March 31, 2011

春期講習中の合格報告

 春期講習中に、昨年度の元受講生から合格報告を受けるのはことのほか嬉しいが、たとえ合格はしていても、たまたま校舎に来ている元受講生の全員がそうした報告をしてくれるわけではない。
 現に昨日は、校舎に正面玄関から入る時に、用事が済んで帰ろうとしていた元受講生から「おかげさまで早稲田に受かりました」と報告されて、「それはおめでとう。でも本当の勝負はこれからだからな」と言って激励したが、その後、講師室に来た別の元受講生は、そこにいた何人かの講師には合格報告をして回ったものの、こちらはよほど嫌われているのか、無視を決め込まれた。

 ところで世の中は、電力不足に配慮してどこも挙(こぞ)って節電に努めているが、予備校の校舎もその例に漏れず、例えば講師室の暖房の温度は、この時季にしてはかなり低く設定されている。
 多少寒いのは我慢できるからよいが、それにしてもトイレのウォシュレットまで電源を切って使えないようにしているのは如何なものか。「エアコンや照明と違って、使用する時間がわずかだから使用電量も高が知れているのになぜ?」と言いたくなる。尾篭(びろう)な話ではあるが、ウォシュレットが使えないことによってトイレットペーパーの使用量は確実に増える。

 昨日の甲子園では、我が母校の徳島城南鹿児島実業を相手に2回戦を戦うも、善戦虚しく2対7で敗退。
 「でも頑張ったから」と言わざるを得ない結果になったのは悔しいが、強豪を相手に一回戦は突破したのだから、初出場にしてはよくやったと思う。
  

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Posted by eg_daw_jaw at 08:20 エッセー・雑文など(予備校編) 

March 30, 2011

被教授力あっての教授力

 春期講習2日目の昨日も、陰鬱気分を解除して、まるで人が変わったように元気な授業をすることができた。
 それどころか、「動詞の時制」について、図解を混ぜながら「我ながら実にわかりやすくて巧い説明をしているなあ」と自画自賛して悦に入るほどだった。
 しかし、そう思えるのは、しっかり予習をして授業に臨む、意識が高くて意欲的な受講生のおかげにほかならない。いかに高い教授力も、受講する側にそれに見合う被教授力がなければ何の役にも立たないが、今回の春期講習では学力上位層を対象とする講座を担当させてもらっているので、その点は心配がない。
 先日の教育研究セミナーの受講者アンケートで、高校の先生方からの指摘にもあったように、我が授業は「基礎ができていて、しっかり予習をしてくるレベルの受講生には至ってわかりやすいが、逆に、基礎ができていなくて、思考力や理解力に欠ける受講生は、論理的な説明についていけなくて混乱しかねない」というのが特徴であるとも言える。
 春期講習の今は、概ね基礎ができている受講生だけを相手にしていられるからよいが、新学期が始まって、基礎がまったくできていないために不合格になって浪人することを余儀なくされた多数の受講生を迎えることを思うと、今から気が重い。
 4月半ばから1月半ばまで、わずか9ヶ月しかないことを考えれば、予備校の授業ですべてを基礎からやり直す余裕はとてもなく、第一それをやれば入試に間に合わなくなるが、だからといって、入試に間に合わせるべく、すでに基礎ができていることを前提にした授業をすれば多数の受講生には理解してもらえない。
 
 ならんと欲すればならず。ならんと欲すれなならず。重盛の進退ここに谷(きわ)まれり。


追記

 まったく基礎ができていない受講生に合わせて、すべてを基礎からやり直す授業をすれば、9ヶ月では間に合わないのはもちろん、基礎ができている受講生までもが巻き添えを喰らってしまう。
 一方、すでに基礎ができていることを前提の授業をすれば、少なくとも基礎ができている受講生だけは間に合う。
 極論すれば、以上のような理屈になる。


