January 31, 2006

最上級とeverの有無

 (a) This is the coldest winter I have ever experienced.
   「私にとってこんなに寒い冬は初めてです」
   (←これはいついかなる時であるかを問わず私が今までに経験した最も寒い冬である)
 (b) This is the coldest winter I have experienced in the past ten years.
   「私にとってこんなに寒い冬は10年ぶりです」
   (←これはこの10年に私が経験した最も寒い冬である)

 ever(=at any time)は「いついかなるときであるかを問わず」という意味の副詞なので、(a)を直訳すると「これは、いついかなる時であるかを問わず今までに私が経験した最も寒い冬である」、そして(b)は「これは、この10年間で私が経験した最も寒い冬である」となる。
 everいついかなる時であるかを問わず」はもちろん「私が生まれてから現在に至るまでの全期間」に亘る経験を表わす(a)では使えるが、「この10年」だけに限定される経験を表わす(b)には使えない。なぜなら「いついかなる時であるかを問わず」と言っておきながら「この10年だけ」に制限するのは矛盾も甚だしいから。
 ところで、everを「かつて」や「今までに」の意味の副詞だと思っている受験生が多いが、それは根本的な誤り。
 everを伴う現在完了疑問文を「今までに〜したことがあるか」と訳すのは現在までの経験だからであって、「今までに」はeverに対する訳語ではない。

 cf. Have you ever been to Hawaii?
   「あなたは(今までに)ハワイへ行ったことがありますか」

(高2英作文法Sα・S:第23課のオマケ話)

  

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January 30, 2006

比較構文における限定用法の形容詞の語順

(a) You should read as many newspapers as you can.
   「新聞はなるべく多く読む方がよい」(canはcan readの代わり)

 many限定用法修飾語として名詞を説明する用法)の形容詞なので、as manyは修飾される名詞の前に置かなくてはいけないが、as manyas you canとともにnewspapersの後に置いてnewspapers as many as you canとする誤りを見かけることがある。
 これはnewspapers (which are) as many as you canと考えられる叙述用法補語として名詞を説明する用法)に相当するので、原則として限定用法でのみ用いるmanyに関しては根本的な誤りと言わざるを得ない。
 限定用法ということでは、を示すmanyだけでなくを示すmuchに関しても同じことが言える。

 (b) He earns three times as much money as I do.
   「彼の稼ぎは私の3倍ある」(doはearnの代わり)
   (He earns money three times as much as I doは×)

(高2英作文法Sα・S:第23課のオマケ話)

  
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January 29, 2006

二重否定とは

 二重否定とは、肯定文で言えば足りることを、否定ねてまわりくどく言うことによって強めたものと解することができる。
 「私はその歌手のCDで持っていないものはない」をそのまま英訳するとThere are none of that singer's CDs (that) I do not have.となるが、「マイナス×マイナス=プラス」に習って二重否定肯定に置き換えればI have all of that singer's CDs.「私はその歌手のCDのすべてを持っている」という実に単純な言い方で済む。
 同じように、英文和訳のときも二重否定肯定に置き換えるのがよい。
 例えば、I cannot walk along this street without meeting someone I know.は二重否定のまま訳すと「私は誰か知っている人に会うことなしにはこの通りに沿って歩くことができない」となるが、肯定に置き換えれば「私はこの通りを歩くと必ず誰か知っている人に会う」と実に単純になる。
 そして「…なしに」という否定を表わすwithoutの後なのにanyoneではなく肯定文と同様にsomeoneを使うのは、二重否定の文が実は肯定文と実質的に等しいことの何よりの証拠と考えることができる。

(高1英作文法Sα・S:第23課のオマケ話)

