April 30, 2011

seem to 〜の用い方

(a) There seemed to be nobody in that building.
   「そのビルには誰もいないようであった
 
 seemようである」の後にくる to不定詞が完了形や進行形でなく単純形to 〜)のときには、seem と時間的に同時であることを示すが、ここは seemedようであった」という過去と時間的に同時なので「…誰もいないようであった」であって、「…誰もいなかったようであった」ではなく、ましてや「…誰もいなかったようである」ではない。

 cf. It seemed that there was nobody in that building.

 それに対して、seemようである」の後にくる to不定詞完了形to have p.p.)のときには、seem と比べて時間的にそれ以前であることを示す。

(b) She seems to have been an actress when she was in her twenties.
   「20代の頃、彼女は女優だったようである
   (to have been an actressが「女優だった」、seems が「ようである」にあたる)

 cf. It seems that she was an actress when she was in her twenties.

 次は、seemようである」の後にくる to不定詞進行形to be 〜ing)のとき。

(c) In her letter she seems to be saying that she wants to quit her job and study abroad.
   「手紙の中で彼女は仕事を辞めて外国で勉強したいと言っているようである
   (to be saying が「言っている」、seems が「ようである」にあたる)


コメント> 2011年05月01日 00:48:17 ノラネコ音頭

 英文法の質問をさせていただいてよろしいでしょうか。
 
 『ロイヤル英文法』p172にて、次の例文がありました。

 This is the new teacher who came here yesterday.
 (こちらが昨日ここにおいでになった新しい先生です)

 ここの 'who' の扱いですが、制限用法であるために他にも「昨日来た先生」がいると暗示されます。しかし、'the' もついていることから、同様の先生は他にはいないということも示されているように思われます。したがって、「昨日来た先生」というのが何人かがいまひとつピンとこないのです。あるいは、'who' を非制限用法とすべき誤記だったと考えるべきでしょうか。

回答> 道場主

 the new teacher who came here yesterday「その、昨日ここに来た新しい先生」(「昨日ここに来た新しい先生」は、取り敢えずこの1人のみ)は制限用法。
 ちなみに、同じ制限用法でも、a new teacher who came here yesterdayは、「ある一人の、昨日ここに来た新しい先生」。

コメント> 2011年05月02日 02:05:26 ノラネコ音頭

 御回答ありがとうございます。御礼がやや遅れて申し訳ありません。

 関係詞 who の用法と teacher に係る冠詞の話とを分けて議論すべきかと考えました。その上で、この日本語文の示す状況がどういうものであるかを考えてから、英文
を決定すべきかなと考えました。

1.関係詞 who について

「昨日来た新しい先生」の総数が
 1)1人の場合 who は制限用法とすべき。
 なぜならば、この場合においては、制限用法の使用で前提とされている不特定多数の「昨日新しく来た先生」の要素で構成される集合の要素の数がひとつしかないから。
 2)2人以上の場合 who は制限用法とすべき。
 理由を問うまでもない。制限用法と非制限用法の違いである。

2.teacher につく冠詞

 1)話者同士で teacher が既知であるとき
   (例えば「今度、○○という先生が新しく着任する」という話題が話者間で共有されているとき等)→ the とすべき
 2)話者の一方しか teacher のことを知らないとき
   (つまり、もう一方は teacher のことを初めてその場で知ることとなる)→ a とすべき

 今回の日本語文では、
 1)「新しく昨日来た先生」の総数が明示されていないが、単数でも複数でも、関係詞は制限用法の who。
 2)当該先生のことが紹介される以前に、話者同士でその先生の存在が話題に上っているか上っていないのか不明瞭。仮に上っていたなら the で、そうでなかったらa となるところ。英文では the となっているところから、今回の状況は話者間で何かしら話題にしていたんだろう、一方はどんな先生か見たことないだろうけれど…
と推測しました。


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Posted by eg_daw_jaw at 06:08 通常授業 

April 29, 2011

「貸し借り」の動詞を4択で総まとめ

4択

I (   ) him ten thousand yen the other day.
 A. borrowed  B. lent  C. owe  D. rented

 まず、選択肢の語法を確認する。

(A) … borrow something from somebody 「何かかから借りる」(SVOM)
 
(B)(i) … lend somebody something 「誰か何かを貸す」(SVO'O)
  (ii) … lend something to somebody「何か誰かに貸す」(SVOM)

(C)(i) … owe somebody something 「誰か何かを借りている」(SVO'O)
  (ii) … owe something to somebody 「何か誰かに借りている」(SVOM)