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March 29, 2011

授業のときだけは陰鬱気分を解除して

 我が母校の城南高校が甲子園で野球の名門・報徳学園を下して第1回戦を突破したというのに、また、世界最高賞金を誇るドバイのG1競走で日本馬・ヴィクトワールピサが優勝したというのに、心は晴れない。
 そうした陰鬱な気分のまま、冬眠明け2日目の昨日は春期講習の初日を迎えることになったので、はたしてまともに授業をすることができるのかどうか不安でならなかったが、いざ教室で受講生に対面すると、まるで魔法でも使っているかのように快調に授業を進めることができるから不思議だった。
 新高2生(3月中はまだ高1)対象の講座ということもあるが、そうした早い段階から講習会で学ぼうとするのは意識が高い受講生だから、受講の姿勢が前向きで明るい。授業をする側もつられて明るく前向きの姿勢になることができたに違いない。

 高2になる前の今から勉強すれば、受からない大学はない。しかも君たちは、春期講習に来て、この最高テキスト最高?授業を受けるという運にも恵まれた。…

 そんなヨイショが口から自然に出たが、あとは受講生の全員が刻々と知識を増やして着々と賢く進化していく授業をしさえすればよい。
 授業が終わった後はまた陰鬱な気分に戻るとしても、授業中だけはそうした気分を解除することができるのは何よりの幸い。残る3日の授業も全力で頑張ろうと思う。
 

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Posted by eg_daw_jaw at 09:14 エッセー・雑文など(予備校編) 

March 28, 2011

母校の1回戦突破〜教研セミナー@8号館

 我が母校が打撃を持ち味とするのに対して、報徳は投手依存で低打率のチームと聞いているので、そこにつけ入る隙がある。ぜひ失点を最少に押さえて打ち勝ってほしい。

 昨日はそう書いたが、それが願望通りになって、徳島城南が強豪の報徳学園を下して第2回戦に進出することになった。
 これは、我が高校時代に、夏の甲子園出場を決める県予選の第1回戦で、優勝候補の撫養(むや)高校を2対1の日没コールドで破る番狂わせがあって以来の快挙、いや、あの時の勝利は相手が我が母校を見くびってエース長池を温存したことにつけ込んだものだったが、今回は予選ならぬ本戦でエースを打ち込んでの勝利だから、それをはるかに凌ぐ快挙であるのは間違いない。
 そして、名門を相手に第1回戦を突破した以上、この後ぜひ決勝まで勝ち進んでほしい。先輩としてはそう願わずにはいられないが、実は昨日は日曜日にもかかわらず、現役の高校の先生を受講生に迎えて行う「教育研究セミナー」に出講していたために、後輩たちの戦いぶりも勝利の瞬間も見ることができなかったのは悔やまれる。

 1月22日から3月26日まで教壇に立つ仕事がなく、予備校講師として冬眠生活を送っていたが、その2ヶ月あまりの冬眠から覚めての初仕事が「教育研究セミナー」だった。
 これほど長期間休んでいたので講義のやり方を忘れているのではないかという不安があったが、案の定、6コマ続く講義の1コマ目を始めてからしばらくの間は、教壇から逃げ出したくなるほどの不調に陥ってしまった。
 それでも、1コマ目が終わる頃には何とか持ち直し、その後はふだん通りエンジン全開で快調に講義を進めることができたので救われた。
 講義の後で受講者アンケートを見たが、1コマ目の講義の不調ぶりについて批判されることもなく、それどころか、感謝や賛同の言葉に溢れていたので、むしろ恐縮した。

 「普段、無自覚に教えていた箇所で大きなヒントを頂いた。授業で知的な刺激を与える意味でも、理解し、納得させることは大切だと思う」、「文法の間違いやすい、又は説明のつきにくいところをピックアップされた教材を作られているので、教師にとっても参考になるものでした」、「普段から丸暗記でなく、『なぜそうなるのか』を大切にして授業をしてきたつもりでしたが、見落としてきた点や『やっぱり他の先生もこう説明していた』という自信(安心?)が得られ、気づきの多い講座でした」、「ふだんなにげなく教えている文法事項でもきちんと理屈をつけて教えなければいけないと思いました」、「かゆいところに手が届く様な、とても実践的な講座でした」、「答えはわかっていても、その説明がうまくいかないことも多々ありましたが、本日のセミナーで沢山の説明のヒントを頂きました」、「熟語として暗記させていた語句も原理を教えてあげることが大切だと思いました。参考書にも書いてない考え方を知ることができました」、「論理的に文法を説明してくださったので、生徒が納得のいくような文法説明のヒントになりました」など。

