January 31, 2009

入試は男女でハンデ戦?

 思春期の男子の性欲は半端ではなく、健康な男子なら平均して10数秒ごとに異性のことを頭に思い浮かべると言われることもあるくらいだから、この時期に大学受験期にある男子にとって、勉強に集中するのは容易ではない。
 それに対して女子は、思春期でも男子のような激しい性欲はないか、あっても、男子のようにそれに支配されて勉強に手がつかないということはないのではないか。あいにく女子になった経験がないので、本当のところはわからないが、そう推定される。
 同僚の男性講師の1人が、「もし受験生の頃に、あの性欲がなかったら東大にでも入れたのに、性欲が強すぎて勉強に集中できなかったのが悔やまれる」と言っていたが、そう言いたくなる気持ちはよくわかる。
 性欲におけるこうした男女差によって、受験勉強の効果に甚だしい差が生じるのだとすれば、男女間で予め採点上の差をつけておかなくてはならなくなる。
 「学力だけで選別すれば、有力な大学はみな女子大になってしまう」ということはないとしても、思春期が大学受験期にあるのは、性欲という重いハンデを背負っている男子にとって不利であることは否めない。
 競馬では、牡馬より体力で劣ると見られている牝馬2キロだけ軽い斤量でレースに出走することができるが、入試では逆に、男子には、性欲による不利を補うために実際の得点に20点を加点するくらいの調整が必要とも言える。
 もっとも、男子にとって性欲は勉強という苦行を乗り切る最大の動機でもあるので、性欲が強ければ強いほど、いっそう勉強を頑張ることができると考えられないこともない。性欲を悪用して性犯罪に走ったり、不勉強の言い訳にしたりしてはいけないが、善用して勉強の原動力にすればよいのだから、結局20点の加点は不要ということになる。

 ところで、今はどうかわからないが、我が受験時代には、私立の薬科大学で、定員を男女別に定めているところがあった。試験の点数だけで合否を決めると、共学とは名ばかりの女子大になってしまうので、それを避けるための策だったのだろうか。

  

Posted by eg_daw_jaw at 06:10Comments(12)TrackBack(0) エッセー・雑文など(予備校編) 

January 30, 2009

most of ...とall of ...など

先日、読者から、次のような質問のコメントがあった。

 お忙しいところすみません
 先生の参考書で most of や all of のあとは特定の複数名詞だと教わったのです
が、今日 most of it という表現を見つけました。
 こういう場合は例外ということなのでしょうか。
 それとも何かわけがあるのでしょうか?

 その質問に簡単に回答したのに加えて、改めてもっと詳しく書くことにする。

 まず、「most ofall of のあとは特定複数名詞だ」というのは、たまたま題材が複数名詞だったために、「ofの後は、不特定複数ではなく特定複数の名詞、または代名詞でなくてはいけない」という趣旨の説明をしたものと思われるが、実は most ofall of は、特定複数のうちの部分だけでなく、特定単数のうちの部分をも表わすことができるので、most of these books 「これらの本の大部分」や all of them 「彼らの全員」/「それらの全部」だけでなく、most of it 「それの大部分」や all of the milk 「その牛乳の全部」のような表現が成り立つのは言うまでもない。

 部分を表わす以上は、部分のもととなる of 以下は特定していなくてはいけないが、of の前にあって部分を表わす代名詞の中には、(1) 特定複数の中の部分を表わすもの(one / each / both / either / neither / many / few など)、(2) 特定単数の中の部分を表わすもの(much / little など)、そして(3) 特定複数、および特定単数の中の部分を表わすもの(all / most / some / any / none / half など)がある。
 そして、これらの中で、all of / both of / half ofだけは、後が us / you / them / it のような人称代名詞である場合を除いて、of を省くことができる。

(1) 〇both (of) his parents / ×his both parents / 〇both of them / ×both them
(2) 〇much of the book / ×the much book / 〇much of it / ×much it
(3) (a) 〇all (of) my friends / ×my all friends / 〇all of them / ×all them /
   (b) 〇all (of) the information / ×the all information / 〇all of it / ×all it
   (c) 〇most of the passengers on the bus / ×most of passengers on the bus
   (d) 〇most of the milk in the bottle / 〇most of it / ×most it
   (e) 〇half (of) these apples / ×these half apples / 〇half of them / ×half them
   (f) 〇half (of) this apple / ×this half apple / 〇half of it / ×half it