(D)(i) … rent somebody something 「誰か何かを賃貸する」(SVO’O)
  (ii) … rent something to somebody 「何か誰かに賃貸する」(SVOM)

  (iii) … rent something from somebody 「何か誰かから賃借する」(SVOM)

 本問は「誰か何か」という2つの目的語を伴うSVO'O型なので、形の上で可能なのは (B)(i)、(C)(i)、(D)(i) の3つだけということになる。

B. I lent him ten thousand yen the other day.
   「私は先日、彼1万円を貸した」(動作)
C. I owe him ten thousand yen the other day.
   「私は先日、彼1万円を借りている」(状態)
D. I rented him ten thousand yen the other day.
   「私は先日、彼1万円を賃貸した」(動作)

 まず、the other day 「先日」という過去の時を表す副詞句によって修飾を受けるのにふさわしい動詞ということでは、現在形owe ではなく、過去形lentrented でなくてはいけないが、「1万円」というカネは、アパートレンタカーと違って、利息を取ることはあるとしても「賃貸する」ものではないので、結局、単に「貸した」にあたる lent のみが正しい選択肢であることがわかる。

正解) B
完成文) I lent him ten thousand yen the other day.
      「先日私は彼に1万円を貸した」


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April 28, 2011

スーちゃんのこと

 亡くなって早(はや)1週間になる元キャンディーズのスーちゃん(女優・田中好子)に最初で最後に会ったのは、今から27年ほど前、NHKの楽屋でのことだった。
 当時3歳の我が娘が出演した「おかあさんといっしょ」の収録が終わった後、NHK職員である義弟が懇意にしているディレクターに案内されて義弟の妻(=我が妹)と我々親子の総勢4人で館内を回ったが、スーちゃんの楽屋(がくや)のところへ来た時に、案内のディレクター氏がいきなり「一緒に写真を撮ってもらいましょう」と言って入室するや、鏡台(きょうだい)の前で椅子に座ったまま俯(うつぶ)して寝ているスーちゃんの肩をポンポンと叩いて起こして、「悪いけど一緒に写真を撮ってくれる?」と業界人風に言って、半ば強制的に撮影を承諾させてしまった。
 疲れて寝ているところを起こされたというのに、スーちゃんは嫌な顔一つせず、それどころかにっこり笑顔で一緒に写真におさまってくれた。
 スーちゃんには、それ以前はキャンディーズ3人娘の中では最も丸顔でぽっちゃりというイメージを抱いていたが、その時に直(じか)に見て、意外に小顔で細面(ほそおもて)であるのには驚いた。しかし、その後、揖保乃糸(いぼのいと)のコマーシャルでスーちゃんを見るたびに、その時の印象のほうが本当であったことを納得するようになった。
 自身はキャンディーズのファンでも何でもなかったが、解散後に女優に転身してまもなくの頃のスーちゃんに一度会って一緒に写真におさまってもらったというだけではあっても、まったく知らない芸能人の場合とは違って、身内の誰かが亡くなったときと似た悲しみを覚える。
 女優としてまだまだやりたいことを多く残して亡くなることは誰よりスーちゃん自身が無念でならなかったに違いないが、「としし〜たのおとこのこ」ならぬ年上の男の子としては、ずっと年下のスーちゃんが先に逝ってしまったことには、いっそう悔(く)やむ気持ちが強い。


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Posted by eg_daw_jaw at 06:44 エッセー・雑文など(私生活編) 

April 27, 2011

Sは「OがCする」のをVする

I had him help me paint the wall.
「私は彼に、壁を塗装するのを手伝ってもらった」

 使役を表すのは makelethave だけの専売特許ではなく、例えば force … to〜「…が〜するのを強制する」は「強制して…に〜させる」という使役、また help … (to)〜「…が〜するのを手伝う」は「手伝って…に〜させる」という使役を表す。

 SVOC型使役構文では、必ず「SはOがCする』のをVする」という関係になるが、上の例文では、I[S] had[V] him[O] help[C].を「私は<依頼者として>『彼が…手伝う』のを持った」と考えれば、例えば「私は彼に…手伝ってもらった」と訳すことができる。
 そして、この him[O] help me paint the wall[C]には、him(S) help(V) me(O) paint the wall(C)「彼が『私が…塗装する』のを手伝う」という使役が含まれている。
 さらに、この me(O) paint the wall(C)には、me(s) paint(v) the wall(o)「私が壁を塗装する」という関係がある。
 以上のように、1文の中に3重構造の SV関係があるので、日本語訳にあたってはそれを反映させる必要がある。