 ただし、次のコメントには反省を促されるところが多かった。

 「とても論理的な説明で文法の構造がよく理解できました。ただ、英文法が苦手で丸暗記に頼ってしまう生徒というのは、思考力や理解力に欠ける子が多いため、論理的な説明についていけず、さらに混乱をまねいてしまうのではないかと思いました」、「相手にする生徒の皆さんが、予習、復習がきっちりでき、意識も高いという条件で成り立つかなり速いスピードの授業に感じた。ムダもなくピンポイントに説明がなされておりわかりやすかった。丸暗記では英語が伸びないという理由もわかったように思う」、「基礎が全てわかっている上での解説かなという感じがした」、「高度な内容に思えたので、実際の授業では基礎の定着で精一杯であり、授業での実施が困難だと思います。上位層の生徒には実践したいと思います」。

 この下線を施した部分こそが、予備校生相手の授業で特に改善しなくてはいけない点であることを改めて気づかされたのは、大きな収穫だった。 


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Posted by eg_daw_jaw at 08:18 講習会・英文法道場 

March 27, 2011

冬眠明けの日に甲子園

 2ヶ月あまりの冬眠から覚めた今日は、奇(く)しくも、我が母校徳島県立城南高校が甲子園で初戦を迎える日にあたる。
 第83回選抜高校野球大会は5日目の第1試合、21世紀枠で春の大会への初出場が叶った母校城南高校の初戦の相手は、野球の名門である地元・兵庫の報徳学園
 18回目の出場となる報徳は部員91名を抱える選手層の厚い強豪だから、初出場の我が城南はいかにも分が悪いが、相手にとって不足はない
 現にOBでもある森監督は、「自分が高校生だった時から甲子園の試合をテレビで見てきた超強豪の報徳学園と対戦できるのは幸せである」という趣旨の発言をしている。
 また、大会5日目ゆえに、出口主将が言うように、「甲子園の環境に慣れてから戦える」ので、雰囲気に飲まれなくて済むという見方もできる。 
 相手は強豪といってもプロではなく、高が同じ高校生だから、決して勝てないことはない。我が母校が打撃を持ち味とするのに対して、報徳は投手依存で低打率のチームと聞いているので、そこにつけ入る隙がある。ぜひ失点を最少に押さえて打ち勝ってほしい。

 ところで、主将の「出口」という姓は珍しく、自身が城南高校に在学していた時に教わった数学の出口先生のほかに例を知らないので、出口主将が、その出口先生のお孫さんであっても不思議ではないが、はたして真相はどうだろうか。


追記

 この記事を読んだみちつてと氏から、「同姓同名辞典」(http://www.douseidoumei.net/36/sei01.html)によれば、徳島県では「出口」という姓は157件あって、その順位は第285位であるという報告があった。

コメント> 2011年03月27日 22:54:31 渡部 俊

 いやぁ、快勝でしたね。甲子園の魔物にとらわれることなく、のびのびと自分たちの持ち味を発揮していたのには感心しました。出口主将の笑顔も素敵でした。2回戦も臆することなく存分に暴れてほしいですね!

コメント> 道場主

 仕事中だったため、母校の勝利を自分の目で見ることができなかったのは残念。
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Posted by eg_daw_jaw at 06:20 エッセー・雑文など(私生活編) 

March 26, 2011

この非常時に観劇

 地震や津波で何もかも失って辛く不便な生活を強いられている人たちのことを思えば、浮かれて観劇などする気分ではないが、月一回の楽しみでもあるし、すでに入手済みのチケットを破棄して役者諸氏のせっかくの熱演を観るのを控えることが格別りっぱなこととも思わない。
 それに、一度の歌舞伎観劇をやめたからといって、地震や津波が起こる前の状態に戻るわけではなく、今はただ、無事に生き延びた幸運に感謝しながら、ふだん通りの生活をするしかない。
 そう考えて、3月16日に、後ろめたさを覚えながらも新橋演舞場の昼の部に出かけたが、さすがに客の入りは甚だ悪く、見た目には3〜4割の席しか埋まっていなかった。
 公演中に先日の大地震の余震と思われる揺れがあったが、舞台上では主役の中村魁春も、その両脇にいる二人の子役もまったく動じることなく熱演を続けた。
 プロとして当然のこととはいえ、あの大地震を経験した後では、本震を上回る余震はないと考えれば、多少の揺れではもはや驚かなくなったとも考えられる。
 事実、観客の側でも、「アッ地震!」という声がするのが聞こえたとはいえ、慌てて退去する人など一人もいなかった。

