September 30, 2006

おい、村人を集めろ!

 様々なエピソードのある大俳優:丹波哲郎だったが、中でもとりわけ忘れないのが冒頭の台詞(せりふ)だった。

あるロケ地でオフの日のこと。

丹波:おい、村人を集めろ。
スタッフ:丹波さん、いきなりどうしたんですか。
丹波:これから講演をやる。

 晩年は大霊界で名を成した丹波哲郎だから、その世界の話をしようとしたらしいが、このような我が儘が通ってしまうのがすごい。
 道場主はこの逸話が大好きで、これを真似て「おい、村人を集めろ。これから講演をやる」ならぬ「おい、受講生を集めろ。これから特別授業をやる」と言ってヴォランティア授業をしたことがあるが、さすがに言った当日ということはなく、1週間か10日後だった。

 ちなみに、この「おい、村人を集めろ」とともに道場主が気に入っている台詞(せりふ)が、大橋巨泉の「おいタモリ、来てやったぞ」というもので、「どうぞ家に遊びにきてください」という誘いに乗ってタモリ邸を訪れた巨泉は主(あるじ)に向かって開口一番、「おいタモリ、来てやったぞ」と言ったというが、道場主はこれを模倣して親しい友人の家を訪ねるときなどに「おい○○、来てやったぞ」と固有名詞を入れ替えて使っている。

 殺しても死なないのではないかと思われた丹波哲郎も、数ヶ月前にテレビで垣間見た時には痩せ細っていて以前の溌剌(はつらつ)さをすっかりなくしてまるで別人のようになっていたので、訃報を聞いても特に驚かなかった。

 映画:「砂の器」(1974年・松竹)は丹波哲郎の主演作品として絶品だと思う。
 
  

Posted by eg_daw_jaw at 09:04Comments(2)TrackBack(0) エッセー・雑文など(私生活編) 

September 29, 2006

出身や在籍の大学を問われたとき

A:大学は?
B:日大芸術です。

 出身大学が日大芸術学部の場合は単に「日大です」と答えることは絶対になくて、必ず「日大芸術です」、または「日芸です」と学部名までつけて答える。日大の中でも芸術学部は特に狭き門なので、他の学部とは別格なのだという思いが卒業生にはあるらしい。


A:大学は?
B:千葉大医学部です。

 身分が医者であることがわかっている場合は単に「千葉大です」と答えれば足りるが、まだ在学中の場合は「千葉大です」と答えて他の学部生と思われるのは不本意なので「千葉大医学部です」と答えるのかどうか、実はまだ確認できていない。


 ちなみに東大の場合は、他学部とは別格の法学部でも「東大法学部です」や「東法です」と答えることはない。

A:大学は?
B:一応東大です。

 「一応」と断るのは最近出た「東大生はなぜ一応、東大ですと言うのか」という本でも紹介された。
 同書で言うところの「東大を見る世間の目には、過大評価コンプレックスが入り交じっている」ということを知る東大出身者は、問う側が持つ東大のイメージと現実の自分がかけ離れていることの言い訳のために「一応東大です」とつい言ってしまうが、同時に自分が東大出身であることに対して自意識過剰が窺(うかが)われる。

  
Posted by eg_daw_jaw at 10:14Comments(1) エッセー・雑文など(予備校編) 

September 28, 2006

歩く所要時間に関する小話

(a) It takes about ten minutes to get to the station.
  「駅までは10分くらいです」
(b) It will take you about ten minutes to get to the station.
  「あなたの脚なら駅まで10分くらいでしょう」

 (a) は誰の行為であるかを限定しないので誰であるかを示すO'を含まないSVO型。また、駅までの所要時間はいつも不変のことなので動詞は単純現在形
 一方、(b)は「あなた」という特定の人物の行為なので誰であるかを示すO'を含むSVO'O型。また、未来に向けての行為の予測なので動詞は未来形