 ちなみに、all の前に almost がついたものについても同様。

 〇almost all (of) the passengers on the bus /  ×almost all of passengers on the bus /
 〇almost all of them / ×almost all them

 以上で、his both parents / the all information / these half apples などが誤りであるのは、1個の名詞に1個しかつけることができない determiner限定詞)、つまり冠詞(a(n) / the)、所有形容詞(my / his / Tom's など)、指示形容詞(this / that / theseなど)、不定の数量を表わす形容詞(some / any など)が2個ついていることが理由。
 cf. ×a my friends→〇a friend of mine / 〇one of my friends

 また、most of passengers on the busalmost all of passengers on the bus が誤りである理由は、of の後が passengers on the bus という不特定複数であること。

  
Posted by eg_daw_jaw at 06:24Comments(5) 質問応答 

January 29, 2009

どこか似ている矛盾例

 オーストラリアの税務署は親切で、電話で納税相談ができる。掛けると録音の声が――「英語のわかる方は1を、英語のわからない方は2を押してください」と英語で言うのが聞こえる、とか。

 「池澤夏樹著:叡智の断片」という本の中のこの記事があったが、英語のわからない人が、「英語のわからない方は2を押してください」という英語をどうして理解できるというのか。

 これと似た矛盾として思い出さずにはいられないのが、I cannot speak English.という英語
 昨年のノーベル賞の授賞式で、あの益川教授が、英語ではなく日本語で挨拶することを了解してもらうために、冒頭に英語I cannot speak English.と言ったのが何よりの好例だろうが、「英語が喋れません」と言いながら、現に英語を喋ってるじゃねえか、と聴衆は思ったかどうか。

 同様の矛盾として他に、「このファックスが受信できなかったときには、その旨をファックスでお知らせください」というファックスを送信する話がある。
 逆に、「このファックスを受信なさったときには、その旨をファックスでお知らせください」なら有効であるとしても、受信できなかったファックスには、元より返信のしようがない。

 テキストの4択問題にあった Even if I couldn’t, I would.「たとえできないとしても、私はやるだろう」という選択肢についても同様で、「できないもの」は、どう頑張ってもやりようがないのだから、論理が破綻している。
 ただし、肯定と否定を逆にして、Even if I could, I wouldn’t.「たとえできるとしても、私はやらないだろう」ならあり得る。

 ちなみに、賢い人賢くない人バカ)であるふりをすることができるが、賢くない人バカ)は賢い人であるふりをすることはできない。

 さらにもう一つ。
 予備校講師が、授業の出席者を相手に、そこにいない欠席者に言うべきことを言う。
 例えば、「授業に欠席すると、勉強が遅れて大損になる」と言っても、それを聴いているのは出席者だけだから、聴かせなくてはいけない欠席者には伝わらない。

  
Posted by eg_daw_jaw at 06:18Comments(6)TrackBack(0) エッセー・雑文など(私生活編) 

January 28, 2009

とんでもございません

 「とんでもございません」という言葉を日常よく耳にするが、実はこの言い方は誤りで、本当は「とんでもないことでございます」と言うのが正しいというのを何かの本で読んだことがある。
 広辞苑によれば「とんでもない」とは、「(と)でもない」から転じたものとのことで、「とても考えられない;思いもかけない;途方もない」、あるいは「(相手のことばを強く否定して)そんなことはない;冗談ではない」という意味を表わす。
 「とんでもない」が一つの塊なので、「ない」の部分だけを勝手に「ありません」や「ございません」に置き換えて、「とんでもありません」や「とんでもございません」と言い換えることは許されない。
 そこで、「とんでもない」には手をつけないで、「とんでもないことであります」や「とんでもないことでございます」とする必要があるらしい。
 これは、ちょうど「情けないことであります」や「情けないことでございます」の代わりに「情けありません」や「情けございません」と言えないのと同じ理屈だと思うが、では、「申し訳ない」や「面目ない」についてはどうなのだろうか。
 「申し訳ありません」や「申し訳ございません」は頻繁に耳にするが、「面目ありません」や「面目ございません」については少し違和感がある。
 これも「申し訳ないことであります」、「申し訳ないことでございます」や「面目ないことであります」、「面目ないことでございます」と言わなくてはいけないのだろうか。


追記

 「かたじけない」は「忝い」と書くらしいが、もちろん「かたじけございません」とは言えないはず。
 「覚束(おぼつか)ない」や「如才(じょさい)ない」も、「覚束ありません」や「如才ございません」ではなく、「覚束ないことであります」や「如才ないことでございます」と言う必要があるはず。

