June 30, 2006

付帯状況に関する誤解

(a) 私はテレビを見ながら午後ずっと家にいた。
 →×I stayed home all afternoon with watching TV.

 「〜しながら」という付帯状況をほのめかす字面を見ると反射的にwith 〜ingとしてしまうのは受験生の悪い癖とはいえ、この誤りが多いのは紛れもない事実。
 「石川や 浜の真砂(まさご)は 尽きるとも 世に盗人の 種は尽きまじ」という石川五右衛門辞世の句があるが、これを捩(もじ)って「世にwith 〜ingの種は尽きまじ」と言いたくなるほど、何度注意してもこの誤りは尽きない。
 実は、この例のように、文の主語〜ingの主語を兼ねる場合は、〜ingを含む文末型分詞構文を用いれば足りるので、この舞台にはwithの出る幕はない。

 I stayed home all afternoon, watching TV.

 with〜ingを組み合わせて付帯状況を表わすのは、文の主語〜ingの主語が異なる場合であって、それはwith進行形の文を足して1つにまとめたものと考えることができる。

 (b) I can't write a letter with you standing there.
    「君がそこに立っていると私は手紙が書けない」
    (with + [You are standing there.] = with you standing there

 これは with you(o) standing there(c)「君がそこに立っている<という状況>を持って」という仕組みだから、文全体は「私は『君がそこに立っている』<という状況>を持っていては手紙を書くことができない」という趣旨になる。

 ところで、(a)のようにwithを伴わない形であれ、(b)のようにwithを伴う形であれ、〜ing形付帯状況を表わすためには、用いる動詞が継続動作を表わすものでなくてはいけないという点では変わりがない。というのも、継続動作の中から一部を切り取って表わすのが進行形付帯状況だからに他ならない。
 ということは、継続動作ではなく瞬間動作を表わす動詞では〜ing形を用いて付帯状況を表わすことはできないということになる。

 (c) 彼は目閉じながらラジオを聴いていた。
  →×He was listening to the radio, closing his eyes.
 (d) 私はエアコンをつけながら寝ることがある。
  →×I sometimes sleep, turning on the air-conditioner.

 瞬間動作を表わす close ...「…を閉じる」も turn ... on「…をつける」も cloing ...turning on ... では付帯状況の表現にはならないので、それぞれ次のように訂正する必要がある。

 (c) He was listening to the radio with his eyes closed.
 (d) I sometimes sleep with the air-conditioner on.

 (c)は with + [His eyes are closed.] = with his eyes(o) closed(c)「目が閉じている<という状況>を持って」という仕組みで、closedopen開いている」の反意語に当たる形容詞
 また(d)は with + [The air-conditioner is on.] = with the air-conditioner(o) on(c)「エアコンがついている<という状況>を持って」という仕組み。

(和文英訳A/H/Cと英文法H・第10課のオマケ話)

  

Posted by eg_daw_jaw at 06:40Comments(2)TrackBack(0) 通常授業 

June 29, 2006

合格者からの便り

 最近は個人用メールもブログ用メールもやたらとジャンク・メールが多く、件名と名前が英語で書かれているものはほぼすべてがジャンクであるし、また日本語で書かれているものでも「エミ」や「由紀」のような女性名のものは援交勧誘系なので、それらについては中身を見ないで削除しているが、最近は女性とわからないように「佐藤」や「田中」のような姓のものが多くなった。そうしたものも件名でジャンクと判断できれば見ずに削除しているが、実は真面目なメールなのにうっかり削除してしまったこともある。
 今回は「先生へ」という件名だったので正直迷った。新宿歌舞伎町あたりの風俗店が勧誘に用いる呼び名は「社長」か「先生」だから、これは新手かもしれないと疑ったものの一応開けてみてよかった。それは合格者からの便りだった。