小話

 1人の旅人が畑で野良仕事をしている老人に話しかけた。

旅人:すみません。駅まで歩いてどれくらいでしょうか。
老人:・・・

 「耳が遠いのかな」と思って、もっと声を上げて問い直した。

旅人:すみません。駅まで歩いてどれくらいでしょうか。
老人:・・・

 「耳が聞こえないのか」と思って諦めて歩き始めると、背後から声がした。

老人:大体10分くらいだな。
旅人:どうしてすぐに答えてくれなかったんですか。
老人:あんたの歩く速さを見てからでないと答えられないからな。

 旅人は How long does it take to get to the station? 「(特に誰の行為とは限定しないで)駅までの所要時間はどれくらいですか」と尋ねたが、老人は It'll take you about ten minutes (to get to the station). 「あんたの脚なら10分くらいだろう」と答えたと考えられる。
 この小話は(a)と(b)の違いを説明するのに便利なので授業で毎度のように使っているが、意外に受けがよくない。まさか理解できないわけではないだろうが・・・。

(和文英訳S/H/C・第14課のオマケ話)

  
Posted by eg_daw_jaw at 07:08Comments(2)TrackBack(0) 通常授業 

September 27, 2006

「訳せるけど構造がわからない」とは面妖な

受講生:他の教材なんですけど質問してもいいですか。
道場主:担当している先生を差し置いて答えると差しさわりがあるからな。
受講生:どうしてもダメですか。
道場主:何の教材なの。
受講生:英語構文なんですけど。
道場主:じゃあブー様の担当か。
受講生:はい、そうです。
道場主:なら、いいだろう。
受講生:お願いします。
道場主:で、質問は何なの?
受講生:この英文が、訳せるんですけど構造がわからなくて
道場主:「訳せるけど構造がわからない」だって?
受講生:はい。
道場主:「構造がわからないから訳せない」ってのがふつうだろ。
受講生:・・・
道場主:「構造はわかるけど訳せない」ってことはあっても、逆に「訳せるけど構造がわからない」ってことはあり得ないんじゃないの。

 「訳せると言うんだったら訳してみな」と言って訳させてみたら、実は正しく訳せないことが判明した。案の定「構造がわからないから、訳せない」にすぎなかった。
 英文を日本語に訳すことができるためには、まず読めなくてはいけない。そして、読めるためには単語だけでなく文の構造がわかっていなくてはいけない。
 単語は知っていても「構造がわからないから読めず、そして読めないから訳せない」というのが正しい因果関係であって、逆に「訳せないから読めず、読めないから構造がわからない」ということはあり得ない。ましてや「訳せるにもかかわらず読めず、読めないから構造がわからない」とか「訳せるから読めるが、それにもかかわらず構造がわからない」ということはなおあり得ない。
 結局、上の対話の後、テキストの巻末にある訳文から英語の構造を推論するという方法を奨励し、実際にそれをやってみせて納得してもらったが、この「訳せるけど構造がわからない」という面妖(めんよう)な話は、次のような例を思い出すきっかけになった。
 
(例1)「一緒に行こう」と誘われたときに、If I could, I would.「行くことができるなら行くんだけど」という応答はあっても、If I couldn't, I would.「行くことができないなら行くんだけど」という応答はあり得ない。

(例2)「たとえ真相を知っていても言わない」ということはあっても、「たとえ真相を知らなくても言う」ということはあり得ない。

(例3)He didn't come because he wanted to.に関して、「来たいから来たわけではない」ということはあっても「来たいから来なかった」ということはあり得ない。 

  
Posted by eg_daw_jaw at 08:04Comments(6)TrackBack(0) エッセー・雑文など(予備校編) 

September 26, 2006

仮定法に時制の一致なし

質問

 He told me that he (   ) the offer if he were in my place.
   1. would not accept   2. would not have acceped

 の答えが、私は教えられた前に『受け入れた』と過去の出来事だと思って、2番にしたのですが、答えは、1番でした。丸暗記と言われたのですが、どうしても納得がいきません。(Posted by いたる)


回答

 He said to me, "I would not accept the offer if I were in your place."
 (彼の発言を生のままで伝える直接話法

⇒He told me that he would not accept the offer if he were in my place.
 (彼の発言を話者の言葉に調理して伝える間接話法

