August 31, 2010

さんま苦いか・・・

 昨日の昼は、先週テレビの「となりのマエストロ」で紹介していた「銀座・矢部」で高級サンマの塩焼きを賞味。
 厳選したサンマを背中から開き、いったん外した腸(わた)を、骨を抜いた後で再び戻して包み、鉄串を刺して炭火で焼くという手間をかける。
 サンマは大好きな魚ではあるが、いつも背中だけつついて腹の方は残すというもったいない食べ方をしているので、「骨を気にすることなく腸(わた)まで食べられるのなら大歓迎」と、数日前に予約を入れて勇んで出かけた。
 テレビで紹介されてすぐは混雑が予想されたので1週間待ったが、店主に言わせると、テレビ効果はまったくなかったとのことで、現に昨日も昼食時にもかかわらずお世辞にも混雑している状態ではなかった。
 例年ならスーパーで1匹100円で買えるサンマが今年は不漁ゆえにかなりの高値になっているとはいえ、それより一桁多い代価を払ってまでサンマの塩焼きを食べる物好きは世の中にそうはいないらしい。
 おかげで空いている店内で、店主の蘊蓄に耳を傾けながら、油のよく乗った美味なサンマをゆっくりと堪能することができたが、ふだんは背中だけつついて腸(わた)を食べない習慣のせいか、腸(わた)がたっぷり入っているサンマは、いささか苦さがきついというのが正直な印象だった。しかし、食べ慣れると、この苦さがなくてはならないものになりそうな気がする。
 このサンマが食べられるのも今年はあと1ヶ月足らずだから、誰かを誘ってもう数回は食べにいこうと思うが、この時季限定ということでは「新イカ」の強大なライバルになるに違いない。


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Posted by eg_daw_jaw at 07:08Comments(0) エッセー・雑文など(私生活編) 

August 30, 2010

「二重差なんだー」って何だー


二重差なんだー

 VanaH杯KBCオーガスタゴルフトーナメント2010最終日の第14ホールで、単独トップの谷原がバーディパットをカップに沈めた瞬間にアナウンサーが確かにこう言った。
 23 under par で、23(nijusan)を under につなげばリエゾン連音)して「ニジュウサナンダー」となるので、アナウンサーは思わずそう言ったものの、日本語としてはやっぱり変だと気づいたのか、その後は何度か「ニジュウサン・アンダー」と意識して言っている様子が伺えて可笑しかったが、それでも、次のホールではまた一度うっかり「谷原がニジュウサナンダーで単独首位」と言っていた。
 英語では、an apple は「アン・アップル」ではなく、例えば「ェネァポー」のように発音するが、日本語ではふつうはリエゾンを用いる習慣がないので、例えば「みなさんおいでください」のつもりで「みなさのいでください」とは言わない。
 ところで、肝心のゴルフの結果は、谷原が「ニジュウサナンダー」から1打下げながらも辛うじて逃げ切って優勝を飾った。
 そして、期待の石川遼は、最終ホールをバーディーで閉めくくって「ジュウロカンダー」から「ジュウナナンダー」に上げたものの6位に終わった。


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Posted by eg_daw_jaw at 06:46Comments(2) エッセー・雑文など(私生活編) 

August 29, 2010

記憶力がよすぎるのは・・・

 先日高校の先生数人と酒席を共にした時に、1人の英語の先生から聞いた話を紹介する。
 その先生が担当するクラスに記憶力抜群の生徒がいて、英文を覚える課題などを与えると、いとも簡単に完璧に覚えてしまうので、これはすごいと驚嘆したが、英文の一部にほんの少し手を加えたものを使ってテストをすると、覚えたことがまるで嘘のように、ほとんど解答することができないことが判明したという。
 その先生に言わせれば、当該の生徒は英文をとしてカメラで撮影したかのように記憶しているのではないかという話だったが、もしかすると、九官鳥が人間の言葉を真似るような覚え方をしているのかもしれない。
 ふつうの人間は、何かを覚えるときには記憶力の不足を思考力で補うが、この生徒の場合は、思考力の助けをまったく必要としないほど記憶力がよいので、英文を覚えるときにも、文の成り立ち方を考える手間を省いているのではないか。そして、おそらくそのせいで覚えたものを応用することができない。
 このように、記憶力もよすぎるとアダになる。逆に記憶力がよくないおかげで、その不利を補うために人は思考力を働かせることができる。我々は記憶力が不足していることを嘆く代わりに、むしろ感謝しなくてはいけないのではないかと思う。