  
Posted by eg_daw_jaw at 06:10Comments(8) エッセー・雑文など(私生活編) 

January 27, 2009

写真を撮られる

4択(不適切なもの)

I don’t like (   ).
 A. being photographed  B. being taken my photograph
 C. having my photograph taken  D. people taking my photograph

 likeの目的語となる動名詞句を文の形にしてみると正否がわかる。

 A. I … being photographed.→I am photographed.(○)
 B. I … being taken my photograph.→I am taken my photograph.(×)
 C. I … having my photograph taken.→I have my photograph taken.(○)
 D. people taking my photograph.→people take my photograph.(○)

 take の語法上、people(S) take(V) me(O’) my photograph(O).という文は成り立たないので、me を主語とする I am taken my photograph. という受動態はあり得ない。

 Aは、people(S) photograph(V) me(O). を受動態に転換したものとして正しい。
 Cは、I have. + [My photograph is taken.] = I have my photograph taken. というしくみの被害の受身として正しい。
 Dは、people(S) take(V) my photograph(O). という能動態として正しい。

正解) B (不適切なもの)
和訳) 私は写真を撮られるのが好きではない。

(年明け授業・国公立大英語II∀楕険冖のオマケ話)

  
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January 26, 2009

neverが使えないとき

彼女には彼から1年近く音沙汰がない。
(She / heard from / nearlyを順序を変えずに用いて9語で英訳。[テキストの問題を少し改題])

(正解)She hasn’t heard from him for nearly a year.

 She has not heard from him nearly a year. という別解は考えられるが、not の代わりに never を用いる She has never heard from him nearly a year. は別解として認めることができない。
 nevernot … at any timeいつであるかを問わず…ない」という意味の副詞なので、she という個人に関しては、生まれてから現在までの全期間を通して「いつであるかを問わない」ことが前提になる。
 ところが、本問では、nearly a year によって時間が「近1年未満」だけに限定されているので、全期間を通して「いつであるかを問わない」ことを前提とする never を用いることはできない。

 (a) I have never been to Hawaii.
    「私はハワイへ行ったことがない」(生まれてから現在までの全期間
 (b) I haven’t played tennis for three years.
    「この3年、私はテニスをしていない」(近3年だけに限定)
    (×I have never played tennis for three years.)
 (c) I haven’t seen him since the end of last year.
    「昨年末以来、私は彼を見かけない」(昨年末から現在までだけに限定)
    (×I have never seen him since the end of last year.)

(年明け授業・私大英語II∈酳犬離マケ話)

  
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January 25, 2009

iで始まってiで終わる代名詞

Your translation leaves nothing to be desired.
「君の翻訳は申し分ない」

道場主leave nothing to be desired は、構造通りに訳すと「望まれるべきことを何も残していない」だから、意訳すれば「非の打ちどころがない」、「申し分ない」、「完璧である」ってことになるのはわかるよな。
受講生:はいわかります。
道場主:じゃあ、「君の翻訳には多少不十分なところがある」なら、nothing の代わりに何を使う?
受講生:anything、いや something ですね。
道場主:その通り。something が正解。
受講生:はい。
道場主:では、「君の翻訳は、まったく不十分だ」ならどうする? ただし「2語」という条件で。
受講生:2語ですか。
道場主:そう。
受講生:1語なら much ですよね。
道場主:もちろん。
受講生:何だろう?
道場主: He is much taller than I am. の much の代わりに使う2語と同じだよ。
受講生:えーっ、何だっけ?
道場主:ヒントは l(エル)で始まって t(ティー)で終わる単語。
受講生:えーっ。わかりません。
道場主:例えば arrive at の at は a で始まって t で終わる単語だけど、難易度はそれと大して違わないぞ。
受講生:そんな単語あったっけなあ。
道場主lot だよ。だから a lot が答え。
受講生:あっ、そうか。それなら知ってました。
道場主:言われる前に気づかなきゃだめだよ。
受講生:そうですよね。
道場主:話は変わるけど、i で始まって i で終わる代名詞を知ってるか。
受講生:it は i で始まるけど t で終わるしなあ。そんな代名詞がホントにあるんですか。
道場主:あるから訊いてるんだ。
受講生:難しいです。
道場主:難しいどころか、易しすぎるはずだよ。
受講生:わかりません。
道場主:一人称単数の I に決まってるじゃないか。
受講生:しまった!その手があったか。