 まず、I am not in your place.「私はあなたの立場にはない」という現在の事実に反する仮定を表す仮定法過去if節と、その仮定のもとでの現在以後の結果を表す帰結節という関係なので、彼の発言は "I would not accept the offer if I were in your place." となる。
 仮定法はあくまでも仮定の話なので、間接話法で表すときに主節過去を表す動詞に影響されることはなく、仮定法過去仮定法過去のままにとどまるべきであって、仮定法過去完了に変わるわけではないが、人称については話が別で、が言うところの I」と yourあなたの」は、話者であるから見てそれぞれ he」と my私の」に変える必要がある。

 次の例を参考に。

(a) He talks as if he knew everything about her.
  「彼はまるで彼女のことを何でも知っているかのように話す
  (He doesn't know everything about her.という現在の事実に反する仮定)
⇒ He talked as if he knew everything about her.
  「彼はまるで彼女のことを何でも知っているかのように話した
  (主節の動詞が過去を表す場合も as if の後の仮定法過去は不変)

(b) He talks as if he had seen the accident.
  「彼はまるで事故を見たかのように話す
  (He didn't see the accident.という過去の事実に反する仮定)
⇒ He talked as if he had seen the accident.
  「彼はまるで事故を見たかのように話した
  (もともと仮定法過去完了であって、主節の過去を表す動詞のせいではない)

 結局、主節の動詞と時間的に同時の事実に反する仮定なら仮定法過去、そして主節の動詞より時間的に前の事実に反する仮定なら仮定法過去完了で表すと考えればよい。

  
Posted by eg_daw_jaw at 06:52Comments(2)TrackBack(0) 授業外 

September 25, 2006

ちょっと糞してくる

 「メシを食う」というのは以前は男専用の言葉だったが、オヤジギャルの登場以来、女でも使うのが珍しくなくなった。
 いつか万物創世記というテレビ番組でタレントの中山エミリがある食品について「食ったことはないです」と発言して司会のビートたけしに「(女の子が)食ったはないだろ。食べただろ」と注意されていたが、今日日(きょうび)の女の子は「食う」という言葉をふつうに使っているのかもしれない。
 以前は男が「できない」という言うときに女は「できない」と言っていたが、今では女も「できない」どころか「できねえ」と言うくらいはふつうになった。
 その他にも「行く」ではなく「行く」。その証拠か、例の女性の漫才コンビは「今いくよ、今くるよ」であって「今いくわ、今くるわ」ではない。
 さらに「いいのよ」ではなく「いい」、「そんなことないわよ」ではなく「そんなことない」、そして「悪いわね」ではなく「悪い」などと言うことによって男女差がほとんどなくなってしまった感がある。
 かの高名な占い師は意外にも「いい?言うわよ」といちおう女言葉を使っているが、そのうち「いいかい?言うよ」に変わっても不思議ではない。
 
 次のは実際にあった、予備校の休み時間の廊下での女子高校生同士の会話。

女子A: どこ行くの?
女子B: ちょっと糞してくる
女子A: わかった。

 「うんこしてくる」と言い換えれば済むわけではないが、それにしてもついに来るところまできてしまった。

  
Posted by eg_daw_jaw at 05:50Comments(8)TrackBack(0) エッセー・雑文など(私生活編) 

September 24, 2006

選手のwhatと監督のthat

 「〜すること」を英語で表す場合に「こと」という字面を見ただけで反射的に何でもwhat節にしてしまうのは悪い癖であって、that節の存在を忘れてはいけない。
 「〜すること」におけるwhat先行詞を含む関係代名詞として名詞節を導くと同時に、その節の内部でS、O、またはCとして働くので、言わば名詞節チームにおける選手のようなもの。
 一方、thatは「それ、すわなち完全文」という仕組みで名詞節をまとめ、自らはS、O、またはCという選手ではなく監督として名詞節チームを指揮しているにすぎない。
 例えば、Our biggest problem is that we don't have enough capital.「我々の最大の問題は資金が足りないことである」は、Our biggest problem is that.「我々の最大の問題はそれである」+ We don't have enough capital.「我々には資金が足りない」= Our biggest problem is that (we don't have enough capital).「我々の最大の問題は<それ、すなわち>我々には資金が足りないことである」と考えることができる。

 (a) What he said can't be true.「彼が言ったことが本当であるはずがない」(選手
   (What(O) he(S) said(V)[S] can't be[V] true[C].)

