February 29, 2008

たまたま注目のサイパンへ

 今日から恒例のサイパン旅行に出かけるが、当地の別荘として重宝(ちょうほう)していたニッコウサイパンが昨年暮に営業を停止したので、今年は隣のアクア・リゾートに宿替えすることを余儀なくされた。
 ここ数年サイパンを訪れる日本人が激減して経営が苦しいことは宿泊客として直に実感していたので、いつかはこうなると覚悟はしていたものの、7年連続で利用してきた快適なホテルなので、残念で仕方がない。
 数年前にサイパン行きJAL便がなくなったせいで日本人観光客が減ったのか、それとも逆に訪れる日本人が減ったためにJAL便を廃止したのかはわからないが、いずれにしてもサイパニストの日本人が年々減少しているのは紛れもない事実。
 尤も、このたびの三浦和義逮捕によってサイパンが計らすも注目を浴びて、観光客がどっと増えることになれば、ニッコウサイパンの復活も夢ではないと思うが、どうだろうか。
 同行するのは、2000年から毎年欠かさず一緒に行っているN村親分、それに道場主が仇名の名づけ親である道場主チルドレンK野教授OBちゃんH坊で、総勢5名。
 N村親分を除く4人は前日に成田に1泊だから、昨日から旅行が始まっているが、国外は今日からになる。三浦取材の報道陣で混み合っていなければよいが。
 
 サイパンを出るときの出国管理の際に逮捕でもされない限り、帰国は3日(月)を予定しているが、3月1日〜3日のブログに関しては、すでに書いたものを「予約」にして時間が来たら更新されるようにしておくので、その間の合格報告は、その日その日のコメント欄にしておいてほしい。お祝いを言うのは帰国後ということになる。

  

Posted by eg_daw_jaw at 06:00Comments(11)TrackBack(0) エッセー・雑文など(私生活編) 

February 28, 2008

結果オーライの合格

 一昨日は道場主チルドレンの1人から合格報告を受けたものの、第一志望慶應大学法学部ではなく、同じ慶應でも準第一志望総合政策学部だというので、最初は多少残念な気持ちが否めなかったが、昨日直接本人に会ってみると大して残念がっていないどころか、むしろその方がよかったと心から思っていることがわかったので安心した。
 二つの学部の両方に合格した場合は、取り敢えず難易度が高いと考えられている方を選ぶのがふつうだから、もし法学部にも受かっていたら総合政策学部を選ぶことはできなかったはずであると考えれば、迷うことなく総合政策学部に行くしかないという結果になったのは幸いと考えることができる。
 この学部の入試問題の英語はふつうの受験勉強をしている者には歯が立たないくらいに難しく、半端ではない英語力の持ち主でないと合格することは不可能に近い。それを考えれば、総合政策学部に合格したことは、平凡に法学部に合格したのよりもむしろ誇らしい。
 しかも、在学中に大して勉強しない学生でも単位を与えて卒業させる大学が多い中にあって、勤勉に学ぶ学生でないと認めない数少ない大学・学部の一つであるらしいところも、また、藤沢のかなり辺鄙な土地にあるところも好ましい。
 もし法学部にも合格していたとしても、敢えて総合政策学部への進学を薦めたのではないかと自分でも思う。
 ちなみに、東大理3慶應大学医学部の両方に合格した受験生が理3を捨てて慶應を選ぶと「まさか!?」と驚く人が多いが、合格するための難易度だけで大学・学部の価値を計るのがそもそも間違っている。ましてや、慶應法学部総合政策学部という、まったく本質の異なる学部の場合は、選択の際に難易度に左右されてはいけない。
 少なくともこのたびの合格は、準第一志望と思っていた学部が実は真の第一志望だったことがわかったという点で、チルドレンとしても嬉しい結果だから、素直に喜びたいと思う。

  
Posted by eg_daw_jaw at 09:24Comments(31)TrackBack(0) エッセー・雑文など(予備校編) 

