折れるところは端折ったので、話し終わるのにそう長く時間はかからなかった。
ふむふむと頷いて聞いていた陽平は聞き終わり口を開く。
「最初の一匹は斥候だな。森に入ってきたものの情報を探るために三人の前に現れたんだ。斥候はほかにもいたんだろう。その中の一匹と鉢合わせになったんだ」
「斥候って狐の魔物がそこまで頭いいか?」
「知識はないけど、知恵はある。まして狩りのことなんだ。慣れているだろうさ。それくらいの判断はできるし、できないと食い物にありつけず飢えるだけ。
斥候も死ぬまで戦うつもりはなかったんだろうな。情報を集めて巣に戻り、狩るかほっとくか話し合う。でも三人が強くて戻れなかった。だから情報だけはと最後に吠えて、離れた場所にいる仲間に伝えた」
「あれって断末魔かと思った」
「情報を受け取った仲間の下した判断は様子見。静かに三人をつけまわし、隙があれば襲い、なければ諦める。こう考えていたんじゃないかねぇ。
実際、気が抜けたところで襲われたみたいだし、そう間違った推測でもないと思う。
それに人間を襲うことは慣れてみるみたいだった」
「根拠は?」
「森の中に人の骨がちらほらと。中にはまだ肉片のついてた骨もあった。そんじょそこらの獣じゃ人間は襲えない」
「うへぇ」
肉についた骨を想像してしまいリヒトは顔を歪める。
「明日レスガインを探すんだろう? 今度は最後まで気を抜かないように」
「そうするよ。今回はいい経験になったって思うことにする」
話に区切りがつき、上がるのにちょうどいいと二人は風呂からでた。
男二人が昼のことを話している間、女たちはイツキのことで盛り上がっていた。容姿やスタイルのよさを羨ましがっていたのだ。
イツキの容姿は、陽平がなにからなにまで決めたわけではない。どうしようかと悩んだあげく、スリアに人間の容姿の平均をだしてもらったら、今の容姿になったのだ。
無表情気味なので冷たく見られることもあるのだが、誰もが見惚れる容姿となっている。
レーネやシェインに体型を保つ秘訣など聞かれるのだが、変化しないものなので聞かれても答えようがなく、適度な運動と睡眠と食生活だと答えておいた。完全に間違った答えではないので、二人は納得する。もともと気をつけていることなので物足りなさは残ったが。
風呂から上がったレーネたちは、疲れをとるため早めに寝て明日に備えた。
レーネたち三人が起きたのは7時だ。身支度を整え、朝食を食べ、出かける準備が整ったのが八時過ぎだ。その頃には陽平たちはすでに宿を出ていた。
昨日の話から行き先は森だろうとわかっている。同じところに行くのだから一緒に行けばいいのにと思いつつ三人も宿を出る。
昨日で目標の五匹には達しているので、今日は討伐よりも探索に力をいれる。ざっと森を回り、狩り残しがいないか探すのだ。探索しだいでは今日で依頼は完了する。
昨日とは別方向へと森を進み、レスガインを探していく。ときどき茂みに石を投げ入れ、つけられていないか、隠れていないかも調べていく。
朝買っておいた昼食を食べて、探索を再開した三人の耳に遠くから物音が聞こえてきた。
「どこから?」
「右からだと」
レーネの問いにリヒトが答え、シェインが肯定するように頷いた。
そちらにレスガインがいるかもしれないと三人は戦闘態勢を整え走りだす。音は徐々に大きくなっていく。それは木々が衝撃で揺れ、地になにかがぶつかる音。
音の発生源にいたのは戦うイツキと見ている陽平だ。イツキが戦っているのはレスガインのようなもの。三人にはそれがレスガインなのか判断つかなかった。
昨日のレスガインは成長した雄ライオンより少し小さい程度だったが、今目の前にいるものは二倍近い体躯を持つ。違いはそれだけではなく、ふさふさの尾の代わりに蠍の尾があり、背中からは蟷螂の鎌が一本生えている。もう一本あったらしいが、それはすでにイツキに斬り落とされている。
「それ以上近づくなよ」
ちらりと三人を見た陽平は、視線を元に戻し言った。
「あれはなに?」
「元レスガイン」
レーネの疑問に簡潔に答えた。
「イツキの手助けしなくていいの!?」
「あの程度にイツキはやられない」
陽平の言葉にはなんの不安もなく、勝って当然だと、三人には聞こえた。
どこかから視線のようなものを感じ取って、手を抜き戦っている姿が三人には苦戦しているように見えたのだろう。
レスガインのようなものを相手にしてかすり傷一つ負っていないイツキを見て、陽平の言葉は自信過剰ではないと思えた。
三人は見ているしかない。手が出せないからだ。昨日戦ったレスガインと同種とは思えないほど、素早く力強いあれに迂闊に近づけないからだ。三人が今まであった魔物の中で、一番の実力を持っているように感じられた。
イツキが大剣を振るうたび、レスガインに傷が入り血飛沫が舞う。
十分体力を削ったと判断したイツキは、いっきにレスガインの正面に近づき、その勢いのまま大剣を斜め下から斬り上げた。
頭蓋骨ごと顔を斜めに斬られたレスガインは少しだけ空中に浮いて、地面に倒れこんだ。体を多く斬られても動き回っていたレスガインもさすがに致命傷となったのか、動きは徐々にゆっくりとなっていき、やがて止まった。
完全に息の根が止まったことを確認し、イツキは大剣を振って刃についていた血を払い、鞘に納めた。
陽平がレスガインに近づき、調べていく。
「ヨウヘイさん? 昨日話した森に起きた異変ってこれがいたことかな?」
シェインもレスガインを見ようと近づき、話しかけた。
「原因の一つだろうね。見た目が大幅に変わったとはいえ、元レスガインには違いない。仲間意識が働いて、共存に近いことをできてたんだろう。今まで一緒の森にいたことからわかる。だとしたらレスガインたちが森の外に出たことに疑問が浮かぶ。餌を求めて外にってのは弱い。森の中にはまだまだ餌となる獣がいる。それらを無視して人間を襲うほどレスガインは頭は悪くない」
「馬車を襲ったのには空腹以外に理由があるってこと?」
「かもしれない。考えすぎかもな」
調査を終え陽平は立ち上がる。
「三人はレスガインの残りを探してるんだろ?」
「そうだけど」
「だとしたら仕事は終わりだ。ここにくるまでにレスガインの巣をみつけたんだ。そこにはレスガインはいなかったし、これにも取り巻きはいなかった。大家族が住めるほど巣穴は大きくなかった。
この森のレスガインはこれを含めて六匹だったみたいだぞ。村に帰って報告して村人を安心させたら?」
「そうなの? どうする、帰るお姉ちゃん?」
「そうね、私たちの用件は終わったことだし帰ろうか」
「私としては原因も気になるんだけど」
「それは俺たちの仕事。シェインの仕事はレスガイン討伐で、仕事こなしたんだから気にすることはないだろ」
「人の仕事にまで手を出せるほど余裕はないだろう俺たち。シェイン、ここはヨウヘイの言うとおり帰ろうや」
リヒトの言うとおりなのでシェインは帰ることに頷く。
調査のためまだ森に残るという陽平とイツキに別れを告げて、三人は森を出るために歩き出す。
歩いているときもシェインは、ちらちらと後ろを振り返る。
「うーん、気になる」
「ちゃんと前見て歩きなさい。こけるわよ?」
「そんなに気になるなら、ヨウヘイたちが戻ってきたら聞けばいい。話せる部分は話してくれるさ」
シェインはそれで我慢するしかないかと納得することにした。
森の外が見える場所までたどりついたとき、三人はその場から消えてしまった。足場に魔術陣が現れていたのだが、今回は三人が油断していたわけではない。いきなり足元に現れては、前兆魔力を感じ取らないかぎり避けるのは難しい。
いきなり変わった周囲の光景に三人は混乱する。そこはコンクリートで作られた大きな空間。明らかに人の手が入った場所だ。
戸惑い続ける三人の背後から音がする。その方向へと振り返ると、鉄格子がゆっくり上がっていた。鉄格子の向こうには二体のなにかがいる。
それも元レスガインだ。だがそれを見て三人はレスガインだと気づけない。ほぼ抜け落ちた毛、複眼、アンバランスに肥大した足、片方の背からは骨のみの翼が生え、もう片方の背には人の上半身が生えている。人の目は虚ろでなんの感情もうつしておらず、ときおり人とは思えない狂った笑い声を上げている。
少し前に見たレスガインが完成作とすれば、こちらは失敗作。原型すらわからない、作った者の関心すら失っていた廃棄を待つだけの生物。
今この状況の意味がまったくわからず、三人は悲鳴すら上げられない。
そして二体のレスガインが襲い掛かってきたため、防衛本能の命じるままわけのわからない戦いは始まった。
レスガインの攻撃を避けて、レーネは骨翼のレスガイン、リヒトは狂人のレスガインに相対した。シェインはサポートだ。二体のレスガインの力自体は蠍尾のレスガインに劣らない。しかしバランスの悪さが能力を阻害している。だから三人が全力で当たれば勝機はある。それを本能が感じ取った三人は、身体能力を上げる魔術を使う。さらにレーネとリヒトはそれぞれの武器に属性付与魔術を使い炎と雷をまとわせた。シェインは二人が準備を整えるまで、牽制弾を撃ちレスガインを近寄らせない。
「せいっ」
「うらあっ」
準備を整えたレーネとリヒトは武器を突き出す。炎をまとった槍と雷をまとった剣がレスガインをかする。
狂人が痛みに悲鳴を上げる。それを聞いて三人の顔が歪む。
こんな戦いは早く終わらせたいとシェインはサポートから攻撃に移る策を考え始める。シェインが考えている間にも戦いは進む。
レーネが受けた傷は少ない。骨翼による切り傷がほとんどだ。槍の間合いを保って戦っているので、傷は少なくてすんでいる。一方リヒトの傷はレーネよりも多い。しかしそのことがリヒトに危機感と気合を抱かせ、与えるダメージはレーネよりも大きい。
槍と骨がぶつかり嫌な音が響き、剣が肉を裂き悲鳴が上がる。
じっと様子を見ていたシェインが動く。ガンカードを二枚取り出しながら、これから行うことを声に出す。
「リヒトの方に閃光弾使って動きを止める! そのあとハードショット使うからリヒトはそいつから離れて、お姉ちゃんに加勢して!」
「わかったっ」
返事を聞き、牽制弾から閃光弾のガンカードへと入れ替える。
「3、2、1!」
素早くカウントダウンし、閃光弾を狂人レスガインへと撃った。
リヒトはカウントダウンが始まると狂人から離れ、カウント1の時点で目を閉じる。レーネも同じようにカウント1で目を閉じる。
まともに閃光を直視した狂人とその余波で目が眩んだ骨翼。動きを止めることができている間に、シェインは素早く最大威力のガンカードをグリップに差し込んだ。
銃をしっかり両手で支え、狂人へと向ける。
「いっけえっ!」
銃身からシェインの体長とほぼ同じ大きさの光弾が放たれる。攻撃の反動でシェインの肩に負担がかかり、痛みがはしる。
その光弾は狂人を飲み込み、共に壁にぶつかっていった。
リヒトが前もって与えていたダメージも相まって、壁から落ちた狂人はわずかに足を動かすだけで立ち上がる様子はない。
これでレスガイン一匹退場となるが、シェインも退場だ。
プントに残る魔力がほぼセロで、銃自体も整備が必要な状態なのだ。ハードショットは三人の攻撃の中で一番の威力を誇る攻撃だ。しかし銃の性能を少しオーバーしている攻撃でもある。ハードショットを使ったあとに一発でも攻撃すると、銃が壊れかねない。
攻撃手段が銃と魔術のみのシェインにできることはない。あとはもう一匹を倒せるように祈ることと、不測の事態に備えて少ない魔力で使える魔術の準備をしておくことだけだ。
「レーネ危ないっ」
リヒトが叫ぶ。骨がレーネを狙って振るわれている。
骨翼は閃光による被害が余波だけですんだので、正面にいるレーネの影を捉える程度の回復はすぐにできたのだ。一瞬でも目を閉じ、骨翼から注意がそれた瞬間の攻撃で、レーネの防御は間に合うかどうかだ。
走る勢いそのままにリヒトはレーネを突き飛ばす。自分もそのまま走りぬけ、骨を避けようとする。
「いっだっ!?」
だが完全には避けきれず、利き腕上腕部を深く切り裂かれた。
「リヒト!?」
負傷したリヒトを守るためレーネはすぐに起き上がり、槍で骨翼を牽制する。
「シェイン! リヒトをできるだけでいいから治療して!」
「わかった!」
動く分にはなんの問題もなくリヒトは負傷部分を押さえ血を止めながら、レーネから離れる。
シェインも走りよって、すぐに治療を始める。
「血を止める程度にしか治療できないからね。動かしたらすぐに傷口は開くよっ」
残りの魔力では完全治療は無理だった。
「少し治るだけでも十分! シェインは離れてろ!」
「うん」
できることがなくなったシェインは自分が足手まといという自覚もあり、素直に離れる。
左手に剣を持ちリヒトは再び戦いに加わる。
「決定打は無理だから、そっちはレーネよろしく!」
「了解!」
リヒトは骨翼の気を引きながらの防御に徹する。利き腕ではないので、攻撃を防ぎそこねダメージを負うこともあるが、囮としての役割は十分に果たしている。
骨翼の注意がリヒトに向いた瞬間を狙い、レーネが力を込めた突きを放つ。これを繰り返し、二人は骨翼の体力を削りきった。すでに身体能力上昇の効果も属性付与効果も切れていた。
骨翼が地に倒れた次の瞬間、荒く息を吐く二人も地に座り込んだ。
「お姉ちゃん傷治さないとっ」
「少しだけ休ませて」
シェインは水筒の水でハンカチを濡らし、二人の傷を拭いていく。そして拭きながら口を開く。
「ねえ、二人とも気づいてる? 振動が収まってないんだよ」
「振動?」
首を傾げるレーネとリヒト。呼吸を整えることに集中していて、それ以外のことを気にしていなかったのだ。
改めて言われると、確かにかすかな振動が床から伝わってくる。
「さっきまで私はお姉ちゃんたちの戦いで振動が起こってるって思ってたんだ。
でもよく考えると、そこまで派手なことしてないよね」
「まあね。あれも振動を起こせるほどの巨体ってわけでもないし」
レーネの視線がレスガインに向いた。失敗作レスガインもそれなりに大きいが、コンクリートの床を揺らせるほどかというと疑問が湧く。起こせてももっと小さな振動ではないと思われる。
「ということはだ、どっかで大きな振動が起こるような派手なことが起きていると」
「たぶん。それを踏まえてこれからどうしよう? ここでじっとしてる? それとも脱出するために移動する?
待ってれば派手なことは終わるかも。でも最悪ここが崩壊なんてことも考えられる。行動すると派手なことに鉢合わせなんてことになりかねない」
「どっちもリスクがあるのか」
「とりあえず、少し休みましょうか。このまま動いてもすぐばてるんじゃないかと思う」
レーネの提案に二人も賛成し、携帯食を食べるなどして二十分ほど休憩する。
休憩している間に、少しくらいはここがどこでなんなのか探ろうということになり、三人は外へと通じる扉を探す。
壁を叩く、壁の手触りの違いを探る、といったことで三十分の時間をかけてこれはという部分を一箇所みつけた。
「ここを壊してみるか。レーネ、よろしく」
レーネの魔術により利き腕の怪我の具合はましになりはしたが、無理は禁物ということで利き腕の使用を禁じられている。
「わかったよ。二人とも離れて」
魔術で腕力を上げ、槍全体に炎を宿らせる。レーネ自身も壁から離れている。
深呼吸を繰り返し集中力を高め、準備が整い動き出す。足、腰、胴、肩、腕と捻りの力を伝え槍を投げようとした瞬間、壁が開いた。
レーネは慌てて投げを止めようとして、それが無理だと悟り、せめて狙いをそらそうと余分な力を体に加える。おかげで筋を痛めることとなったが、成果は出た。レーネの手から放たれた槍は目標点から三メートルそれた場所へと飛びぶつかった。
槍は壁に突き刺さり、槍を中心として大小のひびを広げた。
「なにごと?」
轟音が治まったあと、三人は聞き覚えのある声を聞く。
「ヨウヘイさん?」
「三人ともなんでこんなとこに?」
ヨウヘイの隣には大剣を持ったイツキもいる。
「どうしてって言われても。森の中にいたはずなのに、一瞬でこんなところに来て、化け物が襲ってきて、どうなってるのかこっちがききたいよ!」
「わかれたあとすぐにここにきた? それともしばらくして?」
「しばらくて」
「そっか。だとすると俺たちの巻き添えっぽいね。ごめん」
「謝られても……謝る理由がいまいちわからないよ。説明してもらいたいんだけど」
移動しながらでもいいかと聞く陽平にシェインたちは頷く。
三人がいた部屋を点検し、なにもないことがわかると陽平とイツキは部屋を出て別の場所へと移動する。
レスガインの死体は蒼い炎で焼却した。これはオーエンが死んだときルチアが使った魔法だ。心穏やかに魂の泉へといけるように開発された火葬魔法だ。
「どこから話そうか……まずここがどこか。ここは森の地下に作られた研究所。
どんな研究をしていたかというと、まあ三人が倒したような怪物を作ったりだな。
研究の材料にほかのところから魔物を連れてきたり、人間をさらってきていた。ここらでも馬車以外に旅人がさらわれていたんだ。
いつの時代も人間のやることは変わらないよなぁ」
「昔もこんなことしてたの? 人間を材料にしたりとか」
レーネの言葉に頷く。
「二千年前以上にただの人間を人工的な魔法使いにするための実験も行われてた」
「そんな昔から」
「二人はさらわれた誰かの親類から救出を頼まれてここにきたのか?」
「違う。俺たちがここにきたのは、ここを潰すことを依頼されたから。あと小型魔力増幅炉を壊すことも目的だ」
「そんなものまでここにあるのか!?」
「魔術の研究をするには魔力が必要不可欠だからな。供給される魔力だけじゃ足りなくて、自分たちで必要分を作ろうと考えてもおかしくはないさ。
その行為が世界崩壊に繋がるなんて少し考えたらわかるだろうに」
「小型増幅炉が作れるなら便利だって思ったんだけど、危ないの?」
危険性を理解できないシェインが首を傾げる。レーネも同じ様子だか、リヒトはさすがに家柄ゆえにそこらへんの勉強をしているのだろう、危ないことだとわかっているようだ。
「魔力増幅炉ってのは魔法使いの技術である吸収法と増幅法を元に作られている。魔法使いはそれらの技術で世界に漂っている魔力を自分のものとできるんだ。
んで魔法使いの技術を元にしてるということは、増幅炉の魔力も世界から取り入れたものを元に増やしている。
世界に漂っている魔力は、世界を存続させている力から溢れ出た余りもの。その余りものを全て使い切るくらいなら問題はない。でも世界を存続させている力すら使い出したら、どうなるか簡単に予想はつくだろ? 人間だって必要な栄養が足りてないと元気でいられない」
「……世界も疲れだして、いつか死ぬ」
ヒントをもらい導き出した答えをシェインは口に出した。
「うん。その通り。正確には大樹が死ぬ、だけどね。大樹が死ねば世界も滅ぶから、世界が死ぬって言って間違いない」
「大事じゃん!?」
「だから壊すんだよ。世界に存在する六つの魔力増幅炉は、無意味に六つあるわけじゃない。六つがぎりぎりなんだ。小さくてもこれ以上の魔力増幅炉は邪魔でしかない」
実のところ、陽平たちのここにきた目的は小型増幅炉破壊のほうが比重が高い。研究所の破壊はついでだ。
陽平はイツキが生まれる前からこういった仕事を何度もスリアに頼まれている。魔力増幅炉誕生には陽平が関わっているからその責任を取れということと、スリアが力を使い壊すとうっかり必要分の力も使って世界弱体化を起こしかねないのだ。この二つの理由により、増幅炉破壊は陽平の仕事となっている。
「ここにヨウヘイさんたちがきた理由はわかった。じゃあ謝った理由は?」
「それは、俺とイツキに対する人質的な感じだろうね」
「人質?」
「私たちはここにくるまで派手に壊してきましたから。研究員が自信満々にはなってきた改造魔獣を一撃で葬ったり、床や壁を壊して新しい道を作ったり。
そんな私たちを静かにさせ捕らえるために、皆さんをあそこに転移させたんでしょう」
森で陽平たちがレーネたちと接触した様子を配置したカメラで見ていたのだろう。
「振動の原因はあんたらかい。どんだけ派手に動いたんだよ」
「どれくらいって、これくらい?」
扉を開けた先にいた研究員と機械類に向かって、直径五十センチの火炎球を十個飛ばす。いつのまにか手に持っていた式符が塵と消えた。
爆風と爆発音に研究員の悲鳴はかき消された。
「生存者と無事な機械は?」
「皆無です。次に参りましょう」
あっさりとした主従に三人は今見たことは白昼夢かと疑う。しかし吹き付ける熱風と耳に痛い破壊音が現実だと知らせてくる。
「ありえないだろ! あの威力!」
「特注品のプントとカードだから」
怒鳴るリヒトに、陽平はあっさりと返した。魔法だとばらす気は相変わらずない。
プントが特注品だというのも嘘ではない。知り合いの一流職人に改造してもらっているからだ。その改造品でもあの威力を出すのは無理なのだが。長生きしている面目躍如といったところか。ちなみに千年以上前に成長はすでに止まっていたりする。それでも長生きした魔法使いを軽く超えた魔力を持っているのだから、これくらいは楽に行えるようになっている。
成長が止まったのは、そこが魔法使いの限界なのだろう。マルチーナのように限界を超えることも可能かもしれないが、陽平にその気はないので惰性で魔力を鍛えている日々だ。
研究員と機械は殺し壊し、レスガインのように改造された者は蒼い炎で燃やしていく。大量殺人が起きているのだが、それを指摘できるほどの余裕は今の三人にはない。
それを繰り返し、ついに小型魔力増幅炉を発見する。
「これを壊すんだよね?」
シェインが炉を見上げながら言う。小型といっても五メートルを超す。
「このまま爆破なんてしたらここら一帯が吹き飛ぶから、まずは魔力を抜かないとね。
イツキよろしく」
「了解です」
イツキが操作のための機材に近寄り操作を始める。
「今まで見たいに火の玉とばさないのは危ないからだよね」
シェインは隣にいる陽平に聞く。
「攻撃魔術みたいな攻性魔力だと、あの中の魔力に引火してボンっだ。さっきも言ったようにその威力は森一つ簡単に吹き飛ばす。確実に近くの村も被害を受ける。
ほかの魔術でも飛びぬけた効果をたたき出して、どんな副作用をもたらすか」
「小説とかだと、ここで生き残りの研究員がやってきて増幅炉暴走とかさせるシーンだよね」
「研究員は殺しつくしたから、その心配はないな」
「あっさりと怖いこと言うね」
感覚が麻痺している今だからこそシェインは陽平の言葉を聞き流すことができた。通常の状態ならば確実に陽平たちに恐れを抱く。
静かなレーネとリヒトは、少し離れた場所で話している。骨翼のレスガインから庇ってもらったことの礼を言っているのだ。大事なんだから庇うのは当たり前だろうと、リヒトが言い、それに対してレーネが顔を赤く染める、といった恋愛シーンのようなことが起きている。現実逃避でもあるのだろう。少しでも自分たちの日常に近いことをして、心を落ち着けようとしている。二人とも無意識の行動なのだろうが。
それをちらりと見たシェインは、これでようやく恋人になるね、と口に出さず小さく祝福の笑みを浮かべた。きっかけがなんであれ、姉が幸せになるのは嬉しいのだ。
増幅炉の魔力作成を止めたイツキは、魔力タンクへと移動する。腰のポーチから太ペンを取り出し、タンクの側面に文字や記号を書いていく。
「あれはなにしてるの?」
「見てればわかるよ。複雑化してるとはいえ、見覚えあると思うけど」
シェインはじっとイツキの書いたものを見ていく。たしかに見覚えがある。十年も前の記憶ではない。
「んーたぶんだけど、人工根晶を作る式?」
「当たり」
シェインが人工根晶作成式を習ったのは七年近く前のことだ。しかもそのときはもっと簡単な式を習ったのだ、今イツキが書いているような複雑なものを見て、すぐにわかれというほうが無理だ。
「爆破はできないから、固めてしまおうってことだよ」
十五分近くかけて完成させた式を発動させると、タンクの中からなにかが落ちてぶつかった音がした。
イツキは大剣でタンクの表面を切り裂き、中に入っていく。出てきたイツキの手には、一辺五センチの緑色のブロックが握られていた。
「人工根晶回収完了」
人工根晶を渡してくるイツキの頭を陽平が撫でる。イツキの頬がわずかに朱に染まったのに、シェインは気づいた。
「お疲れ様。あとはこれを壊すだけっと」
誘爆する恐れのなくなった増幅炉へと、陽平は黒い牙状のものを次々放っていく。黒い牙が増幅炉に触れるたび、金属は音もなく裂けていく。一分もかからずにバラバラになった増幅炉へとさっきまでの火の玉とは輝きの違う火の玉をぶつける。金属片は火の玉にくっつき、溶けていく。そのまま一つの金属塊となったものに仕上げとして、冷気を含んだ風をぶつける。手に持てるほどに冷え切った金属塊を陽平は拾い上げた。そして小さな袋に詰め込む。イツキの持つ鞘と同じ効果のものだ。
「重くないそれ?」
「重いよ」
「捨てて置いたままでもいいと思う」
「いやいや長時間魔力に触れ続けた金属は、魔術具のいい材料になるんだよ。これだけ売ったら軽く100万Pに届く」
「100万!? そんなのが100万……世の中なにが売れるからわからないもんだねぇ。
さっきの人工根晶も高値で売れるだろうし、ヨウヘイさんたち今日はすっごい黒字だぁ」
呆けるシェインの頭をイツキと同じように撫でつつ言う。
「人工根晶は売れないよ。証拠品として提出しなきゃいけないし」
「そうなんだ」
「そうなんです。さて用事もすんだし帰ろう。
そこのお二人さん、帰るよ。続きは宿でしなさい」
目を離した隙に抱き合っていたレーネとリヒトに声をかけた。
レーネたちに出会うまでに、あちこちと歩き回るうちにみつけたさらわれた人たちを回収し、一行は森へと出てきた。すでに夜も更けており、あと二時間もすれば朝となるだろう。
森の空気を美味しく感じている者が多い。陽平とイツキを除いた全員が、そのように感じていた。
ぞろぞろと夜道を歩き、村に帰る。いくつもの明かりを浮かべているので暗くはない。もうすぐ出口というところで、地面が揺れた。ぼろぼろになっていた研究所が崩壊したのだ。
村の見張りが村に近づく一行をみつけ、事情を聞き騒いだことで、眠っている人々が起き出し、騒ぎはさらに広まる。
囚われていた人々は陽平たちの止まっている宿とは別の宿に案内されゆっくり休むことになった。陽平たちも宿に戻り、とっている部屋に戻る。レーネたちはベッドに入ると夢も見ないほど深い深い眠りにつく。
三人が起きたのは午後四時すぎだ。空腹を満たすため宿内の喫茶店に向かう。
そこでは陽平とイツキが役人となにかを話していた。
「おはよーヨウヘイさん、イツキさん」
「おはよう、疲れはとれたみたいだね」
「おはようございます」
シェインの挨拶に陽平は手を振って答える。