 (b) That he lied to me is certain.「彼が私に嘘をついたことは確かである」(監督
   (That (he(S) lied(V) to me(M))[S] is[V] certain[C].)

 以上の「選手」か「監督」かという区別は、授業中にふと思いついて我ながら巧い説明だと思ったので、その時に「後でブログに書いておこーっと」と言った通り今書いているわけであるが、考えてみると、名詞節というチームを「まとめる」という性質からすると、whatは一介の選手ではなくヤクルトの古田監督のように選手兼任の監督と解する方がもっと正確かもしれない。

(高3早慶上智大英文法・第14章のオマケ話)

  
Posted by eg_daw_jaw at 09:00Comments(0)TrackBack(0) 通常授業 

September 23, 2006

マスクメロンが高価なワケ

 マスクメロンと言ってもmask仮面」をかぶっているわけではなく、muskという「麝香(じゃこう)の香り」に由来する名称らしいが、それにしても桐の箱に2個入っているだけで2万円とは犯罪的に高く、これには義憤を感じる。
 それだけ高価なマスクメロンが、近所の小汚い八百屋で売っている3個500円のプリンスメロンと比べて10倍も20倍も美味いかというと、そんなことは絶対になく、それどころか食べ頃によってはプリンスメロンの方がかえって美味かったりする。
 もしかすると桐の箱だけで1万円以上の値をつけているのではないかと疑いたくなるが、あれだけの値段をつけるのには絶対に何か理由があるに違いない。
 まず、自宅で食べるメロンには桐の箱は不要だから、あれは贈答用。まさか、3個500円のプリンスメロンでは贈答品にはならず、高価であればあるほどもらった側が嬉しい、という事情があるので、足許を見た値段とも言える。
 しかし、それよりも大きな理由は、高い保険がかかっていることにあると思われる。
 ある家庭でお中元にもらった桐箱入りの2個のメロンのうちの1個が腐っていたので、購入元に電話してその旨を伝えたところ、「それは申し訳ありません。すぐに代りのメロンをお送り致します」と言われたので、証拠の腐ったメロンを送り返さなくてはいけないかと思いきや、「申し訳ありませんが、お客様の方で処分なさってください」とのこと。そして、代りのメロンが1個届くのかと思ったら、2日後には桐の箱に入ったメロンが2個届いたので、その家庭は丸々1個分得をしたが、店の側は2万円取れるはずの商品を無料で客に提供したのに等しいことになる。
 たとえ腐っていなくても「腐っていた」と電話で言えば、新しい2個が手にできるのだから、これに味をしめて悪用する者がいないとは限らない。
 「腐っていた」という苦情の電話に対して「本当ですか。お客さん、うそをついてもわかりますよ。そんなことをすると詐欺罪で訴えられますよ」などと言わないのが店のプライドだから、嘘をついてもバレる心配はない。
 2万円という法外とも言える値段は、そうした悪質な客の存在を見越した上でのものであると考えれば、正直者の客はそういうよからぬことをたくらんで実行する客の分まで負担させられていると考えることができる。
 読者は「いいことを聞いた。今度は自分もそうしてメロンを1個にせしめてやろう」などと、よからぬことを考えないように。

> 2個で2万円は20年以上前の値段であって、今はもっと値上がりしているのか、それとも価格破壊のためにもっと安くなっているのか、まだ確認していないのでわからない。

  
Posted by eg_daw_jaw at 08:42Comments(1)TrackBack(0) エッセー・雑文など(私生活編) 