February 27, 2008

「わかりやすい授業」の正体

 予習をしないで受講してもよくわかるような授業は果たしてよい授業だろうか。
 十分な下調べもなくいきなり聴いてわかるような授業は、要するにすでに知っていることや理解できていることしか扱わないからわかるというだけのこと。
 多くの受験生は予習なしでわかるその手の授業を「わかりやすい」と言って異常にありがたがり、そういう授業を聴いて勉強しているつもりになるが、それでは知識が増えず学力が現状維持に留まるので、その結果どうなるかは言うまでもない。
 実は、学力向上のためには、「十分に予習して聴く者にはよくわかり、予習が不十分な者にはよくわからない」というのが理想的な授業に他ならないが、そういう授業を「わかりにくい」と言って忌避してしまう受験生が多い。
 予習不要低レベルの授業を排除するのならまだしも、予習必須高レベルの授業から逃避して自分を甘やかしているともちろん碌な結果にはならない。
 ちなみに、文化講演会は、話の9割以上を聴衆の大半がすでに知っていることで占めるのが成功の条件であると言われるが、そういう講演を聴いた者は「わかりやすい話が聴けてよかった」と満足するとしても、それによって知的レベルが上がるわけではない。
 これを予備校の授業に置き換えれば、話の9割以上を受講生の大半が知っていることで占めれば、その授業を聴いた受講生は「わかりやすい授業が聴けてよかった」と満足するとしても、それで学力が向上するわけではない、ということになってしまうのではないだろうか。

  
Posted by eg_daw_jaw at 08:48Comments(22)TrackBack(0) エッセー・雑文など(予備校編) 

February 26, 2008

予習不要の授業があるとしても

 予備校の同僚である現代文講師から聞いたところによると、たまたまその日の高2生対象の授業は「予習なしでの受講」が前提になっているという。
 もちろん、まったく予習をしていない受講生を相手にいきなり授業をしても理解困難で受講効果が期待できないので、そうなることを避けるために、まず初めに小テストをして、それを元に授業をするという形式になっていると聞いて納得したが、少なくとも部活が忙しくて自宅で勉強する時間すらあまりない高校生にとって、予備校の授業のために予習をする時間を確保することが難しいことを考慮すれば、この方式はやむを得ないと認めざるを得ない。
 ところが、部活もなく堅気の高校に通っているわけでもない浪人生でさえも、今や予習をしてこないのが当たり前になっていることが少なくないらしく、ある講師などは授業中に何かを説明するときには「これは予習をしてきた人には退屈だと思うが…」とわざわざ断ることがよくあると聞いた。
 また、別のある講師は夏期講習の初日の1時間目に予習の重要性と必要性を強調して授業を始めたところ、最終日の受講者アンケートで「予習が必要とは知らなかった。必要なら『必要』となぜ講座案内文に書いておかないのか。騙された気がして非常に不愉快である」という趣旨のことを書かれて「本当に参った」とこぼしていた。
 国公立大学入試が始まったこの時期に必ずしも相応しい話題でないことは百も承知で以上のことを書いてみたが、この記事を読んでいるくらいの余裕の受験生なら例外なく全員がもちろん予習をして授業を聴いていたはずだから、自分がそうしたダメ受験生に該当しないことを素直に喜べはよいのではないだろうか。

  
Posted by eg_daw_jaw at 07:28Comments(7)TrackBack(0) エッセー・雑文など(予備校編) 

LLひとりで

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Posted by eg_daw_jaw at 00:34Comments(0)TrackBack(0) ニャンコ 

February 25, 2008

春一番

 春一番が吹いて、そのあまりの強烈さに多くの鉄道で運転を見合わせるという事態になったが、こういうときには駅で足止めを食った客の中に決まって駅員を怒鳴りつける者がいる。
 「いったいどうなってるんだ。こっちは急いでるんだ。早く電車を出せ
 そんなことを言って駄々をこねても、駅員に非があって電車が止まっているわけではないので何も解決しないが、相手が絶対に反撃してこないとわかって恫喝する一種の弱いものいじめだから、もし駅員が切れて「おとなしくしてりゃいい気になりやがって、この野郎」と言って凄(すご)んだらなすすべがないし、また、極道にしか見えないような強面(こわもて)の駅員ばかり揃えておけば、最初から誰も怒鳴ったりしないだろう。
 この2日たまたま乗った総武線秋葉原駅でも新小岩駅でも客が駅員に怒鳴り散らす場面に遭遇することはなく、みんな「仕方がないなあ」という様子で耐えているようだったが、こういうことはむしろ珍しい。
 その代わりというわけではないが、昨日は常磐線上野−北千住間で客同士のつまらない喧嘩に出くわした。
 シルバーシートに座っていた40代後半くらいの男に向かって、前に立っていた60歳前後と思しき男性客が「あんた日本人だろ。日本人だったら席を代われよ」とネチネチ絡みだした。
 言われた方は最初は無視していたが、立っている方の男がグダグダ言い続けた挙句にカメラ付きの携帯電話で撮影までしたので我慢の限界を超えて、いきなり立ち上がった。