「コヅカ殿、あの三人が巻き込まれた冒険者ですか?」
ちょうどコーヒーを飲むところだった陽平は頷いて肯定する。
役人は立ち上がり、三人の前に立つ。
「私はこういうものです。
昨日のことでお話を聞きたいのですが、よろしいですか?」
身分を証明するように役人が懐からメダルを取り出し、三人に見せる。
「これって確か……大樹大神殿国警士の証明メダルだったけか?」
世界を舞台として事件解決に動く人だと証明するメダルだ。彼らは自国他国の境を無視して動くことができる。ある程度の権力も与えられており、国仕えの高官と対等に張り合うこともできるほどだ。それだけにこの職に就くのは難しいし、性根の曲がった者は試験の時点ではじかれる。
レーネたちは緊張しつつも昨日森に入ったところから正直に答えていく。
役人は陽平たちから聞いた話と照らし合わせ、今回の騒動の内容を再確認していく。
「ありがとうございます。ご協力に感謝します。
これを依頼所の職員に渡してください。報酬に上乗せされます」
巻き込まれたことに対しての慰労金支払いの書類の入った封筒をレーネに渡した役人は頭を下げ、去っていく。これから現場に向かうのだ。
思ったよりも簡単に終わった聴取に、三人は少しだけ拍子抜けしている。簡単にすんだのは、事前に陽平が三人は巻き込まれただけだと証言していたからだ。役人と話しをしたとき陽平は、自分たちの身分証明として大樹大神殿からもらった役職メダルを提出していた。陽平のメダルは国警士メダルと似た役職のものだ。それによって犯人とのつながりは否定され、陽平の言葉も信じるにたると判断されていた。
役人が去ったあとレーネたちは、話している最中に注文していた料理を食べ始める。流した血の分も取り戻すため、その量はいつもより多い。
食べ終えて満足した三人は、これから陽平たちがどうするのか聞く。
「一度、家に帰るよ。地元に連れて行く約束した人たちもいるしね」
囚われていた人の中には改造され、人前に出にくい人もいる。そんな人たちに陽平は外から人のこない島村で暮らさないかと提案した。昔から研究者の被害にあった人たちをその島に連れ帰っているのだ。島には不可視と侵入不可と感知不可の結界を常にはってあるので誰にもみつからずにすんでいる。一度そこに入ると、一生そこに住むことになるが、人前に出られないので島から出ようと思わない。島の住民の子孫には改造された人の子孫もいるので、そういった人たちにも寛容だ。
そういったことを説明すると、九人の改造者のうち六人が島に行くことを望んだ。残り三人は改造されたことを隠しながら家族の元に帰るようだ。この人たちや改造されずにすんだ人たちの旅費は国警士が出すことになっている。
「いつここを発つの?」
「あと二時間もしたら」
「……早いね」
もう少し村に滞在しているものだと思っていたシェインは驚いている。
「安住の地に早く行きたいだろうからね」
「もう少し二人と話したかったんだけど、そういったわけがあるなら仕方ないかぁ」
「じゃあ、またいつかどこかで」
陽平は、なんとなくシェインとはどこかで会う気がしていた。ただの勘なので口に出すことはない。
「皆さん、お元気で」
イツキは一礼し、喫茶店を出て行く陽平のあとをついていく。
二人での背中を三人は見えなくなるまで見送った。
シェインが二人と再会するのは半年後。
姉とリヒトとわかれ、別のパーティーに入って依頼のためアラストノーヴァという鉱山街に行ったときだ。
魔物と人間の争いが三人を結びつけることになる。
隠れ里島ミルティアへ
2009年08月13日
樹の世界へ遠章 いつの時代も同じもの 1
「十分休んだし、そろそろ次の仕事をしなくちゃね」
「そうだね。まだ生活費は持つけど、なくなる頃にちょうどいい仕事があるかわからないからね」
宿の一室で、似た顔の女二人が話している。おそらく姉妹なのだろう。
椅子に座り槍をいじっている髪の長いほうは二十才くらいで、ベッドに寝そべっているショートカットのほうは十七才ほどか。二人とも薄い金色の髪と碧眼を持っていて、わりと整った顔立ちだ。
「リヒトもさそって、依頼所に行こっお姉ちゃん!」
「ちょっとだけ待って」
手入れしていた槍を壁に立てかけ、財布を荷物から取り出し、でかける準備を整える。妹も起き上がり財布をポケットに入れる。
姉妹は部屋を出て鍵を閉め、隣の部屋の扉をノックした。すぐに返事が返ってきて扉が開けられた。
「レーネにシェイン? なんか用? デートの誘いだったりする?」
短い茶髪に緑の目を持つ男が、二人を見て言った。
「バカ言ってんじゃないの」
レーネと呼ばれた姉が軽くリヒトのでこを叩く。
「その軽めな性格をどうにかすればねぇ」
お姉ちゃんも踏ん切りつくのに、とリヒトに聞こえないようシェインは呟いた。
「仕事がなにかないか、依頼所に行こうと思って誘いにきたのよ」
「わかった。財布とってくる」
そう言って部屋に引っ込んだリヒトはすぐに戻ってきた。
三人は宿を出て、目的地へと一直線に向かう。歩道と馬車用の道路と自動車用道路の三つにわかれた道を歩く。自動車の通りは地球のように盛んではない。
自動車があるのにいまだ馬車が使われている理由は、利用価値があるからだ。魔力の無駄遣いを抑えるため、いまだ馬車が存在する。増幅炉が作ることのできる魔力には限りがあり、各家庭に一台の自動車があり毎日のように利用するとすぐに魔力は枯渇してしまう。そうすれば再び増幅炉破壊の悪夢が襲い掛かってくる。昔よりもさらに魔力依存の社会となっている今、増幅炉破壊など起きると最悪億単位の被害者が出る。そのようなことを起こさないためにも、魔力は節約できるところは節約するといった考えが広まっている。結果、一般家庭には自動車は普及せず、遠出するときは馬車か列車か旅客機だ。自動車はもっぱら、物資の大量輸送、救急車、貴人護送、危険人物や危険生物輸送などに使われる。
節約の影響は移動手段以外にも及び、代表的なところでは炭の製造業がいまなお元気なことか。魔術で室温を手軽に変えるということはせず、昔ながらの暖炉や掘りコタツが現役だ。よほど暑かったり寒かったりでないと、魔術で室温を変えることはない。
三人の目的地である四階建てのコンクリート製の建物が見えてきた。入り口には常に人が出入りしている。三人と同じように私服姿の者もいれば、武具をまとった者もいる。ここは依頼紹介のほかに情報の提供と売買もしている。これは昔の依頼斡旋屋と情報屋が合体したからだ。
三人は顔見知りに挨拶しながら、パソコンコーナーへと向かう。パソコンも節約のため、各家庭には存在しない。こちらは自動車に比べ魔力消費が少ないため、次回の増幅炉ヴァージョンアップ時に各家庭での所有が認められることになっている。
三人を代表してレーネが椅子に座り、パソコンを立ち上げる。ここのパソコンは依頼所仕様となっており、すぐに仕事紹介のウィンドウが開くようになっている。
「護衛と討伐と探索とその他のどれにするー?」
護衛と討伐の仕事内容はそのままで、探索は指定された薬草や鉱石や魔物の部位をとってくることが主な仕事。その他はこれら以外の仕事を指す。迷子の猫を探す、仲の悪い家同士の喧嘩を止めるなんて依頼もある。遺跡探索もその他に入る。遺跡といってもだいたいが魔法使いの住居跡だが、ここ数十年新たな住居跡はみつかっていない。
「探索以外なら、俺はどれでも」
「そういった言葉が一番困る。シェインは?」
「私も特に要望はないんだけど……難しすぎないことくらいかなぁ。
あ、前回は護衛だったから今回はそれ以外でもいいかな」
「討伐かその他で探すわ」
レーネは条件を絞っていく。仕事種類別、ランク別、地域別と絞っていき、残ったのは四つ。
レスガイン討伐、レイクシャーク討伐、夢見蝶捕獲、届け物の四つだ。
「この討伐なんてどう? 列車と馬車で二日弱の距離で近場だし、ランクも高すぎるってことはない」
レーネの指差す依頼をシェインとリヒトが覗き込む。
「レスガインの討伐か」
「レスガインってなんだっけ?」
「んーちょっと待って」
レーネもレスガインという魔物のことを知らないのか、パソコンを操作し魔物事典を呼び出す。 レスガインの写真と説明文がモニターに浮かぶ。
事典によるとレスガインとは、狐を祖とする魔物。体の大きさは狐の二倍以上、筋肉質で力は強く俊敏。肉食よりの雑食。
基本的に一匹のみで行動するが、子供が幼い頃は三匹から五匹ほどの家族単位で行動する。食料となる生き物が尽きない限りは縄張りと決めた地域から動くことはない。村や町に近づくことはめったにない。
爪に病原菌がいることがある以外は、特にこれといった特徴弱点はない。
ベテランにとっては苦戦するような魔物ではない。駆け出しでも油断せず戦えば、ひどくて大怪我する程度ですむ。
「だってさ。これが複数確認されてて、ランクが少しだけ上がってるね」
「複数っていってもこの強さなら大丈夫なんじゃないか?」
「だね」
リヒトの言葉にシェインが同意し頷いた。
「私たちさすがに駆け出しは卒業してるだろうし。これにする?」
問いかけに頷きが返ってきたので、レーネはレスガイン亜種討伐の依頼をほかの人に取られないように予約する。しっかり色違いの文字で示されたことを確認し、レーネはパソコンの電源を消して窓口へと向かう。
受付には三種類ある、案内役受付と仕事請負受付と仕事報告受付の三つだ。
三人は顔なじみの受付があいてるのを見て、そこに向かう。
「こんにちは、レゲンさん」
四十過ぎの男に挨拶する。
レゲンには、二年ほど前初めてここにきたとき世話になったのだ。以来、仕事の話をするときはレゲンに話しかけることが多い。
「レーネか。シェインにリヒトもいるのか。だったら仕事の話だな。
何番の仕事を請けたいんだ?」
「Cの41番です」
レゲンは手元のパソコンを操作し、内容を確認する。
「レスガインの討伐依頼。内容は確認されている四匹のレスガイン討伐。五匹を超える数がいれば、それも討伐。
これでいいんだな?」
「はい」
「わかった」
レゲンはパソコンを操作し、依頼受諾確定とし依頼表から消す。
「出発はいつの予定だ?」
「明日でいいよね?」
後ろに立つ二人にレーネは確認した。頷きが返ってくる。
「ということで明日です」
「じゃあ、三日後には着くと連絡いれておく。大怪我なんかせず帰ってこいよ」
三人はレゲンにありがとうと言って建物から出ていった。
馬車から降り、三人は目的地であるサーカシア村に到着した。時間は午前十時で、働く人々があちこちと動き回っている。人口は五百人弱で大きな村とはいえない。
こういった村は珍しくなっている。以前はばらばらに存在していた村や町だが、魔物が強くなり今までの防衛力では対抗しきれなくなった村々は集まって大きな街となり、数の力で魔物に対抗するようになった。
この村のように小さなままでいる村は、なんらかの理由がある。ここは近くに温泉があり、村を捨てて移動するには惜しい場所だったのだ。湯治に訪れる者は少なくなく、落としていくお金のおかげで緊急時には傭兵を雇え、安全を確保してきた。今回の傭兵がレーネたちなのだ。
「まずは役所だな。だから温泉を楽しみにしてるそこの二人はしゃがない」
キョロキョロと温泉を探す女二人をリヒトは指差す。
「ま、しょうがないね。いつでも堪能できるんだし慌てなくてもいっか」
そう言って歩き出すレーネの後ろにシェインがついていく。
道行く村人に聞けば、役所のありかはすぐにわかり、迷うことなく到着できた。
暇そうにしていた役所の人間に用件を伝えると、すぐに客室へと通された。
「あなたがたがレスガイン討伐にきた冒険者で間違いないんですね?」
「はい」
レーネが代表して答える。
「依頼を受けていただきありがとうございます」
「では早速、詳しい話を聞きたいんですが」
「仕事はレスガイン五匹の討伐です。
実はレスガイン自体は以前から確認されていました。ですがその活動は森の中だけでしたので、森に入らなければなんの被害もありませんでした。
しかしここ三週間ほどでしょうか、街道にも出るようになりました。それにより馬車が襲われるようになりまして、これは倒してもらったほうがいいと話し合い決めたのです」
「そのとき確認できたのが五匹ということですか?」
「その通りです。まあ私たちにレスガインの固体識別などできませんので、もっといるかもしれないんですが」
「討伐するためには森の中に入る必要がありますが、なにかほかに危険な魔物がいたりは?」
「いません。五年ほど前に森の調査に来た人たちが、レスガインを避けて調べたときそのような報告を受けています。その後も外から見るかぎり、獣たちが騒いだりはしていません。いるとしたら獣くらいでしょう」
「あとは森の中に危険な場所や植物とかあります?」
「そうですね……たしか小さな沼が二個ほど、毒キノコや毒草も多少、足場が滑りやすい箇所も。そこらの森と変わらない程度には危ないですね」
「毒ガスが噴出してるとかは?」
「ないです」
「そうですか。ではレスガインを倒した際には証拠として尾を斬りおとし持ち帰ればよろしいでしょうか?」
「ええ、それでかまいません」
「聞きたいことはこれくらいかな。二人はなにかある?」
「私はないよ〜」
「俺もない」
「そうですか。ではよろしくおねがいします」
「お任せください」
そう言ってレーネは立ち上がり、依頼を請け負う。
三人は役人に見送られ、役所を出た。その足で宿を探す。適当に目に入った宿に決め、フロントにいる職員に話しかける。
「すみません三日ほど泊まりたいんですが」
「いらっしゃいませ! お部屋の数はどうされますか?」
「一人部屋と二人部屋で」
「かしこまりました。それでしたらお一人様一泊250Pとなりますがよろしいでしょうか?」
「前払い?」
「はいっ。予定よりも早く出られるときは代金はお返しいたします」
レーネは財布から2250P出して三人分まとめて払う。
Pはパキウスの頭文字で、お金の単位だ。だいたい一般人一人が一ヶ月暮らしていくのに、13000Pほど必要となる。
今回の成功報酬は40000P+αだ。一般人から見れば数日で稼ぐには法外な額だ。命をかけるのだから、高くて当然といえば当然だが。
フロントは案内役を呼び、三人を泊まる部屋に案内する。荷物を持つかという申し出は断られた。
「つかぬことをお聞きしますが。もしかすると皆さんはレスガイン討伐にこられたのですか?」
部屋まで案内した職員が去る前に口を開く。
「そうですよ、おねえさん。それがどうかしました?」
レーネとシェインが答える前にリヒトが職員にずいっと近づいて答えた。いつものことだと二人は若干呆れた表情となっている。
「いえ、特にどうとかはないんです。もしかしたらと思って。
レスガイン討伐頑張ってください。うちにくるはずだったお客さんも被害にあってしまって。
気持ちよく過ごせてもらえるように、職員一同サービスを頑張らせてもらいます」
近寄られて引き気味になり答える。
「その気持ちだけで十分です! 依頼成功のあかつきにはお酌でもしてもらえるともっと頑張ろうと思えますが!」
「それくらいでしたら、いくらでも。では仕事がありますので失礼します」
「約束ですよー」
去っていく職員にリヒトは声をかけた。そのリヒトの背をレーネが抓る。
「痛っ。なにすんのさ!」
少し不機嫌そうな顔をするレーネは答えない。そのまま部屋へと入っていった。
「嫉妬なのかなあれは」
「そんなふうに考えるのなら、だれでにも声をかけるの自重したら?」
「いい女に声をかけるのは男の義務だろう!」
「私女だからわからないよ。
すぐに出ることになるだろうから、荷物置いて装備整えたら部屋の外で待機だよ」
「了解」
二人もそれぞれの部屋に入っていった。
ここの宿の部屋には畳が使われている。これは陽平が広めたものだ。塔に和室を作りたく、家具職人たちに相談し作ってもらったものが、ゆっくりと世界中に広まっていった。今でも珍しくはあるが、一般常識として畳の存在が認知されているくらいには広まっている。
戦うための武具に身と包んだ三人が森の中を歩いている。
レーネは槍と金属製の胸当てと丈夫そうな布の長袖服とフィットパンツ。隣を歩くリヒトはバスターソードに金属製の鎧、レーネと似たような服とジーンズ。二人の後ろを歩くシェインはハンドガンにジャケットにフィットパンツ。三人とも腰にプントを装着し、反対側にはカードを入れているホルダーを装着している。
彼らの着ている服はただの服ではなく、魔硬布という布を使った冒険者仕様となっている。生地に魔力を流すことで硬化する特殊な糸を用い、ただの布とは思えない防御力を獲得しているのだ。さすがに金属の硬さまでには届かないが、革よりも丈夫で動きを阻害しないので冒険者たち愛用の品となっている。
シェインが銃を持っているが、これは畳と違い陽平は一切関知していない。火薬の存在を広めなかった陽平が銃を広めようと考えるわけがなかった。
となれば誰かが思いついたのか、それも違う。
五百年ほど前に陽平以外に地球人がやってきたのだ。同じ日本人だったが、江戸時代以前の人間だった。陽平と違い誰かに呼ばれたのでなく、タイプスリップ+瞬間移動という偶然の奇跡を体感し、この世界にやってきた。戦の最中だったようで鉄砲を持っていて、放り込まれた状況に混乱しわけもわからず発砲。近くにいた人間を傷つけたことで周囲の人間も彼を危険人物と判断した。刀片手に暴れる彼を取り押さえるのに苦労はしたが、銃にのんきに弾込めできる状態ではないので銃は使用不可だったし、多勢に無勢で暴れ続けることは不可能で、一時間もかからず捕獲に成功した。最終的に攻撃魔術も飛び、その際に受けた傷がもとで彼はその日のうちに死んでしまった。
銃は彼が遺したものを研究し、魔術と組み合わされ発展してきたのだ。ちなみに刀はすでに存在していた。陽平がカータスに贈った刀に興味を示した職人が、陽平の意見を参考に何本も作り、それを見たほかの職人も真似るように作っていったからだ。
刀を持っていたおかげで彼は異世界人と思われず、新開発された武器を持った人間と考えられた。急に現れたのは魔術関連だと思われた。異世界があるなど一般人は考えないので、言葉が通じなかったにしてもこう思われるのが自然かもしれない。
数百年の時をかけて発展してきた銃は大きく二種類にわけられる。実弾を使うものと魔術と組み合わされたもの。
実弾を使うものは地球で使われたものと同じだ。アンチマテリアルライフルやマシンガンといったものは未だ開発はされていないが、それでも種類は多い。
魔術と組み合われた銃は、専用カードをマガジンのようにグリップに差し込み、カードに応じた魔力弾丸を打ち出す。
シェインが使っているのは魔術銃だ。通常の銃使いは実弾銃と魔術銃の二丁を携帯し、用途によって使い分けるが、シェインは反動の少ない魔術銃に慣れてしまって、それだけを使っている。
レスガインを探し歩き回る三人の前方の草むらが揺れる。三人はその場に止まり、なにが出てくるか警戒する。それぞれが持つ武器を茂みへと向ける。魔硬布に魔力を流して防御態勢も整える。
唸り声とともに写真で見た姿と似たレスガインが飛び出てきた。そのままレスガインは三人へと向かってくる。
シェインの銃から発砲音が連続して響く。五発撃った音がして三発命中し、レスガインは動きを止めた。レスガインが受けたダメージは少ない。今差し込んでいるカードは弾丸数が多い代わりに威力は小さいという牽制用の攻撃だったのだから、当然の結果だ。
足を止めたレスガインにレーネとリヒトが左右から走り寄る。レーネの槍がレスガインの体を突き刺し、リヒトの剣がレスガインの首を斬り裂いた。
「オオォーン!」
致命傷を受けたレスガインは大きく吠え、森中にその声を響かせた。そしてすぐに倒れ息絶える。
「楽な相手だったわね。一対三だから当たり前かもしれないけど」
「全部、こんな状況なら楽に終わるね」
リヒトがレスガインの尾を切り取る様子を見ながら姉妹が話しだす。
「残りの四匹もこの調子でいきたいな」
尾の血を抜いて袋に詰めるリヒトも、たいした強さではなかったレスガインに安堵した様子だ。これならばこの仕事は無事に終わることができると確信しているようだ。
楽勝だったことで若干気が弛んだ様子の三人は、引き続きレスガイン討伐を続けるため歩き出す。
その後、三人は五時間ほど歩き回る。
「みつからないね」
疲れた様子でシェインが言った。周囲を見渡す動作がおざなりになっている。これでは小さな変化を見過ごしてしまう。
疲れているのは、ほかの二人も同じだ。
「今日はこれくらいにして宿に帰るか」
「それがいいわ。一匹とはいえ成果があったんだしね。無駄足ではなかったってことにしておきましょ」
三人は森を出るために歩き出した。楽だと思っていたところに、数時間の成果なしという結果で三人の足取りは重いものとなっている。
やがて木々の向こうに平原が見えてきた。出口だと三人は気が弛む。
この気の弛みを数時間にわたって静かに追跡していたものは狙っていた。
がさりと茂みが揺れる音が四方からして、すぐにレスガイン四匹が飛び出してきた。そのまま三人に走り寄る。
数時間前に出会ったときと違い、疲れからシェインの反応は遅れ牽制は間に合わない。万全の状態でも四方からくるレスガインのどれに狙いをつけていいか迷っただろうから、結局牽制はできなかったかもしれない。
牽制と同じように魔硬布への魔力供給も間に合わず、三人とも腕や足に切り傷を負う。
「タイミング悪いっ」
リヒトは怒鳴り剣を振るう。命中はしなかったが避けられたことで距離を置けた。
「このっ」
レーネは自分とシェインのそばにいる三匹へと槍を振り回す。リヒトと同じように距離を稼ぐためだ。レーネもシェインも接近されると攻撃しにくいのだ。防御力の低いシェインを庇うためでもある。
「シェインっ今のうちにガンカード交換しなさい!」
「わかったっ」
姉が稼いでくれた貴重な時間でシェインは牽制カードをショットガンカードへと入れ替える。
その少ない時間にもレスガインたちは二人への攻撃の手を緩めない。数時間前と違い逆に三対一となったレーネ。数の差に押され次々と傷を負う。
「すばしっこいなっ」
一対一の形であるリヒトはレスガインの速さに苦戦していた。かすらせることはできるのだが、致命傷を与えられない。早くレーネとシェインの援護に行かなくてはと焦って、攻撃が大振りになっているからだ。
準備の整ったシェインはレスガインと姉の距離が近く、攻撃できずにいた。少しでも離れたときを狙おうと構えるだけになっている。
シェインが姉から離れて、レスガインを自分のほうへと呼び寄せようかと考えていたとき、茂みが揺れる音がした。
「茂みが揺れてる!」
さらなる増援かもと警告する。
今の状態でも一杯一杯なのだ、これ以上は勘弁と戦っている二人の考えが重なった。
茂みへと銃を向けるシェインが見たのはレスガインではなかった。三十代の男と二十ほどの女の二人組み、陽平とイツキだ。
「助けいる?」
「お願いします!」
陽平が聞くと、シェインが即答した。
「イツキ」
「了解」
名前を呼ばれたイツキはすぐに動いた。その手には大剣。剣先から柄まで150センチを越し、幅ももっとも大きな箇所で20センチに届こうかというごつさだ。持ち歩くことすら困難に見えるものをイツキは片手で軽々と扱っている。その様子にシェインは驚きの思いしか湧いてこない。
イツキは三匹のレスガインに近寄り、大剣でなぎ払う。二匹が金属塊の暴風に巻き込まれ、吹っ飛んだ。剣が起こした風でレーネの髪が揺れる。イツキを見たレーネも、シェインと同じように驚くのみ。その間にイツキはもう一匹も吹っ飛ばした。
「こちらは終わりました。あとはその一匹だけです。落ち着いて対処してください」
イツキは大剣を地面に刺し、リヒトへと声をかけた。
それで落ち着きを取り戻せたリヒトは、あっさりとレスガインを斬り殺した。
戦闘が終わり、レーネたち三人はその場に座り込んだ。三人とも無事を喜んでいる。
その三人に光が降り注いだ。そして傷に触れた光は染み込むように消え、傷を治していく。陽平が魔術のように見せかけた魔法で治療したのだ。
「あとはこれを飲んで」
丸薬を三人に渡していく。
「これは?」
最初に受け取ったシェインが聞く。
「レスガインの持つばい菌に対する薬」
「そっか、病気になるかもしれないだっけ。なにからなにまでありがとうございます」
陽平とイツキを見上げて礼を言った。レーネとリヒトも続くように礼を言う。
丸薬を飲み込んだ三人は立ち上がり、あらためて頭を下げる。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございます」
「たまたまだから気にしないでいいよ」
頭を下げるレーネに、陽平はパタパタと手を振って答えた。
「お礼に夕食でもどうですか、お嬢さん? おごりますよ?」
リヒトがイツキの手をとる。そのリヒトの頭をレーネが槍ではたいた。かなり痛かったようで、リヒトはその場にうずくまる。
「つれがとんだ失礼を」
「いえ、気にしてませんから」
「でも夕食をおごるってのはいいわね。むしろそれくらいしないといけないわ。よろしければどうですか?」
「どうしますか、マスター?」
「いいんじゃないか? 今日はただの様子見だし。ただし少しだけ時間をもらいたい」
「かまいませんよ。私たちもレスガインの尾を切り取る時間がほしいですし」
イツキのマスター発言に、どこかの金持ちなのかと内心考える。
レーネはうずくまるリヒトを急かして、レスガインの尾を切らせる。その間に陽平とイツキも殺したレスガインの調査をしていく。
「お二人の目的もレスガインなんですか?」
陽平たちの作業を見ているシェインが聞く。
「当たらずとも遠からずだね。レスガイン調査はついでだよ」
「そうなんですか。それで調べてみてなにかわかります?」
「んー……そうだねぇ、健康状態は悪くないね。飢餓状態で脂肪がなかったり、筋肉が衰えたりはしてない。それに森を歩いてわかったけど、それなりに獣がいて餌には困ってない様子だよ。それなのに聞いた話だと森の外に出てる。おかしいよね。出なければいけない事情があるのかなとか疑問が出てくる」
陽平とイツキはその事情をスリアに聞いて知っているのだが、シェインに考えさせるため、こういった話し方をする。すべての事情を話すつもりもないという理由もある。巻き込んでも不快な思いをさせるだけなのだ。
「森の中で魔物が自由に振舞えない異変が起こってる、のかな」
「かもしれない。それを調べるために俺たちはここにきたんだ」
「仕事?」
「友達からの頼みだよ」
「こっちは終わりましたけど。そちらはどうですか?」
四匹分の尾を切り、血抜きを済ませたレーネが話しかけてくる。
「こっちも終わったよ。いつでも帰られる」