  
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January 28, 2006

yesが「いいえ」でnoが「はい」である理由

 結論から言うと、英語のyesnoは答えが肯定否定かで決まるが、日本語の「はい」と「いいえ」は相手の意見に賛成反対かで決まる。
 従って、肯定の問いに対する応答なら、肯定で答えるときは相手に賛成だからyesは「はい」、そして否定で答えるときは相手に反対だからnoが「いいえ」でよいが、逆に否定の問いに対する応答のときには、肯定で答えるときは相手に反対だからyesが「いいえ」、そして否定で答えるときは相手に賛成だからnoが「はい」となる。
 
 (a)(i) "Do you like spinach?"「ほうれんそうは好きですか」
     "Yes, I do."「はい、好きです」(賛成
  (ii) "Do you like spinach?"「ほうれんそうは好きですか」
    "No, I don't."「いいえ、好きじゃないです」(反対

 (b)(i) "Don't you like spinach?"「ほうれんそうは好きじゃないんですか」
     "Yes, I do."「いいえ、好きですよ」(反対
   (ii) "Don't you like spinach?"「ほうれんそうは好きじゃないんですか」
     "No, I don't."「はい、好きじゃないです」(賛成

 (c) "Don't you like spinach?"「ほうれんそうは好きじゃないんですか」
    "No, I really hate it."「はい、ほんとうに大嫌いです」(賛成

 (c)のhate itは形は肯定でも意味はdon't like itに相当する否定なのでNoから始め、相手の否定の問いに同じく否定で答えて賛成しているのでNoは「はい」に当たる。


追記

 テレビタレントが解答者を務めるクイズ番組で「リレーは一人じゃできない。イエスノーか」という問題が出された。4人の解答者が一斉に答えて全員の答えが正しければ正解で、1人でも間違えると不正解とされるが、この時は3人が「イエス」、1人が「ノー」と答えたために不正解にされてしまった。
 「ノー」と答えたのは案の定外国人タレントだった。
 日本人のタレントは「リレーは1人じゃできない」ことに賛成だから「はい」のつもりで「イエス」と答え、外国人タレントは「リレーは1人じゃできない」は否定だから「ノー」と答えたまでのこと。外国人タレントは、誤りとされたことがなかなか納得できないようだった。
 
(高1英作文法Sα・S:第23課のオマケ話)

  
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I put down his address in my diaryに続く節いろいろ

(a) I put down his address in my diary so that I wouldn't forget it.
   cf. I put down his address in my diary so as not to forget it.
   「私は忘れるといけないから(←忘れないように)彼の住所を日記帳に書き留めた」

(b) I put down his address in my diary for fear I might forget it.
   「私は忘れるといけないから(←忘れるかもしれないのを恐れて)彼の住所を日記帳に書き留めた」

(c) I put down his address in my diary in case I should forget it.
   「私は忘れるといけないから(←万一忘れる場合に備えて)彼の住所を日記帳に書き留めた」

(d) I put down his address in my diary before I forgot it.
   「私は忘れないうちに(←忘れる前に)彼の住所を日記帳に書き留めた」

(高2英作文法Sα・S:第22課のオマケ話)