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Posted by eg_daw_jaw at 09:58Comments(2) エッセー・雑文など(予備校編) 

August 28, 2010

関係詞に関する想定外の質問(その2)

I'll give this watch to (   ) wants it.
 A. anyone  B. who  C. whoever  D. whomever

受講生:答えが C ということはわかったんですけど、B ではなぜいけないんですか。
道場主whoever は「先行詞を含む関係代名詞」として whoever … = anyone who …と説明することができるけど、who には少なくとも現在はそういう「先行詞を含む関係代名詞」としての用法はないからな。
受講生:でも who wants it って名詞節にはなりますよね。
道場主who関係詞ではなく疑問詞ならね。
受講生:はい。
道場主:「私は、この時計を、誰がそれをほしがっているかにあげます」では、文意が成り立たないだろう。
受講生:確かに。
道場主:例えば I don't know who wants it.「私は、誰がそれをほしがっているかを知らない」のように、主節の動詞との組み合わせによっては有効だけど、前置詞 to目的語としては意味不明だからな。
受講生:そうですね。それで納得しました

(完成文)I'll give this watch to whoever wants it.
      「私は、この時計がほしい人ならどなたにでも差し上げます」

(特訓・英文法道場・第8講のオマケ話)


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Posted by eg_daw_jaw at 06:47Comments(8) 講習会・英文法道場 

August 27, 2010

the one ...

Which suit did Susan buy?” “She bought the one with the gold buttons.”
 「スーザンはどのスーツを買ったの?」「金ボタン付きのを買ったわ」
 (the suit ... → the one ...)

 問いの文で用いた suit という語の反復を避けるために、応答文では one を用いて the suit … の代わりに the one … とするが、その件に関して受講生から「買うのは世の中に存在するスーツの中の不特定の1着のはずなのに、なぜ the をつけるのか」という趣旨の質問があった。

 ここには、尋ねる人答える人スーザンという3人が存在する。
 尋ねる人は、スーザンがスーツを選ぼうとして試着室に入るまでは一緒にいたが、スーザンがどれか1着に決める前に帰ってしまったので、結局どのスーツが選ばれたかを知らない。
 そして、Which suit …?「どのスーツ?」と尋ねるのは、スーザンが試着室に持って入ったのが、例えば「金ボタン付きのスーツ、銀ボタン付きのスーツ、貝ボタン付きのスーツ」という3着であることを知っているからにほかならない。  
 結局スーザンが選んだのは、その3着のうちの1着にあたる「例の金ボタン付きのスーツ」(the suit with the gold buttons)であることは紛れもなく、決して「<世の中に存在する無数の選択肢の中の1つにあたる>ある1着の金ボタン付きのスーツ」(a suit with gold buttons)ではない。

(特訓英文法道場・第7講のオマケ話)


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Posted by eg_daw_jaw at 08:20Comments(2) 講習会・英文法道場 