「では村に帰りましょう」
帰ると聞いて地面に刺していた大剣を引き抜き土を払うイツキを見て、リヒトが少し引いている。
「それって実は軽いの?」
イツキが苦もなく大剣を扱うので、本当は軽いのかとシェインは思う。
「私としてはちょうどいい重さですよ」
「持ってみていい?」
どうぞとイツキがシェインに手渡す。シェインはそれを一秒も持てずに落とした。その様子を見て、大剣が見たままの重さなのだとレーネたちは理解した。
「ご、ごめんなさいっ」
「悪気はないようですし、気にしてませんよ」
地面に落ちた大剣を軽々と持ち上げる。
「力持ちなんですねぇ」
「幾度もバージョンアップされた結果です」
言っている意味がわからずレーネたちは首を傾げた。イツキの容姿と挙動が人間そっくりなので、ゴーレムだと気づいていないのだ。
イツキは腰に下げている三十センチ強の鞘に大剣を差し込む。明らかに長さも幅も違う鞘だが、なんの問題もなく刃を納めた。持ち運びを便利にするための魔法道具だ。変わるのは大きさのみで、重さは変えてくれないが。
2へ
「そうだね。まだ生活費は持つけど、なくなる頃にちょうどいい仕事があるかわからないからね」
宿の一室で、似た顔の女二人が話している。おそらく姉妹なのだろう。
椅子に座り槍をいじっている髪の長いほうは二十才くらいで、ベッドに寝そべっているショートカットのほうは十七才ほどか。二人とも薄い金色の髪と碧眼を持っていて、わりと整った顔立ちだ。
「リヒトもさそって、依頼所に行こっお姉ちゃん!」
「ちょっとだけ待って」
手入れしていた槍を壁に立てかけ、財布を荷物から取り出し、でかける準備を整える。妹も起き上がり財布をポケットに入れる。
姉妹は部屋を出て鍵を閉め、隣の部屋の扉をノックした。すぐに返事が返ってきて扉が開けられた。
「レーネにシェイン? なんか用? デートの誘いだったりする?」
短い茶髪に緑の目を持つ男が、二人を見て言った。
「バカ言ってんじゃないの」
レーネと呼ばれた姉が軽くリヒトのでこを叩く。
「その軽めな性格をどうにかすればねぇ」
お姉ちゃんも踏ん切りつくのに、とリヒトに聞こえないようシェインは呟いた。
「仕事がなにかないか、依頼所に行こうと思って誘いにきたのよ」
「わかった。財布とってくる」
そう言って部屋に引っ込んだリヒトはすぐに戻ってきた。
三人は宿を出て、目的地へと一直線に向かう。歩道と馬車用の道路と自動車用道路の三つにわかれた道を歩く。自動車の通りは地球のように盛んではない。
自動車があるのにいまだ馬車が使われている理由は、利用価値があるからだ。魔力の無駄遣いを抑えるため、いまだ馬車が存在する。増幅炉が作ることのできる魔力には限りがあり、各家庭に一台の自動車があり毎日のように利用するとすぐに魔力は枯渇してしまう。そうすれば再び増幅炉破壊の悪夢が襲い掛かってくる。昔よりもさらに魔力依存の社会となっている今、増幅炉破壊など起きると最悪億単位の被害者が出る。そのようなことを起こさないためにも、魔力は節約できるところは節約するといった考えが広まっている。結果、一般家庭には自動車は普及せず、遠出するときは馬車か列車か旅客機だ。自動車はもっぱら、物資の大量輸送、救急車、貴人護送、危険人物や危険生物輸送などに使われる。
節約の影響は移動手段以外にも及び、代表的なところでは炭の製造業がいまなお元気なことか。魔術で室温を手軽に変えるということはせず、昔ながらの暖炉や掘りコタツが現役だ。よほど暑かったり寒かったりでないと、魔術で室温を変えることはない。
三人の目的地である四階建てのコンクリート製の建物が見えてきた。入り口には常に人が出入りしている。三人と同じように私服姿の者もいれば、武具をまとった者もいる。ここは依頼紹介のほかに情報の提供と売買もしている。これは昔の依頼斡旋屋と情報屋が合体したからだ。
三人は顔見知りに挨拶しながら、パソコンコーナーへと向かう。パソコンも節約のため、各家庭には存在しない。こちらは自動車に比べ魔力消費が少ないため、次回の増幅炉ヴァージョンアップ時に各家庭での所有が認められることになっている。
三人を代表してレーネが椅子に座り、パソコンを立ち上げる。ここのパソコンは依頼所仕様となっており、すぐに仕事紹介のウィンドウが開くようになっている。
「護衛と討伐と探索とその他のどれにするー?」
護衛と討伐の仕事内容はそのままで、探索は指定された薬草や鉱石や魔物の部位をとってくることが主な仕事。その他はこれら以外の仕事を指す。迷子の猫を探す、仲の悪い家同士の喧嘩を止めるなんて依頼もある。遺跡探索もその他に入る。遺跡といってもだいたいが魔法使いの住居跡だが、ここ数十年新たな住居跡はみつかっていない。
「探索以外なら、俺はどれでも」
「そういった言葉が一番困る。シェインは?」
「私も特に要望はないんだけど……難しすぎないことくらいかなぁ。
あ、前回は護衛だったから今回はそれ以外でもいいかな」
「討伐かその他で探すわ」
レーネは条件を絞っていく。仕事種類別、ランク別、地域別と絞っていき、残ったのは四つ。
レスガイン討伐、レイクシャーク討伐、夢見蝶捕獲、届け物の四つだ。
「この討伐なんてどう? 列車と馬車で二日弱の距離で近場だし、ランクも高すぎるってことはない」
レーネの指差す依頼をシェインとリヒトが覗き込む。
「レスガインの討伐か」
「レスガインってなんだっけ?」
「んーちょっと待って」
レーネもレスガインという魔物のことを知らないのか、パソコンを操作し魔物事典を呼び出す。 レスガインの写真と説明文がモニターに浮かぶ。
事典によるとレスガインとは、狐を祖とする魔物。体の大きさは狐の二倍以上、筋肉質で力は強く俊敏。肉食よりの雑食。
基本的に一匹のみで行動するが、子供が幼い頃は三匹から五匹ほどの家族単位で行動する。食料となる生き物が尽きない限りは縄張りと決めた地域から動くことはない。村や町に近づくことはめったにない。
爪に病原菌がいることがある以外は、特にこれといった特徴弱点はない。
ベテランにとっては苦戦するような魔物ではない。駆け出しでも油断せず戦えば、ひどくて大怪我する程度ですむ。
「だってさ。これが複数確認されてて、ランクが少しだけ上がってるね」
「複数っていってもこの強さなら大丈夫なんじゃないか?」
「だね」
リヒトの言葉にシェインが同意し頷いた。
「私たちさすがに駆け出しは卒業してるだろうし。これにする?」
問いかけに頷きが返ってきたので、レーネはレスガイン亜種討伐の依頼をほかの人に取られないように予約する。しっかり色違いの文字で示されたことを確認し、レーネはパソコンの電源を消して窓口へと向かう。
受付には三種類ある、案内役受付と仕事請負受付と仕事報告受付の三つだ。
三人は顔なじみの受付があいてるのを見て、そこに向かう。
「こんにちは、レゲンさん」
四十過ぎの男に挨拶する。
レゲンには、二年ほど前初めてここにきたとき世話になったのだ。以来、仕事の話をするときはレゲンに話しかけることが多い。
「レーネか。シェインにリヒトもいるのか。だったら仕事の話だな。
何番の仕事を請けたいんだ?」
「Cの41番です」
レゲンは手元のパソコンを操作し、内容を確認する。
「レスガインの討伐依頼。内容は確認されている四匹のレスガイン討伐。五匹を超える数がいれば、それも討伐。
これでいいんだな?」
「はい」
「わかった」
レゲンはパソコンを操作し、依頼受諾確定とし依頼表から消す。
「出発はいつの予定だ?」
「明日でいいよね?」
後ろに立つ二人にレーネは確認した。頷きが返ってくる。
「ということで明日です」
「じゃあ、三日後には着くと連絡いれておく。大怪我なんかせず帰ってこいよ」
三人はレゲンにありがとうと言って建物から出ていった。
馬車から降り、三人は目的地であるサーカシア村に到着した。時間は午前十時で、働く人々があちこちと動き回っている。人口は五百人弱で大きな村とはいえない。
こういった村は珍しくなっている。以前はばらばらに存在していた村や町だが、魔物が強くなり今までの防衛力では対抗しきれなくなった村々は集まって大きな街となり、数の力で魔物に対抗するようになった。
この村のように小さなままでいる村は、なんらかの理由がある。ここは近くに温泉があり、村を捨てて移動するには惜しい場所だったのだ。湯治に訪れる者は少なくなく、落としていくお金のおかげで緊急時には傭兵を雇え、安全を確保してきた。今回の傭兵がレーネたちなのだ。
「まずは役所だな。だから温泉を楽しみにしてるそこの二人はしゃがない」
キョロキョロと温泉を探す女二人をリヒトは指差す。
「ま、しょうがないね。いつでも堪能できるんだし慌てなくてもいっか」
そう言って歩き出すレーネの後ろにシェインがついていく。
道行く村人に聞けば、役所のありかはすぐにわかり、迷うことなく到着できた。
暇そうにしていた役所の人間に用件を伝えると、すぐに客室へと通された。
「あなたがたがレスガイン討伐にきた冒険者で間違いないんですね?」
「はい」
レーネが代表して答える。
「依頼を受けていただきありがとうございます」
「では早速、詳しい話を聞きたいんですが」
「仕事はレスガイン五匹の討伐です。
実はレスガイン自体は以前から確認されていました。ですがその活動は森の中だけでしたので、森に入らなければなんの被害もありませんでした。
しかしここ三週間ほどでしょうか、街道にも出るようになりました。それにより馬車が襲われるようになりまして、これは倒してもらったほうがいいと話し合い決めたのです」
「そのとき確認できたのが五匹ということですか?」
「その通りです。まあ私たちにレスガインの固体識別などできませんので、もっといるかもしれないんですが」
「討伐するためには森の中に入る必要がありますが、なにかほかに危険な魔物がいたりは?」
「いません。五年ほど前に森の調査に来た人たちが、レスガインを避けて調べたときそのような報告を受けています。その後も外から見るかぎり、獣たちが騒いだりはしていません。いるとしたら獣くらいでしょう」
「あとは森の中に危険な場所や植物とかあります?」
「そうですね……たしか小さな沼が二個ほど、毒キノコや毒草も多少、足場が滑りやすい箇所も。そこらの森と変わらない程度には危ないですね」
「毒ガスが噴出してるとかは?」
「ないです」
「そうですか。ではレスガインを倒した際には証拠として尾を斬りおとし持ち帰ればよろしいでしょうか?」
「ええ、それでかまいません」
「聞きたいことはこれくらいかな。二人はなにかある?」
「私はないよ〜」
「俺もない」
「そうですか。ではよろしくおねがいします」
「お任せください」
そう言ってレーネは立ち上がり、依頼を請け負う。
三人は役人に見送られ、役所を出た。その足で宿を探す。適当に目に入った宿に決め、フロントにいる職員に話しかける。
「すみません三日ほど泊まりたいんですが」
「いらっしゃいませ! お部屋の数はどうされますか?」
「一人部屋と二人部屋で」
「かしこまりました。それでしたらお一人様一泊250Pとなりますがよろしいでしょうか?」
「前払い?」
「はいっ。予定よりも早く出られるときは代金はお返しいたします」
レーネは財布から2250P出して三人分まとめて払う。
Pはパキウスの頭文字で、お金の単位だ。だいたい一般人一人が一ヶ月暮らしていくのに、13000Pほど必要となる。
今回の成功報酬は40000P+αだ。一般人から見れば数日で稼ぐには法外な額だ。命をかけるのだから、高くて当然といえば当然だが。
フロントは案内役を呼び、三人を泊まる部屋に案内する。荷物を持つかという申し出は断られた。
「つかぬことをお聞きしますが。もしかすると皆さんはレスガイン討伐にこられたのですか?」
部屋まで案内した職員が去る前に口を開く。
「そうですよ、おねえさん。それがどうかしました?」
レーネとシェインが答える前にリヒトが職員にずいっと近づいて答えた。いつものことだと二人は若干呆れた表情となっている。
「いえ、特にどうとかはないんです。もしかしたらと思って。
レスガイン討伐頑張ってください。うちにくるはずだったお客さんも被害にあってしまって。
気持ちよく過ごせてもらえるように、職員一同サービスを頑張らせてもらいます」
近寄られて引き気味になり答える。
「その気持ちだけで十分です! 依頼成功のあかつきにはお酌でもしてもらえるともっと頑張ろうと思えますが!」
「それくらいでしたら、いくらでも。では仕事がありますので失礼します」
「約束ですよー」
去っていく職員にリヒトは声をかけた。そのリヒトの背をレーネが抓る。
「痛っ。なにすんのさ!」
少し不機嫌そうな顔をするレーネは答えない。そのまま部屋へと入っていった。
「嫉妬なのかなあれは」
「そんなふうに考えるのなら、だれでにも声をかけるの自重したら?」
「いい女に声をかけるのは男の義務だろう!」
「私女だからわからないよ。
すぐに出ることになるだろうから、荷物置いて装備整えたら部屋の外で待機だよ」
「了解」
二人もそれぞれの部屋に入っていった。
ここの宿の部屋には畳が使われている。これは陽平が広めたものだ。塔に和室を作りたく、家具職人たちに相談し作ってもらったものが、ゆっくりと世界中に広まっていった。今でも珍しくはあるが、一般常識として畳の存在が認知されているくらいには広まっている。
戦うための武具に身と包んだ三人が森の中を歩いている。
レーネは槍と金属製の胸当てと丈夫そうな布の長袖服とフィットパンツ。隣を歩くリヒトはバスターソードに金属製の鎧、レーネと似たような服とジーンズ。二人の後ろを歩くシェインはハンドガンにジャケットにフィットパンツ。三人とも腰にプントを装着し、反対側にはカードを入れているホルダーを装着している。
彼らの着ている服はただの服ではなく、魔硬布という布を使った冒険者仕様となっている。生地に魔力を流すことで硬化する特殊な糸を用い、ただの布とは思えない防御力を獲得しているのだ。さすがに金属の硬さまでには届かないが、革よりも丈夫で動きを阻害しないので冒険者たち愛用の品となっている。
シェインが銃を持っているが、これは畳と違い陽平は一切関知していない。火薬の存在を広めなかった陽平が銃を広めようと考えるわけがなかった。
となれば誰かが思いついたのか、それも違う。
五百年ほど前に陽平以外に地球人がやってきたのだ。同じ日本人だったが、江戸時代以前の人間だった。陽平と違い誰かに呼ばれたのでなく、タイプスリップ+瞬間移動という偶然の奇跡を体感し、この世界にやってきた。戦の最中だったようで鉄砲を持っていて、放り込まれた状況に混乱しわけもわからず発砲。近くにいた人間を傷つけたことで周囲の人間も彼を危険人物と判断した。刀片手に暴れる彼を取り押さえるのに苦労はしたが、銃にのんきに弾込めできる状態ではないので銃は使用不可だったし、多勢に無勢で暴れ続けることは不可能で、一時間もかからず捕獲に成功した。最終的に攻撃魔術も飛び、その際に受けた傷がもとで彼はその日のうちに死んでしまった。
銃は彼が遺したものを研究し、魔術と組み合わされ発展してきたのだ。ちなみに刀はすでに存在していた。陽平がカータスに贈った刀に興味を示した職人が、陽平の意見を参考に何本も作り、それを見たほかの職人も真似るように作っていったからだ。
刀を持っていたおかげで彼は異世界人と思われず、新開発された武器を持った人間と考えられた。急に現れたのは魔術関連だと思われた。異世界があるなど一般人は考えないので、言葉が通じなかったにしてもこう思われるのが自然かもしれない。
数百年の時をかけて発展してきた銃は大きく二種類にわけられる。実弾を使うものと魔術と組み合わされたもの。
実弾を使うものは地球で使われたものと同じだ。アンチマテリアルライフルやマシンガンといったものは未だ開発はされていないが、それでも種類は多い。
魔術と組み合われた銃は、専用カードをマガジンのようにグリップに差し込み、カードに応じた魔力弾丸を打ち出す。
シェインが使っているのは魔術銃だ。通常の銃使いは実弾銃と魔術銃の二丁を携帯し、用途によって使い分けるが、シェインは反動の少ない魔術銃に慣れてしまって、それだけを使っている。
レスガインを探し歩き回る三人の前方の草むらが揺れる。三人はその場に止まり、なにが出てくるか警戒する。それぞれが持つ武器を茂みへと向ける。魔硬布に魔力を流して防御態勢も整える。
唸り声とともに写真で見た姿と似たレスガインが飛び出てきた。そのままレスガインは三人へと向かってくる。
シェインの銃から発砲音が連続して響く。五発撃った音がして三発命中し、レスガインは動きを止めた。レスガインが受けたダメージは少ない。今差し込んでいるカードは弾丸数が多い代わりに威力は小さいという牽制用の攻撃だったのだから、当然の結果だ。
足を止めたレスガインにレーネとリヒトが左右から走り寄る。レーネの槍がレスガインの体を突き刺し、リヒトの剣がレスガインの首を斬り裂いた。
「オオォーン!」
致命傷を受けたレスガインは大きく吠え、森中にその声を響かせた。そしてすぐに倒れ息絶える。
「楽な相手だったわね。一対三だから当たり前かもしれないけど」
「全部、こんな状況なら楽に終わるね」
リヒトがレスガインの尾を切り取る様子を見ながら姉妹が話しだす。
「残りの四匹もこの調子でいきたいな」
尾の血を抜いて袋に詰めるリヒトも、たいした強さではなかったレスガインに安堵した様子だ。これならばこの仕事は無事に終わることができると確信しているようだ。
楽勝だったことで若干気が弛んだ様子の三人は、引き続きレスガイン討伐を続けるため歩き出す。
その後、三人は五時間ほど歩き回る。
「みつからないね」
疲れた様子でシェインが言った。周囲を見渡す動作がおざなりになっている。これでは小さな変化を見過ごしてしまう。
疲れているのは、ほかの二人も同じだ。
「今日はこれくらいにして宿に帰るか」
「それがいいわ。一匹とはいえ成果があったんだしね。無駄足ではなかったってことにしておきましょ」
三人は森を出るために歩き出した。楽だと思っていたところに、数時間の成果なしという結果で三人の足取りは重いものとなっている。
やがて木々の向こうに平原が見えてきた。出口だと三人は気が弛む。
この気の弛みを数時間にわたって静かに追跡していたものは狙っていた。
がさりと茂みが揺れる音が四方からして、すぐにレスガイン四匹が飛び出してきた。そのまま三人に走り寄る。
数時間前に出会ったときと違い、疲れからシェインの反応は遅れ牽制は間に合わない。万全の状態でも四方からくるレスガインのどれに狙いをつけていいか迷っただろうから、結局牽制はできなかったかもしれない。
牽制と同じように魔硬布への魔力供給も間に合わず、三人とも腕や足に切り傷を負う。
「タイミング悪いっ」
リヒトは怒鳴り剣を振るう。命中はしなかったが避けられたことで距離を置けた。
「このっ」
レーネは自分とシェインのそばにいる三匹へと槍を振り回す。リヒトと同じように距離を稼ぐためだ。レーネもシェインも接近されると攻撃しにくいのだ。防御力の低いシェインを庇うためでもある。
「シェインっ今のうちにガンカード交換しなさい!」
「わかったっ」
姉が稼いでくれた貴重な時間でシェインは牽制カードをショットガンカードへと入れ替える。
その少ない時間にもレスガインたちは二人への攻撃の手を緩めない。数時間前と違い逆に三対一となったレーネ。数の差に押され次々と傷を負う。
「すばしっこいなっ」
一対一の形であるリヒトはレスガインの速さに苦戦していた。かすらせることはできるのだが、致命傷を与えられない。早くレーネとシェインの援護に行かなくてはと焦って、攻撃が大振りになっているからだ。
準備の整ったシェインはレスガインと姉の距離が近く、攻撃できずにいた。少しでも離れたときを狙おうと構えるだけになっている。
シェインが姉から離れて、レスガインを自分のほうへと呼び寄せようかと考えていたとき、茂みが揺れる音がした。
「茂みが揺れてる!」
さらなる増援かもと警告する。
今の状態でも一杯一杯なのだ、これ以上は勘弁と戦っている二人の考えが重なった。
茂みへと銃を向けるシェインが見たのはレスガインではなかった。三十代の男と二十ほどの女の二人組み、陽平とイツキだ。
「助けいる?」
「お願いします!」
陽平が聞くと、シェインが即答した。
「イツキ」
「了解」
名前を呼ばれたイツキはすぐに動いた。その手には大剣。剣先から柄まで150センチを越し、幅ももっとも大きな箇所で20センチに届こうかというごつさだ。持ち歩くことすら困難に見えるものをイツキは片手で軽々と扱っている。その様子にシェインは驚きの思いしか湧いてこない。
イツキは三匹のレスガインに近寄り、大剣でなぎ払う。二匹が金属塊の暴風に巻き込まれ、吹っ飛んだ。剣が起こした風でレーネの髪が揺れる。イツキを見たレーネも、シェインと同じように驚くのみ。その間にイツキはもう一匹も吹っ飛ばした。
「こちらは終わりました。あとはその一匹だけです。落ち着いて対処してください」
イツキは大剣を地面に刺し、リヒトへと声をかけた。
それで落ち着きを取り戻せたリヒトは、あっさりとレスガインを斬り殺した。
戦闘が終わり、レーネたち三人はその場に座り込んだ。三人とも無事を喜んでいる。
その三人に光が降り注いだ。そして傷に触れた光は染み込むように消え、傷を治していく。陽平が魔術のように見せかけた魔法で治療したのだ。
「あとはこれを飲んで」
丸薬を三人に渡していく。
「これは?」
最初に受け取ったシェインが聞く。
「レスガインの持つばい菌に対する薬」
「そっか、病気になるかもしれないだっけ。なにからなにまでありがとうございます」
陽平とイツキを見上げて礼を言った。レーネとリヒトも続くように礼を言う。
丸薬を飲み込んだ三人は立ち上がり、あらためて頭を下げる。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございます」
「たまたまだから気にしないでいいよ」
頭を下げるレーネに、陽平はパタパタと手を振って答えた。
「お礼に夕食でもどうですか、お嬢さん? おごりますよ?」
リヒトがイツキの手をとる。そのリヒトの頭をレーネが槍ではたいた。かなり痛かったようで、リヒトはその場にうずくまる。
「つれがとんだ失礼を」
「いえ、気にしてませんから」
「でも夕食をおごるってのはいいわね。むしろそれくらいしないといけないわ。よろしければどうですか?」
「どうしますか、マスター?」
「いいんじゃないか? 今日はただの様子見だし。ただし少しだけ時間をもらいたい」
「かまいませんよ。私たちもレスガインの尾を切り取る時間がほしいですし」
イツキのマスター発言に、どこかの金持ちなのかと内心考える。
レーネはうずくまるリヒトを急かして、レスガインの尾を切らせる。その間に陽平とイツキも殺したレスガインの調査をしていく。
「お二人の目的もレスガインなんですか?」
陽平たちの作業を見ているシェインが聞く。
「当たらずとも遠からずだね。レスガイン調査はついでだよ」
「そうなんですか。それで調べてみてなにかわかります?」
「んー……そうだねぇ、健康状態は悪くないね。飢餓状態で脂肪がなかったり、筋肉が衰えたりはしてない。それに森を歩いてわかったけど、それなりに獣がいて餌には困ってない様子だよ。それなのに聞いた話だと森の外に出てる。おかしいよね。出なければいけない事情があるのかなとか疑問が出てくる」
陽平とイツキはその事情をスリアに聞いて知っているのだが、シェインに考えさせるため、こういった話し方をする。すべての事情を話すつもりもないという理由もある。巻き込んでも不快な思いをさせるだけなのだ。
「森の中で魔物が自由に振舞えない異変が起こってる、のかな」
「かもしれない。それを調べるために俺たちはここにきたんだ」
「仕事?」
「友達からの頼みだよ」
「こっちは終わりましたけど。そちらはどうですか?」
四匹分の尾を切り、血抜きを済ませたレーネが話しかけてくる。
「こっちも終わったよ。いつでも帰られる」
「では村に帰りましょう」
帰ると聞いて地面に刺していた大剣を引き抜き土を払うイツキを見て、リヒトが少し引いている。
「それって実は軽いの?」
イツキが苦もなく大剣を扱うので、本当は軽いのかとシェインは思う。
「私としてはちょうどいい重さですよ」
「持ってみていい?」
どうぞとイツキがシェインに手渡す。シェインはそれを一秒も持てずに落とした。その様子を見て、大剣が見たままの重さなのだとレーネたちは理解した。
「ご、ごめんなさいっ」
「悪気はないようですし、気にしてませんよ」
地面に落ちた大剣を軽々と持ち上げる。
「力持ちなんですねぇ」
「幾度もバージョンアップされた結果です」
言っている意味がわからずレーネたちは首を傾げた。イツキの容姿と挙動が人間そっくりなので、ゴーレムだと気づいていないのだ。
イツキは腰に下げている三十センチ強の鞘に大剣を差し込む。明らかに長さも幅も違う鞘だが、なんの問題もなく刃を納めた。持ち運びを便利にするための魔法道具だ。変わるのは大きさのみで、重さは変えてくれないが。
2へ
2009年08月06日
樹の世界へ遠章 遠く遠く。魔術の誕生
十一歳ほど少年が息を切らせて走り、古びた家に飛び込んだ。
そこには六十歳ほどの初老の男がいて、縁側でのんびりとお茶を飲んでいる。老いたように見えて、体つきはしっかりとしておりまだまだ現役といってもよさそうだ。
「じっちゃん。また来たよ!」
「カーフか、お前も毎日飽きないな」
「じっちゃんの話面白いし、学校でわからなかったところもわかりやすく教えてくれるからね」
「そうかい。こっちにおいで」
男は隣をぽんぽんと叩いてカーフを呼ぶ。
お茶菓子を渡して、今日はなにを話そうかと考える。
「そういや今日学校で人工根晶の作り方習ったんだ」
「へー、でどうだった? 作れそうか?」
「まだわかんね」
「まあ、そうか。習い始めだものな。
覚えて損はない技術だからしっかり習うといいさ」
「でも習ったものを作っても、そのままだと魔法使いじゃなけりゃ使えないって先生が言ってた。
そんなもの習って意味ないじゃん。
今は魔法使いいないのに」
「まあ、そう言いなさんな。
習っているものの応用でわし達が使えるものが出来上がるんだから」
「それじゃ始めからそれを教えてくれればいいと思う」
「どんなことでも基礎は大事だよ。
基礎がしっかりしていないと、使い物にならないからな」
「そんなものなのかな?」
いまいちしっくりときていない様子でカーフは饅頭を口にほうりこんだ。
「その基礎をオーエンっていう昔の人が作ったってほんと?