<件名 >先生へ

 どうも。自分は今、大学1年生です。今日はひとことお礼を言いたくて書きました。受験生の時は地元でもある仙台の駿台に通っていました。
 はじめから私文と決めていたので、英語の勉強がメインだったのですが、その勉強にはとても苦労しました。はじめは高校で配布された繰り返し文法の演習をすることで成績が上がる?とされる参考書をかなりまじめにやっていました。しかし夏頃に、結局、繰り返し勉強しても似たような問題に全然、対応できないことに気づき、非常に悩みました。
 そんな時 、先生の参考書に出会いました。開いて内容を見ると、驚くことばかりでした。「参考書は一度しかやらないつもりで解け」「一冊の参考書をやり終えるのに何ヶ月も費やしてるようではダメだ」などといったことなどです。あいにくその参考書は実家に置いてあるので、正確ではありませんが、おそらくこのようなことが書かれていたと記憶しています。
 また、時折登場する受験の哲学というコメントも参考書を進める楽しみでした。参考書をやり終えた後、納得できた自分がいました。どんな文法の問題も解くことができるようになりました。し かも長文が読めるようになったというおみやげもついてきました。それからというもの、周りで「単語が覚えられない」と嘆く友達がたくさんいる中、自分はひたすら辞書を片手に長文をたくさん読みました。すると先生の言われるとおり、単語力も自然についてきました。
 先生、ありがとうございます。自分が現役で早稲田に行けたのも先生のおかげです。先生、先生の授業を受けなくても、質問に行けなくても、先生の参考書やブログを通して、第一志望に合格できた人間がここに確かに存在します。それが一番、伝えたいことです。どうもありが とうございました。


)文中で「先生の参考書」とあるのは、「精選・英文法道場・4択問題123×3」か「速習・英文法道場・整序問題123」のことだと思われる。

  
Posted by eg_daw_jaw at 07:16Comments(4)TrackBack(0) エッセー・雑文など(予備校編) 

June 28, 2006

メクジラ

 メクジラと言っても牝(メス)の鯨ではなく、もちろん目くじらのことであるが、目端と書くことでわかるように「目の端」のことを言う。専ら「目くじらを立てる」という言い方でしか使わないかどうか知らないが、他の言い方で使うのを聞いたことがない。
 「目くじらを立てる」とは「ささいなことにむきになる」ことを言うが、他人が洒落(シャレ)や冗談で言ったことを勝手に言葉通りに解して喧嘩腰になったり、他意なく言ったことを他意ありと決めつけて怒り狂ったりするときに、この現象が起きる。
 そうした目くじらに対していちいち反論したりすれば、それこそ目くじらを立てる同罪を犯すことになってしまうので、相手にしないに越したことはない。「世の中にはいろんな人がいるんだなあ」くらいに考えれば腹も立たないし、第一その方が精神衛生上もよい。読解力や聴解力のない人間とまともにやり合うのは、無駄にエネルギーを使わなくてはならない分だけ疲れる。それなら放置しておくのが得策に決まっている。
 誰かから匿名で誹謗されたり、間接的に人づてに悪口を言われたりしたときの対処法も同じで、そういう卑怯者を相手にいちいち目くじらを立てると、こちらまで相手と同じレベルに下がってしまう。「言いたいヤツには勝手に言わせておけ作戦が正解であって、それが生きる知恵だと思う。
 著名人の場合は数々の誹謗を各方面で受けるが、それにいちいち過敏になっていたら神経が参ってしまう。厚顔無恥に見える小泉首相なども、さんざん非難や中傷を受けて、それに対処するためにあのようになったのではないかという気がする。
 それはともかく、他人から自分のことをとやかく言われた時にそれが気になるのは、自分が言われた通りであるという自覚があるからに他ならない。誰からどう言われようと、自分は言われているような人間ではないという確信があれば、堂々としていればよいと思う。


追記

 片仮名で「メクジラ」と書くと、何だか「ケジラミ」の仲間のように見えてしまうから不思議だ。

  
Posted by eg_daw_jaw at 08:21Comments(6)TrackBack(0) エッセー・雑文など(私生活編) 