  
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January 27, 2006

虎挟みで猫退治を企んだ偏屈オヤジの話

 「虎挟み(とらばさみ)」とは、広辞苑によれば「主として獣類を捕獲する罠(わな)の一。鋼製で、獣類がこれをふむと、支点のばねがはずれてその足や頭部などを挟む装置」とのこと。
 このようなものはふつうの生活している限り無縁と思っていたが、友人の中では珍しく豪邸に住む一人を訪ねた時に、その庭で生まれて初めてこれを目にすることになった。
 この友人は猫が大嫌いで、庭に近所の猫が来てウンチをしていくのが我慢ならず、何とか来ないようにすることができないものかと思案して出た結論が虎挟みだった。
 ウンチの場所はいつも庭のある一角に決まっているので、そこに虎挟みを仕掛けたわけであるが、それとわからないように土の中に埋め、しかも万一猫が重傷を負ったり死んだりすると飼い主から訴えられかねないとあって、ワナにかかった猫が逃げられるように細工しておいた。
 ところが、その効果はまったくなく、まるで虎挟みが埋め込まれている位置を見透かしているかのように、猫がワナのほんの数センチ離れたところで堂々とウンチをしている姿を何度も見ることになった。
 怒り心頭に発した友人は、埋め込んであったものをいったん掘り起こし、その時に自らワナに指を挟まれて相当に痛い思いをしたが、遂には開き直って土に埋め込むのをやめてワナがあることが見てわかるように仕掛けなおしたところ、功を奏してとうとう猫が来なくなってしまったとのこと。
 ちなみに、この友人は2階の書斎に握りこぶし大の石をいくつも備蓄していて、目の前の小道を通る猫を目がけて投げつけるそうだから、猫はそうした主(あるじ)の異常なまでの猫嫌いの執念深さに恐れをなし、身の危険を察知して白旗を掲げたのだろう。
 この友人が稀に見る偏屈(だからこそか、もちろん独身)であることは自他ともに認めるところではあるが、猫ごときでこれほどまでにこだわるとは、一緒に訪問した他の友人ともども、呆れると同時に恐れ入谷の鬼子母神だった。

  
Posted by eg_daw_jaw at 12:57Comments(1)TrackBack(0) エッセー・雑文など(私生活編) 

January 26, 2006

青魚3冠レース

 道場主は、牛豚鶏は一切食べないので動物性たんぱく質は専ら魚介類から摂取しているが、中でも好きなのが世間で言うところの青魚(あおざかな)、具体的にはサバサンマイワシアジコハダカツオなど。
 ただし、これらの食材に関して「好きな順序は?」と問われても料理法によって順位が違うので一概には答えられない。
 競馬皐月賞ダービー菊花賞のように、青魚による3冠レースがあるとすれば、まず1冠目皐月賞に当たるのが「青魚刺身賞」で、優勝カツオジンジャー半魚身差2着イワシサシスライス1魚身差3着シメサバ(生の関サバではなく敢えてでしめた方がよい)。
 2冠目ダービーに当たるのが「東京優駿」ならぬ「焼優青魚」で、優勝スミビシオサバ2魚身差2着クロコゲシオサンマ半魚身差3着ヒモノウルメイワシ
 そして3冠目菊花賞に当たるのは「青魚天婦羅賞」で、ブッチギリの優勝マイワシテンプラ2着ヒラキコアジテン、続いて1魚身半差サバノタツタアゲ
 以上の3冠は、1冠目2着2冠目3着、そして3冠目1着と大活躍。競走馬ではテイエムオペラオー皐月賞1着ダービー3着菊花賞2着金銀銅3種類のメダルを得たところが似ていなくもないが、一致しているのは2冠目だけであって1冠目と3冠目の順位が逆だから惜しい。
 これだけ好きなであるが、天婦羅も小鯵のように開いたものではなく、3枚に下ろして小さく切ったものがよく、天つゆではなくカレー粉をかけて食べるのが乙であるし、天丼にするのもよい。
 そして天婦羅よりももっと好きなのは、やはり3枚に下ろして小さく切った南蛮漬けと、母が若い頃よく作ってくれた鰯団子(鰯をすり鉢でつぶしたものにタマネギとショウガのミジン切りを混ぜて揚げたものをウスターソースをかけて食べる)、そして、つみれ汁も悪くない。

  
Posted by eg_daw_jaw at 01:04Comments(2)TrackBack(0) エッセー・雑文など(私生活編) 

January 25, 2006

インチキ手品師の経験

 昨日は千葉校の高卒生・後期成績優秀者表彰式で「祝福の一言」に加えて合格祈願手品を披露。舞台に立つ前の楽屋ならぬ講師室には手品師さながらのいでたちをした数学講師のK氏がいたが、手品をやる予定の道場主は平服のままだから立場がない。知らない人が見れば、手品をやるのはK氏の方だと思ったことだろう。
 手品の演目は「努力が実を結ぶ」と「桜咲く」で、この2つは松旭斎すみえ師匠直伝のヒモを使った手品に道場主合格祈願用に勝手に名づけたもの。
 他にも3つほど披露したが、思った以上に受けて拍手までもらい、芸人冥利に尽きる思いをした。これで合格への後押しができたなら嬉しい。