完成されてて、ずっと基礎部分を改良できた人はいないって先生言ってたけど」
「ああ、本当だとも。
二千年以上前にオーエン・ストラテジルという魔法使いが作り上げた技術。
それはすでに完成されていて、幾人もの職人手を加えようとしたが質を下げただけだったのさ。
オーエンという人は天才職人だったのだろうな」
言葉にかすかに懐かしげなものが混じっている。
カーフはそれに気づくことはなく、次の饅頭を手に取る。
「そういやイツキ姉ちゃんは?」
「買い物に出とるよ」
「そっか。買い物ならすぐに帰ってくるよね。
今日も話を聞きたいんだけど、なにか話してよ」
老人はなにを話そうかと目を閉じ、話題を選ぶ。
「なにがいいかねぇ……そうさね大巨獣の話でもしようか」
「学校で八百年前に宇宙からきた生物が暴れまわったって習ったことあるけど、それのこと?」
「そうそれだ。名前はフェランカズ。遠い昔の言葉で『落ちてきた怪物』って意味になる」
よどみない老人の話にカーフはのめりこむ。学校では簡単な話のみ聞いただけで詳しいことは知らない。それに老人の話を聞いていると、その場にいるかのような臨場感を味わうことができた。
老人は帰す時間も考慮し、所々端折った話をしていった。いつもより少しだけ長い話が終わった頃には、地平に近づいた太陽が空を赤く染めていた。あちこちの道や家には魔力をエネルギーとした明かりがともっている。
「これで終わりだ。細かく話したわけではないから、気になったのなら調べてみるといい」
「面白かったー! 特に巨大空中要塞と大巨獣の激突部分がすごかったー」
「楽しんでもらえてよかった。最後の話だから、いつもより長めに話したかいがあるってものさ」
「最後?」
「わしとイツキは明日旅立つよ」
「ずっといるんじゃないの?」
「もともとちょっとした休息としてここに滞在してたんだ。十五日の予定が二ヶ月。予定よりも長くなったもんだ。
知り合いから用事も頼まれたし、明日出発しないと間に合わなくなる」
「帰ってくるよね?」
期待を込めてカーフが聞く。
「……その予定はないな。ここではない地に待っている人たちがいるからな。
出会いも人生なれば、別れも人生。もしかするとひょっこり再会するなんてこともあるかもしれんよ」
カーフの頭を撫でながら老人は言った。
カーフは立ち上がり、決意を込めた目で口を開く。
「じゃあっ約束しよ! 俺がRAWで有名になったらまた会いに来てくれよ!」
「そうだな、そのときは祝いの言葉を言いに行こうか。いる場所もわかるだろうし」
「絶対だからねっ」
そう言ってカーフは家に帰っていった。その胸に大きな夢を抱いて。
RAWとはルーンアーツウォリアーの略で、魔術を使った戦いを見せる者のことだ。世界的なスポーツで、有名どころの大会は世界中に放送される。
カーフはこのスポーツの選手になるのが夢なのだ。
「イツキはカーフに挨拶しなくてよかったの?」
老人は振り返らず、背後にいる二十才前後の女に声をかけた。その声はまったく老いを感じさせない。
イツキと呼ばれた女は、黒髪黒目で背中まである髪をゆるくみつあみにしている。無表情にも見えるが、よく観察すれば小さく表情に動きがあることに気づけ、決して感情がないわけではないとわかる。
「雰囲気的に出ずらかったです。帰ってきてるって気づいているんだから、別れの挨拶をできるくらいに誘導してくれればいいのに。気のきかないマスターですね」
「イツキならそんな雰囲気に関係なく姿を見せると思ってたんだよ」
「マスターじゃないんですから、そんな図太い神経はしてません」
「ひどいねぇ。育て方間違ったかな」
「マスターの背を見て育ったから、こんなになったんです。あの頃の純真な私を返してください」
「捻くれるような生き方をした覚えはないんだけどな。まあいっか」
「明日の出発は何時頃に?」
「朝ご飯食べたあと。準備は終わったんだろう?」
「終わってます。マスターに頼んでおいた掃除はどうですか?」
老人が主に使っていた部屋の掃除を頼んでおいたのだ。それは今日一日かけて終わらせていた。
「終わったよ」
「そうですか。お疲れ様です。たまには動かないとボケますからね」
「わりと動きまわってるけどね。スリアの頼みで」
「それだけじゃないでしょうに」
暇だと家を飛び出し、あちこち動き回る老人にイツキはつき合わされてきたのだ。
「退屈は敵だからねぇ。きちんと対処しておけば村も俺がいなくても大丈夫だし」
「俺って言ってますよ。誰が聞いてるかわからないんですから、まだわしと言ってください」
「ごめんごめん」
謝りながら老人は縁側から立ち上がり、家の中へと入る。
一晩経ち、朝食も終え、家を出るだけとなった。
朝食後、学校に行く前にカーフがここに寄り、イツキと別れの挨拶を交わしたこと以外はなにごともない。
「さて出発」
荷物を入れた小型トランクを持った老人とイツキが家を出る。
借家の持ち主に鍵を返し、別れの挨拶も済ませた二人はその足で街を出た。三十分ほど歩いたところで、二人は止まる。
「ここらでいいかな」
「はい。周囲に人間の気配は皆無です」
イツキの言葉に頷いた老人は懐から、一枚の式符を取り出した。
「力を破るは力なり。ディスペル」
老人は魔法解除の魔法を自分に使う。式符から溢れ出た光が老人に注がれ姿がぶれる。ぶれが治まると三十才前半くらいの姿の陽平が現れた。
「やっぱり若い姿は楽だね」
先ほどまでの姿は幻を被っていたのではなく、体を変形させ、実際に老人となっていたのだ。
「それならいつも素の状態でいればいいのに」
「演技力鍛えたいし」
「鍛えなくとも十分だと判断します」
「まあ否定はできない。長く生きてきたからね。退屈しのぎでもあるんだけどね。
さて跳ぶから腕にしっかり掴まって」
「はい」
転移の式符を取り出す陽平の腕をイツキはしっかり掴む。
根晶のサポートなしに自力で使えるようになった魔法で、陽平はイツキと共にその場にいたという痕跡をわずかに残し消えた。土の上に残った足跡は雨と風によってすぐに消える。
大樹の使者セルリウムがいた時代は、はるか遠く。時は流れて二千と三百年ほど。
様々な出来事を経験し、陽平はいまだ生きていた。その傍らには魂を得た人型ゴーレムが。
世界も時の流れによって変化している。陽平に懐かしさを与える変化だ。今の街の風景は古い古い記憶を刺激する。陽平が地球にいた頃の風景と似た街並みが広がっている。
これは陽平が文化や技術に口出ししてきた結果だろう。地球の技術などを話すことで、進歩の方向性が地球に似たものへと向いていった。
とはいえ似ているだけでまったく同一というわけでもない。そこまで口出ししていないのだから。
進歩の速度も違う。過去世界を巻き込んだ戦いが、大巨獣襲来一度のみで、あとは国同士の諍いがちらほらとあったのみだ。争いの少なさゆえに技術の進歩も比例し遅かった。
さらに石油や電気が主なエネルギー源の地球と違い、こちらは魔力がエネルギー源となっている。街を照らす明かりも、街と街との間を走る列車も、冷蔵庫や洗濯機といった生活を支える道具も皆、魔力で動いている。
その魔力は地球の原子力発電所や火力発電所と同じように魔力増幅炉から各家庭や各施設の魔力貯蓄装置に送られている。
魔力増幅炉とは今から二千年ほど前に考えられたものだ。基礎理論発案者はカータスの子孫にあたるトリーンという研究者。陽平の弟子でもある。そもそもトリーンが増幅炉の発想を得たのは、陽平が増幅法と吸収法のことを教えたため。
増幅法と吸収法は魔法使いにとって当たり前の技術で、なくてはならいもの。しかし暗黙の了解というやつで魔法使い以外に教えてはならないとされていたのだ。そこらへんは師匠などからそれとなく伝えられるものだ。けれども陽平には明確に師匠と呼べる存在はいない。オーエンやルチアやネクといった身近な魔法使いたちは、魔法使いの常識を教えることはなかった。オーエンにはそんな暇はなく、ルチアたちはすでに知っているだろうと思っていた。それでも長く生きて魔法使いと接することもあり、なんとなく察することはできていた。ではなぜ魔法使いではない者に教えたか。それは私情を優先したが故だ。当時の陽平は知り合いが、トリーンと大樹の使者、それらの近辺少数しかいなかった。親しかったルチアもネクも死に、以前からの知り合いは全ていない状態となり、世界にただ一人残されたようにすごく寂しく感じていた。その陽平を支えたのがトリーンたち。
小さな頃から長くそばにいて支えてくれたトリーンが魔法について知りたがって、無視することなど不可能だった。魔法使いの常識よりも、身近な存在の願いを優勢したのだ。トリーンに魔法の才はなかったが、陽平は気にせず基礎から教えていった。教えてもらったことを元に、誰でも使える魔法を追い求め、学者仲間と魔力増幅炉を使った魔法使い以外の魔法行使の基礎理論を打ち立てた。
二千年たった今でこそ、トリーンは偉大な学者と人々に知られてるが、当時は胡散臭い人物という評価だった。そして理論を知った魔法使いからは敵視されていた。増幅法と吸収法を使えば誰にでも魔法が使えることは、すでに証明されていることだったのだ。その証拠が魔法道具だ。誰にでも仕える魔法の道具。これには増幅法と吸収法が使われているものが少なくない。
魔法は魔法使いの特権だ。圧倒的に数の少ない魔法使いが、他の生物に対抗するための武器でもある。人間までも魔法を使い始めたら、魔法使いの存在意義は薄れる。魔法を使うようになった人間に排除される可能性もでてくる。魔法が生まれたばかりの頃、未熟な魔法使いは異端として人々に狩られた歴史がある。そのような歴史を再来させる可能性のあるトリーンは魔法使いにとって敵とみなされるのだ。
そしてトリーンに増幅法と吸収法を教えた陽平も敵視される。だがすでに四百年生きた陽平は送られてきた刺客を全て返り討ちにしており、出た被害の多さ故に魔法使いたちは手出しを控えるようになった。その陽平に保護されているうちはトリーンも安全だった。住居ごと引っ越した後は、塔にいるぶんにはなんの危険もなくなった。
人々にとっては魔法とは魔法使いだけが使える人外の技術で、人間が扱えるものではないものという考えだった。魔法を使えるようになるかもという好奇心以前に、触れることに躊躇いを覚える技術だったのだ。興味を示しそうな貴族や王族も、魔法を使えるようになるだけで長生きまではしないと知ったのち関心を惹く者は非常に少なかった。せめて実演できればよかったのだが、理論のみでは空想と取られても仕方のないことなのだろう。
結局、トリーンが生きているうちに魔力増幅炉は作られることはなかった。資金不足、技術不足、協力者不足、邪魔者の存在と障害が多すぎたのだ。
しかしトリーンは可能性を示してみせた。魔法使い以外にも魔法を使えるのだと、人々に歴史に世界に刻み込んだ。一度刻まれた考えを抹消するには人々は未熟だった。禁書として書類や書物を処分しようにも全てを見つけ出すことは不可能で、可能性を信じた者たちによって隠し通された。そしてそれらを元に極秘に研究は進められていった。実物を示すまでは潜んでおこうと関係者は決めたのだ。実物を出せば人々は信じざるを得ず、そのときこそ自分たち考えが世界に認められるのだと。
潜むと決めた彼らには、試作一号機が問題なくできあがるのに二百年の時間を必要とするとは予想もしていなかったのだが。
魔力増幅炉の完成を見ることなく死んだトリーンが悔いを残したかというとそうでもない。己が生きているうちに炉が実現することはないだろうと予想ついていたからだ。可能性を後世に残し、後の世の人々が作り上げてくれると思えるだけで満足だった。陽平に、完成した魔力増幅炉を見て墓に報告してもらうという約束もとりつけた。
妻や子、陽平に看取られ逝った表情には悔いなどなかった。
完成した魔力増幅炉試作一号機を元に、さらなる問題点を洗い直し、改良を施し、魔力増幅炉は発展していった。今では六度の大幅なヴァージョンアップを経て、二十億人の生活を支えるまでとなっている。
その発展の過程で人々が暴走し、大樹の依頼を受けた陽平が魔力増幅炉を壊すことになるのは皮肉でしかない。
魔力増幅炉の発展により世界に広まった魔法だが、これは魔法とは呼ばれない。誰にでも魔法を扱える術を得る、と書かれたトリーンの著書の一文からとり、『魔術』と呼ばれている。
使い方は魔法とそう変わらない。式符に魔力を通し、詠唱と名称を口にし、効果を明確なものにする。違いは魔力を自身から取り出すのではなく、携帯用魔力貯蓄装置(ポータブルマナタンク)、略称プントから取り出すということ。
このプントも小型化、容量増加など人々の努力により初期型から発展し、世界中の人々が当たり前に持つようになっている。現在のものは縦横五センチ、厚さ一センチで腰に邪魔にならないよう下げられることが多い。
ついでに式符も改良が加えられた。初期にはプントと配線で繋げなくては、魔力を通すことができず魔術を行使できなかった。だがすぐに配線が邪魔ということになり、改良が求められた。いくつもの案が出て、幾度の研究を経て、式符はカード状へと姿を変える。カードの表に求める効果の式、裏にプントから魔力を受け取る式を書き込むことで配線をなくすことに成功したのだ。
誰でも魔法を使えるようになったわけだが、魔法使いと同等になったわけではない。寿命のことはすでに述べたとおり、効果の大きさも魔法使いに遠く及ばない。
これはプントの魔力容量と最大出力の限界に関係する。今の技術ではどう頑張っても上級魔法を使うだけの魔力を貯めて置けないのだ。それどころか中級の上位も使えない。陽平の持つ魔法で例を出すと、扇雷を三発使うだけで精一杯だろう。朱金炎槍は出力的に無理。最高性能でこれなのだ、一般人の持つものでは、扇雷一発を使えるかどうかといったところだ。
大きいとはいえない力でも、ゼロよりもはるかに大きい。その力を持って人間は生活圏を少しずつ広げていった。
大地の支配者とまではいけなかったが。
人が強くなるのと同様に魔物もその強さを増したのだ。これは大巨獣の遺したものが魔物と相性がよかったせいだろう。
それに元から強い竜などには魔術は大した成果を上げることはできなかった。運がよければ一矢報いることができる程度だ。
こんな昔とはいろいろと変わった世界。昔からの積み重ねで今がある世界。生物が大樹に見守られることは変わらない世界。
ここで陽平は今も生きている。人々との死別に動揺しないくらいの強さを得て。そしてこれからも出会い別れを繰り返して生きていくだろう。
2009年07月30日
樹の世界へ外伝 巨人殺し 2
馬車は馬を交代しつつ止まることなく走り続けた。宿に泊まったのは道中二回だけだ。
常に揺れ続ける馬車の中での寝泊りは、疲れを少しずつ溜めていた。目的地に到着しても体調不良で寝込むことなんてなると目もあてられないので、急ぐ旅でも最低限の休息はとった。宿賃は陽平たちが出さずにすんだ。御者が道中のお金を受け取っていたのだ。
予定通り馬車は進み、十日で岩山の麓まできた。麓にはテントがいくつもはられ、兵たちがあちこちと歩き回っている。彼らの着ている鎧にはガッツーサ国の紋章やそれに似た系統の紋章が刻まれている。国直属の兵と貴族の私兵だと示していた。兵が十分に集まったので、事態の初期にいた冒険者は役目を終え帰っている。
馬車は見張りをしていた兵の一人に止められる。
御者がなにごとか話し手紙を渡す、集まって話を聞いていた兵の一人がどこかへと走り去る。少し時間が経つと、去った兵が上官らしき人物を連れて戻ってきた。
馬車の扉がノックされ、陽平たちは外へと出る。陽平には少しの畏怖と疑惑、マルチーナには敬意の篭った視線が集まる。陽平に向けられた畏怖はここに魔法使いがくると知っている一部の者たちが向けたもので、疑惑はなぜここに一般人がきたのかというものだ。マルチーナに敬意が向けられたのは、寄核種関連で起きた戦いでの活躍を知られているからだ。
「これからの予定はこちらの方に聞いてください。では私は失礼します」
ここまで陽平たちを連れてきた御者はそう言って一礼したあと馬車を走らせ去っていった。
「遠いところをよくおいでに、ずっと馬車に揺られお疲れでしょう。疲れているところすみませんが、ついてきてもらえませんか、これからのことで話したいのです」
反論などない二人は、上官らしき人のあとをついて歩く。先導する男は位の高いものらしく、三人が歩く先は自然と人が邪魔にならないように移動し道ができる。
歩きながら男は自分がここの総指揮をしていると自己紹介した。
三人を見ている兵から、ときおり小さくマルチーナの名前が聞こえてくる。
「マルチーナもやっぱり有名なんだな」
「寄核種のとき派手にやったからね、そのせいだろねぇ」
「それだけではありませんよ。途方もなく強く気高い、そういった存在に人は惹かれるものです。そこに美貌も加わると崇める人が出てきてもおかしくはない」
「気高いっていうのもそうだけど、美貌って私には縁のない言葉だ」
あまりにも高い評価と思ったマルチーナは恥ずかしそうに顔を赤くしている。
「そうでしょうか? 以前あなたが戦うところを見たことがありますが、そのときのことを思い返してみるとこの評価はあながち間違いとは言えないと思いますが」
「えらく持ち上げるけど、もしかしてマルチーナのファンの一人?」
「そうですね……そう言ってもいいかもしれません」
恥じることなくあっさりと認めた。
「寄核種のときにマルチーナさんの戦いを見た人は大なり小なり憧れにも似たものを持っていると思いますよ」
「世界規模でファンクラブがあるみたいなものだな。すごいね、マルチーナ」
「は、初めて知った。そんなもの作られるような人じゃないよ私は」
「まあ、私たちが勝手に憧れているのですから、気にせずいればいいと。ときどき手合わせを願い出るくらいでしょうし。
つきました、この中で話しましょう」
テントの中にいた部下にお茶の用意を頼み、男は自分に与えられたスペースへと向かう。
「狭いところですみません」
いくら大きくともテントの中なのだから、狭くて当然だろう。むしろ個人のスペースを与えられていることのほうが驚きだ。ここにいるメンバーの中で一番地位が高いのだと納得できた。
ここで仕事と寝起きをしているようで隅に寝袋や着替えが置かれている。このスペースに椅子は邪魔になるのか、組み立て式の小さめの机しかなく、床に直接座るようになっている。
「クッションもないですが勘弁願います」
「野宿とかで慣れてますから」
マルチーナの返答に陽平も頷く。
「そうですか。
では本題に入りましょう。あなたが魔法使いで間違いないですね?」
「はい。レクトクレパスに関して依頼を請け負いました」
「依頼してあるように、足止めか討伐をしてもらえると考えてよろしいんですね」
「はい」
「動くのはいつの予定ですか? こちらとしてはできるだけ早いほうが助かるのですが」
「今日一日で旅の疲れをとって、明日からと考えています」
「わかりました。どのように動くかも聞いていいですか? 明日で倒してしまうことも可能ですか? あとこちらの手伝いは必要ですか?」
「とりあえず明日は様子見と考えています。こちらの魔法がどれくらい効果を及ぼすか知りたいですから。効果的なダメージを与えるのならば、明日倒してしまおうと思っています。
そちらの協力は、明日に関しては情報の提供のみで。レクトクレパスがどこにいるかなどを聞こうと思っています」
ここにくるまでに、馬車の中でマルチーナと考えたことを話していく。
「なるほど。では明日打つ手なしと判断された場合、私たちの協力を求めることはあるのでしょうか?」
「あると思います。足止めを私たちのみでできるとは思っていませんから。レクトクレパスに突撃しろとは言いませんから、安心してください。罠の作成や遠距離からの攻撃をしてもらおうと考えています」
「わかりました。なにか聞きたいことはありますか?」
「ここにいるレクトクレパスの情報とこれまでどうやって足止めしてきたか。これについて聞かせてください」
「そうですね……体長はおよそ六メートル。角は額に一つ。両肩に一つずつ。右膝に一つ。膝の角は生えたばかりなのか、ほかの三つと違い色が少し違います。弓矢は大してダメージを与えることはありませんでした。目を狙いもしましたが、弱点となる箇所を防ぐ程度の知能はあります。投石機での攻撃は多少のダメージを与えましたが、決定打とはなり得ませんでした。バリスタも二台持ってきていますが、これも投石機と同じ結果でした。
基本的に腕を振り回すといった攻撃方法です。あとは手ごろな岩を投げるくらいでしょうか。こちらが絶え間なく攻撃しても、疲れることなく対応してきます。こちらが休んでいる間に、あちらも休息をとり前日の疲れを残すことはありませんでした。
知能はありますが、あまり高くはなく攻撃する方向へと関心を向けるので、それを利用してあちこちへと誘導していました。
体力の多さと決定的ダメージを与えることができないことがネックとなっているだけで、油断しなければ大怪我を負うことはない相手でした。死者もゼロです」
兵に死者がでなかったのは、トップが無理をしないように言い渡し、現場の指揮官が言いつけを守ったからだ。決して近づかず遠くから攻撃し、相手が近づくそぶりを見せると、重装備は置いて撤退した。自分たちの目的が討伐ではないとしっかり認識できているからこその、この結果だろう。レクトクレパスを討てば大手柄だが、自分たちでどうこうできる相手ではないと誰もがわかっており、先走る者もいなかった。
「ほかになにかありますか?」
「ガッツーサ王宮に魔法使いはいないんですか? 一人くらいはういそうだと思うんですけど」
「たしかに一人いるんですが、戦闘向けの魔法を覚えていないようで。だから外部の者に依頼することに。情報屋から魔法使いが一人国内にいると情報を得たのもそのときです。
あなたは凄腕と聞いています。どうかよろしくお願いします」
聞きたいことを聞き終えた陽平とマルチーナは、準備されていたテントへと案内された。ただしマルチーナがここに来るとは知らなかったため、テントは一つだった。新たにテントを準備しようかと聞いてくる兵。テントを覗くと広さは二人で寝ても余裕はある。寝泊りするだけだからとマルチーナは新たに準備する必要はなしと告げた。陽平が不埒を働こうとしても、素手ではマルチーナほうが強いので大丈夫だろうと判断したのだ。念のため式符は全てマルチーナが預かることになった。微妙に信用されていない陽平だった。
何事もなく次の日となる。天気は曇り、もしかすると雨が降るかもしれない。予定通り陽平はマルチーナとレクトクレパスの元へ偵察兵と一緒に向かった。なだらかな斜面には大小の石や岩が転がり、気をつけていないと踏みつけ足を捻る可能性もある。
拠点から四十分ほど歩くと、鹿の死体をいじっているレクトクレパスを発見した。あの鹿は兵たちが捕まえ、レクトクレパスに与えたものだ。空腹で人を襲わないようにという判断の元、毎日拠点から離れた場所に置くようにしている。餌となる獣の死体を拠点から離れた場所に置くことで、拠点に近づけさせないという考えもある。この考えは成功し、これまで拠点が襲われたことはないと偵察兵は陽平たちに話す。