「今オレの写真を撮ったろ。見せろ」
(思わぬ反撃に急に劣勢になって)
「写真なんか撮ってないよ」
(携帯電話を相手から取り上げて)
「てめえ、オレを誰だと思ってるんだ。組まで来い」
「写真なんか撮ってないよ」
「この野郎、オレを誰だと思って言ってるんだ」
「悪かったよ」
「とにかく組で話をつけるから、後について来い」

 電車が北千住に着くと、極道を名乗る方が先に降り、もう1人が躊躇(ためら)いながらも後についていったが、下車した後で隣の別のドアから乗り込んで、電車が発車する直前にまた元のドアから降りた。
 いったん降りたものの、恐くなって車内に逃げ、それを追いかけて乗り込んだ相手を振り切ってまた下車したのかと最初は思ったが、車内には逃げられて悔しがっている怒鳴り声がなかったところをみると、実際は相手の目を晦(くら)ますために車内にいったん乗り込んでいただけかもしれない。
 それにしても、謝るくらいなら最初から文句をつけなければよいのにと思うし、また極道を名乗る方も「」という虎の衣(とらのい)を借りたのが情けない。
 ホンモノ極道ならおそらく「」とは言わない。「事務所まで来い」とでも言えば、「事務所」が「」を意味することがわかって相手は十分に(おび)えるので効果は覿面(てきめん)。自称極道ホンモノでない証拠に、つい「」という言葉で武装して極道ぶる必要があったに違いない。

  
Posted by eg_daw_jaw at 08:36Comments(4)TrackBack(0) エッセー・雑文など(私生活編) 

February 24, 2008

善人面の相手に騙されるならわかるが

 テレビドラマでは、悪人はいかにも悪人らしい顔をした悪役専門の俳優が演じることが多いので、誰が悪人であるかは見れば直ちにわかる。
 ところが現実の世界では、悪人は必ずしも悪人面をしているわけではなく、特に詐欺師などは、見るからに悪人であると判断されそうな顔では務まらないので、逆に善人面をしている場合が多い。
 「こんな善人が人を騙すはずがない」と思われるような顔であればあるほど詐欺師としては仕事がしやすく、逆に、どう見ても悪人にしか見えない顔の者にとって詐欺師という職業は成り立つはずがないとふつうは考えられるが、実際には一概にそうでもなく、「こいつ、どう見ても悪いヤツだろ」と思われるような悪相の人間に騙される人は決して少なくない。
 いかにも善人らしい相手に騙されるのならわかるが、どこからどう見ても悪人に決まっているような顔の相手に引っかかるのは、被害者側がよほど人を見る目がないからか、それとも加害者側が悪人面の不利を補って余りあるほど言葉が巧みでマインドコントロール力に長けているからか。
 いずれにせよ、少なくともテレビドラマで見慣れているような悪人面の相手にころころ騙される人にだけは同情する気になれない。
 以上、兄弟で集まって食事をしている時にたまたま何かの詐欺事件をきっかけにして出た話題を書いてみた。

追記> 下書きの段階でうっかり公開してしまったのに後で気づいて、題名も含めて上のように書き換えた次第。

  
Posted by eg_daw_jaw at 07:45Comments(0)TrackBack(0) エッセー・雑文など(私生活編) 