  
Posted by eg_daw_jaw at 09:45Comments(1)TrackBack(0) エッセー・雑文など(予備校編) 

January 24, 2006

ただ今拍手を下さったお客様にのみ厚く御礼申し上げます

 昨日は千葉で「テスト+解説」という形式の授業。
 センター試験が終わった翌日の授業だから、受講生は疲労困憊しているのではないか、思ったほど点が取れなくて落ち込んでいるのではないかと思いきや、みんな明るく元気そうなので安心した。もっとも、授業に出席しているのは、センター試験が予定通り上手くいったか、または多少の失敗はあってもそれでへこまないくらいにたくましいからであって、明るくて元気なのは当然と言えば当然だろう。そのお陰もあって、教室はいつになく活気があり、笑いもあって、快適に授業を行うができた。
 扱ったのはわずか5問の和文英訳問題にすぎないが、それでも授業に出席すれば必ず得点力アップにつながる多くのことが得られるので、出席するかしないかが合否を左右する可能性は十分ある。これで出席者諸君が合格にさらに一歩近づいたことは間違いない。どの授業でも受講前より受講後の方が確実に知識が増えて賢くなるが、特にセンター試験直後で気分が高揚しているこの時期の授業は格別それが著しい。
 センター試験で思った通り、または思った以上の得点ができた場合も油断してはいけないが、また、たとえ思ったほど点が取れなかったとしても本番の入試までの時間で十分に挽回が可能だから、もはや後ろを見て悔いることはやめて専ら前だけを見て頑張ってほしい。
 先日も書いたように「できれば受かりたい」と言ったり思ったりしているようでは受からない。「できれば」は「できない」者につきものの条件であって、受かる者は自ら「受かる」態勢を整えて臨むから受かるのであって「できれば」という条件をつける必要がまったくない。読者諸君は今後の残った時間で確実に受かる態勢を整えて「受かる」と予感できるように是非なってほしい。合格する者には自分が合格することが事前にわかるのだ。
 寄席では舞台に登場するときに拍手で迎えられた噺家が「ただ今拍手を下さったお客様にのみ厚く御礼申し上げます」と言って笑いを取ることがあるが、それを応用して、この記事の読者にのみ上の言葉を捧げたい。決して読者以外を排除するつもりはないが、読まない限り伝わらないので、結果的にはどの道「この記事の読者にのみ」となってしまうだけのことではあるが。

  
Posted by eg_daw_jaw at 00:25Comments(0)TrackBack(0) エッセー・雑文など(予備校編) 

January 23, 2006

初回の授業は意外にうまくいく

 予備校講師にとって初回の授業は緊張度が高く、その分失敗しやすいかというと、実はそうでもなくて、失敗しないように万全の準備をするので意外に上手く行って、事前の心配や不安が杞憂に終わることが多い。
 それに対して、2回目の授業は、特に初回が意外に上手くいったときに限ってホッと一安心して気が抜けるせいか、油断して失敗することがたまにあるが、それがわかっているだけに2回目こそ抜かりがあってはならない、と一層慎重になる。
 授業の成否は、それが何回目であろうと、もちろん受講生の反応の良し悪しによるところが最も大きいが、マイクに声が乗りやすいかどうかも決して無視できない。マイクの調子がよくないと滑舌が悪くて順調に授業を展開することが難しくなるので、マイクには結構気を使う。歌手の故・藤山一郎はマイクに神経質なくらいにうるさく注文をつけたというが、その気持ちがよくわかる。


  
Posted by eg_daw_jaw at 08:20Comments(2)TrackBack(0) エッセー・雑文など(予備校編)