「だとしたら俺たちも攻撃する場所をよく考えたほうがいいか。とりあえずこの場所は拠点のある方角だから駄目っと」
「迂回するのに邪魔になる地形とかある?」
マルチーナは小声で偵察兵に聞く。
「特にないですね。足場がよくないってこと以外は、特徴はない小山です」
「ありがと」
「では俺たちは離れ様子を見ることにしますが、なにかすることはありますか?」
「んー……ないかな。俺たちが大怪我負ったら回収よろしく。今日はそこまで無茶するつもりはないけど」
「わかりました」
先にここでレクトクレパスを見張っていた偵察兵と一緒に、案内役の偵察兵は静かに離れていく。
「俺たちも移動しようか」
「上下どっちに行く?」
「上。そこから魔法を一発撃ってみる」
二人は偵察兵と同じように静かに移動する。現時点でのレクトクレパスとの距離は百メートルほど。
目的とした場所に着く前に、食事を終えたレクトクレパスが斜面を下り始める。このままでは見失う。
「どうする?」
「気を引くために魔法ぶつけるよ、その後も移動し続ける」
陽平はポケットから朱金炎槍の式符を取り出す。
「朱金炎槍・螺旋!」
移動しながら命中させるほどの腕はない陽平は、一度止まり炎の槍を投げつけた。弓矢と違い放射線を描くことがなく、風の影響も受けないので、当てるだけならば弓術ほどの腕は必要ない。一直線に飛んだ炎の槍はレクトクレパスの右肩甲骨辺りに命中する。裂傷を負わせるものの貫通とまではいっていない。
叫び声を上げ、陽平たちのいる方向へと振り返る。
「一応、ダメージは与えたのかな?」
レクトクレパスの様子を見て陽平が、マルチーナに聞いてみた。
「たぶん。でもたいして気にしてないんじゃないかな、あの様子だと」
二人の視線の先では、レクトクレパスがいまだ元気に叫び声を上げている。
叫びを止めたレクトクレパスは足元の石を掴めるだけ掴む。二人との距離が遠いので、石を投げるつもりだ。兵とのこれまでの戦いで、岩を一個投げるよりも、少し小さくとも複数個の石を投げるほうが命中させやすいと学習していた。
あの巨体の持つ筋力ならば、百メートル弱の距離に石を投げつけるなど楽なものだろう。危険と判断した第六感を信じ陽平は、障壁の式符を取り出し急いで使う。
障壁は、レクトクレパスが石を投げたあとすぐに二人の前方に現れた。そしてすぐに石は障壁にぶつかった。その威力はショットガンを思わせた。障壁に当たらなかった石の一部は地面にめり込んでいる。陽平は冷たい汗が背を流れるのを感じた。
「……ちょっとあいつのこと甘く見てたかもしれない俺」
「……奇遇だね、私もだよ」
並外れた筋力のすごさをいまさらながら実感した二人だ。
近づいてくるレクトクレパスを見ながら二人は話し続ける。
「策を考えないと倒すのは無理っぽいな」
「今日のところは追い返すことだけ考えよう。私が囮になってるから、その間に考えといて」
考えることは自分の役目ではないとマルチーナは近づいてくるレクトクレパスへと走っていく。何の考えもなく近づいたわけではない。むしろ近づいたほうが安全だと考えたのだ。レクトクレパスは力はすごいし動きもわりと素早いが、それを振り回すだけで攻撃自体は単調で避けやすいのだ。接近戦に長けたマルチーナならばいくらでも先読みでき、避け続けることができる。先ほどの投石のように広範囲攻撃のほうがマルチーナにとっては厄介だ。
陽平の視線の先でマルチーナはひらりひらりと蹴りや拳を避けている。剣で斬りつける余裕もある。たいしてダメージにはなっていないが、剣が肌に弾かれるなんてことはない。
その様子を見て陽平はどうにかできるかもと思いついた。落風砕撃の式符を取り出し、マルチーナに声をかける。
「マルチーナ! そいつのアキレス腱斬れるっ?」
「たぶん! なんとかやってみる!」
マルチーナが斬れると断言できないのには理由がある。それは斬った感触が鈍いからだ。それもそのはず、ジャイアントの皮膚と骨には魔力に対する耐性がある。レクトクレパスもジャイアントの一種だ。レプリカの魔剣では斬りづらくて当然だ。貫通力に優れた朱金炎槍・螺旋が十分な効果を発揮しなかったのも、魔力耐性が原因だ。
「じゃあお願い! マルチーナが斬ったあと大きな魔法使うからすぐその場を離れて!」
「わかった!」
返事をしたマルチーナはアキレス腱を狙うタイミングを計る。やがて隙をみつけ、いっきに近づき走りぬけざまに左足のアキレス腱を斬った。完全には斬ることができていないが、傷つけることには成功している。
再びレクトクレパスの叫び声が上がる。それを合図として陽平は準備していた魔法を使う。
「落風砕撃!」
斜面を豪風が駆け抜ける。この魔法はダメージ目的で使ったのではない。レクトクレパスを本拠地とは違う方向の麓へと転がり落とすために使ったのだ。
通常の状態ならばレクトクレパスは両足で踏ん張りその場にこけるくらいだったろう。しかしマルチーナによってアキレス腱を斬られては踏ん張ることは不可能で、風に押されて転がるしかない。斜面ということもあり長く転がるだろう。そうなれば巨体というアドバンテージなど関係なく目は回る。足の怪我もあってしばらくそこから動くことなど不可能だろう。これによってしばらく時間を稼ぐことができる。
陽平の狙いは当たり、レクトクレパスは斜面を転がり、視界から消えた。とりあえず今日の目的、様子見は達成したことになる。
陽平は近寄ってきたマルチーナにねぎらいの言葉をかけた。
「そっちもね」
「直接、斬りつけてどうだった? 角は斬れそう?」
「正直難しいね。何度か膝の角を斬りつけてみたけど、傷の一つも入らなかった。今以上の力と速さで斬らないと駄目」
「今以上の力と速さがあれば確実に可能ってこと?」
「うん、できる」
「身体能力を上げる魔法をかければ解決するね。あとは、確実に斬れる状況を整えるだけか」
陽平は簡単に身体能力を上げる魔法を使えばいいだけと判断したが、実際には問題があり、それはどれだけ動けるようになるかと試しに使ったとき判明した。
レクトクレパスの動きを止める方法を考え、蛇竜と対峙したときに使おうとした方法を陽平は思い出した。物質変化の魔法で地面を柔らかくし、レクトクレパスの自重で沈めるのだ。
このことを明日行う予定としてマルチーナに説明する。
「それなら今からでも可能じゃない? むしろ動けなさそうな今がチャンスっぽくない?」
「……それもそうだ」
言われてみればそうだと陽平は納得した。上級魔法を使うには足りない魔力は増幅法で増やせば大丈夫だ。
「今から行こうか。あ、その前に身体能力を上げてどれくらい動けるようになるか確認しないと、意識と肉体反応のずれで失敗するかもしれないし」
「お願い」
魔法をかけられマルチーナの身体能力は通常の五十%増しになる。どのような感じかと始めはその場で軽く跳ねたり、剣を振るう。ふむふむと頷きながら少しずつ速度を上げていく。そしてある程度本気になったとき、マルチーナは体の中から骨と筋肉のきしむ音を聞いた。同時に瞬間的な痛みが体全体にはしった。
「痛っ」
短い悲鳴を上げて動きを止めたマルチーナを陽平は不思議そうな顔で見る。
「どうした?」
「全力で動こうとしたら体に痛みがはしったのよ。どうしてかしら?」
「ミリィやカータスのときはそんなこと起こらなかったな」
ミリィやカータスと違ってマルチーナだけにこのようなことが起こったのは、素の身体能力の違いだ。
カータスとミリィはまだまだ発展する余地があり、魔法によってその発展分の身体能力を使っていた。一方マルチーナは鍛えられる余地が少ない状態だ。その状態で身体能力を上げると、体を安全に動かせる範囲を超した動きとなってしまう。
人間は持つ能力を全開で使うと、素手で岩を砕くことも可能なのだという。しかしいざ実行すると拳などを痛めてしまう。なので体を守るために、無意識にセーブした動きをしている。魔法をかけたマルチーナは、そのセーブした状態を超してしまうのだ。無意識にセーブしようがない。マルチーナ本人はいつもと同じ動きをしていると判断しているからだ。
身体能力を上げる魔法には、度を越した動きに配慮し衝撃吸収などの効果が組み込まれているものもある。しかしそれは陽平がマルチーナに使った魔法よりもランクが高い魔法だ。陽平の使った魔法には、体を守るための配慮はされていない。五十%増しの効果で、肉体を配慮する事態にはならないと考えられていたためだ。
痛みの原因があっさりとリミッターを無視した結果だとは、陽平もマルチーナ自身も気づけていない。
「その状態で角斬れる? 無理ならなにかほかの手を考えるけど」
「……なんとかいけると思う。多少の痛みを我慢すればいいだけだし。この感じだと全力じゃなくてもさっきよりは力は上がってる」
ギリギリを見極めるため、もう一度剣を振るう。納得する動きができたマルチーナは下山しようと声をかけた。
二人はレクトパトスが転がっていた方向へ歩き出す。レクトクレパスの重さと叩きつけた風の勢いと斜面ということが相まって、ずいぶん先まで転がったらしく、追いつくのに二十分かかる。時間がかかったのは、足場が悪く転ばないようにゆっくりと歩いたせいでもあるが。
みつけたレクトクレパスはその場に座り込んでいた。回転による酔いは治まったようだが、アキレス腱に受けた傷のせいで動く気はないようだ。
陽平は自分とマルチーナに魔法をかけて、身体能力を上げる。接近をばれるまでは静かに移動し、ばれたらいっきに近づき地面に魔法をかけることになっている。
石を蹴って音を出したり、つまづき転ぶなんてことはなく、二十メートルの距離まで近づくことができた。これ以上は気配で気づかれるだろう。
二人は無言で顔を見合わせ頷く。いっきに近づくことにしたのだ。静かに二手に別れ、ある程度の距離が開くと、レクトクレパスの気を引くためマルチーナがわざと音を出して近づいていることを知らせた。
音のする方向に立ち上がることなく振り向いたレクトクレパスは、接近するマルチーナに気づいた。陽平のいる位置は死角となっていて、陽平がいることにまだ気づいていない。
この状況でレクトクレパスの取る手段は一つだ。すなわち手元の石を掴んで投げる。それを読んでいたマルチーナは、石の通る範囲を避けるため横へと進路を変える。一度見た攻撃ということと、上半身のみで投げられ威力が減っているということもあり、マルチーナは避けることに成功する。もう一度レクトクレパスは石を投げるが、結果は同じ。
そしてレクトクレパスがマルチーナに気を取られている隙に、陽平は接近し魔法を使う。途端に地面が沼のように変化し、レクトクレパスは沈んでいく。立ち上がり移動しようとするも踏ん張りがきかず、立ち上がることすら困難な状態で、手足をつっぱり沈みきること防いでいる。半身浴に似た状況だ。
「せいっ!」
マルチーナは飛び上がり、両手で持った魔剣を右肩にある角めがけて振り下ろした。金属同士がぶつかり合う音が辺りに響く。しかし十分な勢いののった攻撃でも角を斬りおとすことができない。かすかに傷を入れたのみだった。マルチーナは浮かんでいる間にレクトクレパスの腕を蹴り、一度離れた。
「斬れない? 一度拠点に帰って策を考える?」
魔法を維持したまま陽平は問う。勢いよく魔力が減っていてあと一分も魔法は維持できない。
「もう一回やってみる。今度は全力で斬る。一本でも斬ってれば明日以降楽になるでしょ」
今の状態でおもいっきり剣を振るえるのは一度のみだろうと、マルチーナは予測をつけている。そしてその一度で角一本は持っていけるたしかな予感もある。
ぐっと力を込めると、再び体の中からきしむ音が聞こえてくる。それを無視して、くる痛みを我慢しようと歯をくいしばる。
動こうと一歩踏み出しただけで、痛みが足を中心にはしる。それに耐えて二歩、三歩と走る。その速度はマルチーナ自身、今まで一番速いと確信できるものだった。
ひらいていた五メートルの距離を約一秒でつめ、レクトクレパスに最接近したころには、足の痛みは麻痺していた。脳内麻薬が分泌され、痛みを感じないように体が自分自身で守ったのだ。ここまでとはマルチーナは予測していなかった。
予測は変わる。動く前は、剣を振るったあとは痛みに耐えながらも動くことはできると思っていた。今は、剣を振るったあとはゆっくり動くこともできそうにないと確信している。それでもマルチーナは剣を振るう。ここまできたのなら角一本は絶対にもらうと心に決めていた。
剣と角がぶつかったとき、音はなかった。そばで見ていた陽平は外したのかと思った。けれども強く吹いた風に押されるように地に落ちた角を見て、無事にやり遂げたのだとわかった。
今日最大の悲鳴を上げるレクトクレパス。
マルチーナはレクトクレパス近くの柔らかな地面に落ち怪我はなかったが、自力で立つことができず伏せたままだ。
レクトクレパスから離そうとマルチーナに近づく陽平は視線を感じ、動きを止めた。視線は頭上からだ。もうしばらくは痛みにのた打ち回ると思っていたレクトクレパスが早くも落ち着きを取り戻し、二人を見ているのだ。
二人のいる位置はレクトクレパスの攻撃範囲に入っている。
陽平の魔力はつきかけ、マルチーナは動けない。おまけに陽平自身にかけた身体能力を上げる魔法の効果は切れていた。もしかしなくとも大ピンチと本日二回目の冷たい汗が流れるのを陽平は感じた。
レクトクレパスが動く。見上げることなく固まっていた陽平は、影の動きで腕がゆっくりと近づいてくることを知る。捕まれば簡単に握りつぶされることは、容易に想像つく。緊張に固まる体をなんとか動かしてマルチーナを掴み腕の範囲から逃げ出す。丁寧に運ぶ余裕などなく、振動による痛みに呻くマルチーナを気にかける余裕もなかった。
やっぱり一度拠点に戻るんだったかと考えても、すでに意味のないことだ。
レクトクレパスの次の動きを知ろうと、ここでようやく陽平は視線をレクトクレパスに向けた。
違和感があった。その違和感を探ろうとおもわずレクトクレパスを観察し気づけた。目が違う。目に理性の輝きがともっていた。
「もうしわけなか。それとありがとう」
レクトクレパスの口から謝罪と礼の言葉が出て、陽平とマルチーナは驚きで動きを止めた。この瞬間のみマルチーナは痛みを忘れることができた。
「喋れたんだ?」
「角を斬ってくれたおかげで」
陽平の口から意図せず漏れた言葉に返事が返ってくる。
「……暴れない?」
「はいな。暴れる理由もなかとです」
「信じても?」
「信じてもらえると嬉かです」
陽平はじっとレクトクレパスの目を見る。陽平の見たかぎりでは嘘ついているようには見えなかった。
陽平は体の力をほとんど抜いて地面に座り込む。張り詰めていた緊張もいっきに弛む。
「痛……いっ」
乱暴に扱われたマルチーナから抗議の声が上がり、陽平は慌てて謝った。痛みを和らげようにも治療魔法を使うには魔力が足りず、そっと寝かせるくらいしかできない。地面は物質変化の魔法による効果が切れ、徐々に硬さを取り戻している。ならばせめて頭くらいはと膝に乗せた。
ようやく話しをできる状況になる。
「どうして暴れていたか聞きたいんだけど」
「角が原因です。私たちは長く生きると、それだけ角は多くなりもうす。角が多いと力も強くなるのです」
「それは知ってる」
「私は本来ならば、まだ三本生えるだけなのです。それが急に四本目が生えてきた。急に膨れ上がった力を制御できず、本能のまま暴れるということをしでかしてしまったとです。これが暴れた原因です。
角を一本斬ってもらい制御できるだけの力に落ち着きました」
「四本目が急に生えた理由とかわかる? そういった病気とかある?」
「わからなか。仲間の中にこういったことが起こった者がいなかとです」
「突然変異ってやつなのか?」
「かもしません」
こうやって陽平とレクトクレパスが話していると、遠くから見ていた偵察兵が現状の確認に近づいてきた。
陽平はレクトクレパスを交え、事態の収拾がついたらしいと説明していく。実際、敵意のないレクトクレパスを見て偵察兵も一応の納得をし、一人は拠点に事情の説明をしに戻り、もう一人は監視に残った。拠点に戻った偵察兵は証拠として斬りおとした角を持ち帰っていた。
一時間ほど経ち、タンカを持った兵士と総指揮官直属の部下と部下の護衛がやってきた。本当にレクトクレパスがもう暴れないのか確認のためにきたのだ。遠く離れた位置にはバリスタを運んできた兵たちの姿が見える。
細心の注意を払いレクトクレパスと話し合った結果、総指揮官直属の部下は報告が間違っていないことを確認した。
話し合いの間に、マルチーナは腕と足に塗り薬を塗られ治療を施されていた。多少医療知識を持つ兵の診断によると、筋肉痛に似た症状だと結果がでた。筋肉痛でここまでひどい症状になりえるのかと首を傾げているので、筋肉痛とは断言できなかった。
拠点に連れ帰り医者に診てもらったところ、医者も同じ診断結果をだした。酷使しすぎで自然治癒に任せると治るのに十日、痛みを我慢し歩けるようになるだけでも二日かかるようだ。痛み止め以外には薬はなく、治療法もおとなしく寝ていることというものだった。温泉でもあればもう少し早く回復するのかもしれない。筋肉痛ならば魔法で治すよりも自然に治癒に任せたほうが体のためにもよいと医者に助言され、陽平は魔法を使うことをしなかったため、マルチーナは筋肉痛を治すのに予定されていた十日をかけた。 その十日で拠点の撤収作業はとっくに終わっていた。後半の四日は近くの村に、陽平と二人で滞在していた。すでに兵たちは帰っておりいない。ここの宿代と帰りの馬車代は必要経費としてもらっていた。
動けるようになってすぐ帰らず、治療に十日かけたのには理由がある。馬車での移動が筋肉痛に響くのだ。村へと移動する際にそれを実際に理解し、マルチーナは十日間満足に動くことのできない治療に文句を言うことはなかった。
完全に回復し動くことになんの支障もなくなったマルチーナと陽平は塔へと帰る。
十日間鍛錬しなったことで少し鈍った体の調子を戻すため、一件討伐依頼を受けたことで帰りが遅くなったが、依頼料以外の収穫もありマルチーナにとって有意義な依頼となった。
一度安全基準を超えた動きをしてみせたことで、マルチーナは人間が無意識にかけているリミッターを外せるようになっていた。無理な動きをしているのだから、当然反動はある。それでも強敵と戦うには心強い武器を得たとマルチーナは満足していた。
この先実践や鍛錬の際に幾度もリミッターを外すことで、マルチーナの肉体はその動きに慣れていった。筋肉が動きに適応し、作り変えられていったのだ。これによって人間の成長限界点を突破するに至った。
この境地に満足することのないマルチーナはたゆまぬ努力を続け、さらに成長していくことになる。
ちなみに塔に戻るまでの日常的会話の一部で、陽平はマルチーナが見返したいと言っていた相手のことを知った。
「これでもう足手まといとか言われないですむわね」
「足手まとい? 誰に?」
「蛇竜退治のときにヨウヘイが言ったでしょ。魔剣を持ってなければ私も足手まといだって」
「ああ、そういや言ったっけ」
「あの言葉は結構、プライドを傷つけられたわ」
「……もしかして見返したい奴って俺のこと?」
「そうよ」
ご愁傷様といつか言った自分の言葉が陽平自身に返ってきた。
言ったことを忘れているくらいだから、マルチーナを嘲るつもりで言ったわけではないのだ。単なる例えとして陽平は口に出しただけだ。
だがマルチーナはそうとは取らなかったと知って陽平は、何気ない言葉の恐ろしさを実感する。今後はできるだけ気をつけようと心に決める。
二人が塔のあるルクッド地方に戻り、依頼達成の報告を依頼斡旋人にすると、待ち受けていたものは報酬だけではなく、ジャイアントを討伐し得る者という『巨人殺し』の称号だった。
この称号はさらに二人の名を世界に広げることとなる。陽平は名を伏せるように言っておいたので、名前が広がることはなかった。それでも竜とジャイアントを殺せる魔法使いがいるという噂までは広がることを防ぐことはできなかったが。
以降、広まった噂のせいで指名の依頼が増える。陽平は自身に宛てれた数々の依頼のほとんどを、セルリウムの名を使ってもらい断ることになる。
2009年07月28日
樹の世界へ外伝 巨人殺し 1
「ここがこうなるから……でもここがそうだと抵抗率があがるのか」
陽平が机に向かい、転移装置の構成を見直している。一通りの設計はできているのだが、見直してみるとあちこちに問題がみつかり、一つ問題を解決しても別の箇所との関連で問題が増えるという、面倒なことになっている。今の設計図に従い組み上げることなど、とても怖くてできはしない。
陽平が塔に戻り三日ほど経っている。カータスたちもそろそろ自分の家に帰り着く頃だろう。そんなことをぼんやりと考えていると、扉がノックされた。
「どうぞ」
設計図から目を放し陽平は入室を促す。
今現在、ここに塔に入ることができるのは魔法使いとマルチーナしかいない。不法侵入ならばノックなどしないだろう。だから陽平はマルチーナではないかと予想をつけ、落ち着いて対応できた。
入ってきたのは予想通りマルチーナだった。
「カータスたちは家に帰った?」
「途中で別れたからわからないけど、無事に帰れたはず。ここらへんはそんなに危なくないし。魔物が暴れているっていう噂も聞いてない」
「そか。それでマルチーナはなにか用事があってこっちに?」
「まあね。相談があるんだ」
「相談? 困りごとならレイオとか仲のいい奴らのほうが話しやすいんじゃ?」
それに対してマルチーナは首を横にふる。
「よく考えて陽平に相談するのが一番だと思ったのよ。
だって私が知るかぎり一番強いのは陽平なんだから」
「強い、ねぇ。細かいことは置いといて、なんで一番強いと思う人のところなんかに行こうと思ったのさ」
「私があちこちに修行に出ているのは知っているわね。修行の目的は強くなりたいから。でも最近伸び悩んでいるのよ。
以前は修行すればするほど、実力が上がっているって実感があった。でも数ヶ月前からは実感が少なくなってきて、最近はまったく伸びてる気がしない。
だから自分よりも強い相手にアドバイスの一つでももらえればって思ったの」
修行した分だけ実力が上がるという実感をしっかりと得られることが、どれだけ貴重なことが気づいているんだろうか。明確には感じ取ることができないのが、通常だというのに。
「スランプってやつなのかね。でもさマルチーナって人間最高峰の実力持ってんだから別にこれ以上は成長しなくてもさ」
「人の最高峰でも届かない力がある。私はそれらにも届きたい。ヨウヘイたちと竜の戦いを見てそう思った」
マルチーナはスランプというわけではない。壁にぶつかっているという点では似たようなものだが、その壁は個人の壁ではなく、人という種族が鍛え続けた末にぶつかるもの。人間の成長限界点だ。マルチーナが天才だとしても、人であるかぎり超えることなど不可能に思われるものにぶつかっているのだ。