June 27, 2006

ノートを取ることが勉強だと思ってないか

 授業を理解しないでノートだけ取って勉強しているつもりになっていないか。そんなノートは後でも見ても理解できないから、書いたことがすべて無駄になる。書くなら頭に書け、つまり授業をよく聴いてその場で理解してしまえ、と言いたい。
 ノートだけ取って勉強した証拠を残しても仕方がない。大事なのは知識を増やしてくなること。いくらノートに数多くの情報を書き溜めても、書いた本人がくならなくては始まらない。書くのはノートではなく、自分の頭の中でなくてはいけない。
 理解しないでノートだけ取ろうとするから「板書の字が読めない」だの、「授業が速すぎてついていけない」だのと文句を言いたくなる。授業をよく理解し、ノートには何も書かないで済ませられるという理想形を目指すことを薦めたい。
 講師が使うチョークの色に合わせて、同じ色のボールペンを使うのなどは愚の骨頂。黄色には黄色の、赤には赤のボールペンを使って書くのならまだしも、講師が最もよく使う白チョークに合わせて白色ボールペンを使ったら白い紙面のノートでは見えないから、黒い紙面のノートを使わなくてはならなくなる。それとも黒板と同様に濃い緑色の紙面のノートを用意するのか。
 書き間違えると修正液で消し、乾くまで待つなどということをしておいて、「授業が進むのが速すぎるからもっとゆっくりやれ」などと注文をつけるようでは話にならない。
 ノートに書くのはほどほどにして、授業を理解することを優先するのがよい。理解すればノートには書かなくて済む。「書いておかないと後で復習するときに困る」などということは絶対にない。理解してしまえばその時点で復習は終わっているので、後で復習する必要すらない。逆に、理解しないでノートだけ取っておいても、理解しないで書いたノートは後で見てもさっぱりわからないのでまともに復習することすらできない。
 板書の多くは講師が説明の補助手段として行うことが多く、決してノートに書き写すことを前提にはしていないので、そういう板書まで一字一句漏らさず書き写すのは得策ではない。まずは講師の話をよく聴いてその場で理解することに努め、ノートに書くことができるだけ少なくて済むようにする。しっかり予習をして臨めばその実現は決して不可能ではない。ノートにはできるだけ書かない。本当は何も書かないで済ませられるのが一番よい
 授業を聴く最大で唯一の目的は、受講前より受講後の方が知識が増えて確実に賢くなること。そのためには、予習の密度を上げなくてはいけないが、それによって受講復習一本化が叶えば予習にかけた時間は決して無駄にはならない。
 賢明な読者は以上のことについては十分に理解して、すでにそれなりに正しい受講を実践しているとは思うが、なお一層それを徹底させてほしいと思う。

  
Posted by eg_daw_jaw at 07:20Comments(0)TrackBack(0) 勉強法・合格作戦など 

June 26, 2006

2択でバッチリの続き:「腰につけたポーチの中身は何?」

 先日のヴォランティア授業:2択でバッチリ・英文法チェック40で自前のアンケートの自由回答欄にあった質問を2択問題にしてみる。

(問い)道場主が左右の腰につけているポーチpouch「パウチ」)の中身は何か。

  A. 吉備団子   B. バッテリー

 
 答えとその根拠を各自考えてコメントすると論文を書く練習になる。
 なわけないか。

  
Posted by eg_daw_jaw at 06:04Comments(6)TrackBack(0) エッセー・雑文など(予備校編) 

「言われる」や「言われた」に関する誤り

 「書くための英文法」という姿勢で学んでいないと、英語の知識が曖昧で不正確なものになりかねないが、その結果、次のような誤りをしたり、また、そうした誤りを含む文を見ても誤りに気づかなかったりすることが多い。

(a) 姉は松島菜々子に似ていると言われたことが満更(まんざら)でもない。
 →×My sister is very pleased that shewas said that she looks like Matsushima Nanako.

 「『言われた』だから she was said that ...でいいじゃないですか」などと言ってはいけない。この形の受動態が成り立つためには、someone(S) said(V) her(O') that she looks like Matsushima Nanako(O).という能動態が前提にならなくてはいけないが、あいにく say の語法上この文はあり得ない。
 say を用いる能動態は someone(S) said(V) to her(M) that she looks like Matsushima Nanako(O).で、her前置詞 to目的語ではあっても他動詞 said目的語ではないので、she を主語とする受動態を作ることはできない。
 そこで tell を用いて、someone(S) told(V) her(O') that she looks like Matsushima Nanako(O). とし、行為主を言わずに済ませるための便法として she を主語とする受動態に転換する。

 ○My sister is very pleased that shewas told that she looks like Matsushima Nanako.


(b) 彼は駐車場で遊ぶなと言われた
 →×He was said not to play in the parking lot.

 Someone said him not to play ... という文は存在しないので、He was said not to play ...という受動態は成り立たない。
 ここは Someone told him not to play ... をもとにして行為主を言わずに済ませるための便法として受動態に転換する。

 ○He was told not to play in the parking lot.


(c) 彼女は町一番の金持ちだと言われている
 →×She is told to be the richest person in town.
  ○She is said to be the richest person in town.

 She is told to be ...では Someone tells her to be ...を受動態に転換したものに当たり、「彼女は町一番の金持ちになれと言われる」という文意になってしまうので、冒頭の日本語とは違う。
 そこで say を用いて She is said to be ... とするが、語法上、They(S) say(V) her(O) to be ...(C). という文は存在しないので、これをその存在しないはずの文から作られた受動態と解することはできない。ここは次のような過程で考えるのがよい。
 
 ○They say that she is the richest person in town.
→○It is said that she(S) is(V) the richest person in town(C).
→○She(S) is said to be(V) the richest person in town(C).