三月大歌舞伎・昼の部@新橋演舞場

(1)菊池寛作:「恩讐の彼方に(おんしゅうのかなたに)」
    市九 後に 了海:尾上松緑  
    実之助:市川染五郎  お弓:尾上菊之助
    (昭和57年10月以来の上演)

(2)六世中村歌右衛門十年祭追善狂言
  「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」(御殿・床下)
    政岡:中村魁春  仁木弾正:松本幸四郎
    八汐:中村梅玉  栄御前:中村 芝翫  
    (平成21年4月に歌舞伎座以来の観劇)

(3)「曽我綉俠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)」(御所五郎蔵)
    五郎蔵:尾上菊五郎  皐月:中村福助
    逢州:尾上菊之助  甲屋:中村芝雀  土右衛門:中村吉右衛門

 以上、観劇の翌日はとても投稿する気分ではなかったので、冬眠生活の最終日にあたる今日になって、数日遅れで毎月の慣例として記録することにした。
 

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Posted by eg_daw_jaw at 07:28 エッセー・雑文など(私生活編) 

March 25, 2011

東都大学・京阪大学・城南大学

 テレビドラマに登場する架空の大学は、おそらく国立として、関東なら「東都大学」、関西なら「京阪大学」、そして私立は「城南大学」と相場が決まっている。
 「東都大学」は、東京都内にある「東大」をイメージした、また「京阪大学」は「京都大学」と「大阪大学」を足して2で割った命名のように思われる。
 いずれも実在しそうでしないところがドラマで用いるのには打ってつけに違いないが、大学を設立するときの命名で垂涎(すいぜん)ものとも言えるこうした見事な名称が使われずに残っているのが不思議な気がする。
 JRA競馬の重賞競走には、G2として「京都記念」と「京都大賞典」、および「産経大阪杯」があるのに加えて、G3として「京阪杯」というのがあるが、それを考えれば、大学名にも、国立の「京都大学」と「大阪大学」に加えて、たとえ私立でも「京阪大学」があってもよいのに、なぜかない。
 一方、テレビドラマにおける私立大学の定番である「城南大学」は、実在の「甲南大学」をヒントにしたのだろうか。
 ちなみに、我が母校である「城南大学」ならぬ「城南高校」は、私立ではなく公立で、正式には「徳島県立城南高等学校」というが、その母校が初の出場が叶った春の甲子園で27日に第1回戦を迎えることになった。


追記

 震災に関係のないことを書いて嫌なことを忘れようとしたが、原発事故が依然として深刻な状態にあることが頭から離れないので、とても明るくはなれない。 
 それでも、松井今朝子ホームページ(http://kesako.jp/):「今朝子の晩ごはん」の3月24日の記事を読むと、不思議なことに多少は元気が出てきた。


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March 24, 2011

まさか「国連」が誤訳とは

 少なくともテレビの画面では、被災地の人たちが途方にくれることなく、復興を信じて前向きに生きようとしているように見える。そして何よりなのは、子供たちが思いのほか明るいこと。これなら、復興の日は決して遠くない。
 あいかわらず原発の問題が気がかりなのは否めないが、悲観的なことばかり考えていても仕方がない。

 3月11日の大震災よりも前、週刊ポストの連載記事:「言わずに死ねるか!」(憂国リレーオピニオン)の第18回は、外交評論家である加瀬英明氏によるものだったが、そこには、日本には、「言葉には霊的な力が宿る」とする「言霊(こどだま)信仰」があって、不吉な言葉は験(げん)を担(かつ)いで別の言葉に置き換えてきたということが書かれていた。
 例えば、葦が群生する「葦原(あしはら)」という土地に作られた遊郭は、「(あし)」は「(あ)」に通じて縁起が悪いので、その反意語である「(よ)」と同音の「(よし)」に置き換えて「吉原(よしわら)」と呼ぶようになったのだという。