 「『私が壁を塗装する』のを彼が手伝う」のを、私は<依頼者として>持った
→私は「彼に『(私が)壁を塗装する』のを手伝ってもらった


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Posted by eg_daw_jaw at 06:20 通常授業 

April 26, 2011

英語のhaveと日本語の「の」

(a) An elephant has a long trunk.
   「象の鼻は、長い」/「象は、鼻が長い」

 この英文を構造通りに和訳すると「象は、長い鼻を持っている」となるが、その日本語には違和感がある。
 この場合、日本語では「所有」を「持っている」という動詞ではなく、「」という助詞で処理して「象鼻は、長い」とするのがよい。
 逆に、「象鼻は、長い」という日本語を英訳するときに、その構造通りに An elephant's trunk is long. とはしない。
 「象の鼻、長い」とは言っても、主題は実は「象の」ではなく「」なので、むしろ「、鼻長い」と言い換えるのが妥当であるとも言える。

 以上のような理屈は、次の文の He has a pleasant voice.についてもあてはまる。

(b) He has a pleasant voice, but it doesn't sound good through microphones.
   「・・・・・・・・・・・・が、マイクを通すとよい声には聞こえない」

 He has a pleasant voice. は、英語の構造通りに和訳すれば、例えば「、耳に心地よい声を持っている」となるが、それにはかなり違和感がある。
 has を活かして、「彼は、耳に心地よい声の持ち主である」とすることはできるが、ふつうは「所有」を助詞の「」で処理して「彼声は、耳に心地よい」とする。そして、主題が「彼の」ではなく「」であることを明確にすれば、「、声が耳に心地よい」となる。


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Posted by eg_daw_jaw at 06:10 通常授業 

April 25, 2011

暴力発電所

 JR津田沼駅の改札を出て、S台津田沼校へ行くための下りの階段へ向かう途中でMorisia(モリシア)の細長い矩形(くけい)の搭が視界に入るが、それが形といい、色といい、模様といい、福島第一原発の破壊される前の建屋(たてや)とそっくりに見えて仕方がない。こんなところに第7号機があったのか。
 毎日のようにテレビで福島第一原発の悲惨な様子を見ているうちに、あの長方形の建屋の形状がいつの間にかトラウマになったに違いない。
 
 それはともかく、今後は原子力発電がダメとなると、他の方法の発電に移行せざるを得ないが、水力発電については、国内で造れる限りのダムを造ってしまったのですでにもう限界であるというし、火力発電には大気汚染の問題がある。
 太陽光発電風力発電にも期待がかかるが、少なくとも風力発電に関しては騒音の問題を免れない。
 そして、どの方法の発電であれ、経費の点で引き合わなければ実現は難しい。
 
 そんな時に、誰かが言った。

 何かというとすぐに切れて、殴る蹴る壊すの暴行に及ぶような人がいますけど、そのパワーをエネルギーとして利用できないものでしょうかね。

 確かに、暴力を電力に変換する「暴力発電」(略して「暴発」)なるものが可能であれば、どんなに助かることか。
 暴力発電所なら、まさに「暴発電所)の事故」という文字通りの暴発事故などが起こっても、有害な放射性物質が漏れる気遣いはないので、こんなにありがたくて好都合な発電所はない。


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April 24, 2011

「は」と「が」だけでは決まらない

(a) イタリア料理店、私の家の近くにあります。
 →The Italian restaurant is near my house.
(b) 私の家の近くに、イタリア料理店あります。
 →There is an Italian restaurant near my house.

 (a)では、どのイタリア料理店のことであるかが聞き手にとって特定しているので、英語ではそれを旧情報として文頭で言うが、標準的な日本語では主語に伴う助詞として「」を用いる。
 一方、(b)では、どのイタリア料理店のことであるかが聞き手にとって特定していないので、英語ではそれを新情報として there is の後で言うが、標準的な日本語では主語に伴う助詞として「」を用いる。
 ただし、日本語の主語に伴う助詞が「」と「」のいずれであるかは、どちらの文体の英文を用いるかの目安にはなるが、絶対ではない。特に、助詞が「」だからといって、必ずしも(b)のような there is 構文を用いるとは限らない。

 例えば、「駅から歩いて5分のところに、祖父母の家あります」については、祖父母の家が1軒しかなくて、聞き手にとって特定している場合は、伴う助詞が「」だからといって、次のように there is 構文を用いるわけにはいかない。

 ×There is my grandparents' house a five-minute walk from the station.