 It is said that she is ...で、that節の中の she is ...を外に出して表わす際に、主節is said助動詞のようにつけ足して She is said to be ...とする。つまり、It is said that she(S) is(V) ...がShe(S) is said to be(V) ...に変わると考えればよいだけのこと。

(高2英作文法S・第7課のオマケ話)

  
Posted by eg_daw_jaw at 05:30Comments(0)TrackBack(0) 通常授業 

June 25, 2006

ヴォランティア授業:2択でバッチリ・英文法チェック40

 6月24日(土)13:30〜15:20(千葉)と7月9日(日)15:30〜17:20(千葉)

 希望者限定とはいえ、6月24日(土)の回が早々と満席になってしまったので、7月9日(日)の回を増設することになった。
 この学力向上のチャンスを確実にものにするか、それとも逃すかは合否につながることだから、本当は合格を望む者は全員が参加するようでないといけないが、一方において参加できるのにしない者が多数存在するのも事実だから、増設になったくらいで浮かれているわけにはいかない。
 ヴォランティア授業というのはこちらは講料を貰わないで行うわけであって、それどころか交通費が持ち出しになるにもかかわらず、それでもやろうというのだから、別に恩を着せるわけではないが、そうした好意を無駄にしたり、迷惑がったりしてほしくない。逆に多少はありがたがってもらわないとこちらは報われないが、賢明な参加者にはそういうことはもちろん十分にわかっているはずだから、自前のアンケートの選択肢は「A. 超満足、B. 最高に満足、C. メチャ満足、D. ぞくぞくするほど満足、E. 死ぬほど満足」と、どれを選ばれてもこちらが困らない形になっている。 
 今回このシャレが通じなくて、「アンケートの選択肢がすべて『満足』になっているのはけしからん」と目くじらを立てたコメントを匿名で書いたものがあったが、他はすべて参加して確実に賢くなれたことを伝える内容だった。中には「F. 今日この世が終わってもいいほど満足」という選択肢をつけ足したものまであって笑ってしまった。
 いずれにしても、ここに参加したほぼ全員が授業前より授業後の方が数段賢く進化したのは間違いあるまい。これでまた大きく第一志望合格に近づく手助けをすることができたと思うと嬉しい。

 ところで、道場主が駿台生だった大昔に、授業で補講が組まれることがあると、受験生全員がありがたい授業を追加で、それも無料で受けられることを喜んだものだったし、また、講師になってからも当初は補講を行うことに対して感謝されることはあっても嫌がられることはなかった。
 ところがいつ頃からだったか、「補講をやる」と教室で言うと「えーっ」という落胆とも抗議とも取れる声が上がるようになった。そんなに嫌なら勝手に欠席すればよいわけであるが、他の出席した受講生に差をつけられるのは嫌だということらしい。
 それ以来、道場主は進度調整のための補講は原則としてやらなくなってしまったが、このたびのように授業をする側もされる側もともに自ら望む者同士で行う補講は続けている。

 自前のアンケートの自由回答欄には積極的で前向きなコメントが多数寄せられたが、多すぎてとても全部を紹介することはできないので、その一部を匿名で掲載する。(「続きを読む」をクリック)。

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Posted by eg_daw_jaw at 01:14Comments(7)TrackBack(0) エッセー・雑文など(予備校編) 

June 24, 2006

一筋縄ではいかない try to〜と try 〜ing

 try to〜は「〜しようとする(ができない)」、try 〜ingは「(試しに)〜してみる」という違いがあることは受験勉強中には必ず学ぶこと。
 ところが、そうした字面だけを見て全体を見ないと使い方を誤ることがある。

(a) もしその本を3日間で読み終えようとするならば、少なくとも1日に100ページ読まなければならないでしょう。
 →×If you try to finish reading that book in three days, you'll have to read at least one hundred pages a day.

 「読み終えようとする」だけで実は読み終えないのであれば、何も1日に100ページも読む必要はないではないか。ここは「読み終えようとするならば」を「読み終えたいならば」と解するのがよい。

 ○If you want to finish reading that book in three days, you'll have to read at least one hundred pages a day.

 ちなみに、try to〜は次のように使う。

 cf. I tried to move the desk, but it was too heavy.
   「私は机を動かそうとしたが、重すぎてダメだった」


(b) 入院してみてよくわかったけど、看護師って大変な仕事です。
 →×When I tried going into hospital, I realized that being a nurse is a hard job.

 これでは「試しに入院してみた」ことになるが、試しに入院なんかされた日には病院が迷惑する。ここは単に「入院した」とすれば足りる。

 ○When I went into hospital, I realized that being a nurse is a hard job.