 そういえば、「するめ」の「する」は「擦る」に通じて縁起が悪いので、これを「(あた)」に置き換えて「あたりめ」と呼ぶが、これも同じ方式による言い換えであると考えられる。

 しかし、行き過ぎた言霊信仰によるそうした言い換えが、言葉の持つ本質的な意味を変えるという弊害をもたらしていることを氏は鋭く指摘していて、例えば、太平洋戦争で「退却」を「転進」、「全滅」を「玉砕」、「敗戦」を「終戦」、「占領軍」を「進駐軍」としたことをまず槍玉に挙げているが、その後で「国連」という呼称を最も問題視している。
 1941年の真珠湾攻撃のすぐ後の翌年1月1日に、ルーズベルト大統領が日本と戦っている諸国の代表をワシントンに集めて、「我々の同盟を the United Nations と呼ぼう」と宣言したが、これは紛れもなく「連合国」であって、断じて「国際連合」ではなかった。
 その後、1945年に国際機関としての the United Nations が誕生したが、日本ではこれを「国際連合」と誤訳して、平和の殿堂として崇めるようになったということを氏はずばり突いているが、言われてみれば確かに誤訳であるのは間違いない。

 第一次大戦後に誕生した the League of Nations は「国際連盟」だから、これを略して「国連」と呼ぶのであれば問題ないが、単に「連合国」にすぎない the United Nations を「国際連合」、略して「国連」と呼んでいることに何の疑いも抱くことなく受け入れてきたことが、我ながら恥ずかしい。

 「耳に甘い言葉は、真実を覆い隠す」と氏は言うが、まさに「国連」という呼称は、「連合国」という真実を隠して見えなくしてしまっている。
 例えば、東京にある国連大学にしても、「国連」という偽りの名称のおかげで、日本国民の税金が投入されていることに対して誰も文句を言わないが、もしも「連合国大学」と名乗っていたら、税金投入は怪しからんということになったはず。

 なるほど、言われてみれば、これもまた確かにその通り。

コメント> 2011年03月24日 08:45:55 安堂健一

 先生のような博識の方がご存じなかったとは意外です。
 ちなみに、日本の六法を観れば、国際連合憲章の劈頭(前文第一文の主語)は、「われら連合国の人民は、」と訳されています。これを含めて5箇所で「連合国」と訳されていますが、第107条と併せ読むと、国際連合の性質がよく分かります。
 中国では、ちゃんと「連合国」と呼び、インテリたちは「連合軍」とも言うそうです。

コメント> 道場主

 the United Nations を「連合国」と呼ぶのは中国だけではなく、一方、「国際連合」や「国連」と呼ぶのは日本だけとのこと。


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March 23, 2011

放射能という戦火を逃れて

 福島第一原発から約70キロ離れた郡山に住む弟の一家が、放射能という戦火を逃れるべく愛犬とともに上京してきたが、当地の総合病院に外科医として勤務する弟自身は、患者の待つ福島へトンボ帰り。
 病院が今は手術を行えない状況にあるので外科医の出番はなさそうにも思えるが、実際は多数の入院患者を抱えている責任があるので、週末ごとに上京できるかどうかも不明とのこと。
 緊急な手術を必要とする患者などは希望すれば都内の病院に移送して手術を行えるからよいが、福島の病院に留まっている患者についてはこの先どうするか簡単には決められないらしい。
 放射能汚染がさらに深刻なものになって福島全土が居住不能にでもなれば、健康な住民の県外移住は言うに及ばず、入院患者も他の都道府県の病院への転院が必要になるが、受け入れは可能なのだろうか。
 しかも、福島全県がアウトというレベルになれば、近隣の県も、さらに千葉、東京、埼玉、神奈川などももはや決して安全ではなくなってしまう。
 それを考えると、この原発事故が一日も早く無事に終息してくれなくては困る。
 現場で命がけの作業に当たっている人たちには本当に頭が下がるが、この作戦がぜひとも成功して、これ以上の放射能汚染が阻止されるよう心から祈るほかはない。