September 22, 2006

朝の挨拶と合格との因果関係

 予備校では、いやS台では毎朝職員が校舎の表玄関に出て「おはようございます」と声をかけて登校する受講生を迎えるのが慣わしになっているが、その挨拶に「おはようございます」と返す受講生があまりいるようには見えないので、職員に訊いてみたところ、案の定、10人に1人いるかいないかだという。
 10時の開店時にデパートに入ると、整列した従業員一同から「いらっしゃいませ。おはようございます」と深々と頭を下げて迎えられるが、それにいちいち「おはようございます」と返す客はまずいない。よほどの上客でも、まさか「ああ、来てやったぞ。おはよう」などとは言わない。
 ちゃんと挨拶を返すことなく、知らんぷりを決め込んで校舎に入っていく10人中9人の受講生には、デパートの客と同じように「自分はお金を払って来ている客なんだから、いちいち店員に挨拶なんか返していられるか」という思いがあるのだろうか。
 もしそうだとすれば恐ろしい。予備校において「自分は客なんだから」という思い上がりは、「プロなら予習をしていなくてもわかるような授業をしてみせろよ」とか、「あまり頑張らなくても受かる楽な方法を教えろ」という要求につながりかねない。受講生がstudentであることを忘れてcustomerに成り下がると、客として踏ん反り返るばかりで受かるために不可欠な肝心の努力を怠ることになるので、もちろん合格することができない。
 朝の挨拶と合格との間にはっきりした因果関係があるという証拠はないが、上のような理由から、ちゃんと挨拶を返す受講生の方が合格する可能性が断然高いに違いないと思う。もちろん「客なんだから」という思い上がりからではなく、「おはようございます」と声に出すのが照れくさくてそうすることができない受講生も多いとは思うが、その一声を発するだけで合格の可能性が一段と高まるのだとすれば、それをやらない手はない。それに、「おはようございます」と元気な声を出せば、気分爽快にその日を開始することができて、きっと勉強も捗(はかど)るに違いない。

  
Posted by eg_daw_jaw at 09:48Comments(2)TrackBack(0) エッセー・雑文など(予備校編) 

September 21, 2006

再び「過去問はいつやったらいいですか?」

 過去問をまだやっていないようでは受験勉強は始まっていないのも同じであるという趣旨のことを先日書いたのを受けて、他教科の講師が自分が担当している各クラスで過去問をやっているかどうかについて受講生に挙手させたところ、まだ見たことすらないという受講生がかなりの比率を占めることがわかって唖然としたという。
 それで受かろうと思っているとしたら図々しすぎる。
 よくTA(ティーチング・アシスタント)に「過去問はいつやったらいいですかあ」などと訊いているのを耳にするが、本来こういう質問はプロである講師にしなくてはいけない。別にお金を取られるわけではないのに、なぜ講師ではなくTAを選ぶかというと、講師に訊くと「まだやってないのか。早くやれ」と叱咤されるに決っているので、「12月にやれば大丈夫」などという免罪符をくれる可能性のあるTAに訊く方がまだ過去問をやっていない自分が傷つかなくて済むからに他ならない。自分の経験をもとに「12月にやれば大丈夫」と答えるTAがいたとしても、実はそのTAは12月になってやったから受かったのではなく、そうした不届きにもかかわらず受かったにすぎない。少なくとも4月の段階で過去問を研究検討した受験生よりも12月になって初めて過去問をやった受験生の方が合格率が断然低いのは間違いない。
 
 ところで、気のせいかもしれないが、どうも最近このブログを読んでいるのは主として同業の講師や元受験生ばかりで、読んで啓蒙されなくてはいけない肝心の受験生があまり読んでいないように思う。受験勉強に追われて読む暇がないという言い訳をよく耳にするが、何事であれ余裕がないというのは決して好ましい状況ではない。
 
読者からのコメント

 道場主様と、nimselさんに、受験における能力とは、記憶力の優劣よりも、やるべきことをやれるか、の一点に尽きることを教えていただきました。
 その結果、今回夏から秋に至る模試で大躍進を遂げることができ、特に英語は、去年偏差値40、センター80点(200点満点)の状況から、偏差値70という状態まで来ることができました。後は、合格点を取れる具体的な対策を意識していこうと思います。
 ありがとうございました。

 4月に連載した「極め付き・入試必勝法」を読んで、それを実践していれば、誰でもこのように進化を遂げることができる。今でも読者を続けているような余裕の受験生諸君なら皆同じように進化し、向上し続けているだろうと思う。

  
Posted by eg_daw_jaw at 06:58Comments(7)TrackBack(0) エッセー・雑文など(予備校編)