「なんでそこまで強くなりたいのかわからないな。ただどこまでいけるか知りたいだけ?」
「それもある。だけど見返したい人がいるのよ」
口調とそこに込められた想いから判断するに、比率は半々といったところか。
今でも十分強いというのに、さらに強くなって見返したい人って誰だろうなと陽平は内心首を傾げ、知らぬその人にご愁傷様と呟いた。
「アドバイスって言ってもねぇ。俺とマルチーナじゃタイプが違うし。俺は遠距離からの力押し、マルチーナは接近戦での技巧派。これから判断して、なにを言えない気がするよ?」
「それはそうだけど、なにかない?」
「普通のアドバイスくらいしか思いつかないな。
強くなるための方法として、大きく三つ。まずは体を鍛える。次に技術を習得する。最後にいい武具を手に入れる」
「全部、実行済みよ」
習得した技術は剣が主だ。ほかの武器は触り程度にすませている。これらを高めないのは、実行しても実力が上がるというよりは戦いの幅が広がるだけだからだ。
「武具も?」
マルチーナは腰に帯びている二本の剣のうち、長いほうを鞘から抜いて陽平へと渡す。
受け取った剣を陽平は隅々まで眺める。剣先から柄まで一メートルと少し。片手でも両手でも扱えるように作られている。飾り気のないバスターソードだ。鍔に近い刃の根元にAR−5と刻まれている。
武器商人でも、鍛冶職人でもない陽平には渡された剣がいいものか判断つかない。
「魔剣よ、それ」
「まじで? よく手に入ったね」
「一年前の戦いの褒美。なにかほしいものないかってササールア様に聞かれたとき、駄目元で魔剣がほしいって言ったらそれをくれたわ」
「へー太っ腹」
「資料によるとレプリカらしいから。それにもう一本同じものがあったし。手放しても惜しくはなかったのかな」
「なるほどね」
この魔剣は、クライスの持つ魔剣『不変アーガスト』を再現しようと作られた過程の一本だ。七本目で完成とされていて、試作品である四本目と五本目は大樹大神殿に寄贈されていたのだ。一本目から三本目までは壊れ失われたことが判明している。六本目は行方不明だ。完成品の七本目は、とある王家の宝剣として所持されている。
AR−5とは、アーガストレプリカ五本目ということを示していた。本物ではなく試作品でもあるが、欠けず曲がらず折れずのアーガストを目指しただけあって頑丈だ。鋼など比較にならないくらいに。本物のように魔法を斬るなどは不可能だが、マルチーナの腕も合わされば鋼鉄斬りなど容易にこなしてしまう一品だ。
完成品とされている七本目も、本物と似たような仕上がりになっているだけで、本物と同じではない。それは剣にかけられた魔法の違いだ。アーガストには時空間に干渉する魔法がかけられているのに対し、レプリカには物質を強化する魔法がかけられている。レプリカを作った者たちはアーガストに使われている魔法に気づかなかった。それは本物を調べることができず、伝聞のみで性能を判断するしかなかったからだ。
「となるとできることはやってるんだ。手の打ちようがないなぁ」
魔法で身体能力を上げるという手段もあるが、それは一時的なものだ。マルチーナが求めているのは永続的なものなので、意味がないと提案することすらない。
「魔法でなにかない? こうっ試練を与えるような魔法とか、困難な迷宮を生み出す魔法とか」
「心当たりはない」
今まで読んだ魔法関連の本のことをざっと思い出しても、陽平はマルチーナの言うような魔法に心当たりはなかった。そのような魔法は上級に属するだろうから、知っていても使えない可能性が高い。
「ないかぁ」
がっくりと肩を落とし落ち込むマルチーナに、ちょっと同情心が湧いた陽平は別の提案をしてみる。
「書庫を探してみる? 俺は研究があるから探すのは手伝えない。マルチーナが本を見ていって修行に役立ちそうな魔法を探すんだ。みつけたら俺のところに持ってきて。俺が使えそうなら習得するから」
「いいの?」
「書庫を使わせるかわりに、ときどき俺の相手して。塔にずっと一人は、ちと寂しかったし。それに時々様子を見に来てもらえるのは助かる。研究に集中しすぎて、徹夜するってのが何度も何度もあるんだ。きちんと休まないと効率悪くなるのにね」
「そんなことでいいなら」
「でも全ての本が共通語ってわけじゃないよ。昔の言語が使われてて読めないものもある。なんとか読みたいなら、辞書を使って自分で読み解いて」
「が、頑張ってみる」
ただでさえ本を読むというのは得意ではないマルチーナ。さらに頭を使いそうで、少しだけ不安になっている。それでも強くなるために必要なことかもしれないので、やる気はある。
「となると、とりあえず準備しないと」
「準備?」
「マルチーナの寝泊りする部屋の掃除をゴーレムに頼んだり、料理も二人分に設定する必要がある」
部屋を出た陽平は、掃除をしていたゴーレムに客室の掃除を命じ、料理担当のゴーレムの設定を少し変えた。ついていったマルチーナには陽平がなにをしているのかさっぱりわからなかった。
「ほかになにかすることは……この前泊まったから風呂の位置とかはわかるよね?」
「覚えてるよ」
「じゃあ……あとは気をつけることくらいか。鍵の開かない部屋には入らない、二階から上には行かない。地下には行ってもいいけど奥の扉は開けない。これくらいか」
「地下の奥の扉って、なにか大事なものでも置いてる?」
「この塔の心臓部だから、そこが壊れるとここはただの塔になる。なにもかも自分でやらないといけなくなる。ここでの日常生活は魔法頼りの部分が多いから、壊れたときのことは考えたくない。しかも俺は修理できないから、友達がくるまで壊れっぱなし」
「その友達が修理できる?」
「どうだろう? その友達の師匠が、この塔を作ったんだよ。だからその友達がどうにかできなくても、師匠に頼る」
陽平には壊すつもりはないので、あくまで予定だ。マルチーナも扉に触る気すらない。
「いいつけを守れば師匠とやらの出番はないわね」
「そうだね」
注意事項をしっかりと覚えたマルチーナは早速書庫に向かう。陽平は自室に戻り研究の続きだ。
書庫に入ったマルチーナはまずは読めるものから手をつけていこうと、左端の本棚から手をつけていく。読める本を三冊ほど手に取ったマルチーナは、備え付けられている椅子と机に向かい、読み始める。本の内容を理解する必要はないので、ペースは速い。作者が魔法作ろうと思った経緯や式構成の説明分は読まず、効果だけ理解すればいいからだ。それでも普段から本を読み慣れていないマルチーナにとっては、疲れる作業だった。
のちの世で『最初の超人』『永遠の強者』と呼ばれることになるマルチーナの第一歩はここから始まった。
二人はそれぞれの生活を過ごしていく。ときに休憩時に二人で過ごすくらいで、それ以外は食事も一緒でないときもある。
マルチーナの魔法探しは、辞書を使っての作業に入った。もともと共通語で書かれた本が少なかったのだ。ちなみにここの書庫で辞書を使った初めての人間がマルチーナだったりする。オーエンと陽平は辞書を使わずとも本を読むことができるし、エスティアとミリィは魔法の本に興味はなかったので辞書を使うことはなかった。読む本も共通語のものばかりだ。
一度も使われず埃を被っていた辞書にとってマルチーナは救世主かもしれない。
書庫にある本はすべて魔法関連というわけではない。だから少し読み解いて歴史書だったと判明することも少なくない。そういった肩透かしはマルチーナに多大な精神的疲労を与えていた。
そんな疲労は、休憩時に進展具合を聞いてくる陽平が疲れを読み取り、リフレッシュにと作るデザートで発散されていた。いくら強くともマルチーナも女。ほかの女と同じように甘いものは好きだった。時々出てくる知らないお菓子に舌鼓を打つことが、最近の楽しみになっていた。
こんな生活を続け一ヶ月と少し。おもいっきり体を動かしたくなったマルチーナは魔物討伐の依頼を受けるため、カータスたちのいる町に出かけることにした。依頼のお金で生活用品も買い足そうと思っている。一ヶ月も居続ければ、足りなく物も出てくるし、なくて不便に思う物もある。
「そんなわけで明日町まで行ってくる」
「いってらっしゃい」
二人はゴーレムの作った夕飯を食べながら話している。
「甘いものだけじゃストレス発散できかったんだね」
「大部分は発散できたんだけどね、少しずつ溜まるものもあってさ。それを発散してくる」
「魔法のほうはどうなってる?」
「一つみつけたよ」
「また無茶なものじゃないよね」
すでにいくつか提案しているのだが、どれも習得が困難なものばかりだったのだ。髪の毛を媒介にもう一人の自分を出現させる魔法や世界の記録から特定の人物を再現する魔法などだ。魔力量と式構成の複雑さと必要な道具がネックとなり陽平はどちらの習得も断った。
「今回のは大丈夫そうだと思う。
ゴーレムを生み出す魔法に近いらしい。土や岩を使って一時的に人形を生み出す魔法。それと私が戦うのはどうだろう。魔法に習熟すれば生み出した人形の強さも上がるってさ」
「今回のは大丈夫かな。聞いたところ中級くらいか。あとでその本見せて」
「了解了解」
ようやく一つ努力が実り、マルチーナは上機嫌にハンバーグの一片を口に放り込んだ。
「俺も一つ考えていたんだ。身体能力を上げる魔法があるのは知ってるだろ?」
口の中にハンバーグがあり話せないマルチーナは頷きで返事する。
「その逆を使ってみるのはどうだろうと思った。
身体能力を下げる魔法を使って魔物と戦えば、相手の動きや周囲の状況を詳しく読んだ戦い方を重視しなくちゃいけないよね。下げ幅と魔物の実力によっては危機的状況にも陥って、火事場の馬鹿力とか発揮してなんらかの収穫も得られるんじゃないかと」
「錘をつけた修行と似てるけど、やってみる価値はありそう。それもお願い」
「町に行ってる間になんとかしとくよ」
次の日、マルチーナは予定通り町へと出発した。
陽平は久々に静かな時間を過ごす。依頼を受けるマルチーナが帰ってくるまで、早くて十日。それまで静かな時間は続くだろう。と思っていた陽平の考えを裏切って、マルチーナは五日で帰ってきた。
「早いね」
椅子に座って水を飲んでいるマルチーナをやや呆然として見る。魔法の習得は両方ともできていない。
「急用ができて帰ってこなくちゃいけなくなった」
「忘れ物?」
「ヨウヘイ宛てに依頼があるんだよ。それも大きな依頼」
「依頼ってまた幽霊退治かなにか? どっかの金持ちの家にでも出て、急ぎでどうにかしてほしいのかねぇ」
「違う。レクトパトスがエイリーヤ地方に現れて暴れてるらしい。それを竜殺しであるヨウヘイにどうにかしてほしいってさ」
「エイリーヤってたしかここから国内の位置的に真反対、北西にある地方だっけ。遠いな。
んでレクトパトスってなに?」
「知らないの? いや私も知らなかったけど」
マルチーナは依頼斡旋人から聞いた話をそのまま話していく。
レクトパトスとは、角の巨人という意味を持つ。ジャイアントの一種だ。名前の示すとおり角が生えている。この本数が多いほど長く生きていて、強い。伝承では六本の角持ちが戦闘向けの竜を倒したという話も残っている。
「今暴れている奴は何本持ってんの?」
「四本だとか」
「それって強いんだろうねぇ。六本で伝説に残るくらいだし。
この依頼受けなきゃ駄目なのかな?」
「国からの依頼だし、跳ね除けるといいことはなさげ」
「国!? なんで国が俺を指名してくんのさ!?」
「いやいや当然の指名だよね。竜殺しなんて異名持ってんだし」
「そのありがたくない異名をなんで国が知って……あ、そっか口止めとかまったくしてなかったっけ。あの場には各国からの強者もいたんだよね、そりゃ噂も広がるかぁ」
エスティアを取り戻すことに集中してて、そこらへんの配慮をすっかり忘れていたのだ。
「もしかしてなくても、俺ってそれなりに有名なってしまったのかな?」
「だろうね。竜を殺したなんて話は久々だから。各国のお偉いさんは知ってるだろうね。顔は知られてないってのが救いじゃない?」
写真という技術がなくてよかったと陽平は心底安堵している。
「顔が知られてたら塔に引きこもるとこだったよ」
「今でも十分引きこもってるでしょうに」
「装置を早く形にしたいし、外に出なくても暮らしていけるからなぁ。ずっと一人だったら、カータスたちに会いに出てたかもしれないけど。
だからこもってる要因の一つはマルチーナにもあるんだ」
「んー……そう言われることに怒ればいいのか嬉しがればいいのか」
「嬉しがる?」
「私みたいなものでも安息を提供できてるって意味にも取れるでしょ」
「そうなるね、感謝ですよ」
「まあ、ミリィたちには及ばないだろうけどね」
「ですね」
「そこは嘘でも、いない人よりもそばにいる貴方、とか言うのが男の甲斐性じゃない?」
「言ってほしかった?」
「さてね」
薄い笑みを浮かべてとぼける。
こういう会話も浮気になるんだろうかと、内心で首を傾げている陽平だった。
「話を元に戻そうか。
依頼の詳しい話は依頼斡旋人のところに行ってからするって聞いてる」
「行かなきゃ駄目なんだろうね。研究遅れるし、めんどいわー」
言いながらも、立ち上がり旅の準備を始める。受けないと後々めんどそうなことになりそうだと予想できたので、受けることにしたのだ。
準備を整えた陽平はマルチーナと一緒に塔を出る。目指すは当然依頼斡旋人のいる町。
「よう久しぶり。しばらく会わないうちに有名になったな」
待ち合わせの場所である酒場に入ると、声をかけられた。陽平の目の前に顔なじみの依頼斡旋人がいる。かれこれ二十年ほどの付き合いになる彼も、皺や白髪が増えて時間の流れを感じさせる。
「有名になりたかったわけじゃないんだけどね。根回しを忘れてたらこんなことに」
「だろうな。昔から名前は出ないようにしてたからな、名前が広がっているのを知ったときは驚いた。
で依頼の話なんだが、ここで話すにゃちと規模が大きいから場所を借りてある。そこまでついてきてくれ」
事前に話を通してあったのだろう、奥へと進む三人を酒場の主人は止めずに見送る。
三人は地下の酒置き場へとやってきた。斡旋人はここに誰もいないことを入念に確認し、話を進める。
「ここにやってきたということで依頼を受けるとみなしていいんだな?」
「渋々とだけどね」
「依頼のことを話したとき、受けたくなさそうだったよ」
「ジャイアント討伐依頼だしなぁ。気持ちはわかる。
依頼内容を話していくぞ? 質問はあとでしろ。やってもらいたいことは討伐。もしくは時間稼ぎでも可。その場合は依頼料は減る。
レクトパトスのいる場所までは国の用意した馬車で行ってもらう。行ってもらう場所は小さな岩連山。もともとそこにいたらしい。でも暴れることなく静かに暮らしてたんだと。急に暴れだした原因は不明だ。
今は冒険者や近隣貴族の私兵をこの国の騎士がまとめていて、投石機とか使って足止めしているようだ。
とりあえずはこれくらいだ」
質問をどうぞと招くように手を動かした。
「やってもらいたいことの時間稼ぎってどういうこと? 俺以外にも頼んでいる奴がいるってこと?」
「そのとおり。ドゥルヒゼッツェンって名前の冒険者チームにも依頼している。魔物討伐に関して世界一と言える魔法使いのいる五人組だ。ただこいつらは別大陸にいて、こっちにくるまで時間がかかるんだ。それにいつこの依頼のこと知るかもわからん。時間がかかればかかるほど被害は広がるだろうから、そいつらがくるまでの間レクトパトスを抑えてもらいたい。倒しても別にかまわない」
「魔法使いがチームに入ってくるって珍しい」
「たしかにな。お前さんみたいに、金目当てで依頼を受けるような奴はときどきいるが、あっちは常に依頼を受けてるみたいだしな。
魔法使いがいるってだけで有名になったわけじゃないけどな。いくつもの厳しい討伐依頼を受けて場数を踏み生き残っていることで、仲間も凄腕ぞろいだ。まあ、マルチーナには及ばないだろうが。それでも世界有数の実力者だってことには変わりない」
「今まで達成した依頼ってどんなものがあるの?」
ドゥルヒゼッツェンというチームに興味が湧いたのか、マルチーナが聞く。
依頼斡旋人は手元の資料をめくり、ドゥルヒゼッツェンがやってきたことを確認する。
「一番大きな仕事はサイクロプス討伐だな。ほかには砂食いや喰虫の小群れ討伐なんてものもある」
サイクロプスは、一つ目の大きな人型の魔物でジャイアントの亜種だ。ジャイアントの血は引いているが、ジャイアント種族からは外れている。それでも強い魔物で、間違っても駆け出しなどが手を出せるような魔物ではない。砂食いというのは、わりと獰猛な大きなミミズ。大きさは陽平が戦った蛇竜よりも大きなものもいる。砂を食う名前だが、土でも石でも食べる。進行方向に生き物がいても、気にせず食べる。砂漠にいることが多いので、砂食いと名づけられている。ミミズと同じで土をよくしてくれるが被害も大きいので討伐対象となっている。喰虫は以前、陽平がエスティアとミリィと旅していたときに足止めをくらったことのある魔物だ。
どれも危険度でいうと、竜などの四大種族をのぞいて高い位置にいる。
「本当に実力者がそろってるのね」
「そうじゃないとジャイアント討伐を依頼されないさ。
ほかに聞きたいことは?」
まだ聞きたいことがあり陽平が口を開く。
「レクトクレパスの弱点とか特徴とか行動とか」
「弱点は角だろうな。力の象徴でもあるそれを砕くなり斬り落とすなりすれば弱体化する。逆に角が健在だと、肉体を傷つけても回復するんだと。剣で斬りつけた傷なら一日もかからない。骨折も三日。ひびは一日と少しといったところらしいな。
外見的特徴はでかいということと角が生えているということか。肌は狩人の弓矢が通らない程度に硬い。竜みたいに火を吹いたりはしないな。でかいだけあって力は強い。岩なんか簡単に砕く。体力も馬鹿みたいにある。三日間不眠不休で動き続けたっていう記録が残っている。
あ、それと弱点になる角は肌なんかよりも硬い。鉄以上じゃないかって言われてるらしいな。
行動は特にこれといって決まったことはしてないようだ。俺たちと同じように寝て起きて食べる、これの繰り返し」
「酒飲ませて眠らせて、角を斬るとかできるかな」
大きいということでなんとなく八岐大蛇のことを思い出し、提案してみる。人間と同じならば酒を飲むこともあるかもしれないと思ったのだ。
「どうだろうな、資料には酒を飲むとは書いてないし。飲んだとしても上手く眠ってくれればいいけど、酒に強かったら意味はないし、暴れだしたら手に負えないぞ。それにどれくらいの量を準備すればいいのかもわからんしな」
「そっか。ただの思いつきだから、たいして期待はしてなかったよ。
もう聞くことはない。あ、そうだ。今回の仕事もできるだけ俺の名前でないようにしてほしいだけど」
「やれるだけやってみる。同業者には広まらないだろうさ。
まだ呼びにこないってことは、出発まで時間あるみたいだな」
斡旋人は階段を見ていった。
陽平たちが来たら、馬車の手配をしてもらうように酒場の主人に頼んであったのだ。馬車の準備が整えば呼びにくることになっている。
「しっかしお前さんとの付き合いも長くなったな。たしか二十年くらいだろう? こんなに長い付き合いの冒険者なんてカータスくらいだよ。そのカータスも依頼を受けることはなくなってるが」
「カータスも道場の主になって、簡単にあちこちいけなくなったからね」
「初めてカータスに仕事を紹介したときは道場を持つことになるなんて思いもしなかったわ。思えばお前さんと組んでから運が上向いたんだな。俺も美味しい思いをさせてもらったし、仕事にやりがいもあった。感謝してるよ。
おまけに最後の仕事がこんなでかいことだからな、締めとするにゃ十分すぎる仕事だよ」
「引退するのか?」
「ああ、五十もとうにすぎて老い先短い。余生はのんびり暮らすさ。息子も一緒に暮らそうって誘ってくれてる」
「お疲れ様。今までありがとう」
「なんのなんの。こっちこそ感謝しなきゃならんよ」
「ちょっといい?」
礼を言い合う陽平たちに、マルチーナが声をかけた。
「なんだ?」
「私はこれからも依頼受けると思うんだけど、引退するならここには斡旋してくれる人はいなくなるってこと?」
「代わりがすぐに来ることになってる。だから仕事のことはそいつに聞けばいい。俺と同じで酒場にいるか、斡旋所作るだろうさ。
お前さんたちのようにランクの高い奴らが依頼を受けるなら、そいつの苦労も減るだろう」
扉がノックされ開く。馬車の準備ができたらしく酒場の主人が呼びにきた。
「気をつけてな。無事に帰ってくることを祈ってるよ」
斡旋人に見送られ陽平とマルチーナは馬車に乗り込む。準備された馬車は急ぎ用のもので、乗り込める人数は四人と少ない。二人が寝そべることができるくらいの広さはあるが。
二人が乗りこんだことを確認し御者は出発する。乗合馬車と比べると格段にペースが速い。このペースを維持するなら十日ほどで目的まで到着するだろう。乗合馬車ならば、十五日ほどか。これほどの馬車は当然使用料金も高い。今回は国がお金を出すので、お金の心配はない。
流れる風景を見つつ、陽平はなにかに気づいたように口を開いた。
「ふと思ったんだけど、なんでマルチーナが一緒に乗ってんの?」
依頼は陽平にきたものだろうから、マルチーナが一緒に行く必要はないはずだ。マルチーナが当たり前のように馬車に乗ったので、おかしいと気づけなかった。
「私も一緒に戦うから」
「無理っぽくない?」
「今回は戦力になるでしょ? 魔剣も持ってるんだし。それにドゥルヒゼッツェンにも依頼があったってことは、私のような魔法使いじゃない者も活躍できるんだろうし。
強い存在と戦えるんだ、そんな機会を逃す気はないわよ」
「これも強くなる機会の一つってこと? そういえばミリィも似たようなことしたっけ。あんときは何度も大怪我負ったんだよね。
まさか単騎突撃とか考えてないだろうね?」
「やってみたいとは思うけど、思うだけに留めとく」
「お願いだからそうしといて」
追い帰そうとしても素直に帰りはしないだろうと簡単に予測できているので、陽平はそれ以上はなにも言わなかった。
2へ
陽平が机に向かい、転移装置の構成を見直している。一通りの設計はできているのだが、見直してみるとあちこちに問題がみつかり、一つ問題を解決しても別の箇所との関連で問題が増えるという、面倒なことになっている。今の設計図に従い組み上げることなど、とても怖くてできはしない。
陽平が塔に戻り三日ほど経っている。カータスたちもそろそろ自分の家に帰り着く頃だろう。そんなことをぼんやりと考えていると、扉がノックされた。
「どうぞ」
設計図から目を放し陽平は入室を促す。
今現在、ここに塔に入ることができるのは魔法使いとマルチーナしかいない。不法侵入ならばノックなどしないだろう。だから陽平はマルチーナではないかと予想をつけ、落ち着いて対応できた。
入ってきたのは予想通りマルチーナだった。
「カータスたちは家に帰った?」