 このように暗い気持ちに陥りそうな時、勧められて松井今朝子ホームページ(http://kesako.jp/)の3月21日の記事:「カレーライス」を読むと、示唆に富むことが書かれていてずいぶん元気づけられた。読者もぜひ。

 
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March 22, 2011

こればかりは

 都心やその周辺の食料品店で、被災地でもないのに深刻な品不足が起こっているのは、買い占めという形の略奪も同然の行為のせいであるとする向きもあるが、実際に食料品を急いで買い込むことによって図らずも買い占めに加担することになった人たちは、他意があってそういう行為をしたとは思えない。
 ふだんから、災害を見越して保存の利く食料品を多少でも備蓄していた人なら、大地震が来ても何ら慌てる必要はなかったが、大多数の人はそうした備えをするのを怠っていたので、災害が起こった後になってから焦燥に駆られて食料品の買い溜めに走らざるを得なかったというのが実情ではないだろうか。

 それにしても、災害の前に備えないで、災害の後で備えるというのは、モグラたたきゲームで、これから頭を出すモグラを狙わないで、頭を出して引っ込めた後のモグラを叩こうとするようなもの。

 しかし、考えてみると、「災害に備えて食料品を備蓄しておきましょう」と言っても耳を貸さない人が、実際に災害が起きた後で「食料品の買い占めをやめましょう」と大臣が言ったからといって素直に聞いて従うはずがない。
 そればかりか、そもそも多くの国民は、政府の言うことを信用していない。その証拠に、福島第一原発放射能漏れのことで官房長官などがいくら「人体に影響の出る数値ではない」という趣旨のことを言っても、現に多くの人が「そんなの、あてになるものか」と考えて早々と県外へ避難している。

 例えば、政府が「大丈夫」と言うときは、実は「大丈夫ではない」が、政府が「大丈夫ではない」と言うときだけは、その通り「大丈夫ではない」。

 ややもすればそう考えたくなるが、福島第一原発の今後の動向に関しては、もし政府が「大丈夫」と言うとすれば、こればかりは、その通り本当に「大丈夫」であってくれなくては困る。

コメント> 2011年03月22日 21:29:14 高田ゆみ子

 こんにちは。
 映画「みえない雲」の原作「見えない雲」(グードルン・パウゼヴァング著)を翻訳した高田ゆみ子と申します。
 今回の福島の事故、私にとっても悪夢のようです。
 チェルノブイリ事故は今から25年前、その直後に書かれたのがこの本です。
 福島原発については現在ドイツでも大々的に報道されていて、そういえばパウゼヴァングさん、なにかコメントをしていらっしゃるかなと思って検索していたらこのブログに行き当たりました。あの小説が現実となってしまうなんて。それも四半世紀もたって ・・・。
 テレビや新聞で報道される内容、世の中の反応、「原子力専門家」や政治家のインタビューを見るたび、小説の内容とあまりにも似ていて愕然としています。
 今回のことは、日本のひとつの転換期となるような気がしている私です。
 「見えない雲」のことを書いてくださってありがとうございます。
 原発のこと、まだまだ注視していかなければなりませんね。
 取り急ぎ。
 高田ゆみ子

コメント> 道場主

 原作も読まないで映画を観ただけで書いた記事に対して、翻訳者の方からコメントをいただくとは光栄です。
 つい先ほど、原子力に明るい友人から電話があり、「テレビに出て話している御用学者の言うことは絶対に信じるな」という警告を受けました。
 放射性物質に関して、食品の中でも野菜は水で洗い落とせばよいこと、魚はマグロのような南の産地のものはよいが、特にイワシは当分絶対に食べてはいけないこと、などの注意をされました。
 また、ゴミに付着して空から飛んでくる放射性物質を避けるためにマスクの着用は必須、また、降雨のときには、降った雨とともに地面に溜まる放射性物質が靴の裏に付着するのが恐いとのことでした。
 本当に「みえない雲」のようにならないことを祈るのみです。


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