 祖父母の家が1軒しかないとすれば、それは聞き手にとってどれと特定しているので、英語ではそれを旧情報として文頭で言うが、標準的な日本語では助詞として「」を用いて「祖父母の家、駅から歩いて5分のところにあります」と言う場合にあたる。

 〇My grandparents' house is a five-minute walk from the station.
  「祖父母の家、駅から歩いて5分のところにあります」

 ちなみに、祖父母が所有する家が数軒あって、そのうちの1軒に言及するのであれば、聞き手にとってどれとは特定していないので、英語ではそれを a house of my grandparents' (または、one of my grandparents' houses)と言い、それを新情報として there is の後で言うことになる。

 cf. There is a house of my grandparents' a five-minute walk from the station.
    「駅から歩いて5分のところに、祖父母の家あります」

 ところで、my grandparents' house(s) の my grandparents' は、my friend の my と同じく「所有格」と言うが、a house of my grandparents' の my grandparents' は、a friend of mine の mine と同じく「独立所有格」と言う。


追記> 

 上の例文における a five-minute walk from the station は、walk という名詞を中心とした「駅から5分の歩行」という意味の名詞句ではあっても、文中では「駅から5分の歩行のところに」という意味の副詞句として働くと考えられる。


コメント> 2011年04月25日 18:24:37 元駿台生

 there is〜にそのような働きがあったとは知りませんでした。
 ということは、例えば、「郵便局へはどうやって行けば良いですか?」などとたずねられた時には、If you go along this street, the post office is there.となり、there is the post office.にはならないということでしょうか?
 初歩的な質問で申し訳ありません。

回答> 道場主

 このIf節との組み合わせとしてはともかく、単独の表現としては、(a)「(例えばあなたが行きたいその)郵便局そこにある」は The post office is there. と言い、(b)「そこに(話題の中に初めて登場するある一軒の)郵便局ある」は There is a post office there.と言う。そして、(b)における文頭の There はただの飾り、そして、(a)と(b)における文末の there は「そこに」という意味の副詞。


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April 23, 2011

冠詞と時制を見くびるな

 英語の学習において、冠詞時制には特に気を配らなくてはいけない。この二つを見くびると学習上大きな支障が起こりかねない。

(a) My brother graduated from college three years ago, and this year he married a girl the same age as he is.
  「兄は3年前に大学を卒業し、今年同い年の女性と結婚した」
(b) He finally made up his mind to marry the girl he had met in Paris two years before.
  「彼は2年前にパリで会った女性とついに結婚する決意をした」

 同じ「女性」でも、(a)では a girl で、(b)では the girl であるのはなぜか。
 (a)では、「兄と同い年の女性」は多数の中の一人にすぎず、それが具体的に誰のことであるかを聞き手がまだ知らないので、不定冠詞をつけて a girl (who is) the same age as he is 「(兄と)同い年のある女性」とする。
 (b)では、「2年前にパリで会った女性」がたとえ一人だけではなかったとしても、ここで話題になる女性が具体的に誰のことであるかを聞き手が知っているものとして、定冠詞をつけて the girl he had met in Paris two years before 「(兄が)2年前にパリで会った例の女性」とする。

 次は時制について。
 (a)では、「大学を卒業した」のは「現在から見た3年前(three years ago)」のことなので単純過去形graduated from college three years ago とする。
 一方(b)では、「パリで会った」のは「結婚する決意をした」という「過去の時点から見た3年前(two years before)」のことなので過去完了形を用いて had met in Paris two years before とする。

 また、(a)では、「卒業した」→「結婚した」という、行為が起こった順序通りの記述なので、graduatedmarried と、どちらも同じ単純過去形で表す。
 それに対して(b)では、「決意をした」←「パリで会った」のように、行為の順序と記述の順序が逆になっているので、made up his mind←had met in Paris のように、の行為は単純過去形で、そしての行為は過去完了形で表す。


コメント> 2011年04月24日 06:43:51 卒業生

 いつもありがとうございます。

 行為が起こった順序通りの記述であれば、たとえその二つの行為が100年ぐらい差があってもどちらも同じ単純過去形で表すのでしょうか?