(年明け授業・私大英語II∈酳犬離マケ話)

  
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January 24, 2009

ゴールから逆算して

 先日NHKのテレビに、それまで武豊が保持していた新人ジョッキーの年間最多勝記録を昨年塗り替えたJRAの三浦皇成騎手が出ていたが、さすがはそれだけの実力者だから、20歳前でも言うことに説得力があった。
 中でもとりわけ、「ゴール前では馬の背中の上でどういうことを考えるか」という問いに、「勝ったときの自分を思い浮かべる」という類の答えをしたのが秀逸だった。
 そして、「騎乗するときは必ず、ゴールから逆算して、どの時点でどの位置につけていれば勝てるかを考える」という趣旨のことも言っていた。
 
 受験生は、これを応用しない手はない。

 入試直前期には、合格した自分を思い浮かべる。そして、合格から逆算して、合格点が取れるように態勢を整えていく

 これぞ、正(まさ)しく合格の条件。

  
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January 23, 2009

知覚構文の復習

 僕が君の名前を呼んだのが聞こえなかったのかい。
 Didn’t you hear (   )(   ) your name?

 「呼んだ」という字面に騙されて、Didn’t you hear I’d called your name?としたのでは、日本語の意味と一致しない。
 これは、Didn’t you hear that I had called your name?から that を省き、I hadI'd と短縮したものだから、「僕が君の名前を呼んだことを、君は<人づてに>聞かなかったか」という意味を表わすSVO型にあたる。
 「僕が君の名前を呼んだのが聞こえなかったのかい」が、「僕が君の名前を呼ぶ>」を君が直接聞いたかどうかについて問うものであることは間違いないので、ここはSVOC型の知覚構文を用いる必要がある。
 知覚構文には、次の4種類がある。

 (a) I heard something explode.「私は何かが爆発するのを聞いた
    (能動態の動作の全体を知覚:SVOCのC原形
 (b) I saw him waiting for the bus this morning.
    「今朝、私は彼がバスを待っているのを見かけた
    (能動態の継続動作の一部を知覚:SVOCのC現在分詞
 (c) I have never seen that boxer knocked down.
    「私はそのボクサーがダウンを奪われるのを見たことがない
    (受動態の動作の全体を知覚:SVOCのC過去分詞
 (d) As I was passing the front gate, I could hear my name being called.
    「正門を通過中に、私の名前が呼ばれているのが聞こえていた
    (受動態の継続動作の一部を知覚:SVOCのCbeing+過去分詞

 本問が(a)のタイプであることは言うまでもない。
 Didn’t you(S) hear(V) me(O) call your name(C)?
 (正解) me call

(年明け授業・私大英語II∈酳犬離マケ話)

  
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January 22, 2009

懐かしい田舎の訳(いなかのやく)

He was late coming home last night.

 He was late in coming home last night.からinを省いて上のようにするのが今ではふつうになっているが、構造通りに直訳すると「昨夜、彼は家に帰ることにおいて遅かった」だから、少し修正して「昨夜、彼は家に帰るのが遅かった」くらいの訳にすれば万全。
 ところが、我が受験時代に駿台の名物講師であった故・鈴木長十師は、この「昨夜、彼は家に帰るのが遅かった」という訳を「田舎の訳(いかのやく)」と称して否定された。今なら「ダサい訳」といったところだろうか。
 では、どう訳すのがよいかというと、その答えは「昨夜、彼は家になかなか帰ってこなかった」というわけで、それが洗練された「都会の訳(といのやく)」であるとのこと。
 別にそう訳さなくてはいけないとは自分ではつゆ思わなかったが、田舎から来た受講生の中には「はー、すごいなあ」と感心した者が多かったのも事実。
 鈴木長十師ご自身が、「いかのやく」というアクセントが示すように田舎のご出身であったために都会コンプレックスが人一倍強かったせいか、講談調の講義の中で頻繁に「田舎(いか)」という語を使用される癖があった。
 ある時、筋の悪い質問をした受講生との間で、「君はどこの高校を出たんだ?」、「灘高です」、「何だ、田舎(いか)の学校か」というやりとりがあったが、灘高都会の学校であることをご存知なかったというのが微笑ましい。

 実は、鈴木長十師を懐かしんで作ったのが、次の問題だった。

 彼は昨夜なかなか帰ってこなかった。
 He (   )(   ) coming home last night.

(年明け授業・私大英語II∈酳犬離マケ話)

  
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