February 23, 2008

話題の黒人演歌歌手ジェロの日本語が上手いワケ

 黒人演歌歌手ジェロは、来日後わずか5年ながら日本語が桁外れに上手い。あの流暢な日本語を使いこなすデーブ・スペクターですらあれだけ訛(なま)っているというのに、ジェロの日本語は生まれながらの日本人が話しているのではないかと聞き紛うほど自然に聞こえるのだからすごい。
 これは1つには演歌歌手という日本人になり切る必要のあるものを仕事にしているお陰だからに違いないが、同じことは大相撲外国人力士にも言える。
 プロ野球外国人選手が、言葉は通じなくても単なる助っ人として試合でボールを投げたり打ったりして活躍するだけの存在であるのに対して、大相撲外国人力士四六時中日本語を使って生活する世界に全身全霊どっぷり浸かっているので自ずと日本語が上達する。
 現に、何年も日本にいながら、まったく日本語が話せないか、または話しても片言の域を出ないプロ野球外国人選手と違って、大相撲外国人力士は概ね日本人と比べて遜色ない日本語を話すが、ジェロ大相撲ならぬ演歌の世界で同様のことを実現したと言えるのではないだろうか。

追記> ジェロは祖母が日本人なので、子供の頃にすでにある程度の日本語を習得していたのかもしれない。

  
Posted by eg_daw_jaw at 08:56Comments(5)TrackBack(0) エッセー・雑文など(私生活編) 

February 22, 2008

2222222

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 画像をクリックして拡大して見ればわかるように、2222,222支払った証拠となるレシート。
 これは4年前の今日に当たる2004年222日に最寄のイトーヨーカドーで買い物をした時のもの。2が7個も並ぶなどということは滅多にあるものではないので、記念に捨てずに取っておいたが、感光紙の印字が消えてしまわないうちにと撮影してみた。
 このような偶然がどれくらいの確率で起こるものかわからないが、かなり低いことは間違いあるまい。
 こうした稀有なことが起こった罰か、買い換えて1ヶ月にもならない携帯電話を同じ日に失くすという不運に見舞われたのが懐かしい。2が7個並んでラッキーセヴンかと思いきや、アンラッキーセヴンだったとは。

  
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February 21, 2008

宅配便を出すときの注意

 あるイケメンが結婚することになって、結婚相手に見せるわけにはいかない元彼女(もとかの)の手編みのセーターツーショットの写真などもろもろのものを田舎の実家に送るために段ボール箱に詰めて最寄のコンビニに出かけたが、その時たまたまもう1つ別に結婚相手の実家に送る段ボール箱があったのが悲劇の始まりだった。
 どういう話であるか想像できたと思われるが、異なる宛名を書いた2枚の用紙を店員が貼り間違えて、自分の実家に行くはずの段ボール箱が結婚相手の実家に配達されてしまったからさあ大変。「このセーターは何?この写真の女は誰?」と修羅場が展開されたに違いないことは想像に難くない。
 元来1人の男を独占したがる習性の女にとって、他の女が編んだセーターも、夫が自分以外の女と並んで写っている写真も絶対に存在してはならないが、一方、1人の女では飽き足らないという習性を免れることのできない男は、元彼女に対する未練を断ち切ることができず、編んでもらったセーターも思い出の写真も大事に取っておきたいものであることは、同じ男としてわかりすぎるほどわかる。
 女は、元彼(もとかれ)からもらったプレゼントも一緒に撮った写真も何の未練もなくゴミ箱にポイ捨てしてしまえるので、男も同じであるべしと考えがちなところがあるが、イケメンの結婚相手もその例に漏れず、間違って配達されてきた、これから夫になる男の秘蔵の品を、冷酷にも廃棄してしまったに違いない。
 
 断っておくが、これは自身の経験ではないし、また、たとえ自身の経験であると偽っても「お前いつからイケメンになったんだ」と言われるのが関の山だろうが、それはともかく、この話を聞いてからは、コンビニで宅配便を依頼するときには、大事な品がどこか他のところに配達されて紛失したりすることのないよう、宛名を書いた用紙を店の人に必ず目の前で貼ってもらうようになった。しかも「(店員のことを信用しない)感じの悪い客だなあ」と思われないように、言い訳のために上の話を引き合いに出したりしている次第。

  
Posted by eg_daw_jaw at 09:48Comments(7)TrackBack(0) エッセー・雑文など(私生活編)