(和文英訳S/H/C・第9課のオマケ話)

  
Posted by eg_daw_jaw at 08:04Comments(1)TrackBack(0) 通常授業 

June 23, 2006

「豚もおだてりゃ木に登る」作戦

 講師アンケート満足度の数値に異常なまでに神経を尖らせるのは、最悪の場合はそれが来年度の時間割を左右して死活問題になりかねないからに他ならない。
 電化製品のユーザーに問うアンケートなら、「大変満足10、ほぼ満足20、普通65、やや不満3、非常に不満2」くらいなら十分に合格点と考えられるが、予備校では「普通」はマイナス側であって、わずか30パーセントの受講生しか満足させることができない劣等講師という烙印が押されても仕方がない。「大変満足」と「ほぼ満足」で60パーセントを上回らない限り、合格点とはみなさないというプレッシャーをかけられたら、気にするなと言ってもよほど神経が図太くないと気になるのは当然であって、傷つき落ち込んだ講師が自信喪失したり、受講生不信に陥ったりするのは避けられない。
 そうした講師の痛みは道場主自身が自ら経験してわかりすぎるほどわかっているので、レストランでのアンケートに答えるときなどにも、たとえ多少の不満があっても「ほぼ満足」くらいの回答をするようになった。食べ残すことを余儀なくされるほど不味ければ別であるが、一応残さず食べた以上は「ほぼ満足」であって、そう答えても二度とそのレストランに行かなければ済むのだから、こちらには実害はない。それが大人の対応というもの。
 まだ大人になる途上の受講生の全員にそうした大人の対応を期待するのは無理であるとしても、少なくとも高校生以上の年齢なら講師がアンケートの数値に一喜一憂するであろうことくらいは想像がつかないはずはない。
 少しでもよい授業を受けたければ、講師自信喪失させたり、受講生に対する不信感を抱かせたりしてはいけない。一時的にでも意気消沈した暗い授業や怒りを込めたギスギスした授業をされたら、聴く方が損をするだけではないか。
 今後は講師自信勇気を与えて一層よい授業をしてもらえるように、アンケートでは「ほぼ満足」と思ったら「大変満足」、そして「普通」と思ったら「ほぼ満足」を選ぶのが得策と考える。これは我ながら実に優れた提案だと思う。これを称して「豚もおだてりゃ木に登る作戦。賢明な読者はこの作戦の効果が絶大であることがわかっているので、それと気づかずすでに実践しているに違いない。

  
Posted by eg_daw_jaw at 09:06Comments(13)TrackBack(0) エッセー・雑文など(予備校編) 

June 22, 2006

良薬は口に苦し

 何度でも言うが、入試は賢い者が受かり、賢くない者は受からない
 そこで、受験生が知識を増やして賢くなれるように受験屋は色々な負荷をかけるが、特に授業では「予習しない限り理解することができないほどの質と量」という負荷をかける。
 そして、その負荷をたくましくこなして賢くなる者は受かるが、負荷を負担に感じてそこから逃避する者は賢くならないので受からない。
 逃避してどこへ行くかというと、負荷のかからない、耳に優しく心地よい授業を捜し求めて、そういう授業だけを選んで聴こうとするので、それがあれば一時的には救われるが、なければすべての授業を欠席することになるので万事休す。
 そもそも負荷のかからない授業、言い換えれば、予習をしなくてもわかるような、そしてオマケに耳に優しいだけの楽な授業は、もしあればの話であるが、まったく聴く価値がない。そのような授業を聴いても入試に必要な知識が増えるわけではないので、授業に出て一応勉強しているようには見えても、学力はまったく上がらない。確かに癒されはするだろうが、癒されて受かるなら苦労はない。そういう癒しの授業は、喩えれば痛み止めの薬のようなものであって、病根を断つ特効薬ではないので、学力そのものを引き上げる効果はない。
 良薬口に苦いように、学力向上効果の高い授業が厳しくて辛いのは避けられない。道場主は、根本的に病気を治す特効薬には是非なりたいが、一時的に痛みを抑える鎮痛剤にだけは絶対になりたくない。その結果としての不人気なら甘んじて受け入れる覚悟はある。


追記

 予習をしなくてもわかる授業は、耳に優しいかどうかを問わず、すでにわかっていることしか扱わないからわかるのであって、せいぜい学力の現状維持効果しかない。
 
  
Posted by eg_daw_jaw at 08:34Comments(5)TrackBack(0) エッセー・雑文など(予備校編)