「途中で別れたからわからないけど、無事に帰れたはず。ここらへんはそんなに危なくないし。魔物が暴れているっていう噂も聞いてない」
「そか。それでマルチーナはなにか用事があってこっちに?」
「まあね。相談があるんだ」
「相談? 困りごとならレイオとか仲のいい奴らのほうが話しやすいんじゃ?」
それに対してマルチーナは首を横にふる。
「よく考えて陽平に相談するのが一番だと思ったのよ。
だって私が知るかぎり一番強いのは陽平なんだから」
「強い、ねぇ。細かいことは置いといて、なんで一番強いと思う人のところなんかに行こうと思ったのさ」
「私があちこちに修行に出ているのは知っているわね。修行の目的は強くなりたいから。でも最近伸び悩んでいるのよ。
以前は修行すればするほど、実力が上がっているって実感があった。でも数ヶ月前からは実感が少なくなってきて、最近はまったく伸びてる気がしない。
だから自分よりも強い相手にアドバイスの一つでももらえればって思ったの」
修行した分だけ実力が上がるという実感をしっかりと得られることが、どれだけ貴重なことが気づいているんだろうか。明確には感じ取ることができないのが、通常だというのに。
「スランプってやつなのかね。でもさマルチーナって人間最高峰の実力持ってんだから別にこれ以上は成長しなくてもさ」
「人の最高峰でも届かない力がある。私はそれらにも届きたい。ヨウヘイたちと竜の戦いを見てそう思った」
マルチーナはスランプというわけではない。壁にぶつかっているという点では似たようなものだが、その壁は個人の壁ではなく、人という種族が鍛え続けた末にぶつかるもの。人間の成長限界点だ。マルチーナが天才だとしても、人であるかぎり超えることなど不可能に思われるものにぶつかっているのだ。
「なんでそこまで強くなりたいのかわからないな。ただどこまでいけるか知りたいだけ?」
「それもある。だけど見返したい人がいるのよ」
口調とそこに込められた想いから判断するに、比率は半々といったところか。
今でも十分強いというのに、さらに強くなって見返したい人って誰だろうなと陽平は内心首を傾げ、知らぬその人にご愁傷様と呟いた。
「アドバイスって言ってもねぇ。俺とマルチーナじゃタイプが違うし。俺は遠距離からの力押し、マルチーナは接近戦での技巧派。これから判断して、なにを言えない気がするよ?」
「それはそうだけど、なにかない?」
「普通のアドバイスくらいしか思いつかないな。
強くなるための方法として、大きく三つ。まずは体を鍛える。次に技術を習得する。最後にいい武具を手に入れる」
「全部、実行済みよ」
習得した技術は剣が主だ。ほかの武器は触り程度にすませている。これらを高めないのは、実行しても実力が上がるというよりは戦いの幅が広がるだけだからだ。
「武具も?」
マルチーナは腰に帯びている二本の剣のうち、長いほうを鞘から抜いて陽平へと渡す。
受け取った剣を陽平は隅々まで眺める。剣先から柄まで一メートルと少し。片手でも両手でも扱えるように作られている。飾り気のないバスターソードだ。鍔に近い刃の根元にAR−5と刻まれている。
武器商人でも、鍛冶職人でもない陽平には渡された剣がいいものか判断つかない。
「魔剣よ、それ」
「まじで? よく手に入ったね」
「一年前の戦いの褒美。なにかほしいものないかってササールア様に聞かれたとき、駄目元で魔剣がほしいって言ったらそれをくれたわ」
「へー太っ腹」
「資料によるとレプリカらしいから。それにもう一本同じものがあったし。手放しても惜しくはなかったのかな」
「なるほどね」
この魔剣は、クライスの持つ魔剣『不変アーガスト』を再現しようと作られた過程の一本だ。七本目で完成とされていて、試作品である四本目と五本目は大樹大神殿に寄贈されていたのだ。一本目から三本目までは壊れ失われたことが判明している。六本目は行方不明だ。完成品の七本目は、とある王家の宝剣として所持されている。
AR−5とは、アーガストレプリカ五本目ということを示していた。本物ではなく試作品でもあるが、欠けず曲がらず折れずのアーガストを目指しただけあって頑丈だ。鋼など比較にならないくらいに。本物のように魔法を斬るなどは不可能だが、マルチーナの腕も合わされば鋼鉄斬りなど容易にこなしてしまう一品だ。
完成品とされている七本目も、本物と似たような仕上がりになっているだけで、本物と同じではない。それは剣にかけられた魔法の違いだ。アーガストには時空間に干渉する魔法がかけられているのに対し、レプリカには物質を強化する魔法がかけられている。レプリカを作った者たちはアーガストに使われている魔法に気づかなかった。それは本物を調べることができず、伝聞のみで性能を判断するしかなかったからだ。
「となるとできることはやってるんだ。手の打ちようがないなぁ」
魔法で身体能力を上げるという手段もあるが、それは一時的なものだ。マルチーナが求めているのは永続的なものなので、意味がないと提案することすらない。
「魔法でなにかない? こうっ試練を与えるような魔法とか、困難な迷宮を生み出す魔法とか」
「心当たりはない」
今まで読んだ魔法関連の本のことをざっと思い出しても、陽平はマルチーナの言うような魔法に心当たりはなかった。そのような魔法は上級に属するだろうから、知っていても使えない可能性が高い。
「ないかぁ」
がっくりと肩を落とし落ち込むマルチーナに、ちょっと同情心が湧いた陽平は別の提案をしてみる。
「書庫を探してみる? 俺は研究があるから探すのは手伝えない。マルチーナが本を見ていって修行に役立ちそうな魔法を探すんだ。みつけたら俺のところに持ってきて。俺が使えそうなら習得するから」
「いいの?」
「書庫を使わせるかわりに、ときどき俺の相手して。塔にずっと一人は、ちと寂しかったし。それに時々様子を見に来てもらえるのは助かる。研究に集中しすぎて、徹夜するってのが何度も何度もあるんだ。きちんと休まないと効率悪くなるのにね」
「そんなことでいいなら」
「でも全ての本が共通語ってわけじゃないよ。昔の言語が使われてて読めないものもある。なんとか読みたいなら、辞書を使って自分で読み解いて」
「が、頑張ってみる」
ただでさえ本を読むというのは得意ではないマルチーナ。さらに頭を使いそうで、少しだけ不安になっている。それでも強くなるために必要なことかもしれないので、やる気はある。
「となると、とりあえず準備しないと」
「準備?」
「マルチーナの寝泊りする部屋の掃除をゴーレムに頼んだり、料理も二人分に設定する必要がある」
部屋を出た陽平は、掃除をしていたゴーレムに客室の掃除を命じ、料理担当のゴーレムの設定を少し変えた。ついていったマルチーナには陽平がなにをしているのかさっぱりわからなかった。
「ほかになにかすることは……この前泊まったから風呂の位置とかはわかるよね?」
「覚えてるよ」
「じゃあ……あとは気をつけることくらいか。鍵の開かない部屋には入らない、二階から上には行かない。地下には行ってもいいけど奥の扉は開けない。これくらいか」
「地下の奥の扉って、なにか大事なものでも置いてる?」
「この塔の心臓部だから、そこが壊れるとここはただの塔になる。なにもかも自分でやらないといけなくなる。ここでの日常生活は魔法頼りの部分が多いから、壊れたときのことは考えたくない。しかも俺は修理できないから、友達がくるまで壊れっぱなし」
「その友達が修理できる?」
「どうだろう? その友達の師匠が、この塔を作ったんだよ。だからその友達がどうにかできなくても、師匠に頼る」
陽平には壊すつもりはないので、あくまで予定だ。マルチーナも扉に触る気すらない。
「いいつけを守れば師匠とやらの出番はないわね」
「そうだね」
注意事項をしっかりと覚えたマルチーナは早速書庫に向かう。陽平は自室に戻り研究の続きだ。
書庫に入ったマルチーナはまずは読めるものから手をつけていこうと、左端の本棚から手をつけていく。読める本を三冊ほど手に取ったマルチーナは、備え付けられている椅子と机に向かい、読み始める。本の内容を理解する必要はないので、ペースは速い。作者が魔法作ろうと思った経緯や式構成の説明分は読まず、効果だけ理解すればいいからだ。それでも普段から本を読み慣れていないマルチーナにとっては、疲れる作業だった。
のちの世で『最初の超人』『永遠の強者』と呼ばれることになるマルチーナの第一歩はここから始まった。
二人はそれぞれの生活を過ごしていく。ときに休憩時に二人で過ごすくらいで、それ以外は食事も一緒でないときもある。
マルチーナの魔法探しは、辞書を使っての作業に入った。もともと共通語で書かれた本が少なかったのだ。ちなみにここの書庫で辞書を使った初めての人間がマルチーナだったりする。オーエンと陽平は辞書を使わずとも本を読むことができるし、エスティアとミリィは魔法の本に興味はなかったので辞書を使うことはなかった。読む本も共通語のものばかりだ。
一度も使われず埃を被っていた辞書にとってマルチーナは救世主かもしれない。
書庫にある本はすべて魔法関連というわけではない。だから少し読み解いて歴史書だったと判明することも少なくない。そういった肩透かしはマルチーナに多大な精神的疲労を与えていた。
そんな疲労は、休憩時に進展具合を聞いてくる陽平が疲れを読み取り、リフレッシュにと作るデザートで発散されていた。いくら強くともマルチーナも女。ほかの女と同じように甘いものは好きだった。時々出てくる知らないお菓子に舌鼓を打つことが、最近の楽しみになっていた。
こんな生活を続け一ヶ月と少し。おもいっきり体を動かしたくなったマルチーナは魔物討伐の依頼を受けるため、カータスたちのいる町に出かけることにした。依頼のお金で生活用品も買い足そうと思っている。一ヶ月も居続ければ、足りなく物も出てくるし、なくて不便に思う物もある。
「そんなわけで明日町まで行ってくる」
「いってらっしゃい」
二人はゴーレムの作った夕飯を食べながら話している。
「甘いものだけじゃストレス発散できかったんだね」
「大部分は発散できたんだけどね、少しずつ溜まるものもあってさ。それを発散してくる」
「魔法のほうはどうなってる?」
「一つみつけたよ」
「また無茶なものじゃないよね」
すでにいくつか提案しているのだが、どれも習得が困難なものばかりだったのだ。髪の毛を媒介にもう一人の自分を出現させる魔法や世界の記録から特定の人物を再現する魔法などだ。魔力量と式構成の複雑さと必要な道具がネックとなり陽平はどちらの習得も断った。
「今回のは大丈夫そうだと思う。
ゴーレムを生み出す魔法に近いらしい。土や岩を使って一時的に人形を生み出す魔法。それと私が戦うのはどうだろう。魔法に習熟すれば生み出した人形の強さも上がるってさ」
「今回のは大丈夫かな。聞いたところ中級くらいか。あとでその本見せて」
「了解了解」
ようやく一つ努力が実り、マルチーナは上機嫌にハンバーグの一片を口に放り込んだ。
「俺も一つ考えていたんだ。身体能力を上げる魔法があるのは知ってるだろ?」
口の中にハンバーグがあり話せないマルチーナは頷きで返事する。
「その逆を使ってみるのはどうだろうと思った。
身体能力を下げる魔法を使って魔物と戦えば、相手の動きや周囲の状況を詳しく読んだ戦い方を重視しなくちゃいけないよね。下げ幅と魔物の実力によっては危機的状況にも陥って、火事場の馬鹿力とか発揮してなんらかの収穫も得られるんじゃないかと」
「錘をつけた修行と似てるけど、やってみる価値はありそう。それもお願い」
「町に行ってる間になんとかしとくよ」
次の日、マルチーナは予定通り町へと出発した。
陽平は久々に静かな時間を過ごす。依頼を受けるマルチーナが帰ってくるまで、早くて十日。それまで静かな時間は続くだろう。と思っていた陽平の考えを裏切って、マルチーナは五日で帰ってきた。
「早いね」
椅子に座って水を飲んでいるマルチーナをやや呆然として見る。魔法の習得は両方ともできていない。
「急用ができて帰ってこなくちゃいけなくなった」
「忘れ物?」
「ヨウヘイ宛てに依頼があるんだよ。それも大きな依頼」
「依頼ってまた幽霊退治かなにか? どっかの金持ちの家にでも出て、急ぎでどうにかしてほしいのかねぇ」
「違う。レクトパトスがエイリーヤ地方に現れて暴れてるらしい。それを竜殺しであるヨウヘイにどうにかしてほしいってさ」
「エイリーヤってたしかここから国内の位置的に真反対、北西にある地方だっけ。遠いな。
んでレクトパトスってなに?」
「知らないの? いや私も知らなかったけど」
マルチーナは依頼斡旋人から聞いた話をそのまま話していく。
レクトパトスとは、角の巨人という意味を持つ。ジャイアントの一種だ。名前の示すとおり角が生えている。この本数が多いほど長く生きていて、強い。伝承では六本の角持ちが戦闘向けの竜を倒したという話も残っている。
「今暴れている奴は何本持ってんの?」
「四本だとか」
「それって強いんだろうねぇ。六本で伝説に残るくらいだし。
この依頼受けなきゃ駄目なのかな?」
「国からの依頼だし、跳ね除けるといいことはなさげ」
「国!? なんで国が俺を指名してくんのさ!?」
「いやいや当然の指名だよね。竜殺しなんて異名持ってんだし」
「そのありがたくない異名をなんで国が知って……あ、そっか口止めとかまったくしてなかったっけ。あの場には各国からの強者もいたんだよね、そりゃ噂も広がるかぁ」
エスティアを取り戻すことに集中してて、そこらへんの配慮をすっかり忘れていたのだ。
「もしかしてなくても、俺ってそれなりに有名なってしまったのかな?」
「だろうね。竜を殺したなんて話は久々だから。各国のお偉いさんは知ってるだろうね。顔は知られてないってのが救いじゃない?」
写真という技術がなくてよかったと陽平は心底安堵している。
「顔が知られてたら塔に引きこもるとこだったよ」
「今でも十分引きこもってるでしょうに」
「装置を早く形にしたいし、外に出なくても暮らしていけるからなぁ。ずっと一人だったら、カータスたちに会いに出てたかもしれないけど。
だからこもってる要因の一つはマルチーナにもあるんだ」
「んー……そう言われることに怒ればいいのか嬉しがればいいのか」
「嬉しがる?」
「私みたいなものでも安息を提供できてるって意味にも取れるでしょ」
「そうなるね、感謝ですよ」
「まあ、ミリィたちには及ばないだろうけどね」
「ですね」
「そこは嘘でも、いない人よりもそばにいる貴方、とか言うのが男の甲斐性じゃない?」
「言ってほしかった?」
「さてね」
薄い笑みを浮かべてとぼける。
こういう会話も浮気になるんだろうかと、内心で首を傾げている陽平だった。
「話を元に戻そうか。
依頼の詳しい話は依頼斡旋人のところに行ってからするって聞いてる」
「行かなきゃ駄目なんだろうね。研究遅れるし、めんどいわー」
言いながらも、立ち上がり旅の準備を始める。受けないと後々めんどそうなことになりそうだと予想できたので、受けることにしたのだ。
準備を整えた陽平はマルチーナと一緒に塔を出る。目指すは当然依頼斡旋人のいる町。
「よう久しぶり。しばらく会わないうちに有名になったな」
待ち合わせの場所である酒場に入ると、声をかけられた。陽平の目の前に顔なじみの依頼斡旋人がいる。かれこれ二十年ほどの付き合いになる彼も、皺や白髪が増えて時間の流れを感じさせる。
「有名になりたかったわけじゃないんだけどね。根回しを忘れてたらこんなことに」
「だろうな。昔から名前は出ないようにしてたからな、名前が広がっているのを知ったときは驚いた。
で依頼の話なんだが、ここで話すにゃちと規模が大きいから場所を借りてある。そこまでついてきてくれ」
事前に話を通してあったのだろう、奥へと進む三人を酒場の主人は止めずに見送る。
三人は地下の酒置き場へとやってきた。斡旋人はここに誰もいないことを入念に確認し、話を進める。
「ここにやってきたということで依頼を受けるとみなしていいんだな?」
「渋々とだけどね」
「依頼のことを話したとき、受けたくなさそうだったよ」
「ジャイアント討伐依頼だしなぁ。気持ちはわかる。
依頼内容を話していくぞ? 質問はあとでしろ。やってもらいたいことは討伐。もしくは時間稼ぎでも可。その場合は依頼料は減る。
レクトパトスのいる場所までは国の用意した馬車で行ってもらう。行ってもらう場所は小さな岩連山。もともとそこにいたらしい。でも暴れることなく静かに暮らしてたんだと。急に暴れだした原因は不明だ。
今は冒険者や近隣貴族の私兵をこの国の騎士がまとめていて、投石機とか使って足止めしているようだ。
とりあえずはこれくらいだ」
質問をどうぞと招くように手を動かした。
「やってもらいたいことの時間稼ぎってどういうこと? 俺以外にも頼んでいる奴がいるってこと?」
「そのとおり。ドゥルヒゼッツェンって名前の冒険者チームにも依頼している。魔物討伐に関して世界一と言える魔法使いのいる五人組だ。ただこいつらは別大陸にいて、こっちにくるまで時間がかかるんだ。それにいつこの依頼のこと知るかもわからん。時間がかかればかかるほど被害は広がるだろうから、そいつらがくるまでの間レクトパトスを抑えてもらいたい。倒しても別にかまわない」
「魔法使いがチームに入ってくるって珍しい」
「たしかにな。お前さんみたいに、金目当てで依頼を受けるような奴はときどきいるが、あっちは常に依頼を受けてるみたいだしな。
魔法使いがいるってだけで有名になったわけじゃないけどな。いくつもの厳しい討伐依頼を受けて場数を踏み生き残っていることで、仲間も凄腕ぞろいだ。まあ、マルチーナには及ばないだろうが。それでも世界有数の実力者だってことには変わりない」
「今まで達成した依頼ってどんなものがあるの?」
ドゥルヒゼッツェンというチームに興味が湧いたのか、マルチーナが聞く。
依頼斡旋人は手元の資料をめくり、ドゥルヒゼッツェンがやってきたことを確認する。
「一番大きな仕事はサイクロプス討伐だな。ほかには砂食いや喰虫の小群れ討伐なんてものもある」
サイクロプスは、一つ目の大きな人型の魔物でジャイアントの亜種だ。ジャイアントの血は引いているが、ジャイアント種族からは外れている。それでも強い魔物で、間違っても駆け出しなどが手を出せるような魔物ではない。砂食いというのは、わりと獰猛な大きなミミズ。大きさは陽平が戦った蛇竜よりも大きなものもいる。砂を食う名前だが、土でも石でも食べる。進行方向に生き物がいても、気にせず食べる。砂漠にいることが多いので、砂食いと名づけられている。ミミズと同じで土をよくしてくれるが被害も大きいので討伐対象となっている。喰虫は以前、陽平がエスティアとミリィと旅していたときに足止めをくらったことのある魔物だ。
どれも危険度でいうと、竜などの四大種族をのぞいて高い位置にいる。
「本当に実力者がそろってるのね」
「そうじゃないとジャイアント討伐を依頼されないさ。
ほかに聞きたいことは?」
まだ聞きたいことがあり陽平が口を開く。
「レクトクレパスの弱点とか特徴とか行動とか」
「弱点は角だろうな。力の象徴でもあるそれを砕くなり斬り落とすなりすれば弱体化する。逆に角が健在だと、肉体を傷つけても回復するんだと。剣で斬りつけた傷なら一日もかからない。骨折も三日。ひびは一日と少しといったところらしいな。
外見的特徴はでかいということと角が生えているということか。肌は狩人の弓矢が通らない程度に硬い。竜みたいに火を吹いたりはしないな。でかいだけあって力は強い。岩なんか簡単に砕く。体力も馬鹿みたいにある。三日間不眠不休で動き続けたっていう記録が残っている。
あ、それと弱点になる角は肌なんかよりも硬い。鉄以上じゃないかって言われてるらしいな。
行動は特にこれといって決まったことはしてないようだ。俺たちと同じように寝て起きて食べる、これの繰り返し」
「酒飲ませて眠らせて、角を斬るとかできるかな」
大きいということでなんとなく八岐大蛇のことを思い出し、提案してみる。人間と同じならば酒を飲むこともあるかもしれないと思ったのだ。
「どうだろうな、資料には酒を飲むとは書いてないし。飲んだとしても上手く眠ってくれればいいけど、酒に強かったら意味はないし、暴れだしたら手に負えないぞ。それにどれくらいの量を準備すればいいのかもわからんしな」
「そっか。ただの思いつきだから、たいして期待はしてなかったよ。
もう聞くことはない。あ、そうだ。今回の仕事もできるだけ俺の名前でないようにしてほしいだけど」
「やれるだけやってみる。同業者には広まらないだろうさ。
まだ呼びにこないってことは、出発まで時間あるみたいだな」
斡旋人は階段を見ていった。
陽平たちが来たら、馬車の手配をしてもらうように酒場の主人に頼んであったのだ。馬車の準備が整えば呼びにくることになっている。
「しっかしお前さんとの付き合いも長くなったな。たしか二十年くらいだろう? こんなに長い付き合いの冒険者なんてカータスくらいだよ。そのカータスも依頼を受けることはなくなってるが」
「カータスも道場の主になって、簡単にあちこちいけなくなったからね」
「初めてカータスに仕事を紹介したときは道場を持つことになるなんて思いもしなかったわ。思えばお前さんと組んでから運が上向いたんだな。俺も美味しい思いをさせてもらったし、仕事にやりがいもあった。感謝してるよ。
おまけに最後の仕事がこんなでかいことだからな、締めとするにゃ十分すぎる仕事だよ」
「引退するのか?」
「ああ、五十もとうにすぎて老い先短い。余生はのんびり暮らすさ。息子も一緒に暮らそうって誘ってくれてる」
「お疲れ様。今までありがとう」
「なんのなんの。こっちこそ感謝しなきゃならんよ」
「ちょっといい?」
礼を言い合う陽平たちに、マルチーナが声をかけた。
「なんだ?」
「私はこれからも依頼受けると思うんだけど、引退するならここには斡旋してくれる人はいなくなるってこと?」
「代わりがすぐに来ることになってる。だから仕事のことはそいつに聞けばいい。俺と同じで酒場にいるか、斡旋所作るだろうさ。
お前さんたちのようにランクの高い奴らが依頼を受けるなら、そいつの苦労も減るだろう」
扉がノックされ開く。馬車の準備ができたらしく酒場の主人が呼びにきた。
「気をつけてな。無事に帰ってくることを祈ってるよ」
斡旋人に見送られ陽平とマルチーナは馬車に乗り込む。準備された馬車は急ぎ用のもので、乗り込める人数は四人と少ない。二人が寝そべることができるくらいの広さはあるが。
二人が乗りこんだことを確認し御者は出発する。乗合馬車と比べると格段にペースが速い。このペースを維持するなら十日ほどで目的まで到着するだろう。乗合馬車ならば、十五日ほどか。これほどの馬車は当然使用料金も高い。今回は国がお金を出すので、お金の心配はない。
流れる風景を見つつ、陽平はなにかに気づいたように口を開いた。
「ふと思ったんだけど、なんでマルチーナが一緒に乗ってんの?」
依頼は陽平にきたものだろうから、マルチーナが一緒に行く必要はないはずだ。マルチーナが当たり前のように馬車に乗ったので、おかしいと気づけなかった。