August 26, 2010

駅のホームで最前列に立つとき

 一昨日、駅のホームで酔っぱらいが他の客にぶつかり、その勢いでさらにその前の最前列にいた某大学の学長が入ってきた電車とホームの間に落下して数メートル引きずられて亡くなるという事故があった。
 こういうとき、亡くなった人には何の非もないのに、酔っぱらいのせいで命を落としたということに同情が集まる。
 確かに亡くなった人が気の毒であることは紛れもないが、ホームの最前列に立つ以上は、そうした不測の事態は覚悟しておかなくてはいけなかったのではないかと正直思う。
 自身について言えば、駅のホームでそばに人がいるときには、その誰かからいきなり背中を押されたり、手を引っ張ってホームに引きずり下ろされるようなことまで含めていろいろなことが起こる可能性があると思っているので、常に周りには気を配って立つようにしている。それを神経質すぎると言って笑う人がいても構わないが、今の世の中は物騒だから、頭がおかしい人の存在も含めて考えられることはすべて想定しておくに越したことはない。
 「自分は何も悪くない」と言い張っても、死んでしまったら元も子もない。それどころか、死ねば「自分には何の非もない」と主張することすらできないではないか。


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Posted by eg_daw_jaw at 06:20Comments(2) エッセー・雑文など(私生活編) 

August 25, 2010

2010特訓・英文法道場 J−2 @2号館

 この夏最後の道場は、受講生の判定模試での偏差値平均がこれまでの他の道場よりも5ほど高かった。そのせいかどうか、毎日講師室に積極的に質問に訪れる受講生が多く、1時間ほど居残りを余儀なくされたが、質問に答えることによって受講生の理解度が上がる手助けをしているという満足感があるので、残業はまったく苦にならない。それどころか、ふだんの授業でもこれくら質問者が多ければよいのにさえ思う。

 受講者アンケートの自由回答を見ると、「頭の中に点在していた断片的な知識がつながりました」/「今まで穴だらけだった自分の『英文法ボトル』が穴がなく、かつ頑丈なモノに進化したような感覚を得られました」/「今まであいまいな知識で解いていたけど、1つ1つのポイントが分かって、すごく頭がすっきりしました!! レベルアップした感たっぷりです」/「あいまいだった部分の基本原理が理解できました」/「自分がわかったつもりでいたところや忘れていたところが浮き彫りになりました」/「4日間で英文法の要所を再確認でき、秋からの学習の基礎を固めるという意味で、とても有意義な授業でした」/「この4日間で予習復習をこなすのはとても大変でしたがパワーアップできたと思います」などに代表されるように、ほぼすべてが受講成功を伝えるものだったので安心した。

 自由回答に書き込みのないアンケートの中に、「わかりにくい」、「不満である」にマークして受講失敗を伝えるかのようなものを1枚発見したが、それだけわかりにくくて不満の多い授業を最後まで聴き続けるだけの忍耐力があれば、今後大きく変われる可能性があると期待したい。
 いずれにせよ、この夏最後の道場を思いのほか好気分で終わらせることができたのは何よりの幸いだった。


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Posted by eg_daw_jaw at 08:42Comments(0) 講習会・英文法道場 

August 24, 2010

関係詞に関わる想定外の質問

受講生:Japan is (   )(   ) it was ten years ago.「日本は10年前とは違う」で、not what の代わりに not where ではダメでしょうか。
道場主:文としては成り立つけど、与えられた日本語の意味にはならないよ。
受講生:どういう意味になりますか。
道場主:「日本は今では、10年前にあったところにはない」って。
受講生:そうなりますか。
道場主:例えば、日本という国は10年前にはユーラシア大陸にあったけど、今では日本列島という島にあるとか、それとも、かつては南半球にあった日本列島が10年かけて北半球の今の場所に移動してきたとか。(笑)
受講生:変ですよね。(笑)
道場主:君が考えたんだよ。(笑)
受講生:そうでした。(笑)


(正解の完成文)

 Japan is not what it was ten years ago.
 「日本は、それが10年前に<そう>だった所のモノではない」
→「<今の>日本は、10年前の日本ではない」

  Japan[S] is[V] not what(C) it(S) was(V) ten years ago(M)[C].


(誤答の完成文)

 Japan is not where it was ten years ago.
 「<今の>日本は、それが10年前にあったところにはない」
→「日本が今ある場所は、10年前とは違う」

  Japan[S] is[V] not where it(S) was(V) ten years ago(M)[M].