回答> 道場主

 単に二つの動作や出来事をandやbutで並列するだけであれば支障はないのでは…。


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April 22, 2011

「すぐやる」かどうかが合否を分ける

 プロがせっかく効果的な勉強法を勧めても、それを素直に受け入れて直ちに実践する受験生は、残念ながら決して多くない。
 例えば、「英単語」という断片ではなく、「英短文」という全体を覚えて使えるようにしない限り、絶対に英語ができるようにはならないという話をすると、多くの受験生は、それに頷(うなず)くことはあっても、実際に英短文を覚え始めることまではなかなかやらない。それで何をやるかと言うと、相変わらず英単語を断片的に覚えるばかりで、英文全体として把握することを習慣づけないので、いつまでも英語学力低迷から抜け出すことができない。
 また、英文法体系的に学んだことがないのが学力不振の原因であると思われる受験生に、FORESTの通読を勧めて「1週間で全部読んでこい」と言うと、「わかりました」と返事だけはよいが、「さっそく読んできました」という報告がないところをみると、実際にすぐに読み始める受験生がどれだけいるか甚だ怪しい。
 自著の「英文法 基本300選」についても同様で、この本を強く薦めるのは、偏(ひとえ)に英文法基本原理を根本から理解して英語の勉強の土台を築いてほしいからにほかならないが、多くの受験生はなかなか言うとおりにしない。それどころか、著者が「読め」と言うのは「本をたくさん売って儲けたいからだろう」くらいにしか考えない。
 定価900円の本を1冊売って著者にいくら入ると思っているのだろうかと思って、何人かの受験生に訊いてみると「300円くらいですか」とか、甚だしいのになると「8割くらいですか」という答えまで返ってきたのには驚いたが、実際は定価の8パーセントだからわずか72円にすぎない。
 定価900円の本が1冊売れて缶ジュース1本すら買えない額しか著者には入らないのに対して、受験生がわずか900円(税込みで945円)の代価を払うだけで読んで得る知識はとうてい金銭に換算することができないほど膨大であると考えれば、読まない手はない。

 以上の3つの例に限らず、実際、プロが「やれ」と言うことをすぐにやる受験生やらない受験生との間には合否の差がつくのは避けられない。
 やるかやらないか、それもすぐにやるかやらないか。それですべてが決まると言っても強(あなが)ち間違いではないだろう。

A:プロが「やれ」と言うことをすぐやる受験生は受かるよね。
B:そうだよね。受かるよね。
A:でも、せっかく「やれ」と言ってもやらない受験生のほうが断然多いよね。
B:そうなんだよね。やるべきことをやらないんだから成績が伸びるわけがないよね。
A:成績が伸びなければ、受かるのは難しいよね。

 講師同士で話すと、いつも同じ結論になってしまう。


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April 21, 2011

2011 四月大歌舞伎@新橋演舞場

 昨日は、月一の歌舞伎観劇で新橋演舞場の昼の部へ。
 先月の大震災後はすっかり客足が遠のいて、3月の後半に行った時には客席は3割程度しか埋まっていなかったが、昨日は今月も後半のせいか、かなり観客が戻ってきていた。

 歌舞伎に関心のない読者には申し訳ないが、毎月の慣例なので、ここに自己の観劇の記録を残すことにする。

(1) 川口松太郎作 大場正昭演出 お江戸みやげ 三場
  お辻:坂東三津五郎  おゆう:中村翫雀
  栄紫:中村錦之助  お紺:片岡孝太郎
  鳶頭:中村亀鶴  文字辰:中村扇雀
  女中 お長:市川右之助 角兵衛獅子 兄:坂東巳之助

 初めて観る楽しい芝居だったが、翫雀おゆうが特によかった。このような三枚目役が向いているとは意外だった。

(2) 一條大蔵譚・檜垣/奥殿
    一條大蔵長成:尾上菊五郎  鬼次郎:市川團十郎
    常盤御前:中村時蔵  お京:尾上菊之助
    勘解由:市川團蔵  鳴瀬:市村家橘

 一條大蔵長成が、「にせ阿呆素顔にせ阿呆」と変化する演技は格別難しいというが、それを難なく自然にこなすところがさすがは菊五郎だなあと感心した。人間国宝にわざわざそういうことを言っては失礼だろうか。

(3) 恋飛脚大和往来・封印切 
    忠兵衛:坂田藤十郎  梅川:中村扇雀
    八右衛門:坂東三津五郎  おえん:片岡秀太郎
    治右衛門:片岡我當

 この芝居は、2007年10月に歌舞伎座で観て以来になるが、今回は特に前の2つの演目がよすぎたこともあって、もの足りなさは否めず、最前列の席で舞台から丸見えであるのに睡魔に抗(あらが)うことができなくて何度も船を漕いでしまった。


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