「私も一緒に戦うから」
「無理っぽくない?」
「今回は戦力になるでしょ? 魔剣も持ってるんだし。それにドゥルヒゼッツェンにも依頼があったってことは、私のような魔法使いじゃない者も活躍できるんだろうし。
強い存在と戦えるんだ、そんな機会を逃す気はないわよ」
「これも強くなる機会の一つってこと? そういえばミリィも似たようなことしたっけ。あんときは何度も大怪我負ったんだよね。
まさか単騎突撃とか考えてないだろうね?」
「やってみたいとは思うけど、思うだけに留めとく」
「お願いだからそうしといて」
追い帰そうとしても素直に帰りはしないだろうと簡単に予測できているので、陽平はそれ以上はなにも言わなかった。
2へ
2009年07月16日
樹の世界へ外伝 プレゼント 2
エスティアが寝息を立て始めると陽平はそっと部屋を抜け出し、近くにあった水場で顔を洗う。午前六時前でも起きている人はいて、かすかに人が動く音が聞こえてくる。
エスティアの部屋に戻った陽平は、机の上に置かれていた本を手にとってソファーに座りゆっくり読んでいく。そうして時間が過ぎていき、一時間ほど経った頃、扉がノックされた。
眠りが深いのかエスティアは起きない。陽平が静かに扉を開けると、リアが立っていた。
「あ、おはようございます」
出てきたのが陽平で、リアは少し驚く。
「うん、おはよう」
「朝食のためエスティア様を呼びに来たんですけど」
「まだ寝てるんだ。俺の看病で睡眠時間足りてなくて。迷惑かける」
「謝らないでください。えっとそれじゃ、ごはんどうしましょう?」
「冷めても関係ないものを少なめに持ってきてくれる? いや、俺が取りに行くか。食堂まで案内してもらいたいんだけど」
「はい。ついてきてください」
陽平はリアと並び、食堂へと歩き出す。その途中でミリィの部屋も覗いてみる。エスティアと同じように、寝入っているようだった。
リアにこちらの生活を聞きながら歩いていると食堂に到着した。陽平は果物とパンと水差しを持ち来た道を戻る。リアは食堂で食べるようで、少し年上の少年の隣に座るのを陽平はちらりと見た。もう少し残って様子を見ていれば、両者の表情が硬いことに気づけたかもしれない。
部屋に戻って再び本を読み始めるも、すぐに読み終わりすることがなくなってしまった。仕方ないのでソファーに寝そべって、転移装置のことを考え始める。そうしているうちに午前九時前に、エスティアが起きだした。身支度を終え、一緒に果物をつまんでいるとミリィも起きて部屋にやってきた。ミリィも朝食をすませ、クライスたちに出かけることを告げるため、エスティアが書類仕事をする際にいつも使う職務室へと向かう。そこに誰かしらいるだろうと考えて。そして予想通り、書類とにらみ合ってる神官長がいた。
「神官長」
「エスティア様とミリィ様? それに……竜殺し」
陽平が蛇竜を殺したとき、大樹大神殿関連の多くの者が恐れを抱いたように、寄生樹神殿関連でも恐れを抱いているものが多い。神官長もその一人で、竜殺しと呼ぶ声色に恐れが滲んでいる。
「急なことですが明日から私はでかけます。理由はミリィの妹の結婚式にでるから。留守にする期間としては……ヨウヘイさんどれくらい?」
「んー大体長くて十五日くらいだと」
「そういうことらしいです。あと必要経費として根晶の欠片三つほどもらいます」
「待ってください! いきなりそんなことっ」
慌てる神官長にエスティアは、
「本来ならばもっと長い時間いなかったんですから、これくらいの留守はどうってことないでしょう? 私がしなければならない仕事もないわ」
「そうかもしれませんが、安全面での問題が!」
「ヨウヘイさんとミリィがいる時点で安全は保証されてます」
「寄生樹の子に対する人々の対応にも不安が感じられます!」
「ヨウヘイさんの魔法で変装するから問題ないわ」
「それでも護衛を何人か連れては?」
「たまには寄生樹の巫女から解放されたいの」
神官長の言葉に次々と即答していく。
「まだなにかある?」
「……ありません。本当に十五日で帰還されますか?」
「ちゃんと送るから心配しなくていい。あちこち出回る体力もないって話だから、寄り道もしにくいしな。もしかしたら温泉に浸かってくるかもだけど、それでも二日遅れるくらいだ」
「わかりました。ただしクライス隊長といった幹部たちにはエスティア様本人から話してください」
「それくらいはしなきゃ駄目か。わかった」
三人は職務室を出て、幹部を探し神殿中を歩き回る。誰もが突然のことに驚いたが、神官長の許可が出ていると知って外出に納得せざるをえない。
午前中は報告回りで時間が潰れ、少し遅めの昼食を一般食堂でとる。ただでさえ寄生樹の巫女がいて近寄りがたいのに、竜殺しもいるとあってはさらに近寄りがたく、四人の周りの座席は空白となっている。四人目は昼食を食べ終わって食堂を出て行こうとしたリアだ。
「エスティア様たち明日からしばらく留守にするんですか」
エスティアたちの予定を聞いたリアは、少し寂しげな雰囲気を漂わせる。
「リムルの結婚式には絶対でたいからね。留守番って選択肢はないよ。まあ一ヶ月も留守にするわけじゃないから、少し我慢しててね」
「大丈夫です。友達もでき始めたから、不安でたまらないなんてことはないと思います。
いい機会だからボルドときちんと話し合います」
「ボルドも意地はらなきゃいいのにねぇ」
ミリィの言葉にエスティアも頷く。
ボルドとエスティアの仲は悪い。一方的にだが。リアはエスティアに懐いているといっていい。だからかボルドはリアにも少し隔意がある。再会できたことはすごく嬉しがっているが、自分が嫌っている相手と仲が良くしている光景を見せられ面白くない。
それとリアがボルドよりも年下になったことも、不仲となったことに関係している。昔はリアが大きく頼りがいがあるように見えていた。それなのに今は自分よりも小さく、頼りになると感じられなくなっている。記憶のリアと今のリアとの相違に戸惑っているのだ。ボルドにとってリアは頼りがいのある姉だった。それは別れてからも変わらずそう思っていたし、再会しても変わらないと思っていた。頼れないから不満というわけではなく、強さが感じられないことに不満がある。
「私と違って嫌われてるわけじゃないから、じっくり話し合えばどうにかなると思う」
「はい」
旅の準備をする三人は、リアと別れ部屋に戻る。
式に参加するときの服や装飾品をどうしようかと楽しげに悩むエスティアとミリィを見て、すでに準備をすませてある陽平は暇になり、幻をまとって街を散歩することにした。のんびりと街を見て回りたいのだが、陽平もちょっとした有名人なので幻で容姿を変えないと騒がれるのだ。二人に散歩してくると告げて部屋を出る。寄生樹神殿入り口ある講堂、その物陰で幻をまとう。エスティアの部屋で幻をまとわないのは、余計な騒ぎを起こしたくないからだ。陽平が出入りするのは誰も文句は言えない。しかしそれ以外の男、しかも寄生樹神殿で見慣れない男が寄生樹の巫女の部屋から出てきて騒ぎにならないわけがないのだ。
店関連を中心に人々の賑わいを聞きながら、ただ歩く。大樹大神殿を擁する街とは賑わいは比較にならない。それでも寂れているという感じは受けず、旅している最中に寄った街々となにも変わらない光景が広がっている。
平穏が一番だなぁと和む陽平の目に装飾品を置いている店が目に入った。少し考えた陽平はその店に入っていった。
用件を済ませた陽平は神殿に帰り、その後はなにごともなく時間が過ぎていった。
夜が明け、準備を整えた三人は朝食を終えて、出発しようとしている。エスティアの部屋には、見送りのためにきたクライスとリアもいる。リアの髪には昨日陽平が買って渡した髪飾りがつけられていた。探し物をしているときにリアに似合いそうな髪飾りをみつけたので、ついでに買ったのだ。
陽平は右手に転移魔法の式符、左手に根晶の欠片を持って、いつでも魔法を使える状態だ。
「いってきます」
「お気をつけて。怪我病気などなさらぬよう」
「休暇を楽しく過ごしてきてください」
「ありがと。ボルドと喧嘩しないようにね。お土産買ってくるわ」
「楽しみにしてます」
挨拶を終えたと判断した陽平が魔法を使う。三人の姿は消え、やや呆然としたクライスとリアが残った。魔法で移動すると事前に聞いていたが、実際目の当たりにすると驚きがあるのだ。
三人はカンタクスの町から三十分ほど歩いて離れた場所に姿を現した。人がいきなり街中に現れたら混乱が起きるだけだ。根晶のおかげで余裕のできた陽平は、これくらいのコントロールはできるようになっていた。
歩きで街に入り、宿をとったあと、リムルとシールズのいる屋敷を目指す。三人とも一度行ったのみの屋敷の場所など忘れていたが、道行く人に聞けばいいだけだ。迷うことなくたどり着けた。
門番にリムルに会いたいことを告げる。無理ならば、来たという伝言のみ届けてもらおうと話す。さすがに約束もなく急に来て入ることはできず、止まっている宿を聞かれ、確認が取れたら迎えをよこすということになった。
三人は一度宿に戻り、迎えを待つことにする。三人とも迎えがこないとは思ってない。嘘をついていないのだから当然だろう。そして迎えは長く待つことなくきた。
メイドに先導され、三人は二時間前に来た屋敷に再びやってきた。
屋敷に入り、リムルの元へと案内される。
三人は幸せそうな雰囲気を漂わせるリムルと再会した。
「お姉ちゃん! エストさんにヨウヘイ兄さん! 久しぶり!」
リムルがエスティアをエストと呼ぶのは、陽平がエスティアを探しに行って帰ってきたときには家を出ていて、説明を聞いていないからだ。ミリィが本名はエスティアだと説明し、次からそう呼んでもらうことになる。
「お母さんとお父さんは一緒じゃないの?」
「わけあって別に来たんだ。カータスたちはあと五日くらいで到着するはずだ」
「そうなんだ」
「リムルちゃん、結婚おめでとう」
「おめでとう。早かったね、もう少し時間かかると思ってたよ」
「ありがとう」
リムルは嬉しそうに笑う。幸せで仕方ないといった感じだ。
久々の再会でもあり、四人は会っていなかった間のことを話していく。しばらく会話は進み、結婚式の話になる。
「結婚式ってどんなことをするんだ? 俺は参加したことないからわからないんだ」
地球のものなら参加したことはあるのだが、こちらの結婚式には陽平は一度も参加したことがない。
「予定だと、シールズさんの親族やハルケン家の知人に紹介するためにパーティーを開くということになってますよ」
「それだけ? 俺の知ってる結婚式は神官を代理人として大樹に永遠の愛を誓うとかあるんだけど」
地球で参加した式のようなことはしないのかと首を傾げた。
「道場に通ってた人の式に参加したことあるけど、そういったことはしなかったよ。親族と知人を集めてパーティーを開いて、結婚したことを報告するって形だった」
エスティアは結婚式に参加したことがないのでなんともいえないが、ミリィは二度ほど参加したことがあり、言ったことが普通だと知っている。
「なるほどね、だとしたら指輪交換とかもしないのか」
「指輪交換?」
今回の主役のリムルが首を傾げる。
「結婚した証として互いに指輪を贈りあうっていう儀式みたいなものかな。左手の薬指につけあうんだ」
「ないですねぇ」
「ふむ……ならこれは無駄ではないのかな」
陽平は内ポケットから長細い箱を取り出した。それをリムルに渡す。
「結婚祝いだよ」
開けてもいいかと目で問うリムルに、陽平は頷く。
箱の中には、ロケット付きのペンダントが二つ入っていた。散歩に出たときに買ったものだ。
「指輪はすでに用意してるかもって思ったから、それにしたんだ。互いの絵姿を入れて結婚指輪のかわりとして持ったら?」
「ありがとうございます。大事にします」
箱をしっかりと抱きしめリムルは頭を下げた。リムルが持つ箱をエスティアとミリィが羨ましげに見ている。それに陽平は気づくが、何も反応を示さない。いや少しだけ瞳の奥に迷いが見えた。
三人は結婚式の詳しい日時を聞き、屋敷を出る。式までまだまだ時間があるので、温泉に行くとリムルに告げ、次の日の夕方前に街を出た。昼過ぎまで結婚式で着る服の準備をしていたのだ。
鈴竜騒動以来久々の温泉を堪能してそろそろ戻ろうかと考えているとき、ウェンカース夫妻とマルチーナも暇を持て余し、温泉へとやってきた。
リムルと同じようにエスティアとミリィは、久々にウェンカース夫妻と再会した。元気そうな様子を喜ばれたり、手紙の一つくらいだせと怒られたり、あんたたちはまだ結婚しないのかと聞かれたり、話しても話したりないと会話が尽きなかった。
マルチーナがここにいるのは、カータスに誘われたからだ。修行してばかりではなく、体を休めることも大事だと説得された。修行漬けの日々で、マルチーナがろくに休憩をとっていないことをカータスは見抜いていたのだ。強さ自体はマルチーナのほうが圧倒的に上だが、鍛錬経験自体はカータスのほうが長く、休憩の大切さもよくわかっている。
結局一行は結婚式の二日前まで温泉宿に逗留していた。
街に戻るとそれぞれの宿に招待状が届いていた。夫妻が頼んでおいたマルチーナの分も届いており、一人留守番なんてことはなかった。
時間が過ぎ、結婚式当日の朝。
「どこかおかしなところない?」
「私もどう?」
濃緑と濃紺のロングドレスに身を包んだエスティアとミリィが陽平の前でくるりと回ってみせる。エスティアは黒に変えた髪をそのまま流し、ミリィはまとめ上げている。事前に二人で確認はしてるだろうから、ドレス姿を見せたいだけなのだろう。実際、どこもおかしいと思えるところはなかった。
「似合ってるよ」
陽平がそう言うと、嬉しそうにハイタッチする。
「ヨウヘイさんは襟がちょっとおかしいよ」
陽平は黒のスーツを借りている。部屋に鏡がないので確認できず、少しおかしいくらいでは気づけなかったのだ。
ミリィがちょちょいっと直す。
「これでよし」
「ありがと」
準備を整えた三人は、夫妻とマルチーナと合流するため、待ち合わせている場所へと向かう。気合の入っているエスティアとミリィは目立ち、道行く人々の視線を集めている。陽平の両側に立ち、腕を組んでいるので声をかけてくるような男はいない。羨ましげな視線を陽平に送るのみだ。
待ち合わせにしていた公園にはすでに、夫妻たちがいる。
合流した一行は会場である屋敷へと向かう。すでに来ている招待客がいるようで庭から話し声が聞こえてくる。普段よりも出入りの多い門に立つ門番に、招待状を見せて中へと入る。準備に忙しそうなメイドを呼び止め、リムルのいる場所を聞く。渋られるが親族だと説明すると、納得したようで部屋の前まで案内してもらえた。扉をノックするとウェディングドレスの着付けなどを手伝っているのであろうメイドが扉を開けた。
「どちらさまでしょうか?」
「娘の様子を見にきたんですが」
「ご家族でしたか。こちらへどうぞ」
部屋の中にはすでに着替え終えたリムルが椅子に座っていた。陽平から贈られたペンダントを首にかけている。今は化粧をしてもらっている。その化粧もすでに終わりかけのようで、五分ほど待っただけですんだ。
カータスとニニルとミリィが目を潤ませてリムルと話している。その様子を陽平とエスティアとマルチーナは少し離れて見ている。
「時間が流れるのは早いな。あの小さかったリムルが結婚だもんなぁ。
知ってる? マルチーナが魔剣大会の参加した次の年にあの子生まれたんだよ」
「あのときに生まれた子だったの。たしかに時間が流れるのは早いわ。あのとき十代だった私も、いまや三十前半よ」
マルチーナは感慨深くリムルを見つめる。
そうしていると扉が開き、シールズが入ってきた。シールズの首にも陽平の贈ったペンダントがかかっていた。ウェディングドレスを着たリムルに見惚れたようで、シールズはなにも言えずにじっと見ている。なにか言ってやれとミリィに脇をつつかれ、心に浮かんだ一言「綺麗だよ」という感想をリムルに送る。その一言でリムルは、綺麗な笑顔を浮かべた。晴れの舞台に相応しい、見る者すら幸せにさせるような笑顔だ。
この笑顔で陽平はなにかを決めたような顔になる。
そろそろ式の始まる時間だと、新郎新婦以外は追い出され一行は庭に向かった。招待客のほとんどが来たようで、人が多い。純粋に結婚を祝うもの、貴族が集まったこの機会に新たな繋がりを得ようとするものなど、様々な思惑を持ったものがいる。服装もいろいろで、ほとんどがスーツとドレスだが、なかには着物姿の人もいる。珍しいところでは巫女服に近い服を着ている人もいた。陽平が過去で与えた影響が出ていた。陽平はそんな影響を気にせず、着物でもいいのなら着物にすればよかったと考えていた。
ウェンカース夫妻はシールズの両親に挨拶すると言って人ごみに消えていった。残された陽平たちは、時間まで適当に暇を潰そうと食べ物が置かれている場所へと向かう。食べ物をつまみ、声をかけてくる者を適当にあしらっていると結婚式が始まった。
屋敷の扉からシールズとリムルが腕を組み、カーペットの上を歩き用意されている舞台に上がった。
舞台の上には領主がすでに立っていて、招待客に向かって二人の紹介をしている。挨拶も兼ねた話は長く続く。それが終わると今度はシールズの挨拶だ。こちらは結婚式に来てもらい祝ってもらうことの感謝と幸せになりますといったことのみを話し終わりとした。話し終えると二人で頭を下げ、招待客から拍手が送られた。多くの人に認められ、リムル・ウェンカースはリムル・K・ハルケンとなった。
その後は舞台を下り、招待客に挨拶して回る。やがて陽平たちのところにもくる。
「お疲れ様」
たくさんの人に挨拶して回り疲れただろうとミリィは二人を労わる。それに二人は祝ってもらっているから、たいした苦労ではないと返した。
「おめでとう、お二人さん。そのネックレスつけてくれてるんだな」
「このようなものをありがとうございます、ヨウヘイさん。まだ絵姿は入れてませんが、大事にさせてもらいます」
「喜んでもらえたようでよかったよ」
「こちらには結婚の証を贈り合うという風習がありませんから、記念になっていいですよね」
シールズはロケットに触りながら言った。
「結婚の次は子供だな。生まれるのを楽しみにしてるよ」
「まだ気が早いですよ。もうしばらくは新婚生活を楽しみます」
「それもいいな」
とりとめもないことを少し話し、シールズたちはほかの招待客のところへと向かった。陽平がシールズと話している間に、エスティアたちもミリィと話したようだ。
パーティーは夜まで続いた。めでたいことだと街の人々にも酒や食べ物が振舞われたようで、賑やかな声が屋敷まで聞こえてきた。
ちょっとしたお祭り気分で、街の夜は更けていった。
夜が明け、ウェンカース一家は屋敷に行き、リムルに帰ることを告げた。位置的には近いが、立ち場的に簡単に会えないので、別れを惜しむ気持ちもある。けれども今生の別れではないと、そういった気持ちを振り切って屋敷を出た。
そして陽平たちとカータスたちも今日でお別れだ。馬車に乗るために乗り合い所まで行くカータスたちを見送るため、陽平たちは一緒にそこまで歩く。
タイミングよくもう少しで出発する馬車があり、長々とした別れはできない。体に気をつけてとか、たまには手紙を出しなさいなど、夫婦は言いたいことをいっきに言っていく。マルチーナは一言二言陽平に用件を伝え、馬車に乗った。
出発すると知らせるベルが響き、夫婦は馬車に乗った。街を出る馬車を見送り、残った三人も街の外へと出る。
ある程度街から離れ、周囲に誰もいないことを確認して寄生樹神殿へと転移する。先に温泉に行けたため、予定していた十五日よりも少しだけ早い帰還となった。
転移した先はエスティアの部屋だ。
「実家ってわけでもないのに、帰ってきたっていう感じになる。一年以上暮らしてるせいかな」
荷物を床に置きながらミリィは言った。
「私も似たような感じ」
「帰ってきたこと知らせないでいいのか?」
「少しだけ休ませて。疲れるようなことはしてないんだけど休みたい気持ち」
エスティアはベッドに寝そべり、その隣にミリィも寝転がった。
「ヨウヘイさんはどれくらいこっちにいるの?」
顔だけ陽平に向けてミリィが聞く。
「明日には帰るつもり、転移装置の研究進めたいし」
「早いね。もっとゆっくりしていけばいいのに」
「休息は温泉で十分とったしな。早く完成させたいんだ。そのほうが二人も嬉しいだろ?」
「うん」
エスティアとミリィは二時間ほど誰にも邪魔されることなく眠ることができた。寄生樹の巫女の部屋に勝手に入るような輩がいないおかげだ。騒がしくしてたら怪しんだ警備兵がきたかもしれないが、静かに過ごしたのだから誰もくることはなかった。
何事なく時間が過ぎていき、陽平が帰る時間となった。
荷物を抱え、帰る準備を整えた陽平。少し緊張しているようにも見える。服のポケットが膨らんでいて、そこに手を当てている。
「ヨウヘイさん、どうしたの?」
あとは魔法を使うだけなのに、なにもせず立ったままの陽平を不思議そうにエスティアとミリィは見ている。
「……あーえっと、そのな? そういうつもりで買ったわけじゃないんだけどさ、そういうつもりにとってもらってもいいかなと思う。
でも二人に同時に渡すってのはどうも不誠実に思えてるんだよ。でもリムルのあの笑顔見たら、二人のああいう笑顔を見たいとも思ったわけですよ」
主語が抜けているのでなにを言いたいのかあまり通じていない。
それを見て、思い切ってポケットから二つの箱を出し、どちらに渡すものか確認して二人に差し出す。
エスティアに渡された箱の中にはエメラルドの粒を使った指輪が、ミリィに渡された箱の中には小さめのトパーズを使った指輪が入っていた。
渡された二人は、結婚指輪の話を思い出して顔を紅くする。
「これって結婚指輪ってやつ?}
ぽーっとしたまま地に足がついていない感じでミリィが聞く。
「いや、結婚式を挙げたわけじゃないから婚約指輪ってところかね」
陽平は視線を二人からずらして頬を指でかきながら言う。
二人の気持ちに応えるような明確な行為は初めてだ。
二人とも嬉しさから顔を紅くしたまま、笑顔を浮かべた。その笑顔は陽平の想像していた以上のもので、それ以上見続けるのは気恥ずかしくなって、塔へと転移してしまった。
「あ、お礼言ってないのに」
「また会えるんだから、そのとき言えばいいよ。それにしても婚約指輪かぁ……つけてみない?」
ミリィの提案に、エスティアは即座に頷く。薬指へとそっと通す。
「ありゃ?」
すとんと指の付け根に落ちた指輪を見て、ミリィが思わず声を出した。
サイズを測っていないせいで、少し緩い。これ見て、二人はクスっと笑う。
「再会したときに一緒にサイズを合わせに行こうね」
「うん」
上機嫌な二人はサイズが合っていないことなど気にならない。
二人は指輪を常に身に着けるため、指輪を通したペンダントを首にかけるようになった。
この日から時々、指輪を指にはめて幸せそうな笑みを浮かべる二人が見られるようになる。