(特訓・英文法道場・第8講のオマケ話)


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Posted by eg_daw_jaw at 07:12Comments(3) 講習会・英文法道場 

August 23, 2010

1問ずつ手際よく

 先日、読者から次のようなコメントの書き込みがあった。

 4択問題の選択肢をチェックしているときにどうしても正解が目に入ってしまうので可能であれば、正解は解説の下に書いていただけると嬉しいです。
 道場主の意図も確かめずに、個人的な希望を述べるのは心苦しいのですが
どうにかご検討いただけたらと思います。(一読者)

 「その件に関しては、後日記事で回答したいので・・・」と答えたので、ここに改めて書くことにする。

 「下手の考え休むに似たり」と言う。
 勉強はできる限り短時間効率よく行う必要がある。
 英文法の選択問題に関しては、まず自分で解答を考えて直ちに「正解」を見る。
 次は、たとえ自分の解答が的中していた場合でも、自分の考えの正否を確認するためにすぐに解説を読む。
 そして、解答がハズレだった場合には、なぜ間違えたかを知ると同時に、今後は二度と間違えなくなるように解説を精読する。
 大事なのは、「正解そのもの」よりも「正解を導く課程」と「次への応用力につながる他の情報」にほかならない。
 その意味では、自分で解答を考える前に「正解」の記号が目に入ったとしても何ら支障はないが、どうしても気になるのであれば、紙や下敷きをかぶせて隠せば足りる。
 もう一つ大事なのは、「1問ずつ解いて正解を見て、解説を読む」というやり方を貫いて、1問ごと応用力を伴う知識を増やして進化していくこと。
 「各ページの問題や、各章の問題を全部解いてから、徐(おもむろ)に答え合わせをする」という悠長なやり方はとても薦められない。

 9月末に発刊を予定している 3択式(クイズダービー方式)の「英文法・基本300選」も、勉強の効率効果を第一に考えて、左ページに「問題」、右ページに「正解」と「完成文(+和訳文)」、左右ページ下段に「文法チェック」を掲載してあるので、読者が 1問ずつ「問題→(自分の解答)→正解完成文和訳文文法チェック」の順に手際よく学ぶことによって確実に進化できるものと確信する。


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Posted by eg_daw_jaw at 07:06Comments(3) 学習参考書 

August 22, 2010

2010夏期・教研セミナー@市ヶ谷

 歌舞伎役者の市川海老蔵が今月の演技を酷評されたことは数日前に書いたが、歌舞伎のことがよくわからない素人(しろうと)に言われたのならともかく、プロの演劇評論家からこき下ろされたのだから、本人の衝撃は並大抵ではないと推察する。
 それと比べたら、予備校講師が受講者アンケートでごく一部の受講生からくそみそに貶されるくらいのことは、イチイチ傷つくには及ばないことかもしれない。
 プロの受験評論家に批判されたわけではなく、自分の勉強の不調を他に責任転嫁したい受験生が、はけ口として講師を槍玉に挙げたにすぎないと解すれば済む。また、そう考えなければ、立つ瀬がない。
 自身が先日(9月19日)行った、プロの高校の先生を対象とする教研セミナーでは、講義が賛美されることはあっても、貶(けな)されることは一切なかった。
 今自分にできる最高の授業をしているという自負があるだけでなく、プロから一定の評価を受けている限り、必ずしも授業のよしあしの判断がつくわけではない素人(しろうと)の批判を過度に気にすることはない。
 ただし、批判されたことについては謙虚に反省し、改善できるところは改善するに吝(やぶさ)かではない。


追記

 高校の先生から授業を貶されることがなかったからといって、全員から改善の余地なしと思われているとは限らないということは言うに及ばないことだから、そのことはイチイチ書かなかった。 


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Posted by eg_daw_jaw at 06:24 講習会・英文法道場